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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1350891
審判番号 不服2018-15472  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-11-22 
確定日 2019-04-16 
事件の表示 特願2017-562093「フェライト系ステンレス鋼」拒絶査定不服審判事件〔平成30年11月29日国際公開、WO2018/216236、請求項の数(3)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年) 8月25日を国際出願日とする出願(優先日 平成29年 5月26日)であって、平成29年12月27日(受付日)に手続補正書が提出され、平成30年 2月 6日付けで拒絶理由通知がされ、同年 4月11日(受付日)に手続補正書及び意見書が提出され、同年 7月 2日付けで拒絶理由通知がされ、同年 8月21日(受付日)に手続補正書及び意見書が提出され、同年 9月 5日付けで拒絶査定(原査定)がされた。
これに対し、同年11月22日に拒絶査定不服の審判の請求がされ、平成31年 1月 7日付けで拒絶理由通知(以下、「当審拒絶理由通知」という。)がされ、同年 2月21日(受付日)に手続補正書及び意見書が提出されたものである。


第2 原査定の概要
原査定の概要は、次のとおりである。
本願請求項1?4に係る発明は、以下の引用文献1に記載された発明に基づき、又は以下の引用文献2に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献等一覧>
1.特開2012-214880号公報
2.特開2009-174046号公報


第3 当審拒絶理由通知の概要
当審拒絶理由通知の概要は、次のとおりである。
本願請求項1を引用する本願請求項3に係る発明と、これを引用する本願請求項4に係る発明と、本願請求項1及び2を引用する本願請求項3に係る発明と、これを引用する本願請求項4に係る発明は、上記の引用文献1に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

なお、原査定と当審拒絶理由通知では、いずれも、引用文献1(特開2012-214880号公報)を引用している。
原査定における引用発明は、引用文献1の実施例における素材例4に基づくものであるが、当審では、下記第6の2に示す理由で、当該引用発明による原査定を維持することができないものと判断した上で、引用文献1の実施例における素材例8に基づく引用発明を新たに認定して、改めて当審拒絶理由通知をした。


第4 本願発明
本願請求項1?3に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明3」という。)は、平成31年 2月21日(受付日)に提出された手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「 【請求項1】
質量%で、
C:0.025%以下、
Si:0.10%以上0.40%未満、
Mn:0.05?1.5%、
P:0.05%以下、
S:0.01%以下、
Cr:17.0?30.0%、
Mo:1.50?3.0%、
Ni:1.20?3.0%、
Nb:0.20?0.40%、
Al:0.001?0.10%、
N:0.025%以下を含有し、
かつ、以下の式(1)および式(2)を満たし、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
C+N≦0.030% ・・・(1)
Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)
(式(1)、式(2)中のC、N、Cr、Moは、各元素の含有量(質量%)を示す。)
【請求項2】
さらに質量%で、
Cu:0.01?1.0%、
W:0.01?1.0%、
Co:0.01?1.0%
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
自動車の排熱回収器用または排気ガス再循環装置用であることを特徴とする請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼。」


第5 引用文献、引用発明等
1 引用文献1(特開2012-214880号公報)
(1)引用文献1には、以下の記載がある(下線は当審による。以下同様である。)。
「【0001】
本発明は、自動車の排熱回収器用フェライト系ステンレス鋼および排熱回収器に関する。なかでも、熱交換部がろう付け接合にて組み立てられる排熱回収器に好適なフェライト系ステンレス鋼に関する。」

「【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、ろう付け接合により組み立てられる熱交換部用としてろう付け後の排ガス凝縮水に対する耐食性を備えた排熱回収器用フェライト系ステンレス鋼を提供することができる。本発明のフェライト系ステンレス鋼は、排熱回収器部材、特に熱交換部材として好適に用いることが可能である。」

「【0041】
本発明においては、ステンレス鋼が、Ni、Cu、Moのうち何れか2種もしくは3種を含有する必要がある。
(Ni:0.25%以上、1.5%以下)
Niは、Cu、Moと共に耐食性、特に耐孔あき性を向上させる上で、重要な元素である。Cu、Moのいずれかを含有した上で安定した効果が得られるNiの含有量は0.25%以上である。Niの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Niの含有量を1.5%以下とした。好ましくは0.25?1.2%である。より好ましくは0.25?0.6%である。
【0042】
(Cu:0.25%以上、1%以下)
Cuは、Ni、Moと共に耐食性、特に耐孔あき性を向上させる上で、重要な元素である。Ni、Moのいずれかを含有した上で安定した効果が得られるCuの含有量は0.25%以上である。Cuの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させる。したがって、Cuの含有量を1%以下とした。好ましくは、0.25?0.8%である。より好ましくは0.25?0.6%である。
【0043】
(Mo:0.5%以上、2%以下)
Moは、Ni、Cuと共に耐食性、特に耐孔あき性を向上させる上で、重要な元素である。Ni、Cuのいずれかを含有した上で安定した効果が得られるMoの含有量は0.5%以上である。Moの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Moの含有量を2%以下とした。上述したようにMoは、Ni、Cuと異なる作用で耐孔あき性を向上させることからより重要な元素である。そのため、0.7%以上、2%以下含有させることが好ましい。より好ましくは0.9%以上、2%以下である。」


「【0046】
(V:0.5%以下)
Vは、耐食性を向上させる上で、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.05%以上である。しかしながら、Vの過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Vは0.05?0.5%含有させることが好ましい。」

「【0050】
(Sn:0.5%以下)
Snは、耐食性を向上させる上で、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、Snを0.01%以上含有させることが好ましい。」

「【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0060】
下記表1および表2に示す化学組成を有する溶鋼を30kg真空溶解炉にて溶製して17kg扁平鋼塊を作製後、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで熱延して900?1030℃にて熱延板焼鈍を行った。アルミナショットによりスケールを除去して板厚1mmまで冷延後、950?1050℃にて仕上焼鈍を行った。こうして得られた素材例1?17の冷延鋼板を用いて、耐食性を評価すると共に表面皮膜を分析した。
【0061】
【表1】



「【0062】
【表2】





(2)引用文献1の実施例における素材例4に基づく引用発明(引用発明1-4)
引用文献1の表1及び表2において、各素材例は、表1及び表2に記載された元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものと認められるところ、素材例4に基づき、以下の引用発明1-4を認定できる。
[引用発明1-4]
「質量%で
C:0.004%
Si:0.14%
Mn:0.11%
P:0.029%
S:0.0011%
Cr:19.05%
Mo:1.05%
Ni:1.12%
Nb:0.34%
Al:0.013%
N:0.016%
Sn:0.12%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する、自動車の排熱回収器用フェライト系ステンレス鋼。」


(3)引用文献1の実施例における素材例8に基づく引用発明(引用発明1-8)
引用文献1の表1及び表2において、各素材例は、表1及び表2に記載された元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものと認められるところ、素材例8に基づき、以下の引用発明1-8を認定できる。
[引用発明1-8]
「質量%で
C:0.005%
Si:0.19%
Mn:0.12%
P:0.031%
S:0.0018%
Cr:22.67%
Mo:0.61%
Ni:0.32%
Nb:0.26%
Al:0.078%
N:0.012%
V:0.012%
B:0.0008%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する、自動車の排熱回収器用フェライト系ステンレス鋼。」

2 引用文献2(特開2009-174046号公報)
(1)引用文献2には、以下の記載がある。
「【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、C+N:0.015%以上、Si:0.02?1.5%、Mn:0.02?2%、Cr:10?22%、Nb:0.03?1%、Al:0.5%以下を含有し、更に、Tiを下記(1)および(2)式(但し、(1)および(2)式中における元素記号は、その元素の含有量(質量%)を示す。また、元素記号の前の数値は定数である。)を満足する範囲に制限し、残部がFeおよび不可避不純物であることを特徴とするろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
Ti-3N≦0.03 ・・・(1)
10(Ti-3N)+Al≦0.5 ・・・(2)」

「【0001】
本発明は、ろう付け接合により組み立てられる部材に使用されるフェライト系ステンレス鋼に関する。こうした部材の例としては、EGR(Exhaust Gas Recirculation)クーラ、オイルクーラ、自動車や各種プラントで使用される熱交換器類や、自動車尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)システムで用いられる尿素水タンク、自動車のフューエルデリバリ系部品などがあり、一般に形状が複雑で精密な部品が多い。ろう付け方法としては、Niろう付けやCuろう付けのように、高温、低酸素分圧下でろう付け接合される場合を対象とする。」

「【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ろう付けに優れたフェライト系ステンレス鋼であって、EGRクーラ、オイルクーラ、自動車や各種プラントで使用される熱交換器類や、自動車尿素SCRシステムにおける尿素水タンク、自動車のフューエルデリバリ系部品など形状が複雑な部品や、小型で精密な部品のようにろう付け接合により製作される部材に好適なステンレス鋼を提供できる。」

「【0030】
以上が本発明のフェライト系ステンレス鋼の基本となる化学組成であるが、本発明では、更に、次のような元素を必要に応じて含有させることができる。
【0031】
Mo:耐食性を向上させる上で、3%以下の範囲で含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.3%以上である。過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、0.3?3%含有させるのが望ましい。
【0032】
Ni:耐食性を向上させる上で、3%以下の範囲で含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.2%以上である。過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、0.2?3%含有させるのが望ましい。
【0033】
Cu:耐食性を向上させる上で、3%以下の範囲で含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.2%以上である。過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、0.2?3%含有させるのが望ましい。
【0034】
V:耐食性を向上させる上で、3%以下の範囲で含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.2%以上である。過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、0.2?3%含有させるのが望ましい。
【0035】
W:耐食性を向上させる上で、5%以下の範囲で含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.5%以上である。過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、0.5?5%含有させるのが望ましい。
なお、Mo、Ni、Cu、V、Wの1種または2種以上の合計は、コストアップなどの点から6%以下が望ましい。
【0036】
Ca:脱酸効果等精練上有用な元素であり、0.002%以下含有させることができる。含有させる場合は、安定した効果が得られる0.0002%以上が望ましい。
【0037】
Mg:脱酸効果等精練上有用な元素であり、また、組織を微細化し、加工性、靭性の向上にも有用であり、0.002%以下含有させることができる。含有させる場合は、安定した効果が得られる0.0002%以上が望ましい。
【0038】
B:2次加工性を向上させるのに有用な元素であり、0.005%以下含有させることができる。含有させる場合は、安定した効果が得られる0.0002%以上が望ましい。
【0039】
なお、不可避不純物であるPについては、溶接性の観点から0.04%以下とすることが望ましい。また、Sについても、耐食性の観点から0.01%以下とすることが望ましい。」

「【実施例】
【0041】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、熱延、冷延、焼鈍工程を経て、板厚0.4mmの冷延鋼板を製造した。
この冷延鋼板より、幅50mm、長さ70mmの試験片を切り出した後、エメリー紙にて片面を#400まで湿式研磨を施した。その後、研磨面上に0.1gのNiろうを置き、1100℃、5×10^(-3)torrの真空雰囲気で10分加熱した後、常温まで冷却し、加熱後の試験片のろう面積を測定した。
【0042】
ろう付け性について、加熱前のろう面積に対して加熱後のろう面積が2倍以上あるときは○、2倍未満のときは×とした。
その後、試験片の断面ミクロ組織を観察した。圧延方向に平行に長さ20mmの範囲にわたって、板厚方向に存在する結晶粒の数を測定し、板厚方向に2個以上の結晶粒が存在するものを○、1個しか存在しないものを×とした。
【0043】
試験結果を同じく表1に示す。
本発明範囲内にあるNo.1?10の鋼は、ろうのぬれ拡がり性が良好であると共に、結晶粒の粗大化が抑制されている。(1)式、(2)式共に満足しないNo.11、No.12、No.15ならびにAlの範囲が本発明から外れるNo.13、(2)式を満足しないNo.14は、いずれもろうのぬれ拡がり性に劣っている。Nb量が本発明範囲外にあるNo.11、No.14は、顕著な結晶粒の粗大化が認められた。
【0044】
【表1】




(2)引用文献2の実施例における発明例6に基づく引用発明(引用発明2)
引用文献2の表1において、各発明例は、表に記載された元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものと認められるところ、発明例6に基づき、以下の引用発明2を認定できる。
[引用発明2]
「質量%で
C:0.007%
Si:0.16%
Mn:0.15%
P:0.022%
S:0.0008%
Cr:20.25%
Mo:1.08%
Ni:1.03%
Nb:0.22%
Al:0.015%
N:0.009%
Ti:0.012%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する、ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼。」


第6 対比・判断
1 化学組成に関する、各引用発明と、本願発明1との表形式による対比
以下の表は、化学組成に関し、本願発明1の発明特定事項と、各引用発明の発明特定事項とを抜き出し、元素毎に項目分けしたものである。
当該表において、本願発明1の欄の「%」は、「質量%」を意味し、各引用発明の欄の数値は「質量%」の数値を意味する。
なお、各引用発明及び本願発明1に含まれる残部のFeおよび不可避的不純物については、記載を省略してある。


2 引用発明1-4に基づく対比・判断(原査定に関連)
2-1 本願発明1について
(1)本願発明1と引用発明1-4とを対比すると、次のことがいえる(当審注:以下において、単に「%」と記載した場合は、「質量%」を意味する。)。
ア 両発明は、「フェライト系ステンレス鋼」である点で一致しており、前記1によれば、引用発明1-4が含有する各元素の含有量は、Mo、Ni、Sn以外において、本願発明1が含有する各元素の含有量に包含される。
すなわち、両発明は、0.004%のC、0.14%のSi、0.11%のMn、0.029%のP、0.0011%のS、19.05%のCr、0.34%のNb、0.013%のAl、0.016%のNを含有するフェライト系ステンレス鋼である点で一致する。

イ 本願発明1は「C+N≦0.030% ・・・(1)」との事項が特定されているところ、前記1に示したとおり、引用発明1-4において、「C+N」は0.02%であるから、引用発明1-4は、当該式(1)を満たす。

ウ 本願発明1は、「Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)」との事項が特定されているところ、前記1に示したとおり、引用発明1-4において、「Cr+Mo」は20.1%であるから、引用発明1-4は、当該式(2)を満たす。

エ そうすると、本願発明1と、引用発明1-4は、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
(一致点)
「質量%で、
C:0.004%、
Si:0.14%、
Mn:0.11%、
P:0.029%、
S:0.0011%、
Cr:19.05%、
Nb:0.34%、
Al:0.013%、
N:0.016%を含有し、
かつ、以下の式(1)および式(2)を満たすフェライト系ステンレス鋼。
C+N≦0.030% ・・・(1)
Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)
(式(1)、式(2)中のC、N、Cr、Moは、各元素の含有量(質量%)を示す。)」

(相違点1)
Moの含有量に関し、本願発明1は「1.50?3.0%」であるのに対し、引用発明1-4は1.05%である点

(相違点2)
Niの含有量に関し、本願発明1は「1.20?3.0%」であるのに対し、引用発明1-4は1.12%である点

(相違点3)
Snの含有量に関し、本願発明1はSnについて特定がないのに対し、引用発明1-4は0.12%である点


(2)相違点についての判断
事案に鑑み、相違点1?3を総合的に検討する。
ア 引用文献1には、「Moの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Moの含有量を2%以下とした。」(段落【0043】)と記載され、また、「Niの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Niの含有量を1.5%以下とした。」(段落【0041】)と記載されている。

イ したがって、引用文献1の記載に接した当業者が、Mo及びNiの含有量を増加させることによる耐食性の向上と、加工性の低下と、コストアップを考慮し、耐食性を向上させるために、引用発明1-4において、Moの含有量を2%を限度に増加させるとともに、Niの含有量を1.5%を限度に増加させることで、相違点1及び2に係る本願発明1の発明特定事項に包含される態様を想到することは、当業者が容易になし得たことといえる。

ウ その一方、引用文献1には、Snに関して、「Snは、耐食性を向上させる上で、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、Snを0.01%以上含有させることが好ましい。」(段落【0050】)と記載されており、Snは必要に応じて含有させる任意成分であるものの、含有させる理由が耐食性を向上させるためであることが記載されている。

エ そうすると、引用発明1-4において、耐食性を向上させるために添加されるSnを非添加にするような変更は、耐食性を向上させることに対して逆行する変更であるところ、上記イのとおり耐食性を向上させるためにMo及びNiを増加させる変更を行う当業者が、当該変更と同時に、耐食性の向上とは逆行するSnを非添加にする変更を行うことを想到するとは認められない。

オ したがって、当業者が、引用発明1-4において、相違点1、2に係る本願発明1の発明特定事項に包含される態様を想到し得たとしても、同時に相違点3に係る発明特定事項を想到し得るとはいえない。


(3)小括
以上の検討のとおり、本願発明1は、引用発明1-4に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


2-2 本願発明2、3について
本願発明2及び3は、本願発明1を引用するものであって、引用発明1-4に対し、上記相違点1?3において少なくとも相違するものであるから、本願発明1と同様に、本願発明2及び3についても、引用発明1-4に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


3 引用発明1-8に基づく対比・判断(当審拒絶理由通知に関連)
3-1 本願発明1について
前記第3で述べたとおり、当審拒絶理由通知において、本願発明1は拒絶理由の対象としていなかったが、ここでは、本願発明1が、引用発明1-8に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではないことについて述べておく。
(1)本願発明1と引用発明1-8とを対比すると、次のことがいえる。
ア 両発明は、「フェライト系ステンレス鋼」である点で一致しており、前記1によれば、引用発明1-8が含有する各元素の含有量は、Mo、Ni、V、B以外において、本願発明1が含有する各元素の含有量に包含される。
すなわち、両発明は、0.005%のC、0.19%のSi、0.12%のMn、0.031%のP、0.0018%のS、22.67%のCr、0.26%のNb、0.078%のAl、0.012%のNを含有するフェライト系ステンレス鋼である点で一致する。

イ 本願発明1は「C+N≦0.030% ・・・(1)」との事項が特定されているところ、前記1に示したとおり、引用発明1-8において、「C+N」は0.017%であるから、引用発明1-8は、当該式(1)を満たす。

ウ 本願発明1は、「Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)」との事項が特定されているところ、前記1に示したとおり、引用発明1-4において、「Cr+Mo」は23.28%であるから、引用発明1-8は、当該式(2)を満たす。

エ そうすると、本願発明1と、引用発明1-8は、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
(一致点)
「質量%で、
C:0.005%、
Si:0.19%、
Mn:0.12%、
P:0.031%、
S:0.0018%、
Cr:22.67%、
Nb:0.26%、
Al:0.078%、
N:0.012%を含有し、
かつ、以下の式(1)および式(2)を満たすフェライト系ステンレス鋼。
C+N≦0.030% ・・・(1)
Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)
(式(1)、式(2)中のC、N、Cr、Moは、各元素の含有量(質量%)を示す。)」

(相違点4)
Moの含有量に関し、本願発明1は「1.50?3.0%」であるのに対し、引用発明1-8は0.61%である点

(相違点5)
Niの含有量に関し、本願発明1は「1.20?3.0%」であるのに対し、引用発明1-8は0.32%である点

(相違点6)
Vの含有量に関し、本願発明1はVについて特定がないのに対し、引用発明1-8は0.12%である点

(相違点7)
Bの含有量に関し、本願発明1はBについて特定がないのに対し、引用発明1-8は0.0008%である点


(2)相違点についての判断
事案に鑑み、相違点4?7のうち、相違点4?6を総合的に検討する。
ア 前記2の2-1(2)ア、イでの検討と同様にして、引用文献1の記載に接した当業者が、Mo及びNiの含有量を増加させることによる耐食性の向上と、加工性の低下と、コストアップを考慮し、耐食性を向上させるために、引用発明1-8において、Moの含有量を2%を限度に増加させるとともに、Niの含有量を1.5%を限度に増加させることで、相違点4及び5に係る本願発明1の発明特定事項に包含される態様を想到することは、当業者が容易になし得たことといえる。

イ その一方、引用文献1には、Vに関して、「Vは、耐食性を向上させる上で、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるのは0.05%以上である。」(段落【0046】)と記載されており、Vは必要に応じて含有させる任意成分であるものの、含有させる理由が耐食性を向上させるためであることが記載されている。

ウ そうすると、引用発明1-8において、耐食性を向上させるために添加されるVを非添加にするような変更は、耐食性を向上させることに対して逆行する変更であるところ、上記アのとおり耐食性を向上させるためにMo及びNiを増加させる変更を行う当業者が、当該変更と同時に、耐食性の向上とは逆行するVを非添加にする変更を行うことを想到するとは認められない。

エ したがって、当業者が、引用発明1-8において、相違点4、5に係る本願発明1の発明特定事項に包含される態様を想到し得たとしても、同時に相違点6に係る発明特定事項を想到し得るとはいえない。


(3)小括
以上の検討のとおり、相違点7について検討するまでもなく、本願発明1は、引用発明1-8に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


2-2 本願発明2、3について
本願発明2及び3は、本願発明1を引用するものであって、引用発明1-8に対し、上記相違点4?7において少なくとも相違するものであるから、本願発明1と同様に、本願発明2及び3についても、引用発明1-8に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


4 引用発明2に基づく対比・判断(原査定に関連)
4-1 本願発明1について
(1)本願発明1と引用発明2とを対比すると、次のことがいえる。
ア 両発明は、「フェライト系ステンレス鋼」である点で一致しており、前記1によれば、引用発明2が含有する各元素の含有量は、Mo、Ni、Ti以外において、本願発明1が含有する各元素の含有量に包含される。
すなわち、両発明は、0.007%のC、0.16%のSi、0.16%のMn、0.022%のP、0.0008%のS、20.25%のCr、0.22%のNb、0.015%のAl、0.009%のNを含有するフェライト系ステンレス鋼である点で一致する。

イ 本願発明1は「C+N≦0.030% ・・・(1)」との事項が特定されているところ、前記1に示したとおり、引用発明2において、「C+N」は0.016%であるから、引用発明2は、当該式(1)を満たす。

ウ 本願発明1は、「Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)」との事項が特定されているところ、前記1に示したとおり、引用発明1-4において、「Cr+Mo」は21.33%であるから、引用発明2は、当該式(2)を満たす。

エ そうすると、本願発明1と、引用発明2は、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
(一致点)
「質量%で、
C:0.007%、
Si:0.16%、
Mn:0.15%、
P:0.022%、
S:0.0008%、
Cr:20.25%、
Nb:0.22%、
Al:0.015%、
N:0.009%を含有し、
かつ、以下の式(1)および式(2)を満たすフェライト系ステンレス鋼。
C+N≦0.030% ・・・(1)
Cr+Mo≧19.0% ・・・(2)
(式(1)、式(2)中のC、N、Cr、Moは、各元素の含有量(質量%)を示す。)」

(相違点8)
Moの含有量に関し、本願発明1は「1.50?3.0%」であるのに対し、引用発明2は1.08%である点

(相違点9)
Niの含有量に関し、本願発明1は「1.20?3.0%」であるのに対し、引用発明2は1.03%である点

(相違点10)
Tiの含有量に関し、本願発明1はTiについて特定がないのに対し、引用発明2は0.012%である点


(2)相違点についての判断
事案に鑑み、相違点8、9を総合的に検討する。
ア 引用文献2の段落【0030】?【0039】には、フェライト系ステンレス鋼に対し必要に応じて含有させることができる元素として、Mo、Ni、Cu、V、W、Ca、Mg、Bの8種類が挙げられ、そのうち、Mo、Ni、Cu、V、Wの5種類が、耐食性を向上させる上で含有させることができるものとされている。

イ そして、引用発明2において、例えば耐食性を向上させることに配慮して化学組成の変更を行うことを当業者が想到し得るとしても、耐食性を向上させる上で含有させることができる前記5種類の元素のうちどれを選択してどのような化学組成の変更を行うかについての具体的な指針は引用文献2には記載されていないから、当該5種類の元素のうち、Cu、V、Wを選択せずMoとNiを選択する動機付けは存在しない。
仮にMo及びNiを選択し得たとしても、引用文献2には、Moに関しては「安定した効果が得られるのは0.3%以上である」(段落【0031】)とされており更に含有量を増加させる利点又は必要性は記載されておらず、また、Niに関しても「安定した効果が得られるのは0.2%以上である」(段落【0032】)とされており更に含有量を増加させる利点又は必要性は記載されていない。
したがって、引用発明2である、Moを1.08%含有し、Niを1.03%含有するフェライト系ステンレス鋼において、Mo及びNiの含有量を増加させて、本願発明1の如く「Mo:1.50?3.0%」及び「Ni:1.20?3.0%」の範囲の態様を想到することは、当業者が容易になし得たことではない。

ウ したがって、当業者が、引用発明2において、相違点8、9に係る本願発明1の発明特定事項を想到し得るとはいえない。


(3)小括
以上の検討のとおり、相違点10について検討するまでもなく、本願発明1は、引用発明2に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

4-2 本願発明2、3について
本願発明2及び3は、本願発明1を引用するものであって、引用発明2に対し、上記相違点8?10において少なくとも相違するものであるから、本願発明1と同様に、本願発明2及び3についても、引用発明2に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


第7 原査定についての判断
原査定は、本願請求項1?4に係る発明は、引用文献1の実施例における素材例4から認定される引用発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、とする。
しかしながら、前記第6の2で述べたとおり、本願発明1?3は、引用文献1の実施例における素材例4から認定される引用発明1-4に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、原査定は、本願請求項1?4に係る発明は、引用文献2の実施例における発明例6から認定される引用発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、とする。
しかしながら、前記第6の4で述べたとおり、本願発明1?3は、引用文献2の実施例における発明例6から認定される引用発明2に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定を維持することはできない。


第8 当審拒絶理由通知についての判断
当審拒絶理由通知の対象となった本願請求項3に係る発明は、平成31年 2月21日に提出された手続補正書による補正によって削除されたので、当審拒絶理由通知で通知した拒絶理由は、解消した。
また、当審拒絶理由通知においては、引用文献1の実施例における素材例8から認定される引用発明1-8に基づく拒絶理由を通知したが、前記第6の3で述べたとおり、本願発明1?3は、引用発明1-8に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


第9 むすび
以上のとおり、本願発明1?3は、引用文献1に記載された発明又は引用文献2に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定の拒絶理由及び当審からの拒絶理由のいずれを検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-04-02 
出願番号 特願2017-562093(P2017-562093)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 瀧澤 佳世佐藤 陽一  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 ▲辻▼ 弘輔
長谷山 健
登録日 2019-04-26 
登録番号 特許第6517371号(P6517371)
発明の名称 フェライト系ステンレス鋼  
代理人 熊坂 晃  
代理人 坂井 哲也  
代理人 磯村 哲朗  
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