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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B21C
管理番号 1350950
審判番号 無効2018-800081  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-06-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2018-06-22 
確定日 2019-04-15 
事件の表示 上記当事者間の特許第6300871号発明「引抜加工機及びツイストバーの製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6300871号についての出願は、平成27年9月6日(優先権主張 平成26年9月7日)に出願された特願2015-175256号の一部を、平成28年9月2日に新たに特許出願したものであって、平成30年3月9日にその発明について特許権の設定登録がなされた。
そして、本件無効審判請求に係る主な手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 6月22日 本件無効審判の請求
同 年 8月 8日 審判請求書に対する手続補正書(方式)の提出
同 年10月15日 審判事件答弁書の提出
同 年11月14日付け審理事項通知書
同 年12月 7日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同 年12月 7日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同 年12月21日 口頭審理陳述要領書(請求人)に対する手続補正書(方式)の提出
同 年12月21日 口頭審理

第2 本件特許の請求項1ないし11に係る発明
本件特許の請求項1ないし11に係る発明(以下「本件特許発明1」等という)は、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、前記引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項2】
略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、前記引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を曲線でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項3】
略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、前記引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項4】
略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、前記引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を円弧でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載の引抜加工機において、
加工開始時間からの経過時間に応じて、前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。
【請求項6】
請求項5に記載の引抜加工機において、
更にドローイングマシンと、
前記ドローイングマシンの進行方向を規定するガイドレールと、を含み、
前記ドローイングマシンが前記ガイドレール上のいずれの位置に存在するかに応じて前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。
【請求項7】
請求項5に記載の引抜加工機において、
更にドローイングマシンと、
前記ドローイングマシンの進行方向を規定するガイドレールと、を含み、
加工開始後に前記ドローイングマシンがガイドレール上のどれだけ進んだかに応じて前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。
【請求項8】
周方向に略同一速度で回動する引抜加工用ダイスの貫通孔から線材を引き抜くことで前記線材を塑性加工する第1の工程を有するツイストバーの製造方法であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とするツイストバーの製造方法。
【請求項9】
周方向に略同一速度で回動する引抜加工用ダイスの貫通孔から線材を引き抜くことで前記線材を塑性加工する第1の工程と、を有するツイストバーの製造方法であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を曲線でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とするツイストバーの製造方法。
【請求項10】
周方向に略同一速度で回動する引抜加工用ダイスの貫通孔から線材を引き抜くことで前記線材を塑性加工する第1の工程と、を有するツイストバーの製造方法であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とするツイストバーの製造方法。
【請求項11】
周方向に略同一速度で回動する引抜加工用ダイスの貫通孔から線材を引き抜くことで前記線材を塑性加工する第1の工程と、を有するツイストバーの製造方法であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を円弧でつないだものに置き換えたものであり、
前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とするツイストバーの製造方法。」

第3 当事者の主張
1.請求人の主張する請求の趣旨及び理由
審判請求書、平成30年8月8日付け手続補正書(方式)、平成30年12月7日付け口頭審理陳述要領書(以下「請求人要領書」という)及び平成30年12月21日付け手続補正書(方式)によれば、請求人の主張する請求の趣旨は、本件特許発明1ないし11についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求めるものである。
そして、その無効理由の概要は、本件特許発明1ないし11は、以下の理由により、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである、というものである。
(1)本件特許発明1ないし7について
本件特許発明1ないし4は、甲第3号証に記載された甲3発明と、甲第1、2、5号証に記載された事項に基づいて、その出願の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件特許発明5は、甲第3号証に記載された甲3発明と、甲第1、2、5号証に記載された事項、通常行う加工条件の設定に基づいて、その出願の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件特許発明6及び7は、甲第3号証に記載された甲3発明と、甲第1、2、4、5号証に記載された事項、通常行う加工条件の設定に基づいて、その出願の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。(以下「無効理由1」という)
(2)本件特許発明8ないし11について
本件特許発明8ないし11は、甲第1号証に記載された甲1発明と、甲第2、5号証に記載された事項、通常行う加工条件の設定に基づいて、その出願の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。(以下「無効理由2」という)

2.請求人の証拠方法
請求人は審判請求書とともに、証拠方法として以下の甲第1ないし7号証を提出している。また、口頭審理陳述要領書とともに、甲第8号証を提出している。
甲第1号証:特開平5-185134号公報
甲第2号証:特公昭32-3856号公報
甲第3号証:特開昭49-83666号公報
甲第4号証:特開昭53-28068号公報
甲第5号証:特開2005-254311公報
甲第6号証:「ダイス・プラグ」(トーワデンコウ株式会社のホームページに掲載されている説明図 http://www.towa-denko.co.jp/pdf/04yougo.pdf)
甲第7号証:特許第6300871号公報の図2を拡大した図
甲第8号証:韓国登録特許第10-422199号公報

3.被請求人の主張する答弁の趣旨
平成30年10月15日付け審判事件答弁書(以下「答弁書」という)、平成30年12月7日付け口頭審理陳述要領書によれば、被請求人の答弁の趣旨は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めるものである。

第4 当審の判断
1.各書証の記載、各書証記載の発明及び記載事項
(1)甲第1号証
本件の原出願の優先日前に頒布された甲第1号証には、以下の記載がある。(下線は当審で付し、以下同じである)
ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、線材を回転中の乾式ダイス孔を通して引抜き、目的とする寸法および機械的性質をもった線に仕上げるための伸線ダイスに関するものである。」

イ 「【0010】本発明伸線ダイスは、前記ハウジング1の水平軸受部3の軸孔3Aにベアリング7,8およびベアリングケース9を介して回転自在に軸支された線材導入側ダイスホルダー10と、前記前側壁1Aのホルダー装着ねじ孔5に螺装された固定スリーブ11と、該スリーブ11にベアリング12を介して回転自在に軸支された伸線導出側ダイスホルダー13と、ダイス孔14を有する超硬合金製ダイスチップ15およびダイスケース16のダイスセットと、前記ダイスホルダー10に外嵌固着された伝動チエンホイル17とにより構成されている。」

ウ 「【0013】前記伸線導出側ダイスホルダー13は、その内面が前方に拡がるテーパー孔26とされ、冷却室4側のケース当接面27にはシールリング28が嵌装されている。前記ハウジング1の冷却室4底には、冷却水排出管継手29が螺着されている。また、前記伝動チエンホイル17には、図2に示すように、減速機付モータ30の出力軸31に固着した駆動チエンホイル32に掛装された無端状チエン33が巻掛けられている。
【0014】上記実施例において、前記ダイスチップ15はダイスケース16と共に線材導入側ダイスホルダー10により回転され、線材Mは図1に矢印(イ)で示すように、前記ガイド6から前記ダイスホルダー10の線材導入ノズル18を経てダイスチップ15のダイス孔14に通され、引抜かれた伸線Lは導出側ダイスホルダー13内を通ってコイル状に巻取られる。」

エ 上記アないしウのダイスチップ15の回転に係る記載並びに図1及び図2のダイスチップ15の図示から見て、ダイスチップ15は、「ダイス孔14を中心に、ダイス孔14に垂直な円形断面の周方向に回動する」ものと認められる。
【図1】


オ 上記アないしエからみて、甲第1号証には以下の発明が記載されているものと認められる。
「ダイス孔14を中心に、ダイス孔14に垂直な円形断面の周方向に回動する伸線用ダイスチップ15のダイス孔14から線材を引き抜くことで前記線材を伸線加工する工程を有する伸線の仕上げ方法であって、
前記伸線用ダイスチップ15はダイス孔14を有する伸線の仕上げ方法。」(以下「甲1発明」という)

(2)甲第2号証
本件の原出願の優先日前に頒布された甲第2号証には、以下の記載がある。
ア 「本発明は冷延せる(以下単に「延」と称する)線、円棒、角棒その他類似の長い延金属製品殊に鋼製品の新規有用なる改良に関する、「線」と称するは以下文意から明かな場合は延金属製品全体を綜合的に指称する。本発明は又この線殊に鋼線から製造した物品例えば釘、スパイクその他類似品、コンクリート補強材、鉄条網、滑止格子等に関する。」(1ページ左欄下から8-最終行)

イ 「第2-第5図は本発明による型を示す。その通路は断面一般に方形を呈する。図示の場合この通路は加工の全長を通じて施され且この全長に亙つて漸減する。断面積を有する。この型に供給した線は第3図及第4図の場合20で示してある。第3図の場合加工の長さは最初に通じた線と通路との接触点20及通路の断面積が最小なる点22間の距離である。この際点22に於ける断面積が延線の断面を決定するのでこれを通路の有効断面と称する。前面23及点22間に於て通路の断面積は第3図の点線24の如く漸減する。通路は点22の後方では外方に拡大して凹み25を形成する。」(3ページ右欄下から4行-4ページ左欄8行)

ウ 「上記した二つの型は通路の断面が一般に多角形である場合の例を示す。この形状は勿論方形或は矩形と限らない。余り有利でないが三角形又は四辺形となすことも出来る。多角形の場合隅部は図示の如く鋭角となすことを要しない。寧ろ多くは円味を附するを可とする。」(4ページ右欄11-16行)

エ 「本発明に於て単純形状の線を生ぜしむる場合は引くべき線の断面形状は一般に円形とする。若し引くべき線の半径が型通路の有効断面の最大放射寸法よりも大なる場合は、延線の断面形状は一般に該通路の有効断面と同一となる。第13図はかくの如き鋼の延線を示す。この場合の型通路の断面は方形とした。図示の如く線の断面形状は全長を通じて方形であるが、その向きは線の長手に沿つて螺状に変化している。線の表面の薄い点線は粒子の流線を略示する。これは規定線に於けると同様縦軸と同一方向に走るが線の山に於ては昇り谷に於ては降るのでその流線は蛇形である。然し中断されることなく全体及線の縦軸を含む面内に存在する。」(5ページ右欄5-18行)

(3)甲第3号証
本件の原出願の優先日前に頒布された甲第3号証には、以下の記載がある。
ア 「回転盤(24)には、ダイスボツクス(27)に収納された引き抜きダイス(28)が備えられ、このダイス(28)は第3図に示すようにベベルギヤー(29)への動力伝達により回転するように軸受(30)で軸支されると共にその中心には横断面角形のダイス孔(31)が貫通され同孔(31)の入口部は後記する数個のガイドロール(33)を介して前記出口部(17b)側より案内された線素材(a)を挿通できるように開口され、出口部は捲き取りドラム(21)の接線方向になるようにして開口され、具体的には、回転盤(24)には第3図に示すように、線素材(a)の供給孔(17)の出口部(17b)とダイス(28)のダイス孔(31)の入口部との間に支持部材(32)で支持された数個のガイドロール(33)が配設され、このロール(33)によつて線素材(a)は円滑にダイス(28)の入口部へと案内される。
ダイス(28)にこのようにして送られた線素材(a)は同ダイス(28)の回転によつて冷間加工により連続状のラセンピツチを持つ捻線素材(b)と加工され、そのダイス(28)の回転は、前記遊星歯車(26)と噛合するギヤー(34)を入力とし、前記ベベルギヤー(29)と噛合するベベルギヤー(35)を出力とし、この変速機(36)を介して直接採用することが可能である。
このようにして、横断面丸形の線素材(a)と第3回転軸(16)の供給孔(17)の入口部(17a)、出口部(17b)、ダイス孔(31)を経て捲き取りドラム(21)に数回捲装させた状態でモーター(6)を駆動させると、第3回転軸(16)と同行回転盤(24)、その回転盤(24)に固設し、同盤(24)の回転力によつて直接動力を採用し、それ自身が回転するダイス(28)によつて、冷間状態で横断面丸形の線素材(a)が横断面角形に引き抜かれながらラセン状に捻じられて連続的に長い一本の捻線素材(b)が得られ、この捻線素材(b)は回転盤(24)の引き抜き力と同調する捲き取り力によつて、静止状態の捲き取りドラム(21)に連続して捲き取られて行く。」(4ページ左上欄下から3行-左下欄12行)

イ 第2図及び第3図からみて、引き抜きダイス28は「略円筒形形状」であるものと認められる。


ウ 上記アの記載から理解される、回転する引き抜きダイス28の中心にダイス孔31が貫通され、該ダイス孔31に挿通された線素材aが、前記ダイス28の回転によって連続状のラセンピッチを持つ稔線素材bへと冷間加工されるという事項と、上記イのように引き抜きダイス28が略円筒形形状をしているという事項とを勘案すると、「引き抜きダイス28」は「略円筒形形状の中心軸を中心として回転する」ものであると認められる。

エ 上記アないしウからみて、甲第3号証には以下の発明が記載されているものと認められる。
「略円筒形形状をもつ引き抜きダイス28と、前記引き抜きダイス28を軸支し前記引き抜きダイス28の略円筒形形状の中心軸を中心として前記引き抜きダイス28を回転させるダイスボックス27と、を含む線素材aを冷間加工により稔線素材bへと加工する回転盤24であって、
前記引き抜きダイス28は横断面角形のダイス孔31を有する、線素材aを冷間加工により稔線素材bへと加工する回転盤24。」(以下「甲3発明」という)

(4)甲第4号証
本件の原出願の優先日前に頒布された甲第4号証には、以下の記載がある。
ア 「第1図において、マンドレル引き抜き装置は、主としてマンドレル2が挿入された円筒部材3を所望に導びくためのガイドライン4と、ガイドライン4の一端に設けられ円筒部材3を引き抜くため所定の位置に貫通孔が設けられるダイスタンド5と、円筒部材3の先端を把持し引き抜き動作を行うキヤリツジ6を移送させるキヤリツジ移送装置7と、キヤリツジ移送装置7に沿つて設けられ引き抜かれた円筒部材3を支持し、かつ他の処理過程例えば拡管処理過程である拡管装置に移載するための移載装置9に移送する少なくとも1個以上のスキツドアーム装置8とから構成されている。」(2ページ左上欄5-16行)

イ 「またキヤリツジ移送装置7は・・・キャリッジ6を所定に導びくためのガイドレール22と、・・・から構成される。」(2ページ右上欄11行-左下欄7行)

(5)甲第5号証
本件の原出願の優先日前に頒布された甲第5号証には、以下の記載がある。
ア 「【請求項1】
ダイヤモンドをダイス本体とし、前記ダイヤモンドに形成された穴のうちベアリング部の正面形状が四角形である異形線伸線用ダイヤモンドダイスであって、
前記四角形の相対する面の距離Dが0.1mm未満であり、前記穴のベルからベアリングにかけての面は、前記ダイヤモンドの厚み方向において滑らかな曲面で形成されることを特徴とする異形線伸線用ダイヤモンドダイス。」

イ 「【0014】
本発明の異形線伸線用ダイヤモンドダイスについて図面を用いてその概要を説明する。図1は、ダイスケースに収めて使用できる状態の断面図である。ダイス本体1が本発明に関する部分であり、ダイス本体1を収納するケース2及びダイス本体1を取り付けるための焼結合金3とで構成されている。図2は、ダイス本体1の正面図である。ダイス本体1は、超硬合金製サポートリング4と焼結ダイヤモンド5からなる。そして中心部は、伸線されるべき線材が接触しながら通る穴内面6と貫通穴7から構成される。穴内面6はさらに細分化されていて、図3にその詳細を示す。図3は、図2のA-A断面図である。6a、6b、6c、6d、6e、6fと順にベル、アプローチ、リダクション、ベアリング、バックリリーフ、エクジットに分かれており、正面から見た形状が四角形となっている。
【0015】
本願発明のダイスでは、貫通穴7により形成された穴内面6のうち少なくともベル6aからベアリング6dにかけての面は、ダイヤモンドの厚み方向において滑らかな曲面で形成されている。すなわち、従来の形状のようにベル6a、アプローチ6b、リダクション6c、ベアリング6dの各々が直線的に形成され、各々の境界部分に丸みを設けたものとは異なり、各部位全体が滑らかな曲面で形成される。この曲面は、単一Rの曲面または複合Rの曲面で形成されており、お互いの境界部は明確には分からない形状になっている。」

ウ 「【0019】
本発明のダイヤモンドダイスは、モータの巻線などに使用する。このような用途では、高密度に巻く必要があるため、線材のコーナRは小さいほど好ましい。そのため、ベアリング部の四角形のコーナー部のRは、0.3D以下としている。」

(6)甲第6号証
一般的な技術を示す甲第6号証には、以下の記載がある。
「1.引抜きダイス各部の名称

・・・
5)ベアリング【bearing】 - 線・棒・管の寸法を決める所。」

(7)甲第8号証
本件の原出願の優先日前に頒布された甲第8号証には、以下の記載(日本語訳のみ示す)がある。
ア 「【0067】
回転ダイ223は、中央に長方形溝229が形成され、外周面にはキー溝230が形成されて、ウォームギヤ221と回転軸222の前面で前記キー226と結合し、且つ軸受231に回転可能に支持され、カバー224によって後方壁体227内に設置される。
【0068】
回転軸222に固定される回転ダイ223の長方形溝229は、回転軸222の通孔233と同じ水平軸線に位置する。」

イ 図16

ウ 図17

2.無効理由1についての検討
(1)本件特許発明1について
ア 甲3発明との対比
本件特許発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「引き抜きダイス28」、「軸支」及び「ダイスボックス27」は、本件特許発明1の「引抜加工用ダイス」、「保持」及び「ダイスホルダー」に相当する。
甲3発明の「線素材aを冷間加工により稔線素材bへと加工する回転盤24」は、その機能からみて、本件特許発明1の「引抜加工機」に相当する。
甲3発明の引き抜きダイス28の「ダイス孔31」は、本件特許発明1の引抜加工用ダイスの「開口部」に相当する。また、引抜ダイスの開口部において、「ベアリング部」が引き抜かれる線・棒材の寸法を決定する部分であることは、例えば、甲第6号証のような用語集にも記載されているように周知の事項であり、甲3発明のダイス孔31にも、稔線素材bの寸法を決定する「ベアリング部」となる部分が備わっているものと認められる。そして、甲3発明の「横断面角形のダイス孔31」は、本件特許発明1の「開口部は略多角形の断面形状」であることに相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲3発明とは、以下の点で一致し、かつ、相違する。
<一致点>
「略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、前記引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有する引抜加工機。」
<相違点1>
ベアリング部の開口部の略多角形の断面形状について、本件特許発明1では、「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲3発明では、横断面角形の角の形状は不明である点。
<相違点2>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明1では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲3発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点1の検討
甲第2号証の第2図ないし第5図に示された延線する型は、線を供給する通路の断面形状が方形である。そして、甲第2号証には、通路断面形状の方形等の多角形の隅部に「円味を附するを可とする」という示唆もあるが、これは、「多角形の場合隅部は図示の如く鋭角となすことを要しない。」という記載を補うものであり、多角形の隅がきちんとした鋭角に加工されずに多少丸みがあることも許される、という程度の意味でしかないと解される。そうすると、上記甲第2号証に記載された示唆から、甲3発明の引き抜きダイス28の横断面角形のダイス孔31の角を積極的に曲線でつなぐ形状に変える動機付けになるとはいえない。また、本件特許発明1の「角を曲線でつないだものに置き換えた」ことにより、潤滑剤の塊の発生を防ぎ、該塊を脱落させやすくするという作用効果が、甲第2号証の「多角形の隅部に円味を附する」ことに係る記載から把握されるものでもない。
甲第5号証の図2ないし図7に示されたダイヤモンドダイスは、ベアリング部の四角形のコーナー部にRを付与した形状であり、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」に相当する事項を有している。しかし、甲第5号証のダイヤモンドダイスは、モータ等電子機器の巻線用線材の製造に用いられるものであり、極細でねじれの少ない巻線を製造することを前提とするもので、引抜加工時にダイスが回転しない構造をとるべきものなので、これを甲3発明の回転する引き抜きダイス28に適用することを妨げる事情がある。また、甲第5号証のダイヤモンドダイスは、極細の巻線の製造用のものであって、金属金網に用いられるツイストバーのような、ある程度の強度を有する太めの線材の製造に用いるものではないから、甲3発明の引き抜きダイス28に積極的に転用する動機がないものと認められる。
甲第6号証には、一般的な技術として引き抜きダイスの各部の名称とその機能の説明がされているが、「ベアリング」が「線・棒・管の寸法を決める所。」であったとしても、その断面形状については不明であって、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」に相当する形状を有するかは不明である。
甲第8号証に記載された、鋼線のねじり成形のための回転ダイ223には、中央に長方形溝229が形成されている。しかし、当該長方形溝のベアリング部については、たとえ図16及び図17を見ても、長方形の孔があることまでは理解されるものの、その孔の詳細な形状については不明であるため、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」とした発明特定事項については不明である。
さらに、甲第1号証及び甲第4号証にも、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」とした発明特定事項については記載されていない。
そして、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」とした発明特定事項が、従来周知の事項であることが、甲第1号証ないし甲第8号証の記載から示唆されるものでもない。
以上のとおりであるから、相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 相違点2の検討
甲第2号証の第2図ないし第5図に示された延線する型は、線を供給する通路の断面形状が方形ではあるが、型の通路は「加工の全長を通じて施され且この全長に亙つて漸減する」形状となっているから、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有していない。
甲第5号証の図2ないし図5に示されたダイヤモンドダイスは、貫通穴7の断面形状は四角形でコーナー部にRを付与したものではあるが、「貫通穴7により形成された穴内面6のうち少なくともベル6aからエアリング6dにかけての面は、ダイヤモンドの厚み方向において滑らかな曲面で形成されている。・・・この曲面は、単一Rの曲面または複合Rの曲面で形成されており、お互いの境界部は明確には分からない形状になっている」ことから、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有していない。
また、甲第5号証の図6及び図7に従来例として示されたダイヤモンドダイスにしても、ベアリング6dが直線的に形成されているものの、他部との境界部分には丸みが設けられるものであり、さらに図7を見ても、ベアリング6dが必ず左右で平行線となっているか否かも判別できないから、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有するか否かは不明である。
甲第6号証には、一般的な技術として引き抜きダイスの各部の名称とその機能の説明がされているが、「ベアリング」が「線・棒・管の寸法を決める所。」であったとしても、図面を見てもその断面形状は不明で、ベアリングの孔径が一端から他端まで必ず等しくなるかも不明であるから、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項となるか否かは不明である。
甲第8号証に記載された、鋼線のねじり成形のための回転ダイ223には、中央に長方形溝229が形成されている。しかし、当該長方形溝のベアリング部については、たとえ図16及び図17を見ても、長方形の孔があることまでは理解されるものの、その孔の詳細な形状については不明であるため、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有するか否かは不明である。
さらに、甲第1号証及び甲第4号証にも、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項については記載されていない。
そして、本件特許発明1の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項が、従来周知の事項であることが、甲第1号証ないし甲第8号証の記載から示唆されるものでもない。
以上のとおりであるから、相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2について
ア 甲3発明との対比
本件特許発明2と甲3発明とを対比する。
本件特許発明2は、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」という記載の「少なくとも1の角」を「全ての角」に置き換えただけであるから、本件特許発明1との<一致点>と同じ点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点3>
ベアリング部の開口部の略多角形の断面形状について、本件特許発明2では、「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を曲線でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲3発明では、横断面角形の角の形状は不明である点。
<相違点4>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明2では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲3発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点3の検討
上記(1)イで検討したのと同様に、本件特許発明2の「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を曲線でつないだものに置き換えたもの」であるとした発明特定事項については、甲第1、4、6、8号証には開示されていないし、甲第2、5号証に記載された事項から当業者が容易に想到するものでもない。
よって、相違点3に係る本件特許発明2の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 相違点4の検討
相違点4は、上記相違点2と実質的に同じものである。そして、上記(1)ウで検討したとおり、甲第1、2、4ないし6、8号証は、どの証拠も、本件特許発明2の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を開示していない。
よって、相違点4に係る本件特許発明2の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明3について
ア 甲3発明との対比
本件特許発明3と甲3発明とを対比する。
本件特許発明3は、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」という記載の「曲線」を「円弧」に置き換えただけであるから、本件特許発明1との<一致点>と同じ点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点5>
ベアリング部の開口部の略多角形の断面形状について、本件特許発明3では、「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲3発明では、横断面角形の角の形状は不明である点。
<相違点6>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明3では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲3発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点5の検討
上記(1)イで検討したのと同様に、本件特許発明3の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるとした発明特定事項については、甲第1、4、6、8号証には開示されていないし、甲第2、5号証に記載された事項から当業者が容易に想到するものでもない。
よって、相違点5に係る本件特許発明3の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 相違点6の検討
相違点6は、上記相違点2と実質的に同じものである。そして、上記(1)ウで検討したのと同様に、甲第1、2、4ないし6、8号証は、どの証拠も、本件特許発明3の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を開示していない。
よって、相違点6に係る本件特許発明3の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件特許発明4について
ア 甲3発明との対比
本件特許発明4と甲3発明とを対比する。
本件特許発明4は、本件特許発明1の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」という記載の「少なくとも1の角」を「全ての角」に、また、「曲線」を「円弧」にそれぞれ置き換えただけであるから、本件特許発明1との<一致点>と同じ点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点7>
ベアリング部の開口部の略多角形の断面形状について、本件特許発明4では、「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲3発明では、横断面角形の角の形状は不明である点。
<相違点8>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明4では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲3発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点7の検討
上記(1)イで検討したのと同様に、本件特許発明4の「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるとした発明特定事項については、甲第1、4、6、8号証には開示されていないし、甲第2、5号証に記載された事項から当業者が容易に想到するものでもない。
よって、相違点7に係る本件特許発明4の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 相違点8の検討
相違点8は、上記相違点2と実質的に同じものである。そして、上記(1)ウで検討したのと同様に、甲第1、2、4ないし6、8号証は、どの証拠も、本件特許発明4の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を開示していない。
よって、相違点8に係る本件特許発明4の発明特定事項は、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件特許発明5ないし7について
本件特許発明5ないし7は、本件特許発明1ないし4を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明1ないし4で特定された事項を全て含み、さらなる限定事項を付加したものである。よって、本件特許発明5ないし7は、本件特許発明1ないし4と同様に、甲3発明に甲第1、2、4ないし6、8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)無効理由1についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし7については、請求人が主張する無効理由1は成り立たない。

3.無効理由2についての検討
(1)本件特許発明8について
ア 甲1発明との対比
本件特許発明8と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「伸線用ダイスチップ15」、「ダイス孔14」及び「伸線加工する工程」は、本件特許発明8の「引抜加工用ダイス」、「貫通孔」及び「塑性加工する第1の工程」に相当する。
甲1発明の「伸線の仕上げ方法」と本件特許発明8の「ツイストバーの製造方法」とを対比すると、ツイストバーも伸線加工して仕上げた伸線の一種であることを考慮すれば、両者は、「伸線の製造方法」という点では一致するものである。
また、甲1発明のダイスチップ15の「ダイス孔14」が、何らかの形状の断面形状を有する開口部を備えていることは、技術常識から考えて当然のことである。そして、引抜ダイスの開口部において、「ベアリング部」が引き抜かれる線・棒材の寸法を決定する部分であることは、例えば、甲第6号証のような用語集にも記載されているように周知の事項であるから、甲1発明のダイス孔14にも、伸線の寸法を決定する「ベアリング部」となる部分を有するものと認められる。
そうすると、本件特許発明8と甲1発明とは、以下の点で一致し、かつ、相違する。
<一致点>
「周方向に回動する引抜加工用ダイスの貫通孔から線材を引き抜くことで前記線材を塑性加工する第1の工程を有する伸線の製造方法であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリングを有するツイストバーの製造方法。」
<相違点1>
ダイスの周方向の回動が、本件特許発明8では「略同一速度で」行うのに対し、甲1発明では速度は不明である点。
<相違点2>
伸線が、本件特許発明8では「ツイストバー」であるのに対し、甲1発明では具体的な物品名は不明である点。
<相違点3>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明8では、「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲1発明では、ダイス孔14の断面形状の形状自体が不明である点。
<相違点4>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明8では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲1発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点1の検討
ダイスによる線材の引抜加工において、伸線に捻りを付与するためのダイスの回転速度を、伸線の捻りピッチを一定にするために略同一速度で行うようにすることは、通常行う加工条件の設定にすぎず、減速機付モータ30によるダイスチップ15の回転駆動を行うものである甲1発明において、ダイスチップ15の回転速度を略同一速度とすることも、当業者が容易に想到するものと認められる。

ウ 相違点2の検討
回転するダイスによる線材の引抜加工によりツイストバーを製造することは、例えば甲第3号証(第4図のヘリカルバーCを参照)にも示されているように従来周知の技術事項にすぎず、同様に回転するダイスチップ15による線材の引抜加工を行う甲1発明において、伸線をツイストバーとすることも、当業者が容易に想到するものと認められる。

エ 相違点3の検討
甲第2号証の第2図ないし第5図に示された延線する型は、線を供給する通路の断面形状が方形である。そして、甲第2号証には、通路断面形状の方形等の多角形の隅部に「円味を附するを可とする」という示唆もあるが、これは、「多角形の場合隅部は図示の如く鋭角となすことを要しない。」という記載を補うものであり、多角形の隅がきちんとした鋭角に加工されずに多少丸みがあることも許される、という程度の意味でしかないと解される。そうすると、上記甲第2号証に記載された示唆から、甲3発明の引き抜きダイス28の横断面角形のダイス孔31の角を積極的に曲線でつなぐ形状に変える動機付けになるとはいえない。また、本件特許発明8の「角を曲線でつないだものに置き換えた」ことにより、潤滑剤の塊の発生を防ぎ、該塊を脱落させやすくするという作用効果が、甲第2号証の「多角形の隅部に円味を附する」ことに係る記載から把握されるものでもない。
甲第3号証の第2図及び第3図に示された引き抜きダイス28は、その中心に横断面角形のダイス孔31が貫通されている構成であり、本件特許発明8の開口部断面形状が「略多角形」とした発明特定事項を有している。しかし、甲第3号証には、横断面角形のダイス孔31についての詳細な形状についての記載はなく、第2図及び第3図を見てもダイス孔31の詳細な形状はやはり不明である。そうすると、甲第3号証の引き抜きダイス28は、本件特許発明8の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」とした発明特定事項については、不明である。
甲第5号証の図2ないし図7に示されたダイヤモンドダイスは、ベアリング部の四角形のコーナー部にRを付与した形状であり、本件特許発明8の開口部断面形状が「略多角形」であって「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」に相当する事項を有している。しかし、甲第5号証のダイヤモンドダイスは、モータ等電子機器の巻線用線材の製造に用いられるものであり、極細でねじれの少ない巻線を製造することを前提とするもので、引抜加工時にダイスが回転しない構造をとるべきものなので、これを甲1発明の回動する伸線用ダイスチップ15に適用することを妨げる事情がある。また、甲第5号証のダイヤモンドダイスは、極細の巻線の製造用のものであって、金属金網に用いられるツイストバーのような、ある程度の強度を有する太めの線材の製造に用いるものではない。
甲第6号証には、一般的な技術として引き抜きダイスの各部の名称とその機能の説明がされているが、「ベアリング」が「線・棒・管の寸法を決める所。」であったとしても、その断面形状については不明であって、本件特許発明8の開口部断面形状が「略多角形」であって「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」に相当する形状は不明である。
甲第8号証に記載された、鋼線のねじり成形のための回転ダイ223には、中央に長方形溝229が形成されている。しかし、当該長方形溝のベアリング部については、たとえ図16及び図17を見ても、長方形の孔があることまでは理解されるものの、その孔の詳細な形状については不明であるため、本件特許発明8の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」とした発明特定事項については不明である。
さらに、甲第4号証にも、本件特許発明8の開口部断面形状が「略多角形」であって「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」とした発明特定事項については記載されていない。
そして、本件特許発明8の開口部断面形状が「略多角形」であって「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたもの」とした発明特定事項が、従来周知の事項であることが、甲第1号証ないし甲第8号証の記載から示唆されるものでもない。
以上のとおりであるから、相違点3に係る本件特許発明8の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

オ 相違点4の検討
甲第2号証の第2図ないし第5図に示された延線する型は、線を供給する通路の断面形状が方形ではあるが、型の通路は「加工の全長を通じて施され且この全長に亙つて漸減する」形状となっているから、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有していない。
甲第3号証の第2図及び第3図に示された引き抜きダイス28は、横断面角形のダイス孔31についての詳細な形状についての記載はなく、第2図及び第3図を見てもダイス孔31の詳細な形状はやはり不明である。そうすると、甲第3号証の引き抜きダイス28は、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項については不明である。
甲第5号証の図2ないし図5に示されたダイヤモンドダイスは、貫通穴の断面形状は四角形でコーナー部にRを付与したものではあるが、「貫通穴7により形成された穴内面6のうち少なくともベル6aからエアリング6dにかけての面は、ダイヤモンドの厚み方向において滑らかな曲面で形成されている。・・・この曲面は、単一Rの曲面または複合Rの曲面で形成されており、お互いの境界部は明確には分からない形状になっている」ことから、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有していない。
また、甲第5号証の図6及び図7に従来例として示されたダイヤモンドダイスにしても、ベアリング6dが直線的に形成されているものの、他部との境界部分には丸みが設けられるものであり、さらに図7を見ても、ベアリング6dが必ず左右で平行線となっているか否かも判別できないから、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有するか否かは不明である。
甲第6号証には、一般的な技術として引き抜きダイスの各部の名称とその機能の説明がされているが、「ベアリング」が「線・棒・管の寸法を決める所。」であったとしても、図面を見てもその断面形状は不明で、ベアリングの孔径が一端から他端まで必ず等しくなるかも不明であるから、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項となるかは不明である。
甲第8号証に記載された、鋼線のねじり成形のための回転ダイ223には、中央に長方形溝229が形成されている。しかし、当該長方形溝のベアリング部については、たとえ図16及び図17を見ても、長方形の孔があることまでは理解されるものの、その孔の詳細な形状については不明であるため、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を有するか否かは不明である。
さらに、甲第4号証にも、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項については記載されていない。
そして、本件特許発明8の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項が、従来周知の事項であることが、甲第1号証ないし甲第8号証の記載から示唆されるものでもない。
以上のとおりであるから、相違点4に係る本件特許発明8の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明9について
ア 甲1発明との対比
本件特許発明9と甲1発明とを対比する。
本件特許発明9は、本件特許発明8の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」という記載の「少なくとも1の角」を「全ての角」に置き換えたものであるから、本件特許発明8との<一致点>と同じ点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点5>
ダイスの周方向の回動が、本件特許発明9では「略同一速度で」行うのに対し、甲1発明では速度は不明である点。
<相違点6>
伸線が、本件特許発明9では「ツイストバー」であるのに対し、甲1発明では具体的な物品名は不明である点。
<相違点7>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明9では、「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を曲線でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲1発明では、ダイス孔14の断面形状の形状自体が不明である点。
<相違点8>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明9では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲1発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点5及び6の検討
相違点5及び6は、それぞれ上記相違点1及び2と実質的に同じものである。
そうすると、上記(1)イ及びウで検討したのと同じ理由で、相違点5及び6に係る本件特許発明9の発明特定事項は、当業者が容易に想到するものと認められる。

ウ 相違点7の検討
上記(1)エで検討したのと同様に、本件特許発明9の「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を曲線でつないだものに置き換えたもの」であるとした発明特定事項については、甲第3、4、6、8号証には開示されていないし、甲第2、5号証に記載された事項から当業者が容易に想到するものでもない。
よって、相違点7に係る本件特許発明9の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 相違点8の検討
相違点8は、上記相違点4と実質的に同じものである。そして、上記(1)オで検討したのと同様に、甲第2ないし6及び8号証は、どの証拠も、本件特許発明9の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を開示していない。
よって、相違点8に係る本件特許発明9の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明10について
ア 甲1発明との対比
本件特許発明10と甲1発明とを対比する。
本件特許発明10は、本件特許発明8の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」という記載の「曲線」を「円弧」に置き換えたものであるから、本件特許発明8との<一致点>と同じ点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点9>
ダイスの周方向の回動が、本件特許発明10では「略同一速度で」行うのに対し、甲1発明では速度は不明である点。
<相違点10>
伸線が、本件特許発明10では「ツイストバー」であるのに対し、甲1発明では具体的な物品名は不明である点。
<相違点11>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明10では、「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲1発明では、ダイス孔14の断面形状の形状自体が不明である点。
<相違点12>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明10では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲1発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点9及び10の検討
相違点9及び10は、それぞれ上記相違点1及び2と実質的に同じものである。
そうすると、上記(1)イ及びウで検討したのと同じ理由で、相違点9及び10に係る本件特許発明10の発明特定事項は、当業者が容易に想到するものと認められる。

ウ 相違点11の検討
上記(1)エで検討したのと同様に、本件特許発明10の「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるとした発明特定事項については、甲第3、4、6、8号証には開示されていないし、甲第2、5号証に記載された事項から当業者が容易に想到するものでもない。
よって、相違点11に係る本件特許発明10の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 相違点12の検討
相違点12は、上記相違点4と実質的に同じものである。そして、上記(1)オで検討したのと同様に、甲第2ないし6及び8号証は、どの証拠も、本件特許発明10の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を開示していない。
よって、相違点12に係る本件特許発明10の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件特許発明11について
ア 甲1発明との対比
本件特許発明11と甲1発明とを対比する。
本件特許発明11は、本件特許発明8の「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を曲線でつないだものに置き換えたものであり」という記載の「少なくとも1の角」を「全ての角」に、また、「曲線」を「円弧」にそれぞれ置き換えたものであるから、本件特許発明8との<一致点>と同じ点で一致するとともに、以下の点で相違する。
<相違点13>
ダイスの周方向の回動が、本件特許発明11では「略同一速度で」行うのに対し、甲1発明では速度は不明である点。
<相違点14>
伸線が、本件特許発明11では「ツイストバー」であるのに対し、甲1発明では具体的な物品名は不明である点。
<相違点15>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明11では、「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるのに対し、甲1発明では、ダイス孔14の断面形状の形状自体が不明である点。
<相違点16>
ベアリング部の開口部の断面形状について、本件特許発明11では、「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」のに対し、甲1発明では、開口部の断面形状が線材の引抜方向に沿って同じであるか否か不明である点。

イ 相違点13及び14の検討
相違点13及び14は、それぞれ上記相違点1及び2と実質的に同じものである。
そうすると、上記(1)イ及びウで検討したのと同じ理由で、相違点13及び14に係る本件特許発明11の発明特定事項は、当業者が容易に想到するものと認められる。

ウ 相違点15の検討
上記(1)エで検討したのと同様に、本件特許発明11の「略多角形」の断面形状であって、「前記略多角形は基礎となる多角形の全ての角を円弧でつないだものに置き換えたもの」であるとした発明特定事項については、甲第3、4、6、8号証には開示されていないし、甲第2、5号証に記載された事項から当業者が容易に想到するものでもない。
よって、相違点15に係る本件特許発明11の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 相違点16の検討
相違点16は、上記相違点4と実質的に同じものである。そして、上記(1)オで検討したのと同様に、甲第2ないし6及び8号証は、どの証拠も、本件特許発明11の「前記開口部の断面形状は線材の引抜方向に沿って同じである」とした発明特定事項を開示していない。
よって、相違点16に係る本件特許発明11の発明特定事項は、甲1発明に甲第2ないし6及び8号証に記載された事項を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)無効理由2についてのむすび
したがって、本件特許発明8ないし11については、請求人が主張する無効理由2は成り立たない。

第5 むすび
以上のとおり、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1ないし11に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-02-19 
結審通知日 2019-02-21 
審決日 2019-03-05 
出願番号 特願2016-171381(P2016-171381)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B21C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 酒井 英夫  
特許庁審判長 西村 泰英
特許庁審判官 中川 隆司
栗田 雅弘
登録日 2018-03-09 
登録番号 特許第6300871号(P6300871)
発明の名称 引抜加工機及びツイストバーの製造方法  
代理人 井上 浩  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

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