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審決分類 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  H02M
審判 一部申し立て 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明  H02M
審判 一部申し立て 2項進歩性  H02M
管理番号 1335129
異議申立番号 異議2016-701106  
総通号数 217 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-01-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-11-28 
確定日 2017-10-27 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5929080号発明「電力変換装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5929080号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3〕についてについて訂正することを認める。 特許第5929080号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5929080号の請求項1ないし3に係る特許についての出願は,平成23年9月30日に特許出願され,平成28年5月13日にその特許権の設定登録がされ,その後,その特許について,特許異議申立人辰已雄一により特許異議の申立てがされ,平成29年2月20日付けで取消理由が通知され,その指定期間内である平成29年4月24日に意見書の提出があり,平成29年5月23日付けで取消理由(決定の予告)が通知され,その指定期間内である平成29年7月25日に意見書の提出及び訂正請求(以下,「本件訂正請求」という。)がなされ,その本件訂正請求に対して特許異議申立人辰已雄一から平成29年8月30日付けで意見書が提出されたものである。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は,以下の訂正事項1ないし訂正事項2のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「備えたことを特徴とする電力変換装置」と記載されているのを,「備え,前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする電力変換装置」に訂正する。
(2)訂正事項2
願書に添付した明細書の段落【0007】に記載された「備えたことを特徴とする」を「備え,前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする」に訂正する。

2 訂正の目的の適否,一群の請求項,新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)一群の請求項について
訂正事項1に係る訂正前の請求項1?3について,請求項2,3はいずれも請求項1を引用するものであって,訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって,訂正前の請求項1?3に対応する訂正後の請求項1?3は,特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
(2)訂正事項1について
ア 訂正の目的について
訂正事項1は,訂正前の特許請求の範囲の請求項1の「電圧誤差」について,「前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスである」と記載することによって,明細書や図面を参酌することなく「電圧誤差」の意義を把握できるように請求項の記載を改めるものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1の「前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであること」という構成は,本件特許の願書に添付した明細書の段落【0028】の「図4の例では,相電圧がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化する区間(同図の区間(B)を参照)において,斜線部(斜線のピッチが狭い方のハッチング)で示される電圧が誤差電圧であり,同図上側の斜線部の面積分だけ出力電圧が高くなり,同図下側の斜線部の面積分だけ出力電圧が低くなる。そして,これらの斜線部の面積(すなわち誤差電圧)は,互いに異なっているので,180度区間毎に区切られた出力電圧の大きさにアンバランスが生じる」との記載に基づくものであり,訂正事項1は願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
また,上記アのとおり訂正事項1は「電圧誤差」についての記載を明瞭にするものであり,カテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張しまたは変更するものに該当せず,特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する126条第5項及び第6項に適合するものである。
(3)訂正事項2について
ア 訂正の目的について
訂正事項2は,訂正事項1に係る訂正に伴って,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るために,願書に添付した明細書の段落【0007】に記載された「備えたことを特徴とする」を「備え,前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする」に訂正するものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は訂正事項1に対応するものであり,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
また,カテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張しまたは変更するものに該当せず,特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する126条第5項及び第6項に適合するものである。

3 小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので,訂正後の請求項〔1-3〕について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明(以下,訂正特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明を,それぞれ,「本件特許発明1」?「本件特許発明3」という。)は,その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
キャリア周期(T)毎にスイッチングを行うことにより入力を所定周波数,及び所定電圧の交流に変換して出力するインバータ回路(4)と,
前記スイッチングを制御して,インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御するとき,180度毎に訪れる相電圧が切替るタイミングにおいて,電圧誤差をなくすようにパルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う制御部(5)と,
を備え,
前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
請求項1の電力変換装置において,
前記制御部(5)は,電圧ベクトルが整数回のキャリアで進む角度から計算した弦の長さが6つの基本電圧ベクトルからなる六角形の一辺の長さと等しくなるように,前記電圧ベクトルの大きさを決定することを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】
請求項1の電力変換装置において,
前記制御部(5)は,キャリア周期(T)の開始時の電圧を示す第1電圧ベクトル(va)がキャリア周期(T)の終了時の電圧を示す第2電圧ベクトル(vb)まで変化する間に,相電圧が直流リンク電圧(Vdc)に切替る境界線,又は相電圧が0Vに切替る境界線の少なくともどちらか一方を通過した場合には,電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)又は0V一定となる区間(A,C)を通過した時間と,電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)と0Vの間で変化する区間(B)を通過した時間の電圧積算値から求めるキャリア周期(T)内の平均電圧に基づいて,前記パルス電圧の幅を決定することを特徴とする電力変換装置。」

2 取消理由の概要
訂正前の請求項1に係る特許に対して平成29年5月23日付けで特許権者に通知した取消理由通知(決定の予告)の要旨は,次のとおりである。

請求項1に係る発明は,甲第1号証に記載された発明に基づき,容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,請求項1に係る特許は,取り消されるべきものである。

3 甲号証の記載事項及び甲号証に記載された発明
取消理由通知(決定の予告)で引用した刊行物である甲第1号証(特開2007-143316号公報)には,以下の事項が記載されている(下線は重要箇所に対して当審が付与した。)。

ア 「【0008】
この発明に係るPWM制御を行い直流電圧を交流電圧に変換することでモータに印加する電圧を制御するモータ制御装置は,電圧指令値に基づいてモータに印加する正弦波状電圧の指令値である第1のモータ電圧指令値を演算して求める電圧指令値演算手段と,前記直流電圧で出力可能な正弦波状電圧の大きさに対する前記第1のモータ電圧指令値の大きさの割合を示す基本変調率(k0)を求め,該基本変調率(k0)に基づいて第1のモータ電圧指令値の補正をして第2のモータ電圧指令値を求める基本波電圧線形化手段と,前記第2のモータ電圧指令値及びPWM生成キャリア信号に基づいてPWM信号を生成するPWM波形生成手段と,前記第1のモータ電圧指令値の大きさとモータに印可するPWM出力電圧の基本波成分の大きさとの関係を線形化したときに,前記モータに印可する電圧指令値とモータに印加するPWM出力電圧とに位相誤差が生じない変調率の上限値である上限変調率(kmax)を求める補償倍率リミッタ手段と,前記PWM信号に基づいて前記直流電圧を交流電圧に変換したPWM出力電圧をモータに供給するPWMインバータとを備え,前記基本波電圧線形化手段は,前記基本変調率(k0)の大きさが1を越える場合には,前記基本変調率(k0)に基づいて,前記第1のモータ電圧指令値の大きさとモータに印可するPWM出力電圧の基本波成分の大きさとの関係を線形化する第1の変調率(k1)を求め,前記上限変調率(kmax)を上限値として,前記第1の変調率(k1)に基づいて前記第1のモータ電圧指令値を補正して前記第2のモータ電圧指令値を求めるものである。」

イ 「【0010】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1におけるモータ制御装置の構成を示すものである。図1において,1は制御演算手段,2はPWMインバータ,3はモータ,4は電圧指令演算手段,5は基本波電圧線形化手段,6はキャリア信号生成手段,7はPWM波形生成手段,8は補償倍率リミッタ手段である。制御演算手段1はPWM信号Su,Sv,Swを介してPWMインバータ2と接続され,またPWMインバータ2の出力はU,V,W相の結線にてモータ3に接続されている。モータ3はU,V,W相に供給される交流電圧によりトルクを発生し運転する。」

ウ 「【0015】
過変調PWMは図4の如く変調率が1を越えた状態を指す。電圧指令の振幅をキャリア信号の振幅よりも大きくすることで出力電圧の基本波成分を増加させ,高速・高負荷での運転が可能となる。変調率を無限大とした場合,図5の如く出力電圧の基本波成分は変調率が1の場合の約1.105倍で飽和する。即ち,正弦波PWM方式での最大出力電圧の約1.105倍の基本波成分電圧を出力でき,より大きなトルクを得られる。」

エ 「【0018】
次に電圧指令およびPWM出力波形の生成実現手段の種類であるデジタル方式と,デジタル方式による離散的演算により,過変調PWM時に発生する位相誤差及びPWM出力電圧の低周波電圧誤差について説明する。
【0019】
まず,電圧指令およびPWM出力波形の生成実現手段の種類について説明する。
近年,マイコン等の性能向上に伴い,上記の実現手段としてはデジタル方式が広く用いられている。デジタル方式は所定周期毎に離散的に電圧指令値を演算してこの値を保持し,三角波状のキャリア信号と,前記記憶されている電圧指令値の大小を比較し,この比較結果をPWM信号として出力する方式である。
図7はマイコンでの電圧指令演算結果を示す。図7は電圧指令の演算周期とキャリア周期は同一である例であり,キャリアの山に同期して電圧指令が更新される。過変調PWMの場合,キャリア信号の振幅よりも電圧指令の振幅が大きいため,PWMのスイッチングが発生しない区間が現れ,この区間は変調率が大きいほど増加する。このような過変調PWM時の離散的演算により発生する位相誤差について図8により説明する。
【0020】
図8は過変調時のPWM信号生成過程を示す。図8のA,Bはそれぞれ位相の異なる2つの電圧指令A,Bのゼロクロス点近傍について拡大波形である。マイコン等による離散値制御の場合,実際の電圧指令は離散的に変化し,理想の電圧指令がAの場合は演算周期毎にa1,a2と変化する。
電圧指令値がキャリア信号の振幅範囲内であれば,同一周期内でPWMのスイッチング(1周期内でのON-OFF動作)が発生するが,図8の電圧指令Aの様に離散化された電圧指令がキャリア振幅の範囲内を通過してしまうと,PWMのスイッチングはキャリア周期内で発生せず,結果,キャリア信号の所定タイミングで単一のスイッチングが発生することとなる。
【0021】
また,図8において位相の異なる電圧指令Bを考えたとき,前記電圧指令Aの場合と同様,離散化された電圧指令Bはキャリア振幅を通過するため,出力されるPWM波形は電圧指令AのPWM波形と同一となる。即ち,電圧指令の位相がA?Bの間であれば全て同一のPWM波形となる。言い換えれば離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合,電圧指令とPWM出力電圧とに位相誤差が生ずる。この位相誤差は,電圧指令の周波数が高く,演算周期が長く,変調率が大きいほど拡大する。このような位相誤差が発生し始める変調率kthは,電気角周波数指令ω*と演算周期Tsとで表すことができる。次に変調率kth導出の詳細を図9により説明する。
【0022】
図9は電気角位相と電圧指令値との関係を示す図である。図9において,Vdc/2?-Vdc/2間がPWMのスイッチング可能な電圧範囲であり,キャリア信号の振幅に相当する。
図9のような,変調率Vk=1.155≒2/sqrt(3)とその倍の変調率Vk=2.309≒2・2/sqrt(3)の時の電圧指令波形を考えた場合,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2を越えたところが100%デューティとなる,即ち,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2の値に飽和した状態(以下,張付きという。)となり,正負いずれかの極性に張り付く。この張付き状態から他の極性の張付き状態に移行する部分,つまり,図9のステージ1とステージ4の部分にPWMのスイッチングが発生する。張付きが移行する位相角を張付き移行位相角θcng[rad]とすると,変調率kと張付き移行位相角θcngとに次式の関係がある。
【数1】


位相誤差を生じさせないためには,張付き移行時に少なくとも一回PWMのスイッチングを発生させる必要がある。従って,演算周期をTs[s],電気角周波数指令をω* [rad/s]とすると,演算周期Ts[s]あたりに進む位相角ω* ・Ts[rad]が張付き移行位相角θcng[rad]よりも小さい必要がある。これを式に表すと次式となる。
【数2】
ω*・Ts<θcng
以上から位相誤差が生じないための変調率kの条件は,次式のようになる。
【数3】


図10は演算周期Ts固定の場合の回転速度と変調率kthの関係を示す図である。変調率kがkth以下では,PWM出力電圧に対して上記の位相誤差が発生しないため,PWM出力電圧が安定し運転も安定となる。一方,変調率kがkthを越えると位相誤差が発生し,位相誤差が大きくなるほどモータの運転が不安定となる。」

オ 「【0024】
次に非同期PWMでの出力電圧誤差について図11により説明する。
図11は高速回転時の電圧指令およびPWM出力電圧波形を示す図である(キャリア信号の図示省略)。
非同期PWMでは電圧指令の演算周期は電圧指令の周波数と無関係であり,デジタル方式においては通常一定周期で離散的に演算される。このため,高速回転時ではたとえば図11(a)の丸印の如く,電圧指令の周期に対して演算周期が粗い結果となる。ここで変調率を無限大として考えた場合,PWM出力電圧の波形は図11(b)となる。すなわち電圧指令の演算周期と電圧指令の電圧極性にのみ依存するPWM波形となる。図11(b)はPWM出力電圧波形のパルス幅において電圧指令の演算周期の影響を受けて低周波の電圧誤差を生じ,図11(c)の如く歪み成分を伴う。このためモータには出力電圧周波数よりも低い周波数成分の電圧が印加される。これによりトルクあるいは電流が変動し運転特性に劣化が生じる。
【0025】
以上のような性能低下の根源である不安定動作を回避するには,上記式(1)の関係に基づき変調率kの動作範囲に制限を設け,位相誤差を発生させないようモータ運転をする必要がある。このような過変調PWM時の位相誤差による性能低下を回避するための動作処理について図12を用いて説明する。

・・・(中略)・・・

【0029】
次に補償倍率リミッタ手段8は,電気角周波数指令ω* と演算周期Tsとから前記式(1)を用いて位相誤差が生じない変調率の上限値である上限変調率(kmax)を演算し,基本波電圧線形化手段5は,前記第1の変調率(k1)と上限変調率(kmax)を比較し第2の変調率(k2)を設定する。k1>kmaxであるならばk2はkmaxとし,k1≦kmaxならばk2はk1と同一とする(ステップs7?s10)。」

カ 「【0031】
上記の動作による効果を図13及び図14を用いて説明する。
図13は過変調時における,電圧指令とPWM信号との位相誤差を示す図である。図13(a)は変調率の上限制限がない従来方式の電圧指令波形及びPWM信号波形,図13(b)は本発明の電圧指令波形及びPWM信号波形である。
基本波電圧線形化手段5により,前記基本変調率(k0)の大きさが1を越える場合,前記上限変調率(kmax)を上限とする第1の変調率(k1)の値に基づき,前記第1のモータ電圧指令値Vu1* ,Vv1* ,Vw1* を補正して第2のモータ電圧指令値Vu2* ,Vv2* ,Vw2* を生成することにより,第1のモータ電圧指令値に対するPWM出力電圧の基本波成分が線形化され,且つ,第1の変調率(k1)の上限値を上限変調率(kmax)により制限しているので,電圧指令値のゼロクロス近傍でPWMのスイッチングが発生し,位相誤差が縮小される。
【0032】
図14は高速回転時における出力電圧歪みを示す図である(キャリア信号は図示省略)。図14(a)は非同期PWMでの電圧指令と演算周期を示す,図14(b)は変調率を無限大とした場合,変調率の上限制御が無い従来方式の出力電圧波形,図14(c)は本発明の出力電圧波形である。図14(b)のように従来方式では出力電圧のスイッチング周期が非同期発生するため出力電圧に低周波の歪みが発生するが,本発明では,図14(c)のように第1の変調率(k1)の上限値を上限変調率(kmax)により制限しているので,図14(c)のPWM周期と示される電圧指令のゼロクロス近傍で,キャリア信号と電圧指令とが交わり,少なくとも1回PWMのスイッチングが発生するため,出力電圧における低周波の歪み成分が抑制される。尚,図14(c)の非PWM周期と示される周期は100%デューティでPWMスイッチングを行わない周期である。」

以上の記載によれば,甲第1号証には以下の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「PWM制御を行い直流電圧を交流電圧に変換することでモータに印加する電圧を制御するモータ制御装置であって,
該モータ制御装置は,制御演算手段1,PWMインバータ2,モータ3を備え,制御演算手段1はPWM信号Su,Sv,Swを介してPWMインバータ2と接続され,またPWMインバータ2の出力はU,V,W相の結線にてモータ3に接続されており,モータ3はU,V,W相に供給される交流電圧によりトルクを発生し運転し,
デジタル方式は所定周期毎に離散的に電圧指令値を演算してこの値を保持し,三角波状のキャリア信号と,前記記憶されている電圧指令値の大小を比較し,この比較結果をPWM信号として出力する方式であり,電圧指令の演算周期とキャリア周期は同一であり,キャリアの山に同期して電圧指令が更新され,電圧指令値がキャリア信号の振幅範囲内であれば,同一周期内でPWMのスイッチング(1周期内でのON-OFF動作)が発生するが,離散化された電圧指令がキャリア振幅の範囲内を通過してしまうと,PWMのスイッチングはキャリア周期内で発生せず,結果,キャリア信号の所定タイミングで単一のスイッチングが発生することとなり,このとき,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2を越えたところが100%デューティとなる,即ち,電圧指令値がVdc/2又は-Vdc/2の値に飽和した状態(以下,張付きという。)となり,正負いずれかの極性に張り付き,離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合,電圧指令とPWM出力電圧とに位相誤差が生じ,この位相誤差は,電圧指令の周波数が高く,演算周期が長く,変調率が大きいほど拡大するが,このような位相誤差が発生し始める変調率kthは,電気角周波数指令ω*と演算周期Tsとで表すことができ,位相誤差を生じさせないためには,張付き移行時に少なくとも一回PWMのスイッチングを発生させる必要があり,位相誤差が生じないための変調率kの条件は,次式のようになり,


上記式(1)の関係に基づき変調率kの動作範囲に制限を設け,kがkthを超える場合にはこれをk=kthと制限して,位相誤差を発生させないようモータ運転をする,
モータ制御装置。」

第4 当審の判断
1 取消理由について
(1)本件特許発明1と甲1発明との対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると,以下の点で一致し,また,相違する。
(一致点)
「キャリア周期(T)毎にスイッチングを行うことにより入力を所定周波数,及び所定電圧の交流に変換して出力するインバータ回路と,
前記スイッチングを制御して,過変調制御するとき,相電圧が切替るタイミングにおいて,誤差をなくすようにパルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う制御部と,
を備えたことを特徴とする電力変換装置。」
(相違点1)
一致点の「パルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う」のが,
本件特許発明1では「インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御するとき,180度毎に訪れる相電圧が切替るタイミングにおいて」であるのに対し,
甲1発明では「離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合」即ち「過変調制御時」であって,「張付き移行時」である点。
(相違点2)
一致点の「誤差」が,本件特許発明1では「電圧誤差」であって,「前記電圧誤差は,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスである」のに対し,
甲1発明では電圧指令とPWM出力電圧との「位相誤差」である点。

(2)相違点についての検討
(相違点1)について以下に検討する。
本件特許発明1の「6ステップモード」に関し,本件明細書の「本実施形態における過変調制御は,インバータ回路(4)の出力が,キャリア1周期(T)を通して,全相ハイ,或いは全相ローのパターンが現れない状態に制御する制御をいう。過変調制御では,相電圧の180度区間において,数キャリア周期連続して,所定のスイッチング素子(S)をオン或いはオフ状態に固定する。これにより,前記基本波成分を正弦波駆動時よりも高くすることが可能になる。所定のスイッチング素子(S)を相電圧の180度区間オン状態に固定して,次の180度区間ではオフ状態に固定することを交互に繰り返すと過変調制御で出力を最大に出来る状態となり,いわゆる6ステップモードと呼ばれる状態になる。」(【0025】)との記載によれば,「所定のスイッチング素子(S)を相電圧の180度区間オン状態に固定して,次の180度区間ではオフ状態に固定することを交互に繰り返」し,「過変調制御で出力を最大に出来る状態」のことを意味している。そして,平成29年7月25日付け意見書において特許権者が主張するように『本件発明に係る「6ステップモード」では,「電圧指令値」,「キャリア信号」,及び「変調率」の概念がない。』(7頁下から3行?下から2行)ものである。
これに対し,甲1発明の「離散化された電圧指令値がキャリア振幅を越えて変化する場合」には,「変調率kの動作範囲に制限を設け,kがkthを超える場合にはこれをk=kthと制限して」制御するものであって,「離散化された電圧指令値」,「キャリア振幅」,「変調率k」を用いて過変調制御するものであると認められるから,「インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御する」ものということはできず,また,そのような制御することを示唆する記載は甲第1号証にはない。

したがって,本件特許発明1は,(相違点2)に拘わらず甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人辰已雄一は,訂正前の特許請求の範囲に関し,特許異議申立書において,請求項1記載の発明は甲1号証記載の発明と同一であるから請求項1に係る発明は特許法第29条1項3号の要件を満たさないと主張している。
しかしながら,上記「1 取消理由について」で述べたとおりであるから,本件特許発明1は甲1号証記載の発明と同一であるということはできず,かかる主張は理由がない。

3 特許異議申立人の意見について
特許異議申立人辰已雄一は,平成29年8月30日付け意見書において,甲1号証の発明はその図14(c)に示されるように,「少なくとも1回PWMのスイッチングが発生」ことで,従来方式よりも低周波歪み成分を抑制し,180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスを低減している旨主張している。
しかしながら,上記「1 取消理由について」で述べたとおり,甲1発明は「インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御する」ものではないから,特許異議申立人の上記主張に拘わらず,本件特許発明1は甲1発明から容易に発明できたということはできない。

第5 まとめ
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件請求項1に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また,他に本件請求項1に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
電力変換装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、入力をスイッチングして所定周波数、及び所定電圧の交流に変換する電力変換装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、インバータ回路を有した電力変換装置が知られている。インバータ回路は、スイッチング制御により、直流電力を可変周波数・可変電圧の交流電力に高効率変換する回路である。
【0003】
このような電力変換装置には、相電圧をいわゆる6ステップモードとするものがある。6ステップモードでは、180度毎に最大電圧(Vdc)と最小電圧(0V)を交互に切替える。しかし、キャリア周期毎にスイッチングするインバータ回路では、キャリア周期内では電圧切替のタイミングを調整することが出来ないため、180度周期でずれなく電圧を切替えることが出来ない。よって、キャリア周期で制限される切替タイミングで電圧の切替を行うとその分だけ電圧誤差が生じる(180度毎に均等にVdcと0Vを切替えたいが、Vdcと0Vの出力割合が異なり、それがアンバランスになる)。そのため、電力変換装置のなかには、キャリア周期を出力電圧の周期の整数分の1にしてキャリア信号と出力電圧とを同期させるようにしたものがある(例えば特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4205157号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の例では、キャリア周期を変化させる必要があるので、制御が複雑化するという問題がある。
【0006】
本発明は前記の問題に着目してなされたものであり、過変調制御時の出力電圧の誤差を、より容易に低減できるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の課題を解決するため、第1の発明は、
キャリア周期(T)毎にスイッチングを行うことにより入力を所定周波数、及び所定電圧の交流に変換して出力するインバータ回路(4)と、
前記スイッチングを制御して、インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御するとき、180度毎に訪れる相電圧が切替るタイミングにおいて、電圧誤差をなくすようにパルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う制御部(5)と、
を備え、前記電圧誤差は、180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする。
【0008】
この構成では、パルス電圧の挿入により出力電圧が調整され、出力電圧の誤差を無くすことが出来る。出力電圧の調整幅は、挿入するパルス電圧のパルス幅で決定できる。
【0009】
また、第2の発明は、
第1の発明の電力変換装置において、
前記制御部(5)は、電圧ベクトルが整数回のキャリアで進む角度から計算した弦の長さが6つの基本電圧ベクトルからなる六角形の一辺の長さと等しくなるように、前記電圧ベクトルの大きさを決定することを特徴とする。
【0010】
この構成では、上記のように電圧ベクトル(v)の大きさを決定することで、出力誤差がキャンセルされる。
【0011】
また、第3の発明は、
第1の発明の電力変換装置において、
前記制御部(5)は、キャリア周期(T)の開始時の電圧を示す第1電圧ベクトル(va)がキャリア周期(T)の終了時の電圧を示す第2電圧ベクトル(vb)まで変化する間に、相電圧が直流リンク電圧(Vdc)に切替る境界線、又は相電圧が0Vに切替る境界線の少なくともどちらか一方を通過した場合には、電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)又は0V一定となる区間(A,C)を通過した時間と、電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)と0Vの間で変化する区間(B)を通過した時間の電圧積算値から求めるキャリア周期(T)内の平均電圧に基づいて、前記パルス電圧の幅を決定することを特徴とする。
【0012】
この構成では、出力電圧が前記平均電圧に制御されるため、出力電圧に誤差が生じない。
【発明の効果】
【0013】
第1の発明によれば、パルス電圧の挿入で電圧調整を行うので、容易な制御で出力電圧誤差の修正ができる。
【0014】
また、第2の発明、及び第3の発明ではそれぞれ、容易な演算で電圧ベクトル(v)を求めることができる。それゆえ出力電圧誤差を容易に低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明の実施形態1に係る電力変換装置の構成を示すブロック図である。
【図2】図2は、インバータ回路の空間電圧ベクトル図である。
【図3】図3は、インバータ回路におけるスイッチング波形を示す図である。
【図4】図4は、従来の過変調制御における出力電圧誤差を説明する図である。
【図5】図5は、実施形態1における電圧ベクトルの決定方法を説明する図である。
【図6】図6は、実施形態2における電圧ベクトルの決定方法を説明する図である。
【図7】図7は、従来の過変調制御における出力電圧誤差を説明する図である。
【図8】図8は、実施形態2における制御部における電圧ベクトルの決定動作を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下の実施形態は、本質的に好ましい例示であって、本発明、その適用物、あるいはその用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【0017】
《発明の実施形態1》
〈全体構成〉
図1は、本発明の実施形態1に係る電力変換装置(1)の構成を示すブロック図である。同図に示すように電力変換装置(1)は、コンバータ回路(2)、直流リンク部(3)、インバータ回路(4)、及び制御部(5)を備え、三相交流電源(6)から供給された交流の電力を所定の周波数の電力に変換して、モータ(7)に供給するようになっている。なお、本実施形態のモータ(7)は、永久磁石同期電動機であってもよいし、リラクタンス同期電動機、誘導電動機、など空間ベクトル変調を行えるモータならよい。モータ(7)は、例えば空気調和機の冷媒回路に設けられた圧縮機を駆動する。
【0018】
〈コンバータ回路(2)〉
コンバータ回路(2)は、三相交流電源(6)に接続され、三相交流電源(6)が出力した三相交流を全波整流する。この例では、コンバータ回路(2)は、複数(本実施形態では6つ)のダイオード(D1?D6)がブリッジ状に結線されたダイオードブリッジ回路である。なお、直流リンク部(3)に整流された電圧を供給できるなら、コンバータ回路(2)の相数、整流方式は限定しない。
【0019】
〈直流リンク部(3)〉
直流リンク部(3)は、コンデンサ(3a)を備えている。コンデンサ(3a)は、コンバータ回路(2)の出力ノードにリアクトル(L1)を介して並列接続されている。このコンデンサ(3a)は、インバータ回路(4)の入力ノード間に接続され、該コンデンサ(3a)の両端に生じた直流電圧(直流リンク電圧(Vdc))が、インバータ回路(4)に印加されている。コンデンサ(3a)は、例えば電解コンデンサによって構成する。
【0020】
〈インバータ回路(4)〉
インバータ回路(4)は、直流リンク部(3)の出力をスイッチングして三相交流に変換し、接続されたモータ(7)に供給するようになっている。インバータ回路(4)は、複数のスイッチング素子がブリッジ結線されて構成されている。スイッチング素子(S)は、IGBT(Insulated-gate bipolar transistor)で構成されている。勿論、スイッチング素子(S)は、例えばFET(Field effect transistor)等の他の種類の半導体素子で構成してもよい。
【0021】
このインバータ回路(4)は、三相交流をモータ(7)に出力するので、6個のスイッチング素子(S)を備えている。詳しくは、インバータ回路(4)は、2つのスイッチング素子を互いに直列接続してなる3つのスイッチングレグを備え、各スイッチングレグにおいて上アームのスイッチング素子(S)と下アームのスイッチング素子(S)との中点が、それぞれモータ(7)の各相のコイル(図示は省略)に接続されている。
【0022】
また、各スイッチング素子(S)には、還流ダイオード(D)が逆並列に接続されている。インバータ回路(4)は、これらのスイッチング素子(S)のオンオフ動作によって、直流リンク部(3)から入力された直流リンク電圧(Vdc)をスイッチングして三相交流電圧に変換する。なお、このオンオフ動作の制御は、制御部(5)が行う。
【0023】
〈制御部(5)〉
制御部(5)は、マイクロコンピュータとそれを動作させるプログラムを含み、キャリア周期(T)毎にPWM変調を行い前記スイッチングを制御している。インバータ回路(4)の相電圧一次成分(以下、基本波成分ともいう)の振幅を、正弦波駆動で駆動できる最大振幅よりも大きくしたい場合には、過変調制御(後述)を用いる。過変調制御で出力出来る最大の相電圧を出力している状態が6ステップモードと呼ばれる相電圧が180度毎に切替る状態となる。
【0024】
制御部(5)は、空間ベクトル変調によってインバータ回路(4)におけるスイッチングを制御する。図2は、インバータ回路(4)の空間電圧ベクトル図である。図2の矢印は、3相交流を出力するインバータ回路の基本電圧ベクトルを示している。各基本電圧ベクトルは、上アームの何れのスイッチング素子(S)をオンにするかを示している。例えば、ベクトル(100)は上アームではU相のスイッチング素子(S)のみをオンにすることを示している。3相インバータ回路のPWM制御では、図2の六角形の各頂点に向かう6つの基本電圧ベクトル、及び、大きさを持たない2つのゼロベクトル(000)、(111)の合計8つの基本電圧ベクトルのそれぞれに対応する8つのスイッチング状態を切替えて、所望の電圧及び位相の交流を出力する。
【0025】
一方、本実施形態における過変調制御は、インバータ回路(4)の出力が、キャリア1周期(T)を通して、全相ハイ、或いは全相ローのパターンが現れない状態に制御する制御をいう。過変調制御では、相電圧の180度区間において、数キャリア周期連続して、所定のスイッチング素子(S)をオン或いはオフ状態に固定する。これにより、前記基本波成分を正弦波駆動時よりも高くすることが可能になる。所定のスイッチング素子(S)を相電圧の180度区間オン状態に固定して、次の180度区間ではオフ状態に固定することを交互に繰り返すと過変調制御で出力を最大に出来る状態となり、いわゆる6ステップモードと呼ばれる状態になる。
【0026】
本実施形態の制御部(5)は、過変調制御では、インバータ回路(4)の空間電圧ベクトル図において、6つの基本電圧ベクトルで構成される六角形の辺の長さと、電圧ベクトルが整数回のキャリアで進む角度から計算した弦の長さが等しくなるように、電圧ベクトルの大きさを決定する。そして、その電圧ベクトルに基づいて、インバータ回路(4)の出力に所定幅のパルス電圧(以下、調整パルスともいう)が挿入されるように、インバータ回路(4)の制御を行う。図3は、インバータ回路(4)におけるスイッチング波形を示す図である。図3では、上段から、(a)正弦波駆動時の相電圧波形、(b)過変調制御時の相電圧波形、 (c)過変調制御で出力出来る最大の相電圧波形(示すのは理想波形。6ステップモードと呼ぶ)、(d)6ステップモードにおいてキャリア周期の時間制約で180度の切替りタイミングがずれた場合の波形、(e)本実施形態における波形(180度区間の切替り時に調整パルスを挿入して(d)の波形で発生していた電圧誤差を無くした波形)をそれぞれ例示している。なお、(a)(b)の波形では、相電圧(矩形波)とともに、相電圧の基本波成分(サイン波)を図示してある。
【0027】
6ステップモードで動作した場合には180度区間の切替りタイミングがキャリア周期に依存するので、同図(d)に示すように、理想的波形とは電圧切り換わりタイミングにずれを生じ、そのずれが出力電圧の誤差となる。本実施形態では、以下の考え方に基づいて電圧ベクトル(v)を決定し、その電圧ベクトル(v)に応じて調整パルスを挿入し出力電圧の誤差を低減する。図4は、従来の過変調制御における出力電圧誤差を説明する図である。図4は、図2の空間電圧ベクトル図の一部を抜き出したものであり、図4の右側部分は、電圧ベクトル等を直線の時間軸(以下、時間軸直線と呼ぶ)に投影して表示したものである。また、電圧ベクトルの末尾に記載したN、N+1、N+2は、電圧ベクトルの時系列を示すものである。
【0028】
従来の過変調制御では、例えば、キャリア周期の中間点における電圧ベクトルに基づいてスイッチングが行われることがある。そうすると、図4の時間軸直線に示したように、本来の出力電圧からずれを生ずることになる。図4の例では、相電圧がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化する区間(同図の区間(B)を参照)において、斜線部(斜線のピッチが狭い方のハッチング)で示される電圧が誤差電圧であり、同図上側の斜線部の面積分だけ出力電圧が高くなり、同図下側の斜線部の面積分だけ出力電圧が低くなる。そして、これらの斜線部の面積(すなわち誤差電圧)は、互いに異なっているので、180度区間毎に区切られた出力電圧の大きさにアンバランスが生じる(同図でいうと、区間(B)の中心が本来180度の切替りポイントになるので、区間(B)を中心に上側の電圧と下側の電圧が等しくないと電圧アンバランスが生じる。図で示すように区間(B)を中心に上側と下側で誤差の出方が違っているのでそれが誤差電圧になっている)。このような状態では、180度区間切替りのタイミング毎に異なった誤差が生じ、その誤差はキャリア周波数と電圧ベクトルの回転周波数の関係で決まった周期の誤差になる。これが出力電圧のビートとなり、電流のビートに繋がる。電流のビートは実効値の増大を招き、延いては損失を増大させる可能性がある。
【0029】
図5は、実施形態1における電圧ベクトル(v)の決定方法を説明する図である。同図は過変調制御時の電圧ベクトルを示している。電圧ベクトル(v)の大きさをLとした場合は、次の条件式(1)
n×θc×L=1/3×π×Vdc ・・・条件式(1)
(ただし、n:正の整数、θc:電圧ベクトルが1キャリア周期(T)の間に進む角度、Vdc:直流リンク電圧)
が成り立つときには、電圧ベクトル(v)がnキャリア周期の間に進む円弧の長さと、図2で示した基本電圧ベクトル60度分の円弧の長さ(図5では区間(B)の基本電圧ベクトルからなる円弧の長さ)が同じ大きさになる。そのため、このLで電圧ベクトル(v)をコントロールすると誤差がキャンセルされる。図5に示すように、0V側で出力電圧が低くなり(0V側の電圧が大きくなる)、且つVdc側で電圧が高くなる(すなわち、Vdc側の電圧が大きくなる)。そして、0V側とVdc側の電圧が同じ大きさで大きくなっている。つまり、共に同じ大きさで電圧が大きくなるため電圧のアンバランスがなくなる。
【0030】
なお、条件式(1)については、電圧ベクトルの軌道を円弧で計算しているが、区間(B)では電圧を直線的に調整できるので本来は直線で考えるべきである。そのため、
2×L×sin(n×θc/2)=2×Vdc×sin30° ・・・条件式(2)
が本来の条件式となる。ただし、近似的には、条件式(1)を利用しても差し支えない。
【0031】
〈電力変換装置(1)の動作〉
正弦波駆動状態における動作は、一般的なインバータ回路と同様である。一方、過変調制御時は、制御部(5)が前記条件式(条件式(1)、(2)の何れか)を用いて電圧ベクトル(v)を決定する。電圧ベクトル(v)が決定されると、スイッチング素子(S)のオン時間が定まり、制御部(5)は、該オン時間に基づいて挿入する調整パルスのパルス幅を決定する。
【0032】
これにより、本実施形態では、過変調制御時の出力電圧のアンバランスが解消し、出力電圧誤差が低減する。そして、この電圧ベクトル(v)の大きさの制御は、例えばキャリア周期を変える従来例と比べ容易な制御で実現できる。
【0033】
《発明の実施形態2》
実施形態2の電力変換装置(1)は、制御部(5)における過変調制御時の電圧ベクトル(v)の決定方法が実施形態1とは異なる。図6は、実施形態2における電圧ベクトル(v)の決定方法を説明する図である。図6の右側部分は、U相の電圧ベクトル等を時間軸直線に投影して表示したものである。
【0034】
図7は、従来の過変調制御における出力電圧誤差を説明する図である。図7では、1つのキャリア周期(T)における電圧ベクトル(v)の軌跡が、U相電圧(vu)がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化する領域と、それ以外の領域に跨る場合の誤差を示している。
【0035】
キャリア周期(T)の開始時の電圧ベクトルを第1電圧ベクトル(va)、キャリア周期(T)の終了時の電圧ベクトルを電圧ベクトル(vb)とすると、図7に示すように、電圧ベクトル(va)と電圧ベクトル(vb)がキャリア周期(T)内で区間(A)、(B)、(C)の何れかを跨いだ場合に、キャリア周期(T)の中間点における電圧ベクトルに基づいてスイッチングを行うと、同図の黒丸で示す電圧がキャリア周期(T)内の平均電圧と等しくならない。これにより、インバータ回路(4)は、同図に示した斜線部の誤差電圧分だけ電圧を大きく出しすぎてしまう。なお、図6等の時間軸直線において、区間(A)は、U相電圧(vu)が直流リンク電圧(Vdc)となる区間、区間(B)は、U相電圧(vu)がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化する区間、区間(C)は、U相電圧(vu)がゼロとなる区間である。
【0036】
本実施形態では、1つのキャリア周期(T)における電圧ベクトル(v)の軌跡が、相電圧がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化する領域と、それ以外の領域に跨る場合に、1キャリア周期(T)中の平均電圧を求めて電圧ベクトル(v)を決定することで上記誤差電圧を低減する。本実施形態での平均電圧とは、図6に示すように、U相電圧(vu)の時間軸直線において、斜線で囲まれた部分の面積から求まる積分平均である。
【0037】
例えば、U相についてみると、U相電圧(vu)がゼロから直流リンク電圧(Vdc)の間で変化するベクトル空間における領域をベクトル空間領域(BB)(時間軸直線の区間(B)が対応)とすると、制御部(5)は、第1電圧ベクトル(va)の終点、及び第2電圧ベクトル(vb)の終点の間にベクトル空間領(BB)と該ベクトル空間領域(BB)以外の領域の境界線が少なくとも1つ存在する場合には、U相電圧が、1キャリア周期(T)の中で、Vdcまたは0V一定となる区間(区間(A)と区間(C))を通過した時間と、相電圧がVdcと0Vの間で変化する区間(区間(B))を通過した時間の電圧積算値から求めるキャリア周期内の平均電圧に基づいて、電圧ベクトルを求める。なお、本実施形態の制御部(5)は、以下の3つの条件(1)?(3)の成否を確認し、いずれかの条件が成立した場合に、前記平均電圧に基づいて電圧ベクトル(v)を求める。
【0038】
条件(1):第1電圧ベクトル(va)の終点が区間(A)に存在し、且つ第2電圧ベクトル(vb)の終点が区間(B)又は区間(C)に存在する場合。
【0039】
条件(2):第1電圧ベクトル(va)の終点が区間(B)に存在し、且つ第2電圧ベクトル(vb)の終点が区間(A)又は区間(C)に存在する場合。
【0040】
条件(3):第1電圧ベクトル(va)の終点が区間(C)に存在し、且つ第2電圧ベクトル(vb)の終点が区間(A)又は区間(B)に存在する場合。
【0041】
なお、前記3つの条件(1)?(3)が成立しない場合は、制御部(5)は、キャリア周期(T)の中間点における電圧ベクトル(v)を求める。
【0042】
〈電力変換装置(1)の動作〉
図8は、制御部(5)における電圧ベクトル(v)の決定動作を説明するフローチャートである。制御部(5)は、ステップ(S01)からステップ(S06)の動作により、電圧ベクトル(v)を決定する。
【0043】
まず、ステップ(S01)では、制御部(5)は、インバータ回路(4)が出力すべき電圧の大きさから、過変調制御かそうでないかを判断する。出力すべき電圧の基本波成分の振幅が直流リンク電圧(Vdc)の1/2よりも小さい場合は、過変調制御ではないと判断し、制御部(5)は、ステップ(S03)の処理に移行する。ステップ(S03)では、制御部(5)は、キャリア周期(T)の中間点における出力電圧から電圧ベクトル(v)を求め、該電圧ベクトル(v)に応じ、インバータ回路(4)のスイッチング状態を決定する。
【0044】
一方、制御部(5)は、出力すべき電圧の基本波成分の振幅が直流リンク電圧(Vdc)の1/2よりも大きい場合には、過変調制御と判断する。過変調制御時には、制御部(5)は、ステップ(S02)の処理に移行する。ステップ(S02)では、キャリア周期(T)の開始時に出力すべき電圧に対応した第1電圧ベクトル(va)と、キャリア周期(T)の終了時に出力すべき電圧に対応した第2電圧ベクトル(vb)を求め、ステップ(S04)の処理に移行する。ステップ(S04)では、前記条件(1)?(3)が成立するか否かを調べる。前記条件(1)?(3)の何れかが成立した場合には、ステップ(S05)の処理に移行し、何れも成立しなかった場合にはステップ(S06)の処理に移行する。ステップ(S06)の処理に移行した場合には、ステップ(S03)と同様に、キャリア周期(T)の中間点において出力すべき電圧から電圧ベクトル(v)を求め、該電圧ベクトル(v)に応じ、インバータ回路(4)のスイッチング状態を決定する。
【0045】
一方、制御部(5)の処理がステップ(S05)に移行するのは、1つのキャリア周期(T)における電圧ベクトル(v)の軌跡が、ベクトル空間領域(BB)と該ベクトル空間領域(BB)以外の領域の境界線の少なくとも1つを跨ぐ場合である。この場合には、例えば、ステップ(S03)のように、キャリア周期(T)の中間点において出力すべき電圧から電圧ベクトル(v)を求めたとすれば、実際に出力すべき電圧とは異なる電圧がインバータ回路(4)から出力されることになる(図7参照)。
【0046】
これに対し、本実施形態では、ステップ(S05)において、1キャリア周期(T)の中で、Vdcまたは0V一定となる区間(区間(A)と区間(C))を通過した時間と、相電圧がVdcと0Vの間で変化する区間(区間(B))を通過した時間の電圧積算値からキャリア周期内の平均電圧を求める。そして、該平均電圧に基づいて、挿入する前記調整パルスの幅を決定する。このように、平均電圧を用いて電圧ベクトル(v)を決定することで、インバータ回路(4)の出力電圧の誤差が低減し、キャリア周期(T)の中間点において出力すべき電圧から電圧ベクトル(v)を求める場合と比べ、出力電圧の誤差をより小さくすることが可能になる。そして、この平均電圧による制御は、例えばキャリア周期を変える従来例と比べ容易な制御で実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、入力をスイッチングして所定周波数、及び所定電圧の交流に変換する電力変換装置として有用である。
【符号の説明】
【0048】
1 電力変換装置
4 インバータ回路
5 制御部
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリア周期(T)毎にスイッチングを行うことにより入力を所定周波数、及び所定電圧の交流に変換して出力するインバータ回路(4)と、
前記スイッチングを制御して、インバータ出力の相電圧を6ステップモードとなるよう制御するとき、180度毎に訪れる相電圧が切替るタイミングにおいて、電圧誤差をなくすようにパルス電圧を出力するキャリア周期(T)を存在させる制御を行う制御部(5)と、
を備え、
前記電圧誤差は、180度区間毎の出力電圧の大きさのアンバランスであることを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
請求項1の電力変換装置において、
前記制御部(5)は、電圧ベクトルが整数回のキャリアで進む角度から計算した弦の長さが6つの基本電圧ベクトルからなる六角形の一辺の長さと等しくなるように、前記電圧ベクトルの大きさを決定することを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】
請求項1の電力変換装置において、
前記制御部(5)は、キャリア周期(T)の開始時の電圧を示す第1電圧ベクトル(va)がキャリア周期(T)の終了時の電圧を示す第2電圧ベクトル(vb)まで変化する間に、相電圧が直流リンク電圧(Vdc)に切替る境界線、又は相電圧が0Vに切替る境界線の少なくともどちらか一方を通過した場合には、電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)又は0V一定となる区間(A,C)を通過した時間と、電圧ベクトルが直流リンク電圧(Vdc)と0Vの間で変化する区間(B)を通過した時間の電圧積算値から求めるキャリア周期(T)内の平均電圧に基づいて、前記パルス電圧の幅を決定することを特徴とする電力変換装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-10-19 
出願番号 特願2011-217107(P2011-217107)
審決分類 P 1 652・ 121- YAA (H02M)
P 1 652・ 113- YAA (H02M)
P 1 652・ 574- YAA (H02M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河村 勝也  
特許庁審判長 和田 志郎
特許庁審判官 新川 圭二
千葉 輝久
登録日 2016-05-13 
登録番号 特許第5929080号(P5929080)
権利者 ダイキン工業株式会社
発明の名称 電力変換装置  
代理人 特許業務法人前田特許事務所  
代理人 特許業務法人前田特許事務所  

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