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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D06M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D06M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D06M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D06M
管理番号 1334409
異議申立番号 異議2017-700832  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-09-01 
確定日 2017-11-17 
異議申立件数
事件の表示 特許第6092510号発明「抗菌性繊維構造物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6092510号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6092510号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成23年11月25日に特許出願され、平成29年2月17日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人平川弘子(以下、「申立人」という。」)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?4に係る発明(以下、「本件発明1」等という。)は、それぞれ、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定された、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
セルロース系繊維(ただし、レーヨンを除く)を含む繊維構造物を有機酸で処理した抗菌性繊維構造物であって、前記セルロース系繊維の分子構造に抗菌性を有する官能基が生成しており、社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が2.2以上の抗菌性を有する抗菌性繊維構造物。
【請求項2】
前記有機酸が、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸、乳酸、マロン酸、アコニット酸、グルタル酸、アジピン酸、酢酸、蟻酸、および蓚酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の抗菌性繊維構造物。
【請求項3】
前記有機酸が、リンゴ酸、クエン酸、マレイン酸、フマル酸、およびコハク酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1または2に記載の抗菌性繊維構造物。
【請求項4】
セルロース系繊維が化学繊維である請求項1?3のいずれか1項に記載の抗菌性繊維構造物。」

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠として、以下の証拠を提出した。
・甲第1号証:特開2006-265781号公報
・甲第2号証:特開平9-40701号公報
・甲第3号証:特開2009-41169号公報
・甲第4号証:特開2006-307392号公報
以下、甲第1号証等を、「甲1」等といい、甲1に記載された発明あるいは事項を、それぞれ「甲1発明」あるいは「甲1事項」という。
特許異議申立書の「(4)具体的理由」(4ページ2行?23ページ11行)の記載によれば、申立人が主張する申立理由は、以下のとおり。

1.申立理由1
本件発明1は、甲1発明、甲3発明又は甲4発明であり、本件発明2及び3は甲1発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は、特許法第113条第2号の規定に該当する。

2.申立理由2
本件発明1?3は甲1発明に基いて、また、本件発明4は甲1発明及び甲2事項に基いて、それぞれ、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであり、その特許は、特許法第113条第2号の規定に該当する。

3.申立理由3
本件発明1?4には、セルロース系繊維の分子構造に生成している抗菌性を有する官能基について、その種類や個数について一切規定されていない。よって、本件発明1?4では、物の有する機能、特定等からその物の構造等を予測することが困難である。そうすると、実施例で効果が確認されているセルロース系繊維の種類と有機酸との組み合わせや、これらの製造方法以外を採用して抗菌性繊維構造物を作成しようとする場合、過度の試行錯誤が必要となる。したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たすものではない。よって、本件発明1?4に係る特許は、特許法第113条第4号の規定に該当する。

4.申立理由4

(1)申立理由4-1
本件発明1に記載された「抗菌性を有する官能基」について、有機酸の処理によって生成したものであるか否かが特定されていない。したがって、本件発明1には、有機酸の処理とは関係なく、元々セルロース系繊維に抗菌性官能基が生成しているものも、文言上、包含される。しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、そのような抗菌性官能基を有するセルロース系繊維を用いた態様は、記載されていない。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定された要件に適合しないものであり、その特許は、特許法第113条第4号の規定に該当する。

(2)申立理由4-2
本件特許明細書には、有機酸として、水への溶解度が高く、かつ、低炭素数の「カルボン酸」のみが記載されている。有機酸には、カルボン酸以外にも、スルホン酸があるし、カルボン酸の中には、水への溶解度の低いフマル酸や、高炭素数のステアリン酸等があるところ、本件特許明細書の限られたカルボン酸についての記載に基いて、本件発明1に記載された「有機酸」にまで、拡張ないし一般化できるとはいえない。したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定された要件に適合しないものであり、その特許は、特許法第113条第4号の規定に該当する。

(3)申立理由4-3
本件発明1に記載された「セルロース系繊維(ただし、レーヨンを除く)」のセルロース系繊維には、一般に、天然繊維、再生繊維、半合成繊維が含まれる。
一方、本件特許明細書の段落【0034】の「なお、セルロース系繊維を含む繊維構造物の処理に用いられる有機酸は、どのような状態にて繊維構造物に付着し、どのようなメカニズムにて抗菌性を発揮しているかは定かではない」との記載から、セルロース繊維がどのような構造を有していれば、有機酸によって抗菌性が付与されるかは明らかではない。そして、本件特許明細書では、トリアセテート、テンセル、ジアセテートなどの化学繊維についてしか、効果が確認されていない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明に開示された化学繊維の内容を、請求項に係る発明の範囲、すなわち全てのセルロース系繊維まで拡張できるとはいえない。
なお、トリアセテート、テンセルおよびジアセテートについては、有機酸で未処理の状態の抗菌性能が評価されていないため、有機酸の処理によって抗菌性が付与されているかどうかも不明である。
以上のとおりであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定された要件に適合しないものであり、その特許は、特許法第113条第4号の規定に該当する。

第4 当審の判断

1.申立理由1について

(1)甲1発明を主引用例とする申立理由1

ア.甲1発明
甲1の、段落【0010】、【0011】、【0039】、【0044】、【0054】、【0055】【表1】、【0056】【表2】の記載から、甲1には、以下の甲1発明が記載されている。

「綿100%ニット素材に、リンゴ酸を含有する薬剤配合液を含浸させ、マングルにて絞った後、乾燥(130℃×2分)、キュアリング(170℃×2分)を行ったニット素材であって、前記綿の繊維にカルボキシル基が導入され、洗濯(JIS L0217 103法に準拠)10回後でも、温潤発滅性能に変わりのない、ニット素材。」

イ.本件発明1について

(ア)本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、少なくとも以下の<相違点1-1>で相違する。

<相違点1-1>
本件発明1は、「社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が2.2以上の抗菌性を有する」抗菌性繊維構造物であるのに対し、甲1発明は綿の繊維にカルボキシル基が導入され、洗濯(JIS L0217 103法に準拠)10回後でも、温潤発滅性能に変わりのない、ニット素材である点。

(イ)<相違点1-1>についての検討
甲1発明は、温潤発熱性を有するニット素材であって、本件発明1に特定される抗菌性を有する繊維構造物ではないから、<相違点1-1>は、形式的な相違点ではなく、実質的な相違点である。よって、本件発明1は甲1発明ではない。

申立人は、甲2に「・・・カルボキシル基それ自体が若干の抗菌性を有しており、上記のようにこれが増加することが、抗菌性の向上に寄与していると考えられる」(【0019】)との記載、並びに、甲1発明の薬剤配合液を含浸させた後の加熱条件が130℃×2分、170℃×2分であり、本件特許明細書に記載された本件発明1の熱処理の温度及び時間の好適条件である「50℃?180℃」「5分?60分程度」を満たすこと、甲1に記載の薬剤配合液中のリンゴ酸の濃度(100g/l)が抗菌性には問題がないことが本件特許明細書には示唆されていること、及び、洗濯についての湿潤発熱性能の評価より甲1発明に導入されたカルボキシル基が洗濯耐久性を有することから、甲1発明は、<相違点1-1>に係る構成である「社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が2.2以上の抗菌性」を有する蓋然成が高い、旨主張する。(特許異議申立書14ページ8行?15ページ12行)。
そこで上記主張を検討すると、甲1には、「130℃×2分、170℃×2分」の条件として、「乾燥(130℃×2分)、キュアリング(170℃×2分)」(【0039】)との記載があり、一方、当該「乾燥」工程においても、「キュアリング」工程のようにカルボキシル基がセルロース系繊維に有効に導入される(【0010】)ような記載もないし、示唆する記載もない。そうすると、甲1発明は、上記カルボキシル基の導入するための処理の時間が、上記<相違点1-1>に係る「社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が2.2以上の抗菌性」を発揮できるほど、十分に長いものであるとはいえない。よって、上記申立人の主張を採用することはできない。

ウ.本件発明2及び3について
本件発明2及び3のそれぞれは、直接あるいは間接に本件発明1を引用するものであって、本件発明1に特定事項を付加し、技術的に限定されたものである。上記イ.に示したように、本件発明1は甲1発明ではないから、本件発明1の特定事項を全て包含し、さらに、技術的に限定されたものである本件発明2及び3も甲1発明ではない。

(2)甲3発明を主引用例とする申立理由1

ア.甲3発明
甲3の段落【0009】、【0010】、【0013】、【0023】、【0024】、【0065】、【0071】【表-3】の記載、特に実施例30についての記載から、甲3には、以下の甲3発明が記載されている。

「綿ニットを、主成分として脂肪酸を含むグレープフルーツ種子抽出液からなる処理液に浸漬し、100℃で60分間処理した抗菌加工繊維製品であって、10回の洗濯処理後の静菌活性値が5.3以上の抗菌性を有する抗菌加工繊維製品。」

イ.本件発明1について

(ア)本件発明1と甲3発明との対比
本件発明1と甲3発明とを対比すると、少なくとも以下の<相違点2-1>で相違する。

<相違点2-1>
本件発明1の抗菌性繊維構造物が含むセルロース系繊維は、その分子構造に抗菌性を有する官能基が生成しているものであるのに対し、甲3発明の抗菌加工繊維製品は、脂肪酸を含む処理液で処理されるものの、処理後に抗菌性を有する官能基を生成しているか不明である点。

(イ)<相違点2-1>についての検討
甲3には、綿ニットを脂肪酸を含む処理液で処理することにより、抗菌性を有する官能基を生成するとは記載されていないし、そのようなことが技術常識であるともいえず、甲3発明の脂肪酸を含む処理液で処理した綿ニットに、抗菌性を有する官能基が生成しているとは必ずしもいえるものではないから、<相違点2-1>は、形式的な相違点ではなく実質的な相違点である。よって、本件発明1は甲3発明ではない。

(3)甲4発明を主引用例とする申立理由1

ア.甲4発明
甲4の段落【0001】、【0011】、【0016】?【0019】、【0035】、【0038】(【表1】を含む)の記載から、甲4には、以下の甲4発明が記載されている。

「綿を、ツヤ酸を含有する水溶液に含浸し、脱水し、155℃で3分間熱処理した抗菌加工繊維であって、10回の洗濯処理後の静菌活性値が4.83以上の抗菌性を有する抗菌加工繊維。」

イ.本件発明1について

(ア)本件発明1と甲4発明との対比
本件発明1と甲4発明とを対比すると、少なくとも以下の<相違点3-1>で相違する。

<相違点3-1>
本件発明1の抗菌性繊維構造物は、セルロース系繊維の分子構造に抗菌性を有する官能基が生成しているものであるのに対し、甲4発明は、抗菌加工繊維製品を構成する綿繊維のヒドロキシル基又はアミノ基と反応する反応性官能基を有する抗菌性化合物が、綿繊維に化学的に結合されている点。

(イ)<相違点3-1>についての検討
甲4の記載によれば、ツヤ酸やツヤプリシンの官能基は、綿繊維のヒドロキシル基と反応するものであり、綿繊維にツヤ酸や、ツヤプリシンの官能基が生成されるものではないから、<相違点3-1>は、形式的な相違点ではなく実質的な相違点である。よって、本件発明1は甲4発明ではない。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1発明、甲3発明又は甲4発明ではなく、本件発明2及び3は、甲1発明でもないから、特許法第29条第1項第3号に該当しない。
したがって、本件発明1?3に係る特許は、特許法第113条第2号に該当せず、取り消すことはできない。

2.申立理由2について

(1)本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比すると、少なくとも、上記1.(1)イ.(ア)の<相違点1-1>において相違する。

(2)相違点<1-1>についての検討
甲1には、以下の記載がある。

「【0001】
本発明はセルロース系繊維の湿潤発熱加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維の親水性官能基に水分子が吸着することにより、吸着熱が発生し、その吸着熱が積算されて繊維が発熱することが知られている。従来から、そのような湿潤発熱効果を促すための繊維の加工技術が種々提案されている。」
「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0007】
本発明は、十分な湿潤発熱性能および洗濯耐久性を付与でき、風合いの硬化および加工時の変退色等の問題を起こさないセルロース系繊維の湿潤発熱加工方法を提供することを目的とする。」
「【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明はセルロース系繊維に脂肪族飽和ジカルボン酸を付着・キュアリングし、繊維のpHを5.0?8.0に調整することを特徴とするセルロース系繊維の湿潤発熱加工方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の湿潤発熱加工方法によれば、風合いの硬化および加工時の変退色等の問題を起こすことなく、優れた湿潤発熱性能と洗濯耐久性を付与できる。また、本発明の方法ではホルムアルデヒドは発生しないので安全性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のセルロース系繊維の湿潤発熱加工方法においてはまず、セルロース系繊維に、脂肪族飽和ジカルボン酸を付着・キュアリングする。詳しくは、脂肪族飽和ジカルボン酸を含有する溶液(以下、薬剤配合液という)をセルロース系繊維に含浸させ、脂肪族飽和ジカルボン酸をセルロース系繊維に付着させた後、そのセルロース系繊維を加熱する。これによって、セルロース系繊維の水酸基と脂肪族飽和ジカルボン酸の一方のカルボキシル基との間でエステル結合が形成され、結果として脂肪族飽和ジカルボン酸におけるエステル結合の形成に寄与しない他方のカルボキシル基がセルロース系繊維に有効に導入される。」
「【0013】
脂肪族飽和ジカルボン酸の代わりにカルボキシル基の数が3ヶ以上のポリカルボン酸化合物を使用すると、カルボキシル基の反応性が高すぎる。そのため、いずれのカルボキシル基もセルロース系繊維とエステル結合を形成する傾向が強くなり、カルボキシル基をセルロース系繊維に有効に導入できないので、湿潤発熱性能が不十分になる。また風合いが硬化し強力低下を起こすことがある。」

以上の摘記から、甲1発明は、セルロース繊維に対して、十分な湿潤発熱性能および洗濯耐久性を付与でき、風合いの硬化および加工時の変退色等の問題を起こさない湿潤発熱加工方法を提供する(【0007】)ことを課題とするもので、そのために、セルロース系繊維に脂肪族飽和ジカルボン酸を付着・キュアリングし、繊維のpHを5.0?8.0に調整する(【0008】)ものである。その結果、脂肪族飽和ジカルボン酸におけるエステル結合の形成に寄与しない他方のカルボキシル基がセルロース系繊維に有効に導入される(【0010】)ものである。
しかし、甲1には、脂肪族飽和ジカルボン酸によりニット素材を処理することで、抗菌性能を上記<相違点1-1>に係る構成にまで改良することの動機となる記載もないし、示唆する記載もない。そして、本件発明1は、上記<相違点1-1>を備えることで、「・・・耐久性および優れた抗菌性を有する抗菌性繊維構造物を提供することができる」(本件特許明細書段落【0021】)との格別な効果を奏する。
よって、本件発明1は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本件発明2?4
本件発明2?4は、本件発明1を直接あるいは間接に引用するものであるから、本件発明1の特定事項を全て包含し、さらに技術的に限定されたものである。そして、上記(1)に示したように、本件発明1は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明することができたものではないから、本件発明2及び3は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明することができたものではなく、また、本件発明4は、甲1発明及び甲2事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件発明1?4の各々は、甲1発明、あるいは、甲1発明及び甲2事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。
したがって、本件発明1?4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当せず、取り消すことはできない。

3.申立理由3について

(1)本件特許明細書には、本件特許発明の抗菌性繊維構造物の第1の製造方法として、
「【0038】
・・・第1の製造方法は、・・・具体的には、セルロース系繊維を含む繊維構造物を準備し、この繊維構造物を、有機酸を含む水溶液中に浸漬する。なお、本製造方法において、セルロース系繊維、繊維構造物および有機酸は、上述のものを用いることができる。」との記載があり、段落【0039】?【0042】に、処理温度、処理時間、有機酸濃度及び繊維構造物の形状に応じて用いる任意の装置について記載されている。
また、本件特許明細書には、抗菌繊維構造物の第2の製造方法として、
「【0047】
・・・第2の製造方法は、セルロース系繊維を含む繊維構造物に有機酸を含む水溶液を付与し、熱処理をおこなうものである。なお、本製造方法においても、セルロース系繊維、繊維構造物および有機酸は、上述の物を用いることができる。
【0048】
具体的には、セルロース系繊維を含む繊維構造物を準備し、この繊維構造物に有機酸を含む水溶液を付与する。例えば、準備した繊維構造物に対して、パディング法やスプレー法などによって、有機酸を含む水溶液を繊維構造物に付与する。その後、所定の温度で熱処理をおこなう。熱処理の方法としては、例えば、乾熱処理、または水蒸気を用いた湿熱処理などを用いることができる。」との記載があり、段落【0049】?【0050】に熱処理の温度、有機酸の濃度について記載されている。

そうすると、本件発明1?4は、上記第1あるいは第2の製造方法により繊維構造物に対して有機酸処理を施し、処理後の繊維構造物を構成するセルロース系繊維の分子構造に抗菌性を有する官能基が存在することや、社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が、2.2以上であるか否かを確認することで、当業者が実施できるものであると理解できる。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない、とまではいえない。

なお、申立人は、以下のとおり主張している。
本件特許に係る出願についての審査段階の、平成28年5月19日付け意見書における「以上のとおり、刊行物3(当審注:甲1)の製造方法で得られたセルロース系繊維は、pH調整の有無やpHの値によって、その性能が大きく異なり、また、本願発明にて抗菌性効果が確認されているマレイン酸やクエン酸で処理した繊維とリンゴ酸で処理した繊維であっても刊行物3では得られる繊維の性能が大きく異なります。したがって、刊行物3で得られる繊維が本願発明と同様の抗菌性を有する官能基を有しているとは到底考えられません。本願発明により得られる繊維と刊行物3で得られる繊維とは明確に一線を画すものであると考えます。」((3)(3-1)刊行物3について)との特許権者の主張から、特許権者は「有機酸としてリンゴ酸を用いた場合でも、セルロース系繊維に抗菌性を付与できない場合がある」と説明している。そうすると、実施例で効果が確認されているセルロース系繊維の種類と有機酸の種類との組み合わせや、これらの製造方法以外を採用して抗菌性繊維構造物を作成しようとする場合、過度の試行錯誤が必要となる。」(特許異議申立書20ページ24行?21ページ12行)。
そこで上記主張について検討する。上記特許権者の平成28年5月19日付け意見書での主張は、その前段の主張も踏まえると、刊行物3の実施例と比較例の湿潤発熱効果についての対比に基づくものであり、特許権者の当該主張から、「有機酸としてリンゴ酸を用いた場合でも、セルロース系繊維に抗菌性を付与できない場合がある」とまで特許権者が主張していると解することはできない。
そして、上記に示したように、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない、とまではいえない。
よって、申立人の上記主張を採用することはできない。

(2)小括
以上のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たすものであり、本件発明1?4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当せず、取り消すことはできない。

4.申立理由4について

(1)申立理由4-1について
本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0005】
・・・抗菌加工を施す繊維構造物がセルロース系繊維からなる場合、上記の従来の抗菌剤では、所望の抗菌性繊維構造物を得ることができなかった。」
「【0010】
本発明は、・・・セルロース系繊維であっても耐久性および優れた抗菌性を有する抗菌性繊維構造物およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、繊維構造物に抗菌剤を付与して抗菌性繊維構造物を製造する場合において、従来、抗菌性を有するものが得られるとは考えられていなかった有機酸を用いるものである。本願発明者らは、鋭意検討及び実験を重ねた結果、有機酸であっても、セルロース系繊維を含む繊維構造物に対して用いることにより、抗菌性を有する繊維構造物が得られることを見出した。・・・
【0012】
上記目的を達成するために、本発明に係る抗菌性繊維構造物は、セルロース系繊維を含む繊維構造物を有機酸で処理したことを特徴とする。」
「【0034】
なお、セルロース系繊維を含む繊維構造物の処理に用いられる有機酸は、どのような状態にて繊維構造物に付着し、どのようなメカニズムにて抗菌性を発揮しているかは定かではないが、抗菌性やその洗濯耐久性から推測すると、(A)有機酸そのものの状態で繊維表面に付着しているのではなく、セルロース系繊維の分子構造を変化させてアルデヒドのような抗菌性を有する官能基を生成している、および/または、(B)有機酸の分子構造が変化したものがセルロース系繊維と化学結合してアルデヒドのような抗菌性を有する官能基を生成している、と推測している。・・・」

上記摘記から、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「繊維構造物がセルロース系繊維からなる場合、上記の従来の抗菌剤では、所望の抗菌性繊維構造物を得ることができなかった」(【0005】)との課題を解決するために、有機酸をセルロース系繊維を含む繊維構造物に対して用いることにより、抗菌性を有する繊維構造物が得られることを見出し(【0011】)、「セルロース系繊維を含む繊維構造物を有機酸で処理した」(【0012】)抗菌性繊維構造物を製造する旨が記載されている。
さらに、その抗菌性発揮のメカニズムは、定かではないけれども、「セルロース系繊維の分子構造を変化させてアルデヒドのような抗菌性を有する官能基を生成している、および/または、・・・有機酸の分子構造が変化したものがセルロース系繊維と化学結合してアルデヒドのような抗菌性を有する官能基を生成している」(【0034】)との記載があることから、セルロース系繊維に対して化学変化を生じせしめて、抗菌性を有する官能基が生ずることで、上記課題が解決されることが理解できる。
したがって、本件特許の請求項1に記載された「抗菌性を有する官能基」は、有機酸の処理によって生成したものであることは、上記本件特許明細書の発明の詳細な説明の上記記載から明らかであり、かつ、かかる有機酸の処理によって生成した「抗菌性を有する官能基」を有するセルロース系繊維からなる繊維構造物が、上記本件発明の課題を解決することは明らかである。 よって、申立人が主張する申立理由4-1によって、本件特許の請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないということはできない。

(2)申立理由4-2について
本件特許の請求項1に記載された「有機酸」は、一般に「有機酸」に属する化合物のすべてを包含するものではなく、本件特許の請求項1に記載されたとおりの「セルロース系繊維(ただし、レーヨンを除く)を含む繊維構造物」を処理すると、当該セルロース系繊維の分子構造に抗菌性を有する官能基が生成し、当該抗菌性繊維構造物が、社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が2.2以上の抗菌性を有する」ものとなる「有機酸」である。
さらに、本件特許明細書の段落【0079】の【表1】をみると、「繊維構造物」として、トリアセテート、テンセル、ジアセテートのセルロース系繊維の編み物を、リンゴ酸、クエン酸、コハク酸、マレイン酸、酢酸の有機酸により処理した結果、社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が、2.2以上となることが記載されている。したがって、本件特許の請求項1に記載された「有機酸」による「繊維構造物」の処理によって、上記(1)に示した本件発明の課題が解決されることが理解できる。
よって、申立人が主張する申立理由4-2によって、本件特許の請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないということはできない。

(3)申立理由4-3について
本件特許の請求項1に記載された「セルロース系繊維(ただし、レーヨンを除く)」とは、レーヨンを除く「全てのセルロース系繊維」ではなく、本件特許の請求項1に記載されたとおりの、当該繊維を含んだ繊維構造物を有機酸で処理した結果、セルロース系繊維の分子構造に抗菌性を有する官能基が生成しており、社団法人繊維評価技術協議会が定めている抗菌防臭加工の認定基準に準じた標準洗濯法にて10回の洗濯処理後の静菌活性値が2.2以上の抗菌性を、前記繊維構造物が有するものとなる「セルロース系繊維(ただし、レーヨンを除く)」である。
さらに、本件特許明細書の段落【0079】の【表1】には、上記(2)に示した事項が記載されている。したがって、本件特許の請求項1に記載された「セルロース系繊維(ただし、レーヨンを除く)」を含む繊維構造物をを、「有機酸」により処理することで、上記(1)に示した本件発明の課題が解決されることが理解できる。
よって、申立人が主張する申立理由4-3によって、本件特許の請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないということはできない。

なお、申立人は、「トリアセテート、テンセルおよびジアセテートについては、有機酸で未処理の状態の抗菌性能が評価されていないため、有機酸の処理によって抗菌性が付与されているかどうかも不明である。」(特許異議申立書23ページ9?11行)と主張しているが、なんらかの抗菌処理を施さずしてトリアセテート、テンセル、あるいは、ジアセテートが抗菌性能を予め具備しているとは解されず、そして、本件特許明細書の段落【0079】の【表1】をみると、「静菌活性値」が「2.2」以上の抗菌性能を、これらの繊維が獲得しているから、当該抗菌性能は、本件特許に係る抗菌処理によって付与されたものであることが理解できる。よって、申立人の上記主張は採用できない。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定された要件を満たすので、本件発明1に係る特許は、特許法第113条第4号に該当せず、取り消すことはできない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1?4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-11-07 
出願番号 特願2011-257906(P2011-257906)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (D06M)
P 1 651・ 536- Y (D06M)
P 1 651・ 121- Y (D06M)
P 1 651・ 537- Y (D06M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 細井 龍史  
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 久保 克彦
谿花 正由輝
登録日 2017-02-17 
登録番号 特許第6092510号(P6092510)
権利者 小松精練株式会社
発明の名称 抗菌性繊維構造物  
代理人 新居 広守  

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