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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D06M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D04H
管理番号 1335186
異議申立番号 異議2017-700946  
総通号数 217 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-01-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-10-04 
確定日 2017-12-16 
異議申立件数
事件の表示 特許第6108240号発明「炭素繊維不織布」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6108240号の請求項1ないし16に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許6108240号の請求項1ないし16に係る特許についての出願は、平成26年3月17日(優先権主張 平成25年3月26日 日本国、平成25年3月26日 日本国、平成25年3月27日 日本国)を国際出願日とする特許出願であって、平成29年3月17日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人植松愛(以下「申立人」という。)から、特許異議の申立てがなされたものである。
第2 本件発明
特許6108240号の請求項1ないし16の特許に係る発明(以下請求項の番号により「本件発明1」ないし「本件発明16」という。それらを総称して「本件発明」という。)は、それぞれ、本件特許の願書に添付した、以下の特許請求の範囲の請求項1ないし16に記載された事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
炭素繊維を含む炭素繊維不織布であって、炭素繊維が複数のエポキシ基を有する脂肪族化合物でサイジングされてなり、炭素繊維不織布中の炭素繊維束のうち、炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数が90本以上の炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の数量平均xが90?1000本/束の範囲にあり、炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の標準偏差σが50?500の範囲にあることを特徴とする炭素繊維不織布。
【請求項2】
炭素繊維を含む炭素繊維不織布であって、炭素繊維がエポキシ基と芳香環との間の原子数が6以上であるエポキシ基を複数有する芳香族化合物でサイジングされてなり、炭素繊維不織布中の炭素繊維束のうち、炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数が90本以上の炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の数量平均xが90?1000本/束の範囲にあり、炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の標準偏差σが50?500の範囲にあることを特徴とする炭素繊維不織布。
【請求項3】
前記複数のエポキシ基を有する化合物が、最長原子鎖の両末端にエポキシ基を有する化合物である、請求項1または2に記載の炭素繊維不織布。
【請求項4】
前記複数のエポキシ基を有する化合物が、最長原子鎖の両末端にのみエポキシ基を有する化合物である、請求項3に記載の炭素繊維不織布。
【請求項5】
複数のエポキシ基を有する脂肪族化合物の最長原子鎖の原子数が20?200である請求項1または3に記載の炭素繊維不織布。
【請求項6】
前記複数のエポキシ基を有する脂肪族化合物が、グリセロールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル類、ポリプロビレングリコールジグリシジルエーテル類から選ばれる少なくとも1種の化合物である、請求項1、3?5のいずれかに記載の炭素繊維不織布。
【請求項7】
前記エポキシ基と芳香環との間の原子数が6以上であるエポキシ基を複数有する芳香族化合物が、下記化1に示される化合物である、請求項2に記載の炭素繊維不織布。
【化1】

(ここで、式[I]中、R^(1)は、下記化2であり、
【化2】

R^(2)は、炭素数2?30のアルキレン基、R^(3)は、-Hあるいは-CH_(3) であり、m,nは2?48の整数,m+nは4?50である。)
【請求項8】
前記R_(2)が、-CH_(2) CH_(2)-あるいは-CH(CH_(3))CH_(2)-である、請求項7に記載の炭素繊維不織布。
【請求項9】
前記芳香族化合物が縮合多環芳香族化合物である、請求項2に記載の炭素繊維不織布。
【請求項10】
前記縮合多環芳香族化合物の骨格が、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレンのいずれかである、請求項9に記載の炭素繊維不織布。
【請求項11】
炭素繊維を含む炭素繊維不織布であって、炭素繊維に下記化3?化5に示される化学式(III)、(IV)および(V)から選ばれた少なくとも1種の化合物を炭素繊維重量100重量%に対して0.1?5.0重量%付着させてなり、炭素繊維不織布中の炭素繊維束のうち、炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数が90本以上の炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の数量平均xが90?1000本/束の範囲にあり、炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の標準偏差σが50?500の範囲にあることを特徴とする炭素繊維不織布。
【化3】

【化4】

【化5】

上式中、R_(1)はH、OH、下記化6または下記化7、R_(2)はHまたはOHであり、m、nは1?49、但しm+nは10?50である。
【化6】

【化7】

【請求項12】
前記炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の標準偏差σが50?350の範囲にある、請求項1?11のいずれかに記載の炭素繊維不織布。
【請求項13】
前記炭素繊維束(1)の炭素繊維全体重量に対する割合が5?80重量%の範囲にある、請求項1?12のいずれかに記載の炭素繊維不織布。
【請求項14】
炭素繊維不織布が、25℃におけるドレープ値(cm)/単糸曲げ剛性(Pa・cm^(4))が1.4×10^(3)?4.0×10^(3)(cm/(Pa・cm^(4)))の範囲にある炭素繊維束から形成されている、請求項1?13のいずれかに記載の炭素繊維不織布。
【請求項15】
炭素繊維不織布を構成する炭素繊維の単糸曲げ剛性が1.0×10^(-11)?2.8×10^(-11)(Pa・m^(4))の範囲にある、請求項1?14のいずれかに記載の炭素繊維不織布。
【請求項16】
炭素繊維不織布を構成する炭素繊維の繊維長Lnが3?50mmの範囲にある、請求項1?15のいずれかに記載の炭素繊維不織布。」
第3 申立理由の概要
1 申立理由1(実施可能要件)
本件特許明細書の開示によっては、当業者が容易に本件発明を実施することができないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36項第4項第1号の規定に適合しない。すなわち、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0053】ないし【0058】には、開繊方法についての概要の記載はあるが、カーディング装置においては、ロール回転条件などが、エアレイド装置においては、風速条件などが具体的に記載されておらず、どのように開繊されたのか不明である。本件発明は、上記のとおり種々の特殊パラメータによって表現され、一見して技術的範囲の把握が困難である。そのため、本件発明を構成するそれぞれの特殊パラメータを有する炭素繊維不織布を製造するための条件は、上記段落【0053】ないし【0058】には、明確に開示されていない。
2 申立理由2(明確性要件)
本件特許請求の範囲の記載は、以下に示すとおり不明確であるから、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない。
(1)繊維束の定義について
本件発明において特定される繊維束の定義が不明確である。また、本件特許明細書を参照しても、繊維束について、明確な定義がなされているとはいえない。
(2)繊維束の長さの定義について
本件発明において特定されている「炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の数量平均x_(n)」が一義的に定まらず、不明確である。すなわち、本件特許明細書における段落【0070】には、「個々の繊維束の長さ(Ln)」を測定し、それを用いた計算により、炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数を求めることが記載されているが、個々の繊維束の長さ(Ln)を一義的に測定することは、本件特許明細書の記載はもちろん、出願当時の当業者の技術常識に基づいてもきわめて困難であり、不可能であるといわざるを得ないから、個々の繊維束を構成する炭素繊維の本数も求めることもきわめて困難ないし不可能である。
第4 判断
1 本件発明について
本件特許明細書には次のように記載されている。
(1)背景技術
ア「炭素繊維と熱可塑性樹脂からなる炭素繊維複合材料は、種々の成形品の製造に用いられており、従来から、製造された成形品の高い機械特性や、製造の際の良好な流動性を目指した種々の提案がなされている。その中でも炭素繊維複合材料中の炭素繊維を不織布の形態にすることで、例えば特許文献1には、炭素繊維不織布中の特定の炭素繊維束の繊維全量に対する割合を低く抑え、その特定の炭素繊維束中の平均繊維数を特定の範囲にした炭素繊維不織布が提案されている。」(段落【0002】)
イ「しかしながら、この特許文献1に記載されているような、炭素繊維不織布中の炭素繊維束が細く、束の割合が少なく炭素繊維が開繊した炭素繊維不織布は、それを用いて製造した炭素繊維複合材料成形品の機械特性には優れるが、成形の際の流動性が低く、成形性に劣る。これは、強化繊維である炭素繊維が十分に分散しているため応力が集中しににくく、炭素繊維の補強効果が十分発揮される一方、炭素繊維同士が交差してお互いの動きを制約して動きにくくなるためである。」(段落【0003】)
ウ「一方、特許文献2には、炭素繊維不織布中の上記同様の特定の炭素繊維束の繊維全量に対する割合をより高く設定し、その特定の炭素繊維束中の平均繊維数を別の特定の範囲にした複合材料が提案されている。しかしながら、この特許文献2に記載されているような、炭素繊維束が太く、束の割合が多い炭素繊維不織布は、それを用いて炭素繊維複合材料成形品を製造する際の流動性が高く成形性に優れるが、機械特性が低くばらつきも大きい。これは、炭素繊維束が太いため、束内への樹脂の含浸性が悪く、炭素繊維の端部に応力が集中しやすいが、炭素繊維がネットワークを形成していないため動きやすいためである。」(段落【0004】)
(2)発明が解決しようとする課題
「そこで本発明の課題は、上記のような従来の炭素繊維不織布では達成できなかった、炭素繊維複合材料成形の際の高流動性と機械特性を両立でき、機械特性のばらつきも少なく、炭素繊維マットの賦形性にも優れる炭素繊維不織布を提供することにある。」(段落【0006】)
(3)課題を解決するための手段
ア「上記課題を解決するために、本発明に係る炭素繊維不織布は、以下の構成を有する。
(1)炭素繊維を含む炭素繊維不織布であって、炭素繊維が複数のエポキシ基を有する脂肪族化合物でサイジングされてなり、炭素繊維不織布中の炭素繊維束のうち、炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数が90本以上の炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の数量平均xが90?1000本/束の範囲にあり、炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の標準偏差σが50?500の範囲にあることを特徴とする炭素繊維不織布。
・・・
(12)上記炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の標準偏差σが50?350の範囲にある、(1)?(11)のいずれかに記載の炭素繊維不織布。
・・・」(段落【0007】)
イ「このような本発明に係る炭素繊維不織布においては、上記のような本発明で特定した範囲を満たすことにより、後述の実施例の結果に示すように、それを用いた成形の際に高い流動性を得ることができるとともに、成形品の高い機械特性を実現することができ、その機械特性のばらつきも少なく、しかも優れた賦形性を発現できる。・・・」(段落【0008】)
(4)実施の形態
ア「・・・炭素繊維不織布とは、上記エアレイドやカーディングによって不連続な炭素繊維束が開繊・配向された状態で繊維同士の絡み合いや摩擦により形態を保持しているものをいい、薄いシート状のウエブやウエブを積層して必要に応じて絡合や接着させて得られる不織布等を例示することができる。得られる炭素繊維不織布は炭素繊維の折れや曲がりを防ぎ、かつ繊維同士の交絡力を抑えられ炭素繊維複合材料にした際に流動性が良い観点からはエアレイドによって得られることが好ましく、不織布の均一性の観点からはカーディングによって得ることが好ましい。」(段落【0059】)
イ「炭素繊維不織布は、炭素繊維のみから構成されていてもよいが、熱可塑性樹脂繊維および/または熱可塑性樹脂粒子を含有せしめることもできる。熱可塑性樹脂繊維を添加することは、エアレイドやカーディングの工程において炭素繊維の破断を防ぐことができるので好ましい。炭素繊維は剛直で脆いため、絡まりにくく折れやすい。そのため、炭素繊維だけからなる炭素繊維不織布はその製造中に、切れやすかったり、炭素繊維が脱落しやすいという問題がある。エアレイド法では熱可塑性繊維および/または熱可塑性樹脂粒子を含有せしめることで、後工程で熱カレンダーローラーまたは熱エンボスローラー等による圧着や熱処理によって熱融着させる方法、ニードルパンチやウォータージェットニードル等で繊維を交絡させ方法によって、炭素繊維不織布のハンドリング性を向上させることが出来る。カーディング法では、柔軟で折れにくく、絡みやすい熱可塑性樹脂繊維を含むことにより、均一性が高い炭素繊維集合体を形成することができる。本発明において、炭素繊維集合体中に熱可塑性樹脂繊維を含む場合には、炭素繊維集合体中の炭素繊維の含有率は、好ましくは20?95質量%、より好ましくは50?95質量%、さらに好ましくは70?95質量%である。炭素繊維の割合が低いと炭素繊維複合材料としたときに高い機械特性を得ることが困難となり、逆に、熱可塑性樹脂繊維の割合が低すぎると、上記の炭素繊維集合体の均一性を高める効果が得られない。」(段落【0060】)
ウ「炭素繊維不織布中の炭素繊維束は、炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数が90本以上の炭素繊維束(1)を構成する炭素繊維の本数の数量平均xが90?1000本の範囲にある。後述する炭素繊維の強度利用率を向上させ、かつ炭素繊維複合材料にした際の成形品の表面外観の観点からは、束を構成する炭素繊維本数の数量平均xが90?600本の範囲にあることが好ましく、更に好ましくは90?500本の範囲である。炭素繊維複合材料にした際の炭素繊維含有量を増加させ、高い弾性率を得る観点からは、数量平均xが300?1000本の範囲にあることが好ましく、更に好ましくは500?1000本である。炭素繊維束の数量平均xが90本を下回ると繊維同士の交絡数が増加し、流動性が悪化する。1000本を超えると機械的特性とリブ等の細かい部位への炭素繊維追従性が悪化し、機械的特性のばらつきが大きくなる。」(段落【0061】)
エ「炭素繊維不織布中の上記炭素繊維束(1)の、後述する炭素繊維束を構成する炭素繊維の本数x_(n)の標準偏差σが50≦σ≦500の範囲を満たし、炭素繊維束が炭素繊維不織布中に分散して分布することで、高流動性と機械特性を両立でき、機械特性のばらつきも少なく、細かい部位への炭素繊維追従性にも優れた炭素繊維不織布を得ることができる。上記標準偏差σが50を下回ると、流動性が悪化し、上記標準偏差σが500を上回ると、機械的特性が悪化し、機械特性のばらつきが大きくなる。上記標準偏差σは、好ましくは100≦σ≦350の範囲であり、更に好ましくは、150≦σ≦350の範囲であり、より更に好ましくは150≦σ≦300の範囲である。」(段落【0063】)
(5)実施例
ア「(1)繊維束の測定方法
炭素繊維不織布から100mm×100mmのサンプルを切り出し、その後、サンプルを500℃に加熱した電気炉の中で1時間程度加熱して熱可塑性樹脂繊維等の有機物を焼き飛ばした。室温まで冷却した後に残った炭素繊維不織布の質量を測定した後に、炭素繊維不織布から炭素繊維束をピンセットで全て抽出した。抽出した全ての炭素繊維束について、1/10000gまで測定が可能な天秤を用いて、個々の炭素繊維束の重量Mnと長さLnを測定する。測定後、個々の束に対して炭素繊維束を構成する炭素繊維単糸本数x_(n)=Mn/(Ln×F)を計算する。ここでFとは炭素繊維の繊度であり、x_(n)は炭素繊維束の構成単糸本数である。炭素繊維束の構成単糸本数x_(n)が90本以上の炭素繊維束を炭素繊維束(1)とし、総重量をM_(1)とし、束総数をNとして、測定する。また、構成単糸本数x_(n)が90本未満の炭素繊維束を繊維束(2)とし、炭素繊維束(2)の総重量をM_(2)として、測定する。ピンセットで抽出することの出来ない程度に開繊した繊維束はまとめて最後に重量を測定した。また、繊維長が短く、重量の測定が困難になる場合は繊維長を0.2mm程度の間隔で分類し、分類した複数本の束をまとめて重量を測定し、平均値を用いてもよい。全て分類し、測定後、炭素繊維束(1)に対して束を構成する炭素繊維本数の数量平均x=Σ{Mn/(Ln×F)}/N、炭素繊維束を構成する炭素繊維本数x_(n)の標準偏差σ={1/N×Σ(x_(n)-x)^(2)}^(1/2)を計算し、束を構成する炭素繊維本数の数量平均xと炭素繊維束を構成する炭素繊維本数x_(n)の標準偏差σを求める。なお、Nは炭素繊維束(1)の束総数である。また、炭素繊維束全体重量に対する炭素繊維束(A)の割合は、
M_(1)/(M_(1)+M_(2))×100
によって求められる。」(段落【0070】)
イ 炭素繊維束(A)
「繊維径7μm、引張弾性率230GPa、単糸曲げ剛性2.71×10^(-11)Pa・m^(4)、フィラメント数24000本の連続した炭素繊維束に対し、サイジング剤として、樹脂成分が1重量%になるようにグリセロールトリグリシジルエーテルをジメチルホルムアミド(以下、DMFと略す)で希釈してサイジング剤母液を調整し、浸漬法により炭素繊維にサイジング剤を付与し、230℃で乾燥を行なった。付着量は0.4重量%であった。」(段落【0080】)
ウ 実施例1
「炭素繊維束(A)を繊維長15mmにカットし、カットした炭素繊維束(A)とナイロン6短繊維(短繊維繊度1.7dtex、カット長51mm、捲縮数12山/25mm、捲縮率15%)を質量比で90:10の割合で混合し、カーディング装置に投入した。出てきたウェブをクロスラップし、炭素繊維束(A)とナイロン6繊維とからなる目付100g/cm^(2)のシート状の炭素繊維不織布を形成した。炭素繊維不織布中の炭素繊維全体重量に対する炭素繊維束(1)の割合が18重量%、束を構成する炭素繊維本数の数量平均xは160本、標準偏差σは70であった。」(段落【0087】)
2 申立理由1(実施可能要件)について
(1)上記1(3)ア及びイから、本件発明に係る炭素繊維不織布は、上記1(5)アの方法で分類した炭素繊維束(1)、炭素繊維束(2)及び束になっていない炭素繊維のうち、炭素繊維束(1)の平均本数及び標準偏差を本件発明1に記載されたように特定したものである。そして、上記1(4)アの記載から、エアレイドやカーディングによって不連続な炭素繊維束が開繊・配向された状態で繊維同士の絡み合いや摩擦により形態を保持するのであるから、それらの運転状況を調整することで、本件発明1に係る炭素繊維不織布が製造できることは、当業者にとって自明であるといえる。したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとはいえない。よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないとはいえない。
(2)申立人は、エアレイド装置やカーディング装置の具体的な条件が開示されていないから、本件発明の実施には、過度の試行錯誤を要すると主張する。しかし、エアレイド装置やカーディング装置の運転条件を変化させた結果、炭素繊維束がどのように変化するかは、当業者にとって明らか(例えば、炭素繊維にかける力が大きくなるほど開繊が進み、束の本数が少なくなる)であるから、当該試行錯誤が本件発明の実施をすることができない程度のものであるとはいえない。申立人の主張は、理由がない。
(3)また、同様の理由で、本件発明2ないし16についても、申立人の主張は理由がない。
3 申立理由2(明確性要件)について
(1)繊維束の定義について
ア 炭素繊維束について、本件特許明細書の上記1(5)アに示した「室温まで冷却した後に残った炭素繊維不織布の質量を測定した後に、炭素繊維不織布から炭素繊維束をピンセットで全て抽出した。抽出した全ての炭素繊維束について、1/10000gまで測定が可能な天秤を用いて、個々の炭素繊維束の重量Mnと長さLnを測定する。測定後、個々の束に対して炭素繊維束を構成する炭素繊維単糸本数x_(n)=Mn/(Ln×F)を計算する。ここでFとは炭素繊維の繊度であり、x_(n)は炭素繊維束の構成単糸本数である。炭素繊維束の構成単糸本数x_(n)が90本以上の炭素繊維束を炭素繊維束(1)とし、総重量をM_(1)とし、束総数をNとして、測定する。」の記載から、本件発明1及び2に記載された「炭素繊維の本数が90本以上の炭素繊維束」における「炭素繊維束」とは、上記1(5)アに記載された加熱後に残った炭素繊維不織布からピンセットによって抽出できるものであり、そのように解して、本件特許明細書の他の記載と矛盾を生じない。よって、炭素繊維束の定義が不明確であるから本件発明が明確でないとはいえず、本件特許の特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないとはいえない。
イ 申立人は、甲1号証を提示して、実際の炭素繊維不織布において、「炭素繊維束」であるかどうかの境界があいまいであるから、本件発明が不明確であると主張していると解される。しかしながら、束と判定できるかがあいまいであると主張する例が、炭素繊維束(1)の平均値及び標準偏差に影響を及ぼす程多数存在すると認めるに足りる証拠はない。また、そもそも特許法第36条第6項第2号の規定は、特許請求の範囲の記載が不明確かどうかを問題とするものであって、現物において炭素繊維束であるかどうか判定することが困難である場合があったとしても、特許請求の範囲に記載された「炭素繊維束(1)」という語句が不明確になるわけではないから、申立人の主張は失当であって採用できない。
(2)炭素繊維束の長さの定義について
申立人は、特許異議申立書の図3ないし図5により、各種の炭素繊維束の状態を想定し、長さを測定することが困難である旨主張している。申立人の提示した例は、図2の例も含めて、いずれも、炭素繊維束を構成する炭素繊維の長さが測定されていない例である。しかし、上記(1)アに示したように、「炭素繊維束」とは、加熱後に残った炭素繊維不織布からピンセットによって抽出できるものであり、抽出された束は、構成単糸が長手方向に揃って付着しているものであるから、上記1(5)アに摘記した「炭素繊維単糸本数x_(n)=Mn/(Ln×F)」の式によって、単糸本数を正確に計算することが可能となる。申立人の提示した各例は、いずれも、現実に起こっている例であると、認めるに足る証拠がなく、仮に存在したとしても、繊維束として、ピンセットで抽出すべき状態になっているとはいえない。申立人の主張は理由がない。
第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1ないし16に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし16に係る特許を取り消す理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-12-08 
出願番号 特願2014-512995(P2014-512995)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (D06M)
P 1 651・ 537- Y (D04H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 平井 裕彰  
特許庁審判長 千壽 哲郎
特許庁審判官 門前 浩一
久保 克彦
登録日 2017-03-17 
登録番号 特許第6108240号(P6108240)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 炭素繊維不織布  
代理人 細田 浩一  
代理人 伴 俊光  

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