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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1332030
審判番号 不服2015-14878  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-08-07 
確定日 2017-09-07 
事件の表示 特願2013-530528「4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリドの多形体、それらを作製する方法及びそれらの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成24年4月5日国際公開、WO2012/041013、平成26年1月9日国内公表、特表2014-500234〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

この出願は、2011年9月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2010年10月1日(CN)中国)を国際出願日とする出願であって、平成26年3月6日に手続補正書が提出され、同年12月26日付けで拒絶理由が通知され、平成27年3月18日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年4月6日付けで拒絶査定がされ、同年8月7日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成28年8月18日付けで拒絶理由が通知され、同年12月21日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明

この出願の請求項1?17に係る発明は、平成28年12月21日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1及び12に係る発明(以下「本願発明1」及び「本願発明12」という。)は以下のとおりである。

1 本願発明1

「CuK_(α)放射を用いて得られ、10.690、14.290、16.030、17.931、19.009、21.009及び22.350の角度2θ(±0.2度 2θ)で表される特徴的なピークを有する粉末X線回折パターンを示すことを特徴とする、結晶形Iの結晶構造を有する[4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド]の結晶。」

2 本願発明12

「210.1℃?211.9℃の融点を有し、
CuK_(α)放射を用いて得られ、18.840の角度2θ(±0.2度 2θ)で表される特徴的なピークを有する粉末X線回折パターンを示し、
216℃に吸熱ピーク及び105℃に発熱ピークを有する、実質的に図6に示されるDSCスペクトルを有する、
結晶形IIIの結晶構造を有する[4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド]の結晶。」

第3 当審が通知した拒絶の理由

平成28年8月18日付けで当審が通知した拒絶理由は理由1?3からなり、そのうち理由3は、概略、
「この出願の請求項1?6、8?17に係る発明は、その優先日前に頒布された下記の刊行物1に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
刊行物1:特開2008-543794号」
というものである。

そして、本願発明1は、理由3の対象となった請求項1に係る発明に対応するものであって、この請求項1に係る発明の
「CuK_(α)放射を用いて得られ、10.690、14.290、16.030、17.931、19.009、21.009及び22.350の角度2θ(±0.2度 2θ)で表される特徴的なピークを有する粉末X線回折パターンを示すことを特徴とする、[4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド]の結晶形I。」
という発明特定事項を、平成28年12月21日付けの手続補正により、
「CuK_(α)放射を用いて得られ、10.690、14.290、16.030、17.931、19.009、21.009及び22.350の角度2θ(±0.2度 2θ)で表される特徴的なピークを有する粉末X線回折パターンを示すことを特徴とする、結晶形Iの結晶構造を有する[4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド]の結晶。」
と改めたものであり、本願発明12は、理由3の対象となった請求項12に係る発明に対応するものであって、この請求項12に係る発明の
「210.1℃?211.9℃の融点を有し、
CuK_(α)放射を用いて得られ、18.840の角度2θ(±0.2度 2θ)で表される特徴的なピークを有する粉末X線回折パターンを示し、
実質的に図6に示されるDSCスペクトルを有する、
[4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド]の結晶形III。」
という発明特定事項を、平成28年12月21日付けの手続補正により、
「210.1℃?211.9℃の融点を有し、
CuK_(α)放射を用いて得られ、18.840の角度2θ(±0.2度 2θ)で表される特徴的なピークを有する粉末X線回折パターンを示し、
216℃に吸熱ピーク及び105℃に発熱ピークを有する、実質的に図6に示されるDSCスペクトルを有する、
結晶形IIIの結晶構造を有する[4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド]の結晶。」
と改めたものである(審決注:補正により追加又は削除された箇所に下線を付した。)。

第4 当審の判断

当審は、平成28年8月18日付けで当審が通知した拒絶理由の理由3のとおり、本願発明1及び12は、その優先日前に頒布された刊行物1に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと判断する。
その理由は以下のとおりである。

1 刊行物

刊行物1:特開2008-543794号
刊行物2:仲井由宣,花野学編,新製剤学,株式会社南山堂,1984年 4月25日,第1版第2刷,102頁?104頁,217頁? 236頁
刊行物3:塩路雄作,固形製剤の製造技術,株式会社シーエムシー出版, 2003年1月27日,普及版第1刷,9頁?14頁
刊行物4:平山令明編著,有機化合物結晶作製ハンドブック-原理とノウ ハウ-,丸善株式会社,2008年7月25日,17頁?20 頁,37頁?84頁
刊行物5:社団法人日本化学会編,化学便覧 応用化学編 第6版,丸善株 式会社,2003年1月30日,178頁
刊行物6:橋田充編著,経口投与製剤の設計と評価,株式会社薬業時報社 ,1995年2月10日,69頁?85頁,167頁?172 頁
刊行物7:Camille G. Wermuth編著,長瀬博監訳,最新創薬化学 下巻 改 訂第2版,株式会社テクノミック,2010年5月27日,第 2刷,504頁?505頁
刊行物8:緒方章ほか,化学実験操作法,株式会社南江堂,1977年6 月20日,訂正第36版,515頁?536頁
刊行物9:芦澤一英編著,医薬品の多形現象と晶析の科学,丸善プラネッ ト株式会社,2002年9月20日,3頁?16頁
刊行物10:社団法人日本化学会編,第5版 実験化学講座1 -基礎編I 実験・情報の基礎-,丸善株式会社,2003年9月25日, 123頁?124頁,188頁?189頁
なお、刊行物2?10はこの出願の優先日当時の技術水準を示す文献又は発明の意義を明らかにするための文献である。

2 刊行物の記載

(1)刊行物1には、以下のとおりの記載がある。

(1a)
「【技術分野】
【0001】
本発明は、5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)およびノルエピネフリン(NA)再取込みの阻害のための、またはうつ病等といった中枢神経系障害の治療もしくは補助的療法のための、式(I)の化合物およびその塩、それらの製造方法、それらを含む医薬組成物ならびにそれらの使用に関する。
・・・
【発明の開示】
【0004】
本発明の目的は、5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)およびノルエピネフリン(NA)の再取込みの阻害剤のプロドラッグとして使用され、および特にうつ病等の治療に使用される新規の化合物を開発することである。・・・」

(1b)
「【0013】
当該分野の薬物の製造のための従来の方法によって、本発明の式(I)の化合物(それらの光学異性体およびラセミ混合物ならびにそれらの医薬的に許容可能な塩を含む)は、適切な剤形(dosage form)を形成するよう製造でき、例えば、経口、注射、経皮、経鼻、粘膜および吸入投与のための剤形を形成するよう製造できる。・・・。
【0014】
・・・
【0015】
本発明の式(I)の化合物(それらの光学異性体およびラセミ混合物ならびにそれらの医薬的に許容可能な塩を含む)は、1日当り1mgから1000mgの単一用量または複数回用量によって、例えば、うつ病、不安障害、全般性不安障害、パニック状態(panic-stricken)、広場恐怖症、心的外傷後ストレス障害、月経前不快性障害(premenstrual dysphoric disorders)、線維筋痛、集中障害(impaired concentration)、強迫性症候群、社会不安障害、自閉症性障害、精神分裂症、肥満、ハイパーオレキシア・ネルボーザ(hyperorexia nervosa)および拒食症、トゥレット症候群、血管運動性紅潮(vasomotor flush)、コカインもしくはアルコール中毒、性障害、境界性人格障害、慢性疲労症候群、尿失禁、痛み(pains)、シャイ・ドレーガー症候群、レイノー症候群、パーキンソン病および癲癇等といった関連する疾患または障害の治療に用いることができる。」

(1c)
「【0020】
[実施例1] 化合物IIIのカルボン酸フェニルモノエステル[式(VI)]の合成
・・・
【0023】
4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)-エチル]フェニル4-メチルベンゾエートを例とした。
【0024】
10gのデスメチル(desmethyl)-ベンラファキシン(化合物III)を、200mlの無水ピリジンに溶解し、0℃まで冷却した。等モルの4-メチルベンゾイル塩化物を溶解した無水テトラヒドロフランを少しずつ添加し、撹拌しながら室温で5時間反応させた。その後、大部分の溶媒を真空蒸着法によって除いた。残留物を400mlの水に注ぎ、pHが9になるまで撹拌しながら調整し、一晩保存した。沈殿した固体を濾過し、水で3回洗浄し、および乾燥させて、粗生成物を得た。粗生成物を、80mlの無水エタノール/酢酸エチル(1:1)にて再結晶し、8.0gの白色固体を得た。融点は159.0-162.2℃で収率55.2%であった。
【0025】
塩酸塩の調製:20mlの無水エタノールを2.0gの上記生成物に添加し、全ての生成物が溶解するまで濃塩酸を少しずつ添加し、その後溶媒を真空蒸着法によって除去し、生成物を無水エタノールで3回洗浄し、および酢酸エチルを添加して溶解した。沈殿した固体をろ過し、融点が203.2-206.5℃の白色結晶固体を2.0g得た。
【0026】
この方法に従って、以下の化合物を合成し、特性を調べた。
【0027】
化合物1:4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)-エチル]フェニル4-メチルベンゾエート
^(1)H-NMR(DMSO)δ1.14-1.59(10H,m,-(CH_(2))_(5)-), 2.11(6H,s,-N(CH_(3))_(2)), 2.42(3H,s,Ar-CH_(3)), 2.55(1H,m,-CH<), 2.86(2H,m,-CH_(2)-N-), 5.02(1H,br,-OH), 7.11, 7.27, 7.40, 8.00 (8H,d,d,d,d,Ar-H);
^(13)C-NMR(DMSO)21.40, 21.65(2C), 24.79, 39.89, 40.81(2C), 45.89(2C), 57.94, 76.57, 120.19(2C), 123.01(2C), 126.42, 127.95(2C), 128.13(2C), 136.97, 141.90, 147.42, 164.18;
融点:159.0-162.2℃,塩化物の融点:203.2-206.5℃。」

(2)刊行物2の記載

刊行物2には、以下のとおりの記載がある。

(2a)
「1.医薬品の結晶
固体医薬品の大部分は結晶であり、X線による回折を示す。・・・医薬品は有機化合物が多く分子性結晶としての性質をもつ。
・・・
結晶自身については次に述べるように、多形 polymorphism と結晶性の問題がある。」(102頁2行?13行)

(2b)
「2.多形
多形とは同じ化学組成をもちながら結晶構造が異なり、別の結晶形を示す現象またはその現象を示すものをいう。すなわち結晶中の原子あるいは分子の空間的な配列の違いによって多形がおこるので、融解したり溶解した場合には区別はできない。
・・・
多形は結晶中での分子や原子の配列が異なるので、その存在はX線回折法、密度測定法、偏光顕微鏡法、赤外吸収スペクトル法により知ることができる。また熱力学的に多形は別の相として考えられ、各多形はそれぞれの融点や溶解度をもつ。ある薬品に多形があるとき、一般に融点の高い方が安定形であり溶解度は低い。融点の低い方の準安定形は安定形よりも高い溶解度をもっているが実際には測定中に安定形結晶が生じ易く、このときは溶解度は安定形結晶によって決められて準安定形の溶解度は得られない。
・・・
製剤上で多形が問題となるのは、それによって異なる溶解速度が与えられるからである。パルミチン酸クロラムフェニコールの例のように安定形と準安定形との間に著しい溶解速度に差がみられる。パルミチン酸クロラムフェニコールの安定形の結晶は非常にとけにくく製剤の原料として使用することはできない。」(102頁14行?103頁22行)

(2c)
「3)表面積
表面積の調節は、粒子径 particle size を変えて行われる。粒子径の影響は溶解度が1mg/ml?0.1mg/ml 以下の水に溶けにくい薬について特に

顕著であるといわれる。クロラムフェニコール(溶解度4.4mg/ml;上で述べた溶解度の範囲よりは大きい)の粒子径を種々変えて、家兎に経口投与したときの血中濃度曲線を図4-26に示した。粒子径が400μ、800μと大きくなると、血中濃度のピークの出現が遅れ、吸収速度が遅くなっている。50μ、200μの場合には、もはや粒子径の影響が認められなくなる。これは粒子径が小さくなり、表面積が十分大きくなったときには吸収が溶解律速ではなくなったことを示すものであろう。
・・・」(231頁25行?232頁10行)

(2d)
「4)結晶状態
同一の薬であっても、結晶状態の安定度に異なるものがあれば、不安定なものは、水に対する溶解性も高く、溶解速度も大となる。薬の吸収速度に及ぼすものとして、多形(polymorph)と結晶水の影響が知られている。・・・
結晶水の有無に関しては、一般に結晶水をもったものの方が無水物よりも安定で、溶解性は無水物の方がよい。・・・
以上、いずれも化学的には本質的に同じものであっても、結晶状態の変化によって、吸収速度、ひいては薬効にまで変化のあることを述べたが、吸収のよい結晶状態は、一般に不安定形であるところから製剤技術が発揮する領域であり、製剤加工の良否が製剤の品質を決定するといえる。」(232頁11行?233頁11行)

(3)刊行物3の記載

刊行物3には、以下のとおりの記載がある。

(3a)


」(9頁。「主薬の物理化学的性質」の項目の「溶解性」の項目には「結晶多形」との記載がある。)

(3b)
「1.薬物の物性評価
製剤設計を行うに当たって、もっとも重要なステップは、有効成分たる薬物の物性(ここでは物理的性質、化学的性質および生物学的性質をまとめて物性と呼ぶこととする)を評価することである。薬物自身の水に対する溶解度や、酸化されやすい化学構造かどうかなどの基礎的な物性を評価しないと、添加剤の選択や処方の確立は、ほとんど不可能に近いといってよい。もっとも簡単な例をあげれば、薬物の性状の1つである味が苦ければ、内服固形剤形としては、コーティング錠かカプセル錠を選択せざるを得なくなる。処方決定以前のこのステップのことを、通常、Preformulation と呼んでいる。」(9頁5行?12行)

(3c)
「1.2.2 粒子径分布
粒子径とその分布は、固形製剤の溶出性、含量均一性、色調、味、安定性など、製剤の重要品質特性に大きな影響を与えるばかりでなく、混合工程などの製造操作にも関連する特性であるので、後述する種々の測定方法のいずれかを用いて、測定しておかなければならない。薬物の粒子径が製剤の溶出性に、さらにバイオアベイラビリティに影響することを示した文献は多い。グリセオフルビンやスピノロラクトンなどの薬物の、消化管吸収に対して、粒子径が大きく寄与していることが論ぜられているが、くわしくは後述4.3を参照されたい。通常粒子径が小さいほど溶出速度が速いのは、溶解液と接触する粒子の比表面積が大きいためであるといわれているが、溶解度の小さい薬物の場合に、粒子径は特に重要な要因として、考慮されなければならない。」(11頁12行?20行)

(3d)
「1.2.4 結晶多形
薬物には、2つ以上の結晶形を有するものが多く、無晶形を含めて結晶形が異なると、溶解速度、融点、密度、硬さ、結晶形状、光学的および電気的性質、蒸気圧、安定性などの物性が異なってくることが知られている。結晶多形に関しては、幾多の文献に報告されており、特に溶解速度が異なることによるバイオアベイラビリティに差のある例として、クロラムフェニコールパルミテートが有名である。
薬物に結晶多形が存在するかどうかを検知することは、Preformulationのこの段階における重要な課題である。存在の有無を検出するための簡便な方法のいくつかを以下に紹介する。
・・・
結晶多形が存在することがわかれば、異なった多形結晶を同定し、分離するための方法が必要になってくる。以下にいくつかの方法をあげたが、単独で用いるよりも、2つ以上の方法を併用することが勧められる。
・・・
3(審決注:「3」は丸囲み数字。) 粉末X線回折
・・・
方法の詳細はしかるべき成書にゆずって、ここには割愛することとする。」(12頁18行?13頁17行)

(4)刊行物4の記載

刊行物4には、以下のとおりの記載がある。

(4a)
「2.3 飽和と過飽和の概念
結晶成長では、飽和(saturation)、未飽和(undersaturation,unsaturation),過飽和(supersaturation)の区別を理解することが重要である。結晶は、過飽和の溶液からのみ成長するからである。

・・・
一定の温度において、しだいに溶媒を蒸発させていくと、○印のように未飽和であった溶液中の溶質濃度は上昇し、多くの場合、溶解度曲線を超えた濃度の溶液が得られる。図では1(審決注:「1」は丸囲み数字)の経路で×印の状態になることに相当する。
別の場合として、溶媒を蒸発させず、溶液の温度を下げていくこと、すなわち図の2(審決注:「2」は丸囲み数字)の経路を考えても、はじめ未飽和であった○印の溶液は、溶解度曲線に接し、さらに温度を下げると●印の状態になる。
○印の溶液は未飽和の状態にあったが、一方で×や●印の溶液は過飽和の状態にある。結晶ができるのは、後者のような溶液からであるので、まず未飽和の溶液をつくっておいてから、それを過飽和の状態にもっていくことが結晶をつくるためには重要な操作となる。・・・」(18頁11行?19頁20頁2行)

(4b)
「3.1.1 温度変化の制御による結晶化
高温と低温の溶解度の差が大きい分子の場合、温度勾配をかけることは結晶化上有利である。高温でよく溶ける分子の場合、飽和溶液の温度を下げることにより・・・結晶を得ることができる。・・・
3.1.2 溶媒蒸発法による結晶化
低分子有機化合物の場合、溶媒をゆっくり蒸発させる方法は良好な結晶を得るもっとも手軽で広く用いられている方法である。結晶成長の速度は、溶液の初期濃度、温度及び蒸発速度などを制御することで調節し、結晶化にかける時間は数時間から数日に設定することが一般的によい。・・・」(39頁1行?22行)

(4c)
「3.5 筆者の研究室における溶液からの結晶化の実際
筆者の研究室ではおもに医薬分子の結晶化を行っているので、その経験をいくつか紹介する。医薬分子の一般的な性質から、すべての結晶化を溶液から行っている。
・・・
結晶化すべき分子の化学構造があらかじめわかっている場合には、まず文献を調査して、溶解するのに適する溶媒を検索する。溶解に適する溶媒と結晶化に適する溶媒は必ずしも一致していない。情報が十分にない場合には、その分子の化学構造を含めて次のように溶媒を選択する。
(1) ・・・
(2) 結晶化すべき化合物が塩でないか、OH基を多く含まない場合は、トルエン、ジクロロメタン、ヘキサン、エタノール、酢酸エチル、エーテル、アセトニトリル、または2-ブタノンを試す。
(3) ClとNの含有量の多い化合物はそれぞれジクロロメタンおよびジメチルホルムアミド(DMF)を試す。
(4) ・・・
(5) ・・・
ここに示した溶媒は、低分子有機化合物の結晶化を行う研究室では、最低そろえておくべきであろう。・・・ 」(45頁1行?46頁24行)

(4d)
「4.1 はじめに
医薬品の大半は化学合成あるいは天然物由来の有機化合物であり、それらは製造の最終工程で晶析により結晶性粉末として調製されることが多い。
結晶は晶析条件に依存してさまざまな構造、形状、大きさ、凝集状態などを示すが、それら固体物性あるいは粉体物性は、医薬品の生物学的有効性、安定性、製剤化などに重要な影響を与える。たとえば、結晶構造の異なる多形や晶癖の異なる結晶の溶解速度は一般的に異なるため、医薬品の生物学的有効性に相違が生じる。・・・
結晶多形の密度や融点、格子エネルギーなどは異なり、結果として熱や湿度、光といったストレスに対する結晶の物理学的あるいは化学的な安定性に相違が生じる。このような理由から保存条件によっては準安定形から安定形への結晶転移が生じ、医薬品の生物学的有効性が変わることもあり得る。したがって、安定性の観点からは、一般に常温で安定な結晶形が選択されることが多い。・・・」(57頁1行?58頁4行)

(4e)
「4.2.1 結晶多形の検索
複数の結晶相が存在する結晶多形は、医薬品においてもしばしば認められる現象である。しかし、結晶構造と晶析条件との相関はいまた解明されておらず、結晶多形の有無は試行錯誤を繰り返しつつ求めざるを得ないのが現状である。したがって、偶然に見いだされる場合も少なくないが、結晶多形の検索に重要な影響を与えると思われる各因子を適宜組み合わせ、比較的簡便な方法で検索しているいくつかの報告もある。
表4.1はその例の一つで、抗高血圧剤あるいは利尿剤として広く用いられている Furosemide(フロセミド)[図4.1(a)]での析出条件と、各結晶形の析出挙動をまとめたものである。医薬品における結晶多形の制御は溶媒の選択によってなされることが多いが、ここでも水を含めて18種類の溶媒が検討に用いられた。これら溶媒に対して、さまざまな冷却法や溶媒の蒸発法を組み合わせること

により温度や過飽和度の異なる条件を発生させた。」(59頁2行?60頁1行)」

(4f)
「結晶多形や解析の同定に熱分析の手法がよく用いられるが、それにより新たな結晶が見つかることがある。・・・II形及びIII形は準安定形で加熱により高温安定形(VI)形に転移した後、冷却時にはいずれもI形になる。・・・」(62頁1行?7行)

(4g)
「一方、創薬段階においてはコンビナトリアル合成が導入され、膨大な数の化合物から“薬”としての候補品を短時間で効率的にスクリーニングするハイスループット・スクリーニングが一般的となっている。薬効を中心としたスクリーニングがなされた後、治験段階に用いられる原薬の基本形を選択するにあたっても、多くの候補品につき安定性や溶解度などを改善することを目指した結晶多形、塩、あるいは共結晶(co-crystal;図4.2にバルビツール酸の例を示す)の可能性をロボットシステムを用いて探索する報告がなされている。このシステムは、図4.3に示すような96穴のプレートを用いて溶媒や温度などの結晶化条件を変化させ、得られた析出物の結晶状態を粉末X線回折、ラマンスペクトルや熱分析などを用いて同定するものである。・・・開発途中で新規結晶多形の出現による開発の遅れなどのリスク回避やジェネリック品の参入を防御するための特許対策など、その有用性が注目されている。」(63頁21行?65頁3行)

(4h)
「4.5 医薬品の結晶化例
4.5.1 一般的な結晶化条件
・・・開発初期段階における結晶多形の有無などを含めた結晶状態の検討は、医薬品の開発を効率的に進めるうえで非常に重要である。・・・
・・・
結晶化はおよそ以下のような方法を用いる。
(1)試料を水浴上で加温した溶媒に加え、飽和溶液を調製する。熱時ろ過(審決注:「ろ」は「さんずいに戸」)し、残留試料を除いた後、室温付近まで徐々に冷却する。
(2)試料を水浴上で加温した溶媒に加え、飽和溶液を調製する。熱時ろ過(審決注:同上)し、残留試料を除いた後、氷などにより急冷する。
(3)・・・
(4)試料を適当な溶媒に溶かした液をエバポレーターなどを用いて脱溶媒する。
(5)・・・
(6)・・・」(78頁14行?79頁9行)

(5)刊行物5の記載

刊行物5には、以下のとおりの記載がある。

(5a)
「4.3.3 晶析
・・・
(ii)粒径・粒径分布 微結晶の存在は、濾過性を悪くする。微結晶を含まず単峰性で広がりのない粒径分布の結晶が望まれる。粒径分布が広くなる、あるいは二峰性になるのは、結晶成長と均一核および二次核の発生が同時に進行するためである。・・・」(178頁左欄5行?43行)

(6)刊行物6の記載

刊行物6には、以下のとおりの記載がある。

(6a)
「(b)に関しては・・・薬物の溶解速度の評価とさらにこれに影響する物理化学的性質を評価することになる。
なぜなら、溶解律速条件下においては、溶解速度がバイオアベイラビリティーのパラメータを大きく左右することになるからである。
したがって、薬物の溶解速度およびその影響因子を評価することは、経口投与製剤の設計の上で必要不可欠であり、プレフォーミュレーション段階では多くの時間が割かれる。
溶解速度に影響する物理化学的要因は薬物原体の活動度にほかならず、換言すれば、溶解度と比表面積が関与する。・・・
・・・」(70頁18行?71頁11行)

(6b)
「結晶多形間の溶解度の相違は、当然結晶構造、すなわち、格子エネルギーの違いに基づくことはすでに述べたとおりである。無晶形の場合はこのエネルギーが最小となっていること、すなわち、エネルギーレベルは相対的に高く、溶解度あるいは溶解速度に優れ、吸収面では優れた物理化学的性質を有している。
しかし、無晶形で保存すると安定な結晶多形へ転移することがあるので、無晶形での開発は少ないと考えられる。
しかし、薬物によっては無晶形のままで比較的長期にわたって安定的に存在するものもある。この場合には結晶格子をむしろ形成しにくく、固体内での分子間相互作用によって安定化しているものと考えられる。無晶形のインドメタシンはガラス転移点以下の温度で保存すると、次第により構造性のある無晶形状態へ移行するという。しかし、これらの無晶形を加温すると、ガラス転移点を経て結晶形に転移したり、加湿下もしくは水中に置くと結晶に転移する(図5-4)。・・・」(78頁12行?79頁9行)

(6c)
「(2) 無晶形化の物理化学
結晶セルロース、β-CD、PVPなどの水溶性高分子と機械的圧縮によってエネルギーを与えて粉砕を続けると(混合粉砕)、より微小な粒子まで粉砕、さらに分子状態により近い無晶形にまですることができる(メカノケミカル効果)。・・・上記のような物質といっしょに粉砕したときの無晶形状態は、比較的安定に存在させることができる。」(84頁4行?11行)

(6d)
「粉砕平衡に達すると、それ以上粉砕を続けても粒子の大きさは変わらないが、粒子に加えられた機械的エネルギーは、粒子の結晶構造の破壊に費やされ、格子ひずみや格子攪乱は続いて増大する。・・・粉砕による非晶質化はよく経験するところである。・・・一般に非晶質化により溶解度は上昇するが安定性に劣る場合が多く、注意を要する。」(170頁9行?171頁9行)

(6e)
「2) 結晶多形、塩
多くの結晶には多形が存在する。安定形と準安定形があり、準安定形は熱力学的に高エネルギー状態である。したがって、高い溶解度を示すことから、準安定形を製剤に用いることがある。場合によっては、最も高エネルギーな非晶質固体も用いられる。」(171頁25行?28行)

(7)刊行物7の記載

刊行物7には、以下のとおりの記載がある。

(7a)
「製薬企業の研究論文に報告されている原薬の半数以上は1つ以上の固体状態で結晶化しており、多形性であるか、溶媒和されているか、またはその両方である。・・・原薬の固体状態は様々な特性に影響を及ぼしており、その溶解性や溶解速度、化学的な安定性、賦形剤に対する安定性などが影響を受ける。したがって、政府の規制機関は原薬の多形性を徹底的に探索するように要求している。・・・新しい原薬の固体状態の選択は、候補に上がっている固体状態に依存しており、化学的な安定性や賦形剤に対する安定性、溶解の仕方、生物学的利用率のようなすべての側面を考慮した後に決定される。・・・その固体状態の熱力学的な安定性、製造のし易さや再現性も、固体状態を決定する際の判断基準となる。」(504頁6行?16行)

(7b)
「ある薬物が異なる結晶形を示す時に、それぞれの結晶形を識別する方法には、融点測定、溶解度測定、示差走査熱量測定、熱重量分析、赤外分光、X線回折、走査電子顕微鏡による形態観察などがある。」(504頁21行?23行)

(7c)
「一般論として、準安定状態の物質は安定状態に比べて、その溶解度と溶解速度が大きいという特徴がある。極端な場合、両状態の溶解度の差が4倍以上にもなることがあるが、通常よく観察されるのは溶解速度が50?100%程度上昇する現象である。ここではリボフラビン(riboflavin)を例に説明する。この薬物には3種の多形があり、その溶解度はそれぞれ60mg/l、810mg/l、1200mg/mlと大きな開きがみられる。・・・薬物を噴霧乾燥(spray drying)によって溶解度の高いアモルファス固体とすることがある。・・・。」(504頁24行?505頁1行)

(8)刊行物8の記載

刊行物8には、以下のとおりの記載がある。

(8a)
「 固体を溶解、晶出によって精製する順序と注意
・・・」
1(審決注:「1」は丸囲み数字) 適当な溶剤を見付ける ・・・それゆえ、よく結晶させるには適当な溶剤を見付けることが第一である。
それには、まず物質の少量を試験管にとり、いろいろな溶剤を使って、適当な濃度に溶けるか、どうかを試みる(p.527)。容器は液があまり大量でない場合には、Erlenmeyerの三角フラスコが最もよい。これに還流冷却器(p.124?131)をつけ、熱して沸き上がらせる。溶解濃度は、その後の「ろ過」のことを考えれば、熱飽和時よりも、やや薄い方がよい。・・・
2(審決注:「2」は丸囲み数字) 適当な溶剤が見付からないとき ・・・
3(審決注:「3」は丸囲み数字) ろ過 つぎにこの温液を「ろ過」するのであるが、このとき、どうしても多少の結晶が析出するから、それを最小限度に、くい止める必要がある。・・・
・・・
再結晶で一番むつかしいのは「ろ過」である。もし溶解と「ろ過」とを同時にやり得れば、操作はずっと容易になる。それには“Thielepapeの抽出器”(p.330,Fig.383)を応用する。それのA中にp.330“永原の筒形の抽出器”の付図Bを置き、その中に再結晶をしようとする物質を入れ、Bに溶剤の適量を入れて熱する。溶剤はA中の物質を溶かすと同時に、ろ過されてBにかえり、安全に溶解と、ろ過とができる。しかし溶剤の量がどうしても多くなるから、あとで溶液を濃縮して温飽和の状態にまで、もって行かなければならない(p.531)。このときに異物が入らないように注意する必要がある。」(515頁1行?516頁24行)

(8b)
「溶液からゆるゆる析出させること ある物質の溶液から、溶質をあまり急激に析出させると、無晶形にしかでないものも、ゆるやかに析出させると、結晶になることがある。結晶となりにくい物質を扱うに当たっては、つとめて、ゆるやかに析出させる仕方を試みるとよい。」(523頁9行?12行)

(8c)
「 飽和溶液を冷やして結晶させる仕方
この仕方は再結晶の一般的な仕方であって、普通に“再結晶を行う”というときには、この仕方か、あるいはつぎに述べる仕方による。
再結晶を行うには、溶質を加えた溶剤を沸点まで熱して、その中に溶質を溶けるだけ溶かし、熱時にこし分け、ろ液を冷やして結晶を析出させる。
・・・
溶液を濃縮して結晶させる仕方
物質の溶液を蒸発濃縮して、結晶を析出させることは、物質を精製する点からいえば、“飽和溶液を冷やして結晶させる仕方”(p.527)よりも好ましくはないが、溶液を冷やしただけでは、結晶の出る量が少ないから、通常は適当に濃縮して結晶を出す場合が多い。濃縮結晶を行う場合は、
1(審決注:「1」は丸囲み数字。) 溶剤を使い過ぎたとき ・・・物質が飽和溶液になる量の溶剤で溶かすことは、操作に時間がかかるから、物質を溶かしやすい程度に溶剤を幾分過量に加え、次に適当に濃縮して、結晶を出すことはよく行っている。
2(審決注:「2」は丸囲み数字。) 物質を熱して溶かすことができないとき ・・・
3(審決注:「3」は丸囲み数字。) 冷熱両時の物質の溶解度に大差がないとき ・・・」(527頁26行?531頁31行)

(9)刊行物9の記載

刊行物9には、以下のとおりの記載がある。

(9a)
「結晶の多形現象は、医薬だけでなく、固体の物質科学の中で一般的に観測されている現象であるが、医薬品においては有効性、安全性、品質の観点から考慮すべき極めて重要な項目の一つになっている。すなわち、固体状態における結晶多形や疑似多形、結晶化度の違い、水や賦形剤との相互作用などの分子状態の差は、水や水溶液に対する溶解度や溶解速度、また、融解温度、融解熱や格子エネルギー等の物理的及び化学的諸性質に影響する。・・・したがって、このような医薬品研究のマテリアルサイエンスに従事する人々においては、医薬品の多形現象などの結晶物性について、熟知しておくことは当然必要なことである。」(3頁9行?18行)

(9b)
「結晶多形は、溶けてしまえば皆同じであるが、とりわけ医薬品で結晶多形が問題となるのは、結晶多形間で溶解性(溶解速度も含む)が大きく異なる場合である。この場合には、薬物の吸収性に影響を与える可能性が大きくなる。結晶多形の違いにより物質の物理化学的性質が異なり、そのことが製剤上の問題となることがある。最も大きな問題はバイオアベイラビリティーに対する影響の可能性である。すなわち、結晶形が異なることにより、溶解度・溶解速度に違いが生じ、吸収率にも違いが生じることによって薬効が変わってしまう可能性がある。多形による溶解速度の変化がバイオアベイラビリティに影響を与えた有名な例として、抗生物質のパルミチン酸クロラムフェニコールの多形に関する報告が挙げられる。・・・また、このような例で、Tuladharらの報告によれば、フェニルブタゾンの結晶多形と溶解性の関係において、安定性の溶解性は低い。また、Miyazakiらの報告によれば、塩酸クロルテトラサイクリンの結晶多形においては結晶多形間で溶解性と吸収性に差があり、安定形は溶解度と溶解速度は低く吸収性も低下していた。ペニシリン系抗生剤アンピシリンにおいても、無水物は水和物に比べ溶解速度が大きく、高い血中濃度が得られることが報告されている。このように結晶の物理化学的特性に基づく差により、水に対する溶解度や溶解速度が違うことによって、バイオベイラビリティなどに影響することがある。」(6頁1行?8頁13行)

(10)刊行物10の記載

刊行物10には、以下のとおりの記載がある。

(10a)
「b.真空(減圧)
・・・ここでは、初歩的な実験で必要な水流ポンプとロータリーポンプについて使用上の注意を書くことにする。
(1)水流ポンプ
・・・
水流ポンプの減圧の限界は、水の蒸気圧である。これは、温度によって異なる。寒い冬場であれば、10mmHgくらいまでの減圧が得られる(水蒸気圧:15℃、12.8mmHg;25℃、23.8mmHg)。・・・」(123頁1行?25行)

(10b)
「2.7.7 ロータリーエバポレーターによる溶媒の除去・濃縮
化学物質を取り扱う実験では、しばしば、溶媒を留去する操作が必要になる。・・・この目的にロータリーエバポレーターは便利に使える。テレビに化学実験室が現れるとき、しばしば見られるのが、ローターリーエバポレーターの動く姿である。
・・・

構造は、図2.56のようになっている。・・・
・・・
ローターリーエバポレーターの使用において注意しなければならないのは、有害な溶媒が水流ポンプを通して下水に流れ出すことである。・・・
・・・」(188頁12行?189頁14行)

3 刊行物に記載された発明

刊行物1には、5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)及びノルエピネフリン(NA)の再取込みの阻害剤のプロドラッグとして、特にうつ病等の中枢神経系障害の治療に使用される新規の化合物の開発を目的とすることが記載されている(摘記(1a))。
また、刊行物1には、その具体的な例として、融点が203.2-206.5℃の、4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエート塩酸塩の白色結晶固体が記載されている(摘記(1c))。
したがって、刊行物1には、
「融点が203.2-206.5℃の、4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエート塩酸塩の白色結晶固体」
の発明(以下「引用発明」といい、上記化合物を「引用発明に係る化合物」という。)が記載されているといえる。

4 本願発明1と刊行物に記載された発明との対比及びそれに基づく判断

(1)対比

引用発明における「塩酸塩」は本願発明1における「ヒドロクロリド」に相当する。
したがって、本願発明1と引用発明とを対比すると、両者は、
「4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド(以下「本件塩酸塩」という。)の結晶」
という点で一致し、
(相違点1)前者は、請求項1に記載されるピークを有する粉末X線回折パターンを示すものであるのに対し、後者は、粉末X線回折パターンが明らかでない点
で相違する。

(2)検討

ア 相違点について

(ア)結晶化の動機付けについて

本件優先日当時、一般に、医薬化合物については、固体状態における結晶多形が、安定性、溶解性や吸収性、製剤上の取扱いなどの点から問題となり得ることから、結晶化条件を種々検討して結晶多形を探索しその物性を熟知しておくことは当業者に当然必要なことであったといえる(摘記(2a)、(2b)、(3a)、(3b)、(3d)、(4d)、(4g)、(7a)、(7c)、(9a)、(9b))。
一方、引用発明に係る化合物がうつ病等の中枢神経系障害の治療に使用される医薬化合物の結晶であることは刊行物1の記載(摘記(1a)?(1c))に接した当業者に明らかである。
したがって、引用発明に係る化合物について、当業者が結晶化条件を検討して結晶多形を探索することには、十分な動機付けを認めることができる。

(イ)結晶化の方法について

この出願の明細書の【0075】、【0087】及び【0088】の記載によれば、4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリドをジクロロメタン又はアセトニトリルに溶解すること及び標準圧下、40℃?60℃で再結晶化することにより、本願発明1の結晶を得ることができるといえる。
この点、温かい未飽和溶液から冷却や溶媒蒸発により結晶を析出させること(摘記(4a)、(4b)、(8a)、(8c))や、結晶化溶媒としてジクロロメタン等を用いること(摘記(4c))は、結晶化を行う当業者がごく普通に試みるものであって、当業者が通常採用しないような手法ではなく、特殊な条件設定が必要な手法でもない。
そうすると、結晶多形を探索する当業者であれば、引用発明に係る化合物から出発して通常なし得る範囲の試行錯誤により、本願発明に係る結晶構造の(すなわち、粉末X線回折を行った場合に本願発明に係る粉末X線回折パターンを示す)結晶を得ることができたといえる。
そして、このようにして得た結晶を常法(摘記(3d)、(4g)、(7b))に従い粉末X線回折により同定することは、当業者が適宜行うことである。

(ウ)相違点についてのまとめ

上記(ア)及び(イ)から、相違点に係る構成は、引用発明に係る化合物の結晶化を指向し、結晶化条件を種々検討して結晶多形を探索する当業者が、通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができたものである。

イ 発明の効果について

この出願の明細書の【0081】には「この化合物の結晶形I、結晶形II、結晶形III、結晶形IV及び結晶形V(その溶媒和物を含む)の1つ又は複数は、203.2℃?206.5℃の融点に相当する結晶形の化合物と比較して安定性及びバイオアベイラビリティの大幅な向上を示す。」との記載があるので、以下検討する。

(ア)安定性について

この出願の明細書の【0102】?【0112】及び図面の【図18】?【図21】には、実施例7として、式(I)の化合物(当審注:4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド)である。以下同じ。)及び式(I)の化合物の結晶形IIの調製プロセス中の安定性試験についての記載がある。
しかし、この実施例7は、結晶形Iに関するものではないから、本願発明1に関する実施例ではない。したがって、本願発明1が安定性の点で顕著な効果を有するとはいえない。

なお、請求人は、平成28年12月21日付け意見書の≪3.拒絶理由が解消する理由≫3.(1)(1-2)において、「融点は、薬物の生産、貯蔵及び輸送、安定性及び安全性に影響し得る重要なパラメーターの1つであることから、薬物の設計において考慮されるべきものです。本願に関して言えば、より高く、かつ、より狭い範囲の融点を有する結晶形を得ることが望まれるところ、実施例2の測定によれば、I形結晶は、210.3℃(審決注:「213.0℃」の誤記と認める。)?213.8℃の融点を有しており、よって、融点に関して、引用発明の結晶(融点:203.2℃?206.5℃)よりも優れています。」と主張する。
しかし、まず高い融点を有する点については、結晶多形において、融点が異なることは予想外のものではなく(摘記(2b)、(3d))、結晶多形がそのような性質を有するからこそ、医薬化合物について、結晶多形を探索しその物性を熟知しておくべきとされているのであり、結晶多形において、特定の結晶形が特定の融点を有することが、直ちに顕著な効果であるということはできない。
また、狭い範囲の融点を有する点についても、この出願の明細書に記載された方法により調製された結晶形Iについて融点を測定した結果であるというに過ぎず、直ちに顕著な効果であるということはできない。

(イ)バイオアベイラビリティについて

この出願の明細書の【0113】?【0121】及び図面の【図22】には、実施例8として、ラットにおける式(I)の化合物、並びに式(I)の化合物の結晶形I、結晶形II及び結晶形IIIの薬物動態及びバイオアベイラビリティ研究についての記載がある。
そこでは、実施例1の方法に従って調製した式(I)の化合物のAUC(0-t)が138であり、実施例2の方法に従って調製した結晶形IのAUC(0-t)が194であるとともに、前者の相対バイオアベイラビリティが100であり、後者の相対バイオアベイラビリティが141であることが
記載されている。

しかし、安定形の方が融点が高く溶解度、溶解速度は低いこと(摘記(2b)、(2d)、(6b)、(7c)、(9b))、及び溶解律速条件下においては溶解速度がバイオアベイラビリティのパラメータを大きく左右すること(摘記(6a))、が技術常識であったと認められる。
他方、この出願の明細書の【0083】?【0086】には、実施例1の方法に従って調製した式(I)の化合物の融点が203.2℃?206.5℃であるのに対し結晶形Iの融点が213.0℃?213.8℃であることが記載されている。
そうすると、技術常識に基づけば、結晶形Iは、実施例1の方法に従って調製した式(I)の化合物より融点の高いものである点で、より安定な結晶形であって、一般的には、そのバイオアベイラビリティは低いと予測されるといえる。
したがって、実施例8の記載は技術常識に基づく一般的な予測に沿わないものであるから、その検証は慎重になされなければならない。

この点、結晶化の際には粒子径分布が広くなる、あるいは二峰性になる場合がある(摘記(5a))ところ、バイオアベイラビリティには結晶の粒子径分布(粒子径、比表面積)が大きく影響する(摘記(2c)、(3c)、摘記(6a))といえる。
そして、実施例8で使用された実施例1の方法に従って調製した式(I)の化合物と結晶形Iとが粒子径分布(粒子径、比表面積)において同等であると認めるに足りる根拠はみあたらない。
そうすると、実施例8の結果は、結晶形の相違に起因するバイオアベイラビリティの相違を確認する適切な対照実験であるとは直ちにはいえない。
したがって、本願発明1が引用発明と比較してバイオアベイラビリティに優れるとは直ちには認められない。

なお、請求人は、平成28年12月21日付け意見書の≪3.拒絶理由が解消する理由≫3.(1)(1-4)において、「実施例8で使用された結晶はそれぞれ、結晶形の確認のために粉末X線回折試験に供されており、そのサンプル処理の際に100メッシュ篩を通されます(0080段落)。その結果、実施例8で使用された結晶はすべて、150μm以下の十分に小さい粒子径を有するものであり、よって、その粒子径分布が溶解度やバイオアベイラビリティに及ぼす影響は、極めて小さいものです(例えば、摘記(2d)には粒子径が200μm以下の場合に吸収速度に対する粒子径の影響が認められなくなる旨が記載されています)。」と主張する。
しかし、上述のとおり、実施例8の記載の検証は慎重になされなければならない。
この点、たしかに、この出願の明細書の【0080】には、粉末X線回折試験については、サンプルを粉砕し100メッシュ篩に通すことが記載されている。
しかし、この出願の明細書の【0115】に記載によれば、実施例8における試験薬物は、
「式(I)の化合物のCMCNa懸濁液(実施例1の方法に従って調製する)
結晶形IのCMCNa懸濁液(実施例2の方法に従って調製する)
結晶形IIのCMCNa懸濁液(実施例3の方法に従って調製する)
結晶形IIIのCMCNa懸濁液(実施例4の方法に従って調製する)」
というものであって、この出願の明細書又は図面には、実施例8における試験薬物として粉末X線回折試験に供されたものを使用することは記載されていない。
また、そもそも、この出願の明細書又は図面には、実施例1の方法に従って調製した式(I)の化合物それ自体を粉末X線回折試験に供したことが記載されていない。
したがって、実施例8で使用された結晶が100メッシュ篩を通され粉末X線回折試験に供されたものであることがこの出願の明細書又は図面に記載されているとはいえない。
そのほか、実施例8で使用された結晶は100メッシュ篩を通され粉末X線回折試験に供されたものであるとの請求人の主張を裏付ける根拠はみあたらない。
したがって、実施例8で使用された結晶は100メッシュ篩を通されたものであるとの請求人の主張は採用の限りではない。
また、実施例8で使用された結晶が100メッシュ篩を通されたものであるとしても、そのことだけでは、大きすぎる粒子を排除しただけのことであって小さすぎる粒子を排除したわけではないから、粒子径分布(粒子径、比表面積)を同等とするための適切な分級であるとはいえないし、医薬化合物の吸収が溶解律速でなくなる(摘記(2c))閾値が100メッシュ篩を通された程度(粒径として150μm程度)のものであることが一般的なことであるとも認められない。
したがって、実施例8で使用された結晶が100メッシュ篩を通されたものであるとしても、実施例8の結果が、結晶形の相違に起因するバイオアベイラビリティの相違を確認する適切な対照実験であるとは直ちにはいえない。
さらに、結晶多形において、その原因はともかく、バイオアベイラビリティが薬効に影響を与えるほどに異なることは予想外のものではなく(摘記(3d)、(9b))、結晶多形がそのような性質を有するからこそ、医薬化合物について、結晶多形を探索しその物性を熟知しておくべきとされているのであり、結晶多形において、特定の結晶形が特定のバイオアベイラビリティを有することが、直ちに顕著な効果であるということはできない。

(3)本願発明1についてのまとめ

上記(1)及び(2)から、本願発明1は、引用発明に基づいて、引用発明に係る化合物の結晶化を指向し、結晶化条件を種々検討して結晶多形を探索する当業者が、通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができたものであり、また、その効果が顕著なものであるということはできないものである。
したがって、本願発明1は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるというべきである。

5 本願発明12と刊行物に記載された発明との対比及びそれに基づく判断

(1)対比

引用発明における「塩酸塩」は本願発明12における「ヒドロクロリド」に相当する。
したがって、本願発明12と引用発明とを対比すると、両者は、
「4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリド(以下「本件塩酸塩」という。)の結晶」
という点で一致し、
(相違点2)前者は、請求項12に記載される融点、請求項12に記載されるピークを有する粉末X線回折パターン並びに請求項12に記載される吸熱ピーク及び発熱ピークを有する実質的に図6に示されるDSCスペクトルを示すものであるのに対し、後者は、これらが明らかでない点
で相違する。

(2)検討

ア 相違点について

(ア)結晶化の動機付けについて

本件優先日当時、一般に、医薬化合物については、固体状態における結晶多形が、安定性、溶解性や吸収性、製剤上の取扱いなどの点から問題となり得ることから、結晶化条件を種々検討して結晶多形を探索しその物性を熟知しておくことは当業者に当然必要なことであったといえる(摘記(2a)、(2b)、(3a)、(3b)、(3d)、(4d)、(4g)、(7a)、(7c)、(9a)、(9b))。
また、このことは無晶形についても同様であったといえる(摘記(6b)、(6e)、(7c))。
一方、引用発明に係る化合物がうつ病等の中枢神経系障害の治療に使用される医薬化合物の結晶であることは刊行物1の記載(摘記(1a)?(1c))に接した当業者に明らかである。
したがって、引用発明に係る化合物について、当業者が結晶化(無晶形化を含む。以下同じ。)条件を検討して結晶多形(無晶形を含む。以下同じ。)を探索することには、十分な動機付けを認めることができる。

(イ)結晶化の方法について

この出願の明細書の【0077】、【0093】、【0095】及び【0096】の記載によれば、4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリドをジクロロメタン又はクロロホルムに溶解すること及び真空(-0.09Mpa)下、50℃で、4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリドを再結晶化することや、4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリドの分子格子を物理的に破壊することにより、本願発明12の結晶を得ることができるといえる。
この点、温かい未飽和溶液から冷却や溶媒蒸発により結晶を析出させること(摘記(4a)、(4b)、(8a)、(8c))や、結晶化溶媒としてジクロロメタン等を用いること(摘記(4c))は技術常識であったといえるとともに、冷却法において急冷を行うこと(摘記(4e)、(4h))や、溶媒蒸発法において加熱した溶媒を過量に用いて飽和溶液の調製を行ったり(摘記(8a)、(8c))エバポレーターなどによる減圧を行ったり(摘記(4e)、(4h))することも技術常識であったといえる。また、この出願の発明の詳細な説明の【0077】及び【0095】に記載された「-0.09Mpa」(ゲージ圧と解される。)という真空は、周知かつ慣用のエバポレーターにより実現可能な程度のものである(摘記(10a)、(10b))。
さらに、ある物質の溶液から溶質を急激に析出させたりすると無晶形のものが得られる場合があること(摘記(8b))や、粒子に機械的エネルギーを加えて格子ひずみや格子かく乱を増大させることにより無晶形のものが得られる場合があること(摘記(6c)、(6d))も技術常識である。
してみれば、本願発明12を得るためにこの出願の明細書が開示した方法は、結晶化を行う当業者がごく普通に試みるものであって、当業者が通常採用しないような手法ではなく、特殊な条件設定が必要な手法でもない。
そうすると、結晶多形を探索する当業者であれば、引用発明に係る化合物から出発して通常なし得る範囲の試行錯誤により、本願発明12に係る結晶構造の(すなわち、融点測定、粉末X線回折及び示差走査熱量測定を行った場合に本願発明12に係る融点、粉末X線回折パターン及びDSCスペクトルを示す)結晶を得ることができたといえる。
そして、このようにして得た結晶を常法(摘記(3d)、(4g)、(7b))に従い融点測定、粉末X線回折及び示差走査熱量測定により同定することは、当業者が適宜行うことである。

(ウ)相違点についてのまとめ

上記(ア)及び(イ)から、相違点に係る構成は、引用発明に係る化合物の結晶化を指向し、結晶化条件を種々検討して結晶多形を探索する当業者が、通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができたものである。

イ 発明の効果について

(ア)安定性について

上記4(2)イ(ア)で述べたのと同様に、実施例7は、結晶形IIIに関するものではないから、本願発明12に関する実施例ではない。したがって、本願発明12が安定性の点で顕著な効果を有するとはいえない。

なお、請求人は、平成28年12月21日付け意見書の≪3.拒絶理由が解消する理由≫3.(3)(3-2)において、「実施例4及び8から分かるとおり、III型結晶は、優れたバイオアベイラビリティだけでなく、より高く、かつ、より狭い範囲の融点(210.1℃?211.9℃)を有します。これらの特性は、通常、両立が困難なパラメーターであり、よって、出願人は、III形結晶が引用発明に基づいて予測し得ない顕著に優れた効果を有するものであることを確信いたします。」と主張する。
しかし、まず高い融点を有する点については、無晶形や準安定形は加熱するとより安定な結晶形に転移することがあること(摘記(4d)、(4f)、(6b))、及び図面の【図6】における結晶形IIIのDSCスペクトルが約105℃で発熱ピークを示していること、から、結晶形IIIの結晶構造が約105℃で変化する蓋然性があるといえる。したがって、これを直ちに顕著な効果であるということはできない。
また、狭い範囲の融点を有する点については、上記4(2)イ(ア)で述べたとおりである。

(イ)バイオアベイラビリティについて

この出願の明細書の【0113】?【0121】及び図面の【図22】には、実施例8として、ラットにおける式(I)の化合物、並びに式(I)の化合物の結晶形I、結晶形II及び結晶形IIIの薬物動態及びバイオアベイラビリティ研究についての記載がある。
そこでは、実施例1の方法に従って調製した式(I)の化合物のAUC(0-t)が138であり、実施例4の方法に従って調製した結晶形IIIのAUC(0-t)が187であるとともに、前者の相対バイオアベイラビリティが100であり、後者の相対バイオアベイラビリティが135であることが記載されている。

しかし、結晶多形において、溶解度や溶解速度、バイオアベイラビリティなどの薬物動態が異なることは予想外のものではなく(摘記(2b)、(2d)、(3d)、(6b)、(7c)、(9b))、結晶多形がそのような性質を有するからこそ、医薬化合物について、結晶多形を探索しその物性を熟知しておくべきとされているのであり、結晶多形において、特定の結晶形が特定の薬物動態を有することが、直ちに顕著な効果であるということはできない。
そして、無晶形のように格子ひずみや格子かく乱が大きく格子エネルギーが小さい構造の方が溶解度や溶解速度が高いこと(摘記(6c)?(6e))や、溶解律速条件下においては溶解速度がバイオアベイラビリティのパラメータを大きく左右すること(摘記(6a))は技術常識である。

したがって、減圧下での溶媒蒸発法など無晶形になりやすいことが当業者に明らか(摘記(8b))な条件下で調製された結晶や、粒子に機械的エネルギーを加えて格子ひずみや格子かく乱を増大させた結晶のバイオアベイラビリティが高いということは、当業者の想定の範囲内のことである。
したがって、上記効果が顕著な効果であるということはできない。

(3)本願発明12についてのまとめ

上記(1)及び(2)から、本願発明12は、引用発明に基づいて、引用発明に係る化合物の結晶化を指向し、結晶化条件を種々検討して結晶多形を探索する当業者が、通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができたものであり、また、その効果が顕著なものであるということはできないものである。
したがって、本願発明12は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるというべきである。

第4 むすび

以上のとおり、本願発明1及び12は、その優先日前に頒布された刊行物1に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その余について検討するまでもなく、この出願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-03-16 
結審通知日 2017-03-28 
審決日 2017-04-10 
出願番号 特願2013-530528(P2013-530528)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 前田 憲彦  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 加藤 幹
冨永 保
発明の名称 4-[2-ジメチルアミノ-1-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]フェニル4-メチルベンゾエートヒドロクロリドの多形体、それらを作製する方法及びそれらの使用  
復代理人 上野山 温子  
代理人 籾井 孝文  
復代理人 上野山 温子  
代理人 籾井 孝文  

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