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審決分類 審判 一部無効 1項3号刊行物記載  F04B
審判 一部無効 2項進歩性  F04B
管理番号 1344144
審判番号 無効2015-800122  
総通号数 227 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-11-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-05-01 
確定日 2018-07-19 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4304544号発明「ピストン式圧縮機における冷媒吸入構造」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4304544号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲及び図面のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4304544号に係る出願は、平成14年11月7日(国内優先権主張平成13年11月21日)に出願した特願2002-324043号の一部を平成19年12月27日に新たな特許出願としたものであって、平成21年5月15日にその特許権が設定登録(請求項の数2)された。
そして、本件特許無効審判請求に係る手続の経緯は、以下のとおりである。

平成27年5月1日 本件特許無効審判請求
同年7月22日 審判事件答弁書提出
同年8月18日 審理事項通知
同年10月13日 両当事者より口頭審理陳述要領書提出
同年10月27日 請求人より口頭審理陳述要領書(2)提出
同年10月27日 口頭審理
同年11月6日 被請求人より上申書提出
同年11月13日 請求人より上申書提出
同年12月22日 審決の予告
平成28年3月7日 訂正請求書提出
同年3月7日 被請求人より上申書提出
同年4月14日 請求人より審判事件弁駁書提出

第2 訂正について
平成28年3月7日付けの訂正請求は,特許請求の範囲の請求項1,2からなる一群の請求項に係る訂正をすることを求めるものであり,訂正事項は以下のとおりである。

1.訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を、次のとおり訂正する(アンダーライン部分が訂正箇所)。
「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し、前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、前記回転軸と一体化されていると共に、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備えたピストン式圧縮機において、
前記シリンダボアに連通し、かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路と、
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段とを有し、
前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、
前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ、前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、前記ラジアル軸受手段は、前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり、
前記ピストンは両頭ピストンであり、前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し、前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し、前記カム体は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており、前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし、該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」

2.訂正請求の適否
(ア)訂正事項1が全ての訂正要件に適合していることについて
(a)訂正の目的
訂正事項1は、請求項1に記載された「ロータリバルブ」について、「前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」という記載を追加することにより、導入通路の出口以外、ロータリバルブの外周面に溝、凹部等が設けられていないことを明確にするとともに、「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」という記載を追加することにより、前側のロータリバルブの導入通路と後側のロータリバルブの導入通路とが回転軸内に形成された通路によって連通していることを特定したものである。
よって、訂正事項1は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(b)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記(a)記載の理由から明らかなように、上記訂正事項1は、発明特定事項を直列的に限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。
(c)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「願書添付明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であること
<被請求人の主張>
被請求人は、訂正事項1が、願書添付明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であるとして、以下のような主張をしている。
「本件特許の図1乃至図5から、ロータリバルブ35、36の外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられておらず、ロータリバルブ35、36の外周面が円筒形状であることを把握できる。また、明細書には、『ロータリバルブ形成箇所の軸径』(【0066】)という記載があり、ロータリバルブは、軸孔内において回転し、回転に件ってロータリバルブの導入通路を間欠的に吸入通路と連通するものであるから、ロータリバルブの外周面は、導入通路の出口を除いて円筒形状となるのである。
本件発明は、吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢し、ロータリバルブの外周面を吸入通路の入口に近づけることによって、圧縮室内の冷媒が吸入通路から洩れ難くなり、体積効率を向上させるものである。かかる本件発明の作用効果に照らしても、導入通路の出口以外、ロータリバルブの外周面に溝、凹部等が設けられておらず、ロータリバルブの外周面が導入通路の出口を除いて円筒形状とされている。この構成は、本件特許の明細書又は図面から当業者が把握できる事項である。
したがって、『前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ』という記載については、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものである。
また、本件明細書には、『回転軸21内には通路212が形成されている。通路212の始端は、回転軸21の内端面にあってリヤハウジング14内の吸入室142に開口している。回転軸21には導入通路31,32が通路212に連通するように形成されている。』(【0027】)という記載があり、前側の導入通路31と後側の導入通路32とが回転軸21内に形成された通路212を介して連通していることが開示されている。
したがって、『前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し』という記載については、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものである。」(訂正請求書第5頁第10行?第6頁第10行)
<請求人の主張>
請求人は、審判事件弁駁書において、訂正事項1の「ロータリバルブ35、36の外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられておらず、ロータリバルブ35、36の外周面が円筒形状であること」が願書添付明細書等に記載した事項の範囲でないと以下のように主張している。
「このように、本件特許では、図1乃至図5のいずれもが、第1の実施の形態の圧縮機の断面を示すものであり、ロータリバルブ35、36の外周面の全領域は、図1乃至図5のいずれにも表されていない。即ち、ロータリバルブ35、36の外周面は、図1乃至図5に表されていない部分を有している。例えば、図1のA-A断面線より軸線方向内方側あるいは軸線方向外方側に位置し、且つ図1の紙面を軸線211を中心に90°回転させた断面上の領域では、ロータリバルブ35、36の外周面が溝や凹部が設けられていない形状を有しているか否かは不明である。
また、本件特許の明細書には、『ロータリバルブ35、36の外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられておらず、ロータリバルブ35、36の外周面が円筒形状であること』が一切記載されておらず、ロータリバルブ35、36の外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられないことの技術的意義についても何ら記載されていない。」(審判事件弁駁書第4頁14?最下行)
「ロータリバルブを備えた圧縮機において、ロータリバルブを構成する回転軸の外周面に溝や凹部を設けることは、例えば、甲第29号証乃至甲第32号証に示されているように慣用技術である。」(審判事件弁駁書第5頁1?3行)
「したがって、本件発明の実施の形態である図1乃至5に示された圧縮機のロータリバルブの外周面が、図1乃至図5に示されていない領域において、甲第29号証乃至甲第32号証のように、溝、あるいは凹部を有している構成は、排除されるものではない。」(審判事件弁駁書第6頁18行?21行)
<判断>
願書添付明細書等の図1には、ロータリバルブ35,36の指し示す範囲において、外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が記載されていないし、図1におけるA-A線断面図である図2(a)とその要部拡大図である図2(b)、図1におけるB-B線断面図である図3(a)とその要部拡大図である図3(b)の何れにおいてもロータリバルブ35,36の外周面351,361に導入通路31,32の出口を除いて、溝や凹部等が設けられていないことが記載されている。また、図2(a)、図3(a)は、それぞれA-A線断面図、B-B線断面図ではあるが、導入通路31,32を含む位置のロータリバルブ35,36の断面を表そうとするものであり、仮に導入通路31,32の出口を除いて溝や凹部等が存在すれば、図2(a),(b),図3(a),(b)において、通常破線等を用いて図示されるものである(例えば、甲第29号証の図3,図5,甲第30号証の図3,図5、甲第31号証の図3,図4を参照のこと。)。
したがって、願書添付明細書等の図1ないし図5には、ロータリバルブ35,36の外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられていないことが記載されていると認められるから、「図1のA-A断面線より軸線方向内方側あるいは軸線方向外方側に位置し、且つ図1の紙面を軸線211を中心に90°回転させた断面上の領域では、ロータリバルブ35、36の外周面が溝や凹部が設けられていない形状を有しているか否かは不明である。」との請求人の上記主張は失当である。
また、請求人は、ロータリバルブを備えた圧縮機において、ロータリバルブを構成する回転軸の外周面に溝や凹部を設けることは、慣用技術であるから、図1ないし5に示された圧縮機のロータリバルブの外周面が、図1ないし図5に示されていない領域において、溝、あるいは凹部を有している構成は、排除されるものではない旨主張している。しかしながら、たとえ、ロータリバルブを備えた圧縮機において、ロータリバルブを構成する回転軸の外周面に溝や凹部を設けることが、周知技術であったとしても、それは、ロータリバルブを構成する、当該回転軸の部分に溝あるいは凹部が必ず設けられていることを意味するものではない。そして、願書添付明細書等の図1ないし図5に、ロータリバルブ35,36の外周面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられていないことが記載されていると認められることは、先に示したとおりである。
そして、願書添付明細書等の図1に記載されたロータリバルブ35,36の縦断面、図2(a)及び(b)に記載されたロータリバルブ35の横断面並びに図3(a)及び(b)に記載されたロータリバルブ36の横断面からみて、願書添付明細書等には、ロータリバルブ35,36の外周面が、導入通路の出口を除いて円筒形状であることが記載されていると認められる。
したがって、総合的に判断すると、願書添付明細書等には、ロータリバルブを構成する回転軸の外周面に溝や凹部を設けないものが記載されており、ロータリバルブの外周面が、導入通路の出口を除いて円筒形状となることが記載されているといえ、「前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」という記載については、願書添付明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであり、「ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」ていることが願書添付明細書等に記載した事項の範囲でないとする請求人の上記主張は失当である。
また、本件明細書には、「回転軸21内には通路212が形成されている。通路212の始端は、回転軸21の内端面にあってリヤハウジング14内の吸入室142に開口している。回転軸21には導入通路31,32が通路212に連通するように形成されている。」(段落【0027】)という記載があり、前側の導入通路31と後側の導入通路32とが回転軸21内に形成された通路212を介して連通していることが開示されている。
したがって、「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」という記載についても、願書添付明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものである。
よって、当該訂正事項1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
(d)独立特許要件について
本件特許無効審判事件においては、請求項1が無効審判の請求の対象とされているので、請求項1に関して、特許法第134条の2第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は適用されない。
また、請求項2に関しては、無効審判の請求の対象とはされていないが、後述するように請求項1は無効とすることができないものであり、請求項2は、当該請求項1を限定したものであって、独立特許要件を満たすから、特許法第134条の2第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項に適合するものである。
(イ)上記訂正事項1に係る請求項1及び2は、訂正事項1を含む請求項1の記載を請求項2が引用しているものであるから、当該請求項1及び2は、特許法134条の2第3項に規定する一群の請求項である。
したがって、当該訂正事項1に係る請求項1及び2は、一群の請求項を構成する。

3.まとめ
したがって、平成28年3月7日付けの訂正は、特許法第134条の2第1項及び同条第9項で準用する特許法第126条第4項,第5項,第6項及び第7項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

第3 本件発明
本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」と言う。)は、平成28年3月7日付けで訂正された訂正事項1として記載されたとおりのものと認める。

第4 請求人の主張(概要)
請求人は、審判請求書において、請求項1に係る発明の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。その理由及び証拠方法は以下のとおりである。

1.無効理由
(1)無効理由1
本件発明は、甲第1号証に記載された発明であるため、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきである。
(2)無効理由2
本件発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるため、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきである。
(3)無効理由3
本件発明は、甲第10号証に記載された発明及び周知技術、慣用技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるため、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきである。

2.証拠方法
請求人は、審判請求書に添付して甲第1号証ないし甲第17号証を提出し、口頭陳述要領書に添付して甲第18号証ないし甲第23号証を提出し、口頭陳述要領書(2)に添付して甲第24号証ないし甲第28号証を提出し、審判事件弁駁書に添付して甲第29号証ないし甲第35号証を提出している。

甲第1号証: 特開平8-334085号公報
甲第2号証: 特開平5-126039号公報
甲第3号証: 実公昭58-46263号公報
甲第4号証: 実開昭60-139083号公報
甲第5号証: 実開昭61-145882号公報
甲第6号証: 特開昭64-63669号公報
甲第7号証: 特開平8-261150号公報
甲第8号証: 特開平9-60583号公報
甲第9号証: 特開平10-9130号公報
甲第10号証: 特開平7-63165号公報
甲第11号証:北郷薫ら編集 「機械の事典」 1980年9月30日初版第1刷 朝倉書店 第219頁及び第220頁
甲第12号証:日本工業規格JIS B0162-1:2006 「滑り軸受-用語,定義及び分類-第1部:設計,軸受材料及びその特性」の「b)滑り軸受の形式及び分類 2)荷重方向による分類」部分
甲第13号証:本件特許の審査書類中、特願2007-338196号に対する平成21年2月3日付け拒絶理由通知書
甲第14号証:本件特許の審査書類中、特願2007-338196号に対する平成21年1月28日付け早期審査に関する事情説明書
甲第15号証:本件特許の審査書類中、特願2007-338196号に対する平成21年3月12日付け意見書
甲第16号証:日本工業規格JIS B 1566 - 1975 「転がり軸受の取付関係寸法及びはめあい」の「表2 平面座スラスト玉軸受の肩の直径の最小値又は最大値」
甲第17号証:特開平7-301177号公報
甲第18号証:製品調査報告書及び翻訳
甲第19号証:特開平9-209927号公報
甲第20号証:特開平9-42153号公報
甲第21号証:特開2001-289164号公報
甲第22号証:特開平9-250453号公報
甲第23号証:特開平9-184479号公報
甲第24号証:特開平7-197883号公報
甲第25号証:特開平7-301177号公報
甲第26号証:特開平9-60586号公報
甲第27号証:特開平9-203375号公報
甲第28号証:特開平9-264254号公報
甲第29号証:特開平5-172051号公報
甲第30号証:特開平6-129351号公報
甲第31号証:特開平6-299956号公報
甲第32号証:特開平7-293431号公報
甲第33号証:米国特許1367914号明細書
甲第34号証:特開平8-61230号公報
甲第35号証:特開平5-312145号公報

第5 被請求人の主張(概要)
一方、被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めており、以下の趣旨の主張をしている。
(1)無効理由1について
本件発明は甲第1号証に記載された発明と同一でない。
(2)無効理由2について
本件発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。
(3)無効理由3について
本件発明は、甲第10号証に記載された発明及び周知技術、慣用技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。

第6 当審の判断
1.無効理由1及び2について
(1)甲第1号証について
ア.甲第1号証に記載された事項(1)
(ア)甲第1号証(特開平8-334085号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、斜板式圧縮機等の往復動型圧縮機に関するものである。
【0002】
【従来の技術】この種の往復動型圧縮機としては、例えば実開昭64-46480号公報に示すような構成のものが知られている。この構成においては、ハウジング内にラジアルベアリングを介して回転軸が支持されるとともに、その回転軸の周囲においてピストンを往復動可能に収容した複数のシリンダボアが形成されている。ハウジングのクランク室内において回転軸には斜板が支持され、回転軸の回転に伴い、この斜板を介してピストンが往復動されるようになっている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで、この種の圧縮機では、斜板が傾斜しているために、ピストンの圧縮動作時に発生する圧縮荷重、すなわち圧縮反力が、斜板を介して回転軸に対し、その回転軸のラジアル方向の分力として作用し、ラジアルベアリングに大きな負荷が加わる。尚、このラジアル方向の分力に関しては後に詳述する。従って、従来の圧縮機では、このような大きなラジアル方向の負荷が加わっても、回転軸の円滑な回転に支障が無いように、ラジアルベアリングとしてニードルベアリングやボールベアリング等のころがり軸受が使用されていた。
【0004】ところが、このニードルベアリングやボールベアリング等のころがり軸受は高価であるため、圧縮機のコスト低減の妨げになるという問題があった。この発明は、このような従来の技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的とするところは、回転軸を支持するラジアルベアリングとして、ニードルベアリングやボールベアリング等の高価なころがり軸受を使用する必要がなく、製造コストの低減を図ることができる圧縮機を提供することにある。」
(b)「【0013】
【作 用】請求項1に記載の発明によれば、回転軸を支持するラジアルベアリングが滑り軸受けにより構成されているので、ニードルベアリングやボールベアリング等のころがり軸受と比較して安価で済む。又、回転軸の回転に伴い、斜板を介してピストンが往復動されて、圧縮動作が行われるとき、その圧縮荷重が斜板を介して回転軸に対し、ラジアル方向の分力として作用し、滑り軸受けに大きな負荷が加わる。つまり、回転軸が滑り軸受けに強く圧接されて、両者間の摺動抵抗が大きくなる。ところが、滑り軸受けと回転軸との間に設けられた反力付与手段により、回転軸にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力が、同回転軸に対して付与されて、そのラジアル方向の力が相殺される。このため、回転軸が滑り軸受けに強く圧接されることはなく、滑り軸受けを使用しても回転軸の円滑な回転に支障は生じない。」
(c)「【0024】複数のシリンダボア20は前記回転軸16と平行に延びるように、シリンダブロック11の両端部間に同一円周上で所定間隔おきに貫通形成され、それらの内部には片頭型のピストン21が往復動可能に嵌挿支持されている。クランク室22はシリンダブロック11の前面側において、フロントハウジング12の内部に区画形成されている。」
(d)「【0027】半球部を有する一対のシュー30はその半球部にて各ピストン21の基端部に相対的に摺動可能に嵌められている。摺動面29は前記斜板27の外周部の前後両面に形成され、この摺動面29上には両シュー30がその平面部にて摺動可能に係留されている。そして、前記駆動源により回転軸16が回転されるとき、ラグプレート23を介して斜板27が回転され、各ピストン21がシリンダボア20内において往復動される。」
(e)「【0030】吸入弁機構35は前記弁板14に形成され、ピストン21がシリンダボア20内で往復動されるとき、この吸入弁機構35によって吸入室33から各シリンダボア20の圧縮室内に冷媒ガスが吸入される。吐出弁機構36は弁板14に形成され、ピストン21がシリンダボア20内で往復動されるとき、この吐出弁機構36によって各シリンダボア20の圧縮室内で圧縮された冷媒ガスが吐出室34に吐出される。
【0031】図1?図3に示すように、前記後方のラジアルベアリング18はシリンダブロック11の中心に形成された軸支孔37からなり、その軸支孔37内には回転軸16の後端に形成された大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されている。反力付与手段としての反力付与構造39は、ラジアルベアリング18の軸支孔37と回転軸16の軸支部38との間に形成され、ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、同回転軸16に対して付与するようになっている。
【0032】すなわち、前記反力付与構造39の凹部40は、軸支孔37と対向する回転軸16の軸支部38の外面において、ピストン21が上死点付近にあるシリンダボア20と対応するように形成されている。また、この凹部40は、ピストン21が上死点付近にあるシリンダボア20から、そのシリンダボア20より圧縮行程途中にあるシリンダボア20側に渡って形成された圧力作用部40bと、その圧力作用部40bに接続され、ピストン21が上死点付近にあるシリンダボア20と対応するように軸線方向に延長された吐出圧導入溝40aとを備えている。
【0033】前記反力付与構造39を構成する複数のガス通路41は、各シリンダボア20の後端と軸支孔37との間に延びるように、シリンダブロック11に形成されている。そして、回転軸16の回転に伴い、斜板27を介して各ピストン21が圧縮動作されるとき、凹部40の導入溝40aが、ピストン21が上死点付近に移動された各シリンダボア20のガス通路41に順に連通する。この動作により、各シリンダボア20の圧縮室内において高圧となった冷媒ガスが、ガス通路41を介して凹部40の圧力作用部40b内に導入される。
【0034】次に、前記のように構成された圧縮機について動作を説明する。さて、この実施例の圧縮機において、車両エンジン等の駆動源により、回転軸16を介してラグプレート23が回転されると、斜板27の傾角に応じたストロークで各ピストン21が往復動される。これにより、冷媒ガスが吸入室33から各シリンダボア20の圧縮室内に吸入され、それらの圧縮室内で圧縮された後、吐出室34に吐出される。この圧縮運転時には、斜板27が傾斜しているために、図1及び図3に示すように、各ピストン21からの圧縮荷重P1が、斜板27を介して回転軸16に対し、その回転軸16のラジアル方向の分力P2として作用する。このため、回転軸16はその分力P2の方向へ向かってラジアルベアリング17,18に強く圧接され、同ベアリング17,18にはラジアル方向への大きな負荷が加わる。
【0035】ところが、各ピストン21の圧縮動作時には、後方のラジアルベアリング18と対応する位置において、回転軸16上の凹部40の吐出圧導入溝40aが各ガス通路41に順に連通して、各シリンダボア20の圧縮室内からガス通路41を介して、凹部40の圧力作用部40b内に高圧となった冷媒ガスが導入される。これにより、圧力作用部40b内の圧力が高められ、その圧力が回転軸16に作用するラジアル方向の分力P2と反対方向の力として、同回転軸16に付与される。その結果、回転軸16に作用するラジアル方向の力P2が相殺される。
【0036】このため、回転軸16が後方のラジアルベアリング18に強く圧接されることはなく、そのベアリング18には大きな負荷が加わらないので、本実施例のように、そのラジアルベアリング18として安価な滑り軸受けを使用しても、回転軸16の円滑な回転に支障は生じない。従って、ラジアルベアリング18として、ニードルベアリングやボールベアリング等の高価なころがり軸受を使用する必要がなくなり、圧縮機の製造コストを低減することができる。加えて、ころがり軸受を使用した場合に生じる騒音の問題がないとともに、軸受けのコロやボールが疲労したり劣化したりして、回転軸16の円滑な回転に支障を生じるといった問題もない。
【0037】また、この実施例の圧縮機においては、反力付与手段としての反力付与構造39が、回転軸16の外面に形成された凹部40とシリンダブロック11に形成されたガス通路41とから構成されている。このため、反力付与手段として、単に回転軸16の外面に凹部40を形成するとともに、シリンダブロック11にガス通路41を貫設するだけの簡単な構成で、回転軸16に作用するラジアル方向の力P2を確実に相殺することができる。
【0038】さらに、この実施例の圧縮機において、凹部40の圧力作用部40bは、回転軸16の外面において、ピストン21が上死点付近にあるシリンダボア20から、そのシリンダボア20より圧縮行程途中にあるシリンダボア20側に渡って形成されている。つまり、回転軸16の周囲に配置された複数のピストン21からの圧縮荷重P1の合力が、回転軸16に対し最も大きなラジアル方向の分力P2として作用する位置は、圧縮荷重P1が最も大きくなる上死点に対応する位置よりも圧縮行程側に若干変位した位置となる。このため、その位置に正確に対応して圧力作用部40bを設けることにより、回転軸16に作用するラジアル方向の力P2をより効果的に相殺できる。
【0039】しかも、前記凹部40は圧力作用部40bに接続される吐出圧導入溝40aを備え、その導入溝40aは、回転軸16の回転に伴い、ピストン21が上死点付近に移動された各シリンダボア20のガス通路41とのみ順に連通される。その結果、各シリンダボア20内にて高圧となった冷媒ガスのみを、ガス通路41を介して凹部40の圧力作用部40b内に効率良く導入することができる。従って、圧力作用部40b内の圧力を、回転軸16に作用するラジアル方向の力P2に対抗でき得るように、十分に高めることができる。
【0040】加えて、この実施例では、回転軸16の軸支部38の外面に形成された凹部40に冷媒ガスを導入するようにしているので、冷媒ガス中に含まれる潤滑油をその軸支部38とラジアルベアリング18の軸支孔37との間の摺動部に効率良く供給することができる。このため、回転軸16とラジアルベアリング18との間の摺動抵抗を抑制して、回転軸16をより円滑に回転させることができる。また、このような凹部40を設けることにより、その凹部40内における高圧冷媒ガスの圧力降下を抑止できて、負荷容量を大きく確保することができる。」
(f)「【0042】
【別の実施例】次に、この発明の別の実施例を、図4?図6に従って説明する。まず、図4に示す第2実施例は、本発明を両頭ピストン型斜板式圧縮機に具体化したものであって、一対のシリンダブロック11が接合配置され、それらのシリンダブロック11のシリンダボア20内に両頭型のピストン21が往復動可能に嵌挿支持されている。シリンダブロック11の前後両端には、それぞれ弁板14を介してフロントハウジング12及びリヤハウジング13が接合配置されている。フロントハウジング12及びリヤハウジング13内にはそれぞれ吸入室33及び吐出室34が区画形成され、これらの吸入室33及び吐出室34に対応して、各弁板14には吸入弁機構35及び吐出弁機構36が形成されている。
【0043】回転軸16を支持する前後一対のラジアルベアリング17,18は、いずれもプレーンベアリング(滑り軸受け)により構成されている。前記第1実施例と同様に、各ラジアルベアリング17,18はシリンダブロック11に形成された軸支孔37を備え、それらの軸支孔37には回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されている。各軸支孔37と各軸支部38との間には反力付与構造39がそれぞれ形成され、各反力付与構造39は吐出圧導入溝40a及び圧力作用部40bよりなる凹部40と、複数のガス通路41とから構成されている。」
(イ)また、上記記載事項及び図面の記載内容からみて、特に図4に記載された実施例に着目すれば、甲第1号証には、以下の事項も記載されていると認められる。
(g)回転軸16の回転に伴い斜板27を介してピストン21が往復動すること(特に、段落【0027】、【0042】、図4を参照)。
(h)ピストン21によってシリンダボア20内に圧縮室が区画されること(特に、段落【0030】、【0033】?【0035】、【0042】、図4を参照)。
(i)圧縮動作時に少なくとも斜板27を含む手段が、回転軸16上の大径の軸支部38に、ラジアル方向の分力P2を作用させ、軸支部38は、軸支孔37の内周壁を圧接すること(特に、段落【0003】、【0013】、【0034】?【0036】、【0042】、図4を参照)。
(j)前記軸支孔37に回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されてラジアルベアリング17、18となっており、ラジアルベアリング17、18は、回転軸16の部分に関する唯一のラジアルベアリングであること(特に、段落【0043】、図4を参照)。
(k)斜板27が、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて回転軸16の軸線の方向の位置を規制されていること(特に、図4を参照)。
(l)スラスト軸受手段は、シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記斜板27体の突条の径が前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きいこと(特に、図4を参照)。
(ウ)そうすると、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明(1)」と言う。)が記載されていると認められる。
「シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20内にピストン21が往復動可能に嵌挿支持され、前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピストン21を往復動させ、前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画される圧縮室に冷媒ガスを導入する吸入弁機構35を備えた両頭ピストン型斜板式圧縮機において、
圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ、軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手段とを有し、
前記シリンダブロック11には、回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が形成され、
前記軸支孔37に回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されてラジアルベアリング17、18となっており、ラジアルベアリング17、18は、前記回転軸16の部分に関する唯一のラジアルベアリングであり、
前記軸支孔37と前記軸支部38との間には、ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39が形成され、
前記ピストン21は両頭型のピストン21であり、前記斜板27は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸16の軸線の方向の位置を規制されており、前記スラスト軸受手段は、前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした両頭ピストン型斜板式圧縮機における冷媒ガス吸入構造。」
イ.甲第1号証に記載された事項(2)
次に、段落【0049】の記載事項を考慮して、甲第1号証に記載された事項を検討する。
(ア)甲第1号証の段落【0049】の記載は、次のとおりである。
(m)「【0049】なお、この発明は、次のように変更して具体化することも可能である。
(1) 例えば特開平5-126039号公報に開示されているように、回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において、そのロータリバルブ上に反力付与構造39を配設すること。因みに、このロータリバルブは、回転軸16と一体回転可能に設けられ、吸入行程にある各シリンダボア20に対してガスを導入するための吸入通路を備えたものである。従って、このロータリバルブを備えた圧縮機においては、ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを連通させるために設けられている通路を、前記ガス通路41としてそのまま利用できる。」
(イ)上記記載における「例えば特開平5-126039号公報(注:甲第2号証のこと)に開示されているように、回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において、そのロータリバルブ上に反力付与構造39を配設すること。」との記載事項が意味する技術的内容について、当事者間に争いがある。
この記載事項につき検討するに、そこに示された具体的構成のうち、「回転軸16」、「ラジアルベアリング」、「圧縮機」及び「反力付与構造39」は、甲第1号証に記載された実施例のいずれもが備えているものであるが、「ロータリバルブ」だけは、甲第1号証に記載された実施例が備えていないものである。そうすると、甲第1号証に接した当業者にとって、段落【0049】中の「例えば特開平5-126039号公報に開示されているように」との字句は、「ロータリバルブ」に関する構成を刊行物の例示をもって説明せんとしたものであることは明らかである。実際、甲第2号証は、確かにロータリバルブとしての「回転弁22」を記載したものである。
このことを踏まえれば、段落【0049】の上記記載事項は、「(甲第1号証の)回転軸16の(甲第1号証の)ラジアルベアリングと対応する部分に(例えば甲第2号証に開示されているような)ロータリバルブを配設した(甲第1号証の)圧縮機において、その(甲第2号証に開示されているような)ロータリバルブ上に(甲第1号証の)反力付与構造39を配設すること。」を意味すると理解できるのであって、これは当業者にとって自然な解釈と言える。
したがって、上記記載事項は、甲第1号証の実施例に「ロータリバルブ」を適用することを意味していると理解すべきである。
また、段落【0049】及び甲第1号証のその他の記載を参照しても、「ロータリバルブ」が特定の実施例にしか配設され得ないものとは解し得ない。
したがって、甲第1号証の図4に対応する実施例に「ロータリバルブ」を適用したものも、甲第1号証から当業者が導きだせる事項である。
なお、甲第1号証の図4に対応する実施例に「ロータリバルブ」を配設することで、ピストン式圧縮機として技術的に不合理なものとなるものでもない(後記(ウ)(ウ-2)参照)。
(ウ)段落【0049】の記載事項に関する、被請求人の主張について検討する。
(ウ-1)被請求人は、口頭審理陳述要領書の「第2.1.(4)(第9?10頁)」において、段落【0049】の記載は、甲第2号証に記載された圧縮機を前提としているものであって、甲第1号証に記載された圧縮機を前提しているものではない旨主張しており、その理由として、段落【0049】の「従って、このロータリバルブを備えた圧縮機においては、ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを連通させるために設けられている通路を、前記ガス通路41としてそのまま利用できる。」との記載に関し、「仮に、・・・『甲第1号証記載の圧縮機』を前提としているのであれば、『甲第1号証に記載の圧縮機』における『ガス通路41』を『ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを通知させるために設けられている通路』として利用することができるという記載となるべきであるが、かかる記載になっていないということは、『甲第1号証に記載の圧縮機』を前提としないということに他ならない。」と主張している。
この主張につき検討するに、ロータリバルブとシリンダボアを連通させるためには、ロータリバルブだけでなく、ロータリバルブとシリンダボアを連通させるための通路が併せて必要となることは当業者にとって自明であるから、段落【0049】の上記記載は、省略されている文章を補って「従って、このロータリバルブを備えた圧縮機においては、ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを連通させるために設けられている(ロータリバルブを適用した際にロータリバルブとともに設けられた)通路を、前記ガス通路41としてそのまま利用できる。」のように理解することができる。
したがって、被請求人の主張を採用することはできない。
(ウ-2)また、被請求人は、口頭審理陳述要領書の「第2.1.(6)(第11?12頁)」において、甲第1号証の「反力付与構造39の凹部40」と甲第2号証の「回転弁の溝部25b」は、いずれも上死点においてシリンダボアと連通するものであり、凹部40と溝部25bとがデジタル的に非連通となるような構成は技術的に矛盾があるとも主張している。
しかし、甲第1号証の「反力付与構造39の凹部40」がシリンダボアと連通するために有している通路が「吐出圧導入溝40a」と称されているように、甲第1号証の「反力付与構造39の凹部40」は、吸入行程とは別異の行程の吐出行程においてシリンダボアと連通するものである。
これに対し、甲第2号証の「回転弁の溝部25b」は、甲第2号証の段落【0013】に「この溝部25bが吸入行程にある各ボア1bの吸入ポート21と対向する間」と記載されているように、吸入行程においてシリンダボアと連通するものである。
したがって、甲第1号証の「反力付与構造39の凹部40」と甲第2号証の「回転弁の溝部25b」を同時に備えた場合であっても、両者がシリンダボアと連通するタイミングは異なるのであるから、技術的に矛盾が生じるものではない。
したがって、被請求人のこの主張も採用することはできない。
(エ)上記ア.(ア)で示した記載事項に加えて上記(イ)で示した段落【0049】に記載された事項を考慮すると、図面の記載内容も踏まえれば、甲第1号証には、以下の事項も記載されていると認められる。
(n)ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを連通させるために設けられている通路は、ロータリバルブの回転に伴って間欠的に連通すること(【0042】、【0049】、図4を参照)。
(o)圧縮動作時に、少なくとも斜板27を含む手段が、回転軸16に設けられるロータリバルブに、ラジアル方向の分力P2を作用させ、ロータリバルブは、ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを連通させるために設けられている通路の入口を圧接すること(特に、段落【0003】、【0013】、【0034】?【0036】、【0042】、【0049】、図4を参照)。
(p)回転軸16に形成された大径の軸支部38の部分にロータリバルブが設けられること(特に、段落【0043】、【0049】、図4を参照)。
(q)ロータリバルブ上の吸入通路の出口は、ロータリバルブの外周面上にあり、ロータリバルブ上の吸入通路と各シリンダボアとを連通させるために設けられている通路の入口は、軸支孔37の内周面上にあり、軸支孔37の内周面に回転軸16に形成された軸支部38の部分に設けたロータリバルブの外周面が直接支持されることによって、ロータリバルブを介して回転軸16を支持するラジアルベアリング17、18となっており、ラジアルベアリング17、18は、斜板27からロータリバルブ側における回転軸16の部分に関する唯一のラジアルベアリングであること(特に、段落【0043】、【0049】、図4を参照)。
(r)両頭型のピストン21を収容する前後一対のシリンダボア20に対応して一対のロータリバルブが配設されること(特に、段落【0042】、【0049】、図4を参照)。
(オ)したがって、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明(2)」と言う。)も記載されていると認められる。
「シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20内にピストン21が往復動可能に嵌挿支持され、前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピストン21を往復動させ、前記回転軸16と一体回転可能に設けられていると共に、吸入行程にある前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画される圧縮室に対して冷媒ガスを導入するための吸入通路を有するロータリバルブを備えた両頭ピストン型斜板式圧縮機において、
前記シリンダボア20に連通し、かつ前記ロータリバルブの回転に伴って間欠的に連通する、前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路と、
圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に設けられたロータリバルブに対しラジアル方向の分力として作用させ、圧縮行程にある前記シリンダボア20に連通する、前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路の入口に向けて前記ロータリバルブを圧接する、少なくとも斜板27を含む手段とを有し、
前記シリンダブロック11には、回転軸16上の大径の軸支部38の部分に設けた前記ロータリバルブが回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が形成され、
前記吸入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路の入口は、前記軸支孔37の内周面上にあり、前記軸支孔37の内周面に前記軸支部38の部分に設けた前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって、前記ロータリバルブを介して前記回転軸16を支持するラジアルベアリング17、18となっており、前記ラジアルベアリング17、18は、前記斜板27から前記ロータリバルブ側における前記回転軸16の部分に関する唯一のラジアルベアリングであり、
前記軸支孔37と前記軸支部38との間には、ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39が形成され、
前記ピストン21は両頭型のピストン21であり、前記両頭型のピストン21を収容する前後一対のシリンダボア20に対応する一対のロータリバルブが回転軸16と一体的回転可能に設けられ、前記斜板27は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸16の軸線の方向の位置を規制されており、前記スラスト軸受手段は、前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした両頭ピストン型斜板式圧縮機における冷媒ガス吸入構造。」

(2)甲第2号証について
ア.甲第2号証(特開平5-126039号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「【0011】
【実施例】以下、本発明の実施例1、2及び変形例1?6を図面に基づき説明する。
(実施例1)図1は本実施例に係る揺動斜板式圧縮機の断面図である。図において、1は軸方向に貫通する軸心孔1a及び5個のボア1bを有するシリンダブロックであって、このシリンダブロック1の一端面には通しボルト16によりフロントハウジング2が接合され、他端面には弁板3、吐出弁18b及びリテーナ20を介して同通しボルト16によりリアハウジング4が接合されている。フロントハウジング2内のクランク室5には、駆動軸6がフロントハウジング2及びシリンダブロック1の軸心孔1aに嵌挿され軸封装置6a、ラジアル軸受6b、6cを介して回転可能に支承されている。この駆動軸6上にはフロントハウジング2との間にスラスト軸受7aを介してロータ7が固着され、該ロータ7の後面側に延出した支持アーム8の先端部には長孔8aが貫設されている。そして、該長孔8aにはピン8bが摺動可能に嵌入されており、同ピン8bには斜板9が傾動可能に連結されている。
【0012】ロータ7の後端に隣接して駆動軸6上にはスリーブ10が遊嵌され、コイルばね11により常にロータ7側へ付勢されるとともに、スリーブ10の左右両側に突設された枢軸10a(一方のみ図示)が斜板9の図示しない係合孔に嵌入されて、該斜板9は枢軸10aの周りを揺動しうるように支持されている。斜板9の後面側にはスラスト軸受9a等を介して揺動板12が相対回転可能に支持され、かつ外縁部に設けた案内部12aが通しボルト16と係合することにより自転が拘束されるとともに、シリンダブロック1に貫設されたボア1b内のピストン15と該揺動板12とはコンロッド14により連節されている。
【0013】さらに、リアハウジング4には内周側に弁板3の中央孔3aを介してシリンダブロック1の軸心孔1aと連通する吸入室17が形成されており、吸入室17はリア側端面中央に開口し冷媒を導入する冷媒導入孔13aにより冷凍回路と接続されている。また、弁板3には、図2に示すように、中央孔3aから放射状に延在し各ボア1bの頂部と導通する吸入ポート21が設けられている。そして、図1に示すように、軸心孔1a内に延出した駆動軸6の後端には、軸心孔1a及び中央孔3aと滑合する円柱状の回転弁22がキー23により装着されており、回転弁22のリア側は、吸入室17の隔壁に形成された段部にスラスト軸受24を介して支持されている。この回転弁22には、図3及び図4に示すように、吸入室17側の軸心中央から径方向に屈曲貫通する円孔25aと、該円孔25aに連なって外周面の約半周部分にわたって延在する溝部25bとによって吸入通路25が形成されており、この溝部25bが吸入行程にある各ボア1bの吸入ポート21と対向する間、吸入通路25を介して吸入室17と吸入ポート21とが連通するようになされている。また、リアハウジング4の吸入室17の外周側には冷媒導出孔13bが開口する環状の吐出室18が隔設されており、この吐出室18は、弁板3の吐出ポート18a及び吐出弁18bを介して各ボア1bと連通している。したがって、駆動軸4の回転運動が斜板9を介して揺動板12の前後揺動に変換され、ピストン15がボア1b内を往復動することにより吸入室17からボア1b内へ吸入された冷媒が圧縮されつつ吐出室18へ吐出される。そして、クランク室5内の圧力とボア1b内の吸入圧力とのピストン15を介した差圧に応じてピストン15のストロークが変動し、揺動板12の傾角が変化する。なお、クランク室5内の圧力はリアハウジング4の後端突出部内に配設された図示しない電磁制御弁機構により冷房負荷に基づいて制御される。
【0014】以上のように構成された揺動斜板式圧縮機は、車両空調用冷凍装置としてその回路中に配設され、使用に供される。この揺動斜板式圧縮機が運転されて駆動軸6が回転すると、斜板9は駆動軸6とともに回転しつつ揺動運動する。揺動板12は斜板9に対して回転規制状態とされて揺動運動のみを行い、これによりピストン15がボア1b内で往復動する。そして、ボア1b内でピストン15が下死点に向かって移動を開始して吸入行程に入ると、駆動軸6と同期して回転する回転弁22の吸入通路25の溝部25b先端側がそのボア1bの吸入ポート21と対向し、吸入通路25を介して吸入室17と吸入ポート21とが連通する。これにより、吸入室17からそのボア1bに冷媒が吸入される。その後、ボア1b内のピストン15が下死点に到達すると、回転弁22の回転に伴って吸入通路25の溝部25b後端側が吸入ポート21を通過し、吸入室17と吸入ポート21とが遮断される。そして、ピストン15が上死点に向かって移動を開始すると、冷媒が圧縮されそのボア1b内の圧力が高圧になるのに伴って吐出弁18bがリテーナ20に規制されて開弁し、その冷媒は吐出ポート18aから吐出室18へ吐出される。このように回転弁22が駆動軸6と同期して回転することにより、各ボア1b内では冷媒を吸入室17から吸入し、圧縮し、吐出室18へ吐出する動作が繰り返し行われる。」
(b)「【0016】したがって、この揺動斜板式圧縮機では、振動・異音の発生を防止するとともに充分な性能を発揮することができる。
(変形例1)図5に示すように、上記のような回転弁22を用いることにより、吐出ポート18aをボア1bの中央に位置させて形成することが可能となる。これにより、ピストン15のヘッド部に吐出ポート18aと符合する突起15aを設けることによって、デッドスペースに残留する冷媒の量を減少させ、体積効率を向上させることができる。
(変形例2)図6に示すように、上記実施例において弁板3に設けられている吸入ポート21は、シリンダブロック1に設けてもよい。この場合には、吸入ポート21の長さを短くすることができるため、吸入ポート21内に残留する圧縮冷媒の量を減少させ、体積効率を向上させることができる。
(変形例3)図7に本変形例の要部の断面図を示す。本変形例は、駆動軸6の先端部近傍に形成されたフランジ部61と回転弁22との間にばね26を介装し、このばね26によって回転弁22をリア側方向に常時付勢するようにしたものである。これにより回転弁22の軸方向の組付寸法精度が緩和され、同時に回転弁22のがたつき、異常摩耗、焼付等の発生が防止される。
(変形例4)図8に示すように、駆動軸6とシリンダブロック1との間にラジアル軸受63を介装させ、そのラジアル軸受63によってばね26の一端を支持するようにすれば、駆動軸6にフランジ部を形成する必要がないため、組付け性が良好となる。
(変形例5)図9に示すように、シリンダブロック1の軸心孔1aに張出部1cを設け、その張出部1cに支持されるスラスト軸受65によってばね25の一端を支持するようにしても、変形例4と同様に組付け性が良好となる。
(変形例6)図10は本変形例に係る揺動斜板式圧縮機の要部を示す断面図であり、図11は回転弁の斜視図であり、図12はリアハウジングの斜視図である。」
イ.また、上記記載事項及び図面の記載内容からみて、甲第2号証には以下の事項も記載されていると認められる。
(c)シリンダブロック1における駆動軸6の周囲に5個のボア1bが配列されていること。
(d)駆動軸6の回転により斜板9を介してピストン15が往復動すること。
(e)吸入ポート21は、ボア1bに連通しており、かつ回転弁22の回転に伴って吸入通路25との連通と遮断を繰り返すこと。
(f)吸入通路25の溝部25bは、回転弁22の外周面上にあること。
(g)シリンダブロック1に吸入ポート21を配置した場合、吸入ポート21の入口は、軸心孔1aの内周面上にあること。
ウ.そうすると、甲第2号証には以下の発明(以下、「甲2発明」と言う。)が記載されていると認められる。
「シリンダブロック1における駆動軸6の周囲に配列された5個のボア1b内にピストン15を収容し、前記駆動軸6の回転により斜板9を介して前記ピストン15を往復動させ、前記駆動軸6の後端に装着されているとともに、前記ピストン15によって前記ボア1b内の区画される空間に冷媒を導入するための吸入通路25を有する回転弁22を備えた揺動斜板式圧縮機において、
前記ボア1bに連通し、かつ前記回転弁22の回転に伴って前記吸入通路25との連通と遮断を繰り返す吸入ポート21を有し、
前記シリンダブロック1は、前記回転弁22を滑合可能に収容する軸心孔1aを有し、
前記吸入通路25の溝部25bは、前記回転弁22の外周面上にあり、前記吸入ポート21の入口は、前記軸心孔1aの内周面上にあり、
前記ピストン15を収容するボア1bに対応する回転弁22が駆動軸6と同期して回転する揺動斜板式圧縮機における冷媒吸入構造。」

(3)無効理由2について
ア.本件発明と甲1発明(1)との対比
(ア)甲1発明(1)の「シリンダブロック11」は本件発明の「シリンダブロック」に相当し、以下同様に、「回転軸16」は「回転軸」に、「シリンダボア20」は「シリンダボア」に、「シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20」は「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア」に、「ピストン21」は「ピストン」に、「往復動可能に嵌挿支持され、」は「収容し、」に、「斜板27」は「カム体」に、「前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピストン21を往復動させ、」は「前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、」に、「冷媒ガス」は「冷媒」に、「両頭ピストン型斜板式圧縮機」は「ピストン式圧縮機」に、「軸支孔37」は「軸孔」に、「ラジアルベアリング17、18」は「ラジアル軸受手段」に、「両頭型のピストン21」は「両頭ピストン」に、「冷媒ガス吸入構造」は「冷媒吸入構造」に相当する。
(イ)甲1発明(1)の「前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画される圧縮室に冷媒ガスを導入する吸入弁機構35」と、本件発明の「前記回転軸と一体化されていると共に、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブ」とは、「前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するためのバルブ」との点で一致する。
(ウ)(ウ-1)甲第1号証の段落【0032】の「吐出圧導入溝40a」との記載、及び、段落【0033】の「各ピストン21が圧縮動作されるとき、凹部40の導入溝40aが、ピストン21が上死点付近に移動された各シリンダボア20のガス通路41に順に連通する。」との記載を踏まえれば、圧縮動作されるときに吐出圧導入溝40aが機能すると解せるから、甲1発明(1)の「圧縮動作時」とは、「吐出行程」を含んだものであると解せる。
(ウ-2)また、本件発明の「ロータリバルブ」は「回転軸」と一体化されているものであり、「吸入通路の入口」は「軸孔の内周面上」にあるものである。
(ウ-3)さらに、甲1発明(1)の「圧接」が意味するものについて検討すると、甲1発明(1)は、「軸支部38」を「圧接」するものではあるが、「ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を備えたものであり、甲第1号証の段落【0035】の記載によれば、この「反力付与構造39」により「回転軸16に作用するラジアル方向の力P2が相殺される」ものである。しかし、それに続く段落【0036】の「回転軸16が後方のラジアルベアリング18に強く圧接されることはなく、そのベアリング18には大きな負荷が加わらないので、本実施例のように、そのラジアルベアリング18として安価な滑り軸受けを使用しても、回転軸16の円滑な回転に支障は生じない。」との記載を踏まえれば、当該「反力付与構造39」は、ラジアル方向の力P2(軸支部38に伝達される圧縮反力に起因する力)を「相殺」するとはいっても完全に打ち消すものではなく、回転軸16の円滑な回転に支障が生じない程度まで低減するものであると理解することができる。したがって、甲1発明(1)は、「反力付与構造39」を有するものではあるが、「軸支部38」を零ではない力で押し付けるものであると言える。
なお、被請求人は、平成28年3月7日付け上申書の第13頁において、 「相殺」とは、「互いに差し引いて損得なしにすること」 (広辞苑)であるから、「反力付与構造39による反対方向の力」を「圧縮反力のラジアル方向の分力P2」と同じ大きさとすることが開示されており、軸支部38を零でない力で押し付けるものとする審判合議体の認定は誤りである旨主張しているが、「相殺」には「相反するものが互いに影響しあって、その効果などが差し引かれること」(大辞林)という意味もあって、必ずしも、効果を完全に無くすことを意味するとはいえないから、被請求人の上記主張は失当である。
次に、本件発明の「付勢」が意味する内容について検討する。本件特許明細書段落【0038】の「吐出行程にあるシリンダボア27Aに向けて付勢されるロータリバルブ35の外周面351は、吐出行程にあるシリンダボア27Aに連通する吸入通路33Aの入口331付近のシール周面113に押接される。吐出行程にあるシリンダボア28Bに向けて付勢されるロータリバルブ36の外周面361は、吐出行程にあるシリンダボア28Bに連通する吸入通路34の入口341付近のシール周面123に押接される。その結果、吐出行程にあるシリンダボア27A,28Bにおける圧縮室271,281内の冷媒が吸入通路33A,34から洩れ難くなり、圧縮機における体積効率が向上する。」との記載を踏まえれば、本件発明の「付勢」は、冷媒を漏れ難くするために行われるものであり、そのような効果がもたらされる程度の力で、ロータリバルブの外周面を吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口のシール周面に押し付けるものは、少なくとも意図されているとまずは理解できる。しかし、本件発明としてどの程度まで冷媒を漏れ難くするものでありそのために必要な力がどの程度であるかが明確に特定されるものでもなく、本件特許明細書及び図面を参照してもその具体的な冷媒漏れ低減の程度及び力の程度が明らかにされるものでもない。さらに、本件特許明細書の段落【0067】には、「第1及び第2の実施の形態では、ロータリバルブがバルブ収容室の内周面に押接されるものとしたが、両者を接触させるのではなく、クリアランスを減少させることで洩れを防止するように構成してもよい。」と記載されており、付勢として、ロータリバルブをバルブ収容室の内周面に押接しなくても、クリアランスを減少させることで漏れを防止することも含まれるものと解することもできる。
そうすると、本件発明の「付勢」は、零でない力で押し付けるものを含むと理解することが相当である。
したがって、甲1発明の(1)の「圧接」は、本件発明の「付勢」に相当すると解せる。
(ウ-4)そうすると、甲1発明(1)の「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ、軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手段」と、本件発明の「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」とは、「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を回転軸に伝達して、軸孔の内周面に向けて前記回転軸を付勢する手段」である点で一致する。
(エ)本件発明の「ロータリバルブ」は「回転軸」と一体化されているものであるから、甲1発明(1)の「前記シリンダブロック11には、回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が形成され、」との構成と、本件発明の「前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、」との構成とは、「前記シリンダブロックは、回転軸を回転可能に収容する軸孔を有し、」との点で一致する。
(オ)本件発明の「ロータリバルブ」は「回転軸」と一体化されているものであるから、甲1発明(1)の「前記軸支孔37に回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されてラジアルベアリング17、18となっており、」との構成と、本件発明の「前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、」との構成とは、「軸孔の内周面に回転軸の外周面が直接支持されることによって回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、」との点で一致する。
(カ)そうすると、本件発明と甲1発明(1)の一致点及び相違点は、それぞれ以下のとおりである。
<一致点>
「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し、前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するためのバルブを備えたピストン式圧縮機において、
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を回転軸に伝達して、軸孔の内周面に向けて前記回転軸を付勢する手段とを有し、
前記シリンダブロックは、回転軸を回転可能に収容する軸孔を有し、
前記軸孔の内周面に前記回転軸の外周面が直接支持されることによって前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、前記ラジアル軸受手段は、前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり、
前記ピストンは両頭ピストンであり、前記カム体は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており、スラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」
<相違点1-1>
本件発明は、「前記回転軸と一体化されていると共に、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブ」を備えたものであり、それに伴い、「前記シリンダボアに連通し、かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路」と、「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」手段と、「前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔」とを有し、「前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ、前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、前記ラジアル軸受手段は、前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段」であり、「前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し、前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通」するものであるのに対して、甲1発明(1)は、「吸入弁機構35」を有するものの、「ロータリバルブ」を有していない点。
<相違点1-2>
本件発明は、「吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有し、「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし、該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるのに対して、甲1発明(1)は、「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ、軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手段」を有し、「前記スラスト軸受手段は、前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記斜板27体の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるが、「圧縮反力伝達手段」に相当する構成を含むか否かが明らかでなく、また、「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には、ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有している点。
イ.判断
(ア)相違点1-1について
(i)甲1発明(1)と甲2発明とは、ピストン型斜板式圧縮機という同一の技術分野に属しており、また、甲第1号証の段落【0049】に、「例えば特開平5-126039号公報(注:甲第2号証のこと)に開示されているように、回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において、そのロータリバルブ上に反力付与構造39を配設すること。」と記載されており、甲第1号証に記載された実施例と甲第2号証に記載された実施例を組み合わせることについて教示が存在する。
そうすると、当業者であれば、甲1発明(1)において、甲1発明(1)の「吸入弁機構35」にかえて、甲2発明の「回転弁22」を「回転軸16」の「ラジアルベアリング17、18」の部分に設けることは容易に想到し得ることである。
(ii)しかしながら、「回転弁22」を採用する際し、「反力付与構造39」の機能は、当然に保持されるものである(上記(1)イ.(ウ)(ウ-2)参照)。
甲1発明(1)は、滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じないようにするために反力付与手段を設けたものであり(段落【0013】参照)、反力付与手段としての反力付与構造39(段落【0031】参照)を備えることが必須の発明である。そして、甲1発明(1)は、「反力付与構造39」の一つとして、回転軸16の軸支部38の外面に凹部40を備えている。
すなわち、「凹部40」は、甲1発明(1)にとって必須の構成要件である。
したがって、甲1発明(1)において、「凹部40」を無くし、相違点1-1に係る本件発明の構成である「前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」ることを採用することに阻害要因が存在するといえる。
(iii)両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機において、「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」したものとすることは、本件出願の原出願の優先日前に周知の事項である(必要があれば、甲第33号証ないし甲第35号証を参照のこと。)。
しかしながら、甲1発明(1)は、「吸入室33」を両頭ピストンの両側に有するタイプであるから、甲1発明(1)において「吸入弁機構35」に代えて甲2発明の「回転弁22」を採用した場合、軸方向両側に配置される回転弁は、それぞれ両頭ピストンの両側の吸入室と連通させようとするものであり、「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」させる必要性もないから、甲1発明(1)に甲2発明を適用する際に上記周知の事項を考慮することにより、「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」する構成とすることは、当業者にとって容易に想到し得たとすることはできない。
(iv)よって、相違点1-1に係る本件発明の構成とすることは、甲1発明(1)に甲2発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものではない。
(イ)相違点1-2について
本件発明の「圧縮反力伝達手段」は、(a)吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して、吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢するという機能を有するものであって、(b)その一部に、シリンダブロックの端面に形成された相対的に径の大きな環状の突条とカム体の端面に形成された相対的に径の小さな環状の突条とに当接するスラスト軸受手段という構成のものも含むものである。
まず、上記(ア)の検討結果に沿って、甲1発明(1)の「ラジアルベアリング17、18」の部分に甲2発明の「回転弁22」を適用したものと、上記(a)の機能との関係について検討する。
甲1発明(1)に甲2発明の「回転弁22」を適用したものにおいて、「少なくとも斜板27を含む手段」は、圧縮反力を「軸支部38」に伝え、その結果、「軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する」ものであり、また、回転弁(ロータリバルブ)は「ラジアルベアリング17、18」を構成する「軸支部38」を設けられるものであるから、結局、当該「少なくとも斜板27を含む手段」は、圧縮反力を回転弁(ロータリバルブ)に伝達し、回転弁(ロータリバルブ)を圧接(付勢)する作用を有するものであると言える。
そうすると、甲1発明(1)に甲2発明の「回転弁22」を適用したものにおいて、前記「少なくとも斜板27を含む手段」は、本件発明の上記(a)と同様の機能を有するものであり、本件発明の「圧縮反力伝達手段」と同様の機能を有するものであると言える。
さらに、甲1発明(1)に甲2発明の「回転弁22」を適用したものが、上記(b)の構成を備えるか否かについて検討する。
甲1発明(1)に甲2発明の「回転弁22」を適用したものは、シリンダブロックの端面に形成された相対的に径の大きな環状の突条とカム体の端面に形成された相対的に径の小さな環状の突条とに当接するスラスト軸受手段という構成も含むものであるから、上記(b)の構成と同様の構成を有していると言え、また、これらの環状の突条は、圧縮反力を伝達する作用を自ずと備えるものであるから、「圧縮反力伝達手段」の一部を構成しているものであると言えるものである。
そうすると、甲1発明(1)に甲2発明の「回転弁22」を適用して、相違点1-2に係る本件発明の構成とすることは、当業者にとって格別なことであるとは言えない。
ウ.小括
以上のとおりであるから、本件発明は、甲1発明(1)及び甲2発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)無効理由1について
ア.本件発明と甲1発明(2)の対比
(ア)甲1発明(2)の「シリンダブロック11」は本件発明の「シリンダブロック」に相当し、以下同様に、「回転軸16」は「回転軸」に、「シリンダボア20」は「シリンダボア」に、「シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20」は「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア」に、「ピストン21」は「ピストン」に、「往復動可能に嵌挿支持され、」は「収容し、」に、「斜板27」は「カム体」に、「前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピストン21を往復動させ、」は「前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、」に、「前記回転軸16と一体回転可能に設けられている」は「前記回転軸と一体化されている」に、「冷媒ガス」は「冷媒」に、「吸入行程にある前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画される圧縮室に対して冷媒ガスを導入するための吸入通路」は「前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路」に、「両頭ピストン型斜板式圧縮機」は「ピストン式圧縮機」に、「前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路」は「吸入通路」に、「軸支孔37」は「軸孔」に、「前記シリンダブロック11には、回転軸16上の大径の軸支部38の部分に設けた前記ロータリバルブが回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が形成され、」は「前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、」に、「ラジアルベアリング17、18」は「ラジアル軸受手段」に、「両頭型のピストン21」は「両頭ピストン」に、「一対のロータリバルブが回転軸16と一体的回転可能に設けられ、」は「一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し、」に、「冷媒ガス吸入構造」は「冷媒吸入構造」に相当する。
(イ)また、既に上記(3)ア.(ウ)で述べたように、甲1発明(2)の「圧縮動作時」は本件発明の「吐出行程」を含むものであり、甲1発明(2)の「圧接」は本件発明の「付勢」に相当すると解せる。そうすると、甲1発明(2)の「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に設けられたロータリバルブに対しラジアル方向の分力として作用させ、圧縮行程にある前記シリンダボア20に連通する、前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路の入口に向けて前記ロータリバルブを圧接する、少なくとも斜板27を含む手段」と、本件発明の「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」とは、「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する手段」である点で一致する。
(ウ)そうすると、本件発明と甲1発明(2)の一致点及び相違点はそれぞれ以下のとおりである。
<一致点>
「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し、前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、前記回転軸と一体化されていると共に、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備えたピストン式圧縮機において、
前記シリンダボアに連通し、かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路と、
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する手段とを有し、
前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、
前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、前記ラジアル軸受手段は、前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり、
前記ピストンは両頭ピストンであり、前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し、前記カム体は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており、スラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」
<相違点2-1>
本件発明は、「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有し、「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし、該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるが、甲1発明(2)は、「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に設けられたロータリバルブに対しラジアル方向の分力として作用させ、圧縮行程にある前記シリンダボア20に連通する、前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路の入口に向けて前記ロータリバルブを圧接する、少なくとも斜板27を含む手段」を有し、「前記スラスト軸受手段は、前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記斜板27体の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした」構成を有するものの、「圧縮反力伝達手段」に相当する構成を含むか否かが明らかでない点。
<相違点2-2>
本件発明は、「前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」るとともに、「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」ているのに対して、甲1発明(2)は、「ロータリバルブ」は有するものの、「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には、ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有している点。

イ.判断
(ア)上記相違点2-1について検討する。
本件発明の「圧縮反力伝達手段」は、(a)吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して、吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢するという機能を有するものであって、(b)その一部に、シリンダブロックの端面に形成された相対的に径の大きな環状の突条とカム体の端面に形成された相対的に径の小さな環状の突条とに当接するスラスト軸受手段という構成のものも含むものである。
一方、甲1発明(2)の「少なくとも斜板27を含む手段」は、上記(3)イ.(イ)においてした検討と同様に、上記(a)と同様の機能を有すると評価でき、また、甲1発明(2)は、上記(b)と同様の構成を含むものであるから、甲1発明(2)は、本件発明と同様の「圧縮反力伝達手段」を有していると評価できるものである。
そうすると、本件発明と甲1発明(2)とで「圧縮反力伝達手段」の構成に関して実質的な差異はない。
したがって、上記相違点2-1は実質的なものではない。
(イ)上記相違点2-2について検討する。
甲1発明(2)は、「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には、ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を、前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有しており、この「反力付与構造39」は、「軸支部38」上に「凹部40」を備えるものである。また、「ロータリバルブ」は「軸支部38」の部分に設けられるから、結局、「ロータリバルブ」の外周面には、導入通路の出口以外に「凹部40」が設けられていることになるため、甲1発明(2)は、「前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」るものとは,実質的に相違する。
また、甲1発明(2)は、「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通」するものではないから、この点においても実質的に相違する。
したがって、上記相違点2-2は、実質的な相違点である。

ウ.小括
以上のとおりであるから、本件発明は、甲1発明(2)と同一ではない。

2.無効理由3について
(1)甲第10号証について
ア.甲第10号証(特開平7-63165号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「【請求項1】 複数個のシリンダが形成されたシリンダブロックと、前記シリンダ内に挿入された複数個のピストンと、前記シリンダブロック内に形成された斜板室と、前記斜板室に延びている回転軸と、前記回転軸に取り付けられて共に回転することにより前記複数個のピストンを往復運動させる斜板と、からなる斜板型圧縮機において、
前記シリンダブロック内において前記回転軸を支持する軸受がジャーナル軸受であって、前記シリンダブロック内に取り付けられる滑り軸受とそれによって支持される前記回転軸の一部としてのジャーナル部とから構成されており、
前記回転軸は少なくとも一部が中空であって、それによって前記回転軸の内部に圧縮すべき流体を導く吸入通路が形成されていると共に、それと接続する半径方向の吸入通路が少なくとも1個形成されており、
前記滑り軸受及び前記シリンダブロックには、前記回転軸の回転位置に応じて前記回転軸の前記半径方向の吸入通路と連通して、前記複数個のシリンダに順次圧縮すべき流体を吸入させる吸入ポートが形成されていることを特徴とする、前記斜板型圧縮機。」
(b)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、例えば自動車用空調装置の冷媒圧縮機として使用することができる斜板型圧縮機に係り、特にその吸入弁と軸受部に関するものである。」
(c) 【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、複数個のシリンダが形成されたシリンダブロックと、前記シリンダ内に挿入された複数個のピストンと、前記シリンダブロック内に形成された斜板室と、前記斜板室に延びている回転軸と、前記回転軸に取り付けられて共に回転することにより前記複数個のピストンを往復運動させる斜板と、からなる斜板型圧縮機において、前記シリンダブロック内において前記回転軸を支持する軸受がジャーナル軸受であって、前記シリンダブロック内に取り付けられる滑り軸受とそれによって支持される前記回転軸の一部としてのジャーナル部とから構成されており、前記回転軸は少なくとも一部が中空であって、それによって前記回転軸の内部に圧縮すべき流体を導く吸入通路が形成されていると共に、それと接続する半径方向の吸入通路が少なくとも1個形成されており、前記滑り軸受及び前記シリンダブロックには、前記回転軸の回転位置に応じて前記回転軸の前記半径方向の吸入通路と連通して、前記複数個のシリンダに順次圧縮すべき流体を吸入させる吸入ポートが形成されていることを特徴とする。
【0008】
【作用】・・・
【0009】回転軸を支持する軸受がジャーナル軸受であり、それが単にシリンダブロック内に設けられた滑り軸受と、回転軸の一部であるジャーナル部によって構成される簡単な構造であるだけでなく、そのジャーナル軸受の構成部材自体に半径方向の吸入通路や吸入ポートを形成して、各シリンダに対して圧縮すべき流体を吸入させるための吸入弁を構成しているため、軸受構造と吸入弁の構造が簡単になるだけでなく、滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工が容易に行われて、ジャーナル部とのクリアランスをきわめて小さくすることが可能になり、圧縮された流体が吸入弁から漏洩することがない。言うまでもなくこのようにして構成された吸入弁は、所定の圧力差によって開弁するリード弁と異なって圧力損失が少ないから、圧縮機の効率が向上する。」
(d)「【0010】
【実施例】図1及び図2に示す本発明の第1実施例を示す斜板型圧縮機において、斜板型圧縮機1の本体は、中央のシリンダブロック2と、その左側にバルブプレート3を挟んで締結されたフロントハウジング4と、右側にバルブプレート5を挟んで締結されたリヤハウジング6とからなっている。シリンダブロック2は更にフロント側のシリンダブロック2aとリヤ側のシリンダブロック2bとの2つの部分に分かれている。そして、シリンダブロック2a及び2b,バルブプレート3及び5,フロントハウジング4及びリヤハウジング6を一体的に締結する手段として、5本(図2参照)の通しボルト7が用いられる。
【0011】フロント側のシリンダブロック2aには、中心のまわりの均等な位置に5個のシリンダ12a?12e(図1に12aのみを示す)が互いに平行となるように穿設されており、それらに対応してリヤ側のシリンダブロック2bにも、5個のシリンダ13a?13e(図2参照)が同様に穿設されている。フロントハウジング4内の外周部には環状の吐出室14が形成され、また、フロント側と略同様にリヤハウジング6内の外周部にも環状の吐出室15が形成されている。更に、リヤハウジング6の中央部分には、隔壁によって吐出室14と区画された吸入室16が形成されている。吸入室16は入口17を備えており、それに接続される図示しない吸入配管によって、例えば空調装置の冷凍回路に設けられた蒸発器から戻って来る低温低圧の冷媒のような、圧縮すべき流体を受け入れるようになっている。
【0012】フロント側のバルブプレート3には、シリンダ12a?12eの内部に形成されて拡縮する作動室と、環状で共通の吐出室14とを連通し得る吐出口18a?18e(図1に18aのみを示す)が開口しており、それらの吐出口の下流側の面は、薄いばね板からなるリード状の吐出弁によって閉塞されている。なお、図中19は、吐出口18a?18eに設けられる吐出弁の開弁角度を制限して吐出弁のリードを保護するための、所謂弁おさえの1つを例示している。
【0013】リヤ側のバルブプレート5にも同様に吐出口21a?21e(図1に21aのみを示す)が開口しており、それぞれシリンダ13a?13eの内部の作動室を環状で共通の吐出室15に連通させることができる。フロント側と同様に、各吐出口21a?21eの下流側の面にもそれぞれ図示しないリード状の吐出弁が設けられる。なお、22はそれらの吐出弁の弁おさえの1つを例示している。そして、リヤ側の吐出室15は図示しない管路によってフロント側の吐出室14と連通しており、それらの吐出室から送り出される高圧の冷媒は、合流して図示しない冷凍サイクルの凝縮器へ流れるようになっている。
【0014】シリンダブロック2の内部に形成された斜板室23には、図1において左側から回転軸24が伸びており、図示しない車両の内燃機関から電磁クラッチのような伝動装置を介して回転駆動される。回転軸24は、斜板室23の前後を後に詳細に説明する一対のジャーナル軸受25及び26によって半径方向に支持されている。斜板室23内において、回転軸24には楕円形の斜板27が適当な手段によって一体的に取り付けられており、斜板27を駆動することによって回転軸24に発生する反力としての軸方向荷重は、斜板27の両側に設けられた一対のスラスト軸受28及び29によって支持される。
【0015】回転軸24と平行にシリンダブロック2内に穿設されているフロント側のシリンダ12a?12eと、それらに対向するリヤ側のシリンダ13a?13eとの各対には、それぞれ両頭のピストン30a?30eが軸方向に往復摺動可能に挿入されており、それらの両端の頭部を接続するピストンロッドの中心部分に形成された溝の両側には、例えば球形の窪み31が設けられていて、窪み31にはそれと同径の球の一部をなす一対の耐摩耗性シュー32が挿入され、それらのシュー32の間に前述の斜板27の周縁部を摺動可能に挟んでいる。
【0016】シリンダブロック2内において回転軸24を支持しているジャーナル軸受25及び26は、主として、フロント側のシリンダブロック2a及びリヤ側のシリンダブロック2bのそれぞれの中心に同軸的に穿孔された内径が回転軸24の外径よりも例えば2?4mm程度大きい貫通穴33及び34の中に、打ち込み等の方法で一体的に固定されている比較的薄肉の滑り軸受35及び36と、それらの滑り軸受35及び36によって摺動回転可能に支持されている回転軸24自体の円筒面の一部であるジャーナル部24a及び24bとからなっている。滑り軸受35及び36は、例えば金属ベースの上にフッ素樹脂等を積層したもので、貫通穴33及び34の中に打ち込んで一体化したのち、内径を精密加工して、それに対応する回転軸24のジャーナル部24a及び24bの外径にきわめて近い内径となるように高精度に仕上げる。
【0017】回転軸24の一部は中空になっていて、図1の右側から軸方向に吸入通路37が形成されており、右端において吸入室16に連通している。ジャーナル軸受25のジャーナル部24aの左端寄りの位置には、吸入通路37に接続して、回転軸24の軸心に対して円周方向に例えば130°程度に開く扇形の開口である1個の吸入通路38が半径方向に形成される。また、ジャーナル軸受26のジャーナル部24bの右端寄りの位置には、吸入通路37に接続して、回転軸24の軸心に対して円周方向にやはり130°程度に開く(図2参照)扇形の開口である1個の吸入通路39が、吸入通路38とは180度の位相差を有するように半径方向に形成される。
【0018】フロント側のジャーナル軸受25には、回転軸24のジャーナル部24aに形成されている半径方向の吸入通路38に対して、回転軸24がそれぞれ所定の回転位置(角度)にあるときに連通して、冷媒を吸入通路37からフロント側の5つのシリンダ12a?12eのそれぞれに吸入させる半径方向の吸入ポート40a?40e(図1に40aのみを示す)が形成される。また、リヤ側のジャーナル軸受26にも同様に、ジャーナル部24bに形成された半径方向の吸入通路39に対して、回転軸24がそれぞれ所定の回転位置にあるときに連通して、冷媒を吸入通路37からリヤ側の5つのシリンダ13a?13eのそれぞれに吸入させる半径方向の吸入ポート41a?41e(図2参照)が形成される。
【0019】本発明の第1実施例による斜板型圧縮機1はこのように構成されているので、回転軸24が自動車の内燃機関等によって回転駆動されると、斜板27の運動の揺動成分によって両頭のピストン30a?30eがそれぞれのシリンダ内で往復運動を行い、フロント側及びリヤ側の各シリンダ内の作動室は拡縮を繰り返す。それと同時に、フロント側のジャーナル軸受25及びリヤ側のジャーナル軸受26の内部においては、回転軸24のジャーナル部24a及び24bに形成された半径方向の吸入通路38及び39が回転することによって、フロント側の扇形の吸入通路38が、シリンダ12a?12eのうちで、そのときに吸入行程に入ったものに対応している吸入ポート40a?40eに順次連通して行くと共に、リヤ側の扇形の吸入通路39が、シリンダ13a?13eのうちで、そのときに吸入行程に入ったものに対応している吸入ポート41a?41eに順次連通して行くことになる。この連通関係はどのシリンダについても、それが吸入行程にある間は継続するように、半径方向の吸入通路38及び39の扇形に開く角度(図2参照)が設定されている。」
(e)「【0021】本発明の第1実施例において、バルブ部分を有するジャーナル軸受25及び26のクリアランスから冷媒の漏洩が起こらない理由は、ジャーナル軸受25及び26を構成する滑り軸受35及び36の円筒内面の精密な仕上げ加工によって、回転軸24のジャーナル部24a及び24bとのクリアランスをきわめて小さくすることができた結果であって、このような滑り軸受35及び36の円筒内面と回転軸24のジャーナル部24a及び24bの円筒面の高精度の仕上げ加工と、微小なクリアランスの維持は、ジャーナル軸受25及び26がきわめて単純な構造であり、滑り軸受35及び36がシリンダ12a?12e及び13a?13eと平行に配置されることから初めて可能となったものである。従って、ジャーナル軸受25及び26自体に、半径方向の吸入通路38及び39や吸入ポート40a?40e及び41a?41eを穿設することによって形成された吸入弁は、リード弁のような吸入抵抗を生じないだけでなく、締切りが完全で、圧縮行程にあるシリンダからの流体の漏洩を許さない。」
(f)「【0028】これに対して、本発明の第1実施例による斜板型圧縮機1においては、回転軸24の支持をジャーナル軸受25及び26によって行い、それ自体に吸入弁を併設するので、軸受兼吸入弁の摺動回転する部分のクリアランスを大幅に小さくすることが可能になり、吸入弁の締切りを改善することができると共に、構造をきわめて簡素化し、加工を容易にすることができる。その結果、フロント側のシリンダブロック2aとリヤ側のシリンダブロック2bを組み合わせて、対になっているシリンダ12a?12e及び13a?13eをボーリング加工する際に、同時に滑り軸受35及び36の円筒内面の仕上げ加工を行うことが可能になって、回転軸24を挿入する際のクリアランスの大きさは考え得る最小限の値とすることができる。更に、回転軸24自体に吸入弁を構成する半径方向の吸入通路38及び39を形成するため、先行技術におけるロータリバルブ47及び48のように位置決めや固定手段の設置の必要がなくなり、これも構成の簡素化とコストの低減という好ましい結果をもたらす。」
(g)図1,図2からみて、ジャーナル部24a、24bの外周面は吸入通路38,39の出口を除いて円筒形状とされていることが理解できる。
(h)請求項1、段落【0007】、【0017】の記載事項と図1からみて、ジャーナル部24a,24bの各吸入通路38,39は前記回転軸24内に形成された通路を介して連通していることが理解できる。

イ.上記記載事項及び図面の記載内容からみて、甲第10号証には、以下の発明(以下、「甲10発明」と言う。)が記載されていると認められる。
「シリンダブロック2における回転軸24の周囲に配列された複数のシリンダ12,13内にピストン30を収容し、回転軸24の回転に斜板27を介してピストン30を連動させ、回転軸24と一体化されていると共に、ピストン30によってシリンダ12,13内に区画される作動室に冷媒を導入するための吸入通路38,39を有するジャーナル部24a,24bを備えた斜板型圧縮機1において、
シリンダ12,13に連通し、かつジャーナル部24a,24bの回転に伴って吸入通路38,39と間欠的に連通する吸入ポート40,41と、
シリンダブロック2は貫通穴33及び34を有し、その貫通穴33及び34の中心に、ジャーナル部24a,24bを回転可能に収容する比較的薄肉の滑り軸受35,36が一体的に固定され、
吸入通路38,39の出口は,ジャーナル部24a,24bの外周面上にあり、ジャーナル部24a,24bの外周面は吸入通路38,39の出口を除いて円筒形状とされ、吸入ポート40,41の入口は、滑り軸受35,36の内周面上にあり、滑り軸受35,36の内周面にジャーナル部24a,24bの外周面が摺動回転可能に支持されることによってジャーナル部24a,24bを介して回転軸24を支持するジャーナル軸受25,26を有し、
ピストン30は両頭ピストンであり、両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダ12,13に対応する一対のジャーナル部24a,24bが回転軸24と一体的に回転し、ジャーナル部24a,24bの各吸入通路38,39は前記回転軸24内に形成された通路を介して連通し、斜板27は、前後一対のスラスト軸受28,29によって挟まれて回転軸24の軸線の方向の位置を規制されているピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」

(2)甲第3号証について
甲第3号証(実公昭58-43263号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「なお、上述のごとく斜板式圧縮機に適用した場合は、シリンダブロック3、4の端面と斜板1のボス部端面の位置の半径を互に異ならしめ、かつ組付時のそれら両端面間の軸方向距離をスラスト軸受5全体の軸方向寸法よりやや小(5?100μ)とし、圧縮機の組立時において前記スラスト軸受5は斜板1ボス部端面とシリンダブロック3、4との間で押圧挟持され、各部の寸法公差を吸収するため若干のすり鉢形状に変形された状態で使用される。」(第2頁第3欄第21?30行)

(3)甲第7号証について
甲第7号証(特開平8-261150号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「【0002】
【従来の技術】例えば両頭型の往復ピストン式圧縮機においては、一対のメインハウジングとしてのシリンダブロックが、互いに接合した状態で複数のボルトにより締結固定されている。両シリンダブロックには複数のシリンダボアが同一円周上で所定間隔おきに形成され、それらのシリンダボア内には両頭ピストンが往復動可能に配設されている。両ハウジング間の回転軸にはピストンを往復動させるためのカム板としての斜板が、一対のスラストベアリングを介して回転可能に挟着保持されている。
【0003】そして、この往復ピストン式圧縮機において、従来の構成のものでは、ボルトの締付けにより両シリンダブロックを締結固定する際に、各スラストベアリングのレースを撓曲させるようになっている。そして、このベアリングレースの撓曲により、両シリンダブロック、斜板及び両スラストベアリングの軸線方向の寸法公差を吸収するようにしている。」

(4)甲第9号証について
甲第9号証(特開平10-9130号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「【0009】フロント側スラスト軸受109は、環状のフロント側レース109aと、環状のリヤ側レース109bと、両レース109a,109bによって挟まれた複数のニードルローラ109cとからなる。
【0010】リヤ側スラスト軸受110は、環状のフロント側レース110aと、環状のリヤ側レース110bと、両側レース110a,110bによって挟まれた複数のニードルローラ110cとからなる。
【0011】斜板20のボス部21のフロント側端面21aには、フロント側スラスト軸受109のリヤ側レース109bの外周縁部に突き当てられる第1の突起22が、設けられている。
【0012】斜板20のボス部21のリヤ側端面21bには、リヤ側スラスト軸受110のフロント側レース110aの外周縁部に突き当てられる第2の突起23が、設けられている。
【0013】フロント側のシリンダブロック1のボス部30のリヤ側端面30aには、フロント側スラスト軸受109のフロント側レース109aの内周縁部に突き当てられる第3の突起31が、設けられている。
【0014】リヤ側のシリンダブロック2のボス部40のフロント側端面40aには、リヤ側スラスト軸受110のリヤ側レース110bの内周縁部に突き当てられる第4の突起41が、設けられている。
【0015】この斜板式圧縮機では、斜板20のボス部21の第1の突起22をフロント側スラスト軸受109のリヤ側レース109bの外周縁部に、シリンダブロック1のボス部30の第3の突起31をフロント側スラスト軸受109のフロント側レース109aの内周縁部にそれぞれ突き当て、その状態でボス部30を斜板20のボス部21に押し付けて各レース109b,109aを湾曲状に撓ませている。
【0016】同様に、斜板20のボス部21の第2の突起23をリヤ側スラスト軸受110のフロント側レース110aの外周縁部に、シリンダブロック2のボス部40の第4の突起41をリヤ側スラスト軸受110のリヤ側レース110bの内周縁部にそれぞれ突き当て、その状態でボス部40を斜板20のボス部21に押し付けて各レース110a,110bを湾曲状に撓ませている。
【0017】このように各スラスト軸受109,110を介して斜板20にプレロードをかけることにより、運転中に斜板20が軸方向に移動して異音が発生するのを防止している。」
(b)「【0026】斜板20のボス部21のフロント側端面21aには、フロント側のスラスト軸受9のリヤ側レース(斜板側レース)52の外周縁部52aに突き当てられる環状の第1の突起(斜板側突起)22が、設けられている。
【0027】斜板20のボス部21のリヤ側端面21bには、リヤ側のスラスト軸受10のフロント側レース(斜板側レース)61の外周縁部61aに突き当てられる環状の第2の突起(斜板側突起)23が、設けられている。
【0028】フロント側のシリンダブロック1のボス部30のリヤ側端面30aには、フロント側スラスト軸受9のフロント側レース(シリンダブロック側レース)51の内周縁部に突き当てられる環状の第3の突起(シリンダブロック側突起)31が、設けられている。
【0029】リヤ側のシリンダブロック2のボス部40のフロント側端面40aには、リヤ側スラスト軸受10のリヤ側レース(シリンダブロック側レース)62の内周縁部に突き当てられる環状の第4の突起(シリンダブロック側突起)41が、設けられている。
【0030】フロント側スラスト軸受9は、環状のフロント側レース51と、環状のリヤ側レース52と、両レース51,52によって挟まれた複数のボール53とからなる。
【0031】リヤ側スラスト軸受10は、環状のフロント側レース61と、環状のリヤ側レース62と、両レース61,62によって挟まれた複数のボール63とからなる。
【0032】上述のようにフロント側スラスト軸受9のリヤ側レース52の外周縁部52aは斜板20のボス部21の第1の突起22に接触しており、リヤ側レース52の外周縁部52aの板厚は、第1の突起22に接触しない内周縁部52bの板厚よりも小さい。
【0033】同様に、リヤ側スラスト軸受10のフロント側レース61の外周縁部61aは斜板20のボス部21の第2の突起23に接触しており、フロント側レース61の外周縁部61aの板厚は、第2の突起23に接触しない内周縁部61bの板厚よりも小さい。
【0034】シリンダブロック1のボス部30をスラスト軸受9を介して斜板10のボス部21に押し付けると同時に、シリンダブロック2のボス部40をスラスト軸受10を介して斜板20のボス部21に押し付けて、斜板20にプレロードをかけると、図1に示すように、フロント側スラスト軸受9のリヤ側レース52の外周縁部52aは撓み、同時にリヤ側スラスト軸受10のフロント側レース61の外周縁部61aも撓む。このときの撓み量は材質や荷重よって定まるとともに、シリンダブロック1のボス部30の第3の突起31とシリンダブロック2のボス部40の第4の突起41との間の軸方向寸法Aと、スラスト軸受9のフロント側レース51とスラスト軸受10のリヤ側レース62との間の軸方向寸法Bとの差によって定まる。
【0035】したがって、両軸方向寸法間に差があったとしても、その差に応じてスラスト軸受9のリヤ側レース52の外周縁部52aとスラスト軸受10のフロント側レース61の外周縁部61aとがそれぞれ弾性変形し、斜板20に加わる過剰なプレロードが吸収される。リヤ側レース52及びフロント側レース61に加わる荷重は設計時に想定した荷重に近いものとなる。」

(5)甲第17号証について
甲第17号証(特開平7-301177号公報)は、本件出願の原出願の優先日前に頒布された刊行物であって、図面とともに以下の事項が記載されている。
(a)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】さて、図示しない電磁クラッチのオン作動に基づき斜板12が回転されると、冷媒ガスの圧縮反力によって生じるアキシャル荷重は、上記スラスト軸受13、13によって受承されるが、これらスラスト軸受13、13の双方は、上述した異径の環状受圧座10a、12aの挟持により積極的に弾性変形(緩衝機能)が生起するよう構成されているため、図6に略示するように、変動荷重を受承する斜板12の両側に事実上ばね手段Sが介在する結果となる。すなわち、圧縮反力が斜板12に作用するモーメントは、かかるばね手段S、Sの相互緩衝によって斜板12に不安定な振動を誘起し、とくに高速回転時に生じる透過性の強い周波数成分は騒音障害を一段と助長させる。
【0004】また、一方では実開昭54ー170410号公報に開示されているように、斜板の両ボス部及びシリンダブロックの両支承部をいずれもフラットな受圧座として、両スラスト軸受をリジッドに挟持する形式も見受けられるが、このような構成ではしめしろ管理つまり通しボルトの緊締力の調整がきわめて難しく、しかも圧縮反力に基づくモーメントが斜板に作用した際、斜板の受圧座と全平面で衝合するインナレースが転動体(コロ)の外端部に喰込む形で強圧される結果、このようなコロに加わる偏荷重がスラスト軸受のフレーキングを伴って損耗を極端に早めるばかりでなく、振動、騒音の発生や動力損失にも少なからぬ影響を及ぼすといった問題がある。」
(b)「【0014】本実施例のもっとも特徴的な構成であるスラスト軸受6A、6Bの挟持手段について詳述すると、後部のスラスト軸受6Bを挟持する上記斜板5の後部ボス並びに上記後部シリンダブロック3の支承部には、互いに対向するフラットな受圧座5b、3bが形成され、インナレース61、アウタレース62がそれぞれ該受圧座5b、3bとほぼ全面的に密合することにより、該スラスト軸受6Bは安定、かつリジッドに挟持されている。
【0015】一方、挟持手段を異にする前部のスラスト軸受6Aには、とくにアキシヤル荷重を吸収する緩衝機能が付与されている。すなわち、上記斜板5の前部ボスには比較的大径の環状受圧座5aが形成されて、インナレース61はその外径近傍で該環状受圧座5aと衝接し、一方、上記前部シリンダブロック2の支承部には比較的小径の環状受圧座2aが形成されて、アウタレース62はその内径近傍で該環状受圧座2aと衝接するよう構成されている。」
(c)「【0018】したがって、斜板5の両ボス部がスラスト軸受6A、6Bを介して両シリンダブロック2、3を含む共締め部材によって挟着されると、互いに異径の環状受圧座5a、2aと衝接する前部のスラスト軸受6Aのレース61、62自体に弾性変形が生じ、その緩衝機能により軸方向のしめしろは巧みに吸収されるので、共締め緊締力は容易、かつ安定的に調整することができる。
【0019】そして圧縮機が運転されれば、圧縮反力に基づくモーメントが斜板5に作用するが、リジッドに挟持されている後部のスラスト軸受6Bがその剛性によって斜板5の不安定振動を効果的に抑制し、変動するアキシヤル荷重は前部のスラスト軸受6Aに付与された上記緩衝機能によって巧みに吸収される。この場合、リジッドに挟持されているスラスト軸受6Bと衝合する受圧座5bから、斜板5を越えて反対側に位置するラジアル軸受4Aまでの距離cが短縮されているため、駆動軸1の曲りが小さくなり、該スラスト軸受6Bに作用する負荷は必然的に軽減されるので、該スラスト軸受6Bにとくに懸念されるフレーキングの発生は良好に防止される。」

(6)本件発明と甲10発明との対比
ア.甲10発明の「シリンダブロック2」は本件発明の「シリンダブロック」に相当し、以下同様に、「回転軸24」は「回転軸」に、「シリンダ12,13」は「シリンダボア」に、「ピストン30」は「ピストン」に、「斜板27」は「カム体」に、「作動室」は「圧縮室」に、「吸入通路38,39」は「導入通路」に、「ジャーナル部24a,24b」は「ロータリバルブ」に、「斜板型圧縮機1」は「ピストン式圧縮機」に、「吸入ポート40,41」は「吸入通路」に、「ジャーナル軸受25,26」は「ラジアル軸受手段」に相当する。
イ.甲10発明の「シリンダブロック2は貫通穴33及び34を有し、その貫通穴33及び34の中心に、ジャーナル部24a,24bを回転可能に収容する比較的薄肉の滑り軸受35,36が一体的に固定され、」との構成と、本件発明の「前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、」との構成は、「シリンダブロックは、ロータリバルブを回転可能に収容する孔を有し、」との点で一致する。
ウ.甲10発明の「吸入通路38,39の出口は,ジャーナル部24a,24bの外周面上にあり、ジャーナル部24a,24bの外周面は吸入通路38,39の出口を除いて円筒形状とされ、吸入ポート40,41の入口は、滑り軸受35,36の内周面上にあり、滑り軸受35,36の内周面にジャーナル部24a,24bの外周面が摺動回転可能に支持されることによってジャーナル部24a,24bを介して回転軸24を支持するジャーナル軸受25,26を有し、」との構成と、本件発明の「前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ、前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、」との構成は、「前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ、ロータリバルブを介して回転軸を支持するラジアル軸受手段を有し、」との点で共通する。
エ.そうすると、本件発明と甲10発明の一致点及び相違点は、それぞれ以下のとおりである。
<一致点>
「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し、前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、前記回転軸と一体化されていると共に、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備えたピストン式圧縮機において、
前記シリンダボアに連通し、かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路を有し、
前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、
前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ、前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段を有し、
前記ピストンは両頭ピストンであり、前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し、前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し、前記カム体は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されているピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」
<相違点3-1>
本件発明は、「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有し、「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし、該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」ものであるのに対して、甲10発明は、「圧縮反力伝達手段」を有するか否かが明らかでなく、また、少なくとも一方のスラスト軸受け手段が「前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接」するものであって、前記各突起が「前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」ものであるとの構成を有していない点。
<相違点3-2>
本件発明は、「前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、前記ラジアル軸受手段は、前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり、」との構成を有するのに対して、甲10発明は、ラジアル軸受手段が、「貫通穴33及び34」に一体的に固定された「滑り軸受35,36」と「ジャーナル部24a,24b」とからなるものである点。

(7)判断
ア.相違点3-1について
本件発明の「圧縮反力伝達手段」は、(a)吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して、吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢するという機能を有するものであって、(b)その一部に、シリンダブロックの端面に形成された相対的に径の大きな環状の突条とカム体の端面に形成された相対的に径の小さな環状の突条とに当接するスラスト軸受手段という構成のものも含むものである。
上記(a)の機能の「付勢」の点については、上記1.(3)ア.(ウ)(ウ-3)にて検討したように、本件発明の「付勢」は、零でない力で押し付けるものを含むと理解できるから、零でない力で押し付けていれば、その力の程度にかかわらず、その押し付けは本件発明の「付勢」に該当すると言うべきである。
甲第10号証の段落【0025】には、先行技術による斜板型圧縮機42に関し、「各部品の製作上の加工誤差(公差)や、転がり軸受であるラジアル軸受43及び44の遊隙等による心ずれ、更には斜板27に作用する均等でない圧縮反力等によって、ロータリバルブ47及び48とバルブシリンダ45及び46との間のクリアランスが大きくなり、シリンダブロックの吸入ポートがロータリバルブ47,48の外周によって完全に閉塞されず、クリアランスから圧縮された冷媒が漏洩し、それによって斜板型圧縮機1の作動効率が低下するという問題を生じる。」と記載されており、この記載から、一般に、斜板型圧縮機に備えられた斜板は、圧縮反力を受けるものであることが理解できる。したがって、甲10発明の斜板27も、他の斜板型圧縮機と同様に、圧縮反力を受けるものであると理解されるものである。そして、この斜板27に加えられた圧縮反力は、斜板27と一体的に設けられた回転軸24にも自ずと伝達されるものと理解される。この回転軸24に伝えられる力には、回転軸方向成分だけでなく、回転軸に垂直な方向成分があることは明らかであるから、回転軸24に圧縮反力が伝えられた結果、回転軸24のジャーナル部24a,24b(ロータリバルブ)は、吸入ポート40,41(吸入通路)の入口に向けて、零ではない力で押し付けられるものと理解される。
そうすると、甲10発明の「斜板27」等は、上記(a)と同様の機能を有するものであり、本件発明と同様の「圧縮反力伝達手段」の機能を有するものであると言える。
なお、被請求人は、平成28年3月7日付け上申書において、甲10発明は、スラスト軸受手段が平坦な端面と当接しているので、圧縮反力によってスラスト軸受がたわみ変形することなく圧縮反力を伝達することはできない旨主張している。
しかしながら、甲第10号証には、スラスト軸受が転がり軸受であることが示唆されており(図1)、転がり軸受には遊隙があることが自明であって、この遊隙が存在することにより圧縮反力が伝達され得るといえるから、被請求人の上記主張は採用できない。
また、甲第3号証、甲第7号証、甲第9号証、甲第17号証に記載されているように(上記(2)?(5)参照)、軸線方向の寸法公差を吸収するために、斜板型圧縮機の斜板の前後方向に斜板を挟むように設けられるスラスト軸受手段を、シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と斜板の端面に形成された環状の突条とに当接するものとし、さらに、斜板の環状の突条の径をシリンダブロックの環状の突条の径よりも大きくすることは、斜板型圧縮機の分野において周知技術であって、甲10発明も軸線方向の寸法公差吸収という課題を当然に有することから、甲10発明に上記周知技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たことである。そうすると、甲10発明に上記周知技術を適用したものは、上記(b)の構成と同様の構成を有していると言え、また、甲10発明に適用されたこれらの環状の突条は、圧縮反力を伝達する作用を自ずと備えるものであるから、「圧縮反力伝達手段」の一部を構成しているものであると言えるものである。
そうすると、甲10発明に、上記周知技術を適用して、上記相違点3-1に係る本件発明の構成を採用することは、当業者が容易になし得たことである。
イ.相違点3-2について
甲10発明は、上記ア.に示したように、冷媒の漏洩を防止することを課題として、ロータリバルブとバルブシリンダのクリアランスを冷媒が漏れない程度まで小さく製造したものであると認められる。また、甲10発明において、回転軸を円滑に回転可能なものとすることは、当業者にとって自明の課題である。
甲第10号証には、【課題を解決するための手段】として、「前記シリンダブロック内において前記回転軸を支持する軸受がジャーナル軸受であって、前記シリンダブロック内に取り付けられる滑り軸受とそれによって支持される前記回転軸の一部としてのジャーナル部とから構成されており」(段落【0007】)と記載され、「回転軸を支持する軸受がジャーナル軸受であり、それが単にシリンダブロック内に設けられた滑り軸受と、回転軸の一部であるジャーナル部によって構成される簡単な構造であるだけでなく、そのジャーナル軸受の構成部材自体に半径方向の吸入通路や吸入ポートを形成して、各シリンダに対して圧縮すべき流体を吸入させるための吸入弁を構成しているため、軸受構造と吸入弁の構造が簡単になるだけでなく、滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工が容易に行われて、ジャーナル部とのクリアランスをきわめて小さくすることが可能になり、圧縮された流体が吸入弁から漏洩することがない。」(段落【0009】)との【作用】が記載されると共に、ジャーナル軸受25及び26のクリアランスから冷媒の漏洩が起こらない理由に関して、「本発明の第1実施例において、バルブ部分を有するジャーナル軸受25及び26のクリアランスから冷媒の漏洩が起こらない理由は、ジャーナル軸受25及び26を構成する滑り軸受35及び36の円筒内面の精密な仕上げ加工によって、回転軸24のジャーナル部24a及び24bとのクリアランスをきわめて小さくすることができた結果であって、このような滑り軸受35及び36の円筒内面と回転軸24のジャーナル部24a及び24bの円筒面の高精度の仕上げ加工と、微小なクリアランスの維持は、ジャーナル軸受25及び26がきわめて単純な構造であり、滑り軸受35及び36がシリンダ12a?12e及び13a?13eと平行に配置されることから初めて可能となったものである。」と記載されている。そして、「滑り軸受35及び36は、例えば金属ベースの上にフッ素樹脂等を積層したもの」(段落【0016】)という記載があり、フッ素樹脂は低摩擦を実現するための素材として周知慣用されているものであることを踏まえれば、甲10発明における「滑り軸受35,36」は、回転抵抗低減のために設けられる部材であると理解できる。
そうすると、この「滑り軸受35,36」は、上記クリアランスを小さくすると増大する回転抵抗を低減するために設けられる部材であって、極めて小さなクリアランスと回転軸の円滑な回転とを同時に実現するという甲10発明の課題を解決するために、必須の構成であると理解できる。
したがって、甲10発明の課題を踏まえれば、甲10発明を、「滑り軸受35,36」を備えないものとすることは、当業者が想定し得ないことと言うべきである。
「滑り軸受35,36」のような部材を用いない滑り軸受構造が周知技術又は慣用技術であったとしても、甲10発明から「滑り軸受35,36」を備えないものとすること自体が、当業者が容易に想到し得たことであるとまでは言えない。

(8)請求人の主張について
請求人は、審判事件弁駁書の第14頁3?21行において、
「すなわち、滑り軸受35、36にフッ素樹脂等の固体潤滑材を積層する構成は、特許請求の範囲に記載されたものではなく、実施例の記載であって、しかも、『例えば』とあるように、一例に過ぎない。『発明が解決しようとする課題』(【0003】?【0006】)にも、回転抵抗が『クリアランスを小さくすると増大する』などとは記載されていない。段落【0028】には、甲10発明の効果が記載されているが、そこには、滑り軸受35、36にフッ素樹脂等の固体潤滑材をコーティングする効果は記載されておらず、回転軸をシリンダブロックで直接受けるのではなく、回転軸を滑り軸受35、36により受ける効果も記載されていない。
むしろ、『先行技術による斜板型圧縮機42においては、比較的大径となるロータリバルブ47及び48の外周面と、それに摺動接触するバルブシリンダ45及び46の内周面との間の相対的な周速が大きくなるので、ロータリバルブ47及び48の外周面にフッ素樹脂等のコーティングを施すことが必要であり』(甲10【0027】)と記載されている。かかる記載からは、甲10に記載の発明は、回転軸の径を小さくすることによって、回転軸のジャーナル部24a及び24bの外周面と、それに摺動接触する滑り軸受35、36との間の相対的な周速を小さくすることができ、フッ素樹脂等の固体潤滑材のコーティングを施す必要がなくなることが示唆される。
したがって、甲10において滑り軸受35、36のような部材を用いることは必須の構成ではない。」旨主張している。
しかしながら、回転軸の円滑な回転が回転軸の径を小さくすることによって実現できるものであったとしても、甲10発明は,滑り軸受35,36を採用するという別個の手段でこれを実現したものである。そして、甲10発明においては、上記(7)イ.で検討したように、「滑り軸受35,36」は、甲10発明の課題を解決するために必須の構成である。したがって、「滑り軸受35,36」を必要不可欠なものではないとする請求人の主張は採用できない。

(9)小括
したがって、本件発明は、甲10発明、周知技術及び慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し、前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ、前記回転軸と一体化されていると共に、前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備えたピストン式圧縮機において、
前記シリンダボアに連通し、かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路と、
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して、吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段とを有し、
前記シリンダブロックは、前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し、
前記導入通路の出口は、前記ロータリバルブの外周面上にあり、前記ロータリバルブの外周面は、前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ、前記吸入通路の入口は、前記軸孔の内周面上にあり、前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており、前記ラジアル軸受手段は、前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり、
前記ピストンは両頭ピストンであり、前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し、前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し、前記カム体は、前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており、前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし、該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は、前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し、前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
【請求項2】
前記回転軸を支持する軸孔の端部側には、他部位よりも小径のシール周面を有する請求項1に記載のピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2016-08-25 
結審通知日 2016-08-31 
審決日 2016-09-23 
出願番号 特願2007-338196(P2007-338196)
審決分類 P 1 123・ 113- YAA (F04B)
P 1 123・ 121- YAA (F04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐藤 秀之  
特許庁審判長 久保 竜一
特許庁審判官 松永 謙一
藤井 昇
登録日 2009-05-15 
登録番号 特許第4304544号(P4304544)
発明の名称 ピストン式圧縮機における冷媒吸入構造  
代理人 渡辺 光  
代理人 佐藤 努  
代理人 野中 信宏  
代理人 朝吹 英太  
代理人 岩上 健  
代理人 永島 孝明  
代理人 丹澤 一成  
代理人 磯田 志郎  
代理人 辻居 幸一  
代理人 安友 雄一郎  
代理人 野中 信宏  
代理人 倉澤 伊知郎  
代理人 安國 忠彦  
代理人 朝吹 英太  
代理人 若山 俊輔  
代理人 安國 忠彦  
代理人 中村 敬  
代理人 磯田 志郎  
代理人 中村 敬  
代理人 永島 孝明  
代理人 小和田 敦子  
代理人 佐藤 努  
代理人 若山 俊輔  

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