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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1334398
異議申立番号 異議2017-700752  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-07-31 
確定日 2017-11-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6071980号発明「加硫ゴム組成物の製造方法、加硫ゴム組成物およびそれを用いたスタッドレスタイヤ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6071980号の請求項6ないし9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6071980号の請求項1ないし9に係る特許についての出願は、平成26年11月14日に特許出願され、平成29年1月13日にその特許権の設定登録がなされ、平29年2月1日に特許公報の掲載がなされたものであり、その後、その請求項6ないし9に係る特許に対し、特許異議申立人 渡辺 広基(以下、「申立人」という。)により平成29年7月31日に特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件発明
特許第6071980号の請求項6ないし9に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項6ないし9に記載された事項により特定される次のとおりものである(以下、特許第6071980号の請求項6ないし9に係る発明を、番号順に、「本件特許発明6」等という。)。

「【請求項6】
ブタジエンゴムおよびシリカを含む相(BR相)と、イソプレン系ゴムおよびシリカを含む相(IR相)とを有する加硫ゴム組成物であって、
BR相とIR相とは互いに非相溶であり、
イソプレン系ゴムとブタジエンゴムとを含むゴム成分100質量部に対して、テルペン系樹脂を0.5質量部以上含有し、
加硫工程の完了から100時間?500時間後におけるBR相中のシリカの存在率αが下記式1を満たし、
ブタジエンゴムの割合βが下記式2を満たす、加硫ゴム組成物(ただし、重合平均分子量が1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマーを含有する場合を除く)。
0.3≦α≦0.7 (式1)
0.4≦β≦0.8 (式2)
(ここで、α=BR相中のシリカ量/(BR相中のシリカ量+IR相中のシリカ量)であり、β=加硫ゴム組成物中のブタジエンゴムの質量/(加硫ゴム組成物中のブタジエンゴムの質量+加硫ゴム組成物中のイソプレン系ゴムの質量)である。)
【請求項7】
前記ブタジエンゴムが、シス1,4結合含有率が90%以上のブタジエンゴムである請求項6記載の加硫ゴム組成物。
【請求項8】
イソプレン系ゴムとブタジエンゴムとを含むゴム成分100質量部に対して、フィラーを25?120質量部、軟化剤を15?80質量部含有し、該フィラーは、全フィラー量に対して50質量%以上のシリカを含有する請求項6または7記載の加硫ゴム組成物。
【請求項9】
請求項6?8のいずれか1項に記載の加硫ゴム組成物により構成されたトレッドを有するスタッドレスタイヤ。」


第3.申立理由の概要及び提出した証拠
1.申立理由の概要
申立人は、甲第1ないし3号証を提出し、下記の申立理由を挙げ、本件特許発明6ないし9に係る特許は、取り消すべきものである旨主張している。
(1)申立理由1 特許法第36条第4項第1号(同条第113条第4号)
本件特許発明6ないし9は、発明の詳細な説明がこれらの発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、これらの特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(2)申立理由2 特許法第36条第6項第1号(同条第113条第4号)
本件特許発明6ないし9は、発明の詳細な説明に記載されていないので、これらの特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(3)申立理由3 特許法第29条第2項(同法第113条第2号)
本件特許発明6ないし9は、甲第1号証に記載された発明および甲第2号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2.証拠方法
(1)甲第1号証:特開2014-145063号公報
(2)甲第2号証:特開2010-126672号公報
(3)甲第3号証:本件特許の審査経過履歴

(以下、各甲号証を甲1号証から順に「甲1」、「甲2」、「甲3」と略記する。)


第4 甲号証の記載事項及び甲1に記載された発明
1 甲1に記載された事項

「【請求項1】
ゴム成分100質量部に対してシリカを5?150質量部含有し、
前記ゴム成分100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天然ゴムの含有量が30?50質量%であり、
前記ブタジエンゴムを含む相(I)が前記天然ゴムを含む相(II)と独立して連続相を形成しており、
前記ゴム成分100質量部に対する前記相(I)に含まれる前記シリカの量が下記式1を満たし、前記ゴム成分100質量部に対する前記相(II)に含まれる前記シリカの量が下記式2を満たすタイヤ用ゴム組成物。
(式1)
α×(A×B)/100=C
A:ゴム成分100質量%中のブタジエンゴムの含有量(質量%)
B:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
C:ゴム成分100質量部に対する相(I)に含まれるシリカの量(質量部)
α:0.2≦α≦1.0を満たす任意の数
(式2)
β×(D×E)/100=F
D:ゴム成分100質量%中の天然ゴムの含有量(質量%)
E:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
F:ゴム成分100質量部に対する相(II)に含まれるシリカの量(質量部)
β:1.0≦β≦2.2を満たす任意の数
【請求項2】
前記相(II)が前記相(I)と独立して連続相を形成している請求項1記載のタイヤ用ゴム組成物。
【請求項3】
前記ブタジエンゴムのシス含量が80質量%以上である請求項1又は2記載のタイヤ用ゴム組成物。
【請求項4】
前記式1のC及び前記式2のFが電子顕微鏡及び/又は走査型プローブ顕微鏡を用いて定量化されたものである請求項1?3のいずれかに記載のタイヤ用ゴム組成物。
【請求項5】
重量平均分子量が1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ジエン系ポリマーを含有する請求項1?4のいずれかに記載のタイヤ用ゴム組成物。
【請求項6】
前記エポキシ化ジエン系ポリマーがエポキシ化ポリブタジエンである請求項5記載のタイヤ用ゴム組成物。
【請求項7】
前記エポキシ化ジエン系ポリマーのエポキシ化率が20質量%以下である請求項5又は6記載のタイヤ用ゴム組成物。
【請求項8】
ゴム成分100質量部に対してシリカを5?150質量部含有し、
前記ゴム成分100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天然ゴムの含有量が30?50質量%であり、
前記ブタジエンゴムを含む相(I)と前記天然ゴムを含む相(II)とがそれぞれ独立して連続相を形成しているタイヤ用ゴム組成物。
【請求項9】
請求項1?8のいずれかに記載のゴム組成物を用いたタイヤ部材を有するスタッドレスタイヤ。」


「【0002】
従来、タイヤの転がり抵抗を低減する(低燃費性を改善する)ことにより、車の低燃費化が行われてきた。タイヤの転がり抵抗は、タイヤ部材に使用されるゴムの低発熱性に大きく左右されるため、ゴムの低発熱性を実現するための開発が盛んに行われている。近年、車の低燃費化への要求はますます強くなってきており、低燃費化に適応した配合が種々検討されている。特に充填剤においては、従来のカーボンブラックだけでなく、低燃費性に有利なシリカを用いる場合が多くなっている。
【0003】
しかしながら、シリカは表面に親水性シラノール基が存在するため、カーボンブラックに比べゴムとの親和性が低く、耐摩耗性や力学強度(引張強度や破断伸び)の点で劣る場合が多い。特に、タイヤ用で一般的に使用される天然ゴム(NR)、ブタジエンゴム(BR)などのジエン系ゴムは、シリカとの親和性が低く、充分な補強効果が得られない場合があった。
【0004】
また、タイヤに求められる低燃費性以外の性能として、安全性の面から氷雪上でのグリップ性能や操縦安定性(以下、氷雪上性能ともいう)の向上が求められ、更に耐久性、経済性の面から優れた耐摩耗性、耐破壊強度が求められているが、これらの性能は低燃費性と背反傾向を示すため、低燃費性、氷雪上性能、耐摩耗性及び耐破壊強度の各性能を高次元でバランスよく改善することが要求されている。
【0005】
上記のようなタイヤ物性をバランスよく改善する方法として、複数のポリマー(ゴム)成分を配合する方法(ポリマーブレンド法)が古くから行われており、タイヤ用ゴム組成物においては、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)、天然ゴム(NR)などのいくつかのポリマー成分をブレンドすることが主流になっている。これは、各ポリマー成分の特徴を活かして、単一のポリマー成分ではできないゴム物性を引き出す方法である。
【0006】
このポリマーブレンド法においては、加硫された後の各ゴム相の構造(モルホロジー)、及び、各ゴム相へのシリカの分配度合(シリカの偏在度合)が、物性を決定する重要な因子となる。モルホロジーやシリカの分配度合を決定する要素は非常に複雑で、これまでタイヤ物性をバランス良く発現するための検討が多くなされてきたが、いずれも改良の余地があった。」


「【0008】
NRは、優れた機械的強度が求められるタイヤ用ゴム組成物において重要なゴム成分であるが、BRとブレンドして配合した場合、NRを含む相へのシリカの偏在を招きやすく、シリカの分配度合をコントロールして配合を組み立てる必要がある。しかしながら、従来はモルホロジー、シリカの分配度合が充分に確認されておらず、タイヤ物性の発現が充分でない場合があった。
【0009】
更に、近年では、低燃費性の更なる向上を目的として、シリカとの親和性が高い変性NRの使用が増加する傾向にあり、NRを含む相へのシリカ偏在がますます顕著になっていた。
【0010】
また、近年では、耐摩耗性、氷雪上性能に優れたハイシスBRの使用が増加する傾向にあるが、ハイシスBRはジエン系ゴムの中でも特にシリカとの親和性が低いため、ハイシスBRとNRとをブレンドした配合系では、ハイシスBRを含む相にほとんどシリカが取り込まれず、タイヤ物性の発現が充分でない場合があった。
【0011】
タイヤ用ゴム組成物において、耐摩耗性及び耐破壊強度を両立させるためには、耐摩耗性に優れるBRを連続相としながら、機械的強度に優れるNRを充分に配合することが必要である。しかしながら、NRは、BRと比較して連続相を形成しにくく、ゴム組成物中のNRの含有量が50質量%以下の場合、その傾向は特に顕著となり、所謂島相を形成するようになる。一般的に、島相に存在するゴム成分は、周囲を連続相のゴム成分に覆われているため、硬度が上昇してゴム弾性が低下する傾向にあり、島相に充填剤が偏在すると更にその傾向は強くなる。島相と連続相との硬度差が大きくなると、ゴム強度や耐摩耗性の低下が起こりやすくなる。NRは通常BRよりも硬度が大きく、NRを含む島相にシリカが偏在することで更に硬度差が生じることは望ましくない。従って、タイヤ物性発現に有用であるが極性が異なるBRとNRとをブレンドした配合系で、NR側へのシリカの偏在を抑制し、良好なゴム物性を発現するためのモルホロジーコントロール、シリカ分配の技術の開発が求められている。
【0012】
しかしながら、これまで、複数のポリマー成分をブレンドしたタイヤ用ゴム組成物におけるモルホロジー形成については、相溶系(単相)の場合か、非相溶系(多相)の場合は連続相(海相)の中に粒子状の他成分の相(島相)が存在する海島構造しか検討されておらず、これまでとは異なる相構造について検討することが必要であった。
【0013】
また、各ゴム相へのシリカの分配度合について、実際のタイヤ物性を正確に反映した測定結果で規定されたものはなく、更なる検討が必要であった。」


「【0014】
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、前記課題を解決し、低燃費性、耐摩耗性及び氷雪上性能をバランス良く改善できるタイヤ用ゴム組成物、及びこれを用いたタイヤ部材を有するスタッドレスタイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、ゴム成分100質量部に対してシリカを5?150質量部含有し、上記ゴム成分100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天然ゴムの含有量が30?50質量%であり、上記ブタジエンゴムを含む相(I)が上記天然ゴムを含む相(II)と独立して連続相を形成しており、上記ゴム成分100質量部に対する上記相(I)に含まれる上記シリカの量が下記式1を満たし、上記ゴム成分100質量部に対する上記相(II)に含まれる上記シリカの量が下記式2を満たすタイヤ用ゴム組成物に関する。(式1)
α×(A×B)/100=C
A:ゴム成分100質量%中のブタジエンゴムの含有量(質量%)
B:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
C:ゴム成分100質量部に対する相(I)に含まれるシリカの量(質量部)
α:0.2≦α≦1.0を満たす任意の数
(式2)
β×(D×E)/100=F
D:ゴム成分100質量%中の天然ゴムの含有量(質量%)
E:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
F:ゴム成分100質量部に対する相(II)に含まれるシリカの量(質量部)
β:1.0≦β≦2.2を満たす任意の数
【0017】
上記相(II)が上記相(I)と独立して連続相を形成していることが好ましい。
【0018】
上記ブタジエンゴムのシス含量が80質量%以上であることが好ましい。
【0019】
上記式1のC及び上記式2のFが電子顕微鏡及び/又は走査型プローブ顕微鏡を用いて定量化されたものであることが好ましい。
【0020】
上記ゴム組成物は、重量平均分子量が1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ジエン系ポリマーを含有することが好ましい。
【0021】
上記エポキシ化ジエン系ポリマーがエポキシ化ポリブタジエンであることが好ましい。
【0022】
上記エポキシ化ジエン系ポリマーのエポキシ化率が20質量%以下であることが好ましい。
【0023】
本発明はまた、ゴム成分100質量部に対してシリカを5?150質量部含有し、上記ゴム成分100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天然ゴムの含有量が30?50質量%であり、上記ブタジエンゴムを含む相(I)と上記天然ゴムを含む相(II)とがそれぞれ独立して連続相を形成しているタイヤ用ゴム組成物に関する。
【0024】
本発明はまた、上記ゴム組成物を用いたタイヤ部材を有するスタッドレスタイヤに関する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、BRと、NRと、シリカとをそれぞれ所定量含有し、上記BRを含む相(I)が上記NRを含む相(II)と独立して連続相を形成しており、上記相(I)に含まれるシリカの量及び上記相(II)に含まれるシリカの量が一定の範囲内であるゴム組成物であるので、低燃費性、耐摩耗性及び氷雪上性能がバランス良く改善された空気入りタイヤを提供できる。」


「【0039】
本発明のゴム組成物は、BRを含有する。BRは、1種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。
【0040】
ゴム成分100質量%中、BRの含有量は、50?70質量%、好ましくは55?70質量%である。70質量%を超えると、耐破壊強度が低下するおそれがあり、50質量%未満であると、耐摩耗性が低下する傾向がある。
なお、BRの含有量には、後述する低分子量エポキシ化ポリブタジエンは含まない。
【0041】
BRの重量平均分子量(Mw)は、好ましくは2.0×10^(5)以上、より好ましくは4.0×10^(5)以上である。2.0×10^(5)未満では、耐摩耗性が低下する傾向がある。BRのMwは、好ましくは2.0×10^(6)以下である。2.0×10^(6)を超えると、加工性が低下する傾向がある。
【0042】
BRのミクロ構造は特に限定されないが、シス含量の多い所謂ハイシスBRであることが耐摩耗性向上の観点より好ましい。BRのシス含量は、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、更に好ましくは93質量%以上である。シス含量が向上するに従って、耐摩耗性を向上することができる。
【0043】
ハイシスBRはNRとの親和性が低いため、ハイシスBR及びNRをブレンドすると、通常、相(I)と相(II)との界面強度が低下し、結果的にゴム組成物の耐摩耗性や耐破壊強度が低下する傾向がある。これに対し、本発明のゴム組成物は、シリカの分配度合が式1及び式2を満たすことにより、モルホロジーをコントロールして相(I)と相(II)との界面強度の低下を抑制することができるため、耐摩耗性や耐破壊強度に優れたゴム組成物を提供できる。
【0044】
本発明のゴム組成物は、NRを含有する。NRは、例えば、SIR20、RSS#3、TSR20、脱タンパク質天然ゴム(DPNR)、高純度天然ゴム(HPNR)等、タイヤ工業において一般的なものを使用できる。
【0045】
NRは、変性されていることが低燃費性の観点より好ましい。変性NRとしては特に限定されず、エポキシ化NR(ENR)、グラフト変性NR、カップリングNRなどが挙げられるが、ENRが好ましい。本発明のゴム組成物がENRを含有する場合、ゴム成分100質量%中のENRの含有量は、好ましくは1?25質量%、より好ましくは3?10質量%である。また、ENRのエポキシ化率は、好ましくは1?40質量%、より好ましくは15?30質量%である。
【0046】
ゴム成分100質量%中、NRの含有量は、30?50質量%、好ましくは30?45質量%である。50質量%を超えると、耐破壊強度が低下するおそれがあり、30質量%未満であると、耐摩耗性が低下する傾向がある。なお、NRの含有量は、通常のNRと、ENRなどの変性NRとを合計した量である。
【0047】
NRを含む相(II)は、BRを含む連続相である相(I)に周囲を覆われているため、通常は本来のNRよりも硬度が上昇し、ゴム組成物全体の物性が低下する傾向があるが、本発明のゴム組成物は、相(I)と相(II)とに適度にシリカが分配されることにより、相(II)の過剰な硬度上昇を抑制し、良好な物性を有するゴム組成物を提供できる。前述したように、NRを含む相(II)が連続相で、ゴム組成物全体として共連続相であれば、耐摩耗性、耐破壊強度の観点より更に好ましい。」


「【0050】
更に、各相へのシリカの分配度合の測定は、ゴム組成物の加硫後、モルホロジー、シリカ分散状態が安定するまで静置した後、測定することが好ましい。シリカマスターバッチを用いてシリカの分配度合をコントロールすることも可能であるが、この場合、加硫後においてもモルホロジーやシリカ分配がより安定な状態に変化することが起こり得る。そのため、安定な状態でのモルホロジー、シリカ偏在率を測定するために、加硫後、2週間以上静置した後測定することが好ましく、1ヶ月以上静置した後測定することがより好ましい。このように安定化した後に測定することにより、本来のゴム組成物のモルホロジー、シリカ偏在率を把握することが可能となる。」


「【0051】
本発明のゴム成分は、BR及びNR以外に他のゴム成分を含んでも良い。他のゴム成分としては特に制限は無いが、好ましい例としては、ジエン系ゴムが挙げられ、ジエン系ゴムとしては、例えば、スチレン-ブタジエン共重合体(SBR)、合成ポリイソプレン(IR)、ブチルゴム(IIR)、エチレン-プロピレン共重合体及びこれらの混合物などが挙げられる。また、その主鎖及び末端が変性剤により変性されていてもかまわず、また一部が多官能型、例えば四塩化スズ、四塩化珪素のような変性剤を用いることにより分岐構造を有しているものでもよい。
【0052】
本発明のゴム組成物は、重量平均分子量(Mw)が1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ジエン系ポリマー(以下、低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーともいう)を含有することが好ましい。これにより、相(I)と相(II)との相分離構造を保ちながら、シリカとの親和性が低いBRを含む相(I)にシリカを適度に分配することができる。
【0053】
低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーの含有量は、ゴム成分100質量部に対して、好ましくは1質量部以上、より好ましくは3質量部以上である。1質量部未満であると、シリカの分配度合を充分にコントロールできない可能性がある。低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーの含有量は、好ましくは30質量部以下、より好ましくは25質量部以下である。30質量部を超えると、耐摩耗性が低下するおそれがある。
【0054】
低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーのMwは、1.0×10^(3)?2.0×10^(5)であり、好ましくは2.0×10^(3)?1.0×10^(5)、より好ましくは3.0×10^(3)?5.0×10^(4)である。1.0×10^(3)未満であると耐摩耗性が劣る可能性があり、2.0×10^(5)を超えると加工性が劣る可能性がある。
【0055】
低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーのエポキシ化率は特に限定されないが、好ましくは50質量%以下、より好ましくは30質量%以下、更に好ましくは20質量%以下である。50質量%を超えると、耐摩耗性が低下するおそれがある。低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーのエポキシ化率は、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは1質量%以上、更に好ましくは5質量%以上である。0.1質量%未満であると、シリカの分配度合を充分にコントロールできない可能性がある。
【0056】
低分子量エポキシ化ジエン系ポリマーとしては特に限定されないが、BRとの親和性の観点よりブタジエンユニットを有するポリマーであることが好ましく、エポキシ化ポリブタジエン(以下、低分子量エポキシ化ポリブタジエン(L-EBR)ともいう)であることがより好ましい。
【0057】
L-EBRのシス量、トランス量、ビニル量などのミクロ構造は特に制限されないが、良好なゴム物性を発現するという観点から、ビニル量が1?90質量%であることが好ましく、2?80質量%であることがより好ましく、2?50質量%であることが更に好ましい。1質量%未満であると、耐破壊強度が劣るおそれがあり、90質量%を超えると、耐摩耗性が劣るおそれがある。L-EBRのビニル量を上記の範囲に調整することで、BRを含む相(I)に適度なシリカを分配し、良好なゴム物性を実現できる。」


「【0065】
本発明のゴム組成物は、トレッド、サイドウォールなどのタイヤ部材に使用することができ、特にスタッドレスタイヤのトレッド(キャップトレッド)に好適に使用することができる。」


「【0073】
<過酢酸溶液の作成>
300ml三角フラスコに氷酢酸57gと過酸化水素水107gを加え、攪拌後、恒温槽で40℃に保ったまま24時間静置し、過酢酸溶液を得た。
製造例1:低分子量エポキシ化BR1(L-EBR1)の合成
内容積2リットルの攪拌装置付きステンレス製重合反応器を洗浄、乾燥後、乾燥窒素で置換した。ここに、シクロへキサン300g、1,3-ブタジエン50gを加え、更にn-ブチルリチウム(n-BuLi)5.2mmolを含むn-ブチルリチウムヘキサン溶液を加えた後、50℃で2時間重合反応を行った。その後、重合反応系に、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(BHT)のイソプロパノール溶液(BHT濃度:5質量%)0.5mLを加えて、重合反応を停止させた。反応溶液に界面活性剤5gを含む水溶液100mlを加え、上記過酢酸溶液100mlを添加し、激しく攪拌下超音波を照射することにより、乳化条件下で0.5時間エポキシ化反応を行った。有機層を分離し、溶媒除去、減圧乾燥を行うことにより、L-EBR1を得た。L-EBR1を分析した結果、Mwは1.0×10^(4)、エポキシ化率は5質量%、ビニル量は26質量%、トランス量は42質量%、シス量は32質量%であった。
【0074】
製造例2:低分子量エポキシ化BR2(L-EBR2)の合成
エポキシ化反応を1時間行った他は、製造例1と同様の手法により、L-EBR2を得た。L-EBR2を分析した結果、Mwは1.0×10^(4)、エポキシ化率は10質量%、ビニル量は26質量%、トランス量は42質量%、シス量は32質量%であった。
【0075】
以下に実施例及び比較例で用いた各種薬品について、まとめて説明する。
NR:RSS♯3
ENR:GUTHRIE POLYMER SDN BHD社製のENR25(エポキシ化率:25質量%、ML_(1+4)(100℃):75)
BR:宇部興産(株)製のUBEPOL BR150B(シス含量:97質量%、ML_(1+4)(100℃):40、Mw:4.4×10^(5)、Mw/Mn:3.3)
L-EBR1、2:上記製造例1、2で合成
カーボンブラック:キャボットジャパン(株)製のショウブラックN330(HAF、N_(2)SA:75m^(2)/g)
シリカ:Degussa社製のUltrasil VN3(N_(2)SA:175m^(2)/g)
シランカップリング剤:Degussa社製のSi69
ワックス:日本精蝋(株)製のオゾエース0355
老化防止剤:大内新興化学工業(株)製のノクラック6C
オイル:出光興産(株)製のミネラルオイルPW-380
ステアリン酸:日油(株)製のステアリン酸「桐」
酸化亜鉛:三井金属鉱業(株)製の酸化亜鉛2種
硫黄:鶴見化学工業(株)製の粉末硫黄
加硫促進剤:大内新興化学工業(株)製のノクセラーNS(N-tert-ブチル-2-ベンゾチアゾリルスルファンアミド)
【0076】
<実施例及び比較例>
表1に示す配合処方に従い、1.7Lバンバリーミキサーを用いて、硫黄及び加硫促進剤以外の材料を150℃の条件下で3分間混練りし、混練り物を得た。次に、得られた混練り物に硫黄及び加硫促進剤を添加し、オープンロールを用いて、50℃の条件下で5分間練り込み、未加硫ゴム組成物を得た。
得られた未加硫ゴム組成物を170℃で12分間、0.5mm厚の金型でプレス加硫し、加硫ゴム組成物を得た。
また、得られた未加硫ゴム組成物をキャップトレッドの形状に成型し、他のタイヤ部材とともに貼り合わせて170℃で15分間加硫することにより、試験用スタッドレスタイヤ(タイヤサイズ:195/65R15)を製造した。
【0077】
得られた加硫ゴム組成物、試験用スタッドレスタイヤについて、室温暗所で三ヶ月保管した後、下記の評価を行った。結果を表1に示した。」


「【0081】
<モルホロジーの評価及びシリカ偏在の評価1>
(モルホロジーの評価)
ミクロトームを用いて加硫ゴム組成物の超薄切片を作成し、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。各相のモルホロジーはコントラストの比較により確認することが可能であり、シリカは粒状の形態として観察可能である。比較例2を除く配合では、BRはL-EBRと相溶して一つの相を形成し、NRとENRは相溶して一つの相を形成し、これら2相は互いに非相溶であることが確認された。比較例2では、相分離が生じておらず、単一相であることが確認された。
(シリカ偏在の評価1)
TEM観察の結果から、各相の単位面積あたりのシリカ面積を1サンプルについて十箇所測定し、これらの平均値を算出した。その値より、各相に含まれるシリカの量(式1のC、式2のF)を求め、各ゴム成分の含有量と、シリカの含有量とを用いて、式1の係数α、式2の係数βの値を求めた。
【0082】
<シリカ偏在の評価2>
走査型プローブ顕微鏡(SPM)の位相モード測定により、各相の単位面積あたりのシリカ面積を1サンプルについて十箇所測定し、これらの平均値を算出した。その値より、各相に含まれるシリカの量(式1のC、式2のF)を求め、各ゴム成分の含有量と、シリカの含有量とを用いて、式1の係数α、式2の係数βの値を求めた。
【0083】
<シリカ偏在係数α、βの決定>
シリカ偏在の評価1で求めたα、βの値とシリカ偏在の評価2で求めたα、βの値との差が10%以内であることを確認した後、これらの平均値を求め、表1に記載した。
【0084】
【表1】

【0085】
実施例は、比較例1と比較して、低燃費性、耐摩耗性及び氷雪上性能が同時に改善し、これらの性能が高次元でバランス良く得られた。」

2 甲2に記載された事項

「【0009】
本発明のタイヤトレッド用ゴム組成物によれば、ガラス転移温度が-20℃を超え-5℃以下のスチレンブタジエンゴムを少なくとも1種含むスチレンブタジエンゴム100重量部に、軟化点が80?130℃である芳香族変性テルペン樹脂を5?30重量部、窒素吸着比表面積が250?450m^(2)/gであるカーボンブラックを10?50重量部、シリカを80?150重量部配合すると共に、カーボンブラックとシリカとの合計量を100?170重量部にしたことにより、高いウェットグリップ性能を長く持続することができる。また、数平均分子量が20,000?60,000のポリイソプレンを10?50重量部配合するようにしたので、低温下におけるウェットグリップ性能を向上すると共に、走行開始直後からの優れたウェットグリップ性能を可能にすることができる。」

3 甲1に記載された発明
確かに、甲1の請求項1にはエポキシ化ブタジエンポリマーの記載はなく、摘記事項キの段落【0052】の「本発明のゴム組成物は、重量平均分子量(Mw)が1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ジエン系ポリマー(以下、・・・ともいう)を含有することが好ましい。」との記載からみると、エポキシ化ブタジエンポリマーの配合はあくまでも好ましいとされる態様であって、エポキシ化ブタジエン系ポリマーが配合されず、ブタジエンゴム、天然ゴム及びシリカが配合された、以下の請求項1に記載されたタイヤ用の加硫用ゴム組成物の発明があたかも記載されているかのようにも思われる。
「【請求項1】
ゴム成分100質量部に対してシリカを5?150質量部含有し、
前記ゴム成分100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天然ゴムの含有量が30?50質量%であり、
前記ブタジエンゴムを含む相(I)が前記天然ゴムを含む相(II)と独立して連続相を形成しており、
前記ゴム成分100質量部に対する前記相(I)に含まれる前記シリカの量が下記式1を満たし、前記ゴム成分100質量部に対する前記相(II)に含まれる前記シリカの量が下記式2を満たすタイヤ用ゴム組成物。
(式1)
α×(A×B)/100=C
A:ゴム成分100質量%中のブタジエンゴムの含有量(質量%)
B:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
C:ゴム成分100質量部に対する相(I)に含まれるシリカの量(質量部)
α:0.2≦α≦1.0を満たす任意の数
(式2)
β×(D×E)/100=F
D:ゴム成分100質量%中の天然ゴムの含有量(質量%)
E:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
F:ゴム成分100質量部に対する相(II)に含まれるシリカの量(質量部)
β:1.0≦β≦2.2を満たす任意の数」

しかしながら、まず、甲1には、低燃費性、耐摩耗性、氷雪状性能をバランス良く改善できるタイヤ用ゴム組成物を得ることを解決しようとする課題とし(摘記事項イないしウ)、その解決手段として、請求項1等に記載された構成をとることが記載されている(摘記事項エ)。また、摘記事項ケの表1の比較例1には、1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマー(表1中のL-EBR1、2に相当)を含まない場合には、BRを含む相(I)のシリカ偏在係数(α)が「<0.1」と記載され、甲1の請求項1において特定する範囲にならないことが示されている。これは、当該エポキシ化ジエン系ポリマーを含まない態様では、シリカが天然ゴム(NR)を含む相に偏在し、ブタジエンゴム(BR)を含む相へのシリカの分配がコントロールされず、甲1の課題である低燃費性、耐摩耗性及び氷雪状性能が改善されないので、エポキシ化ブタジエン系ポリマーを含まない態様には、課題を解決する手段(構成)が含まれないことを意味する。
一方、甲1の全ての実施例1ないし4には、1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ゴムが配合され、課題である低燃費性、耐摩耗性及び氷雪状性能が改善されることが示されている(摘記事項ケの表1)。
以上の摘記事項ケの記載内容からみれば、甲1に記載された発明では、1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ゴムを構成として含むことによって、甲1における課題が解決できるものと理解できるから、甲1には、
「ゴム成分100質量部に対してシリカを5?150質量部含有し、
前記ゴム成分100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天然ゴムの含有量が30?50質量%であり、
前記ブタジエンゴムを含む相(I)が前記天然ゴムを含む相(II)と独立して連続相を形成しており、
前記ゴム成分100質量部に対する前記相(I)に含まれる前記シリカの量が下記式1を満たし、前記ゴム成分100質量部に対する前記相(II)に含まれる前記シリカの量が下記式2を満たすタイヤ用ゴム組成物であって、
重量平均分子量が1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマーを含有するタイヤ用ゴム組成物。
(式1)
α×(A×B)/100=C
A:ゴム成分100質量%中のブタジエンゴムの含有量(質量%)
B:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
C:ゴム成分100質量部に対する相(I)に含まれるシリカの量(質量部)
α:0.2≦α≦1.0を満たす任意の数
(式2)
β×(D×E)/100=F
D:ゴム成分100質量%中の天然ゴムの含有量(質量%)
E:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
F:ゴム成分100質量部に対する相(II)に含まれるシリカの量(質量部)
β:1.0≦β≦2.2を満たす任意の数」
の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているとするのが相当である。(なお、上記下線部は合議体が付した。)


第5 当審の判断
まず、申立理由3を判断し、次に、申立理由1、2の順で判断する。

1 申立理由3(特許法第29条第2項(同法第113条第2号))について
(1)本件特許発明6について
ア 対比判断
本件特許発明6と甲1発明を対比する。
甲1発明の「ブタジエンゴム」、「シリカ」、「天然ゴム」、「タイヤ用ゴム組成物」は、本件発明6の「ブタジエンゴム」、「シリカ」、「イソプレン系ゴム」、「加硫用ゴム組成物」に相当し、また、甲1発明の「ゴム成分の100質量%中、ブタジエンゴムの含有量が50?70質量%、天延ゴムの含有量が30?50質量%であり」、「ブタジエンゴム」を含む相(I)が前記天然ゴムを含む相(II)と独立して連続相を形成し」は、本件特許発明6の「ブタジエンゴムの割合βが下記式2を満たす。 0.4≦β≦0.8(式2) β=加硫ゴム組成物中のブタジエンゴムの質量/(加硫ゴム組成物中のブタジエンゴムの質量+加硫ゴム組成物中のイソプレン系ゴムの質量)」、「BR相とIR相は互いに非相溶であり」に相当する。
そして、甲1発明において、「ブタジエンゴムを含む相(I)」、「(天然ゴムを含む相(II)」は、式1、2における各相のシリカの配合量C、Fなどの記載からみて、本件特許発明6の「ブタジエンゴムおよびシリカを含む相(BR相)」、「イソプレン系ゴムおよびシリカを含む相(IR相)」に相当する。
そうすると、本件特許発明6と甲1発明は、
「ブタジエンゴムおよびシリカを含む相(BR相)と、イソプレン系ゴムおよびシリカを含む相(IR相)とを有する加硫ゴム組成物であって、
BR相とIR相とは互いに非相溶であり、
ブタジエンゴムの割合βが下記式2を満たす、加硫ゴム組成物
0.4≦β≦0.8 (式2)
(ここで、β=加硫ゴム組成物中のブタジエンゴムの質量/(加硫ゴム組成物中のブタジエンゴムの質量+加硫ゴム組成物中のイソプレン系ゴムの質量)である。)」
の発明である点で一致し、以下の点で相違している。
<相違点1>
本件特許発明6は、「1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマー」を含有する場合を除くものであるのに対し、甲1発明は、当該ポリマーを必須の構成成分として含有する点。
<相違点2>
本件特許発明6は、「加硫工程の完了から100時間?500時間後におけるBR相中のシリカの存在率αが下記式1を満たし、
0.3≦α≦0.7 (式1)
(ここで、α=BR相中のシリカ量/(BR相中のシリカ量+IR相中のシリカ量)であり、)」
と特定するのに対し、甲1発明では、
「前記ゴム成分100質量部に対する前記相(I)に含まれる前記シリカの量が下記式1を満たし、
(式1)
α×(A×B)/100=C
A:ゴム成分100質量%中のブタジエンゴムの含有量(質量%)
B:ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量(質量部)
C:ゴム成分100質量部に対する相(I)に含まれるシリカの量(質量部)
α:0.2≦α≦1.0を満たす任意の数」
との特定であって、本件特許発明6とは異なる点。
<相違点3>
本件特許発明6は、「イソプレン系ゴムとブタジエンゴムとを含むゴム成分100質量部に対して、テルペン系樹脂を0.5質量部以上含有」するのに対し、甲1発明はこれを含まない点。

上記相違点1について検討する。
上記第4 2において甲1発明を認定する際に検討したとおり、上記エポキシ化ブタジエン系ポリマーは、甲1に記載の課題の解決のために必須の構成成分であり、甲1発明から当該構成成分を除き、かつ課題を解決できる発明を想起することは、当業者であっても容易になし得たことではない。
次に、相違点2について検討する。
本件特許発明6におけるシリカの存在率「α」は、下記のとおり、甲1発明における「α」とは下線部(合議体が付した)で共通するものの、異なる式で導出されるものである。そして、甲1発明における「α」を本件特許発明6の「α」へ変更する根拠・動機付けは、甲1にも甲2にもなく、そのような技術常識も見当たらないから、本件特許発明6の相違点2の構成を採用することは、当業者であっても容易になし得たことではない。

●本件特許発明6の「α」=BR相中のシリカの量/(BR相中のシリカの量+IR相中のシリカの量)
●甲1発明の「α」=(C/B)×100/A
=([ゴム成分100質量部に対する相(I)のシリカの量]/
ゴム成分100質量部に対するシリカの含有量])×100/[ゴム100質量%中のブタジエンゴムの含有量(質量%)]

よって、相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明6は、甲1発明および甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできないものではない。

イ 申立人の主張
申立人は、異議申立書において、甲1の段落【0050】には、加硫後においてもモルホロジーやシリカの分配がより安定な状態に変化することが起こり得るため、シリカの偏在率は加硫後、2週間以上静置した後測定することが好ましく、1ヶ月後以上静置した後測定した方がこのましいことが記載されているから、本件特許発明6の加硫後2週間以上静置した条件で加硫ゴム組成物の経時安定性が良好であることは、甲1に解決手段が既に記載されていると主張している(主張1)。
また、甲1の段落【0027】?【0051】には「1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマー」を含有する加硫ゴムの態様はあくまで好ましい態様で、必須の要件ではないことが記載されているので、甲1には「1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマー」を含有しない加硫ゴム組成物のモルホロジー、シリカ偏在率を示唆されており、本件特許発明6は、甲1に記載された発明と同じ課題に対して同じ解決手段を適用できるものに過ぎないから、当業者が容易に発明をすることができたものである旨の主張(主張2)もしている。
さらに、申立人は、本件特許と同日に出願され同日に公開された同一出願人の特許出願(特願2014-232212号(特開2016-94556号、特許第6071979号(以下、「特許B」という。))を挙げ、特許Bの請求項6に係る加硫ゴム組成物の発明は、本件特許発明6と「テルペン樹脂」の有無のみで異なるものであるところ、両者の明細書の記載からテルペン樹脂がなくとも、モルホロジーや充填剤のシリカの偏在の影響がないことが理解できるものであり、一方、テルペン系樹脂は公知の効果を発揮する成分に過ぎないことから、本件特許発明6は、出願後に明らかになった従来技術から進歩性がない旨の主張(主張3)をしている。
しかしながら、前記主張1について検討するに、甲1の摘記事項カの段落【0050】に記載されているのは、加硫後にある期間静置した条件で図ると、安定な状態でモルホロジーやシリカの偏在率を測定できること、つまり、安定した状態のモルホロジーやシリカの偏在率の測定手法(条件)であって、シリカの偏在率を特定範囲とするための解決手段ではないから、主張1は採用できず、また、主張1における解決手段に基づいた主張2も採用できない。さらに、主張3について、当該主張における出願後に明らかになった従来技術が何を意図してのものか不明であるが、上記(1)で検討した通り、本件特許発明6は、甲1に記載された発明および甲2に記載された事項からは進歩性がないとはいえないので、この主張も採用できない。

(2) 本件特許発明7ないし9について
本件特許発明7ないし9は、請求項6を引用するものであるから、本件特許発明6と同様に判断され、甲1発明および甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできないものではない。

(3) 小括
本件特許発明6ないし9は、甲1に記載された発明および甲2に記載された事項に基いて当業者が発明することができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、取り消すべきものではない。
よって、甲1に基いた特許法第29条第2項に対する申立理由3は理由がない。

2 申立理由1(特許法第36条第4項第1号(同条第113条第4号))について
(1) 申立人の主張
申立人は、本件特許の審査経過(甲3)を提示して、特許権者は、請求項6に係る発明として、請求項1に係る製造方法による特定をしたプロダクト・バイ・プロセスによる補正案を提示するとともに、甲1には、ブタジエンゴムとシリカとのマスターバッチと、天然ゴムとシリカを混合したマスターバッチとを混合して組成物を製造することは記載されていないと主張して甲1との差異を明らかにしようとしていたところ、結局、本件の請求項6において「1.0×10^(3)?2.0×10^(5)のエポキシ化ブタジエン系ポリマーを含有する場合を除く」と補正をすることで甲1に記載された発明を除くことことで区別し、製造方法による限定がされなかった経緯があり、本件特許発明6は、請求項1に記載された製造方法以外の方法で製造するものも含まれるものとなったと述べている。
そして、本件特許明細書には、背景技術として、モルホロジーや充填剤偏在のコントロールが周知技術から容易にできる技術ではないことが指摘され、それらのコントロールされた本件特許発明6の組成物を得るためには、本件特許発明1の製造方法しかなく、他の製造方法の方法の記載はないから、本件特許発明6ないし9のうち、本件特許発明1の製造方法以外の方法で製造された範囲は、実施可能要件を満たさない旨の主張をしている。
さらに、申立人は、本件特許出願と同日に出願され、同日に公開された同一出願人の特許出願(特許第6071979号(「特許B」))を挙げ、特許Bの請求項6に係る加硫ゴム組成物の発明は、本件特許発明6と「テルペン樹脂」の有無のみで異なるものであるところ、製造方法の工程にはテルペン樹脂の有無とは無関係であり、特許Bの請求項6に係る発明は、特許Bの請求項1に記載された製造方法によらなければ製造できないことは特許Bの比較例において特許権者も認めていると説明し、本件特許発明6も同様に本件特許発明1の製造方法によらなければ得られないとの主張もしている。

(2) 判断
本件特許発明6は、製造方法による特定はないが、本件特許明細書の記載からみて、少なくとも本件特許発明1に記載された製造方法により製造できることは明らかであり、また、本件特許発明6は、特定するブタジエンゴムの配合量βの範囲でシリカの存在率αが満たされ、課題に対応した効果を有することが実施例の開示からも理解できるから、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たしている。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3) 小括
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明6ないし9を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されており、これらの特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているから、同法第113条第4号に該当せず、取り消すべきものではない。
よって、特許法第36条第4項第1号に対する申立理由1には理由がない。

3 申立理由2(特許法第36条第6項第1号(同条第113条第4号))について
(1) 申立人の主張
申立人は、本件特許明細書には、請求項1に記載される方法以外の製造方法の記載はなく、一方、本件特許発明6ないし9の各発明は、本件製造方法以外で製造される加硫ゴム組成物を含んでおり、請求項1の製造方法が特定されていない請求項6に係る発明の範囲まで加硫ゴム組成物を拡張することはできないので、サポート要件を満たしていない旨の主張をしている。

(2) 判断
請求項6に係る発明の範囲は、請求項1や本願明細書の段落【0023】に記載された製造方法によれば、ブタジエンゴムの配合量βの範囲において、シリカの存在率αが式1の範囲となることは実施例等の記載からみて明らかであり、本件特許明細書に記載の課題を解決できることが理解できる。
そして、製造方法による特定によらず、加硫ゴム組成物の物の発明としての特定が可能であり、かつ、物の発明として特定した範囲全般において、本件における課題の解決が可能であることが理解できるのであれば、他の製造方法を用いた場合の物の発明の課題の解決(サポート要件)の有無に関わらず、加硫ゴム組成物の発明としてサポート要件は満たされていることとなる。
そもそも、他の製造方法では製造できないのであれば、そのような方法による加硫ゴム組成物は、本件特許発明6の範囲に含まれないものであるし、仮に他の製造方法でも課題が解決できるとしても、本件特許明細書中に、このような他の製造方法の記載がないとの理由により、特許明細書に記載の製造方法により製造された本件特許発明6の物の発明のサポート要件が満たされていることまで否定されるわけではない。

(3) 小括
本件特許発明6ないし9は、本件特許発明の課題を解決できることが発明の詳細な説明に記載されており、これらの特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではないから、同法第113条第4号に該当せず、取り消すべきものではない。
よって、特許法第36条第6項第1号に対する申立理由2には理由がない。


第6 むすび
以上のとおりであるから、本件請求項6ないし9に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項6ないし9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-10-31 
出願番号 特願2014-232215(P2014-232215)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 久保田 葵芦原 ゆりか平井 裕彰  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 小柳 健悟
岡崎 美穂
登録日 2017-01-13 
登録番号 特許第6071980号(P6071980)
権利者 住友ゴム工業株式会社
発明の名称 加硫ゴム組成物の製造方法、加硫ゴム組成物およびそれを用いたスタッドレスタイヤ  
代理人 特許業務法人朝日奈特許事務所  

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