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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
管理番号 1333896
審判番号 不服2015-12373  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-06-30 
確定日 2017-10-26 
事件の表示 特願2013-243352「有機半導体材料、有機半導体膜、有機薄膜トランジスタ及び有機薄膜トランジスタの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 5月 1日出願公開、特開2014- 78730〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成18年6月28日に出願した特願2006-177814号の一部を平成25年11月25日に新たな特許出願としたものであって,その手続の経緯は以下のとおりである。
平成25年12月25日 手続補正書の提出
平成26年 1月10日 上申書の提出
平成26年11月12日 拒絶理由通知(起案日)
平成27年 1月19日 意見書及び手続補正書の提出
平成27年 3月25日 拒絶査定(起案日)
平成27年 6月30日 審判請求書及び手続補正書の提出
平成29年 1月27日 当審より拒絶理由通知(起案日)
平成29年 4月 3日 意見書及び手続補正書の提出
平成29年 4月26日 当審より拒絶理由通知(起案日)
平成29年 6月30日 意見書及び手続補正書の提出


第2 本願発明
本願の請求項1ないし2に係る発明は,平成29年6月30日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載される事項により特定されるとおりであって,そのうち,請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「一般式(k)で表される化合物を含有し,溶液プロセスにより基板上に有機半導体膜を塗布にて形成するために用いられることを特徴とする有機半導体膜形成用の溶液。
【化1】

(式中,XはSを表す。)」


第3 当審よりの拒絶理由通知の概要
平成29年4月26日付けで当審より通知した拒絶理由通知の概要は,次のとおりである。
「3 この出願は,下記の点で,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)

3 理由3について
下記の理由により,本願の請求項1,並びにその従属項である請求項2の各請求項に係る発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものとは認められない。
(1)本願の特許請求の範囲の請求項1の記載より,本願の請求項1に係る発明には,ベンゼン環に置換基がない「一般式(k)で表される化合物」を含有し,溶液プロセスにより基板上に有機半導体膜を塗布にて形成するために用いられる「有機半導体膜形成用の溶液」が含まれ得ると認められる。
しかし,上記の構成を備え,本願明細書に記載された「簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜・・・を提供する」(【0010】)との目的効果を達成する溶液は,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されておらず,また,当該技術分野における技術常識を参酌しても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から自明であるとも認められない。
そうすると,本願請求項1に記載の発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とは認められない。
そして,同様の理由により,本願請求項1を引用する,本願請求項2に係る発明も,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とは認められない。

(2)ア 本願の特許請求の範囲の請求項1の記載より,当該請求項に係る発明における「一般式(k)で表される化合物」には,「一般式(k)」で表される骨格構造でXを構成する原子の種類と,当該骨格構造のベンゼン環に結合する置換基の有無及び種類とに関し,多数の組み合わせが含まれ得ると認められる。
イ 他方,本願明細書の発明の詳細な説明において,実施例の記載より,「簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜・・・を提供することである。」(【0010】)との本願発明の目的効果を達成し得ると認められる,「一般式(k)」で表される骨格構造を有する化合物は,式(27),(35),(37),(39),(40),(42),(47)及び(49)で表される化合物だけである。
そして,本願明細書の発明の詳細な説明における実施例の記載によれば,比較例とされる式(C-1)で表される化合物と,本願発明の実施例とされる式(27),(35),(37),(39),(40),(42),(47)及び(49)で表される化合物とは,「一般式(k)」で表される骨格構造を有する点で共通し,骨格構造の末端のベンゼン環に結合する置換基の種類が異なるところ,前者の化合物では,本願発明の目的効果が達成されないのに対し,後者の化合物群では,いずれも,本願発明の目的効果が達成されるから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載より,本願発明の目的効果が達成されるか否かは,有機半導体膜に含有される化合物の骨格構造だけでなく,骨格構造のベンゼン環に結合される置換基の有無及び種類も関係すると認められる。
そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願の特許請求の範囲の請求項1の記載に含まれ得る,「一般式(k)」で表される骨格構造のベンゼン環に結合される置換基の有無及び種類のうち,その一部について,本願発明の目的効果が達成されることが記載されているにとどまり,本願の特許請求の範囲の請求項1の記載に含まれ得る,上記の置換基の有無及び種類の全てについて,本願発明の目的効果が達成されることが記載されているとはいえない。
……(中略)……
エ 上記アのとおり,本願の請求項1に係る発明における「一般式(k)で表される化合物」には,「一般式(k)」で表される骨格構造でXを構成する原子の種類と,骨格構造のベンゼン環に結合する置換基の有無及び種類とに関し,多数の組み合わせが含まれ得ると認められるところ,上記イ及びウより,本願明細書の発明の詳細な説明には,上記の組み合わせの一部について,本願発明の目的効果が達成されることが記載されているにとどまり,当該技術分野における技術常識を参酌しても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,上記の組み合わせ全てについて,本願発明の目的効果の達成が可能であることを認識できるとは認められない。
そうすると,本願請求項1に記載の発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とは認められない。
そして,同様の理由により,本願請求項1を引用する,本願請求項2に係る発明も,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とは認められない。」


第4 当審の判断
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)10042号)「偏光フィルムの製造法」大合議判決を参照。) 。
以下,上記の観点に立って,本件のサポート要件について検討する。

1 本願発明の構成について
(1)本願発明の「有機半導体膜形成用の溶液」は「一般式(k)で表される化合物を含有」するところ,一般に「一般式(k)で表される化合物」という記載は,「一般式(k)」で特定される物質そのものを意味する。

(2)加えて,平成29年6月30日に提出された手続補正書により特許請求の範囲の記載が補正される前の,平成29年4月3日に提出された手続補正書においては,請求項1には,「一般式(k)で表される化合物を含有し,溶液プロセスにより基板上に有機半導体膜を塗布にて形成するために用いられることを特徴とする有機半導体膜形成用の溶液。
【化1】

(式中,XはS,Se,SO_(2),O,N(R_(3)),Si(R_(3))R_(4)またはC(R_(3))R_(4)を表し,R_(3),R_(4)は水素原子またはアルキル基,シクロアルキル基,アリール基,芳香族複素環基,複素環基,アルコキシル基,シクロアルコキシル基,アリールオキシ基,アルキルチオ基,シクロアルキルチオ基,アリールチオ基から選ばれた置換基を表すが,Xはそれぞれ異なってもよい。ベンゼン環にアルキル基,アルキル基が置換したシリルエチニル基,アルキル基が置換したアリール基,アルキルシリルエチニル基が置換したアリール基,アルキル基が置換した芳香族複素環基,アルコキシル基,シクロアルコキシル基,アルキル基が置換したアリールオキシ基,アルキルチオ基,シクロアルキルチオ基,アルキル基が置換したアリールチオ基,アルコキシカルボニル基,アルキル基が置換したアリールオキシカルボニル基,アルキルスルファモイル基,アルキルカルボニル基,アルキルカルボニルオキシ基,アルキルカルボニルアミノ基,アルキルカルバモイル基,アルキルウレイド基,アルキルスルフィニル基,アルキルスルホニル基,アルキル基が置換したアリールスルホニル基,アルキルアミノ基,フルオロアルキル基,トリフルオロアルキル基,ペンタフルオロアルキル基,アルキルシリル基,アルキルアリールエチニル基,アルキル基が置換したジチエニル基,ナフチル基,ベンゾチエノ基,ビフェニル基から選ばれた置換基を有してもよい。)」と記載されていた。
したがって,平成29年6月30日に提出された手続補正書においては,前記「ベンゼン環にアルキル基,アルキル基が置換したシリルエチニル基,アルキル基が置換したアリール基,アルキルシリルエチニル基が置換したアリール基,アルキル基が置換した芳香族複素環基,アルコキシル基,シクロアルコキシル基,アルキル基が置換したアリールオキシ基,アルキルチオ基,シクロアルキルチオ基,アルキル基が置換したアリールチオ基,アルコキシカルボニル基,アルキル基が置換したアリールオキシカルボニル基,アルキルスルファモイル基,アルキルカルボニル基,アルキルカルボニルオキシ基,アルキルカルボニルアミノ基,アルキルカルバモイル基,アルキルウレイド基,アルキルスルフィニル基,アルキルスルホニル基,アルキル基が置換したアリールスルホニル基,アルキルアミノ基,フルオロアルキル基,トリフルオロアルキル基,ペンタフルオロアルキル基,アルキルシリル基,アルキルアリールエチニル基,アルキル基が置換したジチエニル基,ナフチル基,ベンゾチエノ基,ビフェニル基から選ばれた置換基を有してもよい。」という記載を削除したことで,ベンゼン環にアルキル基等の置換基を有しているものを積極的に除外したと認められる。

(3)したがって,本願発明は,「一般式(k)で表される化合物」,すなわち,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表され,ベンゼン環に置換基を有しない「化合物」を含有し,「溶液プロセスにより基板上に有機半導体膜を塗布にて形成するために用いられることを特徴とする有機半導体膜形成用の溶液」であると認められる。

2 本願明細書及び図面の記載
他方,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面には,発明が解決しようとする課題,その課題解決手段と効果,及び,実施の形態について,以下の記載がある(下線は,参考のため,当審において付したもの。)。
(1)発明が解決しようとする課題について
「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり,本発明の目的は,簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜,該有機半導体膜を用いた有機薄膜トランジスタ(以下,TFTともいう。),及び該有機薄膜トランジスタの製造方法を提供することである。」

(2)課題を解決するための手段について
「【0012】
1.一般式(k)で表される化合物を含有し,溶液プロセスにより基板上に有機半導体膜を塗布にて形成するために用いられることを特徴とする有機半導体膜形成用の溶液。
【化1】

(式中,XはSを表す。)
【0014】
2.有機溶媒として,エーテル系溶媒,ケトン系溶媒,脂肪族炭化水素系溶媒,芳香族系溶媒,脂肪族ハロゲン化炭化水素系溶媒,芳香族ハロゲン化炭化水素系溶媒,N-メチルピロリドン,二硫化炭素から選ばれる1種類あるいは2種類以上を含むことを特徴とする前記1記載の有機半導体膜形成用の溶液。」

(3)発明の効果について
「【発明の効果】
【0028】
本発明により,簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜,該有機半導体膜を用いた有機薄膜トランジスタ(以下,TFTともいう。),及び該有機薄膜トランジスタの製造方法を提供することができた。」

(4)発明を実施するための最良の形態について
ア 「【0042】
本発明の有機半導体材料は,前記一般式(2)または(3)で表される化合物であることが好ましい。
【0043】
これらの例としては下記の化合物が挙げられるが,本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】

【0045】

【0046】

【0047】

【0048】

【0049】

【0050】

【0051】

【0052】

【0053】

【0054】



イ 「【0055】
《有機溶媒》
本発明に係る有機溶媒は,本発明の有機半導体材料を溶解して適切な濃度の溶液が調製できるものであれば格別の制限はないが,ジエチルエーテルやジイソプロピルエーテル等の鎖状エーテル系溶媒,テトラヒドロフランやジオキサンなどの環状エーテル系溶媒,アセトンやメチルエチルケトン等のケトン系溶媒,クロロホルムや1,2-ジクロロエタン等の脂肪族ハロゲン化炭化水素系溶媒,トルエン,o-ジクロロベンゼン,ニトロベンゼン,m-クレゾール等の芳香族系溶媒,ヘキサンやシクロヘキサン等の脂肪族炭化水素系溶媒,N-メチルピロリドン,2硫化炭素等を挙げることができる。
……(中略)……
【0062】
《有機薄膜トランジスタ》
有機薄膜トランジスタは,支持体上に有機半導体チャネル(活性層)で連結されたソース電極とドレイン電極を有し,その上にゲート絶縁層を介してゲート電極を有するトップゲート型と,支持体上に先ずゲート電極を有し,ゲート絶縁層を介して有機半導体チャネルで連結されたソース電極とドレイン電極を有するボトムゲート型に大別される。本発明の有機薄膜トランジスタは,これらトップゲート型またボトムゲート型のいずれでもよく,またその形態を問わない。
【0063】
本発明において,有機半導体層を形成する方法としては,真空蒸着により形成する蒸着プロセス,あるいはキャストコート,ディップコート,スピンコート等の塗布法やインクジェット印刷,スクリーン印刷等の印刷法等に代表される溶液プロセス等が挙げられるが,本発明では溶液プロセスにより基板上に有機半導体膜を形成することが好ましい。中でも,ドロップキャストコートにより室温あるいは室温以上に加熱した基板上に有機半導体溶液を塗布する方法が,有機半導体の配向性向上あるいは結晶性膜成長を促進する上でより好ましい。」

ウ 「【実施例】
【0105】
以下,実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが,本発明はこれらに限定されるものではない。
【0106】
実施例1
《有機薄膜トランジスタ素子の作製》
図1(f)に記載の層構成を有する有機薄膜トランジスタ素子(以下,TFT素子と呼ぶ)1を作製した。
【0107】
まず,ゲート電極4としての比抵抗0.02Ω/cmのSiウエハーに厚さ2000Åの熱酸化膜を形成してゲート絶縁層5とした。以下,これを基板と呼ぶ。
【0108】
基板を窒素雰囲気下,ホットプレート上で加熱しながら,基板上に比較化合物(C-1)の0.1%トルエン溶液を滴下し,塗布膜(厚さ50nm)を形成した。更にこの膜の表面にマスクを用いて金を蒸着して,ソース及びドレイン電極を形成した。ソース及びドレイン電極は幅100μm,厚さ200nmで,チャネル幅W=3mm,チャネル長L=20μmのTFT素子1を作製した。
【0109】
比較化合物(C-1)を比較化合物(C-2)(ペンタセン,アルドリッチ社製市販試薬を昇華精製して用いた)に代えた他は,TFT素子1と同様の方法でTFT素子2を作製した。
【0110】

【0111】
更に比較化合物(C-1)を表1に示した本発明に係る例示化合物に代えた他は,TFT素子1と同様の方法で,TFT素子3?15を作製した。
【0112】
《TFT素子の評価》
(トランジスタ特性)
以上のように作製したTFT素子1?15は,pチャンネルのエンハンスメント型FETの動作特性を示した。それぞれのTFT素子について,I-V特性の飽和領域からキャリア移動度を求め,更にON/OFF比(ドレインバイアス-40Vとし,ゲートバイアス-50V及び0Vにしたときのドレイン電流値の比率)を求め,結果を表1に示した。また,25℃,湿度45%の条件下で1ヶ月放置したとき,及び50℃,湿度60%の条件下で1ヶ月放置したとき,それぞれのキャリア移動度及びON/OFF比についても評価し,表1に示した。
【0113】
【表1】

【0114】
表1より,本発明の有機半導体材料を有機半導体層に用いた有機薄膜トランジスタは,比較に比べて,移動度が高く,溶液プロセス適性に優れ,大気中での経時劣化を抑える効果,特に高温,高湿度下における経時劣化を抑える効果が大きいことが分かった。一方,比較化合物(C-1),あるいは(C-2)を有機半導体層に用いた場合では,溶液プロセスによる均一な結晶性薄膜を形成し難く,素子作成直後においても望ましいトランジスタ特性を得ることはできなかった。」

3 本願明細書及び図面に記載された事項
(1)発明が解決しようとする課題
第4の2(1)から,本願に係る発明が解決しようとする課題は,「簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜」を提供することであると認められる。

(2)課題を解決するための手段及び実施形態として記載された事項
ア 本願明細書の段落【0012】には,第4の2(2)のとおり,本願の請求項1と同一の構成が「課題を解決するための手段」として記載されている。
しかし,前記段落【0012】の記載は,本願の請求項1の記載と同様に,平成29年6月30日に提出された手続補正書により補正されたものである。

イ 本願明細書の段落【0042】?【0054】には,第4の2(4)アのとおり,式(1)?(55)で表される化合物は「本発明の有機半導体材料」として「好ましい」ことが記載されている。
しかしながら,式(1)?(55)で表される化合物が如何なる理由から「本発明の有機半導体材料」として「好ましい」のかは記載されておらず,また,前記式(1)?(55)で表される化合物のなかに,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環に置換基を有しない「化合物」は存在しない。
そして,段落【0043】には「これらの例としては下記の化合物が挙げられるが,本発明はこれらに限定されるものではない。」と記載されているが,前記式(1)?(55)で表される化合物以外の具体的にどのような材料が,「本発明の有機半導体材料」として「好ましい」のか,本願明細書には記載されていない。

ウ 一方,本願明細書の段落【0105】?【0114】には,第4の2(4)ウのとおり,【実施例】として,前記式(1)?(55)で表される化合物のうち,式(3),(4),(10),(15),(19),(27),(35),(42),(40),(39),(37),(49)及び(47)で表される化合物と,加えて「比較化合物(C-1)」と「比較化合物(C-2)」とをそれぞれ含有する塗布膜を用いて有機薄膜トランジスタを作成し,それぞれのトランジスタについて,25℃,湿度45%の条件下で1ヶ月放置したとき,及び50℃,湿度60%の条件下で1ヶ月放置したときのキャリア移動度及びON/OFF比を評価したこと,その結果,前記式(3),(4),(10),(15),(19),(27),(35),(42),(40),(39),(37),(49)及び(47)で表される化合物を有機半導体層の塗布膜に用いた有機薄膜トランジスタは,各「比較化合物」を用いた場合と比べて,移動度が高く,溶液プロセス適性に優れ,大気中での経時劣化を抑える効果,特に高温,高湿度下における経時劣化を抑える効果が大きいことが分かったこと,が記載されている。
ここで,【実施例】として用いた前記式(3),(4),(10),(15),(19),(27),(35),(42),(40),(39),(37),(49)及び(47)で表される化合物のうち,式(27),(35),(42),(40),(39),(37),(49)及び(47)で表される化合物は,第4の2(4)アの段落【0044】?【0054】の記載から,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環の水素が当該各式で示される置換基で置換された「化合物」である。
そして,前記「比較化合物(C-1)」は,本願明細書の段落【0110】の記載から,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環の水素がフェニル基で置換された「化合物」であるところ,本願明細書の段落【0113】に記載される表1には,前記「比較化合物(C-1)」を有機半導体層に用いると,前記式(27),(35),(42),(40),(39),(37),(49)及び(47)で表される化合物を用いた場合と比べて,移動度とON/OFF比は,素子作成直後からきわめて小さく,1ヶ月放置後は測定不能なほど劣化したことが記載されている。

4 検討
(1)本願明細書の段落【0012】の記載は,平成29年6月30日に提出された手続補正書により補正されたものであって,本願明細書における【課題を解決するための手段】の記載を,当該手続補正書により補正された請求項1の記載と整合させたものにすぎない。

(2)一方,段落【0043】には「これらの例としては下記の化合物」すなわち式(1)?(55)で表される化合物に「限定されるものではない。」と記載されているが,前記式(1)?(55)で表される化合物以外の具体的にどのような材料が,本願発明の「有機半導体膜」に含有される化合物として好ましいのか,本願明細書には何ら記載されておらず,当業者に自明な事項であるとも認められない。
したがって,第4の3(2)イ?ウから,本願明細書の発明の詳細な説明には,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環に置換基を有しない「化合物」が,第4の3(1)で指摘した「簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜」を提供するという課題を解決できることは,記載されていない。

(3)また,第4の3(2)ウから,本願明細書の【実施例】においては,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環に置換基を有しない「化合物」を含有する有機半導体膜形成用の溶液を用いることさえも,何ら記載されていない。
本願明細書の【実施例】に記載されているのは,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される骨格構造を有する「化合物」においては,前記「一般式(k)」におけるベンゼン環の水素が,式(27),(35),(42),(40),(39),(37),(49)及び(47)で示される特定の置換基で置換された場合は第4の3(1)で指摘した前記課題を解決できるが,前記「一般式(k)」におけるベンゼン環の水素がフェニル基で置換された場合は前記課題を解決できないということである。

(4)したがって,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環に置換基を有しない「化合物」が,第4の3(1)で指摘した課題を解決できることは,本願明細書の発明の詳細な説明には,記載も示唆もされていない。

(5)これに対して,審判請求人は,平成29年6月30日に提出された意見書において,平成29年4月26日付けの拒絶理由通知で指摘した「理由3」について,「(1)分割要件について」でした説明を援用して,
ア「比較化合物C-1のフェニル基は,前回の意見書で説明したように,分子における平面性の高いπ共役系を拡張してπ-πスタッキング相互作用による会合体形成(凝集)を促進し,溶解性を低下させることが技術常識である。一方,実施例化合物のアルキル基は,分子における平面性を破壊することが明らかであるから,π-πスタッキング相互作用による会合体形成(凝集)を阻害し,溶解性を向上させることが自明である。
従って,技術常識を参酌すれば,「ベンゼン環に置換基がない一般式(k)で表される化合物」の溶解性は,溶解性に乏しいフェニル基を有する比較化合物C-1と,溶解性に優れるアルキル基を有する実施例化合物との中間である。
……(中略)……
ベンゼン環に置換基がない一般式(k)で表される化合物は,上述したように,アルキル基を有する化合物との対比で溶解性に多少劣るため,原出願では特許請求の範囲には記載しなかった。」
イ「原出願の審査において,技術常識として,「・・・置換基の種類や位置によってイオン化ポテンシャルが低くなり,当該有機化合物が酸化を受けやすくなり経時安定性が低下する場合が有り得ることは,技術常識である。」(原出願に対する拒絶理由通知書:平成24年3月12日起案)と指摘された。
かかる技術常識を参酌すれば,ベンゼン環に置換基を有しない一般式(k)で表される化合物は,経時安定性を低下させる原因になる「イオン化ポテンシャル」が低くなり得るような置換基をそもそも有しない。更に,溶解性の面でも,ベンゼン環に置換基を有しない一般式(k)で表される化合物は,比較化合物C-1よりも優れることから,ウェットプロセスに適していることが自明である。」,及び,
ウ「従って,技術常識を参酌して,原出願明細書より,ベンゼン環に置換基がない一般式(k)で表される化合物の溶液によって,合議体が指摘する「簡便なウェットプロセスで製造でき,トランジスタ特性に優れ,大気中あるいは高温,高湿度下においても経時安定性に優れた有機半導体材料,該有機半導体材料を含む有機半導体膜・・・を提供する」(【0010】)との目的効果が達成されることは自明である。」,
と主張している。
そして,上記各主張を裏付ける証拠については,上記アに「比較化合物C-1のフェニル基は,前回の意見書で説明したように……溶解性を低下させることが技術常識である。」と記載されるように,平成29年4月3日に提出された意見書の第2の3(1)ウの「原出願時において,平面性の高いπ共役系が大きくなれば,π-πスタッキング相互作用による会合体形成(凝集)を生じ易くなり,溶解性が低下することが技術常識である。」ことを示す甲第1?3号証しか提示されていない。

(6)しかしながら,本願明細書には,第4の4(3)で指摘したように,「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される骨格構造を有する「化合物」においては,ベンゼン環の水素が置換される置換基の種類によって第4の3(1)で指摘した課題を解決できるかどうかが決まることが記載されているだけであって,置換基をそもそも有しない「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される「化合物」が第4の3(1)で指摘した課題を解決できることは記載も示唆もされていない。
そして,上記(5)アの主張について,審判請求人が提示したのは,フェニル基が溶解性を低下させる置換基であることを示す証拠だけであって,具体的に如何なる「技術常識」によれば,「「ベンゼン環に置換基がない一般式(k)で表される化合物」の溶解性は,溶解性に乏しいフェニル基を有する比較化合物C-1と,溶解性に優れるアルキル基を有する実施例化合物との中間である」ことが本願明細書に記載がなくても当業者には自明であるといえるのか,不明である。
上記(5)イの主張については,審判請求人は「かかる技術常識を参酌すれば,ベンゼン環に置換基を有しない一般式(k)で表される化合物は,経時安定性を低下させる原因になる「イオン化ポテンシャル」が低くなり得るような置換基をそもそも有しない」から,「溶解性の面でも,ベンゼン環に置換基を有しない一般式(k)で表される化合物は,比較化合物C-1よりも優れることから,ウェットプロセスに適していることが自明である。」ことと同様に,経時安定性でも優れていると主張していると解される。しかしながら,平成24年3月12日起案の原出願に対する拒絶理由通知書で指摘したのは「置換基の種類や位置によって……経時安定性が低下する場合が有り得ることは,技術常識である」ということにすぎない。したがって,具体的に如何なる「技術常識」を参酌すれば,ベンゼン環に置換基を有しない一般式(k)で表される化合物が,溶解性及び経時安定性で,フェニル基を有する比較化合物C-1より優れていることが本願明細書に記載がなくても当業者には自明であるといえるのか,不明である。
すなわち,上記(5)ウの主張の根拠となる「技術常識」が如何なるものか不明であるので,審判請求人の主張に基づけば,ベンゼン環に置換基を有しない「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される化合物は,前記第4の3(1)で指摘した課題を解決できるとはいえない。
したがって,前記ベンゼン環に置換基を有しない「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される化合物が前記第4の3(1)で指摘した課題を解決できることを,具体的な技術的根拠を示さずに,比較化合物C-1等を用いて間接的に説明しようとする審判請求人の主張は当を得ておらず,採用することができない。

(7)以上から,本願明細書の発明の詳細な説明の記載により,ベンゼン環に置換基を有しない「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される化合物が第4の3(1)で指摘した課題を解決できることを当業者が認識できるとは認められず,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。

(8)なお,審判請求人は,平成29年6月30日に提出された意見書において,「(1)分割要件について」でした説明を援用して,「「ベンゼン環に置換基がない一般式(k)で表される化合物」は,置換基が導入される基礎となる化合物であり」と主張している。
そこで,仮に本願発明の「一般式(k)で表される化合物」が,「置換基が導入される基礎となる化合物」すなわち「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される骨格構造を有する「化合物」を意味するとした場合について,以下で検討する。

第4の1(2)で指摘したとおり,本願発明の「一般式(k)で表される化合物」は,平成29年4月3日に提出された手続補正書により補正された請求項1の「一般式(k)で表される化合物」から,「ベンゼン環にアルキル基,アルキル基が置換したシリルエチニル基,アルキル基が置換したアリール基,アルキルシリルエチニル基が置換したアリール基,アルキル基が置換した芳香族複素環基,アルコキシル基,シクロアルコキシル基,アルキル基が置換したアリールオキシ基,アルキルチオ基,シクロアルキルチオ基,アルキル基が置換したアリールチオ基,アルコキシカルボニル基,アルキル基が置換したアリールオキシカルボニル基,アルキルスルファモイル基,アルキルカルボニル基,アルキルカルボニルオキシ基,アルキルカルボニルアミノ基,アルキルカルバモイル基,アルキルウレイド基,アルキルスルフィニル基,アルキルスルホニル基,アルキル基が置換したアリールスルホニル基,アルキルアミノ基,フルオロアルキル基,トリフルオロアルキル基,ペンタフルオロアルキル基,アルキルシリル基,アルキルアリールエチニル基,アルキル基が置換したジチエニル基,ナフチル基,ベンゾチエノ基,ビフェニル基から選ばれた置換基を有して」いるという限定を削除を削除したものである。
そうすると,本願発明の「一般式(k)で表される化合物」が「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される骨格構造を有する「化合物」を意味するとした場合は,前記「置換基」に対する限定が削除されたことにより,前記「一般式(k)」におけるベンゼン環の水素が置換される置換基の種類は限定されないものと認められる。
したがって,上記の場合,本願発明の前記「一般式(k)で表される化合物」は,本願明細書の段落【0109】?【0110】に記載された「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)におけるベンゼン環の水素がフェニル基で置換された「化合物」である「比較化合物(C-1)」を包含することは明らかである。
よって,第4の4(3)の検討から,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願の特許請求の範囲の請求項1の記載に含まれ得る「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される骨格構造を有する「化合物」のうち,その一部について,第4の3(1)で指摘した課題を解決できることが記載されているにとどまり,本願の特許請求の範囲の請求項1の記載に含まれ得るすべての「一般式(k)」(式中,XはSを表す。)で表される骨格構造を有する「化合物」について,第4の3(1)で指摘した課題を解決できることが記載されているとはいえない。

(9)以上の(1)?(8)より,本願発明は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載により,当業者が本願に係る発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないから,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。


第5 結言
以上のとおり,本願の請求項1に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものではないから,本願は,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって,本願の他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-08-23 
結審通知日 2017-08-29 
審決日 2017-09-11 
出願番号 特願2013-243352(P2013-243352)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 聡一郎岩本 勉  
特許庁審判長 矢頭 尚之
特許庁審判官 鈴木 匡明
加藤 浩一
発明の名称 有機半導体材料、有機半導体膜、有機薄膜トランジスタ及び有機薄膜トランジスタの製造方法  
代理人 丸山 英一  
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