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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07F
管理番号 1336057
審判番号 不服2016-11924  
総通号数 218 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-02-23 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-08-08 
確定日 2018-01-04 
事件の表示 特願2014-257791「ルビプロストンの調製方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年7月2日出願公開、特開2015-120693〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

この出願は、2010年10月15日を国際出願日とする特願2013-533064号の一部を平成26年12月19日に新たな特許出願としたものであって、平成26年12月19日に上申書が提出され、平成27年12月18日付けで拒絶理由が通知され、平成28年3月9日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年4月4日付けで拒絶査定がされ、同年8月8日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、同年11月9日に上申書が提出され、平成29年4月14日付けで拒絶理由が通知され、平成29年7月18日に意見書が提出されたものである。

第2 特許を受けようとする発明

この出願の特許を受けようとする発明は、平成28年8月8日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載される事項により特定されるとおりのものであり、その請求項2に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「式(10)(7-((1R,2R,3R)-3-(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-2-(4,4-ジフルオロ-3-オキソオクチル)-5-オキソシクロペンチル)ヘプタン酸)の化合物。
【化2】



第3 当審が通知した拒絶の理由

平成29年4月14日付けで当審が通知した拒絶理由の概要は、
「この出願の請求項1及び2に係る発明は、その出願前に頒布された以下の刊行物1又は2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
刊行物1:特開2006-45231号公報
刊行物2:特開2007-211011号公報
刊行物3:国際公開第2009/141718号
刊行物4:国際公開第2010/083597号
刊行物5:社団法人日本化学会編,第5版 実験化学講座 14,2005 年8月31日,325頁?333頁
刊行物6:社団法人日本化学会編,第5版 実験化学講座 18,2004 年9月10日,171頁?172頁
刊行物7:社団法人日本化学会編,第4版 実験化学講座 25,1995 年4月10日,第3刷,180頁?184頁」
というものである。
なお、刊行物5?7はこの出願の出願当時の技術水準を示すためのものである。

第4 当審の判断

当審は、平成29年4月14日付けで当審が通知した拒絶理由のとおり、この出願の請求項2に係る発明(本願発明)は、上記第3で掲げたその出願前に頒布された刊行物1(主引用例)に記載された発明、刊行物1及び3に記載された技術的事項並びに技術常識に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと判断する。
その理由は以下のとおりである。

1 刊行物

刊行物1、3及び5?7:上記第3で掲げたとおり。

2 刊行物の記載

(1)刊行物1には、以下のとおりの記載がある。

(1a)
「【請求項1】
一般式(I)で示されるプロスタグランジン誘導体:
【化1】

R4およびR5は、水素原子、ハロゲン原子、低級アルキル基あるいは低級アルコキシ基、但しR4およびR5が同時に低級アルコキシのときは、R4とR5が合して環を形成しても良い)、但し、X_(1)、Y_(1)、Z_(1)のうち、少なくとも1つは、
【化2】

である;
Aは、-CH_(3)、-CH_(2)OH、-COCH_(2)OH、-COOHまたはそれらの官能性誘導体;
Bは、単結合、-CH_(2)-、-CH_(2)-CH_(2)-、-CH=CH-または-C≡C-、-CH_(2)-CH_(2)-CH_(2)-、-CH=CH-CH_(2)-、-CH_(2)-CH=CH-、-C≡C-CH_(2)-または-CH_(2)-C≡C-;
Raは、非置換またはハロゲン、アルキル、ヒドロキシ、オキソ、アリールまたは複素環で置換された、二価の飽和または不飽和の低?中級脂肪族炭化水素残基(脂肪族炭化水素の少なくとも1つの炭素原子は任意に酸素、窒素あるいは硫黄で置換されていてもよい);および、
Rbは、水素原子;非置換またはハロゲン、オキソ、ヒドロキシ、低級アルコキシ、低級アルカノイルオキシ、シクロ(低級)アルキル、シクロ(低級)アルキルオキシ、アリール、アリールオキシ、複素環または複素環オキシで置換された、飽和または不飽和の低?中級脂肪族炭化水素残基;シクロ(低級)アルキル基;シクロ(低級)アルキルオキシ基;アリール基;アリールオキシ基;複素環基;複素環オキシ基;]で表される化合物を製造する方法であって、一般式(II)
【化3】

但し、X_(2)、Y_(2)、Z_(2)のうち、少なくとも1つは、
【化4】

である;
A、B、RaおよびRbは前記と同義である。]
で表される化合物を、テトラメチルピペリジン-1-オキシル誘導体の存在下、共酸化剤と反応させる工程を有する方法。」

(1b)
「【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の医薬品として、あるいは医薬品の合成中間体として有用なプロスタグランジン誘導体の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロスタン酸骨格の5員環上あるいはω鎖上にケト基を有するプロスタグランジン誘導体は、種々の疾患の治療または予防のための医薬品もしくは医薬品の合成中間体として用いられる。かかるケト基を有するプロスタグランジン誘導体を製造するに際して、水酸基の酸化反応は重要な製造工程のひとつとなる。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ケト基を有するプロスタグランジン誘導体の工業的生産にあたり、比較的穏やかな条件下で、比較的簡易な工程にて実施可能な水酸基の酸化方法を提供することを目的とする。
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、プロスタグランジン誘導体の製造において、水酸基を有するプロスタグランジン中間体をテトラメチルピペリジン-1-オキシル誘導体の存在下、共酸化剤を用いて酸化させることにより、特殊な装置を必要とせず、安価で入手容易な共酸化剤を用いることができ、かつ製造工程の短縮が可能となることを見だし、本発明を完成するに至った。」

(1c)
「【0023】
Aの「官能性誘導体」の語は、塩(好ましくは、医薬上許容し得る塩)、エーテル、エステルおよびアミド類を含む。
・・・
【0026】
エステルとしては、メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、イソプロピルエステル、ブチルエステル、イソブチルエステル、t-ブチルエステル、ペンチルエステル、1-シクロプロピルエチルエステル等の低級アルキルエステル、ビニルエステル、アリルエステル等の低級アルケニルエステル、エチニルエステル、プロピニルエステル等の低級アルキニルエステル、ヒドロキシエチルエステルのようなヒドロキシ(低級)アルキルエステル、メトキシメチルエステル、1-メトキシエチルエステル等の低級アルコキシ(低級)アルキルエステルのような脂肪族エステルおよび例えばフェニルエステル、トリルエステル、t-ブチルフェニルエステル、サリチルエステル、3,4-ジメトキシフェニルエステル、ベンズアミドフェニルエステル等の所望により置換されたアリールエステル、ベンジルエステル、トリチルエステル、ベンズヒドリルエステル等のアリール(低級)アルキルエステルが挙げられる。
・・・
【0028】
好ましいAの例は、-COOH、その医薬上許容し得る塩、エステル、アミドである。」

(1d)
「【0033】
本発明において、水酸基の保護基とは、酸化反応に対して水酸基を不活性化するために導入される官能基を意味し、この目的に適合する限り、特に限定されないが、例えばメチル基、メトキシメチル基、エチル基、1-エトキシエチル基、ベンジル基、置換ベンジル基、アリル基、テトラピラニル基、t-ブチルジメチルシリル基、トリエチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、ジフェニルメチルシリル基、ホルミル基、アセチル基、置換アセチル基、ベンゾイル基、置換ベンゾイル基、メチルオキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基、t-ブチルオキシカルボニル基、アリルオキシカルボニル基などが挙げられる。」

(1e)
「【0035】
本発明に用いるテトラメチルピペリジン-1-オキシル誘導体としては、
2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)、
・・・
などが挙げられる。」

(1f)
「【実施例1】
【0043】
【化5】

・・・
【0044】
・・・」

(1g)
「【実施例2】
【0045】
【化6】

【0046】
アルコール体0.172g (0.361mmol) をトルエン1.25mlに溶かし、臭化カリウム43mg(0.361mmol)を加えて、氷浴で0℃に冷却した。中性リン酸緩衝液(3.6ml)とTEMPO 0.56ml (10mg/mlトルエン溶液、0.0361mmol) を加え、次いでca0.9M-次亜塩素酸ナトリウム0.48ml (0.433mmol) を滴下して、0℃で20分間攪拌した。飽和チオ硫酸ナトリウム水と1規定塩酸0.36m)を加えて、酢酸エチルで3回抽出した。抽出液を水、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥後、濾過して減圧濃縮した。残渣をシリカゲル(FL-60D、36g)で精製し、無色油状物を得た。
収量 0.161g (94.0%)
【0047】
^(1)H NMR (200MHz in CDCl_(3), TMS=0ppm) δ 0.92 (3H, t, J=7.0Hz) 1.11-2.45 (29H, m) 2.34 (2H, t, J=7.3Hz) 2.65-3.11 (3H, m) 3.42-3.60 (1H, m) 3.75-3.97 (1.5H, m) 4.16 (0.5H, q, J=7.3Hz) 4.54-4.65 (0.5H, m) 4.65-4.74 (0.5H, m) 」

(2)刊行物3の記載

刊行物3には、以下のとおりの記載がある(訳文で示す。)。

(3a)
「1.技術分野
[0002]本出願は、プロスタグランジン類似体調製のための中間体ならびにプロスタグランジン類似体及びその中間体の調製方法に関する。
2.背景技術
[0003]天然プロスタグランジンはプロスタン酸を基礎とした独特な構造を有し、ごく少量であっても様々な生理活性を示すことから多くの合成化学研究者の注目を集めている。そのため、学究的関心だけでなく製造を目的として、天然プロスタグランジンの構造的類似体の様々な合成方法が開発され開示されてきた。
[0004]しかしながら、簡易性及び実用性及び/又は経済性において更にすぐれたプロスタグランジン類似物の製造方法が依然として必要とされている。」(1頁13行?25行)

(3b)
「実施例20-ケトン還元
イソプロピル(Z)-7-((1R,2R,3R,5S)-2-((3S,E)-3-(t-ブチルジメチルシリルオキシ)-5-フェニル-ペンタ-1-エニル)-3-(t-ブチルジメチルシリルオキシ)-5-ヒドロキシ-シクロペンチル)-ヘプテ-5-エノアート(11b)の合成

[00103]・・・
[00104]・・・」(42頁11行?25行)

(3c)
「実施例21-TBS-脱保護
イソプロピル(Z)-7-((1R,2R,3R,5S)-3,5-ジヒドロキシ-2-((3S,E)-3-ヒドロキシ-5-フェニル-ペンタ-1-エニル)-シクロペンチル)-ヘプテ-5-エノアート(11c)の合成

[00105]・・・
[00106]・・・」(42頁26行?43頁16行)

(3)刊行物5の記載

刊行物5には、以下のとおりの記載がある。

(5a)
「触媒存在下,アルコールがアルケニルエーテルのα-炭素に付加すると,通常異なったアルコキシル基が置換したアセタールが生成する.この反応はアセタールを単に合成するという見地からでなく,アルコール保護としての役割が大きい^(1,2)).
・・・
アルコールの保護アセタールとしてもっとも重要な2-アルコキシテトラヒドロピラニル誘導体(2-RO-THP)は,3,4-ジヒドロ-2H-ピラン(DHP)とアルコールの付加で合成される.この反応をテトラヒドロピラニル化という.ジヒドロピランの入手の容易さ,経済性,保護・脱保護のしやすさに加えて,Grignard試剤やアルキルリチウムなどの強塩基性試剤に対しても,また酸化還元条件においても2-アルコキシテトラヒドロピラニル誘導体は十分に安定であることなどから保護基として便利であり,この反応に対して様々な触媒が開発された.」(325頁10行?20行)

(4)刊行物6の記載

刊行物6には、以下のとおりの記載がある。

(6a)
「シリル基はアルコール,フェノール,カルボン酸などの保護基として広く用いられる.ヒドロキシ基のシロキシ化反応およびシロキシ基の脱保護反応の容易さは,ケイ素上の置換基のかさ高さ,および反応条件に大きく依存する.この反応性の違いを利用した選択的なアルコールのシロキシ化反応や^(94))シロキシ基の選択的な開裂反応が開発されている^(95)).開裂反応は通常,HF水溶液またはTBAF(フッ化テトラブチルアンモニウム)とシリルエーテルを反応させることで容易に行える^(96)).・・・
・・・
シリル基としてはトリメチルシリル基やt-ブチルジメチルシリル基(TBDMS)のほか,ケイ素-酸素結合の安定性に優れたトリイソプロピルシリル基(TIPS)が多く用いられる^(97)).」(171頁14行?下から2行)

(5)刊行物7の記載

刊行物7には、以下のとおりの記載がある。

(7a)
「シリル基はアルコール,フェノール,カルボン酸などの保護基として広く利用される.酸素-ケイ素結合は熱的に安定であるが,酸,アルカリ,フッ化物イオンで容易に開列を受け,元のアルコール体に戻る.開列の容易さを表6・1,6・2に示す^(73f,74,75c)).

」(180頁下から1行?181頁2行)

3 刊行物に記載された発明

刊行物1(摘記(1g))には、

で表される化合物を実際に製造したことが記載されている。
したがって、刊行物1には、


で表される化合物」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

4 対比及び判断

(1)対比

ヒドロキシ基の保護基として利用されるテトラヒドロピラニル基の略称が「THP」であることは技術常識(摘記(5a))であるから、引用発明における「THP」がテトラヒドロピラニル基(以下「THP基」ということがある。)であり、ヒドロキシ基の保護基であることは、刊行物1(摘記(1a)、(1d))の保護基に関する記載に接した当業者に自明である。
また、発明の詳細な説明の【0013】及び【0018】の記載からみて、本願発明における「TBS」すなわちtert-ブチルジメチルシリル基(以下「TBS基」ということがある。)はヒドロキシ基の保護基であるといえる。
したがって、本願発明と引用発明とを対比すると、両者は、
「ヒドロキシ基が保護基で保護された、7-((1R,2R,3R)-3-ヒドロキシ-2-(4,4-ジフルオロ-3-オキソオクチル)-5-オキソシクロペンチル)ヘプタン酸」
という点で一致し(化合物名の表記は特許請求の範囲の【請求項2】の記載に倣った。)、
(相違点)前者は保護基がTBS基であるのに対し、後者は保護基がTHP基である点
で相違する。

(2)相違点についての検討

刊行物1(摘記(1a)、(1b)、(1d))には、プロスタグランジン誘導体の製造におけるヒドロキシ基を有するプロスタグランジン中間体の酸化反応に対する5員環上の水酸基の保護基R2として、t-ブチルジメチルシリル基すなわちTBS基が挙げられている。
また、各種シリル基はアルコール、フェノール、カルボン酸などの保護基として広く用いられること、そのようなシリル基としてはトリメチルシリル基やt-ブチルジメチルシリル基、トリイソプロピルシリル基が多く用いられること、及びそのようなシリル基で保護されたヒドロキシ基は酸やアルカリ、フッ化物イオン、フッ化テトラブチルアンモニウムにより容易に元のヒドロキシ基に戻ることは技術常識である(摘記(6a)、(7a))。
そして、刊行物3(摘記(3a)?(3c))の記載に接した当業者であれば、刊行物3に記載された具体例(摘記(3b)、(3c))を、プロスタグランジン類似体又はその中間体の調製において5員環上のヒドロキシ基をTBS基で保護した具体例、すなわち、プロスタグランジン類似体又はその中間体の5員環上のヒドロキシ基に対する上記技術常識の適用であると認識するといえる。
そうすると、プロスタグランジン中間体であることが当業者に自明である(摘記(1a)、(1b)、(1g))引用発明において、酸化反応に対するヒドロキシ基の保護をTHP基に代えてTBS基で行うことは、当業者が刊行物1及び3の記載並びに上記技術常識に基づいて容易になし得たことである。

(3)発明の効果について

ア はじめに

引用発明と比較した出願発明の有利な効果が、当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合は、出願発明の容易想到性が否定され、その結果、進歩性が肯定されるべきである。
この場合、出願発明における有利な効果として認められるためには、当該効果が発明の詳細な説明に記載されているか、あるいは、当業者が発明の詳細な説明の記載に技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであることが必要である。(同旨:知財高判平28.3.30平27(行ケ)10054裁判所ウェブサイト「知的財産判例集」)。

イ 発明の詳細な説明に記載された効果について

発明の詳細な説明には、本願発明に係る化合物の効果について具体的に明示した記載はないが、その【0025】には、本願発明に係る化合物をルビプロストンの調製における中間体として使用することに関連して、「工程5i:ルビプロストンは、H_(2)SO_(4)、HCl、TFA等の鉱酸若しくは有機酸又はTBAF及び含水HFを含むフッ化物試薬を有機溶媒中で用いた化合物(10)のC11-OTBSのTBS脱保護によって調製される。MeCN中でのH_(2)SO_(4)が好ましい。」と記載されている。
しかし、シリル基で保護されたヒドロキシ基が酸やアルカリ、フッ化物イオン、フッ化テトラブチルアンモニウムにより容易に元のヒドロキシ基に戻ることは技術常識である(摘記(6a)、(7a))から、TBS基が種々の鉱酸若しくは有機酸又フッ化物試薬で脱保護できるということが引用発明の有する効果と比較して顕著なものであるとはいえない。

ウ 請求人が意見書において主張する効果について

(ア)立体異性体を形成しないという効果について

請求人は平成29年7月18日付け意見書(以下単に「意見書」という。)(2-2-4)において、「THP保護基は、THP保護基の間に2つのジアステレオマー形成を引き起こす不斉中心を有します。これは、HPLCによる生成物分析の複雑さを引き起こします。」と主張する。
しかし、発明の詳細な説明の【0018】に「・・・我々の知る限り開示されている他の全ての先行技術方法は、THP等の炭素系保護基の使用を開示する。・・・」と記載されているものの、TBS基による保護が立体異性体の形成やこれに起因する生成物分析の複雑さの点で有利であることは、発明の詳細な説明には記載されていない。
そして、仮にそのようなことが当業者が発明の詳細な説明の記載に技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであるとしても、ヒドロキシ基の保護基として周知のものであるTHP基により光学活性化アルコールを保護するとジアステレオマーを生成し分離などが困難になることがあることは技術常識である(社団法人日本化学会編,新実験化学講座 14,1978年7月20日,2500頁の13行?21行)から、やはりヒドロキシ基の保護基として周知のもの(同2500頁の6行?7行)であって不斉中心を有しないことが当業者に明らかな保護基の1つであるTBS基による保護がそのような欠点を有しないこともまた技術常識であるといえる。そうすると、TBS基による保護が立体異性体の形成やこれに起因する生成物分析の複雑さの点で有利であるということは、上記の技術常識から当業者に自明のものであるから、顕著なものであるとはいえない。
したがって、請求人の上記主張によっても、本願発明の有する効果が引用発明の有する効果と比較して顕著なものであるとは認められない。

(イ)不純物の少ない反応を与えるフッ化物イオンにより脱保護することができるという効果について

請求人は意見書(2-2-4)において、「THP保護基は、プロスタグランジンE型化合物の分解を引き起こすことが知られている酸性条件下でのみ脱保護することができます。対照的に、本願請求項・・・2の化合物におけるTBS保護基によれば、不純物の少ない反応を与えるフッ化物イオンにより脱保護することができます。」とも主張する。
しかし、まず「TBS保護基によれば・・・フッ化物イオンにより脱保護することができます」という主張について、TBS基がフッ化物イオンにより脱保護できることは、発明の詳細な説明の【0025】に記載されている(上記ア)ものの、シリル基で保護されたヒドロキシ基がフッ化物イオンにより容易に元のヒドロキシ基に戻ることは技術常識である(摘記(7a))から、引用発明の有する効果と比較して顕著なものであるとはいえない。
次に「不純物の少ない反応を与えるフッ化物イオン」及び「THP保護基は、プロスタグランジンE型化合物の分解を引き起こすことが知られている酸性条件下でのみ脱保護することができます。」という主張について、発明の詳細な説明の【0018】に「・・・我々の知る限り開示されている他の全ての先行技術方法は、THP等の炭素系保護基の使用を開示する。・・・」と記載されているものの、発明の詳細な説明には、TBS基の脱保護の手段について、一般的記載として【0025】に上記イで述べたとおりの記載があり、具体的記載として【0052】及び【0053】にTBS基を酸により脱保護した実施例の記載があるのみであって、TBS基のフッ化物イオンによる脱保護が不純物の少ない反応を与えることは、発明の詳細な説明に記載されておらず、当業者が発明の詳細な説明の記載に技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであるともいえない。
したがって、請求人の上記主張によっても、本願発明の有する効果が引用発明の有する効果と比較して顕著なものであるとは認められない。

なお、発明の詳細な説明には、【0018】の上記記載のほか、【0015】に「・・・酸性又は塩基性の水性条件によるイソプロピルエステルの加水分解が、敏感な15-ケト-PGE構造の分解を引き起こし・・・」との記載があり、【0016】に「当然ながら、他のエステル類似体・・・が使用し得る・・・」との記載がある。
しかし、(α)これらの記載がイソプロピルエステル等のエステル類似体の加水分解工程におけるものであることは当業者に自明である。そして、(β)具体的な酸性又は塩基性の水性条件により化合物の分解が生じたり生じなかったりすることは当然の技術常識であるところ、エステルは酸に対して比較的安定であることが技術常識であって(社団法人日本化学会編,新実験化学講座 14,1978年7月20日,2502頁の1行?2行)、THP基の脱保護にはエステル類似体の加水分解よりもさらに強い酸性条件を要することが技術常識であるとはいえない(この点に関し、THP基の脱保護は通常酸性条件を要することは技術常識であるといえるものの、特開2007-211011号公報の【0052】には、THP基の脱保護が生じる酸性条件下でベンジルエステルの加水分解が生じないことが示されている。)。
そうすると、発明の詳細な説明の【0015】及び【0016】の上記記載は、当業者に対し、THP基の脱保護が生じる程度の酸性条件におけるプロスタグランジンE型化合物の分解について、上記当然の技術常識以上の手がかりを提供するものではない。
したがって、当業者が発明の詳細な説明の記載から、THP基の酸による脱保護がプロスタグランジンE型化合物の分解や不純物の点で問題があると読み取ることができるとはいえない。
また、仮に当業者が、THP基の脱保護は通常酸性条件を要するという技術常識及び上記当然の技術常識に基づいて、THP基の脱保護が生じる程度の酸性条件においてプロスタグランジンE型化合物の分解が生じる抽象的な可能性を想起したとしても、(α)上記のとおり、発明の詳細な説明の【0015】及び【0016】の上記記載は、当業者に対し、THP基の脱保護が生じる程度の酸性条件におけるプロスタグランジンE型化合物の分解について、上記当然の技術常識以上の手がかりを提供するものではないし、(β)プロスタグランジンE型化合物を含むプロスタグランジン化合物のヒドロキシ基をTHP基で保護することは通常行われていたことである(例えば、摘記(1g)、特開2007-211011号公報の【0052】、特公平7-103096号公報の16頁の化合物(31)、特公平6-88966号公報の31頁の化合物(14)、特公平6-67900号公報の化合物(12)、特公平7-100655号公報の13頁の化合物(10)、特許第3183650号公報の【0036】、【0037】、特許第3187438号公報の27頁の化合物(11-13))にもかかわらず、プロスタグランジン化合物のTHP基の酸による脱保護の際のプロスタグランジン化合物の分解や不純物が課題であるという技術常識はみあたらないから、当業者が上記抽象的な可能性の想起からさらに進んで、THP基の酸による脱保護がプロスタグランジンE型化合物の分解や不純物の点で問題があると読み取ることができるとまではいえない。
さらに、仮に当業者が、上記抽象的な可能性の想起からさらに進んで、THP基の酸による脱保護がプロスタグランジンE型化合物の分解や不純物の点で問題があると読み取ることができるといえるとしても、シリル基で保護されたヒドロキシ基が酸のみならずアルカリ、フッ化物イオン、フッ化テトラブチルアンモニウムにより容易に元のヒドロキシ基に戻ることは技術常識である(摘記(6a)、(7a))から、TBS基による保護が、フッ化物イオンによる脱保護も可能であるという点で上記問題を回避できるものであることは、当業者に自明である。したがって、このことが引用発明の有する効果と比較して顕著なものであるとはいえない。

(4)小括

以上のとおり、本願発明は、引用発明、刊行物1及び3に記載された技術的事項並びに技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび

以上のとおり、この出願の請求項2に係る発明(本願発明)は、上記第3で掲げたその出願前に頒布された刊行物1(主引用例)に記載された発明、刊行物1及び3に記載された技術的事項並びに技術常識に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない
したがって、その余について検討するまでもなく、この出願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-08-02 
結審通知日 2017-08-08 
審決日 2017-08-21 
出願番号 特願2014-257791(P2014-257791)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C07F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 三上 晶子  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 加藤 幹
冨永 保
発明の名称 ルビプロストンの調製方法  
代理人 桜田 圭  
代理人 木村 満  
代理人 森川 泰司  
代理人 美恵 英樹  
代理人 毛受 隆典  

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