• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A01N
審判 全部申し立て 2項進歩性  A01N
管理番号 1350684
異議申立番号 異議2018-700978  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-05-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-04 
確定日 2019-03-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6339725号発明「ノロウイルス不活性化剤及び衛生資材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6339725号の請求項1?9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6339725号の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成29年5月23日に出願され、平成30年5月18日にその特許権の設定登録がされ、同年6月6日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1?9に係る発明の特許に対し、平成30年12月4日に特許異議申立人生稲まよみ(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6339725号の請求項1?9の特許に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明9」といい、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
水と、エタノールと、陽イオンと、陰イオンと、酸剤とを含む水溶液状のノロウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、リン酸、酒石酸、アジピン酸及びコハク酸からなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、Na^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、K^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びBr^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、K^(+)及びNO_(3)^(-)の組み合わせ、K^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ、又は、NH_(4)^(+)及びSCN^(-)の組み合わせであり、
但し、前記酸剤が、リンゴ酸又はリン酸のみからなる場合、前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、K^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びBr^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、K^(+)及びNO_(3)^(-)の組み合わせ、K^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ、又は、NH_(4)^(+)及びSCN^(-)の組み合わせであり、
前記ノロウイルス不活性化剤は、アルカノールアミンを含まないことを特徴とするノロウイルス不活性化剤。
【請求項2】
前記酸剤として、少なくともクエン酸及び酒石酸を含む請求項1に記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項3】
前記ノロウイルス不活性化剤中の前記エタノールの質量濃度は、8.05?85.70重量%である請求項1又は2に記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項4】
前記ノロウイルス不活性化剤中の前記陽イオン及び前記陰イオンの合計質量濃度は、0.001?5.0重量%である請求項1?3のいずれかに記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項5】
前記ノロウイルス不活性化剤中の前記陽イオンのイオン当量は、0.05?1500mEq/Lである請求項1?4のいずれかに記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項6】
前記ノロウイルス不活性化剤中の前記陰イオンのイオン当量は、0.05?1500mEq/Lである請求項1?5のいずれかに記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項7】
前記ノロウイルス不活性化剤中の前記酸剤の質量濃度は、0.01?5.0重量%である請求項1?6のいずれかに記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項8】
前記ノロウイルス不活性化剤のpHは、2?8である請求項1?7のいずれかに記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項9】
請求項1?8のいずれかに記載のノロウイルス不活性化剤を含むことを特徴とする衛生資材。」

第3 申立理由の概要及び証拠方法
1 申立理由の概要
特許異議申立人は、後記2の証拠を提出した上で、以下の申立理由を主張している。

(1)特許法第29条第2項(以下「理由1」という。)

本件発明1、3?8は、本件出願日前に頒布された以下の甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1、3?8に係る特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

(2)特許法第29条第2項(以下「理由2」という。)

本件発明1?9は、本件出願日前に頒布された以下の甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証?甲第5号証に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1?9に係る特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

(3)特許法第36条第6項第1号(以下「理由3」という。)

本件発明1?9は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許請求の範囲の記載が、概略下記の点で特許法第36条第6項第1号に適合するものでなく、本件特許は同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、本件発明1?9に係る特許は、同法第113条第4号の規定により取り消すべきものである。



本件発明には、陽イオン、陰イオン濃度が相当低い場合が包含され、この場合、タンパク質の塩析又は塩溶が十分に起こらず、その結果、エタノールがノロウイルスと十分に接することができず、所望のウイルス不活性化作用を奏しない蓋然性が高い発明が含まれており、本件発明の課題が解決されないことは当業者に明らかであるから、本件発明1?9は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(4)特許法第36条第6項第1号(以下「理由4」という。)

本件発明1?9は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許請求の範囲の記載が、概略下記の点で特許法第36条第6項第1号に適合するものでなく、本件特許は同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、本件特許は、同法第113条第4号の規定により取り消すべきものである。



出願時の技術常識を参酌すると、金属塩の種類によって殺菌効果は変化し、特定の酸剤に対して殺菌効果を増強するのは特定の塩のみである蓋然性が高いから、本件発明の広範な酸剤と塩との組み合わせにおいては、所望の効果が発揮されないものが含まれており、本件発明の課題が解決されないことは当業者に明らかであるから、本件発明1?9は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

2 証拠方法

甲第1号証:特開2015-071589号公報
甲第2号証:特開2014-129372号公報
甲第3号証:特開2003-190069号公報
甲第4号証:特開2004-081880号公報
甲第5号証:特開2005-211588号公報
甲第6号証:Journal of Bacteriology, 1938, Vol.35, No.6, pp.633-639
甲第7号証:Journal of Bacteriology, 1953, Vol.66. No.4, pp.421-423

第4 申立理由についての当審の判断
1 理由1について
(1)各甲号証の記載
ア 甲第1号証
甲第1号証には以下の記載がある。
(1a)「【請求項1】
(a)40?90%(v/v)の低級アルコールと、
(b)リン酸、リンゴ酸、又はこれら両方と、
(c)炭素数5以下の第一級アルカノールアミン、炭素数5以下の第一級アルキルアミン、炭素数10以下の第二級アルカノールアミン、炭素数10以下の第二級アルキルアミン、炭素数15以下の第三級アルカノールアミン及び炭素数15以下の第三級アルキルアミンからなる群から選択される少なくとも1種のアミンと、
(d)ハロゲンとアルカリ金属又はアルカリ土類金属との塩の少なくとも1種とを含み、pHが4?9である消毒剤。」

(1b)「【0004】
このようなアルコール消毒剤に伴う問題に対しては、従来、アルカリ又は酸を添加して消毒剤のpHを強アルカリ性又は強酸性にすることが行われていた(非特許文献1、3?6、特許文献1、4)。例えば、76.9?81.4容量%のエタノールにリン酸を添加してpHを3以下(本発明者確認)とし、保湿剤としてグリセリン、ミリスチン酸イソプロピル及びアラントインを含む速乾性の手指消毒剤が販売されている(非特許文献1及び6)。
このような強酸性又は強アルカリ性の選択は、ノンエンベロープウイルスに対する殺ウイルス効果を高める意図でなされているものであるが、皮膚に対する刺激が強いことや、金属及び繊維に対する悪影響が指摘されている(非特許文献1、特許文献1)。」

(1c)「【0008】
本発明は、このような従来のアルコール消毒剤に対し、弱酸から弱アルカリ性のpHを有し皮膚に対する刺激が少ないアルコール消毒剤としながらも、亜鉛塩などの重金属塩に寄らずにノンエンベロープウイルスに対しても短時間で十分な殺活性を発揮できる消毒剤を提供することを目的とする。」

(1d)「【0015】
本発明の消毒剤で用いる低級アルコールは、典型的には炭素数5以下のアルコールであり、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、N-プロパノール、ブタノール又はこれらの混合物を挙げることができる。中でも毒性が低く、国内で汎用されている点でエタノール及びイソプロパノールが好ましい。イソプロパノールは、エンベロープを有するウイルスに対しては、エタノールよりも短い接触時間で有効であり、逆にエンベロープを持たないウイルスに対してはエタノールの方がより短時間で有効である。
消毒剤のアルコール含有量は、広範囲の細菌及びウイルスに対する殺効果の観点から、40?90%(v/v)が好ましく、60?90%(v/v)がより好ましく、70?90%(v/v)が特に好ましい。なお、アルコール濃度の調整は、通常、精製水で行えばよい。
【0016】
本発明の消毒剤では、酸として、リン酸及びリンゴ酸の何れか1種又はこれらの組合せを含む。これらの酸は、後述するアミン及び任意に塩と組み合わせることで、弱酸性から弱アルカリ性の消毒剤としながらも、アルコールによるノンエンベロープウイルスに対する殺ウィルス活性を増強できる。中でも、リン酸はアルコールによる殺ウイルス活性の増強効果が大きいので、本発明の消毒剤では、酸として、リン酸又はこれとリンゴ酸の組合せを含むことが好ましく、リン酸単独を酸として含有するものが特に好ましい。
これら酸の含有量は、消毒剤のpHを弱酸から弱アルカリとするために後述するアミンの含有量に応じて調整されるが、殺ウイルス活性維持の点から消毒剤中0.1?2%(w/v)含有することが好ましく、0.3?1%(w/v)含有することがより好ましい。
【0017】
本発明の消毒剤では、塩基として、アミンを含み、第一級アルカノールアミン、第一級アルキルアミン、第二級アルカノールアミン、第二級アルキルアミン、第三級アルカノールアミン及び第三級アルキルアミンからなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。第一級アルカノールアミンとしては、炭素数5以下のものが好ましく、例えば、モノエタノールアミン、モノn-プロパノールアミン、及びモノイソプロパノールアミン等を挙げることができる。第一級アルキルアミンとしても炭素数5以下のものが好ましく、例えば、エチルアミン、n-プロピルアミン、及びイソプロピルアミン等を挙げることができる。また、第二級アルカノールアミンとしては、炭素数10以下のものが好ましく、例えばジエタノールアミン、ジn-プロパノールアミン、及びジイソプロパノールアミン等を挙げることができ、第二級アルキルアミンとしても、炭素数10以下のものが好ましく、例えばジエチルアミン等を挙げることができる。また、第三級アルカノールアミンとしては、炭素数15以下のものが好ましく、例えばトリエタノールアミン、トリn-プロパノールアミン、及びトリイソプロパノールアミン等を挙げることができ、第三級アルキルアミンとしても、炭素数15以下のものが好ましく、例えばトリエチルアミン等を挙げることができる。これらのアミンは、他の塩基とは異なり、上述したリン酸等を含む強酸性のアルコールに添加してpHを弱酸から弱アルカリとしても、アミン添加前の強酸性のアルコールと同レベルの殺ウイルス活性を発揮することができる。また、後述する塩との組合せで殺ウイルス活性を増強することができる。
上述したアミンの中でも、殺ウイルス活性の増強効果が大きな点で、第一級アルカノールアミン、第一級アルキルアミン、第二級アルカノールアミン、又は第二級アルキルアミンが好ましく、第一級アルカノールアミン又は第一級アルキルアミンがより好ましい。」

(1e)「【0019】
本発明の消毒剤においては、更に、ハロゲンとアルカリ金属又はアルカリ土類金属との塩を含むことが好ましい。このような塩は、一般的には、殺ウイルス作用へ関与するものとは理解されていないが、驚くべきことに、これらの塩を上述の酸及びアミンと組み合わせると、殺ウイルス効果が更に増強される。
このような塩としては、例えば塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化カリウム、及び塩化マグネシウム等を挙げることができる。これらの塩の中でも、殺ウイルス活性の増強効果が大きな点で、塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム又は塩化カリウムが好ましい。
これらの塩の含有量は、殺ウイルス活性の増強効果の点から、0.1%(w/v)以上が好ましく、アルコール溶液中の溶解性の点から、2%(w/v)以下が望ましい。また、70?90%(v/v)の高アルコール濃度の消毒剤では、前述した点から、0.1?0.3%(w/v)とすることが好ましい。なお、酸としてリン酸を含む消毒剤、好ましくは酸としてリン酸のみを含む消毒剤では、上述の塩なしで、十分な殺ノンエンベロープウイルス活性を発揮し得るが、殺ウイルス活性が更に増強される点で塩を含むことが好ましい。一方、酸としてリンゴ酸等のリン酸以外の酸のみを含む消毒剤では、上述の塩なしでは十分な殺ノンエンベロープウイルス活性を発揮し難い。従って、このような消毒剤では、特に塩を含有させることが好ましい。
【0020】
本発明の消毒剤は、上述した酸とアミンとを組み合わせて消毒剤のpHを4?9にすることを特徴とする。このようなpHの消毒剤では皮膚への刺激が少なく繊維や金属の影響も少ないが、ノンエンベロープウイルスに対する殺ウイルス活性が低下するといった問題が認識されていた。本発明の消毒剤は、このようなpHを有しながらも亜鉛イオンなどの重金属イオンに拠ることなくノンエンベロープウイルスに対する十分な殺ウイルス活性を有する。
ノンエンベロープウイルスに対してより高い殺ウイルス活性を付与する点では、pHを4以上8未満とすることがより好ましく、4?6とすることが更に好ましく、4?5.5とすることが特に好ましい。本発明においては、上述の酸とアミンの含有量を調整することでこのようなpHを達成することが好ましい。具体的には、上述の酸とアミンとの重量比(酸:アミン)を、9:2?1:5とすることが好ましく、6:2?1:2とすることがより好ましく、12:4?3:4とすることが特に好ましい。」

(1f)「【0027】
本発明の消毒剤は、ノロウイルス、ポリオウイルス、アデノウイルス、及びロタウイルスなどのノンエンベロープウイルスに対して高い殺ウイルス効果を有することから、このようなウイルスに対する殺ウイルス用消毒剤として好適である。特に、ノロウイルスに対しては高い殺ウイルス効果を有する。また、インフルエンザウイルス等のエンベロープウイルスにも有効であり、広範囲の細菌にも有効である。」

(1g)「【0031】
1.消毒剤の調製
[実施例1]
95%エタノール83mlに、リン酸0.5g及びリンゴ酸0.07gと、ジイソプロパノールアミン0.425gと、塩化ナトリウム0.2gとを添加し、更に精製水を加えて合計量を100mlとし、攪拌混合してpH4.5の消毒剤を調製した。
[実施例2?17及び比較例1?27]
以下の表に示す組成としたこと以外は、実施例1と同様にして消毒剤を調製した。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
【表5】



(1h)「【0038】
2.ノンエンベロープウイルスに対する殺ウイルス効果試験(1)
2-1.試験方法
ノンエンベロープウイルスに対する殺ウイルス効果をまず次の2つの簡易方法で評価した。
【0039】
[FCVに対する殺ウイルス効果による試験]
ネコ腎由来株化細胞(CRFK cells) ATCC CCL-94にネコカリシウイルス(Feline Calicivirus: FCV) ATCC VR-782を感染させた。ネコカリシウイルスはノロウイルスと同じカリシウイルス科に属しており、培養細胞系が確立していないノロウイルスの代替ウイルスとして使用されている。ウイルス液0.3mLに2.7g(2.7mL相当)の薬剤を混和し、次いで30秒経過時に等量の培地で希釈することにより反応を停止した。次いでその試料を倍々希釈により希釈系列を作成し、得られた各希釈液をCRFK細胞に感染させて培養した。
薬効は、CRFK細胞の細胞変性効果を指標とし50%組織培養感染価(TCID50)の対数減少値を求めた。」

(1i)「【0041】
2-2.試験結果
実施例1?3及び比較例1?7の消毒剤についてFCVに対する殺ウイルス効果を試験した結果を表7に示し、実施例4?17、並びに比較例8?20の消毒剤についてMS2ファージに対する殺ファージ効果を試験した結果を表8から11に示し、比較例21?27の消毒剤についてFCVに対する殺ウイルス効果を試験した結果を表12に示す。
【0042】
【表7】



イ 甲第2号証
甲第2号証には以下の記載がある。
(2a)「【請求項1】
カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物に、有効成分としてエタノールと酸を含み、pHが2.5?5.0の範囲にある水溶液からなる組成物を接触させることを含む、タンパク質共存下のカリシウイルスを不活化する方法。」

(2b)「【要約】(修正有)
【課題】次亜塩素酸ナトリウム水溶液のような危険性を有さず、かつ被消毒物に含まれるノロウイルス等のカリシウイルスを、タンパク質を主成分とする有機物の共存下であっても有効に失活化または不活化できる方法を提供する。」

(2c)「【0015】
そこで本発明の目的は、次亜塩素酸ナトリウム水溶液のような危険性を有さず、かつ被消毒物に含まれるノロウイルス等のカリシウイルスを、タンパク質を主成分とする有機物の共存下であっても有効に失活化または不活化できる方法を提供することにある。
【0016】
本発明者らは、エタノール水に対して特定の範囲のpHを示すように酸を共存させたエタノール製剤(組成物)を用いることで、タンパク質を主成分とする有機物が共存するカリシウイルスを不活化できることを見出して、本発明を完成させた。尚、本明細書において、カリシウイルスの不活化と失活化は同義で使用し、カリシウイルスが不活化または失活化した状態とは、ウイルスの感染力が実質的に失われ、無毒化された状態を意味し、具体的にはウイルスの感染価がコントロールに比べ10^(-4)以下になった場合を意味する。」

(2d)「【0021】
本発明に用いる組成物におけるエタノール濃度は、組成物の使用方法(原液のままで使用するのか、あるいは適当に希釈したものを使用するのか等)によって適宜選択できるが、例えば、40?85%(w/w)の範囲であることが、カリシウイルスの不活化が確実に得られるという観点からは適当である。エタノール濃度がこの範囲であれば、細菌への効果も同時に期待されることが多く、一般的にこの濃度が細菌の殺菌に効果が高いと言われている。また、エタノール濃度が低いと噴霧等の適用後の乾燥が遅くなり、次の作業に移るまでに時間がかかってしまうため、一定以上の濃度とすることが適当である。エタノールのさらに好ましい濃度は、40?59%(w/w)である。60%を超えると消防法上の危険物となり、取り扱いに制限が生じるからである。また、エタノール濃度が高くなると、酸および塩として、クエン酸、クエン酸塩等の溶解性が低くなるため、製造面、製品の安定性の面で扱いにくい場合がある。
【0022】
エタノールに併用する酸は、例えば、有機酸または無機酸であることができ、有機酸として、酢酸、酒石酸、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、フィチン酸、無機酸として硫酸、塩酸、硝酸、リン酸等を挙げることができる。酸の濃度は、組成物のpHを考慮して適宜決定できるが、例えば、1?10%の範囲であることができる。酸の濃度は、低すぎると吐瀉物等の使用対象に含まれるタンパク質の緩衝能により、不活化効果が低下する可能性があり、他方、高すぎると、エタノール製剤の使用後、水やエタノールが揮発した後に固形分が残存して洗浄等で除去が必要な場合が出てくるので、上記範囲が好ましい。また、酸の種類によっては、酸が濃縮されて金属腐食を促進する恐れが生じる場合もある。酸の好ましい濃度は、1%?5%程度である。5%より濃い場合には、組成物の使用後、水やエタノールが揮発した後に固形分が残存し易く、見た目に目立つこともあるからである。酸のより好ましい濃度は、1%?3%程度である。
【0023】
上記組成物は、pHを2.5?5.0の範囲に設定する。pHが2.5未満となり、低くなりすぎると、金属腐食等の悪影響がより大きくなるためpH2.5以上が好ましい。pHのより好ましい範囲は、カリシウイルスの不活化効果が確実に得られるという観点から、2.5?4.5の範囲であり、さらに好ましくは2.8?4.0、より好ましくは3.0?3.5の範囲である。この範囲であればほぼ確実にウイルスを不活化できるが、3.5を超えると使用条件により不活化効果が低下することがある。例えば、吐瀉物等、使用対象が緩衝能をもつ場合、不活化効果が低下する傾向がある。但し、pH4.0以下であれば、多くの場合ウイルス不活化効果は発揮される。」

(2e)「【0029】
上記のようにカリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物が吐瀉物または糞尿である場合、床や寝床等に排泄等される場合があり、これの適切かつ安全な処理方法が、医療現場や介護現場で望まれている。本発明の方法では、吐瀉物または糞尿が、床や寝床等の施設または物品表面に排泄等され、存在する場合、即ち、カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物が、床や寝床等の施設または物品表面に存在する場合、前記施設または物品表面の少なくとも一部または全部に水透過性及び/又は保持性のシートを被覆する。好ましくは、前記表面に存在する前記物の少なくとも一部を拭き取り、前記物を拭き取った後の施設または物品表面に前記シートを被覆する。次いで、前記シート上に前記組成物を供給して、シート下の前記表面に前記組成物を接触させ、接触後、所定時間放置する。所定時間は、例えば、1?10分、好ましくは3?5分とすることができる。上記所定時間の放置により、施設または物品表面に存在する物にカリシウイルスの存在する場合、タンパク質が共存するにも関わらずカリシウイルスを不活化することができる。前記組成物の供給量は、床や寝床等の施設または物品表面に存在するカリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物の量に応じて適宜決定できる。後述の実施例に示すように、前記組成物は、その組成に応じて、組成物が前記タンパク質を含有する物に供給された状態(混在状態)において、40mg/ml以下のタンパク質量の場合にカリシウイルス不活化効果を奏する。従って、前記組成物の供給量は、この点を考慮して適宜決定でき、カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物の量が多い場合には、それに応じた量の前記組成物を供給する。カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物の量1に対して前記組成物の供給量(容量比)で、例えば、0.5?100の範囲、好ましくは1?20の範囲とすることができる。上記シートを被覆することなしに上記組成物を施設または物品表面に存在するカリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物に供給し、接触させることもできる。但し、カリシウイルスの存在が疑われるため、飛散の防止のために上記シートの被覆が好ましい。さらに、シートを被覆しつつ上記接触をさせることで、組成物に含まれるエタノールの蒸発を抑制でき、比較的長い時間不活化効果を持続できるという効果もある。被覆用のシートは液体の保持力が高いものが、比較的多量の組成物を保持して、カリシウイルスに対する高い不活化効果が得られるという観点から好ましい。そのような液体保持力の高いシートとしては、吸水性シート(吸水性樹脂を内蔵したもの)や不織布等を挙げることができる。」

ウ 甲第3号証
甲第3号証には以下の記載がある。
(3a)「【請求項1】 食器類を載せたかごを収納する洗浄槽と、給水弁の動作により前記洗浄槽内に洗浄およびすすぎのための水または湯を給水する給水経路と、前記洗浄槽内の給水をノズルから食器へ噴射するための循環経路と、洗浄工程およびすすぎ工程を制御する制御回路を有する食器洗い乾燥機において、
硬水生成手段を配設し、洗浄工程における給水として硬水を用いて洗浄工程を実行することを特徴とする食器洗い乾燥機。」

(3b)「【0028】以上のように、この発明によれば、給水経路に硬度成分を溶解せしめるセラミックの充填槽を配設して通水することにより得られる硬水を利用したり、陽イオン交換体を給水経路に配設してすすぎ時には水道水中の硬度成分をイオン交換によって蓄えて軟水化し、洗浄時には陽イオン交換体に蓄えられた硬度成分を塩水等の再生剤を通水して脱離させて得た硬水を利用することにより、洗浄時において、硬度成分およびNaイオン濃度の高い水を用いて洗浄するものである。
【0029】これにより、タンパク質汚れを塩溶効果により、洗浄水に急速に溶解せしめ、さらには少量の油汚れに対しては油脂を取囲んで再付着を抑制させ、洗浄効率を高めたり、洗剤なしでも洗浄可能とするものである。」

(3c)「【0041】洗浄工程の運転方法は基本的に従来例と同様であるので省略するが、従来例とは異なり、Caイオン、Mgイオンの多い硬水で洗浄することにより、塩溶効果で卵等のタンパク質が容易に溶け、洗剤なしでも良好な洗浄性能が得られる。イオンによる塩溶効果の大きさは下記のとおりである。左側のイオンほど塩溶効果が強くて汚れが溶解しやすく、右側のイオンほど逆に塩析効果が生じやすく、汚れが凝固しやすいことになる。
【0042】Ca^(2+)>Mg^(2+)>Na^(+)>K^(+)>CnO^(4-)>I^(-)>NO_(3)^(-)>Cl^(-)>CH_(3)COO^(-)>SO_(4)^(2-)
・・・」

(3d)「【0061】所定の塩水がイオン交換槽を通過したら、硬水給水弁30を閉じ、軟水給水弁29を開いてイオン交換槽内に水道水を給水し、残っている塩分を洗い流しながら洗浄槽ヘ給水を行なう。洗浄槽内の水位が洗浄開始水位に達すると、硬水給水弁30が閉じ、ポンプの正回転が始まり、硬度の高い洗浄水による洗浄工程が始まる。洗浄工程の運転方法は、基本的に従来例と同様であるので省略するが、従来例とは異なり、硬度の高い塩水で洗浄することにより、Caイオン、Mgイオン、Naイオンによる塩溶効果で卵等のタンパク質が容易に溶け、洗剤なしでも良好な洗浄性能が得られる。」

(3e)「【0074】茶碗に卵黄汚れを刷毛で塗布した後、1時間乾燥させ、任意の塩分濃度の水を入れて4分間放置し、その後1分間攪拌して残った卵黄汚れの面積で比較した。これより、塩分濃度0.3%以上であれば塩溶効果による卵黄汚れの溶解が認められる。」

エ 甲第4号証
甲第4号証には以下の記載がある。
(4a)「【請求項1】
食器類を載せたかごを収納する洗浄槽と、給水弁の動作により前記洗浄槽内に洗浄およびすすぎのための水または湯を給水する給水経路と、前記洗浄槽内の給水をノズルから食器へ噴射するための循環経路と、洗浄工程およびすすぎ工程を制御する制御回路を有する食器洗い乾燥機において、
前記給水経路に硬水生成手段を配設し、前記洗浄工程における給水として外部給水源から供給される供給水よりも硬度を高めた硬水を用いて前記洗浄工程を実行することを特徴とする食器洗い乾燥機。」

(4b)「【0030】
これにより、タンパク質汚れを塩溶効果により、洗浄水に急速に溶解せしめ、さらには少量の油汚れに対しては油脂を取囲んで再付着を抑制させ、洗浄効率を高めたり、洗剤なしでも洗浄可能とするものである。」

(4c)「【0047】
洗浄工程の運転方法は基本的に従来例と同様であるので省略するが、従来例とは異なり、Caイオン、Mgイオンの多い硬水で洗浄することにより、塩溶効果で卵等のタンパク質が容易に溶け、洗剤なしでも良好な洗浄性能が得られる。イオンによる塩溶効果の大きさは下記のとおりである。左側のイオンほど塩溶効果が強くて汚れが溶解しやすく、右側のイオンほど逆に塩析効果が生じやすく、汚れが凝固しやすいことになる。
【0048】
Ca^(2+)>Mg^(2+)>Na^(+)>K^(+)>CnO^(4-)>I^(-)>NO_(3)^(-)>Cl^(-)>CH_(3)COO^(-)>SO_(4)^(2-)・・・」

(4d)「【0080】
茶碗に卵黄汚れを刷毛で塗布した後、1時間乾燥させ、任意の塩分濃度の水を入れて4分間放置し、その後1分間攪拌して残った卵黄汚れの面積で比較した。これより、塩分濃度0.3%以上であれば塩溶効果による卵黄汚れの溶解が認められる。」

オ 甲第5号証
甲第5号証には以下の記載がある。
(5a)「【請求項1】
食器類を収納する洗浄槽と、該洗浄槽内に前記食器類の洗浄及びすすぎの為の水又は湯を供給する給水経路と、前記洗浄槽内の水又は湯をノズルから食器類へ噴射させながら、前記洗浄槽内を循環させる為のポンプ及び循環経路とを備え、前記すすぎの終了後は、前記食器類を乾燥させるべくなしてある食器洗い乾燥機において、
前記給水経路を複数備え、該給水経路の1又は複数の中途に設けられ、前記食器類に対する機能を水又は湯に与える機能化成分を、供給される水又は湯に添加し、必要に応じて前記機能化成分を交換又は充填可能になしてある機能化手段と、複数の前記給水経路を切換える手段とを備えることを特徴とする食器洗い乾燥機。」

(5b)「【0022】
本発明に係る食器洗い乾燥機は、前記機能化成分は、蛋白質に対する塩溶機能を有するカルシウム塩又はマグネシウム塩であることを特徴とする。」

(5c)「【0033】
本発明に係る食器洗い乾燥機によれば、洗剤を用いなくても塩溶効果によって、食器類の卵等の蛋白質汚れを洗浄することが出来る。」

(5d)「【0061】
この場合、先ず、第3給水機能化装置に通水して、カルシウムイオン又はマグネシウムイオンが多い硬水を用いて、50℃以下の低温で洗浄することにより、熱で凝固しやすい卵等の蛋白質汚れを、塩溶効果を用いて効果的に洗浄する。次いで、上述した方法と同様に、第1給水機能化装置34に通水して、アルカリ水の約50℃以上の温水で洗浄することにより、油脂汚れ及び澱粉汚れを洗浄する。最終すすぎとして、第2給水機能化装置38に通水し、酸性水を生成してすすぐことにより、更に洗剤なしでの洗浄性能の向上を図ることが出来る。この第3給水機能化装置は単独で用いても良い。」

カ 甲第6号証
甲第6号証には以下の記載がある。以下訳文で示す。
(6a)「黄色ブドウ球菌を試験対象菌として使用した場合、フェノール溶液に塩を2%と10%入れた場合には多くの塩は大きな殺菌作用の増強は見られなかった。一般に、2価の塩は、1価の塩よりも大きな効果を生じ、2価の塩よりも3価の塩が大きな効果を生じた。・・・
CuSO_(4)、Fe_(2)(SO_(4))_(3)、及びFe_(2)(SO_(4))_(3)・(NH_(4))_(2)SO_(4)は、試験した他の塩よりも高い殺菌係数を示した。これらの塩はそれ自体毒性がなく、しかも殺菌係数の顕著な増加をもたらしたので、塩自体の毒性は、殺菌作用増強の指標ではないように思われる。」(第638頁第22行?第34行)

キ 甲第7号証
甲第7号証には以下の記載がある。以下訳文で示す。
(7a)「カドミウムと塩化コバルトは0.5%濃度で、コバルトと塩化ニッケルと硫酸アルミニウムが5.0%の濃度で、陰極線(・・・)の黄色ブドウ球菌に対する殺菌作用を増強するように見えた。
リチウムと塩化第二鉄は0.5%の濃度で、塩化リチウムと塩化カルシウムは5.0%の濃度で、陰極線の殺菌効果を損ない、又は球菌に何らかの保護を与えるようであった。
使用した全ての塩は試験生物に対していくらかの殺菌作用を及ぼした。塩化第二鉄及び塩化カドミウムが最も活性であり、硫酸カリウム及び塩化ナトリウムは最も活性が低かった。
陰極線(・・・)と塩の組み合わせの殺菌効果は、0.5%の塩濃度が使用された場合、球菌の74.1?99.93%の破壊をもたらし、5.0%の塩濃度の場合、バクテリアの50.0?93.5%が破壊された。」(第422頁右下欄第8行?第423頁右欄第7行)

(2)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の(1a)には、「
(a)40?90%(v/v)の低級アルコールと、
(b)リン酸、リンゴ酸、又はこれら両方と、
(c)炭素数5以下の第一級アルカノールアミン、炭素数5以下の第一級アルキルアミン、炭素数10以下の第二級アルカノールアミン、炭素数10以下の第二級アルキルアミン、炭素数15以下の第三級アルカノールアミン及び炭素数15以下の第三級アルキルアミンからなる群から選択される少なくとも1種のアミンと、
(d)ハロゲンとアルカリ金属又はアルカリ土類金属との塩の少なくとも1種とを含み、pHが4?9である消毒剤」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

(3)本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明との対比・判断
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「低級アルコール」は、「毒性が低く、国内で汎用されている点でエタノール及びイソプロパノールが好ましい」ことが記載されており(摘記(1d))、一つの実施例以外では、エタノールが用いられていることからしても(摘記(1g))、本件発明1の「エタノール」に相当する。
また、甲1発明には、「アルコール濃度の調整は、通常、精製水で行えばよい」と記載されていることから(摘記(1d))、甲1発明は「水溶性状」であるといえる。
甲1発明の「リン酸、リンゴ酸、又はこれら両方」は、本件発明1の「酸剤は、・・・、リンゴ酸、・・・、リン酸・・・からなる群から選択される少なくとも1種」に相当する。
甲1発明の「ハロゲンとアルカリ金属又はアルカリ土類金属との塩の少なくとも1種とを含み」は、実施例においては、塩化ナトリウムまたはヨウ化ナトリウムを用いていることから(摘記(1g))、本件発明1の「陽イオン及び陰イオンの種類は、Na^(+)及びCl^(-)の組み合わせ」に相当する。
「ネコカリシウイルスはノロウイルスと同じカリシウイルス科に属しており、培養細胞系が確立していないノロウイルスの代替ウイルスとして使用されている。」ことが記載されており(摘記(1h))、また実施例の消毒剤がネコカリシウイルスに対して殺ウイルス効果を有することが記載されているから(摘記(1i))、甲1発明の「pHが4?9である消毒剤」は、ノロウイルスを不活性化できるといえるから、本件発明1の「ノロウイルス不活性化剤」に相当するといえる。そして、本件発明1はpHについて特定されておらず、本件発明の詳細な説明の【0038】でpHは2?8が好ましいとあるものの、pH9のものを排除していないから、甲1発明がpHを4?9と特定している点は本件発明1との対比において、相違点とはならない。
以上のことから、本件発明1と甲1発明は、「水と、エタノールと、陽イオンと、陰イオンと、酸剤とを含む水溶液状のノロウイルス不活性化剤であって、前記酸剤は、リンゴ酸又はリン酸であり、前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、Na^(+)及びCl^(-)の組み合わせであるノロウイルス不活性化剤」である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1>
本件発明1は、「但し、前記酸剤が、リンゴ酸又はリン酸のみからなる場合、前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、K^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びBr^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、K^(+)及びNO_(3)^(-)の組み合わせ、K^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ、又は、NH_(4)^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ」であること特定しているのに対し、甲1発明ではそのような特定をしていない点。

<相違点2>
本件発明1は、「アルカノールアミンを含まない」と特定しているのに対して、甲1発明は、「炭素数5以下の第一級アルカノールアミン、炭素数5以下の第一級アルキルアミン、炭素数10以下の第二級アルカノールアミン、炭素数10以下の第二級アルキルアミン、炭素数15以下の第三級アルカノールアミン及び炭素数15以下の第三級アルキルアミンからなる群から選択される少なくとも1種のアミン」を含むと特定され、アルカノールアミンを含まないことは特定されていない点。

(イ)判断
以下、相違点1、2について検討する。

a 相違点1について
甲1発明の実施例において具体的に用いられている陽イオン及び陰イオンは、Na^(+)及びCl^(-)、またはNa^(+)及びI^(-)の組み合わせであり(摘記(1g))、「塩の中でも、殺ウイルス活性の増強効果が大きな点で、塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム又は塩化カリウムが好ましい」ことが記載されている(摘記(1e))。
そうすると、甲1発明における「ハロゲンとアルカリ金属又はアルカリ土類金属との塩」として、塩化カリウム、すなわち、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせを用いることは当業者には容易であるといえる。

b 相違点2について
甲第1号証には、消毒剤に用いる成分として、「(c)炭素数5以下の第一級アルカノールアミン、炭素数5以下の第一級アルキルアミン、炭素数10以下の第二級アルカノールアミン、炭素数10以下の第二級アルキルアミン、炭素数15以下の第三級アルカノールアミン及び炭素数15以下の第三級アルキルアミンからなる群から選択される少なくとも1種のアミン」を用いることが記載されている(摘記(1a))。甲1発明の実施例において具体的に用いられているアミンは、アルカノールアミンとジエチルアミンである(摘記(1g))。
ここで、アミンを用いる意図としては、「これらのアミンは、他の塩基とは異なり、上述したリン酸等を含む強酸性のアルコールに添加してpHを弱酸から弱アルカリとしても、アミン添加前の強酸性のアルコールと同レベルの殺ウイルス活性を発揮することができる。また、後述する塩との組合せで殺ウイルス活性を増強することができる」ことが記載されている(摘記(1d))。
また、甲第1号証の(1e)【0020】には、pH4?9にするとともに、充分な殺ウイルス活性を有する消毒剤を提供することを目的とし、上記(1d)のとおりアミンを採用するものである。
そうすると、甲第1号証に接した当業者が甲1発明において、アルカノールアミンのみを含まないとする動機があるとはいえない。
そして、本件発明1は、請求項1の構成を採用することにより、甲1発明からは予測できないタンパク質汚れ存在下でも充分なウイルス不活性化作用を示すという効果を奏するものである。

(ウ)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比した結果、相違点1、2について以下のように主張する。

a 相違点1について
特許異議申立人は、
「甲第1号証に記載された比較例6は、TCID50の対数減少値が4.22以上であり、実施例と比較して、ノロウイルス不活性化効果については差がないものである。したがって、甲第1号証に触れた当業者は、実施例だけでなく、比較例6についても、ノロウイルス不活性化効果がある剤として認識するはずである。
ここで、比較例6が、ノロウイルス不活性化効果については実施例と差がないにも関わらず、実施例ではなく比較例になっている理由は、比較例6のpH2.5であり、請求項1で記述されている範囲「4?9」に一致しないためである。しかしながら、甲第1号証の背景技術にあるように、短時間での消毒効果を期待する場合、pHを強酸又は強アルカリにすることは本願出願前に当業者に良く行われていたことであるから、「皮膚に対する刺激性」さえ許容できれば、pHが2.5であっても構わないと当業者であれば考えるはずである。したがって、比較例6を基準として、新たな剤の開発を行い得ると考える。
また、甲第1号証には、「このような塩は、一般的には、殺ウイルス作用へ関与するものとは理解されていないが、驚くべきことに、これらの塩を上述の酸及びアミンと組み合わせると、殺ウイルス効果が更に増強される。」と記載されており(段落0019)、塩の種類によって、殺ウイルス効果がさらに向上し得る可能性が示唆されている。
さらに、「リンゴ酸又はリン酸に組み合わせて使用する塩として、「例えば塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化カリウム、及び塩化マグネシウム等が挙げることができる。これらの塩の中でも、殺ウイルス活性の増強効果が大きな点で、塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム又は塩化カリウムが好ましい。」とも記載されているから(段落0019)、甲第1号証に記載された比較例6の発明において、更なる殺ウイルス活性の増強効果を期待して、比較例6に記載の組成のうち、塩化ナトリウムに代えて、例えば、同種の塩化カリウムを用いることは当業者が容易になし得ることである。また、そのようにすると、酸剤が、リンゴ酸又はリン酸のみからなる場合、前記陽イオン及び前記陰イオンの種類として、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせが用いられることになるので、本件特許発明1の構成に当業者が到達できることになる。したがって、相違点1は当業者が容易になし得ることである。」と主張する(特許異議申立書第18頁第16行?第19頁第8行)。

b 相違点2について
特許異議申立人は、
「例えば、甲第1号証には、「上述したアミンの中でも、殺ウイルス活性の増強効果が大きな点で、第一級アルカノールアミン、第一級アルキルアミン、第二級アルカノールアミン、又は第二級アルキルアミンが好ましく、第一級アルカノールアミン又は第一級アルキルアミンがより好ましい。」と記載されている。すなわち、甲第1号証に記載の発明において、塩基として、アミンを用いることは必須であると考えられるが、アミンとして、アルカノールアミンを用いなければならないとは記載されていないから、アルカノールアミンに代えて、アルキルアミンのみを用いても構わないと考えられる。実際、実施例11は、ジエチルアミン(第二級アルキルアミン)だけを塩基(アミン)として含んでいるものである(表3、段落0017)。
してみると、甲第1号証には、「アルカノールアミンを含まず、アルキルアミンを含む、ノロウイルス不活性化剤」に係る発明が記載されていると認められるから、「アルカノールアミンを含まない」という上記相違点2は実質的な相違点ではない。」と主張する(特許異議申立書第19頁第10行?第21行)。

(エ) 特許異議申立人の主張の検討
a 相違点1について
甲第1号証における発明の課題としては、「本発明は、このような従来のアルコール消毒剤に対し、弱酸から弱アルカリ性のpHを有し皮膚に対する刺激が少ないアルコール消毒剤としながらも、亜鉛塩などの重金属塩に寄らずにノンエンベロープウイルスに対しても短時間で十分な殺活性を発揮できる消毒剤を提供すること」が記載されている(摘記(1c))。そして、各請求項に係る発明や実施例に記載された発明等により、上記の課題が解決したことが記載されている。
比較例6はpH2.5であり、pHを4?9と特定する甲第1号証における本来の意味での発明ではないため、比較例として記載されている。
そのため、比較例6は、甲第1号証における発明の範囲外のものであり、当業者が文献に記載の発明の範囲外のもの、すなわち、比較例に記載された発明を元に試行錯誤や構成成分を検討することは通常は行われていない。
比較例から出発すれば、甲第1号証の課題解決手段、すなわち、アルカノールアミンなどのアミンの添加を試みるといえ、pH2.5の消毒剤について、pHの変更とは異なる課題解決を試みるとはいえない。
また、特許異議申立人が主張する「短時間での消毒効果を期待する場合、pHを強酸又は強アルカリにすることは本願出願前に当業者に良く行われていた」点については、何も証拠が示されていない上に、それが技術常識であったとしても、甲第1号証は、上記(1d)に記載されているように、アルカノールアミンを弱酸性から弱アルカリにするために添加しているのであるから、あえて、強酸又は強アルカリにする動機付けはないといえる。
甲第1号証には、「本発明の消毒剤においては、更に、ハロゲンとアルカリ金属又はアルカリ土類金属との塩を含むことが好ましい。このような塩は、一般的には、殺ウイルス作用へ関与するものとは理解されていないが、驚くべきことに、これらの塩を上述の酸及びアミンと組み合わせると、殺ウイルス効果が更に増強される。このような塩としては、例えば塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化カリウム、及び塩化マグネシウム等を挙げることができる。これらの塩の中でも、殺ウイルス活性の増強効果が大きな点で、塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム又は塩化カリウムが好ましい。」と記載されているものの(摘記(1e))、当該記載は、甲第1号証における本来の意味での発明の塩の成分に関する記載というべきであって、当業者がこの記載を元に比較例を更に検討する理由はない。
したがって、甲第1号証において、塩の種類により殺ウイルス効果が向上し得る可能性が示唆されているとしても、その示唆は、甲第1号証における本来の意味での発明における示唆というべきであって、比較例6に記載された発明における示唆には当たらず、他に比較例に記載された発明を元に試行錯誤や構成成分を検討する動機付けもないことから、特許異議申立人のこの主張は、採用できない。

b 相違点2について
特許異議申立人が主張するように、甲第1号証には、実施例11においてアミンとして、ジエチルアミンを用いる場合は記載されているものの、甲1発明の必須成分であるアミンとしてはアルカノールアミン又はアルキルアミンであり、実施例11では、必須成分のアミンの選択肢から一つを選択しただけであって、これにより積極的に「アルカノールアミンを除く」という技術思想が導き出されるとはいえない。
したがって、甲第1号証からアルカノールアミンを除くという技術思想が導き出されるとはいえず、「アルカノールアミンを除く」という点は、実質的な相違点である。この相違点については、上記(3)ア(イ)bで述べたとおり、pH4?9にするとともに、充分な殺ウイルス活性を有する消毒剤を提供することを目的として、アミンを採用するものであるため、甲第1号証に接した当業者が甲1発明において、アルカノールアミンのみを含まないとする動機があるとはいえず、当業者であれば容易になし得ることであるとはいえないから、特許異議申立人のこの主張は採用できない。

(オ) まとめ
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(4)本件発明3?8について
本件発明3?8は、本件発明1を直接又は間接に引用した発明であり、さらに本件発明3はエタノールの質量濃度を特定するもの、本件発明4は陽イオン及び陰イオンの質量濃度を特定するもの、本件発明5、6は陽イオンと陰イオンのイオン当量をそれぞれ特定するもの、本件発明7は酸剤の質量濃度を特定するもの、本件発明8はpHを特定するものである。
上記(3)で検討したとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、本件発明3?8についても本件発明1と同様に甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり、本件発明1、3?8は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとはいえない。

2 理由2について
(1)甲第2?5号証の記載
上記「第4 1(1)イ?オ」に記載したとおりである。

(2)甲第2号証に記載された発明
甲第2号証の摘記(2a)には、「カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物に、有効成分としてエタノールと酸を含み、pHが2.5?5.0の範囲にある水溶液からなる組成物を接触させることを含む、タンパク質共存下のカリシウイルスを不活化する方法」の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。

(3)本件発明1について
ア 本件発明1と甲2発明との対比・判断
(ア)対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における、「組成物を接触させることを含む、タンパク質共存下のノロウイルス等のカリシウイルスを不活化する方法」は、ノロウイルスを不活性化させる組成物であるといえるから、甲2発明中の組成物は、本件発明1の「ノロウイルス不活性化剤」に相当するといえる。
本件発明の詳細な説明の実施例や【表4】等でタンパク質汚れ存在時ネコカリシウイルスの感染力価測定をしていることから、甲2発明の「カリシウイルスの存在が疑われ、かつタンパク質を含有する物に」と特定している点は本件発明1との対比において、相違点とはならない。
また、本件発明1はpHについて特定されておらず、本件発明の詳細な説明の【0038】でpHは2?8が好ましいとあり、甲1発明がpH2.5?5.0と特定している点は本件発明1との対比において、相違点とはならない。
さらに、甲第2号証には、アルカノールアミンを含まない点を含め、アミン等を用いることについては何ら記載されていないから、本件発明1において、「アルカノールアミンを含まない」と特定している点は、甲2発明との対比において、実質的な相違点とはならない。
そして、甲2発明中の組成物は水溶液と特定されているから、水を含み、水溶液状であるといえる。
甲2発明中の組成物の「酸」としては、「酢酸、酒石酸、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、フィチン酸、無機酸として硫酸、塩酸、硝酸、リン酸等を挙げることができる。」と記載されていることから(摘記(2d))、本件発明1の「酸剤は・・・リンゴ酸、・・・リン酸、酒石酸、・・・コハク酸からなる群から選択される少なくとも1種」に相当する。
以上のことから、本件発明1と甲2発明は、「水と、エタノールと、酸剤とを含む水溶液状のノロウイルス不活性化剤であって、前記酸剤は、リンゴ酸、リン酸、酒石酸、コハク酸から選択される少なくとも1種であり、アルカノールアミンを含まないノロウイルス不活性化剤」である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点3>
本件発明1は、「前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、Na^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、K^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びBr^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、K^(+)及びNO_(3)^(-)の組み合わせ、K^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ、又は、NH_(4)^(+)及びSCN^(-)の組み合わせであり、但し、前記酸剤が、リンゴ酸又はリン酸のみからなる場合、前記陽イオン及び前記陰イオンの種類は、K^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びCl^(-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びCl^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、K^(+)及びBr^(-)の組み合わせ、Ca^(2+)及びBr^(-)の組み合わせ、Na^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、Mg^(2+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、NH_(4)^(+)及びSO_(4)^(2-)の組み合わせ、K^(+)及びNO_(3)^(-)の組み合わせ、K^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ、又は、NH_(4)^(+)及びSCN^(-)の組み合わせ」を特定しているのに対し、甲2発明では、そのような特定をしていない点。

(イ)判断
以下、相違点3について検討する。

a 相違点3について
甲第2号証の発明が解決しようとする課題は、「次亜塩素酸ナトリウム水溶液のような危険性を有さず、かつ被消毒物に含まれるノロウイルス等のカリシウイルスを、タンパク質を主成分とする有機物の共存下であっても有効に失活化または不活化できる方法を提供すること」と記載されている(摘記(2c))。そして、甲第2号証における発明として、請求項1に係る発明や実施例に記載された発明等により、上記の課題が解決できたことが記載されていることからすると、甲第2号証に接した当業者が甲第2号証の課題解決を目的として更なる文献とを組み合わせる動機付けがないといえる。
甲第3号証には、タンパク質汚れを塩溶効果により、洗浄水に急速に溶解せしめて洗浄効率を高めることが記載されている(摘記(3b))。そして、Caイオン、Mgイオンの多い硬水で洗浄することにより、塩溶効果で卵等のタンパク質が容易に溶け、洗剤なしでも良好な洗浄性能が得られることや、イオンによる塩溶効果の大きさについても記載されている(摘記(3c))。
しかしながら、これらの記載は、食器洗い乾燥機において、硬水を用いることによりタンパク質に対する洗浄効果が高まることが記載されているのみである。食器洗い乾燥機とウイルス不活性化方法は、目的、対象物、手段等で大きく相違するものであるから、甲第3号証は、本件発明1と同一の技術分野であるということはできず、食器洗い乾燥機における技術的事項が、ウイルス不活性化方法の技術分野まで適用が可能であるとはいえない。
そして、甲第3号証では、Caイオン、Mgイオンの多い硬水で洗浄することが特徴点であるといえ、各種のイオンに関する塩溶効果の大きさが示されているのみであって、陽イオン及び陰イオンの両方を用いることが記載されているとはいえず、ましてや特定の陽イオン及び陰イオンの組合せが記載されているともいえない。
また、甲第4号証及び甲第5号証についても、甲第3号証と同様に、食器洗い乾燥機において、硬水を用いることによりタンパク質に対する洗浄効果が高まることが記載されている。
仮に、甲第2号証に触れた当業者が、甲第3号証?甲第5号証に接した際に、水として、Caイオン、Mgイオンの多い硬水を採用することは想到し得るとしても、特定の組合せの陽イオン及び陰イオンを用いることまで想到できるとはいえない。

(ウ)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、本件発明1と甲第2号証に記載された発明とを対比した結果、相違点3について以下のように主張する。

a 相違点3について
特許異議申立人は、
「本件特許発明1において、陽イオンと、陰イオンとを含有させている理由は、これらのイオンによって、環境中のタンパク質汚れを塩析又は塩溶させることにより、タンパク質汚れをウイルスの周囲から分離させるためである(本件特許明細書の段落0014)。
ここで、出願時の技術常識を考慮すると、甲第3号証から甲第5号証にあるように、洗浄分野において、タンパク質汚れを分離溶解して洗浄しやすくするために、塩溶効果を用いることは当業者に周知技術である。
してみると、甲第2号証に記載された発明において課題となっている、タンパク質共存下において、ノロウイルスを効果的に不活性化するために、洗浄分野における上記周知技術を適用して、陽イオン及び陰イオンを相当量加えることで塩溶効果を発揮させ、タンパク質汚れをウイルス周囲から分離溶解せしめようとすることは当業者が容易に想到し得ることである。」と主張する(特許異議申立書第22頁第8行?第18行)。

(エ)特許異議申立人の主張の検討
a 相違点3について
特許異議申立人は、本件発明の記載を引用して、陽イオンと陰イオンとを含有させている理由を説明しているものの、甲第2号証には塩溶によりタンパク質汚れをウイルス周囲から分離させることは記載されていない。
甲第2号証においては、吐瀉物や糞尿等のタンパク質汚れに対して、タンパク質を含有する汚れを拭き取った後、汚れの上に所定のシートを被覆した上で組成物を供給して所定時間放置することにより、カリシウイルスを不活性化することができること、タンパク質の量に応じて、組成物の供給量を決定できること、シート被覆なしで組成物を供給することもできるが、カリシウイルスの飛散防止のためにシート被覆が好ましいことが記載されている(摘記(2e))。
これらの記載に接した当業者であっても、甲第3号証に記載されたタンパク質汚れを分離溶解して洗浄しやすくするために塩溶効果を用いることを、甲第2号証に適用するという動機付けがあるとはいえない。
また、甲第2号証に記載された発明における課題は、吐瀉物や糞尿等のタンパク質共存下において、ノロウイルスを効果的に不活性化する方法を提供することであり、この課題を解決するために、甲第3号証から甲第5号証に記載される食器洗い乾燥機の発明で洗浄対象としている食器上のタンパク質、油脂、澱粉等の汚れを洗浄する際に用いる技術的事項を適用する動機付けがあるとはいえない。
仮に、甲第2号証に触れた当業者が、甲第3号証?甲第5号証に接した際に、水として、Caイオン、Mgイオンの多い硬水を採用することは想到し得るとしても、特定の組合せの陽イオン及び陰イオンを用いることまで想到できるとはいえないから、特許異議申立人のこの主張は、採用できない。

(オ)まとめ
したがって、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証?甲第5号証の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(4)本件発明2?9について
本件発明2?9は、本件発明1を直接又は間接に引用した発明であり、さらに本件発明2は酸剤を特定するもの、本件発明3はエタノールの質量濃度を特定するもの、本件発明4は陽イオン及び陰イオンの質量濃度を特定するもの、本件発明5、6は陽イオンと陰イオンのイオン当量をそれぞれ特定するもの、本件発明7は酸剤の質量濃度を特定するもの、本件発明8はpHを特定するもの、本件発明9は衛生資材とするものである。
上記(3)で検討したとおり、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証から甲第5号証の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、本件発明2?9についても本件発明1と同様に甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証から甲第5号証の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり、本件発明1?9は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証?甲第5号証の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとはいえない。

3 理由3について
(1)サポート要件の考え方について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

以下、この観点に立って検討する。

(2)本件発明の課題

本件発明の課題は、発明の詳細な説明の段落【0011】及び明細書全体の記載からみて、タンパク質汚れ存在下でも充分なウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供することであると認める。

(3)特許請求の範囲に記載された発明

特許請求の範囲には、上記「第2」で示したように本件発明1?9が記載されている。

(4)発明の詳細な説明の記載

発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

(8a)「【0009】
非特許文献1に記載されたウイルス不活性化剤は、実験室レベルでの試験において、FCV及びMNVにある程度効果を示す。
しかし、このようなウイルス不活性化剤を、実際に飲食店、給食施設、工場などで使用する場合、充分なウイルス不活性化効果を示せなかった。
【0010】
このようにウイルス不活性化剤の効果が充分に発揮されない原因は、環境中の汚れ、特にタンパク質汚れであると考えられた。
環境中のタンパク質汚れは、ウイルスの周囲に付着することになる。ウイルスの周囲のタンパク質汚れは、ウイルスの保護膜のように働き、エタノール及びその他の不活性化成分がウイルスと接触することを阻害すると考えられる。
そのため、非特許文献1に記載されたようなウイルス不活性化剤は、その効果を充分に発揮できなくなると考えられる。
【0011】
本発明は、上記問題点を鑑みてなされた発明であり、本発明の目的は、タンパク質汚れ存在下でも充分なウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供することである。」

(8b)「【0013】
本発明のウイルス不活性化剤はエタノールを含む。
ウイルスにエタノールを接触させることにより、ウイルスを不活性化することができる。
【0014】
本発明のウイルス不活性化剤は、陽イオン及び陰イオンを含む。
また、上記陽イオンは、NH_(4)^(+)、K^(+)、Na^(+)、Li^(+)、Ca^(2+)、Mg^(2+)、Al_(3)^(+)、Fe^(2+)及びCu^(2+)からなる群から選択される少なくとも1種の陽イオンであり、上記陰イオンは、CO_(3)^(2-)、NO_(3)^(-)、SO_(4)^(-)、H_(2)PO_(4)^(-)、F^(-)、Cl^(-)、Br^(-)、I^(-)、SCN^(-)及びNO_(2)^(-)からなる群から選択される少なくとも1種の陰イオンである。
これらのイオンには、環境中のタンパク質汚れを塩析又は塩溶させることにより、タンパク質汚れをウイルスの周囲から分離させる作用があると考えられる。
ウイルスの周囲からタンパク質汚れが分離されると、エタノール及びその他の不活性化成分とウイルスとが直接接触する。そのため、ウイルスが不活性化されることになる。また、環境中にタンパク質汚れがない状態でも、陽イオン及び陰イオンがウイルスとエタノールやその他不活性化成分とが接触するのを促進し、ウイルス不活性化作用を増強させる。」

(8c)「【0019】
本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記陽イオン及び上記陰イオンの合計質量濃度は、0.001?5.0重量%であることが望ましい。
ウイルス不活性化剤中の陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度が、0.001重量%未満であると、ウイルス不活性化剤中のイオンの濃度が低すぎ、環境中のタンパク質汚れを充分に塩析又は塩溶させにくくなる。
ウイルス不活性化剤中の陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度が、5.0重量%を超えると、イオンの濃度が高すぎ、これらのイオンが無機塩として析出しやすくなる。
【0020】
本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記陽イオンのイオン当量は、0.05?1500mEq/Lであることが望ましい。
また、本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記陰イオンのイオン当量は、0.05?1500mEq/Lであることが望ましい。
陽イオン及び陰イオンのイオン当量が上記範囲内であると、環境中のタンパク質汚れを塩析又は塩溶させる効果が充分に発揮される。」

(8d)「【0025】
本発明のウイルス不活性化剤は、タンパク質汚れ存在下でも、タンパク質を塩析又は塩溶させて、エタノールをウイルスに接触させることができるので、充分なウイルス不活性化作用を示す。」

(8e)「【0032】
本発明のウイルス不活性化剤では、ウイルス不活性化剤中の陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度は、0.001?5.0重量%であることが望ましく、0.01?3.0重量%であることがより望ましい。
ウイルス不活性化剤中の陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度が、0.001重量%未満であると、ウイルス不活性化剤中のイオンの濃度が低すぎ、タンパク質汚れを充分に塩析又は塩溶させにくくなる。
ウイルス不活性化剤中の陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度が、5.0重量%を超えると、イオンの濃度が高すぎ、これらのイオンが無機塩として析出しやすくなる。
【0033】
本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記陽イオンのイオン当量は、0.05?1500mEq/Lであることが望ましく、0.1?1200mEq/Lであることがより望ましく、0.5?240mEq/Lであることがさらに望ましい。
また、本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記陰イオンのイオン当量は、0.05?1500mEq/Lであることが望ましく、0.1?1200mEq/Lであることがより望ましく、0.5?240mEq/Lであることがさらに望ましい。
陽イオン及び陰イオンのイオン当量が上記範囲内であると、環境中のタンパク質汚れを塩析又は塩溶させる効果が充分に発揮される。」

(8f)「【0037】
本発明のウイルス不活性化剤では、陽イオン及び陰イオンの合計と、酸剤との重量比が陽イオン及び陰イオンの合計:酸剤=1:1?1:5000であることが望ましく、1:3?1:500であることがより望ましい。」

(8g)「【0053】
(実施例1)
エタノールが67.89重量%、クエン酸が0.60重量%、塩化ナトリウムが1.00重量%となるようにこれら化合物と、水とを混合して実施例1に係るウイルス不活性化剤を作製した。
【0054】
(実施例2?17)及び(比較例1?5)
ウイルス不活性化剤の材料の種類及び割合を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に実施例2?17及び比較例1?5に係るウイルス不活性化剤を作製した。
なお、表1中「%」は重量%を意味する。
【0055】
【表1】




(5)判断
ア 判断
本件発明の詳細な説明の実施例においては、無機塩の濃度に関して、実施例3は0.4重量%で最も低く、実施例2、5、8?10が0.5重量%であり、実施例1、4、6、11?15、17が1.0重量%であり、実施例7は1.2重量%であり、実施例16は2.0重量%であることが記載されており、それぞれの評価において、タンパク質汚れが存在してもネコカリシウイルスの感染力価が減少しており、十分な効果が出ていることが記載されている(摘記(8g))。
そして、【0019】には、陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度の好ましい範囲が記載されており、0.001重量%未満であると、ウイルス不活性化剤中のイオンの濃度が低すぎ、環境中のタンパク質汚れを充分に塩析又は塩溶させにくくなることが記載されているものの、塩析又は塩溶ができなくなるとまでは記載されていない。
そして、陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度は、対象とするタンパク質汚れがどれだけ存在するかに応じて変化するものであって、本件発明の課題である「タンパク質汚れ存在下でも充分なウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供すること」に応じて、適宜濃度を設定できるものであるといえる。
そうすると、発明の詳細な説明には、陽イオン及び陰イオンの合計質量濃度の好ましい範囲が記載されており、実施例として、0.4重量%以上の合計質量濃度により、タンパク質汚れが存在してもネコカリシウイルスの感染力価が減少しており、十分な効果が出ていることが記載されている。
したがって、本件発明がタンパク質汚れ存在下でも充分なウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供することが記載されているのであるから、本件発明1?9の課題を解決できると認識できないとはいえない。

イ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、甲第3号証及び甲第4号証に基づき、タンパク質を塩析又は塩溶させる際に、塩分濃度0.3重量%以上などの高濃度が必要であると主張しているが、これら2つの文献の記載に基づき、ウイルス不活性化剤においてもこのような技術常識があるとはいえないため、この主張は採用できない。

(6)まとめ
以上のとおり、本件発明1?9は、発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえないから、第36条第6項第1号に適合するものであり、特許法第36条第6項の規定を満たしていないとはいえない。

4 理由4について
(1)サポート要件の考え方について
上記3(1)に記載したとおり。
以下、この観点に立って検討する。

(2)本件発明の課題
上記3(2)に記載したとおり。

(3)特許請求の範囲の記載された発明
特許請求の範囲には、上記「第2」で示したように本件発明1?9が記載されている。

(4)発明の詳細な説明の記載
上記3(4)に記載したとおり。

(5)判断
ア 判断
本件発明の詳細な説明の実施例においては、酸剤と陽イオン及び陰イオン(無機塩)の組み合わせとして、実施例1ではクエン酸と塩化ナトリウム、実施例2では、リンゴ酸と塩化カリウム、・・・、実施例17では、リンゴ酸・リン酸とチオシアン酸アンモニウムの組み合わせが記載されており、それぞれの評価において、タンパク質汚れが存在してもネコカリシウイルスの感染力価が減少しており、十分な効果が出ていることが記載されている(摘記(8g))。
そうすると、発明の詳細な説明の実施例には、本件発明において特定されている各種酸剤と陽イオン及び陰イオンの組み合わせとして、少なくとも1種以上のものが記載されており、各実施例では、タンパク質汚れが存在してもネコカリシウイルスの感染力価が減少しており、特定された酸剤と陽イオン及び陰イオンの組み合わせで十分な効果が出ていることを当業者であれば理解できる。
よって、本件発明がタンパク質汚れ存在下でも充分なウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供することが記載されているといえるのであるから、本件発明1?9の課題を解決できると認識できないとはいえない。

イ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、甲第6号証及び甲第7号証を技術常識として提示し、金属塩の種類よって殺菌効果は変化し、特定の酸剤に対して殺菌効果を増強するのは特定の塩のみである蓋然性が高いと主張している。
しかしながら、甲第6号証及び甲第7号証は、黄色ブドウ球菌の殺菌効果に関する文献であり、ウイルスの不活性化に関する文献ではない。当該技術分野においては、菌とウイルスの種類、膜の構造、増殖機構等が異なることから、菌の殺菌での現象がウイルスの不活性化でも同様に生じるという技術
常識はない。
仮に甲第6号証及び甲第7号証を技術常識として参酌しても、金属塩によって殺菌効果が多少変化し得ることまではいえても、本件発明1における特定の酸剤と陽イオン及び陰イオンとの組み合わせが殺菌効果を有しないことまで裏付けられているとはいえない。
したがって、特定の酸剤に対して殺菌効果を増強するのは特定の陽イオン及び陰イオンのみである蓋然性が高く、本件特許発明1?9に含まれる広範な酸剤と陽イオン及び陰イオンとの組み合わせにおいては、所望の効果が発揮されないものが含まれるということはできない。
よって、特許異議申立人の主張は採用できない。

(6)まとめ
以上のとおり、本件発明1?9は、発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえないから、第36条第6項第1号に適合するものであり、特許法第36条第6項の規定を満たしていないとはいえない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-03-14 
出願番号 特願2017-101834(P2017-101834)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (A01N)
P 1 651・ 121- Y (A01N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 阿久津 江梨子  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 関 美祝
菅原 洋平
登録日 2018-05-18 
登録番号 特許第6339725号(P6339725)
権利者 株式会社ニイタカ
発明の名称 ノロウイルス不活性化剤及び衛生資材  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ