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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61N
管理番号 1340631
審判番号 不服2015-21869  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-07-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-12-10 
確定日 2018-05-23 
事件の表示 特願2013-514781「失禁を治療又は軽減するための装置」拒絶査定不服審判事件〔平成23年12月22日国際公開、WO2011/158018、平成25年 8月15日国内公表、特表2013-532021〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、2011年(平成23年)6月13日(パリ条約による優先権主張2010年(平成22年)6月15日、英国)を国際出願日とする特許出願であって、平成27年9月7日付けで拒絶をすべき旨の査定がなされた。
これに対し、平成27年12月10日に該査定の取消を求めて本件審判の請求がされ、平成28年8月4日に上申書が提出された。
その後、平成28年10月26日付けで当審から拒絶の理由が通知され、平成29年1月30日に意見書とともに手続補正書が提出され、同年3月10日付けで当審から再度拒絶の理由が通知され、同年9月1日に意見書が提出されたものである。

第2 平成29年3月10日付け拒絶理由通知について
当審で通知した、平成29年3月10日付け拒絶理由通知書の内容は、以下のとおりのものである。

「理由1(特許法第36条第6項第1号)
本件出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

1 サポート要件について
(1)特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)10042号参照。)。
そこで、本願特許請求の範囲の記載が、上記規定に適合するか否かについて検討する。

(2)明細書の段落【0001】及び【0007】ないし【0013】の記載、平成27年5月7日付け意見書、審判請求書、及び、平成28年8月4日付け上申書、並びに、平成29年1月30日付け意見書の記載によれば、本願請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)の課題は、デルマトーム領域の遠位側の後根神経線維の活動電位を扇動するべく標的神経に筋収縮を引き起こすのに十分な電気刺激を与える必要があるとの本願優先日における技術常識にもかかわらず、そのような標的神経への電気刺激による筋肉の筋収縮を引き起こさないようにしながらも、十分な失禁治療効果を得ることと認められる。
そして、その課題を解決するため、本願発明は、経皮電極を作動させるための制御手段が、仙骨神経叢へ及びそこから膀胱及び/又は直腸を支配する神経へ信号を伝播するのに十分となるべく選択された電気刺激を提供するように、しかも、経皮的電気刺激を受ける神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすには不十分となるべく選択された電気刺激の強度を提供するように経皮電極を作動させるように適合されることが、上記課題を解決するために必要であることは明らかである。

2 本願発明について
請求項1には、上記制御手段については、「制御手段は、仙骨神経叢へ及びそこから膀胱及び/又は直腸を支配する神経へ信号を伝播するのに十分となるべく選択された電気刺激を提供するように前記電極を作動させるように適合され、
前記制御手段は、前記経皮的電気刺激を受ける神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすには不十分となるべく選択された電気刺激の強度を提供するように前記電極を作動させるように適合され、
前記制御手段は、前記電気刺激が30分よりも長く付与されるように適合される」と特定されている。
一方、明細書には、その制御手段による電気刺激については、段落【0013】ないし【0015】に、電気刺激についての一定範囲の電流値、刺激がAC(交流)波形でもかまわないがDC(直流)波形、好ましくはDCパルス波である、及び、その周波数の好ましい数値範囲、刺激の時間の一定範囲の値が記載され、また、その治療期間が数日から数年継続されること、一回の治療時間が30分であることが例示され、また、30分より長い時間受けることができる旨記載されている。
しかしながら、明細書には、本願発明により、本願発明の課題である、経皮的電気刺激を受ける神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすには不十分となるべく選択された電気刺激であっても、十分な失禁治療効果を得ることができた事例は、全く記載されていない。
請求人は、平成29年1月30日付け意見書において、筋収縮しない刺激の強度及び周波数などの刺激パラメータは、患者のモニタにより容易に決定できる旨主張するが、その刺激により十分な失禁治療効果が得られた事例は明細書には記載されていない。また、請求人は、審判請求書、及び、平成28年8月4日付け上申書、並びに、平成29年1月30日付け意見書において、失禁の有効な治療には、刺激を受ける神経によって支配される筋肉の収縮が必要であることが本願優先日における技術常識であった旨主張しており、そうであれば、なおさら、刺激を受ける神経によって支配される筋肉の収縮を引き起こすには不十分な刺激で、失禁の有効な治療がなされた事例が明細書に記載されるべきであるが、そのような事例は明細書に記載されていない。
したがって、本願発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるとも認められない。
よって、本願発明は発明の詳細な説明に記載されたものではない。

理由2(特許法第36条第4項第1号)
本件出願は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

本願発明は、請求項1に記載されたとおりの「失禁を治療又は軽減するための装置」の発明であって、その「電極を作動させるための制御手段」は、「仙骨神経叢へ及びそこから膀胱及び/又は直腸を支配する神経へ信号を伝播するのに十分となるべく選択された電気刺激を提供するように前記電極を作動させる」とともに「経皮的電気刺激を受ける神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすには不十分となるべく選択された電気刺激の強度を提供するように前記電極を作動させる」構成を備える。
しかしながら、上記理由1で述べたとおり、経皮的電気刺激を受ける神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすには不十分となるべく選択された電気刺激によって、失禁を治療又は軽減できた事例は発明の詳細な説明には記載されておらず、また、上記したように、審判請求書、及び、平成28年8月4日付け上申書、並びに、平成29年1月30日付け意見書において請求人が主張するように、失禁の有効な治療には、刺激を受ける神経によって支配される筋肉の収縮が必要であることが本願優先日における技術常識であったことを考慮すれば、明細書の記載からでは、本願優先日における技術常識を考慮しても、本件発明を実施できるとは認められない。
・・・」

第3 当審の判断
1 本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成29年1月30日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。(以下「本願発明」という。)
「 【請求項1】
失禁を治療又は軽減するための装置であって、
患者の足に配置するように適合された少なくとも1つの経皮電極と、
前記電極に接続された電源と、
仙骨神経叢から出る神経の経皮的電気刺激が行われるように前記電極を作動させるための制御手段と
を備え、
前記制御手段は、仙骨神経叢へ及びそこから膀胱及び/又は直腸を支配する神経へ信号を伝播するのに十分となるべく選択された電気刺激を提供するように前記電極を作動させるように適合され、
前記制御手段は、前記経皮的電気刺激を受ける神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすには不十分となるべく選択された電気刺激の強度を提供するように前記電極を作動させるように適合され、
前記制御手段は、前記電気刺激が30分よりも長く付与されるように適合される、装置。」

2 理由1(特許法第36条第6項第1号)について
(1)サポート要件検討の観点
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁特別部平成17年(行ケ)第10042号。また、知財高裁平成28年(行ケ)第10147号、知財高裁平成28年(行ケ)第10057号、知財高裁平成21年(行ケ)第10296号参照)。
このような観点に立って、以下本願明細書の記載について検討する。

(2)本願明細書の発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には、特に本願発明に関連するものとして以下の記載がある。(下線は当審で付したものである。)
(ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は、失禁の治療、詳細には尿失禁及び便失禁の治療に関する。」

(イ)「【0003】
失禁の治療には、投薬アプローチ、行動療法、及び/又は電気刺激を採用することができる。失禁を治療するための電気刺激は、長年にわたり利用されてきた。最も一般的な治療は、骨盤領域に電流を送って骨盤底筋を収縮させ、それによってこれらの筋肉群の機能(いわゆる「緊張」)を高め、失禁の発生及び重症度を減少させるための膣又は直腸プローブの使用を含む。しかし、膣又は直腸プローブの使用は、患者にとって明らかに不便であり、痛みと苦痛の両方を伴う可能性がある。
【0004】
電気刺激の代替的な形態は、関係する神経の直接刺激である。2つの形態が知られている。仙骨神経刺激装置の骨盤への外科的移植は、脊髄の仙骨部に直接連続的な刺激を与え、望ましくない膀胱の収縮を減らし又は防ぐことができる。しかし、これは侵襲的な治療であり、外科的処置には特有のリスクがある。直接神経刺激の他の形態は、ストーラー(Stoller)の求心性神経刺激(SANS)として知られており、神経を直接刺激するために使用者の足首に挿入した針電極による後脛骨神経の経皮的刺激を含む。脛骨神経は、脊髄神経根L4及びS3の前枝から成る混合感覚運動神経である。それは膀胱、尿道括約筋、直腸と肛門括約筋を直接神経支配する、骨盤底への体性神経及び自律神経の支配を調節する仙骨神経の出力を含む。仙骨神経刺激と同様に、経皮的脛骨神経刺激の有効性の神経生理学的な説明は不明なままである。それは、足首における脛骨神経の刺激が仙骨神経への作用によって骨盤底への効果をもたらす、神経調節と呼ばれるプロセスによって作用すると考えられる。神経調節の正確なメカニズムは、中枢神経又は末梢神経のどちらについても、いまだに説明されていない。一説には骨盤への血流の改善が示唆されるが、もう1つの可能性は仙骨の経路に沿ったニューロンの神経化学的な環境の変化である。霊長類の研究によれば、PTN(錐体路ニューロン)の反復刺激は脊髄視床路の侵害受容ニューロンに対して強力な抑制効果を発揮することが示されている。いくつかの研究では、プラシーボ以上に効果があることが示唆されているが、これもまた不明である。」

(ウ)「【0007】
このような装置の1つが特許文献1に記載され、更なるバリエーションが特許文献2に記載されている。これらの装置は、経皮的電気刺激によって脚の筋肉を刺激するのに使用することを目的とする。簡単に説明すると、装置は、使用者の脚の、膝のすぐ後ろの皮膚に配置される、支持体上にある一対の電極を含む。電極が作動され、繰り返しの電気刺激が使用者に与えられる。使用者の電極の位置は、外側及び/又は内側膝窩神経が刺激され、これらの神経に支配されるふくらはぎ及び足の筋肉の収縮を引き起こすようなものである。特許文献1に記載されるように、ふくらはぎ及び足の筋肉の収縮は、このような方法で、血液を心臓に戻して貯留を防ぐのを助けるふくらはぎ及び足の筋静脈ポンプを活性化する働きをする。これは、深部静脈血栓症(DVT)のリスクを低減するために使用できる。特許文献1に記載の方法及び装置の重要な特徴は、刺激を使用して向かい合ったふくらはぎの筋肉を活性化することができ、等尺性収縮を引き起こし且つほとんど或いはまったく全体的な足の運動を引き起こさず、制限なしに人の自由な移動を可能にすることである。これは、使用者にとっての快適さを向上させる。
【0008】
驚くべきことに、我々は最近、膝窩神経の経皮的な刺激が失禁を治療又は軽減するのにも有益であることを発見した。」

(エ)「【0010】
失禁の治療のための電気刺激の代替的な形態が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第一の態様によれば、失禁を治療及び/又は軽減するための方法であって、仙骨神経叢から出る神経が刺激されるように、患者の足に経皮的な電気刺激を与えることを含む方法が提供される。仙骨神経叢は仙椎S1-S4から出ており、膀胱の制御は、その仙骨神経叢から分岐する坐骨神経によって更に支配される。我々は、仙骨神経叢から出る神経の末梢の経皮的電気刺激が、神経信号を神経に沿って仙骨神経叢に入り、そこから脊椎の膀胱機能及び/又は腸機能を制御する部分へ伝わるように仕向けるのに十分な可能性があることを発見した。これは、針又は植え込み型装置によって提供されるような侵襲的な神経刺激を必要とせずに、失禁を治療又は軽減する役割を果たすことができる。
【0012】
好ましくは、神経は坐骨神経、脛骨神経、及び膝窩神経から選択することができ、これらの神経はすべて仙骨神経叢から出る。好ましくは、外側及び内側膝窩神経のどちらか又は両方が刺激される。最も好ましくは、外側膝窩神経は、膝窩の領域で、より詳細には、大腿二頭筋の腱の内側の腓骨の後ろにある、大腿二頭筋の内側縁で刺激される。この特定領域における非侵襲的な電気刺激が失禁を軽減するのに使用され得ることは、これまで知られていなかった。加えて又は代わりに、膝窩の領域において外側膝窩神経から内側に位置する、内側膝窩神経を刺激することができる。」

(オ)「【0013】
典型的な電気刺激は、0?100mA、好ましくは0?50mA、より好ましくは1?40mA、最も好ましくは1?20mAの電流であり得る。好ましくは、用いられる電気刺激は、関係する神経によって支配される筋肉の収縮を引き起こすのには不十分であり、これにより、この方法の使用者の不快感が軽減される。しかし、ある特定の状況では、失禁の治療又は軽減をもたらすのに必要な刺激が、筋肉の収縮をも引き起こす場合がある。筋肉の収縮がある場合、それは本発明の方法を使用することへの障壁ではなく、実際には筋肉の収縮が人によっては効果に寄与する可能性がある。
【0014】
刺激はAC(交流)波形であってもよいが、好ましくはDC(直流)波形、より好ましくはDCパルス波形である。刺激は、0.01?100Hz、好ましくは0.1?80Hz、より好ましくは0.1?50Hz、最も好ましくは0.1?5Hzの周波数を有することができる。他の実施形態では、周波数が30?60Hz、より好ましくは40?50Hzであってもよい。代わりに、0.1?1Hz又は0.33?1Hzの周波数の刺激を用いてもよい。正確な所望の周波数は、治療すべき症状の重症度、及び患者の全身的な身体状態、年齢、性別、及び体重等によって決まり得る。
【0015】
刺激は、0?1000ミリ秒、100?900ミリ秒、250?750ミリ秒、350?650ミリ秒、又は450?550ミリ秒の間、与えることができる。ある実施形態では、刺激を最大5000ミリ秒まで、最大4000ミリ秒まで、最大3000ミリ秒まで、又は最大2000ミリ秒まで与えることができる。その他の継続期間を使用してもよい。この場合もやはり、これは患者の詳細によって決まり得る。」

(カ)「【0016】
刺激の特性は経時的に変化してもよい。例えば、単一の刺激の電流が、刺激の持続時間にわたって増加してもよい。好ましくは、増加は最高点(ピーク)まで段階的であり、刺激は、最高点に維持され、最高点で終了するか、又は段階的に減少することができる。或いは、反復刺激を与える場合には、刺激の特性は個々の刺激によって異なってもよい。例えば、電流のレベルを上げながら連続的な刺激を与えることができる。この場合もやはり、これらの連続的な刺激は、最高点まで徐々に増大し、続いてその最高点に維持されるか、又は最高点から減少してもよい。増大する刺激のサイクルが数回繰り返されてもよい。
【0017】
好ましい実施形態では、治療は時間をかけて繰り返し行われる。例えば、30分間の刺激治療を毎日又は毎週行うことができる。治療は、数日間、数週間、数ヶ月間、又は数年間の間隔で継続され得る。使用される刺激が筋肉の収縮を引き起こすのに不十分である場合には、患者は、一度に、或いは概ね連続的に、30分間より長い時間、治療を受けることができる。」

(キ)「【0020】
本発明の更なる態様によれば、失禁を治療又は軽減するための装置であって、患者の足に位置するように適合された少なくとも1つの経皮電極と、電極に接続された電源と、仙骨神経叢から出る神経の経皮的な電気刺激が行われるように電極を作動させるための制御手段とを備え、制御手段が信号を仙骨神経叢へ及びそこから膀胱及び/又は直腸を支配する神経へ伝播するのに十分な電気刺激を提供するために電極を作動させるように適合されることを特徴とする装置が提供される。また、好ましくは、電気刺激は、刺激された神経によって支配される筋肉の筋収縮を引き起こすのには不十分である。」

(ク)「【0024】
図1は、仙骨神経叢から下降して外側及び内側膝窩神経に分岐する坐骨神経の位置を大まかに図示する、患者の右脚の後ろから見た図を示す。経皮刺激装置は、電源と制御電子回路とに連結された一対の細長い電極を備え、そのすべてが可撓性エラストマー基板に取り付けられている。電極は、電気刺激を促進し且つ患者への装置の接着を促進するために、導電性ゲルで覆われている。刺激装置は、細長い電極が外側及び内側膝窩神経の上に重なるように、患者の膝窩に配置される。本発明の他の実施形態では、装置は、外側及び内側膝窩神経の一方のみの上に載るように配置することができる。」

(ケ)「【0025】
装置が作動されると、制御電子回路は、0.1秒間、20mA(ミリアンペア)、40HzのパルスDC(直流)を提供するように、電極を作動させる。これが、30分間、30秒ごとに繰り返される。これは、週1回、患者に行われる、1つの完全な治療サイクルを形成する。
【0026】
装置が作動されると、膝窩神経が経皮的に刺激される。刺激の目的が足の筋肉の収縮をもたらすことである、例えば、特許文献1に記載される技術とは異なり、この刺激の目的は、仙骨神経叢への神経に沿った信号の伝搬を引き起こし、仙骨神経叢から信号が膀胱のために働く神経を刺激することである。これは、膀胱の過度の収縮を減らし又は避けるように膀胱を調整し、それにより失禁の発生率を減少させると考えられる。使用される刺激の程度は、筋収縮を引き起こすのには不十分であり、それにより使用者の不快感を軽減する。」

(3)本願発明の解決すべき課題について
本願発明の解決すべき課題に関連する記載としては、本願明細書段落【0011】に、「失禁を治療及び/又は軽減するための方法であって、仙骨神経叢から出る神経が刺激されるように、患者の足に経皮的な電気刺激を与える」とあり(上記記載事項(エ))、同段落に「侵襲的な神経刺激を必要とせずに、失禁を治療又は軽減する失禁を治療又は軽減する」とある(上記記載事項(エ))。
また、本願明細書段落【0013】において、「好ましくは、用いられる電気刺激は、関係する神経によって支配される筋肉の収縮を引き起こすのには不十分であり、これにより、この方法の使用者の不快感が軽減される。しかし、ある特定の状況では、失禁の治療又は軽減をもたらすのに必要な刺激が、筋肉の収縮をも引き起こす場合がある。筋肉の収縮がある場合、それは本発明の方法を使用することへの障壁ではなく、実際には筋肉の収縮が人によっては効果に寄与する可能性がある」と記載されている(上記記載事項(オ))。
これらの記載に鑑みれば、本願発明は「神経が刺激されるように、患者の足に経皮的な電気刺激を与えることによって失禁を治療又は軽減する装置において、筋肉の収縮を引き起こすのには通常不十分となるべく選択された電気刺激を用いることにより、使用者の不快感を軽減しつつ失禁を治療又は軽減すること」を課題としていると解される。
すなわち、本願発明の課題解決のための電気刺激は、(a)使用者の不快感を軽減しつつ、(b)失禁を治療又は軽減する、(c)脚への経皮的な電気刺激でなくてはならない。

(4)発明の詳細な説明の検討
ア 本願発明の「経皮的な電気刺激」の電気的特性に関連する発明の詳細な説明としては、
(i)「典型的な電気刺激は、0?100mA、好ましくは0?50mA、より好ましくは1?40mA、最も好ましくは1?20mAの電流であり得る。」(上記記載事項(オ))、
(ii)「刺激はAC(交流)波形であってもよいが、好ましくはDC(直流)波形、より好ましくはDCパルス波形である。刺激は、0.01?100Hz・・・、最も好ましくは0.1?5Hzの周波数を有することができる。他の実施形態では、・・・より好ましくは40?50Hzであってもよい。代わりに、0.1?1Hz又は0.33?1Hzの周波数の刺激を用いてもよい。」(上記記載事項(オ))、
(iii)「刺激は、0?1000ミリ秒、・・・又は450?550ミリ秒の間、与えることができる。ある実施形態では、刺激を最大5000ミリ秒まで、最大4000ミリ秒まで、最大3000ミリ秒まで、又は最大2000ミリ秒まで与えることができる。その他の継続期間を使用してもよい。この場合もやはり、これは患者の詳細によって決まり得る。」(上記記載事項(オ))、
(iv)「刺激の特性は経時的に変化してもよい。例えば、単一の刺激の電流が、刺激の持続時間にわたって増加してもよい。好ましくは、増加は最高点(ピーク)まで段階的であり・・・或いは、反復刺激を与える場合には、刺激の特性は個々の刺激によって異なってもよい。・・・増大する刺激のサイクルが数回繰り返されてもよい。」(上記記載事項(カ))、
(v)「30分間の刺激治療を毎日又は毎週行うことができる。・・・使用される刺激が筋肉の収縮を引き起こすのに不十分である場合には、患者は、一度に、或いは概ね連続的に、30分間より長い時間、治療を受けることができる。」(上記記載事項(カ))との記載がある。

イ これら発明の詳細な説明の記載を整理すると、本願発明の「経皮的な電気刺激」は、(i)0?100mAの範囲内での適切な電流値を有し、(ii)ACまたはDCパルス波形で、0.01?100Hzの範囲内での適切な周波数を有し、(iii)最大5000ミリ秒の範囲内での適切な(単位)継続時間を有し、(iv)刺激の特性は経時的に変化してもよく、また反復してもよいものであり、(v)全体の時間として、30分間より長い時間付与され、本願発明の課題を解決するためには、それら(i)ないし(v)の各電気的パラメータが、患者の詳細によって適切に設定されなければならないものと認められる。

ウ 本願発明は、神経の直接刺激ではなく、「経皮的な刺激」という簡易な手法で失禁を治療又は軽減する装置であるからこそ、各電気的パラメータの適切な選択は課題解決に一層重要なはずである。
そして、上記(a)使用者の不快感を軽減しつつ(b)失禁を治療又は軽減する(c)脚への経皮的な電気刺激において、上記(i)ないし(v)の各電気的パラメータを患者毎に適切に設定し得ることが、明細書及び技術常識により十分裏付けられて、はじめて、当業者が本願発明の課題を解決し得ると認識し得るものとなり、ひいては、(本件請求項1の記載で特定されるところの)本願発明を十分サポートしていることとなるのである。

エ しかしながら、本願発明の「経皮的電気刺激」の(i)ないし(v)の各電気的パラメータを、患者の詳細によっていかにして設定し得るのかに関する記載は見当たらない。
本願発明の課題を解決するためには、(i)ないし(v)の複数の各電気的パラメータを適切に設定して、使用者の不快感を軽減しつつ失禁を治療又は軽減することが必要となるが、当業者が本件優先日の技術常識を参酌しても、上記アにて指摘した発明の詳細な説明に依拠して、これら複数の各電気的パラメータを患者毎に適切に設定し得ると認識することは、極めて困難といわざるを得ない。
本願発明に対応する唯一の実施形態として、図1とともに、「経皮的電気刺激」の電気的特性に関し、「装置が作動されると、制御電子回路は、0.1秒間、20mA(ミリアンペア)、40HzのパルスDC(直流)を提供するように、電極を作動させる。これが、30分間、30秒ごとに繰り返される。これは、週1回、患者に行われる、1つの完全な治療サイクルを形成する。」と記載されてはいる(上記記載事項(ケ))。
しかしながら、この実施形態の電気刺激を施した結果の失禁治療効果等に関する記載としては、「装置が作動されると、膝窩神経が経皮的に刺激される。刺激の目的が足の筋肉の収縮をもたらすことである、例えば、特許文献1に記載される技術とは異なり、この刺激の目的は、仙骨神経叢への神経に沿った信号の伝搬を引き起こし、仙骨神経叢から信号が膀胱のために働く神経を刺激することである。これは、膀胱の過度の収縮を減らし又は避けるように膀胱を調整し、それにより失禁の発生率を減少させると考えられる。使用される刺激の程度は、筋収縮を引き起こすのには不十分であり、それにより使用者の不快感を軽減する。」と記載されてはいるが(上記記載事項(ケ))、そもそも当該記載は、上記唯一の実施形態に対応する効果について記載されたものか明らかではない上、被験者のデータ(年齢、治療前の症状等)が明らかでなく、得られた「失禁の発生率」の減少、及び「使用者の不快感を軽減」の程度が具体的に記載されておらず、実施形態の効果の記載として、十分というにはほど遠い。
そして、上記(i)ないし(v)の各電気的パラメータは、年齢、性別及び症状等に応じて患者毎に適切な範囲が異なると考えられることに鑑みれば、具体的効果が明らかでない1つの実施形態の記載をもって、当業者が使用者の不快感を軽減しつつ失禁を治療又は軽減するという本願発明の課題を解決し得ると認識できることには、不可能という他はない。

オ 以上を総合すると、本願発明は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるというのが相当である。

(5)請求人の主張について
請求人は、平成29年9月1日付け意見書において、上記知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)10042号において判示されているのは、パラメータ表現をとる発明に対してであり、そのようなパラメータ表現をとるわけでもない本願発明は、上記判決の判示事項とは無関係である旨主張する。しかしながら、知財高裁特別部平成17年(行ケ)第10042号の判示事項は、上記知財高裁平成28年(行ケ)第10147号、上記知財高裁平成28年(行ケ)第10057号、上記知財高裁平成21年(行ケ)第10296号でも引用されているように、パラメータ表現の有無にかかわらず一般的なサポート要件判断の法源となっており、請求人の主張には理由がない。

(6)小括
よって、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法36条第6項第1号に規定するサポート要件を満たしていない。

3 理由2(特許法第36条第4項第1号)について

(1)実施可能要件の規定
特許法第36条第4項第1号には、発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」との規定がなされている。

(2)発明の詳細な説明の記載の検討
本願発明の課題である、「神経が刺激されるように、患者の足に経皮的な電気刺激を与えることによって失禁を治療又は軽減する装置において、筋肉の収縮を引き起こすのには通常不十分となるべく選択された電気刺激を用いることにより、使用者の不快感を軽減しつつ失禁を治療又は軽減すること」について、当業者がその解決手段を理解できるように記載されているものとすることができないことは、上記2のサポート要件の検討において説示したとおりである。
そして、本願発明の詳細な説明の記載は、上記2の説示と同様の理由により、本願発明の「経皮的電気刺激」の複数の各電気的パラメータを、患者の詳細によっていかにして決定し得るのかについて、当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものとすることはできない。

(3)請求人の主張について
実施可能要件に関し、請求人は、平成29年1月30日付け意見書において、「(b)当該パラメータ値をいかにして選択すべきか・・・明細書においても、電流(すなわち強度)について、筋収縮が観測されない強度が選択されるように調整可能である点が記載されている(段落0014-0015)。
・・・例えば、段落0016には「単一の刺激の電流が、刺激の持続時間にわたって増加してもよい。好ましくは、増加は最高点(ピーク)まで段階的であり」、「電流のレベルを上げながら連続的な刺激を与えることができる」のように記載されている。したがって、明細書には、ユーザが低強度から開始し、所望の効果が観測されるまで徐々に強度を上げていくべきことが示されている。さらに、当業者にとって明細書から明らかなように、失禁を治療するべく仙骨神経叢へ及びそこから膀胱及び/又は直腸を支配する神経へ信号を伝播するのに十分な電気刺激を確保するべく、他のパラメータも調整できる。例えば、明細書には、刺激の持続時間及び周波数を、患者の必要性に応じて調整すべき旨が記載されている(段落0014-0015)。」などと主張する。
しかしながら、上記2(4)において説示したように、本件発明の詳細な説明には、複数の各電気的パラメータを適切に設定して、使用者の不快感を軽減しつつ失禁を治療又は軽減することを、当業者が実施できる程度に記載されているということはできない。
また、筋収縮が観測されない強度についてはともかくとして、失禁を治療又は軽減する効果をその都度経過観察して、強度を上げていくというのは、過度の試行錯誤を強いるものであり、「所望の効果が観測されるまで徐々に強度を上げていく」という調整手段が妥当とは考え難い。
したがって、請求人の主張には理由がない。

(4)小括
よって、本願明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしているものとすることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件及び同法同条第4項第1号に規定する要件を満たしているものではないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-12-19 
結審通知日 2017-12-20 
審決日 2018-01-05 
出願番号 特願2013-514781(P2013-514781)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (A61N)
P 1 8・ 537- WZ (A61N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 哲男  
特許庁審判長 内藤 真徳
特許庁審判官 関谷 一夫
長屋 陽二郎
発明の名称 失禁を治療又は軽減するための装置  
代理人 伊藤 正和  
代理人 原 裕子  
代理人 三好 秀和  

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