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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 発明同一  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1350637
異議申立番号 異議2018-700536  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-05-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-07-04 
確定日 2019-02-22 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6256346号発明「リチウムイオン二次電池用負極材料、リチウムイオン二次電池用負極及びリチウムイオン二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6256346号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第6256346号の請求項1,3?5に係る特許を維持する。 特許第6256346号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6256346号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?5に係る特許についての出願は、2013年(平成25年)10月25日(優先権主張 平成24年10月26日)を国際出願日とする出願であって、平成29年12月15日に特許権の設定登録がされ、平成30年1月10日に特許掲載公報が発行され、その後、同年7月4日付けで請求項1?5(全請求項)に係る本件特許に対し、特許異議申立人である田中眞喜子(以下、「申立人」という。)によって特許異議の申立てがされ、同年9月26日付けで当審から取消理由が通知され、同年12月3日付けで特許権者から意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされ、同年12月12日付けで当審から申立人に対し訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)をするとともに相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、申立人から意見書は提出されなかったたものである。

第2 本件訂正の適否

1 本件訂正請求の趣旨

本件訂正請求の趣旨は「特許第6256346号の特許請求の範囲を本件請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1?5について訂正することを求める。」というものである。

2 訂正事項

本件訂正請求に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の訂正事項のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示すために当審において付したものである。

(1)訂正事項1

請求項1の「珪素酸化物」という記載を「珪素酸化物(組成式SiOx、xは0<x≦2)」という記載に訂正する。

(2)訂正事項2

請求項1の「前記珪素の結晶子のサイズが2nm以上」という記載を「前記珪素の結晶子のサイズが2nm以上8nm以下」という記載に訂正する。

(3)訂正事項3

請求項1の「であるリチウムイオン二次電池用負極材料。」という記載を「であり、前記炭素が低結晶性炭素であるリチウムイオン二次電池用負極材料。」という記載に訂正する。

(4)訂正事項4

請求項2を削除する。

(5)訂正事項5

請求項3の「請求項1又は請求項2に記載の」という記載を「請求項1に記載の」という記載に変更する。

(6)訂正事項6

請求項4の「請求項1?請求項3のいずれか1項に記載の」という記載を「請求項1又は請求項3に記載の」という記載に変更する。

3 一群の請求項について

本件訂正前の請求項1?5は、請求項2?5が、本件訂正請求の対象である請求項1を引用する関係にあるから、本件訂正は、一群の請求項である請求項1?5について請求されたものであり、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

4 訂正要件の検討

(1)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否,新規事項の有無

ア 訂正事項1?3について

(ア)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否

訂正事項1に係る本件訂正は、「珪素酸化物」を「珪素酸化物(組成式SiOx、xは0<x≦2)」に限定するものであり、訂正事項2に係る本件訂正は、「珪素の結晶子のサイズ」の上限を「8nm以下」に限定するものであり、訂正事項3に係る本件訂正は、「炭素が低結晶性炭素である」ことを限定するものであるから、いずれも、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(イ)新規事項の有無

a 本件特許の願書に添付された明細書及び図面(以下、「本件明細書等」という。)には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表し、下線は当審において付した(以下同様)。
「珪素酸化物・・・は・・・組成式SiOx(xは0<x≦2)で表される場合があり、この場合も本発明の珪素酸化物とする。」(【0019】)
「珪素の結晶子のサイズは8nm以下であることが好ましく・・・結晶子サイズが8nm以下の場合には、珪素酸化物中で珪素の結晶子が局在化しにくくなるため、珪素酸化物内でリチウムイオンが拡散しやすく、良好な放電容量が得られやすい。」(【0021】)
「前記炭素は、低結晶性であることが好ましい。低結晶性とは、下記R値において、0.5以上であることを意味する。」(【0029】)

b 前記aの記載によれば、訂正事項1?3に係る本件訂正は、いずれも本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであるといえるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

イ 訂正事項4について

訂正事項4に係る本件訂正は、請求項2を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合し、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 訂正事項5,6について

訂正事項5,6に係る本件訂正は、訂正事項4に係る本件訂正によって請求項2が削除されたことに伴い、請求項3,4の記載を請求項2の記載を引用しない記載に訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合し、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

(2)独立特許要件

特許異議の申立ては、本件訂正前の請求項1?5の全請求項に対してされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

5 小括

以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第4項並びに、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の請求単位とする求めもない。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、請求項〔1?5〕について訂正することを認める。

第3 当審の判断

1 本件発明

本件訂正が認められたので、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」という。)は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
珪素酸化物(組成式SiOx、xは0<x≦2)の表面の一部又は全部に炭素を有してなり、前記炭素が0.5質量%以上5質量%未満で含まれ、前記珪素酸化物中に珪素の結晶子を含み、前記珪素の結晶子のサイズが2nm以上8nm以下であり、前記炭素が低結晶性炭素であるリチウムイオン二次電池用負極材料。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
粉末X線回折(XRD)測定を行ったとき、Si(111)に帰属される回折ピークが観察される請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用負極材料。
【請求項4】
前記集電体上に設けられる、請求項1又は請求項3に記載の負極材料を含む負極材層と、
を有するリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項5】
正極と、請求項4に記載のリチウムイオン二次電池用負極と、電解質と、を備えるリチウムイオン二次電池。」

2 取消理由通知に記載した取消理由について

(1)取消理由の内容

本件訂正前の請求項1及び請求項1を引用する請求項3?5に対し、平成30年9月26日付けで当審から特許権者に通知した取消理由の内容は以下のとおりである。

ア 取消理由1(新規性欠如・進歩性欠如)

本件特許の請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項3?5に係る発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。
仮にそうでないとしても、本件特許の請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項3?5に係る発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
その理由は、特許異議申立書の
第9頁第9行?第16頁下から第9行,
第19頁第6行?第21頁下から第5行,
第22頁第10行?第28頁第4行(ただし、第24頁「B.進歩性欠如の理由」「(i-6)」の第1段落に記載された「本件特許発明1?5」(2箇所)という記載は、「本件特許発明1,3?5」と読み替える。),
第28頁下から第7行?第32頁第1行(ただし、第30頁「B.進歩性欠如の理由」「(ii-6)」の第1段落に記載された「本件特許発明1?5」(2箇所)という記載は、「本件特許発明1,3?5」と読み替える。)
に記載されたとおりである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2011-222151号公報
甲第2号証:特開2010-225494号公報

イ 取消理由2(拡大先願)

本件特許の請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項3?5に係る発明は、甲第3号証に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の発明者と甲第3号証に記載された発明の発明者は同一ではなく、本件特許の出願時において、本件特許の出願人と甲第3号証に係る特許出願の出願人も同一ではないので、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。
その理由は、特許異議申立書の
第16頁下から第8行?第19頁第5行(ただし、第16頁下から第6行の「(3A)0030?0035」を「(3A)0014,0030?0035」と読み替えた上で、段落[0030]の引用前に、段落[0014]の引用を追加する。),
第32頁第2行?第34頁第8行,
第34頁最下行?第36行下から第5行(ただし、第35頁第7行の「記載されており、」の直後に、「段落0014の記載も勘案すると、」という記載を追加する。)
に記載されたとおりである。

[証拠方法]
甲第3号証:特願2012-132953号(特開2013-258032号公報)

ウ 取消理由3(サポート要件違反)

本件特許の請求項1では「珪素酸化物が組成式SiOx(xは0<x≦2)で表される点」(段落【0019】)及び「珪素酸化物中に含まれる結晶子のサイズが8nm以下である点」(段落【0021】)が特定されていないから、本件特許の請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
その理由は、特許異議申立書の第36頁下から第37頁第9行,第37頁第13行?第38頁第10行に記載のとおりである。
したがって、本件特許の請求項1及びこれを引用する請求項2?5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)取消理由の検討

ア 取消理由1(新規性欠如・進歩性欠如)について

(ア)本件訂正によって、本件発明1は、「炭素」が「低結晶性」である点を発明特定事項として含むものとなった。

(イ)ここで、前記(ア)の「炭素」が「低結晶性」である点に関し、本件明細書等には、以下の記載がある。
「前記炭素は、低結晶性であることが好ましい。低結晶性とは、下記R値において、0.5以上であることを意味する。
前記炭素は、励起波長532nmのレーザーラマン分光測定により求めたプロファイルの中で、1360cm^(-1)付近に現れるピークの強度をId、1580cm^(-1)付近に現れるピークの強度をIgとし、その両ピークの強度比Id/Ig(D/Gとも表記する)をR値とした際、そのR値が0.5以上1.5以下あることが好ましく、0.7以上1.3以下であることがより好ましく、0.8以上1.2以下であることがより好ましい。
R値が、0.5以上であると高い放電容量が得られる傾向があり、1.5以下であると不可逆容量の増大を抑制できる傾向がある。」(【0029】)
「ここで、1360cm^(-1)付近に現れるピークとは、通常、炭素の非晶質構造に対応すると同定されるピークであり、例えば、1300cm^(-1)?1400cm^(-1)に観測されるピークを意味する。また、1580cm^(-1)付近に現れるピークとは、通常、黒鉛結晶構造に対応すると同定されるピークであり、例えば、1530cm^(-1)?1630cm^(-1)に観測されるピークを意味する。」(【0030】)

(ウ)前記(イ)の記載によれば、本件発明2における「低結晶性」とは、励起波長532nmのレーザーラマン分光測定により求めたプロファイルの中で、炭素の非晶質構造に対応すると同定される1360cm^(-1)付近に現れるピークの強度をId、黒鉛結晶構造に対応すると同定される1580cm^(-1)付近に現れるピークの強度をIgとし、両ピークの強度比Id/IgをR値とした際に、当該R値が0.5以上であることを意味し、当該R値を0.5以上とすることによって、高い放電容量が得られる傾向があるものと認められる。

(エ)甲第1号証の記載事項について

a 甲第1号証の記載事項のうち、本件発明1に最も近い内容が記載された実施例11に着目すると、実施例11における炭素被覆については、「珪素-珪素酸化物系複合体粉末を、処理時間を1時間とした以外は実施例1と同様の条件で熱CVD処理し、被覆炭素量が1%の炭素被覆された珪素-珪素酸化物系複合体粉末を得た。」(【0086】)と記載され、実施例1の炭素被覆については、「珪素-珪素酸化物系複合体粉末にメタンガスを原料とし、1000Paの減圧下、1100℃で熱CVD処理を5時間行い、粉末の表面を炭素で被覆した。その結果、被覆炭素量は被覆を含めた粉末全体に対して5%であった。」(【0063】)と記載されているから、実施例11の炭素被膜は、「珪素-珪素酸化物系複合体粉末にメタンガスを原料とし、1000Paの減圧下、1100℃で熱CVD処理を1時間行う」ことによって形成されたものである。
しかし、甲第1号証には、実施例11における炭素被膜に対してレーザーラマン分光測定を行ったことは記載されていないから、当該炭素被膜の前記R値(前記ア(ウ))が0.5以上であるか否かは不明である。

b また、甲第1号証には、熱CVD処理で炭素被覆した場合における炭素被膜の結晶性に関し、「熱CVD処理の温度を、800℃以上とすることによって、炭素被膜と珪素-珪素酸化物系複合体との融合、炭素原子の整列(結晶化)を十分かつ確実に行うことができ、より高容量でサイクル耐久性に優れた非水電解質二次電池用負極材が得られる。」(【0044】)と記載されているから、1100℃で熱CVD処理を1時間行った実施例11における炭素被膜についても、炭素原子の整列(結晶化)が十分かつ確実に行われたものと認められる。
そうすると、仮に、実施例11における炭素被膜に対してレーザーラマン分光測定を行ったとしても、当該炭素膜は、結晶化が十分かつ確実に行われていることから、黒鉛結晶構造に対応するピークの強度Igの値が、炭素の非晶質構造に対応するピークの強度Idの値に比べて大きくなって、Id/Igが0.5以上になるとはいえない。
さらに、甲第1号証の他の箇所にも、炭素被膜におけるId/Igの値が0.5以上になることは、記載も示唆もされていない。

c したがって、甲第1号証には、本件発明1の「炭素」が「低結晶性」である点に相当する事項が記載されているとはいえない。

(オ)甲第2号証の記載事項について

a 甲第2号証の記載事項のうち、本件発明1に最も近い内容が記載された実施例2に着目すると、「実施例1と同じ熱処理粒子を使用し、50質量%フッ化水素水溶液(フッ酸)5mLを57.5mL(フッ化水素濃度10質量%、熱処理粒子100gに対してフッ化水素28.75g)とした他は実施例1と同様な処理を行って黒色粒子90.6gを得た。」(【0034】)と記載され、実施例1における炭素被膜の形成方法は、「炉内を減圧しつつ炉内を1,100℃に昇温し、1,100℃に達した後にCH_(4)ガスを0.3NL/min流入し、5時間のカーボン被覆処理を行った。なお、この時の減圧度は800Paであった。」(【0031】)とされているところ、かかる炭素被膜の形成方法は、甲第1号証の実施例11における「珪素-珪素酸化物系複合体粉末にメタンガスを原料とし、1000Paの減圧下、1100℃で熱CVD処理を1時間行う」(前記(エ)a)と同程度の条件で行われたものと認められるから、前記(エ)bの検討と同様の理由により、仮に、甲第2号証の実施例2における炭素被膜に対してレーザーラマン分光測定を行ったとしても、当該炭素膜は、結晶化が十分かつ確実に行われていることから、黒鉛結晶構造に対応するピークの強度Igの値が、炭素の非晶質構造に対応するピークの強度Idの値に比べて大きくなって、Id/Igが0.5以上になるとはいえない。
さらに、甲第2号証の他の箇所にも、炭素被膜におけるId/Igの値が0.5以上になることは、記載も示唆もされていない。

b したがって、甲第2号証には、本件発明1の「炭素」が「低結晶性」である点に相当する事項が記載されているとはいえない。

(カ)なお、本件明細書等には、「炭素源を炭素化するための熱処理温度は、炭素源が炭素化する温度であれば特に制限されず、700℃以上であることが好ましく、800℃以上であることがより好ましく、900℃以上であることが更に好ましい。また、炭素を低結晶性とする観点及び前記珪素の結晶子を所望の大きさで生成させる観点からは、1300℃以下であることが好まし」い(【0034】)という記載があるが、かかる記載は、原料である炭素源が分解して炭素となるために必要な温度の熱処理を要する一方で、温度が1300℃を超えてしまうと低結晶化が困難又は不可能になることをいうもので、熱処理温度を1300℃以下にすれば、炭素源の種類や炭素被膜の製法によらず、無条件に低結晶性の炭素被膜が得られることを意味するものではないから、甲第1号証の実施例11(前記(エ)a)及び甲第2号証の実施例2(前記(オ)a)のいずれにおいても1300℃よりも低い1100℃で熱処理をしているからといって、そのことのみによって、前記イ(ウ)及びウ(イ)の判断が左右されるものではない。

(キ)以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるとはいえず、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
また、請求項1を引用する請求項3?5に係る発明である本件発明3?5についても、本件発明1と同様の理由により、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるとはいえず、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
よって、本件訂正によって、取消理由1は解消した。

イ 取消理由2(拡大先願)について

(ア)甲第3号証の記載事項のうち、本件発明1に最も近い内容が記載された実施例1に着目すると、甲第3号証には、実施例1における炭素被膜の形成方法に関し、「油回転式真空ポンプで100Pa以下まで減圧しつつ、300℃/hrの昇温速度で1000℃まで昇温、保持した。次に、メタンガスを0.1NL/minで流入し、15時間のカーボン被覆処理(CVD処理)を行った。なお、この時の減圧度は1000Paであった。」(【0030】)とされているところ、かかる炭素被膜の形成方法は、甲第1号証の実施例11における「珪素-珪素酸化物系複合体粉末にメタンガスを原料とし、1000Paの減圧下、1100℃で熱CVD処理を1時間行う」(前記ア(エ)a)と同程度の条件で行われたものと認められるから、前記ア(エ)bの検討と同様の理由により、仮に、甲第3号証の実施例1における炭素被膜に対してレーザーラマン分光測定を行ったとしても、当該炭素膜は、結晶化が十分かつ確実に行われていることから、黒鉛結晶構造に対応するピークの強度Igの値が、炭素の非晶質構造に対応するピークの強度Idの値に比べて大きくなって、Id/Igが0.5以上になるとはいえない。
さらに、甲第3号証の他の箇所にも、炭素被膜におけるId/Igの値が0.5以上になることは、記載も示唆もされていない。

(イ)なお、前記(ア)の判断が、本件明細書の【0034】の記載に左右されないことは、前記ア(カ)で検討したとおりである。

(ウ)したがって、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明と同一であるとはいえない。
また、請求項1を引用する請求項3?5に係る発明である本件発明3?5についても、本件発明1と同様の理由により、甲第3号証に記載された発明と同一であるとはいえない。
よって、本件訂正によって、取消理由2は解消した。

ウ 取消理由3(サポート要件違反)について

本件訂正により、本件発明1において、「珪素酸化物が組成式SiOx(xは0<x≦2)で表される点」及び「珪素酸化物中に含まれる結晶子のサイズが8nm以下である点」が特定され、請求項3?5は請求項1を引用しているから、本件訂正によって、取消理由3は解消した。

3 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

(1)取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由の概要

本件訂正前の請求項1?5に対する特許異議申立理由のうち、取消理由通知において採用しなかったものの概要は、以下のとおりである。

ア 申立理由1(新規性欠如・進歩性欠如)

本件特許の請求項2に係る発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。
仮にそうでないとしても、本件特許の請求項2に係る発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2011-222151号公報
甲第2号証:特開2010-225494号公報

イ 申立理由2(拡大先願)

本件特許の請求項2に係る発明は、甲第3号証に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の発明者と甲第3号証に記載された発明の発明者は同一ではなく、本件特許の出願時において、本件特許の出願人と甲第3号証に係る特許出願の出願人も同一ではないので、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。

[証拠方法]
甲第3号証:特願2012-132953号(特開2013-258032号公報)

ウ 申立理由3(明確性要件違反)

本件特許の請求項1?5に係る発明は、「珪素の結晶子のサイズ」の上限が規定されていないため、発明の技術的範囲が不明確である。
したがって、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

エ 申立理由4(明確性要件違反・実施可能要件違反)

本件特許の請求項1?5に係る発明は、「珪素酸化物」に、どのような範囲のものまでが包含されるのかが不明確であり、その結果、その実施をするために当業者に過度の試行錯誤を強いることになる。
したがって、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)申立理由の検討

ア 申立理由1,2について

本件訂正によって、請求項2は削除されたから、申立理由1,2の対象となる請求項は存在しないものとなった。

イ 申立理由3,4について

本件訂正により、本件発明1において、「珪素酸化物中に含まれる結晶子のサイズが8nm以下である点」及び「珪素酸化物が組成式SiOx(xは0<x≦2)で表される点」が特定され、請求項3?5は請求項1を引用しているから、本件訂正によって、申立理由3,4は、いずれも解消した。

第4 むすび

以上のとおり、請求項1,3?5に係る本件特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、取り消すことはできない。
また、請求項2は本件訂正により削除され、請求項2に係る本件特許に対する特許異議の申立ては、その対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
珪素酸化物(組成式SiOx、xは0<x≦2)の表面の一部又は全部に炭素を有してなり、前記炭素が0.5質量%以上5質量%未満で含まれ、前記珪素酸化物中に珪素の結晶子を含み、前記珪素の結晶子のサイズが2nm以上8nm以下であり、前記炭素が低結晶性炭素であるリチウムイオン二次電池用負極材料。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
粉末X線回折(XRD)測定を行ったとき、Si(111)に帰属される回折ピークが観察される請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用負極材料。
【請求項4】
集電体と
前記集電体上に設けられる、請求項1又は請求項3に記載の負極材料を含む負極材層と、
を有するリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項5】
正極と、請求項4に記載のリチウムイオン二次電池用負極と、電解質と、を備えるリチウムイオン二次電池。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-02-12 
出願番号 特願2014-543370(P2014-543370)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 161- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 536- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 高木 康晴  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 長谷山 健
中澤 登
登録日 2017-12-15 
登録番号 特許第6256346号(P6256346)
権利者 日立化成株式会社
発明の名称 リチウムイオン二次電池用負極材料、リチウムイオン二次電池用負極及びリチウムイオン二次電池  
代理人 特許業務法人太陽国際特許事務所  
代理人 特許業務法人太陽国際特許事務所  

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