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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1341755
審判番号 不服2016-18856  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-12-15 
確定日 2018-06-27 
事件の表示 特願2014-218439「有機エレクトロルミネセンス素子のための新規な材料」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 5月14日出願公開、特開2015- 91801〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2007年5月21日〔パリ条約による優先権主張外国庁受理 2006年5月31日(DE)ドイツ〕を国際出願日とする特願2009-512456号(以下「分割原出願」という。)の一部を、平成26年10月27日に新たな特許出願としたものであって、
平成26年11月26日付けで上申書が提出されるとともに手続補正がなされ、
平成27年12月14日付けの拒絶理由通知に対して、平成28年3月22日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
平成28年8月10日付けの拒絶査定に対して、平成28年12月15日付けで審判請求がなされると同時に手続補正がなされ、平成29年4月24日付けで上申書の提出がなされ、
平成29年7月27日付けの補正の却下の決定により審判請求時の手続補正が却下され、平成29年7月27日付けの拒絶理由通知に対して、平成29年11月1日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正(以下「第4回目の手続補正」という。)がなされたものである。

2.本願発明
本願の特許を受けようとする発明は、第4回目の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?10に記載された「有機エレクトロルミネセンス素子のための新規な材料」に関するものであって、その請求項1?10の記載は、次のとおりのものである。

「【請求項1】式(5)の化合物。
【化1】

(ここで、使用される記号と添字は、以下が適用される:
Xは、Cであり、
Arは、出現毎に同一であるか異なり、1以上の基R^(1)で置換されてよい6?60個の芳香族環原子を有する芳香族環構造であり、ここで、基Arが、フェニル基のみを含むが、より大きい縮合芳香族構造を含まず;
R^(1)は、出現毎に同一であるか異なり、H又は1?40個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3?40個のC原子を有する分岐或いは環状アルキル基(各場合に1以上のH原子は、Fで置き代えられていてもよい)であり;
Yは、出現毎に同一であるか異なり、式(2)の基であり、
【化2】

ここで、式(2)の単位は、Arに連結し、R^(1)は、上記意味を有し、更に、
pは、出現毎に同一であるか異なり、0若しくは1であり、
qは、0若しくは1であり、ここで、式(2)の単位が、窒素を介してArに結合するならば、q=0であり、式(2)の単位が、窒素以外の原子を介してArに結合するならば、q=1であり、
mは、0であり、基R^(1)がYに代わって連結することを意味し、
nは、出現毎に同一であるか異なり、1であるが、
但し、XとYに同時に結合する基Arは、連続的に共役していないものである。)
【請求項2】化合物が、少なくとも2個の基X=O及び/又は少なくとも2個の基Yを含むことを特徴とする、請求項1記載の化合物。
【請求項3】基XとYに結合する基Arが、式(13)?式(15)の単位から選択されることを特徴とする、請求項1又は2記載の化合物。
【化3】

(ここで点線の結合は、各場合にXとYへの連結を示し、単位は各場合に1以上の基R^(1)で置換されてよく、更に、
Zは、出現毎に同一であるか異なり、-[C(R^(1))_(2)]_(k)-、Si(R^(1))_(2)若しくはOであり、
kは、1、2、3、4、5若しくは6である。)
【請求項4】記号R^(1)は、出現毎に同一であるか異なり、H又は1?40個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3?40個のC原子を有する分岐或いは環状アルキル基(各場合に1以上のH原子は、Fで置き代えられていてもよい)を表わすことを特徴とする、請求項1乃至3何れか1項記載の化合物。
【請求項5】化合物が、1以上のハロゲン若しくは1以上の基OSO2R^(2)により置換された芳香族ケトンの、2個のアリール基が基Eにより架橋されてもよいジアリールアミノ基へのハートビッヒ-ブッフバルト(Hartwig-Buchwald)カップリンングにより合成されることを特徴とする、請求項1乃至4何れか1項記載の化合物の調製方法。
【請求項6】請求項1乃至4何れか1項記載の化合物の有機電子素子での使用。
【請求項7】少なくとも一つの層が、請求項1乃至4何れか1項記載の少なくとも一つの化合物を含むことを特徴とする、陽極、陰極及び少なくとも1つの有機層を含む、有機エレクトロルミネセンス素子。
【請求項8】請求項1乃至4何れか1項記載の化合物が、発光層中の燐光ドーパントのためのマトリックス材料として使用されることを特徴とする、請求項7記載の有機エレクトロルミネセンス素子。
【請求項9】燐光エミッターが、式(18)?式(21)の化合物から選択されることを特徴とする、請求項8記載の有機エレクトロルミネセンス素子。
【化4】

(ここで、R^(1)は、出現毎に同一であるか異なり、H又は1?40個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3?40個のC原子を有する分岐或いは環状アルキル基(各場合に1以上のH原子は、Fで置き代えられていてもよい)を表わし、
使用される他の記号は以下が適用される:
DCyは、出現毎に同一であるか異なり、窒素若しくは燐から選ばれる少なくとも一つのドナー原子を含み、それを介して環状基が金属に結合する環状基であり、1以上の置換基R^(1)を担持し、基DCyとCCyとは共有結合を介して互いに接続しており、
CCyは、出現毎に同一であるか異なり、それを介して環状基が金属に結合する炭素原子を含む環状基であり、順に1以上の置換基R1を担持し、
Aは、出現毎に同一であるか異なり、単陰イオン性2座キレート配位子である。)
【請求項10】請求項1乃至4何れか1項記載の化合物が、蛍光及び燐光発光層間の中間層に導入されることを特徴とする、請求項7至9何れか1項記載の有機エレクトロルミネセンス素子。」

3.当審による拒絶理由通知の概要
平成29年7月27日付けの拒絶理由通知においては、その「理由4」として「この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号及び第2号に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。」との理由が示されている。
そして、その「理由4」の「下記の点」として『有機エレクトロルミネッセンス素子に用いるための化合物については、置換基の置換位置などの違いによって合成の可能性や溶解性などに難点が生じ得ることなどが知られており、式(5)の化合物において、Arが式(13)のスピロフルオレンと異なる芳香族環構造を有する化合物や、R^(1)としてフェニルなどの水素以外の置換基が置換した化合物が、発明の詳細な説明の記載又は本願出願時の技術常識に照らし、本願請求項1?10に係る発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められない。』という旨の指摘がなされている。

4.当審の判断
(1)サポート要件について
一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人…が証明責任を負うと解するのが相当である。』とされている〔平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕。
そこで、このような観点から、本願の請求項1?4を引用する請求項6に係る発明(以下「本6発明」という。)が、サポート要件を満たす範囲のものであるか否かについて検討する。

(2)特許請求の範囲及び明細書の記載
本願特許請求の範囲の請求項1?10の記載は、上記「2.本願発明」の項に示したとおりである。
また、本願明細書の発明の詳細な説明には、次のとおりの記載がなされている。

摘示a:なお解決すべき問題
「【0001】有機半導体は、最も広い意味での電子産業に帰することのできる多くの異なる用途のために開発されている。これら有機半導体が、機能性材料として使用される有機エレクトロルミネセンス素子(OLED)の構造は、例えば、US 4539507、US 5151629、EP 0676461及びWO 98/27136に記載されている。
【0002】近年明らかとなった発展は、蛍光ではなく燐光を呈する有機金属化合物の使用(M.A.Baldo et al., Appl. Phys. Lett. 1999, 75, 4-6)である。量子力学理由のために、燐光エミッターとしての有機金属化合物を使用すると、エネルギーとパワー効率での4倍に達する増加が可能である。この発展が成功するかどうかは、OLEDにおいてこれらの利点(単項放出=蛍光と比較しての三重項放出=燐光)を実行することもできる対応する素子の組成物が発見されるか否かにかかっている。
【0003】一般的には、三重項放出を示すOLEDには未だなお解決すべき問題が存在する。かくして、動作寿命は、一般的に未だあまりにも短く、高品質で長寿命の素子での燐光OLEDの導入をこれまでは妨げてきた。更に、先行技術にしたがうマトリックス材料を含む燐光素子における電荷バランスは、未だ平均化されていなかった。これは、より高い電圧と、その結果のより低い効率と、より短い寿命を生じている。更に、先行技術にしたがう多くのマトリックス材料は、適切に高い溶解度を有さず、その結果これら材料は溶液からの加工に適していない。」

摘示b:化合物のOLEDでの使用
「【0055】本発明による化合物は、有機エレクトロルミネッセンス素子での使用に関して、先行技術を超える以下の驚くべき効果を有する。
【0056】1.本発明による化合物を使用して製造されるOLED素子の電荷バランスは、先行技術したがうOLEDと比較してより良好に平均化されている。これは、動作電圧の減少とそれゆえのより高い効率を生じる。
【0057】2.素子の寿命も、改善されている。
【0058】3.本発明による化合物は、通常の有機溶媒に簡単に溶解する。更に、それらは、溶液からの加工時に非常に良好な膜形成特性を有する。これは、特に、可溶性三重項エミッターでの本発明による化合物の混合物の溶液系の加工を容易にする。
【0059】4.本発明による化合物の、蛍光と燐光発光層との間の中間層での使用は、有機エレクトロルミネッセンス素子の効率の増加をもたらす。
【0060】本出願のテキストは、本発明による化合物のOLED及びPLEDと、対応する表示装置に関する使用に向けられている。説明の制限にもかかわらず。当業者には更なる発明性を要することなく、本発明による化合物を、他の電子素子、例えば、有機電界効果トランジスタ(O-FET)、有機薄膜トランジスタ(O-TFT)、有機発光トランジスタ(O-LET)、有機集積回路(O-IC)、有機太陽電池(O-SC)、有機電場消光素子(O-FQD)、発光電子化学電池(LEC)、有機レーザーダイオード(O-laser)若しくは有機光受容器での更なる使用のために使うことが可能である。
【0061】本発明は、同様に、本発明による化合物の対応する素子中での使用とこれら素子自身に関する。」

摘示c:化合物M1?M4の構造式又は化合物名
「【0068】c)化合物M1の合成
【化11】

…【0072】b)トリス-p-(9H-カルバゾリル)フェニルホスフィンオキシド(M2)の合成
【化13】

…【0076】b)1,3-ビス[4-(ジフェニルアミノ)ベンゾイル-5-tert-ブチル]ベンゼン(M3)の合成
【化15】

…【0080】b)1,3,5-トリス[4-(ジフェニルアミノ)ベンゾイル)]ベンゼン(M4)
【化17】



摘示d:OLEDの製造例
「【0082】例5:本発明による化合物を含む有機エレクトロルミネセンス素子の製造と特性決定
本発明によるエレクトロルミネセンス素子は、例えば、WO05/003253に記載されるとおりに製造することができる。…
【0086】上記の条件下で、標準のホストBAlqを使用して製造されたOLEDは、典型的には、x=0.68、y=0.32のCIE色座標で、約8.1cd/Aの最大効率を与える。1000cd/m^(2)の参照輝度に対して、7.2Vの電圧が必要とされる。寿命は、初期輝度1000cd/m^(2)で約6300時間である(表1参照)。対照的に、本発明によるホストM1?M4を使用して製造されたOLEDは、他は同一の構造で、x=0.68、y=0.32のCIE色座標で、約8.9cd/Aの最大効率を示し、1000cd/m^(2)の参照輝度に対して必要な電圧は、5.6Vである。初期輝度1000cd/m^(2)で約7900時間の寿命は、参照材料BAlqより、より長い(表1参照)。
【0087】表1:ドーパントとしてIr(piq)_(3)を有する本発明のホスト材料による素子結果
【表1】



(3)本6発明の解決しようとする課題
本願明細書の段落0002(摘示a)及び同段落0055?0059(摘示b)を含む発明の詳細な説明の全体の記載からみて、本6発明の解決しようとする課題は『OLED素子の電荷バランスを先行技術に比較してより良好に平均化させ、動作電圧の減少と高い効率を生じることができ、素子の寿命が改善され、有機溶媒に簡単に溶解し、非常に良好な膜形成特性を有し、三重項放出(燐光)を実行することができる化合物の有機電子素子での使用の提供』にあるものと認められる。

(4)分割原出願の出願当時の技術水準について
ア.本願の分割原出願の出願前に頒布された刊行物である特開2005-302657号公報(参考例A)には、次の記載がある。
摘記A1:段落0014及び0016?0017
「【0014】ECLの発光材料としては、…(1)可視光領域の蛍光又は燐光を有し、…(3)発光分子が溶媒に溶解しやすいこと、…の性質を備えるものが一般的に、好ましく用いられる、…
【0016】具体的には、テルフェニルとしては、パラ体、メタ体、オルソ体があるが、オルソ体は立体的な障害より得ることが出来ない。これに対してパラ体、メタ体は得ることができるが、パラ体は全般的に溶解性が悪く、…メタ型のテルフェニルが好ましい。
【0017】また、アリール置換基としてのナフチル基の導入は、立体障害により合成が困難であるため、実質的には置換または非置換のフェニル体となる。」

イ.本願の分割原出願の出願前に頒布された刊行物である特開2000-7604号公報(参考例B)には、次の記載がある。
摘記B1:段落0001及び0021
「【0001】…本発明は、新規なスチリル化合物…を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機EL素子という)に関する。…
【0021】…一般式〔I〕において、…アリーレンは、その炭素数が6未満では所望のアリーレンを形成できず、炭素数が30を超えると合成に手間がかかる上に蒸着が困難になる場合がある。」

ウ.本願の分割原出願の出願前に頒布された刊行物である特開2004-224766号公報(参考例C)には、次の記載がある。
摘記C1:段落0005及び0103
「【0005】…従来知られている発光性の低分子化合物は、難溶性のものが多く、…湿式成膜後、結晶化などが生じて薄膜にピンホールが発生しやすく、実際には単独で用いることができなかった。…
【0103】…本発明のビスアントラセン誘導体を用いた実施例の有機EL素子は、比較例の有機EL素子に比べて、高い発光性能を示している。…(4)本発明の化合物において、連結基の環状構造数が4以上の場合は、連結基のアリール基…がアントラセン環の立体障害により、ねじれ、共役性を失い、性能が低下する。」

エ.本願の分割原出願の出願前に頒布された刊行物である特開2003-201472号公報(参考例D)には、次の記載がある。
「【0006】…ペリレンは平面性の高い分子構造であるため、有機EL素子用発光材料として用いる場合、濃度消光等の好ましくない現象が発生し易い。そのため、…立体的に嵩高い置換基を導入する等の改良が試みられているが、それに伴う分子量の増大によって、溶剤に対する溶解性の低下や、素子作成時の蒸着性が悪くなるといった作業性の悪化という懸念がある。」

オ.芳香族環構造の形態や炭素数についての技術常識
上記参考例Aには、有機EL素子用の化合物の芳香族環構造において、当該芳香族環構造を構成するフェニル基が、オルソ体となる場合には「立体的な障害より得ることが出来ない」と記載され、パラ体となる場合には「全般的に溶解性が悪」いと記載されており、
上記参考例Bには、有機EL素子用の化合物の芳香族環構造において、炭素数が30を超えると合成や蒸着の点で問題が生じると記載されており、
上記参考例Cには、有機EL素子用の化合物の芳香族環構造において、環状構造数が4以上の場合には、立体障害により共役性を失い、性能が低下することが記載されている。
してみると、本願の分割原出願の出願当時の技術水準において、有機EL素子用の化合物の芳香族環構造の形態や芳香族環構造を形成する炭素数の数によっては、有機EL素子用の化合物として実際に使用できない蓋然性が高いことが、技術常識として普通に認識されていたものと認められる。

カ.嵩高い置換基の導入についての技術常識
上記参考例Dには、有機EL素子用の化合物の置換基において、立体的に嵩高い置換基を導入すると、それに伴う「分子量の増大」によって「溶剤に対する溶解性の低下」や「素子作成時の蒸着性が悪くなる」といった問題が生じることが記載されている。
してみると、本願の分割原出願の出願当時の技術水準において、有機EL素子用の化合物に嵩高い置換基が導入された場合には、有機EL素子用の化合物として実際に使用できない蓋然性が高いことが、技術常識として普通に認識されていたものと認められる。

(5)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比
ア.本願請求項1に記載された「式(5)の化合物」の具体例
本6発明は、本願請求項6の「請求項1乃至4何れか1項記載の化合物の有機電子素子での使用。」との記載にあるように、本願請求項1に記載された「式(5)の化合物」を発明特定事項として含むものである。
これに対して、本願明細書の段落0087(摘示d)の表1には、化合物M1?M4をホスト材料として使用して製造されたOLED(有機エレクトロルミネセンス素子)の具体例が記載されているところ、本願明細書の段落0068、0072、0076、及び0080(摘示c)の記載から明らかなように、本願請求項1に記載された「式(5)」の化学構造を有する化合物は、上記「化合物M1?M4」のうちの「M1」のみである。
すなわち、本願明細書の表1で示される具体例は、特定の化合物の有機電子素子での使用の例であるところ、本願明細書の発明の詳細な説明には、当該「化合物M1の有機電子素子での使用」以外に、本6発明の具体例に相当する「化合物の有機電子素子での使用」についての記載が認められない。

イ.本願請求項1の「式(5)」と本願明細書の「化合物M1」との対比
本願明細書の「化合物M1」は、その段落0068に記載されるとおりの「

」という化学構造を有する化合物であるから、当該「化合物M1」は、本願請求項1に記載された「

」において、
Xは、Cであり、
Arは、出現毎に同一であるか異なり、1以上の基R^(1)で置換されてよい6?60個の芳香族環原子を有する芳香族環構造(スピロビフルオレン=25個の芳香族環原子を有する芳香族環構造)であり、ここで、基Arが、フェニル基のみを含むが、より大きい縮合芳香族構造を含まず;
R^(1)は、出現毎に同一であるHであり;
Yは、出現毎に同一である、式(2)の基(カルバゾール基)であり、

ここで、式(2)の単位は、Arに連結し、R^(1)は、上記意味を有し、更に、
pは、出現毎に同一である、0であり、
qは、0若しくは1であり、ここで、式(2)の単位が、窒素を介してArに結合するならば、q=0であり、
mは、0であり、
nは、出現毎に同一であるか異なり、1であるが、
但し、XとYに同時に結合する基Arは、連続的に共役していないものである。)
という場合に該当する。

ウ.本願請求項1の「基Ar」の範囲について
上記「イ.」に示したように、本願明細書の「化合物M1」における「スピロビフルオレン」は「24個の芳香族環原子と1個のスピロ連結部分の炭素原子からなる芳香族環構造」を構成するものであるところ、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願請求項1の「Ar」が「6?23個の芳香族環原子を有する芳香族環構造」である場合の化合物、並びに「25?60個の芳香族環原子を有する芳香族環構造」である場合の化合物について、これを実際に製造し、使用した具体例ないし試験結果についての記載がない。
そして、上記『4.(4)オ.芳香族環構造の形態や炭素数についての技術常識』の項に示したように、本願の分割原出願の出願当時の技術水準において、有機EL素子用の化合物の芳香族環構造の形態や芳香族環構造を形成する炭素数の数によっては、有機EL素子用の化合物として実際に使用できない蓋然性が高いことが、技術常識として普通に認識されていたものと認められる。
してみると、本6発明のうち、本願請求項1の「Ar」が、6?23及び25?60個の芳香族環原子を有する芳香族環構造である場合の化合物の「有機電子素子での使用」に関する発明については、本願明細書の発明の詳細な説明の記載又は本願の分割原出願の出願当時の技術常識に照らし、本6発明の上記『OLED素子の電荷バランスを先行技術に比較してより良好に平均化させ、動作電圧の減少と高い効率を生じることができ、素子の寿命が改善され、有機溶媒に簡単に溶解し、非常に良好な膜形成特性を有し、三重項放出(燐光)を実行することができる化合物の有機電子素子での使用の提供』という課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものであるとは認められない。

エ.本願請求項1の「R^(1)」の範囲について
本願明細書の「化合物M1」は、本願請求項1の「式(5)」における「R^(1)」に相当する基が「H」である場合の化合物に該当するところ、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願請求項1の「R^(1)」が「1?40個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3?40個のC原子を有する分岐或いは環状アルキル基(各場合に1以上のH原子は、Fで置き代えられていてもよい)」である場合の化合物について、これを実際に製造し、使用した具体例ないし試験結果についての記載がない。
そして、上記『4.(4)カ.嵩高い置換基の導入についての技術常識』の項に示したように、本願の分割原出願の出願当時の技術水準において、有機EL素子用の化合物に嵩高い置換基が導入された場合には、有機EL素子用の化合物として実際に使用できない蓋然性が高いことが、技術常識として普通に認識されていたものと認められる。
してみると、本6発明のうち、本願請求項1の「R^(1)」が、最大40個のC原子を有する直鎖、分枝或いは環状アルキル基である場合の化合物の「有機電子素子での使用」に関する発明については、本願明細書の発明の詳細な説明の記載又は本願の分割原出願の出願当時の技術常識に照らし、本6発明の上記『OLED素子の電荷バランスを先行技術に比較してより良好に平均化させ、動作電圧の減少と高い効率を生じることができ、素子の寿命が改善され、有機溶媒に簡単に溶解し、非常に良好な膜形成特性を有し、三重項放出(燐光)を実行することができる化合物の有機電子素子での使用の提供』という課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものであるとは認められない。

オ.本願請求項2の化合物の範囲について
本願請求項1を引用する本願請求項2に記載された化合物は「化合物が、少なくとも2個の基X=O及び/又は少なくとも2個の基Yを含むことを特徴とする、請求項1記載の化合物」に関するものであるところ、本願請求項1の式(5)の定義において、mは「0」のみに特定され、nは「1」のみに特定されているので、請求項2の「2個以上の基X=Oを含む場合の化合物や3個以上の基Yを含む」との記載は請求項1の記載と整合しないが、この点をさて措くとしても、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願請求項1記載の化合物において、2個以上の基X=Oを含む場合の化合物や3個以上の基Yを含む場合の化合物について、このような化合物を実際に製造し、使用した具体例ないし試験結果についての記載がない。
また、本願請求項1記載の化合物において、2個以上の基X=Oを含む場合の化合物や3個以上の基Yを含む場合の化合物について、本願の分割原出願の出願当時の技術水準における技術常識を参酌したとしても、このような化合物を実際に製造し、使用できるとはいえない。
してみると、本6発明のうち、本願請求項2の「化合物が、少なくとも2個の基X=O及び/又は少なくとも2個の基Yを含むことを特徴とする、請求項1記載の化合物」の「有機電子素子での使用」に関する発明についても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載又は本願の分割原出願の出願当時の技術常識に照らし、本6発明の上記『OLED素子の電荷バランスを先行技術に比較してより良好に平均化させ、動作電圧の減少と高い効率を生じることができ、素子の寿命が改善され、有機溶媒に簡単に溶解し、非常に良好な膜形成特性を有し、三重項放出(燐光)を実行することができる化合物の有機電子素子での使用の提供』という課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものであるとは認められない。

カ.審判請求人の主張について
平成29年11月1日付けの意見書の第3頁において、審判請求人は『(5)サポート実施可能要件…上記補正により、本願請求項1に係る発明は、式(5)の化合物に限定され、基Arも、ナフチル基が削除され、芳香族基としてフェニル基のみを含む基にさらに限定されました。置換基R^(1)は、有機エレクトロルミッセンス素子で使用される化合物のための置換基として通常使用されるものであります。さらに、請求項3においても、Arは、式(13)?式(15)の単位に限定されました。たとえ本願の実施例が、これらの置換基の全てを含んでないとしても、これらの基で置換された化合物が、化合物M1と同様の有用性を示すことは当業者には理解できるものと信じます。』と主張している。
しかしながら、前段の「置換基R^(1)は、有機エレクトロルミッセンス素子で使用される化合物のための置換基として通常使用されるものであります」との主張について、当該「R^(1)」は「出現毎に同一であるか異なり、H又は1?40個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3?40個のC原子を有する分岐或いは環状アルキル基(各場合に1以上のH原子は、Fで置き代えられていてもよい)であり」と規定されているところ、例えば40個のC原子を有する直鎖、分枝或いは環状アルキル基である場合のものが「通常使用」される範囲の置換基であると解すべき事情は見当たらないので、当該主張は採用できない。
また、中段の「Arは、式(13)?式(15)の単位に限定されました。」との主張について、本願請求項1の記載は「Ar」が「式(13)?式(15)の単位に限定」されていないので、本願請求項1?2を引用する本願請求項6に係る発明が、明細書のサポート要件を満たす範囲にあるとは認められず、当該主張は採用できない。
さらに、後段の「これらの基で置換された化合物が、化合物M1と同様の有用性を示すことは当業者には理解できるものと信じます。」との主張について、上記参考例A?Dの開示をも参酌するに、大きすぎる芳香族環構造や置換基の導入は、共役性や溶解性や蒸着性を失って、有機電子素子での使用が不可能ないし困難になることが技術常識として普通に認識されているといえるから、本願請求項1?4に記載された化合物の全てが本願明細書の「化合物M1」と同様の有用性を示すと理解できると直ちに解することができず、当該主張は採用できない。

(6)まとめ
以上総括するに、本願特許請求の範囲の請求項1及び2を引用する請求項6の記載は、発明の詳細な説明の記載又は本願の分割原出願の出願当時の技術常識に照らし、本6発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められないから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
したがって、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たすものではないから、その余の事項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-01-29 
結審通知日 2018-01-30 
審決日 2018-02-13 
出願番号 特願2014-218439(P2014-218439)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 早乙女 智美  
特許庁審判長 守安 智
特許庁審判官 木村 敏康
加藤 幹
発明の名称 有機エレクトロルミネセンス素子のための新規な材料  
代理人 鵜飼 健  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 井上 正  
代理人 河野 直樹  
代理人 野河 信久  
代理人 飯野 茂  

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