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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C08L
管理番号 1333224
異議申立番号 異議2016-701066  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-11-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-11-18 
確定日 2017-09-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5924292号発明「炭素繊維強化樹脂成形品及び複合構造体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5924292号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第5924292号の請求項1ないし3、7及び8に係る特許を維持する。 特許第5924292号の請求項4ないし6に係る特許についての申立を却下する。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第5924292号(以下、「本件特許」という。)に係る出願(特願2013-34682号)は、平成25年2月25日に出願人、株式会社デンソーによりなされた特許出願であり、平成28年4月28日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対して、同年11月18日(受理日:同年11月21日)に特許異議申立人、特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、単に「申立人」という。)により特許異議申立てがされた。
当審において平成29年1月17日付けで取消理由を通知し、同年3月7日付け(受理日:同年3月8日)で意見書及び訂正請求書が提出され、当審において同年3月13日付けで申立人に対して訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)をしたところ、同年4月12日付け(受理日:同年4月13日)で申立人により意見書が提出され、当審において同年5月9日付けで取消理由(以下、「取消理由」という。)を通知し、同年6月22日付け(受理日:同年6月23日)で意見書及び訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」といい、「本件訂正請求書」による訂正を「本件訂正」という。)が提出され、当審において同年6月29日付けで申立人に対して訂正請求があった旨の通知をしたが、申立人は意見書を提出しなかった。

第2 訂正の適否について

1.訂正の内容

本件訂正における請求の趣旨は、本件特許の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1ないし8について訂正することを求める、というものである。

(1)訂正事項1

特許請求の範囲の請求項1において、「金属部品と接触状態で使用される炭素繊維強化樹脂成形品であって、該樹脂成形品のマトリックス樹脂中に炭素繊維及び粒子状又はオイル状のシリコーン化合物が分散し、配合されてなることを特徴とする炭素繊維強化樹脂成形品。」とあるのを、「金属部品と接触状態で使用される炭素繊維強化樹脂成形品であって、該樹脂成形品のマトリックス樹脂中に炭素繊維及び粒子状又はオイル状のシリコーン化合物が分散し、配合されてなり、
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?70体積%の量で配合されており、
前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として1?10重量%の量で配合されており、
前記金属部品は、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料から製造された物品であり、
導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること、を特徴とする炭素繊維強化樹脂成形品。」に訂正する。

(2)訂正事項2

特許請求の範囲の請求項2において、「前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?70体積%の量で配合されている、請求項1に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。」とあるのを、「前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?30体積%の量で配合されている、請求項1に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。」に訂正する。

(3)訂正事項3

特許請求の範囲の請求項3において、「前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として1?10重量%の量で配合されている、請求項1又は2に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。」とあるのを、「前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として2?6重量%の量で配合されている、請求項1又は2に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。」に訂正する。

(4)訂正事項4

特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(5)訂正事項5

特許請求の範囲の請求項5を削除する。

(6)訂正事項6

特許請求の範囲の請求項6を削除する。

2.訂正要件の適合についての検討

(1)訂正事項1について

ア 訂正の目的について

訂正事項1は、訂正前の請求項1において、「炭素繊維」の配合量、「シリコーン化合物」の配合量、「金属部品」を構成する金属原料を限定し、成形品の使用の場所を「導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること」と限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと

訂正事項1は、上記アで述べたとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

ウ 願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であること

訂正事項1は、訂正前の請求項1において、訂正前の請求項2ないし5に記載された事項、及び、本件特許明細書の【0029】の「金属部品は、本発明の耐電食性向上の効果が得られる限り、任意の金属材料から形成することができる。すなわち、適当な金属材料は、CFRP成形品と接着して使用されたときに電食を被り得る金属材料であり、具体的には、CFRP成形品との自然電位に差がある金属材料である。適当な金属材料として、以下のものに限定されるわけではないけれども、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金、例えばジュラルミンなどを挙げることができる。」との記載に基づき、訂正するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

(2)訂正事項2について

ア 訂正の目的について

訂正事項2は、訂正前の請求項2において、「炭素繊維」の配合量を「10?70体積%」から「10?30体積%」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと

訂正事項2は、上記アで述べたとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

ウ 願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であること

訂正事項2は、本件特許明細書の【0022】の「炭素繊維は、所望とする効果などに応じて、広い範囲でCFRP成形品中に配合することができる。…CFの配合量が約10?30体積%の範囲のものを多く使用することができる。」との記載に基づき、訂正するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

(3)訂正事項3について

ア 訂正の目的について

訂正事項3は、請求項3において、「シリコーン化合物」の配合量を「1?10重量%」から「2?6重量%」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと

訂正事項3は、上記アで述べたとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

ウ 願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であること

訂正事項3は、本件特許明細書の【0024】の「シリコーン化合物は、所望とする効果などに応じて、比較的に少ない量でCFRP成形品中に配合することができる。シリコーン化合物の配合量は、…約2?6重量%の範囲がさらに好ましく」との記載に基づき、訂正するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

(4)訂正事項4ないし6

ア 訂正の目的について

訂正事項4ないし6は、訂正前の請求項4ないし6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと

訂正事項4ないし6は、訂正前の請求項4ないし6を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であること

訂正事項4ないし6は、訂正前の請求項4ないし6を削除するものであり、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(5)一群の請求項について

訂正前の請求項1ないし8は、請求項1の記載を、請求項2ないし8が直接又は間接的に引用しているものであるから、訂正前の請求項1ないし8は、一群の請求項である。
したがって、訂正前の請求項1ないし8に対応する訂正後の請求項1及び5は、特許法第120条の5第4項に規定する関係を有する一群の請求項である。

3.まとめ

以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、特許法第120条の5第4項及び特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項1ないし8について訂正することを認める。

第3 本件特許発明

本件訂正により訂正された請求項1ないし8に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明8」といい、まとめて「本件特許発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
金属部品と接触状態で使用される炭素繊維強化樹脂成形品であって、該樹脂成形品のマトリックス樹脂中に炭素繊維及び粒子状又はオイル状のシリコーン化合物が分散し、配合されてなり、
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?70体積%の量で配合されており、
前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として1?10重量%の量で配合されており、
前記金属部品は、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料から製造された物品であり、
導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること、を特徴とする炭素繊維強化樹脂成形品。
【請求項2】
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?30体積%の量で配合されている、請求項1に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。
【請求項3】
前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として2?6重量%の量で配合されている、請求項1又は2に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。
【請求項4】(削除)
【請求項5】(削除)
【請求項6】(削除)
【請求項7】
請求項1に記載の炭素繊維強化樹脂成形品と、該樹脂成型品に接触して配置された金属部品とが組み合わされて一体化されていることを特徴とする複合構造体。
【請求項8】
前記樹脂成型品の表面、凸部、凹部又は貫通部の少なくとも一つの部位に前記金属部品が接触状態を保って配置されている、請求項7に記載の複合構造体。」

第4 取消理由の概要

1.本件特許の請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

2.本件特許の請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1号第3号に該当し特許を受けることができないから、本件特許の請求項1に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

甲第2号証:特開2010-090372号公報
甲第5号証:特開平09-134465号公報
甲第7号証:特開2005-206802号公報
甲第13号証:特開2008-265026号公報
(甲第2号証、甲第5号証、甲第7号証及び甲第13号証は申立人の証拠方法であり、以下、それぞれ「甲2」、「甲5」、「甲7」及び「甲13」という。)

第5 当審の判断

1.特許法第36条第6項第2号について

特許法第36条第6項第2号に係る取消理由は以下のとおりである。

(1)本件特許発明1には、「接触状態」と「接着」との記載があるが、異なる文言であるから、異なる技術的意味を有すると解するのが自然である。また電食との関係で両者の技術的意味は重要である。しかるところ、本件特許明細書の記載及び図面を参酌しても、電食との関係で両者の技術的意味の異同は明らかでなく、これが出願時の技術常識ともいえない。
したがって、両者の関係が明らかではない。

(2)本件特許発明1には、「電食を被り得る」との記載があるが、これは電食を被る可能性を特定するにすぎず、実際に電食を被らない金属材料の場合も含み得るものである。そして、「電食を被り得る」ことを判断するための条件についての記載は本件特許明細書中ではみいだせず、また出願時の技術常識ともいえない。
すると、本件特許発明1の「金属材料」を特定するための事項として記載される「前記炭素繊維強化樹脂成形品と接着して使用されたときに電食を被り得る」ことは、上記のとおり実際に電食を被らない金属材料の場合も含み得ることから、電食が発生することが前提である「金属材料」を特定するための事項としては不十分と認められ、結果的に如何なる「金属材料」が具体的に包含されるのかが不明瞭となっている。

(3)本件特許発明1には、「そのような液体の近傍」との記載があるが、「近傍」の程度に関して本件特許明細書中の記載をみても明らかではなく、如何なる状態を「近傍」として特定するのかが不明瞭である。

(4)判断

(1)について検討すると、訂正事項1及び訂正事項4によって、特許請求の範囲において、訂正前に存在していた「接着」という文言が削除され、「接触状態」という文言のみとなっているから、(1)の取消理由は解消されている。

(2)について検討すると、訂正事項1によって、特許請求の範囲において、訂正前に存在していた「電食を被り得る」という文言が削除され、請求項1に「金属部品は、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料から製造された物品」という文言が追加され、「金属物品」が明確となっているから、(2)の取消理由は解消されている。

(3)について検討すると、訂正事項1によって、特許請求の範囲において、訂正前に存在していた「そのような液体の近傍」という文言が削除されているから、(3)の取消理由は解消されている。

したがって、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないとはいえない。

2.甲2に基づく特許法第29条第1項第3号について

(1)甲2、甲5ないし7及び甲13の記載事項等

ア 甲2の記載事項及び甲2に記載された発明

甲2には、次の記載(以下、順に「記載2a」ないし「記載2e」という。)がある。

2a 「【請求項1】
ポリカーボネート樹脂(A)99.9?65重量部およびポリエーテルエステルアミド(B)0.1?35重量部からなる熱可塑性樹脂組成物100重量部に対して、炭素繊維(C)5?25重量部と有機イオン導電剤(D)0.01?20重量を配合してなる制電性熱可塑性樹脂組成物。
・・・(略)・・・
【請求項11】
請求項1?10のいずれかに記載の制電性熱可塑性樹脂組成物からなる成形品。」(請求項1ないし11)

2b 「【0020】
本発明の制電性熱可塑性樹脂組成物は、優れた靱性と持続型制電性を有することから、従来設計が困難であった薄肉のセルフタップボスを有する成形品や繰り返し応力が加わるスナップフィットを有する成形品、例えばATMや自動販売機に代表される紙幣識別機部品や電子・電機部品として好適な優れた靱性と制電性を有する熱可塑性樹脂成形品が得られる。」(段落【0020】)

2c 「【0068】
また、本発明の制電性熱可塑性樹脂組成物には、必要に応じて、ヒンダードフェノール系、含硫黄化合物系および含リン有機化合物系などの酸化防止剤、フェノール系やアクリレート系などの熱安定剤、ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系およびサリシレート系などの紫外線吸収剤、有機ニッケル系やヒンダードアミン系などの光安定剤などの各種安定剤、高級脂肪酸の金属塩類、高級脂肪酸アミド類などの滑剤、フタル酸エステル類やリン酸エステル類などの可塑剤、臭素化化合物、リン酸エステルおよび赤燐等の各種難燃剤、三酸化アンチモン、五酸化アンチモンおよびシリコーン化合物などの難燃助剤、アルキルカルボン酸やアルキルスルホン酸の金属塩、カーボンブラック、顔料および染料などを添加することもできる。」(段落【0068】)

2d 「【0073】
本発明の制電性熱可塑性樹脂組成物からなる成形品は、表面固有抵抗値が低く、安定した持続型制電性を有すると共に、成形加工性および機械的物性に優れている。このような特性を活かして、本発明の成形品は、紙幣識別機、複写機部品、センサー、コネクター、リレーケース、スイッチ、コイルボビン、コンデンサー、光ピックアップシャーシ、チューナー、スピーカー、コンピューター、VTR、テレビ、DVDシャーシ、ディスクドライブ、ファックス、トランス部材、パソコン部品、ノートパソコン、パチンコ部品および携帯電話などに好適に用いられる。」(段落【0073】)

2e 「【0090】
[参考例6]難燃助剤シリコーン化合物
反応性の官能基としてメタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末である“DC4-7081”(東レ・ダウコーニング社製)を使用した。800℃での重量減量は26.9%であった。
【0091】
[実施例1?8、比較例1?5]
上記の参考例1?4に示したポリカーボネート樹脂(A)樹脂、ポリエーテルエステル(B)、炭素繊維(C)、および有機イオン導電剤(D-1、D-2)を、表1に示した配合比で配合し、ベント付30mmφ2軸押出機((株)池貝製PCM-30)を用い、シリンダー温度280℃、スクリュ回転数200r.p.mで溶融混練(炭素繊維はサイドフィード)し押出しを行うことによって、ペレット状の熱可塑性樹脂組成物を製造した。次いで、射出成形機を用い、シリンダー温度280℃、金型温度60℃で、上記の制電性熱可塑性樹脂組成物からなる各評価用の試験片を成形した。各試験片について、上記の条件で物性を測定した。結果を表1および2に示した。
【0092】
【表1】



甲2には、「ポリカーボネート樹脂(A)」及び「炭素繊維(C)」を含有する「制電性熱可塑性樹脂組成物」(記載2aの請求項1)が記載されており、当該組成物には「シリコーン化合物」(記載2c)を難燃助剤として添加してもよく、具体的には「メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末」(記載2eの段落【0090】及び段落【0092】の【表1】の実施例8)を含有することが示されている。
そして、上記「制電性熱可塑性樹脂組成物」からなる「成形品」が記載され(記載2aの請求項11)、具体的には「セルフタップボス」、「紙幣識別機部品」や「リレーケース」などの成形品が得られることが示されている(記載2b及び記載2d)。
してみると、甲2には、上記記載2aないし記載2e、特に、実施例8を整理すると、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認める。

「ポリカーボネート樹脂99部およびポリエーテルエステルアミド1部からなる熱可塑性樹脂組成物に対して、炭素繊維18部と有機イオン導電剤3.0部、リン酸エステルである難燃剤10部、メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末1部を配合してなる制電性熱可塑性樹脂組成物からなる成形品であり、セルフタップボス、紙幣識別機部品、リレーケースに使用される前記成形品。」

イ 甲5の記載事項

甲5には、次の記載(以下、「記載5a」という。)がある。

5a 「【請求項1】自動販売機等に搭載して用いる紙幣識別機であり、ケース内に紙幣の搬送部,識別部,制御部,収納部を組み込んだ本体の前面側に樹脂成形品として作られた紙幣挿入ガイドを装着したものにおいて、前記紙幣挿入ガイドの裏面に重ね合わせて補強用の金属フレームを裏張りしたことを特徴とする紙幣識別機。
【請求項2】請求項1記載の紙幣識別機において、樹脂製の紙幣挿入ガイドと金属フレームとをインサート成形したことを特徴とする紙幣識別機。」(請求項1及び2)

ウ 甲6の記載事項

甲6には、次の記載(以下、「記載6a」という。)がある。

6a 「【請求項1】 比較的低分子量のポリブチレンテレフタレート(以下PBTと略記する)樹脂に対して、a) 繊維状の充填剤 3?10重量%b) 板状、粒状等の非繊維状充填剤 5?40重量%を充填した樹脂組成物を使用し、金属インサートを同時成形したことを特徴とするポリエステル成形品。」(請求項1)

エ 甲7の記載事項

甲7には、次の記載(以下、「記載7a」という。)がある。

7a 「【請求項1】
少なくとも非晶性熱可塑性樹脂(A)、難燃剤(B)、繊維状珪酸カルシウム(C)、およびタルク及び/又はマイカからなる無機物(D)を含有する強化熱可塑性樹脂組成物であり、
非晶性熱可塑性樹脂(A)100重量部に対する、難燃剤(B)の含有量が0.01?30重量部であり、
該組成物における、繊維状珪酸カルシウム(C)の含有量が3?30重量%、かつタルク及び/又はマイカからなる無機物(D)の含有量が3?30重量%である、強化熱可塑性樹脂組成物。
・・・(略)・・・
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の強化熱可塑性樹脂組成物を用いて成形された成形品。
【請求項9】
円筒形ボス部を有している、請求項8記載の成形品。
【請求項10】
円筒形ボス部が、その内部に直接、金属ネジをねじ込むための構造である、請求項9記載の成形品。」(請求項1ないし10)

オ 甲13の記載事項

甲13には、次の記載(以下、「記載13a」という。)がある。

13a 「【0002】
プラスチック射出成形によって成形されるセルフタップボス(突起)は、セルフタップネジがタップを刻みながら挿入されるため、内径がネジの直径より小さくなっている。」(段落【0002】)

(2)対比・判断

ア 本件特許発明1について

本件特許発明1と甲2発明とを対比する。

甲2発明における「ポリカーボネート樹脂およびポリエーテルエステルアミドからなる熱可塑性樹脂組成物」は、本件特許発明1における「マトリックス樹脂」に相当し、甲2発明における「炭素繊維」は、本件特許発明1における「炭素繊維」に相当する。
甲2発明における「メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末」は、本件特許発明1における「粒子状」「シリコーン化合物」に相当する。
各成分の分散、配合については、甲2発明には「配合」とあるが、具体的には「ポリカーボネート樹脂(A)樹脂、ポリエーテルエステル(B)、炭素繊維(C)、・・・を、表1に示した配合比で配合し、・・・2軸押出機・・・で溶融混練」(記載2eの段落【0091】)と記載されている。そして、記載2eの段落【0092】の【表1】の実施例8では上記シリコーンゴム粉末が1部配合されていることから、上記シリコーンゴム粉末も配合されていると解される。そうすると、甲2発明の「配合」とは、炭素繊維、シリコーン化合物の分散及び配合と解されるから、本件特許発明1における「分散し、配合」に相当すると認められる。
炭素繊維の配合量に関し、甲2発明は、熱可塑性樹脂組成物100部及びその他の成分32部の合計132部に対して、炭素繊維18部となっているから、成形品の全量に対しては、13.6重量%となり、甲2発明と本件特許発明1とは重複している。
甲2発明における「制電性熱可塑性樹脂組成物からなる成形品」は、組成物中に炭素繊維を含有する結果、強化樹脂になっていると解されることから、本件特許発明1における「炭素繊維強化樹脂成形品」に相当する。
ここで、シリコーン化合物の配合量に関し、甲2発明は、熱可塑性樹脂組成物100部及びその他の成分32部の合計132部に対して、メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末1部となっているから、成形品の全量に対しては、0.76重量%となり、甲2発明と本件特許発明1とは相違している。

そうすると、本件特許発明1と甲2発明とは、

「該樹脂成形品のマトリックス樹脂中に炭素繊維及び粒子状又はオイル状のシリコーン化合物が分散し、配合されてなり、
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?70体積%の量で配合されている、
炭素繊維強化樹脂成形品。」

の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件特許発明1では、「炭素繊維強化樹脂成形品」が「金属部品と接触状態で使用される」こと、「前記金属部品は、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料から製造された物品」であることを特定しているのに対して、甲2発明にはそのような特定がされていない点。

<相違点2>
本件特許発明1では、「導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること」と特定されているのに対して、甲2発明にはそのような特定がされていない点。

<相違点3>
本件特許発明1では、シリコーン化合物の配合量を成形品の全量を基準として1?10重量%としているのに対して、甲2発明は0.76重量%としている点。

上記相違点1について検討する。
まず、相違点1について、甲2発明の「制電性熱可塑性樹脂組成物からなる成形品」は、「セルフタップボス、紙幣識別機部品、リレーケースに使用される」ものであり、これら用途は樹脂及び金属部品を一体化した複合構造体であることが周知であるから(例えば、記載5aないし記載7a及び記載13a等参照。)、甲2発明の上記成形品は、金属部品と接触状態で使用されることは明らかである。
しかしながら、その金属部品を構成する金属材料として、本件特許発明1の「鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料」を選択することは、周知であるとはいえない。
したがって、相違点1は、実質的な相違点である。

上記相違点2について検討する。
本件特許発明1の成形品の使用形態として、真空や絶乾のような特殊な状態は通常想定されず一般的な大気雰囲気で用いられるものと解されることから、甲2発明の成形品も、導電性を有する液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されるものでもある。
すると、甲2発明における成形品を「セルフタップボス、紙幣識別機部品、リレーケースに使用される」ことは、本件特許発明1における炭素繊維強化樹脂成形品を「導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること」ことに相当するものといえる。
したがって、相違点2は実質的な相違点であるとはいえない。

上記相違点3について検討する。
甲2には、「メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末」の配合量について、実施例8、即ち、甲2発明に記載される「成形品の全量に対しては、0.76重量%」のみしか記載されていない。
したがって、相違点3は、実質的な相違点である。

よって、本件特許発明1は、相違点1及び3の点で、甲2発明と相違しているから、本件特許発明1は、甲2に記載された発明であるとはいえない。

イ 本件特許発明2、3、7及び8について

本件特許発明2、3、7及び8は、本件特許発明1を引用するものであって、甲2発明との比較において、同様の相違点を有するから、本件特許発明1と同様に判断され、甲2に記載された発明であるとはいえない。

(3)まとめ

したがって、本件特許発明1ないし3、7及び8は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものとはいえない。

第6 特許異議申立書に記載のその他の取消理由について

申立人は、訂正前の本件特許発明について、下記の甲第1ないし甲第13号証を提出し、甲第1号証又は甲第2号証に基づく特許法第29条第1項第3号、及び、甲第1ないし甲第13号証に記載された発明に基づく特許法第29条第2項についての取消理由があると主張する。

甲第1号証:特開2009-114364号公報
甲第2号証:特開2010-090372号公報
甲第3号証:特開2006-291098号公報
甲第4号証:国際公開第99/010168号
甲第5号証:特開平09-134465号公報
甲第6号証:特開平09-087492号公報
甲第7号証:特開2005-206802号公報
甲第8号証:特開平11-286605号公報
甲第9号証:特開平07-278413号公報
甲第10号証:化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典8」縮刷版、共立出版株式会社、昭和56年10月15日、第759及び第760ページ
甲第11号証:国際公開第2005/082982号
甲第12号証:特開平11-246758号公報
甲第13号証:特開2008-265026号公報
(甲第1号証ないし甲第13号証は申立人の証拠方法であり、以下、それぞれ「甲1」ないし「甲13」という。)

1.甲1に基づく特許法第29条第1項第3号及び同法第29条第2項について

(1)甲1、甲5及び甲6の記載事項等

ア 甲1の記載事項及び甲1に記載された発明

甲1には、次の記載(以下、順に「記載1a」ないし「記載1d」という。)がある。

1a 「【請求項1】
芳香族ポリカーボネート樹脂(A-1成分)0?99重量%および基板がポリカーボネート樹脂である光学ディスク粉砕物(A-2成分)1?100重量%からなる樹脂混合物(A成分)100重量部に対し、リンおよび臭素を含有しない難燃剤(B成分)0.001?8重量部および含フッ素滴下防止剤(C成分)0.01?3重量部を含有する樹脂組成物。
【請求項2】
B成分が、有機金属塩およびシリコーン化合物からなる群より選ばれる少なくとも一種の難燃剤を含有する請求項1記載の樹脂組成物。
・・・(略)・・・
【請求項7】
A成分100重量部に対し、繊維状無機充填材(D-1成分)および板状無機充填材(D-2成分)からなる群より選ばれる少なくとも一種以上の強化充填材(D成分)1?100重量部を含有する請求項1?6のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項8】
D-1成分が、ガラス繊維、ガラス短繊維、ワラストナイトおよび炭素繊維からなる群より選ばれる少なくとも一種の繊維状無機充填材である請求項7記載の樹脂組成物。
・・・(略)・・・
【請求項11】
請求項1?10のいずれか一項に記載の樹脂組成物からなる成形品。」

1b 「【0091】
<成形品について>
本発明の樹脂組成物は、通常、前記の如く製造されたペレットを射出成形して各種成形品を製造することができる。更にペレットを経由することなく、押出機で溶融混練された樹脂を直接シート、フィルム、異型押出成形品、ダイレクトブロー成形品、および射出成形品にすることも可能である。
かかる射出成形においては、通常の成形方法だけでなく、適宜目的に応じて、射出圧縮成形、射出プレス成形、ガスアシスト射出成形、発泡成形(超臨界流体の注入によるものを含む)、インサート成形、インモールドコーティング成形、断熱金型成形、急速加熱冷却金型成形、二色成形、サンドイッチ成形、および超高速射出成形などの射出成形法を用いて成形品を得ることができる。これら各種成形法の利点は既に広く知られるところである。また成形はコールドランナー方式およびホットランナー方式のいずれも選択することができる。」

1c 「【0096】
実施例1?29、および比較例1?16
ビスフェノールAとホスゲンから界面縮重合法により製造されたポリカーボネート樹脂パウダーに、表1?表5記載の各種添加剤を各配合量で配合し、ブレンダーにて混合した後、ベント式二軸押出機((株)日本製鋼所製:TEX30α(完全かみ合い、同方向回転、2条ネジスクリュー))を用いて溶融混練しペレットを得た。添加剤はそれぞれ配合量の10倍の濃度で予めポリカーボネート樹脂パウダーとの予備混合物をヘンシェルミキサーを用いて作成した後、ブレンダーによる全体の混合を行った。押出条件は吐出量20kg/h、スクリュー回転数150rpm、ベントの真空度3kPaであり、また押出温度は第1供給口からダイス部分まで270℃とした。
・・・(略)・・・
【0099】
(B成分)
B-1:パーフルオロブタンスルホン酸カリウム金属塩(大日本インキ(株)製メガファックF-114P(商品名))
B-2:Si-H基およびフェニル基を含有する直鎖状シリコーン
【0100】
(B-2の製造)
攪拌機、冷却装置、温度計を取り付けた1Lフラスコに水301.9gとトルエン150gを仕込み、内温5℃まで冷却した。滴下ロートにトリメチルクロロシラン21.7g、メチルジクロロシラン23.0g、ジメチルジクロロシラン12.9およびジフェニルジクロロシラン76.0の混合物を仕込み、フラスコ内へ攪拌しながら2時間かけて滴下した。この間、内温を20℃以下に維持するよう、冷却を続けた。滴下終了後、さらに内温20℃で攪拌を4時間続けて熟成した後、静置して分離した塩酸水層を除去し、10%炭酸ナトリウム水溶液を添加して5分間攪拌後、静置して分離した水層を除去した。その後、さらにイオン交換水で3回洗浄し、トルエン層が中性になったことを確認した。このトルエン溶液を減圧下内温120℃まで加熱してトルエンと低沸点物を除去した後、濾過により不溶物を取り除いてシリコーン化合物B-1を得た。このシリコーン化合物B-1はSi-H量が0.21mol/100g、芳香族基量が49重量%、平均重合度が8.0であった。」

1d 「【0111】
本発明の樹脂組成物は、優れた難燃性、耐熱性を有するので、各種電子・電気機器、OA機器、車両部品、機械部品、その他農業資材、搬送容器、遊戯具および雑貨などの各種用途に有用である。」

甲1には、「樹脂混合物(A成分)」を含有する「樹脂組成物」における成分として、「リンおよび臭素を含有しない難燃剤(B成分)」(記載1aの請求項1)が記載され、具体的には「シリコーン化合物」(記載1aの請求項2)が例示される。また、他成分として、「繊維状無機充填材(D-1成分)」「からなる群より選ばれる少なくとも一種以上の強化充填材(D成分)」(記載1aの請求項7)が記載され、具体的には「炭素繊維」(記載1aの請求項8)が例示される。
そして、上記「樹脂組成物」からなる「成形品」が記載され(記載1aの請求項11)、その用途としては「各種電子・電気機器」等が示されており(記載1d)、具体的には「インサート成形」を用いて成形品を得ることができると記載されている(記載1b)。
してみると、甲1には、上記記載1aないし記載1dを整理すると、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「芳香族ポリカーボネート樹脂 0?99重量%および基板がポリカーボネート樹脂である光学ディスク粉砕物 1?100重量%からなる樹脂混合物100重量部に対し、シリコーン化合物からなる難燃剤0.001?8重量部、および炭素繊維からなる強化充填材1?100重量部を含有する樹脂組成物を用いてインサート成形することで得られる、各種電子・電気機器、OA機器などに有用な成形品。」

イ 甲5の記載事項

甲5には、上記「第5 2.(1)イ」の「記載5a」のとおり記載されている。

ウ 甲6の記載事項

甲6には、上記「第5 2.(1)ウ」の「記載6a」のとおり記載されている。

(2)対比・判断

ア 本件特許発明1について

本件特許発明1と甲1発明を対比する。

甲1発明における「芳香族ポリカーボネート樹脂 0?99重量%および基板がポリカーボネート樹脂である光学ディスク粉砕物 1?100重量%からなる樹脂混合物」は、本件特許発明1における「マトリックス樹脂」に相当し、甲1発明における「炭素繊維からなる強化充填材」は、本件特許発明1における「炭素繊維」に相当する。
甲1発明における「シリコーン化合物からなる難燃剤」として、具体的には「Si-H基およびフェニル基を含有する直鎖状シリコーン」が利用されるところ(記載1cの段落【0099】)、当該シリコーン化合物は「濾過により不溶物を取り除いて」得られることが記載されているから(記載1cの段落【0100】)、当該シリコーン化合物は、濾過可能な状態、すなわち、液体状態であると解される。そうすると、上記「シリコーン化合物からなる難燃剤」は、本件特許発明1における「オイル状のシリコーン化合物」に相当すると認められる。
各成分の分散、配合については、甲1発明には「含有」するとあるが、具体的には「ポリカーボネート樹脂パウダーに、・・・各種添加剤を各配合量で配合し、ブレンダーにて混合した後、ベント式二軸押出機・・・を用いて溶融混練」(記載1cの段落【0096】)することが記載され、炭素繊維、シリコーン化合物の分散及び配合が実現できていると考えられることから、本件特許発明1における「分散し、配合」に相当すると認められる。
シリコーン化合物の配合量に関し、甲1発明は、樹脂混合物100重量部に対し、0.001?8重量部であって、成形品の全量に対して、0.0009?7.3重量%となり、甲1発明と本件特許発明1とは重複している。
炭素繊維の配合量に関し、甲1発明は、樹脂混合物100重量部に対し、1?100重量部であって、成形品の全量に対して、0.9?50重量%となる。炭素繊維の配合量について、甲1発明は重量%で示され、本件特許発明1は体積%で示されているが、甲1発明が0.9?50重量%であり、本件特許発明1は10?70体積%であるから、両者が重複している可能性は高いと考えられる。
甲1発明の「強化充填材を含有する樹脂組成物を用いてインサート成形することで得られる、各種電子・電気機器、OA機器などに有用な成形品」における「成形品」は、樹脂組成物中に炭素繊維を強化充填材として含有するものであり、樹脂組成物は強化樹脂になっていると解されることから、本件特許発明1における「炭素繊維強化樹脂成形品」に相当する。

そうすると、甲1発明と本件特許発明1とは、以下の点で一致し、

「炭素繊維強化樹脂成形品であって、該樹脂成形品のマトリックス樹脂中に炭素繊維及び粒子状又はオイル状のシリコーン化合物が分散し、配合されてなり、
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?70体積%の量で配合されており、
前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として1?10重量%の量で配合されている、炭素繊維強化樹脂成形品。」

次の点で相違する。

<相違点1’>
本件特許発明1では、「炭素繊維強化樹脂成形品」が「金属部品と接触状態で使用される」こと、「前記金属部品は、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料から製造された物品」であることを特定しているのに対して、甲1発明にはそのような特定がされていない点。

<相違点2’>
本件特許発明1では、「導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること」と特定されているのに対して、甲1発明にはそのような特定がされていない点。

上記相違点1’について検討する。
甲1発明の「インサート成形することで得られる、各種電子・電気機器、OA機器などに有用な」ことは、インサート成形が樹脂及び他の物品を一体化して成形する方法であって、「各種電子・電気機器、OA機器」などの用途においてはインサート部材として金属を使用できることは周知(例えば、記載5a及び記載6a等参照。)であるといえる。
しかしながら、金属材料として、本件特許発明1の「鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料」を選択することは、甲5及び甲6には記載されていないし、周知技術であるともいえない。
仮に、当業者が金属材料として前記材料を選択することを想到し得るとしても、当該材料を選択した際に、本件特許発明1の「CFRPの特性を生かしつつ、導電性を有する液体(電解液)の存在下で、一体化複合構造体の金属部品の電食とそれによる腐食を防止もしくは抑制することができる」(本件特許明細書の【0013】)という効果は、甲1、甲5、甲6の記載事項及び周知技術をもってしても、当業者が予測し得るものではない。
したがって、相違点1’は、当業者が容易に想到し得ることではない。

上記相違点2’について検討する。
本件特許発明1の成形品の使用形態として、真空や絶乾のような特殊な状態は通常想定されず一般的な大気雰囲気で用いられるものと解されることから、甲1発明の成形品も、導電性を有する液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されるものでもある。すると、甲1発明における成形品を「各種電子・電気機器、OA機器」に使用することは、本件特許発明1における炭素繊維強化樹脂成形品を「導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること」ことに相当するものといえる。
したがって、相違点2’は実質的な相違点であるとはいえない。

よって、本件特許発明1は、相違点1’の点で、甲1発明と相違しており、相違点1’は、甲1、甲5、甲6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるともいえない。

したがって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1、甲5、甲6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

イ 本件特許発明2、3、7及び8について

本件特許発明2、3、7及び8は、本件特許発明1を引用するものであって、甲1発明との比較において、同様の相違点を有するから、本件特許発明1と同様に判断され、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1、甲5、甲6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

2.甲2に基づく特許法第29条第2項について

(1)甲2、甲5、甲7及び甲13の記載事項等

ア 甲2の記載事項及び甲2に記載された発明

甲2には、上記「第5 2.(1)ア」の「記載2a」ないし「記載2e」のとおり記載されており、「甲2発明」が記載されていると認める。

イ 甲5の記載事項

甲5には、上記「第5 2.(1)イ」の「記載5a」のとおり記載されている。

ウ 甲6の記載事項

甲6には、上記「第5 2.(1)ウ」の「記載6a」のとおり記載されている。

エ 甲7の記載事項

甲7には、上記「第5 2.(1)エ」の「記載7a」のとおり記載されている。

オ 甲13の記載事項

甲13には、上記「第5 2.(1)オ」の「記載13a」のとおり記載されている。

(2)対比・判断

ア 本件特許発明1について

本件特許発明1と甲2発明とは、上記「第5 2.(2)ア」の点で一致し、上記「第5 2.(2)ア」の相違点1ないし3の点で相違する。

上記相違点1について検討する。
まず、相違点1について、上記「第5 2.(2)ア」で述べたとおり、甲2発明の「制電性熱可塑性樹脂組成物からなる成形品」は、金属部品と接触状態で使用されることは明らかである。
しかしながら、金属材料として、本件特許発明1の「鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料」を選択することは、甲5ないし甲7及び甲13には記載されていない。
仮に、当業者が金属材料として前記材料を選択することを想到し得るとしても、当該材料を選択した際に、本件特許発明1の「CFRPの特性を生かしつつ、導電性を有する液体(電解液)の存在下で、一体化複合構造体の金属部品の電食とそれによる腐食を防止もしくは抑制することができる」(本件特許明細書の【0013】)という効果は、甲5ないし甲7、甲13の記載事項及び周知技術をもってしても、当業者が予測し得るものではない。
したがって、相違点1は、当業者が容易に想到し得ることではない。

相違点2は、上記「第5 2.(2)ア」で述べたとおり、実質的な相違点であるとはいえない。

上記相違点3について検討する。
甲2発明の「メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末」は、記載2cからみて、難燃助剤として使用されるシリコーン化合物である。
甲2発明において、難燃性の調整のために、「メタクリル基を含有するシリコーンゴム粉末」の配合量を増加させることはできるとしても、本件特許発明1の「CFRPの特性を生かしつつ、導電性を有する液体(電解液)の存在下で、一体化複合構造体の金属部品の電食とそれによる腐食を防止もしくは抑制することができる」(本件特許明細書の【0013】)という効果を予測し得るものではない。
したがって、相違点3は、当業者が容易に想到し得ることではない。

よって、本件特許発明1は、相違点1及び3の点で、甲2発明と相違しており、相違点1及び3は、甲2、甲5ないし甲7、甲13に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるともいえない。

したがって、本件特許発明1は、甲2、甲5ないし甲7、甲13に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

イ 本件特許発明2、3、7及び8について

本件特許発明2、3、7及び8は、本件特許発明1を引用するものであって、甲2発明との比較において、同様の相違点を有するから、本件特許発明1と同様に判断され、甲2、甲5ないし甲7、甲13に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

第7 むすび

以上のとおりであるから、取消理由によっては、本件特許発明1ないし3、7及び8に係る特許を取り消すことができない。
そして、他に本件特許発明1ないし3、7及び8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、本件特許発明4ないし6に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許発明4ないし6に対して、申立人がした特許異議の申立については、対象となる請求項が存在しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部品と接触状態で使用される炭素繊維強化樹脂成形品であって、該樹脂成形品のマトリックス樹脂中に炭素繊維及び粒子状又はオイル状のシリコーン化合物が分散し、配合されてなり、
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?70体積%の量で配合されており、
前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として1?10重量%の量で配合されており、
前記金属部品は、鉄、ステンレス、アルミニウム、亜鉛又はそれらの合金から選ばれる金属材料から製造された物品であり、
導電性を有する液体中で、あるいはそのような液体、水分又は湿気を含む雰囲気中で使用されること、を特徴とする炭素繊維強化樹脂成形品。
【請求項2】
前記炭素繊維は、該樹脂成形品の全量を基準として10?30体積%の量で配合されている、請求項1に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。
【請求項3】
前記シリコーン化合物は、該樹脂成形品の全量を基準として2?6重量%の量で配合されている、請求項1又は2に記載の炭素繊維強化樹脂成形品。
【請求項4】(削除)
【請求項5】(削除)
【請求項6】(削除)
【請求項7】
請求項1に記載の炭素繊維強化樹脂成形品と、該樹脂成型品に接着して配置された前記金属部品とが組み合わされて一体化されていることを特徴とする複合構造体。
【請求項8】
前記樹脂成型品の表面、凸部、凹部又は貫通部の少なくとも一つの部位に前記金属部品が接触状態を保って配置されている、請求項7に記載の複合構造体。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-08-29 
出願番号 特願2013-34682(P2013-34682)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 121- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 851- YAA (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 内田 靖恵  
特許庁審判長 小柳 健悟
特許庁審判官 原田 隆興
大島 祥吾
登録日 2016-04-28 
登録番号 特許第5924292号(P5924292)
権利者 株式会社デンソー
発明の名称 炭素繊維強化樹脂成形品及び複合構造体  
代理人 特許業務法人あいち国際特許事務所  
代理人 特許業務法人あいち国際特許事務所  

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