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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12P
管理番号 1334258
審判番号 不服2016-5771  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-04-19 
確定日 2017-11-09 
事件の表示 特願2012-513834「微生物触媒を用いたアクリルアミドの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成23年11月10日国際公開、WO2011/138966〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成23年5月6日(優先権主張 平成22年5月6日)の出願であって、その請求項1?2に係る発明は、平成29年3月24日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?2に記載されたとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明は、次のとおりのものと認める(以下、「本願発明」という。)。
「【請求項1】ロドコッカス属又はシュードノカルディア属に属する微生物由来のニトリルヒドラターゼを含有する生体触媒を用いて、アクリロニトリルからアクリルアミドを製造する方法において、
アクリロニトリルを貯蔵するための貯蔵タンクの上部に設けられた散水リングから散水される冷却水によりアクリロニトリルが30℃未満となるように冷却しつつ1日以上保管する工程、及び
アクリロニトリルと生体触媒とを混合し、アクリルアミドを生成する工程を含み、
前記アクリロニトリルと生体触媒とを混合し、アクリルアミドを生成する工程が、0.5?15重量%の濃度のアクリロニトリルと、反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50?200Uの活性を有する生体触媒とを混合し、アクリルアミドを生成する工程である、前記方法。」

2.当審における拒絶理由
一方、当審において平成29年1月24日付けで通知した拒絶理由の概要は、請求項1に係る発明は、本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献1?3、6?8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

3.引用文献の記載事項
当審の拒絶理由で引用文献1として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物である国際公開第02/50297号(以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている(下線は合議体による。)。

ア.「1.微生物触媒を用いてニトリル化合物からアミド化合物を製造する方法において、反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50U以上のニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を包括固定化しないで水性媒体中でニトリル化合物と接触させることを特徴とする、アミド化合物の製造方法。
2.反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50U以上のニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物が、ノカルディア(Nocardia)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、バチルス(Bacillus)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、アシネトバクター(Acinetobacter)属、キサントバクター(Xanthobacter)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属、リゾビウム(Rhizobium)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、エルウィニア(Erwinia)属、エアロモナス(Aeromonas)属、シトロバクター(Citrobacter)属、アクロモバクター(Achromobacter)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属及びシュードノカルディア(Pseudonocardia)属の群から選択される少なくとも1種である、請求の範囲第1項に記載のアミド化合物の製造方法。
・・・・・・・・・・・・・・・
4.ニトリル化合物が、アクリロニトリル又はシアノピリジンである請求の範囲第1項?第3項のいずれか1項に記載のアミド化合物の製造方法。」(特許請求の範囲)

イ.「アミド化合物の製造においても、ニトリル化合物からアミド化合物に変換する酵素、ニトリルヒドラターゼが見出されて以来、盛んに生体触媒の利用が検討されている(特開平11-123098号、特開平7-265091号、特公昭56-38118号、特開平11-89575号公報記載)。
・・・・・・・・・・・・・・・
一方、生体触媒は熱に対して安定性が低いため、低温で反応させざるを得ず、結果的に触媒当たりの反応速度が低くなる。そのため、生体触媒を利用して化合物を工業生産する場合には、反応槽内の触媒濃度を高くする必要がある。」(第1頁第14行?第2頁第20行)

ウ.「本発明で使用する微生物は、反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50U以上のニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物であればいずれでも良い。例えば、バチルス(Bacillus)属、バクテリジューム(Bacteridium)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属〔特公昭 62-21519号〕、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ノカルディア(Nocardia)属〔特公昭56-17918号〕、シュードモナス(Pseudomonas)属〔特公昭59-37951号〕、ミクロバクテリウム(Microbacterium)属〔特公平4-4873号〕、ロドコッカス(Rhodococcus)属〔特公平4-4873号、特公平6-55148号、特公平7-40948号〕、アクロモバクター(Achromobacter)属〔特開平6-225780〕、シュードノカルディア(Pseudonocardia)属〔特開平9-275978号〕に属する微生物が好ましい。さらには、ロドコッカス(Rhodococcus)属細菌がより好ましい。
・・・・・・・・・・・・・・・
本発明でいう酵素活性の単位U(ユニット)とは、1分間にニトリル化合物から対応するアミド化合物を1マイクロモル生成させることを意味する。ここでいう酵素活性とは、製造に使用するニトリル化合物を用いて測定した酵素活性測定値のことである。
酵素活性の測定方法は、直径30mmの試験管に、その酵素の至適pH(例えばpH7)に調整した50mMのリン酸バッファー5mLを入れ、その中に培養後洗浄した菌体を乾燥重量として2mg懸濁し、10℃の水槽中で振盪する。約5分経過後、予め調整し10℃条件下においていた至適pHに調整した1?5%のニトリル化合物を含むリン酸バッファーを添加する。任意の反応時間後に生成したアミド化合物の濃度を、ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィー等の分析機器等で測定し、酵素活性を算出する。
反応時間は、反応終了時に、反応速度が低下しない濃度のニトリル化合物が反応液中に残っており、且つ生成するアミド化合物濃度が十分に精度良く測定できる濃度にまで生成している様に設定する。
本発明は、酵素活性が乾燥菌体1mg当たり10℃で50U以上の微生物菌体を用いた場合に効果的であるが、80U以上、更には100U以上の微生物菌体を使用した場合には、より効果的である。
本発明でいうニトリル化合物とは、ニトリルヒドラターゼの作用により対応するアミド化合物に変換されるニトリル化合物であり、例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、サクシノニトリル、アジポニトリルで例示される脂肪族飽和ニトリル、アクリロニトリル、メタクリロニトリルで例示される脂肪族不飽和ニトリル、ベンゾニトリル、フタロジニトリルで例示される芳香族ニトリルおよび3-シアノピリジン、2-シアノピリジンで例示される複素環式ニトリルが挙げられる。ニトリル化合物の化学的物理的性質、ニトリルヒドラターゼ酵素の基質特異性、産業的工業的観点から、アクリロニトリル、シアノピリジンが本発明の対象として好適である。」(第4頁第13行?第6頁第12行)

エ.「〔実施例1〕 (水性媒体中微生物菌体によるアクリルアミドの製造)
・・・・・・・・・・・・・・・
(2)ニトリルヒドラターゼ活性の測定
直径30mmの試験管に50mMリン酸バッファー(pH7.7)4.98mlに20μLの菌体懸濁液を添加混合し、10℃の水槽中にて5分間振盪させた。これに予め10℃にしておいた5.0%のアクリロニトリルを含む50mMリン酸バッファー(pH7.7)5mlを加えて、10分間反応させ、菌体を濾別してから、ガスクロマトグラフィー(GC-14B 島津製作所)で生成したアクリルアミドを定量することにより行った。分析条件はパラボックスPS(ウォーターズ社製カラム充填剤)を充填した1mガラスカラムを用い、カラム温度230℃、検出器は250℃のFIDで実施した。その結果、アクリルアミド1.2%生成していた。1Uが、反応温度10℃、反応時間1分間に1マイクロモルのアクリロニトリルをアクリルアミドへ変換させる量と定義した場合、本菌体のアクリロニトリルからアクリルアミドへの変換活性は、乾燥菌体1mg当たり10℃で56Uであった。
(3)アクリロニトリルからアクリルアミドへの反応
1Lのジャケット付きセパラブルフラスコに、50mM(pH7.7)のトリス(2-アミノ-2-ヒドロキシメチル-1,3-プロパンジオール)塩酸バッファーを664g入れ、これに先に得た菌体懸濁液を乾燥菌体重量が90mgとなるように添加した。これを、180rpm撹拌下18℃で、アクリロニトリル濃度が常に2%となるように連続的にアクリロニトリルを添加した。
その結果、アクリロニトリルの添加開始から25時間で生成したアクリルアミド濃度が目的の45%となった。」(実施例1)

オ.「〔実施例2〕 (水性媒体中微生物菌体によるアクリルアミドの製造)
(1)菌の培養
特開平2-177883号の実施例に記載された方法を用いて、Pseudomonas chlororaphis B23(FERM BP-187)菌を培養した。この菌体のアクリロニトリルからアクリルアミドへの変換活性を実施例1と同様にpH7.7にて測定したところ乾燥菌体1mg当たり10℃で90Uであった。
(2)アクリロニトリルからアクリルアミドへの反応
内容積が1Lのジャケット付きセパラブルフラスコに、50mM(pH7.7)のリン酸バッファーを850mL、菌体を乾燥菌体重量として0.4g添加し、3℃撹拌条件下でアクリロニトリルが常に2%となるように連続的に添加して反応を実施した。
3時間後、アクリルアミド濃度が目的の20%に達していた。」(実施例2)

当審の拒絶理由で引用文献2として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物である特公昭49-34641号公報(以下、「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている(下線は合議体による。)。

カ.「スチレン、アクリロニトリル、α-メチルスチレン等、常温で液状の重合し易い物質は、貯蔵中に容易に重合してポリマーとなり、この重合に当って相当大きな重合熱を出し、・・・・・・従って、かかる重合を避けるために貯蔵に当って重合禁止剤を添加し、更に安全を期すためにタンクを冷却するのが通常である。タンクの冷却法としては、従来タンクの外側に撒水する方法、タンク内の液の一部をポンプで抜き出し冷媒により間接冷却後タンクに戻す方法、あるいはタンク内に冷却用コイルを設け、これに冷媒を通して冷却する等の方法が行なわれてきた。」(第1欄第21行?第34行)

キ.「実施例 スチレンのタンク3基を使用し、本発明の実施効果を3年間にわたり調査した。貯蔵液の平均温度は15℃ないし23℃の間にあるように調整した。・・・・・・」(実施例)

ク.「1 常温で液状かつ重合禁止剤含有易重合性物質を大気温度より低い温度でタンクに貯蔵するに当り、・・・・・・重合性物質の貯蔵方法。」(特許請求の範囲)

当審の拒絶理由で引用文献3として引用した、本願優先日前に頒布された刊行物である特開昭56-1888号公報(以下、「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている(下線は合議体による。)。

ケ.「(1)アクリロニトリルを水和してアクリルアミドを生成する能力を有する微生物または酵素を利用して、水和反応によりアクリロニトリルよりアクリルアミドを製造する方法において、水性媒体中で該微生物または該酵素にアクリロニトリルを、PH6?10、温度氷点?15℃の範囲で且つ反応終了後の反応液中のアクリルアミドの濃度が5重量%以上20重量%未満となるような条件で接触、反応させ、得られた反応液を濃縮することを特徴とする微生物による高濃度アクリルアミド水溶液の製造法。」(特許請求の範囲)

コ.「アクリロニトリルの水和反応熱は約17kcal/molと大きく本発明のような低温反応においては除熱が重要であるが、上記氷を冷却に使用することにより除熱を容易に行うことができる。特に、原料のアクリロニトリル、水、酵素含有物および反応液等と直接接触させると氷点付近まで容易に冷却できるので好ましい。水和反応熱の除去は熱交換器や多管式反応器を使用し、凍結濃縮で得た氷により間接的に行うこともできる。この場合には融解した氷は必要により水和反応の原料または媒体として使用される。
次に、本発明の1例を図面により説明する。
第1図は、本発明の1実施態様を示す工程図である。反応液の冷却器4は氷と反応液を直接接触させた後、氷と液を浮力および過により分離する装置である。この冷却器4では導管1,2および6よりそれぞれ供給されるアクリロニトリル、水および第1反応器8より再供給される反応液が導管3より供給される氷により冷却される。冷却された液は導管7より循環ポンプ5により第1反応器8へ送られる。第1反応器8は固定化菌体を充填した固定層反応器である。第1反応器8を流出する反応液の一部は導管9を通り第2反応器10へ送られる。第2反応器も固定化菌体を充填した固定層反応器である。第2反応器10を流出する反応液は導管11を通り結晶缶12へ送られ冷媒13により冷却されて氷が晶析する。氷のスラリーは導管14を通り遠心分離機15により固液分離され、液の一部は導管16を通り再び結晶缶12へ戻され、残り濃縮されたアクリルアミド水溶液として導管17より抜き出され、そのまま、あるいはさらに減圧下に加熱濃縮して製品となる。氷スラリーは導管3を通り反応液冷却器4へ送られ、反応液の冷却と水和用の原料および媒体等として使われる。」(第4頁左上欄第16行?左下欄第9行)

上記記載事項ウ.中の「本発明は、酵素活性が乾燥菌体1mg当たり10℃で50U以上の微生物菌体を用いた場合に効果的であるが、80U以上、更には100U以上の微生物菌体を使用した場合には、より効果的である。」の記載において、酵素活性の上限は特定して記載されていないが、少なくとも「100U」という数値を上限とすることは可能であるから、引用文献1に記載されている微生物は、「反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50?100Uの活性を有する」ものといえる。
よって、上記記載事項ア.?オ.によると、引用文献1には、「ロドコッカス属又はシュードノカルディア属に属する微生物を用いて、アクリロニトリルからアクリルアミドを製造する方法において、
アクリロニトリルと微生物とを混合し、アクリルアミドを生成する工程を含み、
前記アクリロニトリルと微生物とを混合し、アクリルアミドを生成する工程が、1?5重量%の濃度のアクリロニトリルと、反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50?100Uの活性を有する微生物とを混合し、アクリルアミドを生成する工程である、前記方法。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

4.対比
本願発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「1?5重量%」というアクリロニトリルの濃度は、本願発明の「0.5?15重量%」の範囲内であり、引用発明の「50?100U」という酵素活性は、本願発明の「50?200U」の範囲内である。
また、本願明細書には、「本発明で使用される生体触媒には、目的とする反応を触媒する酵素(すなわち、ニトリルヒドラターゼ)を含有する動物細胞、植物細胞、細胞小器官、菌体(生菌体または死菌体)またはその処理物が包含される。」(【0015】)と記載されているから、引用発明の「微生物」は、本願発明の「生体触媒」に該当する。
そうすると、本願発明と引用発明とは、「ロドコッカス属又はシュードノカルディア属に属する微生物由来のニトリルヒドラターゼを含有する生体触媒を用いて、アクリロニトリルからアクリルアミドを製造する方法において、
アクリロニトリルと生体触媒とを混合し、アクリルアミドを生成する工程を含み、
前記アクリロニトリルと生体触媒とを混合し、アクリルアミドを生成する工程が、1?5重量%の濃度のアクリロニトリルと、反応温度10℃で乾燥菌体1mg当たり50?100Uの活性を有する生体触媒とを混合し、アクリルアミドを生成する工程である、前記方法。」である点で一致し、本願発明は、アクリロニトリルを貯蔵するための貯蔵タンクの上部に設けられた散水リングから散水される冷却水によりアクリロニトリルが30℃未満となるように冷却しつつ1日以上保管する工程を含むのに対し、引用発明は、そのような特定がされていない点で相違する。

5.当審の判断
そこで、上記相違点について検討する。
引用文献2に記載されているように、アクリロニトリルを、大気温度より低い温度、例えば15℃なしい23℃程度の温度となるように冷却しながらタンク内に貯蔵しておくことは、本願優先日前周知技術ないし技術常識であったと認められ(上記記載事項カ.)、また、引用文献3には、微生物を用いてアクリロニトリルからアクリルアミドを製造する方法において、原料のアクリロニトリルとして冷却させたものを用いることが記載されているから、引用発明において、原料のアクリロニトリルとして、アクリロニトリルが30℃未満となるように冷却しつつ1日以上保管したものを用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。
また、引用文献2には、アクリロニトリルを貯蔵するタンクの冷却法として、タンクの外側に散水する方法が記載されており(上記記載事項カ.)、また、危険物等を貯蔵するための貯蔵タンクの上部に設けられた散水リングから散水される冷却水により貯蔵タンクを冷却することは、本願優先日前周知技術である(例えば、実公昭57-5357号、実公昭57-11519号、実公昭62-29429号参照。)から、アクリロニトリルの冷却を、アクリロニトリルを貯蔵するための貯蔵タンクの上部に設けられた散水リングから散水される冷却水により行うことは、当業者が適宜なし得ることである。
そして、本願明細書には、35℃で保管した場合の比較例が示されているだけで、それ以外の温度(例えば、30℃)で保管した場合の比較例が示されておらず、本願明細書の記載からでは、30℃で保管した場合と比べて本願発明が格別顕著な効果を奏するものとは認められない。

6.審判請求人の主張
審判請求人は、平成29年3月24日付け意見書において、以下のア.、イ.の点を主張しているので、以下この点について検討する。

ア.本願出願時の技術水準では、アクリルアミドを製造するに際しては、原料となるアクリロニトリルは、その製造後に、温度調節機構のない安価な貯蔵タンクに屋外で貯蔵され、貯蔵温度は外気温に左右されるような条件下で保管されるのが一般的であった。また、本願出願時の技術水準では、原料となるアクリロニトリルをアクリルアミド製造に用いる前に所定の期間保管する(すなわち、アクリロニトリルを所定の期間「寝かす」)ことの効果は全く認識されていない。

イ.本願明細書中の実施例では、所定の温度(例えば、20℃、28℃など)で7日間保管されたアクリロニトリルが使用され、そのように1日以上十分に冷却されたアクリロニトリルを用いると、本願明細書に示されるとおり、より少ない菌体量で同じ収量のアクリルアミドを得ることが可能であり、本願発明が奏する効果は、アクリロニトリルが30℃未満となるように冷却しつつ1日以上(実施例においては、7日間)保管することによって、より少ない菌体量で同じ収量のアクリルアミドを得ることができるということである。このような効果は、工業的な反応に先立ってアクリロニトリルを所定の温度範囲に、所定の期間維持しようという発想を何ら示唆しておらず、そのような温度維持のための冷却機構(すなわち、散水リング)も示唆していない引用文献からは予測し得ない優れた効果である。

主張ア.について
審判請求人は、「本願出願時の技術水準では、アクリルアミドを製造するに際しては、原料となるアクリロニトリルは、その製造後に、温度調節機構のない安価な貯蔵タンクに屋外で貯蔵され、貯蔵温度は外気温に左右されるような条件下で保管されるのが一般的で」あったと主張しているが、その主張を裏付ける具体的な証拠を提出しておらず、また、引用文献2の記載(上記記載事項カ.)からすると、審判請求人の当該主張は採用できない。
また、仮にそうであったとしても、本願本願明細書にも「30℃未満となるように冷却しつつ保管するとは、夏場や高温地域でのアクリロニトリル貯蔵において、内部のアクリロニトリルの温度が30℃以上とならないように、冷却しつつ保管することである。」と記載されている(【0020】)ように、冬期において外気温が30℃以上になることはまれであり、また、夏季であっても30℃以上になることはまれな地域もあるから、そのような場合には、外気温に左右されるようなことがあっても、アクリロニトリルが30℃以上になる(ましてや比較例の35℃になる)とは考えにくく、アクリロニトリルが30℃未満となるように冷却されて1日以上保管されているものを原料としているものと認められるから、そのような場合に比べて、本願発明が格別顕著な効果を奏するとは認められない。
したがって、審判請求人の上記主張ア.は採用できない。

主張イ.について
5.で述べたように、アクリロニトリルを、大気温度より低い温度、例えば15℃なしい23℃程度の温度となるように冷却しながらタンク内に貯蔵しておくことは、本願優先日前の周知技術ないし技術常識であったと認められる(上記記載事項カ.)から、審判請求人が主張する本願発明の効果は、当該周知技術ないし技術常識を引用発明に適用すれば当然に生じる効果であって格別顕著なものとは認められない。
また、5.で述べたように、本願明細書には、35℃で保管した場合の比較例が示されているだけで、それ以外の温度(例えば、30℃)で保管した場合の比較例が示されておらず、本願明細書の記載からでは、30℃で保管した場合と比べて本願発明が格別顕著な効果を奏するものとは認められない。
したがって、審判請求人の上記主張イ.は採用できない。

7.むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、引用文献1?3に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、本願は、その余の請求項について論及するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-09-01 
結審通知日 2017-09-05 
審決日 2017-09-19 
出願番号 特願2012-513834(P2012-513834)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田中 耕一郎  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 長井 啓子
高堀 栄二
発明の名称 微生物触媒を用いたアクリルアミドの製造方法  
代理人 大森 規雄  
代理人 小林 浩  
代理人 鈴木 康仁  

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