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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 特17条の2、3項新規事項追加の補正  C12N
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1337087
異議申立番号 異議2017-700645  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-03-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-06-21 
確定日 2018-02-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6049239号発明「宿主クローンの識別方法、抗体混合物の生産方法、組換え宿主細胞の作出方法、トランスジェニック非ヒト動物またはトランスジェニック植物、抗体の混合物、薬学的組成物、および抗体の混合物の使用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6049239号の請求項1ないし19に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6049239号の請求項1?19に係る特許についての出願は、平成15年7月15日(パリ条約による優先権主張 2002年7月18日 欧州特許庁、 2002年7月18日 米国)を国際出願日とする特願2004-522465号の一部を新たな特許出願として平成23年5月30日に出願されたものであって、平成28年12月2日にその特許権の設定登録がされた。その後、その特許について、特許異議申立人リジェネロン・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッドにより特許異議の申立てがされ、当審において平成29年8月23日付けで取消理由が通知され、平成29年11月27日付けで意見書が提出されたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?19に係る発明は、次のとおりのものである。
【請求項1】
少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産する少なくとも1種の宿主細胞クローンを識別するための方法であって、少なくとも2種の異なる抗体の前記混合物が望ましい効果を持ち、次のステップ
(i)宿主細胞に、1つの軽鎖をコード化する核酸配列および2種の異なる重鎖をコード化する核酸配列群を提供するステップであり、前記重鎖および軽鎖が互いにペアを組むことが可能であるもの、
(ii)前記宿主細胞の少なくとも1つのクローンを、前記核酸配列群の発現を助長する条件下に培養するステップ、
(iii)宿主細胞の前記少なくとも1つのクローンを、機能上のアッセイによって望ましい治療効果を有する少なくとも2種の異なる抗体の混合物の生産のために選別するステップ、および
(iv)望ましい治療効果を有する少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産する少なくとも1つのクローンを識別するステップ
を含み、二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い、方法。
【請求項2】
ステップii)における前記培養およびステップiii)における前記選別は、少なくとも2つのクローンで行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記宿主細胞は、前記細胞において前記タンパク質をコード化する核酸の増幅の必要性を伴わずに、タンパク質の高レベル発現が可能である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産する方法であって、次のステップ
(i)請求項1?3のいずれか一項に従う方法によって識別される宿主細胞クローンを、軽鎖および2種の異なる重鎖をコード化する核酸の発現を助長する条件下に培養すること
を含む、方法。
【請求項5】
さらに、次のステップ
(ii)少なくとも2種の異なる抗体の混合物を、宿主細胞から、又は宿主細胞培養物から回収すること
を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
共通の軽鎖をコード化する核酸配列および前記共通の軽鎖とペアを組むことが可能な2種の異なる重鎖をコード化する核酸配列または配列群を含み、前記軽鎖および重鎖をコード化する前記核酸配列群が、組織特異的プロモーターの調節下にあり、そして前記重鎖はそれらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり、その結果、動物または植物によって生産される二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少し、そこでは、二重特異性抗体の理論的な割合は50%である、トランスジェニック非ヒト動物またはトランスジェニック植物。
【請求項7】
前記共通の軽鎖および/または重鎖をコード化する核酸配列または配列群は抗体提示の選定ステップを含む方法によって得られている、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
標的に結合することが可能な少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産するための方法であって、次のステップ
i)抗体を含む抗体提示ライブラリを、標的を含む物質と接触させること、
ii)前記標的に結合する抗体を選定する少なくとも1種のステップ、
iii)前記標的に結合する少なくとも2つの抗体を識別することであり、前記少なくとも2つの抗体が共通の軽鎖を含むもの、
iv)共通の軽鎖をコード化する核酸配列および前記少なくとも2つの抗体の2つの重鎖をコード化する核酸配列または核酸配列群を、宿主細胞中に導入すること、および
v)前記宿主細胞のクローンを、前記核酸配列の発現を助長する条件下に培養すること
vi)宿主細胞の前記クローンを、機能上のアッセイによって望ましい治療効果をもつ少なくとも2種の異なる抗体の混合物の生産について選別すること、および
vii)望ましい治療効果をもつ少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産する少なくとも一つのクローンを識別すること
を含み、二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い、方法。
【請求項9】
組換え宿主において少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産するための方法であって、
組換え宿主細胞において、共通の軽鎖をコード化する核酸配列、および可変領域において異なり、かつ、前記共通の軽鎖とペアを組むことが可能な2種の異なる重鎖をコード化する核酸配列または配列群を発現させるステップを含み、そしてそこでは、前記重鎖はさらに、それらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり、その結果、二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少し、そこでは、二重特異性抗体の理論的な割合は50%である、方法。
【請求項10】
前記重鎖は異なったアイソタイプである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記機能上のアッセイは、結合アッセイ、アポトーシスアッセイ、抗体依存性細胞障害活性(ADCC)アッセイ、補体依存性細胞障害性(CDC)アッセイ、細胞成長又は増殖の抑制(細胞分裂停止効果)アッセイ、細胞殺滅(細胞毒性効果)アッセイ、細胞情報伝達アッセイ、標的細胞に対する病原体の結合の抑制を測定するためのアッセイ、血管内皮増殖因子(VEGF)の分泌又は他の分泌分子を測定するアッセイ、静菌、殺菌性の活性、ウイルスの中和についてのアッセイ、インシトゥの雑種形成方法、標識化方法が含まれるもので、抗体が結合する部位に対する免疫系の成分の誘引力を測定するアッセイのようなもの、マウスの腫瘍モデル、自己免疫病、ウイルス-感染か、又は細菌-感染させた齧歯動物のモデル又は霊長類モデルが含まれるもので、動物モデルのようなインビボのアッセイの群から選ばれる、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
共通の軽鎖および異なる可変領域を有する2種の異なる重鎖を含み、2種の異なる重鎖は前記共通の軽鎖にペアを組むことが可能であり、および前記重鎖はさらに、それらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり、その結果、二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少し、そこでは二重特異性抗体の理論的な割合は50%である、少なくとも2種の異なる抗体の混合物。
【請求項13】
混合物からの2つの抗体は同じ抗原上の異なるエピトープに結合するか、または混合物を含む1つの抗原に存在する異なる抗原分子に結合する、請求項12に記載の少なくとも2種の異なる抗体の混合物。
【請求項14】
ヒトまたは動物の対象体での疾病または疾患の処置または診断における使用のための請求項12または13のいずれか一項に記載の少なくとも2種の異なる抗体の混合物。
【請求項15】
請求項12または13のいずれか一項に記載の少なくとも2種の異なる抗体の混合物を含む薬学的組成物。
【請求項16】
ヒトまたは動物の対象体での疾病または疾患の処置または診断のための薬剤の調製における、請求項12または13に記載の少なくとも2種の異なる抗体の混合物の使用。
【請求項17】
疾病または疾患は、自己免疫疾患、移植片対宿主の拒絶反応、およびガンの、脳、頭部および首、胸、前立腺、大腸、肺の固形腫瘍、血液学的腫瘍、B細胞腫瘍、腫瘍性疾患で、白血病、リンパ腫、肉腫、癌腫、神経細胞腫瘍、扁平細胞癌腫、胚細胞腫瘍、転移、未分化型腫瘍、精上皮腫、黒色腫、骨髄腫、神経芽細胞腫、混合細胞腫瘍、および感染性因子によって生じる新形成が含まれるものの群から選ばれる、請求項16に記載の使用。
【請求項18】
疾病または疾患は、細菌、ウイルス、または菌類の、スタフィロコッカス・アウレウス(S. aureus、黄色ブドウ球菌)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、アスペルギルス菌種(Aspergillus species)、酵母、リッサウイルス(Lyssavirus)、たとえば、ラビエスウイルス(rabies virus、狂犬病ウイルス)、バリセラゾスターウイルス(Varicella-Zoster Virus、水痘帯状疱疹ウイルス)、アデノウイルス(Adenoviruses)、レスピレートリー(呼吸器系)シンシチウムウイルス(Respiratory Syncitium Virus)、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)、ヒトメタニューモウイルス(Human Metapneumovirus)、インフルエンザウイルス(Influenzavirus)、ウエストナイルウイルス(West Nile Virus)、重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome、SRSA)を生じさせるウイルス、バチルス・アントラシス(Bacillus anthracis、炭疽菌)、クロストリジウム・ボツリヌム・トキシン(Clostridium botulinum toxi
n)、クロストリジウム・パーフリンジェンス(ウェルシュ菌)・イプシロン・トキシン(Clostridium perfringens epsilon toxin)、エルシニア・ペスチス(Yersinia Pestis、ペスト菌)、フランシセラ・ツラリエンシス(Francisella tulariensis、野兎病菌)、コクシエラ・バーネッティ(Coxiella burnetii)、ブルセラ菌種(Brucella species)、スタフィロコッカス(Staphylococcus)・エンテロトキシンB(enterotoxin B)、バリオラ・メジャー(Variola major、大痘瘡)、髄膜脳炎症候群を生じさせるアルファウイルス(alphaviruses)(EEEV、VEEV、およびWEEV)、エボラ、マールブルグおよびフニンウイルスのような出血性熱をもたらすと知られるウイルスによって生じるか、またはニパーウイルス(Nipah virus)、ハンタウイルス(Hantaviruses)、ティックボーン・エンセファリティスウイルス(Tickborne encephalitis virus、ダニ媒介脳炎ウイルス)およびイエロー・フィーバーウイルス(Yellow fever virus、黄熱病ウイルス)のようなウイルスに対するもの、または毒素、たとえば、リシナス・コミュニス(Ricinus communis、トウゴマ)からのリシン毒素に対するものである、請求項16に記載の使用。
【請求項19】
疾病または疾患は、単細胞または多細胞の寄生体によって生じる、請求項16に記載の使用。

第3 取消理由の概要
当審において、請求項1?5、7、8、11に係る特許に対して通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
[取消理由1]請求項1?5、7、8、11に係る発明は、甲第3号証(J.Immunol.Methods, vol.248, pp.7-15 (2001))に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

[取消理由2]請求項1?5、7、8、11に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

[取消理由3]請求項1?5、7、8、11に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

第4 判断
1 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由1(特許法第29条第2項)について
ア 甲第3号証の記載事項
本件優先日前に頒布された刊行物である甲第3号証(J.Immunol.Methods, vol.248, pp.7-15 (2001))「デザインによる二重特異性ヒトIgG」は、2つの異なるIgGを共発現すると、求める二重特異性抗体以外に重鎖と軽鎖の望ましくない組み合わせの抗体が生じるという問題を解決する技術に関する総説であって(第7頁要約)、次の事項が記載されている。
(ア)2つの異なるハイブリドーマのハイブリッド(クアドローマ)においては、求める二重特異性抗体以外に9種類もの望ましくない抗体が生産される。(図1A、「2.二重特異性抗体のための伝統的手法」の項)
(イ)異なる重鎖が会合しやすいように改変した2種類の重鎖を用いることにより、上記9種類の望ましくない抗体のうち6種類を排除することができる。(図1B、「3.1.異種二量体形成のための重鎖の改変」の項)
(ウ)さらに、上記2種類の重鎖と対合できる1種類の共通の軽鎖を用いることにより、求める二重特異性抗体のみを生産することができる。(図1C、「3.2.軽鎖の誤った対合の排除」の項)
イ 判断
本件に係る発明は、明細書の記載(例えば、段落【0011】)から明らかなとおり、単一の組換え宿主細胞クローンから多クローン抗体の混合物を得ることを目的とするものであって、1種の軽鎖遺伝子と2種の重鎖遺伝子を組み込んだ宿主細胞の中から、「望ましい治療効果を有する少なくとも2種の異なる抗体の混合物」であって「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」混合物を生産するクローンを選別、識別することにより解決したというものである。1種の軽鎖と2種の重鎖とからは、2種類の単一特異性抗体(AAとBB)及び1種類の二重特異性抗体(AB)が理論上AA:AB:BB=25%:50%:25%の割合で生産されるところ、本件に係る発明では、請求項1及び請求項8に「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」という限定があり、特許権者も上記意見書において主張するとおり、本件発明の「少なくとも2種の異なる抗体の混合物」とは、少なくともAA及びBBを含み、さらに任意でABを含む混合物を意味するものである。
それに対して、甲第3号証は、上記アのとおり、二重特異性抗体ABを効率的に生産するための方法に関する総説であって、望ましくない抗体であるAAやBBが生産されることを排除するための手法を紹介しているのだから、本件発明とは逆の技術思想のものである。甲第3号証では、本件発明と同様に、2種類の重鎖と1種類の共通の軽鎖を用いることの記載はあるが、上記ア(ウ)のとおり、求める二重特異性抗体のみを確実に生産するための手段として開示されたものにすぎない。
したがって、甲第3号証からは、「少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産する少なくとも1種の宿主細胞クローンを識別する」という技術思想を導き出すことができないから、請求項1及び請求項1を引用する請求項2?5、7、11の「少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産する少なくとも1種の宿主細胞クローンを識別するための方法」に係る発明及び請求項8の「少なくとも2種の異なる抗体の混合物を生産するための方法」に係る発明は、甲第3号証及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいうことができない。

(2)取消理由2(特許法第36条第6項第2号)について
ア 取消理由通知での指摘事項
請求項1及び8には「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」抗体の混合物を産生する宿主細胞クローンを識別するためのステップが明記されていないため、いかにして当該宿主細胞クローンを識別するのかが不明確である。
イ 判断
請求項1の文脈に照らして、特許権者も上記意見書において主張するとおり、「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」とは、「少なくとも2種の異なる抗体の混合物」における二重特異性抗体の量を特定するものであるから、「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」抗体の混合物を産生する宿主細胞クローンは、ステップ(iv)で識別されることが明らかである。請求項1を引用する請求項2?5、7、11についても同様である。
請求項8においても同様に、ステップ(vii)で識別されることが明らかである。

(3)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)について
ア 取消理由通知での指摘事項
請求項1及び8の「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」抗体の混合物を生産するための手段に関して、発明の詳細な説明には、2種類の異なる重鎖をそれらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なるもの、例えば異なるアイソタイプのものとすることが記載されているのみである。
したがって、請求項1及び8は、上記手段に関して発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものである。
イ 判断
上記意見書において特許権者も主張するとおり、発明の詳細な説明(段落【0029】)には、重鎖は、異なる重鎖の間の対合を減少させるか、防止するのに十分なように定常領域において異なることが一般的に記載されており、この記載に接した当業者であれば、異なるアイソタイプを採用すること以外にも、塩架橋やジスルフィド結合のための構造を導入するなど、同一の重鎖が対合し易く、異なる重鎖が対合し難いように重鎖の定常領域に改変を加える合理的な手法を適用できることを理解できるといえる。そして、二重特異性抗体の割合の低減の程度は、定常領域の構造を変更することにより当業者であれば適宜調節しうるものと認める。
したがって、請求項1及び8が発明の詳細な説明に記載された範囲を超えているとまではいうことができない。請求項1を引用する請求項2?5、7、11についても同様である。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)特許法第17条の2第3項について
ア 異議申立理由
平成28年9月23日付手続補正により請求項1、8に「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」を追加したこと、及び平成28年2月3日付手続補正により請求項6、9、12に「そこでは、二重特異性抗体の理論的な割合は50%である」を追加したことは、いずれも当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでない。なぜなら、当初明細書(甲第1号証の段落【0029】)には、理論的な割合の計算は「1種の共通の軽鎖及び2種の重鎖が等しいレベルで発現され、異なる重鎖が等しい効率で対合する」という要件のもとで計算されることしか記載されていないにもかかわらず、上記手続補正ではそのような要件が記載されていないからである。
イ 判断
請求項1、6、8、9、12の「理論的な割合」である50%が、上記要件のもとで1種の共通の軽鎖と2種の重鎖が2本ずつで抗体を形成する組み合わせの数に基づいて計算した値であることは、技術常識からも図5Bの記載からも当業者にとって自明であり、上記要件は「理論的」の内容に含まれているといえる。
したがって、上記手続補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内でされたものである。

(2)特許法第29条第1項第3号について
ア 異議申立理由
請求項6に係る発明と甲第2号証(国際公開第99/45962号)に記載された発明とを対比すると、後者には「前記重鎖はそれらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり、その結果、動物によって生産される二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少し、そこでは、二重特異性の理論的な割合は50%である」ことが明示されていない点で一応相違する。
しかし、通常、2種の異なる重鎖の発現レベルは同等でなく、同一の重鎖間の対合レベルと異なる重鎖間の対合レベルも同等でないことは周知であり、その結果、甲第2号証に記載された発明においても、二重特異性抗体の割合は50%を下回るから、請求項6に係る発明と甲第2号証に記載された発明は区別がつかない。
イ 判断
甲第2号証に記載されたトランスジェニックマウスは、生殖系列の細胞に再構成された(すなわち1種の)ヒト軽鎖遺伝子と再構成されていないヒト重鎖遺伝子を含むものであるが、抗体を生産するB細胞においては、ヒト重鎖遺伝子が再構成されて1種の重鎖遺伝子となっており、1種の軽鎖と1種の重鎖とからなる抗体のみが生産され、1種の軽鎖と2種の重鎖とからなる二重特異性抗体は生産されない(請求項1に、上記B細胞から作出したハイブリドーマが、1つのヒト軽鎖遺伝子と1つのヒト重鎖遺伝子を有することが記載されているとおりである。)。また、トランスジェニックマウス全体についてみると、多数のB細胞それぞれにおいてヒト重鎖遺伝子が再構成されるから、共通のヒト軽鎖とペアを組むことが可能なヒト重鎖は多種類存在する。
したがって、甲第2号証に記載されたトランスジェニックマウスは、B細胞に着目しても、マウス全体に着目しても、請求項6に係る発明の「共通の軽鎖をコード化する核酸配列および前記共通の軽鎖とペアを組むことが可能な2種の異なる重鎖をコード化する核酸配列または配列群を含み」及び「前記重鎖はそれらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり」という構成を有さず、「その結果、動物によって生産される二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少」するものでもない。このとおり、請求項6に係る発明は甲第2号証に記載されたものではない。

(3)特許法第29条第2項について
ア 異議申立理由
請求項6、9、12?19に係る発明は、甲第3号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
イ 判断
上記1(1)のとおり、甲第3号証は本件発明とは逆の、二重特異性抗体ABを効率的に生産するための技術に関する文献であって、請求項6、9、12?19に係る発明が二重特異性抗体ABの生産を減少または防ぐために採用する「前記重鎖はそれらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり」という構成を記載も示唆もしていない。
したがって、請求項6、9、12?19に係る発明は甲第3号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(4)特許法第36条第4項第1号、第6項第1号について
ア 異議申立理由
(ア)発明の詳細な説明には、請求項1?5、7、8、11の「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」が、いつどのような条件において測定した値を指すのかについて裏付けとなる記載がないから、実施可能要件及びサポート要件が満たされない。
(イ)請求項6には、2種の異なる重鎖及び共通軽鎖が同一の細胞中で発現していることが記載されていないから、異なる細胞で発現する場合も含まれると解される。しかし、発明の詳細な説明には、異なる細胞で発現する場合に重鎖の定常領域におけるどのような違いが対合に影響を与えるのかについて記載されていないから、実施可能要件及びサポート要件が満たされない。
イ 判断
(アについて)本件発明は、明細書の記載(例えば、段落【0011】)から明らかなとおり、単一の組換え宿主細胞クローンから多クローン抗体の混合物を得ることを目的とした発明であるから、「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」とは、当該宿主細胞を用いて抗体を生産する通常の条件下で生産を行った場合の割合であると解するのが自然である。
(イについて)請求項6には「前記重鎖はそれらの定常領域において、異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐのに十分に異なり、その結果、動物または植物によって生産される二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少し、そこでは、二重特異性抗体の理論的な割合は50%である」との記載が含まれているから、請求項6に係る発明において、重鎖定常領域の違いは、「異なる重鎖の間でペアが組まれることを減少または防ぐ」ための違いであって、対合には「動物または植物によって生産される二重特異性抗体の量は二重特異性抗体の理論的な割合と比べて減少し、そこでは、二重特異性抗体の理論的な割合は50%である」という影響を与えるものであることが明らかである。そして、発明の詳細な説明に、そのことについて十分な開示があると認められることは、上記1(3)イで判断したとおりである。

(5)特許法第36条第6項第2号について
ア 異議申立理由
(ア)請求項1の「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」とは、いつどのような条件で測定した値を指すのか特定されていないから、請求項1及び同様の表現を含む請求項2?9、11?19に係る発明は不明確である。
(イ)請求項3の「タンパク質の高レベル発現」とは、どの程度の発現を指すのか不明確である。
イ 判断
(アについて)本件発明は、明細書の記載(例えば、段落【0011】)から明らかなとおり、単一の組換え宿主細胞クローンから多クローン抗体の混合物を得ることを目的とした発明であるから、「二重特異性抗体の量が(その理論的な割合である)50%より低い」とは、当該宿主細胞を用いて抗体を生産する通常の条件下で生産を行った場合の割合であると解するのが自然である。
(イについて)請求項3には「前記細胞において前記タンパク質をコード化する核酸の増幅の必要性を伴わずに、タンパク質の高レベル発現が可能である」と記載されているから、「高レベル発現」とは、核酸の増幅を行った場合の発現レベルを指すと解するのが自然である。

第5 むすび
以上のとおり、請求項1?19に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1?19に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-01-30 
出願番号 特願2011-121054(P2011-121054)
審決分類 P 1 651・ 561- Y (C12N)
P 1 651・ 537- Y (C12N)
P 1 651・ 113- Y (C12N)
P 1 651・ 536- Y (C12N)
P 1 651・ 121- Y (C12N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 三原 健治竹内 祐樹▲高▼ 美葉子  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 松田 芳子
長井 啓子
登録日 2016-12-02 
登録番号 特許第6049239号(P6049239)
権利者 メルス ナムローゼ フェンノートシャップ
発明の名称 宿主クローンの識別方法、抗体混合物の生産方法、組換え宿主細胞の作出方法、トランスジェニック非ヒト動物またはトランスジェニック植物、抗体の混合物、薬学的組成物、および抗体の混合物の使用  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 山崎 一夫  
代理人 浅井 賢治  
代理人 市川 さつき  
代理人 箱田 篤  
代理人 服部 博信  
代理人 鎌田 光宜  
代理人 戸崎 富哉  
代理人 田代 玄  
代理人 高島 一  

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