ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C23C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C23C 審判 全部申し立て 6項4号請求の範囲の記載形式不備 C23C |
---|---|
管理番号 | 1345843 |
異議申立番号 | 異議2018-700013 |
総通号数 | 228 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-12-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-01-05 |
確定日 | 2018-10-01 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6157647号発明「絶縁皮膜形成用組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6157647号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2、4、5〕について訂正することを認める。 特許第6157647号の請求項1、2、4、5に係る特許を維持する。 特許第6157647号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6157647号の請求項1?5に係る特許についての出願は、2013年(平成25年) 5月27日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2013年 2月 8日 (EP)欧州特許庁)を国際出願日として特許出願され、平成29年 6月16日にその特許権の設定登録がされ、同年 7月 5日に特許掲載公報が発行され、平成30年 1月 5日付けで特許異議申立人 JFEスチール株式会社(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年 4月10日付けで当審より取消理由が通知され、特許権者より同年 7月 5日付けで訂正請求書及び意見書が提出され、同年 8月16日付けで申立人より意見書が提出されたものである。 第2 本件訂正の請求による訂正の適否 1 訂正の内容 平成30年 7月 5日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の訂正事項からなる(当審注:下線は訂正箇所を示す。)。 (1)訂正事項1 訂正前の特許請求の範囲の請求項1に 「【請求項1】 方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物であって、 前記組成物が、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含み、 前記コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されるか、または前記コロイダルシリカの溶液がアルミン酸塩を含み、 前記水溶液がクロムフリーである ことを特徴とする方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。」 と記載されているのを、 「【請求項1】 方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物であって、 前記組成物が、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含み、 前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、 前記コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されるか、または前記コロイダルシリカの溶液が前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%のアルミン酸塩を含み、 前記水溶液がクロムフリーである ことを特徴とする方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2、4、5も同様に訂正する。)。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項3を削除する。 (3)訂正事項3 訂正前の特許請求の範囲の請求項4に「請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。」 と記載されているのを、 「請求項1乃至請求項2の何れか一項に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。」に訂正する(請求項4の記載を引用する請求項5も同様に訂正する。)。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1)訂正事項1について 訂正事項1による訂正は、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物において、「前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、」との発明特定事項を追加することにより、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液の組成範囲を限定し、更に、コロイダルシリカの溶液がアルミン酸塩を含む場合のアルミン酸塩の含有量について、「前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%」との発明特定事項を追加することにより、前記アルミン酸塩の含有量を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 また、前記訂正事項1は、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液の組成範囲を限定し、更にコロイダルシリカの溶液におけるアルミン酸塩の含有量を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。 更に、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物において、「前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%」であることは、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項3、【0014】に記載される事項であり、「コロイダルシリカの溶液が前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%のアルミン酸塩を含」むことは、本件特許明細書の【0024】に記載される事項であるから、前記訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 このことは、請求項1を引用する請求項2、4、5における訂正事項1による訂正も同様である。 (2)訂正事項2について 訂正事項2による訂正は、特許請求の範囲の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項を追加するものではないこと、及び、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。 (3)訂正事項3について 訂正事項3による訂正は、訂正事項2による訂正により請求項3が削除されたので、請求項4と当該請求項4が引用する他の請求項との関係を整理するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 そして、訂正事項3による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。 (4)一群の請求項について 本件訂正前の請求項2?請求項5は、訂正前の請求項1を引用するものであるから、本件訂正後の請求項1、請求項2、請求項4、請求項5は一群の請求項である。 なお、本件訂正請求においては、全ての請求項に対して特許異議の申立てがされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。 3 むすび したがって、前記訂正事項1?3からなる本件訂正は、特許法第120条の5第2項第1号、第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第4項並びに第9項で準用する同法第126条第4項?第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正を認める。 第3 本件発明 前記第2に記載したとおり、本件訂正は認められるから、特許第6157647号の請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、それぞれ、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。 「【請求項1】 方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物であって、 前記組成物が、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含み、 前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、 前記コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されるか、または前記コロイダルシリカの溶液が前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%のアルミン酸塩を含み、 前記水溶液がクロムフリーである ことを特徴とする方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 【請求項2】 前記リン酸塩溶体が、リン酸アルミニウム、リン酸マグネシウム、リン酸ニッケル、リン酸マンガン、から選択される少なくとも1種を含む ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 【請求項3】 (削除) 【請求項4】 前記絶縁皮膜形成用組成物が、 Al、Mg、Ni、Mnから選択された少なくとも1種の金属元素と、りんと、珪素と、酸素とから構成され、断面における気孔の面積率が10%未満であり、 ^(31)P化学シフトの基準として85質量%H_(3)PO_(4)溶液を用いたとき、リンに関して、^(31)P核磁気共鳴スペクトルが-32?-38ppmに前記^(31)P化学シフトを示すような化学構造を含む方向性電磁鋼板用の絶縁皮膜を形成するための組成物である請求項1乃至請求項2の何れか一項に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 【請求項5】 前記絶縁皮膜が、ピーク位置を0?-60ppmの範囲とするガウシアンフィッティングによって-32?-38ppmの前記^(31)P化学シフトのピーク面積および全ピーク面積を求めたとき、-32?-38ppmの前記^(31)P化学シフトの前記ピーク面積が、前記全ピーク面積の30%超となる絶縁皮膜を形成するための、請求項4に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。」 第4 申立理由の概要 申立人は、証拠として、下記甲第1号証?甲第4号証を提出し、以下の申立理由1?4によって、訂正前の請求項1?5に係る発明の特許を取り消すべきものである旨を主張している。 甲第1号証:国際公開第2009/028726号 甲第2号証:”スノーテックス コロイダルシリカ”のカタログ、日産化学工業株式会社、1999年8月、p.1-3 甲第3号証:特開2013-249528号公報 甲第4号証:特開2004-346348号公報 1 申立理由1(特許法第29条第2項) 訂正前の請求項1?5に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第4号証に記載される事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない(7頁14行?22頁20行)。 2 申立理由2(特許法第36条第6項第1号) 訂正前の請求項1?5においては、「コロイダルシリカに対してアルミン酸塩を添加した場合」のアルミン酸塩の添加量を全く規定していないが、本件特許明細書の記載からすると、「コロイダルシリカに対してアルミン酸塩を添加した場合」の添加量は、本件発明の課題と無関係であるとはいえない。 ところが、本件特許明細書の実施例には、アルミン酸塩を3%添加した例(組成物No.17)のみが開示されているに過ぎないから、「コロイダルシリカに対してアルミン酸塩を添加した場合」のアルミン酸塩の添加量を全く規定していない訂正前の請求項1?5まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化できるとはいえないので、訂正前の請求項1?5に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない(22頁23行?23頁19行)。 3 申立理由3(特許法第36条第6項第1号) 本件特許明細書の実施例には、本件発明の課題を解決できる実施例として「リン酸塩:Silica(無水換算)」=「21:78?79:22」の範囲しか例示されない一方、訂正前の請求項1?2、4?5においては、「リン酸塩溶体」及び「コロイダルシリカ」の含有量を規定していない。 また、訂正前の請求項3に係る発明は、「リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%」で、「コロイダルシリカの含有量が75?25質量%」であり、前記範囲と異なるので、訂正前の請求項1?5に係る発明まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化できるとはいえないから、訂正前の請求項1?5に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない(23頁20行?24頁3行)。 4 申立理由4(特許法第36条第4項第1号) 訂正前の請求項1?5に係る絶縁皮膜形成用組成物は、「アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカ粒子を含むコロイダルシリカ」または「アルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカ」を含有するものであるが、本件特許明細書中には、「アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカ粒子を含むコロイダルシリカ」の詳細や、従来のコロイダルシリカに添加する「アルミン酸塩」の詳細(塩の種類、化学式など)は記載されていない。 そして、このような本件特許明細書の発明の詳細な説明に基づいて、当業者が訂正前の請求項1?5に係る発明を実施しようとした場合、当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤をする必要があると認められるから、本件特許明細書は、訂正前の請求項1?5に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない(24頁4行?22行)。 第5 取消理由の概要 平成30年 4月10日付けで当審より通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。 1 取消理由1(特許法第36条第6項第1号) 取消理由1は、前記第4の2の申立理由2と同旨のものである。 2 取消理由2(特許法第36条第6項第1号) 取消理由2は、訂正前の請求項3に係る発明に関する部分を除いて、前記第4の3の申立理由3と同旨のものである。 3 取消理由3(特許法第36条第4項第1号) 取消理由3は、前記第4の4の申立理由4と同旨のものである。 第6 当審の判断 1 取消理由についての当審の判断 (1)本件特許明細書の記載事項 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている(当審注:下線は当審が付与した。また、「・・・」は省略を表す。以下、同様である。)。 (a)「【0001】 本発明は、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物、およびこの絶縁皮膜形成用組成物を用いて形成された絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板に関する。」 (b)「【0007】 しかし、クロム(VI)化合物は、毒性を有し、また発ガン性物質であるので、近年では、クロム(VI)化合物の使用がより厳しく制限されている。一方、クロム(VI)化合物を組成物から単に取り除いた場合には、多くの気孔が形成される絶縁皮膜中に形成され、そのため、十分な特性を有する絶縁皮膜を得ることができない。」 (c)「【0010】 上述の理由から、組成物にクロム(VI)化合物を添加することなしに、緻密な絶縁皮膜を形成することができる組成物が求められている。 【0011】 本発明者らは、実験に基づいて鋭意検討した結果、従来のコロイダルシリカの代わりに、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカ粒子を含むコロイダルシリカまたはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いることにより、緻密な絶縁皮膜を形成できることを見出した。本発明は、この知見に基づいてなされたものである。」 (d)「【0023】 図1に従来の一般的なコロイダルシリカの模式図を、図2にアルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカの模式図を示す。 従来のコロイダルシリカはNa^(+)を含む水溶液によって安定化されたものであり、従来のコロイダルシリカの表面にはSi-O-が配置されている。これに対して、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカは、シリカ粒子の表面にAl-OH-が配置されているので、従来のコロイダルシリカに比べてさらに安定化されている。・・・ 【0024】 本発明者らは、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカを絶縁皮膜形成用組成物に用いると、形成される絶縁皮膜が緻密な構造となることを実験から見出した。また、コロイダルシリカに対してアルミン酸塩を添加した場合でも、このアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカは、表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカと同様の効果をもたらす。コロイダルシリカ中のアルミン酸塩の含有量は特に制限されず、例えば、コロイダルシリカ(コロイダルシリカ溶液)の全量の0.1?10質量%とすればよい。 従って、本実施形態に係る絶縁皮膜形成用組成物では、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカ、またはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いる。」 (e)「【0041】 上記の構成を有する本実施形態に係る絶縁皮膜形成用組成物では、この組成物がリン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含み、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されるか、またはコロイダルシリカの溶液がアルミン酸塩を含むので、緻密な絶縁皮膜13を得ることが可能となり、クロム(VI)化合物を組成物に添加する必要がなくなる。 また、本実施形態では、リン酸塩として、リン酸アルミニウム、リン酸マグネシウム、リン酸ニッケル、リン酸マンガン、から選択される少なくとも1種を用いるとき、緻密な絶縁皮膜13を確実に形成できる。 さらに、本実施形態では、上記の組成物が、無水換算で、25?75質量%のリン酸塩と、75?25質量%のコロイダルシリカと、を含むとき、この組成物をグラス皮膜11上に塗布して焼き付けることによって緻密な絶縁皮膜13を形成できる。 【0042】 本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は本実施形態に係る絶縁皮膜形成用組成物によって形成された絶縁皮膜13を有するので、方向性電磁鋼板10は、絶縁性、耐熱性、耐化学性に優れ、絶縁皮膜13は、基材11に対して高い張力を付与できる。従って、方向性電磁鋼板10は、優れた磁気特性を示し、変圧器等の鉄芯材料として好ましく用いることができる。 本実施形態では、絶縁皮膜13の断面における気孔の面積率が10%未満であるとき、絶縁皮膜13が緻密な構造となり、その結果、方向性電磁鋼板10が優れた絶縁性、耐熱性、耐化学性を示す。」 (f)「【0046】 本発明の効果を確認するために実施した実験について説明する。 表1に示すように、含有量が50質量%である金属リン酸塩溶体と、含有量が30質量%であるコロイダルシリカとを用いて、様々な組成の絶縁皮膜形成用組成物(組成物No.1?19)を準備した。組成物No.17では、アルミン酸塩を3質量%含む混合物(コロイダルシリカ)となるように、従来のコロイダルシリカに対してアルミン酸塩を添加した。また、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカとして、2つのサプライヤーから供給された2製品(A、B)を使用した。 【0047】 」 (g)「【0050】 (絶縁皮膜の評価) 上述の組成物No.1?19を、鋼板の表面に塗布して焼き付けた。それにより、表2に示す実施例No.11?191の絶縁皮膜を製造した。このとき、組成物の塗布量はすべて4.5g/m^(2)とした。焼き付け温度は、表2および表3に示すように、830?930℃の範囲内とした。 【0051】 絶縁皮膜の断面における気孔率F(気孔の面積率)を以下のように評価した。図6に示すように、後方散乱電子によって絶縁皮膜の断面の画像を得る。 この画像に対して二値化処理を行い、この二値画像から気孔の面積を除いた断面の面積ACを得る(図6の例では、AC=197μm^(2))。 空隙充填した二値画像から気孔の面積を含めた断面の面積Aを得る(図6の例では、A=260μm2)。 そして、気孔率Fを、F=1-AC/Aから算出した(図6の例では、F=1-197/260=24.1%)。 【0052】 本実施例の各絶縁皮膜では、倍率5000倍で観察を行って5つの画像を得て、得られた気孔率から平均値を算出した。 【0053】 絶縁皮膜によって付与された張力を評価した。一方の板面に絶縁皮膜を形成する前後のサンプルの曲率を測定し、この曲率の差から付与された張力を算出した。実施例No.11?191の絶縁皮膜に付与された張力を、表2および表3に示す。 【0054】 【0055】 【0056】 表2および表3に示すように、実施例No.21?23では、従来のコロイダルシリカを用いたクロム酸を含有しない組成物によって絶縁皮膜を形成したので、気孔率がとても高かった(15%以上)。 一方、実施例No.41?93、111?163、181、および191では、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカを用いた組成物によって絶縁皮膜を形成したので、気孔率が10%未満となり、そして、これらの実施例は、従来のコロイダルシリカを用いたクロム酸またはアルミン酸塩を含有しない組成物によって絶縁皮膜が形成された上記実施例と比較して、緻密な構造を有していた。加えて、実施例No.171?173では、従来のコロイダルシリカにアルミン酸塩を添加した組成物によって絶縁皮膜を形成したので、気孔率が10%未満となった。 ・・・ 【0058】 張力について評価した結果、クロム酸を用いた実施例No.11?13、31?33、101?103では、絶縁皮膜が鋼板に対して高い張力を付与していた。アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカを用いた実施例No.41?93、111?163、181、および191、そして従来のコロイダルシリカにアルミン酸塩を添加した実施例No.171?173でも、付与された張力が同様に高かった。それに対して、従来のコロイダルシリカを用いたクロム酸を含有しない実施例21?23では、付与された張力が明らかに低かった。」 (h)「【0062】 本発明によれば、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカまたはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いているので、たとえクロムを皮膜形成用組成物に添加しなくとも、緻密な絶縁皮膜を形成することが可能となる。」 (2)取消理由1について (ア)特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである、と解される。 そこで、以下、前記観点にのっとって検討する。 (イ)前記(1)(a)?(c)によれば、本件発明は、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物、およびこの絶縁皮膜形成用組成物を用いて形成された絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板に関するものであって、組成物にクロム(VI)化合物を添加することなしに、緻密な絶縁皮膜を形成することができる組成物が求められている、との課題を解決するものである。 そして、前記(1)(e)(【0042】)によれば、本件発明においては、絶縁皮膜の断面における気孔の面積率が10%未満であるとき、絶縁皮膜が緻密な構造となり、その結果、方向性電磁鋼板が優れた絶縁性、耐熱性、耐化学性を示す、とされるものであり、これにより、前記課題を解決できるものである。 (ウ)ここで、本件発明1は、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物に含まれるコロイダルシリカの溶液について、「前記コロイダルシリカの溶液が前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%のアルミン酸塩を含み」、との発明特定事項を有するものである。 (エ)一方、前記(1)(d)、(f)?(h)によれば、本件特許明細書には、本件発明において、コロイダルシリカにアルミン酸塩を添加した場合、コロイダルシリカ中のアルミン酸塩の含有量は特に制限されず、例えば、コロイダルシリカ(コロイダルシリカ溶液)の全量の0.1?10質量%とすればよいことが記載され、具体的には、コロイダルシリカ中のアルミン酸塩の含有量が3%(組成物No.17)の場合、気孔率3?4%、張力7.0?7.2MPaの絶縁膜(実施例No.171?173)が形成されることが記載されている。 また、コロイダルシリカ中のアルミン酸塩の含有量が0.1?10質量%の範囲内で、気孔(面積)率が10%未満にならない例が示されているものではない。 (オ)そして、前記本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件発明において、コロイダルシリカにアルミン酸塩を添加した場合、アルミン酸塩の含有量を、前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%とすることで、組成物にクロム(VI)化合物を添加することなしに、10%未満の気孔率と、高い張力を有する絶縁膜が得られることを理解でき、このことと、前記(イ)によれば、本件発明において、コロイダルシリカにアルミン酸塩を添加した場合、アルミン酸塩の含有量を、前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%とすることで、緻密な絶縁皮膜を形成することができる組成物が求められている、との前記課題を解決できることも理解できるものである。 (カ)してみれば、本件特許明細書の記載事項を、本件発明1の範囲まで拡張ないし一般化できないとまではいえず、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものであるというべきである。 そして、このことは、請求項1を直接的又は間接的に引用する本件発明2、4、5についても同様である。 (3)取消理由2について (ア)取消理由2についても、前記(2)(ア)に記載したのと同様の観点にのっとって検討する。 (イ)本件発明1は、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物に含まれる水溶液について、「前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、」との発明特定事項を有するものである。 (ウ)一方、前記(1)(e)?(h)によれば、本件特許明細書には、前記方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物が、無水換算で、25?75質量%のリン酸塩と、75?25質量%のコロイダルシリカと、を含むとき、この組成物をグラス皮膜上に塗布して焼き付けることによって緻密な絶縁皮膜を形成できることが記載され、具体的には、前記方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物の水溶液において、リン酸塩溶体およびコロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が21?78質量%、前記コロイダルシリカの含有量が79?22質量%の範囲で、気孔率8?9%、張力5.8?6.0MPaの絶縁膜(実施例No.181?191)が形成されるものであり、前記リン酸塩溶体の含有量が37?58質量%、前記コロイダルシリカの含有量が63?42質量%の範囲で、気孔率3?4%、張力6.8?7.3MPaの絶縁膜(実施例No.61?93)が形成されるものである。 (エ)そして、前記本件特許明細書の記載に接した当業者は、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物の水溶液において、リン酸塩溶体およびコロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%である前記水溶液によって、10%未満の気孔率と、高い張力を有する絶縁膜が得られることを理解でき、このことと、前記(2)(イ)によれば、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物の水溶液において、リン酸塩溶体およびコロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%である前記水溶液によって、緻密な絶縁皮膜を形成することができる組成物が求められている、との前記課題を解決できることも理解できるものである。 (オ)してみれば、本件特許明細書の記載事項を、本件発明1の範囲まで拡張ないし一般化できないとまではいえず、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものであるというべきである。 そして、このことは、請求項1を直接的又は間接的に引用する本件発明2、4、5についても同様である。 (4)取消理由3について (ア)物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について特許法第36条第4項第1号が定める実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があることを要する、と解される。 そこで、以下、前記観点にのっとって検討する。 (イ)特許権者が平成30年 7月 5日付けで提出した意見書に添付された乙第2号証(国際公開2010/150677号)は、本件特許に係る優先日前に公知の文献であって、以下の記載がある。 「[請求項1]シリカ微粒子の表面をアルミニウムで修飾してなるシリカ系微粒子を含み、かつpHが3.0?6.0の酸性域にあるシリカ系微粒子水分散ゾルの製造方法であって、(1)水に分散可能なシリカ微粒子を含み、しかもpHが9.0?11.5の範囲にあるアルカリ性シリカゾルに、アルミン酸塩の水溶液を、該シリカゾル中に含まれるケイ素成分をSiO_(2)で表し、さらに該アルミン酸塩中に含まれるアルミニウムをAl_(2)O_(3)で表したとき、そのモル比(Al_(2)O_(3)/SiO_(2))が0.005?0.050となるような割合で混合する工程、(2)前記工程により得られた混合液を60?200℃の温度に加熱して、0.5?20時間、撹拌する工程、(3)前記工程(2)により得られた混合液を陽イオン交換樹脂と接触させて、該混合液中に含まれるアルカリ金属イオンをイオン交換除去して、該混合液のpHを3.0?6.0の範囲に調整する工程を含むことを特徴とするシリカ系微粒子水分散ゾルの製造方法。」(請求の範囲) 「[請求項6] 前記工程(1)で使用されるアルミン酸塩が、アルミン酸ナトリウムおよび/またはアルミン酸カリウムであることを特徴とする請求項1?5のいずれかに記載のシリカ系微粒子水分散ゾルの製造方法。」(請求の範囲) 「[0030]工程(1) この工程では、水に分散可能なシリカ微粒子を含み、しかもpHが9.0?11.5の範囲にあるアルカリ性シリカゾルに、アルミン酸塩の水溶液を、該シリカゾル中に含まれるケイ素成分をSiO_(2)で表し、さらに該アルミン酸塩中に含まれるアルミニウムをAl_(2)O_(3)で表したとき、そのモル比(Al_(2)O_(3)/SiO_(2))が0.005?0.050となるような割合で混合する。 この工程により、シリカ微粒子の表面にシリカ・アルミナ系複合酸化物の前駆体を形成させる。 ・・・ [0031] 前記アルカリ性シリカゾルのpHは、9.0?11.5、より好ましくはpH9.5?11.0の範囲にあることが好ましい。アルカリ性シリカゾルのpHが9.0?11.5の範囲にあることにより、シリカの溶解度が高まるため、アルミン酸塩の水溶液を混合したときにシリカ微粒子表面のシリカ骨格内に存在するケイ酸モノマーとアルミン酸イオンとの置換反応が起こりやすくなる。また、pH9.0?11.5の範囲にあるシリカゾルはシリカの溶解度が高いために溶媒中にケイ酸モノマーとして溶解しているシリカ成分が存在するが、ここにアルミン酸イオンが共存することによってシリカの溶解度が局所的に低下し、前記ケイ酸モノマーとアルミン酸イオンの複合体がシリカ微粒子表面にシリカ・アルミナ系複合酸化物の前駆体として析出する。このような反応によって均一なシリカ・アルミナの複合酸化物の前駆体が形成され、このような前駆体を後の工程で脱水・縮重合反応させることにより、従来よりも大量のアルミニウムを負電荷を有する形態でシリカ微粒子表面に均一に修飾することができる。」(当審注:「工程(1)」の下線は当審によるものではない。) 「[0042]また前記アルミン酸塩は、アルミン酸ナトリウムおよび/またはアルミン酸カリウムであることが好ましい。また前記アルミン酸塩の水溶液の固形分濃度は、Al_(2)O_(3)換算基準で0.5?30重量%の範囲にあることが好ましい。 前記Al_(2)O_(3)換算基準の濃度が0.5重量%未満の場合にはアルミン酸塩が加水分解して水酸化物を形成し易くなり、前記濃度が30重量%を超えると局所的なpHや塩濃度の上昇によるシリカやアルミニウム成分の凝集が起こることがあるため好ましくない。」 (ウ)そして、前記記載からみれば、乙第2号証には、シリカ微粒子の表面を、アルミン酸塩の水溶液を用いてアルミニウムで修飾する場合、アルミン酸塩として、アルミン酸ナトリウムおよび/またはアルミン酸カリウムを用いることが記載されており、前記シリカ微粒子はコロイダルシリカのシリカ粒子といえるから、そうすると、乙第2号証には、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾する場合、アルミン酸塩として、アルミン酸ナトリウムおよび/またはアルミン酸カリウムを用いることが記載されているといえる。 (エ)特許権者が平成30年 7月 5日付けで提出した意見書に添付された乙第3号証(特開昭58-110415号公報)は、本件特許に係る優先日前に公知の文献であって、以下の記載がある。 「1 SiO_(2)/R_(2)O(式やRはアルカリ金属を示す)モル比が40?1000で810、濃度2?50重緻僑、pH4以上のシリカゾル水溶液をアンモニア蓋又はアミン型とした陽イオン交換樹脂で処塩し、次いでアルミン酸、スズ酸、鉛酸又は亜鉛酸のアルカリ金属塩をSiO_(2)/MxOy(式中MxOyはアルイン酸塩等中のアルミン酸等成分を酸化物の形で表わしたものでMはアルミニウム、スズ、鉛又は亜鉛を示す)モル比30?500となる量添加することを特徴とする安定なシリカゾル組成物の製法。」(特許請求の範囲) 「従来から水性シリカゾルにアルミン酸ナトリウムや亜鉛酸ナトリウムを添加して安定なシリカゾルを作る方法は2?3提案されている。」(1頁右下欄17行?19行) 「これらのシリカゾル水溶液は通常アルカリ金属で安定化されており、このアルカリ金属が存在したままで例えばアルミン酸ソーダを加えた場合は、アルカリ金属の働きでアルミン酸イオンがコロイド状珪酸表面に十分近づけず、従つて、コロイド状珪酸表面の改質はおこらない。そこでシリカゾル水浴液をアンモニア又はアミン型陽イオン交換樹脂に通し、アンモニア又はアミンで安定化されたシリカゾル水溶液を得る。このアンモニア又はアミンで安定化されたシリカゾル水溶液はアルカリサイドであるので長期の安定性に富むと同時にアルミン酸等のイオンが共存した場合アンモニア又はアミンとコロイド状珪酸との相互作用は弱く、従つてアルミン酸イオンがコロイド状珪酸表面まで近づき脱水縮合して表面にアルミニウムイオンが配位し、コロイド状珪酸の電荷が正になる。」(2頁左下欄20行?右下欄16行) 「本発明で添加するアルミン酸等のアルカリ金属塩としてはリチウム、ナトリウム、カリウム等のアルミン酸塩、スズ酸塩、給酸塩、亜鉛酸塩等があるが安価に入手できる点よりアルミン酸ナトリウムがその代表的なものである。」(3頁右上欄12行?16行) 「本発明によつて得られたシリカゾル水溶液は、それ自体でも非常に安定であり、更に中性、酸性領域においても非常に安定である。これは、コロイド状珪酸粒子表面の一部にアルミニウムイオン等が結合し、全体の電荷を陽イオン型にするため、中性、酸性領域においても重合・ゲル化が生じないからである。従って、中性、酸性領域での使用、配合等において非常に有利である。」(3頁左下欄4行?12行) (オ)そして、前記記載からみれば、乙第3号証には、シリカゾル組成物にアルミン酸塩のアルカリ金属塩を添加して安定なシリカゾル組成物を製造する場合、添加するアルミン酸塩のアルカリ金属塩として、リチウム、ナトリウム、カリウム等のアルミン酸塩が代表的であることが記載されており、前記シリカゾル組成物のシリカゾルはコロイダルシリカのシリカ粒子といえ、リチウム、ナトリウム、カリウム等のアルミン酸塩は、コロイダルシリカのシリカ粒子を表面修飾するものといえるから、乙第3号証には、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾する場合、アルミン酸塩として、リチウム、ナトリウム、カリウム等のアルミン酸塩を用いることが記載されているといえる。 (カ)前記(ウ)、(オ)によれば、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾する場合、アルミン酸塩として、アルミン酸ナトリウムやアルミン酸カリウムを用いることは、本件特許に係る優先日において技術常識といえ、本件発明においても、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾する場合、アルミン酸塩として、アルミン酸ナトリウムやアルミン酸カリウムを用い得ることは明らかであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明中に、「アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカ粒子を含むコロイダルシリカ」の詳細や、従来のコロイダルシリカに添加する「アルミン酸塩」の詳細(塩の種類、化学式など)が記載されていないとしても、当業者が本件発明1、2、4、5を実施しようとした場合、当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤を要するとまでは認めらない。 (キ)したがって、本件特許明細書は、本件発明1、2、4、5について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものであるというべきである。 (5)むすび 以上のとおりであるので、本件特許1、2、4、5に係る特許が、特許法第36条第6項第1号及び第4項第1号に適合していない特許出願に対してされたものとはいえないので、取消理由1?3はいずれも理由がない。 2 取消理由で採用しなかった申立理由についての当審の判断 (1)申立理由1について ア 各甲号証の記載事項 ア-1 甲第1号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に公知となった甲第1号証である国際公開第2009/028726号には、以下の事項が記載されている。 (1a)「1. ・Mg、Ca、Ba、Sr、Zn、AlおよびMnのリン酸塩のうちから選ばれる少なくとも1種と、 ・該リン酸塩中のPO_(4):1molに対し、コロイド状シリカをSiO_(2)換算で0.2?10molおよびチタンキレート化合物をTi換算で0.01?4.0molとを、 含有する方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液。 2. Crを実質的に含有しない、請求項1に記載の方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液。 3. 方向性電磁鋼板用スラブを、圧延により最終板厚に仕上げ、ついで一次再結晶焼鈍後、 二次再結晶焼鈍を施し、さらに絶縁被膜処理液を塗布したのち、焼付け処理を行う一連の工程により、絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を製造する方法であって、 前記絶縁被膜処理液として、Mg、Ca、Ba、Sr、Zn、AlおよびMnのリン酸塩のうちから選ばれる少なくとも1種と、該リン酸塩中のPO_(4):1molに対し、コロイド状シリカをSiO_(2)換算で0.2?10molおよびチタンキレート化合物をTi換算で0.01?4.0molとを含有する絶縁被膜処理液を用い、 前記焼付け処理を 350℃以上1100℃以下の温度で行う絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板の 製造方法。」(請求の範囲) (1b)「〔発明が解決しょうとする課題〕 しかしながら、本発明者らの研究では、特許文献5で示される絶縁被膜処理液を用いた場合には、焼付け直後はベタツキのない表面が得られるが、1ヶ月、2ヶ月といった長期の保管中にはベタツキを生じ、耐吸湿性がなお不十分という問題がある。 本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、以下の各項を目的とする。 ・絶縁被膜処理液をクロムフリー化した場合に問題となる被膜張力および耐吸湿性の低下を防止すること ・優れた絶縁被膜特性、すなわち被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率に優れる方向性電磁鋼板を得ることができる方向性電磁鋼板用クロムフリー絶縁被膜処理液をを提供すること(当審注:「錆」は「かねへん」に「青」と表記されている。) ・上記の方向性電磁鋼板用クロムフリー絶縁被膜処理液を用いた、絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板の製造方法を提供すること。 〔課題を解決するための手段〕 さて、上記の課題を解決すべく、発明者らは、各種のリン酸塩とコロイド状シリカの他、さらに各種の化合物を配合した絶縁被膜処理液を、二次再結晶焼鈍後の方向性電磁鋼板に塗布し、その後焼付けした。そして得られた被膜の特性について調査した。 その結果、チタンキレート化合物(chelate compound)を添加することにより、所望の特性を有する絶縁被膜を得られることを見出した。さらに、発明者らは、種々のリン酸塩、チタンキレート化合物を用いて、方向性電磁鋼板用クロムフリー絶縁被膜処理液の最適組成を検討した。それと共に、該クロムフリー絶縁被膜処理液を用いた絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板の製造方法について検討した。そしてこれらの検討により、本発明を完成させた。」(2頁21行?3頁9行) (1c)「コロイド状シリカの種類は、溶液の安定性や、上記リン酸塩等との相溶性が得られる限り、特に限定はされない。例えば、市販の酸性タイプ(acid-type)であるST-O(日産化学(株)(Nissan Chemical Industries,LTD.)製SiO_(2)含有量:20mass%)が挙げられるが、アルカリ性タイプのコロイ ド状シリカでも使用することができる。 なお、絶縁被膜の外観を改善するため、アルミニウム(Al)を含有するゾルを含んだコロイド状シリカを使用することもできる。この場合、Al量はAl_(2)O_(3)/SiO_(2)比に換算して1.0以下とすることが好ましい。」(6頁14行?20行) (1d)「また、本発明の絶縁被膜処理液に、方向性電磁鋼板の耐融着性(sticking resistance)や滑り 性を向上させるために、 1次粒径 50?2000nm以下のSiO_(2)、Al_(2)O_(3)およびTiO_(2)から選ばれる1種または2種以上を含有してもよい。なお、耐融着性が求められる理由は下記の通りである。方向性電磁鋼板が巻鉄心型の変圧器に用いられる場合、鋼板が巻かれ、鉄心の形に成形された後、歪取焼鈍(800℃×3時間程度)が施される。その際、隣接する被膜同士で融着する(sticking)ことがある。このような融着は、鉄心の層間絶縁抵抗を低下させることになり、ひいては磁気特性を劣化させる原因となるので、絶縁被膜には、耐融着性を付与させることが望ましい。また、滑り性については、方向性電磁鋼板が積鉄心(laminated core)型の変圧器に用いられる場合、鋼板の積み作業を円滑に行うために、鋼板同士の滑り性を良好にすることが望ましい。 以上の他にも、絶縁被膜処理液に用いられることのある、種々の添加物を加えることができる。以上の、硼酸・SiO_(2)等およびその他の添加物については合計で、含有量が 30mass%以下となる 程度とすることが好ましい。」(8頁26行?9頁9行) (ア)前記(1a)によれば、甲第1号証には方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液に係る発明が記載されており、該処理液は、Mg、Ca、Ba、Sr、Zn、AlおよびMnのリン酸塩のうちから選ばれる少なくとも1種と、該リン酸塩中のPO_(4):1molに対し、コロイド状シリカをSiO_(2)換算で0.2?10molおよびチタンキレート化合物をTi換算で0.01?4.0molとを含有するものであって、更にCrを実質的に含有しないものである。 (イ)そうすると、甲第1号証には、以下の発明が記載されているものと認められる。 「方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液であって、 前記処理液が、Mg、Ca、Ba、Sr、Zn、AlおよびMnのリン酸塩のうちから選ばれる少なくとも1種と、該リン酸塩中のPO_(4):1molに対し、コロイド状シリカをSiO_(2)換算で0.2?10molおよびチタンキレート化合物をTi換算で0.01?4.0molとを含み、 Crを実質的に含有しない ことを特徴とする方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液。」(以下、「甲1発明」という。) ア-2 甲第2号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に公知となった甲第2号証である”スノーテックス コロイダルシリカ”、日産化学工業株式会社、1999年、p.1-3には、以下の事項が記載されている。 (2a)「 」 (2b)「スノーテックス-30 スノーテックス-20をSiO_(2)30%迄濃縮したもので,SiO_(2)20?30%で適応する用途に使用されております。」 (2頁下から17行目?16行目) (2c)「スノーテックス-C スノーテックス-20に特殊の処理を施して安定化したもので,スノーテックス-20を使用した場合,併用する物質,pH等によりスノーテックスが非常に不安定になり,ゲル化をおこす可能性のある用途に使用されております。」(2頁下から13行目?11行目) (2d)「スノーテックス-O 純粋な無水硅酸のコロイド溶液で,pHは酸性を呈し,酸性での使用,アルミナゾルとの併用,有機溶媒との混合を必要とする用途に使用されております。」(2頁下から7行目?6行目) (2e)「相溶安定性 i)pHの影響 スノーテックスの安定性はpHにより,図-2の様な傾向を示します。pHの変化に対し,濃度の高いほど,また粒子径が小さいほどその影響を受けやすい傾向にあります。 スノーテックス-Cの粒子表面はAlで処理されており,pHに対して安定で,中性に於ても比較的影響を受けません。」 ア-3 甲第3号証の記載事項 本件特許に係る優先日後に公知となった甲第3号証である特開2013-249528号公報には、以下の事項が記載されている。 (3a)「【0011】 本発明の3価クロム化成処理液が含有するアルミ変性コロイダルシリカとは、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液(例えば、アルミン酸ナトリウムなどのアルミン酸アルカリ塩などを含む水溶液)或いは水酸基含有有機酸アルミニウム水溶液(例えば、乳酸アルミニウムなどを含む水溶液)で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカを意味する。このようなアルミ変性コロイダルシリカは、例えば特開平6-199515号公報、WO2008/111383A1、特開2007-277025号公報などにその製造方法が記載されている。本発明において用いられるアルミ変性コロイダルシリカは、Al_(2)O_(3)/SiO_(2)モル比が、好ましくは0.0001?0.05の範囲、より好ましくは0.001?0.04の範囲、特に好ましくは0.002?0.03の範囲である。また、アルミ変性シリカの一次粒径は、好ましくは1?100nmの範囲、より好ましくは2?50nmの範囲、特に好ましくは3?30nmの範囲である。このようなアルミ変性コロイダルシリカは市販品として入手可能である(例えば、米国デュポン社製LUDOX AM、日産化学工業(株)製スノーテックスCXS、スノーテックスC、日本化学工業(株)製シリカドール20ALなど)。 3価クロム化成処理液に添加する際の形態は、好ましくは無定型粒子状のアルミ変性コロイダルシリカを水中に固形分として約10?50重量%の範囲で分散させたアルカリ性のものである。そのpHは、好ましくは2?12の範囲、より好ましくは7?12の範囲、特に好ましくは8?11の範囲である。アルミ変性コロイダルシリカは、酸性の3価クロム化成処理液中において、或いはpH2?12の水溶液中においても凝集沈殿することはない。このようなアルミ変性コロイダルシリカを用いることにより、もやのような白い無光沢外観が不均一に生じさせない3価クロム化成処理液を得ることができる。詳細な理由は不明であるが、形成された化成処理皮膜中にコロダルシリカが均一に分散析出するためと思われる。 アルミ変性コロイダルシリカを3価クロム化成処理液に添加する方法は、特に制限はなく、公知の添加・混合方法を用いることができる。例えば、化成処理液を調製するために常温で各種添加剤を混入・攪拌する際に同時に添加してもよい。」 ア-4 甲第4号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に公知となった甲第4号証である特開2004-346348号公報には、以下の事項が記載されている。 (4a)「【特許請求の範囲】 【請求項1】 りん酸金属塩で被覆したコロイド状シリカとりん酸塩を主成分とすることを特徴とする張力付与特性に優れた絶縁被膜。 ・・・ 【請求項3】 前記コロイド状シリカを被覆するりん酸金属塩がりん酸アルミニウムであることを特徴とする請求項1?2のいずれか1項に記載の張力付与特性に優れた絶縁被膜。 ・・・ 【請求項8】 りん酸金属塩で被覆したコロイド状シリカとりん酸塩を主成分とする張力付与特性に優れた絶縁被膜を有することを特徴とする低鉄損方向性電磁鋼板。 ・・・ 【請求項10】 前記コロイド状シリカを被覆するりん酸金属塩がりん酸アルミニウムであることを特徴とする請求項8?9のいずれか1項に記載の低鉄損方向性電磁鋼板。」 (4b)「【0024】 しかし、コロイド状シリカは凝集し易いため、りん酸塩溶液中に添加することにより、絶縁被膜形成時にシリカが凝集し、シリカが比較的多い部分と少ない部分が形成される。その結果、シリカが多い部分では、粒子間にりん酸塩が浸透せず、クラックの起点となる空隙が形成され、耐蝕性や造膜性が劣化する。 【0025】 本発明者等は、絶縁被膜の張力付与特性を著しく高め、コロイド状シリカを均一にコーティング溶液中に分散させ、良好な被膜特性を維持できる手法について検討した。 【0026】 その結果、本発明者等は、コロイド状シリカとして、りん酸金属塩で被覆されたコロイド状シリカを用いると、著しく張力付与特性が向上し、かつ、他の被膜特性も改善できることを見いだした。」 (4c)「【0047】 本発明においては、絶縁被膜を構成する他の主成分として、従来と同じく、クロム酸塩や硼酸などが使用可能であるが、混合するシリカ粒子の表面をりん酸金属塩で被覆することにより、シリカ粒子と上記主成分であるりん酸塩との濡れ性が大幅に改善され、その結果、表面活性の大きいコロイド状シリカ粒子の間へ、りん酸塩等の主成分が充分に浸透して、クラックの起点となる空隙が形成されず、かつ、シリカ粒子間が強く結合されると考えられる。」 イ 対比・判断 イー1 本件発明1について イ-1-1 対比 (ア)本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液は、本件発明1における方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物に相当する。 また、甲1発明における前記処理液は、Mg、Ca、Ba、Sr、Zn、AlおよびMnのリン酸塩のうちから選ばれる少なくとも1種と、該リン酸塩中のPO_(4):1molに対し、コロイド状シリカをSiO_(2)換算で0.2?10mol含むものであるから、甲1発明においては、方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物が、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含むものといえる。 更に、甲1発明における前記処理液は、Crを実質的に含有しないのであるから、甲1発明においては、水溶液がクロムフリーであるものといえる。 (イ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、 「方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物であって、 前記組成物が、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含み、 前記水溶液がクロムフリーである、 方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。」 の点で一致し、以下の点で相違している。 <相違点> 相違点1:本件発明1は、リン酸塩溶体およびコロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%である、との発明特定事項を備えるのに対して、甲1発明は前記の発明特定事項を備えない点。 相違点2:本件発明1は、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されるか、または前記コロイダルシリカの溶液が前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%のアルミン酸塩を含む、との発明特定事項を備えるのに対して、甲1発明は前記の発明特定事項を備えない点。 イ-1-2 判断 (ア)事案に鑑み、前記相違点2から検討すると、前記アのア-1(1c)によれば、甲第1号証においては、コロイド状シリカとして、市販の酸性タイプである「ST-O(日産化学(株)(Nissan Chemical Industries,LTD.)製」が挙げられており、スノーテックス-Cは挙げられていないが、甲第1号証には、コロイド状シリカとしてアルカリ性タイプのコロイド状シリカでも使用できることが記載されているから、甲1発明は、コロイド状シリカとして、スノーテックス-Cを用いることを否定するものではない。 (イ)そして、前記アのア-3(3a)によれば、甲第3号証には、スノーテックス-Cが、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液或いは水酸基含有有機酸アルミニウム水溶液で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカであることが記載されており、このことと、前記(ア)によれば、甲1発明は、コロイド状シリカとして、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカを用いることを排除するものではない。 なお、甲第3号証は本件特許に係る優先日後に公知となったものであるが、前記アのア-2(2e)には、スノーテックス-Cの粒子表面はAlで処理されていることが記載されており、このことと、前記アのア-3(3a)によれば、本件特許出願時においても、同一商品名で販売されていたスノーテックス-Cが、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液或いは水酸基含有有機酸アルミニウム水溶液で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカであると推認できるものである。 (ウ)ところが、前記アのア-1(1a)、(1b)によれば、甲1発明は、方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液において、絶縁被膜処理液をクロムフリー化した場合に問題となる被膜張力および耐吸湿性の低下を防止する、優れた絶縁被膜特性、すなわち被膜張力、耐吸湿性、防錆性および占積率に優れる方向性電磁鋼板を得ることができる方向性電磁鋼板用クロムフリー絶縁被膜処理液を提供する、といった課題を解決するものであって、方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液にチタンキレート化合物を添加することにより、そのような特性を有する絶縁被膜を得られることを見出したものであり、具体的には、方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液に、チタンキレート化合物をTi換算で0.01?4.0mol添加することで、前記課題を解決するものである。 (エ)そうすると、甲1発明においては、方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液に、チタンキレート化合物をTi換算で0.01?4.0mol添加することで、発明が解決しようとする課題を解決できているのであるから、甲1発明において、あえて、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾するか、または前記コロイダルシリカの溶液を、アルミン酸塩を含むものとする、合理的な動機付けは存在しない。 (オ)また、前記1(1)(c)によれば、本件発明は、組成物にクロム(VI)化合物を添加することなしに、緻密な絶縁皮膜を形成することができる組成物が求められている、との課題を解決するものであって、従来のコロイダルシリカの代わりに、「アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカ粒子を含むコロイダルシリカまたはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いることにより、緻密な絶縁皮膜を形成できること」(当審注:以下、「効果A」という。)を見出したものである。 即ち、前記1(1)(f)?(h)によれば、本件発明においては、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカまたはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いることで、組成物にCr(VI)化合物を添加しなくても、絶縁被膜の気孔率が10%未満となり、緻密な構造を有する絶縁被膜が形成されるものである。 そして、本件発明に係る方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物は、チタンキレート化合物を含まなくても、絶縁被膜の気孔率が10%未満となり、緻密な構造を有する絶縁被膜が形成されるものである。 (カ)これに対して、前記アのア-1(1b)によれば、甲1発明は、方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液にチタンキレート化合物を添加することにより、クロムフリー化した場合でも、被膜張力、耐吸湿性、防錆性及び占積率が優れた絶縁特性の絶縁被膜を得ることができるものであって、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカまたはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いることにより、方向性電磁鋼板用絶縁被膜処理液のクロムフリー化により発生する課題を解決するものではない。 (キ)更に、甲第2号証?甲第4号証の記載事項をみても、アルミン酸塩によって表面修飾されたシリカを含むコロイダルシリカまたはアルミン酸塩が添加されたコロイダルシリカを用いることで、組成物にCr(VI)化合物を添加しなくても、絶縁被膜の気孔率が10%未満となり、緻密な構造を有する絶縁被膜が形成されることは記載も示唆もされていないから、甲1発明が、コロイド状シリカとして、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカを用いることを排除するものではないとしても、そうすることにより奏される効果として認識されるところは、前記「効果A」(前記(オ)参照)に及ばない。 (ク)以上を総合すれば、本件発明1と甲1発明とは、その解決しようとする課題もその解決手段も異なるところ、たまたま、甲1発明が、コロイド状シリカとして、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカを用いる態様を含み得ること、すなわち、相違点2に係る構成を採用し得ることまでは否定することができないとしても、甲1発明が、その態様を採ることによって、前記「効果A」を奏することまでは、当業者といえども到底予測できるものではない、ということができる。 したがって、甲1発明において前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項とすることを、甲第2号証?甲第4号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえない。 (ケ)よって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1を、甲1発明及び甲第2号証?甲第4号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 イ-2 本件発明2、4、5について (ア)本件発明2、4、5は直接的又は間接的に請求項1を引用するものであるところ、甲1発明と比較した場合、少なくとも前記相違点2で相違するものである。 そして、甲1発明において前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項とすることを、甲第2号証?甲第4号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、前記イ-1のイ-1-2(ク)に記載のとおりである。 (イ)従って、本件発明2、4、5も、前記イ-1のイ-1-2(ク)に記載したのと同じ理由により、甲1発明と、甲第2号証?甲第4号証に記載される事項に基づいて当業者が容易になし得た発明であるとはいえない。 ウ むすび 以上のとおりであるので、申立理由1は理由がない。 (2)申立理由3のうち、訂正前の請求項3に係る部分について (ア)申立理由3のうち、訂正前の請求項3に係る部分についての主張は、訂正前の請求項3に係る発明は、「リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%」で、「コロイダルシリカの含有量が75?25質量%」であり、実施例に記載される範囲(「リン酸塩:Silica(無水換算)」=「21:78?79:22」)と異なるので、訂正前の請求項3に係る発明まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化できるとはいえない、というものである。 (イ)ここで、訂正前の請求項3に係る発明特定事項は、本件訂正により、本件発明1の発明特定事項とされるものであって、本件訂正が認められることは、前記第2に記載のとおりであり、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載したものであるというべきことは、前記1(3)(エ)、(オ)に記載のとおりである。 (ウ)してみれば、申立理由3のうち訂正前の請求項3に係る部分については、前記1(3)(エ)、(オ)に記載したのと同様の理由により、理由がない。 3 申立人の意見書における主張について (1)申立人の意見書における主張の概要 平成30年 8月16日付けで申立人が提出した意見書における主張の概要は、以下のとおりである。 ア 特許法第29条第2項 (ア)甲第1号証に記載された発明におけるコロイダルシリカの安定性を良好にするために、本件発明1のように、「前記コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾される」ものとして安定化することは、乙第1号証?乙第3号証により周知技術であり、当業者であれば困難なことではない。 (イ)本件発明1は、「前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、」との発明特定事項を有するが、当該発明特定事項は設計的事項であるので、本件発明1、2、4、5は、甲第1号証及び乙第1号証?乙第3号証に記載される周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 特許法第36条第6項第1号 (ア)平成30年 7月 5日付けで特許権者が提出した意見書の記載からみれば、本件特許明細書には、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸イオンによって表面修飾されることが開示されていると解される。 (イ)しかしながら、本件発明1は、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されることのみを規定しており、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸イオンによって表面修飾されることは規定していないから、本件発明1の範囲まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明1、2、4、5は、発明の詳細な説明に記載したものでない。 ウ 特許法第36条第6項第1号 (ア)本件発明1に係る絶縁被膜形成用組成物は、いわゆるオープンクレームであり、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカ以外の成分の含有を許容している(ただし「クロム」を除く。)。 (イ)しかしながら、本件特許明細書の実施例で使用されているのは、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカのみを含有する絶縁被膜形成用組成物だけであり、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカのほかに更に別の成分を含有する絶縁被膜形成用組成物については、所期の効果が得られることが実証されていない。 (ウ)そうすると、いわゆるオープンクレームである本件発明1の範囲まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 (2)当審の判断 ア (1)ア(特許法第29条第2項)に係る主張について (ア)甲1発明において、あえて、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾するか、または前記コロイダルシリカの溶液を、アルミン酸塩を含むものとする、合理的な動機付けは存在しないことは、前記2(1)イのイ-1のイ-1-2(エ)に記載のとおりであり、更に、甲1発明が、コロイド状シリカとして、コロイダルシリカをアルミン酸塩水溶液で処理して得られたアルミン酸変性コロイダルシリカを用いることを排除するものではないとしても、そうすることにより奏される効果は、前記「効果A」(前記2(1)イのイ-1のイ-1-2(オ))に及ばないから、甲1発明において前記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項とすることを、甲第2号証?甲第4号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、前記2(1)イのイ-1のイ-1-2(キ)、(ク)に記載のとおりである。 (イ)そして、乙第1号証?乙第3号証の記載から、「コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾される」ものとして安定化することが、本件優先日の時点で周知技術であるとしても、このことにより前記(ア)の検討事項が左右されるものではない。 (ウ)したがって、本件発明1における、「前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、」との発明特定事項が設計的事項であるか否かに関わらず、本件発明1が、甲1発明及び乙第1号証?乙第3号証に記載される周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、前記(1)アに係る主張はいずれも採用できない。 イ (1)イ(特許法第36条第6項第1号)に係る主張について (ア)乙第2号証には、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾する場合、アルミン酸塩として、アルミン酸ナトリウムおよび/またはアルミン酸カリウムを用いることが記載されているといえることは、前記1(4)(ウ)に記載のとおりであり、更に前記1(4)(イ)の乙第2号証の記載によれば、シリカ微粒子の表面のアルミン酸塩による修飾は、シリカ微粒子表面のシリカ骨格内に存在するケイ酸モノマーとアルミン酸イオンとの置換反応や、溶媒中に溶解したケイ酸モノマーとアルミン酸イオンの複合体がシリカ微粒子表面にシリカ・アルミナ系複合酸化物の前駆体として析出する反応により前駆体が形成され、このような前駆体を脱水、縮重合反応させることにより、行われるものである。 (イ)乙第3号証には、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩によって表面修飾する場合、アルミン酸塩として、リチウム、ナトリウム、カリウム等のアルミン酸塩を用いることが記載されているといえることは、前記1(4)(オ)に記載のとおりであり、更に前記1(4)(エ)の乙第3号証の記載によれば、乙第3号証に係るシリカゾル水溶液においては、アルミン酸イオンがコロイド状珪酸表面まで近づき脱水縮合して表面にアルミニウムイオンが配位し、コロイド状珪酸の電荷が正になるのであって、このため、乙第3号証に係るシリカゾル水溶液は、それ自体でも非常に安定であり、更に中性、酸性領域においても非常に安定であるものである。 (ウ)前記(ア)、(イ)によれば、コロイダルシリカのシリカ粒子をアルミン酸塩により表面修飾する場合には、シリカ粒子がアルミン酸イオンによって表面修飾されることは明らかであり、このことは、本件特許に係る優先日において技術常識といえるから、本件発明1が、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されることのみを規定しており、コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸イオンによって表面修飾されることは規定していないからといって、本件発明1の範囲まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できないとまではいえない。 (エ)したがって、前記(1)イに係る主張は採用できない。 ウ (1)ウ(特許法第36条第6項第1号)に係る主張について (ア)本件発明1に係る発明は、「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」に係るものであって、それ以外の「絶縁被膜形成用組成物」を包含するものではない。 そして、前記2(1)アのア-1(1d)の記載によれば、「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」には、耐熱性、耐融着性、滑り性等を向上させるために、種々の添加物が、「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」の特性を損ねない範囲で加えられ得るものである。 (イ)そうすると、本件発明1の「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」との記載に接した当業者は、本件発明1がいわゆるオープンクレームであり、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカ以外の成分(ただしクロムを除く)の含有を許容しているとしても、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカ以外の成分として、「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」が通常含有し得る添加物を、その特性を損ねない範囲で含有することを許容しているに過ぎず、本件発明に係る「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」の特性を損なう成分の含有まで許容したり、あるいは、本件発明に係る「方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成用組成物」の特性を損なう程の多量の添加物の含有まで許容したりするものではないことを理解できるものである。 (ウ)してみれば、本件特許明細書の実施例で使用されているのは、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカのみを含有する絶縁被膜形成用組成物だけであり、リン酸塩溶体及びコロイダルシリカのほかに更に別の成分を含有する絶縁被膜形成用組成物については、所期の効果が得られることが実証されていないとしても、本件発明1の範囲まで、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できないとまではいえないので、前記(1)ウに係る主張は採用できない。 第7 むすび 以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1、2、4、5に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件発明1、2、4、5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 そして、本件発明3に係る特許に対して特許異議申立人JFEスチール株式会社がした特許異議申立てについては、対象となる請求項が存在しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物であって、 前記組成物が、リン酸塩溶体とコロイダルシリカとが混合された水溶液を含み、 前記リン酸塩溶体および前記コロイダルシリカの含有量を無水物として計算したとき、固形分総量として、前記リン酸塩溶体の含有量が25?75質量%であり、前記コロイダルシリカの含有量が75?25質量%であり、 前記コロイダルシリカのシリカ粒子がアルミン酸塩によって表面修飾されるか、または前記コロイダルシリカの溶液が前記コロイダルシリカ溶液の全量の0.1?10質量%のアルミン酸塩を含み、 前記水溶液がクロムフリーである ことを特徴とする方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 【請求項2】 前記リン酸塩溶体が、リン酸アルミニウム、リン酸マグネシウム、リン酸ニッケル、リン酸マンガン、から選択される少なくとも1種を含む ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 【請求項3】 (削除) 【請求項4】 前記絶縁皮膜形成用組成物が、 Al、Mg、Ni、Mnから選択された少なくとも1種の金属元素と、りんと、珪素と、酸素とから構成され、断面における気孔の面積率が10%未満であり、 ^(31)P化学シフトの基準として85質量%H_(3)PO_(4)溶液を用いたとき、リンに関して、^(31)P核磁気共鳴スペクトルが-32?-38ppmに前記^(31)P化学シフトを示すような化学構造を含む方向性電磁鋼板用の絶縁皮膜を形成するための組成物である請求項1乃至請求項2の何れか一項に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 【請求項5】 前記絶縁皮膜が、ピーク位置を0?-60ppmの範囲とするガウシアンフィッティングによって-32?-38ppmの前記^(31)P化学シフトのピーク面積および全ピーク面積を求めたとき、-32?-38ppmの前記^(31)P化学シフトの前記ピーク面積が、前記全ピーク面積の30%超となる絶縁皮膜を形成するための、請求項4に記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成用組成物。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2018-09-20 |
出願番号 | 特願2015-556406(P2015-556406) |
審決分類 |
P
1
651・
538-
YAA
(C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C) P 1 651・ 537- YAA (C23C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 祢屋 健太郎 |
特許庁審判長 |
板谷 一弘 |
特許庁審判官 |
金 公彦 中澤 登 |
登録日 | 2017-06-16 |
登録番号 | 特許第6157647号(P6157647) |
権利者 | 新日鐵住金株式会社 ティッセンクルップ エレクトリカル スティール ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング |
発明の名称 | 絶縁皮膜形成用組成物 |
代理人 | 三橋 史生 |
代理人 | 山口 洋 |
代理人 | 棚井 澄雄 |
代理人 | 志賀 正武 |
代理人 | 山口 洋 |
代理人 | 渡辺 望稔 |
代理人 | 山口 洋 |
代理人 | 寺本 光生 |
代理人 | 勝俣 智夫 |
代理人 | 棚井 澄雄 |
代理人 | 勝俣 智夫 |
代理人 | 寺本 光生 |
代理人 | 寺本 光生 |
代理人 | 伊東 秀明 |
代理人 | 三和 晴子 |
代理人 | 勝俣 智夫 |
代理人 | 志賀 正武 |
代理人 | 棚井 澄雄 |
代理人 | 志賀 正武 |
代理人 | 蜂谷 浩久 |