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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1351389
異議申立番号 異議2018-700290  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-06-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-04-06 
確定日 2019-03-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6211924号発明「摺動用樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6211924号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6211924号の請求項1、2、4及び5に係る特許を維持する。 特許第6211924号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6211924号の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成25年12月26日に特許出願され、平成29年9月22日にその特許権の設定登録がされ、同年10月11日に特許掲載公報が発行され、その後、特許に対し、平成30年4月6日(平成30年4月9日受付)に、特許異議申立人 早川貴敬(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

1 特許異議の申立て後の手続の経緯は次のとおりである。

平成30年 6月27日付け :取消理由通知
同年 8月31日 :特許権者による意見書の提出
(乙第1?第19号証を添付)
同年10月24日付け :取消理由通知(決定の予告)
同年12月21日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求 (乙第20号証を添付)
平成31年 1月9日付け :訂正請求があった旨の通知
同年 2月8日 :申立人による意見書の提出
(甲第13?15号証を添付)

2 申立人の証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:特開2012-219190号公報
甲第1号証-1:旭硝子株式会社 製品情報ホームページ[出力日:平成30年3月26日](http://www.fluon.jp/products/ptfe/types002.html)
甲第1号証-2:旭硝子株式会社 安全データシート(作成日 2013年10月3日、改訂日 2014年10月31日)
甲第1号証-3:株式会社マルエス 製品情報ホームページ[出力日:平成30年3月26日](http://maruesu-jp.com/product.html#toriyane)
甲第1号証-4:和光純薬工業株式会社 製品情報検索ページ[出力日:平成30年3月14日]
甲第1号証-5:有限会社竹折鉱業所 製品情報ホームページ[出力日:平成30年3月26日](http://takeori.sakura.ne.jp/htm/s_paw.html)
甲第2号証:特開平1-261514号公報
甲第3号証:特開2001-11372号公報
甲第4号証:特開平6-145520号公報
甲第5号証:特開平7-304925号公報
甲第6号証:株式会社喜多村ホームページ、Evolution(進化) in 喜多村 Vol.14(2011年6月発行)、[出力日:平成30年3月26日](http://www.kitamuraltd.jp/topics/1557)
甲第7号証:特開平11-116765号公報
甲第8号証:特開2000-86834号公報
甲第9号証:特開2014-153456号公報
甲第10号証:里川孝臣編「ふっ素樹脂ハンドブック」、日刊工業新聞社、1990年11月30日、p.32-39
甲第11号証:特開2006-249024号公報
甲第12号証:平成29年2月3日付け意見書

以下、「甲第1号証」を「甲1」等といい、「甲第1号証-1」を「甲1-1」等という。
ここで、上記甲号証のうち、甲1-1ないし甲1-5は公知日が明らかでなく、甲1-4はアドレスが不明である。甲9及び甲12は、本件特許出願日前に公知になったものではない。

3 平成31年2月8日に提出された申立人による意見書に添付された甲第13ないし15号証(以下、「甲13」ないし「甲15」という。)は、以下のとおりである。
甲第13号証:日本弗素樹脂工業会編「ふっ素樹脂ハンドブック 改訂12版」、日本弗素樹脂工業会、2011年11月、p.64、65、72-79
甲第14号証:(財)日本規格協会編「JIS工業用語大辞典【第4版】」、(財)日本規格協会、1996年10月20日(第3刷)、p142、1495
甲第15号証:特開昭57-94078号公報

4 平成30年8月31日に提出された特許権者の意見書に添付された乙第1?19号証及び、同年12月21日に提出された特許権者の意見書に添付された乙第20号証は、以下のとおりである。
乙第1号証:特開2010-234808号公報
乙第2号証:特開2007-238686号公報
乙第3号証:特開2007-224118号公報
乙第4号証:特開2005-344052号公報
乙第5号証:特開2005-255834号公報
乙第6号証:特開平7-304925号公報
乙第7号証:特開2013-166859号公報
乙第8号証:特開2012-219190号公報
乙第9号証:特開2012-45812号公報
乙第10号証:特表2013-523994号公報
乙第11号証:特表2013-514435号公報
乙第12号証:特開2010-193439号公報
乙第13号証:特開2010-167676号公報
乙第14号証:特表2012-504178号公報
乙第15号証:特表2012-504176号公報
乙第16号証:特開2010-42329号公報
乙第17号証:特開2013-245320号公報
乙第18号証:特表2012-502145号公報
乙第19号証:特表2013-535091号公報
乙第20号証:株式会社KDA 製品情報ホームページ[出力日:平成30年12月12日](https://www.kda1969.com/materials/pla_mate_upe.htm)
以下、「乙第1号証」を「乙1」等という。

第2 訂正の請求について

1 訂正の内容
平成30年12月21日に提出された訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許の特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。下線は、訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「超高分子量ポリマーがポリテトラフルオロエチレンである摺動用樹脂組成物」と記載されているのを、「超高分子量ポリマーがポリテトラフルオロエチレンであり、樹脂が、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である摺動用樹脂組成物」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1?3のいずれか1項」と記載されているのを、「請求項1又は2」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1?4のいずれか1項」と記載されているのを、「請求項1、2及び4のいずれか1項」に訂正する。

本件訂正前の請求項2ないし請求項5は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件訂正前の請求項1ないし5は、一群の請求項であり、本件訂正請求は、一群の請求項〔1-5〕に対して請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、「樹脂組成物」における「樹脂」を、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面には、「樹脂が、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」ことが記載されている(請求項3及び【0020】)から、この訂正は、同明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、訂正事項2は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項3及び4について
訂正事項3及び4は、訂正事項2により請求項3が削除されたことに伴い、請求項3を引用しないこととしたものであるから、 特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、当該訂正事項3及び4は、新規事項の追加に該当せず、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 小括
したがって、上記訂正事項1ないし4は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2で述べたとおり、本件訂正は認められたので、特許第6211924号の請求項1ないし5に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明5」という。また、これらを総称して、「本件発明」ということがある。)は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される以下のとおりのものであると認める。

【請求項1】
平均分子量が50万以上300万未満である超高分子量ポリマー5?30体積%と、平均分子量が50万未満であるポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン及びグラファイトから選択される少なくとも1種の固体潤滑剤とを含む摺動用樹脂組成物であって、超高分子量ポリマーがポリテトラフルオロエチレンであり、樹脂が、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である摺動用樹脂組成物(但し、平均分子量が50万以上100万未満であるポリテトラフルオロエチレンを含む樹脂組成物を除く。)。
【請求項2】
超高分子量ポリマーの平均粒径が0.1μm?10μmである請求項1に記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
アルミナ及びシリカから選択される少なくとも1種の硬質粒子をさらに含む請求項1又は2に記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項5】
潤滑油を用いた湿式条件で使用され、請求項1、2及び4のいずれか1項に記載の摺動用樹脂組成物が摺動面にコーティングされた摺動部材。

第4 当審の判断

1 平成30年10月24日付け取消理由通知(決定の予告)(以下、単に「決定の予告」という。」)で通知した取消理由について
(1)決定の予告において、当審が、請求項1ないし5に係る特許に関し、通知した取消理由の要旨は次のとおりである。

「本件請求項1ないし5についての特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。」(以下、「取消理由1」という。)

(2)取消理由1についての当審の判断
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているか否か、すなわち、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、以下この点につき、検討する。

ア 本件明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載
本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には、以下の記載がある。

(ア)「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記のように、従来の樹脂組成物を摺動部材に適用した場合、上死点・下死点近傍では摩擦が大幅に増大するため、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションについては改善の余地がある。
【0010】
それ故、本発明は、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションが改善された摺動用樹脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、摺動用樹脂組成物に平均分子量が50万以上300万未満の特定の超高分子量ポリマーを特定量配合することにより、摩擦特性及び摩耗特性が改善されることを見出し、本発明を完成した。
・・・・
【発明の効果】
【0013】
本発明により、摩擦特性及び耐摩耗性に優れた摺動用樹脂組成物及び摺動面に該被膜組成物を備えた摺動部材を提供することが可能となる。」

(イ)「【0016】
本発明の摺動用樹脂組成物は、樹脂及び平均分子量50万以上300万未満の超高分子量ポリマーを含む。超高分子量ポリマーは潤滑油保持成分であり、摺動によるせん断により微細化し、潤滑油と親和することで摺動部材最表面における潤滑油の粘度を上昇させることができる。このため、超高分子量ポリマーを樹脂組成物に配合することにより、ピストンなどの摺動部材の速度がゼロとなる上死点・下死点近傍においても、積極的に油膜を形成し、摩擦を低減することができる。
・・・
【0018】
本発明の摺動用樹脂組成物に用いられる超高分子量ポリマーは、平均分子量が50万以上300万未満である。超高分子量ポリマーの平均分子量が50万未満である場合には、潤滑油を増粘させる効果が低いため、充分な摩擦低減効果を得ることができない。一方、超高分子量ポリマーの平均分子量が300万以上である場合には、摺動によるせん断により、超高分子量ポリマーの微細化が起こり難いために、充分な摩擦低減効果を得ることができない。」

(ウ)「【0020】
本発明の摺動用樹脂組成物に用いられる樹脂は、特に限定されずに、100℃以上、好ましくは150℃以上の熱変形温度を有する耐熱性樹脂である。耐熱性樹脂の例としては、特に限定されずに、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、アルキド樹脂、エポキシ樹脂、アミノ樹脂、ポリアミノアミド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、ビニルエステル樹脂、フラン樹脂、シリコーン樹脂及び全芳香族ポリエステル樹脂などを挙げることができるが、接着性、耐薬品性、強度などの観点から、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂が好ましく、被膜を形成する際の作業性と摩擦による発熱に対する耐熱性の観点からポリアミドイミド樹脂が更に好ましい。これらの耐熱性樹脂は、1種のみを単独で使用してもよく、2種以上を混合使用してもよい。」

(エ)【実施例】
【0035】
・・・
実施例1:テストピースの作成
80体積%のポリアミドイミド樹脂(PAI樹脂)をNメチル-2-ピロリドン(NMP)に溶解した。得られたポリアミドイミド樹脂の溶解液に5体積%の平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を加え、ニーダーで1時間混練を行い、樹脂組成物を得た。
・・・
【0041】
実施例2?4
ポリテトラフルオロエチレンの含有量を10、20、30体積%に変え、それに対応してポリアミドイミド樹脂の量を変えた以外は実施例1と同様にした。表1に、実施例2?4の樹脂組成物の組成を示した。
・・・
【0044】

【0045】
実施例1?4及び比較例1?4で得られた摩擦係数の評価を図3に示した。実施例1?4では、比較例1?4に対して摩擦係数が著しく低減した。実施例1?4を比較例1と比較すると、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを添加することにより、摩擦係数が大幅に低減することが示された。
・・・
【0048】
実施例5
ポリアミドイミド樹脂をエポキシ樹脂に変えた以外は実施例3と同様にした。表2に、実施例5の樹脂組成物の組成を示した。
【0049】
比較例5?10
比較例5では、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを用いずに樹脂組成物を実施例1と同様に調製した。比較例6?8では、ポリテトラフルオロエチレンの分子量を実施例3の分子量から表2に記載された通りの分子量に変えた以外は、実施例3と同様にして樹脂組成物を調製した。
・・・
【0050】

【0051】
実施例5及び比較例5?10で得られた摩擦係数の評価を図5に示した。実施例5は実施例3と同程度の摩擦係数を示し、耐熱性樹脂として、ポリアミドイミド樹脂と同様にエポキシ樹脂(ただし、硬化剤としてアミノ樹脂を使用)を用いることができた。また、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを用いなかった場合(比較例5)や、分子量が実施例3のものとは異なるポリテトラフルオロエチレンを用いた場合には、実施例3と比較して摩擦低減効果が小さかった。
・・・
【0052】
[固体潤滑剤及び硬質粒子の配合量の摩擦係数、焼付特性及び剥離特性への影響]
実施例6?19では、固体潤滑剤及び硬質粒子の配合量の摩擦係数への影響を評価した。実施例6?8では、固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS_(2))をそれぞれ所定の量で用い、それに対応してポリアミドイミド樹脂の量を変えた以外は実施例3と同様にした。実施例9?11では、固体潤滑剤としてグラファイトをそれぞれ所定の量で用い、それに対応してポリアミドイミド樹脂の量を変えた以外は実施例3と同様にした。実施例12?14では、固体潤滑剤として平均分子量2?3万のテフロン(登録商標)(ポリテトラフルオロエチレン)をそれぞれ所定の量で用い、それに対応してポリアミドイミド樹脂の量を変えた以外は実施例3と同様にした。実施例15、16では、固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS_(2))、グラファイト及び平均分子量2?3万のテフロン(登録商標)をそれぞれ所定の量で用い、それに対応してポリアミドイミド樹脂の量を変えた以外は実施例3と同様にした。実施例17?19では、固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS_(2))、グラファイト及び平均分子量2?3万のテフロン(登録商標)をそれぞれ所定の量で用い、硬質粒子としてアルミナ(Al_(2)O_(3))をそれぞれ所定の量で用い、それに対応してポリアミドイミド樹脂の量を変えた以外は実施例3と同様にした。表3に、実施例6?19の樹脂組成物の組成を示した。
【0053】

・・・
【0057】
実施例6?19のいずれにおいても、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンが樹脂組成物に配合されているため、比較例1と比較すると摩擦係数は大幅に低減した。」

(オ)




(カ)




イ 判断

(ア)本件発明1について
a 本件発明1は、上死点・下死点近傍では摩擦が大幅に増大するため、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションについては改善の余地があるということを踏まえ、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションを改善する摺動用樹脂組成物を提供することを課題とするものと認められる(記載事項(ア))。

b 取消理由1のうち本件発明1に係るものは、具体的には、本件発明1は、(a)超高分子量ポリマーの平均分子量について、及び、(b)樹脂組成物の樹脂に含まれる樹脂について、本件発明1の課題を解決できると当業者が認識できる範囲内のものではない、というものである。
そこで、以下、上記2点について検討する。

(a)超高分子量ポリマーの平均分子量について
i 本件発明1には、「平均分子量が50万以上300万未満である超高分子量ポリマー」、「超高分子量ポリマーがポリテトラフルオロエチレンであり」及び「但し、平均分子量が50万以上100万未満であるポリテトラフルオロエチレンを含む樹脂組成物を除く」と規定されている。
すなわち、本件発明1は、超高分子量ポリマーであるポリテトラフルオロエチレンの平均分子量を、「100万以上300万未満」と規定するものである。

ii これに対して、平成30年12月21日付けの意見書において、
(i)実施例3と、比較例6、7、8についての、ポリテトラフルオロエチレンの分子量と摩擦係数との関係を示したグラフが示され、当該グラフから、分子量が30万程度までは摩擦係数は緩やかに低減しているが、それを超えると摩擦係数が急激に低減しているから、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量が100万以上で摩擦係数が低減されることは、本件明細書の実施例の結果から当業者であれば十分に理解できることが主張された。
(ii)ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量が例えば1000万程度まで大きくなると、ポリテトラフルオロエチレンの微細化が起こり難くなると考えられるため上限を300万としたことが主張された。

iii そこで、本件明細書の発明の詳細な説明、図3(記載事項(オ)、当図は、記載事項(イ)の【0045】から、表1(記載事項(イ))の摩擦係数の評価を図示したものである)及び図5(記載事項(カ)、当図は、記載事項(イ)の【0051】から、表2(記載事項(イ))の摩擦係数の評価を図示したものである。)の記載を、上記iiの主張を勘案しつつ、検討する。
発明の詳細な説明には、超高分子量ポリマーの平均分子量が50万未満である場合には、潤滑油を増粘させる効果が低いため、充分な摩擦低減効果を得ることができない旨記載されている(記載事項(イ))。
また、図3から読み取れる実施例3における摩擦係数の値(0.077)と、図5から読み取れる比較例6、7及び8における摩擦係数の値(それぞれ、0.098、0.105及び0.11)から、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量が大きくなると、摩擦係数は小さくなることが理解され、このことは、上記意見書で示されたグラフ(当該グラフは横軸が対数であることや、目盛りの精度からみて、これのみをもって、摩擦係数は、平均分子量が30万程度までは緩やかに低減しそれを超えると急激に低減しているとまではいえないが、平均分子量が大きくなると摩擦係数が小さくなることは読み取れる。)によっても裏付けられている。
さらに、発明の詳細な説明には、超高分子量ポリマーの平均分子量が300万以上である場合には、摺動によるせん断により、超高分子量ポリマーの微細化が起こり難いために、充分な摩擦低減効果を得ることができない旨記載されており(記載事項(イ))、当該記載をみれば、平均分子量が1000万程度まで大きくなると、ポリテトラフルオロエチレンの微細化が起こり難く十分な摩擦低減効果を得ることができないと考えられることは、理解できる。
そして、実施例をみると、実施例6ないし19には、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを含む樹脂組成物は、摩擦低減効果及び潤滑油保持効果に優れることが具体的に示され(記載事項(エ))、実施例1ないし5からは、これらの例は特定の固体潤滑剤を含まないから本件発明1の実施例ではないものの、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを特定量含む樹脂組成物は、摩擦低減効果、耐摩耗性及び潤滑油保持効果に優れていることが読み取れる(記載事項(エ)、特に表1及び表2)。
そうすると、本件発明1は、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量に相関する、潤滑油を増粘させる効果と微細化の起こりやすさとを両立させるため、当該ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量を「50万以上300万未満」(但し、平均分子量は50万以上100万未満ではない。)としたものであることが理解できるところ、潤滑油を増粘させる効果及び微細化の起こりやすさが、ある平均分子量の値で急激に変化するという格別の根拠はなく、むしろ、潤滑油を増粘させる効果は平均分子量が小さくなるに連れ漸減し、微細化の起こりやすさは平均分子量が大きくなるに連れ漸減するものと解するのが自然である。また、耐摩耗性についても、ある平均分子量の値で急激に変化するという格別の根拠もない。

iv 以上の事項を併せ考えると、実施例で具体的に示された平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを使用した場合のみでなく、100万以上300万未満の平均分子量のポリテトラフルオロエチレンを使用した場合も、潤滑油を増粘させる効果と微細化の起こりやすさが両立されて十分な摩擦低減効果が得られ、さらに耐摩耗性に優れるということは、当業者であれば認識できるものといえる。

(b)樹脂組成物に含まれる樹脂について
本件訂正により、請求項1において、樹脂が、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種であることが特定された。
これに対して、発明の詳細な説明には、本件発明の摺動用樹脂組成物に含まれる樹脂が、100℃以上、好ましくは150℃以上の熱変形温度を有する耐熱性樹脂であること、接着性、耐薬品性、強度などの観点から、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂が好ましいことが記載されている(記載事項(ウ))。
そして、実施例6ないし19には、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤としてのMoS_(2)、グラファイト、又は平均分子量2?3万のテフロン(登録商標)を含む樹脂組成物が、摩擦特性に優れていることが記載されている(記載事項(エ))。
また、実施例1ないし5は、特定の固体潤滑剤を含まないから本件発明1の実施例ではないものの、これらの例からは、分子量200万の超高分子量PTFEと、ポリアミドイミド樹脂、又はエポキシ樹脂を含む樹脂組成物が、摩擦係数、耐摩耗性、潤滑油保持効果に優れることがみてとれる(記載事項(エ))。
上記事項に鑑みれば、当業者は、樹脂組成物に用いる樹脂が、耐熱性を有する樹脂である、ポリイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂であれば、ポリアミドイミド樹脂やエポキシ樹脂を使用した場合と同様に、摩擦係数、耐摩耗性に優れることを認識できるものといえる。

c 以上のとおりであるから、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が上記aで述べた本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(イ)本件発明2及び4について
本件発明2、4は、本件発明1を直接または間接的に引用するものであり、上記(ア)aで述べた課題を有するものと認められる。
そして、上記(ア)bで述べたものと同じ理由により、発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(ウ)本件発明3について
本件発明3は、本件訂正により削除されたので、取消理由1のうち本件発明3に係るものは、対象となる請求項が存在しない。

(エ)本件発明5について
a 本件発明5は、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションを改善した摺動用樹脂組成物である被膜組成物を摺動面に備えた摺動部材を提供することを課題とするものと認められる(記載事項(ア))。

b これに対して、上記(ア)bで述べたものと同様の理由により、本件発明5は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が上記aの課題を解決できる範囲のものである。

(オ)申立人の主張について
a 平成31年2月8日に提出された意見書において、申立人は以下の主張をする。
(a)ポリテトラフルオロエチレンの分子量が100万の場合において、摩擦係数が比較例6よりも十分に低下しているとはいえないから、本件特許発明の樹脂組成物において、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量が100万以上であればどのような値のものも、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションを改善できる程度にまで摩擦係数が低減される、ということを当業者が十分に理解できるとはいえず、加えて、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量の下限である100万について、超高分子量ポリマーと、摺動、せん断による微細化、潤滑油との親和性、潤滑油を増粘させる効果との、作用機序を伴った説明等の論理的説明もない。(意見書4頁1行?17行)

(b)分子量が200万を超えた範囲において、ある分子量から摩擦係数が上昇すると考えられるから、300万未満であればどのような値のものも、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションを改善できる程度にまで摩擦係数が低減されるということは、当業者が十分に理解できるとはいえない。また、平均分子量が300万、1000万のように大きくなるとポリテトラフルオロエチレンの微細化が起こり難くなることから、むしろ低分子量のポリテトラフルオロエチレンを用いることが摩擦低減効果のために好ましいと考えられるところ、実施例3と比較例6?8では、分子量が大きいほど摩擦係数が小さくなっており、超高分子量ポリマーの作用機序について一貫性を欠くものである。(意見書5頁18行?6頁5行)

(c)一般に樹脂組成物の摩擦特性及び耐摩耗性は、該組成物に含まれる樹脂の化学構造により異なるものである。そして、本件明細書での評価は、ポリアミドイミド樹脂やエポキシ樹脂を母材とするようなコーティング材としての評価のみであり、ポリフェニレンサルファイド樹脂のような成形用樹脂との組み合わせでの評価は一切ない。甲5には、樹脂の種類の相違により摩耗度合いが大きく変化することが記載されている。よって、本件発明1の樹脂であればいずれのものであっても本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるとはいえない。(意見書6頁14行?7頁8行)

b 上記主張について検討する。
(a)及び(b)について
本件発明は、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量に相関する、潤滑油を増粘させる効果と微細化の起こりやすさとを両立させるため、当該ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量を「50万以上300万未満」(但し、平均分子量は50万以上100万未満ではない。)としたものであること、平均分子量200万のポリテトラフルオロエチレンを使用した場合のみでなく、100万以上300万未満の平均分子量のポリテトラフルオロエチレンを使用した場合も、潤滑油を増粘させる効果と微細化の起こりやすさが両立されて十分な摩擦低減効果が得られ、さらに耐摩耗性に優れることは、当業者であれば認識できるものといえることは上記したとおりであって((ア)b(a))、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量が100万であっても、上記潤滑油を増粘させる効果と微細化の起こりやすさが両立されて十分な摩擦低減効果が得られ、さらに耐摩耗性に優れることは、当業者が認識できるものといえる。
また、本件明細書の発明の詳細な説明の、超高分子量ポリマーの平均分子量が50万未満である場合には、潤滑油を増粘させる効果が低いため、充分な摩擦低減効果を得ることができず、平均分子量が300万以上である場合には、摺動によるせん断により、超高分子量ポリマーの微細化が起こり難いために、充分な摩擦低減効果を得ることができないとの記載(記載事項(イ))によれば、平均分子量大きすぎても小さすぎても摩擦低減効果を得ることができないのであるから、低分子量のポリテトラフルオロエチレンを用いることが摩擦低減効果のために好ましいとはいえず、超高分子量ポリマーの作用機序について一貫性を欠くものであるともいえない。
よって、上記主張(a)及び(b)は採用できない。

(c)について
確かに、樹脂組成物の摩擦特性及び耐摩耗性は、該組成物に含まれる樹脂の化学構造により異なるものであり、甲5の表1及び表2には使用する樹脂の種類によって、限界PV値が変化することが記載されている。また本件明細書の発明の詳細な説明には、ポリフェニレンサルファイド樹脂についての実施例は記載されていない。
しかしながら、甲5には、熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂と数平均分子量が150万以上、好ましくは300万以上のポリテトラフルオロエチレンを焼成した焼成ポリテトラフルオロエチレン粉末を含む溶融可能な樹脂組成物が記載されており(特許請求の範囲、【0011】)、表1及び表2に記載された組成は本件発明のものと一致するものではないから、甲5の表1及び表2に記載された事項を、直ちに本件発明において採用することはできない。
一方、本件明細書の記載事項(ウ)及び(エ)から、樹脂組成物に用いる樹脂が、耐熱性を有する樹脂である、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂であれば、ポリアミドイミド樹脂やエポキシ樹脂を使用した場合と同様に摩擦係数、耐摩耗性に優れることが認識できるものといえることは、上記(ア)b(b)に述べたとおりである。
そうであれば、仮に、用いる耐熱性樹脂の種類により摩擦特性が多少変化したとしても、十分な摩擦低減効果が得られないほどまでに摩擦特性が変化し、摩擦係数、耐摩耗性などのフリクションを改善する摺動用樹脂組成物を提供するという課題が解決できるとは認識できないとまではいえない。
よって、上記主張(c)は採用できない。

ウ 以上のとおりであるから、本件発明1、2、4及び5は、当業者が、本件発明1ないし5の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(3)小括
よって、取消理由1は、理由がない。

2 特許異議申立書に記載された取消理由1以外の取消理由について

(1)申立人が申立書で主張する取消理由のうち、取消理由1以外のものは、以下のとおりである。
(取消理由2)本件発明1ないし5についての特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同様第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(取消理由3)本件発明1、3及び4は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、これらの発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。また、本件発明2は、甲1に記載された発明と、甲3の記載及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これらの発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(取消理由4)本件発明1ないし5は、甲2に記載された発明と、甲1、甲3ないし甲6の記載及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許をうけることができないものであるから、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)当審の判断
ア 取消理由2について
(ア)取消理由2の具体的内容
取消理由2は、要するに、本件発明1およびこれを引用する本件発明2ないし5において、「平均分子量」がどのような測定に基づくものであるのか特定されておらず、技術常識を考慮しても当該測定方法を特定できないから、本件発明1ないし5は、特許請求の範囲の記載が明確でない、というものである。

(イ)判断
a 本件発明1、2、4及び5について
平成30年8月31日付けの特許権者による意見書に添付された、乙1ないし19をみると、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量は、数平均分子量で表している文献も、重量平均分子量で表している文献も存在するが、数平均分子量で著している文献が多数である。
また、特許権者は、上記意見書において、本件発明の「平均分子量」は「数平均分子量」である(同意見書7頁7?8行)と主張している。
してみると、本件発明において、ポリテトラフルオロエチレンの「平均分子量」は「数平均分子量」であるとみるのが妥当であるということができ、本件発明の「平均分子量」がどのような平均分子量であるのか不明であるから、特許請求の範囲の記載が明確でないとはいえない。

b 本件発明3について
本件発明3は、本件訂正により削除されたので、取消理由2のうち本件発明3に係るものは、対象となる請求項が存在しない。

(ウ)申立人の主張について
ここで、平成31年2月8日に申立人により提出された意見書には、以下の主張がある。
特許権者の主張によれば、本件出願当時において、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量を重量平均分子量として特定している特許文献が2割以上の割合で多数存在することを意味している。そうすると当業者が、本件発明の「平均分子量」を直ちに数平均分子量で記載されているものと理解することができず、「平均分子量」が本件出願日当時、「数平均分子量」、「重量平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上、上記記載は、第三者に不足の不利益を及ぼすほどに不明確である(同意見書7頁15行?8頁4行)
上記主張について検討する。
本件発明の「平均分子量」は「数平均分子量」であるとみるのが妥当であることは、上記(イ)で述べたとおりである。そして、仮に本件出願当時において、ポリテトラフルオロエチレンの平均分子量を重量平均分子量として特定している特許文献が2割以上の割合で多数存在するとしても、そのことのみにより、本件発明が、第三者に不足の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまではいえない。
よって、上記申立人の主張は採用できない。

(エ)小括
よって、取消理由2は、理由がない。

イ 取消理由3について
(ア)甲1に記載された発明
甲1には、特許請求の範囲、【0088】ないし【0098】から、以下の発明が記載されていると認められる。
「数平均分子量200万?320万を有する高分子PTFEであるPTFEファインパウダーを26.0wt%と、数平均分子量53,000を有する低分子PTFEを3.50wt%と硅石粉末を68.9wt%と、オクタデシルトリメトキシシランを1.60wt%を含むPTFE組成物100重量部に対し、14.4重量部の有機系液状助剤としてのイソパラフィン系溶剤を混合した押出成形用のPTFE組成物。」(以下、「甲1発明」という。)

(イ)対比・判断
a 本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「数平均分子量200万?320万を有する高分子PTFE」は、本件発明1の「ポリテトラフルオロエチレンである」「平均分子量が50万以上300万未満である超高分子量ポリマー」に相当する。
甲1発明の「数平均分子量53,000を有する低分子PTFE」は、本件発明1の「平均分子量が50万未満であるポリテトラフルオロエチレン」である「固体潤滑剤」に相当する。
甲1発明の「PTFE組成物」は、高分子PTFE及び低分子PTFEを含むから、「樹脂組成物」であり、当該「PTFE組成物」は、平均分子量が50万以上100万未満であるポリテトラフルオロエチレンを含まない。
してみると、本件発明1と甲1発明とは、
「平均分子量が50万以上300万未満である超高分子量ポリマーと、平均分子量が50万未満であるポリテトラフルオロエチレンである固体潤滑剤とを含む樹脂組成物であって、超高分子量ポリマーがポリテトラフルオロエチレンである樹脂組成物(但し、平均分子量が50万以上100万未満であるポリテトラフルオロエチレンを含む樹脂組成物を除く。)。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件発明1は、「摺動用樹脂組成物」であるのに対して、甲1発明は、「押出成形用のPTFE組成物」である点。

<相違点2>
本件発明1では、「樹脂組成物」が「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」である樹脂を含み、「超高分子量ポリマー」が5?30体積%であるのに対して、甲1発明では、「PTFE組成物」が「数平均分子量200万?320万を有する高分子PTFEであるPTFEファインパウダー」及び「数平均分子量53,000を有する低分子PTFE」である樹脂を含むものの、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」樹脂についての規定はなく、「200万?320万を有する高分子PTFEであるPTFEファインパウダー」が26.0wt%である点。

上記相違点について、まず相違点2から検討する。
甲1発明は、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」樹脂を含有するものではない。
よって、相違点2は実質的な相違点である。
したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではない。

b 本件発明2について
本件発明2は、本件発明1において、「超高分子量ポリマーの平均粒径が0.1μm?10μmである」ことを特定したものであり、甲1発明との間に、少なくとも上記aで述べた相違点1及び2を有する。
そこで、これらの相違点に係る事項が、当業者が容易に想到し得たものであるかについて検討する。
まず、相違点2について検討する。
本件発明2は、摺動部材に適用される樹脂組成物は、耐熱性樹脂及び添加剤を含み、添加剤としては、アルミナ、二硫化モリブデン、グラファイト、PTFE及び超高分子量ポリマーが知られているという背景技術を踏まえ、摩擦特性及び耐摩耗性などのフリクションが改善された摺動用組成物を提供することを目的として、摺動用樹脂組成物に超高分子量ポリマーを特定量配合することにより、摩擦特性及び摩耗特性が改善されることを見出したものであり(【0003】、【0009】?【0011】)、上記樹脂組成物における耐熱性樹脂として、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」樹脂を使用することを特定するとともに、超高分子量ポリマーの配合量を「5?30体積%」としたものである。
これに対して甲1発明は、「PTFE組成物」であり、甲1には、「PTFE組成物」は、高分子PTFE及び充填材に基づく特性を損なわない範囲で、ポリイミド、芳香族ポリアミドである他の合成樹脂を含有することができることについては記載されているものの(【0049】)、「PTFE組成物」に他の合成樹脂を含有させることについての具体的な記載は一切なく、ましてや、「PTFE組成物」に特定の耐熱性樹脂を含有させて、高分子PTFEを5?30体積%含む、摩擦特性及び摩耗特性が改善された摺動用組成物とすることについては、何ら記載も示唆もされていない。
ここで、甲3には、ポリテトラフルオロエチレンとポリアミドイミドとアルミナ粒子を含む摺動特性に優れた塗膜を与える塗料組成物が記載されており(請求項1、【0001】)、ポリテトラフルオロエチレンの平均粒子径が0.01?20μmであることも記載されている(【0012】)。しかしながら、「塗料組成物」についてのこれらの記載をみても、「押出成形用のPTFE組成物」である甲1発明に、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」樹脂を特定量含有させて、摩擦特性及び摩耗特性を改善することについては、何ら動機づけられない。
また、甲2、甲4ないし甲8、甲10、甲11のいずれをみても、甲1発明において、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」樹脂を特定量含有させて、摩擦特性、摩耗特性を改善することを動機づける、何らの周知技術も見出せない。
さらに、甲1-1ないし甲1-5は公知日が不明であり、甲9及び甲12は本件出願時公知ではなく、甲13ないし甲15は、平成31年2月8日に提出された意見書に添付されたものであるが、これらをみても、甲1発明において、「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」樹脂を特定量含有させて摩擦特性、摩耗特性を改善することを動機づける、何らの周知技術も見出せない。
してみると、上記相違点2に係る事項は、甲1発明と、甲3の記載及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明2は、甲1発明と、甲3の記載及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

c 本件発明3について
本件発明3は、本件訂正により削除されたので、取消理由3のうち本件発明3に係るものは、対象となる請求項が存在しない。

d 本件発明4について
本件発明4は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記aで述べたものと同様の理由により、甲1に記載された発明ではない。

(ウ)申立人の主張について
申立人は、平成31年2月8日に提出された意見書において、甲13?甲15を提示し、甲1の【0002】に記載された「パッキン」は摺動部材を意味していると解することができ、甲1の「PTFEペースト押出成形用PTFE組成物」を摺動部材に用いることは、明らかに、当業者がであれば容易に想到し得る事項である旨主張する。
しかしながら、仮に甲1の【0002】に記載された「パッキン」が摺動部材を意味しているとしても、当該記載は、単に、他に樹脂を含むことについて格別の記載がないPTFE成形体の用途として例示されたものであり、このことのみをもって、甲1発明のPTFE組成物が「摺動用」であるとはいえず、また、甲1発明のPTFEを「摺動用」とすることが容易であるとただちにいえるものでもない。
そもそも、本件発明1は、甲1発明との間に上記(イ)aで述べた相違点2を有し、当該相違点2は実質的な相違点であって、当業者が容易に想到し得たものでないことも、上記(イ)a及びbで述べたとおりである。
よって上記主張を採用することはできない。

(エ)小括
よって、取消理由3は、理由がない。

ウ 取消理由4について
(ア)甲2に記載された発明
甲2には、特許請求の範囲から、以下の発明が記載されていると認められる。
「20ないし85容量%のポリイミドおよびポリアミドイミドの少なくとも1種と、10ないし60容量%のポリ四弗化エチレンと0.5ないし20容量%のクレー、ムライト、シリカおよびアルミナの少なくとも1種と、50容量%以下のMoS_(2)、WS_(2)、PbO、PbFおよびBNの少なくとも1種を含有する摺動材料。」(以下、「甲2発明」という。)

(イ)対比・判断
a 本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の、「ポリ四弗化エチレン」は、本件発明1の「ポリテトラフルオロエチレンである」「平均分子量が50万以上300万未満である超高分子量ポリマー」に、「平均分子量が50万以上300万未満」で「超高分子量」である点を除いて、相当する。
甲2発明の「10ないし60容量%」は、本件発明1の、「5?30体積%」の範囲と、重複する。
甲2発明の「MoS_(2)」は、本件発明1の「二硫化モリブデン」に相当し、甲2発明の「ポリイミドおよびポリアミドイミドの少なくとも1種」は、本件発明1の「ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である」「樹脂」に相当する。
甲2発明の「摺動材料」は、ポリイミドおよびポリアミドイミド及びポリ四弗化エチレンを含む組成物であるから、「摺動用樹脂組成物」であるといえる。
してみると、本件発明1と甲2発明とは、
「ポリマー5?30体積%と、二硫化モリブデンである固体潤滑剤とを含む摺動用樹脂組成物であって、ポリマーがポリテトラフルオロエチレンであり、樹脂がポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である摺動用樹脂組成物。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点3>
本件発明1では、「ポリテトラフルオロエチレン」が「超高分子量」で「平均分子量が50万以上300万未満」であり、また、「摺動用樹脂組成物」が「但し、平均分子量が50万以上100万未満であるポリテトラフルオロエチレンを含む樹脂組成物を除く」ものであるのに対して、甲2発明ではこれらの点についての特定がない点。

上記相違点について検討する。
本件発明1における超高分子量ポリマーとしてのポリテトラフルオロエチレンの数平均分子量は、要するに、100万以上300万未満である。
そして、本件発明1は、本件明細書の【0011】、【0016】及び【0018】の記載からみて、「超高分子量ポリマー」の平均分子量を上記特定の範囲のものとすることにより、摩擦特性及び耐摩耗性を改善せしめるものであるといえる。
これに対して、甲2には「高分子PTFE粉末を使用することが好ましい」とは記載されているものの(2頁右下欄12?16行)、PTFEの平均分子量については何ら具体的に記載されておらず、ましてや甲2発明の「ポリ四弗化エチレン」として平均分子量が「100万以上300万未満」のものを用いることにより、摩擦特性及び耐摩耗性を改善することについては何ら記載されていない。
この点について、甲3の【0005】の記載によれば、甲2発明の「ポリ四弗化エチレン」の数平均分子量は100万以上であるといえなくもないが、そうであっても、当該「ポリ四弗化エチレン」の分子量が300万未満であるか否かは不明であるし、また、甲3には、低分子量になるような条件で乳化または懸濁重合した数平均分子量が1000以上で100万未満の低分子量PTFEの微粒子や粉末が好ましいことも記載されている(【0012】)から、甲3に記載された事項をみても、甲2発明において、「ポリ四弗化エチレン」として平均分子量が「100万以上300万未満」のものを用いることにより、摩擦特性及び耐摩耗性を改善することは、何ら動機づけられない。
さらに、甲1、甲3ないし甲6のいずれをみても、甲2発明において、ポリ四弗化エチレンの平均分子量を、「100万以上300未満」とすることにより摩擦特性及び耐摩耗性を改善することについては、何ら動機づけられない。
したがって、相違点3に係る事項は、当業者が容易に想到しうるものではない。
よって、本件発明1は、甲2発明と、甲1及び甲3ないし6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

b 本件発明2、4及び5は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記aで述べたものと同様の理由により、甲2発明と、甲1及び甲3ないし6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

c 本件発明3は、本件訂正により削除されたので、取消理由4のうち本件発明3に係るものは、対象となる請求項が存在しない。

(ウ)小括
よって、取消理由4は、理由がない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1、2、4及び5に係る特許は、上記取消理由1ないし4によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、2、4及び5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件発明3は削除されたので、本件発明3に係る異議申立ては却下する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均分子量が50万以上300万未満である超高分子量ポリマー5?30体積%と、平均分子量が50万未満であるポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン及びグラファイトから選択される少なくとも1種の固体潤滑剤とを含む摺動用樹脂組成物であって、超高分子量ポリマーがポリテトラフルオロエチレンであり、樹脂が、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリフェニルサルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂及びフェノール樹脂から選択される少なくとも1種である摺動用樹脂組成物(但し、平均分子量が50万以上100万未満であるポリテトラフルオロエチレンを含む樹脂組成物を除く。)。
【請求項2】
超高分子量ポリマーの平均粒径が0.1μm?10μmである請求項1に記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
アルミナ及びシリカから選択される少なくとも1種の硬質粒子をさらに含む請求項1又は2に記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項5】
潤滑油を用いた湿式条件で使用され、請求項1、2及び4のいずれか1項に記載の摺動用樹脂組成物が摺動面にコーティングされた摺動部材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-03-04 
出願番号 特願2013-270203(P2013-270203)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 536- YAA (C08L)
P 1 651・ 121- YAA (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 柴田 昌弘三原 健治  
特許庁審判長 岡崎 美穂
特許庁審判官 佐藤 健史
海老原 えい子
登録日 2017-09-22 
登録番号 特許第6211924号(P6211924)
権利者 トヨタ自動車株式会社 アクロス株式会社
発明の名称 摺動用樹脂組成物  
代理人 特許業務法人平木国際特許事務所  
代理人 特許業務法人平木国際特許事務所  
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