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審決分類 審判 査定不服 特29条の2 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1351328
審判番号 不服2018-3099  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-03-05 
確定日 2019-05-08 
事件の表示 特願2014-137893「抗メソセリン抗体およびその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成26年11月27日出願公開、特開2014-221064〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成20年11月19日(パリ条約による優先権主張 2007年11月26日 米国)を国際出願日とする特許出願である特願2010-535269号の一部を、平成26年7月3日に新たな特許出願としたものであって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成28年 2月10日 :誤訳訂正書の提出
平成29年 4月11日付け:拒絶理由通知書
平成29年10月20日 :意見書の提出
平成29年10月27日付け:拒絶査定
平成30年 3月 5日 :審判請求書、手続補正書の提出


第2 平成30年3月5日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成30年3月5日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された。(下線部は、補正箇所である。)

「 【請求項1】
メソセリン(配列番号:370)に特異的な抗原結合領域を含む、単離されたヒトまたはヒト化抗体あるいはその機能的なフラグメントであって、前記抗体またはその機能的なフラグメントが、メソセリンへの結合において、癌抗原125(CA125)と競合せず、メソセリンタンパク質を発現する細胞に内部移行する、抗体またはその機能的なフラグメントであって、
アミノ酸配列
EVHLVESGGGLVQPGGSLRLSCAASGFTFSRYWMSWVRQAQGKGLEWVASIKQAGSEKTYVDSVKGRFTISRDNAKNSLSLQMNSLRAEDTAVYYCAREGAYYYDSASYYPYYYYYSMDVWGQGTTVTVSS
および
EIVLTQSPGTLSLSPGERATLSCRASQSVSSSYLAWYQQKPGQAPRLLIYGASSRATGIPDRFSGSGSGTDFTLTISRLEPEDFAVYYCQQYGSSQYTFGQGTKLEIK
を含むものを除く、前記抗体またはその機能的なフラグメント。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の、平成28年2月10日提出の誤訳訂正書において同時に補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。

「 【請求項1】
メソセリン(配列番号:370)に特異的な抗原結合領域を含む、単離されたヒトまたはヒト化抗体あるいはその機能的なフラグメントであって、前記抗体またはその機能的なフラグメントが、メソセリンへの結合において、癌抗原125(CA125)と競合せず、メソセリンタンパク質を発現する細胞に内部移行する、抗体またはその機能的なフラグメント。」

2 補正の適否
本件補正は、補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「抗体またはその機能的なフラグメント」について、上記のとおり特定のアミノ酸配列を含むものを除くという限定を付加するものであって、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。

(2)先願1当初明細書等の記載
本願の優先日(2007年11月26日)より前の2007年10月1日をパリ条約による第1優先権主張日(以下、「先願1第1優先権主張日」という。)とする外国語特許出願(特許法第184条の4第3項の規定により取り下げられたものとみなされたものを除く。)であって、本願の出願後に国際公開がされた先願1(PCT/US2008/078123号(国際公開第2009/045957号、特表2010-539981号公報))の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下、「先願1当初明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている。また、それとともに、これらの事項と同様の事項は先願1の第1優先権主張の基礎となる米国出願(60/976,626)にも記載されている。なお、英文であるから、訳文として先願1の国内公表公報である特表2010-539981号公報の記載事項及び摘記箇所を示す(下線は当審で付した)。

ア 「【請求項17】
(a)配列番号19?21からなる群より選択されるアミノ酸配列を含む重鎖可変領域と、
(b)配列番号22?24からなる群より選択されるアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域とを含み、
特異的にヒトメソテリンタンパク質に結合する、単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
・・・
【請求項20】
(a)配列番号21のアミノ酸配列を含む重鎖可変領域と、
(b)配列番号24のアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域とを含む、請求項17に記載の抗体。」

イ 「【0101】
(遺伝子操作および修飾された抗体)
本発明の抗体は更に、出発抗体に比して、変化した特性を有する修飾された抗体を遺伝子操作するための出発物質として、1つまたはそれよりも多くの公知の抗メソテリンの抗体VHおよび/またはVL配列を有する抗体を用いて調製され得る。1つ、またはVHおよびVL両方の範囲内の、1つまたはそれよりも多くのCDR領域の範囲内の、および/または、1つまたはそれよりも多くのフレームワーク領域の範囲内の、1つまたはそれよりも多くのアミノ酸が修飾され得る。
・・・
【0102】
・・・抗体-抗原相互作用にCDR配列が最も応答するため、異なる特性の異なる抗体から異なるフレームワーク配列にて連結された特定の自然に発生した抗体から、CDR配列を含む発現ベクターを構築することで(当審注「異なる特性の異なる抗体のフレームワーク配列に連結された特定の自然に発生した抗体のCDR配列を含む発現ベクターを構築することで」の誤訳と認める)、特定の自然に発生した抗体の特性を模倣する組み換え抗体を発現させることが可能である。
・・・
【0103】
従って、本開示のその他の実施形態は、単離されたモノクローナル抗体、または、その抗原結合部分において、それぞれ、配列番号1-3、配列番号4-6、および配列番号7-9から成る群から選択されるアミノ酸配列を含む、CDR1、CDR2、およびCDR3配列を含むV_(H)、ならびにそれぞれ、配列番号10-12、配列番号13-15、および配列番号16-18から成る群から選択されるアミノ酸配列を含む、CDR1、CDR2、およびCDR3配列を含むV_(L)を含むものに関連する。従って、その様な抗体は、これらの抗体からの異なるフレームワーク配列をさらに含み得るモノクローナル抗体3C10、6A4、または7B1の、V_(H)およびV_(L)のCDR配列を含む。
【0104】
その様なフレームワーク配列は、公衆的なDNAデータベース、または、生殖細胞系列抗体の遺伝子配列を含む、公開された参照から得ることが可能である。
・・・
【0110】
本発明の遺伝子操作された抗体は、例えば、抗体の特性を向上させる等の、VHおよび/またはVL内のフレームワークの残基への修飾がなされるものを含む。典型的には、そのようなフレームワーク修飾は、抗体の免疫原性を減少させるためになされる。1つのアプローチは、1つまたはそれよりも多くのフレームワーク残基を、対応する生殖細胞系列の配列に「突然変異させる」ことである。より特定的には、体細胞変異を受ける抗体は、抗体の由来となる生殖細胞系列の配列と異なるフレームワーク残基を含み得る。その様な残基は、抗体のフレームワーク配列を、抗体の由来となる生殖細胞系列の配列と比較することで同定され得る。
【0111】
例えば、表Aは、フレームワーク領域のアミノ酸の位置(カバットナンバリングシステムを用いた)が生殖細胞系列とは異なる領域、およびこの位置が、指定された置換体により生殖細胞系列へどのように復帰突然変異し得るかを示している。
【0112】
(表A)



ウ 「【実施例】
【0347】
(実施例1:メソテリンタンパク質に対するヒト型モノクローナル抗体の生成)
ヒトの抗体遺伝子を発現するトランスジェニックマウスを用いて以下のように抗メソテリンヒト型モノクローナル抗体を生成した。
【0348】
(抗原)
免疫用の抗原としてメソテリンの可溶性融合タンパク質を用いた。可溶性融合タンパク質は、C末端でHisタグに結合したメソテリン(天然のメソテリンでGPI結合を介して膜に会合する)の40kDの部分で構成された。
・・・
【0356】
・・・10の抗体を選択し、試験管内にてクローンで産生され、精製された抗体を用いてそれらの特徴を確認した。3つの抗体、3C10(元々のクローンの名称:1382.210.3C10.1.6)と、6A4(元々のクローンの名称:1382.210.6A4.1.6)と7B1(元々のクローンの名称:1382.210.7B1.2.18)を配列決定とさらなる解析のために選択した。
【0357】
(実施例2:抗体3C10、6A4および7B1の構造的特性解析)
実施例1で記載されたように、3C10、6A4および7B1のクローンによって発現されたmAbの重鎖および軽鎖の可変領域をコードするcDNAの配列は、標準のDNA配列決定法を用いて配列決定され、標準のタンパク質化学分析によって発現されたタンパク質の特性解析を行った。3つのクローンはすべてIgG1の重鎖とカッパ軽鎖を含む抗体を発現することが判った。
・・・
【0365】
既知のヒト生殖系列の免疫グロブリンの重鎖の配列との7B1の重鎖免疫グロブリンの配列の比較は、7B1の重鎖が、ヒト生殖系列のV_(H)3?7のV_(H)フラグメントと、ヒト生殖系列D3?10のDフラグメントとヒト生殖系列J_(H)6BのJ_(H)フラグメントを利用していることを明らかにした。さらに、CDR領域決定のカバット方式を用いた7B1のV_(H)配列の解析は、それぞれ、図3Aおよび配列番号3、6および9に示されるような重鎖CDR1、CDR2およびCDR3の記載をもたらした。
【0366】
既知のヒト生殖系列の免疫グロブリンの軽鎖の配列との7B1の軽鎖免疫グロブリンの配列の比較は、7B1のカッパ軽鎖が、ヒト生殖系列V_(κ)A27のV_(κ)フラグメントおよびヒト生殖系列J_(κ)2のJ_(κ)フラグメントを利用していることを明らかにした。さらに、CDR領域決定のカバット方式を用いた7B1のV_(κ)配列の解析は、それぞれ図3Bおよび配列番号12、15および18に示されるような軽鎖CDR1、CDR2およびCDR3の記載をもたらした。
・・・
【0369】
図6は、生殖系列V_(H)3?7にコードされたアミノ酸配列(配列番号32)と共に7B1の重鎖可変アミノ酸配列(それぞれ配列番号21)の配置を示す。CDR1、CDR2およびCDR3の領域が記載される。
【0370】
図7は、生殖系列V_(κ)A27にコードされたアミノ酸配列(配列番号34)と共に7B1のカッパ軽鎖可変アミノ酸配列(それぞれ配列番号24)の配置を示す。CDR1、CDR2およびCDR3の領域が記載される。」

エ 「【0372】
(実施例3:メソテリンモノクローナル抗体の結合特性の特性解析)
この実施例では、フローサイトメトリーによってmAb、3C10,6A4および7B1の細胞表面のメソテリンへの結合を調べた。・・・
・・・
【0374】
フローサイトメトリー解析の結果を以下の表1に要約するが、それは、4つの異なった細胞株への結合についてのEC50を示す。結果は、3つのモノクローナル抗体すべてが細胞表面のヒトのメソテリンに効果的に結合することを明らかにしている。
【0375】
(表1)

・・・
【0387】
(実施例5:メソテリン抗体の内在化)
この実施例では、メソテリンを発現する細胞によって内部に取り込まれる3C10、6A4および7B1の抗体の能力を以下のように調べた。
・・・
【0391】
(表5)

【0392】
Hum-ZAPアッセイの結果は、6A4抗体は4つの細胞株すべてで内部に取り込まれたことを明らかにしている。3C10および7B1の抗体はCHO-メソテリン細胞で内部に取り込まれた。その上さらに、3C1抗体はKB細胞で内部に取り込まれが、7B1抗体はほかの2つの抗体よりも少ししかKB細胞で内部に取り込まれなかった。
・・・
【0394】
(実施例6:抗メソテリンmAbによるメソテリンのCA125への結合の阻害)
メソテリンのCA125への結合を阻害する抗メソテリン抗体の能力を調べるために、インビトロの異型細胞付着アッセイを行った。このアッセイでは、OVCAR3細胞(CA125を発現する卵巣癌細胞株)の細胞表面にメソテリンを発現するように形質移入されたCHO細胞(CHO-メソテリン)への付着を阻害する抗体の能力を調べた。OVCAR3細胞(実施例3でさらに記載された)のCHO-メソテリン細胞への付着は、メソテリンのCA125との相互作用が介在する。
【0395】
メソテリン/CA125の相互作用の抗体阻害を調べるために、アッセイの24時間前に、96穴プレートにウエル当たり4×104個/200μLの密度でOVCAR細胞を入れ、細胞のやや集密な培養を得た。24時間後、培地を取り除き、1%ウシ血清アルブミン(BSA)を含有する新鮮な培地に加えて10μg/mLの抗体(3C10、7B1、6A4、アイソタイプ対照または抗体なし)をウエルに加えた。37℃にて5%CO2と共に細胞を30分間インキュベートした。CHO-S(親型細胞)およびCHO-メソテリン細胞をカルセインAM(6×106個/mLの細胞について5μM)と共に30分インキュベートし、培地で洗浄し、OVCARの培養に加え、37℃にて60分間インキュベートした。
【0396】
インキュベートに続いて、試料をPBSで4回洗浄し、非付着細胞を取り除いた。100μL/ウエルのPBSを加え、494nm/517nmにてシナジーHT蛍光リーダーによりプレートを読み取ることによって付着した細胞を測定した。
【0397】
結果を図8で説明する。結果は、抗体の非存在下ではOVCAR3細胞はCHO-メソテリン細胞に付着したが、その細胞表面にメソテリンを発現しない対照のCHO-S細胞には付着しなかったことを示している。さらに、3C10mAbまたは6A4mAbの存在は結果として、対照抗体(DT)と比べて細胞の付着でそれぞれ68.7%の阻害または84.8%の阻害を生じた。対照的に、7B1mAbがメソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さなかったということは、7B1が結合するメソテリン上のエピトープ(3C10および6A4のエピトープとは異なる)はメソテリン-CA125の相互作用の領域を遮断しないことを示している。」

オ 「【図3A】


【図3B】

・・・
【図6】


【図7】



カ 「【図8】



(3)引用発明
上記ア、ウ、オのとおり、先願1当初明細書等には、メソテリンタンパク質に対するヒト型モノクローナル抗体7B1(重鎖可変アミノ酸配列は図6(配列番号21)に示されるアミノ酸配列であり、カッパ軽鎖可変アミノ酸配列は図7(配列番号24)に示されるアミノ酸配列であり、重鎖CDR1、CDR2およびCDR3は図3A(配列番号3、6および9)に示されるアミノ酸配列であり、軽鎖CDR1、CDR2およびCDR3は図3B(配列番号12、15および18)に示される配列である)が記載され、上記ウ、エ、カから当該7B1抗体は、以下の特性を備えるものと認められる。

(特性1)
C末端でHisタグに結合したメソテリン(天然のメソテリンでGPI結合を介して膜に会合する)の40kDの部分を抗原として得られたもので、細胞表面のヒトのメソテリンに効果的に結合する。

(特性2)
CHO-メソテリン細胞やKB細胞で内部に取り込まれる。

(特性3)
メソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さない。

また、上記イのとおり、先願1当初明細書等には、フレームワーク領域のアミノ酸を修飾することで特定の自然に発生した抗体の特性を模倣する組み換え抗体を発現させることが可能であることが記載され、さらに、そのようなフレームワーク修飾として、7B1抗体の重鎖可変アミノ酸配列におけるH3Q、Q41P、S80Yの復帰突然変異が例示されている(表4)。
ここで、H3Q、Q41P、S80Yは、それぞれ、図6(配列番号21)に示される7B1抗体の重鎖可変アミノ酸配列における、3位のアミノ酸残基Hのアミノ酸残基Qへの変異、41位のアミノ酸残基Qのアミノ酸残基Pへの変異、80位のアミノ酸残基Sのアミノ酸残基Yへの変異を意味しているものと理解でき、7B1抗体の重鎖可変アミノ酸配列のフレームワークにそのような変異を導入した抗体は、7B1抗体が有する上記特性1?3を備える蓋然性が極めて高いといえる。

以上のことから、先願1当初明細書等には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「C末端でHisタグに結合したメソテリン(天然のメソテリンでGPI結合を介して膜に会合する)の40kDの部分を抗原として得られ、細胞表面のヒトのメソテリンに効果的に結合する、単離されたヒト型モノクローナル抗体であって、メソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さず、CHO-メソテリン細胞やKB細胞で内部に取り込まれる抗体であって、
その重鎖可変領域が、図6(配列番号21)に示される7B1抗体の重鎖可変アミノ酸配列において、3位のアミノ酸残基Hのアミノ酸残基Qへの変異、41位のアミノ酸残基Qのアミノ酸残基Pへの変異、あるいは、80位のアミノ酸残基Sのアミノ酸残基Yへの変異を有し、その軽鎖可変領域が、図7(配列番号24)に示される7B1抗体の軽鎖アミノ酸配列である抗体。」

(4)対比 ・判断
本件明細書の段落【0002】には、「メソセリン前駆ポリペプチドは、グリコホスファチジルイノシトール(GPI)に固定され、グリコシル化された細胞表面タンパク質であって、このタンパク質は、30kDaのN末端分泌ポリペプチドおよび40kDaのC末端ポリペプチドにタンパク質切断され、これは主に、膜に結合したGPIアンカー型形態で生じ・・・、本明細書においてメソセリンと称される。」と記載され、段落【0037】には、「ヒトモノクローナル抗体、その抗原結合抗体フラグメント、ならびに抗体およびフラグメントのバリアントであって、本明細書で「メソセリン」と呼ばれる、メソセリン前駆ポリペプチドの40kDaのC末端ドメイン(配列番号:370)に特異的に結合するものが提供される。」と記載されていることから、本件補正発明の「メソセリン(配列番号:370)」は、メソセリン前駆ポリペプチドの40kDaのC末端ドメインであり、GPIにより固定される細胞表面タンパク質である。
そして、引用発明は「C末端でHisタグに結合したメソテリン(天然のメソテリンでGPI結合を介して膜に会合する)の40kDの部分を抗原として得られ、細胞表面のヒトのメソテリンに効果的に結合する、単離されたヒト型モノクローナル抗体」であるから、本件補正発明における「メソセリン(配列番号:370)に特異的な結合領域を含む、単離されたヒトまたはヒト化抗体」に相当するものである。

また、引用発明は「メソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さ」ないのであるから、引用発明は本件補正発明と同じく「メソセリンへの結合において、癌抗原125(CA125)と競合」しないものである。

さらに、引用発明は「CHO-メソテリン細胞やKB細胞で内部に取り込まれる」ものであるところ、上記エの表1、【0394】の記載からみて、「CHO-メソテリン細胞やKB細胞」は、メソセリンタンパク質を発現する細胞であるから、引用発明は本件補正発明と同じく「メソセリンタンパク質を発現する細胞に内部移行する」ものである。

加えて、引用発明は、「その重鎖可変領域が、図6(配列番号21)に示される7B1抗体の重鎖可変アミノ酸配列において、3位のアミノ酸残基Hのアミノ酸残基Qへの変異、41位のアミノ酸残基Qのアミノ酸残基Pへの変異、あるいは、80位のアミノ酸残基Sのアミノ酸残基Yへの変異」を有するものであるから、本件補正発明において除かれる特定のアミノ酸配列を含む抗体でもない。

よって、本件補正発明と引用発明に相違点はない。

(5)審判請求人の主張について
審判請求人が平成29年10月20日に提出した意見書及び平成30年3月5日に提出した審判請求書においてする主張と、それに対する合議体の判断は次のとおりである。

ア 審判請求人の主張
(ア)上記意見書での主張
先願1当初明細書等に記載された実施例6は、「抗メソテリンモノクローナル抗体による、メソセリンのCA125への結合の阻害」と題されてはいるものの、その実験の構成は、CA125を発現するOVCAR-3細胞と、メソセリンを形質導入されたCHO細胞の、「細胞接着」に対する各抗体の効果を確認した試験にすぎない。当該実施例6においては、37℃で細胞をインキュベーションする工程が含まれているため、実施例6に示された結果のより自然な解釈は、抗体3C10および抗体6A4がメソセリンの細胞内移行を誘導した結果、細胞表面のメソセリンが欠乏し、CA125/メソセリン依存性の細胞接着が阻害されたという理解であり、これは、先願1当初明細書等の実施例5の表5において、抗体3C10および抗体6A4に比較して、抗体7B1はメソセリンタンパク質を細胞内へ移行する能力が低いことが示されていることとも整合する。さらに、実施例6の実験において、メソセリンと相互作用する分子がCA125のみであることも示されておらず、CHO細胞で発現されるメソセリンは他のパートナー分子と相互作用することが考えられる。
したがって、先願1当初明細書等に、抗体7B1を含めて、「メソセリンに特異的な抗原結合領域を含む、単離されたヒト抗体又はその機能的なフラグメントであって、前記抗体又はその機能的なフラグメントが、メソセリンへの結合において、癌抗原125(CA125)と競合せず、メソセリンタンパク質を発現する細胞に内部移行する、前記抗体又はその機能的なフラグメント」が開示されているとはいえない。

(イ)上記審判請求書での主張
本件補正発明において、先願1当初明細書等に記載される抗体7B1の重鎖可変領域および軽鎖可変領域のアミノ酸配列を有する抗体およびそのフラグメントは、発明の範囲から明示的に除外されているため、本件補正発明は、先願1当初明細書等に記載された発明と同一のものではない。

イ 判断
(ア)審判請求人の主張(ア)について
上記(2)エのとおり、先願1当初明細書等の実施例6においては、メソテリンのCA125への結合を阻害する抗メソテリン抗体の能力を調べるために、OVCAR3細胞(CA125を発現する卵巣癌細胞株)と、細胞表面にメソテリンを発現するように形質移入されたCHO細胞(CHO-メソテリン)との付着を阻害する抗体の能力を調べ、その結果が図8として示されている。そして、当該図8に示される結果の説明として、「結果は、抗体の非存在下ではOVCAR3細胞はCHO-メソテリン細胞に付着したが、その細胞表面にメソテリンを発現しない対照のCHO-S細胞には付着しなかったことを示している。さらに、3C10mAbまたは6A4mAbの存在は結果として、対照抗体(DT)と比べて細胞の付着でそれぞれ68.7%の阻害または84.8%の阻害を生じた。対照的に、7B1mAbがメソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さなかったということは、7B1が結合するメソテリン上のエピトープ(3C10および6A4のエピトープとは異なる)はメソテリン-CA125の相互作用の領域を遮断しないことを示している。」と記載されている。
ここで、図8の記載からは、7B1抗体を加えた場合、抗体を加えなかった場合(CHO-Meso)や対照抗体を加えた場合(DT)とほぼ同じ結果が得られたことが理解できる。仮に、7B1抗体が、メソセリンへの結合において、CA125と競合するものであれば、7B1抗体を加えることで、OVCAR3細胞とCHO細胞(CHO-メソテリン)との相互作用に何らかの影響が生じるはずであり、図8に示されるように、抗体を加えなかった場合(CHO-Meso)や対照抗体を加えた場合(DT)とほぼ同じ結果が得られるとは考えにくい。
したがって、図8の結果を「7B1mAbがメソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さなかった」と説明する先願1当初明細書等の記載は妥当なものであるといえる。
審判請求人は、「実施例6に示された結果のより自然な解釈は、抗体3C10および抗体6A4がメソセリンの細胞内移行を誘導した結果、細胞表面のメソセリンが欠乏し、CA125/メソセリン依存性の細胞接着が阻害されたという理解」である旨述べているが、当該理解は「抗体3C10および抗体6A4」が細胞接着を「阻害した」メカニズムに関するいくつかの仮説の1つにすぎない。そして、前述のとおり、図8の結果を「7B1mAbがメソテリンのCA125との相互作用を阻害する能力を示さなかった」と説明する先願1当初明細書等の記載は妥当なものであるから、審判請求人の指摘はこれを否定する合理的な根拠にはならない。

(イ)審判請求人の主張(イ)について
上記(3)で述べたとおり、先願1当初明細書等には、抗体7B1のみならず、引用発明も記載されており、上記(4)で述べたとおり、本件補正発明は引用発明と相違点がない。

(ウ)上記(ア)、(イ)のとおりであるから、審判請求人の主張は採用することができない。

(6)まとめ
以上のとおり、審判請求人の主張はいずれも採用できず、本件補正発明は、引用発明と同一であり、しかも、この出願の発明者が先願1に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が先願1の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである(同法第184条の13参照)。

3 小括
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正却下の決定の結論のとおり決定する。


第3 本願発明
平成30年3月5日にされた手続補正は、上記第2のとおり却下されたので、本願の請求項1-12に係る発明は、平成28年2月10日に提出された誤訳訂正書において補正された特許請求の範囲の請求項1-12に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、前記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。


第4 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由1は、この出願の請求項1-12に係る発明は、下記先願1の国際出願日における明細書、特許請求の範囲、又は図面に開示された各発明と(実質)同一のものと認められる、というものである。

1.PCT/US2008/045957号(国際公開第2009/045957号、特表2010-539981号公報)
(当審注:上記国際公開番号、公表番号に対応する国際出願番号は、PCT/US2008/078123号であるから、原査定に記載の上記「PCT/US2008/045957号」は、「PCT/US2008/078123号」の明らかな誤記である。また、審判請求人は、上記意見書及び審判請求書において、「PCT/US2008/078123号」の当初明細書等の記載に基づいて意見を述べている。)


第5 理由1(特許法第29条の2)について
1 先願1当初明細書等の記載
原査定の拒絶の理由で引用された先願1当初明細書等の記載事項は、前記第2[理由]2(2)に記載したとおりである。

2 対比・判断
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が、前記第2の[理由]2に記載したとおり、先願1当初明細書等に記載された発明と同一であるから、本願発明も、先願1当初明細書等に記載された発明と同一である。

3 まとめ
よって、本願発明は、先願1当初明細書等に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者が先願1に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が先願1の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである(同法第184条の13参照)。


第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-11-22 
結審通知日 2018-11-27 
審決日 2018-12-17 
出願番号 特願2014-137893(P2014-137893)
審決分類 P 1 8・ 16- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 戸来 幸男  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 高堀 栄二
山中 隆幸
発明の名称 抗メソセリン抗体およびその使用  
代理人 今藤 敏和  
代理人 安藤 健司  
代理人 金山 賢教  
代理人 青木 孝博  
代理人 岩瀬 吉和  
代理人 重森 一輝  
代理人 小野 誠  
代理人 城山 康文  
代理人 市川 英彦  
代理人 坪倉 道明  
代理人 五味渕 琢也  
代理人 川嵜 洋祐  

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