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審決分類 審判 全部申し立て 特17条の2、3項新規事項追加の補正  G02B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G02B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02B
管理番号 1332239
異議申立番号 異議2016-700463  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-10-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-05-23 
確定日 2017-08-04 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5823119号発明「紫外赤外線カット用光学フィルタ」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第5823119号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第5823119号の請求項1ないし4,6ないし9に係る特許を維持する。 特許第5823119号の請求項5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。  
理由 第1 手続の経緯
特許5823119号の請求項1?請求項9に係る特許(以下,それぞれ「本件特許1」?「本件特許9」といい,総称して「本件特許」という。)についての特許出願は,特願2010-290427号として平成22年12月27日に出願され,平成27年10月16日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について,平成27年11月25日に特許掲載公報が発行されたところ,発行の日から6月以内である平成28年5月23日に,特許異議申立人 石井良夫から特許異議の申立がされた(異議2016-700463号)。
その後の手続の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成28年 7月22日付け:審尋
平成28年 8月12日差出:回答書
平成28年 9月 8日付け:取消理由通知書
平成28年11月11日差出:訂正請求書
平成28年11月11日差出:意見書(特許権者)
平成28年11月17日付け:通知書
(特許法120条の5第5項の規定による,訂正請求があった旨の通知)
平成28年12月26日差出:意見書(特許異議申立人)
平成29年 1月25日付け:訂正拒絶理由通知書
平成29年 2月14日差出:意見書(特許権者)
平成29年 3月 6日付け:取消理由通知書(決定の予告)
平成29年 4月13日差出:訂正請求書
(以下,この訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」という。なお,特許法120条の5第7項の規定により,平成28年11月11日差出の訂正請求書による訂正の請求は,取り下げられたものとみなす。)
平成29年 4月13日差出:意見書(特許権者)
平成29年 4月18日付け:通知書
(特許法120条の5第5項の規定による,訂正請求があった旨の通知)
平成29年 5月17日差出:意見書(特許異議申立人)
(この意見書を,以下「特許異議申立人意見書」という。)

第2 本件訂正請求について
1 請求の趣旨及び訂正事項
(1) 請求の趣旨
本件訂正請求の趣旨は,「特許第5823119号の明細書,特許請求の範囲を本請求書に添付した訂正明細書,特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?9について訂正することを求める。」というものである。

(2) 訂正事項
本件訂正請求において特許権者が求める訂正事項は,以下のとおりである。なお,下線は訂正箇所を示す。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の記載を,
「 透明基板上に積層される複数の構造体を備え,
該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し
前記光吸収構造体は,色素を含有する1つの層構造によって形成され,近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに,紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し,当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含み,かつ前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく,
前記近赤外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し,
前記紫外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し,
前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と,前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに,前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して,前記第1遷移波長領域の光を減衰させ,
前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と,前記紫外光反射構造体の前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに,前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して,前記第2遷移波長領域の光を減衰させることを特徴とする紫外赤外線カット用光学フィルタ。」
と訂正する(請求項1の記載を引用して記載された請求項2?請求項9についても,請求項1の記載の訂正に伴い連動して訂正する。)。

なお,訂正事項1による訂正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。
「 透明基板上に積層される複数の構造体を備え,
該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し
前記光吸収構造体は,色素を含有する1つの層構造によって形成され,近赤外波長領域を吸収する近赤外吸収波長領域に対応したピーク及び紫外波長領域を吸収する紫外吸収波長領域に対応したピークをそれぞれ有し,かつ前記近赤外吸収波長領域に対応したピークは前記紫外吸収波長領域に対応したピークよりも光吸収率が大きい光吸収特性を有し,
前記近赤外光反射構造体は,少なくとも前記近赤外波長領域の一部を反射して前記近赤外波長領域の阻止領域へ向かう遷移波長領域を有し,
前記紫外光反射構造体は,少なくとも前記紫外波長領域の一部を反射して前記紫外波長領域の阻止領域に向かう遷移波長領域を有し,
前記光吸収構造体のうち前記近赤外吸収波長領域に対応したピークと前記近赤外光反射構造体の前記近赤外波長領域の阻止領域へ向かう遷移領域とが実質的に重なり,
前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域に対応したピークと,前記紫外光反射構造体の前記紫外波長領域の阻止領域に向かう遷移領域とが実質的に重なることを特徴とする紫外赤外線カット用光学フィルタ。」

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5の記載を削除する(請求項5の記載を引用して記載された請求項6?請求項9についても,請求項5の記載の削除に伴い連動して訂正する。)。

ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6の記載を,
「 前記透明基板に対し何れの面からも前記光吸収構造体に入射する紫外線を遮蔽するようにしたことを特徴とする請求項1?4の何れか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。」
と訂正する(請求項6の記載を引用して記載された請求項7?請求項9についても,請求項6の記載の訂正に伴い連動して訂正する。)。

なお,訂正事項3による訂正前の特許請求の範囲の請求項6の記載は,次のとおりである。
「 前記透明基板に対し何れの面からも前記光吸収構造体に入射する紫外線を遮蔽するようにしたことを特徴とする請求項1?5の何れか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。」

エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7の記載を,
「 撮像光学系と,請求項1?4,6のいずれか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタと,前記撮像光学系に入射して前記紫外赤外線カット用光学フィルタを透過した光を電気信号に変換する撮像素子とから成ることを特徴とする撮像装置。」
と訂正する(請求項7の記載を引用して記載された請求項8及び請求項9についても,請求項7の記載の訂正に伴い連動して訂正する。)。

なお,訂正事項4について,訂正請求書には「何れか1つの請求項」と記載されているが,請求の趣旨に鑑みて,訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲の記載(いずれか1つの請求項)のとおり訂正するものと認める(以下同様。)。また,訂正事項4による訂正前の特許請求の範囲の請求項7の記載は,次のとおりである。
「 撮像光学系と,請求項1?6に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタと,前記撮像光学系に入射して前記紫外赤外線カット用光学フィルタを透過した光を電気信号に変換する撮像素子とから成ることを特徴とする撮像装置。」

オ 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8の記載を,
「 前記紫外赤外線カット用光学フィルタの前記光吸収構造体は前記第1遷移波長領域を有する前記近赤外光反射構造体よりも前記撮像素子側に配置したことを特徴とする請求項7に記載の撮像装置。」
と訂正する(請求項8の記載を引用して記載された請求項9についても,請求項8の記載の訂正に伴い連動して訂正する。)。

なお,訂正事項5による訂正前の特許請求の範囲の請求項8の記載は,次のとおりである。
「 前記紫外赤外線カット用光学フィルタの前記光吸収構造体は前記遷移波長領域を有する前記近赤外光反射構造体よりも前記撮像素子側に配置したことを特徴とする請求項7に記載の撮像装置。」

カ 訂正事項6
明細書の段落【0018】の記載を,
「 上記目的を達成するための本発明に係る紫外赤外線カット用光学フィルタは,透明基板上に積層される複数の構造体を備え,該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し 前記光吸収構造体は,色素を含有する1つの層構造によって形成され,近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに,紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し,当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含み,かつ前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく,前記近赤外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し,前記紫外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し,前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と,前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに,前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して,前記第1遷移波長領域の光を減衰させ,前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と,前記紫外光反射構造体の前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに,前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して,前記第2遷移波長領域の光を減衰させることを特徴とする。」
と訂正する。

なお,訂正事項6による訂正前の明細書の段落【0018】の記載は,次のとおりである。
「 上記目的を達成するための本発明に係る紫外赤外線カット用光学フィルタは,透明基板上に積層される複数の構造体を備え,該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し前記光吸収構造体は,色素を含有する1つの層構造によって形成され,近赤外波長領域を吸収する近赤外吸収波長領域に対応したピーク及び紫外波長領域を吸収する紫外吸収波長領域に対応したピークをそれぞれ有し,かつ前記近赤外吸収波長領域に対応したピークは前記紫外吸収波長領域に対応したピークよりも光吸収率が大きい光吸収特性を有し,前記近赤外光反射構造体は,少なくとも前記近赤外波長領域の一部を反射して前記近赤外波長領域の阻止領域へ向かう遷移波長領域を有し,前記紫外光反射構造体は,少なくとも前記紫外波長領域の一部を反射して前記紫外波長領域の阻止領域に向かう遷移波長領域を有し,前記光吸収構造体のうち前記近赤外吸収波長領域に対応したピークと前記近赤外光反射構造体の前記近赤外波長領域の阻止領域へ向かう遷移領域とが実質的に重なり,前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域に対応したピークと,前記紫外光反射構造体の前記紫外波長領域の阻止領域に向かう遷移領域とが実質的に重なることを特徴とする。」

2 訂正の適否
以下,本件訂正請求による訂正前の請求項1を,「訂正前請求項1」といい,訂正前請求項1に係る発明を「訂正前発明1」という。また,他の請求項及び訂正後についても同様とする。
(1) 特許法120条の5第4項について
本件訂正請求は,特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である,〔請求項1?請求項9〕ごとにされたものである。
したがって,本件訂正請求は,特許法120条の5第4項の規定に適合する。

(2) 訂正事項1について
訂正事項1による訂正は,訂正前発明1の構成を明らかにするとともに,訂正後発明1を発明の詳細な説明の【0046】,図4,図9等に記載された発明に整合させ,さらに,訂正前請求項1に記載された用語を統一する訂正である。この点は,請求項1の記載を引用して記載された請求項2?9との関係においても同様である。
したがって,訂正事項1による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項1による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(3) 訂正事項2について
訂正事項2による訂正は,請求項を削除する訂正であり,この点は,請求項5の記載を引用して記載された請求項6?請求項9との関係においても同様である。
したがって,訂正事項2による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項2による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(4) 訂正事項3及び訂正事項4について
訂正事項3及び訂正事項4による訂正は,訂正事項2による訂正と整合するように,請求項6及び請求項7の引用記載を訂正するものである。この点は,請求項6の記載を引用して記載された請求項7?請求項9,及び請求項7の記載を引用して記載された請求項8及び請求項9との関係においても同様である。
したがって,訂正事項3及び訂正事項4による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項3及び訂正事項4による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(5) 訂正事項5について
訂正事項5による訂正は,訂正事項1による訂正と整合するように,請求項8に記載された用語を訂正するものである。この点は,請求項8の記載を引用して記載された請求項9との関係においても同様である。
したがって,訂正事項5による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項5による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(6) 訂正事項6について
まず,訂正事項6による訂正は,訂正事項1による訂正と整合するように,段落【0018】の記載を訂正するものである。
したがって,訂正事項6による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項6による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。
次に,訂正事項6は,訂正事項1による訂正との整合を図るものであるから,訂正事項6による訂正に係る請求項は,請求項1,及び請求項1の記載を引用して記載された,請求項2?請求項4,請求項6?請求項9である。これに対して,本件訂正請求は,特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である,〔請求項1?請求項9〕ごとにされたものである。
そうしてみると,本件訂正請求は,願書に添付した明細書の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全てについて行われたものである。

(7) 特許異議申立人の意見について
特許異議申立人は,概略,「前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と,前記紫外光反射構造体の前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに,前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して,前記第2遷移波長領域の光を減衰させる」についての訂正は,特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項に規定する要件を満たさないと主張する。
しかしながら,上記訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された事項から自明な事項の範囲内においてしたものであるから,特許異議申立人の意見は採用できない。

(8) 小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法120条の5第2項1号及び3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。また,本件訂正請求は,同法120条の5第4項及び同条9項において準用する同法126条4項の規定に適合する。
したがって,訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?9〕について訂正することを認める。

第3 取消理由についての判断
1 本件特許発明について
前記「第2」のとおり,本件訂正請求による訂正を認めることとなった。したがって,特許法128条の規定により,本件特許の特許請求の範囲の請求項1?請求項4,請求項6?請求項9に係る発明(以下,それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明4」,「本件特許発明6」?「本件特許発明9」といい,総称して「本件特許発明」という。)は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項4,請求項6?請求項9に記載された,次の事項により特定されるものである。
「【請求項1】
透明基板上に積層される複数の構造体を備え,
該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し
前記光吸収構造体は,色素を含有する1つの層構造によって形成され,近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに,紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し,当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含み,かつ前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく,
前記近赤外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し,
前記紫外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し,
前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と,前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに,前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して,前記第1遷移波長領域の光を減衰させ,
前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と,前記紫外光反射構造体の前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに,前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して,前記第2遷移波長領域の光を減衰させることを特徴とする紫外赤外線カット用光学フィルタ。

【請求項2】
前記紫外光反射構造体は前記近赤外光反射構造体との間に前記光吸収構造体を挟んで配置したことを特徴とする請求項1に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。

【請求項3】
前記近赤外光反射構造体の少なくとも1つは紫外線遮蔽機能を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。

【請求項4】
前記紫外光反射構造体は複数の無機薄膜を積層したことを特徴とする請求項1?3の何れか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。

【請求項6】
前記透明基板に対し何れの面からも前記光吸収構造体に入射する紫外線を遮蔽するようにしたことを特徴とする請求項1?4の何れか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。

【請求項7】
撮像光学系と,請求項1?4,6のいずれか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタと,前記撮像光学系に入射して前記紫外赤外線カット用光学フィルタを透過した光を電気信号に変換する撮像素子とから成ることを特徴とする撮像装置。

【請求項8】
前記紫外赤外線カット用光学フィルタの前記光吸収構造体は前記第1遷移波長領域を有する前記近赤外光反射構造体よりも前記撮像素子側に配置したことを特徴とする請求項7に記載の撮像装置。

【請求項9】
前記撮像光学系中に,前記紫外赤外線カット用光学フィルタを駆動する駆動部材を備えた請求項7又は8に記載の撮像装置。」

2 取消理由の概要
本件訂正請求による訂正前の,本件特許1?本件特許9に対して,平成29年3月6日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は,以下のとおりである。
(1) 特許法36条6項2号について
請求項1には,「ピーク」と「遷移領域」の関係について,「実質的に重なり」と記載されている。したがって,訂正前発明1?訂正前発明9は,明確であるということができない。
したがって,本件特許1?本件特許9は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,取り消されるべきものである。

(2) 特許法36条6項1号について
本件特許の発明の詳細な説明には,訂正前発明5のような構成を具備した「紫外赤外線カット用光学フィルタ」は記載されてない。したがって,訂正前発明5及び訂正前発明6?訂正前発明9(訂正前発明5の構成を含むもの)は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができない。
したがって,本件特許6?本件特許9は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,取り消されるべきものである。

(3) 特許法17条の2第3項について
前記(1)のとおりであるから,訂正前発明1の「前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域に対応したピークと,前記紫外光反射構造体の前記紫外波長領域の阻止領域に向かう遷移領域とが実質的に重なる」構成については,本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内の事項であるということができない。訂正前発明2?訂正前発明9についても同様である。
したがって,本件特許1?本件特許9は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから,取り消されるべきものである。

3 取消理由に対する当合議体の判断
(1) 特許法36条6項2号について
本件訂正請求により,請求項1の「実質的に重なり」という記載は改められ,訂正後請求項1に記載のとおり,「ピーク」と「遷移領域」の関係は明らかとなった。
本件特許1?本件特許9は,特許法128条の規定により,もはや同法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということができない。

(2) 特許法36条6項1号について
本件訂正請求により,請求項5は削除された。また,訂正後請求項6?訂正後請求項9は,請求項5を引用しないものとなった。
本件特許6?本件特許9は,特許法128条の規定により,もはや同法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということができない。

(3) 特許法17条の2第3項について
本件訂正請求により,請求項1の「実質的に重なり」という記載は改められ,訂正後請求項1に記載のとおり,「ピーク」と「遷移領域」の関係は明らかとなった。
本件特許1?本件特許9は,特許法128条の規定により,もはや同法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるということができない。

4 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立の理由(進歩性)について
(1) 甲1の記載
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲1(特表2005-526976号公報)には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものである。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディテクターと併用するのに好適なフィルターであって,
近赤外波長の帯域にわたり法線入射光を実質的に反射しかつ可視波長にわたり法線入射光を実質的に透過する干渉素子と,
可視波長にわたり非一様に光を吸収する吸収素子と,を備え,
ここで,該吸収素子は,高分子マトリックス中に分散された着色剤を含み,
該ディテクターと組み合わせたときに,相対応答がヒトの眼の視覚応答とほぼ同じであるディテクターシステムを生成するフィルター。」

イ 「【0002】
本発明は,所望のスペクトル応答を生成するフィルターを備えたディテクターシステムに関する。より詳細には,本発明は,ヒトの眼の分光応答度と実質的に一致する分光応答度を有するディテクターシステムおよびそのためのフィルターに関する。」

ウ 「【背景技術】
【0003】
エレクトロニックディテクターは,情景または被写体の輝度の測定値を提供するために,写真および関連分野で長い間使用されてきた。測定値が少なくともそのままでヒトの眼により感知される輝度を表すように,硫化カドミウム光電セルのようなディテクターが使用されてきた。これらのディテクターの分光応答度は,可視領域にピークを有し,少なくともおおざっぱにいえば,ヒトの眼の応答度とほぼ同じである。しかしながら,そのようなディテクターは,多くの用途に理想的であるとはいえない特性を有する。
【0004】
つい最近では,ヒトの眼の応答とより良好な一致を示すように,光フィルターが他のディテクターと併用されるようになってきている。
…(省略)…
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ヒトの眼の応答をシミュレートすることのできる他のディテクターシステム,とりわけ,良好な帯域外除去性(すなわち,近赤外および紫外の波長における応答が無視できる),可視波長における所望の応答への良好な一致性,および良好な耐候性を備えたシステムに対する必要性が依然として存在する。」

エ 「【課題を解決するための手段】
【0010】
本出願は,組み合わされたフィルター/ディテクターシステムがヒトの眼の応答とよく一致するように,ディテクターの前に配置されたフィルターが光を選択的に透過する,ディテクターシステムを開示する。フィルターは,干渉素子と吸収素子とを備える。吸収素子は,好ましくは,1種以上の特別に調製された顔料または他の着色剤を分散してなる高分子フィルムである。また,干渉素子は,好ましくは高分子であり,いくつかの実施形態では,共押出ポリマー多層フィルムである。干渉素子は,法線入射時,可視領域において高い平均透過率(少なくとも約50%,より好ましくは少なくとも約70%)を提供し,かつ近赤外領域中に伸びた反射帯域全体にわたり低い透過率(約5%未満,より好ましくは約2%未満または1%未満)を提供する。干渉素子の反射帯域は,近赤外光に対するディテクターシステムの感度が無視できるように,近赤外中に十分遠くまで伸びる。吸収素子は,可視域で非一様な透過(好ましくは,干渉素子と組み合わせたときにスペクトルの可視部においてほぼヒトの眼の応答をもつディテクターシステムを提供するのに好適な鐘形特性を有する透過)を提供する1種以上の所定の着色剤を有する。
【0011】
フィルターは,シリコンフォトダイオードのような半導体フォトダイオードと併用すべく作製することができる。高分子干渉フィルムに適用されるかまたはディテクター表面に適用される吸収性フィルムを含めて,さまざまなフィルター構成を開示する。吸収素子はまた,好適な接着剤層により干渉素子に固着させることができるか,または干渉素子の1層以上の個別層中に組み込むことができる。」

オ 「【0016】
図1は,ディテクターシステム100の実施形態を示している。ディテクターシステムは,フィルターアセンブリー110とディテクターアセンブリー112とを備える。フィルターアセンブリー110は,少なくとも2つのアパーチャー116,118を有するフィルターハウジング114を備える。アパーチャー116は,フィルター素子120を収容するように構成される。一構成では,ハウジング114は,フィルター材料の既存のストリップの周りに射出成形された不透過性熱可塑性材料で作製される。」
(当合議体注:図1は以下の図である。)


カ 「【0019】
図2に示されるように,フィルター素子120は,好ましくは,2種の主コンポーネント,すなわち,(1)反射干渉素子121aと(2)吸収素子121bとから構成された比較的薄いポリマー系フィルムである。素子は,好ましくは,設計に柔軟性をもたせるために,かつ低重量および小サイズとの適合性をもたせるために,フィルムまたはフィルムラミネートの形態をとる。これら観点は,いくつかのディテクターシステム用途で重要な考慮点になりうる。これに関連して,「フィルム」とは,その厚さが一般的には約0.25mm(1000分の10インチまたは「ミル」)以下である伸長された光学体を意味する。いくつかの場合には,フィルムは,好適な反射性もしくは透過性を有する剛性基材のような他の光学体または他のフィルムに接合または適用することができる。フィルムはまた,自立性であるかまたは他の可撓性層に接合されているかにかかわらず,物理的に可撓性の形態をとることができる。本明細書中で使用される「フィルム体」という用語は,単独であるかまたは他のコンポーネントと組み合わされているかにかかわらず,フィルムを意味するものとする。
【0020】
素子121a,121bはいずれも,アパーチャー116を完全に満たし,ディテクターアクティブ領域122を覆うかまたは他の形でその上に延在する。アパーチャーを使用しないことも,ディテクターアクティブ領域よりも小さいアパーチャー使用することも可能である。いくつかの実施形態では,素子121a,121bは,互いに共延的でありうる。他の実施形態では,吸収素子121bは,ディテクターのアクティブ領域122上に直接コーティングしうるか,または干渉素子121aがアパーチャー116を覆った状態で所定の位置にディテクターを保持する光透過性ポッティング材料中に混合しうる。アパーチャーを使用するかしないかにかかわらず,コンポーネントは,ディテクターアクティブ領域に当たる実質的にすべて光が干渉素子と吸収素子の両方を透過した光となるように配置される。
【0021】
好ましくは,干渉素子121aは,典型的には数十層もしくは数百層の交互ポリマー層の共押出を行った後,場合により,多層押出物を1つ以上の多重化ダイに通し,次に,押出物を延伸するかもしくは他の方法で配向させて最終フィルムを形成することより作製される多層高分子フィルム(またはフィルム体)である。得られるフィルムは,主としてスペクトルの近赤外領域に置かれた反射帯域を提供するように厚さおよび屈折率の調節がなされた典型的には数十層もしくは数百層の個別マイクロ層から構成される。」
(当合議体注:図2は以下の図である。)


キ 「【0027】
干渉素子121aは,他の選択肢として,マイクロ層(たとえば,高屈折率マイクロ層用にはTiO_(2)および低屈折率マイクロ層用にはSiO_(2))の屈折率が等方的であるより多くの従来の真空堆積無機多層フィルムを備えることができる。
…(省略)…
【0029】
どの技術を選択するかに関係なく,干渉素子121aは,主として近赤外領域にある分光帯域で法線入射光を実質的に反射し,かつ可視波長領域のほとんどまたは実質的にすべてにわたり法線入射光を実質的に透過するように作製される。干渉素子は,好ましくは,可視領域において少なくとも約50%,より好ましくは少なくとも約70%の平均透過率を提供し,かつ近赤外領域中に伸びた反射帯域全体にわたり約5%未満,より好ましくは約2%未満または1%未満の透過率を提供する。シリコンフォトダイオードを利用するディテクターシステムでは,5%,2%,および1%の透過率限界は,好ましくは,約800nm?約1100nm,または約700nm?約1200nmの範囲が対象となる。多くの場合,干渉素子の吸収は無視できるので,所与の波長の反射パーセントと透過パーセントとを合せると約100%になる。
【0030】
フィルター素子120の他の主コンポーネントは,吸収素子121bである。これもまた,好ましくは,製造を容易にするためにかつ設計に柔軟性をもたせるために,ポリマー系のフィルムまたはフィルム体である。吸収素子121bは,1種以上の着色剤を含有する。着色剤としては,可視波長にわたり非一様に吸収する顔料または染料を挙げることができる。さらに,好適な着色剤はヒトの眼の感度(たとえば,少なくとも可視波長領域にわたる標準的明所視視覚応答V(λ))とよく一致する効果的な応答度を有するディテクターシステムを提供しうることが判明している。」

ク 「【0039】
好ましくは,吸収素子121bは,目標関数とよく一致する可視領域の性能を有するディテクターシステムに提供する主要なシステムコンポーネントである。干渉素子121aは,これとは対照的に,その透過率が可視域全体にわたり比較的一定しているので,可視領域におけるディテクターシステムの性能にそれほど影響を及ぼさない。しかしながら,干渉素子121aは,望ましくは,近赤外領域で主要な影響を及ぼすことにより,その波長領域におけるディテクターアセンブリー112の高い感度を打ち消すブロッキング機能(低透過率,高反射率)を提供する。この構成の利点は,近赤外ブロッキングと,ヒトの眼の応答に一致させるのに必要な可視領域における正確な変動(鐘形関数)と,の両方を提供する干渉素子よりも,干渉素子121aのほうが,はるかに単純でかつロバスト性のある設計を行いうることである。単純でロバスト性のある設計が行えるので,干渉素子の歩留まりが高くなり,廃棄物が減少する。好ましい構成の他の利点は,オフアクシス性能がより良好なことである。吸収素子の透過スペクトルは,干渉素子の透過スペクトルよりも,入射角の関数として波長シフトを起こしにくい。広幅の入射光円錐でディテクターシステム100を照明する光学系では,このことの重要性は増大する。干渉素子の近赤外反射帯域が可視スペクトルの赤色部分に波長シフトしても,可視領域全体にわたり所要の応答を提供するように使用される鐘形関数が同一の波長シフトを起こしたときよりも,性能に及ぼす影響は少ない。したがって,可視領域の鐘形関数を主として吸収コンポーネントに関連づけ,可視域以外(近赤外および場合により紫外)の光の除去を主として干渉リフレクターに関連づけることが有利である。
【0040】
図3は,ディテクターシステム100の全分光応答への種々のシステムコンポーネントの寄与を理想化された形で示している。曲線200は,典型的なシリコンフォトダイオードディテクターの分光応答度(たとえば,アンペア/ワット単位)を表している。そのようなディテクターは,可視領域でスペクトルの長波長(赤色)端に向かって斜めに伸び,約1100?1200nmの間で急激に低下して無視できるようになるまで近赤外中で増大し続ける応答を有する。ディテクターはまた,紫外領域(約400nm未満)でも無視できない応答度を有しうる。曲線202は,吸収素子121bの透過パーセントを表している。好ましくは,そのような層は,緑色顔料と黄色顔料の両方を分散して含む。曲線202は,可視領域でほぼ鐘形応答を提供するだけでなく,ディテクター応答度200がかなり大きい他の波長で(不適切に)顕著な光漏れを呈する。図示されているように,紫外におけるいくらかの漏れが珍しいことではないのと同じように,近赤外における大量の光漏れも,珍しいことではない。法線入射時における干渉素子の透過パーセントを表す曲線204は,短波長帯域端204aおよび長波長帯域端204bにより境界づけられた強い反射帯域を有する。反射帯域の高反射率は,帯域のほとんどにわたり,低い透過パーセント,好ましくは約5%未満,より好ましくは約2%未満,さらには1%未満の透過パーセントを提供する。半値透過点または半値反射点として測定される帯域端204aは,先に説明した理由で,好ましくは可視領域に近接し,好ましくは約600?850nm,場合により約630?770nmに位置する。帯域端204aが700nmを実質的に越えて設定される場合,米国特許第6,049,419号明細書(ホイートリー(Wheatley)ら)(参照により本明細書に組み入れられるものとする)に記載されているような追加のアブソーバーまたはリフレクターを,吸収素子,干渉素子,またはそれらの任意の組合せに組み入れて,約700nmと帯域端204aとの間のギャップで法線角の近赤外光をブロッキングすることができる。
【0041】
半値透過点または半値反射点として測定される長波長帯域端204bは,好ましくは,ディテクターの応答が減少する長波長領域に近接し,そしてディテクター応答度が赤外領域中にどの程度まで伸びているかに依存して,斜入射光による角度シフトを許容し製造許容差に適合するように,好ましくは,ディテクター応答度が無視できるようになる波長よりも少なくとも約50nm長波長側に置かれる。シリコンフォトダイオードの場合,帯域端240bは,好ましくは約1150?1200nmの間,場合により約1200?1350nmに置かれる。しかしながら,干渉素子が1/4波長スタックまたは顕著な三次反射を生成する他の構造を含んでいれば,より高次の反射帯域が紫外領域に存在し(図3に部分的に示されている),長波長帯域端240bが約1200nm以上に位置すれば,可視スペクトルの青色端に部分的に入り込む可能性があることに留意されたい。三次以上の反射帯域は,紫外領域におけるディテクターシステム応答を許容しうる程度に低いレベルに保持するのに役立ちうる(吸収素子がその波長領域で顕著な透過率を有する場合)。
…(省略)…
【0043】
ディテクターシステム応答(上記のD(λ))は,曲線206により表される。その曲線は,ディテクター表面に当たるまでの入射光の経路中のすべてのシステムコンポーネントの分光応答(この例では,曲線200,202,および204である)の積である。曲線206(およびシステム応答D(λ))はまた,好ましくは規格化される。すなわち,最大値が1になるように換算定数を掛ける。その結果として,曲線206は,好ましくは,ヒトの眼の明所視応答または類似の目標応答とのよい一致を示す。」

ケ 「【0052】
素子121a,121bが,異なるコンポーネントとして保持される場合,吸収素子は,光路中で干渉素子の前に配置することができるか(すなわち,ディテクターアクティブ領域に向かって伝播する光は,干渉素子を透過する前に吸収素子を透過する),またはその逆に配置することができる。吸収素子が干渉素子の前にある場合,ディテクターシステムにより反射される光が少なくなるので,迷光が減少する。干渉素子が吸収素子の前にある場合,光フィルターに吸収される光の全量が少なくなるので,長寿命化に有益でありうる。」

コ 「【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】ディテクターシステムの斜視図である。
【図2】ディテクターシステム用のフィルターアセンブリーの断面図である。ここで,ディテクターアセンブリーは,完全に係合した状態でかつ仮想的に示されている。
【図2a】図2に類似するがそれとは別のフィルターアセンブリーの断面図である。
【図2b】図2に類似するがそれとは別のフィルターアセンブリーの断面図である。
【図3】ディテクターシステムの種々のコンポーネントの相対分光透過または相対分光応答のグラフである。」
(当合議体注:図3は,以下の図である。)


(2) 甲1発明
甲1には,特許請求の範囲の請求項1に記載された「フィルター」をディテクターと組み合わせたディテクターシステムの分光応答が,図3に示されたものである,次の発明が記載されている(以下「甲1発明」という。)。
「 近赤外波長の帯域にわたり法線入射光を実質的に反射しかつ可視波長にわたり法線入射光を実質的に透過する干渉素子と,
可視波長にわたり非一様に光を吸収する吸収素子と,を備え,
ここで,該吸収素子は,高分子マトリックス中に分散された着色剤を含み,
ディテクターと組み合わせたときに,相対応答がヒトの眼の視覚応答とほぼ同じであるディテクターシステムを生成するフィルターであって,
ディテクターシステムの種々のコンポーネントの相対分光透過または相対分光応答のグラフは,下記のとおりであり,
ここで,
曲線200は,典型的なシリコンフォトダイオードディテクターの分光応答度を表し,
吸収素子の透過パーセントを表す曲線202は,可視領域でほぼ鐘形応答を提供し,
法線入射時における干渉素子の透過パーセントを表す曲線204は,短波長帯域端204aおよび長波長帯域端204bにより境界づけられた強い反射帯域を有し,反射帯域の高反射率は,帯域のほとんどにわたり,低い透過パーセントを提供し,半値透過点または半値反射点として測定される帯域端204aは可視領域に近接して位置し,
ディテクターシステム応答は,曲線206により表される,
フィルター。

グラフ:



(3) 対比
本件特許発明1と甲1発明を対比すると,以下のとおりである。
ア 光吸収構造体及び近赤外光反射構造体
甲1発明の「フィルター」は,「可視波長にわたり非一様に光を吸収する吸収素子」を備える。また,甲1発明の「フィルター」は,「近赤外波長の帯域にわたり法線入射光を実質的に反射しかつ可視波長にわたり法線入射光を実質的に透過する干渉素子」を備える。
ここで,甲1発明の「吸収素子」及び「干渉素子」は,それぞれ,本件特許発明1の「光吸収構造体」及び「近赤外光反射構造体」に相当する。また,甲1発明の「フィルター」と本件特許発明1の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」は,「複数の構造体を備え,該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体」「を有し」という構成において共通する。

イ 光吸収構造体の光学特性
まず,甲1発明の「吸収素子」は,「高分子マトリックス中に分散された着色剤を含」むものである。したがって,甲1発明の「吸収素子」と本件特許発明1の「光吸収構造体」は,「色素を含有する」「構造によって形成され」という構成において共通する。
次に,甲1発明のグラフは,「ディテクターシステムの種々のコンポーネントの相対分光透過または相対分光応答のグラフ」であるから,単なる模式図とは異なり,「波長(nm)」と「相対的な透過率または応答」の関係を定量的に把握可能なグラフといえる。
そこで,甲1発明のグラフについてみると,甲1発明の「吸収素子」は,概ね,波長600nm?800nmにかけて,相対的な透過率が低下する波長領域,すなわち,光を吸収する波長領域を有する。また,甲1発明の「吸収素子」は,概ね波長200nm?500nmにかけて,相対的な透過率が低下する波長領域,すなわち,光を吸収する波長領域を有する。そして,甲1発明の「吸収素子」は,これら波長領域において,光吸収の極大点,すなわちピークを有する。そうしてみると,甲1発明の「吸収素子」は,本件特許発明1でいう「近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに,紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し,当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含」むものである。

ウ 遷移領域の重なり(近赤外吸収波長領域)
甲1発明の「フィルター」において,「法線入射時における干渉素子の透過パーセントを表す曲線204は,短波長帯域端204aおよび長波長帯域端204bにより境界づけられた強い反射帯域を有し,反射帯域の高反射率は,帯域のほとんどにわたり,低い透過パーセントを提供し,半値透過点または半値反射点として測定される帯域端204aは可視領域に近接して位置する」。また,甲1発明のグラフからは,甲1発明の「干渉素子」が,「半値透過点または半値反射点として測定される帯域端204a」を境に,短波長側(可視光側)で高い光の透過パーセントを有し長波長側(近赤外側)で低い光の透過パーセントを有する特性を看取できる。
そうしてみると,甲1発明の「干渉素子」は,本件特許発明1でいう「可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し」ている。
加えて,前記イで述べたとおり,甲1発明の「吸収素子」は,波長600nm?800nmの波長領域において,光吸収の極大点,すなわちピークを有するところ,甲1のグラフからは,このピークと「半値透過点または半値反射点として測定される帯域端204a」近傍の波長領域が重なっている様子が看取できる。さらに,甲1のグラフからは,「吸収素子の透過パーセントを表す曲線202」と「干渉素子の透過パーセントを表す曲線204」の協働により,「半値透過点または半値反射点として測定される帯域端204a」における「曲線206により表される」「ディテクターシステム応答」が減衰させられている様子が看取できる。
そうしてみると,甲1発明の「フィルター」と本件特許発明1の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」は,「前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と,前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに,前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して,前記第1遷移波長領域の光を減衰させ」という構成において一致する。

エ 遷移領域の重なり(紫外吸収波長領域)
前記ウと同様の議論により,甲1発明の「干渉素子」は,本件特許発明1でいう「可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し」ている。また,甲1発明の「フィルター」と本件特許発明1の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」は,「前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と」,「前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに,前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで」,「前記第2遷移波長領域の光を減衰させ」という構成において一致する。


オ 紫外赤外線カット用光学フィルタ
甲1発明のグラフを参照すると,甲1発明の「フィルター」は,概ね400nm以下の波長領域及び800nm以上の波長領域において,低い透過率を具備する様子を看取できる。したがって,甲1発明の「フィルター」は,紫外線及び赤外線をカットするフィルターということができるから,甲1発明の「フィルター」は,本件特許発明1の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」に相当する。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明は,次の構成で一致する。
「 複数の構造体を備え,
該複数の構造体は,光吸収構造体と近赤外光反射構造体を有し
前記光吸収構造体は,色素を含有する構造によって形成され,近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに,紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し,当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含み,
前記近赤外光反射構造体は,可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し,
可視光を透過するための透過波長領域と,少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し,
前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と,前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに,前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで,前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して,前記第1遷移波長領域の光を減衰させ,
前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と,前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに,前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで,前記第2遷移波長領域の光を減衰させる紫外赤外線カット用光学フィルタ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明は,以下の点で相違する,又は,一応相違する。
(相違点1)
本件特許発明1の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」は,「透明基板上に積層される」複数の構造体を備えるのに対して,甲1発明の「フィルター」は,「透明基板上に積層される」複数の構造体を備えるものであるか,一応,明らかではない点。

(相違点2)
本件特許発明1の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」は,「紫外光反射構造体」を有し,この「紫外光反射構造体」が,第2遷移波長領域を有し,「前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して」第2遷移波長領域の光を減衰させているのに対して,甲1発明の「フィルター」は,「干渉素子」が「紫外光反射構造体」の機能を兼ねている点。

(相違点3)
本件特許発明1の「光吸収構造体」は,色素を含有する「1つの層」構造によって形成されているのに対して,甲1発明の「吸収素子」は,色素を含有する「1つの層」構造によって形成されたものであるか,一応,明らかではない点。
また,本件特許発明1の「光吸収構造体」は,「前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく」という構成を具備するのに対して,甲1発明の「吸収素子」は,この構成を具備しない(近赤外吸収波長領域のピークと紫外吸収波長領域のピークの大小関係が,逆である)点。

(5) 判断
事案に鑑みて,相違点3について判断する。
甲1発明の「吸収素子の透過パーセントを表す曲線202は,可視領域でほぼ鐘形応答を提供」するように設計されるものである。また,「鐘形応答」に関して,甲1の段落【0039】には,「ヒトの眼の応答に一致させるのに必要な可視領域における正確な変動(鐘形関数)」と記載されている。
そうしてみると,甲1発明の「吸収素子」の「鐘形応答」は,「ヒトの眼の応答に一致させるのに必要な可視領域における正確な変動(鐘形関数)」に対応して設計されたものである。したがって,当業者が甲1発明の「吸収素子の透過パーセントを表す曲線202」を,相違点3に係る「前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく」したものとするためには,何らかの積極的な動機付けが必要というべきである。
しかしながら,甲1には,甲1発明の「吸収素子の透過パーセントを表す曲線202」を,相違点3に係る「前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく」したものとすることについて,記載も示唆もない。
かえって,甲1の段落【0039】には,「吸収素子の透過スペクトルは,干渉素子の透過スペクトルよりも,入射角の関数として波長シフトを起こしにくい。」との利点とともに,「したがって,可視領域の鐘形関数を主として吸収コンポーネントに関連づけ,可視域以外(近赤外および場合により紫外)の光の除去を主として干渉リフレクターに関連づけることが有利である。」と記載されている。
このような甲1の記載を勘案すると,甲1発明に接した当業者が,甲1発明の「吸収素子の透過パーセントを表す曲線202」を,相違点3に係る「前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく」したものとすることには,阻害要因があるというべきである。

(6) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は,光吸収構造体の色素として周知であるフタロシアニン系色素を指摘し,甲1発明において相違点3に係る構成を克服することは容易である旨,主張する(特許異議申立書の23頁16行?24頁12行,特許異議申立人意見書の8頁9?15行)。
しかしながら,前記(5)のとおりであるから,甲1発明に基づいて相違点3に係る構成を克服することが容易であるとすることはできない。
なお,甲1発明が前提とする撮像素子は,シリコンPINフォトダイオードディテクターであり(【0065】),通常の撮像素子よりも近赤外波長領域の感度が高いものである。したがって,仮に,甲1発明が前提とする撮像素子を,通常の撮像素子に替えた場合を想定したとしても,「前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率」は,小さい方に修正されるのみである。

(7) 小括
したがって,本件特許発明1は,甲1発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるということはできない。

(8) 本件特許発明2?本件特許発明4,本件特許発明6?本件特許発明9について
本件特許発明2?本件特許発明4,本件特許発明6?本件特許発明9は,本件特許発明1の構成に対して,さらに他の発明特定事項を加えた発明である。
したがって,本件特許発明1と同様の理由により,本件特許発明2?本件特許発明4,本件特許発明6?本件特許発明9も,甲1発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるということはできない。

5 取消理由通知において採用しなかった他の特許異議申立理由について
(1) 特許異議申立人は,特許請求の範囲の請求項6の「前記透明基板に対し何れの面からも前記光吸収構造体に入射する紫外線を遮蔽するようにした」の記載を指摘して,本件特許6?本件特許9は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであると主張する。
しかしながら,本件特許発明は「透明基板上に積層される複数の構造体を備え」た「紫外赤外線カット用光学フィルタ」である。したがって,請求項6の上記記載が,入射する紫外線の方向を,透明基板の面を基準にして特定したものであることは,当業者において明らかである。また,「紫外線を遮蔽するようにした」との機能的記載が,本件特許発明の各構造体の配置が「紫外線を遮蔽するようにした」関係にあることを示すことも明らかである。
したがって,本件特許6?本件特許9は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

(2) 特許異議申立人は,本件特許の発明の詳細な説明には,本件特許発明の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」へ入射する光の入射角の条件について,何らの記載も示唆もないと指摘して,本件特許は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであると主張する。
しかしながら,本件特許の発明の詳細な説明には,本件特許発明の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」について明確に説明されている。そして,当業者は,本件特許発明の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」を製造することができ,また,本件特許発明の「紫外赤外線カット用光学フィルタ」を利用することができる。
したがって,本件特許は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

(3) 特許異議申立人は,特許請求の範囲の請求項1の「紫外吸収波長領域に対応したピーク」の記載を指摘して,本件特許は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内でしたものであるということができないと主張する。
しかしながら,本件訂正請求による訂正は認められることとなり,特許異議申立人が指摘する上記記載は,発明の詳細な説明の【0046】,図4,図9等に記載された発明と整合するものとされた。
したがって,本件特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるということはできない。

第4 まとめ
以上のとおり,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件特許1?本件特許4,本件特許6?本件特許9を取り消すことはできない。また,他に本件特許1?本件特許4,本件特許6?本件特許9を取り消すべき理由を発見しない。したがって,本件特許1?本件特許4,本件特許6?本件特許9は,特許法113条1項各号のいずれかに該当すると認めない。
そして,本件特許5は削除された。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
紫外赤外線カット用光学フィルタ
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の波長領域の光の透過を制限する紫外赤外線カット用光学フィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ビデオカメラ等の撮像装置に使用される固体撮像素子は、人眼の感度特性に対応させるために、分光透過率等の光学特性を調節するフィルタと組み合わせて使用されることがある。具体的には、近赤外線カットフィルタや紫外線カットフィルタ、又はこれらを1枚のフィルタで実現した紫外赤外線カットフィルタ等がある。
【0003】
これらの光学フィルタは所望の波長領域の光の透過を制限するために、光学フィルタの基材内に特定の波長の光を吸収する材料を練り込んだり、基材上に塗布したりすることにより特定の波長の光を吸収している。このような吸収タイプの光学フィルタとしては、特許文献1?4に示すように、金属イオンや色素等を基材に練り込んだり、樹脂バインダ中に特定波長の光を吸収する特性を有する色素等を分散させた有機薄膜を基材上に塗布する方法が提案されている。
【0004】
また特許文献5には、基材上に屈折率の異なる2種類以上の薄膜を積層し、薄膜の干渉を利用し特定の波長の光を反射させるものが開示されている。この反射タイプの赤外線カットフィルタは、透過波長領域における透過率を高く、かつ平坦に作製可能なため色再現性が良く、また吸収タイプの赤外線カットフィルタと比較すると、薄く作製できると云う利点を有している。
【0005】
反射タイプの光学フィルタは、真空蒸着法やIAD法、イオンプレーティング法、スパッタ法等により透明基板上に多層膜を積層することにより作製され、近年では軽量化や任意形状への加工等の要望に伴い、合成樹脂透明基板も用いられてきている。
【0006】
特許文献6、7では、光学フィルタの薄型化のために、複数の薄膜の積層体である近赤外光反射構造体と、赤外波長領域に吸収帯を有する色素をバインダに分散させた有機薄膜による光吸収構造体とを組合わせたハイブリッドタイプが提案されている。この構成により、反射構造体の赤外波長領域の反射率を小さく設計することができるため、反射構造体の積層数が少なくなり、薄型化を達成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001-133623号公報
【特許文献2】特開2005-99820号公報
【特許文献3】特開2000-7870号公報
【特許文献4】特開2002-303720号公報
【特許文献5】特開2003-161831号公報
【特許文献6】特開2006-301489号公報
【特許文献7】特開2008-51985号公報
【特許文献8】特開2005-62430号公報
【特許文献9】特開2005-148283号公報
【特許文献10】特開平5-134113号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献5に示すような反射タイプの光学フィルタは構成上、光を透過させる透過波長領域と、透過を妨げる不透過波長領域と、透過波長領域から不透過波長領域へと遷移する遷移波長領域とを備えており、透過率と反射率が共に約50%となる波長を有している。このうち、遷移波長領域の帯域は波長領域で0nm、つまり存在しないことが望ましいが、実際に実現は困難であるため、例えば50nm程度の波長領域の間で、透過率を理想的には100→0%、又は0→100%へと変化させている。
【0009】
上述の反射タイプのフィルタをビデオカメラ等の撮像光学系において使用すると、入射した入射光のうち、遷移波長領域に該当する波長の一部がフィルタを透過した後に撮像素子等で反射し、その一部が再度撮像素子側から光学フィルタ面に入射してしまう。反射タイプの光学フィルタにおいては、この再入射光の一部が再度光学フィルタで反射され、その反射光が撮像素子に再び到達することにより、ゴースト光が発生し、画像を劣化させてしまうことがある。
【0010】
ゴースト光が問題となる場合には、吸収材料を使用した吸収タイプの光学フィルタを使用することが好ましい。銅イオンや赤外吸収機能を有する色素を用いた赤外線カットフィルタは反射率が小さく、反射タイプのようにゴースト光が問題となることは殆どない。しかし、色素のみで赤外波長領域光を遮蔽する吸収タイプの光学フィルタによって、カメラやビデオカメラ等の撮像光学系に利用できるような分光を得るものは、現在のところ開発されていない。
【0011】
前述したように特許文献1?4の吸収タイプの光学フィルタにおいては、吸収成分のみで700?1100nm又は1200nm程度まで近赤外光領域に渡る不透過波長領域の透過率を制限している。しかし、理想的な0%に近付けると、透過波長領域である可視波長領域の透過率まで低下したり、透過波長領域に大きなリップルが発生する問題がある。更に、吸収層に相応の厚みを必要とし、特に基板内に吸収剤を分散させたような場合には、概ね0.3?0.5mm以上の厚みの基板が必要となり、近年の光学フィルタの薄型化・小型化への要望を達成することが困難となる。
【0012】
特許文献6、7のようなハイブリッドタイプの光学フィルタであっても、可視波長領域の透過率を高くすると、概ね可視波長領域の一部と重なる遷移波長領域、特に無機薄膜で形成された近赤外側の半値波長において、大きな吸収を得ることができない。そのため、この波長領域の反射を大きく低減することはできず、上述の赤外線によるゴースト光の強度を低減することが困難となる。
【0013】
更に、特許文献6、7で用いられるような赤外線吸収用の色素は、一般に紫外線の影響で分光特性が変化し易いという問題を有する場合がある。色素の紫外線に対する対策としては、特許文献8で基板に紫外線吸収剤を含有させ、色素を含む赤外線吸収層に紫外線が入射することを防止する赤外線カットフィルタが開示されている。しかし、この特許文献8のような構成においては、赤外線吸収層の片方の面のみしか紫外光吸収効果がないため、赤外線カットフィルタの配置方向に限定が生ずる。
【0014】
特許文献9には、上記問題がある場合にこれを解決するため、色素を含む赤外線吸収層の両面に紫外線吸収層を設けた赤外線カットフィルタが開示されている。しかし、この特許文献9の赤外線カットフィルタの分光特性は色素にのみよって決定されており、上述のようにカメラやビデオカメラの撮像光学系に求められるような赤外線カットフィルタを色素のみで作製することは困難である。具体的には、赤外線を十分に遮蔽しようとすると、透過波長領域の透過率が低下してしまうことになる。
【0015】
また同様に、特許文献10に開示されているように、紫外線吸収層にカーボンナノチューブを利用した場合には、カーボンナノチューブの吸収特性を考慮すると、可視波長領域にまで吸収が発生し、可視波長領域の透過率まで低減してしまい、コスト的にも問題がある。
【0016】
本発明の第1の目的は、上述の問題点を解消し、薄型化を妨げることなく、ゴースト光の発生を低減し赤外線遮蔽機能を有する紫外赤外線カット用光学フィルタを提供することにある。
【0017】
本発明の第2の目的は、第1の目的に加えて、紫外線遮蔽機能を有する紫外赤外線カット用光学フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するための本発明に係る紫外赤外線カット用光学フィルタは、透明基板上に積層される複数の構造体を備え、該複数の構造体は、光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し 前記光吸収構造体は、色素を含有する1つの層構造によって形成され、近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに、紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し、当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含み、かつ前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく、前記近赤外光反射構造体は、可視光を透過するための透過波長領域と、少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し、前記紫外光反射構造体は、可視光を透過するための透過波長領域と、少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し、前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と、前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに、前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで、前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して、前記第1遷移波長領域の光を減衰させ、前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と、前記紫外光反射構浩体の前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに、前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで、前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して、前記第2遷移波長領域の光を減衰させることを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係る紫外赤外線カット用光学フィルタは、撮像光学系と、撮像光学系に入射して紫外赤外線カット用光学フィルタを透過した光を電気信号に変換する撮像素子とから成る撮像装置に用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る紫外赤外線カット用光学フィルタによれば、近赤外線反射機能に加えて、近赤外線遮蔽機能を近赤外吸収色素を含有した樹脂層による光の吸収により実現するため、薄型化が可能で、ゴースト光を低減することができる。また、所望の吸収特性を得るために、複数の吸収材料を組合わせる必要が少ないために、透過波長領域でリップルを発生させる虞れが低く、コストを低減することができる。
【0021】
また、本発明に係る紫外赤外線カット用光学フィルタによれば、上述の効果に加えて、紫外線遮蔽機能を有し、紫外光による赤外線吸収層の光学特性の変化を少なくできる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例1の光学フィルタの構成図である。
【図2】近赤外光反射構造体による分光透過率のグラフ図である。
【図3】光吸収構造体の分光吸収率のグラフ図である。
【図4】赤外線カットフィルタの分光特性のグラフ図である。
【図5】従来例の有機薄膜層によるフィルタの分光透過率のグラフ図である。
【図6】他の近赤外光反射構造体の分光透過率のグラフ図である。
【図7】他の光吸収構造体に使用する色素の分光透過率のグラフ図である。
【図8】実施例2の光学フィルタの構成図である。
【図9】実施例3の光学フィルタの構成図である。
【図10】実施例4の光学フィルタの構成図である。
【図11】変形例1の光学フィルタの構成図である。
【図12】変形例2の光学フィルタの構成図である。
【図13】実施例5の撮像装置の光学的構成図である。
【図14】実施例6の光量絞り装置の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0024】
図1は少なくとも近赤外光領域の光の透過を制限する赤外線カットフィルタとして機能する実施例1の光学フィルタ1の構成図を示している。この光学フィルタ1においては、透明基板2上に、所望の波長領域に吸収を有する色素を樹脂バインダ中に分散させて構成した有機薄膜から成る光吸収構造体3が成膜されている。また、この光吸収構造体3上には、複数の蒸着膜を積層することにより構成した無機薄膜から成る近赤外光反射構造体4aが成膜されている。更に、透明基板2の反対の面には、同様に無機薄膜から成る近赤外光反射構造体4bが設けられている。
【0025】
透明基板2は合成樹脂材から成る例えば板厚0.1mmのノルボルネン系材料であるArton(JSR製、製品名)フィルムが使用されている。Artonフィルムはガラス転移温度(Tg)が100℃以上あり、曲げ弾性率が約3000MPa程度と比較的高く、透明基板2の割れやうねりを低減できる。実施例1においてはArtonフィルムを使用したが、この他にポリイミド系の樹脂フィルム等も好適な材料の1つである。更には、可視波長領域において透明性を有するものであれば、例えばPET、PEN、ポリエステル系、アクリル系、アラミド系、PC(ポリカーボネート)、アセテート、ポリ塩化ビニル、PVA(ポリビニルアルコール)等の使用が可能である。
【0026】
光吸収構造体3は色素を分散させた樹脂層を、例えばスピンコート法により塗工することにより形成されている。光吸収構造体3を構成する樹脂バインダにはアクリル系樹脂を用いているが、このアクリル系樹脂は透明基板2と樹脂層との密着の観点から、一部にスチレンを含有しているアクリル-スチレン共重合樹脂を選択している。
【0027】
なお、アクリル系樹脂以外にも可視波長領域において透光性が高ければ、ポリスチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、フッ素樹脂、、PC系樹脂、ポリイミド系樹脂、、ポリオレフィン系樹脂等が考えられる。これらの樹脂は単体又は2種類以上を混合して用いてもよく、また共重合体として用いることもできる。つまり、可視波長領域における吸収が小さい材料であればよく、透明基板2となる材料や、前後のプロセス、フィルタに要求される特性、色素との相性等の様々な要素を考慮し、最適な樹脂バインダを選択すればよい。
【0028】
樹脂バインダは透明基板2との屈折率差が小さいものがより好ましい。透明基板2と光吸収構造体3とが隣接する場合に、屈折率差を小さくすることで、透明基板2と樹脂の界面での反射を小さくし、膜厚を薄くしても干渉効果による影響をより小さくすることが可能である。また同様の理由から、透明基板2と光吸収構造体3との間に接着層や応力緩和層等の機能膜層を挿入する場合であっても、透明基板2、機能膜層、光吸収構造体3の三者の屈折率が近いものがより好ましい。
【0029】
光吸収構造体3の塗工はスピンコート法に限らず、ディップコート法、グラビアコート法、スプレーコート法、キスコート法、ダイコート法、ナイフコート法、ブレードコート法、バーコータ法等であっても、同様の膜を形成することができる。つまり、所望の分光を満足する膜厚や、形状、生産性等を考慮して、最適な成膜方法を選択すればよい。
【0030】
光吸収構造体3の樹脂層が乾燥することで発生する硬化収縮に起因する応力に関しては、光吸収構造体3の膜厚を薄くすることで低減することが可能である。この際に、所望の吸収特性を維持するために、色素の濃度調整や、例えばスピンコート法であれば回転速度等の塗工プロセスの調整が必要となる。
【0031】
有機薄膜により構成された光吸収構造体3の場合に、色素成分は水分に弱いため、樹脂バインダ中に分散させても、特に温度や湿度等の周囲環境から、樹脂が少なからず吸水してしまい、色素成分がその影響を受けて光学特性が変化してしまうことがある。このため、光吸収構造体3よりも表層側に近赤外光反射構造体4aを配置している。
【0032】
近赤外光反射構造体4a、4bはそれぞれ少なくとも2種類以上の無機薄膜を積層して成膜され、反射構造体4a、4bは1つの薄膜積層構造体として機能し、或る波長領域の透過を制限している。
【0033】
透明基板2に合成樹脂材を使用した場合には、近赤外光反射構造体4a、4bの成膜プロセスに起因する熱の問題が発生する。ガラス透明基板と比較して、ガラス転移温度が極端に低い樹脂透明基板の場合には、透明基板2と膜との線膨張係数の差に起因する透明基板2の反りや、この反りに伴う膜面のクラックの発生等が考えられる。そこで、成膜中に発生する熱への施策が必要である。具体的には、透明基板2としてガラス転移温度の高い材料を選択したり、成膜中での低温プロセスを採用することが考えられる。
【0034】
近赤外光反射構造体4a、4bの成膜においては成膜装置に吸熱機構を設け、放射冷却効果により成膜中に透明基板2に発生する熱を除去する手法を選択した。その際に、成膜プロセスで到達する透明基板2上の最高温度を予め測定し、その温度に耐え得る材料を選択する必要がある。実施例1では、成膜プロセスの安定性を考慮し、先に実験した到達最高温度に或る程度の許容値を加味し、ガラス転移温度を適性判断のパラメータとし、約70℃以上のガラス転移温度を有する透明基板2を選択している。
【0035】
また、近赤外光反射構造体4a、4bの成膜中の温度を通常の成膜温度の場合よりも、何らかのアシストを付加したり、スパッタ等の比較的に高エネルギで成膜し、膜密度が高くなるプロセスを選択することがより好ましい。具体的には、スパッタ法、IAD法、イオンプレーティング法、IBS法、クラスタ蒸着法等の膜厚を比較的正確に制御でき、再現性の高い膜を得ることができる成膜法であればよい。蒸着以外の物理的又は化学的成膜方法で形成してもよいし、ゾルゲル法などのウェットプロセスで成膜してもよく、必要とされる膜の性質や、透明基板2を含めた各材料の制約条件等から最適な方法を選択すればよい。
【0036】
図2は板厚0.1mmのArtonフィルムから成る透明基板2に、近赤外光反射構造体4a、4bのみを成膜した場合の反射タイプのフィルタの分光透過率特性のグラフ図である。このフィルタは可視波長領域で透過率が高く、紫外波長領域から可視波長領域にかけての領域の波長の透過を防止する第1阻止波長領域W1、可視波長領域から近赤外波長領域にかけての波長領域に第2阻止波長領域W2を有している。更に、第2阻止波長領域W2から近赤外波長にかけての波長領域に第3阻止波長領域W3を有し、3つの阻止波長領域W1?W3により構成されている。
【0037】
ここで、1つの阻止波長領域を構成する薄膜積層構造を1つのブロックとして考えると、第1?第3阻止波長領域W1?W3を形成する3つのブロックにより形成される。それぞれを第1?3スタックとすると、3つのスタックはそれぞれ異なる中心波長を有する。この中心波長をλとした場合に、高屈折率材料と低屈折率材料とを、それぞれ交互にλ/4ずつ積層した構成を基本とし、所望の光学特性を得るために、各層の膜厚に概ね0.7?1.3倍程度の微調を加えて積層する。
【0038】
近赤外光反射構造体4a、4bの薄膜積層構造は、IAD法により複数層の無機質から成る誘電体膜を順次に積層することにより形成している。一般に、このような多層膜においては膜応力が非常に大きくなり、光学系の薄型化の観点から透明基板2の板厚を薄くした場合には、透明基板2に反りが生ずる虞れがある。この対策として、図1に示すように透明基板2の両面に反射構造体4a、4bをそれぞれ成膜すると、理想的には透明基板2の両面に同じ材料、膜厚、膜質で積層することになり、膜応力を低減できることになる。
【0039】
しかし、その場合には膜の構成設計が困難となり、透明基板2の片面に設計した場合と同じ積層数となるように膜設計を行うと、光学特性が大きく犠牲となる虞れがある。また、光学特性と膜応力の緩和を同時に満足させるためには、積層数が増加し、フィルタ製作の工数アップの要因となる。膜応力による透明基板2の反りが問題となる場合には、図1に示すように薄膜積層構造体を透明基板2の両面に分割して配置することが好適な手法となる。
【0040】
以上の説明は透明基板2に近赤外光反射構造体4a、4bのみを配置した場合であるが、加えて実施例1では、光吸収構造体3と近赤外光反射構造体4a、4bとの応力バランスを加味することも必要となる。それぞれの応力を予め測定しておき、透明基板2の両面への配置を最適化することにより、透明基板2の両面の応力バランスを取ることが好ましい。
【0041】
従って、実施例1では透明基板2上に先ず光吸収構造体3を形成し、その上層に近赤外光反射構造体4aによる29層の薄膜を成膜し、その後に透明基板2の反対の面に近赤外光反射構造体4bによる21層の薄膜を成膜している。このような反射構造体4a、4bから成る誘電体膜の材料には、高屈折率材料にはTiO_(2)、低屈折率材料にはSiO_(2)を使用し、TiO_(2)とSiO_(2)を交互に積層した。
【0042】
この他に、成膜手法によっても異なるが、一般的に高屈折率材料にはNb_(2)O_(5)、ZrO_(2)、Ta_(2)O_(5)等が使用され、低屈折率材用にはMgF_(2)を使用する場合もある。設計上や成膜上の理由から、中間屈折率材料であるAl_(2)O_(3)等を一部の層で使用する場合もあるが、適宜に最適な材料の組合わせを選択すればよい。
【0043】
ただし、透明基板2や空気との界面の層と、中心波長λが異なる各スタック同士が隣接している層等においては、微調の範囲を超えることがあり、例えば0.5倍のλ/4程度の膜厚になることがある。更に、全層の中で上述した界面層とは別に数層、例えば全層が40層であれば1?3層程度、微調の範囲を超える層がある場合もある。また、設計によっては中間屈折率材料を加えた3種類以上の材料により構成されることもある。
【0044】
このように、無機薄膜だけで形成された近赤外光反射構造体4a、4bによる赤外線カットフィルタは、遷移波長領域の赤外光半値波長でゴースト光の強度が最大となるので、光吸収構造体3を用いて赤外光半値波長の光を吸収させることが好ましい。
【0045】
一般に、近赤外光反射構造体のみで赤外線カットフィルタを構成した場合に、図2に示すようにこの赤外光半値波長は、可視波長領域の一部であり遷移波長領域の600?750nmの範囲内に形成されることが多い。また、前述のような光吸収構造体3を含んで赤外線カットフィルタを構成する場合は、光吸収構造体3の光吸収特性も考慮して、図4に示すように近赤外光反射構造体の遷移波長領域を赤外側にシフトさせてもよい。つまり、赤外光半値波長を650?750nm範囲の遷移波長領域内に形成するようにしてもよい。
【0046】
このように、赤外光半値波長が形成される遷移波長領域が600?750nmの間において、光吸収構造体3は吸収波長領域を有することが好ましい。更には、可視波長領域から近赤外波長領域である400?1200nm程度までの波長領域において、上述の半値波長を含む650?800nm程度の波長領域中に、最大の吸収特性を有することがより好ましい。これは650nmよりも短い波長に吸収のピークを有する特性であると、本来必要とする透過波長領域の光も大きく吸収してしまうためである。また、800nmよりも長い波長において吸収ピークを有する特性であると、遷移波長領域で十分な吸収を得ることができない虞れがある。
【0047】
また、実施例1の光学フィルタ1のように、ハイブリッドタイプのフィルタの場合には、有機薄膜による吸収と無機薄膜による反射を考慮し、所望の波長が赤外光半値波長となるように、予め調整することが必要となる場合がある。
【0048】
図3は光吸収構造体3のシアニン系の色素をアクリル系の樹脂バインダ中に分散させた場合の所定の吸収波長領域を有する分光特性を示し、所望の吸収を得られるように色素の濃度及び膜厚を調整し、膜状に塗工して形成している。このように分散された色素は、近赤外光反射構造体4a、4bにより形成された近赤外光を透過する透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域の分光透過率の赤外光半値波長を含む波長近傍に吸収帯を有している。
【0049】
光吸収構造体3には赤外光吸収色素としてシアニン系の色素を用いたが、これに限定されることはない。例えば、アゾ系やフタロシアニン系、ナフタロシアニン系、ジイモニウム系、ポリメチン系、アンスラキノン系、ナフトキノン系、トリフェニルメタン系、アミニウム系、ピリリウム系、スクワリリウム系等の色素を単体又は混合して用いることができる。ただし、赤外線カットフィルタの色再現性を考慮し、透過波長領域における吸収が小さく、透過波長領域における透過率が平坦又は連続的に変化する色素が好ましい。
【0050】
この際に、メチルエチルケトン(MEK)やトルエン、メチルイソブチルケトン(MIBK)等の溶剤を添加し、塗工後に乾燥工程を経て揮発させることが一般的であるが、色素や樹脂バインダ、塗工法等の関係から最適な溶剤を適宜に選択すればよい。例えば、溶媒はケトン系に限らず、シクロヘキサン、トルエン等の炭化水素系、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系、メタノール、エタノール等のアルコール系、ジメチルホルムアミド等のアミン系の溶媒や水を、色素・樹脂バインダの溶解性や揮発性等を考慮し、単体又は2種類以上の混合物として最適な組合わせになるように選択すればよい。
【0051】
また、光吸収構造体3に酸化防止剤を添加することで、色素の劣化を低減することができる場合もある。酸化防止剤としては、フェノール系、ビンダードフェノール系、アミン系、ビンダードアミン系、硫黄系、リン酸系、亜リン酸系等が挙げられる。
【0052】
図4は上述の方法により製作された光学フィルタ1の分光透過率特性のグラフ図を示し、図2に示す近赤外光反射構造体4a、4b、図3に示す光吸収構造体3の分光特性を合成したものとなる。赤外線カットフィルタによるゴースト光の強度は、簡易的には(赤外線カットフィルタの分光透過率)・(赤外線カットフィルタの分光反射率)で計算された値が目安となる。光学フィルタを無機薄膜のみで構成した場合に、ゴースト光の強度は赤外光半値波長で最大となり、透過率50%、反射率50%と仮定すると、その値は概ね25%程度となる。
【0053】
実用的には、ゴースト光の強度は少なくとも15?16%程度までは低減する必要がある。従って、例えば強度を16%以下にまで低減するには、光吸収構造体3を組合わせた場合に、少なくとも透過率40%、反射率40%となるように光吸収構造体3の、前記した赤外光半値波長での吸収率は20%程度以上が必要となる。
【0054】
簡易的な計算では、近赤外光反射構造体4a、4bのみでのゴースト光の最大強度が上述の25%程度であるのに対し、実施例1で作製した光学フィルタ1の遷移波長領域でのゴースト光の最大強度は8%以下となる。ゴースト光に関しては、撮像素子の感度特性、遷移波長領域から不透過波長領域において発生する不要光の合計値などによってもその影響は異なる。しかし、実施例1で作製された光学フィルタ1は遷移波長領域での最大強度を3割以上低減しており、多くの光学系でゴースト光の発生を低減することができる。
【0055】
透明基板2の全面に上述した光吸収構造体3、近赤外光反射構造体4a、4bを成膜した後に、所望の形状に打ち抜くことで10mmの正方形状に加工する。なお、成膜時に透明基板2上にマスクを施すことで、所望の範囲を部分的に成膜し、成膜後にそれぞれを切り抜く方法でも、同様のフィルタを作製することができる。
【0056】
図5は比較のために、特許文献7を基に作製した比較例の光学フィルタの分光透過率のグラフ図である。図5(a)は有機薄膜層によるグラフ図、図5(b)は基板の両面に分割し配置した2つの無機薄膜層によるグラフ図、図5(c)はこれらの有機薄膜層と無機薄膜層とにより作製されたグラフ図を示している。
【0057】
図5(b)から無機薄膜層で形成される赤外光半値波長は、650nm付近の波長であることが分かる。また、図5(c)から有機薄膜層と無機薄膜層を構成した場合であっても、赤外光半値波長は650nm付近であり、図5(b)とほぼ同様の波長となっていることが分かる。また、図5(a)に示された有機薄膜層の特性から、特許文献7で提示されている有機薄膜層の遷移波長領域での吸収率、特に赤外光半値波長における吸収率は、最大でも10%程度と極めて小さい値となっていることが予測される。
【0058】
透過波長領域、不透過波長領域においては、透過率又は反射率の何れかが0に近付くため、上述のように簡易的にはゴースト光の強度は遷移波長領域での透過率と反射率とを乗じた値が支配的となる。従って、この遷移波長領域に十分な吸収を得ることができない場合には、透過率が低いと反射率が高くなり、反射率が低いと透過率が高くなるため、ゴースト光の強度を低減することは極めて困難である。
【0059】
撮像素子の感度特性やフィルタの配置位置等、光学系全体での構成によってもゴースト光の影響は微妙に異なるが、特許文献7で得られる図5(a)のような光学特性では、ゴースト光を十分に低減することは困難である。
【0060】
実施例1では光吸収構造体3の成膜後の硬化方法として熱硬化法を用いているが、他の活性エネルギ線、例えば可視光線、電子線、プラズマ、赤外線、紫外線等を用いてもよい。活性エネルギ線の照射量は樹脂組成物の硬化が進行するエネルギ量であればよく、必要に応じて光重合開始剤や酸化防止剤を添加すればよい。
【0061】
光重合開始剤としては、例えばベンゾフェノン、ベンジル、4,4-ジメチルアミノベンゾフェノン、2-クロロチオキサントン、2,4-ジエチルチオキサントン、ベンゾインエチルエーテル、ジエトキシアセトフェノン、ベンジルジメチルケタール、2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオフェノン、1-ヒドロキシシクヘキシルフェニルケトン、テトラメチルチウラムモノスルフィド、テトラメチルチウラムジスルフィド、ヒドラゾン、α-アシロキシムエステル等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0062】
電子線硬化開始剤としては、ベンゾフェノン、2-エチルアントラキノン、2,4-ジエチルチオキサントン、メチルオルソベンゾイルベンゾエート、イソプロピルチオキサントン、ジエトキシアセトフェノン、ベンジルジメチルケタール、1-ヒドロキシシクロヘキシル-フェニルケトン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス-フェニルホスフィンオキサイド、メチルベンゾイルホルメート、1,7-ビスアクリジニルヘプタン、9-フェニルアクリジン等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0063】
熱重合開始剤としては、過酸化ベンゾイル、t-ブチルパーベンゾエイト、クメンヒドロパーオキサイド、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、ジ-n-プロピルパーオキシジカーボネート、ジ(2-エトキシエチル)パーオキシジカーボネート、t-ブチルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシビバレート、(3,5,5-トリメチルヘキサノイル)パーオキシド、ジプロピオニルパーオキシド、ジアセチルパーオキシド、2,2-アゾビスイソブチロニトリル、2,2-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)、1,1-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニル)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2-アゾビス(2,4-ジメチル-4-メトキシバレロニトリル)、ジメチル2,2-アゾビス(2-メチルプロピオネート)、4,4-アゾビス(4-シアノバレリック酸)等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0064】
図6は他の近赤外光反射構造体4a、4bの分光特性を示し、近赤外光反射構造体4a、4bは共に紫外線における第1阻止波長領域W4を有し、近赤外光反射構造体4aは少なくとも第2阻止波長領域W5を遮蔽し、他方の近赤外光反射構造体4bは少なくとも第3阻止波長領域W6を遮蔽するように設計されている。
【0065】
光吸収構造体3は図7に示すような分光透過率を有するシアニン系の色素と、アクリル-スチレン共重合樹脂から成る樹脂バインダと、メチルエチルケトン(MEK)とメチルイソブチルケトン(MIBK)を1:9(重量比)の割合で混合した溶媒とから成る塗布溶液を使用する。この塗布溶液をスピンコート法により、所望の分光を得られる厚さに成膜し、乾燥炉で乾燥・硬化させる。
【0066】
この光吸収構造体3上に、第1阻止波長領域W4と第2阻止波長領域W5とを遮蔽する近赤外光反射構造体4aが真空蒸着法により成膜されている。次に、透明基板2の反対面に、第1阻止波長領域W4と第3阻止波長領域W6とを遮蔽する近赤外光反射構造体4bを真空蒸着法で成膜している。
【0067】
実施例1の光学フィルタ1はゴースト光を低減すると共に、透明基板2の両面に配置した紫外線遮蔽機能を有する近赤外光反射構造体4a、4bにより、光吸収構造体3に紫外線が何れの面からも入射することを防止している。
【実施例2】
【0068】
図8は紫外赤外線カットフィルタ又は赤外線カットフィルタとして機能する実施例2の光学フィルタ11の構成図を示している。透明基板12の片面に光吸収構造体13と近赤外光反射構造体14が積層され、その反対の面には例えば裏面からの反射を防止し、可視波長領域における透過率を高くするための複数の無機薄膜を積層した反射防止構造体15が成膜されている。なお、この反射防止構造体15には、光吸収構造体13と近赤外光反射構造体14を配置した反対面との応力を平衡させる機能を持たせている。
【0069】
なお、樹脂層である光吸収構造体13が表層に露出すると、表層での反射率が問題となる場合があるので、光吸収構造体13を表層に配置するような場合にはこのような反射防止構造体15を光吸収構造体13上に成膜することで改善することができる。
【0070】
近赤外光反射構造体14は実施例1のように透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域を有し、光吸収構造体13が吸収する波長の一部と遷移波長領域が重なることが必要である。
【0071】
そして、近赤外光反射構造体14が紫外線に対する遮蔽機能を有していれば、実施例2の光学フィルタ11は近赤外光反射構造体14側から入射する紫外光に対し、光吸収構造体13に入射する紫外線を低減する紫外線遮蔽機能をすることになる。
【実施例3】
【0072】
図9は紫外赤外線カットフィルタとして機能する実施例3の光学フィルタ21の構成図を示し、紫外光反射構造体が使用されている。透明基板22には例えば板厚0.1mmのArtonフィルムを使用している。
【0073】
図9(a)の光学フィルタ21aは透明基板22の片面側に、透明基板22側から光吸収構造体23、近赤外光反射構造体24が形成され、透明基板22の反対の面に紫外光反射構造体25が成膜されている。光吸収構造体23、反射構造体24は実施例1の光吸収構造体3、近赤外光反射構造体4a、4bと同様にして形成され、近赤外光反射構造体24は紫外線遮蔽機能を有している。
【0074】
透明基板22の波長589nmでの屈折率は1.52程度であり、光吸収構造体23のアクリル-スチレン共重合樹脂の屈折率は1.49程度であり、比較的屈折率差が小さい材料を組み合わせる構成としている。
【0075】
この光学フィルタ21aは実施例1で説明した図4に示すような分光透過率特性を有するように設計がされ、更に紫外光反射構造体25が設けられている側の面からの紫外線の入射を制限し、両面からの紫外線の入射を阻止している。
【0076】
このように、光吸収構造体23を表層に配置する場合に、図9(b)の光学フィルタ21bに示すように、更にその表層側に紫外光反射構造体26を配置することもできる。
【0077】
図9(c)、(d)の光学フィルタ21c、21dにおいては、透明基板22の片面に光吸収構造体23、近赤外光反射構造体24が形成され、反対の面に紫外線遮蔽機能を有しない近赤外光反射構造体27、紫外光反射構造体25が形成されている。なお、光学フィルタ21cにおいては紫外光反射構造体25が最表層に、光学フィルタ21dにおいては近赤外光反射構造体27が最表層に配置されている。
【0078】
図9(e)、(f)の光学フィルタ21e、21fにおいては、透明基板22の片面には近赤外光反射構造体24が形成され、反対の面には光吸収構造体23、近赤外光反射構造体27、紫外光反射構造体25が形成されている。光学フィルタ21eと21fでは近赤外光反射構造体27と紫外光反射構造体25が入れ換わっている。
【0079】
このようにして、何れの光学フィルタ21a?21fにおいても、ゴースト光を低減し、両面から光吸収構造体23への紫外線の入射を防止している。
【実施例4】
【0080】
図10は紫外赤外線カットフィルタとして機能する実施例4の光学フィルタ31の構成図を示し、紫外光吸収構造体が使用されている。透明基板32の一方の面に、透明基板32側から光吸収構造体33と紫外線遮蔽機能を有する近赤外光反射構造体34が形成されている。透明基板32の反対の面に、透明基板32側から紫外光吸収構造体35と紫外線遮蔽機能を有しない近赤外光反射構造体36とが形成されている。
【0081】
紫外光吸収構造体35はスチレン樹脂と、スチレン樹脂に対して1.0wt%のベンゾフェノン系の紫外線吸収剤である2,4-ジヒドロキシベンゾフェノンとスチレン樹脂から成る樹脂バインダとMIBKとから成る塗布溶液を、スピンコート法により成膜して、乾燥炉で乾燥・硬化させる。
【0082】
次に、光吸収構造体33上に、低屈折率材料であるSiO_(2)と高屈折率材料であるTiO_(2)とから成り、図6の第1阻止波長領域W4と第2阻止波長領域W5とを遮蔽する近赤外光反射構造体34を真空蒸着法で成膜する。また、紫外光吸収構造体35上に第3阻止波長領域W6を遮蔽する近赤外光反射構造体36を同様に成膜する。
【0083】
紫外線吸収剤として、2,4-ジヒドロキシベンゾフェノンを用いたが、これ以外にも、2-ヒドロキシ-4-メトキシ-ベンゾフェノン、2-ヒドロキシ-4-n-オクトキシ-ベンゾフェノン等のベンゾフェノン系や、2-(2’-ヒドロキシ-5’-t-ブチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2-(2’-ヒドロキシ-5’-メチルフェニル)-エンゾトリアゾール、2-(2’-ヒドロキシ-5’-t-オクチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2-(3’,5’-ジ-t-アミル-2-ヒドロキシフェニル)ベンゾトリアゾール等のベンゾトリアゾール系や、2,4-ジ-t-ブチルフェニル3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシベンゾエート、4-t-ブチルフェニル-2-ヒドロキシベンゾエート、フェニル-2-ヒドロキシベンゾエート等のベンゾエート系等を利用できるが、これらに限定されたものではない。また、これらの紫外線吸収剤は単独又は複数を混合して用いてもよい。
【0084】
近赤外光反射構造体34、36を双方共に紫外線を遮蔽するように膜設計すると、所望の分光次第では両面で膜応力を均衡させることが難しく、光学フィルタ31の反りを低減できない場合がある。
【0085】
実施例4では、近赤外光反射構造体36は紫外線遮蔽機能を有しないが、反射構造体36と透明基板32の間に紫外光吸収構造体35が配置されており、光学フィルタ31の両面において、光吸収構造体33に紫外線が入射することを防止できる。
【0086】
光吸収構造体33、近赤外光反射構造体34、36、紫外光吸収構造体35の硬化や成膜時に熱が発生し、膜応力・熱応力による変形、水分による分光の変化等が生じ易い。このことから、透明基板32は耐熱性つまりガラス転移点Tgが高く、曲げ弾性率が大きく、吸水率が小さいことが好ましい。
【0087】
図11は実施例4の変形例1の光学フィルタ31’を示している。このように、透明基板32の片面に光吸収構造体33、紫外光吸収構造体35、近赤外光反射構造体36を順次に成膜し、反対の面に近赤外光反射構造体34を設けた構成としてもよい。
【0088】
また、図12は変形例2の光学フィルタ31”を示している。透明基板32の片面に紫外光吸収構造体35、光吸収構造体33、近赤外光反射構造体34を順次に設け、その反対の面に近赤外光反射構造体36を配置した構成とすることもできる。
【0089】
このようにして、ゴースト光を低減すると共に、光学フィルタ31の配置方向に関係なく、光吸収構造体33に紫外線が入射せず、光吸収構造体33の分光変化が少ない光学フィルタ31、31’、31”が得られる。
【実施例5】
【0090】
図13は実施例1?4による光学フィルタを用いた実施例5のビデオカメラ等の撮像装置の光学的構成図を示している。光路に沿って対物レンズ41、絞り羽根42を有する光量絞り装置43、レンズ44?46、光学フィルタ部47、固体撮像素子48が配列されている。対物レンズ41、光量絞り装置43、レンズ44?46から成る撮像光学系49を透過した被写界による光線を、光学フィルタ部47でCCDやCMOSセンサから成る固体撮像素子48の特性に合わせて制限し、適正な画像を得るようになっている。
【0091】
例えば、実施例1で作製された光学フィルタ1を光学フィルタ部47に配置し、撮像装置に組み込んで使用することにより、紫外線、赤外線を遮蔽すると共にゴースト光の発生が低減され、画像の高精度化を実現できる。また、光学フィルタ部47を配置する際に、光学フィルタ1の反射によるゴースト光をより低減できるように、近赤外光反射構造体4aに対し光吸収構造体3の位置を固体撮像素子48に近い位置になるようにする。
【0092】
具体的には、撮像光学系49を透過して固体撮像素子48に結像した光量を判断して、駆動部材により光学フィルタ部47を駆動する。被写界の光量が通常の撮影に十分な量であるときは、固体撮像素子48を覆うように光学フィルタ部47を移動させ、光量が不十分なときは固体撮像素子48にかからないように光学フィルタ部47を光路外に退避させる。
【0093】
光学フィルタ部47の光学フィルタ1の有無により、結像する光線に光路差が発生し、画像が劣化してしまうことがあるが、このような場合には光学フィルタ1の透明基板2と同じ材質の透明基板2をダミーとして挿入することにより、画像劣化を低減できる。
【0094】
また、従来においてはゴースト光を低減するために、光路に対して光学フィルタを傾けて配置することがあったが、本発明では光学フィルタ1によりゴースト光が低減するので、傾けた配置が不要となり、撮影光学系の小型化に対応することが可能である。
【0095】
また、実施例2、3、4で作製された光学フィルタ11、21、31を光学フィルタ部47として配置し、組み込んで使用することにより、同様に紫外線、赤外線による光学特性の変化を著しく低減した撮像装置を得ることが可能である。また、光学フィルタの何れの面から光が入射しても、紫外線が吸収構造体3に至るまでに遮蔽されるような構成となっていれば、光学フィルタを撮像光学系に配置する際に、何れの面を入射光側に向けてもよく、作業性が向上する。
【実施例6】
【0096】
図14は実施例5のビデオカメラ、デジタルスチルカメラ等の撮像装置の撮影光学系に使用するのに適した光量絞り装置の斜視図を示している。光量絞り装置51は図13に示す固体撮像素子48への入射光量を制御するために設けられており、被写界の光量が大きくなるに従って、絞り羽根42が小さく絞り込まれてゆく構造とされている。
【0097】
このとき、絞り羽根42の小絞り状態時に発生する干渉等による像性能の劣化対策として、絞り羽根42の近傍にND(Neutral Density)フィルタ52が配置されている。これにより被写界の明るさが大きくても、絞り羽根42の開口が極端に小さくなることを防止している。
【0098】
被写界からの入射光はこの光量絞り装置51を通過し、撮像光学系49を経て固体撮像素子48に到達することにより、電気信号に変換され画像が生成される。
【0099】
この光量絞り装置51内に、実施例1?4で作製された光学フィルタ1、11、21、31の何れかが配置されている。また、NDフィルタ52の位置に、NDフィルタ52の代りに光学フィルタ1、11、21、31を配置することも可能であるし、絞り羽根42を支持する絞り羽根支持板53に固定するように配置することもできる。
【0100】
この場合に、光学フィルタの位置や光量絞り装置51の機械的な機構にも依存するが、光学フィルタは最適な形状に切断すればよく、この光学フィルタを撮像光学系49に配置することにより、画像のより高精度化を寄与することができる。このように作製された光量絞り装置51は、ゴースト光の発生を著しく低減することが可能となる。
【符号の説明】
【0101】
1、11、21a?21f、31、31’、31” 光学フィルタ
2、12、22、32 透明基板
3、13、23、33 光吸収構造体
4a、4b、14、24、27、34、36 近赤外光反射構造体
15 反射防止構造体
25 紫外光反射構造体
35 紫外光吸収構造体
42 絞り羽根
43、51 光量絞り装置
47 光学フィルタ部
48 固体撮像素子
49 撮像光学系
52 NDフィルタ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板上に積層される複数の構造体を備え、
該複数の構造体は、光吸収構造体と近赤外光反射構造体と紫外光反射構造体とを有し
前記光吸収構造体は、色素を含有する1つの層構造によって形成され、近赤外波長領域のうち近赤外吸収波長領域の光を吸収するとともに、紫外波長領域のうち紫外吸収波長領域の光を吸収する光吸収特性を有し、当該光吸収特性は光吸収の極大点であるピークを含み、かつ前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率は前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの光吸収率よりも大きく、
前記近赤外光反射構造体は、可視光を透過するための透過波長領域と、少なくとも前記近赤外波長領域の一部の光を反射して前記近赤外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第1遷移波長領域を有し、
前記紫外光反射構造体は、可視光を透過するための透過波長領域と、少なくとも前記紫外波長領域の一部の光を反射して前記紫外波長領域の一部の光の通過を阻止する阻止領域との間にある第2遷移波長領域を有し、
前記光吸収構造体の前記近赤外吸収波長領域と、前記近赤外光反射構造体の前記第1遷移波長領域とが重なっているとともに、前記近赤外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第1遷移波長領域に重なっていることで、前記光吸収構造体と前記近赤外光反射構造体とが協働して、前記第1遷移波長領域の光を減衰させ、
前記光吸収構造体の前記紫外吸収波長領域と、前記紫外光反射構造体の前記第2遷移波長領域とが重なっているとともに、前記紫外吸収波長領域内における光吸収の極大点であるピークの波長が前記第2遷移波長領域に重なっていることで、前記光吸収構造体と前記紫外光反射構造体とが協働して、前記第2遷移波長領域の光を減衰させることを特徴とする紫外赤外線カット用光学フィルタ。
【請求項2】
前記紫外光反射構造体は前記近赤外光反射構造体との間に前記光吸収構造体を挟んで配置したことを特徴とする請求項1に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。
【請求項3】
前記近赤外光反射構造体の少なくとも1つは紫外線遮蔽機能を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。
【請求項4】
前記紫外光反射構造体は複数の無機薄膜を積層したことを特徴とする請求項1?3の何れか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。
【請求項5】(削除)
【請求項6】
前記透明基板に対し何れの面からも前記光吸収構造体に入射する紫外線を遮蔽するようにしたことを特徴とする請求項1?4の何れか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタ。
【請求項7】
撮像光学系と、請求項1?4、6のいずれか1つの請求項に記載の紫外赤外線カット用光学フィルタと、前記撮像光学系に入射して前記紫外赤外線カット用光学フィルタを透過した光を電気信号に変換する撮像素子とから成ることを特徴とする撮像装置。
【請求項8】
前記紫外赤外線カット用光学フィルタの前記光吸収構造体は前記第1遷移波長領域を有する前記近赤外光反射構造体よりも前記撮像素子側に配置したことを特徴とする請求項7に記載の撮像装置。
【請求項9】
前記撮像光学系中に、前記紫外赤外線カット用光学フィルタを駆動する駆動部材を備えた請求項7又は8に記載の撮像装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-07-24 
出願番号 特願2010-290427(P2010-290427)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (G02B)
P 1 651・ 121- YAA (G02B)
P 1 651・ 561- YAA (G02B)
P 1 651・ 536- YAA (G02B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中山 佳美  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 鉄 豊郎
樋口 信宏
登録日 2015-10-16 
登録番号 特許第5823119号(P5823119)
権利者 キヤノン電子株式会社
発明の名称 紫外赤外線カット用光学フィルタ  
代理人 下山 治  
代理人 日比谷 征彦  
代理人 日比谷 征彦  
代理人 下山 治  
代理人 大塚 康弘  
代理人 大塚 康徳  
代理人 日比谷 洋平  
代理人 永川 行光  
代理人 木村 秀二  
代理人 大塚 康弘  
代理人 木村 秀二  
代理人 大塚 康徳  
代理人 日比谷 洋平  
代理人 高柳 司郎  
代理人 高柳 司郎  
代理人 永川 行光  

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