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審決分類 審判 全部無効 特17条の2、3項新規事項追加の補正  B25F
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B25F
管理番号 1331537
審判番号 無効2015-800221  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-12-03 
確定日 2017-07-24 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4986258号発明「電動工具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 1.特許第4986258号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 2.特許第4986258号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。3.請求人の請求のうち、訂正前の請求項4及び5に係る発明についての請求を却下する。4.審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許4986258号の請求項1ないし5に係る発明についての手続の経緯は以下のとおりである。なお、平成29年2月28日付けの審決の予告に対しては、両当事者から指定された期間内に何らの応答もなかった。
平成18年 4月26日 本件出願(優先権主張平成17年12月27日、日本国)
平成24年 5月11日 設定登録(特許第4986258号)
平成27年12月 3日 本件審判請求書
平成28年 3月 4日 答弁書、訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。また、本件訂正請求書による訂正請求及び訂正を、それぞれ「本件訂正請求」及び「本件訂正」という。)
平成28年 4月27日付 審理事項通知(以下、「審理事項通知(1)」という。また、次回以降の審理事項通知を、「審理事項通知(2)」等という。)
平成28年 6月 8日 請求人・口頭審理陳述要領書(以下、「請求人要領書(1)」という。また、次回以降の請求人・口頭審理陳述要領書を、以下、「請求人要領書(2)」等という。)
平成28年 6月 9日 被請求人・口頭審理陳述要領書(以下、「被請求人要領書(1)」という。また、請求人のものと同様に、「被請求人要領書(2)」等という。)
平成28年 6月16日付け 審理事項通知(2)
平成28年 6月29日 請求人要領書(2)
平成28年 6月30日 被請求人要領書(3)
平成28年 7月 6日付け 審理事項通知(3)
平成28年 7月21日 請求人要領書(3)、被請求人要領書(3)
平成28年 7月21日 口頭審理、検証、証人尋問
平成28年 8月30日 請求人上申書
平成28年 8月31日 被請求人上申書
平成28年10月13日 請求人上申書(2)
平成29年 2月28日付け 審決の予告

第2.訂正請求について
1.訂正請求の内容
本件訂正請求に係る訂正の内容は、本件特許の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正するものであって、以下の訂正事項1及び2からなるものである。

ア.訂正事項1
本件特許の特許請求の範囲の請求項4を削除する。

イ.訂正事項2
本件特許の特許請求の範囲の請求項5を削除する。

2.本件訂正請求についての当審の判断
訂正事項1及び2をまとめて検討する。
訂正事項1及び2は、いずれも本件訂正前の請求項を削除するものであるから、両者とも特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、両者とも、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものではないことは明らかである。さらに、本件特許の請求項4及び5はいずれも、本件無効審判の請求の対象であるから、特許法第134条の2第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項に規定されたいわゆる独立特許要件は課せられない。
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項の規定に適合し、同条第9項で準用する特許法第126条第4ないし6項の規定に適合するから、結論のとおり、本件訂正を認める。

第3.本件特許発明
本件訂正により訂正された本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし3に係る発明(以下、「本件特許発明1」等という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された、以下のとおりのものと認める。

「【請求項1】
吸気口が設けられたハウジング部と、
ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと、該ステータの内部に略同心状に配置されたロータと、を有し、前記ハウジング部に収容されるブラシレスモータと、
該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される基板と、
前記ハウジング部に収容され、前記回転軸に装着される冷却ファンと、を備えた電動工具において、
前記ブラシレスモータは、前記ステータに設けられ前記ステータと前記ステータコイルとを絶縁し、前記ステータの端部より前記回転軸方向に突出する突出部を有する絶縁部材を備え、
前記基板は、前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されていることを特徴とする電動工具。
【請求項2】
前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体を、前記ハウジング部の外へ排出する排出口を備え、
該排出口は、前記吸気口と離間して、前記ハウジング部に形成されたことを特徴とする請求項1記載の電動工具。
【請求項3】
前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板を備え、
該インバータ回路基板と前記基板とを別々に設けたことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の電動工具。」

第4.請求人の主張
以下、本件特許に係る出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲及び図面のそれぞれを、「本件当初明細書」等という。また、これらを総称して「本件当初明細書等」という。そして、本件当初特許請求の範囲の請求項1等を、「当初請求項1」等という。
さらに、本件特許に係る出願の、平成24年2月24日付け意見書及び手続補正書をそれぞれ「本件意見書」及び「本件補正書」といい、本件補正書による補正を、「本件補正」という。さらに、本件補正により補正された明細書等を「本件補正明細書」等という。また、本件補正特許請求の範囲の請求項1等を、「本件補正請求項1」等という。
さらに、当初請求項1等に係る発明を、当初発明1等といい、本件補正請求項1に係る発明を、本件補正発明1等という。

1.主張の要点
請求人は、以下の無効理由1ないし5により、本件特許は特許法第123条第1項第1号、第2号及び第4号に該当するから、無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求めている。(請求書2ページ6.及び7.(2))
以下、「甲第1号証」を「甲1」のように略記する。

無効理由1:特許法第17条の2第3項
本件補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものではないから、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。

無効理由2:特許法第36条第6項第1号及び第2号
本件特許の請求項1ないし5に係る発明(以下では、それぞれ、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」、・・・、「本件特許発明5」という)は、いずれも、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。
また、本件特許の請求項5に係る記載は、明確でないから、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

無効理由3:特許法第29条第1項第2号
本件特許発明1ないし3及び5は、本件特許に係る優先日前に公然と販売された充電式アングルスクリュドライバFL300FDZの発明(以下「公然実施発明」という)と同一であるから、特許法第29条第1項第2号の発明に該当する。したがって、本件特許発明1ないし3及び5は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

無効理由4:特許法第29条第2項
本件特許発明1ないし5は、公然実施発明と周知技術に基づいて、本件特許に係る出願の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

無効理由5:特許法第29条第2項
本件特許発明1ないし5は、本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲16(特開2005-102370号公報)に記載された発明(以下、「文献公知発明」という)と周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

なお、上記第2.の2.に示したように、本件訂正によって、本件訂正前の請求項4及び5は削除されたが、請求人は、請求項4及び5を削除する旨の本件訂正を認める審決がいまだ確定していないから、請求項4及び5に係る部分の主張や証拠について撤回することはできない旨主張している。(請求人要領書(2)30ページ(4))

2.証拠
請求人が提出した書証は、以下のとおりである。
甲1ないし17は、請求書とともに提出されたものである。甲18ないし22は、請求人要領書(1)とともに提出されたものである。甲23及び24は、請求人要領書(2)とともに提出されたものである。
また、請求人の従業員である小林秀人及び杉本学を証人とする証人尋問を申し出ている。
さらに、請求人が所有する充電式アングルスクリュドライバ「BFL300F」及び充電式アングルスクリュドライバ「BFL400F」を、それぞれ検甲第1号証及び検甲第2号証(以下、「検甲1」などという。)として検証を申し出ている。

甲1 特許第4986258号公報
甲2 特開2007-196363号公報
甲3 本件特許の出願(特願2006-121427号)に係る平成24年2月24日付け手続補正書
甲4 本件特許の出願に係る平成24年2月24日付け意見書
甲5 判定2013-600043判定書
甲6 「充電式アングルスクリュドライバFL300FDZ/FL400FDZ」の販売カタログ
甲7 水戸工業株式会社宛の納品書及び水戸工業株式会社の受取書
甲8 峰澤鋼機株式会社宛の納品書及び峰澤鋼機株式会社の受取書
甲9 株式会社マキタ社内における「製造の記録」充電式アングルスクリュドライバFL300FDZの部分
甲10 株式会社マキタ社内における「製造の記録」充電式アングルスクリュドライバFL400FDZの部分
甲11 充電式アングルスクリュドライバFL300FDZの製造図面
甲12 株式会社マキタ従業員福屋浩治の報告書
甲13 特開2004-357371号公報
甲14 特開2005-176451号公報
甲15 米国特許第6320286号明細書および抄訳
甲16 特開2005-102370号公報
甲17 特開平9-308207号公報
甲18 株式会社マキタ従業員杉本学氏の陳述書
甲19 充電式アングルスクリュドライバFL300FDZの平成16年6月30日における製造図面
甲20 充電式アングルスクリュドライバFL300FDZの平成17年5月20日における製造図面
甲21 株式会社マキタ従業員小林秀人氏の陳述書
甲22 新村 出、「広辞苑」(第六版)、岩波書店 平成20年1月11日 358頁、2245頁
甲23 充電式アングルスクリュドライバ「BFL300F/BFL400F」の英文カタログ
甲24 吉藤 幸朔、熊谷 健一 「特許法概説」(第13版) 有斐閣 平成10年12月10日 79頁、80頁

3.主張の概要
請求人の主張の概要は、以下のとおり。

(1)無効理由1
ア.本件補正発明1について
(ア)本件当初特許請求の範囲の請求項1ないし15のうち、他の請求項を引用しない当初請求項は、請求項1及び13のみであるところ、当初請求項1及び13と、本件補正請求項1とを対比する。そうすると、本件補正は、当初請求項1及び13の両方の特定事項であった、「前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、」及び「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」との構成を削除し、「前記ブラシレスモータは、前記ステータに設けられ前記ステータと前記ステータコイルとを絶縁し、前記ステータの端部より前記回転軸方向に突出する突出部を有する絶縁部材を備え、」及び「前記基板は、前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されている」との構成を付加するものである。(請求書7ページの7.(3)イ.a.ないしb.)
(イ)本件当初明細書の段落【0006】ないし【0010】、並びに、【0027】及び【0028】の記載から、本件当初明細書等には、ブラシレスモータを適用した電動工具の冷却において、ステータとロータ間のエアギャップに冷却空気を通す方式によると、当該エアギャップに鉄粉や木粉が詰まってしまうことを解決しようとして、当該エアギャップに粉塵が侵入しないような防塵構造とすると共に、モータを冷却する構成を備えた電動工具を提供することを目的とした発明が記載されていて、そのために、本件当初明細書等に記載された発明は、ブラシレスモータのステータの両端を隔壁部を備えた一対のホルダ部材によって包囲して密閉型構造を形成し、かつステータの外周部とハウジング部の内周部の間の空間に冷却風の流通路となる空間部を形成することで、モータの防塵機能を実現させつつ、ステータの冷却風量を増加させる発明であると解され、当初発明13は、その隔壁部を基板によって構成することで、配線の取り出しを容易にさせたものと解される。そして、上記「ブラシレスモータのステータの両端を隔壁部を備えた一対のホルダ部材によって包囲して密閉型構造を形成」した構成及び「ステータの外周部とハウジング部の内周部の間の空間に冷却風の流通路となる空間部を形成」した構成は、必須の構成として本件当初明細書等に記載されたものである。(請求書10ページの7.(3)イ.c.、請求人要領書(1)15ページの6(1-2)(a)iv)
(ウ)上記(ア)に示した本件補正事項及び本件意見書における被請求人の主張から、本件補正請求項1に係る発明は、吸気口から流入した空気を基板と衝突させることによりモータ内部に流入する冷却風の粉塵を減少させ、モータ内に流入する粉塵の量を減少させるという解決手段を採用した発明と解されるのである。(請求書16ページの7.(3)イ.e.)
(エ)本件当初明細書の段落【0051】及び【0052】には、ステータコイル配線基板31がステータを覆うインシュレータに固定されていることが記載されている。しかし、本件当初明細書等には、基板はモータを密閉構造にするホルダ部材の一部を構成するものとして記載されていたのであって、「吸気口から流入した空気が基板に衝突した後にモータ側に流入する」との記載はないし、基板の中央開口を経由してモータ内に冷却風が侵入することによりモータを冷却するとの記載もない。本件当初明細書等には、基板が「ロータの回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部の一部」として機能しない発明は一切記載がないのであるから、基板とロータとの関係を限定せず、単に基板がステータの端部を覆うように絶縁部材を介してステータに固定された発明である本件補正発明1は、本件当初明細書等に記載がされていない。したがって、本件補正発明1が、本件当初明細書等には記載がない新たな技術的事項を導入したものである。(請求書20ページの7.(3)イ.g.)
(オ)本件当初明細書等には、モータを密閉構造とするために、隔壁部を備えたホルダ部材が必須の構成として記載されていたのであるから、軸受保持部材32が存在せず、基板のみがステータの端部に固定された発明の構成は一切記載がない。基板のみがステータの端部に固定された場合に生ずる作用効果である「吸気口から流入した空気はモータ側に流入する前に基板に衝突して、その勢いが弱められること。」が、本件当初明細書等に記載されているに等しい事項であるということはできない。(請求人要領書(1)20ページの6(1-2)(c))
(カ)本件当初明細書等に基板と絶縁部材との間に隙間があることが開示されているとしても、その隙間は僅かに冷却用気体が通過することができる程度のものにすぎず、仮にモータ内に侵入した冷却用気体により冷却効果が生ずるとしても、その効果は微々たるものにすぎないとともに、本件当初明細書等に記載された技術思想(密閉して防塵する)に照らせば、このような隙間から入り込む風は、当該実施例にとって、本来、好ましいものではない。(請求人要領書(3)6ページの6(1)イ.○4(当審注:原文で○で囲まれた数字や文字は、「○4」のように代用表記する。))
イ.本件補正発明4について(請求書26ページの7.(3)イ.j.)
(ア)本件補正請求項1を引用した本件補正請求項4の特定事項である「ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定された基板」に、「ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えた」ものは、本件当初明細書等には記載がされていない。
(イ)被請求人が本件意見書で主張する根拠である第3の実施形態(本件当初明細書段落【0048】及び図7)の基板22は、ステータの絶縁部材に固定されていない。
ウ.本件補正発明5について(請求書27ページの7.(3)イ.k.)
(ア)本件補正請求項1を引用した本件補正発明5の特定事項である「ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定された基板」に対して、「複数のスイッチング素子を寝かせるように配置した」ものは、本件特許の本件当初明細書等には記載がされていない。
(イ)被請求人が本件意見書で主張する本件補正の根拠である第4の実施形態(本件当初明細書段落【0049】)の基板22は、ステータの絶縁部材に固定されていない。

(2)無効理由2
ア.本件特許発明1について
(ア)本件特許明細書に記載された従来技術、本件特許発明の目的及び作用効果、そして第5及び8の実施形態についての記載から、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面には、ブラシレスモータのステータとロータの両端部を包囲して密閉型構造を形成することによって、モータの防塵機能を実現させた発明が記載されており、ステータのインシュレータ部材に基板を固定した実施形態については、密閉型構造を形成するために基板の軸受貫通用穴を軸受保持部材で覆う発明が記載されている。(請求書28ページの7.(3)ウ.a.ないしc.)
(イ)本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「ブラシレスモータを適用した電動工具において、ブラシレスモータ内に粉塵が混在した空気が流れ込むことによってモータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まることを防止する」という課題を解決する手段として、ブラシレスモータのステータとロータの両端部を包囲して密閉型構造を形成することによって、モータの防塵機能を実現させた発明のみが記載されている。一方、本件特許発明1は、吸気口側のステータ端部を覆う基板が特定されているのみであって、基板とロータとの関係も特定されていないし、基板と協働してロータとステータとの間隙を覆う部材の特定もない。したがって、本件特許発明1及び本件特許発明1を引用する本件特許発明2ないし5は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。(請求書33ページの7.(3)ウ.d.)
(ウ)本件特許明細書の段落【0001】の「特に、モータハウジング部に収容されるブラシレスモータに対する冷却効果および防塵効果を向上させた」との記載は、包括的な課題ではなく、技術分野として記載されたもの。また、発明の課題が包括的であるとしても、課題の解決手段が全て発明の詳細な説明に記載されているという根拠にはならない。本件明細書の段落【0043】及び【0046】の記載から、本件特許発明の「隔壁部」は、塵埃がステータ内部に実質的に侵入しない「遮蔽効果」を有する部材と理解すべきであり、かつ「隔壁部の遮蔽効果」とは、モータを密閉する効果である。(請求人要領書(1)23ページの6(2-2)(a))
イ.本件特許発明4について
本件特許発明4は、構成要件「前記基板は、前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板からなり」を備えている。当該構成要件の「前記基板」は、本件特許発明4が引用する請求項2がさらに引用する請求項1の記載によれば、「前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されている」ものである。しかしながら、「ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定された基板」に、「ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えた」ものは、本件特許明細書の発明の詳細な説明には記載がされていない。(請求書35ページの7.(3)ウ.f.)
ウ.本件特許発明5について
上記イ.で示したとおり、本件特許発明4は、発明の詳細な説明に記載されていないものであるから、請求項4を引用する本件特許発明5も本件特許発明4と同様の理由で発明の詳細な説明に記載されていないものである。
また、本件特許発明5は、「複数のスイッチング素子を前記基板に対して寝かせるように配置した」ものであるが、本件特許発明5が引用する請求項3は、「前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板を備え」、かつ「該インバータ回路基板と前記基板とを別々に設けた」を備えたものである。ここで、請求項3の「前記基板」は、引用する請求項1の構成要件の「該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される基板」である。そうすると、請求項3では、「前記基板」と「インバータ回路基板」とを別々に設けたのであるから、「前記基板」には、スイッチング素子が配置されないと限定したにも拘わらず、請求項5においては、「前記基板」にスイッチング素子を配置すると限定しており、当該請求項5の限定は請求項3の限定と矛盾している。したがって、請求項3を引用する請求項5の記載では、「前記基板」にスイッチング素子が配置されるか否かが分からないのであるから、請求項3を引用する請求項5の記載は、発明を明確に記載したものではない。(請求書36ページの7.(3)ウ.g.及びh.)

(3)無効理由3
ア.充電式アングルスクリュドライバFL300FDZは本件特許の優先日前に公然と販売されていた(甲6ないし8、甲12)。(請求書37ページの7.(3)エ.a.)
イ.公然実施発明のプリント基板は、ステータの回転軸に直交する方向の断面とほぼ等しい形状であり、ステータの端面ともほぼ等しい形状である。したがって、プリント基板は、ステータの端部を覆うことになる(コイル間を回転軸方向に延びる空間は、ステータの端面を構成するものではない。)。(請求書38ページの7.(3)エ.b.ないしd.)
ウ.本件特許発明1、2、3及び5と公然実施発明とを対比すると、相違点はないから、本件特許発明1、2、3及び5は新規性を有しない。したがって、本件特許発明1、2、3及び5のそれぞれの発明は、特許法第29条第1項第2号に該当する。(検甲第1及び2号証、、甲9及び12)。(請求書38ページの7.(3)エ.b.ないしg.)
エ.本件特許発明1の「・・・、前記ステータに設けられ前記ステータと前記ステータコイルとを絶縁し、・・・を有する絶縁部材」との記載から、本件特許発明1の「ステータ」は、「絶縁部材」によって「ステータコイル」から絶縁される部材、すなわち「ステータコア」を意味していることが明らかである。特許請求の範囲の記載からは、被請求人が主張するような、本件特許発明1の「ステータ」が「ステータコア」と「ステータコイル」から構成されるという解釈は成り立たない。(請求人要領書(1)37ページの6(3-2)(a))
オ.本件特許の図10に、「ステータの他端部12e」を示す矢印が、ステータコアであるステータ12の吸気口側の端部において、ステータ12の内周部と外周部の間の部分を指していることの図示から、「ステータの端部」は、ステータコアの端部を意味し、スロットなどの空間部分を含まない意味に解釈すべきである。(請求人要領書(1)41ページの6(3-2)(b))
カ.「覆う」には、必ずしも全面にわたってかぶせるという意味だけでなく、部分的にかぶせるという意味もある(甲22)。本件特許の図10の、ステータコイル基板31の最外径は、ステータコアであるステータ12の外周部よりも内側にあることの図示から、吸気口側から回転軸方向に沿って見たときに、ステータコイル基板31はステータ12の端部に部分的にかぶさっているのに過ぎず、本件特許発明1の「覆う」とは、全面的にかぶさるのではなく、部分的にかぶさることを意味するものと解釈すべきである。(請求人要領書(1)43ページの6(3-2)(c))

(4)無効理由4
ア.本件特許発明1、2、3及び5のそれぞれと公然実施発明との間には、相違点があったとしても微差に過ぎず、公然実施発明と公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。(請求書44ページの7.(3)オ.a.)
イ.本件特許発明4は、本件特許発明2に、「前記基板は、前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板からなり、」及び「該インバータ回路基板は、前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体の流通路中に配置される」との限定を加えたものである。しかし、当該限定にかかる事項は、従来周知(甲13及び14)であるから、本件特許発明4は、進歩性を有しない。(請求書44ページの7.(3)オ.b.)
ウ.本件特許発明5は、本件特許発明3あるいは4に、更に、「複数のスイッチング素子を前記基板に対して寝かせるように配置した」との限定を加えたものである。スイッチング素子は、一辺が他の辺に比べて長い立方形状をしているから、スイッチング素子を基板に載置する際には、その長い辺を基板表面に沿わせて載置するか、その長い辺を基板表面と直交させるように載置するかしかないのであるから、その一方を選択し、スイッチング素子を基板に対して寝かせるように配置することは、当業者が適宜選択する設計的事項に過ぎない。(請求書52ページの7.(3)オ.d.)
エ.本件特許発明1の「基板」の構成を、開口部がないものに限定するように訂正すれば、訂正後の発明は公然実施発明とは異なる。しかし、ブラシレスモータを搭載した電動工具において、ステータコイル間の空間部に対応する位置に開口部を有さない基板によって、冷却用空気の上流側となるステータの端部を覆う構成とすることは、従来周知(甲13ないし15)であるから、公然実施発明のプリント基板に換えて、必要に応じてコイル間の空間部を閉塞する形状のプリント基板とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。(請求書53ページの7.(3)オ.e.)

(5)無効理由5
ア.本件特許発明1と、甲16に記載された発明(以下、「文献公知発明」という。)とを対比すると、本件特許発明1は、「前記ステータの端部を覆うように前記突出部に固定されている」基板が、「該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される」ものであるのに対して、文献公知発明は、「前記ステータの端部を覆うように前記突出部に固定されている」基板が、「該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される」ものではない点で相違する。しかし、当該相違点は、甲17記載事項から当業者が容易に想到し得た事項である。したがって、本件特許発明1は、文献公知発明及び甲17記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものである。(請求書54ページの7.(3)カ.a.ないしe.)
イ.本件特許発明2と文献公知発明とを対比すると、文献公知発明は、ハウジングに吸気口と排気口とを備えたものであり、フレーム12内の一方から他方へ空気が流れるようにするものであるから、吸気口と排気口を離間して配置することが自然である。本件特許発明2で限定された事項は、文献公知発明が備えている構成である。よって、本件特許発明2も、文献公知発明及び甲17記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものである。(請求書69ページの7.(3)カ.f.)
ウ.本件特許発明3と文献公知発明とを対比すると、文献公知発明は、「ブラシレスDCモータの固定子巻線18に電流を通電する複数のFET62-1、62-2、62-3、62-4、62-5、62-6を備えた、第3配線基板50」を備えており、これは「インバータ回路基板」に相当し、また、第3配線基板50は、第1の配線基板40とは別の基板である。したがって、本件特許発明3で限定した事項は、文献公知発明が備えている構成である。よって、本件特許発明3も、文献公知発明及び甲17記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものである。(請求書69ページの7.(3)カ.g.)
エ.本件特許発明4と文献公知発明とを対比すると、本件特許発明4の基板(絶縁部材の突出部に固定されている基板)がスイッチング素子を備えたインバータ回路基板からなっているのに対し、文献公知発明では、インバータ回路基板である第3配線基板は絶縁部材に固定されていない点で相違する。しかし、文献公知発明の第1配線基板40、第2配線基板48及び第3配線基板50に載置される素子は、いずれもブラシレスDCモータを駆動制御するための素子であり、これらの素子をいずれの基板に載置するかは、当業者が適宜選択することができる設計的事項にすぎない。本件特許発明4は、公然実施発明及び甲第17号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。(請求書69ページの7.(3)カ.h.)
オ.本件特許発明5のうち、本件特許発明4を引用した発明は、「前記複数のスイッチング素子を前記基板に対して寝かせるように配置した」との限定を本件特許発明4に加えたものである。そして、スイッチング素子は、一辺が他の辺に比べて長い立方形状をしている。そして、文献公知発明において、スイッチング素子を第1回路基板40に載置する際には、その長い辺を基板表面に沿わせて載置するか、その長い辺を基板表面と直交させるように載置するしかないのであるから、その一方を選択し、スイッチング素子を基板に対して寝かせるように配置することは、当業者が適宜選択する設計的事項にすぎない。したがって、本件特許発明5のうち請求項4を引用する発明も、文献公知発明及び甲第17号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。請求書70ページの7.(3)カ.i.)
カ.甲16の段落【0039】には、「なお、回転子20の回転方向を反対にすると、冷却風の流れる方向が反対となり、上記の説明とは逆に図1において、フレーム12の左側が吸込口に、右側が排出口となる。」との記載があり、この場合には、、第1配線基板40は、吸気口側において、固定子鉄心16の端部を覆うように固定される。(請求人要領書(1)50ページの6(5-1))

第5.被請求人の主張

1.主張の要点
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めている。

2.証拠
被請求人は、答弁書とともに乙第1ないし4号証(以下、「乙1」等という。)を提出している。
乙1 特許庁、「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の審査基準、平成22年6月
乙2 特許庁、「新規性進歩性」の審査基準、平成18年6月
乙3 特許庁、「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の審査基準、平成23年10月
乙4 本件特許に係る判定2013-600043号事件における平成26年1月23日付け判定請求答弁書

3.主張の概要
被請求人は、本件訂正請求により本件特許発明4及び5を削除した。残された本件特許発明1ないし3についての被請求人の主張の概要は、以下のとおりである。

(1)無効理由1
ア.本件当初明細書の第5の実施の形態である図10には、ブラシレスモータについて、ステータに設けられ前記ステータとステータコイルとを絶縁し、前記ステータの端部より回転軸方向に突出する突出部(14e2)を有する絶縁部材(14e)を備えていること、そして、基板について、吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されていること、が示されている。また、第5の実施の形態における構成を流用した第6の実施の形態及び第8の実施の形態にも記載されているといえる。よって、本件特許発明1の特定事項は、すべて、本件当初明細書等に記載されている。(答弁書4ページの7.(2-2)a.)
イ.第5の実施の形態である図9及び11には、吸気口からハウジング部内に吸入された冷却用気体を、前記ハウジング部の外へ排出する排出口(18)を備え、該排出口は、前記吸気口と離間して、前記ハウジング部に形成されている電動工具が記載されている。また、第3の実施形態及び第6の実施形態にも同様な構成が記載されている。よって、本件特許発明2の特定事項は、全て本件当初明細書等に記載されている。(答弁書5ページの7.(2-2)b.)
ウ.第5の実施形態の「モータ駆動回路装置(2)」が本件特許発明3のインバータ基板に相当する。また当該構成は、第8の実施の形態である段落【0059】や図16に記載されている。よって、本件特許発明3の特定事項は、本件当初明細書等に記載されている。(答弁書6ページの7.(2-2)c.)
エ.「吸気口から流入した空気はモータ側に流入する前に基板に衝突して、その勢いが弱められること。」また、「樹脂によるモールドとは異なり、空気流の一部はモータ内部に入り込み、ステータコイルを冷却することができる。」ことは、審査段階の意見書において述べており、その結果として特許が認められた。審査官は審査基準に従って審査を行い、特許を認めたのであるから、これらの作用効果は、本件当初明細書等に明示的に記載された技術事項から自明もしくは推論可能な作用効果である。(答弁書7ページの7.(3-2))
冷却用気体は、吸気口からハウジングの内部に流れ込み、基板の表面とステータの外面を通過して、排気口からハウジングの外部に排出される。そして、基板と絶縁部材との間に隙間がある場合には、冷却用気体はこの隙間からモータの内部に入ることもできる。この場合、冷却用気体によりステータコイルも冷却される。(被請求人要領書(1)2ページの6.(1))
オ.本件当初図面の図10には、ステータ12の端部12eが露出しないように、ステータ12の端部にステータコイル配線基板31をかぶせた状態が示されているから、本件特許発明1に記載された「基板はステータの端部を覆う」との事項は、本件当初明細書等に明示的に記載されているか、あるいは本件当初明細書等の記載から自明な事項である。(被請求人要領書(1)5ページの6.(3-1))
カ.本件当初明細書の段落【0043】、【0046】、【0051】及び【0054】の記載から、「ホルダ部材」、「挟持部材」および「隔壁部」のいずれについても、ステータの端部を密閉する構造だけでなく、ステータの端部を密閉しないまでも、ステータの端部を取り囲んだり、覆いをするような構造が、本件当初明細書等には記載されている。ステータの端部を密閉しないということは、「ホルダ部材」を構成する部材のいずれかに、僅かながらでも隙間が存在するということである。第5の実施形態において、「ホルダ部材」が、挟持部固定部材30、円筒状突出部14e2、ステータコイル配線基板31および軸受保持部32で構成されている。ステータの端部を密閉する構造であれば、「基板と絶縁部材との間に隙間がない」ことになる。ステータの端部を密閉しないまでも、ステータの端部を取り囲んだり、覆いをするような構造であれば、少なくともこれらの部材のいずれかに隙間が存在することになる。よって「基板と絶縁部材との間に隙間がない場合」と、「基板と絶縁部材との間に隙間がある場合」が存在するといえる。そして、隙間を介して、冷却用気体の一部がモータの内部に入ったり、モータの内部から出たりするから、冷却用気体によってステータコイルの冷却効果が得られるが、隙間は小さいから、粉塵はモータの内部に入りにくく、防塵効果も得ることができる。(被請求人要領書(2)の2ページ6.(1-1))
キ.本件特許発明1のステータの端部を覆う基板について、本件当初明細書には、隙間がある包囲形態と、隙間がない密閉形態とが記載されている。「包囲」とは、「まわりをとりかこむこと」を意味し、隙間があっても良い構成を示す。これに対し、「密閉」とは、「隙間なく閉じること」を意味し、隙間がない構成を示す。本件当初明細書等に記載の、第1ないし8の実施形態についてみても、それぞれの実施形態について、上記包囲形態と密閉形態とが記載されていると言える。以上のように、基板が吸気口側のステータの端部を覆うという本件特許発明1の発明特定事項は、包囲形態と密閉形態とが本件当初明細書等に記載されているので、明細書等に開示された技術的事項である。(被請求人上申書2ページの(2)ないし(8))

(2)無効理由2
ア.本件特許明細書の、「モータハウジング部に収容されるブラシレスモータに対する冷却効果および防塵効果を向上させる」(段落【0001】)との包括的な課題についての記載から、本件特許発明の課題は必ずしも「密閉構造」や「ステータ外周の冷却」に限定されるものではない。「隔壁部(14b)という用語は、その隔壁部がステータ12およびロータ13の端部を覆うように上記挟持部(14a)と交差する方向(例えば、回転軸方向に対し垂直方向)に延在し、前記挟持部とともにステータ12の端部側より塵埃がステータ内周部に実質的に侵入しない包囲または遮蔽効果を有する部材を意味する。」(段落【0043】)との本件特許明細書の記載があり、「遮蔽」とは「おおいをして、他から見えなくすること」の意味であるから、気密構造ではない構造も含むことが理解される。本件特許発明1は第5の実施形態に対応するものであるが、「本実施形態によればホルダ部材14の隔壁部14bは、ステータコイル配線基板31と軸受保持部32によって構成される。」との本件特許明細書の記載があり、ステータコイル配線基板31が本件特許発明1の「基板」に相当するから、本件特許発明1の「基板」が遮蔽効果を有する部材を構成するものであることが理解される。そして、図10をみれば、ステータコイル基板31がステータ12の端部を覆うように、すなわち、ステータ12の端部を「露出するところがないように全体にかぶせてしまう」ように構成されていることが理解される。したがって、本件特許発明1の「基板が吸気口側のステータの端部を覆う」構成によって、ステータ内周部内に粉塵が侵入しにくくなることが当業者であれば理解される。そして、本件特許発明1の「冷却ファン」によってブラシレスモータに対する冷却効果があることは明らかである。(答弁書11ページの7.(4-1)ないし(4-3))
イ.上記(1)カ.に示したように、本件当初明細書等には、「ホルダ部材」、「挟持部材」および「隔壁部」のいずれについても、ステータの端部を密閉する構造だけでなく、ステータの端部を密閉しないまでも、ステータの端部を取り囲んだり、覆いをするような構造が、記載されている。よって、ステータの端部を密閉する構造(密閉型構造)によって、粉塵が入ることが少なくなる機能(防塵機能)を奏する発明だけでなく、ステータの端部を密閉しないまでも、ステータの端部を取り囲むような構造(包囲構造)によって、粉塵が入ることが少なくなる機能(防塵機能)を奏する発明も、発明の詳細な説明に記載されているといえる。(被請求人要領書(2)5ページの6.(2))

(3)無効理由3(答弁書14ページ7.(5-1)及び(5-2))
ア.「覆う」とは、「露出するところがないように全体にかぶせてしまう」との意味で通常は用いられている。しかしながら、FL300FDZのプリント基板には、甲12の図1-4、図1-10から明らかなように、円周方向に並ぶ6つの長穴が形成されており、これらの長穴によってステータ内部の空間や、その空間にあるステータコイルが露出しているから、このプリント基板はステータの一端部を覆うものではない。したがって、FL300FDZは本件特許発明1と相違しており、本件特許発明1は新規性を有している。(答弁書14ページの7.(5-1))
イ.本件特許明細書の段落【0039】及び【0051】の記載から、コイル相互間を回転軸方向に延びる空間つまりスロットも、ステータの構成上必須であり、スロットがステータを構成することは、当然の技術的事項である。(答弁書14ページの7.(5-2))

(4)無効理由4
無効理由4について、従来周知の事項を立証するための証拠(甲13ないし15)のいずれにも、「ステータコイル間の空間部に対応する位置に開口部を有さない基板によって、冷却用空気の上流側となるステータの端部を覆う構成」が開示されていない。公然実施発明は、積極的に基板に6つの通気口を設けることで、これら6つの通気口から内部に冷却風を供給してコイルを冷却しようとするものである。よって、少なくとも、公然実施発明に コイル間の空間部を閉塞する形状のプリント基板を組み合わせることの動機付けは存在しない。むしろ、そのような組み合わせを阻害する事由がある。(答弁書18ページの7.(6-2))

(5)無効理由5(答弁書21ページ7.(7-1)及び(7-2)、被請求人要領書(2)7ページ6.(3))
ア.甲16は、ステータコイルに接続される基板が吸気口側のステータ端部を覆うように突出端に固定される構成を開示していない。甲16の段落【0039】記載のように、「回転子20の回転方向を反対にすると、冷却風の流れる方向が反対」となった場合には、冷却風は、第3、第2及び第1配線基板の順に、ほぼ真っ直ぐに通過して、モータ10の内部を流れることになるから、モータ内部に粉塵が入りにくくなるという効果を奏さない。さらに甲16の段落【0036】の記載から、第1配線基板40は、通気口42から固定子14の端部が露出するように大きく開口しているから、「吸気口側のステータの端部を覆うように絶縁部材の吐出部に固定される基板」ではない。甲17は、配線基板60が主フレーム10の底壁12側に位置する環状壁35に、排気口14aに位置させて取り付けられている。配線基板60に対して軸方向反対側に位置させてファンカバー56内に遠心ファン51が設けられ、吸込口56aから流入した外気は、排気口14aから排出されるようになっている。甲16及び17に記載されたものは、いずれも基板が吸気口側に設けられておらず、排気側に設けられている。よって、本件特許発明1ないし3は、甲16記載発明及び甲17に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第6.削除された本件訂正前の請求項4及び5に係る特許に対する審判請求についての当審の判断
上記第2の2.のとおり、本件訂正が認められ、設定登録時の請求項4及び5を削除されたことにより、本件特許の請求項4及び5に係る発明に対する無効理由1ないし5については、特許無効審判の請求の対象が存在しないものとなったことにより、請求項4及び5に係る本件審判の請求は、不適法な審判の請求であって、その補正をすることができないものであるから、特許法第135条の規定によって却下すべきものである。

第7.無効理由1についての当審の判断
請求人の主張する無効理由1は、第4.の3.(1)に示したとおり、本件補正は、本件当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものではないから、本件特許は特許法第17条の2第3に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされた、というものである。

1.本件補正

(1)本件補正の内容
本件補正は、本件当初明細書及び特許請求の範囲を補正するもので、以下の補正事項からなるものである。
ア.補正事項1
本件当初特許請求の範囲の、
「【請求項1】
筒状のハウジング部であって、ブラシレスモータを収容し、前記ブラシレスモータの回転軸の軸方向に延びる内周部を有するモータハウジング部と、
前記モータハウジング部の一端部に連続して形成された動力伝達機構部を収容する動力伝達ハウジング部とを具備する電動工具において、
前記ブラシレスモータは、前記回転軸方向に延びる外周部および内周部を有する円筒状のステータと、前記円筒状ステータの内部に同心状に配置されたロータとを具備し、
前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、
前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成したことを特徴とする電動工具。
【請求項2】
前記一対のホルダ部材および前記ステータは、前記ロータを密閉する密閉構造を形成することを特徴とする請求項1に記載された電動工具。
【請求項3】
前記一対のホルダ部材の少なくとも一方には、前記ブラシレスモータの軸受部材が設けられていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載された電動工具。
【請求項4】
前記モータハウジング部の他端部は、冷却用気体を吸入するための吸気口を有する端壁部で封じられ、少なくとも前記端壁部側に配置される一方の前記ホルダ部材は、前記モータハウジング部の内周部との間に、前記吸気口から吸入された冷却用気体を前記ステータ外周部の前記空間部へ送流させるための貫通穴を有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項5】
前記吸気口から吸入されて前記ステータ外周部の前記空間部に送流される前記冷却用気体を前記モータハウジング部の外へ排出するための排気口を、前記吸気口と離間して、前記モータハウジング部に形成したことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項6】
前記ブラシレスモータは複数のスイッチング素子から成るモータ駆動回路基板を有し、
前記モータ駆動回路基板は、前記モータハウジング内の前記ステータを冷却するための冷却用空気の流通路中に配置されたことを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項7】
前記一対のホルダ部材は、前記モータハウジング部と一体に形成されたリブ部材から構成されたことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項8】
前記一対のホルダ部材は、前記モータハウジング部とは別部材の樹脂材料から構成されたことを特徴とする請求項1ないし請求項6に記載された電動工具。
【請求項9】
前記一対のホルダ部材は、前記モータハウジング部とは別部材の金属材料から構成されたことを特徴とする請求項1ないし請求項6に記載された電動工具。
【請求項10】
前記端壁部側に配置される前記一方の前記ホルダ部材と前記端壁部との間の前記モータハウジング部内において、前記ブラシレスモータの回転軸に固定された冷却ファンを配置し、前記吸気口より冷却気体を吸入したことを特徴とする請求項4ないし請求項9のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項11】
前記一対のホルダ部材における一方の前記隔壁部は前記ブラシレスモータを駆動制御するための回路基板により形成されて成る請求項1ないし請求項6のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項12】
前記一対のホルダ部材における前記一方の挟持部は前記ステータのスロットから突出する円筒状インシュレータ部材により形成されて成る請求項1ないし請求項6、ならびに請求項11のいずれか一つに記載された電動工具。
【請求項13】
筒状のハウジング部であって、ブラシレスモータを収容し、前記ブラシレスモータの回転軸の軸方向に延びる内周部を有するモータハウジング部と、
前記モータハウジング部の一端部に連続して形成された動力伝達機構部を収容する動力伝達ハウジング部とを具備する電動工具において、
前記ブラシレスモータは、前記回転軸方向に延びる外周部および内周部を有する円筒状のステータと、前記円筒状ステータの内部に同心状に配置されたロータとを具備し、
前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、
前記隔壁部の少なくとも一方は前記ブラシレスモータを駆動制御するための回路基板から形成され、
前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成したことを特徴とする電動工具。
【請求項14】
前記隔壁部に用いた前記回路基板に、前記ロータの回転位置を検出するための検出素子が取り付けられていることを特徴とする請求項13に記載された電動工具。
【請求項15】
前記隔壁部に用いた前記回路基板には前記ロータの回転軸を貫通させるための貫通穴を有し、前記貫通穴周縁部には該貫通穴を塞ぐように前記ロータの軸受保持部が当接していることを特徴とする請求項13または請求項14に記載された電動工具。」

との記載を、以下のとおり補正する。

「【請求項1】
吸気口が設けられたハウジング部と、
ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと、該ステータの内部に略同心状に配置されたロータと、を有し、前記ハウジング部に収容されるブラシレスモータと、
該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される基板と、
前記ハウジング部に収容され、前記回転軸に装着される冷却ファンと、を備えた電動工具において、
前記ブラシレスモータは、前記ステータに設けられ前記ステータと前記ステータコイルとを絶縁し、前記ステータの端部より前記回転軸方向に突出する突出部を有する絶縁部材を備え、
前記基板は、前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されていることを特徴とする電動工具。
【請求項2】
前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体を、前記ハウジング部の外へ排出する排出口を備え、
該排出口は、前記吸気口と離間して、前記ハウジング部に形成されたことを特徴とする請求項1記載の電動工具。
【請求項3】
前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板を備え、
該インバータ回路基板と前記基板とを別々に設けたことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の電動工具。
【請求項4】
前記基板は、前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板からなり、
該インバータ回路基板は、前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体の流通路中に配置されることを特徴とする請求項2記載の電動工具。
【請求項5】
前記複数のスイッチング素子を前記基板に対して寝かせるように配置したことを特徴とする請求項3又は請求項4記載の電動工具。」

イ.補正事項2
本件当初明細書の段落【0012】ないし【0016】の、
「【0012】
本発明の電動工具の一つ特徴によれば、筒状のハウジング部であって、ブラシレスモータを収容し、前記ブラシレスモータの回転軸の軸方向に延びる内周部を有するモータハウジング部と、前記モータハウジング部の一端部に連続して形成された動力伝達機構部を収容する動力伝達ハウジング部とを具備する電動工具において、前記ブラシレスモータは、前記回転軸方向に延びる外周部および内周部を有する円筒状のステータと、前記円筒状ステータの内部に同心状に配置されたロータとを具備し、前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成したことを特徴とする。
【0013】
本発明の電動工具における他の特徴によれば、前記一対のホルダ部材および前記ステータは、前記ロータを密閉する密閉構造を形成する。
【0014】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記一対のホルダ部材の少なくとも一方には、前記ブラシレスモータの軸受部材が設けられている。
【0015】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記モータハウジング部の他端部は、冷却用気体を吸入するための吸気口を有する端壁部で封じられ、少なくとも前記端壁部側に配置される一方の前記ホルダ部材は、前記モータハウジング部の内周部との間に、前記吸気口から吸入された冷却用気体を前記ステータ外周部の前記空間部へ送流させるための貫通穴を有する。
【0016】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記吸気口から吸入されて前記ステータ外周部の前記空間部に送流される前記冷却用気体を前記モータハウジング部の外へ排出するための排気口を、前記吸気口と離間して、前記モータハウジング部に形成する。」

との記載を、以下のとおり補正する。

「【0012】本発明の一つの特徴は、吸気口が設けられたハウジング部と、ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと、該ステータの内部に略同心状に配置されたロータと、を有し、前記ハウジング部に収容されるブラシレスモータと、該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される基板と、前記ハウジング部に収容され、前記回転軸に装着される冷却ファンと、を備えた電動工具において、前記ブラシレスモータは、前記ステータに設けられ前記ステータと前記ステータコイルとを絶縁し、前記ステータの端部より前記回転軸方向に突出する突出部を有する絶縁部材を備え、前記基板は、前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されていることにある。
【0013】本発明の他の特徴は、前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体を、前記ハウジング部の外へ排出する排出口を備え、該排出口は、前記吸気口と離間して、前記ハウジング部に形成されたことにある。
【0014】本発明の他の特徴は、前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板を備え、該インバータ回路基板と前記基板とを別々に設けたことにある。
【0015】本発明の他の特徴は、前記基板は、前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板からなり、該インバータ回路基板は、前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体の流通路中に配置されることにある。
【0016】本発明の他の特徴は、前記複数のスイッチング素子を前記基板に対して寝かせるように配置したことにある。」

ウ.補正事項3
本件当初明細書の段落【0017】ないし【0026】を削除する。

(2)本件意見書(甲4)
本件補正について、被請求人は、本件意見書において以下のとおり主張している。
ア.「引用文献1-3の中で、補正後の本願発明に近い引用文献2に記載された発明と、請求項1に係る発明とを対比し、一致点及び相違点を述べます。・・・請求項1に係る本願発明と引用文献2に記載された発明との間には、少なくとも次の相違点があります。
(相違点)
本願発明は、ブラシレスモータのステータコイルに接続される基板が、吸気口側ステータ端部を覆うようにステータの端部から回転軸方向に突出する突出部に固定されているのに対し、引用文献2に記載の配線基板はそのように構成されていない点。」(3.本願発明と引用文献2記載の発明との相違点)
イ.「ブラシレスモータは高寿命であるという特徴を有する反面、比較的大きな電力損失が熱となって発生するために、熱の影響によりモータの高出力化が困難となり、モータの正常な動作が阻害されるという問題があります(段落0002)。
従って、モータハウジング内に外気を吸入する開口部と、ハウジング内の冷却風をハウジング外へ排気する開口部とを設け、ロータに一体的に取り付けたファンによってハウジング内に空気を導入してステータコイル部を直接冷却する方法が多用されています。
一方、ブラシレスモータを電動工具に用いると、モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり、モータにロック現象が起きてしまい、その結果、コイルに過大な電流が流れてコイル焼損等の故障を引き起こすことがあります(段落0006)。
従って、ブラシレスモータを電動工具に用いる場合には、モータを収納するハウジング内に空気を取り込んでモータを冷却したいという要求と、外部からハウジング内に入り込む空気流を減少して粉塵や木粉の流入を抑制したい、という相反する要求を満たす必要があります。
本発明は、ブラシレスモータとステータコイルに接続される基板が、吸気口側のステータ端部を覆うようにステータの端部から回転軸方向に突出する突出部に固定したため、吸気口から流入した空気はモータ側に流入する前に基板に衝突し、その勢いが弱められるため、モータ内部に直接粉塵が流入する量を大幅に減少することができます。また基板は、ステータ端部に突出する突出部に固定されるだけであるため、樹脂によるモールドとは異なり、空気流の一部はモータ内部に入り込み、ステータコイルを冷却することができます。従って、本願発明によれば、基板を冷却するという要求と、モータに流入する粉塵の量を減少するという、相反する要求を両立させることができます。」(4.本願発明の作用効果)
ウ.「請求項1の補正は、本願明細書の段落0051及び0052の記載に基づくものです。
請求項2の補正は、段落0045の『一方、ステータ12の外周部12cに近接してモータハウジング部50aに冷却用の空気を外気に排出するための複数の排気口18が設けられる。冷却風の吸気口17及び排気口18の位置は、ステータ12の外周部の空間部16を挟むように、回転軸11に沿って互いに離間してモータハウジング部50aに形成する。』の記載に基づくものです。
請求項3の補正は、段落0035の『本実施例では、モータ駆動回路装置2にステータコイル配線やインバータ回路が集約されているが、後述する他の実施形態では、インバータ回路基板やステータコイル配線基板がモータ駆動回路装置2より特別に分離され、モータハウジング部50a内に装着される。』の記載に基づくものです。・・・」(7.補正の根拠)

(3)本件補正に係る技術的事項
上記(1)ア.に示した補正事項1から、本件補正は、すべての本件当初請求項に係る発明の特定事項であった「前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、」及び「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」を削除し、「該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される基板」であって、当該基板は、「前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されている」との事項に置き換えたものである。
そして、上記補正について、被請求人は意見書で、上記(2)イ.に示したように、「ブラシレスモータを電動工具に用いる場合には、モータを収納するハウジング内に空気を取り込んでモータを冷却したいという要求と、外部からハウジング内に入り込む空気流を減少して粉塵や木粉の流入を抑制したい、という相反する要求を満たす必要」があるとの課題を解決しようとして、「本発明は、ブラシレスモータとステータコイルに接続される基板が、吸気口側のステータ端部を覆うようにステータの端部から回転軸方向に突出する突出部に固定したため、吸気口から流入した空気はモータ側に流入する前に基板に衝突し、その勢いが弱められるため、モータ内部に直接粉塵が流入する量を大幅に減少することができます。また基板は、ステータ端部に突出する突出部に固定されるだけであるため、樹脂によるモールドとは異なり、空気流の一部はモータ内部に入り込み、ステータコイルを冷却することができます。従って、本願発明によれば、基板を冷却するという要求と、モータに流入する粉塵の量を減少するという、相反する要求を両立させることができます。」と説明している。
したがって、本件補正によって、各請求項に係る発明は、本件当初特許請求の範囲の各請求項に係る発明が備えていた「前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、」及び「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」ものを包含しないものも文言上含むことになった。そして、本件補正によって、上記「ブラシレスモータのステータコイルに接続される基板」を設けることで、当該基板によって「吸気口から流入した空気はモータ側に流入する前に基板に衝突し、その勢いが弱められるため、モータ内部に直接粉塵が流入する量を大幅に減少する」ことができる一方、「基板は、ステータ端部に突出する突出部に固定されるだけであるため、・・・空気流の一部はモータ内部に入り込み、ステータコイルを冷却することができ」るから、「基板を冷却するという要求と、モータに流入する粉塵の量を減少するという、相反する要求を両立させることができ」るとの技術的事項を導入するものである(以下、「本件補正技術的事項」という。)。

ここで、本件補正が特許法第17条の2第3項の規定を満たすものであるためには、上記本件補正技術的事項を導入することが、本件当初明細書等に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない、ことが必要であるから、この点について以下検討する。

2.本件当初明細書等に記載された技術的事項
上記検討のために、まず、本件当初明細書等に記載された技術的事項について検討する。

(1)本件当初明細書等の記載
本件当初明細書等には、上記1.(1)に示した本件当初特許請求の範囲、並びに、本件当初明細書の段落【0012】ないし【0016】に加えて以下の記載がある。

ア.本件当初明細書
(ア)
「【書類名】明細書
【発明の名称】電動工具
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラシレスモータを使用する電動工具に関し、特に、モータハウジング部に収容されるブラシレスモータに対する冷却効果および防塵効果を向上させた電動工具の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ブラシレスモータ(DCモータ)は、小形化が可能であり、回転軸に取り付けられるロータに対しブラシおよび整流子を用いた電気的接続が不要となるので、高寿命が可能である。しかし、ブラシレスモータを駆動すると、比較的大きな電力損失が熱となって発生し、熱の影響によりモータの高出力化や正常な動作が阻害される場合がある。電力損失の大部分は、ステータコイルに電流が流れることにより生じる銅損と、磁束密度の変化によってステータコア材に生じる鉄損であり、特に、ステータ部の損失が大きな発熱源となる。このため、従来のブラシレスモータにおいて、種々のステータに対する冷却構造が提案されている。・・・
【0003】
さらに、ブラシレスモータにおいて、インバータ回路基板(モータ駆動回路基板)のスイッチング素子を構成する出力トランジスタは、ステータコイルに大電流の駆動信号を供給することから発熱量が多くなり、冷却対策が要求される。・・・」
(イ)
「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0006】
本願発明者は、ブラシレスモータをインパクトドライバ等の携帯用電動工具の駆動源への適用を検討したところ、木粉や金属粉の混在した空気の作業環境下で使用される電動工具にあっては、モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり、モータにロック現象が起きてしまい、その結果、コイルに過大な電流が流れてコイル焼損等の故障の発生原因となるために、防塵対策が要求された。
【0007】
モータ内への粉塵の侵入を防止する簡単な防塵構造としては、モータのハウジング全体を密閉構造とすることが考えられる。しかし、単にモータ全体を密閉構造にするだけでは、必然的に冷却風が流れない構造になるので、冷却効果が損なわれてしまい、通常運転時でも巻線の温度が異常に上昇し、コイル焼損等の故障の原因となる問題が生ずる。
【0008】
さらに、ブラシレスモータを密閉型防塵構造とする場合、ブラシレスモータのステータコイルに外部から電源または制御信号を供給するための配線構造も考慮する必要がある。
【0009】
従って、本発明の主目的は、粉塵を吸い込まないためのモータ部の防塵構造を具備すると共に、冷却効果の優れた冷却構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することにある。
【0010】
本発明の他の目的は、ブラシレスモータの密閉型防塵構造において、ブラシレスモータのステータコイルに駆動電源を供給するための配線構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの特徴を説明すれば、次のとおりである。」
(ウ)
「【0017】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記ブラシレスモータは複数のスイッチング素子から成るモータ駆動回路基板を有し、前記モータ駆動回路基板は、前記モータハウジング内の前記ステータを冷却するための冷却用空気の流通路中に配置される。」
(エ)
「【0021】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記端壁部側に配置される前記一方の前記ホルダ部材と前記端壁部との間の前記モータハウジング部内において、前記ブラシレスモータの回転軸に固定された冷却ファンを配置し、前記吸気口より冷却気体を吸入する。
【0022】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記一対のホルダ部材における一方の前記隔壁部は前記ブラシレスモータを駆動制御するための回路基板により形成される。
【0023】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、前記一対のホルダ部材における前記一方の挟持部は前記ステータのスロットから突出する円筒状インシュレータ部材により形成される。
【0024】
本発明の電動工具におけるさらに他の特徴によれば、筒状のハウジング部であって、ブラシレスモータを収容し、前記ブラシレスモータの回転軸の軸方向に延びる内周部を有するモータハウジング部と、前記モータハウジング部の一端部に連続して形成された動力伝達機構部を収容する動力伝達ハウジング部とを具備する電動工具において、前記ブラシレスモータは、前記回転軸方向に延びる外周部および内周部を有する円筒状のステータと、前記円筒状ステータの内部に同心状に配置されたロータとを具備し、前記モータハウジング部はその内周部の前記回転軸方向に沿って互いに離間されて形成された一対のホルダ部材を有し、該一対のホルダ部材は、前記ステータの前記回転軸方向の両端部を挟む挟持部と、前記ステータの前記両端部および前記ロータの前記回転軸方向の両端部を包囲するように設置された隔壁部とから形成され、前記隔壁部の少なくとも一方は前記ブラシレスモータを駆動制御するための回路基板から形成され、前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成する。」
(オ)
「【発明の効果】
【0027】
上記した本発明の電動工具によれば、モータハウジング部の内部に配置される一対のホルダ部材によって、モータのステータと協働してモータ(ロータ)に対する密閉型構造を形成し、かつステータの外周部に空間部を形成して冷却風を流すので、モータの防塵機能を向上させて、さらにモータの冷却効果を向上させることができる。
【0028】
また、ホルダ部材の一方を回路基板で構成する場合は、ブラシレスモータのステータコイルの配線の取り出しが容易となる。」
(カ)
「【0031】
[第1の実施形態]
図1は、本発明の電動工具をコードレスタイプのインパクトドライバに適用した第1の実施形態に従う工具全体の断面図(正面図)を示す。まず、図1を参照して工具全体の構成について説明する。本発明の実施形態に係るインパクトドライバ50は、後述するブラシレスモータ3の回転軸11と同一方向に沿って、一端部(図面の右端部)から他端部(図面の左端部)に延在し、モータ3を収納する合成樹脂材料のモータハウジング部50aと、モータハウジング部50aの他端部に連続して形成された、動力伝達機構部4を収容する動力伝達ハウジング部50bと、モータハウジング部50aおよび動力伝達ハウジング部50bから垂下するハンドルハウジング部50cとから構成された工具本体を含み、動力伝達ハウジング部50bの先端部はアンビル10の端部が突出し、アンビル角穴部10aには先端工具、例えばドライバビット(図示なし)を着脱自在に差し込んで取付部材10bによって固定できるように構成されている。アンビル角穴部10aには、他の先端工具としてボルト締付用ビットも装着することができる。
【0032】
モータハウジング部50aは筒状の形状を有し、その内周部内には、駆動源となるブラシレスDCモータ3が収容または装着される。ブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造については後述する。
・・・
【0034】
ハンドルハウジング部50cには、モータ3の駆動電源となる電池パックケース1がハンドルハウジング部50cの下端部に着脱可能に装着されている。電池パックケース1は、図示されないリチウムイオン二次電池、ニッケル・カドミウム二次電池等から成る電池パック本体を収容し、該電池パック本体の大半はハンドルハウジング部50c内に挿入され、収容される。電池パックケース1は、ハンドルハウジング部50cの一部に設けられたトリガスイッチ50dを介してモータ駆動回路装置2に電気的接続されている。モータ駆動回路装置2は、後述するブラシレスモータ3のステータコイル12a(例えば、スター結線された3相コイル)に電気的接続され、モータ3のロータ13を回転駆動させる。
【0035】
モータ駆動回路装置2は、ブラシレスモータ3のステータコイル12aに駆動電流を通電するための周知のブリッジ回路から成るインバータ回路(図示なし)を含み、さらにインバータ回路を制御するCPU等から成る制御回路を具備する。特に、モータ駆動回路装置2を構成するインバータ回路には、ステータコイル12aに大駆動電流を通電する必要があることより、例えば、スイッチング素子として動作するIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)のような大容量の出力トランジスタを使用しなければならない。このため出力トランジスタの電力損失が大きくなり、発熱が問題となる。したがって、モータ駆動回路装置2の出力トランジスタには冷却効果を向上させるための放熱構造が考慮されている。本実施例では、モータ駆動回路装置2にステータコイル配線やインバータ回路が集約されているが、後述する他の実施形態では、インバータ回路基板やステータコイル配線基板がモータ駆動回路装置2より特別に分離され、モータハウジング部50a内に装着される。
・・・
【0038】
次に、本発明に従う、ブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造について、図2、図3および図4を参照して説明する。図2は図1に示す電動工具のブラシレスモータ部3の拡大断面図、図3は図2に示すブラシレスモータ部3のA-A線に沿う断面構造図、図4は図2に示すブラシレスモータ部3のB-B線に沿う断面構造図をそれぞれ示す。
【0039】
ブラシレスモータ3は、図3に示すように、円筒状の外形をもつステータ12と、ステータ12の内周部12b内に配設された、回転軸方向に4つの永久磁石部材13cが埋め込まれたロータ13とを有する。ステータ12の内周部12bとその外周部12cとの間には回転軸方向に延びるスロット12fを有し、そのスロット12f内にはステータコアにステータコイル12aが巻回されている。ステータコイル12aは、スター結線された3相コイルを形成し、モータ駆動回路装置2を構成するインバータ回路には、ステータコイル12aに大駆動電流を通電するための6つのIGBT(出力トランジスタ)が取り付けられている。
【0040】
図2に示すように、ステータ12の回転軸方向両端部12dおよび12eは、一対のホルダ部材(支持部材)14の挟持部14aによって挟み込まれるようにモータハウジング部50aの内周部50f(図3参照)に固定されている。また、ステータ12の両端部12d、12eおよびロータ13の回転軸方向の両端部13a、13bは、一対のホルダ部材14の隔壁部14bによって包囲されている。一対のホルダ部材14の挟持部14aおよび隔壁部14bは、ステータ12と共に、ステータ12の内周部12b内部に設置されたロータ13を取り囲む密閉構造を形成し、モータハウジング部50a内にモータ3が設置される空間を区画または隔離する。これによって、粉塵がモータ3のロータ13部内に侵入することを防止できる。
・・・
【0042】
一対のホルダ部材14の両方または一方は、合成樹脂材料を用いてモータハウジング部50aと共に、リブ部材として一体成形することができる。また、一対のホルダ部材14は、モータハウジング部50aとは別部材の合成樹脂材料から形成したものを、モータハウジング部50aに固定してもよい。さらに、一対のホルダ部材14は、モータハウジング部50aとは別部材の金属材料から形成したものを、モータハウジング部50aに嵌合等により固定してもよい。ホルダ部材14に金属材料を使用する場合は、ホルダ部材14がステータ12の放熱フィンとして機能するので、ステータ12の放熱効果を向上できると共に、ホルダ部材14の機械的強度が強化され、モータ3の軸受部材(ベアリング)11aの支持部の磨耗を軽減し、モータ回転軸11の支持位置の精度を向上させることができる。ホルダ部材14はモータハウジング部50aの部材とは別材料によって構成することにより、ホルダ部材のモータハウジング部への組立性を向上させ、かつ冷却風の流通路となる貫通穴の位置、大きさなどのホルダ部材の設計自由度を向上させることができる。図2に示した第1の実施形態では、一対のホルダ部材14のうち、右手側に配置された一方のホルダ部材14は、図4および図5に示すように、モータハウジング部50aと共に一体成形されたリブ部材で構成したものである。また左手側に配置された他方のホルダ部材14の挟持部14aはモータハウジング部50aと一体に形成されたものから成り、その隔壁部14bは動力伝達機構部4を構成するモータハウジング部50aと異なる部材によって形成されている。
【0043】
本実施形態および後述する他の実施形態から明らかにされるように、一対のホルダ部材14の挟持部(14a)という用語は、その挟持部がステータの外周面とともに包囲または密閉構造を形成するように回転軸方向に沿って延びる部材を意味し、ステータ12の端部に完全に接触または接続されているものに限定されず、ステータ12の端部より塵埃がステータ内周部内へ実質的に侵入しない程度の間隙を以って回転軸方向に延びる部材であってもよい。また、その挟持部は、単一部材または複数部材で構成してもよい。一方、一対のホルダ部材14の隔壁部(14b)という用語は、その隔壁部がステータ12およびロータ13の端部を覆うように上記挟持部(14a)と交差する方向(例えば、回転軸方向に対し垂直方向)に延在し、前記挟持部とともにステータ12の端部側より塵埃がステータ内周部内へ実質的に侵入しない包囲または遮蔽効果を有する部材を意味する。その隔壁部は、上記挟持部と同様に単一部材または複数部材で構成できる。
・・・
【0045】
図3に示すように、モータハウジング部50aの内周部50fとステータ12の外周部12cとの間には、冷却風(冷却用気体)の流通路となる空間部16が形成される。また、図2に示すように、モータハウジング部50aの一端側の端壁部50eには外気から冷却用の空気を吸入するための吸気口17が形成される。さらに、モータハウジング部50aの端壁部50eと、右側の一方のホルダ部材14との間には、外気を吸気口17から吸引するための冷却ファン15が設けられる。冷却ファン15は、右側ホルダ部材14の隔壁部14bを貫通して突出している回転軸11の端部に取り付けられている。右側ホルダ部材14の隔壁部14bには、冷却風を流すための貫通穴(通気口)19が設けられている。貫通穴19は、図4に示すように、ホルダ部材(リブ部材)14bの外周部の対向する2箇所に形成される。貫通穴19の大きさや設置位置はホルダ部材14への加工性を考慮して決定できる。注意しなければならないことは、貫通穴19は、モータ内部を包囲または密閉するホルダ部材14の隔壁部14bを貫通しないように形成することである。一方、ステータ12の外周部12cに近接してモータハウジング部50aに冷却用の空気を外気に排出するための複数の排気口18が設けられる。冷却風の吸気口17および排気口18の位置は、ステータ12の外周部の空間部16を挟むように、回転軸11に沿って互いに離間してモータハウジング部50aに形成する。また排気口18は、モータハウジング部50aに隣接する動力伝達ハウジング部50bに形成しても良い。
【0046】
以上の構成により、図2および図3に示すように、吸気口17、貫通穴19、空間部16および排気口18は、冷却風(冷却気体)20の流通路を形成する。モータ3が運転されると回転軸11に取付けられた冷却ファン15が回転し、吸気口17から冷却風20をモータハウジング部50a内に吸引する。吸引された冷却風20は、モータハウジング部50aに設けられた貫通穴19を通り、モータ3のステータ12の外周部12cとモータハウジング部50aの内周部50fの空間部16に流れる。この状態において、ホルダ部材(リブ部材)14により、ステータ12の回転軸方向の両端部12d、12eおよびロータ13の回転軸方向の両端部13aおよび13bは、ホルダ部材(リブ部材)14によって挟み込まれるように、モータハウジング部50aに固定されるので、モータ3は他の空間部より区画または隔離された密閉構造(包囲構造)となる。従って、従来のブラシレスモータの構造に比較してモータ3の内部に外気が入り込むことが極めて少ない構造となり、粉塵が入ることが極めて少ない構造にできる。そして、空間部16に流れ込んだ冷却風20はステータ12の外周部12cを流れ、ステータ12を冷却しながら外気に排出されるので、ステータ12の放熱効果を向上させることができる。従って、本発明によれば、モータの防塵性能および冷却性能を向上させた電動工具を提供できる。」
(キ)
「【0047】
[第2の実施形態]
上記第1の実施形態では冷却ファン15をモータハウジング部50aの端壁部50eの近傍(吸気口17の近傍)に配設したが、図6に示す第2の実施形態のように、冷却ファン15は、動力伝達機構部と左側ホルダ部材14との間の回転軸11に取り付けても良い。この場合、ハウジング部50aに設けられる排気口18は、冷却ファン15の外周部の近傍に配置される。図6に示した第2の実施形態のように、ステータ12の外周部12cを取巻く空間部16に冷却風がながれ、モータ3の内部が密閉されていれば、冷却ファン15の位置や冷却風20を吸入または排出するハウジング部50aの開口穴17または18の位置は特に限定されない。このような構成により上記第1の実施形態と同様な冷却効果および密閉効果を得ることができる。」
(ク)
「【0048】
[第3の実施形態]
図7は第3の実施形態を示す。特に、モータ駆動回路装置2(図1参照)は、CPU等から成る制御回路の他に、ブラシレスモータ3のステータコイル12aに駆動電流を通電するための周知のブリッジ回路から成るインバータ回路(図示なし)を含んでいる。インバータ回路には、ステータコイル12aに大駆動電流を通電する必要があることより、例えばIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)のような大容量の出力トランジスタを使用しなければならない。このため出力トランジスタの電力損失が大きくなり、発熱が問題となる。したがって、モータ駆動回路装置2の出力トランジスタには冷却効果を向上させるための放熱構造が考慮されている。図7に示す第3の実施形態に従えば、図1に示したハンドルハウジング部50cのモータ駆動回路装置2のうち、インバータ回路基板22を分離し、図7に示すようにモータハウジング部50c内の冷却風の流通路中に設置したものである。インバータ回路基板22は、モータハウジング部50aの内周部に固定され、例えば、6つの出力トランジスタ(IGBT)21を搭載している。これらの出力トランジスタ21は、モータ3の駆動中に発熱するが、冷却風によって強制空冷されるので、高効率の出力電力を得ることができる。」
(ケ)
「【0049】
[第4の実施形態]
図8は第4の実施形態を示す。図7に示した第3の実施形態と同様に、インバータ回路基板22をモータハウジング部50c内の冷却風の流通路中に設置したものである。図7の第3の実施形態と特に異なる点は、インバータ回路基板22の出力トランジスタ21を回路基板22の放熱部(図示なし)に接触させるように寝かせて搭載している。この実施形態によって、図7に示した実施形態と同様に放熱効果を向上できる。」
(コ)
「【0050】
[第5の実施形態]
図9乃至図13は本発明に従う第5の実施形態を示す。・・・
【0051】
上記実施形態と同様に、ステータ12の内周部12bとその外周部12cとの間には回転軸方向に延びるスロット12fを有する。特に、本実施形態においてステータ12は、スロット12fの形状に沿ってステータ12の両端部12dおよび12eより挿し込まれ、ステータ12の回転軸方向中央部12gで互いに接する一対のインシュレータ部材14dおよび14eを有する。一対のインシュレータ部材14dおよび14eは絶縁材料から成り、ステータコイル12aがインシュレータ部材14dおよび14eを覆って巻回するので、ステータ12のコアとステータコイル12a間の電気的絶縁をより完全にすることができる。一対のインシュレータ部材14dおよび14eは、ステータ12の両端部12dおよび12eにおいて、ロータ13の外周を覆うように突出する円筒状突出部14d1および14e1を有する。特に、ステータ12の右手側端部より挿入されたインシュレータ部材14eは外径円筒状突出部14e2を有する。さらに、外径円筒状突出部14e2の外周部にはモータハウジング部50aと一体に形成された挟持部固定部材(リブ部材)30が配設され、ステータ12をモータハウジング部50aに固定している。外径円筒状突出部14e2の外周面は、挟持部固定部材30の内周面に内接するように完全に当接するように配置することが好ましいが、外径円筒状突出部14e2の外周面と挟持部固定部材30の内周面との間には粉塵が侵入しない程度のごくわずかな隙間があっても良い。このように、本実施形態におけるホルダ部材14の挟持部14aは、挟持部固定部材30および円筒状突出部14e2の複合部材によって構成されている。
【0052】
さらに、インシュレータ部材14eの円筒状突出部14e2には、円形状のステータコイル配線基板31の外周縁部が嵌合または接続される。ステータコイル配線基板31は、例えば、合成樹脂材料の基板に銅箔などの導電層または導線が被着または取り付けられた配線基板から成り、図12および図13に示すように、ステータ12側の裏面より冷却ファン15側の表面に貫通する導電層または導線(接続部)31a?31iを有する。また、円形状のステータコイル配線基板31の中央部には回転シャフト11を貫通させるための軸受貫通用穴31xを有する。
・・・
【0054】
円形状ステータコイル配線基板31の外周縁部はインシュレータ部材14eの外径円筒状突出部14e2の内周部に密着した状態で取り付けられており、一方、円形状ステータコイル配線基板31の軸受貫通用穴31xの内周縁部は、回転軸11に取り付けられた軸受11aを支持する軸受保持部32に当接しており、ステータコイル配線基板31の軸受貫通用穴31xは軸受保持部32によって覆われて冷却ファン15側の外部より密閉されている。すなわち、本実施形態によればホルダ部材14の隔壁部14bは、ステータコイル配線基板31と軸受保持部32によって構成される。
・・・
【0056】
第5の実施形態に従えば、ブラシレスモータ3のステータ12内部に設けられるステータコイル12aおよびロータ13を、ステータコイル配線基板31および軸受保持部32を隔壁部(14b)として使用することによって容易に密閉することができる。また、ステータコイル配線基板31によってステータコイル12aを密閉された空間から外部へ容易に電気的配線することが可能となる。」
(サ)
「【0057】
[第6の実施形態]
上記第5の実施形態では、インシュレータ部材14eの外径円筒状突出部14e2を回転軸11方向に延ばしてステータ12のステータコイル12aを包囲または密閉する構成としたが、ステータコイル12aの巻線作業を容易にするために、図14に示すように、インシュレータ部材14eとは別個に合成樹脂等で成形した円筒状突出部14e3を用いて、ステータコイル12aの巻線作業後に、ステータ12とステータコイル配線基板31との間に円筒状突出部14e3を挟み込んで包囲または密閉するように構成しても良い。本第6の実施形態におけるホルダ部材14の挟持部14aは、上記第5の実施形態と同様に、挟持部固定部材30および円筒状突出部14e3の複合部材によって構成されている。」
(シ)
「【0058】
[第7の実施形態]
図15は第7の実施形態を示す。ステータコイル配線基板31の外周縁部を、円筒状の固定部材(リブ部材)30の内周部に設けられた溝30a内に嵌合させて、ステータコイル12aおよびロータ13の端部を密閉包囲したものである。」
(ス)
「【0059】
[第8の実施形態]
図16は第8の実施形態を示す。ブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造については、図10に示した第5の実施形態と同様な構成となっている。一方、インバータ回路基板22は、ハンドルハウジング部50c内に配設されたモータ駆動回路装置2から分離して、図7に示した第3の実施形態と同様に、モータハウジング部50a内の冷却風の流通路中に設置したものである。図7に示した第3の実施形態と同様に、インバータ回路基板22は6つの出力トランジスタ(IGBT)21を搭載している。これらの出力トランジスタ21は、モータ3の駆動中に発熱するが、モータハウジング部50a内の冷却風によって強制空冷されるので、高効率の出力電力を得ることができる。
【0060】
以上の実施形態の説明から明らかにされるように、本発明の電動工具によれば、モータハウジング部内に配置されるリブ部材、ステータのスロット内に使用されるインシュレータ部材、ステータコイル配線基板等を含む一対のホルダ部材によって、モータのステータと協働してモータ(ロータ)に対する密閉型構造を形成し、かつステータの外周部に空間部を形成して冷却風を流すので、モータの防塵機能を向上させて、さらにモータの冷却効果を向上させることができる。」

イ.本件当初図面

図2 図3


図6 図7


図8 図10


(2)本件当初明細書等に記載された技術的事項

ア.本件当初明細書の段落【0001】ないし【0029】について
まず、本件当初明細書の記載のうち、【技術分野】、【発明が解決しようとする課題】及び【発明の効果】が記載されている箇所である段落【0001】ないし【0029】について検討する。
当該箇所には、従来技術について「特に、ステータ部の損失が大きな発熱源となる。・・・従来のブラシレスモータにおいて、種々のステータに対する冷却構造が提案されている」(段落【0002】)、及び、「木粉や金属粉の混在した空気の作業環境下で使用される電動工具にあっては、モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり、モータにロック現象が起きてしまい、その結果、コイルに過大な電流が流れてコイル焼損等の故障の発生原因となるために、防塵対策が要求され」(段落【0006】)るとの記載があり、そして、「単にモータ全体を密閉構造にするだけでは、必然的に冷却風が流れない構造となるので、冷却効果が損なわれてしまい、通常運転時でも巻線の温度が異常に上昇し、コイル焼損等の故障の原因となる問題が生ずる」(段落【0007】)と、従来技術の問題点が記載されている。そして、当該問題点を解決しようとして、「粉塵を吸い込まないためのモータ部の防塵構造を具備すると共に、冷却効果の優れた冷却構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供する」(段落【0009】)との記載があり、そして、「モータハウジング部の内部に配置される一対のホルダ部材によって、モータのステータと協働してモータ(ロータ)に対する密閉型構造を形成」し、「ステータの外周部に空間部を形成して冷却風を流」して、「モータの防塵機能を向上させて、さらにモータの冷却効果を向上させる」(段落【0027】)との記載がある。
しかし、本件当初明細書の上記箇所には、ブラシレスモータの冷却構造を、上記本件補正技術的事項のように、吸気口から流入した空気流の一部をブラシレスモータ内部に入り込むようにしたものは記載されていない。さらに、本件当初明細書に記載されたものは、「モータ内への粉塵の侵入を防止する簡単な防塵構造としては、モータのハウジング全体を密閉構造とすることが考えられる。しかし、単にモータ全体を密閉構造にするだけでは、必然的に冷却風が流れない構造になるので、冷却効果が損なわれてしまい、通常運転時でも巻線の温度が異常に上昇し、コイル焼損等の故障の原因となる問題」(段落【0007】)を解決しようとして、「モータハウジング部の内部に配置される一対のホルダ部材によって、モータのステータと協働してモータ(ロータ)に対する密閉型構造を形成」(段落【0027】)することで、「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」(段落【0012】)ものであるから、本件当初明細書等は、粉塵の侵入防止手段として簡易な「モータのハウジング全体を密閉構造とする」ことを前提としつつ、冷却効果を損なわないようにするために、「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」ものを開示していると認められる。
したがって、当該ブラシレスモータの冷却に関して、補正により、吸気口から流入した空気流の一部をモータ内部に入り込むようにして行うとする内容へ変更することは、当初から前提としていた「簡単な防塵構造」が採用できるとの利点を損なうものであるから、冷却用気体を、ブラシレスモータ内部に入り込むようにするとした補正導入事項は、当初明細書の段落【0001】ないし【0029】にて開示された事項ではないし、当該開示された事項から当業者にとって自明な事項であるということはできない。

イ.本件当初明細書の段落【0030】ないし【0062】及び図面について
本件当初明細書の段落【0030】ないし【0062】には、【発明を実施するための最良の形態】として、第1ないし8の実施形態が記載されている。そして、図面において、第1の実施形態が図1ないし5に、第2の実施形態が図6に、第3の実施形態が図7に、第4の実施形態が図8に、第5の実施形態が図9ないし13に、第6の実施形態が図14に、第7の実施形態が図15に、第8の実施形態が図16に、それぞれ図示されている。
これら本件当初明細書等に記載された各実施形態について、ブラシレスモータの冷却構造、とりわけ冷却風の流れについて、本件当初明細書等に記載あるいは図示されたものは、以下のとおりである。
第1の実施形態は、「一対のホルダ部材14の挟持部14aおよび隔壁部14bは、ステータ12と共に、ステータ12の内周部12b内部に設置されたロータ13を取り囲む密閉構造を形成し、モータハウジング部50a内にモータ3が設置される空間を区画または隔離する。これによって、粉塵がモータ3のロータ13部内に侵入することを防止できる」(段落【0040】)もので、「ホルダ部材(リブ部材)14により、ステータ12の回転軸方向の両端部12d、12eおよびロータ13の回転軸方向の両端部13aおよび13bは、ホルダ部材(リブ部材)14によって挟み込まれるように、モータハウジング部50aに固定されるので、モータ3は他の空間部より区画または隔離された密閉構造(包囲構造)となる」(段落【0046】)ものである。そして、「空間部16に流れ込んだ冷却風20はステータ12の外周部12cを流れ、ステータ12を冷却しながら外気に排出されるので、ステータ12の放熱効果を向上させることができる」(段落【0046】)ものである。
第2の実施形態は、第1の実施形態の「冷却ファンの15」を、「動力伝達機構部と左側ホルダ部材14との間の回転軸11に取り付け」(段落【0047】)たものであり、「モータ3の内部が密閉」(段落【0047】)されるものであって、「ステータ12の外周部12cを取巻く空間部16に冷却風がながれ」(段落【0047】)るものである。
第3の実施形態は、「モータ駆動回路装置2のうち、インバータ回路基板22を分離し、図7に示すようにモータハウジング部50c内の冷却風の流通路中に設置したもの」(段落【0048】)であり、図7から、矢印で図示された冷却風20が、吸気口17から入って、排気口18に向かって、「ステータ12」の外側を流れることが、図7から看取できる。そうすると、第3の実施形態も、モータ3の冷却は、第1の実施形態及び第2の実施形態と同様に、ステータ12の外側を流れる冷却風によって行われることが理解できる。
第4の実施形態は、第3の実施形態の「インバータ回路基板22の出力トランジスタ21を回路基板22の放熱部(図示なし)に接触させるように寝かせて搭載している」(段落【0049】)もので、図8から、冷却風20が、ステータ12の外周とモータハウジング部50a内周との間を流れていることが看取できる。そうすると、第4の実施形態も、モータ3の冷却は、ステータ12の外側を流れる冷却風によって行われることが理解できる。
第5の実施形態は、「円形状ステータコイル配線基板31の軸受貫通用穴31xの内周縁部は、回転軸11に取り付けられた軸受11aを支持する軸受保持部32に当接しており、ステータコイル配線基板31の軸受貫通用穴31xは軸受保持部32によって覆われて冷却ファン15側の外部より密閉されている」(段落【0054】)ものであり、「ブラシレスモータ3のステータ12内部に設けられるステータコイル12aおよびロータ13を、ステータコイル配線基板31および軸受保持部32を隔壁部(14b)として使用することによって容易に密閉する」(段落【0056】)ものである。そして、図11には、冷却風20が、ステータ12の外周とモータハウジング50aの内周との間にある空間部16を流れ、排気口18から出ていることの図示がある。
第6の実施形態は、「第5の実施形態では、インシュレータ部材14eの外径円筒状突出部14e2を回転軸11方向に延ばしてステータ12のステータコイル12aを包囲または密閉する構成としたが、ステータコイル12aの巻線作業を容易にするために、図14に示すように、インシュレータ部材14eとは別個に合成樹脂等で成形した円筒状突出部14e3を用いて、ステータコイル12aの巻線作業後に、ステータ12とステータコイル配線基板31との間に円筒状突出部14e3を挟み込んで包囲または密閉するように構成」(段落【0057】)してもよいものである。そうすると、第5の実施形態では、「ステータ12のステータコイル12aを包囲または密閉する構成」を、「インシュレータ部材14eの外径円筒状突出部14e2を回転軸11方向に延ばし」たものとしたところ、第6の実施形態では「インシュレータ部材14eとは別個に合成樹脂等で成形した円筒状突出部14e3を用いて、ステータコイル12aの巻線作業後に、ステータ12とステータコイル配線基板31との間に円筒状突出部14e3を挟み込ん」だものである点で相違する。したがって、モータハウジング50aの回りの冷却風の流れは、第5の実施形態と同様に、第6の実施形態においても、冷却風20は、ステータ12の外周とモータハウジング50aの内周との間にある空間部16を流れることが理解できる。
第7の実施形態は、「図15は第7の実施形態を示す。ステータコイル配線基板31の外周縁部を、円筒状の固定部材(リブ部材)30の内周部に設けられた溝30a内に嵌合させて、ステータコイル12aおよびロータ13の端部を密閉包囲したものである」(段落【0058】)。そして、第6の実施形態を図示した図14と図15とを対比すると、両者は、上記の「ステータコイル配線基板31の外周縁部」の「円筒状の固定部材(リブ部材)30の内周部」への嵌合構造において相違するのみであり、図15においても、「冷却風を流すための貫通穴(通気口)19」(段落【0045】)や空間部16が記載されているから、第5の実施形態と同様に、第7の実施形態においても、冷却風20は、ステータ12の外周とモータハウジング50aの内周との間にある空間部16を流れることが理解できる。
第8の実施形態は、「ブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造については、図10に示した第5の実施形態と同様な構成となっている。一方、インバータ回路基板22は、ハンドルハウジング部50c内に配設されたモータ駆動回路装置2から分離して、図7に示した第3の実施形態と同様に、モータハウジング部50a内の冷却風の流通路中に設置したものである」(段落【0059】)。そうすると、第8の実施形態は、「ブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造については、図10に示した第5の実施形態と同様な構成」であって、「モータハウジング部50a内の冷却風の流通路中」は上記第3の実施形態にて示した図7に図示されたものであるから、第8の実施形態においても、第5の実施形態と同様に、冷却風20は、ステータ12の外周とモータハウジング50aの内周との間にある空間部16を流れ、かつ、図7で示されているように、排気口18に向かうものであることが理解できる。
そして、以上の実施形態の効果について、「実施形態の説明から明らかにされるように、本発明の電動工具によれば、モータハウジング部内に配置されるリブ部材、ステータのスロット内に使用されるインシュレータ部材、ステータコイル配線基板等を含む一対のホルダ部材によって、モータのステータと協働してモータ(ロータ)に対する密閉型構造を形成し、かつステータの外周部に空間部を形成して冷却風を流すので、モータの防塵機能を向上させて、さらにモータの冷却効果を向上させることができる。」(段落【0060】)との記載がある。
そうすると、本件当初明細書等に記載された全ての実施形態の、ブラシレスモータの冷却のための構造上の特徴としては、モータハウジング部の内周部とステータの外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成して、冷却用気体を流すもののみが記載され、ブラシレスモータ内部に冷却のための空気が流入する実施形態は記載されていないこととなる。
そして、第1の実施形態ないし第4の実施形態は、冷却風20の上流側において、ステータ12の端部がホルダ部材14の挟持部14aにより覆われているものである。そして、当該挟持部14aは、開口のないもの(実施形態2及び4)や、開口が設けられていても軸受部材(ベアリング)(11a)により塞がれているもの(実施形態1及び3)とされており、冷却風20がブラシレスモータ内部へ入り込む構成を備えた挟持部14aは記載されていない。また、本件当初明細書等の第1ないし4の実施形態についての記載から、ブラシレスモータ内部に冷却のための空気が流入する冷却構造が、当業者にとって自明な事項であるとはいえない。
また、第5ないし7の実施形態をみると、各実施形態をそれぞれ図示した図10、14び15において、「ステータコイル配線基板31の軸受貫通用穴31xは軸受保持部32によって覆われて冷却ファン15側の外部より密閉されている。すなわち、本実施形態によればホルダ部材14の隔壁部14bは、ステータコイル配線基板31と軸受保持部32によって構成される」(段落【0054】)ことと一致した図示がある。さらに、ステータコイル配線基板31の外周縁部が、第5の実施形態においては、「インシュレータ部材14eの外径円筒状突出部14e2の内周部に密着した状態で取り付けられ」(段落【0054】)、第6の実施形態においては、「インシュレータ部材14eとは別個に合成樹脂等で成形した円筒状突出部14e3を用いて、ステータコイル12aの巻線作業後に、ステータ12とステータコイル配線基板31との間に円筒状突出部14e3を挟み込んで包囲または密閉するように構成」(段落【0057】)し、そして、第7の実施形態においては、「ステータコイル配線基板31の外周縁部を、円筒状の固定部材(リブ部材)30の内周部に設けられた溝30a内に嵌合させて、ステータコイル12aおよびロータ13の端部を密閉包囲した」(段落【0058】)ものである。そして、第8の実施形態は、「ブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造については、図10に示した第5の実施形態と同様な構成」(段落【0059】)であるから、第8の実施形態も、第5の実施形態と同様な、「インシュレータ部材14eの外径円筒状突出部14e2の内周部に密着した状態で取り付けられ」るものである。
したがって、第5ないし8の実施形態は、いずれも、軸受貫通用穴31xを軸受保持部32により覆ったステータコイル配線基板31の外周縁を、外径円筒状突出部14e2の内周部(第5及び8の実施形態)、円筒状突出部14e3(第6の実施形態)及び固定部材(リブ部材)30の内周部(第7の実施形態)とそれぞれ接触させることで、ブラシレスモータ内部を、外部に対して閉じるような形態を示すものとされ、冷却のための気体がブラシレスモータ内部に入り込むとすべき開示はない。また、本件当初明細書等の第5ないし8の実施形態についての記載から、ブラシレスモータ内部に冷却のための空気が流入する冷却構造が、当業者にとって自明な事項であるとも認められない。

ウ.本件当初特許請求の範囲について
上記1.(1)ア.に摘記した、本件当初特許請求の範囲には、ブラシレスモータの冷却について、以下の点が記載されている。。
すなわち、他の請求項を引用しない【請求項1】及び【請求項13】には、「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」との記載があって、他の請求項はいずれも請求項1あるいは13を引用するものである。そうすると、本件当初特許請求の範囲の各請求項に記載されたものは、全て「前記モータハウジング部の前記内周部と前記ステータの前記外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」ものをブラシレスモータを冷却させるための手段としたものである。そして、ブラシレスモータ内部に冷却用気体を流すことにより冷却する旨の追加的記載が、請求項1及び13を含め、すべての請求項にはない。
そして、当該冷却用気体の流通路となる空間部を形成したことで、粉塵がブラシレスモータ内部へ流入することを妨げつつも、当該空間部を流れる冷却用気体によって、ブラシレスモータを冷却するものである。したがって、本件当初特許請求の範囲の各請求項に記載されたものにおいて、ブラシレスモータ内部へ冷却用気体を流入させるよう構成することは、冷却用気体に搬送された粉塵を、ブラシレスモータ内部へ流入させることとなるから、当該構成を備えたものが、本件当初特許請求の範囲の記載から、当業者にとって自明な事項であるとも認められない。

(3)小括
上記(2)に示したように、本件補正技術的事項のうち、「空気流の一部はモータ内部に入り込み、ステータコイルを冷却する」点については、本件当初明細書等に記載されておらず、かつ、本件補正に係る技術的事項は当該記載から当業者にとって自明な事項であるとも認められない。したがって、本件補正は新たな技術的事項を導入するものである。
以上のとおりであるから、本件補正は、本件当初明細書等に記載された事項の範囲においてしたものではない。

3.被請求人の主張について
被請求人は、上記第5.3.(1)カ.及びキにおいて、本件当初明細書には、「密閉」構造とともに「包囲」構造が記載されていて、「包囲」構造は、隙間がある包囲形態であるから、当該隙間を介して冷却用気体の一部がモータの内部に入ったり、モータの内部から出たりするから、冷却用気体によってステータコイルの冷却効果が得られるが、隙間は小さいから、粉塵はモータの内部に入りにくく、防塵効果も得ることができるから、本件補正は本件当初明細書に記載された事項の範囲内においてなされたものであると主張する。
そこで検討する。
本件当初明細書等において、「包囲」についての記載は、段落【0012】、【0024】、【0040】、【0043】、【0045】、【0046】、【0057】及び【0058】に記載されている。また、本件当初特許請求の範囲の【請求項1】及び【請求項13】にも記載されている。しかし、これらの箇所を含め、本件当初明細書等には、「包囲」が直ちにブラシレスモータの内部へ冷却用気体を導くことを示し得るとする双方の関係を裏付ける他の記載が見当たらない。
本件当初明細書の段落【0043】の「本実施形態および後述する他の実施形態から明らかにされるように、一対のホルダ部材14の挟持部(14a)という用語は、その挟持部がステータの外周面とともに包囲または密閉構造を形成するように回転軸方向に沿って延びる部材を意味し、ステータ12の端部に完全に接触または接続されているものに限定されず、ステータ12の端部より塵埃がステータ内周部内へ実質的に侵入しない程度の間隙を以って回転軸方向に延びる部材であってもよい。」との記載、及び、同段落【0051】の、第5の実施形態についての「外径円筒状突出部14e2の外周面は、挟持部固定部材30の内周面に内接するように完全に当接するように配置することが好ましいが、外径円筒状突出部14e2の外周面と挟持部固定部材30の内周面との間には粉塵が侵入しない程度のごくわずかな隙間があっても良い。このように、本実施形態におけるホルダ部材14の挟持部14aは、挟持部固定部材30および円筒状突出部14e2の複合部材によって構成されている。」との記載はあるものの、その記載中に並記された「包囲」と「密閉」とが、どのように異なるのかはうかがい知れない。そうすると、文中に記載された「間隙」あるいは「隙間」は、ブラシレスモータの冷却と密接な関係を有するとすべき理解へ至ることはなく、文言上の通常の解釈、すなわち「塵埃がステータ内周部内へ実質的に侵入しない程度のごくわずかな」のものと扱うのが相当である。また、塵埃は、それを搬送する空気の流れにのって運ばれるのであるから、「塵埃がステータ内周部内へ実質的に侵入しない」「間隙」あるいは「隙間」とは、当該空気自体がステータの内周部内に侵入できないものか、あるいは侵入できるものであったとしても、侵入できる空気は、塵埃を運び得ないような微量なものと考えるべきである。当該「間隙」あるいは「隙間」をブラシレスモータのステータ内周部内を冷却できる流路を形成するとみることは、いかにも不自然な主張というべきである。
そうすると、上記「間隙」あるいは「隙間」をもってして、ブラシレスモータ内部へ冷却気体が入り得る流路をなすとはいえないから、上記被請求人の主張は失当である。

4.無効理由1についてのむすび
上記2.及び3.で検討したとおり、本件特許は、特許法第17条の2第3項の要件を満たさない本件補正をした出願に対してされたものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定により、無効とすべきものである。

第8.無効理由2についての当審の判断

1.本件特許の明細書
本件特許の明細書には、上記第7.2.(1)ア.の(カ)ないし(ス)に示した「第1の実施形態」ないし「第8の実施形態」が記載されている。そして、これら実施の形態の特に冷却風の流れは、上記第7.2.(2)イ.に示したように、ブラシレスモータを用いる電動工具において、ブラシレスモータ内部への粉塵の侵入を、ブラシレスモータ全体を密閉構造として防ごうとした場合に、冷却風がブラシレスモータ内部を流れない構造を採用すると、ブラシレスモータの温度が異常に上昇するとの課題を解決しようとして、モータハウジング部の内周部とステータの外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成して、冷却用気体を流すものである。
そして、上記課題以外の課題は、本件特許明細書の発明の詳細な説明には記載されていない。

2.本件特許発明
本件訂正特許発明1ないし3は、本件当初特許請求の範囲を本件補正により補正したもので、本件補正前の全ての請求項の特定事項であった、「モータハウジング部の内周部とステータの外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部を形成した」との事項を有さない。
そして、第7.1.(2)に示した、本件意見書での被請求人の主張のとおり、本件補正後の請求項に係る発明は、「空気流の一部はモータ内部に入り込み、ステータコイルを冷却する」ものである。しかしながら、上記1.に示したとおり、「モータハウジング部の内周部とステータの外周部との間に、冷却用気体の流通路となる空間部」は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された課題を解決するために必要な構成であるから、本件訂正特許発明1ないし3は、別の解決手段を内容とするものまで包含するものである。

3.無効理由2についてのむすび
上記2.で検討したとおり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、本件特許の発明の詳細な説明に記載したものではないものまで包含するから、特許法第36条第6項第1号に規定された要件を満さない。したがって、特許法第123条第1項第4号の規定により、本件訂正発明1ないし3に係る特許は無効とすべきものである。

第9.むすび
以上のとおり、請求人が主張する無効理由1及び2には理由がある。そうすると、無効理由3ないし5を検討するための前提となる、本件訂正特許発明1ないし3は、本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものではなく、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものでもない。したがって、無効理由3ないし5を検討することなく、無効理由1及び2により、本件訂正特許発明1ないし3は、特許法第123条第1項第1号及び第4号の規定に該当するので、無効とすべきものである。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第16条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸気口が設けられたハウジング部と、
ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと、該ステータの内部に略同心状に配置されたロータと、を有し、前記ハウジング部に収容されるブラシレスモータと、
該ブラシレスモータの前記ステータコイルに接続される基板と、
前記ハウジング部に収容され、前記回転軸に装着される冷却ファンと、を備えた電動工具において、
前記ブラシレスモータは、前記ステータに設けられ前記ステータと前記ステータコイルとを絶縁し、前記ステータの端部より前記回転軸方向に突出する突出部を有する絶縁部材を備え、
前記基板は、前記吸気口側の前記ステータの端部を覆うように前記絶縁部材の前記突出部に固定されていることを特徴とする電動工具。
【請求項2】
前記吸気口から前記ハウジング部内に吸入された冷却用気体を、前記ハウジング部の外へ排出する排出口を備え、
該排出口は、前記吸気口と離間して、前記ハウジング部に形成されたことを特徴とする請求項1記載の電動工具。
【請求項3】
前記ブラシレスモータの前記ステータコイルに電流を通電する複数のスイッチング素子を備えたインバータ回路基板を備え、
該インバータ回路基板と前記基板とを別々に設けたことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の電動工具。
【請求項4】 (削除)
【請求項5】 (削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2017-05-19 
結審通知日 2017-05-23 
審決日 2017-06-13 
出願番号 特願2006-121427(P2006-121427)
審決分類 P 1 113・ 537- ZAA (B25F)
P 1 113・ 561- ZAA (B25F)
最終処分 成立  
前審関与審査官 阿部 利英  
特許庁審判長 西村 泰英
特許庁審判官 渡邊 真
久保 克彦
登録日 2012-05-11 
登録番号 特許第4986258号(P4986258)
発明の名称 電動工具  
代理人 特許業務法人筒井国際特許事務所  
代理人 特許業務法人快友国際特許事務所  
代理人 特許業務法人筒井国際特許事務所  

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