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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16C
管理番号 1342864
審判番号 不服2017-5475  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-17 
確定日 2018-08-10 
事件の表示 特願2012-190692「ブッシュ軸受及びそれを用いた自動車のラック-ピニオン式操舵装置」拒絶査定不服審判事件〔平成26年3月17日出願公開、特開2014-47833〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成24年8月30日に出願された特願2012-190692号であり、その手続きの経緯は、概略、以下のとおりである。
平成28年5月11日:拒絶理由通知
平成28年7月25日:意見書
平成28年7月25日:手続補正書
平成29年1月 6日:拒絶査定
平成29年4月17日:審判請求
平成29年4月17日:手続補正書
平成29年12月1日:拒絶理由通知
平成30年2月13日:意見書
平成30年2月13日:手続補正書(以下、この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。)

第2 本願発明
本願の請求項1ないし7に係る発明は、本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
外周面に少なくとも一つの円周方向溝を有する合成樹脂製のブッシュと、このブッシュの円周方向溝に装着されている無端環状弾性部材とを具備していると共にピニオンに噛み合うラック軸を当該ラック軸の軸方向に移動自在に支持するブッシュ軸受であって、ブッシュは、ラック軸が挿着される貫通孔を規定した内周面と、この内周面を円周方向において部分的に分断している二対のスリットと、ラック軸の軸方向及びピニオンの軸心方向に直交する一の方向に伸びる線上においてラック軸の外周面に摺動自在に接触するようにラック歯側とは反対側の内周面に形成されている第一の接触部と、円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されていると共にラック軸の外周面に摺動自在に接触するように内周面に形成されている第二の接触部と、円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されていると共に第二の接触部との間で第一の接触部を挟んで配されており、且つラック軸の外周面に摺動自在に接触するように内周面に形成されている第三の接触部とを具備しており、第二及び第三の接触部は、円周方向において第一の接触部を挟んで当該円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されており、第二及び第三の接触部の夫々は、円周方向において第一の接触部に対して等角度間隔をもって前記線を対称軸として線対称に配されており、第一の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第一の内側内周面を、第二の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第二の内側内周面を、そして、第三の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第三の内側内周面を夫々具備しており、第一から第三の内側内周面の夫々は、平坦面状であり、二対のスリットのうちの一方の一対のスリットは、円周方向において第二の内側内周面を挟んで配されており、二対のスリットのうちの他方の一対のスリットは、円周方向において第三の内側内周面を挟んで配されており、ブッシュの内周面は、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共に第一及び第二の接触部間においてラック軸の外周面に対して第一の隙間をもって配される第一の外側内周面と、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共に第一及び第三の接触部間においてラック軸の外周面に対して第二の隙間をもって配される第二の外側内周面と、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共にラック歯側における第二及び第三の接触部間においてラック軸の外周面に対して第三の隙間をもって配される第三の外側内周面とを具備しており、第一から第三の内側内周面の夫々は、その一部でラック軸の外周面に摺動自在に線接触するようになっており、第一の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第一の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第一の一辺に下した第一の垂線と、第二の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第二の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第二の一辺に下した第二の垂線とが交わる角度は、90°であって、当該第一の接触部におけるラック軸の中心から当該第一の一辺に下した第一の垂線と、第三の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第三の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第三の一辺に下した第三の垂線とが交わる角度は、90°であるブッシュ軸受。」

第3 当審における拒絶の理由
平成29年12月1日の当審が通知した拒絶理由は、次のとおりのものである。
本願発明は、本願の出願前に日本国内または外国において頒布された以下の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1 特開2007-187285号公報
引用文献2 特許第3543652号公報


第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1・引用発明
引用文献1(特開2007-187285号公報)には、以下の事項が記載されている。(下線は当審で付した。以下同じ。)

(1)「【0001】
本発明は、ブッシュ軸受、特に自動車のラック-ピニオン式操舵装置におけるラック軸を移動自在に支持するために用いて好適なブッシュ軸受に関する。」

(2)「【0014】
各内側内周面は、好ましい例では、平坦面状であるが、これに代えて、凸面状であっても、更には、ラック軸の円筒状の外周面の曲率半径と同一又はそれよりも大きな曲率半径をもった凹面状であってもよい。各内側内周面は、少なくともその一部でラック軸のラック歯側及びラック歯側とは反対側の外周面を除く対応の外周面に摺動自在に接触して、ラック軸を径方向であってピニオンの軸心方向に関しては所定の剛性をもって支持できる程度に、ラック軸の中心に関しての中心角θ1を有していればよく、好ましくは、ラック軸の中心に関して5°以上であって90°以下の中心角θ1を有しており、この場合、各外側内周面は、ラック軸の中心に関して(180°-θ1)の中心角θ2を有しているとよい。各内側内周面は、その一部で又はその全部でラック軸のラック歯側及びラック歯側とは反対側の外周面を除く対応の外周面に摺動自在に接触していればよい。」

(3)「【0023】
図7及び図8において、本例の自動車のラック-ピニオン式操舵装置1は、ピニオン2と、ピニオン2の歯3に噛み合うラック歯4を有したラック軸5と、ラック軸5が貫通したハウジングとしてのギアハウジング6と、ギアハウジング6に嵌装されていると共にギアハウジング6に対してラック軸5を軸方向であるA方向に移動自在に支持するブッシュ軸受7とを具備している。」

(4)「【0025】
ブッシュ軸受7は、特に図1から図5に示すように、その外周面15に円周方向溝16を有する合成樹脂製のブッシュ17と、ブッシュ17の円周方向溝16に装着されていると共に天然ゴム製又は合成ゴム製のOリング等からなる無端環状弾性部材18と、円周方向であるB方向におけるブッシュ17のギアハウジング6の内周面12に対する位置を決定する位置決め手段19とを具備している。
【0026】
ブッシュ17は、外周面15、円周方向溝16、B方向において180°間隔をもって軸対称に配されている平坦面状の内側内周面21及び22、B方向において内側内周面21及び22の夫々を挟んで配されていると共に内側内周面21及び22の夫々を径方向であるC方向であって内外方向に移動自在とする二対のスリット23及び24並びに25及び26、C方向において該内側内周面21及び22よりも外側に配された一対の外側内周面27及び28並びに一対の外側内周面27及び28の夫々をB方向において部分的に分断している一対の他のスリット29及び30を有した本体部35と、本体部35の外周面15に一体的に設けられていると共にB方向において180°間隔をもって互いに離間している二個の突起36及び37とを具備している。」

(5)「【0028】
内側内周面21は、ラック軸5の中心Oに関して5°以上であって90°以下、本例では30°の中心角θ1を有しており、内側内周面22もまた、ラック軸5の中心Oに関して5°以上であって90°以下、本例では30°の中心角θ1を有しており、特に図6から図8に示すように、内側内周面21は、その一部でラック軸5の外周面41においてラック軸5のラック歯4側及びラック歯4側とは反対側の外周面を除く外周面42に摺動自在に略線接触するようになっており、内側内周面22もまた、その一部でラック軸5の外周面41においてラック軸5のラック歯4側及びラック歯4側とは反対側の外周面を除く外周面43に摺動自在に略線接触するようになっている。内側内周面21及び22のA方向の夫々の端部44は、テーパー面をもって終端するようにしてもよい。」

(6)「【0030】
ラック軸5のラック歯4側でラック軸5の中心Oに関して(180°-θ1)の中心角θ2を有している外側内周面27は、内側内周面21及び22と外側内周面27及び28とにより規定された貫通孔47に挿着されるラック軸5の外周面41においてラック歯4側の外周面48との間で隙間49を形成するようになっており、ラック軸5のラック歯4側とは反対側でラック軸5の中心Oに関して(180°-θ1)の中心角θ2を有している外側内周面28は、ラック軸5の外周面41においてラック歯4側とは反対側の外周面50との間で半円筒状の隙間51を形成するようになっている。」

(7)「【0035】
以上のラック-ピニオン式操舵装置1では、軸対称に配されている一対の平坦面状の内側内周面21及び22とB方向において内側内周面21及び22の夫々を挟んで配されていると共に内側内周面21及び22の夫々をC方向であって内外方向に移動自在とする二対のスリット23及び24並びに25及び26とをブッシュ17が具備して、内側内周面21及び22の夫々は、その一部でラック軸5のラック歯4側及びラック歯4側とは反対側の外周面を除く対応の外周面42及び43に摺動自在に接触するようになっている上に、無端環状弾性部材18がブッシュ17の円周方向溝16に装着されているために、ラック軸5をC方向であってピニオン2の軸心方向、即ち図8において上下方向に関しては所定の剛性をもって支持でき、ラック軸5のピニオン2の軸心方向の変位を一対の内側内周面21及び22で抑制でき、A方向の移動に関しては低い摩擦抵抗をもって移動自在に支持でき、しかも、外側内周面27及び28の夫々は、貫通孔47に挿着されるラック軸5のラック歯4側及びラック歯4側とは反対側の外周面48及び50のうちで対応の外周面48及び50との間で隙間49及び51を形成するようになっているために、上記と相俟ってクリープ変形及び熱履歴に伴う応力緩和の影響を低減できる。」

(8) 上記(6)の「内側内周面21及び22と外側内周面27及び28とにより規定された貫通孔47」との記載事項及び【図8】から、合成樹脂製のブッシュ17には、外側内周面27及び28を成す部分並びに内側内周面21及び22を成す部分によって、ラック軸5が挿着される貫通孔47を規定した内周面が形成されていると認められる。

(9)【図1】、【図2】、【図3】、【図6】及び【図8】には、上記認定事項(8)の内周面のうち、外側内周面27及び28が、円筒面として記載されている。
また、【図6】、【図7】及び【図8】には、ラック軸5の外周面41、42及び43が、円筒面として記載されている。
そして、上記記載事項(6)の「ラック軸5の中心Oに関して(180°-θ1)の中心角θ2を有している外側内周面27」、「ラック軸5の中心Oに関して(180°-θ1)の中心角θ2を有している外側内周面28」及び「外周面50との間で半円筒状の隙間51を形成する」との記載に照らせば、【図2】、【図3】、【図6】及び【図8】に記載された外側内周面27及び28の円筒面は、ラック軸5の中心Oを中心とした円筒面であると認められる。

(10)【図2】、【図3】、【図6】及び【図8】には、内側内周面21及び22の夫々は、水平な線として描かれており、円の接線は、その接点を通る半径に垂直であるという幾何学上の技術常識を勘案すれば、内側内周面21及び22の夫々がラック軸5の外周面41に略線接触する位置は、ラック軸5の中心Oを通る垂直な線上にあると認められる。

上記(1)ないし(10)の記載事項、認定事項及び図示内容から、本願発明の記載ぶりに則って整理すると、引用文献1には「好ましい実施の形態の例」として、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

[引用発明]
「外周面15に一つの円周方向溝16を有する合成樹脂製のブッシュ17と、このブッシュ17の円周方向溝16に装着されている無端環状弾性部材18とを具備していると共にピニオン2に噛み合うラック軸5を当該ラック軸5の軸方向であるA方向に移動自在に支持するブッシュ軸受7であって、ブッシュ17は、ラック軸5が挿着される貫通孔47を規定した内周面と、この内周面を円周方向であるB方向において部分的に分断している二対のスリット23及び24並びに25及び26と、
ラック軸5の外周面42に摺動自在に略線接触するように内周面に形成されている内側内周面21を成す部分と、ラック軸5の外周面43に摺動自在に略線接触するように内周面に形成されている内側内周面22を成す部分とを具備しており、内側内周面21及び22を成す部分の夫々は、ラック軸5の軸方向であるA方向及びピニオン2の軸心方向に直交するラック軸5の中心Oを通る水平の線を対称軸として軸対称に配されており、内側内周面21を成す部分は、ラック軸5の外周面42に摺動自在に略線接触する平坦面状の内側内周面21を、そして、内側内周面22を成す部分は、ラック軸5の外周面43に摺動自在に略線接触する平坦面状の内側内周面22を夫々具備しており、
二対のスリット23及び24並びに25及び26のうちの一対のスリット23及び24は、円周方向であるB方向において内側内周面21を挟んで配されており、二対のスリットのうちの他方の一対のスリット25及び26は、円周方向であるB方向において内側内周面22を挟んで配されており、
ブッシュ17の内周面は、径方向であるC方向において内側内周面21及び22よりも外側に配されていると共にラック軸5の外周面41においてラック歯4とは反対側の外周面50に対して半円筒状の隙間51をもって配されている外側内周面28と、ラック軸5の外周面41においてラック歯4側の外周面48に対して隙間49をもって配されている外側内周面27を具備しており、内側内周面21及び22の夫々は、ピニオン2の軸心方向に平行な、ラック軸5の中心Oを通る垂直な線を含む一部でラック軸5の外周面に摺動自在に略線接触するようになっており、ラック軸5の外周面41の円筒面とブッシュ17の外側内周面27及び28の円筒面とは、中心Oを共通の中心とした同心の円筒面である、自動車のラック-ピニオン式操舵装置におけるラック軸5を移動自在に支持するブッシュ軸受7。」

2 引用文献2
本願出願前に頒布され、当審における拒絶理由において引用された引用文献2(特許第3543652号公報)には、ラックアンドピニオン式操向装置のラック軸支持構造に関し、図面(特に[図9]-[図12]及び[図14]参照)とともに、以下の事項が記載されている。

(1)「【0005】
図14は、一対のラックブッシュ35がラック軸31の両端に設けられている場合の、ラック軸31の支持構造の模式図であり、白色の□、及びハッチング入りの□はそれぞれ一対のラックブッシュ35の各支持突部の配置位相(配置位置)を示している。すなわち、ラック軸31のラックが設けられていない側の端部(以下、ラックエンド側端部という)を支持するラックブッシュ35は、その支持突部35aが、3個設けられて、ラック軸31の軸心Oを中心として互いに所定角度離間して配置されている。又、ラック軸31のラック歯31aが設けられている側の端部(以下、ピニオン側端部という)を支持するラックブッシュ35は、その支持突部35bが、180°位相がずれて2個設けられており、そのうち1個の支持突部35bは、前記一方のラックブッシュ35の支持突部35aと同位相になるように配置されている。一方のラックブッシュ35の支持突部35bをこのように配置しているのは、ラック軸31のピニオン側端部は、ラック歯31a側は支持できないため、ラック歯31aが設けられていない、周面を支持するようにしている。」

(2)「【0010】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、従来のラック軸31のラックブッシュ35の支持構造によると、外乱の入力があった場合、図14の支持構造では、X軸方向をまったく支持していないため、外乱の入力方向によっては、ラック軸の揺動が発生し、異音の発生、すなわち、ラック歯31aピニオンとの衝突による歯打ち音が発生する場合があった。」

(3)「【0033】
前記ラックブッシュ5の内周面には、図9に示すように、Y軸心方向にはラックブッシュ5の軸心O1を中心として、互いに180°反対位置に位置するように一対の隆起部54が内方に突設されている。又、反ピニオン方向側のラックブッシュ5の内周面には隆起部55が内方に突設されている。前記隆起部55は、前記隆起部54に対して、90°離間して配置されている。各隆起部54,55の内面は、ラック軸1の周面に対して面接触するように断面円弧状をなす摺接面54a,55aとされ、同摺接面54a,55aにて、ラック軸1のピニオン側端部の軸心方向に沿って移動自在に支持する。」

(4)「【0040】
そして、上記のようにして、両ラックブッシュ5,11がそれぞれステアリングギヤハウジング2、端末部材10の挿通孔2a,10aに嵌合取着された状態では、各ラックブッシュ5,11の隆起部54,55,64の配置関係は、図12に示す通りとされている。すなわち、各ラックブッシュ5,11の隆起部54,55,64は、ラック軸1の周面に対して、互いに異なる位相位置にて配置され、すなわち、ずらして配置され、ラック軸1のほぼ全周方向から支持されている。又、ラック軸1のピニオン側端部のラックブッシュ5の隆起部54,55は、ラック歯1a側に位置しないように配置されている。」

(5)「【0042】
次に、本実施形態の特徴を以下に記載する。
(1) 本実施形態においては、ラックブッシュ5の隆起部54,55は、ラック軸1のラック歯1aが設けられた側の周面とは非対応位置に設けた。すなわち、ラック歯1aが設けられていないラック軸1の反ピニオン方向側の箇所の隆起部55、及び反ピニオン側の周面とは90°離間した箇所の隆起部54により支持した。従って、この隆起部54,55において、ラック軸1を支持しているため、外乱によってラック軸1の揺動が発生しようとした場合にあっても、ラック軸1のラック歯1aとピニオン3の歯との衝突による歯打ち音の発生防止ができる。
【0043】
(2) 本実施形態では、各ラックブッシュ5,11の隆起部54,55,64を3個とすることにより、ラック軸1の両端をそれぞれ3点支持することになり、最も安定して支持することができる。その結果、外乱によるラックの揺動を抑制することができる。
【0044】
(3) 本実施形態では、合成樹脂製のラックブッシュ5,11とした。この結果、ラック軸1の摺動抵抗を少なくできる。又、本実施形態では、弾性を有する合成樹脂としたため、各挿通孔2a,10aに対して圧入嵌合できる。
【0045】
(4) 本実施形態では、ラックブッシュ11の隆起部64は、ラックブッシュ11の軸心を中心として互いに120°離間して配置されていることにより、ラック軸を3点支持することができる。
【0046】
(5) 本実施形態では、ラックブッシュ5の隆起部54,55は、ラック軸1の背面(反ピニオン方向側の面)を支持する箇所と、同箇所から互いに反対方向に90°離間した一対の箇所に配置した。この結果、ラック軸1を好適な位置にて3点支持することができる。」

第5 対比
本願発明と引用発明とを比較すると、引用発明の「外周面15」は、本願発明の「外周面」に相当し、以下同様に、「円周方向溝16」は「円周方向溝」に、「合成樹脂製のブッシュ17」は「合成樹脂製のブッシュ」に、「無端環状弾性部材18」は「無端環状弾性部材」に、「ピニオン2」は「ピニオン」に、「ラック軸5」は「ラック軸」に、「軸方向であるA方向」は「軸方向」に、「ブッシュ軸受7」は「ブッシュ軸受」に、「ブッシュ17の内周面」は「内周面」に、「円周方向であるB方向」は「円周方向」に、「二対のスリット23及び24並びに25及び26」は「二対のスリット」に、「一対のスリット23及び24」は「一方の一対のスリット」に、「内側内周面21」は「第二の内側内周面」に、「一対のスリット25及び26」は「他方の一対のスリット」に、「内側内周面22」は「第三の内側内周面」に、それぞれ相当する。

したがって、本件発明と引用発明とは、
「外周面に少なくとも一つの円周方向溝を有する合成樹脂製のブッシュと、このブッシュの円周方向溝に装着されている無端環状弾性部材とを具備していると共にピニオンに噛み合うラック軸を当該ラック軸の軸方向に移動自在に支持するブッシュ軸受であって、ブッシュは、ラック軸が挿着される貫通孔を規定した内周面と、この内周面を円周方向において部分的に分断している二対のスリットとを具備しており、二対のスリットのうちの一方の一対のスリットは、円周方向において第二の内側内周面を挟んで配されており、二対のスリットのうちの他方の一対のスリットは、円周方向において第三の内側内周面を挟んで配されている、ブッシュ軸受。」
の点で一致し、次の相違点で相違する。

[相違点]
本願発明は、「ラック軸の軸方向及びピニオンの軸心方向に直交する一の方向に伸びる線上においてラック軸の外周面に摺動自在に接触するようにラック歯側とは反対側の内周面に形成されている第一の接触部と、円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されていると共にラック軸の外周面に摺動自在に接触するように内周面に形成されている第二の接触部と、円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されていると共に第二の接触部との間で第一の接触部を挟んで配されており、且つラック軸の外周面に摺動自在に接触するように内周面に形成されている第三の接触部とを具備しており、第二及び第三の接触部は、円周方向において第一の接触部を挟んで当該円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されており、第二及び第三の接触部の夫々は、円周方向において第一の接触部に対して等角度間隔をもって前記線を対称軸として線対称に配されており、第一の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第一の内側内周面を、第二の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第二の内側内周面を、そして、第三の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第三の内側内周面を夫々具備しており、第一から第三の内側内周面の夫々は、平坦面状であり、」
「ブッシュの内周面は、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共に第一及び第二の接触部間においてラック軸の外周面に対して第一の隙間をもって配される第一の外側内周面と、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共に第一及び第三の接触部間においてラック軸の外周面に対して第二の隙間をもって配される第二の外側内周面と、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共にラック歯側における第二及び第三の接触部間においてラック軸の外周面に対して第三の隙間をもって配される第三の外側内周面とを具備しており、第一から第三の内側内周面の夫々は、その一部でラック軸の外周面に摺動自在に線接触するようになっており、第一の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第一の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第一の一辺に下した第一の垂線と、第二の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第二の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第二の一辺に下した第二の垂線とが交わる角度は、90°であって、当該第一の接触部におけるラック軸の中心から当該第一の一辺に下した第一の垂線と、第三の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第三の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第三の一辺に下した第三の垂線とが交わる角度は、90°である」
のに対し、引用発明は、
「ラック軸5の外周面42に摺動自在に略線接触するように内周面に形成されている内側内周面21を成す部分と、ラック軸5の外周面43に摺動自在に略線接触するように内周面に形成されている内側内周面22を成す部分とを具備しており、内側内周面21及び22を成す部分の夫々は、ラック軸5の軸方向であるA方向及びピニオン2の軸心方向に直交するラック軸5の中心Oを通る水平の線を対称軸として軸対称に配されており、内側内周面21を成す部分は、ラック軸5の外周面42に摺動自在に略線接触する平坦面状の内側内周面21を、そして、内側内周面22を成す部分は、ラック軸5の外周面43に摺動自在に略線接触する平坦面状の内側内周面22を夫々具備しており、」
「ブッシュ17の内周面は、径方向であるC方向において内側内周面21及び22よりも外側に配されていると共にラック軸5の外周面41においてラック歯4とは反対側の外周面50に対して半円筒状の隙間51をもって配されている外側内周面28と、ラック軸5の外周面41においてラック歯4側の外周面48に対して隙間49をもって配されている外側内周面27を具備しており、内側内周面21及び22の夫々は、ピニオン2の軸心方向に平行な、ラック軸5の中心Oを通る垂直な線を含む一部でラック軸5の外周面に摺動自在に略線接触するようになっており、ラック軸5の外周面41の円筒面とブッシュ17の外側内周面27及び28の円筒面とは、中心Oを共通の中心とした同心の円筒面である、自動車のラック-ピニオン式操舵装置におけるラック軸5を移動自在に支持する」
ものであって、
「第一の接触部」に相当する構成を有しない点。

第6 判断
(1)相違点の検討
以下、相違点について検討する。

上記「第4 2 引用文献2」の記載事項から、引用文献2には、ラックアンドピニオン式操向装置において、ラック軸31をラックブッシュ35で支持するにあたって、Y軸心方向(縦方向)の上下2箇所で支持する従来の構造から、X軸方向(水平方向)でラック軸31の背面の箇所及びこの箇所から90°離間した上下2箇所の合計3箇所で支持する構造とすることで、ラック軸31を安定して支持すること(以下、「引用文献2の記載事項」という。)が記載されていると認められる。
ここで、引用文献2の記載事項と引用発明とを対比すると、引用発明の「自動車のラック-ピニオン式操舵装置」は引用文献2の記載事項の「ラックアンドピニオン式操向装置」に相当し、以下同様に、「ラック軸5」は「ラック軸31」に、「ブッシュ17」は「ラックブッシュ35」に、「ラック歯4とは反対側の外周面50」は「背面」に、それぞれ相当する。
そして、引用発明のブッシュ軸受7は、「自動車のラック-ピニオン式操舵装置におけるラック軸5を移動自在に支持する」(「第4 1(1)」参照。)ものであるから、水平方向に関してラック軸5を支持するという課題を内在していると認められる。
そうであれば、この課題を解決するために、引用発明に引用文献2の記載事項を適用し、水平方向において、ラック軸5の外周面41のうち、ラック歯4とは反対側の外周面50を支持する部分を付加し、縦方向の上下でラック軸5を支持する内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分と円周方向であるB方向で90°離間する位置でも支持できるようにすることで、「上下方向に関しては所定の剛性をもって支持」(「第4 1(7)」参照。)する引用発明において、水平方向に関しても所定の剛性をもってラック軸5を支持することに、特段の困難性は認められない。
また、このラック軸5の外周面50を水平方向に関して支持するために付加した部分(以下、「追加部分」という。)と内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分の、合計3箇所は、いずれもラック軸5を所定の剛性をもって支持するためのものであって、それぞれの形状を異ならせるべき特段の事情はないから、追加部分の内周面側の形状を内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分と同様に平坦面状とし、ラック軸5の外周面41に略線接触させることは、当業者が容易に成し得たことと認められる。

(2)追加部分に付随する構成の検討
上記(1)の、内周面側を平坦面状とした追加部分を前提として、付随する構成について検討する。

引用発明の内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分の夫々は、ラック軸5の軸方向であるA方向及びピニオン2の軸心方向に直交するラック軸5の中心Oを通る水平の線を対称軸として軸対称に配されているから、これらの内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分と円周方向であるB方向で90°離間する追加部分は、ラック軸5の軸方向であるA方向及びピニオン2の軸心方向に直交し、ラック軸5の中心Oを通る水平の線上(引用発明の「一の方向に伸びる線上」に相当。)においてラック軸5の外周面50に摺動自在に略線接触するようにラック歯4とは反対側に、ブッシュ17の内周面に、外側内周面28の一部と置き換わるように形成されることとなる。
そうすると、追加部分は、本願発明の「ラック軸の軸方向及びピニオンの軸心方向に直交する一の方向に伸びる線上においてラック軸の外周面に摺動自在に接触するようにラック歯側とは反対側の内周面に形成されている第一の接触部」に相当する構成を持つこととなる。

また、内側内周面21を成す部分と追加部分とは円周方向であるB方向で90°離間しているから、この内側内周面21を成す部分は、本願発明の「円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されていると共にラック軸の外周面に摺動自在に接触するように内周面に形成されている第二の接触部」に相当する構成を持つこととなる。

また、内側内周面22を成す部分と追加部分とは円周方向であるB方向で90°離間しており、内側内周面22を成す部分は内側内周面21を成す部分との間で追加部分を挟む配置となるから、この内側内周面22を成す部分は、本願発明の「円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されていると共に第二の接触部との間で第一の接触部を挟んで配されており、且つラック軸の外周面に摺動自在に接触するように内周面に形成されている第三の接触部」に相当する構成を持つこととなる。

また、引用発明の内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分は、円周方向であるB方向で追加部分を挟むことになるし、追加部分とは円周方向であるB方向でそれぞれ90°離間するし、ラック軸5の軸方向であるA方向及びピニオン2の軸心方向に直交するラック軸5の中心Oを通る水平の線を対称軸として軸対称に配されているのだから、これら内側内周面21を成す部分及び内側内周面22を成す部分は、本願発明の「第二及び第三の接触部は、円周方向において第一の接触部を挟んで当該円周方向において第一の接触部に対して間隔をもって配されており、第二及び第三の接触部の夫々は、円周方向において第一の接触部に対して等角度間隔をもって前記線を対称軸として線対称に配されており、」と同じ構成を持つこととなる。

また、内周面側を平坦面状とした追加部分の形状は、内周面側に関しては、内側内周面21及び内側内周面22と同様の形状であって、ラック軸5の外周面41と摺動自在に略線接触する形状であるから、追加部分により引用発明は、本願発明の「第一の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第一の内側内周面を、第二の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第二の内側内周面を、そして、第三の接触部は、ラック軸の外周面に摺動自在に接触する第三の内側内周面を夫々具備しており、第一から第三の内側内周面の夫々は、平坦面状であり、」及び「第一から第三の内側内周面の夫々は、その一部でラック軸の外周面に摺動自在に線接触するようになっており、」と同じ構成を持つこととなる。

そして、引用発明の外側内周面28及び半円筒状の隙間51は、追加部分によって、追加部分と内側内周面21を成す部分との間の部分と、追加部分と内側内周面22を成す部分との間の部分に分断されるから、分断された外側内周面28のうち内側内周面21を成す部分側の部分は本願発明の「第一の外側内周面」に相当し、分断された外側内周面28のうち内側内周面22を成す部分側の部分は本願発明の「第二の外側内周面」に相当し、分断された隙間51のうち内側内周面21を成す部分側の部分は本願発明の「第一の隙間」に相当し、分断された隙間51のうち内側内周面22を成す部分側の部分は本願発明の「第二の隙間」に相当することとなる。そうすると、引用発明の貫通孔47を規定した内周面は、追加部分によって、外側内周面27及び隙間49並びに分断された外側内周面28及び半円筒状の隙間51に関し、本願発明の「ブッシュの内周面は、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共に、第一及び第二の接触部間においてラック軸の外周面に対して第一の隙間をもって配される第一の外側内周面と、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共に第一及び第三の接触部間においてラック軸の外周面に対して第二の隙間をもって配される第二の外側内周面と、径方向において第一から第三の内側内周面よりも外側に配されていると共にラック歯側における第二及び第三の接触部間においてラック軸の外周面に対して第三の隙間をもって配される第三の外側内周面とを具備しており、」と同じ構成を持つこととなる。

また、外側内周面27及び28の円筒面は、ラック軸5の外周面41の円筒面と同心であって、外側内周面27及び28の円筒面の中心は中心Oであるから、内側内周面21、22又は追加部分の平坦面状の内周面を底辺とし、内側内周面21、22又は追加部分の平坦面状の内周面の円周方向であるB方向の両端から中心Oまでのそれぞれ2つの半径を2つの斜辺とする二等辺三角形を想定し、円の接線が、その接点を通る半径に垂直であるという幾何学上の技術常識を勘案すれば、中心Oから、底辺である内側内周面21、22又は追加部分の平坦面状の内周面に下ろした垂線は、内側内周面21、22又は追加部分の平坦面状の内周面の面上にある、ラック軸5の外周面41に略線接触する位置に下ろされることとなる。
そして、内側内周面21及び22がラック軸5の外周面41と略線接触する位置は、外周面41の円筒面の上下の位置であり、内周面側を平坦面状とした追加部分がラック軸5の外周面41と略線接触する位置は、外周面41の円筒面の上下から円周方向であるB方向で90°離間する位置であるから、中心Oから内側内周面21又は22に下ろした垂線と、追加部分の平坦面状の内周面に下ろした垂線との交わる角度は90°となる。
そうすると、引用発明に付加した、内周面側を平坦面状とした追加部分によって、引用発明は、本願発明の「第一の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第一の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第一の一辺に下した第一の垂線と、第二の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第二の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第二の一辺に下した第二の垂線とが交わる角度は、90°であって、当該第一の接触部におけるラック軸の中心から当該第一の一辺に下した第一の垂線と、第三の内側内周面の円周方向における両縁からラック軸の中心に向かって径方向に伸びる二辺及び前記両縁を連結する第三の一辺によって形成される二等辺三角形において、ラック軸の中心から当該第三の一辺に下した第三の垂線とが交わる角度は、90°である」と同じ構成を持つこととなる。

そうすると、引用発明に、内周面側を平坦面状とした追加部分を付加した場合、引用発明は、上記相違点に係る本願発明の構成と同じ構成を持つこととなる。

(3)まとめ
引用発明に引用文献2の記載事項を適用し、平坦面状の追加部分を付加することで、上記相違点に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易になし得たことと認められる。

また、本願発明の奏する効果は、引用発明及び引用文献2の記載事項から当業者が推測し得る程度のものと認められる。

したがって、本願発明は、引用発明及び引用文献2の記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、その出願前に日本国内または外国において頒布された引用文献1に記載された発明及び引用文献2の記載事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項に規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-05-28 
結審通知日 2018-06-05 
審決日 2018-06-18 
出願番号 特願2012-190692(P2012-190692)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 渡邊 義之北中 忠  
特許庁審判長 中村 達之
特許庁審判官 内田 博之
小関 峰夫
発明の名称 ブッシュ軸受及びそれを用いた自動車のラック-ピニオン式操舵装置  
代理人 高田 武志  

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