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審決分類 |
審判 一部申し立て 2項進歩性 H01L 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01L |
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管理番号 | 1344859 |
異議申立番号 | 異議2018-700482 |
総通号数 | 227 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-11-30 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-06-12 |
確定日 | 2018-09-25 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6245559号発明「窒化物半導体装置およびその製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6245559号の請求項18ないし47に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 特許第6245559号(以下「本件特許」という。)の請求項1?47に係る特許についての出願は,2013年(平成25年)10月7日(優先権主張 2012年10月11日,日本国,2012年12月13日,日本国)を国際出願日とするものであって,平成29年11月24日にその特許権の設定登録がされ,その後,その請求項18?47に係る特許に対し,特許異議申立人西林博(以下「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 2 本件特許発明 本件特許の請求項18?47に係る発明(以下「本件特許発明18」?「本件特許発明47」という。)は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項18?47に記載された事項により特定される,以下のとおりである。 「【請求項18】 基板と, 前記基板上に形成され,窒化物半導体からなる電子走行層と, 前記電子走行層上に形成され,前記電子走行層とは組成の異なる窒化物半導体からなる電子供給層と, 前記基板と前記電子走行層との間に介在され,アルミニウム組成が相対的に高い高アルミニウム組成領域と,前記高アルミニウム組成領域よりもアルミニウム組成が低く,かつ前記高アルミニウム組成領域よりも前記電子走行層に近い領域に配置された低アルミニウム組成領域とを有するAlGaN層バッファ層と, 前記電子走行層の厚さ方向に対して傾斜した方向からのイオン注入によって結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した高抵抗層からなり,前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に達する素子分離層と,を含む,窒化物半導体装置。 【請求項19】 前記AlGaNバッファ層は,前記基板から前記電子走行層に向かう層厚方向に関して,前記電子走行層に近づくほどアルミニウム組成が小さくなるようにアルミニウム組成を調整したAlGaN層である,請求項18に記載の窒化物半導体装置。 【請求項20】 前記AlGaNバッファ層が,第1アルミニウム組成の第1アルミニウム組成AlGaN層と,前記第1アルミニウム組成AlGaN層よりも前記電子走行層側に積層され,前記第1アルミニウム組成よりも小さな第2アルミニウム組成の第2アルミニウム組成AlGaN層とを含み,前記高アルミニウム組成領域が前記第1アルミニウム組成AlGaN層を含み,前記低アルミニウム組成領域が前記第2アルミニウム組成AlGaN層を含む,請求項18または19に記載の窒化物半導体装置。 【請求項21】 前記AlGaNバッファ層と前記基板との間に介在されたAlNバッファ層をさらに含む,請求項18?20のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項22】 前記素子分離層が,素子領域を取り囲むように形成されている,請求項18?21のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項23】 前記素子分離層の上に配置された配線をさらに含む,請求項18?22のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項24】 前記素子分離層が,複数の素子領域を分離するように形成されており, 前記複数の素子領域にそれぞれ形成された複数の素子の間を接続する素子間配線をさらに含む,請求項18?23のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項25】 前記複数の素子領域にそれぞれ形成された複数の素子が異なる機能を有する2以上の素子を含む,請求項24に記載の窒化物半導体装置。 【請求項26】 前記複数の素子領域にそれぞれ形成された複数の素子が共通の機能を有する2つ以上の素子を含む,請求項24または25に記載の窒化物半導体装置。 【請求項27】 前記素子間配線によって接続された複数の素子の素子領域を取り囲むように前記素子分離層が形成されている,請求項24?26のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項28】 前記素子分離層が,質量数が10より小さく2より大きい元素を材料とするイオンの注入によって形成された高抵抗層である,請求項18?27のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項29】 前記素子分離層が,ヘリウムイオンの注入によって形成された高抵抗層である,請求項18?27のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項30】 前記素子分離層が,複数の加速エネルギーを用いたイオン注入によって形成された高抵抗層である,請求項18?29のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項31】 前記イオン注入方向の前記電子走行層の厚さ方向に対する傾斜角が5?10度である,請求項18?30のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項32】 前記電子走行層がGaNからなり,前記電子供給層がAlGaNからなる,請求項18?31のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項33】 前記電子走行層が400nm以上の厚さのGaN層である,請求項18?32のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項34】 前記電子供給層上に間隔を開けて配置されたソース電極およびドレイン電極と, 前記ソース電極および前記ドレイン電極の間において前記電子走行層に対向するように配置されたゲート電極と, をさらに含む,請求項18?33のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項35】 前記ゲート電極が,前記素子分離層とともに,前記ソース電極を取り囲むように形成されている,請求項34に記載の窒化物半導体装置。 【請求項36】 前記ソース電極,前記ドレイン電極および前記ゲート電極を覆う層間絶縁膜と, 前記層間絶縁膜を貫通するソースコンタクト孔を介して前記ソース電極に接続され,前記層間絶縁膜上に配置されたソース配線膜と, 前記層間絶縁膜を貫通するドレインコンタクト孔を介して前記ドレイン電極に接続され,前記層間絶縁膜上に配置されたドレイン配線膜と,をさらに含み, 前記ソース配線膜と前記ドレイン配線膜とが,前記層間絶縁膜上で櫛歯状に噛み合うパターンに形成されている,請求項34または35に記載の窒化物半導体装置。 【請求項37】 前記配線が,前記ゲート電極に接続されたゲート配線を含む,請求項23に係る,請求項34?36のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置。 【請求項38】 基板上に,アルミニウム組成が基板に近い領域において相対的に高く,基板から遠い領域において相対的に低くなるようにAlGaN結晶をエピタキシャル成長させてAlGaNバッファ層を形成する工程と, 前記AlGaNバッファ層上に,窒化物半導体をエピタキシャル成長させて電子走行層を形成する工程と, 前記電子走行層上に,前記電子走行層とは異なる組成の窒化物半導体層をエピタキシャル成長させて電子供給層を形成する工程と, 前記電子供給層,前記電子走行層および前記AlGaNバッファ層に前記基板の主面に対して傾斜した方向からイオン注入して結晶構造を破壊することにより,前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に到達する高抵抗の素子分離層を形成する工程と, を含む,窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項39】 前記AlGaNバッファ層を形成する工程が,第1アルミニウム組成の第1アルミニウム組成AlGaN層を形成する工程と,前記第1アルミニウム組成AlGaN層よりも上に前記第1アルミニウム組成よりも小さな第2アルミニウム組成の第2アルミニウム組成AlGaN層を形成する工程とを含む,請求項38に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項40】 前記AlGaNバッファ層を形成する工程の前に,前記基板上にAlNバッファ層を形成する工程をさらに含み,前記AlNバッファ層の上に前記AlGaNバッファ層が形成される,請求項38または39に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項41】 前記素子分離層が,素子領域を取り囲むように形成される,請求項38?40のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項42】 前記素子分離層が,複数の素子領域を分離するように形成され, 前記複数の素子領域にそれぞれ形成された素子間を接続する素子間配線を形成する工程をさらに含む,請求項38?41のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項43】 前記イオン注入を,質量数が10より小さく2より大きい元素を材料とするイオンを用いて行う,請求項38?42のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項44】 前記イオン注入を,ヘリウムイオンを用いて行う,請求項38?42のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項45】 前記イオン注入を,複数の加速エネルギーを用いて行う,請求項38?44のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項46】 前記イオン注入を,前記基板の主面の法線方向に対して5?10度傾斜した方向から行う,請求項38?45のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。 【請求項47】 前記電子走行層を形成する工程が,厚さ400nm以上のGaN層をエピタキシャル成長させる工程を含む,請求項38?46のいずれか一項に記載の窒化物半導体装置の製造方法。」 3 申立理由の概要 (1)申立理由1 本件特許発明18?47は,甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第8号証の記載に基いて,当業者が容易に発明することができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。したがって,本件特許発明18?47に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから,同法第113条第2号の規定に該当し,取り消すべきものである。 (2)申立理由2 本件特許発明18?37は,特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。したがって,本件特許発明18?37に係る特許は,特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものであるから,同法第113条第4号の規定に該当し,取り消すべきものである。 (3)異議申立人が提出した証拠方法 甲第1号証 特開2007-311733号公報 甲第2号証 蒲生健次 他3名,半導体イオン注入技術, 産業図書,昭和61年7月31日, p.1,26-31,178-181 甲第3号証 平尾孝 他3名,イオン工学技術の基礎と応用, 工業調査会,1992年4月10日, p.72-73 甲第4号証 特開2009-212103号公報 甲第5号証 特開2004- 95640号公報 甲第6号証 特開2012- 64900号公報 甲第7号証 特開2003-258258号公報 甲第8号証 特開2007- 59882号公報 4 甲各号証の記載事項について 甲第1号証?甲第8号証(以下「甲1」?「甲8」という。)には,次の事項が記載されている。 (1)甲1 ア 甲1の記載事項 甲1には,下記の事項が記載されている。 「【0043】 (第1の実施形態) 図1は,本発明の第1の実施形態におけるヘテロ接合電界効果トランジスタの断面図である。図1において,101はサファイア基板,102はAlNバッファ層,103はAlGaN下地層,104はGaNチャネル層,105はAlGaN電子供給層,106はTi/Alソース電極,107はPdSiゲート電極,108はTi/Alドレイン電極,109は素子分離層である。 【0044】 図1に示すように,サファイア基板101の(0001)面上に,500nmのAlNバッファ層102,AlGaN下地層103として0.5μmのAl_(0.05)Ga_(0.95)N,10nmのGaNチャネル層104,及び電子供給層105として25nmのAl_(0.15)Ga_(0.85)Nがこの順に,有機金属気相成長法(Metal Organic Chemical Vapor Deposition:MOCVD)によって形成されている。さらに,AlGaN電子供給層105の表面にPdSiゲート電極107,Ti/Alソース電極106,及びTi/Alドレイン電極108がそれぞれ形成されており,さらに,選択酸化により素子分離層109が形成されている。」 「【0050】 図4は,図1に示すエピタキシャル構造のX線回折パターンを示している。」 「【0053】 <第1の変形例> 図5は,本発明の第1の実施形態における変形例を示す電界効果トランジスタの断面図である。 【0054】 図5に示す変形例は,図1に示した電界効果トランジスタ構造における下地層を,組成が傾斜しているAlGaN及びGaN層で構成した例であって,前述のダブルヘテロトランジスタ構造を実現しようとした場合に採用し得る構造の一例である。また,基板としてサファイア基板501を用い,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の下層に格子不整合緩和のためのAlGaN組成傾斜層503,さらに,GaN下地層502(層厚1.5μm)が形成されている。なお,チャネル層505,電子供給層506,ソース電極507,ゲート電極508,ドレイン電極509,及び素子分離層510は,それぞれ,図1に示したチャネル層104,電子供給層105,ソース電極106,ゲート電極107,ドレイン電極108,及び素子分離層109と同様である。」 「【0059】 そこで,当該第1の変形例の場合に関して,ノーマリオフ動作を実現する構成を以下の第2の変形例で説明する。 【0060】 <第2の変形例> 第2の変形例においては,上記の第1の変形例1におけるAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504/組成傾斜層503/GaN下地層502の代わりに,例えばAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504/組成傾斜層/AlN下地層を用い,組成傾斜層のAl組成をAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の下面からAlN下地層の上面に向かってAl組成が0.05から1に増加するように形成することにより,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504/組成傾斜層/AlN下地層の付近に分極差よるキャリアが減少し,閾値電圧が負電圧側にシフトすることがなくなり,ノーマリオフ動作を実現することができる。」 図5及び【符号の説明】から図5には,サファイア基板501,GaN下地層502,AlGaN組成傾斜層503,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504,GaNチャネル層505,AlGaN電子供給層506の順に積層され,素子分離層510がAlGaN電子供給層506の表面からAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の深さまで形成された構造が記載されている。 イ 甲1に記載された窒化物半導体トランジスタの発明 上記アから,甲1には,次の第2の変形例である窒化物半導体トランジスタの発明(以下「甲1A発明」という。)が記載されていると認められる。 「サファイア基板501の面上に,AlN下地層,組成傾斜層,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504,GaNチャネル層505,AlGaN電子供給層506がこの順に形成され,選択酸化により素子分離層510が電子供給層506の表面からAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の深さまで形成された窒化物半導体トランジスタにおいて, 前記組成傾斜層のAl組成をAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の下面からAlN下地層の上面に向かってAl組成が0.05から1に増加するように形成された窒化物半導体トランジスタ。」 ウ 甲1に記載された窒化物半導体トランジスタを製造する発明 また,上記アには,サファイア基板501の面上の各層は,有機金属気相成長法により形成されてエピタキシャル構造になっていることも記載されているので,甲1には,次の第2の変形例である窒化物半導体トランジスタを製造する発明(以下「甲1B発明」という。)が記載されていると認められる。 「サファイア基板501の面上に,AlN下地層,組成傾斜層,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504,GaNチャネル層505,AlGaN電子供給層506をこの順に有機金属気相成長法により形成し, 選択酸化により素子分離層510を電子供給層506の表面からAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の深さまで形成し, 前記組成傾斜層のAl組成をAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の下面からAlN下地層の上面に向かってAl組成が0.05から1に増加するように形成された窒化物半導体トランジスタの製造方法。」 (2)甲2 甲2には,下記の事項が記載されている。 「このようなチャネル効果は,図2.18に示すAの成分からわかるように,結晶軸より臨界角以上(通常7-10°)傾けて注入することにより,ほぼ非晶質中と同様の分布が得られる。」(31頁8行?10行) 「プロトンを照射して形成される高抵抗層は,種々のデバイスのアイソレーション(素子間分離)に応用されており,化合物半導体特有のイオン注入応用分野となっている。」(179頁9行?11行) (3)甲3 甲3には,下記の事項が記載されている。 「そのためデバイスへの応用では,チャンネリング効果は好ましくない。このようなチャンネリング効果は,イオンビームの入射角度をある限界以上に傾斜させると無視できるようになる。一般的にはイオンビームの方向を,基板表面に対し7°程度傾けて注入することが多い。」(72頁10行?73頁4行) (4)甲4 甲4には,下記の事項が記載されている。 「【0023】 (第1の実施形態) 先ず,本発明の第1の実施形態について説明する。図1A乃至図1Yは,第1の実施形態に係るGaN系HEMT(半導体装置)を製造する方法を工程順に示す断面図である。 【0024】 先ず,図1Aに示すように,シリコンカーバイド(SiC)からなる絶縁性基板1の表面上にGaN層2及びn型AlGaN層3をこの順で形成する。絶縁性基板1の厚さは350μm程度であり,GaN層2の厚さは2μm程度であり,n型AlGaN層3の厚さは25nm程度である。次いで,不活性領域92とする領域にボロン又はヘリウム等を注入することにより,2次元電子ガスを消失させる。この結果,不活性領域92及び活性領域91が区画される。次いで,n型AlGaN層3上にソース電極4s,ゲート電極4g及びドレイン電極4dを選択的に活性領域91内に形成する。その後,ソース電極4s,ゲート電極4g及びドレイン電極4dを覆うSiN層5をn型AlGaN層3上に形成する。ソース電極4s,ゲート電極4g及びドレイン電極4dの形成に当たっては,例えば,Ti層を形成し,その後にTi層上にAl層を形成する。」 (5)甲5 甲5には,下記の事項が記載されている。 「【0040】 以上,実施の形態1に係る半導体装置およびその製造方法では,半導体装置の素子分離領域形成時のイオン種として,原子番号20以上の重い原子を用いることで欠陥の発生する確率を高め,抵抗の高い素子分離領域を再現性よく形成できる。さらに,イオン注入されたII族原子は窒化物半導体(III-V族化合物)中でアクセプタを形成し,このアクセプタが電子と再結合するため,電流が流れにくくなり,素子分離領域として有効に機能する。また,安定に高抵抗化された素子分離領域を具備する半導体装置が得られる。」 「【0041】 実施の形態2. 実施の形態2に係る半導体装置の製造方法について,図3に基づき説明する。図3は,半導体装置のAlGaNバリア層とGaNチャネル層中の深さ方向における不純物分布を表したものである。図中,19は結晶層中のn型不純物濃度の分布,20はイオン注入された原子の不純物分布,21はイオン注入された原子のうちのチャネリング成分,をそれぞれ示す。実施の形態2に係る半導体装置の製造方法では,イオン注入方法としてチャネリングおよび多段イオン注入を適用する。 【0042】 通常,AlGaNバリア層3とGaNチャネル層2の不純物濃度(n型)はトランジスタ特性を最適化するように設計される。例えば,AlGaNバリア層3中にn型不純物の濃度の高い層がある一方,GaNチャネル層2中の不純物濃度はAlGaNバリア層3中と比較して低く設定されている。このため,素子分離領域7におけるウエハ表面から深い領域では比較的イオン注入の不純物を低くしても,充分な高抵抗領域を形成することが可能である。 【0043】 そこで,イオン注入時のチャネリング現象を利用し,イオン注入された原子中のチャネリング成分の分布(図3中の21)に示されるように,ウエハ表面から深い領域まで原子番号20以上の重い原子を到達させる。ここで,チャネリングとは,結晶軸にほぼ沿ってイオンを入射させることを指す。この場合,イオンが原子に衝突する確率は減少するが,少ない加速エネルギーで深くまでイオンを到達させることが可能となる。なお,原子番号20以上の重い原子のイオンではチャネリングした原子でも欠陥を効率的に発生させることが可能である。 【0044】 また,AlGaNバリア層3中のn型不純物が平坦に分布する領域では,イオン注入の加速エネルギー,ドーズ量を変えて複数回繰り返す方法,つまり多段イオン注入(図3中の20の分布)で,いわゆるボックス型の欠陥分布を実現できる。 【0045】 上述の2方法を単独で,あるいは組み合わせて適用することにより,図3中で示されるイオン注入されたトータルの分布22が得られる。かかる製造方法の適用により,素子分離領域7の深さ方向おけるすべての部分で欠陥濃度を結晶層中のn型不純物濃度19より高濃度化することができ,この結果,深さ方向に均一な高抵抗領域を安定に形成することが可能となって,何らトランジスタ動作に寄与しない無効な電流を大幅に低減する効果がもたらされる。」 (6)甲6 甲6には,下記の事項が記載されている。 「【0016】 (第1の実施形態) 図1(a)は,本発明の第1の実施形態に係る半導体装置の構造を示す上面図である。また,図1(b)は,同半導体装置の構造の詳細を示す上面図(図1(a)のA部を拡大した図)である。また,図1(c)は,同半導体装置の構造の詳細を示す断面図(図1(b)のAA’における断面図)である。図2は,同半導体装置の構造の詳細を示す断面図(図1(a)のBB’における断面図)である。 【0017】 図2に示すように,本実施形態の半導体装置は,窒化物半導体からなるJFETであって,例えばサファイアからなる基板101と,基板101の例えば(0001)面上に形成された例えば厚さ100nmのAlNからなるバッファ層102と,バッファ層102の上に形成された厚さ2μmのアンドープGaN層(i-GaN層)103と,アンドープGaN層103の上に形成された厚さ25nm,Al組成比15%のアンドープAlGaN層(i-AlGaN層)104と,アンドープAlGaN層104のゲート領域の上に形成された厚さ100nmのp型GaN層105と,p型GaN層105の上に形成されたゲート電極106と,アンドープAlGaN層104の上に形成されたソース電極107,ドレイン電極108および絶縁膜111と,コンタクトを介してソース電極107と接続されたソース配線109と,コンタクトを介してドレイン電極108と接続されたドレイン配線110とを備える。 【0018】 ここで,「アンドープ」とは,不純物が意図的に導入されていないことを意味するものとする。また,アンドープGaN層103は,チャネル層であり,本発明の第1の窒化物半導体層の一例である。また,アンドープAlGaN層104は,バリア層であり,本発明の第2の窒化物半導体層の一例であって,第1の窒化物半導体層と比べてバンドギャップエネルギーが大きい。また,p型GaN層105は,ゲートを構成するゲート層であり,本発明の第3の窒化物半導体層の一例であって,ソース電極107とドレイン電極108との間に配置される。 【0019】 アンドープGaN層103およびアンドープAlGaN層104は,チャネル(キャリア)を含む(チャネルを形成する)活性領域113と,チャネル(キャリア)を含まない(チャネルを形成しない)不活性領域112とを有する。p型GaN層105は,ソース電極107を囲むように配置されている。 【0020】 ここで,不活性領域112は,非導電型不純物のイオン注入などにより高抵抗化されたアンドープGaN層103およびアンドープAlGaN層104の一領域であり,活性領域113はそれ以外の高抵抗化されていない他の領域である。」 「【0024】 図1(a)に示すように,本実施形態の半導体装置では,ソース電極107,ゲート電極106およびドレイン電極108と順に配置されたレイアウトの繰り返し構造となる櫛型構造が採用されている。櫛形構造の外側(活性領域113の外側)には,例えばB(ホウ素)やFe(鉄)などのイオン注入によって形成された不活性領域112が設けられ,ソース配線109,ドレイン配線110及びゲート電極106が不活性領域112上まで伸びている。ゲート電極106はその下のp型GaN層105とともにキャリアの存在する活性領域113を横切って,言い換えると不活性領域112と活性領域113との界面を横切ってキャリアの存在しない不活性領域112まで伸ばされている。不活性領域112は,活性領域113の境界の定義,他の素子との分離,ならびに電極パッドおよび配線等の形成領域の寄生容量低減のために必要な領域である。図1(b)および図1(c)に示すように,不活性領域112内のp型GaN層105は,イオン注入法によりチャネルとともに高抵抗化されているか,もしくはエッチングによりキャリアが存在しない状態となっている。」 (7)甲7 甲7には,下記の事項が記載されている。 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,一般的に(In_(X)Al_(1-X))_(Y)Ga_(1)-_(Y)N(0≦X≦1,0≦Y≦1)で表される窒化ガリウム(GaN)系半導体装置およびその製造方法に関するものである。」 「【0007】 【発明が解決しようとする課題】本発明は以上述べたGaN系半導体の熱酸化膜を用いたMOS構造のFETに関わる問題点に鑑みなされたものであり,その第一の目的は同等以下の厚さの絶縁膜を用いてゲートリーク電流の低減を図ることのできるGaN系半導体の絶縁ゲートFETおよびその製造方法を提供することである。」 「【0012】 【発明の実施の形態】(実施の形態1)本発明の実施の形態1に係る半導体装置およびその製造方法を図2に基づいて説明する。FETの作製に当たってサファイアあるいはSiCの基板201の上に例えば2?3μmの厚さGaNバッファー層202,厚さが10?100nmのチャンネル層203,厚さが10?50nmのAlGaN層204が順次エピタキシャル成長された試料を用いた。チャンネル層203はアンドープのGaN層がしばしば用いられるが,アンドープのInGaN層あるいはアンドープのInGaNとアンドープのGaN層の多層構造であってもよい。またn型不純物がおよそ1×10^(17)/cm^(3)?1×10^(18)/cm^(3)の範囲で添加されたGaN層あるいはInGaN層あるいはGaN層とInGaN層からなる多層構造であってもよい。AlGaN層204はAlNの組成が10%?40%のものでこの層の一部にn型不純物が添加されている場合でもよい。実際にはAlNの組成としてはおよそ25%とし,基板側から3nmの厚さのアンドープのAlGaN層,Siがおよそ2×10^(18)/cm^(3)添加された15nmの厚さのn型AlGaN層,2nmの厚さのアンドープAlGaN層が順に形成された三層構造のものを用いた。素子分離領域205は素子の活性領域以外の部分を選択的に表面からチャンネル層を含む深さにまで熱酸化して形成した(図2(a))。この素子分離領域205は選択酸化で形成してもよいし,オーミック電極形成の前に選択的にこの領域にイオン注入を行って形成してもよい。またドライエッチングでこの領域を除去してメサ分離の素子構造としてもよく,ここで取り上げた選択酸化による素子分離の方法は単に一例であって本発明に本質的に必要なものではない。」 上記の記載から,甲7には,次の事項が記載されていると認められる。 「サファイア基板の上に,GaNバッファー層,GaN層からなるチャンネル層,AlGaN層が形成され,素子分離領域は素子の活性領域以外の部分を選択的に表面からチャンネル層を含む深さにまでを熱酸化かイオン注入で形成した窒化ガリウム(GaN)系半導体装置。」 (8)甲8 甲8には,下記の事項が記載されている。 「【0038】 (第2の実施形態) 以下に,本発明の第2の実施形態について図面を参照して説明する。図3(a)及び(b)は第2の実施形態に係る半導体装置であり,(a)は等価回路を示し,(b)は断面構成を示している。図3において図1と同一の構成要素には同一の符号を附すことにより説明を省略する。 【0039】 図3に示すように本実施形態の半導体装置は,HFET1と,HFET1のゲートとソースとの間に接続された,アノードを共有する2個のダイオードからなるダイオードペア4とにより構成されている。」 「【0045】 図4は本実施形態の半導体装置のレイアウトの一例を示している。基板11の上には,素子分離領域20により互いに分離された第1の素子形成領域51と第2の素子形成領域52とが形成されている。第1の素子形成領域51にはHFET1が形成され,第2の素子形成領域52には第1のpn接合ダイオード2と第2のpn接合ダイオード3とからなるダイオードペア4が形成されている。また,HFET1のドレイン電極15と電源ラインとを接続する配線36,ゲート電極16と第1のpn接合ダイオード2のカソードであるオーミック電極18とを接続する配線30及びソース電極14と第2のpn接合ダイオード3のカソードであるオーミック電極19とを接続する配線32が形成されている。配線30,配線32及び配線36は,実際には素子を覆う層間絶縁膜に埋め込まれた配線層と,配線層と各電極とを接続するプラグとによって形成されている。 【0046】 図5は第1のpn接合ダイオード2を第2の素子形成領域52に形成し,第2のpn接合ダイオード3を第3の素子形成領域53に形成した例を示している。ダイオードペアとして形成した場合と比べて,素子分離領域20及び第3の半導体層17が専有する面積が増加している。また,第1のpn接合ダイオード2のアノードと第2のpn接合ダイオード3のアノードとを接続するために,アノード接続配線37を形成する必要がある。また,アノード接続配線37を第3の半導体層17と接続するために,第3の半導体層17の上に白金等からなるアノード電極38を形成する必要もある。」 5 当審の判断 (1)特許法第29条第2項について ア 請求項18について (ア)本件特許発明18と甲1A発明との対比 甲1A発明の「サファイア基板501」は,本件特許発明18の「基板」に相当する。 甲1A発明の「GaNチャネル層505」は,「サファイア基板501」の上に形成され電子が走行する層であり,本件特許発明18の「前記基板上に形成され,窒化物半導体からなる電子走行層」に相当する。甲1A発明の「AlGaN電子供給層506」は,GaNチャネル層505の上に形成された電子供給層であるから,本件特許発明18の「前記電子走行層上に形成され,前記電子走行層とは組成の異なる窒化物半導体からなる電子供給層」に相当する。 甲1A発明の「組成傾斜層」及び「Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504」は,サファイア基板501より上でGaNチャネル層505より下に形成されており,「組成傾斜層」は「Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の下面からAlN下地層の上面に向かってAl組成が0.05から1に増加するように形成」された層である。そうすると,「組成傾斜層」及び「Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504」は,AlGaNにより組成された層であり,GaNチャネル層505に近いほどAl組成比が低くなっていることから,バッファ層としての機能を有していると認められるので,本件特許発明18の「前記基板と前記電子走行層との間に介在され,アルミニウム組成が相対的に高い高アルミニウム組成領域と,前記高アルミニウム組成領域よりもアルミニウム組成が低く,かつ前記高アルミニウム組成領域よりも前記電子走行層に近い領域に配置された低アルミニウム組成領域とを有するAlGaN層バッファ層」に相当する。 甲1A発明の「素子分離層510」は,「AlGaN電子供給層506」と「GaNチャネル層505」を積層して形成された素子同士を分離するものであり,かつ,「電子供給層506の表面からAl_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504の深さ」まで形成されているので,「AlGaN電子供給層506」と「GaNチャネル層505」を貫通しているといえる。また,選択酸化により形成された「素子分離層510」は,高抵抗化されていることは明らかである。そして,上記したように甲1A発明の「組成傾斜層」及び「Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504」が本件特許発明18の「AlGaN層バッファ層」に相当する事項も踏まえると,本件特許発明18の「素子分離層」と甲1A発明の「素子分離層510」とは,「高抵抗化した高抵抗層からなり,前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に達する素子分離層」である点で共通している。 トランジスタは半導体装置の下位概念の1つであるから,甲1A発明の「窒化物半導体トランジスタ」は「窒化物半導体装置」ということができる。 上記の対応関係から,本件特許発明18は,下記(イ)の点で甲1A発明と一致し,下記(ウ)の点で相違する。 (イ)一致点 「基板と, 前記基板上に形成され,窒化物半導体からなる電子走行層と, 前記電子走行層上に形成され,前記電子走行層とは組成の異なる窒化物半導体からなる電子供給層と, 前記基板と前記電子走行層との間に介在され,アルミニウム組成が相対的に高い高アルミニウム組成領域と,前記高アルミニウム組成領域よりもアルミニウム組成が低く,かつ前記高アルミニウム組成領域よりも前記電子走行層に近い領域に配置された低アルミニウム組成領域とを有するAlGaN層バッファ層と, 高抵抗化した高抵抗層からなり,前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に達する素子分離層と,を含む,窒化物半導体装置。」 (ウ)相違点 本件特許発明18の「素子分離層」は,「前記電子走行層の厚さ方向に対して傾斜した方向からのイオン注入によって結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した高抵抗層」であるのに対し,甲1A発明の「素子分離層510」は,「選択酸化により」形成された層である点で相違する。 (エ)本件特許発明18の進歩性について 甲2,甲3,及び甲8には,窒化物半導体においてイオン注入により「素子分離層」を形成することは記載されていない。 甲4ないし甲7には,窒化物半導体においてイオン注入により「素子分離層」または「不活性領域」を形成することは記載されているものの,イオン注入による素子分離層の形成方法が他の素子分離層の形成方法(特に選択酸化による方法)に対する利点等は何等記載されておらず,また,甲4ないし甲7に記載された窒化物半導体は,甲1A発明の「組成傾斜層」に対応する層を備えていないことから,そのような「組成傾斜層」を備えた窒化物半導体において,選択酸化により形成された素子分離層に比較してイオン注入による形成された素子分離層が,何らかの優れた効果を有することは不明である。 そうすると,甲1A発明の素子分離領域を形成するに際して,選択酸化により形成する方法に代えてイオン注入による形成とする動機付けがないことから,甲1A発明に相違点に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものではない。 特許異議申立人は,相違点の構成について,「従来周知の素子分離層の形成方法に他ならない。」ことを理由に,甲1A発明の素子分離層510を選択酸化に代えてイオン注入によって形成することに困難性はないと主張している。しかしながら,優先権主張の時に,イオン注入による方法で形成された素子分離層が選択酸化法で形成された素子分離層よりも,何らかの優れた効果が明らかであったとはいえず,逆に効果が劣る場合もあり得ることを踏まえると,従来周知の方法であるからといって選択酸化をイオン注入に代えることにが容易であったとはいえないから,かかる主張は理由がない。 イ 請求項19ないし37について 本件特許発明19ないし37は,本件特許発明18を更に減縮したものであるから,上記アの本件特許発明18についての判断と同様の理由により,甲1A発明及び上記甲2ないし甲8に記載された技術的事項から当業者が容易になし得たものではない。 ウ 請求項38について (ア)本件特許発明38と甲1B発明との対比 甲1B発明では,「サファイア基板501の面上に,AlN下地層,組成傾斜層,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504,GaNチャネル層505,AlGaN電子供給層506をこの順に有機金属気相成長法により形成」されており,これらの層はエピタキシャル構造になっているので,「AlN下地層,組成傾斜層,Al_(0.05)Ga_(0.95)N下地層504,GaNチャネル層505,AlGaN電子供給層506」はそれぞれ,エピタキシャル成長されたものといえる。 そして,上記アの対応関係を考慮すると,本件特許発明38は,下記(イ)の点で甲1B発明と一致し,下記(ウ)の点で相違する。 (イ)一致点 「基板上に,アルミニウム組成が基板に近い領域において相対的に高く,基板から遠い領域において相対的に低くなるようにAlGaN結晶をエピタキシャル成長させてAlGaNバッファ層を形成する工程と, 前記AlGaNバッファ層上に,窒化物半導体をエピタキシャル成長させて電子走行層を形成する工程と, 前記電子走行層上に,前記電子走行層とは異なる組成の窒化物半導体層をエピタキシャル成長させて電子供給層を形成する工程と, 前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に到達する高抵抗の素子分離層を形成する工程と, を含む,窒化物半導体装置の製造方法。」 (ウ)相違点 本件特許発明38の「素子分離層を形成する工程」は,「前記電子供給層,前記電子走行層および前記AlGaNバッファ層に前記基板の主面に対して傾斜した方向からイオン注入して結晶構造を破壊する」ものであるのに対し,甲1B発明の「素子分離層510の形成」は,「選択酸化により」形成するものである点で相違する。 (エ)本件特許発明38の進歩性について 上記ア(エ)と同様の理由により,甲1B発明の素子分離領域を形成するに際して,選択酸化により形成する方法に代えてイオン注入により形成する動機付けがないことから,甲1B発明に相違点に係る工程を採用することは,当業者が容易に想到し得たものではない。 エ 請求項39ないし47について 本件特許発明39ないし47は,本件特許発明38を更に減縮したものであるから,上記ウの本件特許発明38についての判断と同様の理由により,甲1B発明及び上記甲2ないし甲8に記載された技術的事項から当業者が容易になし得たものではない。 オ 以上のとおり,請求項18?47に係る発明は,甲1A発明及び上記甲2ないし甲8に記載された技術的事項,または,甲1B発明及び上記甲2ないし甲8に記載された技術的事項から,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)特許法第36条第6項第2号について ア 特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。 本件特許発明18につき,特許請求の範囲の請求項18に記載されている発明は,上記2のとおり「前記電子走行層の厚さ方向に対して傾斜した方向からのイオン注入によって結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した高抵抗層からなり,前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に達する素子分離層」との発明特定事項を有するところ,前記発明特定事項を含む本件特許発明18の特許請求の範囲の記載は,その記載それ自体に加え,本件特許明細書の記載及び図面を考慮するとともに,当業者の出願当時における技術的常識を基礎とすると,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確とはいえない。 すなわち,本件特許発明18の特許請求の範囲の記載は明確である。 イ 異議申立人は,本件特許の請求項18の「前記電子走行層の厚さ方向に対して傾斜した方向からのイオン注入によって結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した高抵抗層からなり,」との記載が,製造方法に関する記載を含んでいるところ,本件特許発明18に関して,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情は存在しないから,本件特許発明18,及び,請求項18を引用する本件特許発明19ないし37は明確でない旨主張する。 確かに,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。 ただし,前記最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にあると解される。 そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。 ウ そこで,本件の特許請求の範囲と明細書の記載を検討する。 本件の特許請求の範囲の請求項18の記載は,上記2のとおりであり,本件特許発明18は, (ア) 結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した高抵抗層からなり, (イ) 前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaN バッファ層に達する素子分離層 を含む窒化物半導体装置の発明であることが記載されている。 また,本件特許明細書には,素子分離に関して下記の記載がある。 「【0010】 この発明は,第2の局面において,・・・中略・・・イオン注入によって結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した領域からなり,前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に達する素子分離層と,を含む,窒化物半導体装置を提供する。この窒化物半導体装置は,リーク電流を効果的に低減することができる。」 「【0090】 一方,基板と電子走行層との間にはAlGaNバッファ層が形成されており,さらに,電子供給層および電子走行層を貫通する素子分離層がAlGaNバッファ層に達している。素子分離層は,イオン注入によって窒化物半導体に結晶欠陥を引き起こすことによって高抵抗化した領域からなる。この素子分離層によって,基板の主面方向に沿う方向に関する素子分離を行うことができる。」 「【0174】 図17は,素子分離層13の形成のための多段イオン注入の詳細を説明するための図である。具体的には,窒化物半導体結晶に対して,その主面(たとえばc面)の法線方向(たとえばc軸方向)に対して,5?10度傾斜した方向からイオン注入した場合において,注入されたイオンの衝撃によって生じる結晶欠陥の深さ依存性を示す。 【0175】 ヘリウムイオンを次の表1の条件で第1?第5段階の5段階で窒化物半導体結晶にイオン注入することにより,各段階のイオン注入により,加速エネルギーに応じて異なる深さにヘリウムイオンが到達する。それによって,窒化物半導体結晶中に形成される結晶欠陥の深さ方向の分布は,表面から異なる深さにピークを有するプロファイルを示す。第1?第5段階のイオン注入によって生じる結晶欠陥分布のプロファイルを合成した合成プロファイルは,1.1μm程度の深さまで一定値以上の結晶欠陥密度を有している。したがって,この深さまで高抵抗化できることが分かる。」 「【0177】 また,傾斜した方向からのイオン注入によって,窒化物半導体結晶を構成する原子にイオンが衝突しやすくなるので,イオン注入の深さを正確に制御できる。これにより,確実に,高抵抗の素子分離層13が形成されるので,リーク電流を低減した窒化物半導体装置を提供できる。とくに,傾斜角を5?10度とすることにより,イオン注入の深さを正確に制御して,高抵抗な素子分離層13を実現できる。」 図17は,傾斜した方向からの多段イオン注入によって形成された素子分離層の詳細を説明する図であって,同図から1.1μm程度の深さまで絶縁化したときの,結晶表面からの深さと,9×10^(20)cm^(-3)前後の結晶欠陥密度を有する結合プロファイルとの関係を見て取ることができる。 そうすると,これらの記載から,「前記電子走行層の厚さ方向に対して傾斜した方向からのイオン注入によって結晶欠陥を引き起こして高抵抗化した高抵抗層からなり」は,「前記電子供給層および前記電子走行層を貫通して前記AlGaNバッファ層に達する素子分離層」の,リーク電流を効果的に低減することができる程度の「高抵抗」という電気的「特性」,さらには,当該「高抵抗」を実現するための,例えば,9×10^(20)cm^(-3)前後の密度の「結晶欠陥」を有するという微細「構造」をも表していると理解することができる。 すなわち,請求項18に「前記電子走行層の厚さ方向に対して傾斜した方向からのイオン注入」という製造方法が記載されているとしても,本件特許発明18に係る窒化物半導体装置のどのような構造又は特性を表しているかは,本件特許請求の範囲及び本件特許明細書の記載から一義的に明らかであり,第三者の利益が不当に害されることはない。 よって,請求項18の上記記載が特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていないということはできない。 また,請求項18を引用する請求項19?37についても,上記と同様の理由により,特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていないということはできない。 6 むすび したがって,特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,請求項18ないし47に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に請求項18ないし47に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2018-09-14 |
出願番号 | 特願2014-540837(P2014-540837) |
審決分類 |
P
1
652・
537-
Y
(H01L)
P 1 652・ 121- Y (H01L) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 儀同 孝信 |
特許庁審判長 |
加藤 浩一 |
特許庁審判官 |
飯田 清司 梶尾 誠哉 |
登録日 | 2017-11-24 |
登録番号 | 特許第6245559号(P6245559) |
権利者 | ローム株式会社 |
発明の名称 | 窒化物半導体装置およびその製造方法 |
代理人 | 川崎 実夫 |
代理人 | 稲岡 耕作 |
代理人 | 京村 順二 |