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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録(定型) C22C
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録(定型) C22C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録(定型) C22C
管理番号 1337761
審判番号 不服2016-7646  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-04-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-05-25 
確定日 2018-03-13 
事件の表示 特願2014-547248「超弾性ワイヤおよび形成方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 6月20日国際公開、WO2013/089952、平成27年 3月 5日国内公表、特表2015-507085、請求項の数(5)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2012年11月 9日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2011年12月16日、米国(US))を国際出願日とする出願であって、平成27年 6月26日付けで拒絶理由通知がされ、同年 9月30日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成28年 2月 4日付けで拒絶査定がされ、同年 5月25日付けで拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成29年10月30日付けで拒絶理由通知がされ、同年12月12日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明5」という)は、平成29年12月12日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される発明であり、具体的には以下のとおりである。

「 【請求項1】
Ni-Ti系合金を含む形状記憶合金であって、前記Ni-Ti系合金が、-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり、前記Ni-Ti系合金が、60℃超のひずみ誘起マルテンサイト変態温度を有し、前記Ni-Ti系合金が、54.5重量%?57重量%のNiを含み、残余がTiおよび不純物であり、0.008インチ(0.2mm)以上0.024インチ(0.6mm)以下の直径を有するワイヤである、形状記憶合金。
【請求項2】
前記Ni-Ti系合金が、6%のひずみ下で、-54℃または80℃の温度に曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性である、請求項1に記載の形状記憶合金。
【請求項3】
前記Ni-Ti系合金が、200KSI(1.38×10^(3)MPa)?211KSI(1.45×10^(3)MPa)の最大引張強さを有する、請求項1に記載の形状記憶合金。
【請求項4】
前記Ni-Ti系合金が、3%ひずみで80KSI(0.55×10^(3)MPa)超の上部プラトー応力を有する、請求項1に記載の形状記憶合金。
【請求項5】
請求項1に記載の形状記憶合金を含むワイヤを含む収容可能アンテナ。」

第3 引用例、引用発明等
1 原審において拒絶査定の根拠となった米国特許出願公開第2007/0293939号明細書(以下、引用例1という)には、「FATIGUE RESISTANT ENDOPROSTHESES」(発明の名称 当審訳:耐疲労性の体内プロテーゼ)に関し、以下の事項が記載されている。
なお、当審訳においては、引用例1における「endoprosthesis」なる用語に対し、「体内プロテーゼ」を訳語として使用する。その意味は、マグローヒル科学技術用語大辞典改訂第3版(1996年発行)の848頁の「人工器官 prosthesis」なる項目の記載([医] 義手,義足,義眼,義歯のような,身体の損失部の人工的代用品.)と、同1313頁には「内蔵式人工臓器 endprosthesis」なる項目の記載([医] 体内で使われる人工器官.)を総合し、「義手,義足,義眼,義歯のような,身体の損失部の人工的代用品であって、体内で使われる人工器官」というものと解釈する。
また、以下において、下線は当審にて付した。また「・・・」により記載の省略を示す。

「An endoprosthesis having improved fatigue resistance, the endoprosthesis comprising:
an endoprosthetic body comprised of a superelastic metal, where at least a portion of the superelastic metal is characterized by at least one of the following:
an austenitic finish temperature from about 5 to about 37 degrees Celsius; a stress-strain curve of the superelastic metal having an upper plateau stress from about 40 ksi to about 80 ksi; or a stress-strain curve of the superelastic metal having a lower plateau stress from about 5 ksi to about 50 ksi. 」(請求項1)
(当審訳:「改良された耐疲労性を有する体内プロテーゼであって、当該体内プロテーゼは、超弾性金属からなる体内プロテーゼの本体を備え、ここで、当該超弾性金属の少なくとも一部分は、以下のうちの少なくとも1つにより特徴付けられる。
約5℃から約37℃のオーステナイト終了温度;
約40ksiから約80ksiの上側プラトー応力を有する超弾性金属の応力-歪み曲線;又は
約5ksiから約50ksiの下方プラトー応力を有する超弾性金属の応力-歪み曲線。)

「The present invention relates to fatigue resistant superelastic endoprostheses. More particularly, the present invention relates to endoprostheses that have modulated austenitic finish temperatures and modulated plateau stresses. The present invention also relates to fatigue resistant superelastic endoprostheses having anisotropic stress measurements in the radial and longitudinal directions. 」(段落[0003])
(当審訳:本発明は、耐疲労性の超弾性の体内プロテーゼに関する。より詳細には、本発明は、調整されたオーステナイト終了温度と調整されたプラトー応力を有する体内プロテーゼに関するものである。本発明は、径方向および長手方向において異方的な応力測定値を有する耐疲労性の超弾性の体内プロテーゼにも関する。)

「Nitinol is a superelastic alloy of nickel and titanium possessing shape memory. 」(段落[0028])
(当審訳:ニチノールは、形状記憶性を有する超弾性のニッケルチタン合金である。)

「The stress-strain hysteresis curve, as depicted in FIG. 1 , is for a nickel-titanium alloy tested above its A_(f) but below its martensitic deformation temperature (M_(d)), in its superelastic range. The austenite finish temperature A_(f) is the temperature at which the nickel-titanium alloy completely converts to austenite. The onset of superelasticity occurs in the narrow temperature range just above A_(f). At M_(d), nitinol behaves like a non-superelastic metal, exhibiting a small linear elastic range. 」(段落[0033])
(当審訳:図1に示される応力-歪みヒステリシス曲線は、A_(f)より高くマルテンサイト変態温度(M_(d))より低い温度で試験された、ニッケル-チタン合金のものである。オーステナイト終了温度A_(f)は、ニッケル-チタン合金が完全にオーステナイトに変わる温度である。超弾性の開始は、A_(f)の直上の狭い温度範囲で生じる。M_(d)において、ニチノールは、小さい線形変形範囲を示して、非超弾性金属の挙動を示す。)


「The temperature and the time of heating of the superelastic endoprosthesis depend upon the composition of the superelastic metal and the particular application of the superelastic endoprosthesis. For example, a nitinol superelastic metal alloy having a composition of 49% nickel and 51% titanium can have different characteristics than a nitinol superelastic metal alloy having a binary composition of nickel and titanium. Using a standard superelastic nitinol (55.3-56.3 wt. % Ni), a temperature of about 500 degrees Celsius for about 30 seconds or more is preferable to configure the superelastic nitinol endoprosthesis to have an increased austenitic finish temperature. A useable range of temperatures for standard superelastic nitinol metals is from about 400 to about 600 degrees Celsius for greater than about 30 seconds. The temperature and time of exposure change according to the amount of increase of austenitic finish temperature that is needed. Temperature ranges and times of heat treatment also change when strengthening elements such as Cr are added. 」(段落[0060])
(当審訳:超弾性体内プロテーゼの加熱温度及び時間は、超弾性金属の組成及び超弾性体内プロテーゼの特定の用途に依存する。例えば、49%のニッケルと51%のチタンの組成を有するニチノール超弾性金属合金は、ニッケルとチタンの二元組成を有するニチノール超弾性金属合金とは異なる特性を有することができる。標準超弾性ニチノール(55.3?56.3 重量% Ni)を用いた場合、約30秒以上の間の約500℃の温度が、上昇したオーステナイト終了温度を有するような超弾性ニチノール体内プロテーゼを構成するために、好ましい。標準超弾性ニチノール金属についての温度の使用可能な範囲は、約30秒を超える間の約400?約600℃である。加熱温度及び時間は、必要なオーステナイト終了温度の上昇量に応じて変わる。熱処理の温度範囲と時間は、Crのような強化元素が追加された場合も、変わる。」

したがって、引用例1には、以下の発明(以下、「引用発明1」という)が記載されている。
「Niを55.3?56.3 重量%含有し、残部がTiからなるNi-Ti系合金である形状記憶性を有する超弾性の合金であって、約30秒以上の間500℃で加熱して得られる、合金。」

2 原審における、平成27年 6月26日付け拒絶理由通知において、引用文献1として引用された特開平7-126780号公報(以下、引用例2という)には、「超弾性線材」(発明の名称)に関し、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】 -40℃?80℃の間で超弾性特性を有し、その表面層に圧縮応力を残留させてなることを特徴とする超弾性線材。
【請求項2】 Ni-Ti合金からなることを特徴とする請求項1記載の超弾性線材。」

「【0002】
【従来の技術】一般に、形状記憶効果は合金を変態点以下の温度で変形した後、Af点(マルテンサイト逆変態終了温度又はオーステナイト変態完了温度)以上に加熱すると現れる現象であるが、同じ合金をAf点より高い温度で変形させるとゴムの弾性挙動に似た超弾性現象がみられる。」

「【0013】
【実施例】
<実施例1>-20℃?60℃で超弾性特性を有する直径が1mmのNi-Ti合金線を作製した。この線材にショットピーニング処理を施し、線材表面層に圧縮残留応力を付与させた。また、比較として表面層をベルト研磨して表面層に引張残留応力を付与した線材も同時に作製した。これらの線材を図1に示した繰り返し曲げ試験機(曲げR5mm)で繰り返し曲げ試験(20℃)を行い、線材が破断したときの回数を調べた。この結果を表1に示す。なお、図1において、符号11は超弾性線材、符号12は繰り返し曲げ試験機を示す。
・・・
【0016】<実施例2>-40℃?50℃の温度範囲で超弾性特性を有する断面形状が0.6mm×2mmのNi-Ti合金平角線を作製した。実施例1と同様ショットピーニング処理を施し圧縮残留応力を付与させた線材と、ベルト研磨して引張残留応力を付与した線材を作製した。繰り返し曲げ試験は図1の試験機で行った。この結果を表2に示す。」

3 当審の職権による調査で発見された特開平7-62505号公報(以下、引用例3という)には、「Ni-Ti系超弾性ばねの使用方法」(発明の名称)に関し、以下の事項が記載されている。
「【0007】
【作用】本発明は、上記したように使用環境温度よりも、Ni-Ti系超弾性ぱねの変態温度Af点を5?30℃低く設定することにより、-40℃から+120℃までの使用環境温度において、著しく広いせん断ひずみ範囲を使用することができるものである。上記の変態温度Af点を使用環境温度より5?30℃低く設定するのは、5℃未満の設定では、ばねの変形の初回においても完全に回復せず弾性が得られない。また30℃を越えて設定すると、繰り返し変形する初期には所定のせん断ひずみ量に対してばねにかかる荷重がそれほど変わらないが、繰り返し数が増すと大きく劣化してしまうからである。この変態温度Af点の調整は、合金の組成を変えること、製造方法の変化により制御することができる。」

「【0009】
【実施例】以下に本発明の一実施例について説明する。
実施例1
表1に示すNi-Ti系合金を溶解鋳造後、熱間加工、冷間加工を行い線径1mmのワイヤー状に加工した。作製したワイヤーを450?550℃1時間大気中で熱処理を施した後、示差走査熱量計によって変態温度Af点を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0010】
【表1】



第4 対比・判断
1 本願発明1について
(1) 本願発明1と引用発明1とを対比する。
ア 引用発明1が「Ni-Ti系合金である形状記憶性を有する超弾性の合金」であることは、本願発明1が「Ni-Ti系合金を含む形状記憶合金」であることに相当する。
イ 合金の具体的な成分組成に関し、本願発明1は「54.5重量%?57重量%のNiを含み、残余がTiおよび不純物であ」るのに対し、引用発明1は、「Niを55.3?56.3 重量%含有し、残部がTiからなる」ものである。引用発明1のNiの含有量は本願発明1のNiの含有量の規定に包含されており、また、技術常識に照らし、引用発明1の「合金」においても何らかの不純物が含まれることは明らかであることを考慮すると、両発明は、「前記Ni-Ti系合金が、54.5重量%?57重量%のNiを含み、残余がTiおよび不純物であ」る点で共通するといえる。
ウ したがって、両発明は、以下の点にて一致し、以下の点にて相違する。
・一致点
「Ni-Ti系合金を含む形状記憶合金」であって、「前記Ni-Ti系合金が、54.5重量%?57重量%のNiを含み、残余がTiおよび不純物であ」る点
・相違点
(相違点1)
「前記Ni-Ti系合金」の特性について、本願発明1では「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」、「60℃超のひずみ誘起マルテンサイト変態温度を有」するのに対し、引用発明1では、これらの特性を有するかどうかが不明である点
(相違点2)
「前記Ni-Ti系合金」の形状と大きさについて、本願発明1では「0.008インチ(0.2mm)以上0.024インチ(0.6mm)以下の直径を有するワイヤである」のに対し、引用発明1では、形状と大きさが不明であって、「0.008インチ(0.2mm)以上0.024インチ(0.6mm)以下の直径を有するワイヤである」かどうかが不明である点

(2) 相違点についての検討
以下において、本願発明1が備える「前記Ni-Ti系合金が、54.5重量%?57重量%のNiを含み、残余がTiおよび不純物であ」るとの事項を、「本願発明1の組成要件」ということがある。
また、本願発明1が備える、相違点1に係る構成のうち、「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」との事項を、「本願発明1の特性要件1」ということがあり、「60℃超のひずみ誘起マルテンサイト変態温度を有」するとの事項を、「本願発明1の特性要件2」ということがある。
なお、「本願発明の特性要件1」については、「それぞれ」の文言の前後で温度が対応していることや、発明の詳細な説明に「合金は、約-55℃?約85℃の温度に曝された後、約-40℃?約60℃の温度で超弾性である。」(段落【0004】)との記載があることからみて、-54℃の温度に5分間曝された後、-40℃の温度で超弾性であるという事項と、80℃の温度に5分間曝された後、60℃の温度で超弾性であるという事項を共に充足することを意味する要件である。

ア 以下のとおり、相違点1は、実質的なものである。
(ア) 引用発明1は、「55.3?56.3重量%のNi」を含むものであって、組成に幅がある。
(イ) 引用例1の段落[0060]の「a temperature of about 500 degrees Celsius for about 30 seconds or more」との記載(当審訳:約30秒以上の間の約500℃の温度)によれば、加熱に関し、温度は約500℃であるが、時間は「約30秒以上」という幅を持った範囲が開示されている。
(ウ) ここで、本願の発明の詳細な説明には、「本発明の形状記憶合金ワイヤの独自の特性は、少なくとも一部は独自の仕込みプロセスの結果であると考えられる。形状記憶合金ワイヤは、約500?550℃の温度を有するセットファイヤ炉(例えば、連続式オーブンまたは「ホットゾーン」)を通過して引き出される。ワイヤは、約1分未満の間、例えば、約15秒間?45秒間、ホットゾーンにある。これらの変数は、オーブンの大きさおよび温度に依存し得るが、ワイヤがオーブンから引き出される速度は、ワイヤが約500?550℃の温度に達するように調整される。」(段落【0022】)との記載、「本発明の一態様によれば、形状記憶合金ワイヤを形成する方法は、Ni-Ti合金を含むロッドを調製すること、ロッドからワイヤを引き延ばすこと、および約500℃?約550℃の温度で約1分間未満の間ワイヤを処理することを含む。」(段落【0012】)との記載、及び「ワイヤ処理は、約15?約45秒間であり得る。」(段落【0013】)との記載がある。
これらの記載によれば、本願発明1の組成要件(54.5重量%?57重量%のNiを含み、残余がTiおよび不純物)を満たすいずれかの組成を有するNi-Ti系合金に対し、約500℃?550℃で約15秒?45秒間での熱処理に含まれるいずれかの条件を適用して熱処理を行うと、本願発明1の特性要件1(「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」)を備えるようにすることが可能であることは理解できる。
しかし、本願の発明の詳細な説明の記載を総合したとしても、下記(エ)に示す技術常識も踏まえると、本願発明1の組成要件を満たす全てのNi-Ti系合金に対し、約500℃?550℃で約15秒?45秒間での熱処理に含まれるいずれの条件を適用しても、その温度及び時間の範囲内でさえあれば本願発明1の特性要件1が必然的に備わるとまでは理解できない。
(エ) 形状記憶合金においては、わずかな組成の変化や、熱処理時間/温度の変化によって、得られる合金の特性が大きく異なり得ることが技術常識である。例えば組成の変化に関しては、引用例3の実施例の欄における表1によれば、試料2:Niが49.7原子%(54.8重量%)のAf=110℃であるのに対し、試料3:Niが50.3原子%(55.38重量%)のAf=73℃であり、僅かな組成の変化によりAfが大きく変化する。
(オ) 上記(ウ)及び(エ)を踏まえると、成分組成が「55.3?56.3重量%のNi」と幅がありしかも熱処理時間に関し「約30秒以上」と幅がある引用発明1の「Ni-Ti系合金」が、本願発明1の特性要件1を必ず備えていると言い切ることはできない。仮に、引用例1の記載から、熱処理時間に関し「30秒」という1点を認定できたとしても、引用発明1の「Ni-Ti系合金」は組成に幅があることから、やはり、本願発明1の特性要件1を満たすとは言い切れない。
(カ) 以上を総合すると、「Ni-Ti系合金」の特性について、引用発明1は、本願発明1と同一であるとはいえないので、相違点1は実質的なものである。

イ 以下のとおり、当業者が、相違点1に係る構成を容易に想到し得たとはいえない。
(ア) 引用例1の請求項1や段落[0003]によれば、引用発明1の合金の実際の用途は「体内プロテーゼ」すなわち体内で使われる人工器官であって、その合金のオーステナイト終了温度は約5℃から約37℃である。
(イ) ところで、技術常識によれば、超弾性現象は、オーステナイト終了温度以上で現れる現象である。この点について、例えば、引用例1の段落[0033]に「The onset of superelasticity occurs in the narrow temperature range just above A_(f).」(当審訳:超弾性の開始は、A_(f)の直上の狭い温度範囲で生じる。)と記載されており、また、引用例2の段落【0002】には「一般に、形状記憶効果は合金を変態点以下の温度で変形した後、Af点(マルテンサイト逆変態終了温度又はオーステナイト変態完了温度)以上に加熱すると現れる現象であるが、同じ合金をAf点より高い温度で変形させるとゴムの弾性挙動に似た超弾性現象がみられる。」と記載されている。
(ウ) したがって、オーステナイト終了温度が約5℃から約37℃であると認められる引用発明1に基づき、本願発明1の特性要件1である「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」に含まれる要件のうち、少なくとも、-54℃の温度に5分間曝された後、-40℃の温度で超弾性であるという点を満たすようにすることについては、当業者が容易になし得たといえる根拠がない以上、当業者が引用発明1に基づき相違点1に係る構成を容易に想到し得たとはいえない。

(3) 小括
上記のとおり、本願発明1と引用発明1は少なくとも相違点1において実質的に相違するものであるから、本願発明1は引用例1に記載された発明ではない。
また、当業者が、引用発明1に基づき、相違点1に係る構成を容易に想到し得たということはできないから、相違点2について判断するまでもなく、本願発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 本願発明2?5について
本願発明2?5のいずれにおいても、本願発明1と同様に、「前記Ni-Ti系合金」の特性について、「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」、「60℃超のひずみ誘起マルテンサイト変態温度を有」するという発明特定事項が規定されているから、本願発明2?5と、引用発明1とは、少なくとも前記相違点1において相違する。
したがって、本願発明1と同様に、本願発明2?5についても、引用例1に記載された発明ではなく、また、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第5 原査定の概要及び原査定についての判断
原査定は、上記引用例1を主たる引用例とした上で、請求項1、2、4、5、7に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当するから特許を受けることができないか、又は当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、請求項6、8に係る発明は、当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。
しかしながら、本願発明1?5は、平成29年12月12日付け手続補正により補正された特許請求の範囲に記載されたとおりのものであるところ、「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」、「60℃超のひずみ誘起マルテンサイト変態温度を有」する、という事項を備えるものである。
そして、前記第4で検討したとおり、本願発明1?5は、当該事項を備える点において引用例1に記載された発明と相違するから、引用例1に記載された発明ではないし、また、引用例1に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものでもない。
したがって、原査定を維持することはできない。

第6 当審拒絶理由(特許法第36条第6項第2号)について
1 当審では、平成29年10月30日付けで、以下の(1)及び(2)の拒絶理由を通知した。なお、以下において「補正前の請求項」及び「補正後の請求項」は、それぞれ、平成29年12月12日付け手続補正による補正前及び補正後の請求項のことを意味する。
(1) 補正前の請求項1の「前記Ni-Ti系合金が、-54℃または80℃の温度に曝された」との記載について、この記載は各温度に曝す時間が不明であることから、「-54℃または80℃」に一瞬(例えば1秒)曝すことを意味するのか、それとも、その温度に一定時間(例えば段落【0026】?【0027】にあるように5分間)曝すことを意味するのかが明らかではない。そのため、当該請求項1の「前記Ni-Ti系合金が、-54℃または80℃の温度に曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」との発明特定事項によって、「Ni-Ti系合金」が備える特性が一義的に特定されるとはいえない。したがって、当該請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2?5に係る発明は明確でない。
(2) 補正前の請求項3の「200KSI(1.38MPa)?211KSI(1.45MPa)の最大引張強さ」との記載、及び補正前の請求項4の80KSI(0.55MPa)」との記載について、括弧内に記載された「MPa」の単位の数値は、いずれも正しく換算されたものではないから、当該請求項3及び4に係る発明は明確でない。
2 これに対し、特許請求の範囲は、前記第2のとおり補正された。これにより、補正後の請求項1において、「-54℃または80℃の温度に曝され」る時間が「5分間」であることが明確になるとともに、補正後の請求項3、4において「MPa」の単位に適合するように数値が正しく換算されたものとなった。よって、前記1の拒絶理由は解消した。

第7 その他の拒絶理由の有無について
1 引用例2には、前記第3の2に摘示したとおりの内容が記載されている。以下、本願発明1?5が、引用例2に記載された発明であるか否か、及び、引用例2に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かを検討する。
(1) 引用例2の請求項1には「-40℃?80℃の間で超弾性特性を有・・・する超弾性線材。」と記載され、請求項2には「Ni-Ti合金からなる・・・請求項1記載の超弾性線材。」と記載されているから、一見、本願発明1の特性要件1(「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」)を満たす超弾性線材が記載されているように見える。
(2) しかしながら、引用例2の実施例1は「-20℃?60℃で超弾性特性を有する直径が1mmのNi-Ti合金線」であり、また、実施例2は「-40℃?50℃の温度範囲で超弾性特性を有する断面形状が0.6mm×2mmのNi-Ti合金平角線」である。したがって、引用例2において実際に製作されたNi-Ti合金は、-54℃の温度に5分間曝された後、-40℃の温度で超弾性であるという事項と、80℃の温度に5分間曝された後、60℃の温度で超弾性であるという事項を共に充足するものではなく、本願発明1の特性要件1を満たすものではない。
(3) また、本願発明1の特性要件1(「-54℃または80℃の温度に5分間曝された後、それぞれ-40℃または60℃の温度で超弾性であり」)は、「広い温度範囲で超弾性を示す超弾性ワイヤが必要とされている。」という課題(本願の発明の詳細な説明の段落【0002】)を解決するための発明特定事項であって、発明の詳細な説明の実施例でも、超弾性ワイヤが-40℃または60℃で超弾性を示すことを実験的に示している。すなわち、本願発明1の前記特性要件1の技術的意義は、従来から必要とされていた広い温度範囲で超弾性を示す超弾性ワイヤが、実験的な裏付けを伴って開示されたことにあるということができる。
(4) そのため、引用例2の請求項1に「-40℃?80℃の間で超弾性特性を有し」と記載されていたとしても、-40℃及び60℃で超弾性を示すNi-Ti合金が実際に製作されていない引用例2からは、本願発明1の特性要件1を備える引用発明を認定することはできないし、-40℃及び60℃で超弾性を示すNi-Ti合金が実際に製作されていない以上、引用例2の記載に基づき、本願発明1の特性要件1を満たすようにすることが当業者にとって容易であるということもできない。
(5) したがって、本願発明1は、引用例2に記載された発明ではなく、また、引用例2に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものではない。本願発明2?5についても同様である。

第8 むすび
以上のとおり、本願発明1?5は、引用例1に記載された発明ではないし、引用例1に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することができない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2018-02-26 
出願番号 特願2014-547248(P2014-547248)
審決分類 P 1 8・ 537- WYF (C22C)
P 1 8・ 121- WYF (C22C)
P 1 8・ 113- WYF (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 川村 裕二  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 池渕 立
▲辻▼ 弘輔
発明の名称 超弾性ワイヤおよび形成方法  
代理人 野河 信久  
代理人 蔵田 昌俊  

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