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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1341868
審判番号 不服2017-5636  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-19 
確定日 2018-07-24 
事件の表示 特願2015-543225「方向性ケイ素鋼及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 5月30日国際公開、WO2014/078977、平成28年 2月25日国内公表、特表2016-505706、請求項の数(3)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2012年(平成24年)12月11日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2012年11月26日 (CN)中華人民共和国)を国際出願日とする出願であって、平成28年5月12日付けで拒絶理由が通知され、同年8月10日(受付日)に意見書及び手続補正書が提出され(以下、同年8月10日(受付日)に提出された手続補正書による補正を「手続補正1」という。)、同年12月14日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、平成29年4月19日(受付日)に拒絶査定不服審判の請求とともに手続補正書が提出され(以下、同年4月19日(受付日)に提出された手続補正書による補正を「手続補正2」という。)、同年7月5日付けで前置報告がされたものである。

第2 原査定及び前置報告の概要

1 原査定の概要

手続補正1によって補正された特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明は、引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
仮にそうでないとしても、手続補正1によって補正された特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
引用文献1:特開2007-254829号公報

2 前置報告の概要

手続補正2は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正を含む。
しかし、手続補正2によって補正された特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献3,4に記載された公知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることはできない。
したがって、手続補正2は、同法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項で準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
そして、本願は原査定の理由に示したとおり拒絶されるべきものである。
引用文献1:特開2007-254829号公報(再掲)
引用文献3:牛神義行,二次再結晶理論計算,新日鉄技報,新日本製鐵株式会社,2012年3月,第392号,第26?31頁
引用文献4:川鉄の方向性電磁鋼帯HPDRコア New RGH,RGH,RGコア,川崎製鉄株式会社,2000年3月,第46?49,52?55,58?61頁

第3 手続補正2について

審判請求時の補正である手続補正2は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正を含むから、手続補正2によって補正された特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明(以下「本願発明1?3」といい、これらをまとめて「本願発明」という。)は、同法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないところ、以下の「第4 本願発明」及び「第5 当審の判断」で検討するとおり、本願発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

第4 本願発明

本願発明1?3は、手続補正2によって補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
方向性ケイ素鋼の製造方法であって、
方向性ケイ素鋼スラブを1100?1200℃まで加熱した後、熱間圧延して熱延板を得る工程;
前記熱延板を冷延圧下率85%以上で冷間圧延して、方向性ケイ素鋼の最終製品の厚さを有する冷延板を得る工程;及び、
前記冷延板に焼鈍処理を施して方向性ケイ素鋼の最終製品を得る工程
をこの順に含み、
前記方向性ケイ素鋼スラブは、重量%で、Si:2.5?4.0%、酸可溶性アルミニウムAls:0.010?0.040%、N:0.004?0.012%、S:0.015%以下、C:0.050?0.075%、Mn:0.08?0.18%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記方向性ケイ素鋼の最終製品において結晶粒径が5mm未満の微細結晶粒の面積比率は3%以下であり、
前記方向性ケイ素鋼の最終製品において磁束密度1.7Tでの透磁率と磁束密度1.5Tでの透磁率との比μ17/μ15は0.55以上であり、
前記冷間圧延前に、前記熱延板に熱延板焼鈍処理を施す工程を更に含み、
前記熱延板焼鈍処理は、焼鈍温度が900?1150℃であり、焼鈍冷却速度が25?100℃/秒であり、
前記焼鈍処理は、高温焼鈍を含み、
前記高温焼鈍前に、前記冷延板に窒化処理を施す工程を更に含む
方向性ケイ素鋼の製造方法。
【請求項2】
前記焼鈍処理は、脱炭焼鈍、焼鈍分離剤の塗布、高温焼鈍、絶縁被膜の塗布及び熱延伸平坦化焼鈍をこの順に含む、請求項1に記載の方向性ケイ素鋼の製造方法。
【請求項3】
前記方向性ケイ素鋼の最終製品において結晶粒径が5mm未満の微細結晶粒の面積比率は2%以下である、請求項1又は2に記載の方向性ケイ素鋼の製造方法。」

第5 当審の判断

1 引用文献1の記載事項

(1)原査定で引用された引用文献1には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。
「【0001】
本発明は・・・方向性電磁鋼板を製造する方法に関するものである。」
「【0002】
方向性電磁鋼板の磁気特性は、鉄損、磁束密度及び磁歪である。・・・最も基本な注目すべき磁気特性は、磁束密度であり、その向上がこの分野での大きな技術開発項目である。本発明の目的は・・・高Si含有の方向性電磁鋼板の磁束密度を従来より更に向上させることである。」
「【0011】
本発明は、AlNを二次再結晶の主なインヒビターとし、スラブ加熱温度が低い充分析出窒化型・・・の高Si含有の方向性電磁鋼板の製造において、熱間圧延鋼帯焼鈍条件を一段として一次再結晶粒径の整粒性を確保し、高磁束密度の方向性電磁鋼板を得る製造方法を提案するものである。本発明は以下の構成からなる。
【0012】
(1)質量%で、C:0.050?0.080%、Si:3.2?4.0%、酸可溶性Al:0.026?0.035%、N:0.0060?0.0095%、SとSeをSeq(S当量)=S+0.405SeとしてSeq=0.005?0.013%、Mn:0.06?0.15%、Ti≦0.005%、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋳片を1200℃以下の温度で加熱し、熱間圧延を施して熱間圧延鋼帯とし、この熱延鋼帯を焼鈍し、最終冷間圧延の圧延率を85%?92%として冷間圧延し、次いで、一次再結晶・脱炭焼鈍温度を810℃?880℃として一次再結晶・脱炭焼鈍し、一次再結晶粒の円相当の平均粒径(直径)を20μm以上26μm以下とし、ストリップ走行状態下で水素、窒素及びアンモニアの混合ガス中の全窒素含有量を0.015?0.027質量%とする窒化処理を施し、その後MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して最終仕上げ焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造において、冷間圧延前の熱間圧延鋼帯焼鈍条件を、925℃以上1120℃未満の間の下記Tmax.℃およびTmin.℃の式で規定される特定の温度域で、90秒以上300秒以下で焼鈍し、磁束密度(B8(T))が1.88T超となることを特徴とする磁気特性が優れた方向性電磁鋼板の製造方法。ここで温度の上限下限は次の式で与えられる。
Tmax.(上限値)(℃)=15/22×AlNR+1000
Tmin.(下限値)(℃)=15/22×AlNR+900
ここで、AlNR(ppm)=酸可溶性Al-27/14(N-14/48Ti)」
「【0031】
・・・
熱間圧延での鋳片(スラブ)の再加熱条件については、1200℃を超えると・・・二次再結晶性が変動してスキッドマークが生じ工業生産できない。・・・」
「【0039】
焼鈍後の焼鈍温度(≧925℃)から900℃までの冷却は、析出量を確保するためには空冷が望ましい。900℃から550℃までの冷却は、15℃/秒より遅いと炭化物が析出し一次再結晶集合組織が劣り、100℃/秒を超えると一次インヒビター物質が微細に析出するため一次インヒビター強度が強くなり過ぎ、その二次インヒビター効果が弱まり二次再結晶が不安定になる。下限温度の550℃は、これ以下の温度では、インヒビターの析出及び変態相の形態が変わらず効果がないためで工業生産での生産性・設備制約で規定される。」
「【0045】
<実施例1>
表2に示す通常の方法で溶製した250mm厚の鋳片を1145℃?1155℃で再加熱後2.6mm厚の熱間圧延鋼帯とした。この鋼帯を次の条件で熱処理した。表2に示す条件で熱間圧延板焼鈍後酸洗し、240℃3回の時効処理を含んでリバース冷間圧延で0.285mm厚とした。なお、熱延圧延板焼鈍後の900℃から550℃までの冷却は20℃/秒?30℃/秒とした。その後、150秒の湿水素雰囲気で脱炭・一次再結晶焼鈍を行った。この材料を窒化後総窒素含有量が約0.021%Nとなるように窒化して、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を表面に塗布し二次再結晶焼鈍を施した。その条件は、N_(2):25%、H_(2):75%の雰囲気として10?20℃/時間で1200℃まで昇温した。その後、1200℃の温度で20時間以上、H_(2):100%で純化処理を行った。その後、通常用いられる絶縁張力コーティングの塗布と平坦化処理を行った。表2に示す様に本発明を適用すれば磁気特性が優れる。」
「【0047】
【表2】

・・・」
「【0052】
<実施例4>
実施例3で得られた熱間圧延材について、一段サイクルで1040℃で160秒間の焼鈍後の900℃?550℃までの冷却速度を、i)大気中冷により10℃/秒,ii)ブロアーによる冷却により20℃/秒・・・の条件で冷却した。・・・」

(2)前記(1)の記載によれば、引用文献1には、以下の事項が記載されている。

ア 引用文献1に記載された発明は、方向性電磁鋼板の磁気特性のうち、最も基本的で注目すべき磁気特性である磁束密度の向上がこの分野での大きな技術開発項目であることに鑑み、高Si含有の方向性電磁鋼板の製造方法において、その磁束密度を従来よりさらに向上させることを目的とするもので(【0001】,【0002】)、AlNを二次再結晶の主なインヒビターとし、スラブ加熱温度が低い充分析出窒化型の高Si含有の方向性電磁鋼板の製造方法において、熱間圧延鋼帯焼鈍条件を一段として一次再結晶粒径の整粒性を確保することを特徴とする(【0011】)。

イ 具体的には、
(ア)質量%で、C:0.050?0.080%,Si:3.2?4.0%,酸可溶性Al:0.026?0.035%,N:0.0060?0.0095%,SとSeをSeq(S当量)=S+0.405SeとしてSeq=0.005?0.013%,Mn:0.06?0.15%,Ti≦0.005%、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋳片を1200℃以下の温度で加熱し、熱間圧延を施して熱間圧延鋼帯とし、
(イ)上記熱間圧延鋼帯を焼鈍し、
(ウ)最終冷間圧延の圧延率を85%?92%として冷間圧延し、
(エ)次いで、一次再結晶・脱炭焼鈍温度を810℃?880℃として一次再結晶・脱炭焼鈍し、一次再結晶粒の円相当の平均粒径(直径)を20μm以上26μm以下とし、
(オ)ストリップ走行状態下で水素、窒素及びアンモニアの混合ガス中の全窒素含有量を0.015?0.027質量%とする窒化処理を施し、
(カ)その後MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して最終仕上げ焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法であって、
(キ)上記(イ)の熱間圧延鋼帯の焼鈍条件を、925℃以上1120℃未満の間の下記Tmax.(℃)及びTmin.(℃)の式で規定される特定の温度域で、90秒以上300秒以下として、磁束密度(B8(T))を1.88T超とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
Tmax.(上限値)(℃)=15/22×AlNR+1000
Tmin.(下限値)(℃)=15/22×AlNR+900
ここで、AlNR(ppm)=酸可溶性Al-27/14(N-14/48Ti)(【0012】)。
(ク)また、上記(イ)の熱間圧延鋼帯の焼鈍後の冷却については、1段階目の焼鈍温度(≧925℃)から900℃までの冷却は空冷が望ましく、2段階目の900℃から550℃までの冷却は、15℃/秒以上100℃/秒以下とする(【0039】)。
なお、上記1段階目の「空冷」の冷却速度について、引用文献1には具体的な記載はないが、実施例4には、熱間圧延鋼帯を焼鈍(一段サイクルで1040℃で160秒間)した後、2段階目の900℃?550℃までの冷却速度についてではあるが、i)大気中冷により10℃/秒,ii)ブロアーによる冷却により20℃/秒とする例が記載されている(【0052】)。

ウ さらに、実施例1(【0045】,【0047】【表2】1行目の「本発明」)には、
(ア)溶製時成分が、重量%で、C:0.061%,Si:3.42%,Mn:0.100%,S:0.006%,sAl(酸可溶性Al):0.0305%,N:0.0068%,Ti:0.0020%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる250mm厚の鋳片を1150℃で加熱して2.6mm厚の熱間圧延鋼帯とし、
(イ)この熱間圧延鋼帯を、925℃以上1120℃未満の間で、かつ、AlNR=185ppmから算出したTmax.=1126℃,Tmin.=1026℃の間の温度範囲(1026℃以上1120℃未満)にある1065℃で175秒間、一段の熱処理をして焼鈍した後、900℃から550℃までの冷却速度を20℃/秒?30℃/秒とし、
(ウ)酸洗後、240℃3回の時効処理を含むリバース冷間圧延で0.285mm厚(圧延率=(2.6-0.285)/2.6×100=89%)とし、
(エ)850℃,150秒の湿水素雰囲気で脱炭・一次再結晶焼鈍を行い、
(オ)窒化後総窒素含有量が約0.021%Nとなるように窒化し、
(カ)MgOを主成分とする焼鈍分離剤を表面に塗布し、N_(2):25%,H_(2):75%の雰囲気として10?20℃/時間で1200℃まで昇温し、その後、1200℃の温度で20時間以上、H_(2):100%で純化処理を行うことにより、二次再結晶焼鈍を施し、
(キ)絶縁張力コーティングの塗布と平坦化処理を行うことによって、磁束密度(B8(T))が1.938Tである方向性電磁鋼板を製造する方法が記載されている。
ここで、上記(ア)の「鋳片」は「スラブ」と同義であると認められる(【0031】)。
また、引用文献1には、実施例1における上記(イ)の焼鈍後の1065℃から900℃までの1段階目の冷却について記載がないが、前記イ(ク)によれば、かかる冷却は「空冷」で行われたものと認められる。

(3)以上によれば、引用文献1には、実施例1に基づいて認定した以下の「引用発明1」が記載されているものと認められる。

(引用発明1)
溶製時成分が、重量%で、C:0.061%,Si:3.42%,Mn:0.100%,S:0.006%,酸可溶性Al:0.0305%,N:0.0068%,Ti:0.0020%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる250mm厚のスラブを1150℃で加熱して2.6mm厚の熱間圧延鋼帯とする工程、
上記の熱間圧延鋼帯を、1065℃で175秒間、一段の熱処理をして焼鈍した後、1065℃から900℃までの冷却を空冷により行い、900℃から550℃までの冷却を冷却速度を20℃/秒?30℃/秒で行う工程、
240℃3回の時効処理を含むリバース冷間圧延で0.285mm厚(圧延率89%)とする工程、
850℃,150秒の湿水素雰囲気で脱炭・一次再結晶焼鈍を行う工程、
窒化後総窒素含有量が約0.021%Nとなるように窒化する工程、
MgOを主成分とする焼鈍分離剤を表面に塗布し、N_(2):25%,H_(2):75%の雰囲気として10?20℃/時間で1200℃まで昇温し、その後、1200℃の温度で20時間以上、H_(2):100%で純化処理を行うことにより、二次再結晶焼鈍を施す工程、及び、
絶縁張力コーティングの塗布と平坦化処理を行う工程
をこの順で含む磁束密度(B8(T))が1.938Tである方向性電磁鋼板を製造する方法。

2 引用文献3の記載事項

前置報告で引用された引用文献3には、以下の記載がある。
「二次再結晶とは,一次再結晶が完了した後に更に高温で焼鈍すると,一次再結晶組織中の特定の粒が他の粒を蚕食して粗大粒に成長する現象である。この二次再結晶を利用して結晶方位制御を行った工業製品として,変圧器の鉄心等に用いられる方向性電磁鋼板がある。」(第26頁左欄第2?6行)
「二次再結晶を安定して行わせるためには,インヒビターとよばれる微細析出物が重要な役割を果たす。一次再結晶した鋼板を焼鈍すると,全ての結晶方位が成長する。一方,インヒビターが存在すると,図1に示すように,低温域ではピン止め効果によって粒成長が抑制されるが,インヒビターが弱体化し始める温度から{110}<001>方位粒,いわゆるGoss方位粒のみが成長を開始して粗大粒に成長するようになる。」(第26頁左欄第13行?同頁右欄第2行)




3 引用文献4の記載事項

前置報告で引用された引用文献4は、方向性電磁鋼帯の製品カタログであって、各製品ごとに、磁化曲線(縦軸:磁束密度(T),横軸:磁化力H(A/m))、及び、透磁率曲線(縦軸:透磁率μ(H/m),横軸:磁化力H(A/m))のグラフが記載されている。
これら2つのグラフを以下のように用いると、各製品ごとに、本願発明1で定義された「磁束密度1.7Tでの透磁率と磁束密度1.5Tでの透磁率との比μ17/μ15」を算出することができる。
まず、磁化曲線のグラフから、磁束密度:1.5Tに対応する磁化力Hの値を読み取り、次に、透磁率曲線のグラフから、この磁化力Hの値に対応する透磁率の値を読み取ればμ15が得られる。同様にしてμ17を読み取り、両者の比であるμ17/μ15を算出する。
このようにして、μ17/μ15を算出すると、以下の品番の製品については、その値が0.55以上となっている。
27RGH095N(47頁),27RGH100N(48頁),
30RGH100N(53頁),30RGH105N(54頁),
35RGH115N(59頁),35RGH125N(60頁)。

4 対比・判断

(1)本願発明1について

ア 本願発明1と引用発明1の一致点・相違点

(ア)本願発明1と引用発明1を対比すると、「スラブ」の段階で、引用発明1の「方向性電磁鋼板」は、重量%で「Si:3.42%」を含有する一方、本願発明1の「方向性ケイ素鋼」は、「重量%で、Si:2.5?4.0%」を含有するから、両者は「スラブ」の段階でSi(ケイ素)を3.42重量%含有する点で一致する。
また、本願発明1は、「冷延板に焼鈍処理を施して方向性ケイ素鋼の最終製品を得る工程」を含むから、「方向性ケイ素鋼」の形状が「板」状であることは明らかである。
したがって、引用発明1の「方向性電磁鋼板を製造する方法」と、本願発明1の「方向性ケイ素鋼の製造方法」は、「方向性ケイ素鋼の製造方法」である点で一致する。

(イ)引用発明1の「溶製時成分が、重量%で、C:0.061%,Si:3.42%,Mn:0.100%,S:0.006%,酸可溶性Al:0.0305%,N:0.0068%,Ti:0.0020%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる」「スラブを1150℃で加熱して」「熱間圧延鋼帯とする工程」と、本願発明1の「方向性ケイ素鋼スラブを1100?1200℃まで加熱した後、熱間圧延して熱延板を得る工程」とを対比すると、両者は、「方向性ケイ素鋼スラブを1150℃まで加熱した後、熱間圧延して熱延板を得る工程」である点で一致する。

(ウ)引用発明1は、「リバース冷間圧延で0.285mm厚(圧延率89%)とする工程」の後に鋼帯をさらに薄くする工程を含まないから、最終製品である「方向性電磁鋼板」の厚さは「リバース冷間圧延」後の0.285mmであると認められる。
したがって、引用発明1の「リバース冷間圧延で0.285mm厚(圧延率89%)とする工程」と、本願発明1の「熱延板を冷延圧下率85%以上で冷間圧延して、方向性ケイ素鋼の最終製品の厚さを有する冷延板を得る工程」は、「熱延板を冷延圧下率89%で冷間圧延して、方向性ケイ素鋼の最終製品の厚さを有する冷延板を得る工程」である点で一致する。

(エ)本願発明1の「冷延板に焼鈍処理を施して方向性ケイ素鋼の最終製品を得る工程」であって「前記焼鈍処理は、高温焼鈍を含」む工程に関し、本願の願書に添付された明細書の発明の詳細な説明には、「焼鈍処理は、従来技術で用いられる通常の方法で実施できる。例えば、冷延板に対して脱炭焼鈍、焼鈍分離剤の塗布、高温焼鈍、絶縁被膜の塗布及び熱延伸平坦化焼鈍を順次実施する。」(【0021】)、及び、「冷延圧下率85%で冷間圧延し・・・た後、脱炭焼鈍し、酸化マグネシウムを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、巻き取ってから高温焼鈍する。最終冷間圧延後、窒化処理してから高温焼鈍及び二次再結晶を行う。」(【0032】)と記載されている。
上記記載によれば、本願発明1における「高温焼鈍」とは、「二次再結晶」のために行う焼鈍であり、また、「焼鈍処理」とは、「脱炭焼鈍、焼鈍分離剤の塗布、高温焼鈍、絶縁被膜の塗布及び熱延伸平坦化焼鈍」を包含する一連の処理であると認められる。
他方、引用発明1の「脱炭・一次再結晶焼鈍を行う工程」,「焼鈍分離剤を表面に塗布し、」「二次再結晶焼鈍を施す工程」及び「絶縁張力コーティングの塗布と平坦化処理を行う工程」からなる一連の工程は、「二次再結晶焼鈍」を含み、また、「脱炭・一次再結晶焼鈍」,「MgOを主成分とする焼鈍分離剤を表面に塗布」,「二次再結晶焼鈍」及び「絶縁張力コーティングの塗布と平坦化処理」をこの順で含んでいる。
したがって、引用発明1の「脱炭・一次再結晶焼鈍を行う工程」,「焼鈍分離剤を表面に塗布し、」「二次再結晶焼鈍を施す工程」及び「絶縁張力コーティングの塗布と平坦化処理を行う工程」と、本願発明1の「冷延板に焼鈍処理を施して方向性ケイ素鋼の最終製品を得る工程」であって「前記焼鈍処理は、高温焼鈍を含」む工程は、「冷延板に焼鈍処理を施して方向性ケイ素鋼の最終製品を得る工程」であって「前記焼鈍処理は、高温焼鈍を含」む工程である点で一致する。

(オ)引用発明1において、「リバース冷間圧延」の前に行われる「上記の熱間圧延鋼帯を、1065℃で175秒間、一段の熱処理をして焼鈍した後、1065℃から900℃までの冷却を空冷により行い、900℃から550℃までの冷却を冷却速度を20℃/秒?30℃/秒で行う工程」と、本願発明1の「冷間圧延前に、前記熱延板に熱延板焼鈍処理を施す工程を更に含み、前記熱延板焼鈍処理は、焼鈍温度が900?1150℃であり、焼鈍冷却速度が25?100℃/秒であ」る工程を対比すると、両者は、「冷間圧延前に、前記熱延板に熱延板焼鈍処理を施す工程を更に含み、前記熱延板焼鈍処理は、焼鈍温度が1065℃であ」る工程である点で一致する。

(カ)引用発明1において、「二次再結晶焼鈍を施す工程」の前に行われる「窒化後総窒素含有量が約0.021%Nとなるように窒化する工程」と、本願発明1の「前記高温焼鈍前に、前記冷延板に窒化処理を施す工程を更に含む」工程を対比すると、両者は、「前記高温焼鈍前に、前記冷延板に窒化処理を施す工程を更に含む」点で一致する。

(キ)以上によれば、本願発明1と引用発明1の一致点及び相違点は、以下のとおりである。

(一致点)
方向性ケイ素鋼の製造方法であって、
方向性ケイ素鋼スラブを1150℃まで加熱した後、熱間圧延して熱延板を得る工程;
前記熱延板を冷延圧下率89%で冷間圧延して、方向性ケイ素鋼の最終製品の厚さを有する冷延板を得る工程;及び、
前記冷延板に焼鈍処理を施して方向性ケイ素鋼の最終製品を得る工程
をこの順に含み、
前記冷間圧延前に、前記熱延板に熱延板焼鈍処理を施す工程を更に含み、
前記熱延板焼鈍処理は、焼鈍温度が1065℃であり、
前記焼鈍処理は、高温焼鈍を含み、
前記高温焼鈍前に、前記冷延板に窒化処理を施す工程を更に含む
方向性ケイ素鋼の製造方法。

(相違点1)
本願発明1の「方向性ケイ素鋼スラブは、重量%で、Si:2.5?4.0%、酸可溶性アルミニウムAls:0.010?0.040%、N:0.004?0.012%、S:0.015%以下、C:0.050?0.075%、Mn:0.08?0.18%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からな」るのに対して、
引用発明1の「スラブ」は「溶製時成分が、重量%で、C:0.061%,Si:3.42%,Mn:0.100%,S:0.006%,酸可溶性Al:0.0305%,N:0.0068%,Ti:0.0020%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からな」り、本願発明1の「方向性ケイ素鋼スラブ」が成分として含有しない「Ti:0.0020%」を含有する点。

(相違点2)
本願発明1では、「方向性ケイ素鋼の最終製品において結晶粒径が5mm未満の微細結晶粒の面積比率は3%以下であり、」「磁束密度1.7Tでの透磁率と磁束密度1.5Tでの透磁率との比μ17/μ15は0.55以上であ」るのに対して、
引用発明1では、製造後の「方向性電磁鋼板」の「磁束密度(B8(T))が1.938Tである」点。

(相違点3)
本願発明1では、「熱延板焼鈍処理は」「焼鈍冷却速度が25?100℃/秒であ」るのに対して、
引用発明1では、「熱間圧延鋼帯を」「焼鈍した後、1065℃から900℃までの冷却を空冷により行い、900℃から550℃までの冷却を冷却速度を20℃/秒?30℃/秒で行う」点。

相違点の判断

事案に鑑み、相違点3,2について検討する。

(ア)相違点3について

a 引用発明1では、「熱間圧延鋼帯を、1065℃で175秒間、一段の熱処理をして焼鈍した後」の冷却を2段階で行っている。
すなわち、1段階目の「1065℃から900℃までの冷却」は「空冷により行い」、2段階目の「900℃から550℃までの冷却」は「冷却速度を20℃/秒?30℃/秒で行」っている。
このうち、1段階目の「空冷」に関し、引用文献1には、「焼鈍後の焼鈍温度(≧925℃)から900℃までの冷却は、析出量を確保するためには空冷が望ましい。」(【0039】)と記載されているのみで、冷却速度の値については記載されていない。

b 他方、引用文献1には、実施例4の記載において、熱間圧延鋼帯を焼鈍(一段サイクルで1040℃で160秒間)した後の2段階目の冷却である900℃?550℃までの冷却についてではあるが、その冷却速度をi)大気中冷により10℃/秒,ii)ブロアーによる冷却により20℃/秒とする例が記載されている(【0052】)。

c 前記bを勘案すれば、前記aの「空冷」は、「大気中冷」(冷却速度:10℃/秒)及び「ブロワーによる冷却」(冷却速度:20℃/秒)の双方を含むと解釈できる余地があると考えられるところ、このように解釈すれば、その冷却速度は「10℃/秒?20℃/秒」ということになる。

d しかし、前記aの「空冷」の冷却速度の上限値が前記cで検討した「20℃/秒」であったとしても、引用文献1には、その上限値をさらに「25℃/秒」以上として、2段階目の冷却速度の下限値である「20℃/秒」をも超えるようにすることを動機付ける記載はされておらず、引用文献3,4にも、上記のことを動機付ける記載はされていない。
さらに、前記aにあるとおり、引用文献1では、「析出量を確保するため」に、1段階目の冷却として2段階目の冷却よりも冷却速度の小さい「空冷」を採用していると考えられるから(【0039】)、その冷却速度の上限値が前記cで検討した「20℃/秒」であったとしても、その上限値をさらに「25℃/秒」以上として、2段階目の冷却速度の下限値である「20℃/秒」をも超えるようにすることは「析出量を確保する」上での阻害要因になるばかりでなく、冷却速度の異なる2段階の冷却を行うことの技術的意義を没却することにもなる。
したがって、引用発明1において、「熱間圧延鋼帯を」「焼鈍した後、1065℃から900℃までの冷却を空冷により行」う際に、その冷却速度を「25℃/秒」以上とすることは、当業者であっても容易になし得たことであるとはいえない。

(イ)相違点2について

a 引用発明1では、製造後の「方向性電磁鋼板」の「磁束密度(B8(T))が1.938Tである」ことが特定されているものの、引用文献1には、「結晶粒径が5mm未満の微細結晶粒の面積比率」(以下、「面積比率」という。)及び「磁束密度1.7Tでの透磁率と磁束密度1.5Tでの透磁率との比μ17/μ15」(以下、「透磁率比」という。)についての記載はなく、「磁束密度(B8(T))が1.938Tである」「方向性電磁鋼板」の「面積比率」と「透磁率比」が、どのような値になるのかは、当業者にとっても明らかではない。

b また、前記「2 引用文献3の記載事項」によれば、引用文献3の「図1 二次再結晶挙動の一例(粒径と粒組織の変化)」の右下には、二次再結晶後の方向性電磁鋼板の表面写真が掲載されているところ、この表面写真に基づいて算出した「面積比率」の値が仮に3%以下であったとしても、引用文献3には、この方向性電磁鋼板の成分組成や製造方法についての記載は一切ないから、引用文献3に記載された「面積比率」の値が引用発明1に対して、そのまま妥当するとはいえない。
さらに、前記「3 引用文献4の記載事項」によれば、引用文献4の方向性電磁鋼帯の製品カタログには、磁化曲線及び透磁率曲線から読み取って算出した「透磁率比」が0.55以上である品番の製品が記載されているものと認められるが、引用文献4には、これらの製品の成分組成や製造方法についての記載は一切ないから、引用文献4に記載された「透磁率比」の値が引用発明1に対して、そのまま妥当するともいえない。

c したがって、引用発明1において、製造後の「磁束密度(B8(T))が1.938Tである方向性電磁鋼板」の「面積比率」が3%以下であり、「透磁率比」が0.55以上であるということはできず、また、「磁束密度(B8(T))が1.938Tである方向性電磁鋼板」の「面積比率」を3%以下とし、「透磁率比」を0.55以上にすることは、当業者であっても容易になし得たことであるともいえない。

(ウ)以上(ア)(イ)のとおりであるから、相違点1について検討するまでもなく、本願発明1は、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献3,4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本願発明2,3について

本願発明2,3は、本願発明1を引用し、本願発明1の発明特定事項を全て備えているから、本願発明1と同様の理由により、引用文献1に記載された発明、及び、引用文献3,4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第6 原査定について

前記第5のとおりであるから、前置報告の内容を踏まえても、原査定の理由を維持することはできない。

第7 むすび

以上のとおりであるから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2018-07-09 
出願番号 特願2015-543225(P2015-543225)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C22C)
P 1 8・ 113- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 長谷山 健
▲辻▼ 弘輔
発明の名称 方向性ケイ素鋼及びその製造方法  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

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