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審決分類 |
審判 全部申し立て 発明同一 G02B 審判 全部申し立て 2項進歩性 G02B 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 G02B |
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管理番号 | 1349684 |
異議申立番号 | 異議2018-700540 |
総通号数 | 232 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-04-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-07-04 |
確定日 | 2019-02-01 |
異議申立件数 | 2 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6256335号発明「固体撮像素子用光学フィルターおよびその用途」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6256335号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1ないし8〕について訂正することを認める。 特許第6256335号の請求項1ないし3,5ないし8に係る特許を維持する。 特許第6256335号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6256335号(請求項の数8。以下,「本件特許」という。)に係る出願は,2013年6月20日(優先権主張2012年6月25日,日本国)を国際出願日とする日本語特許出願であって,平成29年12月15日に特許権の設定登録がされたものである。 その後,平成30年1月10日に特許掲載公報の発行がなされたところ,同年7月4日に特許異議申立人松村朋子(以下,「異議申立人A」という。)により請求項1,2,4ないし8に係る特許について特許異議の申立てがされ,同年7月9日に特許異議申立人坂田純子(以下,「異議申立人B」という。)により請求項1ないし8に係る特許について特許異議の申立てがされ,同年9月12日付けで特許権者に取消理由(以下,「本件取消理由」という。)が通知され,同年11月16日に特許権者より意見書が提出されるとともに訂正の請求(以下,当該訂正の請求を「本件訂正請求」といい,本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)がされ,同年12月26日に異議申立人A及び異議申立人Bよりそれぞれ意見書が提出された。 第2 本件訂正の適否についての判断 1 本件訂正の内容 (1)訂正前後の記載 本件訂正の請求の趣旨は,特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求める,というものである。 しかるに,本件訂正前後の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。(下線は訂正箇所を示す。) ア 本件訂正前の特許請求の範囲の記載 「【請求項1】 波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)および波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する透明樹脂製基板と,該基板の少なくとも片方の面に近赤外線反射膜とを有する固体撮像素子用光学フィルターであって, 光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域の各波長における透過率と,前記波長領域において光学フィルターの垂直方向に対して30度の角度から測定した場合の各波長における透過率との差の絶対値の最大値(U)が,20%未満であることを特徴とする固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項2】 前記最大値(U)が15%未満であることを特徴とする請求項1に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項3】 前記化合物(X)が,アゾメチン系化合物,インドール系化合物,ベンゾトリアゾール系化合物およびトリアジン系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項4】 前記基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,前記化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり,且つ,前記化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項5】 前記基板を構成する透明樹脂が,環状オレフィン系樹脂,芳香族ポリエーテル系樹脂,ポリイミド系樹脂,フルオレンポリカーボネート系樹脂,フルオレンポリエステル系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,ポリアミド系樹脂,ポリアリレート系樹脂,ポリサルホン系樹脂,ポリエーテルサルホン系樹脂,ポリパラフェニレン系樹脂,ポリアミドイミド系樹脂,ポリエチレンナフタレート系樹脂,フッ素化芳香族ポリマー系樹脂,(変性)アクリル系樹脂,エポキシ系樹脂,アリルエステル系硬化型樹脂およびシルセスキオキサン系紫外線硬化樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種の樹脂である請求項1?4のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項6】 固体撮像装置用であることを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項7】 請求項1?6のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルターを具備することを特徴とする固体撮像装置。 【請求項8】 請求項1?6のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルターを具備することを特徴とするカメラモジュール。」 イ 本件訂正後の特許請求の範囲の記載 「【請求項1】 波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)および波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する透明樹脂製基板と,該基板の少なくとも片方の面に近赤外線反射膜とを有する固体撮像素子用光学フィルターであって, 前記基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,前記化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり,且つ,前記化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部であること,ならびに, 光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域の各波長における透過率と,前記波長領域において光学フィルターの垂直方向に対して30度の角度から測定した場合の各波長における透過率との差の絶対値の最大値(U)が,20%未満であることを特徴とする固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項2】 前記最大値(U)が15%未満であることを特徴とする請求項1に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項3】 前記化合物(X)が,アゾメチン系化合物,インドール系化合物,ベンゾトリアゾール系化合物およびトリアジン系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項4】(削除) 【請求項5】 前記基板を構成する透明樹脂が,環状オレフィン系樹脂,芳香族ポリエーテル系樹脂,ポリイミド系樹脂,フルオレンポリカーボネート系樹脂,フルオレンポリエステル系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,ポリアミド系樹脂,ポリアリレート系樹脂,ポリサルホン系樹脂,ポリエーテルサルホン系樹脂,ポリパラフェニレン系樹脂,ポリアミドイミド系樹脂,ポリエチレンナフタレート系樹脂,フッ素化芳香族ポリマー系樹脂,(変性)アクリル系樹脂,エポキシ系樹脂,アリルエステル系硬化型樹脂およびシルセスキオキサン系紫外線硬化樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種の樹脂である請求項1?3のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項6】 固体撮像装置用であることを特徴とする請求項1?3および5のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項7】 請求項1?3,5および6のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルターを具備することを特徴とする固体撮像装置。 【請求項8】 請求項1?3,5および6のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルターを具備することを特徴とするカメラモジュール。」 (2)訂正事項 本件訂正は,次の訂正事項からなる。 ア 訂正事項1 請求項1の「固体撮像素子用光学フィルターであって,」という記載の後に,「前記基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,前記化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり,且つ,前記化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部であること,ならびに,」という記載を挿入する。 イ 訂正事項2 請求項4を削除する。 ウ 訂正事項3 請求項5に「請求項1?4のいずれか1項に記載の」とあるのを,「請求項1?3のいずれか1項に記載の」と訂正する。 エ 訂正事項4 請求項6に「請求項1?5のいずれか1項に記載の」とあるのを,「請求項1?3および5のいずれか1項に記載の」と訂正する。 オ 訂正事項5 請求項7に「請求項1?6のいずれか1項に記載の」とあるのを,「請求項1?3,5および6のいずれか1項に記載の」と訂正する。 カ 訂正事項6 請求項8に「請求項1?6のいずれか1項に記載の」とあるのを,「請求項1?3,5および6のいずれか1項に記載の」と訂正する。 2 訂正の目的の適否について 訂正事項1は,訂正前の請求項1ないし3,5ないし8に係る発明では任意であった化合物(X)及び化合物(Y)の含有量について,それぞれ,基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して0.006?3.0重量部及び0.004?2.0重量部という範囲にあることを限定しようとする訂正であるから,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。 また,訂正事項2及び訂正事項3ないし6は,それぞれ,請求項4を削除しようとする訂正,及び引用する請求項中に請求項4を含んでいた訂正前の請求項5ないし8について請求項4以外の請求項の記載を引用するものに限定しようとする訂正であるから,同号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。 3 新規事項の追加の有無について 訂正事項1による限定事項は,訂正前の特許請求の範囲の請求項4に記載された事項であるから,本件訂正は,願書に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面(特許された時点での特許請求の範囲,明細書及び図面)に記載した事項の範囲内においてするものである。 また,訂正事項2ないし6が,願書に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内においてするものであることは明らかである。 したがって,本件訂正は,特許法120条の5第9項において準用する同法126条5項の規定に適合する。 4 特許請求の範囲の実質的拡張・変更の存否について 各訂正事項が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかであるから,本件訂正は,特許法120条の5第9項において準用する同法126条6項の規定に適合する。 5 小括 前記2ないし4のとおり,本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので,訂正後の請求項〔1ないし8〕について訂正することを認める。 第3 本件特許の請求項1ないし3,5ないし8に係る発明 前記第2 5で述べたとおり,本件訂正は適法になされたものであるから,本件特許の請求項1ないし3,5ないし8に係る発明(以下,それぞれを「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明3」,「本件訂正発明5」ないし「本件訂正発明8」という。)は,それぞれ,前記第2 1(1)イにおいて,本件訂正後の特許請求の範囲の記載として示した請求項1ないし3,5ないし8に記載された事項により特定されるとおりのものと認められる。 第4 本件取消理由について 1 本件取消理由の概要 本件訂正前の請求項1,2,5ないし8に係る特許に対して平成30年9月12日付けで通知された本件取消理由は,概略次のとおりである。 本件特許の請求項1,2,5ないし8に係る発明は,その出願前の特許出願であって,その出願後に出願公開がされた引用出願(特願2011-169127号(特開2012-185468号))の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり,しかも,本件特許の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく,またこの出願の時において,その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので,その特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものである。 2 引用出願 (1)引用出願の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の記載 引用出願(特願2011-169127号)は,本件特許の出願(特許法41条2項の規定により,同法29条の2本文の規定の適用については,本件特許に係る出願は,本件特許の優先権主張の基礎とされた特願2012-141770号の出願の時にされたものとみなす。以下,前記特願2012-141770号を「基礎出願」という。)より前である平成23年8月2日に出願された特許出願であり,本件特許の出願後(基礎出願の出願後)である平成24年9月27日に出願公開がされたものであって,引用出願に係る発明の発明者は各本件訂正発明の発明者と同一ではないから,引用出願は,特許法29条の2本文における「他の特許出願」の形式的要件を満足する。 また,本件特許の出願の時に,本件特許の出願人と引用出願の出願人は同一ではなかったから,引用出願は,同条ただし書における「他の特許出願」の形式的要件も満足する。 しかるに,引用出願の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「引用出願の当初明細書等」という。)には,次の記載がある。(下線部は,後述する「先願発明」の認定に特に関連する箇所を示す。) ア 「【技術分野】 【0001】 本発明は,光選択透過フィルター,樹脂シート及び固体撮像素子に関する。より詳しくは,レンズユニット等の光学用途やオプトデバイス用途に有用であり,その他,表示デバイス用途,機械部品,電気・電子部品等として用いることができる光選択透過フィルター,それに用いられる樹脂シート,及び,光選択透過フィルターを有する固体撮像素子に関する。 【背景技術】 【0002】 光選択透過フィルターは,特定波長の光の透過率を選択的に低減するフィルターであり,例えば,機械部品,電気・電子部品,自動車部品等に用いられる光フィルター部材,光学部材等として好適に用いられるものである。例えば,代表的な光学部材の1つである固体撮像素子(カメラモジュールとも称す)においては,光学ノイズとなる赤外線(特に波長>780nm)を遮断する赤外線カットフィルター(IRカットフィルター)が用いられている。・・・(中略)・・・ 【発明が解決しようとする課題】 【0009】 上述したように,反射型フィルターは光の遮断性能に優れるものの,入射角依存性を有するという課題がある。一方,吸収型フィルターには入射角依存性はないが,充分な吸収性能を発揮するためには厚みを増す必要がある。また,ガラス基材を用いる場合には,薄くすると割れやすくなる等の課題があり,薄膜化には限界があった。このように,従来の技術には,遮断性能の入射角依存性を低減して特定波長の光を効果的に遮断するとともに,薄膜化の要請にも応えることができる光選択透過フィルターを得るための工夫の余地があった。 【0010】 本発明は,上記現状に鑑みてなされたものであり,光遮断特性の入射角依存性が充分に低減され,光選択透過性に優れるとともに,充分な薄膜化が可能な光選択透過フィルター,該光選択透過フィルターに用いられる樹脂シート,及び,該光選択透過フィルターを有する固体撮像素子を提供することを目的とするものである。 【課題を解決するための手段】 【0011】 本発明者は,光の透過率を選択的に低減する光選択透過フィルターについて種々検討したところ,反射型フィルター(反射層)と吸収型フィルター(吸収層)とを併用することにより,入射角依存性の低減と充分な遮断性能とを達成した。また,吸収層を樹脂層とすると,吸収剤としての色素を高濃度としても均一に層中に分散でき,吸収ガラスのようにガラスを用いる場合と比較して吸収層を大幅に薄膜化することができることを見出した。更に,光選択透過フィルターを,上述した吸収層(樹脂層)を有する樹脂シートの表面に反射膜としての光学多層膜が形成された構成とすることで,基材にガラスを用いる場合と比較して,フィルター全体を大幅に薄膜化できることも見出した。そして,このような光選択透過フィルターが固体撮像素子(カメラモジュール)等の光学用途やオプトデバイス用途等に好適に適用することができることも見いだし,本発明に到達したものである。 【0012】 すなわち本発明は,樹脂シートと,その少なくとも一方の表面に形成されてなる光学多層膜とを含む光選択透過フィルターであって,上記樹脂シートは,600?800nmの波長域に吸収極大を有する色素を含有する樹脂層を有する光選択透過フィルターである。・・・(中略)・・・本発明は更に,上記光選択透過フィルター,レンズユニット部,及び,センサー部を少なくとも有する固体撮像素子でもある。・・・(中略)・・・ 【0013】 本発明の光選択透過フィルターを構成する樹脂シートは,600?800nmの波長域に吸収極大を有する色素を含有する樹脂層を有するものである。これにより,特に上記光選択透過フィルターを780nm?10μmの赤外光を低減させる赤外線カットフィルターに適用する場合に,光遮断特性の入射角依存性を充分に低減することができる。また,上記のような吸収性の樹脂層を光学多層膜と併用することで,光学多層膜の層数を減らすことができ,該多層膜における応力を緩和できることから,多層膜のクラックや割れを防止することができる。」 イ 「【0014】 本発明における色素とは,特定波長の光を吸収する物質を意味する。 上記色素としては,600?800nmの波長域に吸収極大を有するものであれば特に限定されず,樹脂と混合,混練可能な色素を用いることができる。上記吸収極大は,620?780nmの波長域に存在することが好ましい。より好ましくは,650?750nmの波長域に存在することである。 上記色素はまた,400nm以上,600nm未満の波長域には実質的に吸収極大を持たないことが好ましい。 【0015】 上記色素としては,後述する溶剤可溶性樹脂,溶剤可溶性樹脂原料又は液状樹脂原料に対する溶解性が高いとの理由から,フタロシアニン系色素,シアニン系色素,ポルフィリン系色素,ピロメテン系色素,アゾ系色素,キノン系色素,スクアリリウム系色素,トリアリールメタン系色素,インジゴ系色素,銅イオン系色素が好適である。・・・(中略)・・・更に,可視光領域の透過率が特に高い・可視光領域に吸収がない点で,フタロシアニン系色素が好適である。また,耐熱性に優れる点で,フタロシアニン系色素が好適である。・・・(中略)・・・ 【0016】 上記フタロシアニン系色素としては,金属フタロシアニンが挙げられる。中心金属としては,銅,亜鉛,コバルト,バナジウム,鉄,ニッケル,錫,銀,マグネシウム,ナトリウム,リチウム,鉛等が挙げられる。中でも,耐光性がより優れることから,銅,バナジウム及び亜鉛が好ましく,より好ましくは銅である。銅を用いたフタロシアニンは,どのようなバインダー樹脂に分散させても光による劣化がなく,非常に優れた耐光性を有する。・・・(中略)・・・ 【0018】 上記樹脂シートにおける色素の濃度(含有量)としては,樹脂シートの総量100質量%に対して,0.0001質量%以上,15質量%未満であることが好ましい。より好ましくは,0.001質量%以上,10質量%未満である。更に好ましくは,0.001質量%以上,0.5質量%未満である。 上記樹脂層における色素の濃度(含有量)としては,樹脂層の総量100質量%に対して,0.0001質量%以上,15質量%未満であることが好ましい。より好ましくは,0.001質量%以上,10質量%未満である。更に好ましくは樹脂層の総量100質量%に対して,0.1質量%以上,10質量%未満であり,特に好ましくは,0.5質量%以上,10質量%未満である。 上記樹脂シートが,後述するような,上記色素を含有する樹脂層と支持フィルムとからなる場合には,上記樹脂層における色素の濃度(含有量)としては,樹脂層の総量100質量%に対して,1質量%以上,15質量%未満であることが好ましい。より好ましくは,3質量%以上,15質量%未満である。」 ウ 「【0019】 上記樹脂層は,色素が分散された,溶剤可溶性樹脂,溶剤可溶性樹脂原料及び液状樹脂原料のうちの少なくとも1種より形成された樹脂層であることが好ましい。このような樹脂層は,後述する溶媒キャスト法によって形成(成膜)することができるため,色素を高濃度で均一に分散できるとともに,比較的低温で樹脂層を形成することができる。また,樹脂層を形成するための樹脂形成成分(バインダー樹脂)を適切に選択することにより,透過させたい波長域(例えば,可視領域)における高透過率と,遮断したい波長域(例えば,赤外領域)における高吸収性とを両立することが可能となる。 ・・・(中略)・・・ 【0021】 上記溶剤可溶性樹脂としては,有機溶剤に可溶であれば特に限定されないが,例えば,ジメチルアセトアミド又はN-メチルピロリドン100質量部に対し,1質量部以上溶解する樹脂であることが好適である。具体的には,例えば,フッ素化芳香族ポリマー,ポリ(アミド)イミド樹脂,ポリアミド樹脂,アラミド樹脂,ポリシクロオレフィン樹脂等が挙げられる。好ましくは,フッ素化芳香族ポリマー,ポリイミド樹脂である。 これらの溶剤可溶性樹脂は,架橋反応(硬化反応)することが可能な反応性基(例えば,エポキシ基やオキセタン環,エチレンスルフィド基等の開環重合性基や,アクリル基,メタクリル基,ビニル基等のラジカル硬化性基及び/又は付加硬化性基)を有するものであってもよい。 上記樹脂層を形成するための樹脂形成成分として上記溶剤可溶性樹脂を用いる場合,該樹脂形成成分がそのまま,得られた樹脂層を構成する樹脂成分となってもよく,該樹脂形成成分が架橋反応等により変化したものが,上記樹脂層を構成する樹脂成分となってもよい。」 エ 「【0059】 本発明の光選択透過フィルターを構成する光学多層膜としては,各波長の屈折率を制御できる無機多層膜等が耐熱性に優れる点で好適である。無機多層膜としては,基材やその他の機能性材料層の上に,真空蒸着法,スパッタリング法等により,低屈折率材料及び高屈折率材料を交互に積層させた屈折率制御多層膜が好ましい。上記光学多層膜はまた,透明導電膜も好適である。透明導電膜としては,インジウム-スズ系酸化物(ITO)等の赤外線を反射する膜としての透明導電膜が好ましい。中でも,無機多層膜が好ましい。 【0060】 上記無機多層膜としては,誘電体層Aと,誘電体層Aが有する屈折率よりも高い屈折率を有する誘電体層Bとを交互に積層した誘電体多層膜が好適である。 〈誘電体層A〉上記誘電体層Aを構成する材料としては,屈折率が1.6以下の材料を通常用いることができ,好ましくは,屈折率の範囲が1.2?1.6の材料が選択される。 上記材料としては,例えば,シリカ,アルミナ,フッ化ランタン,フッ化マグネシウム,六フッ化アルミニウムナトリウム等が好適である。 【0061】 〈誘電体層B〉 誘電体層Bを構成する材料としては,屈折率が1.7以上の材料を用いることができ,好ましくは,屈折率の範囲が1.7?2.5の材料が選択される。 上記材料としては,例えば,酸化チタン,酸化ジルコニウム,五酸化タンタル,五酸化ニオブ,酸化ランタン,酸化イットリウム,酸化亜鉛,硫化亜鉛,酸化インジウムを主成分とし酸化チタン,酸化錫,酸化セリウム等を少量含有させたもの等が好適である。 【0062】 〈各層の厚み〉 上記誘電体層A及び誘電体層Bの各層の厚みは,通常,遮断しようとする光の波長をλ(nm)とすると0.1λ?0.5λの厚みであることが好ましい。厚みが上記範囲外になると,屈折率(n)と膜厚(d)との積(n×d)がλ/4で算出される光学的膜厚と大きく異なって反射・屈折の光学的特性の関係が崩れてしまい,特定波長の遮断・透過をするコントロールができなくなるおそれがある。 【0063】 〈積層方法〉 上記誘電体層Aと誘電体層Bとを積層する方法については,これら材料層を積層した誘電体多層膜が形成される限り特に制限はないが,例えば,CVD法,スパッタ法,真空蒸着法等により,誘電体層Aと誘電体層Bとを交互に積層することにより誘電体多層膜を形成することができる。 ・・・(中略)・・・ 【0067】 上記光学多層膜は,上記樹脂シートの少なくとも一方の表面に形成されてなるものである。上記光学多層膜は,樹脂シートの一方の表面のみに形成されていてもよいし,樹脂シートの両面に形成されていてもよいが,両面に形成されることが好ましい。これにより,本発明に係る光選択透過フィルターの反りや光学多層膜の割れを低減することができる。また,樹脂シートが上記色素を含有する樹脂層と支持体フィルムとからなる形態においては,光学多層膜は,該樹脂層の表面に形成されることが好ましい。」 オ 「【0072】 ・・・(中略)・・・光学用途においては,他の光学部材と同様に光選択透過フィルターも小型化,軽量化が強く求められている。本発明の光選択透過フィルターは,厚みを1mm以下とすることで,薄膜化を達成でき,特に撮像レンズ等のレンズユニットに用いた場合に,レンズユニットの低背化を実現することができる。言い換えると1mm以下の薄い光選択透過フィルターを光学部材として用いた場合に,光路を短縮することができ,該光学部材を小さくすることができる。具体的には,カメラモジュールにおいては,レンズと光選択透過フィルターとシーモスセンサーとを有することとなる。 ・・・(中略)・・・ 【0074】 本発明の光選択透過フィルターは,光の透過率を選択的に低減するものである。低減させる光としては,10nm?100μmの間のものであればよく,用いる用途により選択することができる。低減させる光の波長に応じて赤外線カットフィルター,紫外線カットフィルター,赤外・紫外線カットフィルター等とすることができるが,中でも,650nm?10μmの赤外光と200?350nmの紫外光とを低減し,それ以外の光を透過するものであることが好ましい。すなわち,上記光選択透過フィルターは赤外・紫外線カットフィルターであることが好ましい。これにより,光遮断特性の入射角依存性を低減するという本発明の作用効果をより充分に発揮することができる。」 カ 「【発明の効果】 【0079】 本発明の光選択透過フィルターは,上述の構成よりなり,所望の波長の光を効果的に遮断することができるとともに,光遮断特性の入射角依存性が充分に低減された光選択透過フィルターである。したがって,本発明の光選択透過フィルターを用いた固体撮像素子(カメラモジュール)は,反射型の光選択透過フィルターを用いることにより課題となった入射角による色むらの発生が抑制された画像を取り込むことができる。更に,充分な薄膜化も可能であるため,薄型化・軽量化が求められる用途において特に好適に用いることができる。具体的には,オプトデバイス用途,表示デバイス用途,機械部品,電気・電子部品等の様々な用途に好適に用いることができ,特にカメラモジュール用IRカットフィルターとして特に有用である。」 キ 「【図面の簡単な説明】 【0080】 ・・・(中略)・・・ 【図2】:製造例2で得られた樹脂シート(2)の透過率スペクトルである。 ・・・(中略)・・・ 【図4】:製造例4で得られた樹脂シート(4)の透過率スペクトルである。 【図5】:製造例5で得られた樹脂シート(5)の透過率スペクトルである。 ・・・(中略)・・・ 【図11】:製造例11で得られた樹脂シート(11)の透過率スペクトルである。 【図12】:製造例12で得られた樹脂シート(12)の透過率スペクトルである。 ・・・(中略)・・・ 【図15】:比較例1で得られた光選択透過フィルターの透過率スペクトルである。 【図16】:実施例1で得られた光選択透過フィルターの透過率スペクトルである。 ・・・(中略)・・・ 【図18】:実施例3で得られた光選択透過フィルターの透過率スペクトルである。」 ク 「【0082】 <FPEKの合成> 合成例1 温度計,冷却管,ガス導入管,及び,攪拌機を備えた反応器に,BPDE(4,4’-ビス(2,3,4,5,6-ペンタフルオロベンゾイル)ジフェニルエーテル)16.74部,HF(9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレン)10.5部,炭酸カリウム4.34部,DMAc(ジメチルアセトアミド)90部を仕込んだ。この混合物を80℃に加温し,8時間反応した。反応終了後,反応溶液をブレンダーで激しく攪拌しながら,1%酢酸水溶液中に注加した。析出した反応物を濾別し,蒸留水及びメタノールで洗浄した後,減圧乾燥して,フッ素化芳香族ポリマー(FPEK)を得た。上記ポリマーのガラス転移点温度(Tg)は242℃,数平均分子量(Mn)が70770,表面抵抗値は1.0×10^(18)Ω/cm^(2)以上であった。 ・・・(中略)・・・ 【0084】 <色素含有樹脂組成物の調製>・・・(中略)・・・ 【0085】 調製例2 FPEK10部に1H-Benzindolium,3-butyl-2-[5-(3-butyl-1,3-dihydro-1,1-dimethyl-2H-benzindol-2-ylidene)-1,3-pentadien-1-yl]-1,1-dimethyl-tetrafluoroborate(1-)(HBFB,シアニン系色素,吸収極大波長680nm)を0.08部,MIBKを70部加え均一に溶解させ,色素含有樹脂組成物(2)を得た。 ・・・(中略)・・・ 【0087】 調製例4 FPEK10部にTX-EX-609K(開発品名,フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)を0.3部,MIBKを70部加え均一に溶解させ,色素含有樹脂組成物(4)を得た。 【0088】 調製例5 FPEK10部にTX-EX-609K(開発品名,フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)を0.01部,MIBKを40部加え均一に溶解させ,色素含有樹脂組成物(5)を得た。 ・・・(中略)・・・ 【0094】 調製例11 ネオプリムL-3430(三菱ガス化学社製,50μm厚)10部にDMAc90部を加え,120℃で1時間攪拌し,溶解させた。この溶液にTX-EX-609K(商品名,フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)を0.3部加え均一に溶解させ,色素含有樹脂組成物(11)を得た。 【0095】 調製例12 1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸(アルドリッチ製,純度95%)5部と無水酢酸(和光純薬製)44部とを,フラスコに仕込み,攪拌しながら反応器内を窒素ガスで置換した。窒素ガス雰囲気下で溶剤の還流温度まで昇温し,10分間溶剤を還流させた。攪拌しながら室温まで冷却し,結晶を析出させた。析出した結晶を固液分離し,乾燥して目的物(1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物)の結晶を得た。温度計,撹拌器,窒素導入管,側管付き滴下ロート,ディーンスターク,冷却管を備えたフラスコに,窒素気流下,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(和光純薬製) 0.89部と,溶剤としてN-メチル-2-ピロリドン 7.6部を仕込んで溶解させた後,1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物 1部を室温にて固体のまま1時間かけて分割投入し,室温下2時間撹拌した。共沸脱水剤としてキシレンを2.6部添加して180℃で3時間反応を行い,ディーンスタークで還流して共沸する生成水を分離した。190℃に昇温しながらキシレンを留去した後,冷却しポリイミドのN-メチル-2-ピロリドン溶液を得た。この溶液にTX-EX-609K(商品名,フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)を0.045部加え均一に溶解させ,色素含有樹脂組成物(12)を得た。 ・・・(中略)・・・ 【0097】 <樹脂シートの作成>・・・(中略)・・・ 【0098】 製造例2 支持体フィルムとしてのネオプリムL-3430(三菱ガス化学社製,50μm厚)上に,調製例2で得られた色素含有樹脂組成物(2)を30μm厚で塗布し,150℃で60分間乾燥して,樹脂シート(2)53μmを得た。樹脂シート(2)の透過率スペクトルを図2に示した。 ・・・(中略)・・・ 【0100】 製造例4 支持体フィルムとしてのネオプリムL-3430(三菱ガス化学社製,50μm厚)上に,調製例4で得られた色素含有樹脂組成物(4)を30μm厚で塗布し,150℃で60分間乾燥して,樹脂シート(4)53μmを得た。樹脂シート(4)の透過率スペクトルを図4に示した。 【0101】 製造例5 調製例5で得られた色素含有樹脂組成物(5)を420μm厚で塗布し,150℃で180分間乾燥して,樹脂シート(5)65μmを得た。樹脂シート(5)の透過率スペクトルを図5に示した。 ・・・(中略)・・・ 【0107】 製造例11 調製例11で得られた色素含有樹脂組成物(11)を支持体フィルムとしてのネオプリムL-3430(三菱ガス化学社製,50μm厚)上に,30μm厚で塗布し,150℃で60分間乾燥後,支持体フィルムの裏面に同様にして色素含有樹脂組成物(11)を30μm厚で塗布し,150℃で60分間乾燥させることにより,樹脂シート(11)56μmを得た。樹脂シート(11)の透過率スペクトルを図11に示した。 【0108】 製造例12 調製例12で得られた色素含有樹脂組成物(12)を支持体フィルムとしてのネオプリムL-3430(三菱ガス化学社製,50μm厚)上に,30μm厚で塗布し,200℃で60分間乾燥後,支持体フィルムの裏面に同様にして色素含有樹脂組成物(12)を30μm厚で塗布し,150℃で60分間乾燥させることにより,樹脂シート(12)56μmを得た。樹脂シート(12)の透過率スペクトルを図12に示した。 ・・・(中略)・・・ 【0110】 なお,図1?13において,グラフの横軸は波長(nm),縦軸は透過率(%)を示す。 【0111】 <光選択透過フィルターの作成> 実施例1?9及び比較例1 各製造例で得られた樹脂シート(1)?(9)を幅60mm,長さ100mmの長方形にカッティングした樹脂シートを準備した。 該樹脂シートの両面に,蒸着基板温度150℃で赤外線を反射する多層膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とが交互に積層されてなるもの,積層数は片面20層ずつ両面に蒸着:計40層〕を蒸着により形成し,光選択透過フィルター(光学フィルター)を製造した。 各実施例で用いた樹脂シートは以下のとおりである。 実施例1:製造例2で得られた樹脂シート(2) 実施例2:製造例3で得られた樹脂シート(3) 実施例3:製造例4で得られた樹脂シート(4) 実施例4:製造例1で得られた樹脂シート(1) 実施例5:製造例5で得られた樹脂シート(5) 実施例6:製造例6で得られた樹脂シート(6) 実施例7:製造例7で得られた樹脂シート(7) 実施例8:製造例8で得られた樹脂シート(8) 実施例9:製造例9で得られた樹脂シート(9) 比較例1:色素を含有しないFPEKフィルム(50μm厚)からなる樹脂シート 得られた各光選択透過フィルターについて,透過率及び入射角依存性を以下に示す方法にて測定・評価した。 【0112】 <透過率の測定・入射角依存性の評価> Shimadzu UV-3100(島津製作所社製)を用いて200?1100nmにおける透過率を測定した。透過率は,図14に示すように,入射光に対して垂直になるように光選択透過フィルターを設置した場合(このようにして測定された透過率スペクトルを0°スペクトルともいう。光選択透過フィルターの厚み方向から光が入射するようにして測定される。)と,入射光に対して25°光選択透過フィルターを傾けて設置した場合(このようにして測定された透過率スペクトルを25°スペクトルともいう。光選択透過フィルターの厚み方向に対して25°傾いた方向から光が入射するようにして測定される。)の夫々について測定した。 【0113】 実施例1?3及び比較例1で夫々得られた光選択透過フィルターの透過率スペクトルを,夫々図16?図18及び図15に示す。 なお,各図において,0°とは,0°スペクトルを,25°とは,25°スペクトルを意味する。 また,グラフの横軸は波長(nm),縦軸は透過率(%)を示す。」 ケ 「【図2】 ・・・(中略)・・・ 【図4】 【図5】 ・・・(中略)・・・ 【図11】 【図12】 ・・・(中略)・・・ 【図15】 【図16】 ・・・(中略)・・・ 【図18】 」 (2)引用出願の当初明細書等に記載された発明 引用出願の当初明細書等の【0111】の記載からみて,各実施例の多層膜は,同一の構成のものと解されるから,前記(1)アないしケで摘記した記載から,引用出願の当初明細書等には,「実施例5」に対応する発明として,次の発明が記載されていると認められる。 「固体撮像素子の用途に好適に適用することができる光選択透過フィルターであって, 下記[FPEKの合成]によって得られたFPEK10部にTX-EX-609K(フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)を0.01部,MIBKを40部加え均一に溶解させて得られる色素含有樹脂組成物(5)を,420μm厚で塗布し,150℃で180分間乾燥して得られる,65μmの樹脂シート(5)であって,下記[図5]に示される透過率スペクトルを有する樹脂シート(5)と, 当該樹脂シート(5)の両面に,蒸着基板温度150℃で蒸着により形成された多層膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とが交互に積層されてなるもの,積層数は片面20層ずつ両面に蒸着:計40層〕であって,赤外線を反射する多層膜とを有し, 前記多層膜は,下記[図4]に示される透過率スペクトルを有する樹脂シート(4)の両面に形成されたときには,当該多層膜付きの樹脂シート(4)の透過率スペクトルが下記[図18]のようになる構成のものであり, 前記FPEKは,当該FPEKからなる50μm厚の樹脂シートの両面に,前記多層膜を形成したときの透過率スペクトルが,下記[図15]のようになるものである, 光選択透過フィルター。 [FPEKの合成] 温度計,冷却管,ガス導入管,及び,攪拌機を備えた反応器に,BPDE(4,4’-ビス(2,3,4,5,6-ペンタフルオロベンゾイル)ジフェニルエーテル)16.74部,HF(9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレン)10.5部,炭酸カリウム4.34部,DMAc(ジメチルアセトアミド)90部を仕込み,この混合物を80℃に加温し,8時間反応し,反応終了後,反応溶液をブレンダーで激しく攪拌しながら,1%酢酸水溶液中に注加し,析出した反応物を濾別し,蒸留水及びメタノールで洗浄した後,減圧乾燥することによって,ガラス転移点温度(Tg)が242℃,数平均分子量(Mn)が70770,表面抵抗値が1.0×10^(18)Ω/cm^(2)以上のフッ素化芳香族ポリマーであるFPEKを得る。 [図5] [図4] [図18] [図15] 」(以下,「先願発明」という。) 3 本件取消理由についての判断 (1)請求項1について ア 対比 (ア) 先願発明は,「固体撮像素子の用途に好適に適用することができる光選択透過フィルター」であるから,「固体撮像素子用光学フィルター」ということができる。 したがって,先願発明は,本件訂正発明1と「固体撮像素子用光学フィルター」である点で一致する。 (イ) 先願発明の「FPEK」が,概ね可視光領域の全域において高い透過率を有しており,透明樹脂といえることは,[図15]に示された透過率スペクトルから明らかである。したがって,「TX-EX-609K(フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)」を含有する「FPEK」からなる先願発明の「樹脂シート(5)」は,「透明樹脂製」といえる。 また,先願発明の「樹脂シート(5)」は,その両面に多層膜を形成する際に「基板」として機能しているといえる。 したがって,先願発明の「樹脂シート(5)」は,本件訂正発明1の「透明樹脂製基板」に対応する。 (ウ) 先願発明の[図15]より,200nmないし約380nmの波長範囲での0°スペクトルが0%であり,約380nmないし約410nmの波長範囲での0°スペクトルが0%から約93%まで単調増加すること,及び,200nmないし約410nmの波長範囲の各波長における25°スペクトルが各波長における0°スペクトルと略一致することが看取されることから,両面に多層膜が形成されたFPEKからなる50μm厚の樹脂シートにおける約380nmないし約410nmの波長範囲の透過率が,専らFPEKからなる50μm厚の樹脂シートによって決まっており,多層膜の透過率の影響はほとんどないことが,当業者に自明である。そうすると,先願発明のFPEKは,少なくとも約380nm以下の波長領域に吸収極大を有するものと推認される。したがって,先願発明の「FPEK」と,本件訂正発明1の「化合物(X)」とは,「420nm以下の波長領域に吸収極大を持つ化合物(X’)」である点で共通する。 また,先願発明の「TX-EX-609K(フタロシアニン系色素,吸収極大波長650nm,日本触媒社製)」は,波長650nmに吸収極大を有しているから,本件訂正発明1の「波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)」に該当する。 そして,先願発明の「樹脂シート(5)」は,「TX-EX-609K」を含有する「FPEK」からなるから,「FPEK」と「TX-EX-609K」とを含有しているといえる。 したがって,先願発明の「樹脂シート(5)」は,「420nm以下の波長領域に吸収極大を持つ化合物(X’)および波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する」点で,本件訂正発明1の「透明樹脂製基板」と共通する。 (エ) 先願発明の[図4]と[図18]を見比べると,先願発明の「多層膜」の透過率が,少なくとも800nmないし1100nmの波長範囲の各波長で略0%であること,すなわち,少なくとも800nmないし1100nmの波長範囲の各波長における反射率が略0%であることが,明らかであるところ,当該800nmないし1100nmの波長範囲は,近赤外線に属しているから,先願発明の「多層膜」を「近赤外線反射膜」ということができる。 また,先願発明の「多層膜」は,「樹脂シート(5)」の両面に形成されたものであるから,「基板の少なくとも片方の面に」という本件訂正発明1の「近赤外線反射膜」に関する要件を満たしている。 したがって,先願発明は,本件訂正発明1と,「基板の少なくとも片方の面に近赤外線反射膜を有する」点で一致する。 (オ) 先願発明において,「透明樹脂製基板」である「樹脂シート(5)」を構成する「透明樹脂」は「FPEK」であり,「420nm以下の波長領域に吸収極大を持つ化合物(X’)」に該当するのも「FPEK」であるから,「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,化合物(X’)の含有量」は,100重量部である。したがって,先願発明は,本件訂正発明1の「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,化合物(X’)の含有量が0.006?3.0重量部であり」という発明特定事項に相当する構成は具備していない。 一方,先願発明の「樹脂シート(5)」において,「透明樹脂」である「FPEK」と,「波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)」である「TX-EX-609K」の重量比は,10:0.01であるから,「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,化合物(Y)の含有量」は,0.1重量部である。したがって,先願発明は,本件訂正発明1の「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,」「化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部である」という発明特定事項に相当する構成を具備している。 (カ) 前記(ア)ないし(オ)に照らせば,本件訂正発明1と先願発明は, 「420nm以下の波長領域に吸収極大を持つ化合物(X’)および波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する透明樹脂製基板と,該基板の少なくとも片方の面に近赤外線反射膜とを有する固体撮像素子用光学フィルターであって, 前記基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,前記化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部である,固体撮像素子用光学フィルター。」 である点で一致し,次の点で相違する又は一応相違する。 相違点1: 本件訂正発明1の「化合物(X)」が,波長340?420nmに吸収極大を持つのに対して, 先願発明の「FPEK」は,約380nm以下の波長領域に吸収極大を有するものの,当該吸収極大が波長340nm以上であるののか否かは定かでない点。 相違点2: 本件訂正発明1では,「基板」を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,「化合物(X)」の含有量が0.006?3.0重量部であるのに対して, 先願発明では,「樹脂シート(5)」を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,「FPEK」の含有量が100重量部である点。 相違点3: 本件訂正発明1では,光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域の各波長における透過率と,前記波長領域において光学フィルターの垂直方向に対して30度の角度から測定した場合の各波長における透過率との差の絶対値の最大値(U)が,20%未満であるのに対して, 先願発明における最大値(U)の値は定かでない点。 イ 判断 少なくとも,相違点2は実質的な相違点であって,課題解決のための具体化手段における微差とはいえないから,他の相違点について検討するまでもなく,本件訂正発明1は,先願発明と同一でなく,実質同一でもない。 ウ 小括 以上のとおり,本件訂正発明1は,先願発明と同一でないから,請求項1に係る特許に対して本件取消理由は成り立たない。 (2)請求項2,3,5ないし8について 請求項3は,本件取消理由の対象とされた請求項ではないが,両異議申立人が主張する申立理由の対象とされた請求項であることから,当該請求項3についても以下で判断を示す。 請求項2,3,5ないし8は,請求項1の記載を直接又は間接的に引用する形式で記載されたものであって,本件訂正発明2,3,5ないし8は,本件訂正発明1の発明特定事項を全て具備し,これに限定を加えたものに該当するところ,本件訂正発明1が,前記(1)で述べたとおり,先願発明と同一でない以上,本件訂正発明2,3,5ないし8も,同様の理由で,甲1発明と同一でない。 したがって,請求項2,3,5ないし8に係る特許に対して本件取消理由は成り立たない。 (3) 本件取消理由についてのまとめ 前記(1)及び(2)のとおりであるから,本件取消理由によって,本件特許の請求項1ないし3,5ないし8に係る特許を取り消すことはできない。 第5 本件取消理由として取り上げなかった申立理由について 1 異議申立人Aが主張する申立理由について 異議申立人Aは,概略,「TX-EX-609K」が,波長650nmに吸収極大を有するとともに,波長360nm付近にも吸収極大を有しており,本件訂正発明1,2,5ないし8の「化合物(X)」及び「化合物(Y)」のどちらにも該当するから,本件訂正発明1,2,5ないし8は,いずれも,引用出願の当初明細書等の記載から把握することができる,樹脂シート(11)又は(12)の両面に多層膜を形成した光選択透過フィルターに係る発明と同一であるから,その特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものであると主張する(以下,「申立理由A」という。)。 しかしながら,本件訂正発明1,2,5ないし8の「波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)および波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する透明樹脂製基板」なる発明特定事項は,文言上,波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)と,波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)という2種類の化合物を含有する透明樹脂製基板を指しており,波長340?420nmと波長600?800nmの2つの波長領域のどちらにも吸収極大を持つような1つの化合物を含有するようなものは,その技術的範囲に含まれないと解するのが自然である。 また,この点について,本件特許明細書の記載を参酌してみても,【0027】ないし【0037】には,化合物(X)として用いることができる化合物として,アゾメチン系化合物,ベンゾトリアゾール系化合物及びトリアジン系化合物が例示され,【0038】ないし【0061】には,化合物(Y)として用いることができる化合物として,スクアリリウム系化合物,フタロシアニン系化合物,ナフタロシアニン系化合物及びシアニン系化合物が例示されているが,化合物(X)と化合物(Y)とが同じ物質であってよい旨の記載や示唆は一切ない。 さらに,技術的観点からみてみても,本件特許明細書の【0063】に説明されているように,本件訂正発明1,2,5ないし8の「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり,且つ,化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部である」との発明特定事項の技術上の意義は,それぞれの吸収波長域において良好な吸収特性と高い可視光透過率とを両立させるために,化合物(X)及び化合物(Y)の含有量を別個に規定しているものである。もし仮に,化合物(X)と化合物(Y)が同じ物質である場合,すなわち,波長340?420nmと波長600?800nmの2つの波長領域のどちらにも吸収極大を持つような1つの化合物を含有する場合,当該化合物の含有量については,2つの吸収極大のうちの透過率の高い(吸収率の低い)ほうに合わせて決めざるを得なくなってしまい,前述した含有量に係る発明特定事項の技術上の意義が失われることとなる。 以上によれば,本件訂正発明1,2,5ないし8において,波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)と,波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)とは,別の物質であることを要すると解するべきであるから,「TX-EX-609K」が「化合物(X)」及び「化合物(Y)」のどちらにも該当するとする異議申立人Aの前記主張は,誤った前提に基づくものといわざるを得ない。 したがって,異議申立人Aが主張する申立理由Aは成り立たない。 2 異議申立人Bが主張する申立理由について (1)異議申立人Bが主張する申立理由の概要 異議申立人Bは,本件訂正発明1ないし3,5ないし8が,本件特許の優先権主張の基礎とされる先の出願(特願2012-141770号。以下,「基礎出願」という。)の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,それぞれを「基礎出願の当初明細書」,「基礎出願の当初特許請求の範囲」,「基礎出願の当初図面」といい,これらを総称して「基礎出願の当初明細書等」という。)に記載されている発明でないから,優先権主張の効果を享受できず,したがって,引用出願の公開公報である甲1(特開2012-185468号公報)は,本件特許の出願前に頒布された刊行物であるとした上で,本件訂正発明1ないし3,5ないし8は,甲1に記載された実施例1又は実施例3に係る発明と同一,又は,甲1に記載された実施例1又は実施例3に係る発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は,特許法29条1項又は2項の規定に違反してされたものであると主張する(以下,「申立理由B-1」という。)。 また,異議申立人Bは,本件訂正発明1ないし3,5ないし8が優先権主張の効果が享受できるとしても,本件訂正発明1ないし3,5ないし8は,引用先願の当初明細書等に記載された実施例1又は実施例3に係る発明と同一であるから,その特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものであると主張する(以下,「申立理由B-2」という。)。 (2)申立理由B-1について ア 異議申立人Bが,本件訂正発明1ないし3,5ないし8が基礎出願の当初明細書等に記載されている発明でないとする理由は,次のとおりである。 主張1: 基礎出願の当初明細書等に記載された発明では,「700?1200nmの波長領域の光線を,色素による吸収および/または近赤外線反射膜によりカットする」との構成が必須の要件とされていたにもかかわらず,本件訂正発明1ないし3,5ないし8では,当該構成が必須の要件とされていない点。 主張2: 本件訂正発明1ないし3,5ないし8が具備する「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり,且つ,化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部である」との発明特定事項が,基礎出願の当初明細書等に記載された事項でない点。 イ まず,主張1について判断する。 (ア) 基礎出願の当初特許請求の範囲の請求項1は, 「波長300?420nmに少なくとも一つの吸収極大を持つ近紫外線吸収剤を含有し,且つ,700?1200nmの波長領域の光線を,色素による吸収および/または近赤外線反射膜によりカットすることを特徴とする固体撮像素子用光学フィルター。」 である。また,基礎出願の当初特許請求の範囲の他の請求項は,請求項1の記載を引用する形式で記載されたものであって,当該他の請求項に係る発明は,請求項1に記載された発明特定事項を全て具備し,これに限定を加えたものに相当する。したがって,基礎出願の当初特許請求の範囲に記載された各請求項に係る発明が,いずれも,「700?1200nmの波長領域の光線を,色素による吸収および/または近赤外線反射膜によりカットする」「固体撮像素子用光学フィルター」であること(又は当該固体撮像素子用光学フィルターを具備すること)を構成要件としていることは,異議申立人Bが主張するとおりである。 この点について,基礎出願の当初明細書の記載をみてみると,【0001】には,【技術分野】について, 「本発明は,固体撮像素子用光学フィルターおよびその用途に関する。詳しくは,特定の溶剤可溶型の近紫外線吸収剤を含み,且つ,700nmより長波長側の波長領域の光線をカット可能な固体撮像素子用光学フィルター,ならびに該光学フィルターを用いた固体撮像装置およびカメラモジュールに関する。」 と記載され,【0002】ないし【0005】には,【背景技術】について, 「ビデオカメラ,デジタルスチルカメラ,カメラ機能付き携帯電話などの固体撮像装置にはカラー画像の固体撮像素子であるCCDやCMOSイメージセンサーが使用されているが,これら固体撮像素子は,その受光部において人間の目では感知できない近赤外線に感度を有するシリコンフォトダイオードが使用されている。これらの固体撮像素子では,人間の目で見て自然な色合いにさせる視感度補正を行うことが必要であり,特定の波長領域の光線を選択的に透過もしくはカットする光学フィルターを用いることが多い。 ・・・(中略)・・・ このような光学フィルターとしては,従来から,各種方法で製造されたものが使用されている。例えば,基材として透明樹脂を用い,該透明樹脂中に近赤外線吸収色素を含有させた近赤外線カットフィルター等の光学フィルターが広く知られている(例えば,特許文献1参照)。・・・(中略)・・・ しかしながら,近赤外波長領域に吸収を持つ化合物のみを使用した場合,近紫外波長領域における光学特性の入射角度依存性を十分に改良することができない場合がある。例えば,図1に示すように,光学フィルター表面とレンズ表面で反射した近紫外光が0度より大きな角度で光学フィルターへ入射した場合,反射光を十分にカットすることができず,紫色や青色の不鮮明な画像が発生するなどカメラ画質を低下させてしまうことがあった。」 と記載され,【0006】には,【発明が解決しようとする課題】について, 「本発明の目的は,従来の近赤外線カットフィルター等の光学フィルターが有していた欠点を改良し,近紫外波長領域においても入射角度依存性が少なく,可視光透過率特性に優れた固体撮像素子用光学フィルターおよび該光学フィルターを用いた装置を提供することにある。」 と記載され,基礎出願の当初図面には,次の図1がある。 【図1】 (イ) ここで,人間の目で認識できるのが,個人差はあるものの,広い人で380ないし780nm,一般には400ないし700nm程度の波長の光であること,及び,CCDやCMOSイメージセンサー等の固体撮像素子の分光感度が,概ね,近紫外線である300nm程度の波長から,近赤外線である1000ないし1200nmの波長範囲内の波長程度にまで及ぶことは,当業者における技術常識である(特開2009-263190号公報の【0005】,特開2011-168455号公報の【0002】,特開2011-127025号公報の【0002】,特開2008-1544号公報の【0006】等を参照。)。 そうすると,前述した基礎出願の当初明細書等の記載及び前記技術常識から,当業者は,発明が解決しようとする課題が,固体撮像素子の視感度補正を行うための光学フィルターにおいて,近赤外波長領域に吸収を持つ化合物のみを使用したのでは,近紫外波長領域における反射率の入射角依存性に起因して,近紫外光を十分にカットすることができず,カメラ画質を低下させてしまうことがあることにあり,当該課題を解決するために,基礎出願の当初特許請求の範囲の各請求項に係る発明は,専ら,波長300?420nmに少なくとも一つの吸収極大を持つ近紫外線吸収剤を含有させるという手段を採用することによって,人間の眼では認識できないが固体撮像素子の分光感度内にある近赤外線をカットするばかりでなく,人間の眼では認識できないが固体撮像素子の分光感度内にある近紫外線をもカットするように構成したものと理解するものと認められる。 したがって,基礎出願の当初特許請求の範囲の各請求項に係る発明の「700?1200nmの波長領域の光線を,色素による吸収および/または近赤外線反射膜によりカットする」「固体撮像素子用光学フィルター」であるとの構成要件の技術上の意義は,「固体撮像素子用光学フィルター」が,人間の眼では認識できないが固体撮像素子の分光感度内にある近赤外線として,700ないし1200nmの波長範囲の近赤外線をカットする近赤外線カットフィルターとして機能することを規定することにあると解される。 しかるに,固体撮像素子の視感度補正用の光学フィルターに要求される,カットする近赤外線の波長範囲が,700ないし1200nmに限るわけでないことは,当業者に自明であるところ(前述した技術常識に関して示した各文献の記載を参照。),700ないし1200nm以外の波長範囲の近赤外線をカットする固体撮像素子の視感度補正用の光学フィルターにおいても,前述した発明の課題は存在し,当該光学フィルターにおいて,波長300?420nmに少なくとも一つの吸収極大を持つ近紫外線吸収剤を含有させるという手段を採用することによって,基礎出願の当初特許請求の範囲の各請求項に係る発明と同様に,当該課題を解決することができることは,当業者に自明なことと認められる。 (ウ) これに対して,本件訂正発明1ないし3,5ないし8は,「波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する透明樹脂製基板」と「近赤外線反射膜」とを有する「固体撮像素子用光学フィルター」であること(又は当該固体撮像素子用光学フィルターを具備すること)を構成要件としており,当該構成要件によって,少なくとも700nm近傍の波長の光を含む近赤外線がカットされることが規定されているといえる。 また,本件訂正発明1ないし3,5ないし8は,「透明樹脂製基板」が,「波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)」を含有することも構成要件としており,人間の眼では認識できないが固体撮像素子の分光感度内にある近紫外線もカットされることが規定されているといえる。 そして,本件特許明細書の【0002】ないし【0007】には,固体撮像素子の視感度補正を行うための光学フィルターにおいて,近赤外波長領域に吸収を持つ化合物のみを使用したのでは,近紫外波長領域における反射率の入射角依存性に起因して,近紫外光を十分にカットすることができず,カメラ画質を低下させてしまうことがあるという,基礎出願の当初明細書に記載されたのと同様の,発明が解決しようとする課題が記載されている。 そうすると,本件訂正発明1ないし3,5ないし8は,基礎出願の当初明細書等に記載された事項及び技術常識から,当業者に自明な範囲のものであって,基礎出願の当初明細書等との関係において,新規事項が追加されたものとはならないというべきである。 したがって,主張1を理由として,本件訂正発明1ないし3,5ないし8が基礎出願の当初明細書等に記載されている発明でないとすることはできない。 ウ 次に,主張2について判断する。 基礎出願の当初明細書の【0055】には, 「<近紫外線吸収剤と近赤外線吸収色素(X)の含有量> 前記樹脂製基板において,前記近紫外線吸収剤と前記近赤外線吸収色素(X)の含有量の合計は,樹脂製基板を構成する樹脂100重量部に対して,好ましくは0.01?5.0重量部,より好ましくは0.02?3.5重量部,特に好ましくは0.03?3.0重量部である。また,前記近紫外線吸収剤と前記近赤外線吸収色素(X)の含有量の合計を100重量%とした場合,近紫外線吸収剤の割合が50重量%以上であることが好ましく,60重量%以上であることが特に好ましい。前記近紫外線吸収剤と前記近赤外線吸収色素(X)の含有量の合計や近紫外線吸収剤の割合が前記範囲内にあると,良好な吸収特性と高い可視光透過率とを両立させることができる。」 との記載がある。 当該記載から,当業者は,近紫外線吸収剤と近赤外線吸収色素(X)の含有量の合計が,樹脂製基板を構成する樹脂100重量部に対して,0.01ないし5.0重量部であり,紫外線吸収剤と近赤外線吸収色素(X)の含有量の合計を100重量%とした場合の近紫外線吸収色素(X)の割合が,「60重量%以上」という範囲の下限である「60重量%」である態様を把握することができる。当該態様における近赤外線吸収色素(X)及び近紫外線吸収剤の含有量は,樹脂製基板を構成する樹脂の含有量100重量部に対して,それぞれ0.006ないし3.0重量部及び0.004ないし2.0重量部である。 しかるに,本件訂正発明1ないし3,5ないし8の「基板を構成する透明樹脂」,「化合物(X)」及び「化合物(Y)」は,基礎出願の当初明細書等に記載された「樹脂製基板を構成する樹脂」,「近赤外線吸収色素(X)」及び「近紫外線吸収剤」にそれぞれ相当し,本件訂正発明1ないし3,5ないし8における「基板を構成する透明樹脂」の含有量100重量部に対する「0.006?3.0重量部」及び「0.004?2.0重量部」という「化合物(X)」及び「化合物(Y)」の含有量は,前述した基礎出願の当初明細書の記載から把握される態様における「近赤外線吸収色素(X)」及び「近紫外線吸収剤」の含有量と一致する。 したがって,本件訂正発明1ないし3,5ないし8の「基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して,化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり,且つ,化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部である」なる構成要件は,基礎出願の当初明細書等に記載されたも同然の事項であって,基礎出願の当初明細書等との関係において,新規事項が追加されたものとはならないというべきである。 したがって,主張2を理由として,本件訂正発明1ないし3,5ないし8が基礎出願の当初明細書等に記載されている発明でないとすることはできない。 エ 前記イ及びウのとおりであって,異議申立人Bが主張する理由をもって,本件訂正発明1ないし3,5ないし8が基礎出願の当初明細書等に記載されている発明でなく,優先権主張の効果が認められないとすることはできないから,本件特許の優先権主張の日より後に頒布された甲1が,本件特許の出願前に頒布された刊行物であることを前提として,異議申立人Bが主張する申立理由B-1は成り立たない。 (3)申立理由B-2について ア 本件訂正発明1ないし3,5ないし8と,引用出願の当初明細書等に記載された実施例1又は実施例3に係る発明とを対比すると,両者は,少なくとも,次の点で相違する。 相違点B-2: 本件訂正発明1では,光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域の各波長における透過率と,前記波長領域において光学フィルターの垂直方向に対して30度の角度から測定した場合の各波長における透過率との差の絶対値の最大値(U)が,20%未満であるのに対して, 引用出願の当初明細書等に記載された実施例1又は実施例3に係る発明における最大値(U)の値は定かでない点。 イ 異議申立人Bは,図16,図18からみて,引用出願の当初明細書等に記載された実施例1又は実施例3に係る発明において,最大値(U)は,非常に小さく,ほぼ0に近いと主張する。 そこで,引用出願の当初明細書等に記載された実施例1の0°スペクトル及び25°スペクトルを示す図16を拡大してみると,次のとおりである。 当該拡大図中に引いた縦線は,「光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域」内の波長である。また,当該波長における0°スペクトルの透過率と25°スペクトルの透過率の差の絶対値は,およそ20%である。しかるに,入射角が大きくなるほど分光透過率曲線のブルーシフト量は大きくなるという技術常識等を参酌すると,当該波長における「0°スペクトルの透過率と30°スペクトルの透過率の差の絶対値」は,少なくとも,前記0°スペクトルの透過率と25°スペクトルの透過率の差の絶対値(およそ20%)以上になるものと推認される。そして,最大値(U)は,少なくとも,当該「0°スペクトルの透過率と30°スペクトルの透過率の差の絶対値」以上の値である。したがって,引用出願の当初明細書等に記載された実施例1に係る発明において,最大値(U)は,20%以上である蓋然性が高い。 同様に,引用出願の当初明細書等に記載された実施例3の0°スペクトル及び25°スペクトルを示す図18を拡大してみると,次のとおりである。 当該拡大図中に引いた縦線は,「光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域」内の波長である。また,当該波長における0°スペクトルの透過率と25°スペクトルの透過率の差の絶対値は,およそ20%である。そうすると,前述した実施例1に係る発明に関して述べたのと同様の理由で,引用出願の当初明細書等に記載された実施例3に係る発明において,最大値(U)は,20%以上である蓋然性が高い。 以上によると,引用出願の当初明細書等に記載された実施例1又は実施例3に係る発明における最大値(U)の値は,20%以上である蓋然性が高いから,相違点B-2は実質的な相違点である。また,当該相違点B-2を,課題解決のための具体化手段における微差ということもできない。 したがって,本件訂正発明1ないし3,5ないし8は,引用出願の当初明細書等に記載された実施例1又は実施例3に係る発明と同一でなく,実質同一でもない。 よって,申立理由B-2は成り立たない。 第6 むすび 以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由,異議申立人Aが提出した特許異議申立書に記載した申立理由,及び異議申立人Bが提出した特許異議申立書に記載した申立理由によっては,本件特許の請求項1ないし3,5ないし8に係る特許を取り消すことはできない。また,他に本件特許の請求項1ないし3,5ないし8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 また,請求項4に係る特許は,前述したとおり,訂正により削除された。これにより,請求項4に係る異議申立人A及び異議申立人Bの特許異議の申立ては,申立ての対象が存在しないものとなったため,特許法120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。 よって,結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 波長340?420nmに吸収極大を持つ化合物(X)および波長600?800nmに吸収極大を持つ化合物(Y)を含有する透明樹脂製基板と、該基板の少なくとも片方の面に近赤外線反射膜とを有する固体撮像素子用光学フィルターであって、 前記基板を構成する透明樹脂の含有量100重量部に対して、前記化合物(X)の含有量が0.006?3.0重量部であり、且つ、前記化合物(Y)の含有量が0.004?2.0重量部であること、ならびに、 光学フィルターの垂直方向から測定した場合に300?450nmの波長領域で透過率が50%となる最も長波長側の波長(H)の前後20nmの波長領域の各波長における透過率と、前記波長領域において光学フィルターの垂直方向に対して30度の角度から測定した場合の各波長における透過率との差の絶対値の最大値(U)が、20%未満であることを特徴とする固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項2】 前記最大値(U)が15%未満であることを特徴とする請求項1に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項3】 前記化合物(X)が、アゾメチン系化合物、インドール系化合物、ベンゾトリアゾール系化合物およびトリアジン系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項4】(削除) 【請求項5】 前記基板を構成する透明樹脂が、環状オレフィン系樹脂、芳香族ポリエーテル系樹脂、ポリイミド系樹脂、フルオレンポリカーボネート系樹脂、フルオレンポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアリレート系樹脂、ポリサルホン系樹脂、ポリエーテルサルホン系樹脂、ポリパラフェニレン系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリエチレンナフタレート系樹脂、フッ素化芳香族ポリマー系樹脂、(変性)アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、アリルエステル系硬化型樹脂およびシルセスキオキサン系紫外線硬化樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種の樹脂である請求項1?3のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項6】 固体撮像装置用であることを特徴とする請求項1?3および5のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルター。 【請求項7】 請求項1?3、5および6のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルターを具備することを特徴とする固体撮像装置。 【請求項8】 請求項1?3、5および6のいずれか1項に記載の固体撮像素子用光学フィルターを具備することを特徴とするカメラモジュール。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2019-01-21 |
出願番号 | 特願2014-522576(P2014-522576) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(G02B)
P 1 651・ 121- YAA (G02B) P 1 651・ 161- YAA (G02B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 中山 佳美 |
特許庁審判長 |
中田 誠 |
特許庁審判官 |
関根 洋之 清水 康司 |
登録日 | 2017-12-15 |
登録番号 | 特許第6256335号(P6256335) |
権利者 | JSR株式会社 |
発明の名称 | 固体撮像素子用光学フィルターおよびその用途 |
代理人 | 特許業務法人SSINPAT |
代理人 | 特許業務法人SSINPAT |