• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 特174条1項  H01L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
管理番号 1339378
審判番号 無効2013-800203  
総通号数 222 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-06-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-10-30 
確定日 2018-03-15 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4086875号「赤外線センサIC、赤外線センサ及びその製造方法」の特許無効審判事件についてされた平成28年 1月 4日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消しの判決(平成28年(行ケ)第10044号、平成29年 6月20日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 1 訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり一群の請求ごとに訂正することを認める。2 本件審判の請求は、成り立たない。3 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4086875号についての手続の経緯の概要は、以下のとおりである。

平成16年 9月 9日 国際出願による特許出願
(特願2003-316281号に基づく優先権主張 平成15年9月9日、日本)
平成20年 2月29日 特許権の設定登録(特許第4086875号)
平成25年10月30日 無効審判請求
平成26年 1月20日 審判事件答弁書提出
平成26年 3月10日 審理事項通知書(同年3月12日発送)
平成26年 5月 7日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
平成26年 5月 7日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
平成26年 5月20日 口頭審理陳述要領書(2)提出(被請求人)
平成26年 5月20日 口頭審理
平成26年 6月 6日 上申書提出(請求人)
平成26年 7月10日 無効理由通知(同年7月14日発送)
平成26年 9月12日 意見書(被請求人)及び訂正請求書提出
平成26年11月 5日 無効理由通知(同年11月7日発送)
平成26年11月28日 意見書提出(請求人)
平成27年 1月 6日 意見書提出(被請求人)
平成27年 4月 2日 審決の予告(同年4月7日発送)
平成27年 6月 8日 上申書(被請求人)及び訂正請求書提出
平成28年 1月 4日 審決(訂正を認める。請求成立。以下「一次審決」という。)
(同年1月15日送達)
平成28年 2月12日 知的財産高等裁判所出訴
(平成28年(行ケ)第10044号)
平成29年 6月20日 判決言渡
(一次審決を取り消すと判決(以下、単に「判決」という。)がされ、同判決は確定した。)

なお、請求人に対し、「上申書(被請求人)及び訂正請求書」の副本を平成27年6月17日に送付するとともに、期間を定めて意見を提出する機会を与えたが、意見書は提出されなかった。

第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容
被請求人が平成27年6月8日にした訂正請求(以下、同訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)は、特許請求の範囲について、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり一群の請求項ごとに訂正することを請求するものであって、以下の訂正事項をその訂正内容とするものである(なお、願書に添付した明細書を、以下「本件特許明細書」という。)。

(1)訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、
「基板と、該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、」とあるのを、
「基板と、該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって、」
に訂正する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし12も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、
「該第1の化合物半導体層上に形成され、ノンドープあるいはp型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と、」とあるのを、
「該第1の化合物半導体層上に形成され、p型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と、」に訂正する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし12も同様に訂正する。

(3)訂正事項3
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、
「該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層と」とあるのを、
「該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層と」に訂正する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし12も同様に訂正する。

(4)訂正事項4
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、
「前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であり、」を付加する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし12も同様に訂正する。

(5)訂正事項5
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、
「前記第2の化合物半導体層のドービング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満である」を付加する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし12も同様に訂正する。

(6)訂正事項6
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、
「前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上である」を付加する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし12も同様に訂正する。

(7)訂正事項7
訂正前の特許請求の範囲の請求項2において、
「前記第3の化合物半導体層は、AlInSb、GaInSb、またはAlAs、InAs、GaAs、AlSb、GaSb及びそれらの混晶のいずれかである」を削除する。
また、請求項2の記載を引用する請求項3ないし12も同様に訂正する。

(8)訂正事項8
訂正前の特許請求項の範囲の請求項13において、
「室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサの製造方法であって、」を付加する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(9)訂正事項9
訂正前の特許請求の範囲の請求項13において、
「ノンドープあるいはp型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層を形成する工程と、」とあるのを、
「p型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層を形成する工程と、」
に訂正する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(10)訂正事項10
訂正前の特許請求の範囲の請求項13において、
「該第2の化合物半導体層上に、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層を形成する工程と」とあるのを、
「該第2の化合物半導体層上に、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAlZIn_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層を形成する工程と」に訂正する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(11)訂正事項11
訂正前の特許請求の範囲の請求項13において、
「前記第1の化合物半導体層を形成する工程では、前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であり、」を付加する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(12)訂正事項12
訂正前の特許請求の範囲の請求項13において、
「前記第2の化合物半導体層を形成する工程では、前記第2の化合物半導体層のドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満である」を付加する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(13)訂正事項13
訂正前の特許請求の範囲の請求項13において、
「前記第3の化合物半導体層を形成する工程では、前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上である」を付加する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(14)訂正事項14
訂正前の特許請求の範囲の請求項13において、
「該第第1の化合物半導体層上に、」とあるのを、
「該第1の化合物半導体層上に、」に訂正する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

(15)訂正事項15
訂正前の特許請求の範囲の請求項14において、
「前記第3の化合物半導体層は、AlInSb、GaInSb、またはAlAs、InAs、GaAs、AlSb、GaSb及びそれらの混晶のいずれかである」を削除する。
また、請求項13の記載を引用する請求項14ないし18も同様に訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正後の請求項1に係る発明は、訂正前の請求項1に係る発明において、赤外線センサの特性が特定されていなかったものを、「室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサ」と特定することで、特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正事項1は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0011】に「本発明者らは、前記課題を解決するため、素子抵抗の小さな化合物半導体センサ部と該化合物半導体センサ部から出力される電気信号を処理する集積回路部を同一パッケージ内でハイブリッド形成させることにより、室温で検知できることを見出し、本発明をなすに至った。さらに本発明一実施形態に係る赤外線センサは、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくいという特徴を有することを見出した。」、【0067】に「……(略)……本発明の一実施形態に係る化合物半導体赤外線センサは、室温において冷却機構無しで、更なる高感度化を実現できる。」と記載され、「赤外線センサ」は、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくく、室温において冷却機構無しで赤外線を検知できることが理解できる。

してみると、本件特許明細書には、「赤外線センサ」が、室温において冷却機構無しで赤外線を検知できる(動作する)ことが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正後の請求項1に係る発明は、訂正前の請求項1に係る発明において、「第2の化合物半導体層」が「ノンドープあるいはp型ドーピングされた」という択一的に記載されていたものを、一方の「p型ドーピングされた」ものに特定するものであるから、訂正事項2は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第2の化合物半導体層に関して、「第七化合物半導体層17は、ドーピングしないで真性半導体のままでも良いし、またはp型にドーピングしても良い。」(なお、訂正前・訂正後の請求項1ないし18に記載された「第1の化合物半導体層」ないし「第3の化合物半導体層」は、本件特許明細書の「第6化合物半導体層」ないし「第8化合物半導体層」に、それぞれ、相当する。)との記載があるから、本件特許明細書には、第2の化合物半導体層が「p型ドーピングされた」ものであることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3について
ア 訂正後の請求項1に係る発明は、訂正前の請求項1に係る発明において、「第3の化合物半導体層」の材料が特定されていなかったものを、「AlZIn_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」に特定するものであるから、訂正事項3は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0080】には、第3の化合物半導体層の材料に関して、「……(略)……特にAl_(z)In_(1-z)Sb混晶のバンドギャップEg’はEg’=0.172+1.621z+0.43z2で表され、僅かなAl組成によって大きなバンドギャップを得ることが可能となる。この為、光吸収層となる第七化合物半導体層17のInSbやInAsSb等の材料と格子定数が近く、バンドギャップの大きなバリア層とすることが可能となる。ここで、好ましいzの範囲は0.01≦z≦0.7であり、より好ましくは0.1≦z≦0.5である。」と記載されているから、本件特許明細書には、第3の化合物半導体層の材料として、「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」が記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(4)訂正事項4について
ア 訂正後の請求項1に係る発明は、訂正前の請求項1に係る発明において、「第1の化合物半導体層」のn型ドーピング濃度が特定されていなかったものを、「1×10^(18)原子/cm^(3)以上」に特定するものであるから、訂正事項4は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第1の化合物半導体層のドーピング濃度に関して、「第六化合物半導体層16のn型ドーピングの濃度は、第七化合物半導体層17とのポテンシャル差を大きくし、かつシート抵抗を下げるためになるべく大きいほうが好ましく、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であることが好ましい。」と記載されているから、本件特許明細書には、第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上にすることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項4は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(5)訂正事項5について
ア 訂正後の請求項1に係る発明は、訂正前の請求項1に係る発明において、「第2の化合物半導体層」のp型ドーピング濃度が特定されていなかったものを、「1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」に特定するものであるから、訂正事項5は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第2の化合物半導体層のドーピング濃度に関して、「ここで、第七化合物半導体層17のp型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1.0×10^(18)原子/cm^(3)未満が好ましい。」と記載されているから、本件特許明細書には、第2の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(16)原子/cm^(3)以上1.0×10^(18)原子/cm^(3)未満にすることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項5は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(6)訂正事項6について
ア 訂正後の請求項1に係る発明は、訂正前の請求項1に係る発明において、「第3の化合物半導体層」のn型ドーピング濃度が特定されていなかったものを、「1×10^(18)原子/cm^(3)以上」に特定するものであるから、訂正事項6は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第3の化合物半導体層のドーピング濃度に関して、「また、第八化合物半導体層18のp型ドーピング濃度は、第七化合物半導体層17と第八化合物半導体層18との接合界面における価電子帯のスパイクが、赤外線の吸収により発生した正孔の流れを妨げ無いようにするため、1×10^(18)原子/cm^(3)以上が好ましい。」と記載されているから、本件特許明細書には、第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上にすることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項6は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(7)訂正事項7について
ア 訂正後の請求項2に係る発明は、第3の化合物半導体層の材料として、訂正後の請求項1に記載の「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」を用いるように訂正するものであるから、訂正事項7は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0080】には、第3の化合物半導体層の材料に関して、「第八化合物半導体層18の材料としては、バンドギャップが第七化合物半導体層17よりも大きい材料でよく、AlInSb、GaInSb、AlAs、GaAs、InAs、AlSb……(略)……のいずれかが好ましい。……(略)……特にAl_(z)In_(1-z)Sb混晶のバンドギャップEg’はEg’=0.172+1.621z+0.43z2で表され、僅かなAl組成によって大きなバンドギャップを得ることが可能となる。この為、光吸収層となる第七化合物半導体層17のInSbやInAsSb等の材料と格子定数が近く、バンドギャップの大きなバリア層とすることが可能となる。ここで、好ましいzの範囲は0.01≦z≦0.7であり、より好ましくは0.1≦z≦0.5である。」と記載されているから、本件特許明細書には、第3の化合物半導体層の材料として、「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」が記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項7は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(8)訂正事項8について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、訂正前の請求項13に係る発明において、赤外線センサの特性が特定されていなかったものを、「室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサ」と特定することで、特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正事項8は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0011】に「本発明者らは、前記課題を解決するため、素子抵抗の小さな化合物半導体センサ部と該化合物半導体センサ部から出力される電気信号を処理する集積回路部を同一パッケージ内でハイブリッド形成させることにより、室温で検知できることを見出し、本発明をなすに至った。」、【0067】に「……(略)……本発明の一実施形態に係る化合物半導体赤外線センサは、室温において冷却機構無しで、更なる高感度化を実現できる。」と記載され、「赤外線センサ」は、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくく、室温において冷却機構無しで赤外線を検知することができることが理解できる。

してみると、本件特許明細書には、「赤外線センサ」が、室温において冷却機構無しで赤外線を検知できる(動作する)ことが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項8は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(9)訂正事項9について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、訂正前の請求項13に係る発明において、「第2の化合物半導体層」が「ノンドープあるいはp型ドーピングされた」という択一的に記載されていたものを、一方の「p型ドーピングされた」ものに特定するものであるから、訂正事項9は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第2の化合物半導体層に関して、「第七化合物半導体層17は、ドーピングしないで真性半導体のままでも良いし、またはp型にドーピングしても良い。」との記載があるから、本件特許明細書には、第2の化合物半導体層が「p型ドーピングされた」ものであることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項9は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(10)訂正事項10について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、訂正前の請求項13に係る発明において、「第3の化合物半導体層」の材料が特定されていなかったものを、「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」に特定するものであるから、訂正事項10は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0080】には、第3の化合物半導体層の材料に関して、「……(略)……特にAl_(z)In_(1-z)Sb混晶のバンドギャップEg’はEg’=0.172+1.621z+0.43z2で表され、僅かなAl組成によって大きなバンドギャップを得ることが可能となる。この為、光吸収層となる第七化合物半導体層17のInSbやInAsSb等の材料と格子定数が近く、バンドギャップの大きなバリア層とすることが可能となる。ここで、好ましいzの範囲は0.01≦z≦0.7であり、より好ましくは0.1≦z≦0.5である。」と記載されているから、本件特許明細書には、第3の化合物半導体層の材料として、「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」が記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項10は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(11)訂正事項11について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、訂正前の請求項13に係る発明において、「第1の化合物半導体層」のn型ドーピング濃度が特定されていなかったものを、「1×10^(18)原子/cm^(3)以上」に特定するものであるから、訂正事項11は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第1の化合物半導体層のドーピング濃度に関して、「第六化合物半導体層16のn型ドーピングの濃度は、第七化合物半導体層17とのポテンシャル差を大きくし、かつシート抵抗を下げるためになるべく大きいほうが好ましく、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であることが好ましい。」と記載されているから、本件特許明細書には、第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上にすることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項11は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(12)訂正事項12について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、訂正前の請求項13に係る発明において、「第2の化合物半導体層」のp型ドーピング濃度が特定されていなかったものを、「1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」に特定するものであるから、訂正事項12は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第2の化合物半導体層のドーピング濃度に関して、「ここで、第七化合物半導体層17のp型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1.0×10^(18)原子/cm^(3)未満が好ましい。」と記載されているから、本件特許明細書には、第2の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(16)原子/cm^(3)以上1.0×10^(18)原子/cm^(3)未満にすることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項12は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(13)訂正事項13について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、訂正前の請求項13に係る発明において、「第3の化合物半導体層」のn型ドーピング濃度が特定されていなかったものを、「1×1018原子/cm3以上」に特定するものであるから、訂正事項13は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

イ そして、本件特許明細書の【0089】には、第3の化合物半導体層のドーピング濃度に関して、「また、第八化合物半導体層18のp型ドーピング濃度は、第七化合物半導体層17と第八化合物半導体層18との接合界面における価電子帯のスパイクが、赤外線の吸収により発生した正孔の流れを妨げ無いようにするため、1×10^(18)原子/cm^(3)以上が好ましい。」と記載されているから、本件特許明細書には、第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上にすることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項13は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(14)訂正事項14について
ア 訂正事項14は、訂正前の請求項13の「該第第1の化合物半導体層上に、」における不要な重複する文字を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第2号に掲げる誤記の訂正を目的とするものに該当すると認められる。

イ また、訂正事項14は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(15)訂正事項15について
ア 訂正後の請求項14に係る発明は、第3の化合物半導体層の材料として、訂正後の請求項13に記載の「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」を用いるように訂正するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ そして、本件特許明細書の【0080】には、第3の化合物半導体層の材料として、「……バンドギャップが第七化合物半導体層17よりも大きい材料でよく、……特にAl_(Z)In_(1-Z)Sb混晶のバンドギャップEg’はEg’=0.172+1.621z+0.43z2で表され、僅かなAl組成によって大きなバンドギャップを得ることが可能となる。……ここで、好ましいzの範囲は0.01≦z≦0.7であり、より好ましくは0.1≦z≦0.5である。」と記載されているから、本件特許明細書には、第3の化合物半導体層として、「Al_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」を用いることが記載されているものと認められる。

ウ したがって、訂正事項15は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

3 本件訂正についてのむすび
以上のとおり、訂正事項1ないし13及び15は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、いずれも、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
また、訂正事項14は、誤記の訂正を目的とするものであり、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書きに掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第2項及び第3項の規定、並びに同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、適法な訂正と認める。

第3 本件訂正発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1ないし18に係る発明は、本件訂正後の訂正特許請求の範囲の請求項1ないし18に記載された事項によりそれぞれ特定される次のとおりのものである(以下、本件訂正後の各請求項に係る発明を「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明18」という。また、本件訂正前の各請求項に係る発明を「本件発明1」ないし「本件発明18」という。)。

「【請求項1】
基板と、
該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって、
前記化合物半導体の積層体は、
該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、
該第1の化合物半導体層上に形成されp型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と、
該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層と
を備え、
前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であり、
前記第2の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満であり、
前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であることを特徴とする赤外線センサ。
【請求項2】
前記第1の化合物半導体層はInSbであることを特徴とする請求項1記載の赤外線センサ。
【請求項3】
前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり、前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項1または2記載の赤外線センサ。
【請求項4】
前記化合物半導体の積層体は、
前記第3の化合物半導体層上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の赤外線センサ。
【請求項5】
前記第4の化合物半導体層は、InSbであることを特徴とする請求項4記載の赤外線センサ。
【請求項6】
前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項4または5記載の赤外線センサ。
【請求項7】
前記基板は、半絶縁性、または前記基板と該基板に形成された第1の化合物半導体層とが絶縁分離可能である基板であり、
前記第1の化合物半導体層のうち、前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成された第1電極と、
前記第3の化合物半導体層上に形成された、第2電極と
をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の赤外線センサ。
【請求項8】
前記基板上には、前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と、該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように、複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されていることを特徴とする請求項7記載の赤外線センサ。
【請求項9】
出力信号を測定する際に、前記第1及び第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし、赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出すことを特徴とする請求項7または8記載の赤外線センサ。
【請求項10】
前記基板と、前記積層体との間に配置された、格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の赤外線センサ。
【請求項11】
前記バッファ層が、AlSb、AlGaSb、AlGaAsSb、AlInSb、GaInAsSb、AlInAsSbのいずれかであることを特徴とする請求項10記載の赤外線センサ。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載の赤外線センサと、
前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え、
前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されていることを特徴とする赤外線センサIC。
【請求項13】
室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサの製造方法であって、
基板上に、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と、
該第1の化合物半導体層上に、p型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層を形成する工程と、
該第2の化合物半導体層上に、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層を形成する工程と
を有し、
前記第1の化合物半導体層を形成する工程では、前記第1の化合物半導体層のn型ドーピンク濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上とし、
前記第2の化合物半導体層を形成する工程では、前記第2の化合物半導体層のp型ドーピンク濃度を1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満とし、
前記第3の化合物半導体層を形成する工程では、前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上とすることを特徴とする赤外線センサの製造方法。
【請求項14】
前記第1の化合物半導体層はInSbであることを特徴とする請求項13記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項15】
前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり、前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項13または14記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項16】
前記第3の化合物半導体層上に、インジウム及びアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層を形成する工程をさらに有することを特徴とする請求項13乃至15のいずれかに記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項17】
前記第4の化合物半導体層は、InSbであることを特徴とする請求項16記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項18】
前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項16または17記載の赤外線センサの製造方法。」

第4 請求人の主張の概要及び証拠方法
1 請求人の主張する無効理由1ないし5は、おおよそ、以下のとおりである。
(1)無効理由1(特許法第29条第2項違反)
本件発明1ないし18は、当業者が甲第1ないし7号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。

(2)無効理由2(特許法第17条の2第3項違反)
本件発明1、13の発明特定事項のうち、「前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項は、出願当初の明細書等に記載されておらず、補正により追加された新規事項である。

(3)無効理由3(特許法第36条第4項第1号違反:委任省令違反)
発明の詳細な説明は、本件発明1、13の発明特定事項のうち、「前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項の技術上の意義が理解できるように記載されていない。

(4)無効理由4(特許法第36条第6項第1号違反)
本件発明1、13の発明特定事項のうち、「インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層」及び請求項4、16に記載された発明特定事項のうち、「インジウム及びアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層」との発明特定事項については、発明の詳細な説明に開示された事項から、拡張ないし一般化できる事項であるとはいえない。

(5)無効理由5(特許法第36条第4項第1号違反:実施可能要件違反) 本件発明1、13の発明特定事項のうち、「インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層」及び請求項4、16に記載された発明特定事項のうち、「インジウム及びアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層」について、実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

2 無効理由1(特許法第29条第2項違反)
(1)審判請求書における主張(第2ないし5、22ないし31頁)
ア 請求項1
(ア)甲第1号証(特に、第25頁?第32頁「4.3 InAsSb/AlInSb Double Heterostructure Photodiodes」、Fig.4.9)に記載された引用発明1は、GaAs基板と、該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、赤外線を検出するセンサである。

引用発明1は、以下のものである(第2頁の右欄参照。)。
「(1A)基板(GaAs基板)と、
(1B)該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体層の積層体と、
を備え、
前記化合物半導体の積層体は、
(1C)該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層(n^(+)-AlInSb)と、
(1D)該第1の化合物半導体層上に形成された、ノンドープのInAsSbである第2の化合物半導体層(i-InAsSb)と、
(1e)該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層(p^(+)-AlInSb)と
を備える
(1F)ことを特徴とする赤外線センサ。」

(イ)本件発明1と引用発明1とは、
(1A)基板(GaAs基板)と、
(1B)該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体と
を備え、
前記化合物半導体の積層体は、
(1C)該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層(n^(+)-AlInSb)と、
(1D)該第1の化合物半導体層上に形成され、ノンドープのInAsSbである第2の化合物半導体層(i-InAsSb)と、
(1e)該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層(p^(+)-AlInSb)と
を備える
(1F)ことを特徴とする赤外線センサ、
である点で一致している。

(ウ)本件発明1と引用発明1とは、構成要件(1E)(当審注:「該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層と」)のうち「前記第1の化合物半導体層・・・よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項を引用発明1が有しているか否か不明である点で相違している(以下「相違点1」という。)。
しかし、相違点1に係る「前記第1の化合物半導体層・・・よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項については、甲第2号証及び甲第3号証に記載されている。

(エ)甲第2号証(特にFig.1)に記載された引用発明2は、赤外線を検出するセンサであって、
基板上に形成された化合物半導体の積層体を備え、その化合物半導体の積層体が、インジウム及びアンチモンを含みn型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層(n-In_(0.85)Al_(0.15)As_(0.9)Sb_(0.1)バリア層)と、ノンドープのInAsSbである第2の化合物半導体層(i-InAs_(0.91)Sb_(0.09)光吸収層)と、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層(p-Al_(0.5)Ga_(0.5)Sbバリア層)と、を備える。

(オ)引用発明2は、甲第2号証のFig.1に示されているように、第1の化合物半導体層(n-In_(0.85)Al_(0.15)As_(0.9)Sb_(0.1)及び第2の化合物半導体層(i-InAs_(0.91)Sb_(0.09))それぞれのバンドギャップより、第3の化合物半導体層(p-Al_(0.5)Ga_(0.5)Sb)のバンドギャップが大きい。

(カ)甲第3号証(特にFig.1)に記載された引用発明3は、赤外線を検出するセンサであって、基板上に形成された化合物半導体の積層体を備え、その化合物半導体の積層体が、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層(n-InAs)と、ノンドープの光吸収層である第2の化合物半導体層(i-InAs光吸収層)と、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層(p-In_(0.85)Al_(0.15)Asバリア層)と、を備える。引用発明3は、第1の化合物半導体層(n-InAs)及び第2の化合物半導体層(i-InAs)は同じ組成であるからバンドギャップが互いに等しく、これらより第3の化合物半導体層(p-In_(0.85)Al_(0.15)As)のバンドギャップが大きい。

(キ)引用発明2、3の何れも、引用発明1と同様に、p型の第3の化合物半導体層(バリア層)/i型の第2の化合物半導体層(吸収層)/n型の第1の化合物半導体層の構成を有する。そして、引用発明2、3の何れも、第1の化合物半導体層及び第2の化合物半導体層それぞれのバンドギャップより第3の化合物半導体層のバンドギャップが大きい。
特に、引用発明2は、引用発明1と同様に、第2の化合物半導体層(光吸収層)としてInAsSbを採用し、且つ、電子及びホールの双方に対するバリア層となる第1の化合物半導体層及び第3の化合物半導体層を採用している。

(ク)したがって、引用発明1において、引用発明2、3のように第1の化合物半導体層及び第2の化合物半導体層それぞれのバンドギャップより第3の化合物半導体層のバンドギャップを大きくするという周知の事項を適用することは、当業者にとって容易である。

(ケ)相違点1に係る「前記第1の化合物半導体層・・・よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項は、その技術上の意義について本件特許明細書に何ら記載されていない。
本件発明1において、相違点1に係る発明特定事項は、技術上の意義を何ら有していない。
引用発明1において第1の化合物半導体層及び第2の化合物半導体層それぞれのバンドギャップより第3の化合物半導体層のバンドギャップを大きくすることは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない。第1の化合物半導体層のバンドギャップより第3の化合物半導体層のバンドギャップを大きくすることによる作用効果の存在は認められない。

(コ)引用発明2または3を引用発明1に適用して本件発明1とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。
本件発明1の効果は、引用発明1の効果と何ら相違しない。

イ 請求項2
…(略)…
ス 請求項13ないし18
…(略)…

(2)口頭審理陳述要領書における主張(第7ないし15頁)
…(略)…

3 無効理由2(特許法第17条の2第3項)
(1)審判請求書における主張(第32ないし33頁)
ア 本件発明1の「前記第1の化合物半導体層・・・よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項は、出願当初の明細書等には記載されていない。

イ 出願当初の明細書においては、請求項13(登録時の請求項1に対応)等には「・・・第六化合物半導体層と、・・・第七化合物半導体層と、前記第七化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第八化合物半導体層」と記載され、段落[0068]に「図10において・・・第七化合物半導体層17上には、第七化合物半導体層17よりも高濃度にp型ドーピングされた層(P層とも呼ぶ)であり、かつ第七化合物半導体層17よりもエネルギーバンドギャップが大きな第八化合物半導体層18が形成されている」と記載されているにすぎない。

ウ この発明特定事項は、平成18年3月3日に提出された特許協力条約第34条補正の写し(特許法第184条の8第2項の規定により同法第17条の2第1項の規定による補正がされたものとみなされる)において追加された新規事項であり(甲第11号証)、その後の平成19年8月7日及び同年11月5日に提出された手続補正書においても追加されたままである。

エ この発明特定事項を追加する補正は、出願当初の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

(2)口頭審理陳述要領書における主張(第19ないし21頁)
…(略)…

4 無効理由3(特許法第36条第4項第1号違反:委任省令要件違反)
(1)審判請求書における主張(第33頁)
ア 本件発明1の「前記第1の化合物半導体層・・・よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項の技術上の意義については、発明の詳細な説明に記載されておらず、不明である。
この発明特定事項は補正により追加されたものであるが、平成19年11月5日に提出された意見書においても、この発明特定事項の技術上の意義について記載されていない。
発明の詳細な説明は、この発明特定事項に関し、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものではなく、経済産業省令(特許法施行規則第24条の2)で定めるところにより記載したものではない。

(2)口頭審理陳述要領書における主張(第21ないし22頁)
…(略)…

5 無効理由4(特許法第36条第6項第1号違反)
(1)審判請求書における主張(第34ないし35頁)
ア 請求項の記載「インジウム及びアンチモンを含み」という上位概念に対して、発明の詳細な説明において「第1の化合物半導体層」及び「第4の化合物半導体層」それぞれの材料の具体例として開示されているのは、一部の下位概念であるInSbのみである。

イ 「第1の化合物半導体層」及び「第4の化合物半導体層」に関し、請求項の記載の範囲「インジウム及びアンチモンを含み」まで、発明の詳細な説明に開示された内容(InSbのみ)を拡張ないし一般化できるとはいえない。

ウ 本件発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。

(2)口頭審理陳述要領書における主張(第22ないし23頁)
…(略)…

6 無効理由5(特許法第36条第4項第1号違反:実施可能要件違反)
(1)審判請求書における主張(第35ないし37頁)
ア 請求項の記載「インジウム及びアンチモンを含み」という上位概念に対して、発明の詳細な説明において「第1の化合物半導体層」及び「第4の化合物半導体層」それぞれの材料の具体例として開示されているのは、一部の下位概念であるInSbのみである。

イ 「第1の化合物半導体層」及び「第4の化合物半導体層」に関し、発明の詳細な説明において、請求項に記載された上位概念「インジウム及びアンチモンを含み」に含まれる一部の下位概念(InSbのみ)についての実施の形態が記載されているのみであって、他の下位概念については実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。

(2)口頭審理陳述要領書における主張(第23ないし24頁)
…(略)…

7 平成26年6月6日付け上申書
口頭審理陳述要領書(2)に添付された試験結果に対する反論
…(略)…

8 証拠方法
請求人が提出した甲号証は、以下のとおりである。

(1)甲第1号証
M. Razeghi, ″Demonstration of Uncooled InAsSb Photodetectors for Military Sensors, ″Center for Quantum Devices, Northwestern University
(2)甲第2号証
A. Rakovska, ″Room temperature InAsSb photovoltaic midinfrared detector, ″
APPLIED PHYSICS LETTERS, Vol.77, No.3, pp.397-399(2000)
(3)甲第3号証
J. Kaniewski,″Epitaxial InAs detectors optically immersed to GaAs microlenses, ″
Proceedings of SPIE Vol.4369, pp.721-729 (2001)
(4)甲第4号証
M. Razeghi, ″Longwavelength InAsSb Infrared Photodetectors, ″
Center for Quantum Devices, Northwestern University
(5)甲第5号証
A. K. DUTTA, ″WDM Technologies Active Optical Components,″
Academic Press (2002)
(6)甲第6号証
特許第2674657号公報
(7)甲第7号証
特開平4-170526号公報
(8)甲第8号証
NTISのウェブサイトのうち甲第1号証の注文を購入希望者から受け付けるページの写し
(9)甲第9号証
NTISのウェブサイトのうち甲第4号証の注文を購入希望者から受け付けるページの写し
(10)甲第10号証
NTISのSue Feindt氏による供述書
(11)甲第11号証
再公表特許第2005/027228号公報
以上、「審判請求書」に添付。
(12)甲第12号証
平山宏之ら著、「雑音処理」、社団法人計測自動制御学会、昭和63年4月30日、初版発行
以上、「口頭審理陳述要領書」に添付。

第5 被請求人の反論の概要及び証拠方法
1 本件発明の技術的意義
(1)審判事件答弁書における主張(第2ないし6頁)
ア 本件発明は、赤外線検知の分野、特に長波長帯の放射エネルギーを検知するような赤外線センサ、例えば人感センサの技術分野に関するものである(段落0001)。
従来、赤外線センサとして、熱型と量子型の2種類が存在したが、熱型の赤外線センサの場合は、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けやすく、小型にし難いという欠点がある。
一方、量子型の赤外線センサ、特にPIN構造を備える光ダイオード型の赤外線センサの場合には、室温動作時に拡散電流による漏れ電流が大きくなり、感度が高くならないため、赤外線センサを低温に冷却することで焦電センサの感度よりも100倍以上の高い感度を実現していた。しかし、冷却機構が必要となり、また、赤外線センサを頑丈な金属でパッケージ化する必要があるため、やはり小型化が困難であり、その用途には限りがあった(段落0002?段落0009)。
また、室温において冷却機構無しで、更なる高感度が実現できる赤外線センサが期待されていました(段落0067)。
本件発明は、室温での動作が可能であり、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響も受けにくく、高感度な超小型の、赤外線センサを提供することを課題とするものである。

イ 第1のないし第3の化合物半導体層の技術的意義
(ア)第1の化合物半導体層
第1の化合物半導体層は、素子の中で最も大きい表面積を有し、表面積が大きいほどシート抵抗、すなわち結果としてセンサの抵抗が大きくなることから、第1の化合物半導体層は、シート抵抗を小さくするために採用されるものである。

(イ)第2の化合物半導体層
第2の化合物半導体層は、光吸収層として機能するものである。

(ウ)第3の化合物半導体層
第3の化合物半導体層は、拡散電流を抑制するバリア層として機能するものである。

(2)口頭審理陳述要領書における主張(第3ないし5頁)
…(略)…

(3)口頭審理陳述要領書(2)における主張
…(略)…

2 無効理由1(特許法第29条第2項違反)
(1)審判事件答弁書における主張(第6ないし19頁)
請求人の主張を要約すると、以下に示すように、相違点1の容易想到性を主張していると思われる。
・引用発明1と引用発明2または3との組み合わせ
・引用発明1と周知の事項との組み合わせ
・引用発明1からの適宜なし得る設計変更
したがって、以下では、それぞれに分けて反論する。

ア 引用発明1と引用発明2または3との組み合わせ
…(略)…
オ 本件発明1は、引用発明1ないし3に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。甲第4ないし第7号証に記載の発明を参酌しても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。本件発明13についても同様である。
また、本件請求項2ないし12は本件請求項1を、本件請求項14ないし18は本件請求項13を、それぞれ、引用することから、本件発明2ないし12、14ないし18も、引用発明1ないし3に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3 無効理由2(特許法第17条の2第3項違反)
審判事件答弁書における主張(第19ないし24頁)
…(略)…

4 無効理由3(特許法第36条第4項第1号違反:委任省令違反)
審判事件答弁書における主張(第24ないし25頁)
…(略)…

5 無効理由4(特許法第36条第6項第1号違反)
審判事件答弁書における主張(第25ないし26頁)
…(略)…

6 無効理由5(特許法第36条第4項第1号違反:実施可能要件違反)
審判事件答弁書における主張(第26ないし27頁)
…(略)…

7 証拠方法
被請求人が提出した乙号証は、以下のとおりである。
(1)乙第1号証;赤崎勇著「III・V族化合物半導体」培風館、第150ないし151頁(写し)
(2)乙第2号証;生駒俊明著「最新化合物半導体ハンドブック」(株)サイエンスフォーラム、第35頁(写し)
(3)乙第3号証;国際予備審査機関に、平成17年4月6日に提出した手続補正書(写し)
(4)乙第4号証;国際予備審査機関に、平成17年10月28日に提出した答弁書(写し)

第6 前審における、職権審理に基づく無効理由について
平成26年11月5日付け無効理由通知(以下「前審無効理由通知」という。)の内容は、おおよそ、以下のとおりである。

「第2 無効理由
1 優先権主張の効果

(1)本件特許発明1の「該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」は、本件特許明細書の【0068】、【0071】ないし【0073】、【0075】、【0077】、【0078】、【0080】、【0092】及び図11に基づくものである(被請求人も審判事件答弁書(第20ないし24頁)で主張している。)ところ、上記記載及び図11は、後の出願により追加された箇所であり、先の出願(特願2003-316281号)には「該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」は記載されていない。
したがって、本件特許発明1ないし18には、優先権主張の効果が認められない(なお、優先権主張の効果が認められる旨を主張する際は、その根拠となる記載箇所を指摘して説明してください。)。

(2)上記のとおり、本件特許には、優先権主張の効果は認められず、新規性進歩性の判断基準日は、本件特許出願日の平成16年9月9日(2004年9月9日)である。

2 引用文献
(1)引用文献1
・著者:UMID TUMKAYA(システム上の制限により、
ウムラウト表記は省略。以下同様。)
・表題:「PERFORMANCE ASSESMENT OF
INDIUM ANTIMONIDE
PHOTODETECTORS ON SILICON
SUBSTRATES」
・関連箇所:第39ないし81頁(第3章ないし第5章)
・媒体のタイプ:ONLINE(E-Theses)
・掲載者:THE MIDDLE EAST TECHNICAL
UNIVERSITY(以下「METU」又は
「中東工科大学」という。)
・掲載場所:後述する「the Theses Catalogue」に論文のタイトルを
入力することで検索される「E-Theses」
・検索日:平成26年10月15日
・情報の情報源及びアドレス:http://etd.lib.
metu.edu.tr/upload/756403
/index.pdf
・言語:英語
なお、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった日」については、下記「4 引用文献1ないし5の公表日」を参照。

(2)引用文献2
UMID TUMKAYA,「PERFORMANCE ASSESMENT OF INDIUM ANTIMONIDE PHOTODETECTORS ON SILICON SUBSTRATES」の論文のコピーであって、METUの図書館に「Print Theses」として提出されたもの、METU、第39ないし81頁(第3章ないし第5章)
なお、上記コピーが頒布された刊行物に該当する点については、下記「4 引用文献1ないし5の公表日」を参照。

(3)引用文献3
Tim Ashley、et.al.、「Epitaxial InSb for elevated temperature operation of large IR focal plane arrays」、Infrared Technology and Applications XXIX、Proc. of SPIE、2004.01.23、Vol.5074、p.95-102

(4)引用文献4
C.T.Elliott、「Advanced heterostructures for In_(1-x)Al_(x)Sb and Hg_(1-x)Cd_(x)Te detectors and emitters」、Infrared Technology and Applications XXII、SPIE、1996.10.22、Vol.2744、p452-461

(5)引用文献5
E.Michel、「Sb-based infrared materials and photodetectors for the 3-5 and 8-12 μm range」、Potodetectors:Materials and Devices、SPIE、1996.11.26、Vol.2685、p101-111

3 添付資料
(1)引用文献1及び引用文献2
…(略)…
(4)引用文献5
…(略)…

4 引用文献1ないし5の公表日
(1)引用文献1及び引用文献2について
…(略)…
(4)引用文献5について
…(略)…

5 上記1で指摘したとおり、本件特許には、優先権主張の効果は認められない。
したがって、新規性進歩性の判断基準日は、本件特許出願日の平成16年9月9日(2004年9月9日)である。
このことを前提にして、【理由1】ないし【理由4】を通知する。

6 【理由1】
本件特許の請求項1、2、10、13、14に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(引用文献1を参照。)又は本件特許出願前に外国において頒布された引用文献2に記載された発明であるから、当該発明の特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。
7 【理由2】
本件特許の請求項1ないし18に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(引用文献1を参照。)又は本件特許出願前に外国において頒布された引用文献2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、当該発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
8 【理由3】
本件特許の請求項1ないし18に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された引用文献3に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、当該発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
9 【理由4】
本件特許の請求項1ないし18に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された引用文献4に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、当該発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。」

なお、上記前審無効理由通知における【理由1】ないし【理由4】は、上記「第4」において、請求人が主張する無効理由1ないし無効理由5と区別するために、以下では、それぞれ「前審無効理由6」ないし「前審無効理由9」という。

第7 当審の判断
1 本件訂正発明
「第3 本件訂正発明」で認定したとおりである。

2 無効理由1ないし5についての当審の判断
事案に鑑み、まず、無効理由2ないし無効理由5について検討し、最後に、無効理由1について検討する。

(1)無効理由2(特許法第17条の2第3項違反)について
特許法第184条の6第2項の規定により願書に添付して提出したものとみなされる国際特許出願の明細書及び図面(以下、「願書に最初に添付した明細書及び図面」又は「当初明細書等」という。)の記載から把握できる技術事項を総合的に勘案すると、本件訂正発明1の「第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」との技術的事項は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内であり、前記技術的事項を追加する補正は、新たな技術的事項を導入するものには該当しない。

よって、本件訂正発明1、13の発明特定事項のうち、「前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層」という発明特定事項を追加する補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものと認められ、請求人の主張する無効理由2によっては、本件訂正発明1ないし18についての特許を無効とすることはできない。

(2)無効理由3(特許法第36条第4項第1号違反:委任省令違反)について
本件特許明細書の記載によれば、本件訂正発明1ないし18が解決しようとする課題は、拡散電流を抑制すること(本件特許明細書の【0067】参照。)にあり、基板上に、「バッファ層及び電極とのコンタクト層」として機能する第1の化合物半導体層、「光吸収層」として機能する第2の化合物半導体層及び「バリア層」として機能する第3の化合物半導体層を積層し、第3の化合物半導体層のバンドギャップを第2の化合物半導体層のバンドギャップよりも大きくする技術的手段を採用することで、拡散電流を大幅に減少させ、室温において冷却機構無しで、更なる高感度化を実現できること(本件特許明細書の【0067】ないし【0095】参照。)が理解できる。
つまり、発明の詳細な説明には、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」が記載されているといえる。

よって、請求人の主張する無効理由3によっては、本件訂正発明1ないし18についての特許を無効とすることはできない。

(3)無効理由4(特許法第36条第6項第1号違反)について
本件特許明細書における、第1の化合物半導体層及び第4の化合物半導体層に関連する段落【0071】、【0078】、【0091】、【0093】の記載から、第1の化合物半導体層は「バッファ層及び電極とのコンタクト層」として、第4の化合物半導体層は「コンタクト層」として機能する層であって、発明の詳細な説明には、その好ましい材料としてキャリア移動度の大きい「InSb」が例示されているが、材料が「InSb」に限られないことは明らかである。
したがって、実施例に、「InSb」を利用した例が示されているのみであるとしても、本件特許明細書に、第1及び第4の化合物半導体層の材料として「InSb」を利用した赤外線センサしか開示されていない、とすることはできない。

よって、本件訂正発明1ないし18は、本件特許明細書に記載された発明であるから、請求人の主張する無効理由4によっては、本件訂正発明1ないし18についての特許を無効とすることはできない。

(4)無効理由5(特許法第36条第4項第1号違反:実施可能要件違反)について
上記「(3)無効理由4(特許法第36条第6項第1号違反)」で検討したように、第1及び第4の化合物半導体層の材料として「InSb」に限られないことは、当業者に明らかであり、本件特許明細書の【0149】の実施例13に示された製造方法と同様に、例えば、第1及び第4の化合物半導体層として「InAsSb」、「InSbN」、「GaInAsSb」等を利用して赤外線センサを製造し得ることは、当業者が容易に理解し得ることである。
してみると、本件特許明細書に「InSb」を利用した例が示されているのみであるとしても、当業者が本件訂正発明1ないし18を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

よって、本件特許明細書における発明の詳細な説明の記載は、本件訂正発明1ないし18を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められ、請求人の主張する無効理由5によっては、本件訂正発明1ないし18についての特許を無効とすることはできない。

(5)無効理由1(特許法第29条第2項違反)について
ア 甲第1号証の記載より、甲第1号証には、次の発明(以下「引用発明1」という。」)が記載されているものと認められる。
「GaAs基板上に、基板側からn^(+)-AlInSb層、i-InAsSb層及びp^(+)-AlInSb層が順番に積層されたダブルヘテロ構造からなる赤外線を検知する非冷却フォトダイオードであって、
n^(+)-AlInSb層は、およそ10^(18)cm^(-3)のドーピングレベルを有し、
i-InAsSb層は、?5×10^(16)cm^(-3)の真性キャリア濃度であり、

p^(+)-AlInSb層は、10^(18)cm^(-3)のドーピングレベルを有し、
p^(+)-AlInSb層のバンドギャップが、i-InAsSb層のバンドギャップよりも大きい、
赤外線を検知する非冷却フォトダイオード。」

イ また、甲第1号証の記載より、甲第1号証には、次の発明(以下「引用発明2」という。」)が記載されているものと認められる。
「GaAs基板上に、基板側からn^(+)-AlInSb層、i-InAsSb層及びp^(+)-AlInSb層が順番に積層されたダブルヘテロ構造からなる赤外線を検知する非冷却フォトダイオードの製造方法であって、
GaAs基板上に、およそ10^(18)cm^(-3)のドーピングレベルを有するn^(+)-AlInSb層を積層する工程と、
n^(+)-AlInSb層上に、?5×10^(16)cm^(-3)の真性キャリア濃度であるi-InAsSb層を積層する工程と、
i-InAsSb層上に、10^(18)cm^(-3)のドーピングレベルを有し、i-InAsSb層のバンドギャップよりも大きい材料であるp^(+)-AlInSb層を積層する工程と、
を有する赤外線を検知する非冷却フォトダイオードの製造方法。」

ウ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と引用発明1との対比
本件訂正発明1と引用発明1とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「基板と、
該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって、
前記化合物半導体の積層体は、
該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、
該第1の化合物半導体層上に形成されたInAsSbである第2の化合物半導体層と、
該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第2の化合物の半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAlInSb第3の化合物半導体層と
を備え、
前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)であり、
前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)である、
赤外線センサ。」

一方、両者は、以下の点で相違する。
<相違点1>
第2の化合物半導体層に関し、
本件訂正発明1は、「p型ドーピングされた」ものであるのに対して、
引用発明1は、i層であって、p型ドーピングされたものではない点。
<相違点2>
第3の化合物半導体層に関し、
本件訂正発明1は、「第1の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」であるのに対して、
引用発明1は、n^(+)-AlInSb層(「第1の化合物半導体層」に相当する。)よりも大きなバンドギャップを有する材料なのか否か不明な、p^(+)-AlInSbである点。

(イ)相違点についての判断
a まず、相違点2について検討する。
(a)甲第1号証の記載によれば、最良のバリア材料として「AlInSb」を選択した後、まず、「n^(+)-AlInSb層」を正孔に対するバリア層としたシングルヘテロ構造のフォトダイオードが調査され、その後、「p^(+)-AlInSb層」を電子に対するバリア層として追加したダブルヘテロ構造のフォトダイオード(このダブルヘテロ構造のフォトダイオードが引用発明1である。)が調査されたことが理解できる。

(b)上記「n^(+)-AlInSb層」及び「p^(+)-AlInSb層」は、キャリア(正孔と電子)の拡散に対してバリア機能を奏するものであるが、甲第1号証には、キャリアの種類に応じてバリアの大きさ(つまり、バンドギャップの大きさ)を異ならせる旨の記載はなく、「p^(+)-AlInSb層」のバンドギャップの大きさを「n^(+)-AlInSb層」のバンドギャップよりも大きくする動機付けがない。
(c)以上のことから、引用発明1において、「p^(+)-AlInSb層」のバンドギャップの大きさを「n^(+)-AlInSb層」のバンドギャップよりも大きくすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

(d)したがって、引用発明1において、相違点2に係る本件訂正発明1の構成を採用することが、当業者が甲第1号証ないし3号証の記載に基づいて容易になし得たことであるとはいえない。

b 以上の検討によれば、相違点1について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、当業者が甲第1号証ないし3号証の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 本件訂正発明2ないし12について
本件訂正発明2ないし12は、本件訂正発明1の発明特定事項をすべて備えるとともに、さらに限定を付したものに相当するから、本件訂正発明1と同様に、当業者が甲第1号証ないし3号証の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、甲第4ないし7号証にも、「p^(+)-AlInSb層」のバンドギャップの大きさを「n^(+)-AlInSb層」のバンドギャップよりも大きくすることを示唆する記載はない。
よって、本件訂正発明2ないし12は、当業者が甲第1号証ないし7号証の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

オ 本件訂正発明13について
(ア)本件訂正発明13と引用発明2との対比
本件訂正発明13と引用発明2とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサの製造方法であって、
基板上に、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と、
該第1の化合物半導体層上に、InAsSbである第2の化合物半導体層を形成する工程と、
該第2の化合物半導体層上に、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第2の化合物の半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAlInSbの第3の化合物半導体層を形成する工程と
を有し、
前記第1の化合物半導体層を形成する工程では、前記第1の化合物半導体層のn型ドーピンク濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)とし、
前記第3の化合物半導体層を形成する工程では、前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)とする、赤外線センサの製造方法。」

一方、両者は、以下の点で相違する。
<相違点3>
第2の化合物半導体層に関し、
本件訂正発明13は、「p型ドーピングされた」ものであるのに対して、引用発明2は、i層であって、p型ドーピングされたものではない点。
<相違点4>
第3の化合物半導体層に関し、
本件訂正発明13は、「第1の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(Z)In_(1-Z)Sb(0.1≦z≦0.5)」であるのに対して、
引用発明2は、n^(+)-AlInSb層(「第1の化合物半導体層」に相当する。)よりも大きなバンドギャップを有する材料なのか否か不明な、p^(+)-AlInSbである点。

(イ)相違点についての判断
a まず、相違点4について検討する。
(a)甲第1号証の記載によれば、最良のバリア材料として「AlInSb」を選択した後、まず、「n^(+)-AlInSb層」を正孔に対するバリア層としたシングルヘテロ構造のフォトダイオードが調査され、その後、「p^(+)-AlInSb層」を電子に対するバリア層として追加したダブルヘテロ構造のフォトダイオード(このダブルヘテロ構造のフォトダイオードが引用発明2におけるフォトダイオードである。)が調査されたことが理解できる。

(b)上記「n^(+)-AlInSb層」及び「p^(+)-AlInSb層」は、キャリア(正孔と電子)の拡散に対してバリア機能を奏するものであって、甲第1号証には、キャリアの種類に応じてバリアの大きさ(つまり、バンドギャップの大きさ)を異ならせる旨の記載はなく、「p^(+)-AlInSb層」のバンドギャップの大きさを「n^(+)-AlInSb層」のバンドギャップよりも大きくする動機付けはない。

(c)以上のことから、引用発明2において、「p^(+)-AlInSb層」のバンドギャップの大きさを「n^(+)-AlInSb層」のバンドギャップよりも大きくすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

(d)したがって、引用発明2において、相違点4に係る本件訂正発明13の構成を採用することが、当業者が甲第1号証ないし3号証の記載に基づいて容易になし得たことであるとはいえない。

b 以上の検討によれば、相違点3について検討するまでもなく、本件訂正発明13は、当業者が甲第1号証ないし3号証の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

カ 本件訂正発明14ないし18について
本件訂正発明14ないし18は、本件訂正発明13の発明特定事項をすべて備えるとともに、さらに限定を付したものに相当するから、本件訂正発明13と同様に、当業者が甲第1号証ないし3号証の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、甲第4ないし7号証にも、「p^(+)-AlInSb層」のバンドギャップの大きさを「n^(+)-AlInSb層」のバンドギャップよりも大きくすることを示唆する記載はない。
よって、本件訂正発明14ないし18は、当業者が甲第1号証ないし7号証の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

キ 無効理由1についてのまとめ
本件訂正発明1ないし18についての特許は、審判請求人が主張する無効理由1によっては、無効とすることはできない。

3 前審無効理由6ないし9についての当審の判断
(1)知的財産高等裁判所における判示
知的財産高等裁判所が、上記判決(平成28年(行ケ)第10044号)において、「第4 2 取消事由1(引用発明Cに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について」、「第4 3 取消事由2(引用発明Aに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について」、「第4 4 取消事由3(引用発明Bに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について」、「第4 5 取消事由4(本件発明2ないし18の進歩性判断の誤り)について」、「第4 6 結論」につき判示した内容は、おおよそ、以下のとおりである(判決、42?75頁を参照。)。
なお、上記「第1」における、平成28年1月4日付け審決の「一次判決」との置き換えに従い、「本件審決」は「本件審決(一次審決)」と置き換えした。また、丸数字は、「丸1」のように記載した。

「2 取消事由1(引用発明Cに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について
(1) 引用発明Cについて
ア 引用例4(当審注:前記「3」に記載した前審無効理由通知における「引用文献4」)の記載
…(略)…
イ 引用発明Cについて開示された事項
…(略)…
(2) 引用発明Cの認定
ア …(略)…
イ そして、前記(1)によれば、引用例4には、本件審決(一次審決)が認定した前記第2の3(6)アのとおり引用発明Cが記載されていることが認められる。
(当審注:引用発明Cは、次のとおりである。
「InSb基板と、
InSb基板側から、p^(+)InSb層、p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層、π-InSb層及びn^(+)InSb層を積層した積層体と、
p^(+)InSb層上に形成されたp側電極と、
n^(+)InSb層に形成されたn側電極と、
を備えた、InSb赤外線検出器であって、
p^(+)InSb層は、2×10^(18)cm^(-3)の典型的なレベルにベリリウムを使用してドープされ、厚さが1μmの層であり、
p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層は、2×10^(18)cm^(-3)の典型的なレベルにベリリウムを使用してドープされ、厚さが0.02μmの層であり、
π-InSb層は、意図的にドープされておらず、厚さが1.3μmの層であり、
n^(+)InSb層は、2×10^(18)cm^(-3)の電気的レベルにシリコンを使用してドープされ、厚さが1μmの層であり、
p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層のバンドギャップが、n^(+)InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きく、
比検出能力が、室温でバイアスなしに2×10^(9)cmHz^(1/2)w^(-1)以上である、
赤外線検出器。」)
よって、本件審決(一次審決)の引用発明Cの認定に誤りはない。
…(略)…
(3) 本件発明1と引用発明Cとの対比
…(略)…
そして、本件発明1と引用発明Cには、本件審決(一次審決)が認定した前記第2の3(6)ウのとおり、相違点c-1ないしc-3があることは当事者間に争いがない。
よって、本件審決(一次審決)の本件発明1と引用発明Cとの一致点及び相違点の認定に、誤りはない。
(4) 相違点c-1について
ア …(略)…
イ 実質的相違点、設計事項
(ア) 引用発明Cのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は、前記(1)ア(ウ)、(エ)のとおり、「近真性p」としての性質を示し、かつ、「Undoped」とされているから、その性質は、実質的に真性半導体に近く、p型としての性質は、結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって、ドーパントはなるべく除去されているものと認められる。
…(略)…
(イ) したがって、ドーパントがなるべく除去されている引用発明Cの第2の化合物半導体層を、本件発明1の濃度の程度までp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、…(略)…された引用発明Cの構成を変更するものであるから、当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。
ウ 周知技術の適用
(ア) 被告主張に係る周知技術について
被告は、…(略)…から、「丸1」光吸収層の…、「丸2」…、「丸3」…、「丸4」…ことが、光吸収層における周知技術と認められる旨主張する。
…(略)…
したがって、被告の主張に係る前記周知技術のうち、少なくとも前記「丸1」及び「丸2」の周知技術は認めることができない。なお、…(略)…
(イ) 本件審決(一次審決)が認定した周知技術について
a 本件審決(一次審決)は、…(略)…本件特許の出願日当時、周知だったと認定した。
一方、…(略)…
e 本件審決(一次審決)が認定した周知技術の検討
(a)…(略)…
(b)…(略)…
(c) 以上のとおり、赤外線検出器の検出能力を向上させるために、光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませるのは、光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものであって、また、それによって生じ得る現象を考慮しなければならない。
そうすると、本件審決(一次審決)が認定するように、赤外線検出器において、おおよそ雑音を低減する手段として、光吸収層にp型ドーピングを行うことが、本件特許の出願日当時、周知であったと認めることはできない。
(ウ) 本件特許の出願日当時の周知技術
a 前記(イ)e(b)によれば、本件特許の出願日当時、周知であったと認められる技術事項は、甲5ないし7から、赤外線検出器(InSbデバイス)は、一般的に、光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませることにより、それによって生じ得る現象を考慮しなければならないものの、光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減させることによって、その検出能力を向上させることができるという技術事項にとどまるというべきである(以下、この技術事項を「本件周知技術」という。)。
b 被告の主張について
…(略)…
(エ) 本件周知技術の適用
a 動機付け
…(略)…
そうすると、本件周知技術が、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し、引用発明Cは、バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており、そのような課題を有しないから、光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また、光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって、一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても、それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから、当業者は、上記のような課題を有しない引用発明Cの光吸収層に、あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
したがって、引用発明Cに、本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
b 阻害要因
前記(1)イ(ウ)のとおり、引用発明Cの赤外線検出器は、ワイドギャップ領域を設けることにより、すなわち、…(略)…伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより、…(略)…検出能力を向上させるというものである。
一方、本件周知技術は、光吸収層に、伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ、その場合には、…(略)…ΔEcは、p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
そうすると、…(略)…引用発明Cの作用は、本件周知技術を適用することにより、阻害されることになる。、
したがって、引用発明Cに、本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。
c 被告の主張について
…(略)…
(オ) よって、引用発明Cに周知技術を適用することにより、相違点c-1に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(5) 相違点c-3について
…(略)…
そして、前記(4)のとおり、…ということはできないから、第3の化合物半導体層が、第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有するということもまた、当業者が容易に想到することができたということはできない。
よって、引用発明Cにおいて、相違点c-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(6) 小括
以上によれば、引用発明Cにおいて、相違点c-1及び相違点c-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到することはできないから、相違点c-2について判断するまでもなく、本件発明1は、当業者が引用発明Cに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。
よって、取消事由1は理由がある。
3 取消事由2(引用発明Aに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について
(1) 引用発明Aについて
ア 引用例1(当審注:前記「3」に記載した前審無効理由通知における「引用文献1」)の記載
…(略)…
イ 引用発明Aについて開示された事項
…(略)…
(2) 引用発明Aの認定
ア …(略)…
イ そして、前記(1)アによれば、引用例1には、次のとおり引用発明Aが記載されていることが認められる(なお、本件審決(一次審決)と異なる箇所は下線部のとおりである。)。
Si基板と、Si基板側から、GaAsバッファー層、n^(+)InSb層、π-InSb層及びp^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層が積層された積層構造とを備えた、赤外線検出器であって、p^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層のバンドギャップが、n^(+)InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きく、室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である、赤外線検出器。
ウ なお、本件審決(一次審決)は、…(略)…を認定していないものの、この点を、本件発明1との相違点a-1として認定しているから、かかる引用発明Aの認定の相違は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(3) 本件発明1と引用発明Aとの対比
…(略)…
よって、本件審決(一次審決)の本件発明1と引用発明Aとの一致点及び相違点の認定に、誤りはない。
(4) 相違点a-3について
ア …(略)…
イ 実質的相違点、設計事項
(ア) 引用発明Aのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は、前記(1)ア(エ)のとおり、意図しないドーピングにより「真性p」に近く、かつ、「intrinsic」とされているから、その性質は、実質的に真性半導体に近く、p型としての性質は、結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって、ドーパントはなるべく除去されているものと認められる。
そして、引用例1は、前記(1)ア(エ)のとおり、ナローバンドギャップ半導体であるInSbを材料とする赤外線検出器が冷却される必要があるとした上で、第3の化合物半導体層に、広いバンドギャップを有するAlInSbを用い、また、第2の化合物半導体層には真性pに近い性質を有するInSbを用いた赤外線検出器を対象に、エネルギーバンド図も示しつつ、考察するものである。…(略)…引用例1には、(1)ア(オ)のとおり、エピ層の欠陥密度を低減するために成長条件と検出器の層構造を最適化することで、検出器の性能を向上させることが可能である旨記載されている。
そうすると、引用発明Aは、…(略)…伝導帯レベル差ΔEcを前提として、各半導体層間の層構造等を調整し、結晶欠陥を低減することにより、赤外線検出器の比検出能力を向上させるものということができる。
(イ) したがって、ドーパントがなるべく除去されている引用発明Aの第2の化合物半導体層を、本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、…(略)…された引用発明Aの構成を変更するものであるから、当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。
ウ 周知技術の適用
(ア) 前記2(4)ウ(ア)ないし(ウ)のとおり、本件特許出願日当時、周知であったと認められる技術事項は、本件周知技術のとおりである。
a 動機付け
…(略)…
そうすると、本件周知技術が、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し、引用発明Aは、バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており、そのような課題を有しないから、光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また、光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって、一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても、それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから、当業者は、上記のような課題を有しない引用発明Aの光吸収層に、あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
したがって、引用発明Aに、本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
b 阻害要因
引用例1には、…(略)…、引用発明Aにおいては、…(略)…伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより、…(略)…検出能力を向上させるというものである。
一方、本件周知技術は、光吸収層に、伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ、その場合には、…(略)…伝導帯レベル差ΔEcは、p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
そうすると、…(略)…引用発明Aの作用は、本件周知技術を適用することにより、阻害されることになる。、
したがって、引用発明Aに、本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。
c 被告の主張について
…(略)…
(ウ) よって、引用発明Aに周知技術を適用することにより、相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(5) 相違点a-4について
…(略)…
そして、前記(4)のとおり、…(略)…ということはできないから、第3の化合物半導体層が、第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有するということもまた、当業者が容易に想到することができたということはできない。
よって、引用発明Aにおいて、相違点a-4に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(6) 小括
以上によれば、引用発明Aにおいて、相違点a-3及び相違点a-4に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到することはできないから、相違点a-1及び相違点a-2について判断するまでもなく、本件発明1は、当業者が引用発明Aに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。
よって、取消事由2は理由がある。
4 取消事由3(引用発明Bに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について
(1) 引用発明Bについて
ア 引用例3(当審注:前記「3」に記載した前審無効理由通知における「引用文献3」)の記載
…(略)…
イ 引用発明Bについて開示された事項
…(略)…
(2) 引用発明Bの認定
前記(1)によれば、引用例3には、本件審決(一次審決)が認定した前記第2の3(4)アのとおり引用発明Bが記載されていることが認められる。
(当審注:引用発明Bは、次のとおりである。
「InSb基板と、
InSb基板側から、n^(+)InSb層、n^(-)InSb層、p^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層及びp^(+)InSb層を積層した積層体とを備えた、赤外線検出器であって、
n^(+)InSb層、n^(-)InSb層及びp^(+)InSb層における、各層のドーピングレベルは、それぞれ、約3×10^(18)cm^(-3)、2×10^(15)cm^(-3)及び2×10^(15)cm^(-3)であり、
p^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層のバンドギャップが、n^(+)InSb層及びn^(-)InSb層のバンドギャップよりも大きい、
赤外線検出器。」
(3) 本件発明1と引用発明Bとの対比
本件発明1と引用発明Bは、本件審決(一次審決)が認定したとおり、前記第2の3(4)イの点で一致し、前記第2の3(4)ウのとおり相違する。
よって、本件審決(一次審決)の本件発明1と引用発明Bとの一致点及び相違点の認定に、誤りはない。
(4)相違点b-2について
ア …(略)…
イ 実質的相違点、設計事項
(ア) …(略)…
そして、引用発明Bは、従来の基本的なInSbを材料とするp^(+)-n-n^(+)構造を前提に、p^(+)層とn層との間に、In_(1-x)Al_(x)Sbの薄層領域を導入することにより、電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁を与えたものであるところ、引用例3には、In_(1-x)Al_(x)Sbの薄層領域を導入するに当たり、当該薄層とn^(-)InSbとのエネルギーバンドギャップが適当なものになるよう、当該薄層のp型ドーピングの濃度を調整している(前記(1)ア(ウ))。
そうすると、引用発明Bは、…(略)…伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであって、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度は、…(略)…伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ、赤外線検出器の比検出能力を向上させるために調整される要因であることは明らかである。
(イ) したがって、…(略)…引用発明Bの第2の化合物半導体層を、本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、…(略)…された引用発明Bの構成を変更するものであるから、当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。
ウ 周知技術の適用
(ア) 前記2(4)ウ(ア)ないし(ウ)のとおり、本件特許出願日当時、周知であったと認められる技術事項は、本件周知技術のとおりである。
a 動機付け
…(略)…
そうすると、本件周知技術が、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し、引用発明Bは、バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており、そのような課題を有しないから、光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また、光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって、一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても、それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから、当業者は、上記のような課題を有しない引用発明Bの光吸収層に、あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
したがって、引用発明Bに、本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
b 阻害要因
引用発明Bの赤外線検出器は、第3の化合物半導体層(In_(1-x)Al_(x)Sb層)に、第2の化合物半導体層(InSb層)よりも、Egが広い材料を採用することにより、電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁を伝導帯に設けて、第2の化合物半導体層から第3の化合物半導体層への電子の拡散を抑えるものである。(前記(1)イ(ウ))
一方、本件周知技術は、光吸収層に、伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるものであるところ、その場合には、…(略)…ポテンシャル障壁(伝導帯レベル差ΔEc)は、p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
そうすると、…(略)…引用発明Bの作用は、本件周知技術を適用することにより、阻害されることになる。
したがって、引用発明Bに、本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべき。
c 被告の主張について
…(略)…
(ウ) よって、引用発明Bに周知技術を適用することにより、相違点b-2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(5) 相違点b-3について
…(略)…
そして、前記(4)のとおり、第3の化合物半導体層が、第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有するということもまた、当業者が容易に想到することができたということはできない。
よって、引用発明Bにおいて、相違点b-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(6) 小括
以上によれば、引用発明Bにおいて、相違点b-2及び相違点b-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到することはできないから、相違点b-1について判断するまでもなく、本件発明1は、当業者が引用発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。
よって、取消事由3は理由がある。
5 取消事由4(本件発明2ないし18の進歩性判断の誤り)について
(1) 本件発明2ないし12
本件発明2ないし12は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、当業者が引用発明AないしCに基づいて、容易に発明をすることができたということはできない。
(2) 本件発明13
…(略)…
したがって、本件発明13は、当業者が、引用発明A’ないしC’に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。
(3) 本件発明14ないし18
本件発明14ないし18は、本件発明13の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、当業者が引用発明A’ないしC’に基づいて、容易に発明をすることができたということはできない。
(4) よって、取消事由4は理由がある。
6 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由があるから、原告の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。」

そして、上記判決は、行政事件訴訟法第33条第1項の規定により、本件特許無効審判事件について、当合議体を拘束する。

以下では、最初に(2)で「前審無効理由9」について、次に(3)で「前審無効理由6、7」について、最後に(4)で「前審無効理由8」について検討する。

(2)前審無効理由通知における前審無効理由9について
ア 引用文献4の記載及び引用文献4に記載された発明
引用文献4の記載より、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用文献4には、次の発明(以下「引用発明C」という。)が記載されているものと認める。

「InSb基板と、
InSb基板側から、p^(+)InSb層、p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層、π-InSb層及びn^(+)InSb層を積層した積層体と、
p^(+)InSb層上に形成されたp側電極と、
n^(+)InSb層に形成されたn側電極と、
を備えた、InSb赤外線検出器であって、
p^(+)InSb層は、2×10^(18)cm^(-3)の典型的なレベルにベリリウムを使用してドープされ、厚さが1μmの層であり、
p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層は、2×10^(18)cm^(-3)の典型的なレベルにベリリウムを使用してドープされ、厚さが0.02μmの層であり、
π-InSb層は、意図的にドープされておらず、厚さが1.3μmの層であり、
n^(+)InSb層は、2×10^(18)cm^(-3)の電気的レベルにシリコンを使用してドープされ、厚さが1μmの層であり、
p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層のバンドギャップが、n^(+)InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きく、
比検出能力が、室温でバイアスなしに2×10^(9)cmHz^(1/2)w^(-1)以上である、
赤外線検出器。」

また、引用文献4の記載より、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用文献4には、次の発明(以下「引用発明C’」という。)が記載されているものと認める。

「InSb基板側から、p^(+)InSb層、p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層、π-InSb層及びn^(+)InSb層を積層した積層体を備えた、室温における比検出能力が、室温でバイアスなしに2×10^(9)cmHz^(1/2)w^(-1)以上の赤外線検出器の製造方法であって、
InSb基板上に、厚さが1μmのp^(+)InSb層を積層する工程と、
p^(+)InSb層上に、厚さが0.02μmのp^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層を積層する工程と、
p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層上に、意図的にドープされていない厚さが1.3μmのπ-InSb層を積層する工程と、
π-InSb層上に、厚さが1μmのn^(+)InSb層を積層する工程と、
p^(+)InSb層にp側電極、n^(+)InSb層にn側電極を形成する工程と、
を有し、
p^(+)InSb層及びp^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層を積層する工程では、2×10^(18)cm^(-3)の典型的なレベルにベリリウムを使用してドープし、
n^(+)InSb層を積層する工程では、2×10^(18)cm^(-3)の電気的レベルにシリコンを使用してドープし、
p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層のバンドギャップが、π-InSb層及びn^(+)InSb層のバンドギャップよりも大きい、
赤外線検出器の製造方法。」

イ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と引用発明Cとの対比
一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、本件訂正発明1と引用発明Cとの一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりである。

<一致点>
「基板と、
該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって、
前記化合物半導体の積層体は、
インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、
InSbである第2の化合物半導体層と、
高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(0.15)In_(0.85)Sbの第3の化合物半導体層と、
を備え、
前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)であり、
前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)である、赤外線センサ。」

<相違点c-1>
InSbである第2の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明1は、
a 「p型ドーピングされた」ものであって、
b 「p型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」であるのに対して、
引用発明Cは、「意図的にドープされておらず」、「π-InSb」である点。

<相違点c-2>
積層体の積層順に関して、
本件訂正発明1は、基板上に、第1の化合物半導体層、第2の化合物半導体層、第3の化合物半導体層の順で形成されているのに対して、
引用発明Cは、基板上に、p^(+)InSb層、p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層、π-InSb層及びn^(+)InSb層の順で積層され、本件訂正発明1と積層順が逆である点。

<相違点c-3>
第3の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明1は、「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ」ているのに対し、
引用発明Cは、第3の化合物半導体層(p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層)は、高濃度にp型ドーピングされているものの、第2の化合物半導体層(π-InSb層)は、意図的にドープされていないから、本件訂正発明1の上記関係を有するものとは言えない点。

(イ)相違点についての判断
a 相違点c-1について
引用発明Cにおいて、相違点c-1に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。

(a) 実質的相違点、設計事項であるかについて
先ず、引用発明Cにおいて、相違点c-1は実質的相違点であるか否かについて、及び仮にそうでないとしても、相違点c-1に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が適宜なし得る設計事項であるかについて、以下において検討する。

前記(1)の判決において判示した内容のとおり、引用発明Cのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は、「近真性p」としての性質を示し、かつ、「Undoped」とされているから、その性質は、実質的に真性半導体に近く、p型としての性質は、結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって、ドーパントはなるべく除去されているものと認められる。
そして、引用文献4には、前記(1)の判決において判示した内容のとおり、引用発明Cに係る赤外線検出器について、「前記バンド構造は、コンタクト領域から各々の少数キャリアの移動をほとんど生じさせず、それゆえ付加的なノイズもほとんど生じさせない」と記載されている。
そうすると、判決が認定したとおり、引用発明Cは、第2の化合物半導体層のドーパントをなるべく除去した上で、第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであるから、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度は、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ、比検出能力を向上させるために調整される要因であることは明らかである。

したがって、判決が認定したとおり、ドーパントがなるべく除去されている引用発明Cの第2の化合物半導体層を、本件発明1の濃度の程度までp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、本件訂正発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ、比検出能力を向上させるために調整された引用発明Cの構成を変更するものであるから、当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。

(b) 周知技術の適用について
(b-1) 本件特許の出願日当時の周知技術
判決が認定したとおり、光吸収層のドーピングについて、引用例3、引用例4、甲5、甲6には、光吸収層のドーピングの調整によって、量子効率の最大化、ライフタイムの最大化、ノイズの最小化、熱によるキャリア生成に対する光によりキャリア生成の最大化、熱生成-再結合が起こる領域の最小化、オージェ再結合の抑制が図られる旨記載されており、また、甲7には、オージェ制限のある光検出器の検出能力の最大化は、p型ドーピングによって実現できる旨記載されている。
そうすると、判決が認定したとおり、赤外線検出器の検出能力を向上させるためには、その目的に応じて、光吸収層のドーピングを調整することが必要であるというべきである。

したがって、判決が認定したとおり、本件特許の出願日当時、周知であったと認められる技術事項は、甲5ないし7から、赤外線検出器(InSbデバイス)は、一般的に、光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませることにより、それによって生じ得る現象を考慮しなければならないものの、光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減させることによって、その検出能力を向上させることができるという技術事項(前記(1)の判決において判示した内容の「本件周知技術」)というべきである。

(b-2) 本件周知技術の適用
(b-2-1) 動機付け
本件周知技術において、光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませるのは、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。
これに対して、引用発明Cは、赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目し、かかる観点から、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間のドーピングの型やドーピング濃度を調整したものであって、また、引用発明Cの第2の化合物半導体層のドーパントはなるべく除去されたものである。
そうすると、判決が認定したとおり、本件周知技術が、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し、引用発明Cは、バリア層として伝導帯レベル差ΔEcを有しており、そのような課題を有しないから、光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また、光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって、一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても、それによって生じうる現象を考慮することも必要であるから、当業者は、上記のような課題を有しない引用発明Cの光吸収層に、あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
したがって、判決が認定したとおり、引用発明Cに、本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
(b-2-2) 阻害要因
引用発明Cの赤外線検出器は、ワイドギャップ領域を設けることにより、すなわち、ドーパントがなるべく除去された第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより、キャリアの熱生成レートを非常に小さくするとともに、コンタクト部におけるキャリア生成から活性領域を隔離することによって、検出能力を向上させるというものである。
一方、本件周知技術は、光吸収層に、伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ、その場合には、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcは、p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
そうすると、判決が認定したとおり、伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることによって、検出能力を向上させるという引用発明Cの作用は、本件周知技術を適用することにより、阻害されることになる。
したがって、判決が認定したとおり、引用発明Cに、本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。
よって、引用発明Cに周知技術を適用することにより、相違点c-1に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

b 相違点c-3について
前記aのとおり、引用発明Cにおいて、第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることを、当業者が容易に想到することができたということはできないから、第3の化合物半導体層が、第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有することもまた、当業者が容易に想到することができたということはできない。
よって、判決が認定したとおり、引用発明Cにおいて、相違点c-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

(ウ)本件訂正発明1についてのまとめ
以上によれば、引用発明Cにおいて、相違点c-1及び相違点c-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到することはできないから、相違点c-2について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、当業者が引用発明Cに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

ウ 本件訂正発明2ないし12について
本件訂正発明2ないし12は、本件訂正発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、当業者が引用発明Cに基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

エ 本件訂正発明13について
本件訂正発明13は、本件訂正発明1に係る赤外線センサの製造方法である。

一方、引用文献4には、上記アのとおり、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用発明C’が記載されているものと認められる。
また、本件訂正発明13と引用発明C’との一致点及び相違点は、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおりであるところ、相違点は、以下の相違点c-イ、相違点c-ハを含む。

<相違点c-イ>
InSbである第2の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明13は、
a 「p型ドーピングされた」ものであって、
b 「p型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満とし」たものであるのに対して、
引用発明C’は、「意図的にドープされておらず」、「π」である点。

<相違点c-ハ>
第3の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明13は、「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ」ているのに対し、
引用発明C’は、第3の化合物半導体層(p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層)は、高濃度にp型ドーピングされているものの、第2の化合物半導体層(π-InSb層)は、意図的にドープされていないから、本件訂正発明13の上記関係を有するものとは言えない点。

そうすると、判決が認定したとおり、上記イ(イ)a、bにおける相違点c-1、相違点c-3についての検討と同様に、引用発明C’において、相違点c-イ、相違点c-ハに係る本件訂正発明13の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

オ 本件訂正発明14ないし18について
本件訂正発明14ないし18は、本件訂正発明13の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、当業者が引用発明C’に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

カ 小括
以上のとおりであるから、本件訂正発明1ないし18についての特許は、前審無効理由通知で通知した前審無効理由9によっては、無効とすることはできない。

(3)前審無効理由通知における前審無効理由6、7について
ア 引用文献1及び引用文献2の記載(以下、両者をまとめて「METU論文」という。)並びにMETU論文に記載された発明
METU論文の記載より、判決が認定したとおり、METU論文には、次の発明(以下「引用発明A」という。)が記載されているものと認める。
なお、一次審決の認定と異なる箇所に下線を付与した。

「Si基板と、
Si基板側から、GaAsバッファー層、n^(+)InSb層、π-InSb層及びp^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層が積層された積層構造とを備えた、赤外線検出器であって、
p^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層のバンドギャップが、n^(+)InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きく、室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である、赤外線検出器。」

また、METU論文の記載より、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、METU論文には、次の発明(以下「引用発明A′」という。)が記載されているものと認める。

「Si基板側から、GaAsバッファー層、n^(+)InSb層、π-InSb層及びp^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層が積層された積層構造を備えた、赤外線検出器の製造方法であって、
Si基板上に、GaAsバッファー層を積層する工程と、
GaAsバッファー層上に、n^(+)InSb層を積層する工程と、
n^(+)InSb層上に、π-InSb層を積層する工程と、
π-InSb層上に、n^(+)InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きいp^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層を積層する工程と、
を有する赤外線検出器の製造方法。」

イ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と引用発明Aとの対比
一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、本件訂正発明1と引用発明Aとの一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりである。

<一致点>
「基板と、
該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備えた赤外線センサであって、
前記化合物半導体の積層体は、
該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、
該第1の化合物半導体層上に形成され、InSbである第2の化合物半導体層と、
該第2の化合物半導体層上に形成された、高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(0.1)In_(0.9)Sbの第3の化合物半導体層と、
を備える、赤外線センサ。」

<相違点a-1>
赤外センサの特性に関して、
本件訂正発明1は、「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して、
引用発明Aは、室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である点。

<相違点a-2>
第1の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明1は、「n型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上」であるのに対して、
引用発明Aは、n^(+)型ではあるものの、n型ドーピング濃度が不明である点。

<相違点a-3>
第2の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明1は、
a 「p型ドーピングされた」ものであって、
b 「p型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」であるのに対して、
引用発明Aは、π-InSbである点。

<相違点a-4>
第3の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明1は、「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ」、「p型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上」であるのに対して、
引用発明Aは、p^(+)型ではあるものの、p型ドーピング濃度が不明で、本件訂正発明1の上記関係を有するものか否か不明である点。

(イ)相違点についての判断
a 相違点a-3について
引用発明Aにおいて、相違点a-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。

(a) 実質的相違点、設計事項であるかについて
先ず、引用発明Aにおいて、相違点a-3は実質的相違点であるか否かについて、及び仮にそうでないとしても、相違点a-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が適宜なし得る設計事項であるかについて、以下において検討する。

前記(1)の判決において判示した内容のとおり、引用発明Aのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は、意図しないドーピングにより「真性p」に近く、かつ、「intrinsic」とされているから、その性質は、実質的に真性半導体に近く、p型としての性質は、結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって、ドーパントはなるべく除去されているものと認められる。
前記(1)の判決において判示した内容のとおり、そして、METU論文は、ナローバンドギャップ半導体であるInSbを材料とする赤外線検出器が冷却される必要があるとした上で、第3の化合物半導体層に、広いバンドギャップを有するAlInSbを用い、また、第2の化合物半導体層には真性pに近い性質を有するInSbを用いた赤外線検出器を対象に、エネルギーバンド図も示しつつ、考察するものである。その上で、METU論文には、エピ層の欠陥密度を低減するために成長条件と検出器の層構造を最適化することで、検出器の性能を向上させることが可能である旨記載されている。
そうすると、引用発明Aは、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを前提として、各半導体層間の層構造等を調整し、結晶欠陥を低減することにより、赤外線検出器の比検出能力を向上させるものということができる。
したがって、判決が認定したとおり、ドーパントがなるべく除去されている引用発明Aの第2の化合物半導体層を、本件訂正発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、引用発明Aの構成を変更するものであるから、当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。

(b) 周知技術の適用について
(b-1) 本件特許の出願日当時の周知技術
前記(2)イ(イ)a(b)(b-1)のとおり、本件特許の出願日当時、周知であったと認められる技術事項は、判決が認定した、本件周知技術のとおりである。

(b-2) 本件周知技術の適用
(b-2-1) 動機付け
本件周知技術において、光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませるのは、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。
これに対して、引用発明Aは、赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを前提とし、層構造等を調整することにより各半導体層間の結晶欠陥を低減したものであって、また、引用発明Aの第2の化合物半導体層のドーパントはなるべく除去されたものである。
そうすると、判決が認定したとおり、本件周知技術が、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し、引用発明Aは、バリア層として伝導帯レベル差ΔEcを有しており、そのような課題を有しないから、光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また、光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって、一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても、それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから、当業者は、上記のような課題を有しない引用発明Aの光吸収層に、あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
したがって、判決が認定したとおり、引用発明Cに、本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
(b-2-2) 阻害要因
METU論文には、第2の化合物半導体層において室温における熱生成キャリアの量が多いとした上で、第3の化合物半導体層に広いEgを有する材料を用いる旨が記載されていることからすれば、引用発明Aにおいては、ドーパントがなるべく除去された第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより、熱生成キャリアの拡散を防止し、検出能力を向上させることが前提になっているものということができる。
一方、本件周知技術は、光吸収層に、光吸収層の伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるものであるところ、その場合には、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcは、p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
そうすると、判決が認定したとおり、伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることによって、検出能力を向上させるという引用発明Cの作用は、本件周知技術を適用することにより、阻害されることになる。
したがって、引用発明Aに、本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。
よって、引用発明Aに周知技術を適用することにより、相違点a-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

b 相違点a-4について
前記aのとおり、引用発明Cにおいて、第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることを、当業者が容易に想到することができたということはできないから、第3の化合物半導体層が、第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有することもまた、当業者が容易に想到することができたということはできない。
よって、判決が認定したとおり、引用発明Cにおいて、相違点c-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

(ウ)本件訂正発明1についてのまとめ
以上によれば、本件訂正発明1と引用発明Aとを対比すると、相違点a-1ないし相違点a-4を有するから、本件訂正発明1は、引用発明Aであるとはいえない。
また、引用発明Aにおいて、相違点a-3及び相違点a-4に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到することはできないから、相違点a-1及びa-2について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、当業者が引用発明Aに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

ウ 本件訂正発明2ないし12について
本件訂正発明2ないし12は、本件訂正発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、本件訂正発明2、10は、引用発明Aであるとはいえず、また、本件訂正発明2ないし12は、当業者が引用発明Aに基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

エ 本件訂正発明13について
本件訂正発明13は、本件訂正発明1に係る赤外線センサの製造方法である。

一方、引用文献4には、上記アのとおり、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用発明A’が記載されているものと認められる。
また、本件訂正発明13と引用発明A’との一致点及び相違点は、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおりであるところ、相違点は、以下の相違点a-ハ、相違点a-ニを含む。

<相違点a-ハ>
第2の化合物半導体層及び第2の化合物半導体層を形成する工程に関して、
本件訂正発明13は、「p型ドーピングされた」ものであって、「p型ドーピング濃度を1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」とするのに対して、
引用発明A’は、πである点。

<相違点a-ニ>
第3の化合物半導体層を形成する工程に関して、
本件訂正発明13は、「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ」、「p型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上」とするのに対して、引用発明A’は、p^(+)型ではあるものの、第3の化合物半導体層(p^(+)In_(0.85)Al_(0.15)Sb層)は、高濃度にp型ドーピングされているものの、p型ドーピング濃度が不明で、本件訂正発明13の上記関係を有するものであるか否か不明である点。

そうすると、本件訂正発明13と引用発明A’とを対比すると、相違点a-ハないし相違点a-ニを有するから、本件訂正発明13は、引用発明A’であるとはいえない。
また、判決が認定したとおり、上記イ(イ)a、bにおける相違点a-3、相違点a-4についての検討と同様に、引用発明A’において、相違点a-ハ、相違点a-ニに係る本件訂正発明13の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

オ 本件訂正発明14ないし18について
本件訂正発明14ないし18は、本件訂正発明13の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、本件訂正発明14は、引用発明A’であるとはいえず、また、本件訂正発明14ないし18は、当業者が引用発明A’に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

カ 小括
以上のとおりであるから、本件訂正発明1ないし18についての特許は、前審無効理由通知で通知した前審無効理由6、7によっては、無効とすることはできない。

(4)前審無効理由通知における前審無効理由8について
ア 引用文献3の記載及び引用文献3に記載された発明
引用文献3の記載より、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用文献3には、次の発明(以下「引用発明B」という。)が記載されているものと認める。

「InSb基板と、
InSb基板側から、n^(+)InSb層、n^(-)InSb層、p^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層及びp^(+)InSb層を積層した積層体とを備えた、赤外線検出器であって、
n^(+)InSb層、n^(-)InSb層及びp^(+)InSb層における、各層のドーピングレベルは、それぞれ、約3×10^(18)cm^(-3)、2×10^(15)cm^(-3 )及び2×10^(18)cm^(-3)であり、
p^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層のバンドギャップが、n^(+)InSb層及びn^(-)InSb層のバンドギャップよりも大きい、
赤外線検出器。」

引用文献3の記載より、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用文献3には、次の発明(以下「引用発明B’」という。)が記載されているものと認める。

「InSb基板側から、n^(+)InSb層、n^(-)InSb層、p^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層及びp^(+)InSb層を積層した積層体を備えた、赤外線検出器の製造方法であって、
InSb基板上に、n^(+)InSb層を積層する工程と、
n^(+)InSb層上に、n^(-)InSb層を積層する工程と、
n^(-)InSb層上に、n^(+)InSb層及びn^(-)InSb層のバンドギャップよりも大きいp^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層を積層する工程と、
p^(+)In_(0.9)Al_(0.1)Sb層上に、p^(+)InSb層を積層する工程と、
を有し、
n^(+)InSb層、n^(-)InSb層及びp^(+)InSb層における、各層のドーピングレベルは、それぞれ、約3×10^(18)cm^(-3)、2×10^(15)cm^(-3 )及び2×10^(18)cm^(-3)である、
赤外線検出器の製造方法。」

イ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と引用発明Bとの対比
一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、本件訂正発明1と引用発明Bとの一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりである。

<一致点>
「基板と、
該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備えた赤外線センサであって、
前記化合物半導体の積層体は、
該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、
該第1の化合物半導体層上に形成された、InSbである第2の化合物半導体層と、
該第2の化合物半導体層上に形成された、高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(0.1)In_(0.9)Sbの第3の化合物半導体層と
を備え、
前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)である、
赤外線センサ。」

<相違点b-1>
赤外センサの特性に関して、
本件訂正発明1は、「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して、 引用発明Bは、そのようなものではない点。

<相違点b-2>
第2の化合物半導体層に関して、
本件訂正発明1は、
a 「p型ドーピングされた」ものであって、
b 「p型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」であるのに対して、
引用発明Bは、n^(-)InSb層であって、p型ドーピングされたものではない点。

<相違点b-3>
第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度に関して、
本件訂正発明1は、「前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ」、「p型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上である」のに対して、
引用発明Bは、第3の化合物半導体層(p^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層)は、高濃度にp型ドーピングされているものの、第2の化合物半導体層(n^(-)InSb層)は、n^(-)であるから、本件訂正発明1の上記関係を有するものとはいえない点。

(イ)相違点についての判断
a 相違点b-2について
引用発明Bにおいて、相違点b-2に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。

(a) 実質的相違点、設計事項であるかについて
先ず、引用発明Bにおいて、相違点b-2は実質的相違点であるか否かについて、及び仮にそうでないとしても、相違点b-2に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が適宜なし得る設計事項であるかについて、以下において検討する。

引用発明Bの第2の化合物半導体層は、n^(-)InSbであって、p型のドーパントは含まれていない。
前記(1)の判決において判示した内容のとおり、引用発明Bは、従来の基本的なInSbを材料とするp^(+)-n-n^(+)構造を前提に、p^(+)層とn層との間に、InAlSbの薄層領域を導入することにより、電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁を与えたものであるところ、引用文献3には、薄層領域を導入するに当たり、当該薄層とn-InSbとのエネルギーバンドギャップが適当なものになるよう、当該薄層のp型ドーピングの濃度を調整している。
そうすると、引用発明Bは、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであって、第2の化合物半導体層と第3化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度は、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ、赤外線検出器の比検出能力を向上させるために調整される要因であることは明らかである。
したがって、判決が認定したとおり、p型のドーパントは含まれていない引用発明Bの第2の化合物半導体層を、本件訂正発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは、実質的にも相違し、引用発明Bの構成を変更するものであるから、当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。

(b) 周知技術の適用について
(b-1) 本件特許の出願日当時の周知技術
前記(2)イ(イ)a(b)(b-1)のとおり、本件特許の出願日当時、周知であったと認められる技術事項は、判決が認定した、本件周知技術のとおりである。

(b-2) 本件周知技術の適用
(b-2-1) 動機付け
本件周知技術において、光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませるのは、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。
これに対して、引用発明Bは、赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであって、かかる観点から、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間のドーピングの型やドーピング濃度を調整したものである。また、引用発明Bの第2の化合物半導体層のはn型ドーピングされたものであって、p型ドーパントは含まれていない。
そうすると、判決が認定したとおり、本件周知技術が、光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し、引用発明Bは、バリア層として伝導帯レベル差ΔEcを有しており、そのような課題を有しないから、光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また、光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって、一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても、それによって生じうる現象を考慮することも必要であるから、当業者は、上記のような課題を有しない引用発明Bの光吸収層に、あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
したがって、判決が認定したとおり、引用発明Bに、本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
(b-2-2) 阻害要因
引用発明Bの赤外線検出器は、第3の化合物半導体層(In_(1-x)Al_(x)Sb層)に、第2の化合物半導体層(InSb層)よりも、エネルギーギャップが広い材料を採用することにより、電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁を伝導帯に設けて、第2の化合物半導体層から第3の化合物半導体層への電子の拡散を抑えるものである。
一方、本件周知技術は、光吸収層に、伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるものであるところ、その場合には、第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcは、p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
そうすると、判決が認定したとおり、伝導帯レベル差ΔEcを設けることによって、検出能力を向上させるという引用発明Bの作用は、本件周知技術を適用することにより、阻害されることになる。
したがって、引用発明Bに、本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべき。
よって、判決が認定したとおり、引用発明Bに周知技術を適用することにより、相違点b-2に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

b 相違点b-3について
前記aのとおり、引用発明Bにおいて、第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることを、当業者が容易に想到することができたということはできないから、第3の化合物半導体層が、第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有することもまた、当業者が容易に想到することができたということはできない。
よって、判決が認定したとおり、引用発明Bにおいて、相違点b-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

(ウ)本件訂正発明1についてのまとめ
以上によれば、引用発明Bにおいて、相違点b-2及び相違点b-3に係る本件訂正発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到することはできないから、相違点b-1について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、当業者が引用発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

ウ 本件訂正発明2ないし12について
本件訂正発明2ないし12は、本件訂正発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、当業者が引用発明Bに基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

エ 本件訂正発明13について
本件訂正発明13は、本件訂正発明1に係る赤外線センサの製造方法である。

一方、引用文献3には、上記アのとおり、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおり、引用発明B’が記載されているものと認められる。
また、本件訂正発明13と引用発明B’との一致点及び相違点は、一次審決が認定し、判決もこれを容認したとおりであるところ、相違点は、以下の相違点b-ロ、相違点b-ハを含む。

<相違点b-ロ>
第2の化合物半導体層を形成する工程に関して、
本件訂正発明13は、「p型ドーピング濃度を1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満」とするのに対して、
引用発明B’は、n^(-)InSb層であって、p型ドーピングされたものではない点。

<相違点b-ハ>
第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度に関して、
本件訂正発明13は、「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ」、「p型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上とする」のに対して、
引用発明B’は、第3の化合物半導体層(p^(+)Al_(0.1)In_(0.9)Sb層)は、高濃度にp型ドーピングされているものの、第2の化合物半導体層(n^(-)InSb層)は、n^(-)であるから、本件訂正発明13の上記関係を有するものとは言えない点。

そうすると、判決が認定したとおり、上記イ(イ)a、bにおける相違点b-2、相違点b-3についての検討と同様に、引用発明B’において、相違点b-ロ、相違点b-ハに係る本件訂正発明13の構成を備えるようにすることを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

オ 本件訂正発明14ないし18について
本件訂正発明14ないし18は、本件訂正発明13の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付したものであるから、当業者が引用発明B’に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

カ 小括
以上のとおりであるから、本件訂正発明1ないし18についての特許は、前審無効理由通知で通知した前審無効理由8によっては、無効とすることはできない。

(5)前審無効理由6ないし9についてのまとめ
以上のとおり、本件訂正発明1ないし18についての特許は、前審無効理由6ないし9によっては、無効とすることはできない。

第8 むすび
以上のとおり、無効理由1ないし5及び前審無効理由6ないし9にはいずれも理由がなく、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件訂正発明1ないし18についての特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
赤外線センサIC、赤外線センサ及びその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線検知の分野、特に長波長帯の放射エネルギーを検知するような赤外線センサ、例えば人感センサの技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に赤外線センサには、赤外線エネルギーを吸収することによって発生する温度変化を利用する熱型(焦電素子やサーモパイルなど)と、入射した光エネルギーで励起された電子によって生じる導電率の変化や起電力を利用する量子型とがある。熱型は室温動作が可能だが、波長依存性がなく、低感度で応答性が遅いという欠点がある。一方、量子型は低温に冷却する必要があるが、波長依存性があり、高感度で応答速度も速いという特徴を有している。
【0003】
赤外線センサの応用は、人を検知することによって、照明やエアコン、TVなどの家電機器の自動オンオフを行う人感センサや、防犯用の監視センサなどが代表的な例である。最近、省エネルギーや、ホームオートメーション、セキュリティシステム等への応用で非常に注目されてきた。
【0004】
人感センサとして現在使われている赤外線センサは、焦電効果を利用した焦電型赤外線センサである。焦電型赤外線センサは、非特許文献1に示されているように、その焦電素子のインピーダンスがきわめて高いために、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けやすい。そのため、金属Canパッケージなどのシールドが必須になる。また、I-V変換回路に大きなRやCが必要であり、小型化が困難となっている。
【0005】
一方、量子型の赤外線センサとしては、HgCdTe(MCT)やInSb系がその代表的な材料として利用されてきた。MCTやInSb系を用いる場合、センサ部を液体窒素や液体ヘリウム、あるいはペルチェ効果を利用した電子冷却等で冷却する必要がある。一般に、冷却された量子型赤外線センサでは、焦電センサの100倍以上の高感度化を達成できる。また、素子抵抗は数10?数100Ωと小さく、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響は受けにくい。ただし、パッケージについては低温に冷却する必要があるため、頑丈な金属パッケージが使われている。
【0006】
さらに、量子型赤外線センサの中でも、MCTは最も高感度であるが、それに用いられるHgの蒸気圧は高い。そのため、結晶成長時の組成制御性や再現性が難しく、均一な膜が得られにくい。また素子化プロセスにおいても機械的強度が弱く、Hgの拡散や抜け出しという問題をかかえている。
【0007】
InSb系については、検出すべき波長にあわせてInAs_(x)Sb_(1-x)の混晶が検討されている。例えば、InSb基板を用いてその上にInSbの一部をAsに置換してエピタキシャル成長する方法(特許文献1参照)などが試みられている。
【0008】
さらに、読み出しおよび信号処理回路が集積化された基体の上に、赤外線センサ部を成長させたモノリシック構造が提案されている(特許文献2参照)。しかし、信号処理回路上に赤外線センサ部である化合物半導体薄膜を成長させる技術はきわめて難しく、実用的なデバイスとして応用可能な膜質は容易には得られない。また、信号処理回路を動作させたときに発生する熱が、その上にモノリシック形成された赤外線センサ部に熱ゆらぎのノイズとなって誤信号を与えてしまうことが問題となる。従って、この熱ゆらぎの影響を抑制するため、センサ全体を液体窒素等で冷却させることが必須となる。このような冷却は、一般の家電や照明用の人感センシングの用途には適さない。
【0009】
【特許文献1】特開昭53-58791号公報
【特許文献2】特開平2-502326号公報
【非特許文献1】松井邦彦著「センサ活用141の実践ノウハウ」CQ出版、2001年5月20日、p56
【非特許文献2】A.G.Thompson and J.C.Woolley,Can.J.Phys.,45,255(1967)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、室温での動作が可能であり、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響も受けにくい超小型の、赤外線センサICを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するため、素子抵抗の小さな化合物半導体センサ部と該化合物半導体センサ部から出力される電気信号を処理する集積回路部を同一パッケージ内でハイブリッド形成させることにより、室温で検知できることを見出し、本発明をなすに至った。さらに本発明一実施形態に係る赤外線センサは、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくいという特徴を有することを見出した。さらに、本発明の一実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部は、素子抵抗が小さいため、化合物半導体センサ部から出力される信号処理回路におけるRやCを小さくでき、従ってセンサモジュールとしたときのICの小型化が可能となる。
【0012】
さらに、本発明の一実施形態に係る赤外線センサICは、赤外線センサ部と集積回路部とを別々に製作できるので、デバイスプロセスはそれぞれに適したプロセスを利用できる。また、赤外線センサ部と集積回路部とはハイブリッド形成されているために、モノリシック構造で問題となった集積回路部からの発熱の影響を受けにくい。従って本発明の一実施形態に係る赤外線センサICは冷却する必要がないという大きな特徴を有している。
【0013】
すなわち、本発明における第1の実施形態の赤外線センサICは、基板上に薄膜成長されたインジウムおよびアンチモンを含む化合物半導体層を有し、該化合物半導体層により赤外線を検知して該検知を示す電気信号を出力する化合物半導体センサ部と、前記化合物半導体センサ部から出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え、前記化合物半導体センサ部及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されていることを特徴とする。
【0014】
本発明の第2の実施形態の赤外線センサICは、本発明の第1の実施形態の赤外線センサICにおいて、前記化合物半導体センサ部は、基板と、該基板上に、格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をはさんで形成された化合物半導体層とを備えることを特徴とする。また、前記バッファ層は、AlSb、AlGaSb、AlGaAsSb、AlInSb、GaInAsSb、AlInAsSbのいずれかであってもよい。
【0015】
本発明の第3の実施形態の赤外線センサICは、本発明の第1及び第2の実施形態の赤外線センサICにおいて、前記化合物半導体層が、第一化合物半導体層の単層からなり、かつ該第一化合物半導体層が、InSb、InAsSb、InSbBi、InAsSbBi、InTlSb、InTlAsSb、InSbN、InAsSbNのいずれかであることを特徴とする。ここで、前記第一化合物半導体層が、p型ドーピングされていてもよい。
【0016】
本発明の第4の実施形態の赤外線センサICは、本発明の第1及び第2の実施形態の赤外線センサICにおいて、前記化合物半導体層が、インジウム及びアンチモンを含む材料である第二化合物半導体層と、該第二化合物半導体層上に該第二化合物半導体層とヘテロ接合するように形成された、アンチモンを含み、かつ前記第二化合物半導体層とは異なる材料である第三化合物半導体層とを備えることを特徴とする。ここで、前記第三化合物半導体層/前記第二化合物半導体層の組み合わせが、GaSb/InSb、GaInSb/InSb、InSb/InAsSb、GaSb/InAsSb、GaInSb/InAsSbのいずれかであってもよい。また、前記第二化合物半導体層と前記第三化合物半導体層との両方、もしくは、前記第三化合物半導体層のみが、p型ドーピングされていてもよい。
【0017】
本発明の第5の実施形態の赤外線センサICは、本発明の第1及び第2の実施形態の赤外線センサICにおいて、前記化合物半導体層が、インジウム及びアンチモンの少なくとも一方を含む材料である第四化合物半導体層と、該第四化合物半導体層上に該第四化合物半導体層とヘテロ接合するように形成された、インジウム及びアンチモンの少なくとも一方を含み、かつ前記第四化合物半導体層とは異なる材料である第五化合物半導体層とを備え、前記第四化合物半導体層と前記第五化合物半導体層とは、周期的に積層された超格子構造であることを特徴とする。ここで、前記第五化合物半導体層/前記第四化合物半導体層の組み合わせが、InAs/GaSb、InAs/GaInSb、InAs/GaAsSb、InAsSb/GaSb、InAsSb/GaAsSb、InAsSb/GaInSbのいずれかであってもよい。
【0018】
本発明の第6の実施形態の赤外線センサICは、本発明の第1及び第2の実施形態の赤外線センサICにおいて、前記化合物半導体層が、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である化合物半導体層と、インジウム及びアンチモンを含み、p型ドーピングされた材料である化合物半導体層とを備えたp-n接合の積層体であることを特徴とする。ここで、前記積層体が、p型ドーピングされたInSb/n型ドーピングされたInSb、p型ドーピングされたInSb/p型ドーピングされたInAsSb/n型ドーピングされたInSb、p型ドーピングされたGaInSb/p型ドーピングされたInAsSb/n型ドーピングされたGaInSb、p型ドーピングされたGaInSb/p型ドーピングされたInSb/n型ドーピングされたGaInSbの中から選択されたp-n接合積層体であってもよい。
【0019】
本発明の第7の実施形態の赤外線センサは、基板と、該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、前記化合物半導体の積層体は、該基板上に形成された、インジウムおよびアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、該第1の化合物半導体層上に形成され、ノンドープあるいはp型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と、該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層とを備えることを特徴とする。前記第1の化合物半導体層はInSbであり、前記第3の化合物半導体層は、AlInSb、GaInSb、またはAlAs、InAs、GaAs、AlSb、GaSbおよびそれらの混晶のいずれかであってもよい。また、前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり、前記第2の化合物半導体層および前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであってもよい。
【0020】
また、前記化合物半導体の積層体は、前記第三の化合物半導体層上に形成された、インジウムおよびアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層をさらに備えることができる。前記第4の化合物半導体層は、InSbであってもよい。
【0021】
さらに、前記基板は、半絶縁性、または前記基板と該基板に形成された第1の化合物半導体層とが絶縁分離可能である基板であり、前記第1の化合物半導体層のうち、前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成された第1電極と、前記第3の化合物半導体層上に形成された、第2電極とをさらに備えることができる。なお、「前記第3の化合物半導体層上に形成された」とは、第3の化合物半導体層に対して第2の電極が空間的に上に形成されることを指す。すなわち、第2の電極を第3の化合物半導体層の直上に形成することに限らず、第3の化合物半導体層に他の層(例えば、第4の化合物半導体層)を形成し、該層に第2の電極を形成することも含まれる。ここで、前記基板上には、前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と、該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように、複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されていてもよい。
【0022】
本発明の第7の実施形態において、出力信号を測定する際に、前記第1および第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし、赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出すようにしてもよい。
【0023】
前記基板と、前記積層体との間に配置された、格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をさらに備えても良い。また、前記バッファ層が、AlSb、AlGaSb、AlGaAsSb、AlInSb、GaInAsSb、AlInAsSbのいずれかであっても良い。
【0024】
本発明の第8の実施形態の赤外線センサICは、本発明の第7の実施形態の赤外線センサと前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え、前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されていることを特徴とする。
【0025】
本発明の第9の実施形態の赤外線センサの製造方法は、基板上に、インジウムおよびアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と、該第第1の化合物半導体層上に、ノンドープあるいはp型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層を形成する工程と、該第2の化合物半導体層上に、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料である第3の化合物半導体層を形成する工程とを有することを特徴とする。前記第1の化合物半導体層はInSbであり、前記第3の化合物半導体層は、AlInSb、GaInSb、またはAlAs、InAs、GaAs、AlSb、GaSbおよびそれらの混晶のいずれであってもよい。また、前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり、前記第2の化合物半導体層および前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであってもよい。
【0026】
さらに、前記第3の化合物半導体層上に、インジウムおよびアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層を形成する工程をさらに有することができる。ここで、前記第4の化合物半導体層は、InSbであってもよい。また、前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであってもよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明一実施形態に係る赤外線センサICを用いれば、超小型で、室温で動作可能な人感センサを実現できるため、これまで搭載が難しかった家電などへも容易に搭載が可能となる。本発明の一実施形態に係る赤外線センサICは、これまで、冷却が前提であり、計測用途にしか応用がされてこなかった化合物半導体を用いた量子型赤外線センサを、集積回路とハイブリッド化することにより、室温での動作を可能にする。しかも素子抵抗が小さいという化合物半導体素子が電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくいという特徴を生かし、小型で安価な人感センサを実現した。本発明の一実施形態に係る赤外線センサICを用いれば、ホームエレクトロニクスやオフィスエレクトロニクスの大幅な省エネルギー化が達成でき、エネルギー・環境上の有用性は計り知れない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明について、以下で、図面を参照して具体的に説明する。なお、以下で説明する図面で、同一機能を有するものは同一符号を付け、その繰り返しの説明は省略する。
【0029】
図1は、本発明の一実施形態に係る赤外線センサICの模式図を示す。図1中、符号1は、プリント基板(もしくはリードフレーム)、2は化合物半導体センサ部、3は集積回路部、4aはプリント基板1上に形成された引き回し電極を示している。化合物半導体センサ部2及び集積回路部3、ならびに集積回路部3及び引き回し電極4aは、それぞれ各電極13間をワイヤーボンディング4bで接続されている。符号5はパッケージカバーを示している。すなわち、プリント基板1上に、化合物半導体センサ部2及び集積回路部3とがハイブリッド形成されている。
【0030】
本発明の一実施形態において、「化合物半導体センサ部」とは、入射された赤外線を検知し、その検知結果を電気信号として出力する手段、すなわち赤外線センサのことである。また、「集積回路部」とは、複数の回路素子が基板上または基板内に形成されている回路であり、化合物半導体センサ部から出力される赤外線の検知信号(電気信号)を処理して所定の演算を行う手段である。また、「ハイブリッド形成(ハイブリッドに形成する)」とは、1つの基板上に、集積回路部や化合物半導体センサ部などの素子を個別に組み合わせて、それらの素子を互いに電気的に接続して形成することである。
【0031】
本発明の一実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を形成するために用いられる基板は、一般に単結晶を成長できるものであれば何でもよく、GaAs基板、Si基板などの単結晶基板が好ましく用いられる。また、それらの単結晶基板がドナー不純物やアクセプタ不純物によってn型やp型にドーピングされていてもよい。さらに、絶縁性の基板上に成長させた後、化合物半導体センサ部を他の基板に接着剤で付けて、絶縁性基板を剥がすことも行われる。
【0032】
化合物半導体センサ部を構成する化合物半導体層は、各種の成膜方法を用いて形成される。例えば、分子線エピタキシー(MBE)法、有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法などは好ましい方法である。上記成長方法により、所望の化合物半導体層を形成する。
【0033】
化合物半導体センサ部を構成する化合物半導体層の材料として、E_(g)[eV]≦1.24/λ[μm](赤外線の波長λ=10μm)を満足するバンドギャップE_(g)を有する化合物半導体が用いられる。例えば、第一化合物半導体層としては、該半導体層にインジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含むものであればいずれを用いても良いが、中でも、InSb、InAsSb、InSbBi、InAsSbBi、InTlSb、InTlAsSb、InSbN、InAsSbNなどが好ましく用いられる。InAs_(x)Sb_(1-x)混晶のバンドギャップE_(g)は、0.58x^(2)-0.41x+0.18=E_(g)で表され、非常に大きな非線形因子がある(非特許文献2参照)。As組成比のxが0の場合、すなわちInSbは室温で約7.3μm以下の波長において感度が得られる。また、0.1≦x≦0.6の範囲においてはEg≦0.12eVとなり、10μm帯をピーク波長とした赤外線検知に対し、より適した化合物半導体層となる。さらに好ましいxの範囲は0.2≦x≦0.5である。図2に、GaAs基板6上に形成された第一化合物半導体層7の一例の断面図を示す。
【0034】
また、化合物半導体層が、第二化合物半導体層と第三化合物半導体層とからなるヘテロ構造を形成していてもよい。本発明の一実施形態に係る第二化合物半導体層としては、該半導体層にインジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含むものであればいずれを用いても良く、また、第三化合物半導体層としては、該半導体層にアンチモンを含み、かつ第二化合物半導体層とは異なる材料であれば良い。中でも、第三化合物半導体層/第二化合物半導体層の好ましい組み合わせは、GaSb/InSb、GaInSb/InSb、InSb/InAsSb、GaSb/InAsSb、GaInSb/InAsSbなどである。特にInAs_(x)Sb_(1-x)混晶のxは、上記で述べたように0.1≦x≦0.6の範囲が好ましく、さらに好ましいxの範囲は0.2≦x≦0.5である。図3に、GaAs基板6上に形成された第二化合物半導体層8/第三化合物半導体層9からなる化合物半導体センサ部2の例の断面図を示した(電極13は図示せず)。
【0035】
なお、本明細書において、記号/がある場合、記号/の左側に記載される材料は、該記号/の右側に記載される材料の上に形成されることを示す。よって、上述のように、第三化合物半導体層/第二化合物半導体層とある場合は、第二化合物半導体層上に第三化合物半導体層が形成されることを示す。
【0036】
本発明の一実施形態に係る、第一化合物半導体層、第二化合物半導体層や第三化合物半導体層は、p型ドーピングされていてもよい。p型のドーパントとしては、Be、Zn、C、Mg、Cd、Geなどが好ましく用いられる。ここで、ドーピング濃度とは、化合物半導体中にドーピングされる不純物原子の濃度である。p型ドーピング濃度としては、1×10^(16)?1×10^(17)原子/cm^(3)であり、より好ましくは、2×10^(16)?5×10^(16)原子/cm^(3)である。
【0037】
本発明の一実施形態に係る、第一化合物半導体層、第二化合物半導体層や第三化合物半導体層をp型化する効果について以下に述べる。第一化合物半導体層、第二化合物半導体層や第三化合物半導体層を化合物半導体センサ部に用いる赤外線センサは、一般に光導電型赤外線センサと呼ばれる。光導電型赤外線センサの場合、感度R_(pc)は、数1で表される。ここで、λは赤外線の波長、hはプランク定数、cは光速、ηは量子効率、lはセンサ素子の長さ、wはセンサ素子の幅、V_(b)はバイアス電圧、τはキャリアのライフタイム、dは化合物半導体層の膜厚、Nはセンサ素子のキャリア濃度、qは電子の電荷、μは電子移動度、R_(in)はセンサ素子の素子抵抗である。
【0038】
【数1】

【0039】
数1によれば、赤外線センサの高感度化のために、化合物半導体層の膜特性としては、電子移動度が大きく、素子抵抗が大きく、キャリア濃度ができるだけ小さい膜特性が求められる。本発明の一実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を構成する第一化合物半導体層や第二化合物半導体層、第三化合物半導体層は、ノンドープでn型を示す薄膜材料である。従って、キャリア濃度低減のために、それら化合物半導体層をp型ドーピングすることが好ましく行われる。膜厚については、薄いほどよいが、量子効率は膜厚が厚くなるほど大きくなるので最適値が存在する。また、素子抵抗についてもあまり大きくなると(kΩ以上)、電磁ノイズの影響を受けやすくなるため、最適値が存在する。
【0040】
化合物半導体層が、第四化合物半導体層と第五化合物半導体層とが交互に積層された超格子構造を形成することも好ましく行われる。本発明の一実施形態に係る第四化合物半導体層はインジウム(In)及びアンチモン(Sb)の少なくとも一方を含む材料であり、第五化合物半導体層としてはインジウム(In)及びアンチモン(Sb)の少なくとも一方を含み、かつ第四化合物半導体層と異なる材料であれば良い。中でも好ましい超格子構造を形成する第五化合物半導体層/第四化合物半導体層の組み合わせとしては、InAs/GaSb、InAs/GaInSb、InAs/GaAsSb、InAsSb/GaSb、InAsSb/GaAsSb、InAsSb/GaInSbなどが、高感度な赤外線センサを実現する上で、非常に好ましく用いられる。また上記化合物半導体の中で、InAs_(x)Sb_(1-x)混晶のxは、上記で述べたように0.1≦x≦0.6の範囲が好ましく、さらに好ましいxの範囲は0.2≦x≦0.5である。図4には、GaAs基板6上に第四化合物半導体層10と第五化合物半導体層11とが交互に積層された超格子構造の化合物半導体センサ部2の一例の断面図を示す(電極13は図示せず)。
【0041】
超格子構造は、Type-IIと呼ばれるバンド構造である。すなわち、超格子構造とは、第五化合物半導体層を構成する薄膜材料の伝導帯が、第四化合物半導体層を構成する薄膜材料の価電子帯の下に位置しており、バンドギャップが分離している構造である。このようなバンド構造においては、価電子帯のホールと伝導帯の電子とがそれぞれ空間的に分離される。その結果、再結合しようとするキャリアのライフタイムが長くなり、赤外線のエネルギーを電気信号として取り出す効率が向上する。よって、赤外線センサの高感度化が達成できると考えられる。
【0042】
化合物半導体層が化合物半導体の積層体、すなわちインジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含み、n型ドーピングされた化合物半導体層と、インジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含み、p型ドーピングされた化合物半導体層が積層された積層体も用いることができる。該積層体の好ましい組み合わせとしては、p型ドーピングされたInSb/p型ドーピングされたInAsSb/n型ドーピングされたInSb、p型ドーピングされたGaInSb/p型ドーピングされたInAsSb/n型ドーピングされたGaInSb、p型ドーピングされたGaInSb/p型ドーピングされたInSb/n型ドーピングされたGaInSbなどのp-n接合積層体が好ましく用いられる。またp型ドーピングされたInSb/n型ドーピングされたInSb、高濃度にp型ドーピングされたInSb/低濃度にp型ドーピングされたInSb/n型ドーピングされたInSb、n型ドーピングされたInSb/低濃度にp型ドーピングされたInSb/高濃度にp型ドーピングされたInSbといった積層体も好ましい。
【0043】
なお、本明細書において、記号/が複数ある場合も、記号/が1つある場合と同様に、複数の記号/のうち右側の記号/から左側の記号/に向けて順に、各材料が形成されることを示す。すなわち、例えば、p型ドーピングされたInSb/p型ドーピングされたInAsSb/n型ドーピングされたInSbとある場合は、n型ドーピングされたInSb上にp型ドーピングされたInAsSbが形成され、該p型ドーピングされたInAsSb上にはp型ドーピングされたInSbが形成されることを示す。
【0044】
p型ドーパントは、すでに述べたものと同様の元素が使用できる。n型ドーパントは、Si、Sn、Te、S、Seなどが好ましく用いられる。図5には、n型GaAs基板6上に化合物半導体の積層体12が形成されている化合物半導体センサ部2の一例の断面図を示す(電極13は図示せず)。図5において、化合物半導体の積層体12が、高濃度n型ドープ層12a/低濃度p型ドープ層12b/高濃度p型ドープ層12cの3層からなる例が示されている。
【0045】
なお、本発明の一実施形態において、「積層体」とは、複数の化合物半導体を積層した積層構造を有する化合物半導体の膜のことである。
【0046】
化合物半導体の積層体12は、一般に、高濃度p型ドープ層/低濃度p型ドープ層/高濃度n型ドープ層の3層構造からなっていることが好ましい。高濃度p型ドープ層のドーピング濃度は、6×10^(17)?5×10^(18)原子/cm^(3)であり、より好ましくは1×10^(18)?4×10^(18)原子/cm^(3)である。また低濃度p型ドープ層のドーピング濃度は、1×10^(16)?1×10^(18)原子/cm^(3)であり、より好ましくは1×10^(16)?1×10^(17)原子/cm^(3)である。高濃度n型ドープ層のドーピング濃度は、6×10^(17)?5×10^(18)原子/cm^(3)であり、より好ましくは1×10^(18)?4×10^(18)原子/cm^(3)の範囲である。
【0047】
一般的にp-n接合積層体を用いた赤外線センサは、光起電力型赤外線センサであり、光起電力型赤外線センサの感度R_(pv)は、数2で表される。
【0048】
【数2】

【0049】
数2によれば、赤外線センサの高感度化のためには、素子抵抗が大きく、量子効率を大きくするために素子の膜厚が厚いほど好ましい。また、p-n接合積層体の場合には、逆バイアス電圧を印加することでより効率よくキャリアを電気信号として取り出すことが可能となる。その結果として赤外線センサとしてのさらなる高感度化が達成できる。ただし、素子抵抗については、あまり大きくなると(kΩ以上)、電磁ノイズの影響を受けやすくなるため、最適値がある。また、逆バイアス電圧を印可せず、ゼロバイアスの状態で素子の解放回路電圧を測定する方法も好ましい測定方法である。これに関しては後で詳述する。
【0050】
また、これまでに述べてきた化合物半導体センサ部を構成している化合物半導体層を、基板6上に成長する際、図6に示したように適当なバッファ層14を挿入することにより、化合物半導体層(例えば、第二化合物半導体層8)の欠陥が減少し、表面の平坦性や結晶性を向上できることを見出した。バッファ層14としては、AlSb、AlGaSb、AlGaAsSb、AlInSb、GaInAsSb、AlInAsSbなどが好ましく用いられる。またp型ドーピングを行ったInSbでも良い。これらのバッファ層14は、基板6との格子定数が大きく異なっているが、成長を開始すると非常に速く格子緩和が起こり、化合物半導体層の表面が平坦化し、結晶性に優れた薄膜が得られてくることが確認できている。バッファ層14の膜厚は、基板6との格子不整合を緩和し、良好な結晶性と平坦な表面とが得られればよく、一般に100nm?1μm、好ましくは150nm?600nm程度である。バッファ層14の組成は、バッファ層14上に成長させる化合物半導体層の材料にできるだけ格子定数の近い組成を選択することが好ましい。この格子整合効果により、直接基板上に成長するよりも化合物半導体層の結晶性や平坦性、さらに界面の急峻性を大きく向上できる。
【0051】
なお、バッファ層14を、GaAs基板6上と第一化合物半導体層7との間に設けるようにしても良い。すなわち、バッファ層14をGaAs基板6と化合物半導体層との間に設けることによって、上述の通り、GaAs基板6とその上に形成される化合物半導体層との格子不整合を緩和させ、形成される化合物半導体層の結晶性等を向上させることが目的である。よって、バッファ層14上に形成される化合物半導体層は、単層であっても、複数の層であっても、複数の層の積層であってもよい。
【0052】
これらの結果、赤外線センサとしての素子特性も改善でき、高感度化や低ノイズ化が実現できる。
【0053】
化合物半導体センサ部を構成している化合物半導体層の膜厚は、単層の場合には0.5μm?10μmであり、好ましくは、0.7μm?5μm、より好ましくは1μm?4μmである。
【0054】
また、ヘテロ構造を用いる場合は、第二化合物半導体層及び第三化合物半導体層のトータルの膜厚が0.5μm?10μmであり、好ましくは、1μm?5μm、より好ましくは2μm?4μmである。
【0055】
さらに超格子構造の場合には、第四化合物半導体層及び第五化合物半導体層の1周期の膜厚は、ミニバンドが形成される程度に薄くする必要がある。その1周期の膜厚は、1nm?15nmの範囲が好ましく、より好ましくは2nm?10nm、さらに好ましくは3nm?7nmである。また超格子構造の周期は10?100周期、さらには20?50周期程度成長させることが好ましい。
【0056】
本発明の一実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を加工するプロセスは、まずメサエッチングにより、上記成長方法にて形成された化合物半導体層に対して、素子分離を行う。次いで、基板及び素子分離された化合物半導体層の表面にSiN保護膜を形成する。次いで、SiN保護膜(パッシベーション膜)に電極用の窓開けを行った後、電極13をリフトオフ法で形成する。電極13としてはAu/Tiが好ましく用いられる。ここで、Au/Tiとは、電極を形成すべき下地層上にTi、Auの順に形成することを示す。さらにダイシングを行い、化合物半導体センサ部のチップを形成する。上述のプロセスは、本発明の一実施形態に係る化合物半導体センサ部を作製する一連のプロセスフローの例である。第一化合物半導体層7を用いた化合物半導体センサ部2(光導電型赤外線センサ)の一例の断面図を図7に示す。また、p-n接合積層体12を用いた化合物半導体センサ部2(光起電力型赤外線センサ)の一例の断面図を図8に示す。
【0057】
本発明の一実施形態に係る赤外線センサICにおける集積回路部は、Si基板上に増幅回路、チョッピング回路等が組み込まれ、通常のCMOSラインで形成されるのが一般的であるが、それに限定されるものではない。
【0058】
さらに、図1に示したように、ガラスエポキシ基板などのプリント基板1上に化合物半導体センサ部2と集積回路部3とをダイボンディングし、所定の電極13をそれぞれワイヤーボンディング4bで電気的に接続させるのが本発明の赤外線センサICの一例である。
【0059】
また、図9に示したように、前記集積回路部3上に前記化合物半導体センサ部2をのせ、ワイヤーボンディングでそれぞれを電気的に接続する形態が、本発明の赤外線センサICの他の例である。図9の例のように、集積回路部3上に化合物半導体センサ部2を重ねることにより、赤外線センサICのサイズをさらに小型化することが可能になる。
【0060】
パッケージについては、波長5μm以上の赤外線、特に10μm帯付近の赤外線の透過率が高い材料であれば何でもよい。また、ポリエチレンなどの樹脂材料も膜厚を薄くすれば、パッケージカバーとして用いることができる。また、10μm帯付近の透明性が高く、かつ放熱性に優れた樹脂等も好ましく用いられる。本発明の一実施形態に係る赤外線センサICは、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくいので、金属Canパーケージなどの頑丈で高価なパッケージは必要ない。
【0061】
また、後述の実施例15に一例を示すように、プラスチックやセラミックなどで形成された中空パッケージの中に、センサ部とIC部とを配置し、ワイヤーボンディングやフリップチップボンディングにより、センサ部とIC部及びパッケージの電極をそれぞれ電気的に接続し、さらにパッケージの表面をSiなどのフィルタでカバーすることも好ましく行われる。なお、赤外線の入射方向はセンサ部の表面側からでも、裏面の基板側からでもどちらでもよい。
【0062】
さらに、本発明の一実施形態に係る赤外線センサICにおいて、人感センサとして用いる場合、人以外から発せられる光(5μm以下の近赤外や可視光など)の影響を完全に避けるため、5μm付近以下をカットするようなフィルタを取り付けることもある。また、検知する距離や方向性を定め、集光性をより高めるためにフレネルレンズを設けることも好ましく行われる。
【0063】
化合物半導体による量子型の赤外線センサは高速、高感度という優れた性質を持っていることが知られている。例えば、PN接合を持つ光ダイオード型の赤外線センサや、PN接合の間に、ノンドープかあるいは非常に低濃度にドーピングした層を挿入したPIN構造をもった光ダイオード型の赤外線センサなどは、本発明における赤外線センサICの化合物半導体センサ部として好ましく用いられる。これら量子型の赤外線センサを用いて、波長5μm以上の赤外線を室温において検知する場合、その更なる高感度化の為には、赤外線センサの漏れ電流を抑制することが重要である。例えばPN接合を持つ光ダイオード型の素子において、その漏れ電流の主な原因となっているのが拡散電流である。拡散電流は赤外線センサを構成している半導体の真性キャリア密度niの2乗に比例する。また、ni^(2)は数3で表される。
【0064】
【数3】

【0065】
ここで、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。また、N_(c)、N_(v)はそれぞれ伝導帯、及び価電子帯の有効状態密度である。また、E_(g)はエネルギーバンドギャップである。N_(c)、N_(v)、E_(g)は半導体物質固有の値である。
【0066】
すなわち、波長5μm以上の赤外線を半導体が吸収するためには、そのエネルギーバンドギャップが約0.25[eV]以下と非常に小さくなければならない。このため、室温ではその真性キャリア密度が6×10^(15)[cm^(3)]以上と大きくなり、結果として拡散電流も大きくなる。よって、漏れ電流は大きくなってしまう。従って、室温で光ダイオード型の化合物半導体赤外線センサをより高感度化する為には、赤外線検出素子部分を液体窒素やスターリングクーラーなどの機械式冷凍機、あるいはペルチェ効果を利用した電子冷却等で冷却し、真性キャリア密度を抑制する必要があった。
【0067】
本発明の一実施形態に係る化合物半導体赤外線センサ構造によれば、拡散電流を抑制する事ができる。その結果、本発明の一実施形態に係る化合物半導体赤外線センサは、室温において冷却機構無しで、更なる高感度化を実現できる。図10に本発明の一実施形態に係る化合物半導体赤外線センサの断面図を示す。以下で図10を参照しながら、その構造と動作の特徴を述べる。
【0068】
図10において、基板15に、n型ドーピングされた層(n層とも呼ぶ)である第六化合物半導体層16が形成されている。第六化合物半導体層16の所定の領域には、ノンドープあるいはp型ドーピングされた層である第七化合物半導体層17が形成されている。第七化合物半導体層17上には、第七化合物半導体層17よりも高濃度にp型ドーピングされた層(P層とも呼ぶ)であり、かつ第七化合物半導体層17よりもエネルギーバンドギャップが大きな第八化合物半導体層18が形成されている。第八化合物半導体層18、及び第六化合物半導体層16のうち第七化合物半導体層17が形成されてない領域には、電極19が形成されている。このような構成の化合物半導体赤外線センサの表面を保護するように、パッシベーション膜20が形成されている。このとき、パッシベーション膜20は、電極19上には形成されないようにする。
【0069】
図10に示す赤外線センサに赤外線を入射した場合、赤外線は光吸収層である第七化合物半導体層17において吸収され、電子正孔対を生成する。生成した電子正孔対はn層である第六化合物半導体層16とp層である第八化合物半導体層18とのポテンシャル差、すなわちビルトインポテンシャルによって分離され、電子はn層側へ、正孔はp層側へと移動し光電流となる。この時、発生した電子がPINダイオードの順方向、すなわちp層側に拡散してしまうと、光電流として取り出すことは出来ない。このPINダイオード順方向へのキャリアの拡散が拡散電流である。ここで、p層である第八化合物半導体層がエネルギーバンドギャップのより大きな材料であることで、数3に示すようにp層部分の真性キャリア密度niを小さくすることができる。よって、第七化合物半導体層17から第八化合物半導体層18への拡散電流を抑えることが出来るようになる。
【0070】
図11に、図10にて説明した化合物半導体赤外線センサのエネルギーバンド図を示す。図11において、Eは電子のエネルギーを示し、E_(F)はフェルミエネルギーを示し、E_(C)は伝導帯レベルを示し、E_(V)は価電子帯レベルを示す。また、図中の矢印は、赤外線の入射によって生成された電子の移動方向を示し、それぞれ光電流となる移動方向(矢印A)と、拡散電流となる移動方向(矢印B)とを示している。すなわち、図11に示す化合物半導体赤外線センサのエネルギーバンド図からわかるように、第八化合物半導体層18自身がp層側への電子の拡散に対するバリア層となる。一方で赤外線の入射により生成された正孔の流れは阻害しない。この効果により、漏れ電流を大幅に減少させる事ができる。さらに、赤外線の入射により発生した電子が光電流方向Aへ流れやすくなることから、取り出せる光電流が大きくなる。すなわち、センサの外部量子効率が向上する。この結果、素子の感度を飛躍的に上げることが出来る。
【0071】
また、各化合物半導体層の積層の順番は本発明の一実施形態において非常に重要である。以下で、基板上にn型ドーピングされている第六化合物半導体層をまず成長し、該第六化合物半導体層上にp型ドーピングされた第七化合物半導体層を成長し、さらに第七化合物半導体層上に第七化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ第七化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有している第八化合物半導体層を成長することの理由を説明する。まず第六化合物半導体層16は、光吸収層となる第七化合物半導体層17を基板上に結晶性良く成長させるためのバッファ層であると共に、電極とのコンタクト層となる。ここで、第六化合物半導体層16の表面積は素子の中で最も大きいため、そのシート抵抗はセンサの抵抗の主な要因となっている。一方センサの抵抗Rは熱ノイズであるジョンソンノイズの原因となる。すなわちセンサの抵抗が大きいほどノイズは大きくなる。ここで、ノイズ電圧v、センサ信号を増幅する際の増幅器のバンド幅fとすると、ジョンソンノイズは数4の様に表せる。
【0072】
【数4】

【0073】
従って、第六化合物半導体層16はシート抵抗が小さい層であることが好ましい。一般に化合物半導体は電子の移動度がホールの移動度よりも大きいため、n型ドーピングの方がp型ドーピングよりもシート抵抗を小さくすることが出来る。ゆえに第六化合物半導体層16にはn型ドーピングを行うことが好ましい。
【0074】
また、バリア層である第八化合物半導体層18をまず成長し、次に光吸収層である第七化合物半導体層17を成長した場合、拡散電流を抑制する効果は、図10に示した積層構造とは変わらないので、化合物半導体赤外線センサの構造としては好ましい。しかし、第七化合物半導体層17は結晶の格子定数の異なる第八化合物半導体層18上への格子不整合のあるヘテロ成長となる。従って、光吸収層である第七化合物半導体層17に結晶欠陥が発生しやすく、赤外線の吸収により発生した電子正孔対が対消滅を起こしやすくなる。すなわちセンサの量子効率が下がりやすくなる。ゆえにバリア層である第八化合物半導体層18は光吸収層である第七化合物半導体層17の次に成長することがより好ましい。
【0075】
上記理由により、上述の化合物半導体赤外線センサ構造は、基板15上にn型ドーピングされている第六化合物半導体層16を成長させる。次いで、該第六化合物半導体層16上の所定の領域にp型ドーピングされた第七化合物半導体層17を成長させる。さらに、第七化合物半導体層17上に第七化合物半導体層17よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ第七化合物半導体層17よりも大きなバンドギャップを有している第八化合物半導体層18を成長させる。本発明の一実施形態では、このような順番の成長方法で化合物半導体赤外線センサを形成する事が好ましい。
【0076】
また、第八化合物半導体層18上に、第八化合物半導体層18と同等か、またはそれ以上の濃度でp型ドーピングを行った第九化合物半導体層を更に続けて成長しても良い。これについては後述する。
【0077】
また、第八化合物半導体層18は、室温において拡散する電子を十分に止める事が出来るだけの、大きなバンドギャップを持つ必要がある。一般にバンドギャップをより大きくする為には、第八化合物半導体層18を、格子定数がより小さな材料とする必要がある。この結果、バンドギャップの小さい第七化合物半導体層17との格子定数差が大きくなり易く、バリア層である第八化合物半導体層18に、ヘテロ成長による結晶欠陥が発生し易くなる。この結晶欠陥は欠陥による漏れ電流の原因となる。従ってそのバンドギャップの大きさは、拡散電流抑止の効果と、第八化合物半導体層18の結晶性により決定される。これは使用する化合物半導体層の材料の組み合わせによって変化し得る。また、第七化合物半導体層17と第八化合物半導体層18との接合界面では、材料のエネルギーバンド構造の差により、図11に示すような価電子帯の跳び(スパイクともいう)が生じる。このスパイクの先が第七化合物半導体層の価電子帯よりも飛び出すようになると、赤外線の吸収により発生した正孔の流れを妨げるようになる。これを防ぐために、第八化合物半導体層18は十分なp型ドーピングを行う必要がある。
【0078】
上記赤外線センサを構成する各化合物半導体層の材料として、第六化合物半導体層16の材料としては、該半導体層にインジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含むものであればいずれを用いても良いが、好ましい材料としてはInSbが用いられる。InSbは化合物半導体の中でも特にキャリアの移動度が大きく、シート抵抗を小さくする事が出来る。また、第七化合物半導体層17の材料としては、該半導体層にインジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含むものであればいずれを用いても良いが、好ましい材料としては、InSb、InAsSb、InSbNなどが用いられる。前述のように、InAs_(x)Sb_(1-x)混晶のバンドギャップE_(g)は、0.58x^(2)-0.41x+0.18=E_(g)で表され、非常に大きな非線形因子がある。As組成比のxが0の場合、すなわちInSbは室温で約7.3μm以下の波長において感度が得られる。また、0.1≦x≦0.6の範囲においては、E_(g)≦0.12eVとなり、10μm帯をピーク波長とした赤外線検知により適した化合物半導体層となる。さらに好ましいxの範囲は0.2≦x≦0.5である。また、InSb_(1-y)N_(y)混晶(0<y<0.01)のバンドギャップは更に大きな非線形因子があり、窒素Nの組成yが僅か0.01でバンドギャップがほぼ0に近くなることが知られている。したがって、InSb_(1-y)N_(y)は、InSb(第六化合物半導体層)と格子整合に近い系で、InSbで吸収できる波長よりも、より長波長の赤外線を吸収することができる。
【0079】
なお、InAsSbやInSbNを第七化合物半導体層17として第六化合物半導体層16であるInSb層上に成長する場合、ヘテロ成長による結晶欠陥の発生を抑制するために、組成を0からx、あるいは0からyへと段階的に変化させる成長方法などが好ましく用いられる。
【0080】
第八化合物半導体層18の材料としては、バンドギャップが第七化合物半導体層17よりも大きい材料でよく、AlInSb、GaInSb、AlAs、GaAs、InAs、AlSb、GaSb、AlAsSb、GaAsSb、AlGaSb、AlGaAs、AlInAs、GaInAs、AlGaAsSb、AlInAsSb、GaInAsSb、AlGaInSb、AlGaInSb、AlGaInAsSbのいずれかが好ましい。特にAl_(z)In_(1-z)Sb混晶のバンドギャップE_(g)’はE_(g)’=0.172+1.621z+0.43z^(2)で表され、僅かなAl組成によって大きなバンドギャップを得ることが可能となる。この為、光吸収層となる第七化合物半導体層17のInSbやInAsSb等の材料と格子定数が近く、バンドギャップの大きなバリア層とすることが可能となる。ここで、好ましいzの範囲は0.01≦z≦0.7であり、より好ましくは0.1≦z≦0.5である。
【0081】
第六化合物半導体層16の膜厚は、シート抵抗を下げるためになるべく厚いほうが好ましい。ただし、第六化合物半導体層16の膜厚が厚くなると膜の成長に多大な時間を要し、かつ素子分離を行うためのメサエッチング等が困難となる。この為第六化合物半導体層16の膜厚は、好ましくは、0.3μm以上2μm以下であり、より好ましくは、0.5μm以上1μm以下である。
【0082】
また、第七化合物半導体層17の膜厚は、赤外線の吸収を増やすためになるべく厚いほうが好ましい。ただし、第七化合物半導体層17の膜厚が厚くなると第六化合物半導体層16と同様に、膜の成長に多大な時間を要し、かつ素子分離を行うためのエッチング等が困難となる。この為第七化合物半導体層17の膜厚は、好ましくは、0.5μm以上3μmであり、より好ましくは、1μm以上2μm以下である。
【0083】
また、第八化合物半導体層18の膜厚は、素子抵抗下げるためになるべく薄いほうが好ましい。ただし、電極19と第七化合物半導体層17との間でトンネルリークが発生しないだけの膜厚が必要である。この為、第八化合物半導体層18の膜厚は0.01μm以上が好ましく、より好ましくは0.02μm以上である。なお、矩形のポテンシャルバリアを仮定した場合の電子のトンネル確率Pは数5、及び数6で表される。ポテンシャルバリアの高さVを0.2eV、ポテンシャルバリアの厚さWを0.02μm、電子のエネルギーEを0.1eV、電子質量mをInSb中での有効質量と仮定したとき、トンネル確率Pは約0.002と十分に小さい。
【0084】
【数5】

【0085】
【数6】

【0086】
ここで、
【0087】
【数7】

【0088】
はプランク定数hを2πで割ったものである。
【0089】
第六化合物半導体層16のn型ドーピングの濃度は、第七化合物半導体層17とのポテンシャル差を大きくし、かつシート抵抗を下げるためになるべく大きいほうが好ましく、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であることが好ましい。また、第七化合物半導体層17は、ドーピングしないで真性半導体のままでも良いし、またはp型にドーピングしても良い。p型にドーピングする場合には、第七化合物半導体層17のp型ドーピング濃度は、第六化合物半導体層16及び第八化合物半導体層18それぞれの伝導帯と十分大きな伝導帯のバンドオフセットを取れるように調整される。ここで、第七化合物半導体層17のp型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1.0×10^(18)原子/cm^(3)未満が好ましい。また、第八化合物半導体層18のp型ドーピング濃度は、第七化合物半導体層17と第八化合物半導体層18との接合界面における価電子帯のスパイクが、赤外線の吸収により発生した正孔の流れを妨げ無いようにするため、1×10^(18)原子/cm^(3)以上が好ましい。
【0090】
また、n型ドーパントとしては、Si、Te、Sn、S、Seなどを用いることができる。中でもSnは、InSbにおいて、より活性化率が高く、シート抵抗をより下げることが可能であることから、より好ましく用いられる。また、p型ドーパントとしてはBe、Zn、Cd、C、Mg、Geなどを用いることができる。中でもZnは、InSbにおいて、より活性化率が高く、かつ毒性も低いために、より好ましく用いられる。
【0091】
また、バリア層となる第八化合物半導体18上に、さらにコンタクト層となる第九化合物半導体層を形成した素子構造とすることは、より好ましい形態である。ここで、図12には上記素子構造の断面図を示す。以下で、図12を参照しながら、上記化合物半導体赤外線センサ構造の特徴を述べる。
【0092】
バリア層となる第八化合物半導体層18は、バンドギャップが大きい材料であり、一般にキャリア移動度は小さくなってしまう。この為電極19とのコンタクト抵抗が増加し、この抵抗は前述したジョンソンノイズの原因となる。ここで、図12に示すように、第八化合物半導体層18上に形成された、第九化合物半導体層21について、電気抵抗が第八化合物半導体層18よりも小さな材料とすることで、この抵抗の増加を抑える事が出来る。また、第九化合物半導体層21は、その電気抵抗を小さくするために、十分に大きなp型ドーピングを行うことが好ましい。
【0093】
この様な第九化合物半導体層21の材料としては、該半導体層にインジウム(In)及びアンチモン(Sb)を含むものであればいずれを用いても良いが、好ましい材料としてはキャリア移動度の大きいInSbが用いられる。
【0094】
第九化合物半導体層21の膜厚は、コンタクト抵抗を下げるために十分な膜厚であれば良く、0.1μm以上2μm以下が好ましく用いられる。
【0095】
また、第九化合物半導体層21のp型ドーパントとしてはBe、Zn、Cd、C、Mg、Geなどが好ましく用いられる。中でもZnは、InSbにおいてより活性化率が高く、かつ毒性も低いために、より好ましく用いられる。またp型ドーピング濃度は、膜の抵抗を十分に小さくする必要があるため、1×10^(18)原子/cm^(3)以上が好ましい。
【0096】
さらに、上述した素子構造を特徴とする化合物半導体赤外線センサを基板15上でさらに複数個、直列接続する構造とすることがより好ましい。このように複数の単一素子が直列接続された化合物半導体センサ部の一部を示す断面図を図13に示す。また、図14は、図13に示した構造の上面図である。図14において、素子分離された単一素子としての化合物半導体赤外線センサは、基板15上で、電極19によって連続的に直列接続されている。すなわち、基板15上に連続的に直列接続された化合物半導体赤外線センサのうちあるセンサに着目すると、該センサの一方において、該センサの第六化合物半導体層16と該センサの隣に配置されたセンサの第九化合物半導体層21とが電極19により直列に電気的に接続され、かつ、該センサの他方において、該センサの第九化合物半導体層21と該センサの隣に配置されたセンサの第六化合物半導体層16とが電極19により直列に電気的に接続されている。また、直列接続の両端に位置する化合物半導体赤外線センサはそれぞれ、電極パッド22に接続されている。なお、図14において、破線は、上記構成で各センサが連続的に繰り返し接続されていることを示す。また、図14では、各素子間の電極の接続構造を分かり易くするため、パッシベーション膜20を便宜上省略している。
【0097】
本発明の一実施形態に係る、複数の化合物半導体赤外線センサを図13および図14に示すような構造とすることで、各単一素子からの出力を足し合わせることが可能となり、出力を飛躍的に向上させることが可能となる。この場合、各素子は電極19以外の部分では絶縁分離されていることが必須である。したがって、基板15は、化合物半導体薄膜の単結晶を成長できるもので、半絶縁性か、または化合物半導体薄膜部分と基板部分とが絶縁分離可能であるような基板でなければならない。また、このような基板としてさらに、赤外線を透過するような材料を用いることにより、赤外光を基板裏面から入射させることが可能となる。この場合、電極により赤外光が遮られることが無いため、素子の受光面積をより広く取ることが可能でありより好ましい。この様な基板の材料としては、半絶縁性のSiやGaAs等が好ましく用いられる。
【0098】
なお、本発明の一実施形態に係る赤外線センサを構成する、各化合物半導体層は各種の成膜方法を用いて形成される。例えば、分子線エピタキシー(MBE)法、有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法などは好ましい方法である。従って、上記各方法により、化合物半導体層の各々を所望に応じて成長させる。また、素子の加工方法としては、特に限定されない。例えば、上記各成長方法にて形成された化合物半導体層に対して、酸またはイオンミリングなどを用いて第六化合物半導体層16とコンタクトを取るための段差形成を行う。次いで、段差形成がされた化合物半導体層に対して、素子分離のためのメサエッチングを行う。次いで、SiNやSiO_(2)などのパッシベーション膜20で基板15及び素子分離された化合物半導体層の表面を覆った後、電極19部分のみを窓開けし、Au/TiやAu/Cr等の電極をリフトオフ法などで形成する。このようにして、化合物半導体センサ部のチップを形成する。
【0099】
また、上述した図10、図12に示すような単一素子の赤外線センサと、図13及び図14に示すような単一素子を複数個直列接続させた赤外線センサとを用いて赤外線をセンシングする測定方法としては、電極間に逆バイアスをかけ、信号を電流として取り出す測定が感度を向上することのできる好ましい方法である。
【0100】
一方で、この測定方法では電流を流すために1/fノイズが大きくなってしまうという問題がある。人感センサに必要な周波数領域は10Hz程度であり上記方法では化合物半導体赤外線センサを人感センサとして使用することには問題があった。
【0101】
そこで本発明者らは、上述した化合物半導体赤外線センサにおいて、電極間をゼロバイアスとし、信号を開放回路電圧として読み取る光起電力型の測定方法を採用した。この光起電力型の測定方法の場合、素子に電流が流れないため、そのノイズはジョンソンノイズのみである。従って、低周波で使用することが可能となる。またこの方法によれば、ジュール熱による素子自身の発熱が起こらないため測定誤差を極めて小さくできる。また、従来の光起電力型の測定方法では信号が小さくなってしまう。しかしながら、本発明の第7の実施形態に係る化合物半導体赤外線センサを用いることで、十分に大きな信号を得ることが可能となる。
【0102】
また、本発明の第7の実施形態に係る化合物半導体赤外線センサを、センサから出力される電気信号を処理する集積回路部と同一パッケージ内にハイブリッドに形成することで、超小型で、ノイズや温度揺らぎに強く、室温でより高感度である画期的な化合物半導体赤外線センサICを得る事ができる。
【0103】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明は、下記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々変更可能であることは言うまでもない。
【0104】
(実施例1)
MBE法により、GaAs基板上にノンドープのInAs_(0.23)Sb_(0.77)を2μm成長した。InAsSb薄膜の膜特性は、van der Pauw法で測定したところ、室温での電子移動度が、35,000cm^(2)/Vs、シート抵抗(素子抵抗)が20Ω、キャリア濃度が1×10^(17)原子/cm^(3)であった。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作製した。まず、素子分離のためにGaAs基板に形成された化合物半導体膜にメサエッチングを行った後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiN保護膜で覆った。次に形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は、35μm×115μmに設計した。実施例1の化合物半導体センサ部の断面図は、図7に示した通りである。
【0105】
増幅回路とチョッピング回路等を搭載した集積回路部は、通常のCMOSラインで作製した。その後、同一基板上に上記化合物半導体センサ部と前記集積回路部とをダイボンディングし、ワイヤーボンディングで電気的に接続した。パッケージカバーをつけて実施例1に係る赤外線センサICを完成した。
【0106】
500Kの黒体炉、光チョッピング周波数1Hz、雑音帯域幅1Hzで室温における感度を測定したところ、D^(*)=1×10^(7)cmHz^(1/2)/Wであった。ここで、D^(*)は、比検出能力を示す指標であり、S/N比が1になるために必要な入力光強度(W/Hz^(1/2))の逆数に、検出素子の受光面積の1/2乗を掛けた値で表す。実施例1に係る赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0107】
(実施例2)
MBE法により、GaAs基板上にノンドープInSbを1μm、ノンドープInAs_(0.23)Sb_(0.77)を2μm順に成長した。化合物半導体層の膜特性は、van der Pauw法で測定したところ、室温での電子移動度が51,000cm^(2)/Vs、シート抵抗(素子抵抗)が20Ω、キャリア濃度が9×10^(16)原子/cm^(3)であった。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作製した。まず、素子分離のためにGaAs基板に形成された化合物半導体膜にメサエッチングを行った後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiN保護膜で覆った。次に、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は、35μm×115μmに設計した。
【0108】
増幅回路とチョッピング回路等を搭載した集積回路部は、通常のCMOSラインで作製した。その後、同一基板上に上記化合物半導体センサ部と前記集積回路部とをダイボンディングし、ワイヤーボンディングで電気的に接続した。パッケージカバーをつけて実施例2に係る赤外線センサICを完成した。
【0109】
500Kの黒体炉、光チョッピング周波数1Hz、雑音帯域幅1Hzで室温における感度を測定したところ、D^(*)=2×10^(7)cmHz^(1/2)/Wであった。実施例2に係る赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0110】
(実施例3)
MBE法により、GaAs基板上に5nmのInAsと3nmのGaSbとを交互に50周期成長し、超格子構造を形成した。実施例3に係る超格子構造の膜特性は、van der Pauw法で測定したところ、室温での電子移動度が8,000cm^(2)/Vs、シート抵抗(素子抵抗)が90Ω、シートキャリア濃度が2.6×10^(13)原子/cm^(2)であった。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作製した。まず、素子分離のためにGaAs基板に形成された化合物半導体膜にメサエッチングを行った後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiN保護膜で覆った。次に形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は、35μm×115μmに設計した。
【0111】
増幅回路とチョッピング回路等を搭載した集積回路部は、通常のCMOSラインで作製した。その後、図9に示したように、同一基板上に集積回路をダイボンディングした後、化合物半導体センサ部を前記集積回路部上にダイボンディングし、ワイヤーボンディングで電気的に接続した。さらに、パッケージカバーをつけて実施例3に係る赤外線センサICを完成した。
【0112】
500Kの黒体炉、光チョッピング周波数1Hz、雑音帯域幅1Hzで室温における感度を測定したところ、D^(*)=1×10^(8)cmHz^(1/2)/Wと高感度を示した。実施例3に係る赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0113】
(実施例4)
MBE法により、n型GaAs基板上にn型ドーピングされたInSb(n型ドーピング濃度=3×10^(18)原子/cm^(3))を1μm、続いてp型ドーピングされたInAs_(0.23)Sb_(0.77)(p型ドーピング濃度=3.5×10^(16)原子/cm^(3))を2μm、次いでp型ドーピングされたInSb(p型ドーピング濃度=3×10^(18)原子/cm^(3))を0.5μm成長した。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作製した。まず、素子分離のためにn型GaAs基板に形成された化合物半導体膜にメサエッチングを行った後、全面(n型GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiN保護膜で覆った。次に形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は、35μm×115μmに設計した。実施例4に係る化合物半導体センサ部の断面図は、図8に示した通りである。
【0114】
増幅回路とチョッピング回路等を搭載した集積回路部は、通常のCMOSラインで作製した。その後、同一基板上に上記化合物半導体センサ部と前記集積回路部とをダイボンディングし、ワイヤーボンディングで電気的に接続した。パッケージカバーをつけて実施例4に係る赤外線センサICを完成した。
【0115】
500Kの黒体炉、光チョッピング周波数1Hz、雑音帯域幅1Hzで室温における感度を測定したところ、D^(*)=2×10^(8)cmHz^(1/2)/Wと高感度を示した。実施例4に係る赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0116】
(実施例5)
MBE法により、GaAs基板上にバッファ層としてAl_(0.5)Ga_(0.5)Sbを150nm成長した後、引き続きノンドープのInSbを0.5μm、InAs_(0.23)Sb_(0.77)を2μm成長した。InAsSb薄膜の膜特性は、van der Pauw法で測定したところ、室温での電子移動度が45,000cm^(2)/Vs、シート抵抗(素子抵抗)が40Ω、キャリア濃度が5×10^(16)原子/cm^(3)であった。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作製した。まず、素子分離のためにGaAs基板に形成された化合物半導体膜にメサエッチングを行った後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiN保護膜で覆った。次に形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は、35μm×115μmに設計した。
【0117】
増幅回路とチョッピング回路等を搭載した集積回路部は、通常のCMOSラインで作製した。その後、同一基板上に上記化合物半導体センサ部と前記集積回路部とをダイボンディングし、ワイヤーボンディングで電気的に接続した。パッケージカバーをつけて実施例5に係る赤外線センサICを完成した。
【0118】
500Kの黒体炉、光チョッピング周波数1Hz、雑音帯域幅1Hzで室温における感度を測定したところ、D^(*)=3.5×10^(7)cmHz^(1/2)/Wと高感度であった。実施例5に係る赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0119】
(実施例6)
MBE法により、GaAs基板上にノンドープInSbを1μm、p型ドーピングされたInAs_(0.23)Sb_(0.77)2μmを順に成長した。InAsSb薄膜の膜特性は、van der Pauw法で測定したところ、室温での電子移動度が41,000cm^(2)/Vs、シート抵抗(素子抵抗)が150Ω、キャリア濃度が1.5×10^(16)原子/cm^(3)であった。実施例6のp型ドーピングは、InAsSb層中の電子のキャリアを補償し、キャリア濃度の低減化を目的としている。実施例2と比較して、電子移動度は低下したが、p型ドーピングすることにより、電子のキャリア濃度が低減でき、またシート抵抗も増大した。また、GaAs基板上のノンドープInSb層をp型ドーピングすることにより同様の効果が得られる。
【0120】
この化合物半導体薄膜を用いて、実施例2と同様に化合物半導体センサ部を作製した。集積回路部も実施例2と同様に作製し、実施例6に係る赤外線センサICを完成した。
【0121】
500Kの黒体炉、光チョッピング周波数1Hz、雑音帯域幅1Hzで室温における感度を測定したところ、D^(*)=1.2×10^(8)cmHz^(1/2)/Wと高感度を示した。実施例6の赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0122】
(実施例7)
MBE法により、半絶縁性のGaAs単結晶基板上にZnを3.5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を2.0μm成長し、この上にSiを1.8×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を0.5μm成長した。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体赤外線センサ部を作成した。まず、上記形成された化合物半導体薄膜について、p型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は225μm×150μmに設計した。実施例7に係る化合物半導体赤外線センサ部の断面図を図15に示す。図15から分かる通り、実施例7に係る化合物半導体赤外線センサは、いわゆる、PN接合ダイオードの構造である。図15において、符号23は半絶縁性のGaAs単結晶基板であり、24はp型ドーピングしたInSb層であり、25はn型ドーピングしたInSb層であり、26はSiNパッシベーッション膜であり、27はAu/Ti電極である。
【0123】
上記化合物半導体赤外線センサに、赤外線を照射したときの素子の開放回路電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、可視光等の光をカットするフィルタとしてSiを使用した。
【0124】
出力電圧の測定結果を図22に示す。出力電圧は54nVであり、室温において赤外線の検知が可能であることが確認できた。
【0125】
(実施例8)
MBE法により、半絶縁性のGaAs単結晶基板上にZnを3.5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを6×10^(16)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、さらにこの上にSiを1.8×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を0.5μm成長した。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体赤外線センサ部を作成した。まず、上記形成された化合物半導体薄膜について、高濃度にp型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は225μm×150μmに設計した。実施例8に係る化合物半導体赤外線センサ部の断面図を図16に示す。図16から分かる通り、実施例8に係る化合物半導体赤外線センサは、いわゆる、PIN接合ダイオードの構造である。図16において、符号28は高濃度にp型ドーピングしたInSb層であり、29は低濃度にp型ドーピングしたInSb層であり、30はn型ドーピングしたInSb層である。
【0126】
上記化合物半導体赤外線センサに、赤外線を照射したときの素子の開放回路電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、可視光等の光をカットするフィルタとしてSiを使用した。
【0127】
出力電圧の測定結果を実施例7と同じく図22に示す。出力電圧は117nVであり、PN接合の場合よりもさらに出力電圧が増加することを確認した。
【0128】
(実施例9)
MBE法により、半絶縁性のGaAs単結晶基板上に、Snを1.0×10^(19)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを6×10^(16)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、さらにこの上にZnを7.0×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSbを0.5μm成長した。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体赤外線センサ部を作成した。まず、上記形成された化合物半導体薄膜について、高濃度のn型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は225μm×150μmに設計した。実施例9に係る化合物半導体赤外線センサ部の断面図を図17に示す。図17から分かるように、実施例9の構造は、実施例8の構造について、p型ドーピング層28とn型ドーピング層30とが入れ替わった構造である。
【0129】
上記化合物半導体赤外線センサに、赤外線を照射したときの素子の開放回路電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、可視光等の光をカットするフィルタとしてSiを使用した。
【0130】
出力電圧の測定結果を同じく図22に示す。出力電圧は155nVであり、実施例8の場合よりもさらに出力電圧が増加することを確認した。これはn型ドーパントとしてSnを用いたことによる効果である。すなわち、InSb中では、SnはSiよりも高い活性化率を持つ。このためより高濃度のn型ドーピングが可能となり、より大きなPN接合のビルトインポテンシャルが得られる。出力電圧V_(out)は、ビルトインポテンシャルV_(d)による電位障壁を越えて拡散電流を流すのに必要な電圧である。よって、ビルトインポテンシャルが大きいほど出力電圧は大きくなる。したがって、実施例9においてn型ドーパントにSnを用いたことによる出力増加の効果を確認することができた。
【0131】
(実施例10)
実施例8と同様の構造を持つ化合物半導体薄膜を使用し、複数の素子を直列に接続した化合物半導体センサ部を作成した。まず、実施例8と同様にして形成された化合物半導体薄膜について、高濃度にp型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。このとき、ある素子の、Znを3.5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層と、該素子の隣の素子であって、該素子の段差が形成されている側の素子の、Siを1.8×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層とを電気的に接続するように電極を形成した。作成した単一素子の受光面積は18μm×18μmであり、GaAs基板上で、単一素子を125個、直列接続したものを作成した。作成したセンサ部の一部を示す断面図を図18に示す。
【0132】
上記化合物半導体赤外線センサに、赤外線を照射したときの素子の開放回路電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、可視光等の光をカットするフィルタとしてSiを使用した。
【0133】
上記125個接続した素子において12.5μVの出力電圧を得た。すなわち、上記化合物半導体膜構造と解放回路電圧を測定する測定方法との本発明における組み合わせにおいて、接続素子数を増やすことで出力を増加させることが可能であることが確認できた。これは単一素子から得られる信号が小さい、室温での量子型赤外線センサにとって、極めて大きな利点である。
【0134】
また、125個接続したセンサを信号増幅器に接続し、そのノイズを室温(27℃)の暗室において、高速フーリエ変換(FFT)アナライザを用いて測定した。信号増幅器のノイズを除き、センサのノイズのみとした結果、周波数が10Hz以下でも1/fノイズは見られないことを確認した。さらに、赤外線センサ部の抵抗をテスターにより測定した結果、その値は12.75kΩであった。この値を数4に代入し、ジョンソンノイズを求めたところ、測定したセンサノイズと一致することがわかった。
【0135】
すなわち、センサのノイズはその抵抗で決まるジョンソンノイズのみであり、10Hz以下の低周波領域においても極めてノイズの小さなセンサであるという、本発明の特徴を確認した。
【0136】
(実施例11)
実施例9と同様の構造を持つ化合物半導体薄膜を使用し、実施例10と同様のマスクセットを用いて、複数の素子を直列に接続した化合物半導体センサ部を作成した。まず、実施例9と同様にして形成された化合物半導体薄膜について、高濃度にn型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。このとき、ある素子の、Snを1.0×10^(19)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層と、該素子の隣の素子であって、該素子の段差が形成されている側の素子の、Znを7.0×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層とを電気的に接続するように電極を形成した。作成した単一素子の受光面積は18μm×18μmであり、GaAs基板上で125個、直列接続したものを作成した。作成したセンサ部の一部を示す断面図は図19に示す。
【0137】
上記化合物半導体赤外線センサに、赤外線を照射したときの素子の開放回路電圧を出力電圧として測定した。その結果は22.5μVであり、実施例10の同一接続素子数の出力電圧に比べて約1.8倍の出力が得られた。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)であり、入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、可視光等の光をカットするフィルタとしてSiを使用した。
【0138】
また、上記化合物半導体赤外線センサの素子抵抗をテスターにより測定した結果、9.6kΩであった。すなわち実施例10における同様の接続個数の抵抗よりも小さくなっていることが確認できた。これは、抵抗率の低いn型ドーピングの層を最下層に配置し、素子の抵抗が下がるようにした為である。この結果、センサのノイズを実施例10におけるセンサのノイズの約0.87倍とさらに低下できることを確認した。
【0139】
(実施例12)
MBE法により、半絶縁性のGaAs単結晶基板上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたAl_(0.2)In_(0.8)Sbを0.02μm成長し、この上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にSnを1.0×10^(19)原子/cm^(3)ドーピングしたInSbを0.5μm成長した。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作成した。まず、p型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は225μm×150μmに設計した。実施例12に係る化合物半導体赤外線センサ部の断面図を図20に示す。図20において、符号31は高濃度にp型ドーピングしたAl_(0.2)In_(0.8)Sb層を示す。
【0140】
赤外線を照射したときの素子の開放電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、フィルタとしてSiを使用した。
【0141】
上述の構成によって得られた出力電圧は242nVであった。この測定結果を他の実施例と同様に図22に示す。PINダイオード構造の実施例9と比較し、さらに出力が約1.6倍となることを確認した。
【0142】
また、素子の抵抗を、0.01V正のバイアスをかけた場合と、0.01V負のバイアスをかけた場合とで測定し、両測定結果の平均値をゼロバイアスの素子抵抗R_(0)として測定した。さらに、同様のR_(0)の測定を実施例9の赤外線センサにおいても行った。測定したR_(0)より飽和電流I_(s)を数8の式から求めた。
【0143】
【数8】

【0144】
ここで、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、qは素電荷である。飽和電流I_(s)は拡散電流I_(d)、出力電圧V_(out)と数9の様な関係にある。
【0145】
【数9】

【0146】
従って、飽和電流I_(s)は素子の拡散電流の大きさを表している。
【0147】
図23に、得られた実施例12と実施例9のI_(s)の結果を示す。図23に示すように、AlInSbのバリア層を形成した赤外線センサにおける飽和電流I_(s)は、AlInSbのバリア層を使用しないPINダイオード構造の素子に比べて、約1桁減少していることを確認できた。
【0148】
すなわち、AlInSbバリア層により拡散電流が抑制される特徴を確認できた。この効果により、出力が増加している。
【0149】
(実施例13)
MBE法により、半絶縁性のGaAs単結晶基板上にSnを1.0×10^(19)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを1×10^(16)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたAl_(0.2)In_(0.8)Sbを0.02μm成長し、この上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSbを0.5μm成長した。この化合物半導体薄膜を用いて、化合物半導体センサ部を作成した。まず、n型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。受光面積は225μm×150μmに設計した。実施例13に係る化合物半導体赤外線センサ部の断面図を図21に示す。
【0150】
赤外線を照射したときの素子の開放電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、フィルタとしてSiを使用した。
【0151】
上述の構成によって得られた出力電圧は765nVであった。この出力電圧の測定結果を他の実施例と同様に図22に示す。実施例12の結果と比較し、さらに出力が約3.2倍と飛躍的に増加することを確認した。
【0152】
また、素子のゼロバイアス抵抗を、素子に0.01V正のバイアスをかけた場合と、0.01V負のバイアスをかけた場合とで測定した。両測定結果の平均値をゼロバイアスの素子抵抗R_(0)として測定し、実施例12の場合と同様に飽和電流I_(s)を求めた。この結果を実施例12、実施例9の場合と同様に図23に示す。図23に示すように、実施例13においても、実施例12と同様に、AlInSbのバリア層を形成した赤外線センサにおける飽和電流I_(s)は、AlInSbのバリア層を使用しないPINダイオード構造の素子に比べて、約1桁減少していることを確認できた。すなわち、実施例12と同様、AlInSbバリア層により拡散電流が抑制される特徴を確認できた。
【0153】
さらに、解放回路電圧を測定する本発明の測定方法では、光電流I_(ph)と拡散電流I_(d)とが等しくなるので、飽和電流I_(s)と出力V_(out)とにより、数10に示す関係により素子内部で発生した光電流I_(ph)を求める事が出来る。
【0154】
【数10】

【0155】
数9より、実施例9と実施例12と実施例13との光電流をそれぞれ求めた。その結果を図24に示す。図24に示すように実施例12においては、光電流I_(ph)が実施例9のPINダイオード構造の素子に比べて約半分に減少していることを確認した。これは光吸収層であるp型ドーピングInSb層をAlInSb層上にヘテロ成長した結果、光吸収層の結晶性が低下し、量子効率が減少した為である。
【0156】
一方で、実施例13の光電流は、実施例9のPINダイオード構造の素子に比べて、光電流I_(ph)が約1.8倍に向上することを確認した。これは赤外線の吸収により発生した電子正孔対のうち、p層方向へ拡散する電子が減少した結果、光電流が増加したものである。すなわち、外部量子効率が向上する効果が確認できた。すなわち、実施例13に係る構造は、化合物半導体赤外線センサの単一素子の構造として、より好ましい構造であると言える。
【0157】
(実施例14)
MBE法により、半絶縁性の、GaAs単結晶基板上にSnを1.0×10^(19)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを1×10^(16)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたAl_(0.2)In_(0.8)Sbを0.02μm成長し、この上にZnを5×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSbを0.5μm成長した。この実施例13と同様の構造である化合物半導体薄膜を用いて、複数の素子を直列に接続した化合物半導体センサ部を作成した。まず、n型ドーピングされたInSb層とのコンタクトを取るための段差形成を酸またはイオンミリングなどを用いて行った。次いで、段差形成がされた化合物半導体薄膜に対して、素子分離のためのメサエッチングを行った。その後、全面(GaAs基板及び該基板に形成された化合物半導体膜)をSiNパッシベーッション膜で覆った。次いで、形成されたSiN保護膜上で電極部分のみ窓開けを行い、Au/TiをEB蒸着し、リフトオフ法により電極を形成した。このとき、ある素子の、Snを1.0×10^(19)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層と、該素子の隣の素子であって、該素子の段差が形成されている側の素子の、Znを5.0×10^(18)原子/cm^(3)ドーピングしたInSb層とを電気的に接続するように電極を形成した。作成した単一素子の受光面積は9μm×9μmであり、GaAs基板上で260個直列接続している。作成したセンサ部の一部を示す断面図は図25に示す。
【0158】
赤外線を照射したときの素子の開放電圧を出力電圧として測定した。なお、測定中のセンサ温度は室温(27℃)である。入射する赤外線は500Kの黒体炉を使用して発生させ、センサから10cmの距離に黒体炉を設置した。このような配置で、センサの基板側から赤外線を入射した。入射した赤外線のエネルギーは1.2mW/cm^(2)である。光チョッピングの周波数は10Hzであり、フィルタとしてSiを使用した。
【0159】
得られた出力V_(out)は91μVであり、室温において100μV近い出力電圧が得られることが確認できた。出力は単一素子だけの場合に比べて飛躍的に出力が向上している。これらの結果は、ICによる信号処理に十分な出力あり、該化合物半導体赤外線センサと、赤外線センサICをハイブリッドに組み合わせることで、室温において冷却機構なしで更に高感度である、超小型の赤外線センサが実現できる。
【0160】
(実施例15)
実施例14と同様の構造で作成した化合物半導体赤外線センサを用い、増幅回路とチョッピング回路等を搭載した集積回路部とを同一パッケージ内にハイブリッド形成する赤外線センサICを作成した。
【0161】
増幅回路とチョッピング回路等とを搭載した集積回路部(IC)は、通常のCMOSラインで作製した。その後、前記集積回路部の基板上に実施例14に係る化合物半導体赤外線センサ部を、センサの化合物半導体薄膜上の電極部分とICの電極部分とが接合するように、センサの基板部分を上にしてIC上にフリップチップボンディングにより接合した。さらにパッケージ内部の電極部分(ランド)と集積回路部とをワイヤーボンディングで電気的に接続した。さらに、上記パッケージの赤外線入射部にSiのフィルタをつけて実施例15に係る赤外線センサICを完成した。図26にその断面図を示す。図26において、符号32は化合物半導体赤外線センサ部であり、33は集積回路部であり、34はワイヤボンディングであり、35はパッケージであり、36はSiフィルタであり、37はバンプであり、38はランドであり、39はパッケージ電極である。
【0162】
完成した赤外線センサICは、その面積が3mm×3mm、厚さ1.2mmと従来に無い超小型の赤外線センサICである。また本構造では、赤外線はSiのフィルタ36を通して化合物半導体赤外線センサ部32の基板側より入射される。基板は半絶縁性のGaAs基板を用いているため波長5μm以上の赤外線は基板部分を十分に透過し、化合物半導体薄膜層に吸収される。従って、入射した赤外線は化合物半導体赤外線センサ部32の電極や配線部分によって遮られることはなく、効率的に信号として取り出すことが可能である。
【0163】
また、実施例15に係る赤外線センサICは、簡易なパッケージにも関わらず、電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくい特徴を有していることを確認した。
【0164】
上述のように、本発明の一実施形態に係る赤外線センサICは、人が放射する熱エネルギーを検知する人感センサとして好適に利用できる。ICチップサイズ程度の超小型で電磁ノイズや熱ゆらぎの影響も受けにくい特徴を有しており、照明や家電などの自動オンオフを可能とし、省エネルギー化に大きく効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0165】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る赤外線センサICの一例を示す斜視図である。
【図2】本発明の第3の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図3】本発明の第4の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図4】本発明の第5の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図5】本発明の第6の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図6】本発明の第2の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図7】本発明の第3の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部の電極構造(光導電型)を示す断面図である。
【図8】本発明の第6の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部の電極構造(光起電力型)を示す断面図である。
【図9】本発明の第1の実施形態に係る赤外線センサICの他の例を示す斜視図である。
【図10】本発明の第7の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図11】本発明の第7の実施形態に係る化合物半導体赤外線センサのエネルギーバンド図である。
【図12】本発明の第7の実施形態に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部の他の例を示す断面図である。
【図13】本発明の第7の実施形態に係る赤外線センサICの複数の単一素子が直列接続された化合物半導体センサ部の一部を示す断面図である。
【図14】本発明の第7の実施形態に係る赤外線センサICの複数の単一素子が直列接続された化合物半導体センサ部の一例を示す上面図である。
【図15】本発明の実施例7に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図16】本発明の実施例8に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図17】本発明の実施例9に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図18】本発明の実施例10に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部の一部を示す断面図である。
【図19】本発明の実施例11に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部の一部を示す断面図である。
【図20】本発明の実施例12に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図21】本発明の実施例13に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部を示す断面図である。
【図22】本発明の実施例7?9、12及び13に係る化合物半導体センサの出力電圧の比較を示す図である。
【図23】本発明の実施例9、12及び13に係る化合物半導体センサの飽和電流の比較を示す図である。
【図24】本発明の実施例9、12及び13に係る化合物半導体センサの光電流の比較を示す図である。
【図25】本発明の実施例14に係る赤外線センサICの化合物半導体センサ部の一部を示す断面図である。
【図26】本発明の第8の実施形態であり、実施例15に係る赤外線センサICの断面図である。
【符号の説明】
【0166】
1 プリント基板
2 化合物半導体センサ
3 集積回路部
4a 引き回し電極
4b ワイヤーボンディング
5 パッケージカバー
15 基板
16 第六化合物半導体層
17 第七化合物半導体層
18 第八化合物半導体層
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
該基板上に形成された、複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え、室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって、
前記化合物半導体の積層体は、
該基板上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層と、
該第1の化合物半導体層上に形成され、p型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と、
該第2の化合物半導体層上に形成された、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(z)In_(1-z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層と
を備え、
前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であり、
前記第2の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満であり、
前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度は、1×10^(18)原子/cm^(3)以上であることを特徴とする赤外線センサ。
【請求項2】
前記第1の化合物半導体層はInSbであることを特徴とする請求項1記載の赤外線センサ。
【請求項3】
前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり、前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項1または2記載の赤外線センサ。
【請求項4】
前記化合物半導体の積層体は、
前記第3の化合物半導体層上に形成された、インジウム及びアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の赤外線センサ。
【請求項5】
前記第4の化合物半導体層は、InSbであることを特徴とする請求項4記載の赤外線センサ。
【請求項6】
前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項4または5記載の赤外線センサ。
【請求項7】
前記基板は、半絶縁性、または前記基板と該基板に形成された第1の化合物半導体層とが絶縁分離可能である基板であり、
前記第1の化合物半導体層のうち、前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成された第1電極と、
前記第3の化合物半導体層上に形成された、第2電極と
をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の赤外線センサ。
【請求項8】
前記基板上には、前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と、該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように、複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されていることを特徴とする請求項7記載の赤外線センサ。
【請求項9】
出力信号を測定する際に、前記第1及び第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし、赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出すことを特徴とする請求項7または8記載の赤外線センサ。
【請求項10】
前記基板と、前記積層体との間に配置された、格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の赤外線センサ。
【請求項11】
前記バッファ層が、AlSb、AlGaSb、AlGaAsSb、AlInSb、GaInAsSb、AlInAsSbのいずれかであることを特徴とする請求項10記載の赤外線センサ。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載の赤外線センサと、
前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え、
前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されていることを特徴とする赤外線センサIC。
【請求項13】
室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサの製造方法であって、
基板上に、インジウム及びアンチモンを含み、n型ドーピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と、
該第1の化合物半導体層上に、p型ドーピングされた、InSb、InAsSb、InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層を形成する工程と、
該第2の化合物半導体層上に、前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされ、かつ前記第1の化合物半導体層、及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl_(z)In_(1-z)Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層を形成する工程と
を有し、
前記第1の化合物半導体層を形成する工程では、前記第1の化合物半導体層のn型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上とし、
前記第2の化合物半導体層を形成する工程では、該第2の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(16)原子/cm^(3)以上1×10^(18)原子/cm^(3)未満とし、
前記第3の化合物半導体層を形成する工程では、前記第3の化合物半導体層のp型ドーピング濃度を1×10^(18)原子/cm^(3)以上とすることを特徴とする赤外線センサの製造方法。
【請求項14】
前記第1の化合物半導体層はInSbであることを特徴とする請求項13記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項15】
前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり、前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項13または14記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項16】
前記第3の化合物半導体層上に、インジウム及びアンチモンを含み、該第3の化合物半導体層と同等か、またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層を形成する工程をさらに有することを特徴とする請求項13乃至15のいずれかに記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項17】
前記第4の化合物半導体層は、InSbであることを特徴とする請求項16記載の赤外線センサの製造方法。
【請求項18】
前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnであることを特徴とする請求項16または17記載の赤外線センサの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2018-01-15 
結審通知日 2018-01-17 
審決日 2018-01-31 
出願番号 特願2005-513897(P2005-513897)
審決分類 P 1 113・ 537- YAA (H01L)
P 1 113・ 536- YAA (H01L)
P 1 113・ 55- YAA (H01L)
P 1 113・ 121- YAA (H01L)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 森 竜介
特許庁審判官 近藤 幸浩
恩田 春香
登録日 2008-02-29 
登録番号 特許第4086875号(P4086875)
発明の名称 赤外線センサIC、赤外線センサ及びその製造方法  
代理人 柴田 昌聰  
代理人 阿部 寛  
代理人 特許業務法人谷・阿部特許事務所  
代理人 特許業務法人 谷・阿部特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ