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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 B23K
管理番号 1336502
審判番号 不服2017-8244  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-03-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-06-07 
確定日 2018-02-06 
事件の表示 特願2015-167106「ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 2月 4日出願公開、特開2016- 20004、請求項の数(8)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成26年10月29日(優先権主張 平成25年11月 8日)に出願された特願2014-220853号の一部を平成27年 8月26日に新たな特許出願としたものであって、平成28年 7月29日付けで拒絶理由が通知され、同年10月11日付けで意見書が提出され、平成29年 3月 7日付けで拒絶査定(原査定)がされたところ、これに対し、同年 6月 7日付けで拒絶査定不服審判の請求とともに手続補正がされ、併せて実験成績証明書が添付された手続補足書が提出され、同年 8月 2日付けで前置報告がされ、同年11月13日付けで前置報告に対する上申がされるとともに実験成績証明書が添付された手続補足書が提出されたものである。

第2 原査定及び前置報告の概要

1 原査定の概要

比較例として記載されたワイヤ番号B34,B35,B46?B48,B87,B88,B98?B100(以下、これらをまとめて「B34等」という。)は、請求項1に記載された成分組成を満たしているにもかかわらず、シールドガスの選択を含む溶接条件の設定が適切ではなかったために、課題が解決できない不合格の総合判定となっているから、課題を解決するために必要な溶接条件が特定されていない請求項1?8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されている範囲を超えて特許を請求するものである。
したがって、請求項1?8の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
なお、上記ワイヤ番号B34等においても溶接条件を適切に設定すれば総合判定が合格となり、課題が解決できることを実験成績証明書等により立証できれば、上記の拒絶理由は解消する。

2 前置報告の概要

審判請求書と同日付けで提出された手続補足書に添付の実験成績証明書におけるフラックス入りワイヤの成分組成は、いずれもワイヤ番号B34等とは異なるため、上記実験成績証明書には、ワイヤ番号B34等のフラックス入りワイヤにおいても溶接条件を適切に設定すれば課題が解決することが示されているとは認められない。
したがって、原査定のとおり、請求項1?8の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第3 本願発明

本願の請求項1?8に係る発明(以下「本願発明1?8」といい、これらをまとめて「本願発明」という。)は、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
鋼製外皮の内部にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであって、前記フラックス入りワイヤ中に、
金属弗化物であるCaF_(2)、BaF_(2)、SrF_(2)、MgF_(2)、及びLiFのうちの1種または2種以上が含有され、その含有量の合計をαとしたとき、前記αが前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で2.0?7.0%であり、
金属酸化物であるTi酸化物、Si酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Zr酸化物、及びCa酸化物のうちの1種または2種以上が含有され、その含有量の合計をβとしたとき、前記βが前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0.2?0.9%であり、
金属炭酸塩であるCaCO_(3)、BaCO_(3)、SrCO_(3)、MgCO_(3)、及びLi_(2)CO_(3)のうちの1種または2種以上が含有され、その含有量の合計が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0.6%未満であり、
前記αに対する前記CaF_(2)の含有量の比が0.90以上であり、
前記βに対する前記αの比が3.0以上15.0以下であり、
前記Ti酸化物の含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0?0.4%であり、
前記Si酸化物の含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0.2?0.5%であり、
前記Ca酸化物の含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0.20%未満であり、
前記フラックス中のアーク安定剤の含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0?0.50%であり、
前記フラックス中の鉄粉の含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で5%未満であり、
前記金属弗化物、前記金属酸化物、及び前記金属炭酸塩を除く化学成分が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で:
C:0.003?0.040%;
Si:0.05?0.40%;
Mn:0.2?0.8%;
Al:0.003?0.050%;
Ni:6.0?16.0%;
P:0.02%以下;
S:0.01%以下;
Cu:0?0.5%;
Cr:0?0.5%;
Mo:0?0.5%;
V:0?0.2%;
Ti:0?0.1%;
Nb:0?0.1%;
B:0?0.01%;
Mg:0?0.6%;
REM:0?0.0500%;
残部:Feおよび不純物;
からなり、
下記の式aで定義されるSMが0.3?1.0%であり、
下記の式bで定義されるCeqが0.250?0.525%である
ことを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
SM=[Si]+[Mn] ・・・(式a)
Ceq=[C]+1/24[Si]+1/6[Mn]+1/40[Ni]+1/5[Cr]+1/4[Mo]+1/14[V] ・・・(式b)
但し、式a及び式bの[]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
Niを含有する前記鋼製外皮の内部に前記フラックスが充填された前記フラックス入りワイヤであって、前記鋼製外皮の前記Niの含有量が、前記鋼製外皮の全質量に対する質量%で6?18%であることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記フラックス入りワイヤ中の前記REMの含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0.0100%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記フラックス入りワイヤ中の前記Ca酸化物の含有量が、前記フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0.10%未満であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
前記フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接における、日本工業規格JIS Z3111-2005に規定された溶接金属の引張試験において、前記溶接金属の引張強さが660?900MPaであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記フラックス入りワイヤは、前記鋼製外皮にスリット状の隙間が無いことを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項7】
前記フラックス入りワイヤは、前記鋼製外皮にスリット状の隙間が有ることを特徴する請求項1?5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項8】
前記フラックス入りワイヤは、前記鋼製外皮の表面にパーフルオロポリエーテル油が塗布されていることを特徴とする請求項1?7のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

第4 当審の判断

1 サポート要件の判断手法について

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

2 特許請求の範囲に記載された発明

そこで、本願発明に係る特許請求の範囲の請求項1?8の記載と発明の詳細な説明とを対比すると、上記請求項1?8の記載は、前記「第3」のとおりである。

3 発明の詳細な説明に記載された事項

(1)他方、本願の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。なお「・・・」は記載の省略を表す。

ア 技術分野

「【0001】
本発明は、LNGタンクや化学プラント等に使用される、極低温用5.5?9.5%Ni鋼のガスシールドアーク溶接に用いられるフラックス入りワイヤに関する・・・。」

イ 背景技術

「【0003】
・・・Ni系低温用鋼の溶接に関しては、厳格な安全性を満足する必要性から60?80%のNiを含むNi基合金溶接材料が使用されているが、多量のNiを含有しているため、この溶接材料は極めて高価である。さらに、Ni基合金溶接材料は、溶融金属の湯流れが悪いため、融合不良などの溶接欠陥を発生しやすく、溶接欠陥を防止するために低入熱での溶接が実施されており、溶接施工効率にも課題がある。」
「【0007】
従って、極低温用鋼の溶接ワイヤとして、溶接材料の低コスト化に加え、溶接施工効率を向上でき、且つ、耐低温割れ性にも優れる溶接ワイヤの開発が強く望まれている。」

ウ 発明が解決しようとする課題

「【0010】
溶接施工効率に優れる消耗電極式のガスシールドアーク溶接用の溶接ワイヤであって、Niの含有量を低減させても低温靭性に優れる溶接金属を得ようとする場合、シールドガス中に含まれる活性ガスから溶接金属中に侵入する酸素が問題となる。
ガスシールドアーク溶接では、シールドガスとして、一般にAr-10?30%CO_(2)(つまり、体積分率で10?30%のCO_(2)で、残部がArの混合ガス)、100%CO_(2)、またはAr-2%O_(2)などが使用されており、ガス中に活性ガスであるCO_(2)またはO_(2)が2%以上含まれている。その理由としては、不活性ガスだけでは、アークが不安定となり、溶接欠陥等がない健全な溶接金属が得られなくなるためである。
【0011】
一方で、これら活性ガス・・・を混合すると溶接金属中の酸素量が増加する。溶接金属の酸素量が増加すると、延性破壊の吸収エネルギーが低下する。
極低温用鋼の溶接材料として、Ni量を母材とする5.5?9.5%Ni鋼と同程度に低減した溶接材料では・・・活性ガスの混合量を低減したシールドガスを用いた、あるいは不活性ガスのみを用いたガスシールドアーク溶接によって、健全な溶接金属を得ることができる溶接ワイヤは未だ実現されていない。
・・・」
「【0013】
本発明は、上記背景技術の問題点に鑑み、Ni量が5.5?9.5%Ni鋼並みに低減することで溶接材料コストを大幅に低減し、かつ、溶接施工効率が優れるガスシールドアーク溶接を適用しても-196℃の低温靭性の優れた溶接金属が得ることが可能なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを課題とする。・・・」

エ 課題を解決するための手段

「【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、Ni量を5.5?9.5%Ni鋼並みに低減したフラックス入りワイヤにおいて、弗化物を主体としたスラグ成分組成とすることで、(i)シールドガスとして、純Arガスまたは純Arガス中の酸素の割合が2%未満の混合ガスを用いたガスシールドアーク溶接であっても、アークが安定し、健全かつ低酸素量の溶接金属が得られること。(ii)6?16%のNiを含有する鋼製外皮を用いて、フラックスに充填する合金成分を大幅に低減して、溶接金属の酸素量をさらに低減した上で、C、Si、Mn、その他の合金元素を、この溶接法で得られる溶接金属に最適な組成にしたことで、優れた-196℃でのシャルピー吸収エネルギーが得られることを見出した。
・・・」

オ 発明を実施するための形態

「【0026】
Ni系低温用鋼の溶接金属には-196℃の低温靭性が要求され、-196℃の吸収エネルギーを確保するためには溶接金属の酸素量を低減する必要がある。
溶接金属の酸素量を低減する方法として、不活性ガスを使用したガスシールドアーク溶接が考えられるが、アークが不安定となり、溶接欠陥がない健全な溶接金属を得ることができないため使用できなかった。
・・・
【0027】
本発明者らは、Ni含有量がNi系低温用鋼と同程度まで低減したフラックス入りワイヤにおいて、CaF_(2)と金属酸化物の含有量とを種々の割合で変化させ、さらにC、Si、Mn及びその他合金元素の含有量を種々の割合で変化させ、このようにして試作したワイヤを用いて、不活性ガスを使用したガスシールドアーク溶接によってNi系低温用鋼の溶接を実施した。
【0028】
その結果、(i)CaF_(2)及び金属酸化物の特定の含有範囲において、不活性ガスを使用したガスシールドアーク溶接であってもアークが安定し、健全な溶接金属が得られる。(ii)不活性ガスを用いることができることに加え、Niを含む鋼製外皮を使用することで、溶接金属の酸素量を大幅に低減できる。(iii)C、Si、Mn及びその他合金元素の特定の含有範囲において、-196℃での優れた低温靭性が得られる。(iv)CaF_(2)の特定の含有範囲において、溶接金属の拡散性水素量を大幅に低減することができる。(v)NiをNi系低温用鋼程度まで低減した場合に問題となる低温割れを抑制するのに必要な予熱作業を不要、または予熱作業を著しく低減できる。上記の(i)?(v)のことを見出した。」
「【0047】
本実施形態のフラックス入りワイヤは、純Arや純Heをシールドガスとした、または、ArやHe中のO_(2)またはCO_(2)の割合が2体積%未満の混合ガスをシールドガスとしたガスシールドアーク溶接でも安定した溶接を可能とする・・・。
・・・」
「【0075】
本実施形態のフラックス入りワイヤは、5.5?9.5%のNiを含むNi系低温用鋼のガスシールドアーク溶接に使用できる。・・・その際、LNGタンクの溶接施工について十分な経験を有する者であれば、シールドガスの選択のみ注意することにより、良好な特性を有する溶接継手を製造することができる。
溶接の際に用いるシールドガスは、純Arガスまたは純Heガスが使用できる。また、純Arガスまたは純Heガスのそれぞれに、1.5体積%以下のO_(2)またはCO_(2)を混合させても本発明の効果を得ることができる。
・・・」
「【0077】
なお・・・溶接の際に用いるシールドガスは・・・純Arガスまたは純Heガスのそれぞれに、1.5体積%超のO_(2)またはCO_(2)を混合させたもの、例えば2.5体積%以下のO_(2)またはCO_(2)を混合させたものを用いても構わない。その場合は、脱酸成分であるAl,Ti,Mgの2種以上を添加するとともに、その添加量を高めることで、溶接金属中の酸素量を低減することが重要である。
具体的には・・・Al,Ti,Mgのいずれかの添加量を、本発明にて規定したAl,Ti,Mgの上限値の70%以上のワイヤとすることが好ましい。具体的には・・・Alの含有量が0.035%以上、Tiの含有量が0.07%以上又はMgの含有量が0.42%以上のワイヤを用いることが好ましい。」

カ 実施例

「【0079】
・・・軟鋼の鋼製外皮を用いたフラックス入りワイヤの溶接条件は・・・電流値280A、電圧値25V、溶接速度30cm/分、パス間温度150℃以下、シールドガスとして、純Arガス、ArとO_(2)またはCO_(2)との混合ガス、純Heガス、HeとO_(2)またはCO_(2)との混合ガスのいずれか1種を用いて、ガス流量25l/分で行った。・・・Ni含有鋼の鋼製外皮を用いたフラックス入りワイヤの溶接条件は・・・電流値280A、電圧値25V、溶接速度30cm/分、パス間温度150℃以下、シールドガスとして、純Arガス、ArとO_(2)またはCO_(2)との混合ガス、HeとO_(2)またはCO_(2)との混合ガスのいずれか1種を用いて、ガス流量25l/分で行った。
【0080】
・・・鋼製外皮が軟鋼のフラックス入りワイヤを用いた場合の機械特性の評価は、引張強さが660?900MPaであり、且つ靭性が、-196℃でのシャルピー衝撃試験で、吸収エネルギーが50J以上であるものを合格とした。
・・・鋼製外皮がNi含有鋼のフラックス入りワイヤを用いた場合の機械特性の評価は、引張強さが660?900MPaであり、且つ靭性が、-196℃でのシャルピー衝撃試験で、吸収エネルギーが69J以上であるものを合格とした。
【0081】
・・・
本発明のワイヤにおいては、溶接金属中の酸素量を低減することで靱性を向上させているが、鋼製外皮が全て軟鋼であるフラックス入りワイヤの場合、酸素量が160ppm以下のものは、-196℃でのシャルピー吸収エネルギーを確保することができた。また、鋼製外皮が全てNi含有鋼であるフラックス入りワイヤの場合、酸素量が80ppm以下のものは、-196℃でのシャルピー吸収エネルギーを確保することができた。」
「【0085】
・・・本発明例であるワイヤ番号A1?A108は、引張強さ、靭性、耐低温割れ性のすべてが優れ、合格であった。ワイヤ番号A108は、シールドガスとして、純Arガスに、2.0体積%のO_(2)を混合させた例であるが、脱酸成分であるAl,Ti,Mgそれぞれを十分に添加しているため、溶接金属中の酸素量を低減でき、優れた靭性を得ることができた。
一方、表5-3、表5-4、表5-7、表5-8の試験結果に示されるように、比較例であるワイヤ番号B1?B101(ワイヤ番号B34、B35,B46,B47、B48,B87,B88,B98、B99およびB100を除く)は、本発明で規定する要件を満たしていないため、引張強さ、靭性、耐低温割れ性を一項目以上満足できず、総合判定で不合格となった。また、参考例であるワイヤ番号B34、B35,B46,B47、B48,B87,B88,B98、B99およびB100のワイヤ自体は、本発明で規定する要件を満たしていたが、シールドガスの選択が不適切であったため、溶接金属中の酸素量が高くなり、靭性が低くなった。」

キ 表

(ア)表3-11,12には、ワイヤ番号A108におけるAl,Ti,Mgの含有量が、質量%で、Al:0.045,Ti:0.07,Mg:0.6であることが記載されている。

(イ)表3-7,8,15,16には、ワイヤ番号B34等におけるAl,Ti,Mgの含有量が、質量%で、以下のとおり記載されている。なお「-」は空欄を表す。
・B34 Al:0.010,Ti:0.002,Mg:-
・B35 Al:0.010,Ti:-, Mg:0.2
・B46 Al:0.012,Ti:-, Mg:-
・B47 Al:0.010,Ti:-, Mg:-
・B48 Al:0.010,Ti:-, Mg:-
・B87 Al:0.011,Ti:0.02, Mg:-
・B88 Al:0.011,Ti:-, Mg:0.3
・B98 Al:0.011,Ti:-, Mg:0.2
・B99 Al:0.011,Ti:0.02, Mg:-
・B100 Al:0.011,Ti:-, Mg:-

(ウ)表4-4,7には、ワイヤ番号B34等の溶接で使用されたシールドガスが以下のとおり記載されている。
・B34 Ar-2.0%O_(2)
・B35 Ar-2.0%O_(2)
・B46 Ar-2.0%CO_(2)
・B47 He-2.0%O_(2)
・B48 He-2.0%CO_(2)
・B87 Ar-2.0%O_(2)
・B88 Ar-2.0%O_(2)
・B98 Ar-2.0%CO_(2)
・B99 He-2.0%O_(2)
・B100 He-2.0%CO_(2)

(2)前記(1)によれば、発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。

ア 本願発明は、LNGタンクや化学プラント等に使用される、極低温用5.5?9.5%Ni鋼(以下「Ni系極低温用鋼」という。)のガスシールドアーク溶接に用いられるフラックス入りワイヤに関する(【0001】)。

イ 従来、Ni系極低温用鋼の溶接ワイヤとして、溶接材料の低コスト化に加え、溶接施工効率を向上でき、且つ、耐低温割れ性にも優れる溶接ワイヤの開発が強く望まれていたが(【0003】【0007】)、溶接施工効率に優れる消耗電極式のガスシールドアーク溶接では、アーク安定化のために、活性ガスであるCO_(2)又はO_(2)が2%(なお、活性ガスにおける「%」は体積分率を表す。以下同様。)以上含まれるシールドガスを使用する必要があり(【0010】)、そのために、溶接金属中の酸素量が増加して延性破壊の吸収エネルギーが低下してしまうという問題を生じるため(【0010】【0011】)、Ni系極低温用鋼の溶接材料として、Ni量を母材と同程度に低減した溶接材料では、活性ガスの混合量を低減したシールドガスを用いた、あるいは不活性ガスのみを用いたガスシールドアーク溶接によって、健全な溶接金属を得ることができる溶接ワイヤは実現されていなかった(【0011】【0026】)。

ウ 本願発明は、前記の従来技術の問題点に鑑みてなされたもので「Ni量が5.5?9.5%Ni鋼並みに低減することで溶接材料コストを大幅に低減し、かつ、溶接施工効率が優れるガスシールドアーク溶接を適用しても-196℃の低温靭性の優れた溶接金属が得ることが可能なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供すること」を課題とする(【0013】)。

エ 本願発明では、Ni含有量がNi系低温用鋼と同程度まで低減したフラックス入りワイヤにおいて、CaF_(2)と金属酸化物の含有量や、C、Si、Mn及びその他合金元素の含有量を最適化することによって、シールドガスとして、不活性ガスである純Arガス又は純Arガス中の酸素の割合が2%未満の混合ガスを用いたガスシールドアーク溶接であっても、アークが安定し、健全かつ低酸素量の溶接金属を得ることができる(【0014】【0027】【0028】【0047】)。

オ 本願発明のフラックス入りワイヤをNi系極低温用鋼のガスシールドアーク溶接に使用する際には、LNGタンクの溶接施工について十分な経験を有する者であれば、シールドガスの選択のみ注意することにより、良好な特性を有する溶接継手を製造することができる。
具体的には、シールドガスとして、純Arガス又は純Heガスや、純Arガス又は純Heガスのそれぞれに1.5%以下のO_(2)又はCO_(2)を混合させたガスを使用できる他(【0075】)、1.5%超で2.5%以下のO_(2)又はCO_(2)を混合させたガスを使用する場合には、脱酸成分であるAl,Ti,Mgの2種以上を各上限値の70%以上(Al:0.035質量%以上,Ti:0.07質量%以上,Mg:0.42質量%以上)添加することで、溶接金属中の酸素量を低減できる(【0077】)。

カ 実施例においては、溶接条件について、電流値280A、電圧値25V、溶接速度30cm/分、パス間温度150℃以下、ガス流量25l/分の各条件は全てのワイヤ番号で共通にした上で、シールドガスについては、純Arガス、ArとO_(2)又はCO_(2)との混合ガス、純Heガス、HeとO_(2)又はCO_(2)との混合ガスのいずれか1種を用いて実験を行った(【0079】)。
その結果、請求項1に記載された成分組成を充足するワイヤ番号A1?A108は、引張強さ、靭性、耐低温割れ性のすべてが優れ、合格であった。このうち、ワイヤ番号A108は、シールドガスとして、純Arガスに、2.0%のO_(2)を混合させた例であるが、脱酸成分であるAl,Ti,Mgそれぞれを十分に添加しているため(Al:0.045質量%,Ti:0.07質量%,Mg:0.6質量%)、溶接金属中の酸素量を低減でき、優れた靭性を得ることができた(【0085】、表3-11,12)。
他方、請求項1に記載された成分組成を充足しないワイヤ番号B1?B101(ワイヤ番号B34等を除く)は、シールドガスの選択によらず、引張強さ、靭性、耐低温割れ性を一項目以上満足できず、総合判定で不合格となった(【0085】)。
また、ワイヤ番号B34等は、請求項1に記載された成分組成を充足するものの、シールドガスの選択が不適切であったため、溶接金属中の酸素量が高くなり、靭性が低くなった(【0085】)。

4 当審の判断

(1)本願発明の課題は、前記「3」「(2)」「ウ」にあるとおり「Ni量が5.5?9.5%Ni鋼並みに低減することで溶接材料コストを大幅に低減し、かつ、溶接施工効率が優れるガスシールドアーク溶接を適用しても-196℃の低温靭性の優れた溶接金属が得ることが可能なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供すること」である。

(2)このうち「Ni量が5.5?9.5%Ni鋼並みに低減することで溶接材料コストを大幅に低減」するという課題については、当業者であれば、請求項1では高価なNiの含有量が質量%で「Ni:6.0?16.0%」と特定され、従来の「60?80%のNiを含むNi基合金溶接材料」(【0003】)と比べて大幅に低減されていることから、解決できることを理解できる。

(3)次に「溶接施工効率が優れるガスシールドアーク溶接を適用しても-196℃の低温靭性の優れた溶接金属が得ることが可能」であるという課題については、前提となる「溶接施工効率が優れるガスシールドアーク溶接」の溶接条件をどのように設定するのかを明らかにする必要があるところ、発明の詳細な説明には、前記「3」「(2)」「ウ」にあるとおり、LNGタンクの溶接施工について十分な経験を有する者であれば、シールドガスの選択のみ注意すればよいことが記載されており、これは、本願発明では、従来、使用できなかった不活性ガス中の酸素の割合が2%未満の混合ガスをシールドガスとして使用できるようになったことを踏まえ、シールドガスに混合する酸素の割合を2%未満の範囲にまで拡大できることのみに着目すれば、従来用いられていた溶接条件をそのまま採用できることを意味すると解することができ、以上のことは、前記「3」「(2)」「カ」にあるとおり、実施例(実験例)において、溶接条件について、電流値280A、電圧値25V、溶接速度30cm/分、パス間温度150℃以下、ガス流量25l/分の各条件を全てのワイヤ番号で共通にした上で、シールドガスについては、純Arガス、ArとO_(2)又はCO_(2)との混合ガス、純Heガス、HeとO_(2)又はCO_(2)との混合ガスのいずれか1種を用いて実験を行っていることからも明らかである。
そして、実施例(実験例)におけるシールドガスの選択を除く溶接条件は、シールドガスの選択のみ注意すればよい旨の上記記載を踏まえれば、本願発明特有のものではなく、ガスシールドアーク溶接で通常採用されているものであって、当業者の技術常識の範囲内のものであると認められる。

(4)以上を踏まえて、実施例(実験例)の結果を見ると、前記「3」「(2)」「カ」にあるとおり、請求項1に記載された成分組成を充足するワイヤ番号A1?A108は、前提とする上記溶接条件において、引張強さ、靭性、耐低温割れ性のすべてが優れ、合格であったのに対し、請求項1に記載された成分組成を充足しないワイヤ番号B1?B101(ワイヤ番号B34等を除く)は、当該溶接条件としてシールドガスとして酸素を含有しない純Arガスを用いても、引張強さ、靭性、耐低温割れ性を一項目以上満足できず、総合判定で不合格となったのであるから、発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、請求項1に記載された成分組成を充足するワイヤであれば、前提とする溶接条件において「-196℃の低温靭性の優れた溶接金属が得ることが可能」であるのに対して、請求項1に記載された成分組成を充足しないワイヤは、当該溶接条件においても「-196℃の低温靭性の優れた溶接金属が得ることが可能」ではないことを理解できる。
なお、ワイヤ番号B34等は、請求項1に記載された成分組成を充足するものの、溶接金属中の酸素量が高くなり、靭性が低くなっているが、これは、前記「3」「(2)」「オ」にあるとおり、1.5%超で2.5%以下の酸素を混合させたガスを使用する場合には、脱酸成分であるAl,Ti,Mgの2種以上を各上限値の70%以上(Al:0.035質量%以上,Ti:0.07質量%以上,Mg:0.42質量%以上)添加する必要があるにもかかわらず、ワイヤ番号B34等におけるAl,Ti,Mgの添加量がこれに達していないことによるものであると合理的に理解できるから(前記「3」「(1)」「キ」「(イ)」及び「ウ」)、上記の判断を左右するものではない。

(5)以上によれば、当業者は、発明の詳細な説明の記載、及び、ガスシールドアーク溶接で通常採用されている溶接条件についての技術常識に照らし、請求項1に記載された成分組成を充足するワイヤは当該溶接条件を適切に設定することで課題を解決できるのに対し、請求項1に記載された成分組成を充足しないワイヤは、当該溶接条件をどのように設定しても、課題を解決できないことを理解することができるから、当業者は、請求項1に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、課題を解決できる範囲のものであることを認識し得る。
したがって、請求項1の記載がサポート要件に適合しないということはできない。
請求項1を引用する請求項2?8の記載についても、同様の理由により、サポート要件に適合しないということはできない。

(6)なお、審判請求人は、平成29年11月13日付けで上申書の提出と同時に実験成績証明書を添付した手続補足書を提出し、ワイヤ番号B34等において、シールドガスの種類を変えることなく、溶接条件のうち、電流、電圧、溶接速度、及び、シールドガスの流量を最適化することによって、引張強さ、靱性、低温割れ性のすべてが合格となった実験結果が得られたことを主張しているところ、かかる実験結果は、上記「(5)」の判断を裏付けるものである。

第5 むすび

以上のとおりであるから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2018-01-19 
出願番号 特願2015-167106(P2015-167106)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (B23K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 川村 裕二  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 金 公彦
長谷山 健
発明の名称 ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ  
代理人 寺本 光生  
代理人 山口 洋  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 志賀 正武  
代理人 棚井 澄雄  

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