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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 発明同一  A61K
管理番号 1336403
審判番号 無効2008-800110  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-03-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-06-13 
確定日 2013-04-03 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4120018号「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」の特許無効審判事件である,無効2008-800110号及び無効2008-800256号の2件について併合のうえなされた平成22年3月24日付け審決に対し,知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成22年(行ケ)第10133号平成23年2月1日判決言渡)があったので,さらに審理をし,前記2件に加えて無効2011-800164号とも併合のうえ,次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 無効2008-800110号 本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。 無効2008-800256号 本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。 無効2011-800164号 特許第4120018号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第4120018号(以下,「本件特許」という。)に係る発明についての特許出願(特願平9-47181号。以下,「本件出願」という。)の主な手続及び無効審判請求の主な手続の経緯は以下のとおりである。

本件出願 平成 9年 2月14日
本件特許の設定登録 平成20年 5月 9日
特許公報の発行 平成20年 7月16日
審判請求(無効2008-800110) 平成20年 6月13日
訂正請求 平成20年 9月 8日
(以下,「第1の訂正請求」ともいう。」)
審判請求(無効2008-800256) 平成20年11月17日
併合審理通知 平成20年12月 4日付け
審決(以下,「1次審決」ともいう。) 平成22年 3月24日

なお,1次審決(無効2008-800110,無効2008-800256の2件の無効審判事件について併合審理された審決)は,請求人によってなされた本件請求項1に係る発明の特許を無効にすべき旨の審判の請求について,「本件審判の請求は,成り立たない。」というものであった。
これに不服の請求人が審決取消訴訟を提起し,知的財産高等裁判所において平成22年(行ケ)10133号事件として審理され,「無効2008-800110号事件及び無効2008-800256号事件について平成22年3月24日にした審決を取り消す。」との判決が言い渡され,同判決は確定した。
その後,平成23年法律63号改正附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前特許法(以下,「平成23年改正前特許法」という。)第134条の3第1項の規定に基づき被請求人より平成23年6月17日付けで訂正請求がなされた。以後の主な手続の経緯は以下のとおりである。

訂正請求 平成23年 6月17日
(以下,「第2の訂正請求」ともいう。」)
審判請求(無効2011-800164) 平成23年 9月 8日
訂正請求 平成23年12月 2日
(以下,「第3の訂正請求」ともいう。」)
併合審理通知 平成24年 5月18日付け
口頭審理 平成24年 7月12日
平成23年6月17日付け訂正請求の取下 平成24年 7月31日

なお,第1の訂正請求は,第2の訂正請求がなされたことにともなって,平成23年改正前特許法第134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなされている。

第2 訂正請求について
1.訂正の内容
平成23年12月2日付け訂正請求(第3の訂正請求)は,
(1)訂正請求前の請求項1における,
(訂正前)「連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンB_(1)を含有する輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lであり,混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上であることを特徴とする2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」
なる記載を,
(訂正後)「連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有し,pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し,更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように亜硫酸塩を含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,更に高圧蒸気滅菌が施されてなり,2室を開通し混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上であることを特徴とする脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」
とする訂正,及び,
(2)特許明細書の[0013]における,
(訂正前)「また,上記第1室に収容される輸液は,塩酸,酢酸,クエン酸,マレイン酸,水酸化ナトリウム等のpH調整剤を加えてpH2.0?6.0,好ましくは酢酸又はマレイン酸を用いてpH3.0?5.0に調整される。」
なる記載を,
(訂正後)「また,上記第1室に収容される輸液は,塩酸,酢酸,クエン酸,マレイン酸,水酸化ナトリウム等のpH調整剤を加えてpH2.0?4.5,好ましくは酢酸又はマレイン酸を用いてpH3.0?4.5に調整される。」
とする訂正,からなるものであって,具体的には次の訂正事項に細分されるものである。

a.特許請求の範囲の請求項1の2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤において,可撓性容器の第1室に収容される輸液を,ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有するものに限縮する。
b.特許請求の範囲の請求項1の2室容器入り経静脈用総合輸液製剤において,可撓性容器の第1室に収容される輸液を,pHがpH2.0?pH4.5に調整されたものに限縮する。
c.特許請求の範囲の請求項1に記載の「更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lであり」の記載位置を「メンブランフィルターで濾過して充填し」の前に移動し,「更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように亜硫酸塩を含有し」と訂正して,記載を明りょうにする。
d.特許請求の範囲の請求項1の2室容器入り経静脈用総合輸液製剤において,「高圧蒸気滅菌が施されてなり」を加えて,特許請求の範囲を限縮する。
e.特許請求の範囲の請求項1に記載の「混合後」を「2室を開通し混合後」に訂正して,記載を明りょうにする。
f.特許請求の範囲の請求項1の2室容器入り経静脈用総合輸液製剤において,2室容器入り経静脈用総合輸液製剤を,脂肪乳剤を含まないものに限縮する。
g.明細書の【0013】を訂正前の,
「…pH調整剤を加えてpH2.0?6.0,好ましくは…pH3.0?5.0に調整される。」から,
「…pH調整剤を加えてpH2.0?4.5,好ましくは…pH3.0?4.5に調整される。」と訂正する。

2.訂正請求の適否
上記訂正事項a?gは,何れも,特許請求の範囲の限縮又は明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,変更するものでもない。
したがって,平成23年12月2日付けの訂正は,平成23年改正前特許法第134条の2第1項及び同条第5項で準用する第126条第3項及び第4項の規定に適合するので,当該訂正を認める。

第3 本件特許の請求項に係る発明
本件特許の請求項1に係る発明(以下,「本件発明」ということがある。)は,上記平成23年12月2日付け訂正請求によって訂正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであり,本件発明に係る栄養輸液製剤は,以下のように分説することができる。(以下の特定事項をそれぞれ,「特定事項A」,「特定事項B」…のようにいうことがある。)

「A;連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有し,pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,
B;第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,
C;且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し,更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように亜硫酸塩を含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,
D;更に高圧蒸気滅菌が施されてなり,
E;2室を開通し混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上であることを特徴とする脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」



第4 無効2008-800110について
1.請求人の求めた審判
請求人は,「本件特許の請求項1に係る特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め,次の無効理由を主張し,証拠として以下の書証を提出した。
(1)無効理由1
本件特許の請求項1に係る発明は,本件特許の出願の日前の特許出願であって,本件特許の出願後に出願公開された特許出願の内容を記した甲第1号証に記載された発明と同一の発明であり,特許法第29条の2の規定に違反して特許を受けたものであるから,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。
(2)無効理由2
本件特許の請求項1に係る発明は,甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法第29条第2項の規定に違反して特許を受けたものであるから,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。
(3)無効理由3
請求項1は,特許法第36条第6項第1号の要件を満たしていないから特許法第123条第1項第4号の規定により,無効とされるべきである。
(4)無効理由4
本件特許の明細書は,特許法第36条第4項の要件を満たしていないから特許法第123条第1項第4号の規定により,無効とされるべきである。

甲第1号証;特開平10-203959号公報
甲第2号証;別冊化学工業20-3 増補 膜分離技術の応用,
昭和51年6月25日発行,化学工業社,第146?151頁
甲第3号証;特開昭54-26324号公報
甲第4号証;特開平8-709号公報
(無効2008-800256の甲第2号証)
甲第5号証;病院薬学,Vol.21,No.1,第15-21頁
(1995)
甲第6号証;実験成績証明書(2008年6月11日,三本靖洋作成)
甲第7号証;特開平8-143459号公報
(無効2008-800256の甲第3号証)
甲第A1号証:平成22年(行ケ)10133号審決取消請求事件,
2010年11月17日技術説明会原告資料
甲第A2号証:特開平8-182739号公報
甲第A3号証:特開平5-31151号公報
甲第A4号証:高カロリー輸液用糖・電解質・アミノ酸液
ピーエヌツイン-1号,2号,3号 医薬品添付文書
甲第A5号証:特開平2-241457号公報
甲第A6号証:高カロリー輸液の実際,岡田正編集,株式会社へるす出版,
昭和53年4月15日発行,第52-57頁
甲第A7号証:静脈栄養の手引き,岡田正編集,医薬ジャーナル社,
1994年3月1日発行,第34頁一第47頁
甲第B1号証:PDAバリデーションレポート No.1
滅菌に関するバリデーション,日本PDA監訳,
薬業時報社,平成6年11月18日発行,第3頁
甲第B2号証:医科器械学叢書I「滅菌法・消毒法 第1集」,綿貫等編,
文光堂,昭和56年2月21日発行,第67?69頁
甲第B3号証:月刊薬事,Vol.26,No.7,1984年,
第33?38頁
甲第B4号証:特開平7-67936号公報
なお,平成24年6月28日付け口頭審理陳述要領書に添付の「参考資料1」は,その内容から見て,同要領書における主張の一部として扱う。

2.被請求人の主張
被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め,上記請求人の主張するいずれの理由によっても本件特許は無効とされるべきものでない旨主張し,以下の証拠を提出している。

乙第A1号証:NCP,Vol. 10,No.3,June 1995,pp.114-119
乙第A2号証:特開平6-199664号公報
乙第A3号証:特開2001-328934号公報
乙第A4号証:静注用脂肪乳剤 イントラリポス輸液10%/
イントラリポス輸液20% 医薬品添付文書
乙第A5号証:静注用脂肪乳剤 イントラリピッド輸液10%/
イントラリピッド輸液20% 医薬品添付文書
乙第A6号証:高カロリー輸液用 アミノ酸・糖・脂肪・電解質液
ミキシッドL輸液/ミキシッドH輸液 医薬品添付文書
参考資料A:横浜医学,51,159-164(2000)
参考資料B:大塚製薬添付文書集 1996年 医療用医薬品
体外診断用医薬品,第302頁,第303頁,第316頁
及び第317頁
参考資料C:医薬ジャーナルVol.29 No.8 pp.113-116 1993年
参考資料D:医薬ジャーナルVol.29 No.7 pp.123-126 1993年

3.当審の判断
3-1.無効理由1について
(1)甲第1号証
甲第1号証は,本件特許の出願の日前の特許出願である特願平9-10150号(出願日:平成9年1月23日)の公開公報(平成10年8月4日出願公開)であり,該特許出願の願書に最初に添付された明細書の内容が記されているものと認められる。
甲第1号証には,以下の事項が記載されている。
(1-a) 「【請求項1】 還元糖を含有する溶液(A)と,アミノ酸を含有する溶液(B)の2液からなる輸液において,溶液(B)がビタミンB_(2)及びビタミンCを含有し,かつpH5.0?7.0であることを特徴とする中心静脈投与用輸液。
・・・
【請求項4】 ビタミンB_(1)を溶液(A)に配合し,かつ溶液(A)が亜硫酸塩及び亜硫酸水素塩を実質的に含有しない請求項1?3のいずれか1項記載の中心静脈投与用輸液。
・・・
【請求項7】 更に,電解質を溶液(A)及び/又は溶液(B)に配合した請求項1?6のいずれか1項記載の中心静脈投与用輸液。」(特許請求の範囲)
(1-b) 「本発明の中心静脈投与用輸液は,還元糖を含有する溶液(A)と,アミノ酸を含有する溶液(B)の2液からなり,用時に混合して使用されるものである。溶液(A)に配合される還元糖としては,ブドウ糖,フルクトース,マルトース等が挙げられ,血糖管理などの点で,特にブドウ糖が好ましい。」(段落【0011】)
(1-c) 「ところで,IVHを施行する際,その期間が比較的長期になると,輸液製剤に含まれていない微量元素やビタミンの欠乏症が問題となってくる。特に,ビタミンB_(1)は,糖代謝において消費されるために欠乏に陥り易く,それにより重篤なアシドーシスが惹起する。・・・IVHにおいて,ビタミンB_(1)の欠乏は上記の通り大きな問題であるが,他のビタミンの欠乏も決して無視できるものではない。例えば,病態によっては,ビタミンCの欠乏で粘膜など組織での出血が起こったり,ビタミンB_(2)の欠乏により口内炎,口角炎,舌炎等が発症する虞がある。更に,ビタミンB12欠乏や葉酸欠乏による貧血等の合併症も報告されている。」(段落【0004】?【0007】)
(1-d) 「【発明が解決しようとする課題】従って,本発明の目的は,複数のビタミン類を長期間安定に含有する中心静脈投与用輸液を提供することにある。」(段落【0008】)
(1-e) 「本発明の輸液においては,ビタミンB_(2)及びビタミンCを溶液(B)に配合する。・・・本発明の中心静脈投与用輸液には,更に他のビタミン類等を溶液(A)及び/又は溶液(B)に適宜配合することができる。・・・ビタミンB_(12)を配合する場合は溶液(A)に配合するのが好ましく,溶液(A)中に1?30μg,特に2?10μg 配合するのが好ましい。・・・また,ビタミンB_(1)を配合する場合には溶液(A)に配合するのが好ましく,溶液(A)中に1?10mg,特に1.5?6mg配合するのが好ましい。ビタミンB_(1)(チアミン)としては,塩酸チアミン,硝酸チアミン,プロスルチアミン,オクトオチアミン等を使用することができる。ビタミンB_(1)を配合する場合には,これが分解されるのを防ぐため,ビタミンB_(1)を配合した溶液(A)中に亜硫酸塩及び亜硫酸水素塩を実質的に配合しないのが好ましい。ビタミンA,ビタミンD,ビタミンE及びビタミンKから選ばれる脂溶性ビタミンを配合する場合は溶液(A)に配合するのが好ましい。」(段落【0015】?【0020】)
(1-f) 「本発明の輸液を収容するための容器としては,連通可能な隔壁で隔てられた2室容器であれば特に制限されず,例えば,隔壁が易剥離性溶着により形成されたもの(特開平2-4671号公報,実開平5-5138号公報等参照),室間をクリップで挟むことにより隔壁が形成されたもの(特開昭63-309263号公報等参照),隔壁に開封可能な種々の連通手段を設けたもの(特公昭63-20550号公報等参照)などが挙げられる。これらのうち,特に隔壁が易剥離性溶着により形成されたものが,大量生産に適しておりまた連通作業も容易であるので好ましい。」(段落【0028】)
(1-g) 「実施例1
注射用蒸留水にブドウ糖及び電解質を溶解し,酢酸でpH4として,糖電解質液を調製した。一方,ビタミンB_(1)(塩酸チアミン)及びビタミンB_(12)(シアノコバラミン)を注射用蒸留水に溶解し,更にこれとは別に,ビタミンA(パルミチン酸レチノール),ビタミンD(コレカルシフェロール),ビタミンE(酢酸トコフェロール)及びビタミンK(フィトナジオン)をポリソルベート80(溶液(A)中の濃度=33mg/l)により可溶化した後注射用蒸留水に溶解した。これら各液を混合し,無菌濾過して,表2に示した組成の溶液(A)を調製した。
他方,各結晶アミノ酸及び電解質を注射用蒸留水に溶解し,酢酸でpH6とした後,葉酸を加えてアミノ酸電解質液を調製した。更に,ビタミンB_(2)(リン酸リボフラビン),ビタミンB_(6)(塩酸ピリドキシン),ビタミンC(アスコルビン酸),ニコチン酸アミド,パンテノール及びビオチンを注射用蒸留水に溶解し,これを上記アミノ酸電解質液と混合し,無菌濾過して,表2に示した組成の溶液(B)を調製した。なお,溶液(B)には,安定化剤として亜硫酸水素ナトリウムを濃度50mg/lとなるように添加した。
溶液(A)の600ml及び溶液(B)の200mlを,それぞれ窒素置換下,ポリエチレン製2室容器の各室に充填し,密封した後,常法に従い高圧蒸気滅菌を行って,本発明の中心静脈投与用輸液を得た。」(段落【0037】?【0039】)
(1-h) 「実施例2
注射用蒸留水にブドウ糖及び電解質を溶解し,酢酸でpH4として,糖電解質液を調製した。一方,ビタミンB_(1)(塩酸チアミン),ビタミンB_(6)(塩酸ピリドキシン),ニコチン酸アミド,パンテノール,ビオチン及びビタミンB_(12)(シアノコバラミン)を注射用蒸留水に溶解し,更にこれとは別に,ビタミンA(パルミチン酸レチノール),ビタミンD(コレカルシフェロール),ビタミンE(酢酸トコフェロール)及びビタミンK(フィトナジオン)をポリソルベート80(溶液(A)中の濃度=33mg/l)により可溶化した後注射用蒸留水に溶解した。これら各液を混合し,無菌濾過して,表2に示した組成の溶液(A)を調製した。
他方,各結晶アミノ酸及び電解質を注射用蒸留水に溶解し,酢酸でpH6とした後,葉酸を加えてアミノ酸電解質液を調製した。更に,ビタミンB_(2)(リン酸リボフラビン)及びビタミンC(アスコルビン酸)を注射用蒸留水に溶解し,これを上記アミノ酸電解質液と混合し,無菌濾過して,表2に示した組成の溶液(B)を調製した。なお,溶液(B)には,安定化剤として亜硫酸水素ナトリウムを濃度50mg/lとなるように添加した。
溶液(A)の600ml及び溶液(B)の300mlを,それぞれ窒素置換下,ポリエチレン製2室容器の各室に充填し,密封した後,常法に従い高圧蒸気滅菌を行って,本発明の中心静脈投与用輸液を得た。」(段落【0040】?【0042】)

(2)請求人の主張
請求人は,被請求人が,本件発明と甲第1号証に記載された発明との相違点として主張する,第1室(糖電解質側)に「ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有する」点について,甲第1号証の請求項4には,糖電解質液側に「ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有する」態様の中心静脈投与用輸液の発明が開示されている,と主張する。
そこで,糖電解質液側に「ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有する」ことを含む特定事項である本件発明の特定事項Aが,甲第1号証に開示されているか否かについて検討する。

(3)検討
摘記事項(1-a)より,甲第1号証の請求項7に記載された発明のうち,請求項4を引用した場合の発明は,還元糖とビタミンB_(1)を含有し,かつ,亜硫酸塩及び亜硫酸水素塩を実質的に含有しない溶液(A)と,アミノ酸,ビタミンB_(2) 及びビタミンCを含有し,かつpH5.0?7.0である溶液(B)の2液からなり,更に,電解質を溶液(A)及び/又は溶液(B)に配合した中心静脈投与用輸液であるということができる。また,摘記事項(1-f)より,上記輸液は,連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室と第2室に,溶液(A)と溶液(B)がそれぞれ収容されているものと認められる。そして,摘記事項(1-b)(1-g)(1-h)より,上記還元糖として,グルコースを用いることが具体的に記載されていることから,甲第1号証には,連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室に,グルコースとビタミンB_(1)を含有する溶液(A)が収容され,第2室にアミノ酸を含有する溶液(B)が収容され,その第1室及び第2室に収容されている溶液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器(以下,「特定事項a」という。)が記載されているということができる。
そこで,本件発明の特定事項Aと甲第1号証に記載された特定事項aを対比すると,前者は,第1室に収容される溶液に「ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有する」のに対し,後者では,「ビタミンB_(1)を含有する」点で相違する。そして,「ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有する」ことは,概念上は「ビタミンB_(1)を含有する」ことに包含されるものと認められる。しかし,上位概念の発明が記載されているからといって,下位概念の発明が直ちに記載されているということはできない。
そして,甲第1号証においては,「IVHにおいて,ビタミンB_(1)の欠乏は上記のとおり大きな問題であるが,他のビタミンの欠乏も決して無視できるものではない。」(摘記事項(1-c))にもかかわらず,各種ビタミンが安定に配合した技術が存在しないことを課題として認識し,「本発明の目的は,複数のビタミン類を長期間安定に含有する中心静脈投与用輸液を提供することにある。」(摘記事項(1-d))とされており,つまり,ビタミンB_(1)以外のビタミンを添加することを前提とする発明ということができる。また,甲第1号証には,第1室に収容される輸液に,ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを配合することは明示的には記載されておらず,発明の実施の形態の記載をみても,第1室に収容される輸液について,配合するのが好ましいビタミンとして,ビタミンB_(1),B_(12),A,D,E及びKが記載されており(摘記事項(1-e)参照),実施例においても,第1室に収容される溶液に,ビタミンB_(1)以外に,ビタミンB_(12),A,D_(3),E,K等のビタミン類が含有されている(摘記事項(1-g)(1-h)参照)ことから,第1室に収容される溶液に,ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有することは,甲第1号証には記載されておらず,また,甲第1号証の記載から自明のものとも認められない。
したがって,甲第1号証に,第1室に「ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有する」ことが記載されているに等しい事項であるということはできない。

(4)無効理由1のまとめ
よって,甲第1号証には,本件発明の特定事項Aが記載されているとは認められないので,他の特定事項について検討するまでもなく,本件発明は,甲第1号証に係る出願の願書に最初に添付された明細書に記載された発明とはいえないから,無効理由1によって本件発明を無効とすべきものとはいえない。

3-2.無効理由2について
(1)甲第4号証及び甲第5号証の記載事項
本件特許の出願の日前に頒布された刊行物である甲第4号証及び甲第5号証には,以下の事項が記載されている。

・甲第4号証
(4-a) 「【請求項1】 隔離手段により2つの個室が形成された容器であり,第1室には脂肪乳剤,糖,ビタミンB_(1) ,ビタミンB_(2) ,ビタミンB_(12) ,ビタミンA,ビタミンD,ビタミンE及びビタミンKを含有する輸液が収容されており,第2室にはアミノ酸,電解質,ビタミンC及び葉酸を含有する輸液が収容されていることを特徴とする輸液入り容器。」(特許請求の範囲【請求項1】)
(4-b) 「【産業上の利用分野】本発明は脂肪乳剤,糖,アミノ酸,電解質及びビタミン類を含有する輸液製剤並びに当該輸液製剤の調製に用いられる輸液入り容器及び輸液製剤に関する。より詳細には,(1)脂肪乳剤,糖及び特定のビタミン類を含有する輸液製剤,(2)アミノ酸,電解質及び他のビタミン類を含有する輸液製剤,(3)上記(1)及び(2)の輸液製剤を各個室に収容してなる輸液入り容器,及び(4)各個室に収容されている輸液を混合してなるビタミン配合総合高カロリー輸液製剤に関する。」(段落【0001】)
(4-c) 「第1室には収容される輸液に含有される糖としては,各種糖類を配合することができるが,還元糖が好適に用いられる。還元糖としては,例えば,ブドウ糖,・・・などが挙げられ,・・・」(段落【0011】)
(4-d) 「第1室には,ビタミンとして少なくともビタミン(B_(1),B_(2),B_(12),A,D,E,K)が含まれている。かかるビタミンは誘導体であってもよく,具体的には,ビタミンB_(1)としては塩酸チアミン,プロスルチアミン,オクトチアミンなどが・・・挙げられる。」(段落【0012】)
(4-e) 「第1室における脂肪乳剤,糖及びビタミンの組成は,第2室に収容される輸液(即ち,アミノ酸,電解質及びビタミンを含有する輸液)の濃度,第1室と第2室に収容される輸液の容量比などにより適宜調整することができるが,例えば,・・ビタミンB_(1)1?30mg/l程度,好ましくは1.5?23mg/l程度,より好ましくは2?15mg/l程度,・・・及び適量の水とからなる輸液が例示される。」(段落【0013】)
(4-f) 「第1室及び第2室に収容される輸液の液性は特に限定されないが,生体に対する安全性の面からpHは5.0?8.0,好ましくは5.5?7.0に調整するのがよい。」(段落【0022】)
(4-g) 「第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%?0.1%程度である。」(段落【0023】)
(4-h) 「 第1室及び第2室に収容される輸液は,加熱滅菌などにより予め滅菌されたものを各室に無菌的に充填・密封してもよい」(段落【0024】)
(4-i) 「製造例1
(1)脂肪乳剤,糖及びビタミン類を含有する輸液の調製
ビタミンAパルミテート12000IU,ビタミンD_(3)1200IU,ビタミンE(α-トコフェロール)45mg及びビタミンK_(1)6mgを大豆油66gに溶解したもの,卵黄リン脂質9.5g並びにブドウ糖500gを水に加えホモミキサーにより粗乳化した後,硝酸チアミン(B_(1))15mg,リン酸リボフラビン(B_(2))15mg,シアノコバラミン(B_(12))30μg,パントテノール45mg及びニコチン酸アミド120mgを溶解した水を加え,更に全量を1000mlに調整して粗乳化液を得た。得られた粗乳化液を,マントンゴーリンホモジナイザー(ゴーリン社製,15M-8TA型)により平均粒子径が0.17μm以下になるまで乳化して乳剤を得た。得られた乳剤500mlに水を加えて全量を1000mlとした。得られた輸液の組成を表1に示す。



(段落【0033】【0034】)
(4-j) 「(2)アミノ酸,電解質及びビタミン類を含有する輸液の調製
約80℃に加温した注射用水に,窒素気流下,表2,表3及び表4に示されるアミノ酸,電解質及びビタミン類を各濃度となるように添加し溶解させ,クエン酸を用いてpHを6.2に調整した。」(段落【0035】)
(表2にはアミノ酸,表3には電解質,表4にはビタミン類の組成が,それぞれ記載されている。)
(4-k) 「(3)輸液入り容器の調製
図3に示される形状をしたポリエチレン製の容器を用いた。仕切り帯部28を剥離可能に融着することにより第1室22及び第2室23が形成された容器21の第1室22に前記(1)で得られた脂肪乳剤,糖及びビタミンを含有する輸液600mlを窒素ガスを充填しながらポート26から注入し,注入後ポート26を封止した。次いで,容器21を反転させ,第2室23に,上記で得られたアミノ酸,電解質及びビタミンを含有する輸液300mlを窒素ガスを充填しながらポート27から注入し,注入後ポート27を封止した。各輸液を収容した容器1に,高圧蒸気滅菌(115℃,30分間)を施し,次いで室温まで冷却し,本発明の輸液入り容器を得た。」(段落【0039】)
(4-l) 「(4)本発明の輸液入り容器を用いて調製された輸液の安定性試験 上記(3)で得られた輸液入り容器の仕切り帯部28を剥離し,第1室22の輸液と第2室23の輸液とを十分に混合して,脂肪乳剤,糖,アミノ酸,電解質及びビタミン類を含有する輸液を得た。かくして調製された輸液の組成を表5に示す。上記で得られた輸液を25℃で1週間保存し,その間の外観,脂肪乳剤の平均粒子径及び濁度の変化を測定した。その結果を表6に示す。・・・表6に示されるように,外観,粒子径及び濁度に変化は認められず,本発明の輸液入り容器を用いて調製された輸液は安定性が高いことが明らかとなった。」(段落【0040】)
(4-m) 「実験例1
(1)方法
各室のビタミン組成と輸液製剤の安定性の関係を調べた。表7の比較例1,比較例2及び本発明の欄に示される組成に従って,第1室の輸液及び第2室の輸液を各々調製した。上記で調製した各輸液をポリエチレン製容器に充填し,115℃,15分間の高圧蒸気滅菌(窒素ガス加重下)を行った。室温まで冷却した後,当該容器を脱酸素剤とともに酸素非透過性包装容器に収納し,60℃で7日間保存し,各種ビタミン類の残存率(%)を調べた。その結果を表8に示す。なお,残存率は公知のビタミン定量分析法により,滅菌直後に対する保存後の割合にて求めた。」(段落【0043】)
(4-n) 表8には,第1室の輸液中の硝酸チアミン(B_(1))の残存率が,比較例1では,83.6%,比較例2では,94.1%,本発明では,95.3%であったことが記載されている。

・甲第5号証
(5-a) 「マルチビタミンを添加した高カロリー輸液中でのチアミンの安定性」(表題)
(5-b) 「近年,高カロリー輸液(IVH)が医療の場で繁用されるようになり,いくつかの問題点が指摘されるようになった。そのうち特に重篤な副作用である乳酸アシドーシスについて注意が喚起されている。最近,この乳酸アシドーシスを予防するためにチアミンがIVH中に加えられるようになった。一方,市販のIVH基本液やアミノ酸輸液に安定剤として加えられている亜硫酸塩はチアミンを分解することが知られている。
一般にIVHはIVH基本液とアミノ酸輸液を混合して調製されている。従来からIVH基本液には亜硫酸塩を含まない製品も市販されていたが,市販のアミノ酸輸液にはすべて亜硫酸塩が添加されており,亜硫酸塩を含まないIVHの調製は困難であった。このような状況から,最近亜硫酸塩を含まないアミノ酸輸液が開発され,亜硫酸塩を全く含まないIVHの調製が可能になった。
そこで今回,この亜硫酸塩非含有のアミノ酸輸液を含む4種類のアミノ酸輸液を用いて12種類のIVHを調製し,IVH中の亜硫酸塩とチアミンの濃度を経時的に測定し,両者の関係を速度論的に検討したので報告する。」(15頁右欄最下行?16頁左欄21行)
(5-c) 「 2.IVH中でのチアミン濃度の経時変化
・・・
Fig.2に示すようにチアミンの残存率(対数)と保存時間との間に直線関係が成り立つことがわかった。従って,厳密には亜硫酸塩によるチアミンの分解は2次反応であるが,亜硫酸塩の濃度がチアミンの濃度に対して大過剰であるため,IVH中でのチアミンの分解は擬1次反応として扱うことが可能であった。そこで,種々のIVHの亜硫酸ナトリウム濃度とチアミンの擬1次分解速度定数を求め表2に示した。この表2に示したIVHの亜硫酸ナトリウム濃度に対し,チアミンの擬1次分解速度定数をプロットしたところFig.3のように直線的な関係が成立することが判明した。・・・
Fig.3の直線的関係から亜硫酸ナトリウムを含むIVH中でのチアミンの1次分解速度定数は式(1)のように表すことができ,k_(ss)は亜硫酸ナトリウムによるチアミンの2次分解速度定数,C_(ss)は亜硫酸ナトリウムの総濃度,k_(0)は亜硫酸塩を含まないIVH中でのチアミンの1次分解速度定数である。この直線の傾きから亜硫酸ナトリウムによるチアミンの2次分解速度定数を求めたところ9.02M^(-1)h^(-1)であった。また,k_(0)は-1.63×10^(-4)h^(-1)とごく小さな値であった。以上のように今回検討したpH4.9?6.1の比較的狭いpH領域内においては,IVH中での亜硫酸ナトリウムによるチアミンの1次分解速度定数は式(1)で表せることが判明した。
k_(obs)=k_(0)+k_(ss)・C_(ss) ・・・(1) 」(18頁右欄2行?19頁右欄末行)

(2)請求人の主張
請求人は,本件発明と甲第4号証に記載された発明とを対比した場合における特定事項A(特に,「第1室に…pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され,」としている点)及びE(特に,「脂肪乳剤を含まない」としている点)の容易想到性について,次のように主張している。

「輸液製剤において,脂肪乳剤は,必要に応じて任意配合する成分であるから,甲4号証記載の輸液において,脂肪乳剤を除いてみることは,周知技術の削除であって,当業者が通常行うことである。また,当該脂肪乳剤を除いたことによる,格別予想外の効果もみられない。
そして,ブドウ糖が低pHにおいて安定であること,および脂肪乳剤が低pHにおいて分解することは技術常識であるから,甲4号証の輸液製剤において,脂肪乳剤を除けば,脂肪乳剤を配合する場合よりも第1室のpHを低くすることは,当業者が当然に行うことである。また,当該pHは第1室に収容される輸液として通常の範囲であり,当該pHにしたことによる格別予想外の効果もみられない。」

そこで,以下,甲第4号証記載の発明における第1室の輸液について「脂肪乳剤を含まない」ものとし,かつ,「pHが2.0?4.5に調整される」ことが,当業者にとって容易になし得ることであるか否かについて検討する。

(3)検討
甲第4号証には,例えば,摘記事項(4-b)において,
「【産業上の利用分野】本発明は脂肪乳剤,糖,アミノ酸,電解質及びビタミン類を含有する輸液製剤並びに当該輸液製剤の調製に用いられる輸液入り容器及び輸液製剤に関する。より詳細には,(1)脂肪乳剤,糖及び特定のビタミン類を含有する輸液製剤,(2)アミノ酸,電解質及び他のビタミン類を含有する輸液製剤,(3)上記(1)及び(2)の輸液製剤を各個室に収容してなる輸液入り容器,及び各個室に収容されている輸液を混合してなるビタミン配合総合高カロリー輸液製剤に関する。」と記載されているように,甲第4号証記載の発明は,そもそも脂肪乳剤を配合した輸液製剤を前提とするものであるから,一般に,脂肪乳剤を含まない輸液製剤が存在しているとしても,甲第4号証記載の発明において,脂肪乳剤を除く,或いは,含ませないなどとすることは,当業者といえども,到底想到するものではないし,さらに,その際のpHについても,「生体に対する安全性の面からpHは5.0?8.0…に調整するのがよい。」と記載されている上,第1室に配合されている成分は,何も脂肪乳剤と糖に限ったものではなく,その他にも電解質や特定のビタミン類などが含まれているのであるから,たとえ脂肪乳剤が含まれず,またブドウ糖が低pHで安定であるからといって,甲第4号証に記載の「5.0?8.0」の範囲を越えてpHの調整をしようなどとは,当業者は考えないものといえる。
また,甲第5号証は,亜硫酸ナトリウム存在下の塩酸チアミンの安定性について確認したものであるが,そこで調べられた各試料のpHは4.9?6.1の範囲のものとされていることから,塩酸チアミン等のビタミンB_(1)の安定化を目的とする限りにおいて,この範囲を越えてpHを設定しようとすることは,当業者といえども到底あり得ないというべきである。
したがって,甲第4号証又は甲第5号証の記載に基づいて,第1室の輸液について,「脂肪乳剤を含まない」ものとすることも,また,「pHを2.0?4.5に調整する」ことも,当業者にとって容易になし得るものとはいえない。

(4)無効理由2のまとめ
よって,本件発明は,甲第4号証及び甲第5号証の記載に基づいて,本件発明の特定事項A及びEを当業者が容易に想到するものとはいえないから,甲第4号証及び甲第5号証の記載に基づいて,当業者が容易に発明できたものとすることができないので,無効理由2によっては本件発明を無効とすることはできない。

3-3.無効理由3について
請求人は,本件発明の特定事項Aでは,「第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された」と記載されていることから,本件発明は,電解質が,第1室及び第2室の両方に配合される態様,及び,電解質が,第1室及び第2室のいずれか一方に配合される態様を含むものであるにもかかわらず,本件特許明細書には,特許請求の範囲と同じ文言が繰り返されている他,実施例に,電解質がすべて第2室に収容される輸液に配合される例の記載があるだけであり,その他の態様,すなわち,第1室と第2室の両方に配合される態様,及び,第1室のみに配合される態様については,発明の詳細な説明に記載がないから,特許法第36条第6項第1号の規定に違反する,と主張する。
しかし,以下に述べるとおり,本件出願時において,電解質は,アミノ酸輸液及び糖輸液のいずれか一方又は両方に配合し得るものと当業者に認識されていたものと認められる。
例えば,甲第7号証には,「本発明の総合輸液には,所望により,電解質をアミノ酸輸液及び糖輸液のいずれか一方又は両方に配合することができる。」(段落【0017】)と記載され,「電解質配合方法の好例としては,水溶性ビタミンB類が配合される輸液にリン酸イオン供給源を加え,他方の輸液にカルシウムイオン供給源を含む残りの電解質を加えるか,又は,水溶性ビタミンB類が配合される輸液にカルシウムイオン供給源を加え,他方の輸液にリン酸イオン供給源を含む残りの電解質を加える方法がある。」(段落【0024】)と記載されている。そして,実験例2では,ブドウ糖輸液において電解質を含まないもの(輸液E)と電解質を含むもの(輸液F),及び,アミノ酸輸液において電解質を含まないもの(輸液G)と電解質を含むもの(輸液H)を調製し,これらの輸液について長期間(50℃/75%RH/40日間)保存後も,ビタミンB_(1)を高濃度で含有し,品質も良好であることを確認している(段落【0051】?【0058】)。
また,甲第1号証にも,「電解質は溶液(A)及び溶液(B)のいずれにも配合することができる。」(段落【0023】)と記載されている(甲第1号証は,本件出願後に公開された公報であるが,出願は,本件出願より前であるので,その記載内容は,本願出願当時の当業者の認識を示すものとして参酌し得るものである。)。
このように,本件出願時において,電解質は,アミノ酸輸液及び糖輸液のいずれか一方又は両方に配合し得るものと当業者に認識されていたものと認められるから,本件特許明細書に,実施例に,電解質がすべて第2室に収容される輸液に配合される例の記載しかないとしても,発明の詳細な説明の項に,「第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された」という特定事項を有する発明が開示されているものと認められる。
したがって,第1室と第2室の両方に配合される態様,及び,第1室のみに配合される態様については,発明の詳細な説明に記載がないから,特許法第36条第6項第1号の規定に違反するとする請求人の主張は失当である。

なお,請求人は,甲第6号証において,電解質を第1室に収容されている輸液に配合すると,本件発明の特定事項E,つまり,「混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上」を達成できないことを確認していることを,上記主張の根拠としている。
しかし,甲第6号証の実験では,第1室に収容される輸液へ電解質を配合したものが,配合しないものに比べて,温度60℃,湿度75%RHで7日間静置した場合の塩酸チアミンの残存率が劣るという,請求人の主張どおりの結果が得られてはいるが,その一方,甲第7号証に記載された,上記輸液Eと輸液FについてのビタミンB_(1)残存率の実験結果では,第1室に収容される輸液へ電解質を配合した輸液Fと,配合しない輸液Eとでは,温度50℃,湿度75%RHで40日間保存した後でも,ビタミンB_(1)の残存率は,輸液Eが93.0%,輸液Fが94.2%(甲第7号証,段落【0057】の表4参照)となっており,電解質の有無によるビタミンB_(1)の残存率に差異は生じていない。このように甲第6号証と甲第7号証とで相反する実験結果となった理由は正確にはわからないが,両者は,配合する電解質の種類や量及び保存条件等について全く同じ実験条件で行ったものではないことから,少なくともこのような実験条件の差異に基づくものである可能性が十分考えられる。そうすると,甲第7号証において,電解質の有無がビタミンB_(1)の安定性に影響を与えないという実験結果が示されていることは,甲第6号証の実験結果が,第1室に電解質を添加することが必ず,ビタミンB_(1)の安定性を低下させることにまで一般化できる証拠とはならないことを示している。
したがって,甲第6号証の実験結果から,請求人が主張するような,電解質を第1室に収容されている輸液に配合すると,本件発明の特定事項E,つまり,「混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上」を達成できないことが確認できるとはいえないことから,甲第6号証の実験結果を根拠とする請求人の主張は失当である。

よって,無効理由3によって本件発明を無効とすべきものとはいえない。

3-4.無効理由4について
請求人は,前項で述べた甲第6号証の実験結果から,電解質が配合されていない第1室組成物の塩酸チアミンは安定である一方,電解質が配合されている第1室組成物の塩酸チアミンは,不安定であることが理解できるものであって,甲第6号証には,同一の保存条件下において,電解質が配合されていない第1室組成物の塩酸チアミンが90.5%であるときに,電解質が配合されている第1室組成物の塩酸チアミンが79.0%であることが示されていることから,本件特許明細書の実施例において,いずれも電解質を含まない組成物である実施例1及び実施例2に示した第1室組成物における,第2室組成物と混合48時間後の安定性が,それぞれ90.1%である(段落【0042】の【表10】参照)に対して,実施例1の第1室組成物又は実施例2の第1室組成物に代えて,甲第6号証の実験において用いた電解質を含む輸液を用いたならば,混合48時間後の塩酸チアミンの残存率は90%を下回ることとなり,電解質を第1室組成物に配合すると,「混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上」を達成することができないことは明白である,これは,「電解質を第1室に収容されている輸液のみに配合する態様」及び「電解質を第1室及び第2室の両方に収容されている輸液に配合する態様」が,実施可能でないことに起因する,と主張する。
しかし,前項で述べたとおり,甲第6号証の実験結果が,第1室に電解質を添加することが必ず,ビタミンB_(1)の安定性を低下させることにまで一般化できる証拠とはならないことから,請求人の主張は失当である。
また,上述のとおり,本件出願時において,電解質は,アミノ酸輸液及び糖輸液のいずれか一方又は両方に配合し得るものと当業者に認識されていたものと認められ,また,当業者は,その当時における輸液に関する技術常識に従って,輸液に通常添加される電解質を適宜選択し,第1室及び第2室の一方あるいはその両方に配合できたものと認められるから,本件発明の特定事項Aにおける「第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された」特定事項のうち,「電解質を第1室に収容されている輸液のみに配合する態様」及び「電解質を第1室及び第2室の両方に収容されている輸液に配合する態様」が,実施可能でないとする請求人の主張は失当である。
よって,無効理由4によって本件発明を無効とすべきものとはいえない。

4.無効2008-800110についてのまとめ
以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては本件請求項1に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。



第5 無効2008-800256について
1.請求人の求めた審判
請求人は,以下に示す理由を挙げ,本件特許の請求項1に係る特許を無効とし,審判費用を被請求人の負担とすることを求め,証拠方法として甲第1?14号証を提出した。
<無効理由>
本件特許の請求項1に係る発明は,甲第1?3号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法第29条第2項の規定に違反して特許を受けたものであるから,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

甲第1号証;医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,第405-409
頁(1995)
甲第2号証;特開平8-709号公報
(無効2008-800110の甲第4号証)
甲第3号証;特開平8-143459号公報
(無効2008-800110の甲第7号証)
甲第4号証;「ハイカリック液-1号,2号,3号」の添付書類
甲第5号証;「ハイカリック NC-L輸液,NC-N輸液,
NC-H輸液」の添付書類
甲第6号証;厚生省薬務局発表「医薬品副作用情報 第16分冊」
薬務公報社,平成8年4月20日発行,第94?96頁
甲第7号証;「アミノトリパ 1号,2号」の添付書類
甲第8号証;外科と代謝・栄養,第28巻第5号,第311-324頁,
1994年10月
甲第9号証;JJPEN,Vol.18,No.1,第61-65頁
(1996)
甲第10号証;医薬ジャーナル,Vol.23,No.5,
第123-134頁(1987)
甲第11号証;医薬ジャーナル,Vol.25,No.9,
第98-101頁(1989)
甲第12号証;ネオM.V.I-9注,M.V.I-3注の
医薬品インタビューフォーム
甲第13号証;「アミパレン」の添付書類
甲第14号証;病院薬学,Vol.21,No.4,第357?364頁
(1995)
甲第A1号証:平成22年(行ケ)10133号審決取消請求事件,
2010年11月17日技術説明会原告資料
甲第A2号証:特開平8-182739号公報
甲第A3号証:特開平5-31151号公報
甲第A4号証:高カロリー輸液用糖・電解質・アミノ酸液
ピーエヌツイン-1号,2号,3号 医薬品添付文書
甲第A5号証:特開平2-241457号公報
甲第A6号証:高カロリー輸液の実際,岡田正編集,株式会社へるす出版,
昭和53年4月15日発行,第52-57頁
甲第A7号証:静脈栄養の手引き,岡田正編集,医薬ジャーナル社,
1994年3月1日発行,第34頁一第47頁
甲第B1号証:PDAバリデーションレポート No.1
滅菌に関するバリデーション,日本PDA監訳,
薬業時報社,平成6年11月18日発行,第3頁
甲第B2号証:医科器械学叢書I「滅菌法・消毒法 第1集」,綿貫等編,
文光堂,昭和56年2月21日発行,第67?69頁
甲第B3号証:月刊薬事,Vol.26,No.7,1984年,
第33?38頁
甲第B4号証:特開平7-67936号公報
なお,平成24年6月28日付け口頭審理陳述要領書に添付の「参考資料1」は,その内容から見て,同要領書における主張の一部として扱う。

2.被請求人の主張
被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め,上記請求人の主張する理由によって本件特許は無効とされるべきものでない旨主張し,以下の書証を提出している。

乙第1号証;特開平5-85930号公報
乙第2号証;特開平11-158061号公報
乙第3号証;アセチルシステイン内用液17.6%「センジュ」の医薬品
インタビューフォーム
乙第4号証;社団法人日本薬剤学会主催 第2回製剤技術伝承講習会
「製剤の達人による製剤技術の伝承」講習会テキスト
第1回「非経口製剤の製剤設計と製造法」第6日目 第12話
「キット製剤について-輸液製剤のキット化」第1頁及び第38頁
乙第A1号証:NCP,Vol. 10,No.3,June 1995,pp.114-119
乙第A2号証:特開平6-199664号公報
乙第A3号証:特開2001-328934号公報
乙第A4号証:静注用脂肪乳剤 イントラリポス輸液10%/
イントラリポス輸液20% 医薬品添付文書
乙第A5号証:静注用脂肪乳剤 イントラリピッド輸液10%/
イントラリピッド輸液20% 医薬品添付文書
乙第A6号証:高カロリー輸液用 アミノ酸・糖・脂肪・電解質液
ミキシッドL輸液/ミキシッドH輸液 医薬品添付文書
参考資料A:横浜医学,51,159-164(2000)
参考資料B:大塚製薬添付文書集 1996年 医療用医薬品
体外診断用医薬品,第302頁,第303頁,第316頁
及び第317頁
参考資料C:医薬ジャーナルVol.29 No.8 pp.113-116 1993年
参考資料D:医薬ジャーナルVol.29 No.7 pp.123-126 1993年

3.当審の判断
(1)請求人が主張する無効理由
請求人が主張する無効理由を整理すると,以下のようなものとなる。
本件発明の特定事項A?Eのうち,2室を開通する前の要件である特定事項A,B及びCは,甲第2号証及び甲第3号証に開示され,かつ,2室を開通した後の要件である特定事項D及びEは,甲第1号証に開示されている(さらに甲1号証には,特定事項Cについても記載がある。)から,本件発明は,甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明に,甲第1号証に開示された特定事項を組み合わせることにより,又は,甲第1号証に記載された発明(本件発明の混合後の輸液に相当する)の成分を,甲第2号証及び甲第3号証の記載に基づいて,本件発明の特定事項A,B,Cのように2室に振り分けることにより,当業者が容易に発明できたものである。

(2)甲第1号証?甲第3号証の記載事項
・甲第1号証
(1-a) 「高カロリー輸液におけるビタミンB_(1),Cの安定性」(表題)
(1-b) 「2.試料
本実験で使用した試料は,次のとおりである。
TPN用糖電解質輸液;ハイカリック液2号(テルモ)1,400ml,Lot.No.93013HM,ハイカリックNC-N(テルモ)1,400ml,Lot.No.930106,トリパレン2号(大塚)1,200ml,Lot.No.3C94B
アミノ酸輸液;アミパレン(大塚)300ml,Lot.No.3C91G
マルチビタミン;マルタミン(三共)Lot.No.9092H,ネオラミンマルチ(日本化薬)Lot.No.422070
微量元素;エレメンミック(森下ルセル)Lot.No.3C11C」
(405頁右欄下から3行?406頁左欄10行)
(1-c) 「3.実験方法
上記糖電解質輸液1バッグ中に,アミノ酸輸液2バイアル(600ml)を加え混和し,基本液とする。この基本液5mlをシリンジに吸引し,MV1バイアル中に注入し,溶解した後,必要があれば微量元素1アンプルと共に基本液中に返し,よく混和し試料液とした。」(406頁左欄11?17行)
(1-d) 「2) ビタミンB_(1)の安定性について
表3に,TPN輸液中に,MVとして添加されたVB_(1)の経時変化を示した。ハイカリック系では,良好な残存率を示し,4℃及び20℃24時間の保存後においても,いずれも90%以上の良好な残存率を示した。トリパレン系においては,4℃24時間及び20℃6時間の保存によりいずれも90%程度,20℃の保存においては24時間で約60%程度まで力価が低下した。この事実は,トリパレン系を使用した場合,混合後の保存,TPNの施行中において,急速にVB_(1)の分解が進行することを示している。また,いずれの系においても,配合されたMVの種類による経時的力価変化の差は,ほとんど見られていない。これらの事実は,TPN中のVB_(1)の分解が,主としてVB_(1)の濃度よりも亜硫酸塩濃度に依存することを示している。」(407頁左欄9行?右欄8行)
(1-e) 表3には,「III,マルタミン,TM」という組成からなる輸液を,20℃48時間保存した場合の「TPN中の塩酸チアミンの残存量(%)」が,95.7%であることが記載され,表の欄外に,「III;ハイカリック NC-N,アミパレン,TM;エレメンミック」と記載されている。また,上記輸液の0時間におけるVB_(1)濃度が,2.655μg/lであることも記載されている。(しかし,表4における塩酸チアミンの24時間累積投与予想量の数値がmgオーダーであること等からみて,このVB_(1)濃度の記載における「μg/l」は,「mg/l」の誤記であると認められる。) (407頁,表3)
(1-f) 「またTPNによる重篤なアシドーシスが報告されており,高カロリー輸液用電解質液添付文書中にも,「適切な量のVB_(1)の投与を考慮すること」と改定された。今回得られた実験結果では,ワンデイズタイプ製剤に当初よりビタミン剤を添加する場合,亜硫酸塩含量の多い輸液とVB_(1)含量の少ないMVを組み合わせると,VB_(1)が十分投与されない可能性が起こりうることを示唆している。このため,薬局製剤としてTPNを調製する場合,患者に対する実際の投与量を検討し,VB_(1)含量の多い製剤あるいは亜硫酸塩含量の少ない製剤を選択するか,使用直前に混注するなど,最も目的にあった市販製剤,調製方法を選択する必要があると思われる。」(408頁左欄14?27行)
(1-g) 表2は,「TPN中の亜硫酸水素Na含量変化(g/l)」を記載した表であり,「II+マルタミン」という組成の輸液の,添付文書記載の亜硫酸水素ナトリウム含量が,0.06(g/l),20℃,0時間における亜硫酸水素ナトリウム含量が,0.0490(g/l)であったことが記載されている。また,欄外には,「II;ハイカリック液2号,アミパレン」と記載されている。(407頁,表2)

・甲第2号証
甲第2号証は,無効2008-800110の甲第4号証と同じ文献であり,上記「第4 3-2.無効理由2について」の(1)項において甲第4号証の記載事項として摘記した(4-a)?(4-n)の事項が記載されている。

・甲第3号証
(3-a) 「【請求項1】亜硫酸イオンを含まないアミノ酸輸液と糖輸液の2液からなり,そのいずれか一方に水溶性ビタミンB類が配合されてなる用時混合型の輸液であって,水溶性ビタミンB類が配合される輸液のpHが酸性に調整され,混合時には中性になるよう構成されてなる総合輸液。
・・・
【請求項3】水溶性ビタミンB類が配合される輸液が糖輸液である請求項1又は2記載の総合輸液。
【請求項4】アミノ酸輸液又は糖輸液のいずれか一方又は両方に,更に電解質が配合されてなる請求項1,2又は3記載の総合輸液。
・・・
【請求項6】水溶性ビタミンB類がビタミンB_(1)である請求項1,2,3,4又は5記載の総合輸液。」(特許請求の範囲)
(3-b) 「【従来の技術】・・・(3)総合輸液の成分を2液に分け,一方の液にグルコースと電解質を,他方の液にアミノ酸をそれぞれ配合した総合輸液(特開昭57-52455,同61-103823)等が知られている。
TPNでは,通常,高濃度の糖を含む輸液を投与し,糖が解糖系においてエネルギーとして利用される際に補酵素として働くビタミンB_(1)が消費されるため,長期に渡ってTPNを行うと,患者はビタミンB_(1)が欠乏し,乳酸が生成し,甚だしきは重篤な乳酸アシドーシスによって呼吸困難などに陥ることがあり,TPNに際しては,水溶性ビタミンB類(とりわけビタミンB_(1))の併用が不可欠であることが知られている。しかしながら,ビタミンB_(1 )は,アミノ酸輸液等に安定化剤として配合されている亜硫酸イオンにより急速に分解されるため,水溶性ビタミンB類を予め含む総合輸液は実用化されていない。」(段落【0002】?【0003】)
(3-c) 「本発明の好ましい一例を示せば,例えば,2室が連結され且つ分離手段で隔離された空気透過性の軟質プラスチックバッグにおいて,アミノ酸輸液を一方の室に,糖輸液を他方の室に充填し,これを更に気密性容器中に封入せしめた構造のものがあげられる。」(段落【0037】)
(3-d) 「実験例2
(実験方法)
(1)下記表3記載の処方成分を注射用蒸留水に溶解(又は加温溶解)し,輸液Eはコハク酸を,輸液F?Hは塩酸を用いてpH3に調整し,メンブラン・フィルター(孔径:0.22μm)でろ過することにより輸液E?Hを得た。
【表3】


(2)上記で得られた輸液E?Hを,高密度ポリエチレン製バッグに25mlずつ充填し,輸液及び空間部を窒素置換した後,密封し,105℃で10分間高圧蒸気滅菌を行った。
(3)ガスバリアー製のフィルム内に上記で得られた各バッグ,脱酸素剤を入れ,窒素置換後,密封した。
(4)50℃,75%RHで40日間保存した後,輸液中のビタミンB_(1)の含有量を高速液体クロマトグラフィーにより定量し,冷所保存品と比較し,残存率を求めた。また,透過率測定(波長:400nm)及び外観観察により安定性を調べた。
(結果)結果を表4に示す。
【表4】


上記表4に示す通り,亜硫酸イオンを含まない輸液E?Hは,長期間(50℃/75%RH/40日間)保存した後も高濃度でビタミンB_(1)を含有しており,又品質も良好であることがわかる。」(段落【0051】?【0058】)
(3-e) 「実施例1
(1)L-システインを除く表6記載の成分aを注射用蒸留水800mlに加熱溶解し,冷却後,L-システインを溶解し,コハク酸でpHを7とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を1000mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して輸液用軟質プラスチック(架橋EVA)製バッグの第一室に分注し,密封した。
(2)塩酸チアミンを除く表6記載の成分bを注射用蒸留水800mlに加温溶解し,冷後,塩酸チアミンを溶解し,コハク酸でpHを3.5とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を1000mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して,前述のaを充填したバッグの第二室に分注して密封した。
(3)得られた輸液入バッグを,加熱滅菌(105℃/10分間)した後,脱酸素剤と共に酸素バリアー製のフィルム(ポリビニルアルコール系樹脂)中に密封し,本発明の総合輸液を得た。
【表6】


(段落【0065】?【0068】)
(3-f) 「実施例3
(1)L-システインを除く表8記載の成分aを,注射用蒸留水400mlに加熱溶解し,冷却後,L-システインを溶解し,リンゴ酸でpHを7とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を500mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して輸液用軟質プラスチック(架橋EVA)製バッグの第一室に分注し,密封した。
(2)塩酸チアミンを除く表8記載の成分bを注射用蒸留水400mlに加温溶解し,冷後,塩酸チアミンを溶解し,トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンでpHを3.5とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を500mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して,前述のaを充填したバッグの第二室に分注し,密封した。
(3)得られた輸液入バッグを,加熱滅菌(100℃/15分間)した後,脱酸素剤と共に酸素バリアー製のフィルム(ポリビニルアルコール系樹脂)中に密封し,本発明の総合輸液を得た。


(段落【0073】?【0076】)
(3-g) 「実施例5
(1)L-システインを除く表10記載の成分aを,注射用蒸留水400mlに加熱溶解し,冷却後,L-システインを溶解し,リンゴ酸でpHを7とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を500mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して輸液用軟質プラスチック(架橋EVA)製バッグの第一室に分注し,密封した。
(2)塩酸チアミンを除く表10記載の成分bを注射用蒸留水400mlに加温溶解し,冷後,塩酸チアミンを溶解し,リンゴ酸でpHを3.5とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を500mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して,前述のaを充填したバッグの第二室に分注し,密封した。
(3)得られた輸液入バッグを,加熱滅菌(100℃/15分間)した後,脱酸素剤と共に酸素バリアー製のフィルム(ポリビニルアルコール系樹脂)中に密封し,本発明の総合輸液を得た。
【表10】


(段落【0083】?【0086】)
(3-h) 「実施例6
(1)表11記載の成分aを,注射用蒸留水400mlに加熱溶解し,冷却後,コハク酸でpHを7とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を500mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して輸液用軟質プラスチック(架橋EVA)製バッグの第一室に分注し,密封した。
(2)塩酸チアミンを除く表11記載の成分bを注射用蒸留水400mlに加温溶解し,冷後,塩酸チアミンを溶解し,コハク酸でpHを3.5とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を500mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して,前述のaを充填したバッグの第二室に分注し,密封した。
(3)得られた輸液入バッグを,加熱滅菌(105℃/10分間)した後,脱酸素剤と共に酸素バリアー製のフィルム(ポリビニルアルコール系樹脂)中に密封し,本発明の総合輸液を得た。
【表11】


(段落【0087】?【0090】)
(3-i) 「実施例7
(1)L-システインを除く表12記載の成分aを,注射用蒸留水800mlに加熱溶解し,冷却後,L-システインを溶解し,コハク酸でpHを7とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を1000mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して輸液用軟質プラスチック(架橋EVA)製バッグの第一室に分注し,密封した。
(2)塩酸チアミンを除く表12記載の成分bを注射用蒸留水800mlに加温溶解し,冷後,塩酸チアミンを溶解し,コハク酸でpHを3.5とし,さらに注射用蒸留水を加えて全量を1000mlとした後,ミリポアフィルターでろ過して,前述のaを充填したバッグの第二室に分注して密封した。
(3)得られた輸液入バッグを,加熱滅菌(105℃/10分間)した後,脱酸素剤と共に酸素バリアー製のフィルム(ポリビニルアルコール系樹脂)中に密封し,本発明の総合輸液を得た。
【表12】


(段落【0091】?【0094】)

(3)甲第2号証を主引用例とした場合の進歩性について
甲第2号証は,無効2008-800110の甲第4号証と同じ文献であり,上記「第4 3-2.無効理由2について」の(2)項で述べたとおり,請求人は,本件発明と甲第2号証に記載された発明とを対比した場合における特定事項A(特に,「第1室に…pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され,」としている点)及びE(特に,「脂肪乳剤を含まない」としている点)の容易想到性について,次のように主張している。

「輸液製剤において,脂肪乳剤は,必要に応じて任意配合する成分であるから,甲2号証記載の輸液において,脂肪乳剤を除いてみることは,周知技術の削除であって,当業者が通常行うことである。また,当該脂肪乳剤を除いたことによる,格別予想外の効果もみられない。
そして,ブドウ糖が低pHにおいて安定であること,および脂肪乳剤が低pHにおいて分解することは技術常識であるから,甲2号証の輸液製剤において,脂肪乳剤を除けば,脂肪乳剤を配合する場合よりも第1室のpHを低くすることは,当業者が当然に行うことである。また,当該pHは第1室に収容される輸液として通常の範囲であり,当該pHにしたことによる格別予想外の効果もみられない。」

しかしながら,上記「第4 3-2.無効理由2について」の(3)で述べたとおり,甲第2号証には,例えば,摘記事項(4-b)において,
「【産業上の利用分野】本発明は脂肪乳剤,糖,アミノ酸,電解質及びビタミン類を含有する輸液製剤並びに当該輸液製剤の調製に用いられる輸液入り容器及び輸液製剤に関する。より詳細には,(1)脂肪乳剤,糖及び特定のビタミン類を含有する輸液製剤,(2)アミノ酸,電解質及び他のビタミン類を含有する輸液製剤,(3)上記(1)及び(2)の輸液製剤を各個室に収容してなる輸液入り容器,及び(4)各個室に収容されている輸液を混合してなるビタミン配合総合高カロリー輸液製剤に関する。」と記載されているように,甲第2号証記載の発明は,そもそも脂肪乳剤を配合した輸液製剤を前提とするものであるから,一般に,脂肪乳剤を含まない輸液製剤が市販などされているとしても,甲第2号証記載の発明において,脂肪乳剤を除く,或いは,含ませないなどとすることは,甲第2号証記載の発明の趣旨を大きく逸脱するものといえるので,そのようなことを,当業者が容易に想到するとはいえないことは明らかである。そして,甲第2号証記載の発明において,このように脂肪乳剤を含ませないことが当業者にとって到底容易には想到し得ないとされるのであるから,この際のpH条件の如何にかかわらず,甲第2号証の記載に基づいて,第1室の輸液について,「脂肪乳剤を含まない」ものとし,さらに,「pHを2.0?4.5に調整する」ことは,当業者にとって容易になし得るものとはいえない。
また,甲第1号証や甲第3号証の記載を見ても,脂肪乳剤について,甲第2号証において必須成分とされているにもかかわらず,これを含ませないとする,何らかの動機づけが示されているものとすることができない。
したがって,甲第2号証に記載された発明に,甲第1号証や甲第3号証の記載を組み合わせたとしても,本件発明は当業者が容易に発明できたものとはいえない。

(4)甲第3号証を主引用例とした場合の進歩性について
甲第3号証には,水溶性ビタミンB類が配合された総合輸液に関する発明が記載されており,総合輸液の成分を2液に分け,2室が連結され且つ分離手段で隔離された軟質プラスチックバッグの一方に糖輸液を充填し,他方にアミノ酸輸液を充填すること(摘記事項(3-a)?(3-c))や,糖輸液側に,ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを配合した実施例も記載されており(摘記事項(3-e)?(3-i)),特定事項A及びBについては,本件発明と共通するものが記載されているということができる。
しかしながら,甲第3号証に記載された発明は,あくまでも「亜硫酸イオンを含まないアミノ酸輸液と糖輸液の2液からなり,そのいずれか一方に水溶性ビタミンB類が配合されてなる用時混合型の輸液」(摘記事項(3-a))であり,そこで「亜硫酸イオンを含まない」とする理由は,該イオンはアミノ酸の安定化剤として配合されるものの,ビタミンB_(1)などのビタミンB類を急速に分解するためであると理解される。(摘記事項(3-b)など)
これに対して,甲第1号証では,ビタミンB_(1)は亜硫酸塩共存下でも低濃度であれば分解されずに維持されることを記載しているが,仮に,このような記載から,甲第3号証記載の発明においても,一定濃度以下の亜硫酸イオンを共存させたとしてもビタミンB_(1)に対する影響は最小限に止まると考えたとしても,そもそも甲第3号証記載の発明は,ビタミンB_(1)のみならず,アミノ酸の安定性も確保しているものであるから,アミノ酸に対するさらなる安定化剤の配合は不要といえるから,甲第3号証記載のアミノ酸輸液に対して亜硫酸塩を添加しようとすることは,たとえ当業者といえどもあり得ないといえる。
また,甲第2号証に,アミノ酸輸液である『第2室』に対して「抗酸化剤として,チオグリコール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%?0.1%である。」といった記載がなされているとしても,これらの抗酸化剤はアミノ酸に対する安定化のためのものであることは当業者にとって明らかなことであるから,上記したように,既に十分な安定性が示されている甲第3号証記載のアミノ酸輸液に対して,さらにこれらの抗酸化剤を添加しようと動機づけられることもない。
したがって,甲第3号証記載の発明に対して,甲第1号証又は甲第2号証の記載を組み合わせたとしても,本件発明は当業者が容易に発明できるものとはいえない。

(5)甲第1号証を主引用例とした場合の進歩性について
甲第1号証の表3に記載された「III,マルタミン,TM」という組成からなる輸液(以下,「甲1輸液」という。)について検討する。
甲1輸液は,「III;ハイカリック NC-N,アミパレン,TM;エレメンミック」であることから,
糖電解質輸液としてのハイカリック NC-N,
アミノ酸輸液としてのアミパレン,
マルチビタミン(MV)としてのマルタミン,
微量元素としてのエレメンミック
から構成されており,摘記事項(1-c)より,糖電解質輸液1バッグ(1400ml),アミノ酸輸液2バイアル(300ml×2),MV1バイアル,及び,微量元素1アンプルの液量約2リットルの混合物である。
また,「ハイカリック NC-N」輸液(1袋1400mL)の組成については,甲第5号証に,以下のように記載されている(2枚目の左上の表)。
「 有効成分
ブドウ糖 350.0 g
L-乳酸ナトリウム液 13.448 g
(L-乳酸ナトリウムとして) (6.724 g)
グルコン酸カルシウム水和物 3.812 g
塩化ナトリウム 2.338 g
酢酸カリウム 2.336 g
リン酸二水素カリウム 2.200 g
塩化マグネシウム 2.034 g
塩化カリウム 1.492 g
硫酸亜鉛水和物 11.6 mg

添加物
希塩酸(pH調節剤) 適量 」

また,甲1輸液における塩酸チアミン量は,甲第1号証の表3の,0時間におけるVB_(1)濃度の数値より,2.655mg/lであると認められる(摘記事項(1-e)参照)。
そして,甲1輸液における亜硫酸水素ナトリウム含量は,表2に記載された「II+マルタミン」と同程度のものと認められる。すなわち,甲第1号証の表2の記載(摘記事項(1-g))によれば,「II+マルタミン」は,亜硫酸水素ナトリウム含量が,添付文書記載の含量では0.06(g/l)であり,20℃,0時間においては,0.0490(g/l)である(なお,表2の欄外の記載より,「II」は「ハイカリック液2号,アミパレン」である)。そうすると,表2に記載された「II+マルタミン」と甲1輸液とは,ハイカリック液の種類と,エレメンミックの有無とで組成が一部異なるが,「ハイカリック液2号を用いたTPNでは,アミパレンに由来する亜硫酸塩のみが含まれる」(甲第1号証,75頁左欄1?3行)という記載と,「ハイカリック液2号」と「ハイカリック NC-N」がいずれも,亜硫酸塩又は亜硫酸水素塩を含んでいないこと(甲第4,5号証参照)から,甲1輸液の亜硫酸塩濃度も,表2に記載された「II+マルタミン」と同程度のもの,すなわち,0.0490?0.06g/L程度であると認められる。
そして,摘記事項(1-e)より,甲1輸液は,混合後20℃,48時間保存した場合の塩酸チアミンの残存量は,95.7%である。

以上のことから,甲1輸液は,ブドウ糖を含む糖電解質輸液と,アミノ酸輸液と,ビタミン混合物と,微量元素製剤とを混合して得られるワンデイズタイプ高カロリー輸液であって,亜硫酸塩の濃度が0.0490?0.06g/L程度であり,混合後,20℃48時間保存後のビタミンB_(1)の残存率は95.7%であるということができる。
したがって,甲1輸液は,本件発明の輸液製剤の第1室と第2室を混合した後の輸液の亜硫酸塩の濃度及び特定事項D,Eについては一致するものの,混合前の状態は,ブドウ糖を含む糖電解質輸液と,アミノ酸輸液と,ビタミン混合物と,微量元素製剤の4つの製剤であって,本件発明の第1室及び第2室のような2分画の組成とは相違するものである。
ところで,甲第2号証及び甲第3号証には,連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器のそれぞれに輸液を収容したものに関する発明が記載されており,輸液製剤の使用時における混合が,作業従事者にとって煩雑な操作であり,なによりも混合時に菌汚染の問題があるという課題も記載されている(例えば,甲第2号証の段落【0002】)ものの,例えば,甲第2号証は脂肪乳剤を含んでおり,また,甲第3号証は亜硫酸塩を含まないものであるなど,基本的な組成において甲1輸液とは相違するものであることから,甲1輸液に対して,甲第2号証や甲第3号証の記載の技術を適用しようなどとは,当業者といえども到底考えないものである。
したがって,甲第1号証に記載された発明に加えて,甲第2号証及び甲第3号証の記載を参酌しても,本件発明は当業者が容易に発明できたものはいえない。

(6)よって,甲第1?3号証のいずれを主引用例としたとしても,甲第1?3号証の記載及び提出された他の証拠の記載から,本件発明の特定事項を当業者が容易に想到できたものとは認められない。

4.無効2008-800256についてのまとめ
以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては本件請求項1に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。



第6 無効2011-800164について

1.請求人の求めた審判
請求人は,「本件特許の請求項1に係る特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め,次の無効理由を主張し,証拠として以下の書証を提出した。
(1)無効理由1
平成20年2月22日付け手続補正は,本件願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず,本件特許は,同法第123条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。
(2)無効理由2
本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,明確でないから,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず,本件特許は,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。
(3)無効理由3
本件特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものではないから,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず,本件特許は,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。
(4)無効理由4
本件特許の発明の詳細な説明は,当業者が本件特許請求の範囲の請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず,本件特許は,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。
(5)無効理由5
本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,甲第1号証?甲第6号証に記載された発明に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

甲第1号証:JJPEN, Vol.18, No.1, p61-65, 1996
甲第2号証:医薬ジャーナル, Vol.31, No.1, p405-409,1995
甲第3号証:医薬ジャーナル, Vol.31, No.6, pl617-1619, 1995
甲第4号証:表解注射薬の配合変化 改訂3版, p99, 1986
甲第5号証:JJPEN, Vol. 11, No.4, p396-398, 1989
甲第6号証:特開平09-020650公報
甲第7号証:最近の新薬 薬事日報版, '91/42集, p202-203, 1991
甲第B1号証:滅菌に関するバリデーション,日本PDA監訳,
薬業時報社,平成6年11月18日発行,第3頁
甲第B2号証:医科器械学叢書I「滅菌法・消毒法 第1集」,綿貫等編,
文光堂,昭和56年2月21日発行,第67?69頁
甲第B3号証:月刊薬事,Vol.26,No.7,1984年,
第33?38頁
甲第B4号証:特開平7-67936号公報
参考文献1:高カロリー輸液用糖・電解質・アミノ酸液
ピーエヌツイン-1号,2号,3号 医薬品添付文書
参考文献2:平成22年(行ケ)第10133号審決取消請求事件判決文
なお,平成24年6月28日付け口頭審理陳述要領書に添付の「参考資料1」は,その内容から見て,同要領書における主張の一部として扱う。

2.被請求人の主張
被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め,上記請求人の主張するいずれの理由によっても本件特許は無効とされるべきものでない旨主張し,以下の参考資料を提出している。
参考資料A:横浜医学,51,159-164(2000)
参考資料B:大塚製薬添付文書集 1996年 医療用医薬品
体外診断用医薬品,第302頁,第303頁,第316頁
及び第317頁
参考資料C:医薬ジャーナルVol.29 No.8 pp.113-116 1993年
参考資料D:医薬ジャーナルVol.29 No.7 pp.123-126 1993年

3.当審の判断
事案に鑑み,まず無効理由5について検討する。
なお,ここで本件発明を再掲する。
「A;連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有し,pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,
B;第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,
C;且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し,
D;更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように亜硫酸塩を含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,更に高圧蒸気滅菌が施されてなり,
E;2室を開通し混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上であることを特徴とする脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」

(1)請求人が主張する無効理由(29条2項について)
請求人は,次のように主張している。
本件発明における構成要件AおよびBは,甲第1号証に記載されている。また,構成要件C?Eは,甲第1号証の記載に基づいて,甲第2号証?甲第6号証の記載を参酌することにより,当業者が容易に想到できたものである。よって,本件発明は,甲第1号証?甲第6号証の記載に基づいて,当業者が容易に想到できたものである。

(2)甲第1号証?甲第3号証の記載事項
・甲第1号証
(1-a) 「I層にTPN用基本液とII層に高濃度アミノ酸液が隔壁で仕切られたツインバッグ製剤ピーエヌツイン(以下PNと略す)が市販された。PNは無菌操作を必要とせず,使用直前に隔壁を開通させる操作だけでTPN液の調製が可能である。また,I層にはビタミンB_(1)などを分解すると言われている安定化剤である亜硫酸水素ナトリウムを含んでいないことも特徴である。」(第61頁右欄第2行?第9行)
(1-b) 「II.実験方法 PN-2号のI層にマルチビタミン剤であるNMVを混合し,以下の4保存条件下で実験を行った。」(第61頁右欄下から第1行?第62頁左欄第1行)
(1-c) 「表1 ピーエヌツイン-2号の組成
I層
成 分 800ml中
ブドウ糖 180.0g
塩化ナトリウム 2.920g
酢酸カリウム 2.160g
リン酸二水素カリウム 1.088g
硫酸マグネシウム 0.740g
グルコン酸カルシウム 1.792g
硫酸亜鉛 5.752mg

II層
成 分 300ml中
・・・ ・・・
L-システイン 0.300g
・・・ ・・・
アミノ酸濃度 10.360%
添加物 亜硫酸水素ナトリウム 0.150g

(第62頁左欄)
(1-d) 「表2 ネオラミン・マルチVの組成
成分名 分量

塩酸チアミン 3mg
・・・ 」
(第62頁右下欄)
(1-e) 「ツインバッグ製剤であるPNを用い,そのI層にあらかじめマルチビタミン剤を混合し,実験2の保存条件である室温完全遮光(アルミ外包装,脱酸素剤使用)で14日後までは安定した各種ビタミンの残存率を確保できることが認められた。 HPNは長期に渡る療法となる場合もあるため,ビタミンB_(1)欠乏によるアシドーシスが問題となる。今回の実験においてもビタミンB_(1)の残存率の低下が懸念されたが,いずれの条件下でも安定性が確認された。」(第63頁左欄第6行?右欄第6行,第65頁左欄第1行?第3行)
(1-f) 「以上より,PNのHPN療法への有用性として,PNのI層に医療機関や保険調剤薬局のクリーンベンチ内でマルチビタミン剤を混合し,混注した口に専用のキャップをし,アルミ外包装に脱酸素剤と一緒に入れ,ポリシーラーを用い,閉じ,14日分まで患者に交付でき,コンタミの問題や患者やその家族の煩雑さの問題解決にもつながることが考えられる。」(第65頁左欄第5行?右欄第3行)

・甲第2号証
(2-a) 「24時間交換型(ワンデイズタイプ)高カロリー輸液(以下,TPN)が発売されている。薬局でのワンデイズタイプを使用したTPNの調整においては,混合後の保存期間だけではなく,投与時間延長による分解についても,配慮する必要がある。
今回我々は,亜硫酸塩含量の異なるTPNについて,ビタミンB_(1),Cの安定性を検討した。亜硫酸塩含量の多いトリパレン系では,ビタミンB_(1)の分解の進行が示された。」(第405頁上欄第1行?5行)
(2-b) 「TPNに使用されるビタミン類の中で,ビタミンB_(1)(以下VB_(1))は輸液中に含まれる亜硫酸塩により,・・・分解され,力価が低下することが知られている。・・・
今回我々は,大容量TPNに含まれる亜硫酸塩濃度とVB_(1)とVCの安定性について検討し,若干の知見を得たので報告する。」(第405頁左欄下から5行?同頁右欄下から4行)
(2-c) 「2.試 料
本実験で使用した試料は,次のとおりである。
TPN用糖電解質輸液;ハイカリック液2号(テルモ)1400ml・・・ハイカリックNC-N(テルモ)1400ml・・・
アミノ酸輸液;アミパレン(大塚)300ml・・・
マルチビタミン;マルタミン(三共)・・・
微量元素;エレメンミック(森下ルセル)・・・」(第405頁右欄下から2行?第406頁左欄第10行)
(2-d) 「3.実 験 方 法
上記糖電解質輸液1バッグ中に,アミノ酸輸液2バイアル(600ml)を加え混和し,基本液とする。この基本液5mlをシリンジに吸引し,MV1バイアル中に注入し,溶解した後,必要があれば微量元素1アンプルと共に基本液中に返し,よく混和し試料液とした。」(第406頁左欄第11行?第17行)
(2-e) 「5.結果と考察
TPN用糖電解質輸液及びアミノ酸輸液中には,製剤の安定性を保持するため一般的に,亜硫酸水素ナトリウムなどの還元剤が添加されている。この亜硫酸塩はVCの酸化を防止するが,VB_(1)を分解することが知られている。またTPN施行中にVB_(1)欠乏により,重篤なアシドーシスが発現するが報告されている,・・・」(第406頁右欄第5行?第12行)
(2-f) 「1)亜硫酸塩濃度
表2に,実験で使用したTPNに含まれる亜硫酸塩含量が,示されている。トリパレン2号を用いたTPNにおける亜硫酸塩残存量は,添付文書記載量よりかなり少なく,製造過程や保存中に,かなり酸化されていることが考えられる。一方,ハイカリック液2号を用いたTPNでは,アミパレンに由来する亜硫酸塩のみが含まれるため,配合直後の亜硫酸塩含量は,トリパレン2号を用いたものに比較し1/5以下の値を示した。また,両製剤はとも混合後の保存により,その含量は徐々に低下するが,通常の保存期間中であれば十分な残存量を保っていると推察される。」(第406頁右欄下から5行?第407頁左欄第8行)
(2-g) 「


(第407頁中段表2,表3)
(2-h) 「2)ビタミンB_(1)の安定性について
表3に,TPN輸液中に,MVとして添加されたVB_(1)の経時的変化を示した。ハイカリック系では,良好な残存率を示し,4℃及び20℃24時間の保存後においても,いずれも90%以上の良好な残存率を示した。・・・また,いずれの系においても,配合されたMVの種類による経時的力価変化の差は,ほとんど見られていない。これらの事実は,TPN中のVB_(1)の分解が,主としてVB_(1)の濃度よりも亜硫酸塩濃度に依存することを示している。」(第407頁左欄下から8行?右欄第8行)
(2-i) 「今回得られた実験結果では,ワンデイズタイプ製剤に当初よりビタミン剤を添加する場合,亜硫酸塩含量の多い輸液とVB_(1)含量の少ないMVを組み合わせると,VB_(1)が十分に投与されない可能性が起こりうることを示唆している。このため薬局製剤としてTPNを調製する場合,患者に対する実際の投与量を検討し,VB_(1)含量の多い製剤あるいは亜硫酸塩含量の少ない製剤を選択するか,使用直前に混注するなど,最も目的にあった市販製剤,調製方法を選択する必要があると思われる。」(第408頁左欄第17行?第27行)
(2-j) 「ハイカリック液2号と,Na,Clを含む糖電解質液であるハイカリックHC-Nを用いたTPN中では,VB_(1)の残存に大きな差を示していない。また,微量元素製剤を,添加した場合についても良好なVB_(1)残存率を示した。この結果はNa,Clを含め市販微量元素製剤が,VB_(1)の安定性に影響を与えないことを示しており,山岡らによって報告された結果とよく一致する。」(第408頁左欄下から第7行?右欄下から第6行)
(2-k) 「6.結論
ワンデイズタイプのTPNを使用した場合のVB_(1)力価低下は,輸液中に含まれる亜硫酸塩含量に依存し,MV中のVB_(1)含量にはほとんど影響しないと考えられる。」(第409頁左欄第16行?第20行)

・甲第3号証
(3-a) 「市販高カロリー輸液中でのソービタ(R)のビタミンの安定性について,各社の基本液及びアミノ酸輸液を用いて試験した結果を報告してきた。今回は,高カロリー輸液用キット製品ピーエヌツインについて調べた結果を報告する。また,ビタミンには光で分解するものがあるので,高カロリー輸液にマルチビタミンを混合して点滴注入する場合には,必ず遮光カバーが用いられるが,・・・今回新たな遮光カバーが提供されたので,このものの物性と従来の遮光カバーとの遮光効果を比較した。」
(第1617頁左欄第1行?右欄第6行)
(3-b) 「1.試 料
高カロリー輸液:ピーエヌツイン-2号(森下ルセル)〔I層:800ml,II層:300ml〕,・・・
ビタミン:ソービタ(R)(扶桑)・・・
遮光カバー:I社製(・・・),及びE社製(従来品)」(第1617頁右欄第7行?第14行)
(3-c) 「2.実 験 方 法
ピーエヌツイン-2号のI層を両手で持ち,絞り込むように押さえて,I層とII層の間の隔壁部を開通し,I層とII層を混合物質とし,次いで混注口よりソービタ1セットを注入混合して,よく攪はんした後,室温(23°±2°)にて散光下(照度約500ルクス)及び遮光カバー(I)と従来の遮光カバー(E)を施して静置し,混合直後,6時間後,24時間後,48時間後に試料をとり,外観を肉眼にて観察し,・・・また同一の試料について,13種のビタミンを,それぞれ定量した。」(第1617頁右欄下から第3行?第1618頁右欄下から第2行)
(3-d)



(第1618頁表2)

(3)検討
ア 甲第1号証の記載について検討する。
甲第1号証には,摘示事項(1-a)の,
「I層にTPN用基本液とII層に高濃度アミノ酸液が隔壁で仕切られたツインバッグ製剤ピーエヌツイン(以下PNと略す)が市販された。PNは無菌操作を必要とせず,使用直前に隔壁を開通させる操作だけでTPN液の調製が可能である。また,I層にはビタミンB_(1)などを分解すると言われている安定化剤である亜硫酸水素ナトリウムを含んでいないことも特徴である。」との記載,及び,摘示事項(1-c)の
「表1 ピーエヌツイン-2号の組成
I層
成 分 800ml中
ブドウ糖 180.0g
塩化ナトリウム 2.920g
酢酸カリウム 2.160g
リン酸二水素カリウム 1.088g
硫酸マグネシウム 0.740g
グルコン酸カルシウム 1.792g
硫酸亜鉛 5.752mg

II層
成 分 300ml中
・・・ ・・・
L-システイン 0.300g
・・・ ・・・
アミノ酸濃度 10.360%
添加物 亜硫酸水素ナトリウム 0.150g

との記載から,
『使用直前に開通するタイプの,I層のTPN用基本液800mlとII層の高濃度アミノ酸液300mlとが隔壁で仕切られたツインバッグ製剤であって,I層にブドウ糖及び電解質を,II層にアミノ酸を,それぞれ含み,そして亜硫酸水素ナトリウムについては,I層に含まれず,II層にのみ濃度0.5g/L(300ml中に0.150g)で含まれている輸液製剤』が記載されているといえる。
ここで,亜硫酸水素ナトリウムの2層開通後の濃度を計算すると,次のように算出される。
0.5(g/L)×0.3(L)/(0.8(L)+0.3(L))
=約0.136g/L
すなわち,亜硫酸水素ナトリウムの2層開通後の濃度は約0.136g/Lとなる。
さらに,摘示事項(1-b)に,
「II.実験方法 PN-2号のI層にマルチビタミン剤であるNMVを混合し,以下の4保存条件下で実験を行った。」と,I層に対してマルチビタミン剤を添加する旨の記載があって,該マルチビタミン剤は,摘示事項(1-d)の,
「表2 ネオラミン・マルチVの組成

成分名 分量

塩酸チアミン 3mg
・・・ 」
との記載から,塩酸チアミンを3mg含むものであるが,該塩酸チアミンはビタミンB_(1)であることは技術常識であるから,結局,ピーエヌツイン-2号は,2区画にされている状態で,I層のブドウ糖輸液にビタミンB_(1)である塩酸チアミン等のビタミン類を含んでいて,その塩酸チアミンの濃度はほぼ800mlに3mg,すなわち,ほぼ3.75mg/Lといえる。
また,ピーエヌツイン-2号のI層のpHは,参考資料1によれば,4.0?5.0である。(なお,参考資料1は,本件出願よりも後に発行されたものであるが,そこに記載の事項は,特段の事情がなければ,甲第1号証におけるピーエヌツイン-2号についても同様であると解せられ,しかも何らかの考慮すべき特段の事情が存するものとも解されない。)
したがって,甲第1号証には,次の発明が記載されているものといえる。

「I層にブドウ糖及び電解質とを含むpHが4.0?5.0であるTPN基本液800mlが収容され,II層に高濃度アミノ酸300mlが収容された,使用直前に隔壁を開通させる隔壁で区切られたツインバック製剤であって,亜硫酸水素ナトリウムが,I層には含まれず,II層にのみ0.5g/Lの濃度で含まれていて,2層開通後の該濃度が約0.136g/Lであり,またI層に対してビタミンB_(1)である塩酸チアミン等のマルチビタミンが添加されていて,その塩酸チアミンの濃度はほぼ3.75mg/Lである,静脈栄養療法用輸液製剤」(以下,「引用発明」という。)

イ ここで,本件発明と引用発明とを対比する。
本件発明は次のとおりである。
「A;連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有し,pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,
B;第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,
C;且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し,
D;更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように亜硫酸塩を含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,更に高圧蒸気滅菌が施されてなり,
E;2室を開通し混合後,48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上であることを特徴とする脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」

ところで,引用発明に係る輸液製剤であるピーエヌツイン-2号は,参考資料1によれば,「本剤はI層(糖・電解質)とII層(アミノ酸)が隔壁で仕切られたプラスチック製容器で構成される二室タイプのキット製品である。」(参考資料1;第1頁右欄第3?5行)と記載され,さらに第2頁右欄の〔混合方法〕の各図などを参照すると,プラスチック製の可撓性容器が使用されているものと解される。(なお,参考資料1は,上記したように,本件出願よりも後に発行されたものであるが,そこに記載の事項は,特段の事情がなければ,甲第1号証におけるピーエヌツイン-2号についても同様であると解せられ,しかも何らかの考慮すべき特段の事情が存するものとも解されない。)
そうすると,本件発明の「連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」というのは,引用発明の「使用直前に隔壁を開通させる隔壁で区切られたツインバック製剤であって,静脈栄養療法用輸液製剤」に相当する。
また,引用発明の「I層」及び「II層」は,それぞれ本件発明の「第1室」及び「第2室」に相当し,引用発明のブドウ糖は,本件発明のグルコースに相当するすることから,両発明は,次の点で一致する。
「A;連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミン類を含有し,pHが4.0?4.5に調整された輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室に収容されている輸液に電解質が配合された輸液入り容器において,
B;第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン約3.75mg/Lを含有し,
C;且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩を含有し,
E;脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」
一方,両発明の相違点は,次のとおりである。
[相違点1]
本件発明は,第1室に,ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを配合するのに対して,引用発明は他のビタミン類も含んでいること。
[相違点2]
本件発明は,第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し,更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように含有させて,2室を開通し混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることを特定しているのに対して,引用発明では,第2室に相当するII層の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.5g/Lを含有し,連通したときに約0.136g/Lとなることのみ特定されていること。
[相違点3]
本件発明は高圧蒸気滅菌を施すことを特定しているのに対して,引用発明はそのような特定がない点。
[相違点4]
本件発明は輸液をメンブランフィルターで濾過して容器に充填することを特定しているのに対して,引用発明ではそのような特定がない点。

ウ 以下,上記相違点について順次検討する。
・[相違点1]
甲第1号証ではマルチビタミンといった各種ビタミン類の混合物を使用するものであるが,例えば,その表4?7(第64?65頁)においては,安定性については個々のビタミン毎に検討されており,また,甲第2号証においても,ビタミンB_(1)とビタミンCとを個別に安定性の確認を行っている。(例えば,表3及び表5など)
一方,高カロリー輸液療法(TPN)において重篤な乳酸性アシドーシスの問題があり,さらに,その原因はビタミンB_(1)の欠乏であることも周知の事項(甲第1号証の摘示事項(1-e),甲第2号証の摘示事項(2-e)及び無効2008-800256の甲第6号証「医薬品副作用情報」の第94,96頁など)であったものである。
そうすると,TPN用輸液に添加されるマルチビタミンといっても,必ずしも常に一体的に取り扱われるものというものではなく,各ビタミン毎に個別の成分として認識されていたものであり,それぞれ安定性や機能についても個別の性質を有することが,当業者に認識されていたものといえるから,各ビタミン類の添加に関しては,それぞれ個別に判断されていたものと理解される。
したがって,引用発明におけるマルチビタミンに含まれる各種ビタミン類の中でも,TPNにおける周知でかつ重篤な副作用である乳酸性アシドーシスの問題を解決することを目的とするならば,ビタミンB_(1)のみを添加すればよいことは,当業者が容易に理解することであり,また,そのようなTPNにおける副作用を避けるために,特にビタミンB_(1)のみを添加しようとする動機づけもあったものといえる。
そして,本件発明において,ビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有したことによって,当業者が予期できない何らかの効果が奏されたものでもない。
よって,相違点1に係る本件発明の特定事項は,当業者が周知事項に基づいて容易になし得たことといえる。
(無効2008-800110及び無効2008-800256の1次審決に係る審決取消請求事件平成22年(行ケ)第10133号判決参照)

・[相違点2]
相違点2の検討に先立ち,まず甲第2及び3号証の記載について検討する。
甲第2号証は,無効2008-800256の甲第1号証と同じであるが,該甲第2号証の記載について,以下検討する。
甲第2号証は,TPNに使用されるビタミン類の中で,ビタミンB_(1)は輸液中に含まれる亜硫酸塩により,分解されて力価が低下することが知られているという前提の下,TPNに含まれる亜硫酸塩濃度とビタミンB_(1)の安定性について検討したものである。(摘示事項(2-b)など)
そして,その結果,糖電解質輸液とアミノ酸輸液とを混合した後の亜硫酸水素Na濃度が,表2で示される0.2625?0.4g/Lの場合(糖輸液としてトリパレン2号を使用)では,ビタミンB_(1)は48時間後に高々80%未満の残存量しか示さないのに対して,混合後の輸液の亜硫酸水素Na濃度が,表2で示される0.0490?0.06g/Lの場合(糖輸液としてハイカリック系を使用)には,ビタミンB_(1)は48時間後でも90%を越える残存率を示すことが記載されている。(摘示事項(2-g)など。なお,上記「第5」の「3.(5)」において無効2008-800256の甲第1号証の記載として検討したように,甲第2号証では,「ハイカリック NC-N」と「ハイカリック液2号」(甲第2号証では両者を併せた用語として「ハイカリック系」なる表現を用いている)とは,ともに亜硫酸塩を含有しない糖電解質製剤であることを踏まえつつ,両者どちらを使用した場合でもアミノ酸輸液等との混合後の亜硫酸塩濃度は概ね一致するとの認識で記載されていると解される。)
したがって,甲第2号証においては,次のことが記載されているといえる。
「糖電解質輸液とアミノ酸輸液とを混合した後の亜硫酸水素Na濃度が,0.2625?0.4g/Lの場合では,ビタミンB_(1)は,48時間後に高々80%未満の残存量しか示さないのに対して,0.0490?0.06g/Lという低濃度の場合では,48時間後でも90%を越える残存率を示すこと」。
次に,甲第3号証の記載について検討する。
甲第3号証は,ピーエヌツイン-2号について,I層とII層とを開通した後の13種のビタミンの安定性を分析したものであり(摘示事項(3-a)及び(3-b)),その結果,2層開通後48時間でのビタミンB_(1)の残存率は,遮光カバーの有無や種類に応じて64.9?74.5%となることが示されている(摘示事項(3-c))。

以上のような甲第2及び3号証の各記載を踏まえて,以下改めて引用発明におけるビタミンB_(1)の安定性と亜硫酸塩濃度について検討する。
一般に,ビタミンB_(1)が亜硫酸塩共存下で分解することは当業者に周知されていたことではあるものの,甲第1号証では,2層開通後のビタミンB_(1)の安定性の維持について言及されておらず,引用発明における亜硫酸水素Na濃度約0.136g/LではビタミンB_(1)の必要な安定性が維持されるのか否かについて必ずしも明らかとはいえない。
しかしながら,甲第3号証によれば,引用発明と同じピーエヌツイン-2号について2層開通後のビタミンB_(1)の安定性は,48時間後の残存率で64.9?74.5%とされていて,例えば,該甲第3号証の「3. 実験結果と考察」の記載や甲第2号証の全記載からみて,「90%」が当業者にとって安定性維持の評価の基準とされているものと解されるから,甲第3号証のビタミンB_(1)の残存率は,当業者にとっても不十分なものと評価されるものといえる。
このような甲第3号証の記載を踏まえれば,同じピーエヌツイン-2号なのであるから,引用発明の2層開通後のビタミンB_(1)の安定性は不十分なものであると,当業者は理解し,その安定性を改善しようという動機づけが生ずるものといえる。
これに対して,甲第2号証でビタミンB_(1)が十分な残存率を示したという混合輸液は,ビタミンB_(1)を含む,亜硫酸塩不含の糖電解質輸液と,亜硫酸水素Naを含むアミノ酸輸液とを用時混合して使用する輸液製剤という点では引用発明と共通するものであるから,甲第2号証の教示に従い,引用発明のII層のアミノ酸製剤について,ビタミンB_(1)の安定性を考慮しつつ,甲第2号証に示されると同様な亜硫酸水素Naが低濃度のアミノ酸製剤とし,このことにより,I層の糖電解質輸液とII層のアミノ酸輸液とを混合後48時間後のビタミンB_(1)の残存率を90%を越えるものとすることは,当業者が容易に想到することといえる。
したがって,引用発明において,2層混合後の亜硫酸水素Na濃度を0.049?0.06g/L程度とすることにより,ビタミンB_(1)の安定性について混合後48時間後の残存率を90%以上とすることは当業者が容易に想到することといえる。
さらに,そのためには,引用発明における混合前のII層のアミノ酸輸液の濃度を低減させることとなるが,2層混合後の亜硫酸水素Na濃度を0.049?0.06g/L程度とするためには,混合前のII層の亜硫酸水素Na濃度は,計算上「0.180?0.220g/L」程度に調整されることになり,この範囲は,本件発明における混合前の第1室の亜硫酸水素Na濃度である「0.05?0.2g/L」と重複する(0.18?0.2g/Lの範囲で重複)ものである。
そうすると,引用発明のII層のアミノ酸製剤について,ビタミンB_(1)の安定性を考慮して,混合前の亜硫酸水素Na濃度を,例えば,0.180?0.2g/Lを含む範囲のものとすることにより,混合後の該濃度を0.049?0.0545g/Lを含む範囲のものとして,惹いては,そのことによって,I層とII層との混合後48時間後のビタミンB_(1)の残存率について90%を越える量を確保することは,当業者が容易になし得ることといえる。

なお,引用発明のI層における亜硫酸塩濃度を低く調整することは,亜硫酸塩の本来の配合目的であるアミノ酸の安定化機能を損うのではないかということに関しては,アミパレンは市販品であって,その亜硫酸塩濃度は0.2g/Lであるから,少なくともこの程度の低濃度までは,通常の使用環境においては,本来のアミノ酸に対する安定化機能を損なわれないものと当業者は考えるといえるので,この程度の濃度にまで下げることに関して,特段の阻害要因があるものとはいえない。

・[相違点3]
高圧蒸気滅菌は,そもそも輸液製造の分野において滅菌手段として汎用されているものである上,例えば,特開平8-709号公報(無効2008-800256号の甲第2号証)の製造例1(段落【0039】)及び特開平8-143459号公報(無効2008-800256号の甲第3号証)の実施例1(段落【0069】)などにおいて,ビタミンB_(1)をも配合された可撓性の2室プラスチック容器入りの輸液製剤に対しても適用されている手段であるから,引用発明のような輸液製剤に対しても適用することは当業者が容易になし得ることである。
なお,亜硫酸塩濃度を低くした上に,高圧蒸気滅菌といった過酷な条件下に曝すことにより,亜硫酸塩のアミノ酸に対する安定化効果が不十分なものとなるのではないかという点に関しては,そもそも高圧蒸気滅菌は,輸液製剤製造における汎用手段であって慣用的に行われている操作といえることに加えて,低亜硫酸濃度の輸液に対してこのような汎用手段を適用することについて積極的に何らかの障害が生じたといった事情が明らかにされているというものではないことから,少なくとも,当業者をして,このような操作を思いとどまらせるような抑止力が働くとまではいえず,阻害要因になるとまでは到底いい得ないものである。

・[相違点4]
輸液製造の分野において,輸液をメンブランフィルターで濾過して除菌することは周知であるから,引用発明についても,当然にメンブランフィルターで濾過しているものと解されるから,相違点4については,実質的な相違点とはいえない。
また,仮に,引用発明において,必ずしもメンブランフィルターで濾過しているものとは解し得ないとしても,このような周知技術を適用することは当業者が容易になし得ることである。
(無効2008-800110及び無効2008-800256の1次審決に係る審決取消請求事件平成22年(行ケ)第10133号判決参照)

(4)小括
以上のとおり,上記相違点1?4に関しては,何れも,甲第1?3号証記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
そして,これらの相違点1?4に係る本件発明の特定事項により,当業者に予期し得ない格別の効果が奏されたものともいえない。
したがって,本件発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とされるべきものである。

4.無効2011-800164についてのまとめ
以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由5によって本件請求項1に係る特許は無効とされるべきものであるから,請求人が主張する他の無効理由について検討するまでもなく,本件請求項1に係る発明についての特許を無効とする。
審判に関する費用については,特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB_(1)のみを含有し、pHが2.0?4.5に調整された輸液が収容され、第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され、その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において、第1室の輸液にビタミンB_(1)として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し、メンブランフィルターで濾過して充填し、且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有し、更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136?0.07g/Lとなるように亜硫酸塩を含有し、メンブランフィルターで濾過して充填し、更に高圧蒸気滅菌が施されてなり、2室を開通し混合後、48時間後のビタミンB_(1)の残存率が90%以上であることを特徴とする脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ビタミンB1を含有する2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤、より詳しくは連通可能な隔離手段で2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコースとビタミンB1を含有する輸液を収容し、第2室にアミノ酸を含有する輸液を収容した2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、経静脈栄養療法は著しい進歩を遂げ、経口摂取の不足分を補うための栄養管理や、あまり重篤でない上部消化管手術、さらには悪性腫瘍の根治手術、重度の感染症例、肝機能障害等の重症例にも適用されるようになった。このような重症例の患者に経静脈栄養療法を施行し、大量の糖による負荷がかかると、糖代謝に大きな異常をきたし、乳酸性アシドーシスを引き起こすことがある(岡田正,Annual Report 1991:高カロリー輸液の投与とアシドーシス,中外医学社,東京,,991,P83)。乳酸性アシドーシスは呼吸不全、血圧低下等の循環不全の症状出現によりはじめて疑われ、血中乳酸濃度の測定により診断される。しかし、臨床上迅速な血中乳酸値の測定は、しばしば困難を伴うことが多い。乳酸性アシドーシスの治療においては、循環動態及び低酸素血症の改善が必要とされ、症例に応じて昇圧剤、重炭酸ナトリウム等のアルカリ化剤が使用されている。ところが、これらの対処法では根本的治療とはならず、これらの処置のみでは重症の乳酸性アシドーシスの場合、症状がさらに悪化する場合が多い(石田尚志ら,輸液ガイド:乳酸アシドーシスの輸液療法,文光堂,東京,1992,p214)。そのため、経静脈栄養療法施行時に、糖代謝異常による乳酸性アシドーシスの発症に留意することは非常に重要である。
【0003】
一方、経静脈栄養療法施行時に発症した乳酸性アシドーシスに対して、ビタミンB1(300mg/日)が著しい効果を示したとの臨床報告もなされている(S.Mattiol et al.,JPEN:Wernicke’s Encephalopathy during total parenteral nutrition,12,626(1988))。ところが、ビタミンB1が糖代謝と深い関係があり、糖負荷によりビタミンB1欠乏症をおこすことは古くから知られてはいるものの、神経症状を主徴とするものから循環器障害を中心にもつもの、さらには急性型から慢性型まで、様々な臨床像を呈する(J.Zak et al.,JPEN:Dry beriberi:unusual complication of prolonged parenteral nutrition,15,200(1991)等多数)ため、臨床上的確な診断を下すには困難な場合が多い。また、経静脈栄養療法施行時に発症する乳酸性アシドーシスを実質的に予防するためのビタミン投与量に関しても充分な知見が得られていない。さらに、ビタミンを添加するとしても、輸液調製ごとにビタミン注射液アンプルをあけ注射器により輸液中に混注する必要があり、繁雑なばかりか誤投薬、微生物汚染、ガラス微細片の混入等の危険性が避けられない(高松英夫ら,日本臨床,静脈経腸栄養:ビタミン製剤,629,1991年特別号,P130)。そのため臨床においては、乳酸性アシドーシスに対して実質的な予防効果があるビタミンを、簡便な操作で迅速に投与することは、乳酸性アシドーシスの複雑な要因を少なからず排除できる点からも非常に重要である。このような問題により、ビタミンを予め混合した輸液剤の開発が進められているが、これらのビタミン群は非常に不安定である(斉藤和好ら,日本臨床,静脈経腸栄養:静脈・経腸栄養と必須ビタミン,629,1991年特別号,P27)等多数)。これを、加熱滅菌した保存安定性に優れた経静脈用総合栄養輸液製剤の調製は、なお困難な状況にある。
【0004】
ビタミンB1等を含む各種ビタミン剤があらかじめ配合された経静脈用栄養輸液製剤としては、特開平8-182739号公報が開示されている。しかし、この輸液製剤は各製剤を3つの室に分配して収容しなければならず、3室からなる新たな輸液容器の開発が必要である。また、2室からなる輸液容器にビタミン類を収容することを特徴とする輸液製剤も開示されている(特開平8-191873号公報)が、この輸液製剤は脂肪をカロリー源として用いたものであり、必須脂肪酸の欠乏状態を防止できるものの、脂肪の投与により臓器への蓄積や血中トリグリセリドの濃度上昇を招く危険性がある(礒野可一ら,輸液ガイド:高カロリー輸液製剤,文光堂,東京,1992,p106)。更に、脂肪乳剤とアミノ酸を同一の容器で保存すれば、脂肪粒子が粗大化して相分離を起こす。一方、水溶性ビタミンB類が配合された用時混合型の輸液も提案されているが(特開平8-143459号公報)、亜硫酸塩を含まないため、滅菌時又は保存時におけるアミノ酸輸液剤の着色等の品質劣化は避けられない。
【0005】
また、ビタミンB1類で注射剤に用いられているものだけでも、チアミン、フルスルチアミン、シコチアミン、チアミンジスルフィド、ビスブチチアミン、プロスルチアミン、チアミン二リン酸クロリド及びその塩酸塩等が、また、経口剤として用いられているものを含めれば、ジセチアミン、オクトチアミン、ビスイブチアミン、ビスベンチアミン、ベンフォチアミン等多数あげることができる。更に、これらのビタミンB1類の製剤学的な安定性は栄養輸液に配合すると大きく異なり、注射剤の原料として用いられるように開発されたビタミンB1でさえ、経静脈用総合栄養輸液製剤中で安定性を維持できないのである。
【0006】
更に、経静脈栄養療法を施行する際、体蛋白合成や窒素平衡に利用され、生体の代謝機構を正常化するために、各種のアミノ酸を投与する必要がある。しかし、アミノ酸の中には反応性の高いアミノ酸、例えばL-システインはビタミンB1に対して強い還元作用をもつことが明らかであるが、総合的な栄養効果を高めるためには、これらのアミノ酸も含有しなければならない。また、L-システインを含有するアミノ酸輸液は、L-システイン自身が分解しやすいばかりか、輸液そのものが黄褐色に着色しやすいため、従来より亜硫酸塩等の安定化剤が配合されている。そのため、臨床使用時に可撓性容器(ダブルバッグ)の隔壁を開通し、L-システインを含有するアミノ酸輸液とビタミンB1を含有する輸液とを混合すれば、ビタミンB1の安定性が充分に確保できず、必要量を投与できない等の問題点もあった。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、加熱滅菌時及び長期保存における安定性に卓越し、しかも臨床においては簡便な操作で必要量を迅速に投与でき、且つ乳酸性アシドーシスを惹起することなく連続して投与可能な2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記問題点について鋭意検討した結果、2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤の糖源としてグルコースを用い、且つビタミンB1のみを至適量添加すれば、経静脈栄養療法施行による乳酸性アシドーシスの発症は実質的に予防でき、またビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミンを用いれば、混合後も安定性が維持できることを見いだし、本発明の2室容器入り経静脈総合栄養輸液製剤を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンB1を含有する輸液が収容され、第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され、その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において、第1室の輸液にビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25?15.0mg/Lを含有し、且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05?0.2g/Lを含有したことを特徴とする2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤である。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤の第1室及び第2室に収容される輸液の容量の比は、適宜調整することができるが、第1室と第2室の容量の比は4:1?1:1(V/V)が好ましい範囲である。更に、それぞれの個室に収容された輸液が混合された際の全容量は、0.5?3.0Lが好ましい範囲である。
【0011】
従って、それぞれの個室に収容された輸液が混合された際に、好ましくは下記の組成範囲に調製される。
グルコース 25?350g/L
アミノ酸総量 10?45g/L
L-イソロイシン 0.5?5.6g/L
L-ロイシン 0.9?7.4g/L
L-リジン 0.3?7.1g/L
L-メチオニン 0.05?6.9g/L
L-フェニルアラニン 0.04?6.9g/L
L-スレオニン 0.2?3.3g/L
L-トリプトファン 0.08?1.9g/L
L-バリン 0.4?6.2g/L
L-アルギニン 0?9.2g/L
L-ヒスチジン 0?3.5g/L
アミノ酢酸 0?7.2g/L
L-アラニン 0?5.0g/L
L-システイン 0.02?0.5g/L
L-アスパラギン酸 0?2.4g/L
L-グルタミン酸 0?2.9g/L
L-プロリン 0?4.6g/L
L-セリン 0?2.9g/L
L-チロシン 0?0.4g/L
ナトリウム 20?150mM
カリウム 0?50mM
カルシウム 0?20mM
マグネシウム 0?20mM
リン 0?20mM
塩素 20?150mM
亜鉛 0?100μM
ビタミンB1 0.8?12.0mg/L
亜硫酸塩 0.01?0.07g/L
【0012】
上記輸液製剤の第2室に収容される輸液は安定剤として亜硫酸塩が含まれ、その濃度は適宜調整することができるが、好ましくは0.05?0.2g/Lの範囲である。更に2室を開通し混合したときの好ましい濃度としては0.01?0.07g/Lである。使用される亜硫酸塩としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、ロンガリット等が挙げられる。
【0013】
また、上記第1室に収容される輸液は、塩酸、酢酸、クエン酸、マレイン酸、水酸化ナトリウム等のpH調整剤を加えてpH2.0?4.5、好ましくは酢酸又はマレイン酸を用いてpH3.0?4.5に調整される。
【0014】
第1室に収容される輸液に使用されるビタミンB1は塩酸チアミン又は硝酸チアミンであり、好ましくは塩酸チアミンである。その好ましい濃度としては1.25?15.0mg/Lであり、2室を開通し混合したときの濃度が0.8?12.0mg/Lである。
【0015】
第2室に収容される輸液に使用されるアミノ酸は、遊離アミノ酸のみならずナトリウム塩等の金属塩、酢酸塩等の有機酸塩、塩酸塩等の鉱酸塩等の薬理学的に許容される塩の形態でも良く、更には一部のアミノ酸をペプチドにしてもよい。
【0016】
本発明に用いられる電解質としては、従来使用されているものは何れも可能であり、例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カリウム、ヨウ化カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、乳酸カリウム、クエン酸カリウム、酢酸カリウム、乳酸カリウム、乳酸カルシウム、グリセロリン酸ナトリウム、グリセロリン酸カリウム、グリセロリン酸カルシウム、グルコン酸カルシウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硫酸鉄、塩化第一鉄、塩化第二鉄、グルコン酸鉄、硫酸銅、硫酸マンガン等を挙げることができる。
【0017】
更に、本発明の2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤には、必要に応じて、微量元素、その他のビタミン類等の栄養素を、一日摂取量を考慮して配合することができる。
【0018】
本発明に用いられる輸液容器としては、例えばプラスチック製の柔軟な可撓性容器であって、その中央部が帯状に剥離可能に熱疑似溶着法により溶着され、厳密に隔離された個室のそれぞれに輸液注入口叉は排出口が設けられたものが使用できる。前記輸液容器は、輸液投与直前に隔離された個室間を連通することによって、臨床においても簡便な操作で迅速に輸液を投与できる。
【0019】
本発明の2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤は、通常用いられている製剤学的添加剤を使用し、公知の方法に準拠して製造できる。
【0020】
【実施例】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
〔実施例1〕
下記表1に示した第1室組成物を、蒸留水に溶解して700mlとし、酢酸でpHを4.5に調整した後、全量を800mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、イージーピーシールによって区画されたダブルバッグの第1室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。次に、下記表2に示した第2室組成物を、蒸留水に溶解して全量を300mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、ダブルバッグの第2室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。調製の終わったダブルバッグは、常法にしたがって高圧蒸気滅菌を行った。冷後、脱酸素剤を封入してエバールフィルムにて外包装を行った。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
〔実施例2〕
硝酸チアミンを用いた以外は実施例1と同様にして製造した。
【0025】
〔実施例3〕
下記表3に示した第1室組成物を、蒸留水に溶解して700mlとし、酢酸でpHを4.5に調整した後、全量を800mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、イージーピーシールによって区画されたダブルバッグの第1室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。次に、下記表4に示した第2室組成物を、蒸留水に溶解して350mlとし、酢酸でpHを7.0に調整した後、全量を400mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、ダブルバッグの第2室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。調製の終わったダブルバッグは、常法にしたがって高圧蒸気滅菌を行った。冷後、脱酸素剤を封入してエバールフィルムにて外包装を行った。
【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
〔実施例4〕
下記表5に示した第1室組成物を、蒸留水に溶解して700mlとし、酢酸でpHを4.5に調整した後、全量を800mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、イージーピーシールによって区画されたダブルバッグの第1室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。次に、下記表6に示した第2室組成物を、蒸留水に溶解して全量を400mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、ダブルバッグの第2室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。調製の終わったダブルバッグは、常法にしたがって高圧蒸気滅菌を行った。冷後、脱酸素剤を封入してエバールフィルムにて外包装を行った。
【0029】
【表5】

【0030】
【表6】

【0031】
〔実施例5?7〕
上記表5に示した第1室組成物のうち、塩酸チアミンの添加量を2.5mg(実施例5)、6.0mg(実施例6)、12.0mg(実施例7)とした以外は、実施例4と同様に製造した.
【0032】
〔実施例8〕
下記表7に示した第1室組成物を、蒸留水に溶解して700mlとし、酢酸でpHを4.5に調整した後、全量を800mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、イージーピーシールによって区画されたダブルバッグの第1室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。次に、下記表8に示した第2室組成物を、蒸留水に溶解して250mlとし、酢酸でpHを7.0に調整した後、全量を300mlとした。この溶液をメンブランフィルターで濾過し、ダブルバッグの第2室に充填し、空間部を窒素ガスで置換後密栓した。調製の終わったダブルバッグは、常法にしたがって高圧蒸気滅菌を行った。冷後、脱酸素剤を封入してエバールフィルムにて外包装を行った。
【0033】
【表7】

【0034】
【表8】

【0035】
〔実施例9,10〕
上記表8に示した第2室組成物のうち、亜硫酸水素ナトリウムの添加量を0.03g(実施例9)、0.06g(実施例10)とした以外は、実施例8と同様に製造した。
【0036】
〔対照例1?4〕
試験例1で用いた対照例1?4の製造は、ビタミンB1供給源として塩酸フルスルチアミン(対照例1)、チアミンジスルフィド(対照例2)、シコチアミン(対照例3)、チアミン二リン酸クロリド(対照例4)を用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0037】
〔対照例5〕
試験例2で用いた対照例5の製造は、塩酸チアミンを添加しなかった以外は実施例3と同様に行った。
【0038】
〔対照例6,7〕
試験例3で用いた対照例6、7の製造は、塩酸チアミンの添加量を0mg(対照例6)、24.0mg(対照例7)とした以外は実施例4と同様に行った。
【0039】
〔対照例8?10〕
試験例4で用いた対照例8?10の製造は、亜硫酸水素ナトリウムの添加量を0g(対照例8)、0.003g(対照例9)0.15g(対照例10)とした以外は実施例8と同様に行った。
【0040】
〔試験例1〕
実施例1、2及び対照例1?4の第1室の保存安定性は、40℃(75%RH)1カ月保存後のビタミンB1の残存率、透過率(430nm)及び性状の測定により評価した(表9)。その結果、シコチアミン、チアミン二リン酸クロリドを用いた対照例3及び4では、透過率及び性状の変化は認められないものの、保存後のビタミンB1の安定性を維持できないことが明らかとなった。また、塩酸チアミン(実施例1)、硝酸チアミン(実施例2)、塩酸フルスルチアミン(対照例1)及びチアミンジスルフィド(対照例2)は90%以上の残存率を維持することが示された。そこで、更にダブルバッグの第1室及び第2室を連通することによって、混合後のビタミンB1の残存率を測定した(表10)。その結果、塩酸フルスルチアミン(対照例1)、チアミンジスルフィド(対照例2)は、混合直後より残存率が急激に低下し、50%以下となった。しかし、実施例1及び2では90%以上の残存率を維持することが明らかとなった。
以上のように、ビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミンを用いた輸液が、保存安定性に卓越し、更にダブルバッグ開通後も安定性を維持できることが明らかとなった。
【0041】
【表9】

【0042】
【表10】

【0043】
〔試験例2〕
7週齢Crj:CD系雄性ラットを用い(1群7匹)、一夜絶食した後に、エーテル麻酔下にて、右外頸静脈よりカテーテル留置術を施行した。次いで、実施例3及び対照例5の被験液を1日目は1.0ml/hr、2日目は2.0ml/hr、3日目以降は2.5ml/hrの投与速度で14日間にわたって持続注入した(輸液は毎日交換した)。なお、対照例5の投与群では10日目において1例、12日目において1例の動物が乳酸性アシドーシスで死亡した。輸液投与終了後の血液pHを測定したところ、対照例5の投与群では血液pHも7.154±0.104(5例の平均値)と、実施例3の投与群の7.401±0.017と比べ、明らかにアシドーシスの症状を示した。また、血中乳酸値も71.3±5.12mg/dlと、実施例3の22.1±4.35mg/dlと比べ、明らかに高値を示した。
上記の結果から、ビタミンB1として塩酸チアミンのみを添加した輸液を用いれば、経静脈栄養療法施行時の乳酸性アシドーシスを防止できるので、連続して投与可能であることが明らかとなった。また、使用に際して誤投薬、微生物汚染、ガラス微細片の混入等の危険性もなく、簡便な操作で投与可能であった。
【0044】
〔試験例3〕
5週齢Crj:CD系雄性ラットを用い(1群6匹)、ビタミンB1欠乏飼料及び水を12日間自由に経口摂取させ、ビタミンB1欠乏ラット(7週齢)を作製した。一夜絶食したビタミンB1欠乏ラットをエーテル麻酔下にて、右外頸静脈よりカテーテル留置術を施行した。次いで、各被験液を1日目は1.0ml/hr、2日目は2.0ml/hr、3日目以降は2.5ml/hrの投与速度で7日間にわたって持続注入した。なお、対照例6の投与群は、4日目において6例中4例の動物が乳酸性アシドーシスで死亡したため、投与を中止して解剖した。輸液投与終了後の血中ビタミンB1濃度及び最終日のビタミンB1出納測定結果を、表11にまとめた。また、同週齢の自由摂餌群の値を測定し正常値とした。その結果、対照例6の投与群では4例が脱落し、残り2例の血中ビタミンB1濃度及びビタミンB1出納も17ng/ml(4日目)及び-0.3μg/dayと(3?4日)、自由摂餌群の272.2ng/ml(7日目)及び68.4μg/day(6?7日)と比べ、明らかな低値を示した。また、対照例7の投与群では333.2ng/ml(7日目)及び96.3μg/day(6?7日)と、自由摂餌群に対して有意に高値を示した。一方、実施例4?7の投与群では252.5?271.3ng/ml(7日目)及び67.7?70.3μg/day(6?7日)と自由摂餌群と同等の値を示すことが明らかとなった。
以上のように、ビタミンB1の添加量には至適な範囲があり、至適量添加すれば経静脈栄養療法施行時の乳酸性アシドーシスを惹起することなく、連続して安全に投与可能であることが明らかとなった。
【0045】
【表11】

【0046】
〔試験例4〕
実施例8?10及び対照例8?10の第1室及び第2室を連通することによって、混合後のビタミンB1の残存率を測定した(表12)。その結果、対照例10では、2日間にわたり混合後の安定性を維持できないことが明らかとなった。一方、実施例8?10及び対照例8、9は90%以上の残存率を維持することが明らかとなった。そこで更に、実施例8?10及び対照例8、9の第2室の保存安定性を40℃(75%RH)1カ月保存後の430nmの透過率、性状及びL-システインの残存率の測定により評価した(表13)。その結果、対照例8及び対照例9では、透過率及び性状に大きな変化が認められたうえに、L-システインの含量も十分に維持することができなかったのに対し、実施例8?10は、いずれにおいても安定であった。
以上のことから、第1室のビタミンB1の添加量と第2室の亜硫酸水素ナトリウムの添加量に至適な範囲があり、アミノ酸の安定性を維持しつつ、且つダブルバッグ開通後のビタミンB1を安定に投与できる安定性の良い添加量を見いだすことができたのは特筆すべきことである。
【0047】
【表12】

【0048】
【表13】

【0049】
【発明の効果】
以上のように、本発明の2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤は、ビタミンB1濃度と安定剤である亜硫酸塩濃度の添加量を考慮したので、加熱滅菌時及び長期保存における安定性に卓越し、また臨床においては簡便な操作で必要量を迅速に、且つ安定に投与でき、更に乳酸性アシドーシスを惹起することがないので連続して投与可能である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2013-01-25 
結審通知日 2013-01-29 
審決日 2013-02-22 
出願番号 特願平9-47181
審決分類 P 1 113・ 537- YA (A61K)
P 1 113・ 121- YA (A61K)
P 1 113・ 161- YA (A61K)
P 1 113・ 536- YA (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 當麻 博文  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 大久保 元浩
平井 裕彰
登録日 2008-05-09 
登録番号 特許第4120018号(P4120018)
発明の名称 2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤  
代理人 小川 信夫  
代理人 浅井 賢治  
代理人 小川 信夫  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 浅井 賢治  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 箱田 篤  
代理人 平山 孝二  
代理人 箱田 篤  
代理人 平山 孝二  

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