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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B25F
管理番号 1331531
審判番号 無効2015-800203  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-11-06 
確定日 2017-07-18 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5013260号発明「電動工具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 1.特許第5013260号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 2.特許第5013260号の請求項2、4、5、7に係る発明についての特許を無効とする。 3.請求人の請求のうち、訂正前の請求項1、3、6と、請求項1、3を引用する請求項4、5に係る発明についての請求を却下する。 4.審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
特許第5013260号(以下、「本件特許」という。)は、平成19年9月21日に出願されたものであって、平成24年6月15日に請求項1?7に係る発明について設定登録され、その後、平成27年11月6日に請求人 株式会社マキタから本件特許無効審判が請求されたものである。以下、特許無効審判が請求された以後の経緯を整理して示す。また、平成29年1月31日付けの審決の予告に対しては、両当事者から何らの応答もなく、指定期間が経過した。

平成27年11月 6日付け 審判請求書
平成28年 2月22日付け 訂正請求書
平成28年 2月22日付け 審判事件答弁書
平成28年 4月 4日付け 審判事件弁駁書
平成28年 6月 8日付け 審理事項通知書
平成28年 7月15日付け 請求人・口頭審理陳述要領書
平成28年 7月19日付け 被請求人・口頭審理陳述要領書
平成28年 7月29日付け 審理事項通知書
平成28年 8月 4日付け 証人尋問申出書
平成28年 8月12日付け 検証申出書
平成28年 8月19日付け 請求人・口頭審理陳述要領書(2)
平成28年 8月19日付け 証拠説明書
平成28年 8月19日付け 検証物指示説明書
平成28年 8月19日付け 尋問事項書
平成28年 8月22日付け 被請求人・口頭審理陳述要領書(2)
平成28年 8月23日付け 審理事項通知書
平成28年 9月 5日付け 請求人・口頭審理陳述要領書(3)
平成28年 9月 6日付け 被請求人・口頭審理陳述要領書(3)
平成28年 9月13日 検証、証人尋問、口頭審理
平成29年 1月31日付け 審決の予告

なお、平成28年7月15日付け証拠説明書は、平成28年8月19日付け証拠説明書で差し替えられた。(調書請求人2)
また、以下、証拠については、「甲第1号証」を「甲1」のように、口頭審理陳述要領書については、「口頭審理陳述要領書」を「要領書1」、「口頭審理陳述要領書(2)」を「要領書2」のように略記することがある。

第2.訂正請求について
1.訂正請求の内容
被請求人が求めている訂正(以下、「本件訂正」という。)は、特許第5013260号の特許請求の範囲を、平成28年2月22日付けで提出された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正するものであり、その内容は、以下のとおりである。
(1)請求項1、3?5からなる一群の請求項に係る訂正
ア.訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1を削除する。
イ.訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3を削除する。
ウ.訂正事項3
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4が引用する請求項について、本件訂正前の1?3の何れか1項であるのを請求項2のみに訂正する。
エ.訂正事項4
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項5が引用する請求項について、本件訂正前の1?3の何れか1項であるのを請求項2のみに訂正する。
(2)請求項6及び7からなる一群の請求項に係る訂正
ア.訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6を削除する。
イ.訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項7に
「請求項6において、前記スイッチトリガを一旦オフにした後、再度オンとした場合は、前記スイッチトリガの操作量に応じて前記ブラシレスDCモータを制御可能としたことを特徴とする電動工具。」
とあるのを、
「ブラシレスDCモータと、
該ブラシレスDCモータを収容するハウジングと、
作業者が操作できるように該ハウジングに設けられたスイッチトリガと、
該スイッチトリガが押されると前記ブラシレスDCモータが駆動するように制御する制御部と、を備えた電動工具であって、
前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は、前記ブラシレスDCモータの動作を停止すると共に、該ブラシレスDCモータが停止した後も前記スイッチトリガが押され統けた場合は、該ブラシレスDCモータの停止状態を維持し、
前記スイッチトリガを一旦オフにした後、再度オンとした場合は、前記スイッチトリガの操作量に応じて前記ブラシレスDCモータを制御可能としたことを特徴とする電動工具。」
に訂正する。

2.本件訂正についての当審の判断
(1)請求項1、3?5からなる一群の請求項に係る訂正について
ア.訂正事項1?4
(ア)訂正の目的について
上記訂正事項1?4は、請求項1、3、及び、これらを引用する請求項4及び5を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
(イ)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記(ア)に示したように、上記訂正事項1?4は、請求項1、3、及び、これらを引用する請求項4及び5を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内であることは明らかであり、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に適合する。
(ウ)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記(ア)に示したように、上記訂正事項1?4は、請求項1、3、及び、これらを引用する請求項4及び5を削除するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないものであることは明らかであり、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に適合する。
(2)請求項6及び7からなる一群の請求項に係る訂正について
ア.訂正事項1
(ア)訂正の目的について
上記訂正事項1は、請求項6を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
(イ)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記(ア)に示したように、上記訂正事項1は、請求項6を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内であることは明らかであり、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に適合する。
(ウ)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記(ア)に示したように、上記訂正事項1は、請求項6を削除するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないものであることは明らかであり、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に適合する。
イ.訂正事項2
上記訂正事項2は、本件訂正前は請求項6を引用する形式で記載されていた請求項7の引用関係を解消して、当該引用部分を書き下すための訂正であるから、特許法第134条の2ただし書き第1項第4号に規定する他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項を引用しないものとすることを目的とするものに該当する。

以上のとおり、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第9項により準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
よって、結論のとおり、本件訂正を認める。

3.削除された請求項に係る特許に対する審判請求について
上記1.及び2.のとおり、本件訂正においては、本件訂正前の請求項1、3、6と、請求項1、3を引用する請求項4、5を削除する訂正が認容される。
ところで、請求項を削除する訂正事項を含む訂正請求がされ、当該訂正請求につき「訂正を認める」との審決がされた場合は、当該請求項は、審決送達時に、当該訂正された内容のものすなわち削除されたものとして確定すると解される。けだし、審決のうち、当該請求項について「訂正を認める」とした部分は、その確定により、特許を無効にすべき旨の審決が確定したときと同等の効力を生ずるので(特許法第125及び128条)、請求人にとっては、審決取消を求める法律上の利益がないこととなり、また被請求人は、訂正の請求を認容した審決部分に対して不服を申し立てることができないこととなるからである。
そうすると、請求人の請求のうち、本件訂正前の請求項1、3、6と、請求項1、3を引用する請求項4、5に係る特許に対する請求については、請求人は、もはや特許無効を求めるにつき法律上の利益を有しないこととなる。
よって、結論の3.のとおり、当該請求を却下する。

第3.本件特許発明
上記のとおり、本件訂正は認められたので、本件無効審判の対象となっている本件請求項2、4、5、7に係る発明(以下、「本件特許発明2」等という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項2、4、5、7にそれぞれ記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。

【請求項2】
永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子とからなるブラシレスDCモータと、
外部電源から供給される直流電圧をスイッチングして各相の固定子巻線への通電を切り換えて前記ブラシレスDCモータを駆動するインバータ回路と、
作業者のトリガ操作により前記ブラシレスDCモータを動作させるスイッチトリガと、
前記スイッチトリガの操作を認識し、その操作量に応じて前記インバータ回路を構成するスイッチング素子を制御して前記ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する制御信号出力部とを備えた電動工具であって、
前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は前記インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフして前記ブラシレスDCモータの動作を停止するようにした電動工具。
【請求項4】
該スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続して前記ブラシレスDCモータを停止させた後、前記スイッチトリガが押されていない状態を認識し、その後再び前記スイッチトリガが押された場合には前記ブラシレスDCモータを動作させるようにしたことを特徴とする請求項2記載の電動工具。
【請求項5】
前記外部電源は、充電電池であることを特徴とする請求項2記載の電動工具。
【請求項7】
ブラシレスDCモータと、
該ブラシレスDCモータを収容するハウジングと、
作業者が操作できるように該ハウジングに設けられたスイッチトリガと、
該スイッチトリガが押されると前記ブラシレスDCモータが駆動するように制御する制御部と、を備えた電動工具であって、
前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は、前記ブラシレスDCモータの動作を停止すると共に、該ブラシレスDCモータが停止した後も前記スイッチトリガが押され続けた場合は、該ブラシレスDCモータの停止状態を維持し、
前記スイッチトリガを一旦オフにした後、再度オンとした場合は、前記スイッチトリガの操作量に応じて前記ブラシレスDCモータを制御可能としたことを特徴とする電動工具。

第4.請求人の主張
1.主張の概要
審判請求人は、「特許第5013260号の特許請求の範囲の請求項1ないし請求項7に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との趣旨の無効審判を請求し、証拠方法として後記の書証、検証物、人証をもって以下に示す無効理由1?3により無効にされるべきであると主張している。

請求人が主張する無効理由の概要は、以下のとおりである(審判請求書「7.請求の理由」「(2)特許無効審判請求の根拠」)

無効理由1:請求項1、3、4、5、6に係る発明は、本件出願前に公然と販売されたBFH040Fコードレススクリュドライバ(以下、「BFH040F」という。)の発明(以下、「公然実施発明」という。)と同一である。(第29条第1項第2号)

無効理由2:請求項1?7に係る発明は、公然実施発明と周知の変速スイッチに基いて、当業者が容易に発明することができたものある。(第29条第2項)

無効理由3:請求項2、4、5、7に係る発明は、甲20に記載の発明(以下、「文献公知発明」という。)と公然実施発明の自動電源オフ機能に基いて、当業者が容易に発明することができたものある。(第29条第2項)

無効理由1は、請求項1、3、6と、請求項1、3を引用する請求項4、5を対象とするものであり、無効理由2は、請求項1?7を対象とするものであるが、上記「第2 3.削除された請求項に係る特許に対する審判請求について」に記載したとおり、当該請求は却下された。そこで、請求人が主張する無効理由のうち、却下されなかったものを整理すると、概略、以下のとおりである。(請求人要領書の6(1))

無効理由2:(請求項2、4、5、7について)
公然実施発明に周知の変速スイッチを組合わせることにより、当業者が容易に発明することができたものある。(第29条第2項)

無効理由3:(請求項2、4、5、7について)
文献公知発明に公然実施発明の自動電源オフ機能を組合わせることにより、当業者が容易に発明することができたものある。(第29条第2項)

2.証拠
請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。

(証拠方法(書証等))
甲1:特許第5013260号公報(写し)
甲2:株式会社マキタ従業員 福屋浩治の報告書
甲3:株式会社マキタの英文総合カタログ2004/2005版表紙、第15頁および裏表紙並びにその一部の翻訳文
甲4:英文総合カタログ2004/2005版の印刷伝票(写し)
甲5:株式会社マキタの2005/2006版英文総合カタログ表紙および裏表紙並びにその一部の翻訳文
甲6:BFH040Fの取扱説明書およびその一部の翻訳文
甲7:BFH040Fの発注書およびその翻訳文(写し)
甲8:BFH040Fの納品書およびその翻訳文(写し)
甲9:BFH040Fの請求書およびその翻訳文(写し)
甲10:検甲1の「製造の記録」(写し)
甲11:BFH040Fのコントローラ回路図面(写し)
甲12:BFH040Fのコントローラ仕様書の写し(写し)
甲13:実験報告書
甲14:甲13記載の動画が記録されたCD-ROM
甲15:長竹 和夫「モータ実用ポケットブック 家電用モータ・インバータ技術」34?37、86、87、164、165ページ(写し)
甲16:特開2000-116582号公報(写し)
甲17:特開平3-190589号公報(写し)
甲18:特開2005-169535号公報(写し)
甲19:特開2006-272488号公報(写し)
甲20:特開2004-66413号公報(写し)
甲21:特開2005-176458号公報(写し)
甲22:特開昭64-58481号公報(写し)
甲23:特開2003-251573号公報(写し)
甲24:吉藤 幸朔著、熊谷 健一補訂「特許法概説」(第13版)有斐閣中表紙80頁奥付け(写し)
甲25:日立工機株式会社の2006年4月版の製品カタログ 表紙、第15頁、第21頁および裏表紙
甲26:株式会社ネジマツが提供する電動工具関連情報のホームページを印刷した書面(写し)
甲27:株式会社マキタ従業員鈴木次郎氏の陳述書
甲28:BFH040Fの技術案内(Technical Information)のPDFファイルを印刷した書面、PDFファイルのプロパティおよび抄訳(写し)
甲29:Wikipediaの Applied Industrial Technologies の項目(https://en.wikipedia.org/wiki/Applied_Industrial_Technologies)を印刷した書面および抄訳(写し)
甲30: Applied Industrial Technologies 社の会社概要(http://web.applied.com/site.cfm/about.cfm)を印刷した書面および抄訳(写し)
甲31:2003年4月4日付の「BFH040F」の製造図面(写し)
甲32:株式会社マキタの量産図管理システムにおける部品番号631544-5に関する記録(写し)
甲33:2003年1月7日付の「BFH040F」のモータコントロールユニットの製造図面(写し)
甲34:2006年12月22日付けの「BFH040F」の製造図面(写し)
甲35:2003年7月23日付の設変票(写し)
甲36:2003年7月23日付の設計変更後の「BFH040F」のモータコントロールユニットの製造図面(写し)
甲37:2005年3月24日付の設変票(写し)
甲38:2005年3月24日付の設計変更後の「BFH040F」のモータコントロールユニットの製造図面(写し)
甲39:「BFH040F」の取扱説明書の初版のPDFファイルを印刷した書面、PDFファイルのプロパティおよび抄訳(写し)
甲40:「BFH040F」の取扱説明書の第二版のPDFファイルを印刷した書面、PDFファイルのプロパティおよび抄訳(写し)
甲41:「BFH040F」の取扱説明書の第三版のPDFファイルを印刷した書面、PDFファイルのプロパティおよび抄訳(写し)
甲42:「BFH040F」の取扱説明書の第四版のPDFファイルを印刷した書面、PDFファイルのプロパティおよび抄訳(写し)
甲43:「BFH040F」の取扱説明書の第五版のPDFファイルを印刷した書面およびPDFファイルのプロパティ(写し)
甲44:株式会社マキタの量産図管理システムにおける部品番号114105-1に関する記録(写し)

(証拠方法(検証物))
検甲1:株式会社マキタが所有するBFH040F

(証拠方法(人証))
証 人: 鈴木 次郎 株式会社マキタ 開発技術本部電装技術部

甲1?44の成立に争いはない。(調書被請求人2)なお、甲1?23は審判請求書とともに(そのうち甲6については、請求人要領書2とともに提出されたもので差し替え(調書請求人3))、甲24?26は審判事件弁駁書とともに、甲27?44は請求人要領書2とともに、提出された。

3.主張
(1)無効理由2(第29条第2項:公然実施発明を主引例とするもの)
無効理由2は、公然実施発明に周知の変速スイッチを組合わせることにより、本件特許発明2、4、5、7は容易に想到し得たというものである。
すなわち、甲7?9から明らかなように、2007年1月に Applied Industrial Technologies 社は Makita U.S.A.Inc.から「BFH040F」の製品を購入し、これにより同製品にかかる発明は公然実施された。(請求人要領書2の6(1)ア.(イ))
そして、本件特許発明2と公然実施発明とを対比すると、本件特許発明2は「スイッチトリガの操作量に応じて、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する」(以下、このような制御をするスイッチを「変速スイッチ」という。)ものであるのに対し、公然実施発明は「スイッチトリガがオンとなると、その操作量に関わらず、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する」(以下、このような制御をするスイッチを「単速スイッチ」という。)点で実質的に相違する。
しかし、甲22(1頁右欄3?6行)から明らかなように、スクリュードライバにおいては、変速スイッチの方が作業性が良いと認識されていたのであるから、公然実施発明の単速スイッチを変速スイッチに置き換えることは、当業者であれば容易に想到することである(審判請求書の7.(3)ウ.b.v.38頁21行?39頁4行)。
したがって、本件特許発明2、4、5、7は、公然実施発明に例えば甲22に示されるように周知の変速スイッチを組み合わせることにより当業者が容易に発明することができたものであるから、無効とされるべきものである。(審判事件弁駁書の6(2-1)「無効理由2について」3頁27行?4頁3行)
(2)無効理由3(第29条第2項:甲20を主引例とするもの)
無効理由3は、文献公知発明に公然実施発明の自動電源オフ機能(スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、ブラシレスDCモータが停止する機能)を組合わせることにより、本件特許発明2、4、5、7は容易に想到し得たというものである。
すなわち、本件特許発明2と文献公知発明とを対比すると、本件特許発明2は「前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は前記インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフして前記ブラシレスDCモータの動作を停止するようにした」のに対し、文献公知発明は、この構成を備えたものであるか明らかでない点で相違する。
しかし、文献公知発明に公然実施発明の「自動電源オフ機能」を適用する動機付けとして、文献公知発明と公然実施発明には誤操作防止という同様の課題が存在し(審判請求書の7.(3)エ.b.iii.45頁24行?46頁4行、d.ii.49頁16行?24行)、例えば甲23に記載されているように、電動工具において、モータを長時間連続して駆動することによる機器の破損や劣化を防ぐための安全機能の必要性は、出願前の当業者に広く認識されていた事柄である(審判請求書の7.(3)エ.c.iii.46頁12行?14行)。
したがって、本件特許発明2、4、5、7は、文献公知発明を主引例として、それに公然実施発明の自動電源オフ機能を組み合わせることにより、当業者が容易に発明することができたものであるから、無効とされるべきものである。(審判事件弁駁書の6(3-1)「無効理由3について」14頁10行?14行)

第5.被請求人の主張
1.主張の概要
これに対し、被請求人は、本件特許無効審判の請求は成り立たないとの審決を求めている。

2.証拠
被請求人は、証拠を提出していない。

3.主張
本件特許は、請求人が主張するように、その出願前に公然と実施された発明と同一の発明に対してなされたものではなく(無効理由1)、また、その出願前に公然と実施された発明やその出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することができた発明に対してなされたものでもない(無効理由2、3)
(公然実施について)
制御用のマイコンが搭載されている製品が販売されていたからといって、それを購入した者が当該製品を分解してマイコンを取り出し、さらにマイコンに格納されているプログラムを抽出および解析することが通常とは考えられず、当該製品が販売された事実をもって、当該製品に搭載されているマイコンに格納されているプログラムに基づく具体的な制御内容までも含めて公然と実施されたとは認められない。(審判事件答弁書の7.(1-2)4頁18行?24行)
また、甲6、39?42をみると、公然実施品の修理、分解、改造等を禁止する旨の記載がある。(被請求人要領書3の6.第1.2頁6行?4頁7行)

(1)無効理由2(第29条第2項:公然実施発明を主引例とするもの)
本件特許発明2では、スイッチトリガの操作量に応じてブラシレスDCモータの印加電圧が制御されるのに対し、公然実施発明では、スイッチトリガがオンとなるとブラシレスDCモータに電圧が印加され、スイッチトリガがオフとなるとブラシレスDCモータに対する電圧印加が停止される。
ア.組み合わせの作用効果
公然実施発明は、発明が解決しようとする技術的課題が明らかではなく、また、各構成が技術的課題との関係において如何なる技術的意義を有するのかも明らかではないのに対し、本件特許は。変速スイッチ(構成1)と自動電源オフ機能(構成2)を組み合わせることで、スイッチトリガの遊び領域(無効ストローク)を小さくしてもモータが回転し続けることを回避でき、スイッチトリガの変速領域(有効ストローク)を大きくすることができるという、有用な作用効果を奏する。(審判事件答弁書の7.(2-2)7頁19行?8頁24行)
イ.組み合わせの阻害要因
変速スイッチが単速スイッチに比べて作業性向上に好適であれば、検甲1に変速スイッチが採用されているはずであり、検甲1が単速スイッチを採用しているのは、変速スイッチの採用を妨げる何らかの理由が存在したと考えられる。したがって、公然実施発明における単速から変速スイッチへの置換について阻害要因が存在する(審判事件答弁書の7.(2-2)9頁21行?10頁1行)
ウ.組み合わせの動機付け
公然実施発明において、誤操作によりスイッチトリガが引き続けられたときにモータが回転し続けるという課題は既に解決されているから、公然実施発明においては変速スイッチの採用は意図されておらず、単速スイッチを変速スイッチに置換する動機付けが存在しない(審判事件答弁書の7.(2-2)10頁6行?14行)
したがって、本件特許は、請求人が主張するように、その出願前に公然と実施された発明やその出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することができた発明に対してなされたものではない。

(2)無効理由3(第29条第2項:甲20を主引例とするもの)
ア.モータ停止の条件
文献公知発明は、モータ回転数とアンビル回転数との差をモータ停止の唯一の条件としている一方、甲20には、モータ回転数とアンビル回転数との差以外のモータ停止条件の存在を伺わせる記載は一切存在しない。(審判事件答弁書の7.(3-2)13頁23行?26行)
イ.誤作動防止の課題
公然実施発明の「自動電源オフ機能」が誤作動防止のためのものであること、および同様の課題が文献公知発明の電動ドライバにも存在するとの請求人の主張は、客観的根拠を欠く。(審判事件答弁書の7.(3-2)13頁27行?14頁3行)
ウ.安全機能の必要性
甲23に記載されている安全機能の必要性が電動工具の分野において出願前に広く認識されていたというためには、甲23以外の複数の証拠が必要であるところ、請求人は甲23以外の証拠を提出していない。(審判事件答弁書の7.(3-2)14頁8行?11行)
したがって、本件特許は、請求人が主張するように、その出願前に公然と実施された発明やその出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することができた発明に対してなされたものではない。

第6.無効理由についての当審の判断
1.無効理由2(第29条第2項)
(1)検甲1の検証結果から認識できる構成
検甲1については、平成28年9月13日に特許庁審判廷で検証の結果、特に以下の点が明らかとなり、検証調書に記載されている。

ア.検甲1の外観について
「(ア)検甲第1号証が、先端にドライバチップが取り付けられるコードレススクリュードライバである。(写真1、2)
(イ)ハウジングと一体に形成されたグリップの下部にバッテリを着脱可能である。(写真3)
(ウ)ハウジングのグリップ上部に、スイッチトリガが設けられている。(写真4)
(エ)ハウジングの外面に、「設計資料」と印字されたシールが貼付されている。(写真5)
(オ)ハウジングの外面に、「製番ラベル」が貼付されている。(写真6)
(カ)「製番ラベル」の上段に、「BFH040F」と記載されており、「製番ラベル」の中段左側に「1007E」と記載されており、「製番ラベル」の中段右側に「03.10」と記載されている。(写真7)」
イ.動作について
「検甲第1号証がバッテリで駆動され、スイッチトリガを引くことによりモータが回転を開始し、トリガを引き続けると、約3分経過後に、トリガを引いている状態のままモータが回転を停止した。(写真8)」停止後に再度トリガを引くと、同様にモータが回転を開始し、約3分経過後に、同様にモータの回転が停止した。
ウ.内部構造について
「(ア)ハウジングの内部に、モータ(ブラシレスDCモータ)とケース(コントローラ)を収容している。(写真9、10)
(イ)スイッチトリガが、下部に回動軸を備える回動型のトリガスイッチである(写真11)
(ウ)スイッチトリガは、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって上部が所定量以上押し込まれるとオンとなる。(写真12)」
エ.ケース(コントローラ)の側面について
「上段に「631544-5」と表記され、下段に「030520」と表記されたシールが、ケース(コントローラ)の側面に貼付されている。(写真13)」
オ.モータの配線や構造について
「(ア)歯型の黒い円盤状の縁に磁石がある。(写真15)
(イ)ステータ部分に6個のコイルがある。(写真16)
(ウ)ケース(コントローラ)から3本の太い電線がモータに接続されている。(写真17)
(エ)モータの端部に略円形の緑色の基盤があり、当該基板の円周の一部に外方へ突出部分が形成されている。当該突出部に対しては、それぞれ青色、白色、オレンジ色の3本のリード線端子が繋がっている。当該3本のリード線はケース(コントローラ)に対して接続されている。(写真18)」
カ.検甲1の検証結果から認識できる構成
後記するモータに関する技術常識を踏まえると、上記オの検証結果から、モータが永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子からなるブラシレスDCモータであることが認められる。さらに、ブラシレスDCモータを駆動させるのであるから、検甲1は、インバータ回路を備えており、当該インバータ回路は、バッテリから供給される直流電圧をスイッチングして固定子巻線への通電を切り換えるとともに、モータへの印加電圧を制御するものであることが明らかである。
したがって、検甲1の検証結果から、コードレススクリュドライバである検甲1は、以下のi?v、vii、viiiの構成を備えていることが認識される。
i.ハウジングの内部にブラシレスDCモータを収容している。ハウジングと一体に形成されたグリップの下部にバッテリを着脱可能であり、バッテリを外部電源として、ブラシレスDCモータを駆動する。
ii.ハウジングのグリップ上部には、スイッチトリガが設けられている。スイッチトリガは、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなる。
iii.スイッチトリガがオンとなると、ブラシレスDCモータが駆動する。
iv.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、ブラシレスDCモータが停止する。
v.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してブラシレスDCモータが停止した後、スイッチトリガをオンとし続けると、ブラシレスDCモータは停止した状態を維持する。
vi.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してブラシレスDCモータが停止した後、スイッチトリガを一旦オフとして、再びオンとすると、ブラシレスDCモータは再び駆動する。
vii.ブラシレスDCモータは、永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子からなる。
viii.スイッチング素子を備えるインバータ回路を備えている。インバータ回路は、外部電源であるバッテリから供給される直流電圧をスイッチングして、ブラシレスDCモータの各相の固定子巻線への通電を切り換えることで、ブラシレスDCモータを駆動するとともに、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する。

(2)カタログ(甲3?5)に記載の構成
甲3(株式会社マキタの英文総合カタログ2004/2005版表紙、第15頁および裏表紙並びにその一部の翻訳文)には、コードレススクリュドライバBFH040Fが、BFH040等とともに掲載され、「Brushless DC motor provides spark-free and maintenance-free operation.(ブラシレスDCモータが、スパークフリーかつメンテナンスフリーの運用を提供する)」と記載されるとともに、ハウジングと一体的にグリップが形成され、グリップの下部にバッテリが取り付けられ、グリップの上部にスイッチトリガが設けられた外観写真が示されている。また、裏表紙には、「PRINTED IN JAPAN Z11164-2 NJA3-20043」(日本で印刷Z11164-2 NJA3-20043)と記載されている。
そして、甲3に記載された「BFH040F」について、バッテリが着脱可能であること、スイッチトリガが、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなること、および、スイッチトリガがオンとなると、ブラシレスDCモータが駆動することは、BFH040Fがコードレススクリュドライバである以上、明らかである。

したがって、甲3記載の「BFH040F」が以下の構成を備えていることが認められる。
i.ハウジングの内部にブラシレスDCモータを収容している。ハウジングと一体に形成されたグリップの下部にバッテリを着脱可能であり、バッテリを外部電源として、ブラシレスDCモータを駆動する。
ii.ハウジングのグリップ上部には、スイッチトリガが設けられている。スイッチトリガは、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなる。
iii.スイッチトリガがオンとなると、ブラシレスDCモータが駆動する。

甲4(英文総合カタログ2004/2005版の印刷伝票)には、2004年2月13日付けで2004/2005英文総合カタログの印刷が見積もりされた明細が記載されている。
甲5(株式会社マキタの2005/2006版英文総合カタログ表紙、第15頁および裏表紙並びにその一部の翻訳文)には、「PRINTED IN JAPAN Z11169-2 NHDA2-200565」(日本で印刷 Z11169-2 NHDA2-200565)と記載されている。

(3)取扱説明書(甲6等)に記載の構成
取扱説明書を同梱して販売していた(甲2の4.3)とされる「BFH040F」の取扱説明書には、初版(甲6、甲39)、第二版(甲40)、第三版(甲41)、第四版(甲42)が存在するところ、これらの版の全てに以下の事項が記載されている。以下、甲6の記載について検討する。

甲6の表紙には、ハウジングと一体的にグリップが形成されており、グリップの下部にバッテリが取り付けられており、グリップの上部にスイッチトリガが設けられた外観図が示されている。
甲6の第8頁には、「Installing or removing battery cartridge」(バッテリカートリッジの着脱)について記載されている。
甲6の第9頁には、「Switch action」(スイッチ操作)と題し、「To start tool, simply pull the switch trigger. Release the switch trigger to stop.」(電動工具を動作させる際は、単にスイッチトリガを引けばよい。スイッチトリガを離すと停止する。)と記載されるとともに、「Automatic power off」(自動電源オフ)と題し、「When the switch trigger is kept being pulled for three minutes without driving screws or tightening bolts, the tool automatically stops. To restart the tool, release the switch trigger and then pull it again.」(ネジを回転させるか又はボルトを締めつけることなく、3分間にわたってスイッチトリガが引き続けられると、工具は自動的に停止する。工具を再度駆動するためには、スイッチトリガを開放し、その後に再び引く。)と記載されている。
甲6の第11頁の表の下部には、「Motor malfunction」(モータ故障)の際の「Status」(状態)として、「This indicates the abnormal condition of the motor. The tool does not operate.」(モータの異常を示しており、工具は動作しない。)と記載されている。

そして、これらの事項から、「BFH040F」は、バッテリを外部電源としてモータを駆動すること、モータの駆動によって工具が動作し、モータの停止によって工具の動作が停止すること、スイッチトリガが通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなること、スイッチトリガがオンとなるとモータが駆動すること、および、所定時間が経過するとモータが停止することが認められる。
したがって、取扱説明書(甲6等)から、「BFH040F」が以下の構成を備えていることが認められる。
i'.ハウジングの内部にモータを収容している。ハウジングと一体に形成されたグリップの下部にバッテリを着脱可能であり、バッテリを外部電源として、モータを駆動する。
ii.ハウジングのグリップ上部には、スイッチトリガが設けられている。スイッチトリガは、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなる。
iii'.スイッチトリガがオンとなると、モータが駆動する。
iv'.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、モータが停止する。
v'.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してモータが停止した後、スイッチトリガをオンとし続けると、モータは停止した状態を維持する。
vi'.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してモータが停止した後、スイッチトリガを一旦オフとして、再びオンとすると、モータは再び駆動する。

(4)発注書等(甲7?9)から立証される事項
甲7(BFH040Fの発注書およびその翻訳文)から、2007年1月10日に、 Applied Industrial Technologies 社が Makita U.S.A.Inc.にBFH040FSAEを発注したことが認められる。
甲8(BFH040Fの納品書およびその翻訳文)から、2007年1月18日に、 Makita U.S.A.Inc.が Applied Industrial Technologies 社へのBFH040FSAEの販売を受諾したことが認められる。
甲9(BFH040Fの請求書およびその翻訳文)から、2007年1月19日に、 Makita U.S.A.Inc.が Applied Industrial Technologies 社にBFH040FSAEの代金を請求したことが認められる。
以上のことから、2007年1月に、株式会社マキタの子会社であるMAKITA U.S.A.Inc.から米国のAPPLIED INDUSTRIAL TECHNOLOGIES社に、BFH040FSAEという製品が販売された事実が確認できる。

(5)「製造の記録」(甲10)から立証される事項
甲10は、ヘッダー部分に「INCOMD FH040FD・・・・OKA 15/05/25 12:18:24」との表記があり、上中央部に「モデル別 完成実積 ディスプレイ」と記載されている。
そして、表形式で、「部品No.」として上から順に「USAFH040FD」「USAFH040FD」「USAFH040FD」「06」「USAFH040FD」・・・・(左下)と記載され、4つ目の「USAFH040FD」に対応して、「SER.N0.」の列に「1007-l007 E」、「完成日」の列に「031001」との記載されている。
これらの記載から、部品番号が「USAFH040FD」であり、シリアル番号が「1007」である製品が、2003年10月1日に製造されたことが看てとれる。

(6)技術常識(甲15)から明らかな事項
甲15は、本件特許の出願日前である、2000年4月28日に頒布された刊行物であり、本件特許の出願日前の当業者の技術常識を示すものである。
甲15には、以下の事項が記載されている。
(ア)第34頁下から4行目?第37頁1行目
「(2)駆動原理
通常のブラシ付DCモータはブラシ・整流子を使って界磁と電機子の位置を決め、トルクが連続的に発生するように電流を切り換える。それに対してブラシレスDCモータはブラシ・整流子の代わりにホールセンサ等で(界磁)ロータの位置を検出しその位置情報からトルクを発生する電機子巻線を決め、半導体スイッチをON・OFFして巻線に流れる電流を切り換え、トルクを連続的に発生する。図2.25はロータの回転位置検出にホール素子を用いたブラシレスDCモータの駆動動作を示したものである。
(a)はモータの位置検出の状態と、スイッチング素子のON・OFFの切り換えにより巻線へ電流を流し回転する動作を示したものであり、・・・・各々のホール素子がN、S極を検出し、その情報から時計方向にトルクを発生するようにU、V、W相巻線が励磁を切り換えて一回転する。」
(イ)図2.25
第35頁の図2.25には、ブラシレスDCモータの駆動動作が示されており、電源とモータ部との間に6つのスイッチング素子からなるインバータ部が示されている。
(ウ)第86頁6行目-第87頁7行目
「3-3-1 駆動原理と基本構成
ブラシレスDCモータの駆動原理を図3.23を使って説明する。図3.23は三相2極のモータをモデルとしている。・・・・このように、それぞれの回転位置に対して最大のトルクを得る通電相がある。インバータの役割は、ロータの回転位置を検出して最適な相に通電することである。
インバータの基本構成とタイミングチャートを図3.24に示す。通電切り替えタイミングを得るために、回転位置検出器としてホールICが配置される。そしてホールICの出力信号は、論理回路により各相正負の通電信号に変換される。」
(エ)第164頁1-14行目
「(3)モータ速度制御
モータの速度を制御するには、モータへの印加電圧を変化させる必要がある。その方法としては、出力電圧を数kHzの周波数で高速にON-OFFし、そのON時間の占める割合を調整することにより出力の平均電圧を調整するPWM(パルス幅変調)方式と、昇圧チョッパ回路を用いて出力電圧を調整するPAM(パルス振幅変調)方式がある。
図4.52は、PWM方式のインバータの例を示したものである。商用AC電圧を整流・平滑しDC電圧を得る。スイッチング回路は、モータ端子電圧から巻線を励磁するタイミングを得てON-OFFすることで転流すると同時に、数kHzの周期でON-OFFすることでモータの端子電圧を変化させる。モータ端子電圧はマイクロプロセッサなどの演算素子でロータ位置検出信号として処理され、ベース(ゲート)回路を通してスイッチング回路に与えられる。」

上記(ア)?(エ)の記載事項からも明らかなように、ブラシレスDCモータは、固定子巻線が巻回された固定子(ステータ)と、永久磁石を備える回転子(ロータ)を備えている。ブラシレスDCモータを駆動する際には、ホールセンサ等でロータの位置を検出し、その位置情報からトルクを発生する固定子巻線を決め、スイッチング素子をON、OFFして巻線に流れる電流を切り換え、トルクを連続的に発生させる。
そして、スイッチング素子からなるインバータ回路は、巻線を励磁するタイミングに合わせてスイッチング素子をON-OFFすることで転流すると同時に、数kHzの周期でスイッチング素子をON-OFFすることでモータの端子電圧を変化させ、モータの速度を制御する。
これらの事項は、電動工具の技術分野において、当業者であれば当然に把握している技術常識である

(7)証人、鈴木次郎の証言
証人、鈴木次郎は、平成28年9月13日、特許庁審判廷において宣誓の上、以下のとおり述べた。なお、段落番号は、反訳書面による。

(ア)請求人代理人弁護士 櫻林 正己
「甲第3号証を示す
023 これは何ですか。
これは弊社のジェネラルカタログ、輸出向けのジェ
ネラルカタログで、2004年、2005年のもので
す。
甲第3号証3ページ目を示す
024 これを見ますと、海外向けの製品については全て冒頭にBがつ
いていますね。また、本製品のBFH040Fも掲載されていま
すね。
はい。
025 ここに掲載されているBFH040、BFH090F、BFH
090、BFH120Fが掲載されていますが、これらの正式な
名称は先ほどの例で言えば、いずれも冒頭にはBがなく、末尾に
Dがつくという理解でよろしいでしょうか。
はい、そうです。」

(イ)請求人代理人弁護士 櫻林 正己
「甲第7号証を示す
027 これはどういう書類ですか。
発注書ですか。APPLIED INDUSTRI
AL TECHNOLOGIES社が発行した発注書
と思われます。
028 真ん中あたりに、BFH040FSAEという表示があります
。これは何を示していますか。
これはBFH040FSAEというモデルを示して
います。
029 先ほどのお話では、海外向けの販売のときの製品はBFH04
0Fだと思います。末尾についているSAEは何を示しているん
ですか。
付属品が何であるかを示しています。
030 Sは何ですか。
Sは充電器です。
031 Aは。
Aは2アンペアアワーバッテリーです。
032 Eは。
Eは、そのバッテリーが2個付属しているというこ
とです。
033 このようなBFH040F、BFH040FSAEという名称
は社内での製造の管理や販売の際にも使用されるんでしょうか。
販売の際に使用しています。
034 社内の製造の場合はどうですか。
社内の製造の場合はBFH040Fが使われます。」

(ウ)請求人代理人弁護士 櫻林 正己
「042 この甲第11号証、甲第33号証のモーターコントロールユニ
ットは631544-5という番号がついているものなんですね

はい、そうです。
043 このモーターコントロールユニットは当初の設計後、設計変更
はありましたか。
はい、ありました。」

(エ)請求人代理人弁護士 櫻林 正己
「検甲第1号証を示す
053 この製品のラベルには真ん中ほどのラベルのところに、SER
ナンバーと書いてあって、その右に1007Eと刻印されていま
す。これは何を表していますか。
シリアルナンバーです。
054 1007E全部がシリアル番号ですか。
1007がシリアルナンバーで、Eは輸出向けを示
しています。
055 この製品のうち白いシールがはってある部品があります。番号
を見ますと、631544-5、030520となっています。
このシールがはってある部品は何ですか。
モーターコントロールユニットです。
056 その番号は何を示していますか。
上段の631544-5が部品番号で、下段の03
0520が製造日を示しています。
057 製造日はいつですか。
2003年5月20日です。
甲第10号証を示す
058 先ほどの証言でこれはFH040FDの完成実績を示すものだ
ということのお話でしたが、同製品のシリアルナンバー1007
のことがこの書面に記載されていますか。
記載されています。
059 どのように記載されていますか。
USAFH040FDがシリアルナンバーが031
001なので、完成日が2003年10月1日です。
060 先ほどの検甲第1号証は2003年10月1日に製造が完了し
たということが分かるわけですね。
はい、そうです。
甲第12号証を示す
061 検甲第1号証のモーターコントロールユニットと甲第12号証
の関係はどうなりますか。
モーターコントロールユニットは、検甲第12号証
の仕様書に基づいて作られています。」

(オ)請求人代理人弁護士 櫻林 正己
「069 2007年1月にBFH040FSAEがAPPLIED I
NDUSTRIAL TECHNOLOGIES社に販売された
ようですが、この2007年1月に販売された製品、それと先ほ
どの甲第12号証との関係を教えてください。
2007年1月に販売されたBFH040FSAE
はこの甲第12号証の仕様書に基づいて作られていま
す。
070 どうしてそう言えるんですか。
仕様書を変更していないからです。」

(カ)被請求人代理人弁理士 青山 仁
「甲第6号証を示す
089 甲第6号証の9ページには、オートマティックパワーオフとい
うタイトルの英文の説明があります。そこには、請求人のネジを
回転させるか、またはボルトを締めつけることなく3分間にわた
ってスイッチトリガーが引き続けられると工具は自動的に停止す
ると記載されているということなんですが、ネジを回転させるか
ボルトを締めつけることなく、というのは、モーターがいわゆる
無負荷状態で3分間トリガーが引き続けられるとモーターが自動
停止するという意味でしょうか。
ここにはそう書いてありますけれども、無負荷でな
くても止まると思います。
審判長
090 止まる、でいいんですか。
と思う、というだけです。
091 負荷がかかった状態で3分間、スイッチトリガーが引かれ続け
た場合は、どうなるのでしょうか。
先ほど言ったように、止まると思うというだけで、
ハイパー機能に電流を確認する機能が付加されてなく
て、時間だけで見ているもので、負荷があろうがなか
ろうが3分で止まると思われます。
被請求人代理人弁理士 小塚 善高
甲第39号証を示す
092 第39号証の9ページにもオートマティックパワーオフという
のがあります。これもさっきの甲6号証と同じなんですけれども
要はネジ締めをしないときは3分たつと消える。アメリカに輸出
したタイプというのは、全く同じでしょうか。ここまでしつこく
書いているというのは、これと違うんじゃないかというふうに思
うのですが。
同じです。
093 なぜここまでしつこく、使い方としては、ここから読むとネジ
を締めているときは3分過ぎても動いているというふうにしか理
解できないです。
3分、引きっぱなしの人がいるかどうか分からない
ですけど、もしその人がいた場合に、突然止まるわけ
じゃないですか。それを不審に思われないように記載
しています。」

(キ)審判官 平岩 正一
「112 甲12号証の仕様書があって、それをもとに回路設計をすると
いうお話でしたけれども、その甲12号証の仕様書、それから甲
11号証の図面ができる間の過程というのはどんな手順を踏みま
すか。
この場合は仕様書のほうが後になります。
113 これを時間がたったら止めたらいいなという発想を持った人が
まず何をするんですか。
オンしっぱなしだと、モーターのほうの温度が上っ
ていきまして、上がり過ぎて、マイコンの温度保証値
に近づいていたので保証値を超えるかもしれないと言
うことでこの機能を付けました。
114 機能をつけようと思って、まず回路図ができて、それから仕様
書ということでしょうか。
この機能自体は回路図と関係なくて、ソフトウェア
だけでできますので回路図はなかったです。」

(ク)審判官 平岩 正一
「129 モーターについてお聞きします。このような12ボルトタイプ
のバッテリーで駆動する工具で、本件ではDCブラシレスモータ
ー使っていますけれども、ほかにこういう工具で使われるモータ
ーの別の種類は何か御存じですか。
DCモーターのブラシのあるタイプ。
130 ブラシのある場合にはコイルはどこにつきますか。
コイルは回転子の端。
131 本件、外側に、固定子にコイルらしきものが見えるんですけれ
ども、外側にコイルらしきものが見えるモーターとして、インバ
ーターでないものというのはありますか。御存じかどうかです。
ACのユニバーサルモーターがあるんですけれども
こちらはステーターと固定子のほうにコイルが巻かれ
ます。
132 それは12ボルト駆動できますか。
それはできないです。」

(8)公然実施発明の公然実施性について
公然実施発明の公然実施性についての請求人の主張は、本件特許の出願前である2007年1月19日に、コードレススクリュドライバ「BFH040F」が、特段の守秘義務を負わないAPPLIED INDUSTRIAL TECHNOLOGIES社に譲渡されたことをもって、製品そのもの、および同梱の取扱説明書から知得され得るコードレススクリュドライバの発明が公然と知られたものとなった、というものである。
そこで検討する。
ア.BFH040Fという製品が2007年1月に公然実施されたこと
上記(4)に示したように、甲7?9から、2007年1月に、株式会社マキタの子会社であるMAKITA U.S.A.Inc.から米国のAPPLIED INDUSTRIAL TECHNOLOGIES社に、BFH040FSAEという製品が販売された事実が認められ、また、甲7?9に記載された「BFH040FSAE」というモデル名が、「BFH040F」を充電器とバッテリ2つを付属させて販売する際のモデル名であることは、上記(7)(イ)の証言から明らかであることから、BFH040Fとの型番を有する製品が2007年1月に公然実施されたものと認定できる。
また、電動工具は、ある程度大量に販売することが通常であり、上記(2)甲3?5より、「BFH040F」は、2004年から、株式会社マキタの英文総合カタログ2004/2005版に掲載されて販売されていた事実もBFH040Fが販売されたことを裏付けている。
そして、その販売時に、購入者に対して製品の技術内容について、守秘義務を課したことを伺わせる証拠はないから、当該販売は公然となされたものであると認める。

(被請求人の主張について)
被請求人は、公然実施発明の公然実施性について、上記第5の3.に示したとおり、製品を購入した者が当該製品を分解してプログラムを抽出および解析することが通常とは考えられない旨を主張しているが、
BFH040Fは電動工具であるから、購入者は実際に使用することでその動作の特徴を知ることができ、かつ分解してその製品の詳細を知ることができるし、また、購入者は、取扱説明書等からも、上記(3)に示したBFH040Fがどのような動作をするかを知ることができる。
したがって、2007年1月に「BFH040F」がAPPLIED INDUSTRIAL TECHNOLOGIES社に譲渡されたことをもって、製品そのもの、および同梱の取扱説明書等から知得され得るコードレススクリュドライバの発明が、公然と知られたものとなったものである。
そして、株式会社マキタが総合カタログ(甲3)に「BFH040F」を掲載していることから認められるように、「BFH040F」は不特定の顧客に対して広く販売することを目的として製造された製品であって、株式会社マキタおよび Makita U.S.A.Inc.が Applied Industrial Technologies 社に対して、例外的に、「BFH040F」の製品そのものを点検し、分解し、破壊し、又は分析しないことを合意して販売したとの事実を示す証拠もない。
したがって、 Applied Industrial Technologies 社は、 Makita U.S.A.Inc.から「BFH040F」の所有権を譲り受けたことにより、その時点において、自己の所有権に基づいて「BFH040F」について自由に使用、収益及び処分をすることが可能となったといえる。
さらに、被請求人は、甲6、39?42に修理、分解、改造等を禁止する旨の記載がある旨(被請求人要領書3の6.第1.2頁6行?4頁7行)を主張するが、製品に同梱された取扱説明書に、購入者が修理・分解等をしないように求める注意書きがあったとしても、当該記載は、購入者による修理・分解等が製品の破損・故障などの原因となることについて購入者の注意を喚起するに過ぎないものといえる。そして、当該記載が、社会通念上あるいは商慣習上、購入者による製品の分解を禁止するとまではいうことができず、購入者側において秘密を保つべき義務を課するものであるとまではいえない。
したがって、被請求人による上記主張は理由がないものである。

イ.甲6と同等の取扱説明書が公然実施されたBFH040Fに添付されたこと
電気製品を販売するにあたり取扱説明書を添付することは通常行われていること、上記(3)甲6の原本を確認し、一般的な取扱説明書の形態と認識できたこと、及び、甲39?42の取扱説明書の存在等を勘案すると、2007年1月に公然実施した「BFH040F」の販売には、甲6の取扱説明書と同等の取扱説明書が添付されていたものと認められる。
したがって、「BFH040F」は、2007年1月に、株式会社マキタの子会社である Makita U.S.A.Inc.から米国の Applied Industrial Technologies 社に、甲6と同等の取扱説明書を同梱して販売されたものと認める。

ウ.検甲1(BFH040F)の製造時期
検甲1に添付されたラベルには、製品番号として「BFH040F」と印字されており、中段に「1007E」と印字されており、製造年月として「03.10」と印字されている。また、鈴木氏の陳述書(甲27)によれば、「USAFH040FD」というモデル番号は、販売の際には「BFH040F」というモデル名を付される製品を意味しているところ、上記(5)甲10によれば、部品番号が「USAFH040FD」であり、シリアル番号が「1007」である製品は、2003年10月1日に製造されている。
したがって、検甲1(BFH040F)は、少なくとも2003年10月に製造されたものといえる。

エ.検甲1と公然実施されたBFH040Fとの同一性
2003年10月に製造されたBFH040F(検甲1)と2007年1月に公然実施されたBFH040F(BFH040FSAE)との同一性について検討する。通常、型番が共通する製品は製造時期が異なっても大きな改変はされていないと認識されるのが通常であるが、甲7?9によれば、この取引の対象を示す記号は、「SAE」が付加された点を除き一致している。
そして、上記(7)(エ)及び(オ)の証言によれば、検甲1のコントローラと、2007年1月に公然実施されたBFH040Fのコントローラとは、どちらも甲12の仕様書に基づくものとされている。
そこで、以下、検甲1の検証結果から認識できる各構成について検討する。

構成「i.ハウジングの内部にブラシレスDCモータを収容している。ハウジングと一体に形成されたグリップの下部にバッテリを着脱可能であり、バッテリを外部電源として、ブラシレスDCモータを駆動する。」については、甲3にコードレス、l2Vと記載されており、公然実施されたBFH040Fは12Vの外部電源を有するものと認められる。一方、検甲1もl2Vの電池を有しており、甲17?22に示されているように、ブラシレスDCモータはインバータ回路で駆動するのが通常である。したがって、検甲1と公然実施されたBFH040Fとは、どちらも構成iに関して同一と認められる。

構成「ii.ハウジングのグリップ上部には、スイッチトリガが設けられている。スイッチトリガは、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなる。」については、検甲1と公然実施されたBFH040Fとは、同一であることが明らかである。

構成「iii.スイッチトリガがオンとなると、ブラシレスDCモータが駆動する。」、構成「iv.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、ブラシレスDCモータが停止する。」、構成「v.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してブラシレスDCモータが停止した後、スイッチトリガをオンとし続けると、ブラシレスDCモータは停止した状態を維持する。」、及び、構成「vi.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してブラシレスDCモータが停止した後、スイッチトリガを一旦オフとして、再びオンとすると、ブラシレスDCモータは再び駆動する。」については、甲6に3分で停止すること等が記載され、検甲1も3分で停止すること等が確認されている。
そして、上記(5)(カ)で証人、鈴木次郎も述べているように、停止する機能を設けることは、必要性があって行うことであり、この停止する機能を省略する事情も見当たらないことから、検甲1と公然実施されたBFH040Fとは、どちらも構成iii?viに関して同一と認められる。

構成「vii.ブラシレスDCモータは、永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子からなる。」、及び、構成「viii.スイッチング素子を備えるインバータ回路を備えている。インバータ回路は、外部電源であるバッテリから供給される直流電圧をスイッチングして、ブラシレスDCモータの各相の固定子巻線への通電を切り換えることで、ブラシレスDCモータを駆動するとともに、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する。」については、甲3にブラシレスDCモータと記載されており、甲15に示されているように、ブラシレスDCモータは永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子を備え、インバータ回路は直流電圧のスイッチングによりブラシレスDCモータを駆動制御するのが技術常磯であること、及び、甲17?22に示されているように、工具においてブラシレスDCモータを用いることは一般的であって他の形式のモータに変更する特段の事情も見当たらないことから、検甲1と公然実施されたBFH040Fとは、どちらも構成vii、viiiに関して同一と認められる。

このように、検甲1の検証結果から認識した各構成は、2007年1月に公然実施されたBFH040Fにおいても有していたものと認められる。そして、当該認定は、他の証拠から認められる事実とも矛盾しない。

上記ア.?エ.で検討したことから、「公然実施発明」は、以下のi?viiiの構成を備える電動工具の発明であると言える。
i.ハウジングの内部にブラシレスDCモータを収容している。ハウジングと一体に形成されたグリップの下部にバッテリを着脱可能であり、バッテリを外部電源として、ブラシレスDCモータを駆動する。
ii.ハウジングのグリップ上部には、スイッチトリガが設けられている。スイッチトリガは、通常時はオフとなっており、作業者の操作によって所定量以上押し込まれるとオンとなる。
iii.スイッチトリガがオンとなると、ブラシレスDCモータが駆動する。
iv.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、ブラシレスDCモータが停止する。
v.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してブラシレスDCモータが停止した後、スイッチトリガをオンとし続けると、ブラシレスDCモータは停止した状態を維持する。
vi.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過してブラシレスDCモータが停止した後、スイッチトリガを一旦オフとして、再びオンとすると、ブラシレスDCモータは再び駆動する。
vii.ブラシレスDCモータは、永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子からなる。
viii.スイッチング素子を備えるインバータ回路を備えている。インバータ回路は、外部電源であるバッテリから供給される直流電圧をスイッチングして、ブラシレスDCモータの各相の固定子巻線への通電を切り換えることで、ブラシレスDCモータを駆動するとともに、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する。

なお、被請求人は、「公然実施発明」について、
「請求人は平成28年7月15日付け陳述要領書に記載されているように、検甲1から認識できる発明を「公然実施発明」であると主張しているのであるから、検甲第1号証そのものから直接認識できる構成を、「公然実施発明」として立証すべきである。」(被請求人要領書3の6.第2.4頁21行?24行)
と主張している。
しかしながら、審判請求書の「請求の理由」には、i?viiiの構成により特定されるコードレススクリュドライバの発明を「公然実施発明」という旨の記載こそあるものの(7.(3)イ.d-3、13頁22行?14頁18行)、「公然実施発明」との用語を、被請求人が主張するように「検甲第1号証そのものから直接認識できる構成」に限って用いる旨は、何ら記載されていない。
そして、「公然実施発明」との用語は、通常の用法からすれば、公然実施された発明を意味するところ、「公然実施された」といえる範囲を各証拠に基づいて認定すると、上記ア.?ウ.のとおりとなる。
したがって、被請求人による上記主張は、採用することができないものである。

(9)本件特許発明2との対比
本件特許発明2と、公然実施発明とを対比する。
公然実施発明の「ブラシレスDCモータ」は、永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子からなるから、本件特許発明2の「永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子とからなるブラシレスDCモータ」に相当する。
公然実施発明の「インバータ回路」は、外部電源であるバッテリから供給される直流電圧をスイッチングして、ブラシレスDCモータの各相の固定子巻線への通電を切り換えることで、ブラシレスDCモータを駆動するから、本件特許発明2の「外部電源から供給される直流電圧をスイッチングして各相の固定子巻線への通電を切り換えて前記ブラシレスDCモータを駆動するインバータ回路」に相当する。
公然実施発明の「スイッチトリガ」は、オンとなると、ブラシレスDCモータが駆動するから、本件特許発明2の「作業者のトリガ操作により前記ブラシレスDCモータを動作させるスイッチトリガ」に相当する。
公然実施発明の「電動工具」は、本件特許発明2の「電動工具」に相当する。
公然実施発明の「スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、ブラシレスDCモータが停止する」は、本件特許発明2の「前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は」「前記ブラシレスDCモータの動作を停止する」に相当する。

したがって、本件特許発明2と公然実施発明とは、
[一致点]
永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子とからなるブラシレスDCモータと、
外部電源から供給される直流電圧をスイッチングして各相の固定子巻線への通電を切り換えて前記ブラシレスDCモータを駆動するインバータ回路と、
作業者のトリガ操作により前記ブラシレスDCモータを動作させるスイッチトリガとを備えた電動工具であって、
前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は前記ブラシレスDCモータの動作を停止するようにした電動工具。
の点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1]
スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合に、本件特許発明2では、「前記インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフして」ブラシレスDCモータの動作を停止するのに対し、公然実施発明では、インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフしているか否かが明確でない点。
[相違点2]
本件特許発明2では、「スイッチトリガの操作を認識し、その操作量に応じて前記インバータ回路を構成するスイッチング素子を制御して前記ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する制御信号出力部」を備えるのに対し、公然実施発明では、スイッチトリガのオン操作により駆動するものの、スイッチトリガの操作量に応じて当該ブラシレスDCモータの印加電圧を制御するものではない点。

(10)判断
ア.[相違点1]について
公然実施発明では、スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続したことでブラシレスDCモータの動作を停止する際に、インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフしているか否かが、特定されていない。
しかしながら、公然実施発明のブラシレスDCモータは、「直流電圧をスイッチングして、ブラシレスDCモータの各相の固定子巻線への通電を切り換えることで」駆動されるものであるところ、ブラシレスDCモータの動作を停止させるためにインバータ回路を構成するスイッチング素子をオフすることは、甲16第4頁右欄36?39行目及び甲17第3頁右下欄3?4行目に示すように、技術常識であるから、公然実施発明においても、ブラシレスDCモータの動作を停止する際に、インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフしてブラシレスDCモータの動作を停止させていることは、当業者には自明である。
したがって、上記相違点に係る構成は、実質的な相違点とは言えない。

イ.[相違点2]について
甲18ないし甲21の各記載にあるように、ブラシレスDCモータを搭載した電動工具において、スイッチトリガの操作量に応じてインバータ回路を構成するスイッチング素子を制御してブラシレスDCモータの印加電圧を制御する構成とすることは、出願前の当業者にとって、周知技術に属するものといえる。そして、甲22に「電動レンチや電動ドライバーのように締め付け作業を行なうものにおいては、締め付けトルクを可変とすることが、その作業性を高める点でも、被締め付け物の破壊を防ぐ点でも必要であり、また回転数も可変として、締め付け作業の開始時には回転数を低くしておけるようにすることが、良好な作業性を得られる条件となる。」(1頁左欄21行?右欄6行)と記載されているように、電動工具において、モータの回転数が一定である単速スイッチ(「スイッチトリガの操作量に応じて、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する」スイッチ)からモータの回転数が可変である変速スイッチ(「スイッチトリガがオンとなると、その操作量に関わらず、ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する」スイッチ)に置き換えることで、コストは上昇するものの良好な作業性が得られることは、本件特許の出願前の当業者にとって周知のことであるから、公然実施発明の電動工具について、上記観点から、モータの回転数が一定である単速スイッチから、モータの回転数が可変である変速スイッチに置き換えることは、当業者であれば必要に応じて通常試みることである。
そして、公然実施発明のような単速スイッチにおいても、スイッチトリガを押し込んでもスイッチトリガがオンとならない遊び領域(無効ストローク)は存在しているから、単速スイッチを用いた電動工具においても、自動電源オフ機能を適用すれば、スイッチトリガの遊び領域(無効ストローク)を短くすることができ、それに伴う副次的な効果として変速領域を長くすることが可能になることは、当業者であれば当然に予測できることである。
したがって、上記相違点に係る構成は、周知技術に基づいて、当業者であれば容易に想到し得たことである。
[被請求人の主張第5の3.の(1)ア]について
被請求人は、公然実施発明では、技術的課題や各構成の技術的意義が明らかでないのに対し、本件特許は、変速スイッチと自動電源オフ機能を組み合わせることにより有用な作用効果を奏する旨を主張している。
しかしながら、装置の一部の仕様を変更したり、装置の欠点を改良するよう一部の構成要素の設計を変更することは、装置の設計において一般的に行われることであり、公然実施発明の各構成要素の技術的意義が不明であるからといって一切の改変ができないというものではない。
そして、変速領域を長くすることが可能になるとの効果は、上記のとおり、当業者であれば容易に予測し得る範囲内のものである。
したがって、被請求人による上記主張は採用することができないものである。
[被請求人の主張第5の3.の(1)イ、ウ]について
また、被請求人は、検甲1が単速スイッチを採用しているのは、変速スイッチの採用を妨げる何らかの理由が存在したと考えられ、置換について阻害要因が存在する、及び、公然実施発明では、誤操作によりスイッチトリガが引き続けられたときにモータが回転し続けるという課題は既に解決されているから、公然実施発明の単速スイッチを変速スイッチに置換する動機付けが存在しないとも主張している。
しかしながら、既存の装置を基に、その装置の一部の仕様を変更したり、装置の欠点を改良するよう一部の構成要素の設計を変更することは、装置の設計において一般的に行われることである。
そして、単速スイッチを採用するか変速スイッチを採用するかは、作業性、コスト、価格、構造の複雑さの点等の諸要素を総合的に勘案して決定されるものであり、常に変速スイッチが優先的に採用されるものではなく、現に、被請求人自身、本件特許の出願日前において、変速スイッチの電動工具と、単速スイッチの電動工具の両者を共に販売している(甲25)。
したがって、検甲1、ひいては公然実施発明が単速スイッチを採用しているからといって、検甲1に変速スイッチの採用を妨げる特段の事情などは存在しない。

上記ア.、イ.に示したように、[相違点1]は実質的な相違点とは言えず、[相違点2]は当業者であれば容易に想到し得たことである。
そして、両相違点を総合勘案しても、作用効果において格別のものが生じるとは認められない。
よって、本件特許発明2は、公然実施発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(11)本件特許発明4、5、7
本件特許発明4及び本件特許発明5は本件特許発明2を引用するものであるが、公然実施発明は請求項4及び請求項5でそれぞれ限定した構成を備えているから、本件特許発明4及び本件特許発明5は、本件特許発明2と上記[相違点1]及び[相違点2]で相違する。[相違点1]及び[相違点2]については、上記(10)で検討したとおりである。そうすると、本件特許発明4及び本件特許発明5は、公然実施発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

また、本件特許発明7と公然実施発明とを対比すると、本件特許発明7は、
[相違点3]
前記スイッチトリガを一旦オフにした後、再度オンとした場合、本件特許発明7では、「前記スイッチトリガの操作量に応じて前記ブラシレスDCモータを制御可能」とするのに対して、公然実施発明では、スイッチトリガの操作量に応じて当該ブラシレスDCモータを駆動するものではない点。

公然実施発明と相違する。そこで、この点について検討すると、スイッチトリガの操作量に応じてブラシレスDCモータを制御可能とすることは、上記(10)イ.で示したように、周知技術である。
したがって、公然実施発明の、スイッチトリガがオンとなるとモータを駆動する構成に代えて、周知技術である、スイッチトリガの操作量に応じてモータを制御する構成を採用して、本件特許発明7の構成とすることは、これを妨げる特段の事情もなく、当業者が容易に想到し得たことである。

2.無効理由3(第29条第2項)
(1)甲20の記載事項、及び、文献公知発明
本件特許の出願日前の2004年3月4日に頒布された刊行物である甲20には、以下の事項が記載されている。
(ア)「(1)インパクトドライバー10の構成 図1は、本実施例を示すインパクトドライバー10の側面図である。」(段落【0020】)
(イ)「図1に基づいて、インパクトドライバー10の構成について説明する。」(段落【0021】)
(ウ)「インパクトドライバー10は、胴部である略円筒状の外形の本体12と、本体12の先端部にドライバー工具が装着されるチャック部13と、ピストル型になるように形成される把持部14とを備えている。」(段落【0022】)
(エ)「本体12の後部には、ブラシレスDCモータ(以下、単にモータという。)15と、変速機構であるギアボックス16と締付け機構である締付け部11とが内蔵されている。」(段落【0023】)
(オ)「把持部14は作業者が手で把持できるように形成され、把持状態で指が位置する個所に引金状のトリガースイッチ17が配されている。」(段落【0024】)
(カ)「このトリガースイッチ17の操作により、モータ15を所定の回転速度とトルクによって制御する制御装置18の回路基板が、モータ15の下方に配されている。」(段落【0025】)
(キ)「(3)モータ15の構造 モータ15は、3スロット2極のIPM(Interior Permanent Magnet)型ブラシレスDCモータである。」(段落【0039】)
(ク)「固定子には3個の歯部が内方に突出し、各歯部にコイル34が巻き付けられている。そして、この各歯部に巻き付けられたコイル34は、Y結線されて、U相、V相、W相よりなる3相を構成している。」(段落【0040】)
(ケ)「このモータ15は2極のIPM型であるので、回転子の内部にN極とS極の永久磁石がそれぞれ内蔵されている。」
(段落【0041】)
(コ)「(4)制御装置18の構成 次に、図3を参照してモータ15を制御する制御装置18について説明する。」(段落【0042】)
(サ)「図3はモータ15の制御装置18を示すブロック図である。」(段落【0043】)
(シ)「モータ15のU相、V相、W相の各コイル34へ駆動信号がインバータ回路21から供給される。インバータ回路21を構成する6個のスイッチングトランジスタを用い、モータ15のY結線された3相のコイル34に双方向駆動電流を流して駆動するバイポーラ駆動を行う。バイポーラ駆動の方法としては、120° 通電矩形波駆動法が挙げられる。このインバータ回路21は、バッテリー19である直流電源が供給されるが、インバータ回路21とバッテリー19との間には前記した電源電圧平滑用コンデンサ20がバッテリー19と並列に接続されている。」(段落【0044】)
(ス)「モータ15の回転子88の回転位置を検出するホール素子H1、H2、H3からの回転信号S1、S2、S3は回転子位置検出回路23へ出力し、回転子位置検出回路23からモータ回転数信号Aが出力される。」(段落【0045】)
(セ)「インバータ回路21の各スイッチングトランジスタTr 1?Tr6のゲート端子ヘゲート信号を送るゲートドライブ回路28が設けられ、このゲートドライブ回路28に対しPWM(パルス幅変調)信号を供給する演算回路22が設けられている。この演算回路22にし回転子位置検出回路23からのモータ回転数信号Aと、速度指令回路24からの速度指令信号Bと、回転方向指令回路25からの回転方向指令信号Cに基づいて、PWM信号をゲートドライブ回路28に出力する。」(段落【0046】)
(ソ)「速度指令信号Bを出力する速度指令回路24には、前記で説明したトリガースイッチ17が接続され、このトリガースイッチ17の作業者による押圧状態によって速度指令回路24が演算回路22に速度指令信号Bを出力する。すなわち、トリガースイッチ17を多く引くことによってより早く回転するように速度指令信号Bが出力される。」(段落【0047】)
(タ)上記摘記事項(ア)?(ソ)から、「文献公知発明」は、以下の構成を備える電動工具の発明であると認められる。
「略円筒状の外形の本体12に内蔵され、
永久磁石を備えた回転子とコイル34を備えた固定子とがらなるブラシレスDCモータ15と、
バッテリー19から供給される直流電圧をスイッチングして各相のコイル34への通電を切り換えてブラシレスDCモータ15を駆動するインバータ回路21と、
本体の把持部に配置され、作業者のトリガ操作によりブラシレスDCモータ15を動作させるトリガースイッチ17と、
トリガースイッチ17の押圧状態に応じて、演算回路22に速度指令信号bが出力され、これを受けて、インバータ回路21を構成するスイッチングトランジスタTr 1?Tr 6のゲートドライブ回路28に対し、PWM信号を供給する演算回路22とを備えたインパクトドライバー。」

(2)本件特許発明2との対比
本件特許発明2と、文献公知発明とを対比する。
文献公知発明の「ブラシレスDCモータ15」は、永久磁石を備えた回転子とコイル34を備えた固定子とからなるから、本件特許発明2の「永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子とからなるブラシレスDCモータ」に相当する。
文献公知発明においては、「バッテリー19」がインバータ回路21に直流電圧を供給し、この直流電圧を「インバータ回路21」がスイッチングして各相のコイル34への通電を切り換えてブラシレスDCモータ15を駆動するから、文献公知発明の「バッテリー19」は本件特許発明2の「外部電源」に相当し、文献公知発明の「インバータ回路21」は本件特許発明2の「外部電源から供給される直流電圧をスイッチングして各相の固定子巻線への通電を切り換えて前記ブラシレスDCモータを駆動するインバータ回路」に相当する。
文献公知発明の「トリガースイッチ17」は、作業者のトリガ操作によりブラシレスDCモータ15を動作させるから、本件特許発明2の「作業者のトリガ操作により前記ブラシレスDCモータを動作させるスイッチトリガ」に相当する。
文献公知発明の「演算回路22」は、トリガースイッチ17の押圧状態に応じて、演算回路22に速度指令信号bが出力され、これを受けて、インバータ回路21を構成するスイッチングトランジスタTr 1?Tr 6のゲートドライブ回路28に対し、PWM信号を供給することから、本件特許発明2の「前記スイッチトリガの操作を認識し、その操作量に応じて前記インバータ回路を構成するスイッチング素子を制御して前記ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する制御信号出力部」に相当する。
文献公知発明の「インパクトドライバー」は、ブラシレスDCモータにより駆動される工具であるから、本件特許発明2の「電動工具」に相当する。
したがって、本件特許発明2と文献公知発明とは、
「永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子とからなるブラシレスDCモータと、
外部電源から供給される直流電圧をスイッチングして各相の固定子巻線への通電を切り換えて前記ブラシレスDCモータを駆動するインバータ回路と、
作業者のトリガ操作により前記ブラシレスDCモータを動作させるスイッチトリガと、
前記スイッチトリガの操作を認識し、その操作量に応じて前記インバータ回路を構成するスイッチング素子を制御して前記ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する制御信号出力部とを備えた電動工具」
の点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点4]
本件特許発明2は、「前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は前記インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフして前記ブラシレスDCモータの動作を停止するようにした」のに対して、文献公知発明は、そのようなものであるか不明な点。

(3)判断
文献公知発明の電動ドライバは、モータの回転数とアンビルの回転数の差が所定値を超えるまでモータは停止しないものであるから、スイッチトリガが誤ってオンされた場合、モータとアンビルは常に同じ回転数となり、モータは停止することなく回転し続ける。
電動ドライバはその使用態様からは、通常ねじが締まる間の数秒間の作動(オン・オフ)を予定しており、3分間も連続して使用することがないこと、及び、モータを長時間連続して駆動すれば、電動ドライバに過重な負荷や発熱が生じ、その破損や劣化の可能性が高まることは技術常識である。
そして、本件特許の出願日前である、2003年9月9日に頒布された刊行物である甲23には、
「しかしながら、上記した従来のインパクト回転工具にあっては、・・・・、想定される以上の長時間作業を行った場合や万一の制御不能に陥った場合に、駆動モータ等の機器の破損や劣化及びバッテリーの過放電による劣化という不具合が発生する恐れがあった。」(第3頁左欄44行?右欄2行)
「例えば前記タイマの所定時間を3分としてその満了時点でリレースイッチ16をオフして作業を停止するようにすれば、1回の作業につき最大作業時間を3分として機器の保護を図ることができる」(5頁左欄34?37行)
と記載されている。
また、上記第6.1.(8)で示したとおり、本件特許の出願日以前に公然と実施された「BFH040F」は「iv.スイッチトリガがオンとなってから所定時間が経過すると、ブラシレスDCモータが停止する。」との構成を備えており、「ネジを回転させるか又はボルトを締めつけることなく、3分間にわたってスイッチトリガが引き続けられると、工具は自動的に停止する。」(甲6第15頁)等の記載からみても、スイッチトリガが誤ってオンされた状態が継続したときに自動的にモータを停止させる安全機能であるものといえる。このように、長時間、運転状態が継続した場合に駆動モータを停止する手段を備えることは、上記甲23に記載された、そして従来「BFH040F」によって公然実施された技術的事項であるから、本件特許の出願前の当業者にとって周知の技術である。
してみると、文献公知発明、及び、上記周知の技術は、電動工具の中でも電動ドライバという同一の技術分野に属する技術であって、文献公知発明において、上記周知の技術から、公然実施発明を適用して本件特許発明2の構成に至ることは、当業者にとって容易に想到し得たことと認められる。文献公知発明に上記公然実施発明を適用することについて、阻害事由は見あたらないし、本件特許発明2が、文献公知発明及び上記公然実施発明から予測し得ない格別の効果を奏するものとも認められない。
[被請求人の主張(2)ア?ウ]について
被請求人は、
「モータ回転数とアンビル回転数との差が所定値に到達した場合にモータを停止させる構成は、文献公知発明において、その解決課題に対応した本質的構成である。しかも、甲20には、モータ停止条件として、モータ回転数とアンビル回転数との差が所定値に到達した場合にモータを停止させることしか記載されていない。
よって、甲20に接した当業者が、モータ回転数とアンビル回転数との差以外のモータ停止条件を組み合わせようなどと試みるはずはない。」(被請求人要領書1の6.2)(3))
と主張しているが、上記のとおり、安全機能として、駆動モータを自動停止する手段を備えることは、当該技術分野において周知の技術と認められるから、被請求人による上記主張は理由がないものである。

(4)本件特許発明4、5、7
本件特許発明4は本件特許発明2を引用するものであるが、本件特許発明4と文献公知発明とを対比すると、本件特許発明4は、上記[相違点4]、及び、以下の相違点で文献公知発明と相違する。
[相違点5]
本件特許発明4は、「該スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続して前記ブラシレスDCモータを停止させた後、前記スイッチトリガが押されていない状態を認識し、その後再び前記スイッチトリガが押された場合には前記ブラシレスDCモータを動作させるようにした」のに対して、文献公知発明は、そのようなものであるか不明な点。
しかしながら、[相違点4]については、上記(3)で検討したとおりであり、[相違点5]については、公然実施発明が構成v、viを備えることから、上記相違点は、文献公知発明に上記公然実施発明を適用することにより容易になし得たものと認められる。
したがって、本件特許発明4は、当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件特許発明5は本件特許発明2を引用するものであるが、本件特許発明5と文献公知発明とを対比すると、本件特許発明5は、上記[相違点4]、及び、以下の相違点で文献公知発明と相違する。
[相違点6]
本件特許発明5は、「前記外部電源は、充電電池である」のに対して、文献公知発明は、そのようなものであるか不明な点。
しかしながら、[相違点4]については、上記第6.1.(3)で検討したとおりであり、[相違点6]については、電動ドライバが通常備える構成にすぎないものと認められる。
したがって、本件特許発明5は、本件特許発明2と同様、当業者が容易に発明をすることができたものである。

また、本件特許発明7と文献公知発明とを対比すると、本件特許発明7は、以下の相違点で文献公知発明と相違する。
[相違点7]
本件特許発明7は、「前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は、前記ブラシレスDCモータの動作を停止すると共に、該ブラシレスDCモータが停止した後も前記スイッチトリガが押され続けた場合は、該ブラシレスDCモータの停止状態を維持し、前記スイッチトリガを一旦オフにした後、再度オンとした場合は、前記スイッチトリガの操作量に応じて前記ブラシレスDCモータを制御可能とした」のに対して、文献公知発明は、この構成を備えているか不明な点。
しかしながら、[相違点7]については、公然実施発明が構成iv?viを備えることから、上記相違点は、文献公知発明に上記公然実施発明を適用することにより容易になし得たものと認められる。
したがって、本件特許発明7も、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第7.むすび
以上のことから、本件特許発明2、4、5、7は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(削除)
【請求項2】
永久磁石を備えた回転子と固定子巻線を備えた固定子とからなるブラシレスDCモータと、
外部電源から供給される直流電圧をスイッチングして各相の固定子巻線への通電を切り換えて前記ブラシレスDCモータを駆動するインバータ回路と、
作業者のトリガ操作により前記ブラシレスDCモータを動作させるスイッチトリガと、
前記スイッチトリガの操作を認識し、その操作量に応じて前記インバータ回路を構成するスイッチング素子を制御して前記ブラシレスDCモータの印加電圧を制御する制御信号出力部とを備えた電動工具であって、
前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は前記インバータ回路を構成するスイッチング素子をオフして前記ブラシレスDCモータの動作を停止するようにした電動工具。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
該スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続して前記ブラシレスDCモータを停止させた後、前記スイッチトリガが押されていない状態を認識し、その後再び前記スイッチトリガが押された場合には前記ブラシレスDCモータを動作させるようにしたことを特徴とする請求項2記載の電動工具。
【請求項5】
前記外部電源は、充電電池であることを特徴とする請求項2記載の電動工具。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
ブラシレスDCモータと、
該ブラシレスDCモータを収容するハウジングと、
作業者が操作できるように該ハウジングに設けられたスイッチトリガと、
該スイッチトリガが押されると前記ブラシレスDCモータが駆動するように制御する制御部と、を備えた電動工具であって、
前記スイッチトリガが押されている状態が所定時間以上継続した場合は、前記ブラシレスDCモータの動作を停止すると共に、該ブラシレスDCモータが停止した後も前記スイッチトリガが押され続けた場合は、該ブラシレスDCモータの停止状態を維持し、
前記スイッチトリガを一旦オフにした後、再度オンとした場合は、前記スイッチトリガの操作量に応じて前記ブラシレスDCモータを制御可能としたことを特徴とする電動工具。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2017-05-23 
結審通知日 2017-05-25 
審決日 2017-06-07 
出願番号 特願2007-245891(P2007-245891)
審決分類 P 1 113・ 121- ZAA (B25F)
最終処分 成立  
前審関与審査官 上田 真誠段 吉享  
特許庁審判長 久保 克彦
特許庁審判官 渡邊 真
平岩 正一
登録日 2012-06-15 
登録番号 特許第5013260号(P5013260)
発明の名称 電動工具  
代理人 特許業務法人快友国際特許事務所  
代理人 特許業務法人筒井国際特許事務所  
代理人 特許業務法人筒井国際特許事務所  

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