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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01M
審判 査定不服 5項独立特許用件 取り消して特許、登録 H01M
管理番号 1340700
審判番号 不服2017-13902  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-07-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-09-20 
確定日 2018-06-12 
事件の表示 特願2014- 38054「電解質膜・電極構造体」拒絶査定不服審判事件〔平成26年11月 6日出願公開、特開2014-209441、請求項の数(2)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成26年 2月28日(優先権主張 平成25年 3月26日)を出願日とする特許出願であって、平成29年 1月 4日付けで拒絶理由が通知され、同年 3月10日付けで意見書及び手続補正書が提出され(以下、同年 3月10日付け手続補正書による補正を「手続補正1」という。)、同年 6月12日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、同年 9月20日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに手続補正書が提出され(以下、同年 9月20日付け手続補正書による補正を「手続補正2」という。)、同年11月 2日付けで審判請求書に対する手続補正書(方式)が提出され、同年11月27日付けで前置報告がされたものである。

第2 原査定及び前置報告の概要

1 原査定の概要

手続補正1によって補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
また、手続補正1によって補正された特許請求の範囲の請求項2に係る発明は、引用文献1,2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
引用文献1:国際公開第2012/086082号
引用文献2:特開2013-20762号公報

2 前置報告の概要

手続補正2は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正を含む。
しかし、手続補正2によって補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないから、手続補正2は、同法17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するものであり、同法159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
そして、本願は原査定の理由に示したとおり拒絶されるべきものである。

第3 手続補正2について

審判請求時の補正である手続補正2は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正を含むから、手続補正2によって補正された特許請求の範囲の請求項1,2に係る発明(以下「本願発明1,2」といい、これらをまとめて「本願発明」という。)は、同法17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないところ、以下の「第4 本願発明」及び「第5 当審の判断」で説示するとおり、本願発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

第4 本願発明

本願発明1,2は、手続補正2によって補正された特許請求の範囲の請求項1,2に記載されている事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
固体高分子膜からなる電解質膜をアノード電極とカソード電極で挟持して構成される電解質膜・電極構造体であって、
前記アノード電極は、前記電解質膜に臨む第1電極触媒層と、第1ガス拡散層と、前記第1電極触媒層及び前記第1ガス拡散層の間に介在して該第1ガス拡散層に直接接触する第1多孔質層とを有し、
前記カソード電極は、前記電解質膜に臨む第2電極触媒層と、第2ガス拡散層と、前記第2電極触媒層及び前記第2ガス拡散層の間に介在して該第2ガス拡散層に直接接触する第2多孔質層とを有し、
前記第1ガス拡散層と前記第1多孔質層とを重畳した第1重畳体は、前記第2ガス拡散層と前記第2多孔質層とを重畳した第2重畳体に比して、透水圧が大きく、
前記第1多孔質層は、前記第2多孔質層に比して気孔率が小さく緻密に形成され、
前記第1重畳体の透水圧が25?120kPaであり、前記第2重畳体の透水圧が5?25kPaであることを特徴とする電解質膜・電極構造体。
【請求項2】
請求項1記載の電解質膜・電極構造体において、前記第1多孔質層の厚みが、前記第2多孔質層の厚み以上であることを特徴とする電解質膜・電極構造体。」

第5 当審の判断

1 引用文献1の記載事項

(1)原査定で引用された引用文献1(国際公開第2012/086082号)には、以下の記載がある(なお、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。
「[0002]
固体高分子型燃料電池は、固体高分子膜からなる電解質膜を燃料極と空気極との2枚の電極で挟んだ膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)を、さらに2枚のセパレータで挟持してなるセルを最小単位とし、このセルを複数積み重ねて燃料電池スタックとして高出力を得ている。」
「[0030]
・・・炭素繊維からなる層と撥水層はバインダ樹脂により接合ないし接着する場合において・・・バインダ樹脂の比率を増大させると、その分だけ炭素繊維あるいは撥水層の孔にもバインダ樹脂が入り込みその孔を埋めることになるから撥水性あるいは排水性が低下してしまう。・・・」
「[0036]
2.第1実施形態
図1に、本実施形態における燃料電池セルの断面説明図を示す。電極としてそれぞれ機能する一対の触媒層で電解質膜を挟んで形成された膜電極接合体(MEA)50の両面に、それぞれ炭素繊維24から成る層と撥水層22とが積層してなるガス拡散層52,54が設けられ、さらに膜電極接合体50とガス拡散層52,54を挟むようにセパレータ62,64が配置されて形成される。ガス拡散層52に水素含有ガスが供給されるものとすると、ガス拡散層52はアノード側ガス拡散層52として機能し、ガス拡散層54に空気等の酸化剤ガスが供給されるものとすると、ガス拡散層54はカソード側ガス拡散層54として機能する。」
「[0039]
図2に、本実施形態における燃料電池セルの断面構成図を示す。アノード側ガス拡散層52及びカソード側ガス拡散層54ともに、炭素繊維24からなる層と撥水層22をバインダ樹脂により接合して構成される。炭素繊維24からなる層は、炭素繊維の集合体として、カーボンペーパ、カーボンクロス等の炭素質多孔質体が用いられ・・・撥水層22は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)等のフッ素系ポリマーとカーボンブラックから形成される。」
「[0043]
アノード側ガス拡散層52は炭素繊維24と撥水層22をバインダ樹脂で接合して構成され・・・バインダ樹脂の含有量を増大させ、炭素繊維24をより強固に接合することで突き出しを抑制できる。・・・」
「[0046]
一方、バインダ樹脂を増大させると炭素繊維の突き出しを抑制できるものの、ガス拡散層52,54の排水性は逆に低下してしまう。」




(2)前記(1)の記載によれば、引用文献1には、固体高分子膜からなる電解質膜を用いた固体高分子型燃料電池を前提として([0002])、一対の触媒層で電解質膜を挟んで形成された膜電極接合体の両面に、それぞれ炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなるガス拡散層が設けられ、さらに膜電極接合体とガス拡散層を挟むようにセパレータが配置されて形成され、前記ガス拡散層の一方は、水素含有ガスが供給されるアノード側ガス拡散層として機能し、他方は、酸化剤ガスが供給されるカソード側ガス拡散層として機能する燃料電池セル([0036],図1)が記載されており、図2によれば、アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層の撥水層が膜電極接合体に対向して設けられていることを看取することができる。
さらに、引用文献1には、アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層は、ともに炭素繊維からなる層と撥水層をバインダ樹脂により接合して構成され([0039],図2)、バインダ樹脂の含有量は、アノード側ガス拡散層の方がカソード側ガス拡散層よりも増大していること([0043])も記載されている。

(3)以上によれば、引用文献1には、以下の「引用発明1」が記載されている。

(引用発明1)
一対の触媒層で固体高分子膜からなる電解質膜を挟んで形成された膜電極接合体の両面に、それぞれ炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなるガス拡散層が、前記撥水層が前記膜電極接合体に対向して設けられ、さらに前記膜電極接合体と前記ガス拡散層を挟むように、それぞれセパレータが配置されて形成され、前記ガス拡散層の一方は、水素含有ガスが供給されるアノード側ガス拡散層として機能し、他方は、酸化剤ガスが供給されるカソード側ガス拡散層と機能する燃料電池セルであって、
前記アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層は、ともに炭素繊維からなる層と撥水層をバインダ樹脂により接合して構成され、前記バインダ樹脂の含有量は、アノード側ガス拡散層の方がカソード側ガス拡散層よりも増大している、燃料電池セル。

2 引用文献2の記載事項

原査定で引用された引用文献2(特開2013-20762号公報)には、以下の記載がある。
「【請求項1】
固体高分子膜からなる電解質膜をアノード電極とカソード電極で挟持して構成される電解質膜・電極接合体であって、
前記アノード電極又は前記カソード電極の少なくともいずれか一方は、前記電解質膜に近接する側から、電極触媒層と、電子伝導性物質及び撥水性樹脂を含む中間層と、ガス拡散層とを有し、
前記中間層及び前記ガス拡散層の透水圧と、前記電解質膜の単位面積当たりのイオン交換容量との積が、25?60kPa・μeq/cm^(2)の範囲内であることを特徴とする電解質膜・電極接合体。」
「【0014】
本発明は・・・水分を適度に保持しながらも適度に排出し得、このために高温低湿状態及び低温高湿状態の双方において優れた発電性能を示す燃料電池を得ることが可能な電解質膜・電極接合体及びその製造方法を提供することを目的とする。」
「【0027】
本発明によれば、ガス拡散層及び中間層からなる積層体の透水圧と、固体高分子膜からなる電解質膜のイオン交換容量との積が所定範囲となるように、前記積層体と前記電解質膜を組み合せるようにしているので、電解質膜・電極接合体における水分の保持と排出のバランスを良好なものとすることができる。・・・」
「【0046】
積層体の透水圧は、ガス拡散層・・・や中間層・・・の厚み、細孔径、撥水性等に応じて相違する。従って、ガス拡散層・・・を作製する際に厚みや細孔径が相違する基材を用いたり、撥水性が相違する撥水性樹脂を用いたり、撥水性樹脂の含浸量を相違させたりすることで、所望の透水圧を示す積層体を得るようにすればよい。勿論、中間層・・・の厚みを相違させたり、該中間層・・・に含まれる撥水性樹脂の量を相違させたりするようにしてもよい。」
「【0070】
積層体の透水圧は、上記したように、ガス拡散層・・・の細孔径や厚み、撥水性、中間層・・・の厚みや撥水性に応じて相違する。従って、透水圧が上記した範囲内となるように、基材の厚みや細孔径、撥水性樹脂の含浸量、さらには、中間層・・・の厚みや撥水性樹脂の含有量を調整する。」

3 対比・判断

(1)本願発明1について

ア 本願発明1と引用発明1の一致点・相違点

(ア)本願発明1と引用発明1とを対比すると、両者は「固体高分子膜からなる電解質膜」を有する点で共通する。

(イ)引用発明1における「固体高分子膜からなる電解質膜を挟」む「一対の触媒層」のうち、「アノード側ガス拡散層」に対向して設けられた「触媒層」及び「カソード側ガス拡散層」に対向して設けられた「触媒層」は、それぞれ、本願発明1の「第1電極触媒層」及び「第2電極触媒層」に相当する。

(ウ)引用発明1の「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」における「撥水層」について、引用文献1には、「ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)等のフッ素系ポリマーとカーボンブラックから形成される」([0039])と記載されている。
一方、本願発明1の「アノード電極」における「第1多孔質層」及び「カソード電極」における「第2多孔質層」について、本願明細書の発明の詳細な説明に、「第1多孔質層34及び第2多孔質層42は、電子伝導性物質と撥水性樹脂とを含む多孔質性の層であり、該電子伝導性物質に基づいて導電性を示す。この電子伝導性物質の好適な例としては、ファーネスブラック(・・・)、アセチレンブラック(・・・)、グラッシーカーボンの粉砕品、気相法炭素繊維(・・・)、カーボンナノチューブ、及びこれらを黒鉛化処理した粉末を単独又は2種以上混合したものが挙げられる。」(【0034】)と記載されている。
以上によれば、引用発明1の「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」における「撥水層」と、本願発明1の「アノード電極」における「第1多孔質層」及び「カソード電極」における「第2多孔質層」は、いずれも炭素粉末等の電子伝導性物質とフッ素系ポリマー等の撥水性樹脂から形成されるものである。
また、引用文献1には、「撥水層の孔にもバインダ樹脂が入り込みその孔を埋めることになるから撥水性あるいは排水性が低下してしまう」([0030])と記載されているから、引用発明1の「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」における「撥水層」は、多孔質である。
したがって、引用発明1の「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」における「撥水層」は、それぞれ、本願発明1の「アノード電極」における「第1多孔質層」及び「カソード電極」における「第2多孔質層」に相当する。

(エ)引用発明1の「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」における「炭素繊維からなる層」について、引用文献1には、「炭素繊維の集合体として、カーボンペーパ、カーボンクロス等の炭素質多孔質体が用いられ」([0039])とあるとおり、「カーボンペーパ」を用いる場合が記載されている。
一方、本願発明1の「アノード電極」における「第1ガス拡散層」及び「カソード電極」における「第2ガス拡散層」について、本願明細書の発明の詳細な説明には、「例えば、多数の繊維状カーボンがセルロース質に含有されることで構成されたカーボンペーパを基材とする。この基材に、例えば、FEP(テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体)等からなる撥水性樹脂を含有させた構成としてもよい。」(【0033】)とあるとおり、撥水性樹脂を含有させずに「カーボンペーパ」のみを用いる場合も記載されている。
以上によれば、引用発明1の「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」における「炭素繊維からなる層」は、それぞれ、本願発明1の「アノード電極」における「第1ガス拡散層」及び「カソード電極」における「第2ガス拡散層」に相当する。

(オ)前記(イ)?(エ)によれば、引用発明1の「炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなる」「アノード側ガス拡散層」は、本願発明1の「第1ガス拡散層と」「第1多孔質層とを重畳した第1重畳体」に相当し、引用発明1の「炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなる」「カソード側ガス拡散層」は、本願発明1の「第2ガス拡散層と」「第2多孔質層とを重畳した第2重畳体」に相当する。
また、引用発明1の「炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなる」「アノード側ガス拡散層」及び「触媒層」は、本願発明1の「電解質膜に臨む第1電極触媒層と、第1ガス拡散層と、前記第1電極触媒層及び前記第1ガス拡散層の間に介在」「する第1多孔質層とを有」する「アノード電極」に相当し、引用発明1の「炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなる」「カソード側ガス拡散層」及び「触媒層」は、本願発明1の「電解質膜に臨む第2電極触媒層と、第2ガス拡散層と、前記第2電極触媒層及び前記第2ガス拡散層の間に介在」「する第2多孔質層とを有」する「カソード電極」に相当する。
さらに、引用発明1の「一対の触媒層で固体高分子膜からなる電解質膜を挟んで形成された膜電極接合体の両面に、それぞれ炭素繊維からなる層と撥水層とが積層してなるガス拡散層が、前記撥水層が前記膜電極接合体に対向して設けられ」た構造体は、本願発明1の「固体高分子膜からなる電解質膜をアノード電極とカソード電極で挟持して構成される電解質膜・電極構造体」に相当する。

(カ)引用発明1では、「アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層は、ともに炭素繊維からなる層と撥水層をバインダ樹脂により接合して構成され、前記バインダ樹脂の含有量は、アノード側ガス拡散層の方がカソード側ガス拡散層よりも増大している」ところ、引用文献1には、「炭素繊維からなる層と撥水層はバインダ樹脂により接合ないし接着する場合において・・・バインダ樹脂の比率を増大させると、その分だけ炭素繊維あるいは撥水層の孔にもバインダ樹脂が入り込みその孔を埋めることになるから撥水性あるいは排水性が低下してしまう。」([0030])と記載されているから、「アノード側ガス拡散層」は「カソード側ガス拡散層」よりも撥水性あるいは排水性が低下しているということでき、これは、「アノード側ガス拡散層」は「カソード側ガス拡散層」よりも透水圧が大きく、気孔率が小さく緻密であることを意味する。
したがって、引用発明1の「アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層は、ともに炭素繊維からなる層と撥水層をバインダ樹脂により接合して構成され、前記バインダ樹脂の含有量は、アノード側ガス拡散層の方がカソード側ガス拡散層よりも増大している」ことは、本願発明1の「前記第1ガス拡散層と前記第1多孔質層とを重畳した第1重畳体は、前記第2ガス拡散層と前記第2多孔質層とを重畳した第2重畳体に比して、透水圧が大きく、 前記第1多孔質層は、前記第2多孔質層に比して気孔率が小さく緻密に形成され」ることに相当する。

(キ)以上によれば、本願発明1と引用発明1の一致点及び相違点は、以下のとおりである。

(一致点)
固体高分子膜からなる電解質膜をアノード電極とカソード電極で挟持して構成される電解質膜・電極構造体であって、
前記アノード電極は、前記電解質膜に臨む第1電極触媒層と、第1ガス拡散層と、前記第1電極触媒層及び前記第1ガス拡散層の間に介在する第1多孔質層とを有し、
前記カソード電極は、前記電解質膜に臨む第2電極触媒層と、第2ガス拡散層と、前記第2電極触媒層及び前記第2ガス拡散層の間に介在する第2多孔質層とを有し、
前記第1ガス拡散層と前記第1多孔質層とを重畳した第1重畳体は、前記第2ガス拡散層と前記第2多孔質層とを重畳した第2重畳体に比して、透水圧が大きい、
電解質膜・電極構造体。

(相違点1)
本願発明1の「アノード電極」では、「第1多孔質層」が「第1ガス拡散層」に直接接触し、「カソード電極」では、「第2多孔質層」が「第2ガス拡散層」に直接接触しているのに対し、引用発明1では、「アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層は、ともに炭素繊維からなる層と撥水層をバインダ樹脂により接合して構成され」ている点。

(相違点2)
本願発明1では、「第1重畳体の透水圧が25?120kPaであり、」「第2重畳体の透水圧が5?25kPaである」のに対して、引用発明1では、「アノード側ガス拡散層」及び「カソード側ガス拡散層」の透水圧が特定されていない点。

相違点の判断

事案に鑑み、相違点2について検討する。

(ア)本願明細書の発明の詳細な説明には、「第1重畳体の透水圧が25kPa以上であるとき、電解質膜の膜厚分散を1.0より小さく抑制できることが分かる。すなわち、上記の通り、第1電極触媒層が薄く、電解質膜に物理的変形を与えやすいアノード電極側について、第1重畳体の透水圧を25kPa以上とすることで、電解質膜の厚みのバラツキを適切に低減できる。つまり、電解質膜の物理変形を効果的に抑制できる。」(【0105】)と記載されている。
上記記載によれば、本願発明1における第1重畳体の浸透圧の下限値である25kPaは、「電解質膜の膜厚分散」を指標とし、これを1.0より小さく抑制することで、電解質膜の物理変形を効果的に抑制できることに基づいて算出されたものである。

(イ)さらに、本願明細書の発明の詳細な説明には、「燃料ガス及び酸化剤ガスのガス圧をともに100kPaとした際のセル電圧V_(100)(V)と、前記ガス圧を200kPaとした際のセル電圧V_(200)(V)とをそれぞれ求めた。さらに、セル電圧V_(200)とセル電圧V_(100)との差からセル電圧差ΔV(V_(200)-V_(100))を求めた。」(【0106】),「第1重畳体の透水圧が120kPa以下であり、且つ第2重畳体の透水圧が5?25kPaであるとき、セル電圧V_(100)を0.70V以上とすることができ、良好な発電性能が得られることが分かる。さらに、重畳体の透水圧が上記の範囲内であるとき、ガス圧を上昇させることに伴って、セル電圧も上昇することが諒解される。すなわち、重畳体の透水圧を上記の範囲内とすることで、ガス圧を上昇させても、フラッディングを生じさせず、発電反応を促進することができる。」(【0109】)と記載されている。
上記記載によれば、本願発明1における第1重畳体の浸透圧の上限値である120kPa、及び、第2重畳体の浸透圧の範囲である5?25kPaは、「セル電圧V_(100)」を指標とし、これが0.70V以上であることで「セル電圧」を評価し、「セル電圧差ΔV(V_(200)-V_(100))」を指標とし、これが正であること(ガス圧を上昇させることに伴って、セル電圧も上昇すること)でフラッディングが生じないことを評価した上で算出されたものである。

(ウ)他方、引用文献1には、「炭素繊維の突き出しを抑制するための処理は、一般に、ガス拡散層が本来有している撥水性(あるいは排水性ないし透水性)を低下させてしまう。・・・特に、カソード側ガス拡散層は・・・撥水性が低下したのでは、カソード側においてフラッディング現象が生じて出力が低下するだけでなく、カソード側の生成水をアノード側に逆拡散させてアノード側を湿潤状態に維持して出力を向上させることも困難となる。」([0030]),「そこで、本実施形態では、アノード側ガス拡散層については、炭素繊維の突き出しによる膜電極接合体の損傷を防止するために炭素繊維の突き出しを抑制する処理を施す一方で、カソード側ガス拡散層については、撥水性あるいは排水性を考慮して炭素繊維の突き出しを抑制する処理を実施しないか、あるいは実施したとしてもその処理程度を制限する。」([0031])という記載はあるものの、前記(ア)(イ)のように、電解質膜の膜厚分散や、セル電圧V_(200),V_(100)、セル電圧差ΔVを指標として、電解質の物理変形や、セル電圧、フラッディングが生じないことを定量的に評価して、アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層それぞれの透水圧の上限値及び下限値を決定することは記載されておらず、このような指標に基づく数値の算出方法が当業者の技術常識であることを裏付ける根拠も見いだせない。

(エ)したがって、フラッディング現象を回避して出力の低下を防ぐことが引用文献1に記載されているとしても、引用発明1において、「アノード側ガス拡散層」の透水圧を「25?120kPa」とし、「カソード側ガス拡散層」の透水圧を「5?25kPa」とすることは、当業者であっても、容易になし得たこととはいえない。
また、前記(ウ)のとおり、引用文献1には、電解質膜の膜厚分散や、セル電圧V_(200),V_(100)、セル電圧差ΔVを指標として、電解質の物理変形や、セル電圧、フラッディングが生じないことを定量的に評価して、アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層それぞれの透水圧の上限値及び下限値を決定することは記載されておらず、このような指標に基づく数値の算出方法が当業者の技術常識であることを裏付ける根拠も見いだせないから、当業者であっても、上記評価に基づく本願発明の効果を予測することはできない。

(オ)以上のとおりであるから、相違点1について検討するまでもなく、本願発明1は、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本願発明2について

本願発明2は、本願発明1を引用し、本願発明1の発明特定事項を全て備えており、前記「2 引用文献2の記載事項」を勘案しても、引用文献2には、電解質の物理変形や、セル電圧、フラッディングが生じないことを定量的に評価する指標として電解質膜の膜厚分散や、セル電圧V_(200),V_(100)、セル電圧差ΔVを用いることは記載されていないから、本願発明1と同様の理由により、本願発明2は、引用文献1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第6 むすび

以上のとおりであるから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2018-05-28 
出願番号 特願2014-38054(P2014-38054)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01M)
P 1 8・ 575- WY (H01M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 山内 達人  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 ▲辻▼ 弘輔
長谷山 健
発明の名称 電解質膜・電極構造体  
代理人 関口 亨祐  
代理人 仲宗根 康晴  
代理人 宮寺 利幸  
代理人 坂井 志郎  
代理人 山野 明  
代理人 千葉 剛宏  
代理人 大内 秀治  
代理人 千馬 隆之  

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