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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H04B
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 H04B
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 H04B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H04B
管理番号 1336576
審判番号 不服2016-9392  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-03-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-06-23 
確定日 2018-01-17 
事件の表示 特願2014-558973「ベースバンドビームフォーミング」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 9月 6日国際公開,WO2013/130671,平成27年 5月14日国内公表,特表2015-513841〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2013年(平成25年)2月27日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2012年2月27日 米国)を国際出願日とする出願であって,平成27年5月20日付けで拒絶理由が通知され,同年8月18日付けで意見書及び手続補正書が提出され,平成27年10月6日付けで拒絶理由が通知され,平成28年1月13日付けで意見書が提出され,平成28年2月18日付けで拒絶査定されたところ,同年6月23日に拒絶査定不服審判の請求がなされ,同時に手続補正がなされたものである。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成28年6月23日付けでされた手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の概要
平成28年6月23日付けでされた手続補正(以下,「本件補正」という。)は,平成27年8月18日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された
「【請求項1】
差動同相および直交データを受信するための複数の入力と、
前記複数の入力に結合され、複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動同相および直交データの回転を可能にするように構成された複数のスイッチング素子とを備える、デバイス。」
を,
「【請求項1】
差動同相および直交データを受信するための複数の入力と、
前記複数の入力に結合され、複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動同相および直交データの回転を可能にするように構成された複数のスイッチング素子とを備える、ベースバンドビームフォーミングのためのデバイス。」
に補正することを含むものである(なお,下線は補正箇所を示す。)。

以下,平成27年8月18日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される発明を「本願発明」といい,また本件補正後の請求項1に記載された事項により特定される発明を「本願補正発明」という。

2 本件補正の適否
(1)新規事項,シフト補正,及び補正の目的について
上記1のとおり,本件補正は,請求項1に「ベースバンドビームフォーミングのための」という事項を追加する補正を含むものであるところ,当該事項は,国際出願日における国際特許出願の明細書の翻訳文の段落【0001】に記載された事項であり,また請求項1についての当該補正は,特許を受けようとする発明(デバイス)の用途ないし目的を限定して特許請求の範囲を減縮するものである。
よって,本件補正は,特許法第184条の12第2項の規定により読み替えて適用される同法第17条の2第3項(新規事項)の規定,及び,同条第4項(シフト補正)の規定に適合することは明らかであり,また同条第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(2)独立特許要件について
本件補正は,特許法第17条の2第5項第2号に掲げる事項を目的とするものであるから,さらに,本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものかどうか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定に適合するかどうか)について,検討する.

ア 本願補正発明
本願補正発明は,上記1で示したとおりのものであり,以下に再掲する。
「【請求項1】
差動同相および直交データを受信するための複数の入力と、
前記複数の入力に結合され、複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動同相および直交データの回転を可能にするように構成された複数のスイッチング素子とを備える、ベースバンドビームフォーミングのためのデバイス。」

イ 引用発明

(ア)原査定の拒絶の理由に引用された国際公開第2009/101993号(2009年(平成21年)8月20日国際公開。以下,「引用文献」という。)には,図面とともに次のとおりの記載がある(なお,下線は当審で付与したものである。)。

a 「 図2は、本発明に係る移相器を備える無線通信装置の構成を示す図である。図2に示す無線通信装置は、無線送信機(以下、送信機)と無線受信機(以下、受信機)とを備え、送信機と受信機とは、所謂アレイアンテナを備える無線通信装置であって、送信機のアンテナから放射する電磁波のパターンの方向を制御し、また受信機のアンテナへ入力される電磁波のパターンの方向を制御する無線通信装置である。
図2に示す無線通信装置は、送信機100-1と受信機200-1とを有している。すなわち、無線通信装置は、主に制御ユニット51、送信ベースバンド信号生成ユニット52、受信ベースバンド信号処理ユニット53、送信ベースバンド移相器54-1?54-n、送信直交変調器55-1?55-n、送信増幅器56-1?56-n、送信アンテナ57-1?57-n、ローカル発振器58、受信ベースバンド移相器59-1?59-m、受信直交復調器60-1?60-m、受信増幅器61-1?61-m、及び受信アンテナ62-1?62-m、分配器101、102、及び合成器201、202を備える。
送信機100-1は、送信ベースバンド移相器54-1?54-n、送信直交変調器55-1?55-n、送信増幅器56-1?56-n、送信アンテナ57-1?57-n、及び分配器101、102を備える。
また、受信機200-1は、受信ベースバンド移相器59-1?59-m、受信直交復調器60-1?60-m、受信増幅器61-1?61-m、受信アンテナ62-1?62-m、及び合成器201、202を備える。
ここで、送信アンテナ57-1?57-n及び受信アンテナ62-1?62-mは、個々のアンテナ(アンテナ素子)がアレイ状に整列配置されたアレイアンテナを構成する。」(明細書の段落[0017]ないし[0020])

b 「 まずは送信機100-1について説明する。
n分配されたローカル信号は、送信直交変調器55-1?55-nに入力される。送信ベースバンド信号生成ユニット52は、入力される送信データから所謂I信号とQ信号とを生成する。生成されたI信号とQ信号とは分配器101、102でそれぞれn分配され、送信ベースバンド移相器54-1?54-nに入力される。」(明細書の段落[0022])

c 「 ここで、送信ベースバンド移相器54-1?54-nは、kπ/2移相器(kは整数、以下kについて同様)10のみ、または、後述するIチャネルギルバートセルミキサ23と、Qチャネルギルバートセルミキサ24と、kπ/2移相器10とで構成されているため、一般的な無線通信装置に用いられる移相器と比べて消費電力を大幅に減少させることができる。
これは、一般的な無線通信装置に用いられる移相器は、主にADC(analogue to digital converter:アナログデジタル変換器)、DAC(digital to analogue converter:デジタル・アナログ変換器)で構成されており、ADC及びDACの消費電力は、ビット数、動作速度に応じて大きく異なるが、少なくとも数十mW消費すると考えられている。
一方、本実施形態の無線通信装置に用いられる送信ベースバンド移相器54-1?54-nは、kπ/2移送器10のみ、または、kπ/2移相器10と、Iチャネルギルバートセルミキサ23と、Qチャネルギルバートセルミキサ24とを用いているため、数mW程度という低消費電力が得られる。」(明細書の段落[0026])

d 「 受信直交復調器60-1?60-mでは、受信増幅器61-1?61-mから入力された受信信号をローカル信号で復調すると共に、復調したI信号とQ信号とを受信ベースバンド移相器59-1?59-mに出力する。
受信ベースバンド移相器59-1?59-mは、制御ユニット51から入力される制御信号に従って、受信アンテナ62-1?62-mに対応した位相情報(位相制御量)を、受信直交復調器60-1?60-mから入力されるI信号とQ信号とに付加する。位相情報が付加されたI信号とQ信号とは合成器201、202でそれぞれ合成され、受信ベースバンド信号処理ユニット53へ入力されて出力データが生成される。」(明細書の段落[0028]ないし[0029])

e 「 <第1の実施形態> 図4は、本発明の第1の実施形態に係る移相器の構成を示す図である。
本実施形態について送信機側で説明するが、受信機側でも同様の動作を行う。
図4に示すkπ/2移相器10は、図2に示す送信ベースバンド移相器54-1?54-nを構成する。図4に示すkπ/2移相器10は、送信ベースバンド信号生成ユニット52から出力されるベースバンド信号に対して、0度、90度、180度、270度なる位相情報(位相制御量)を付与する。
即ち本実施形態に置いて、位相情報が取りえる値は、0度、90度、180度、270度である。
より具体的に、本実施形態において、kπ/2移相器10は、少なくとも2つのインバータ13、14と、少なくとも16個のスイッチ(スイッチング素子)15-1?15-8及び16-1?16-8を備える。
スイッチ15-1?15-8は、制御信号Ctrl11によって制御され、スイッチ16-1から16-8は、制御信号Ctrl12によって制御される。係る制御信号Ctrl11、12は、制御ユニット51から供給される。
差動信号であるI信号は、kπ/2移相器10が有する+I端子と-I端子とに入力され、Q信号も同様に+Q端子と-Q端子とに入力される。入力されたI信号とQ信号との経路は、制御信号Ctrl11とCtrl12とによって切り替えられ、その切り替え状態に応じて、出力端子Out1、Out2、Out3、Out4から出力される。このとき、Out1とOut2とは、差動信号のペアであり、Out3とOut4とは差動信号のペアとなる。経路の切り替えは、付加すべき位相情報に応じて、表1の位相情報(θ)と出力信号の関係に従い実行される。
[表1]


表1は、本発明の第1の実施形態における位相情報と出力信号との関係を示すテーブルである。
表1では、制御信号Ctrl11、Ctrl12の状態を示すために0、1を記述している。係る記述は、制御信号(Ctrl11、12)の電圧の低(「0」論理レベル)、高(「1」論理レベル)を表しており、入出力の関係が同じであれば、制御信号の状態は表1の限りではない。また、表1の関係を満たす回路であれば、インバータおよびスイッチの個数は図4に示す限りでない。
本実施形態において、例えば制御ユニット51は、表1に示す情報をテーブル(ルックアップテーブル)等として、制御ユニット51の内部または外部から参照可能であり、必要な位相に応じて、出力すべき制御信号Ctrl11、12の組み合わせを決定する。
ここで、「制御ユニット51の内部または外部から参照可能であり」について述べる。
内部から参照可能とは、制御ユニット51内に設けられたにレジスタに保存されたルックアップテーブルを参照し、ビームの方向に対応して位相制御信号を割り出すことである。レジスタに保存されたピックアップテーブルは、電源ONと同時に外部記憶媒体(例えば、HDD(HardDisk Drive)もしくはフラッシュメモリなど)に記憶されたピックアップテーブルを読み込んだものである。
外部から参照可能とは、外部記憶媒体に記憶されたルックアップテーブルを直接参照し、位相制御信号を割り出すことである。
以上説明した本実施形態によれば、送信ベースバンド移相器54-1?54-nとしてのkπ/2移相器10は、送信直交変調器55-1?55-nからの出力信号の位相を制御するため、当該送信直交変調器に入力されるI信号とQ信号とに位相情報(位相制御量)を付加する移相器において、その位相情報を0度、90度、180度、270度とする。そして当該移相器によって、表1に例示するように、I信号とQ信号との入れ替え、またはI信号とQ信号とのそれぞれの正と負(極性)の入れ替え、またはこれら両方の入れ替えを行う。
これらの信号及び極性の入れ替えにより、一般的な固定移相器では定常動作状態においても常に電力が消費されていたのに対して、本実施形態に係るkπ/2移相器10によれば、ベースバンド信号のシンボルレートによる影響を受けること無く、定常動作状態(本実施形態では0度、90度、180度、270度)における電流の流れを極小化することができるので、消費電力を略ゼロに抑えることができる。」(明細書の段落[0035]ないし[0041])

f 「 <第3の実施形態> 次に、第1の実施形態に係る移相器を基礎とする第3の実施形態について説明する。
図6は、本発明の第3の実施形態に係る移相器の構成を示す図である。
本実施形態において、図2に示す送信ベースバンド移相器54-1?54-nは、kπ/2移相器10、複数の固定移相器で構成されたIチャネル固定移相器34-1?34-3、及びQチャネル固定移相器35-1?35-3によって構成される。
ここで、kπ/2移相器10の構成は、第1の実施形態(図4)と同様であるため重複する説明は省略する。
本実施形態においても、kπ/2移相器10に入力された信号は、付加すべき位相情報に応じて、出力端子Out1、Out2、Out3、Out4から出力される。
そして、出力端子Out1、Out2、Out3、Out4から出力された信号は、図6に示す結線に応じて、固定移相器34-1?34-3と固定移相器35-1?35-3とに入力される。
ここで、例えばIチャネル固定移相器34-1は、図6に示すように、トランジスタT1、T2、T3、T4と、抵抗R1、R2とで構成される。
一方、例えばQチャネル固定移相器35-1は、トランジスタT11、T12、T13、T14と、抵抗R5、R6とで構成される。
固定移相器34-1?34-3と、固定移相器35-1?35-3とでは、制御ユニット51から出力される制御信号Ctrl31、32、33に従い、並列接続された上記固定移相器35-1?35-3のいずれか1つが選択され、入力されたI信号とQ信号とが位相情報に応じた割合で混合される。混合された信号は、出力端子+Inew2、-Inew2、+Qnew2、-Qnew2から出力される。
固定移相器34-1?34-3と、固定移相器35-1?35-3とによるI信号とQ信号との混合割合は、トランジスタT1?T20のゲート幅や抵抗R1?R8の抵抗値の大きさに応じて決定される。
本実施形態では、図6に例示すように固定移相器が3つ並列に接続された回路構成である。係る回路構成は、0度、30度、60度の位相情報を想定しており、実際の構成においてはこの限りでない。
以上説明した本実施形態によれば、送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)は、第1の実施形態と略同様に、ベースバンド信号のシンボルレートによる影響を受けること無く、低消費電力で0度から360度の範囲で位相情報が付加できる。
更に、本実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)においては、kπ/2移相器を組み合わせない場合と比較して、固定移相器35-1?35-3の数を1/4に削減することができる。また本実施形態では、必要な固定移相器を制御信号Ctrl11、12と、制御信号Ctrl31、32、33との組み合わせによって適宜選択する方式であるため、複雑な制御電圧を設定する必要がないという効果がある。」(明細書の段落[0051]ないし[0055])

g 「 なお、上述した実施の形態は、本発明の好適な実施の形態の一例を示すものであり、本発明はそれに限定されることなく、その要旨を逸脱しない範囲内において、種々変形実施が可能である。例えば、上述した実施の形態ではMOSFET(metal-oxide semiconductor field effect transistor:金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)の場合で説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、バイポーラトランジスタを用いて構成してもよい。」(明細書の段落[0075])

h 請求の範囲第3項,第6項,第13項及び第14項は,それぞれ以下のとおりである。

請求の範囲第3項:
「 直交変調器の出力信号の位相を制御するため、その直交変調器に入力されるI信号とQ信号とに位相情報を付加する移相器であって、
前記I信号と前記Q信号との入れ替え、または前記I信号と前記Q信号それぞれの極性の入れ替え、またはこれら両方の入れ替えを行うと共に、入れ替え後の信号を、前記位相情報に応じて混合することを特徴とする移相器。」

請求の範囲第6項:
「 前記移相器は、
前記入れ替え動作の実現のために、制御信号に応じて接続経路が切り替えられるスイッチと、
前記入れ替え後の信号の混合を行うところの、移相量が固定された複数の固定移相器と、を含み、
前期位相情報に応じて、前記複数の固定移相器のうち何れかを選択することを特徴とする請求項3記載の移相器。」
(当審注:「前期位相情報」は,「前記位相情報」の誤記と認める。)

請求の範囲第13項:
「 アレイアンテナを備える無線受信装置であって、請求項1乃至請求項6の何れか一項に記載の移相器を備えることを特徴とする無線受信装置。」

請求の範囲第14項:
「 前記無線受信装置は、前記請求項1乃至請求項6の何れか一項に記載の移相器と、前記I信号の振幅及び前記Q信号の振幅を変更する増幅器とを有し、前記位相情報が付加されたI信号の振幅とQ信号の振幅とを変更することを特徴とする請求項13記載の無線受信装置。」

i 図2,図4及び図6は,それぞれ以下のとおりである。

図2:


図4:


図6:


(イ)上記(ア)aないしi,及び当業者の技術常識を考慮すると,以下のことがいえる。

a まず,第1の実施形態に関し,上記(ア)eによれば,図4に示すkπ/2移相器10は,図2に示す送信ベースバンド移相器54-1?54-nを構成するものであり,また第1の実施形態については,送信機側のみならず,受信機側でも同様の動作を行うものである。
また,上記(ア)iの図2における記載によれば,受信ベースバンド移相器59-1?59-mには,(送信ベースバンド移相器)54-1?54-nと同様の,符号「10」,「23」及び「24」が付された複数のブロックが含まれているところ,これらの受信ベースバンド移相器に含まれる符号「10」が付されたブロックは,kπ/2移相器10を意味するものと解される。
そうすると,引用文献において第1の実施形態として示されているkπ/2移相器10は,送信ベースバンド移相器54-1?54-nを構成するのみならず,図2の受信ベースバンド移相器59-1?59-mをも構成するものであるといえる。

そのことを踏まえて,第3の実施形態についてさらに検討すると,上記(ア)fにおいて「送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)」という記載があり,また,上記(ア)iの図6にも「送信ベースバンド移相器54-1?54-n」という記載があることから,少なくとも図6は,送信ベースバンド移相器54-1?54-nを示すものであって,受信ベースバンド移相器59-1?59-mを示すものではない。
しかし,その一方で,
上記(ア)fによれば,第3の実施形態は,第1の実施形態に係る移相器を基礎とするものであるところ,既に述べたとおり,上記(ア)eによれば,第1の実施形態については,送信機側のみならず,受信機側でも同様の動作を行うものであること,
上記(ア)fによれば,第3の実施形態において,送信ベースバンド移相器54-1?54-nは,第1の実施形態と同様のkπ/2移相器10等によって構成されるものであること,
上記(ア)hによれば,請求の範囲第6項の移相器は,直交変調器の出力信号の位相を制御するための移相器について記載している「請求項3」を引用した上で,複数の固定移相器のうち何れかを選択することを特定するものであるから,明細書に記載された第3の実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-n(上記(ア)f参照)に対応するものと解されるところ,請求の範囲第13項及び第14項は,「請求項6」に記載の移相器,すなわち明細書に記載された第3の実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-nに対応する移相器,を有する無線受信装置について記載していること,
が把握できるから,引用文献に記載された受信機では,受信ベースバンド移相器59-1?59-mとして,第3の実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)と同じ構成の移相器を採用しているといえる。

b 上記(ア)e,並びに上記(ア)iの図4における記載によれば,第1の実施形態において,差動信号であるI信号とQ信号は,kπ/2移相器10が有する+I端子と-I端子と+Q端子と-Q端子とに入力されるものであるところ,上記(ア)iの図6に示されている第3の実施形態に係る移相器の「+I」端子と「-I」端子と「+Q」端子と「-Q」端子とに対しても,第1の実施形態と同様の「差動信号であるI信号とQ信号」が入力されていることは明らかである。
ここで,上記aで検討したとおり,引用文献に記載された受信機では,受信ベースバンド移相器59-1?59-mとして,第3の実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)と同じ構成の移相器を採用しているといえるものであるが,上記(ア)d及びiの図2によれば,受信ベースバンド移相器59-1?59-mは,受信直交復調器60-1?60-mによって出力された,復調したI信号とQ信号とを入力するものである。
そうすると,上記受信ベースバンド移相器59-1?59-mは,受信直交復調器で復調した差動信号であるI信号及びQ信号を入力するための複数の端子(+I端子,-I端子,+Q端子及び-Q端子)を備えているといえる。

c 上記(ア)f,及び,上記(ア)iの図6における記載によれば,第3の実施形態におけるkπ/2移相器10は,「+I」端子,「-I」端子,「+Q」端子及び「-Q」端子からの信号を入力として,出力端子Out1,Out2,Out3及びOut4から信号を出力するものであるところ,当該kπ/2移相器10の構成は,第1の実施形態(図4)と同様であるから,上記(ア)eにおける表1,及び,上記(ア)iの図4に示されているとおり,前記出力端子Out1,Out2,Out3及びOut4には,制御信号Ctrl11及びCtrl12の論理レベルに応じて,+I(より正確に言えば+I端子に入力される信号。以下同様。),-I,+Q及び-Qのいずれかが,表1に示されるような組み合わせで出力されるものといえる。

d 上記(ア)iの図6における記載によれば,固定移相器34-1?34?3並びに35-1?35-3と,GNDとの間には,8つのトランジスタ(上記(ア)gによればMOSFET)が一列に配置されている。
また同図における記載によれば,これら8つのトランジスタの右側には,V_(DD)とGNDとの間に配置されたもう一つのトランジスタがあり,これらの合計9つのトランジスタは,各々のゲートが互いに接続されている。
そうすると,各々のゲートが互いに接続されていることで各トランジスタのゲート電圧が等しくなるから,前記「8つのトランジスタ」のドレインとソース間には,前記「V_(DD)とGNDとの間に配置されたもう一つのトランジスタ」のドレインとソース間に流れる電流と連動した電流が流れることとなり,このような回路構成は,当業者の間でカレントミラーという名称で知られた一般的なものである。
してみれば,前記「8つのトランジスタ」は,それぞれ,電流源として機能することは明らかであるから,第3の実施形態に係る移相器は,複数の電流源(8つの電流源)を備えているといえる。

e 上記(ア)f,及び,上記(ア)iの図6における記載を参照すると,第3の実施形態において,0度,30度,60度の位相情報に対応する制御信号Ctrl31,32及び33に従い,Out1,Out2,Out3及びOut4からの信号が,並列接続された固定移相器34-1?34-3並びに35-1?35-3から各々選択される各固定移相器を経由して,+Inew2,-Inew2,+Qnew2及び,-Qnew2のいずれかから出力される。
そして,例えば,Ctrl31が「1」論理レベルの状態,かつCtrl11とCtrl12(上記cを参照)が共に「0」論理レベルの状態のときは,次のとおりとなる。

(a)Ctrl31が接続されたIチャネル固定移相器34-1と,Qチャネル固定移相器35-1とが同時に選択される。

(b)また,図6に記載されている,同時に選択されるIチャネル固定移相器34-1と,Qチャネル固定移相器35-1とのうち,Iチャネル固定移相器34-1における,出力端子+Inew2に接続される回路の部分に注目すると,以下の(あ)ないし(お)に示すとおりのことがいえる。

(あ)図6における記載によれば,Out1がゲートに接続されているトランジスタT1のソースとドレイン間には,8つの電流源(上記d参照)のうち最も左側の電流源からの電流が,抵抗R1の直下にある(Ctrl31がゲートに接続されている)一対のトランジスタのうち左側のトランジスタを通じて流れる。

(い)同様に,Out4がゲートに接続されているトランジスタT2のソースとドレイン間には,8つの電流源のうち左から2番目の電流源からの電流が,抵抗R1の直下にある(Ctrl31がゲートに接続されている)一対のトランジスタのうち右側のトランジスタを通じて流れる。

(う)そうすると,トランジスタT1とトランジスタT2とがV_(DD)側(トランジスタT1,T2のドレイン側)で接続された節点には,上記(あ)で示した「最も左側の電流源からの電流」と,上記(い)で示した「左から2番目の電流源からの電流」と,が結合された電流が流れ,また出力端子+Inew2には,当該「結合された電流」を反映した値が出力されることとなる。

(え)上記(ア)eにおける表1も併せて参照すると,上記(あ)で示したOut1と,上記(い)で示したOut4には,kπ/2移相器10により,例えばCtrl1とCtrl2が共に「0」論理レベルの場合,+I端子に入力された信号と,-Q端子に入力された信号が,それぞれ出力される。
そして,トランジスタT1及びT2,並びに,抵抗R1の直下に配置された一対のトランジスタの各ゲートに接続されたOut1(例えば+I端子に入力された信号),Out4(例えば-Q端子に入力された信号),及びCtrl31に基づいて,2つの電流源からの電流値をそれぞれ操作し,また2つの電流源からの電流を結合することで,位相情報が付加された+Inew2が得られるように構成されているから,受信ベースバンド移相器のIチャネル固定移相器34-1に備えられたこれら4つのトランジスタは,ベースバンドにおいて差動信号であるI信号に位相情報を付加できるように構成されているといえる。

(お)これらのことから,引用文献の図6に記載された,Iチャネル固定移相器34-1におけるトランジスタT1及びT2,並びに,抵抗R1の直下に配置された一対のトランジスタは,複数の電流源(最も左側の電流源と左から2番目の電流源)からの電流を結合することによってベースバンドにおいて差動信号であるI信号に位相情報を付加できるように構成された複数のトランジスタといえる。

以下,同様に,Iチャネル固定移相器34-1における「-Inew2」が接続される回路の部分に注目してみると,トランジスタT3及びT4,並びに,抵抗R2の直下に配置された一対のトランジスタは,複数の電流源(左から3番目の電流源と左から4番目の電流源)からの電流を結合することによってベースバンドにおいて差動信号であるI信号に位相情報を付加できるように構成された複数のトランジスタといえる。

また,Qチャネル固定移相器35-1における「+Qnew2」が接続される回路の部分に注目してみると,トランジスタT11及びT12,並びに,抵抗R5の直下に配置された一対のトランジスタは,複数の電流源(左から5番目の電流源と左から6番目の電流源)からの電流を結合することによってベースバンドにおいて差動信号であるQ信号に位相情報を付加できるように構成された複数のトランジスタといえる。

また,Qチャネル固定移相器35-1における「-Qnew2」が接続される回路の部分に注目してみると,トランジスタT13及びT14,並びに,抵抗R6の直下に配置された一対のトランジスタは,複数の電流源(左から7番目の電流源と左から8番目の電流源)からの電流を結合することによってベースバンドにおいて差動信号であるQ信号に位相情報を付加できるように構成された複数のトランジスタといえる。

そして,上述した「+Inew2」,「-Inew2」,「+Qnew2」及び「-Qnew2」が接続される回路の部分についての検討を総合すると,第3の実施形態に係る移相器は,複数の端子に結合され、複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動信号であるI信号及びQ信号に位相情報を付加できるように構成された複数のトランジスタを備えるといえる。

(f)上記(ア)aによれば,受信アンテナ62-1?62-mはアレイアンテナを構成し,無線通信装置が,受信機のアンテナへ入力される電磁波のパターンの方向を制御するものである。
また,上記(ア)dによれば,受信直交復調器60-1?60-mは,受信信号を復調すると共に,復調したI信号とQ信号とを受信ベースバンド移相器59-1?59-mに出力するものであり,また,受信ベースバンド移相器59-1?59-mは,制御ユニット51から入力される制御信号に従って受信アンテナ62-1?62-mに対応した位相情報(位相制御量)を,受信直交復調器60-1?60-mから入力されるI信号とQ信号とに付加するものである。
これらのことから,引用文献に記載された受信ベースバンド移相器は,ベースバンドにおいて受信機のアンテナへ入力される電磁波のパターンの方向を制御するためのものであるといえる。

上記(a)ないし(f)を総合すると,引用文献には,以下の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「 受信直交復調器で復調した差動信号であるI信号及びQ信号を入力するための複数の端子と、
前記複数の端子に結合され,複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動信号であるI信号及びQ信号に位相情報を付加できるように構成された複数のトランジスタとを備える、ベースバンドにおいて受信機のアンテナへ入力される電磁波のパターンの方向を制御するための受信ベースバンド移相器。」

ウ 対比
本願補正発明と,引用発明とを対比する。

(ア)引用発明の「受信ベースバンド移相器」及び「トランジスタ」は,本願補正発明の「デバイス」及び「スイッチング素子」にそれぞれ相当する。

(イ)引用発明の「差動信号であるI信号及びQ信号」は,受信直交復調器で復調した信号であるから,データに他ならない。ゆえに,引用発明の「差動信号であるI信号及びQ信号」は,本願補正発明の「差動同相および直交データ」に相当する。
また,引用発明において「受信」直交復調器で復調した信号を「入力する」ことは,データを「受信する」ことに他ならない。。
ところで,本願補正発明の「複数の入力」は,一見すると,信号を入力する入力部のようなものとしても,デバイスに入力される信号そのものとしても解し得るが,当該「複数の入力」は,「デバイス」が,データを「受信するため」に備える要素であるから,本願補正発明における「複数の入力」は,信号そのものではなく,デバイスという物において,データを受信するという機能を実現するために備えられた機能ブロックであると解される。
これらのことから,引用発明の「受信直交復調器で復調した差動信号であるI信号及びQ信号を入力するための複数の端子」は,本願補正発明の「差動同相および直交データを受信するための複数の入力」に相当する。

(ウ)電気通信の分野において,信号の位相は,通常,回転角で表されるものであるから,引用発明における「前記差動信号であるI信号及びQ信号に位相情報を付加できる」ことは,本願補正発明における「前記差動同相および直交データの回転を可能にする」ことと,表現が異なるだけで技術的には同じことである。

(エ)引用発明の「ベースバンドにおいて受信機のアンテナへ入力される電磁波のパターンの方向を制御する」ことは,本願補正発明の「ベースバンドビームフォーミング」に相当する。

以上のとおりであるから,本願補正発明と,引用発明とは,
「 差動同相および直交データを受信するための複数の入力と、
前記複数の入力に結合され、複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動同相および直交データの回転を可能にするように構成された複数のスイッチング素子とを備える、ベースバンドビームフォーミングのためのデバイス。」
で一致するものであり,両者に差異は無い.

よって,本願補正発明は,引用文献に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができない。

エ 独立特許要件についての予備的検討
引用文献に関し,上記イ(イ)aでは,「引用文献に記載された受信機では,受信ベースバンド移相器59-1?59-mとして,第3の実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)と同じ構成の移相器を採用しているといえる。」として,上記イで示したとおり引用発明を認定した。
しかし,仮にそのようなことがいえなかったとしても,引用文献に記載された第3の実施形態に係る送信ベースバンド移相器54-1?54-n(図6)は,第1の実施形態と略同様に,低消費電力で位相情報が付加できるものである(上記イ(ア)fを参照)ところ,移相器において低消費電力で位相情報を付加するという課題が,送信ベースバンド移相器54-1?54-nに対してのみならず,受信ベースバンド移相器59-1?59-mに対しても存在することは,引用文献に触れた当業者であれば当然認識することであるから,受信ベースバンド移相器においても低消費電力で位相情報を付加することができるようにすることを目的として,送信ベースバンド移相器と同様の構成を,受信ベースバンド移相器に採用することは,当業者であれば適宜なし得る事項に過ぎない。
よって,仮に,受信ベースバンド移相器に関し上記イ(イ)aで示したようなことがいえなかったとしても,本願補正発明は,当業者が引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

オ 独立特許要件についてのまとめ
上記のとおりであるから,本願補正発明は,引用文献に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。
また仮にそうでなかったとしても,上記エで検討したとおり,本願補正発明は,当業者が引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができるものでもない。

3 補正の却下の決定についてのまとめ
上記のとおり,本件補正は,特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反しているから,同法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により,却下されるべきものである。
よって,上記[補正の却下の決定の結論]で示したとおり,決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成28年6月23日付けでされた手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(本願発明)は,平成27年8月18日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである(上記第2の[理由]の「1 補正の概要」における記載事項を再掲する。)。
「【請求項1】
差動同相および直交データを受信するための複数の入力と、
前記複数の入力に結合され、複数の電流源からの電流を結合することによってベースバンドにおいて前記差動同相および直交データの回転を可能にするように構成された複数のスイッチング素子とを備える、デバイス。」

2 引用発明
引用発明は,上記第2の[理由]2(2)の「イ 引用発明」で示したとおりのものである。

3 対比・判断
本願発明は,本願補正発明から,「ベースバンドビームフォーミングのための」という事項を省いたものである(上記第2の[理由]1を参照)。
そうすると,本願発明を上記事項によって限定した本願補正発明は,上記第2の[理由]2(2)ウ及びエで示したとおり,引用文献に記載された発明であるか,又は,当業者が引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,引用文献に記載された発明であるか,又は,当業者が引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。

4 まとめ
以上のとおり,本願の請求項1に係る発明は,引用文献に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
また仮にそうでなかったとしても,本願の請求項1に係る発明は,当業者が引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本願の他の請求項について検討するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-08-17 
結審通知日 2017-08-22 
審決日 2017-09-04 
出願番号 特願2014-558973(P2014-558973)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (H04B)
P 1 8・ 572- Z (H04B)
P 1 8・ 121- Z (H04B)
P 1 8・ 575- Z (H04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鬼塚 由佳畑中 博幸  
特許庁審判長 北岡 浩
特許庁審判官 近藤 聡
川口 貴裕
発明の名称 ベースバンドビームフォーミング  
代理人 井関 守三  
代理人 岡田 貴志  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 福原 淑弘  

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