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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
管理番号 1350615
異議申立番号 異議2018-700413  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-05-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-05-22 
確定日 2019-02-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6233070号発明「半導体積層体および半導体装置、ならびにそれらの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 平成30年10月5日付け訂正請求において、特許第6233070号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-13〕について訂正することを認める。 特許第6233070号の請求項1ないし3、5、7、9ないし13に係る特許を維持する。 特許第6233070号の請求項4、6及び8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。  
理由 第1 手続の経緯
特許第6233070号の請求項1ないし13に係る特許についての出願は、平成26年2月5日の出願であって、平成29年11月2日にその特許権の設定登録がされ、同年11月22日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、平成30年5月22日に特許異議申立人小松一枝及び前田知子により特許異議の申立てがされたものである。
以後の手続の経緯は、以下のとおりである。

平成30年 8月15日:取消理由通知(8月17日発送)
同年10月 5日:訂正請求書・意見書
同年10月31日:通知書(小松一枝:11月6日発送)
同年10月31日:通知書(前田知子:11月6日発送)

なお、特許異議申立人小松一枝及び前田知子に対して、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、両者からは何ら応答がなかった。

第2 訂正の適否
1 訂正の趣旨
平成30年10月5日付けの訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。また、本件訂正請求書による訂正を、以下「本件訂正」という。)は、特許第6233070号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正することを求めるものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求は、一群の請求項に対して請求されたものである。

(1)請求項1に関連する訂正
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1(1行目)の「III-V族化合物半導体からなるベース層」を、
「GaSbからなるベース層」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。
※なお、下線は、当審で付したものである。以下、同じ。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1(2行目)の「III-V族化合物半導体からなる半導体層」を、
「GaSbからなる半導体層」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1(4及び5行目)の「前記半導体層を構成するIII-V族化合物半導体はV族元素としてSbを含んでおり、」との記載を削除する(請求項1の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1(6及び7行目)の「前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有する砒素含有領域を含んでいる」との記載を、
「前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含んでおり」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

オ 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項1(7行目)の「、半導体積層体」の前に、
「前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域である」との記載を追加する(請求項1の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

(2)請求項2に関連する訂正
ア 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項2(1行目)の「III-V族化合物半導体からなるベース層」を、
「GaSbからなるベース層」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

イ 訂正事項7
特許請求の範囲の請求項2(2行目)の「III-V族化合物半導体からなる半導体層」を、
「GaSbからなる半導体層」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

ウ 訂正事項8
特許請求の範囲の請求項2(4及び5行目)の「前記半導体層を構成するIII-V族化合物半導体はV族元素としてSbを含んでおり、」との記載を削除する(請求項2の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

エ 訂正事項9
特許請求の範囲の請求項2(6及び7行目)の「前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有する砒素含有領域を含んでおり」との記載を、
「前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含んでおり」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

オ 訂正事項10
特許請求の範囲の請求項2(8及び9行目)の「前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布している」との記載を、
「前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布しており」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

カ 訂正事項11
特許請求の範囲の請求項2(7行目)の「、半導体積層体」の前に、「前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域である」との記載を追加する(請求項2の記載を引用する請求項3、5、7、9及び10も同様に訂正する。)。

(3)請求項4に関連する訂正
訂正事項12
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(4)請求項5に関連する訂正
訂正事項13
特許請求の範囲の請求項5の「請求項4に記載の半導体積層体」との記載を、
「請求項1?請求項3のいずれか1項に記載の半導体積層体」と訂正する(請求項5の記載を引用する請求項7、9および10も同様に訂正する。)。

(5)請求項6に関連する訂正
訂正事項14
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(6)請求項7に関連する訂正
訂正事項15
特許請求の範囲の請求項7の「請求項6に記載の半導体積層体」との記載を、
「請求項1?請求項3および請求項5のいずれか1項に記載の半導体積層体」と訂正する(請求項7の記載を引用する請求項9および10も同様に訂正する。)。

(7)請求項8に関連する訂正
訂正事項16
特許請求の範囲の請求項8を削除する。

(8)請求項9に関連する訂正
訂正事項17
特許請求の範囲の請求項9の「請求項1?請求項8のいずれか1項に記載の半導体積層体」との記載を、
「請求項1?請求項3、請求項5および請求項7のいずれか1項に記載の半導体積層体」と訂正する(請求項9の記載を引用する請求項10も同様に訂正する。)。

(9)請求項10に関連する訂正
訂正事項18
特許請求の範囲の請求項10の「請求項1?9のいずれか1項に記載の半導体積層体」との記載を、
「請求項1?請求項3、請求項5、請求項7および請求項9のいずれか1項に記載の半導体積層体」と訂正する。

(10)請求項11に関連する訂正
ア 訂正事項19
特許請求の範囲の請求項11(1行目)の「III-V族化合物半導体からなるベース層」を、
「GaSbからなるベース層」に訂正する(請求項11の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

イ 訂正事項20
特許請求の範囲の請求項11(2行目)の「III-V族化合物半導体からなる半導体層」を、
「GaSbからなる半導体層」に訂正する(請求項11の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

ウ 訂正事項21
特許請求の範囲の請求項11(4及び5行目)の「前記半導体層を形成する工程では、V族元素としてSbを含むIII-V族化合物半導体からなる前記半導体層が形成され、」との記載を削除する(請求項11の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

エ 訂正事項22
特許請求の範囲の請求項11(6及び7行目)の「前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有する砒素含有領域を含むように、前記半導体層が形成される」との記載を、
「前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように、GaおよびSbの原料ガスにターシャリーブチルアルシンおよびトリメチル砒素の少なくともいずれか一方が添加されて前記半導体層が形成される」に訂正する(請求項11の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

(11)請求項12に関連する訂正
ア 訂正事項23
特許請求の範囲の請求項12(1行目)の「III-V族化合物半導体からなるベース層」を、
「GaSbからなるベース層」に訂正する(請求項12の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

イ 訂正事項24
特許請求の範囲の請求項12(2行目)の「III-V族化合物半導体からなる半導体層」を、
「GaSbからなる半導体層」に訂正する(請求項12の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

ウ 訂正事項25
特許請求の範囲の請求項12(4及び5行目)の「前記半導体層を形成する工程では、V族元素としてSbを含むIII-V族化合物半導体からなる前記半導体層が形成され、」との記載を削除する(請求項12の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

エ 訂正事項26
特許請求の範囲の請求項12(6ないし8行目)の「前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有する砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布するように、前記半導体層が形成される」との記載を、
「前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布し、前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように、GaおよびSbの原料ガスにターシャリーブチルアルシンおよびトリメチル砒素の少なくともいずれか一方が添加されて前記半導体層が形成される」に訂正する(請求項12の記載を引用する請求項13も同様に訂正する。)。

3 訂正の適否
訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について

(1)請求項1に関連する訂正(訂正事項1ないし5)
ア 訂正の目的
(ア)訂正事項1及び訂正事項2は、訂正前の「III-V族化合物半導体」を「GaSb」に特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)訂正事項3は、上記訂正事項1及び訂正事項2により、記載が重複することになった箇所を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

(ウ)訂正事項4は、訂正前の「砒素含有領域」が、ベース層に接触するように配置されていることを特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(エ)訂正事項5は、訂正前の「半導体層」について、砒素含有領域以外の半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域であることを特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書には、図とともに、以下の記載がある。
「【0028】
図1を参照して、本実施の形態における半導体積層体10は、III-V族化合物半導体からなるベース層としての基板20と、III-V族化合物半導体からなる半導体層としてのバッファ層30と、量子井戸構造40と、コンタクト層50とを備えている。
【0029】
…基板20を構成するIII-V族化合物半導体としては、たとえばGaSb(ガリウムアンチモン)、InAs(インジウム砒素)、GaAs(ガリウム砒素)、InP(インジウムリン)などを採用することができる。…。
【0030】
…バッファ層30を構成するIII-V族化合物半導体としては、たとえばGaSb(ガリウムアンチモン)、AlSb(アルミニウムアンチモン)、InSb(インジウムアンチモン)といった2元系、およびGaInSb(ガリウムインジウムアンチモン)、AlInSb(アルミニウムインジウムアンチモン)、AlGaSb(アルミニウムガリウムアンチモン)といった3元系の材料などを採用することができる。…。」
【0031】
……
【0032】
一方、バッファ層30内の一部が砒素含有領域31であってもよい。具体的には、たとえば図4に示すように、砒素含有領域31は、ベース層としての基板20の主面20Aに接触するように配置され、砒素含有領域31以外のバッファ層30内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域32とすることができる。…。」

上記記載からして、
上記訂正事項1ないし訂正事項5は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(2)請求項2に関連する訂正(訂正事項6ないし11)
ア 訂正の目的
(ア)訂正事項6及び訂正事項7は、訂正前の「III-V族化合物半導体」を「GaSb」に特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)訂正事項8は、上記訂正事項6及び訂正事項7により、記載が重複することになった箇所を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

(ウ)訂正事項9は、訂正前の「砒素含有領域」が、ベース層に接触するように配置されていることを特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(エ)訂正事項10は、訂正事項11により記載が追加されることにより、不明瞭となる記載を正すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

(オ)訂正事項11は、訂正前の「半導体層」について、砒素含有領域以外の半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域であることを特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書には、図とともに、以下の記載がある。
「【0028】
図1を参照して、本実施の形態における半導体積層体10は、III-V族化合物半導体からなるベース層としての基板20と、III-V族化合物半導体からなる半導体層としてのバッファ層30と、量子井戸構造40と、コンタクト層50とを備えている。
【0029】
…基板20を構成するIII-V族化合物半導体としては、たとえばGaSb(ガリウムアンチモン)、InAs(インジウム砒素)、GaAs(ガリウム砒素)、InP(インジウムリン)などを採用することができる。…。
【0030】
…バッファ層30を構成するIII-V族化合物半導体としては、たとえばGaSb(ガリウムアンチモン)、AlSb(アルミニウムアンチモン)、InSb(インジウムアンチモン)といった2元系、およびGaInSb(ガリウムインジウムアンチモン)、AlInSb(アルミニウムインジウムアンチモン)、AlGaSb(アルミニウムガリウムアンチモン)といった3元系の材料などを採用することができる。…。」
【0031】
……
【0032】
一方、バッファ層30内の一部が砒素含有領域31であってもよい。具体的には、たとえば図4に示すように、砒素含有領域31は、ベース層としての基板20の主面20Aに接触するように配置され、砒素含有領域31以外のバッファ層30内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域32とすることができる。…。」

上記記載からして、
上記訂正事項6ないし訂正事項11は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(3)請求項4に関連する訂正(訂正事項12)
ア 訂正の目的
訂正事項12は、特許請求の範囲から請求項4を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ また、訂正事項12は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(4)請求項5に関連する訂正(訂正事項13)
ア 訂正の目的
訂正事項13は、訂正事項12により削除された請求項5の記載を引用しないように書き直すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

イ また、訂正事項13は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(5)請求項6に関連する訂正(訂正事項14)
ア 訂正の目的
訂正事項14は、特許請求の範囲から請求項6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ また、訂正事項14は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(6)請求項7に関連する訂正(訂正事項15)
ア 訂正の目的
訂正事項15は、訂正事項14により削除された請求項6の記載を引用しないように書き直すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

イ また、訂正事項15は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(7)請求項8に関連する訂正(訂正事項16)
ア 訂正の目的
訂正事項16は、特許請求の範囲から請求項8を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ また、訂正事項16は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(8)請求項9に関連する訂正(訂正事項17)
ア 訂正の目的
訂正事項17は、訂正事項14により削除された請求項6の記載及び訂正事項16により削除された請求項8の記載を引用しないように書き直すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

イ また、訂正事項17は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(9)請求項10に関連する訂正(訂正事項18)
ア 訂正の目的
訂正事項18は、訂正事項14により削除された請求項6の記載及び訂正事項16により削除された請求項8の記載を引用しないように書き直すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

イ また、訂正事項18は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(10)請求項11に関連する訂正(訂正事項19ないし22)
ア 訂正の目的
(ア)訂正事項19及び訂正事項20は、訂正前の「III-V族化合物半導体」を「GaSb」に特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)訂正事項21は、上記訂正事項19及び訂正事項20により、記載が重複することになった箇所を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

(ウ)訂正事項22は、訂正前の「半導体層を形成する工程」における製造条件を特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書には、図とともに、以下の記載がある。
「【0054】
…より具体的には、GaSbからなるインゴットをスライスすることにより、GaSbからなる基板20が得られる。この基板20の表面が研磨された後、洗浄等のプロセスを経て主面20Aの平坦性および清浄性が確保された基板20が準備される。
【0055】
……
【0056】
具体的には、図9を参照して、まず基板20の主面20A上に接触するように、たとえばIII-V族化合物半導体(V族元素がSbであるIII-V族化合物半導体)であるp-GaSbからなるバッファ層30が有機金属気相成長により形成される。…。
【0057】
ここで、バッファ層30を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有する砒素含有領域31を含むように、バッファ層30が形成される。具体的には、バッファ層30の形成に際し、所望の濃度分布(たとえば図2?図5参照)となるようにAsが導入される。Asの導入は、たとえばTBAs(ターシャリーブチルアルシン)、TMAs(トリメチル砒素)などを原料ガスに添加することにより実施することができる。」

上記記載からして、
上記訂正事項19ないし訂正事項22は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(11)請求項12に関連する訂正(訂正事項23ないし26)
ア 訂正の目的
(ア)訂正事項23及び訂正事項24は、訂正前の「III-V族化合物半導体」を「GaSb」に特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)訂正事項25は、上記訂正事項23及び訂正事項24により、記載が重複することになった箇所を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

(ウ)訂正事項26は、訂正前の「半導体層を形成する工程」における製造条件を特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書には、図とともに、以下の記載がある。
「【0054】
…より具体的には、GaSbからなるインゴットをスライスすることにより、GaSbからなる基板20が得られる。この基板20の表面が研磨された後、洗浄等のプロセスを経て主面20Aの平坦性および清浄性が確保された基板20が準備される。
【0055】
……
【0056】
具体的には、図9を参照して、まず基板20の主面20A上に接触するように、たとえばIII-V族化合物半導体(V族元素がSbであるIII-V族化合物半導体)であるp-GaSbからなるバッファ層30が有機金属気相成長により形成される。…。
【0057】
ここで、バッファ層30を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有する砒素含有領域31を含むように、バッファ層30が形成される。具体的には、バッファ層30の形成に際し、所望の濃度分布(たとえば図2?図5参照)となるようにAsが導入される。Asの導入は、たとえばTBAs(ターシャリーブチルアルシン)、TMAs(トリメチル砒素)などを原料ガスに添加することにより実施することができる。」

上記記載からして、
上記訂正事項23ないし訂正事項26は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内でするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(12)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

4 訂正の適否のまとめ
本件訂正請求は適法であることから、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-13]について訂正することを認める。

第3 本件発明
本件訂正は、上記「第2 訂正の適否」で検討したように認められるものであるから、本件訂正により訂正された請求項1ないし13に係る発明(以下、「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明13」という。)は、訂正特許請求の範囲に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
GaSbからなるベース層と、
前記ベース層上に接触して配置され、GaSbからなる半導体層と、を備え、
前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含んでおり、
前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域である、半導体積層体。
【請求項2】
GaSbからなるベース層と、
前記ベース層上に接触して配置され、GaSbからなる半導体層と、を備え、
前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含んでおり、
前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布しており、
前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域である、半導体積層体。
【請求項3】
前記砒素含有領域の厚みは50nm以上である、請求項1または請求項2に記載の半導体積層体。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
前記砒素含有領域の厚みは800nm以下である、請求項1?請求項3のいずれか1項に記載の半導体積層体。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
前記ベース層の、前記半導体層との界面を含む領域には、酸化被膜が形成されている、請求項1?請求項3および請求項5のいずれか1項に記載の半導体積層体。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
前記半導体層上に配置された量子井戸構造をさらに備える、請求項1?請求項3、請求項5および請求項7のいずれか1項に記載の半導体積層体。
【請求項10】
請求項1?請求項3、請求項5、請求項7および請求項9のいずれか1項に記載の半導体積層体と、
前記半導体積層体上に形成された電極と、を備える、半導体装置。
【請求項11】
GaSbからなるベース層を準備する工程と、
前記ベース層上に、GaSbからなる半導体層を形成する工程と、を備え、
前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように、GaおよびSbの原料ガスにターシャリーブチルアルシンおよびトリメチル砒素の少なくともいずれか一方が添加されて前記半導体層が形成される、半導体積層体の製造方法。
【請求項12】
GaSbからなるベース層を準備する工程と、
前記ベース層上に、GaSbからなる半導体層を形成する工程と、を備え、
前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布し、前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように、GaおよびSbの原料ガスにターシャリーブチルアルシンおよびトリメチル砒素の少なくともいずれか一方が添加されて前記半導体層が形成される、半導体積層体の製造方法。
【請求項13】
請求項11または請求項12に記載の半導体積層体の製造方法により製造された半導体積層体を準備する工程と、
前記半導体積層体上に電極を形成する工程と、を備える、半導体装置の製造方法。」

第4 平成30年8月15日付け取消理由通知の取消理由について
1 取消理由の概要
当審において、訂正前の請求項1ないし13に係る発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明13」という。)の特許に対して通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

・甲第1号証を主引用例とする【理由1】及び【理由2】
・甲第6号証を主引用例とする【理由3】及び【理由4】
・甲第7号証を主引用例とする【理由5】及び【理由6】
・甲第9号証を主引用例とする【理由7】及び【理由8】
・記載不備【理由9】

「証拠方法
(1)甲第1号証::Yuxin Song.,Molecular beam epitaxy growth of InSb_(1-x)Bi_(x) thin films,Journal of Crystal Growth,2013年1月4日,378(2013),p323-328
(2)甲第2号証:赤井治男、該2名(フォトニクスシリーズ6)、III-V族半導体混晶、初版第2刷、株式会社コロナ、1993年7月30日、p12、p39
(3)甲第3号証:奥野和彦、「SIMSによる素材中の不純物分析」、1994年、まてりあ第33巻第4号、p362-367
(4)甲第4号証:特開2013-222922号公報
(5)甲第5号証:特開2013-251341号公報
(6)甲第6号証:J.Y.T Huang et al.,MOVPE growth of Ga(As)SbN on GaSb substrates,2008年8月20日,310(2008),p4839-4842
(7)甲第7号証:Philip E.Thompson et al.,Controlled p- and n-type doping of homo- and heteroepitaxially grown InSb,Journal of Applied Physics,1993年12月1日、74(11)、p6686-6690
(8)甲第8号証:Agata Jasik et al.,Chapter9,”MBE Growth of Type-II InAs/GaSb Superlattices on GaSb Buffer”,Crysta Growth:Teory,Mechanisms and Morphology,2012年3月,Nova Science Publishers,Inc.,p293-327
(9)甲第9号証:特開2012-209357号公報

なお、
甲第2号証及び甲第3号証は当業者の技術常識であることを示す文献であり、甲第4号証及び甲第5号証は周知の技術事項であることを示す文献であり、甲第8号証は当業者によく知られていることを示す文献である。

(1)甲第1号証を主引用例とする【理由1】及び【理由2】
【理由1】(新規性)
本件の請求項1、2、6、8、11、12に係る発明(以下「本件発明1」、「本件発明2」等という。)は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証に記載された発明であるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。

【理由2】(進歩性)
本件発明1、2、6ないし13は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(2)甲第6号証を主引用例とする【理由3】及び【理由4】
【理由3】(新規性)
本件発明1、2、4-8、11、12は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第6号証に記載された発明であるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。

【理由4】(進歩性)
本件発明1ないし本件発明13は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第6号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(3)甲第7号証を主引用例とする【理由5】及び【理由6】
【理由5】(新規性)
本件発明1-6、8、11、12は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第7号証に記載された発明であるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。

【理由6】(進歩性)
本件発明1ないし本件発明13は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第7号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(4)甲第9号証を主引用例とする【理由7】及び【理由8】
【理由7】(新規性)
本件発明1-3、6、9-13は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第9号証に記載された発明であるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。

【理由8】(進歩性)
本件発明1-3、6、7、9-13は、その出願前に日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第9号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(5)記載不備
【理由9】
本件発明1ないし本件発明13に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

2 引用発明
(1)上記【理由1】ないし【理由8】において、主引用例として引用されている甲第1、6、7及び9号証に記載された発明

ア 甲第1号証には、以下の記載がある。
(ア)「

」(第1頁上段)
(日本語訳
要約
(100)GaAs基板上における、分子線エピタキシー成長によるInSb_(1-x)Bi_(x)の薄膜について報告する。2%のBiの取り込みに成功し、取り込まれたBi原子の70%までが置換位置にある。Biの取り込み及び表面形態に対する成長パラメータの影響を研究する。Biの取り込みによって誘起されるInとGaとの強力な相互拡散が観察され議論される。)

(イ)「

」(第5頁中段)

(ウ)上記記載からして、甲第1号証には、次の発明が記載されているものと認められる。

「GaAs基板と、前記GaAs基板上に接触して配置されたGaSb層とを備え、
前記GaSb層には、As濃度遷移領域が形成されている、半導体積層体。」(以下「甲1a発明」という。)

「GaAs基板を準備する工程と、前記GaAs基板上にGaSb層を形成する工程と、を備え、
前記GaSb層を形成する工程において、As濃度遷移領域が形成される、半導体積層体の製造方法。」(以下「甲1b発明」という。)

イ 甲第6号証には、以下の記載がある。
(ア)「

」(第1頁上段)
(日本語訳
中間赤外波長放出のための潜在的材料として、有機金属気相成長法によって、GaSb基板上にGaSb_(1-x)N_(y)及びGaAs_(1-y-z)Sb_(y)N_(z)を成長させた。GaSbNとの比較により、GaAsSbN中のAsの存在とともに、窒素の取り込みが増大することが見出された。低温フォトルミネッセンス測定により、窒素と砒素の共添加がGaSbのエネルギーバンドギャップに比べてエネルギーバンドギャップを減少させることを示した。砒素含有量約10%、窒素含有量約0.08%のGaAsSbNから、LT(16K)PL発光が2.25μm付近に観測された。)

(イ)「

」(第2頁右欄)

(ウ)上記記載からして、甲第6号証には、次の発明が記載されているものと認められる。

「GaSb基板と、前記GaSb基板上にGaSb層と、前記GaSb層上にGaAsSbN層とを備え、
前記GaSb層には、全域にわたってAsの濃度が約2×10^(19)cm^(-3)?約4×10^(20)cm^(-3)の範囲内で変動するAs濃度遷移領域が形成され、
前記As濃度遷移領域は、前記GaSb基板側から、As濃度が低減するAs濃度低減領域と、As濃度が増大するするAs濃度増大領域とを含む、半導体積層体。」(以下「甲6a発明」という。)

「GaSb基板を準備する工程と、前記GaSb基板上にGaSb層を形成する工程と、前記GaSb層上にGaAsSbN層を形成する工程とを備え、
前記GaSb層を形成する工程では、全域にわたってAsの濃度が2×10^(19)cm^(-3)?約4×10^(20)cm^(-3)の範囲内で変動するAs濃度遷移領域が形成され、
前記As濃度遷移領域は、前記GaSb基板側から、As濃度が低減するAs濃度低減領域と、As濃度が増大するするAs濃度増大領域とを含む、半導体積層体の製造方法。」(以下「甲6b発明」という。)

ウ 甲第7号証には、以下の記載がある。
(ア)「

」(第3頁)
(日本語訳
B.MBE成長中のInSbのSiドーピング
420℃及び360℃の基板温度で正中させたn型InSb上の、2つの100nmのアンドープInSb層の間に埋め込まれた50nmのSiドープInSb層のプロファイルをSIMSで測定した。360℃で成長させたサンプルのSi及びAs原子のプロファイルを図3に示す。Si原子プロファイルは、適切な位置でのドープ層を示す。Siのバックグランドレベルは、おそらく、N2^(+)又はCO^(+)による質量緩衝によって引き起こされる。また、このサンプルは4×10^(19)/cm^(3)のAsバックグランドドーピングを有することが観察される。…略…。)

(イ)「

」(第3頁)
(日本語訳
360℃で基板温度で成長させたInSbの表面から100nm下の50nmSiドープ層におけるSi原子及びAs原子のプロファイル)

(ウ)上記記載からして、甲第7号証には、次の発明が記載されているものと認められる。

「n型InSb上に、アンドープInSb層と、SiドープInSb層と、アンドープInSb層とを備え、
前記アンドープInSb層、前記SiドープInSb層及び前記アンドープInSb層には、その全域にわたって、意図しないバックグラウント・ドーピングにより砒素含有領域が形成されており、そのAs濃度は4×10^(19)/cm^(3)程度である、半導体積層体。」(以下「甲7a発明」という。)

「n型InSb上に、アンドープInSb層と、SiドープInSb層と、アンドープInSb層を形成する工程を備え、
前記アンドープInSb層、前記SiドープInSb層及び前記アンドープInSb層を形成する工程において、意図しないバックグラウント・ドーピングにより砒素含有領域がその全域にわたって形成されており、そのAs濃度は4×10^(19)/cm^(3)程度である、半導体積層体の製造方法。」(以下「甲7b発明」という。)

エ 甲第9号証には、以下の記載がある。
(ア)「【0078】
(実施例4)
第4の実施例について説明する。
【0079】
MBE法により、半絶縁性のGaAs単結晶基板上に、n型コンタクト層としてSnを7×10^(18)/cm^(3)ドーピングしたInSb層を1.0μm成長し、この上に光吸収層としてZnを2×10^(16)/cm^(3)ドーピングしたInSb層0.003μmとZnを2×10^(16)/cm^(3)ドーピングしたInAs層0.001μmとの積層体を500回繰り返して形成した超格子構造体2μmを成長し、この上にp型バリア層としてZnを1×1019/cm3ドーピングしたAl0.2In0.8Sb層0.02μmを成長し、この上にp型コンタクト層としてZnを1×1019/cm3ドーピングしたInSb層0.5μmを成長した。」

(イ)上記記載からして、甲第9号証には、次の発明が記載されているものと認められる。

「GaAs単結晶基板上にInSb層を備え、
前記InSb層上に、InSb層とInAs層との積層体を500回繰り返して形成した超格子構造体を有する、半導体積層体。」(以下「甲9a発明」という。

「GaAs単結晶基板上にInSb層を形成する工程と、
前記InSb層上に、InSb層とInAs層との積層体を500回繰り返して形成した超格子構造体を形成する工程を有する、半導体積層体の製造方法。」(以下「甲9b発明」という。

3 当審の判断
(1)まず、以下の理由について、まとめて検討する。
甲第1号証を主引用例とする【理由1】及び【理由2】
甲第7号証を主引用例とする【理由5】及び【理由6】
甲第9号証を主引用例とする【理由7】及び【理由8】

ア 本件訂正により、訂正前の「III-V族化合物半導体からなるベース層」は「GaSbからなるベース層」に、同様に「III-V族化合物半導体からなる半導体層」は「GaSbからなる半導体層」に訂正された。
つまり、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13は、「GaSbからなるベース層(を準備する工程)」と「GaSbからなる半導体層(を形成する工程)」を発明特定事項として備えるものである。

イ しかしながら、甲第1号証、甲第7号証及び甲第9号証には、「GaSbからなるベース層」の上に「GaSbからなる半導体層」を備えた半導体積層体及びその製造方法については記載も示唆もされていない。
また、他の各甲号証の記載をみても、甲第1号証、甲第7号証及び甲第9号証に記載された発明において、「GaSbからなるベース層」を採用する動機が生じるものではない。

ウ そうすると、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13は、甲第1号証、甲第7号証及び甲第9号証に記載された発明であるとはいえない。
また、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13は、当業者が甲第1号証、甲第7号証及び甲第9号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ よって、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13に係る特許は、【理由1】及び【理由2】、【理由5】及び【理由6】、【理由7】及び【理由8】によっては取り消すことができない。

(2)次に、以下の理由について検討する。
甲第6号証を主引用例とする【理由3】及び【理由4】

ア 本件訂正発明1及び本件訂正発明2について(物の発明)
(ア)対比
本件訂正発明1(及び本件訂正発明2)と甲第6a発明とを対比すると、少なくとも、以下の点で相違する。
<相違点1>
砒素含有領域以外の半導体層内の領域に関して、
本件訂正発明1(及び本件訂正発明2)は、「Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域」であるのに対して、
甲第6a発明は、「(半導体層内の)全域にわたってAsの濃度が約2×10^(19)cm^(-3)?約4×10^(20)cm^(-3)の範囲内で変動するAs濃度遷移領域」であり、「(半導体層内に)Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域」が存在しない点。

(イ)判断
本件訂正発明1及び本件訂正発明2は、甲6a発明であるとはいえない。
また、他の各甲号証の記載をみても、甲6a発明の「GaSb層(半導体層)」内に「Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域」を形成する動機がない。
よって、本件訂正発明1及び本件訂正発明2に係る特許は、【理由3】及び【理由4】によっては取り消すことができない。

イ 本件訂正発明3、5、7、9、10について
本件訂正発明3、5、7、9、10は、本件訂正発明1又は本件訂正発明2の発明特定事項をすべて備えるものである。
そうすると、本件訂正発明3、5、7、9、10に係る特許は、同様の理由により、【理由3】及び【理由4】によっては取り消すことができない。

ウ 本件訂正発明11及び本件訂正発明12について(方法の発明)
(ア)対比
本件訂正発明11(及び本件訂正発明12)と甲第6b発明とを対比すると、少なくとも、以下の点で相違する。
<相違点2>
半導体層を形成する工程に関して、
本件訂正発明11(及び本件訂正発明12)は、「『砒素含有領域以外の半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように』『半導体層が形成される』」のに対して、
甲第6a発明は、「(半導体層の)全域にわたってAsの濃度が約2×10^(19)cm^(-3)?約4×10^(20)cm^(-3)の範囲内で変動するAs濃度遷移領域が形成され」ている点。

(イ)判断
本件訂正発明11及び本件訂正発明12は、甲6a発明であるとはいえない。
また、他の各甲号証の記載をみても、甲6b発明の「GaSb層」にAsの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域を形成する動機がない。
よって、本件訂正発明11及び本件訂正発明12に係る特許は、【理由3】及び【理由4】によっては取り消すことができない。

エ 本件訂正発明13について
本件訂正発明13は、本件訂正発明11又は本件訂正発明12の発明特定事項をすべて備えるものである。
そうすると、本件訂正発明13に係る特許は、【理由3】及び【理由4】によっては取り消すことができない。

(3)最後に、記載不備として指摘した【理由9】について検討する。
ア 取消理由通知で指摘した記載不備の概要は、おおよそ、以下のとおりのものである。

「良好な表面形状の得られるのは、『GaSbからなるベース層』の上に『GaSbからなる半導体層(バッファ層)』を形成する際に、該半導体層(バッファ層)の全域に『砒素含有領域31』を形成した場合であって、半導体層の一部に『砒素含有領域31』を形成した場合については確認されていない。
そうすると、本件特許明細書の記載に接した当業者は、良好な表面形状を得るためには、『GaSbからなるベース層』上に『GaSbからなる半導体層(バッファ層)』を形成するとともに、該半導体層の全域に砒素含有領域を形成する必要があると認識することから、ベース層及び半導体層が『GaSb』に特定されていない(訂正前の)本件発明1ないし13は、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。」

イ 判断
(ア)本件訂正により、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13は、本件特許明細書の実施例として記載された「『GaSbからなるベース層』と、『GaSbからなる半導体層と、を備え』、『ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含』む『半導体積層体』」及びその製造方法に特定された。

(イ)そして、バッファ層を成長させる際に、初期段階において良好な表面形状を確保できれば、その後の成長においても、良好な表面形状の得られることは当業者が予測し得ることである。
つまり、「GaSbからなる半導体層(バッファ層)」を形成する際に、初期段階に砒素含有領域を形成すれば、全域に砒素含有領域を形成しなくとも、良好な表面形状の得られることは当業者が予測し得ることである。

(ウ)そうすると、訂正後の本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13は、本件の課題を解決することができると認識できる範囲内のものである認められる。

(エ)よって、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13に係る特許は、【理由9】によっては取り消すことができない。

(4)当審の判断のまとめ
本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13に係る特許は、【理由1】ないし【理由9】によっては取り消すことができない。
また、他に本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

第5 むすび
以上のとおり、本件訂正発明1ないし3、5、7、9ないし13に係る特許は、取消理由通知で指摘した【理由1】ないし【理由9】、つまり、特許異議申立書に記載された理由によっては取り消すことができない。
また、請求項4、6及び8に係る特許は、上記のとおり、本件訂正により削除され、申立ての対象が存在しないものとなったため、請求項4、6及び8に対する申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
GaSbからなるベース層と、
前記ベース層上に接触して配置され、GaSbからなる半導体層と、を備え、
前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含んでおり、
前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域である、半導体積層体。
【請求項2】
GaSbからなるベース層と、
前記ベース層上に接触して配置され、GaSbからなる半導体層と、を備え、
前記半導体層は、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含んでおり、
前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布しており、
前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域である、半導体積層体。
【請求項3】
前記砒素含有領域の厚みは50nm以上である、請求項1または請求項2に記載の半導体積層体。
【請求項4】(削除)
【請求項5】
前記砒素含有領域の厚みは800nm以下である、請求項1?請求項3のいずれか1項に記載の半導体積層体。
【請求項6】(削除)
【請求項7】
前記ベース層の、前記半導体層との界面を含む領域には、酸化被膜が形成されている、請求項1?請求項3および請求項5のいずれか1項に記載の半導体積層体。
【請求項8】(削除)
【請求項9】
前記半導体層上に配置された量子井戸構造をさらに備える、請求項1?請求項3、請求項5および請求項7のいずれか1項に記載の半導体積層体。
【請求項10】
請求項1?請求項3、請求項5、請求項7および請求項9のいずれか1項に記載の半導体積層体と、
前記半導体積層体上に形成された電極と、を備える、半導体装置。
【請求項11】
GaSbからなるベース層を準備する工程と、
前記ベース層上に、GaSbからなる半導体層を形成する工程と、を備え、
前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(20)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置される砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように、GaおよびSbの原料ガスにターシャリーブチルアルシンおよびトリメチル砒素の少なくともいずれか一方が添加されて前記半導体層が形成される、半導体積層体の製造方法。
【請求項12】
GaSbからなるベース層を準備する工程と、
前記ベース層上に、GaSbからなる半導体層を形成する工程と、を備え、
前記半導体層を形成する工程では、1×10^(18)cm^(-3)以上1×10^(21)cm^(-3)以下のAsを含有し、前記ベース層に接触するように配置され砒素含有領域を含み、前記砒素含有領域内においてAsは前記ベース層から離れるにしたがって低濃度となるように分布し、前記砒素含有領域以外の前記半導体層内の領域は、Asの濃度が1×10^(18)cm^(-3)未満である砒素フリー領域となるように、GaおよびSbの原料ガスにターシャリーブチルアルシンおよびトリメチル砒素の少なくともいずれか一方が添加されて前記半導体層が形成される、半導体積層体の製造方法。
【請求項13】
請求項11または請求項12に記載の半導体積層体の製造方法により製造された半導体積層体を準備する工程と、
前記半導体積層体上に電極を形成する工程と、を備える、半導体装置の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-01-30 
出願番号 特願2014-20198(P2014-20198)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (H01L)
P 1 651・ 537- YAA (H01L)
P 1 651・ 121- YAA (H01L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河村 麻梨子  
特許庁審判長 森 竜介
特許庁審判官 近藤 幸浩
星野 浩一
登録日 2017-11-02 
登録番号 特許第6233070号(P6233070)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 半導体積層体および半導体装置、ならびにそれらの製造方法  
代理人 田中 勝也  
代理人 北野 修平  
代理人 田中 勝也  
代理人 北野 修平  

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