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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 G01N
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G01N
管理番号 1352178
審判番号 不服2018-7072  
総通号数 235 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-07-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-05-24 
確定日 2019-06-25 
事件の表示 特願2013-254196「リチウム試薬組成物、それを用いたリチウムイオン測定方法及び測定装置」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 6月22日出願公開、特開2015-114125、請求項の数(20)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成25年12月9日の出願であって、平成29年9月20日付けで拒絶理由通知がされ、同年10月11日に意見書が提出されるとともに手続補正がなされ、平成30年3月26日付けで拒絶査定(以下「原査定」という。)がされ、これに対し、同年5月24日に拒絶査定不服審判の請求がされ、平成31年4月11日付けで拒絶理由通知(以下「当審拒絶理由通知」という。)がされ、同月18日に意見書が提出されるとともに手続補正がなされたものである。

第2 本願発明
本願請求項1?20に係る発明は、平成31年4月18日になされた手続補正(以下「補正」という。)で補正された特許請求の範囲の請求項1?20に記載された事項により特定される発明であり、請求項1?20のうち独立請求項のみを以下に摘記する。
「【請求項1】
テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式
【化1】

で表される化合物と、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず、該化合物を水溶液にするためにのみモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合し、pHをpH5以上に調節するpH調節剤とを包含した水溶液とすることを特徴とするリチウム試薬組成物。」
「【請求項12】
血清及び血漿試験試料をテトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式
【化1】

で表される化合物と、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず、該化合物を水溶液にするためにのみモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合し、pHをpH5以上に調節するpH調節剤とを包含した水溶液とするリチウム試薬組成物と接解し、該水溶液中のリチウム錯体の発色、及びそのスペクトルを測定して、リチウムの定量値を算出することを特徴する血清、および血漿試験試料中のリチウムイオンを測定することを特徴とするリチウムイオン測定方法。」
「【請求項19】
血清及び血漿試験試料をテトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式
【化1】

で表される化合物と、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず、該化合物を水溶液にするためにのみモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合し、pHをpH5以上の範囲に調節するpH調節剤とを包含した水溶液とするリチウム試薬組成物と接解する接解手段を有し、該水溶液中のリチウム錯体の発色、及びそのスペクトルを測定して、リチウム錯体の発色、及びそのスペクトルを測定して、そのスペクトルにおいて、波長550nm、或いはその近傍の波長530nmから560nmの波長帯を測定波長してその感度を測定手段で測定し、又は、波長570nm、或いはその近傍の波長565nmから650nmの波長帯の感度を測定手段で測定し、又は、波長340nm、或いはその近傍の波長310nmから350nmの波長帯を測定波長とし、又は、波長380nm、或いはその近傍の波長350nmから400nmの波長帯を測定波長とし、又は、波長476nm、或いはその近傍の波長460nmから510nmの波長帯を測定波長としてリチウムの定量値を算出手段で算出することを特徴する血清及び血漿試験試料中のリチウムイオンを測定することを特徴とするリチウムイオン測定装置。」

第3 引用文献について
1 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1(特許第5222432号公報)には、次の事項が記載されている。なお、下線は2で記載する引用発明の認定に関する箇所に引いたものである。
(1ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素を全部フッ素に置き換えた構造式
【化1】

で表される化合物と、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される水に混合し得る有機溶剤と、pH5からpH12の範囲でのリチウムに対して発色可能とするpH調節剤とを包含した水溶液としたリチウム試薬組成物と被検体を接解し、その反応液に白色光を照射、または露光させ、それにより生じた色調の変化を目視により検出、又は比色計によりその感度を検出することを特徴とするリチウム測定方法。」

(1イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のリチウム試薬組成物がいくつか知られているが、その組成が毒劇物であったり、原薬が供給不安定で高価であり、ほとんどの原薬が水に溶解しないか、或いは水に溶解すると失活し発色せず、発色反応が遅い。」

(1ウ)「【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1の発明は、テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素を全部フッ素に置き換えた構造式
【化1】

で表される化合物と、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される水に混合し得る有機溶剤と、pH5からpH12の範囲でのリチウムに対して発色可能とするpH調節剤とを包含した水溶液としたリチウム試薬組成物と被検体を接解し、その反応液に白色光を照射、または露光させ、それにより生じた色調の変化を目視により検出、又は比色計によりその感度を検出することを特徴とするリチウム測定方法である。」

(1エ)「【0018】
本発明のリチウム試薬組成物に包含させる溶剤は、水に混合し得る有機溶剤(極性溶媒)であることが必須であるが、被検体である血清、血漿、または細胞由来の溶出液等の水溶液と均一に混合できれば、有機溶媒を主とした溶液であっても、或いは、有機溶媒が添加された水溶液であってもよい。これは、汎用型の自動分析装置、紫外可視分光光度計により検体中のリチウム濃度を測定する場合はその被検体が水溶液であるため、その試薬組成物も同様に水溶液であることが望ましいからである。
前記有機溶剤は、水に混合し得る有機溶剤(極性溶媒)であればよく、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)等から選択される。」

(1オ)「【0021】
本発明のリチウム試薬組成物は、試料中に共存するリチウムイオン以外のイオンによりリチウム濃度の測定が妨害されるのを回避し、或いは試薬組成物の酸化を抑制し、その保存安定性を付与するためにマスキング剤を1種類、あるいは複数の種類を含有させてもよい。もっとも、リチウム以外のイオンが少ないのであれば、必ずしも包含する必要がない。
これらリチウム試薬組成物に加えるマスキング剤としては、トリエタノールアミン、・・・及び、これらの塩類から選択されるものを使用する。好ましくは、トリエタノールアミンが最適である。」

(1カ)「【0026】
次に、実際に本発明に使用するリチウム試薬組成物の実施例1を説明する。
[ 実施例1(リチウム試薬組成試料1)]
本発明の使用するリチウム試薬組成物は、pH緩衝液としての第1試薬を作製し、発色試液として第2試薬を作製し、測定直前に両液を混合してリチウム試薬組成物を作製した。これは、両液を最初から作製しておいても良いが、長時間の保存により試薬が劣化することを避けるためである。
ここで、試薬組成物の作製方法を説明する。
先ず、主に、pH緩衝液としての第1試薬を作製するが、その組成は次のとおりである。
【0027】
[ 実施例1(リチウム試薬組成試料1)]
(1)第一試薬(安定剤・緩衝液として)
キレート剤:なし
有機溶剤:なし
安定剤(分散剤:非イオン性界面活性剤):
TritonX-100(登録商標)
(ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル) 1.0 重量%
マスキング剤:トリエタノールアミン 10 mM
以上に、7重量%の塩化アンモニウムを加えてpH10に調節し精製水で1Lとして汎用の保存容器に保管した。
なお、TritonX-100(登録商標)(ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル)を1.0重量%としたが、少なすぎると測定時に希に濁りが発生したり、多すぎると、反応容器内で泡が発生したり、両因とも再現性に影響する可能性があるため0.1?5.0重量%の範囲がよく、好ましくは、1.0 重量%である。
また、マスキング剤はトリエタノールアミンを10mM)としたが、少なすぎるとリチウムイオン以外の夾雑イオンが過剰に含まれた試料においてそのマスキング効果が低下したり、多すぎるとリチウムイオン自体をマスキングしてしまったり、測定誤差の原因になり得るため、1.0?100mMの範囲が良く、好ましくは、10mMである
【0028】
次に、主に、発色試液としての第2試薬を作製するが、その組成は次のとおりである。
(2)第二試薬(発色試液として)
キレート剤:F28テトラフェニルポルフィリン 0.5 g/L
有機溶剤:ジメチルスルホキシド(DMSO) 20 重量%
安定剤(分散剤:非イオン性界面活性剤):TritonX-100(登録商標)
(ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル) 1.0 重量%
マスキング剤:トリエタノールアミン 10mM
これに、0.05M(mol/L)になるようにMOPS(Good緩衝剤)を加えpH.7.0に調節し、精製水で1Lとして汎用の保存容器に保管した。
【0029】
ところで、臨床検査での血清中のリチウム定量において、その濃度が広くは0.6 mM?3 mMの範囲での正確さが求められている。本発明の実施例1では、上記のリチウムの濃度範囲においては、F28テトラフェニルポルフィリンの化合物の濃度を、0.1?1.0g/Lとすれば、好ましくは、0.5g/Lとすれば正確に測定できることも見出した。
リチウム濃度が0.6mM?3mMの範囲では、F28テトラフェニルポルフィリンを最終的な試薬組成物での濃度を1L当たり0.1?1.0g/Lの範囲で測定可能で、好ましくは0.5 g/Lが良い。少なすぎるとF28テトラフェニルポルフィリンとリチウムイオンとの反応が十分に起こらず、多すぎると、F28テトラフェニルポルフィリン由来のブランクの吸光度が増加してしまうといった不都合が生じるため、好ましくは0.5 g/Lである。
この点を、更に詳しく説明すると、F28テトラフェニルポルフィリンとリチウムイオンはモル比で1:1のキレート錯体を形成する反応である。ここで、検体中のリチウム濃度が3mM含まれた検体を、本試薬組成物を用いた実施例1の条件で反応させる場合は、その反応系でのリチウム濃度は約0.02 mMとなる。従って、1:1で反応するF28テトラフェニルポルフィリン濃度も反応系内で0.02mM 以上存在していないと、検体中のリチウムを過不足なく反応させることができない。
【0030】
一般に、キレート剤と金属イオンとの錯体形成反応(発色反応)は被反応物質(リチウム)に対して等倍?10倍のモル濃度のキレート剤(F28テトラフェニルポルフィリン)が必要とされており、図1のF28テトラフェニルポルフィリンの適量濃度の参考計算表の図に示すように、反応時のF28テトラフェニルポルフィリンの濃度を等倍から10倍となるように試薬組成物を構成することになるが、現実的に試薬組成物の添加量、検体量のいわゆる測定反応時の用量におけるパラメータは、その測光機種や目的とする閾値により若干の差があるため、その試薬組成物でのキレート剤濃度は等倍である0.1g/Lよりも5倍量である0.5g/Lの方がより広い測定条件に耐えうる。例えば、検体量の微量化技術が低い機種での測定の場合、検体量を実施例1のそれらに対して2倍?5倍程度増量することが予想されるので、あらかじめ5倍量としての試薬組成物を0.5g/Lとしておけば不足はない。一方、キレート剤をモル比で10倍以上仕込んでも発色反応に与える速度論的な有意性はなく、試薬ブランク値の増大が懸念されるのみであり、これを採用する利点はない。
以上のように、キレート剤とリチウムとの反応モル比の条件さえ達成できればよいので、例えば、第二試薬のキレート剤(F28テトラフェニルポルフィリン)の濃度を1.0g/Lとした場合は反応時の第二試薬添加量を半量にすることができる。あるいは、その検体量を半減させた場合は同様にキレート剤濃度を半分量とすることもできる。
このように、本実施例1では、F28テトラフェニルポルフィリンを0.5 g/Lとしたが、反応モル量を満たし、且つ試薬ブランク値を最小限にすることを考慮した結果、0.1?1.0 g/Lの範囲が最適である。
【0031】
また、ジメチルスルホキシド(DMSO)は5?30重量%としたが、少なすぎるとF28テトラフェニルポルフィリンの溶液中での分散性が低下し、多すぎると試薬組成物中における有機溶媒の割合が増加してしまうため、好ましくは、20 重量%である。ただし、溶剤としてのDMSO濃度を低減させたい場合は10重量%以下としても全く差支えない。
ここで、本実施例1でのF28テトラフェニルポルフィリンは、テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素を全部フッ素に置き換えた下記に示すような構造式である。
【化1】

【0032】
(3)上記の第一試薬と第二試薬を混合したリチウム試薬でのリチウム濃度既知試料を用いた検量線の作成を説明する。
実施例1では、試料6μLに第一試薬(緩衝液)720μL、第二試薬(発色試液)240μLを加えた。この場合に第一試薬はpH10における緩衝能があり、試験時の第一試薬、第二試薬、試料を混合した時の試験液のpHはほぼpH=10となる。
このように、キレート剤としてF28テトラフェニルポルフィリンを使用することにより、pH5?10の範囲で発色反応を達成することができるため、pH12以下の強いpH緩衝作用をもつリチウム測定試薬を構成するので、空気中のCO_(2)の吸収によるpH変動を減らすことができ、結果として測定値への悪影響を回避することができる。また、これにより汎用の容器に保存可能となった。
なお、第一試薬と第二試薬は使用直前に同じ割合で混合し、混合液を試料に同様の容量で添加してもよく、この場合は、試料6μLに混合液940μLを加えて測定対象の試験液としてもよい。
【0033】
この混合試薬に試料を加えたpH10の試験液を、常温で10分間反応後、紫外-可視分光光度計(日立U-3900形)を用いて試薬ブランクを対照として550nmの吸光度を測定した。・・・図3のグラフから判るように、405nmと415nmの波長の検量線は直線にはならないが、本実施例の550nmを測光波長とした場合は、直線性が良好な検量線が得られる。
・・・
【0038】
・・・以上は、第一試薬と第二試薬を混合したリチウム試薬の2液型の実施例で説明したが、後述するマイクロプレートリーダーによるリチウム測定方法と、目視によるリチウム検出法においては、両者とも96穴ウエルを試料容器として用いるため、実施例1を基本とした組成の1液型試料として、実施例2(リチウム試薬組成試料2)を調製して実験した。」

2 引用発明について
引用文献1には、上記摘記(1カ)の実施例1の記載から、以下の発明が記載されていると認められる。
「pH緩衝液としての第一試薬と、発色試液として第二試薬とを混合したリチウム試薬組成物であって、
第一試薬は、
安定剤(分散剤:非イオン性界面活性剤):TritonX-100(登録商標)(ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル)1.0 重量%、
マスキング剤:トリエタノールアミン10 mMに、
7重量%の塩化アンモニウムを加えてpH10に調節し、精製水で1Lとしたもので、
第二試薬は、
キレート剤:テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式
【化1】

で表されるF28テトラフェニルポルフィリン0.5 g/L、
有機溶剤:ジメチルスルホキシド(DMSO)20 重量%、
安定剤(分散剤:非イオン性界面活性剤):TritonX-100(登録商標)(ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル) 1.0 重量%、
マスキング剤:トリエタノールアミン 10mMに、
0.05M(mol/L)になるようにMOPS(Good緩衝剤)を加えpH.7.0に調節し、精製水で1Lとしたものであり、
第一試薬と第二試薬とを同じ割合で混合した、リチウム試薬組成物。」(以下「引用発明」という。)

第4 対比・判断
1 請求項1について
(1)対比
請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)と引用発明とを対比すると、次のことがいえる
ア 成分について
(ア)引用発明の「キレート剤:テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式【化1】(略)で表されるF28テトラフェニルポルフィリン」は、本願発明の「テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式【化1】(略)で表される化合物」に相当する。

(イ)引用発明の「マスキング剤:トリエタノールアミン」と、本願発明の「該化合物を水溶液にするためにのみ」混合する「モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物」とは、「トリエタノールアミンである塩基性有機化合物」という限りにおいて共通する。

(ウ)引用発明の「第一試薬」の「pH10に調節」する「塩化アンモニウム」及び「第二試薬」の「pH.7.0に調節」する「MOPS(Good緩衝剤)」は、pH調節剤であり、「pH10」の「第一試薬」「1L」と「pH.7.0」の「第一試薬」「1L」とを混合してpHが5未満になることはないから、本願発明の「pHをpH5以上に調節するpH調節剤」に相当する。

イ 包含について
本願明細書において「包含」は、成分を混合、含有するという意味で用いており、それ以外の格別な技術的意味のあるものとして使用されていないことから、引用発明における成分を「混合」することと、本願発明における成分を「包含」することとは技術的に同等の意味である。

ウ 水溶液としてのリチウム試薬組成物について
摘記(1ア)の請求項1の記載及び摘記(1ウ)の【課題を解決するための手段】に「水溶液としたリチウム試薬組成物」と記載されているとおり、引用発明の「精製水で1Lとした」「pH緩衝液としての第一試薬」と「精製水で1Lとした」「発色試液として第二試薬」「とを混合したリチウム試薬組成物」は、水溶液であるから、本願発明の「水溶液とするリチウム試薬組成物」に相当する。

イ してみれば、本願発明と引用発明とは、
(一致点)
「テトラフェニルポルフィリンの炭素に結合している水素原子を全部フッ素原子に置き換えた構造式
【化1】

で表される化合物と、トリエタノールアミンである塩基性有機化合物とを混合し、pHをpH5以上に調節するpH調節剤とを包含した水溶液とするリチウム試薬組成物。」の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)
本願発明のリチウム試薬組成物では、「ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず、」トリエタノールアミンである塩基性有機化合物は「該化合物を水溶液にするためにのみ」混合されているが、
引用発明では、「有機溶剤」として「ジメチルスルホキシド(DMSO)」が用いられており、「トリエタノールアミン」は「マスキング剤」として混合されている点。

(2)相違点に対する判断
引用発明の「有機溶剤:ジメチルスルホキシド(DMSO)」について、「溶剤」とは溶質を溶かすために用いるものであり、上記摘記(1イ)の【発明が解決しようとする課題】の記載及び(1エ)の記載を参照するに、「ジメチルスルホキシド(DMSO)」は、【化1】で表されるF28テトラフェニルポルフィリンを水に溶かし水溶液とする作用をもつものとして混合させているものといえることから、引用発明の「リチウム試薬組成物」において「ジメチルスルホキシド(DMSO)」は必須の成分といえる。
一方、引用発明は、「トリエタノールアミン」は「マスキング剤」として混合されているものであり、引用文献1には、上記第3の1で摘記したように、「トリエタノールアミン」を【化1】で表されるF28テトラフェニルポルフィリンを水溶液とするために混合することについては記載も示唆もない。そして、一般にマスキング剤として添加する成分の量は、溶剤として添加する成分の量よりかなり少ない(引用発明においても、溶剤は、第二試薬において20重量%すなわち第一試薬と第二試薬とを同じ割合で混合したリチウム試薬組成物においては10重量%であるのに対し、マスキング剤は、第一試薬、第二試薬とも10mM(約0.15重量%)すなわちリチウム試薬組成物においては約0.15重量%とかなり少ない)ことに鑑みても、引用発明における「トリエタノールアミン」が溶剤として機能するものとはいえない。
してみれば、引用発明において、【化1】で表されるF28テトラフェニルポルフィリンを水溶液とするために必須の成分として混合させている「ジメチルスルホキシド(DMSO)」に代えて、「マスキング剤」として混合されている「トリエタノールアミン」を、【化1】で表されるF28テトラフェニルポルフィリンを水溶液とするために混合させることが当業者が容易になし得たこととはいえない。
よって、上記相違点に係る「ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず」、該化合物を水溶液にするためにのみ」「トリエタノールアミン」である「塩基性有機化合物とを混合」すること、すなわち本願発明の「ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず、該化合物を水溶液にするためにのみモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合」することは、引用文献1の記載事項から当業者が容易になし得たこととはいえない。

(3)小括
したがって、本願発明は、引用発明及び引用文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

2 請求項12及び19について
請求項12及び19に係る発明は、上記第2に記載したとおり、前者は「リチウムイオン測定方法」、後者は「リチウムイオン測定装置」であり、両者とも本願発明の「リチウム試薬組成物」を用いるものであることから、請求項12及び19に係る発明と引用発明とは、少なくとも上記1(1)で述べた(相違点)で相違し、その相違点に対する判断は、上記1(2)で述べたとおりである。
したがって、請求項12及び19に係る発明も、引用発明及び引用文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

3 その余の従属項について
請求項1を引用する請求項2?11に係る発明、請求項12を引用する請求項13?18に係る発明、及び、請求項19を引用する請求項20に係る発明についても、各々、請求項1、12及び19に係る発明と同様に、引用発明及び引用文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

第5 原査定の概要及び原査定についての判断
原査定は、補正前の請求項1?20について上記引用文献1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。
しかしながら、補正された特許請求の範囲の請求項1、12及び19並びにそれらに従属する請求項2?11、13?18及び20に係る発明は、「ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず、該化合物を水溶液にするためにのみモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合し」という事項を有するものとなっており、上記のとおり、本願請求項1?20に係る発明は、上記引用発明及び上記引用文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。
したがって、原査定を維持することはできない。

第6 当審拒絶理由の概要及び判断について
1 当審拒絶理由の概要
(1)特許許法第36条第6項第2号について
ア 補正前の請求項1、12及び19の「・・・から選択される有機溶剤以外の」という記載では、「モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物」が「・・・から選択される有機溶剤以外の」ものであるという自明なことを特定しているとも解され、「ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤」は用いないということが明確に特定されているとはいえない。

イ 補正前の請求項12に「血清及び血漿試験試料を・・・水溶液とするリチウム試薬組成物と接解し、・・・リチウムの定量値を算出することを特徴する血清、血漿、および尿試験試料中のリチウムイオンを測定することを特徴とするリチウムイオン測定方法。」と記載されており、リチウム試薬組成物と接解する「血清及び血漿試験試料」からは、「尿試験試料」中のリチウムイオンを測定することはできず、技術的に不明確である。

(2)特許許法第36条第6項第1号について
ア 補正前の請求項1、12及び19においては「【化1】(略)で表される化合物と、該化合物を水に溶解させるために」「モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合し」と記載されており、「モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物」として「該化合物を水に溶解させ」つつ他の作用(例えば、マスキング剤としての作用)を担うものも含むと解されるが、本願明細書の実施例からは、F28テトラフェニルポルフィリン「を水溶液にするためにのみ」混合されるモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物しかサポートされていない。

イ 本願明細書には、「尿」についての記載はなく、リチウム含有の気分安定薬・抗うつ薬の投与のために血清(血漿)中のリチウム濃度を測定することはあっても、尿試験試料中のリチウムイオンを測定することが本出願前技術常識であったともいえないことから、補正前の「尿試験試料中のリチウムイオンを測定する」ことを特定している請求項12係る発明について、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。

2 当審拒絶理由についての判断
(1)特許許法第36条第6項第2号について
ア 補正により、請求項1、12及び19において「ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)から選択される有機溶剤を用いず」と補正された結果、上記1(1)アの拒絶の理由は解消した。

イ 補正により、請求項12において「血清、および血漿試験試料中のリチウムイオンを測定する」と補正され、「尿」について削除された結果、上記1(1)イの拒絶の理由は解消した。

(2)特許許法第36条第6項第1号について
ア 補正により、請求項1、12及び19において「該化合物を水溶液にするためにのみモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンより選択される塩基性有機化合物とを混合し」と補正された結果、上記1(2)アの拒絶の理由は解消した。

イ 上記(1)イで述べたように、補正により、請求項12において「尿」について削除された結果、上記1(2)イの拒絶の理由は解消した。

第7 むすび
以上のとおり、原査定の理由及び当審拒絶理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-06-11 
出願番号 特願2013-254196(P2013-254196)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (G01N)
P 1 8・ 121- WY (G01N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 三木 隆  
特許庁審判長 伊藤 昌哉
特許庁審判官 三崎 仁
渡戸 正義
発明の名称 リチウム試薬組成物、それを用いたリチウムイオン測定方法及び測定装置  
代理人 小原 英一  
代理人 根本 恵司  

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