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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01N
管理番号 1334717
審判番号 不服2016-13543  
総通号数 217 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-01-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-09-09 
確定日 2017-11-16 
事件の表示 特願2012-157850「消毒液及び消毒方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 2月 3日出願公開、特開2014- 19659〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成24年7月13日の出願であって、平成28年3月9日付けで拒絶理由が通知され、同年4月22日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年6月27日付けで拒絶査定がされ、同年9月9日付けで拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、同年12月27日付けで上申書が提出され、平成29年5月26日付けの補正の却下の決定により平成28年9月9日付けの手続補正が却下されるとともに、平成29年5月26日付けで当審から拒絶理由が通知され、平成29年7月4日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。
なお、刊行物等提出書が平成27年7月31日、同年9月4日、同年9月9日、平成28年5月17日にそれぞれ提出されている。

第2 特許請求の範囲の記載
この出願の特許請求の範囲の記載は、平成29年7月4日になされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「(A)エタノールを50?70重量%、並びに、
(B)有機酸及び/又は有機酸塩と、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、及び、モルホリンからなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物とを合計0.05?4.50重量%含み、
pHが11.8?12であることを特徴とする消毒液。」

第3 当審が通知した拒絶理由の概要
平成29年5月26日付けで当審が通知した拒絶の理由(以下「当審拒絶理由」という。)は、以下の理由2を含むものである。

理由2:この出願の請求項1?8に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?3に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

刊行物1:特開2009-173641号公報(原審における引用文献1)
刊行物2:野田衛 外1名著、「ノロウイルスの不活化に関する研究の現状」、国立医薬品食品衛生研究所報告、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部、第129号、2011年12月15日、第37?54頁(平成28年5月17日に提出された刊行物等提出書の刊行物2)
刊行物3:【食洗協シリーズNo.4】食品衛生に大活躍!アルコール製剤 日本食品洗浄剤衛生協会、平成6年3月発行、第29?36頁(原審における引用文献9)

第4 当審の判断
当審は、当審拒絶理由のとおり、本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと判断する。
その理由は以下のとおりである。
なお、上記「第2」で示したとおり、特許請求の範囲の請求項1の記載は、平成29年7月4日付け手続補正により補正されたものであるが、この請求項1の記載は、上記「第3」で示した平成29年5月26日付けで当審が通知した拒絶の理由の対象となった平成28年4月22日付け手続補正により補正された請求項1の「エタノールアミン類」を、「エタノールアミン類」の具体例として請求項1に記載されていた「モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、及び、モルホリンからなる群から選ばれた少なくとも1種」と特定し、また、pHの範囲が平成28年4月22日付け手続補正により補正された請求項1では「6?12」であったものを、「11.8?12」と限定したものである。

1 本願発明
上記「第2」で示したとおりである。

2 刊行物
上記「第3」で示した文献のうち、以下の文献である。
刊行物1:特開2009-173641号公報(原審における引用文献1)
刊行物2:野田衛 外1名著、「ノロウイルスの不活化に関する研究の現状」、国立医薬品食品衛生研究所報告、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部、第129号、2011年、第37?54頁(平成28年5月17日に提出された刊行物等提出書の刊行物2)

3 刊行物の記載事項
(1)刊行物1
刊行物1には、以下の事項が記載されている。
(1a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(A)?(C)成分を、組成物全体に対し下記の割合で含有するとともに、(D)成分として水を含有し、且つ組成物の原液のpH(JIS Z-8802:1984「pH測定方法」)が、25℃で8?12の範囲に設定されていることを特徴とする殺菌消毒剤組成物:
(A)低級アルコール35?75質量%
(B)(b1)有機酸およびそのアルカリ金属塩、および/または(b2)無機酸およびそのアルカリ金属塩0.05?10質量%
(C)モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルから選ばれる少なくとも一種の非イオン界面活性剤0.05?5質量%。
【請求項2】
上記(A)成分がエチルアルコールであることを特徴とする請求項1記載の殺菌消毒剤組成物。
【請求項3】
上記(B)成分のうちの(b1)成分が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸およびこれらのアルカリ金属塩から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする請求項1または2に記載の殺菌消毒剤組成物。 」

(1b)「【0019】
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、ウイルスおよび食中毒菌の双方に効果を発現する殺菌消毒剤組成物およびこれを含有する殺菌消毒材、ならびにこれらを用いた殺菌消毒方法の提供を目的とする。なかでも、組成物の安全性、毒性等の点から、食品添加物で構成される殺菌消毒剤組成物の提供を目的とする。」

(1c)「【0022】
また、上記(B)成分のうちの(b1)成分が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸およびこれらのアルカリ金属塩から選ばれる少なくとも一種である殺菌剤組成物を第3の要旨とし、・・・
【0034】
上記(b1)成分である有機酸およびそのアルカリ金属塩としては、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸およびこれらのアルカリ金属塩から選ばれる少なくとも一種であって、アルカリ金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。さらに詳しくは、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、リンゴ酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、グルコン酸カリウム、コハク酸ナトリウム、酒石酸ナトリウム、乳酸ナトリウム等が挙げられる。これらは単独で用いても、または2種以上を組み合わせて用いてもよい。」

(1d)「【0036】
上記(B)成分の(b1)有機酸およびそのアルカリ金属塩、および/または(b2)無機酸およびそのアルカリ金属塩は、殺菌消毒剤組成物中に、0.05?10質量%、好ましくは、殺菌消毒効果の点、アルコールと併用したときの貯蔵安定性の観点から、0.5?2質量%の範囲に設定することが好ましい。0.05質量%未満では、殺菌消毒効果に乏しく、10質量%を超えて配合した場合には、アルコールと併用したときに貯蔵安定性が乏しくなり、結晶が析出するなど好ましくない。」

(1e)「【0038】
上記(C)成分の非イオン界面活性剤は、殺菌消毒剤組成物中に、0.05?5質量%、好ましくは、殺菌消毒効果の観点から、0.1?3質量%の範囲に設定することが好ましく、なかでも、洗浄力、他の配合成分とのバランスによる使用後の対象物へのヌルつきの観点から、0.1?1質量%の範囲とすることが特に好ましい。」

(1f)「【0043】
そして、本発明の殺菌消毒剤組成物の原液のpH(JISZ-8802:1984「pH測定方法」) は、25℃で、8?12の範囲であることが好ましく、特に、作業時における取り扱い性、すすぎ性等の点から、8?11の範囲であることが好ましい。」

(1g)「【0048】
(2)本発明の殺菌消毒剤組成物は、上記のほか、適宜の方法により使用することができ、例えばスプレー等により被殺菌物の表面に噴霧し、所定時間後、概ね1?5分間程度放置し、適宜、水ですすいだ後に、乾燥させる。具体的には、本発明の殺菌消毒剤組成物の原液を内填した専用のディスペンサーを、厨房内、台所、出入口のドアノブ等に配置し、使用時毎に、約6?12ml/m^(2)の割合で噴霧することにより、厨房内の調理機械器具、冷蔵庫・調理台等の表面、タイルやステンレス等の壁面等に対して、殺菌消毒を行うことができる。」

(1h)「【実施例】
【0050】
つぎに、本発明の実施例および比較例を説明する。なお、以下の記載において「%」は質量%を意味する。また、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
後記の表1?表8に示す組成により、実施例1?18、比較例1?18の殺菌消毒剤組成物(以下、供試薬剤ともいう。)を調製した。そして、得られた供試殺菌消毒剤組成物について、ウイルスに対する不活化力、食中毒菌に対する殺菌力、pH、貯蔵安定性、洗浄力、手荒れ性の試験項目について、以下の試験方法と判定基準により評価し、その結果を後記の表1?表8に併せて示した。」

(1i)「【0052】
(1)ウイルスに対する不活化力
〔試験方法〕
供試薬剤原液270μLとネコカリシウイルスF9株(FCV)30μLを60秒間接触させた後、α-Minimum Essential Medium(α-MEM)(和光純薬社製)で10倍に希釈し、更に段階的に10倍希釈を行った。あらかじめ96穴マイクロプレートに培養しておいた猫腎臓細胞(CRFK)に、50μLのα-MEMを加え、そこに先に段階希釈した液を加える。37℃、5%CO_(2)存在下で4日間培養し、細胞変性有無を確認した。
供試薬剤の変わりに超純水を用いたものをブランクとし、これらの差から供試薬剤によるFCVのLogReductionを算出し、以下の判定基準で評価した。
〔判定基準〕
◎:LogReductionが4以上
○:LogReductionが3以上、4未満
×:LogReductionが3未満
なお、◎と○を実用性のあるものと判断した。
【0053】
(2)食中毒菌に対する殺菌力
〔試験方法〕
Association of Official Agricultural Chemists(AOAC)のサニタイザー試験法に準じて行なった。詳しくは、供試薬剤原液9.9mlに、Nutrient Broth(NB)培地(MERCK社製)に10^(8)?10^(9)になるよう調整した菌液を0.1ml加える。30秒接触させた後、その1mlを不活化剤入りリン酸緩衝液9mlに加え、その後すぐに段階希釈を行う。Plate Count Agar(PCA)培地(MERCK社製)で混釈し、37℃で48時間培養後に生存菌数を測定した。接種菌数と生存菌数の対数差からLogReductionを算出し、以下の判定基準で評価した。
なお、供試菌としては、大腸菌(Escherichia coli IFO-12734)と黄色ブドウ球菌(Staphylococus aureus IFO-12732)を用いた。
〔判定基準〕
○:LogReductionが5以上
×:LogReductionが5未満
【0054】
(3)pH
pHメーター(型式:pH METER F-12、堀場製作所社製)を用いて、JIS Z-8802:1984「pH測定方法」にしたがって、供試薬剤の原液のpHを測定し、以下の判定基準で評価した。
〔判定基準〕
○:pHが8以上、12以下
×:pHが8未満或いは12を超える
【0055】
(4)貯蔵安定性
〔試験方法〕
供試殺菌消毒剤組成物を100mLの透明プラスチック瓶に入れ、恒温槽(形式:冷凍冷蔵庫HRF、ホシザキ社製)により 5℃の雰囲気下に2週間保管後、その外観を目視により観察し、以下の判定基準で評価した。
〔判定基準〕
○:沈殿、析出、分離が生じない
×:沈殿、析出、分離のいずれかが多く生じる
【0056】
(5)洗浄力
〔試験方法〕
冷蔵庫やドアの取っ手等に付着した汚れの洗浄性を想定し、室温で乾燥させたステンレス板(縦7.6cm×横2.6cm)に、Synthetic Sebum10g、クロロホルム90gを調整して作成した人工皮脂汚れ0.05g付着させたものを試験片とし、その表面を、供試薬剤原液を染み込ませたキムワイプ(登録商標)で拭き取ったときの汚れの除去度合いを、目視にて以下の判定基準で評価した。
〔判定基準〕
○:きれいに落ちた
△:僅かに汚れが残るが、ほぼ落ちた
×:ほとんど汚れが落ちない
なお、○と△を実用性のあるものと評価した。
【0057】
(6)手荒れ性
〔試験方法〕
パネラー5人による供試薬剤の使用時における手荒れの度合いをほとんど手が荒れないを3点とし、僅かに手が荒れるを2点、手荒れを感じるを1点とし、平均して以下の判定基準により評価した。
〔判定基準〕
○:2.6以上
△:2.1以上2.6未満
×:2.1未満
なお、○と△を実用性のあるものと評価した。
【0058】
なお、以下の表1?表8に示した成分の詳細は以下のとおりである。ただし、これらの表において、各成分の組成を示す数字は、有り姿の質量%(%と略す)にて示した。」

(1j)「【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
【表3】

【0068】
【表4】



(2)刊行物2
刊行物2には、以下の事項が記載されている。
(2a)「ノロウイルスの不活化に関する研究の現状」(第37頁第1行)

(2b)「1.はじめに
ノロウイルスは我が国において最も重要な食品媒介性ウイルスである。・・・
本稿では、ノロウイルスを中心として、A型肝炎ウイルスなど食品媒介性ウイルスの不活化法、生存性などに関する研究の現状について概観する。」(第37頁右欄第1行?第38頁左欄第19行)

(2c)「2.ノロイルスの不活化、生存性等の研究の歴史と現状
ウイルスに対する熱、pHなどの物理化学的作用や殺菌・消毒薬等に対する抵抗性および環境における生存性などを調べるためには、生きた(感染性のある)ウイルス量を定量的に測定する必要がある。感染性ウイルス量の測定方法には本来の宿主である動物あるいはそのウイルスに感受性のある実験動物あるいは培養細胞を用いる方法があるが、一般に簡便な定量性の高い培養細胞を用いる方法が利用される。しかし、ヒトノロウイルスはこれまで培養細胞での培養が成功していないため、培養細胞による方法は実施することができない。」(第38頁左欄第20?30行)

(2d)「 一方、分類学的に近縁なウイルスは互いに類似した物理化学的性状を示すことが多いことから、種々のウイルスによる不活化実験の結果からノロウイルスの抵抗性等が類推され、またノロウイルスの抵抗性等を知る目的で培養できないヒトノロウイルスに替わり、種々のウイルスが不活化実験等に利用されてきた。・・・1990年代後半になると、ノロウイルスと同じカリシウイルス科に属し細胞培養での培養に成功したネコカリシウイルスが主に利用されるようになった。」(第38頁左欄第43行?右欄第9行)

(2e)「 2004年、マウスノロウイルスが、ヒトノロウイルスと同じノロウイルス属に属するウイルスとして初めて培養細胞での分離・増殖が報告された^(4))ことから、マウスノロウイルスを用いた不活化実験等が行われはじめた。」(第38頁右欄第20?23行)

(2f)「3.物理化学的要因、消毒剤等による不活化」(第38頁右欄第39行)

(2g)「3.3 pH
感作時間30分のpH安定性試験で、イヌカリシウイルスはpH5以下およびpH10以上で、ネコカリシウイルスはpH2以下およびpH10以上で検出限界(5log_(10))以下に・・・感染価が低下し、ネコカリシウイルスはイヌカリシウイルスと比較して、アルカリ側で不安定、酸性側で安定している傾向があった。・・・
マウスノロウイルスとネコカリシウイルスを用いた実験(37℃、30分間の感作)では、ネコカリシウイルスはpH2以下およびpH10で4log_(10)以上、pH3で3log_(10)以上、pH4およびpH7?9で2log_(10)程度不活化されたのに対し、マウスノロウイルスは、pH2?pH9で1log_(10)以下、pH10で1.8log_(10)程度しか低下せず、マウスノロウイルスはpH2?pH10の範囲で不活化されにくかった。^(9))」(第39頁右欄第20?38行)

(2h)「3.4.2 アルコール類
アルコール類のうち消毒・殺菌に最も一般的に利用されているエタノールでは、50%・3分、70%・3分、80%・5分、75%・5分の作用でネコカリシウイルスが4log_(10)以上不活化されたとする報告^(17)、19))がある一方、10?100%の濃度、1,3,10分間の作用で効果を比較し、すべての条件で2.3log_(10)(99.49%)以下の減少しかなかったとする報告もみられる^(20))。また、ネコカリシウイルスおよびイヌカリシウイルスを用いて70%エタノールの効果を経時的に調べた実験では、8分で2log_(10)以下、30分で3log_(10)、6分で5log_(10)以上の減少がみられ、エタノールの効果にはある程度の作用時間が必要とする報告もある^(8))。
・・・
エタノールにアルカリ性のトリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミンを加えるとネコカリシウイルスに対する不活化効果の増強が観察されている^(17))。」(第40頁左欄第17行?右欄第14行)

4 刊行物1に記載された発明
刊行物1の特許請求の範囲の請求項1には、「下記の(A)?(C)成分を、組成物全体に対し下記の割合で含有するとともに、(D)成分として水を含有し、且つ組成物の原液のpH(JIS Z-8802:1984「pH測定方法」)が、25℃で8?12の範囲に設定されていることを特徴とする殺菌消毒剤組成物:
(A)低級アルコール35?75質量%
(B)(b1)有機酸およびそのアルカリ金属塩、および/または(b2)無機酸およびそのアルカリ金属塩0.05?10質量%
(C)モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルから選ばれる少なくとも一種の非イオン界面活性剤0.05?5質量%。」が記載され(摘記(1a))、請求項2には、低級アルコールとしてエチルアルコールが記載されている(摘記(1a))。
そして、実施例には、特許請求の範囲に記載された(A)、(B)及び(C)成分を含み、pHの範囲も該当する具体例が記載されている(摘記(1i)(1j))。
そうすると、刊行物1には、「(A)エチルアルコール35?75質量%(B)(b1)有機酸およびそのアルカリ金属塩、および/または(b2)無機酸およびそのアルカリ金属塩0.05?10質量%
(C)モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルから選ばれる少なくとも一種の非イオン界面活性剤0.05?5質量%を含有するとともに、(D)成分として水を含有し、且つ組成物の原液のpH(JIS Z-8802:1984「pH測定方法」)が、25℃で8?12の範囲に設定されている殺菌消毒剤組成物」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認める。

5 対比・判断
(1)対比
引用発明の「エチルアルコール」、「殺菌消毒剤組成物」は、本願発明の「エタノール」、「消毒液」に相当することは明らかである。 (なお、本願発明の「消毒液」は、本願請求項2に係る発明のように「ノロウイルス用消毒液」に限定されるものではない。)
また、引用発明の「(b1)有機酸およびそのアルカリ金属塩」は、発明の詳細な説明の「(b1)成分が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸およびこれらのアルカリ金属塩から選ばれる少なくとも一種である」との記載(摘記(1c))、「(b1)成分である有機酸およびそのアルカリ金属塩としては、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸およびこれらのアルカリ金属塩から選ばれる少なくとも一種であって、アルカリ金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。さらに詳しくは、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、コハク酸、酒石酸、乳酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、リンゴ酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、グルコン酸カリウム、コハク酸ナトリウム、酒石酸ナトリウム、乳酸ナトリウム等が挙げられる。これらは単独で用いても、または2種以上を組み合わせて用いてもよい。」との記載(摘記(1c))からみて、有機酸およびそのアルカリ金属塩のいずれかか又はその組合せと解することが自然であるから、本願発明の「(B)有機酸及び/又は有機酸塩」に相当する。
そうすると、本願発明と引用発明とでは、
「(A)エタノール、並びに、
(B)有機酸及び/又は有機酸塩を含む消毒液。」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)エタノールの含有割合について、本願発明では、50?70重量%と特定しているのに対し、引用発明では、35?75質量%と特定している点

(相違点2)(B)成分に関し、本願発明では、「有機酸及び/又は有機酸塩」と共に、「モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、及び、モルホリンからなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物」も使用することが特定されているのに対して、引用発明では、「有機酸及び/又は有機酸塩」のみである点

(相違点3)(B)成分の配合量に関し、本願発明では、「0.05?4.50重量%含」むのに対して、引用発明では、「0.05?10質量%」である点

(相違点4)本願発明では、消毒液のpHが11.8?12であると特定しているのに対して、引用発明では、組成物の原液のpH(JIS Z-8802:1984「pH測定方法」)が25℃で8?12と特定している点

(2)判断
ア 相違点1について
引用発明は「(A)エチルアルコール」の含有割合が「35?75重量%」であるところ、刊行物1に記載された具体例である実施例3は、エチルアルコールの含有割合が57.89質量%である例であり(摘記(1j))、単位が質量%であっても重量%であっても、値は大きく変わらないといえるから、引用発明のエタノールの含有割合である35?75質量%という広い範囲の中から、刊行物1の具体例に記載された57.89質量%を含むように、50?70重量%の範囲と上下限を設定する程度のことは、当業者が容易に想到できたことであるといえる。

イ 相違点2について
引用発明の殺菌消毒剤組成物は、エタノールを消毒液の主な有効成分としていることは明らかであって、刊行物1には、ウイルスの不活化に効果を有することが記載され(摘記(1b))、実施例においては、ネコカリシウイルスに対する不活化を評価しており(摘記(1i)(1j))、引用発明の殺菌消毒剤組成物はネコカリシウイルスに対する消毒剤ということができる。そして、刊行物2は、「ノロウイルスの不活化に関する研究の現状」と題する論文であって(摘記(2a))、ノロウイルスは培養できないので、ノロウイルスと同じ科や属に属するネコカリシウイルス、マウスノロウイルスを培養して不活化の実験に利用してきたことが記載され(摘記(2d)(2e))、ネコカリシウイルスを不活化する消毒剤の有効成分として、エタノールを用いることが記載され(摘記(2h))、エタノールに、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミンを加えるとネコカリシウイルスに対する不活化効果の増強が観察されることが記載されており(摘記(2h))、この刊行物2の記載をみた当業者であれば、消毒液の主な有効成分としてエタノールが含まれている引用発明において、ネコカリシウイルスの不活化をより高めるために、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン又はモノエタノールアミンをさらに配合することは容易に想到できたことであるといえる。

ウ 相違点3について
刊行物2には、一般にネコカリシウイルスの消毒剤として使用されるエタノールの割合は50?80%であることが記載されている(摘記(2h))上で、ネコカリシウイルスに対する不活化効果を増強させるためにエタノールに、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミンを加えることが記載されており(摘記(2h))、これらの記載をみた当業者であれば、さらに加える成分であるトリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミンの消毒液に対する配合割合はエタノールよりも低い割合であることが理解できる。ここで、引用発明では、有機酸およびそのアルカリ金属塩の配合割合は0.05?10質量%であるが、刊行物1には、アルコールと併用したときの貯蔵安定性の観点から、0.5?2質量%の範囲に設定することが好ましいと記載されており(摘記(1d))、単位が質量%であっても重量%であっても、値は大きく変わらないといえるところ、上述のとおりトリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミンの配合割合は、エタノールのそれよりは低い割合とすることが自然であって、その値を実験等により適宜設定して、有機酸及び/又は有機酸塩との合計量として0.05?4.50重量%の範囲とすることは、当業者が容易に想到できたことであるといえる。

エ 相違点4について
まず、pHの測定対象について検討するが、引用発明では組成物の原液であるところ、刊行物1の実施例をみると、殺菌消毒剤組成物を供試薬剤といい、供試薬剤の原液のpHを測定したと記載されており(摘記(1h))、この記載をみると、殺菌消毒剤組成物自体のpHを測定したと解することが自然であり、この解釈に反する刊行物1の記載はない。よって、引用発明のpHの測定対象である組成物の原液は、本願発明の消毒液と同じであるといえる。
次に、pHの測定時の温度について検討するが、本願発明ではその温度は特定されておらず、本願明細書の一般的な記載(段落【0010】?【0012】、【0014】、【0025】及び【0033】)にも、温度は記載されていないが、実施例においては、25℃での値であることが記載されている(段落【0047】及び【0048】)。よって、引用発明のpHの測定時の温度は、本願発明と同じであるといえる。
最後に、pHの値について検討するが、刊行物2には、ネコカリシウイルスを消毒剤で不活性化することに関して、pHが10以上で検出限界以下に感染化が低下することが記載されており(摘記(2g))、この記載をみた当業者であれば、ネコカリシウイルスの不活化をさらに向上させるために、引用発明におけるpHの範囲である8?12の中で、10以上であって、上限である12近くとすることは当然実施することができるといえるから、pHを11.8?12とすることは当業者が容易に想到できたことであるといえる。
以上のとおりであるので、引用発明において、消毒液のpHを11.8?12とすることは、当業者が容易に想到できたことである。

ウ 効果について
本願発明は、あくまで消毒液の発明であり、消毒液の対象となる菌やウイルスについては何ら特定されていないから、特許請求の範囲の特定事項に対応した消毒液全般としての効果について検討することになるが、刊行物1には、ネコカリシウイルスに対しての殺菌消毒剤組成物が記載され、また、刊行物2には、エタノールに、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミンを加えるとネコカリシウイルスに対する不活化効果の増強されること、pHを10以上にするとネコカリシウイルスの感染化が低下することが記載されており、消毒液の対象となるウイルスに含まれるネコカリシウイルスに対する抗ウイルス効果は、当業者の予測の範囲であるといえ、本願発明は顕著な効果を奏するとはいえない。
次に、本願の発明の詳細な説明の記載をみてみると、本願発明の消毒液は、ノロウイルスに対して優れた消毒効果を発揮すると記載され(段落【0023】)、実施例では、モノエタノールアミンを含有しない実施例1と比較して、本願発明の具体例である実施例2は、0.5分間消毒液と作用させた場合には、FCV(ネコカリシウイルス)のみならず、MNV(マウスノロウイルス)についても、ウイルス感染力価の値が、検出限界値より小さくなり、ウイルスが十分に不活化されていることが示されている。
念のため、本願の発明の詳細な説明の記載に従い、本願発明の消毒液の効果を、マウスノロウイルスに対する効果であるとして検討してみる。刊行物2には、マウスノロウイルスの不活化に関するpHの影響について、pH2?pH9で1log_(10)以下、pH10で1.8log_(10)程度しか低下しないと記載されており(摘記(2g))、pHが10を越える範囲における不活化の程度については明示的記載はない。しかしながら、この記載は、pH10ではpH2?9と比べて不活化が向上していることが明示されており、ネコカリシウイルスについてではあるが、pHが3?9の範囲よりも、pHが2以下及びpHが10の方が、不活化が向上していることが記載されていること、及び、アルカリ性がより高い状態であると効果が高いという技術常識を考慮すると、マウスノロウイルスであっても、pHの値を10より上げることで不活化が向上することが示唆されているともいえる。
これらのことからすると、マウスノロウイルスを対象とした場合であっても、本願発明が刊行物に記載された事項から当業者の予測を超えた効果を奏するものであるということはできない。

(3)審判請求人の主張
審判請求人は、平成29年7月4日付け意見書において、刊行物2には、pHを10以上の値にすると、マウスノロウイルスの感染価が低下するという内容は記載されていないと考えられ、むしろ、刊行物2の記載からは、マウスノロウイルスの感染価はpHによる影響を受けにくいと読み取ることができると考えられる旨を主張する(以下「主張ア」という)。
また、仮に、刊行物2には、pH10を超える範囲ではマウスノロウイルスが不活性化されやすくなるとの示唆があるとしても、刊行物2には、感作時間が30分の試験の結果が記載されているだけであって、本願発明における短時間の感作時間(1分未満)で感染力価を充分に低下させることができることは、当業者であっても予測できないと考えられる旨を主張する(以下「主張イ」という)。

(4)審判請求人の主張の検討
ア 主張アについて
上記5(2)ウで述べたように、刊行物2には、マウスノロウイルスについて、pH2?9と比べてpH10では不活化が向上していることは明示されており、また、上述のとおりネコカリシウイルスについての不活化の結果からみても、マウスノロウイルスであっても、pHの値を10より上げることで不活化が向上することが示唆されているといえる。
よって、主張アは採用できない。

イ 主張イについて
刊行物2における消毒液の成分、消毒液とウイルスとの混合割合といった実験の条件が明らかでないので、直接、本願の実施例と刊行物2に記載された感作時間を対比して、感作時間が短時間であっても感染力価が十分に低下するという本願発明の効果を予測を超えた優れた効果であると判断することはできない。
よって、主張イは採用できない。

(5)小括
したがって、本願発明は、刊行物1に記載された発明及び刊行物2に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

6 まとめ
よって、本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許を受けることができないものであるから、この出願は、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-09-07 
結審通知日 2017-09-12 
審決日 2017-09-29 
出願番号 特願2012-157850(P2012-157850)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀬下 浩一杉江 渉  
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 木村 敏康
佐藤 健史
発明の名称 消毒液及び消毒方法  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

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