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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16J
管理番号 1352181
審判番号 不服2017-19019  
総通号数 235 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-07-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-12-21 
確定日 2019-06-06 
事件の表示 特願2013-154699「組合せオイルリング」拒絶査定不服審判事件〔平成26年11月 6日出願公開、特開2014-209018〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願(以下、「本願」という。)は、平成25年7月25日(優先権主張 平成24年8月30日及び平成25年3月27日)を出願日とする特許出願であって、平成29年2月10日(起案日)付けで拒絶理由が通知され、同年4月24日に意見書及び手続補正書の提出がされ、同年9月28日(起案日)付けで拒絶査定がされ、同年12月21日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに手続補正書の提出がされたものである。

第2 平成29年12月21日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成29年12月21日にされた手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正について(補正の内容)
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された。(下線部は、補正箇所である。)
「ピストンのオイルリング溝に装着され、平板で且つ環状の上下一対のサイドレールと、
前記上下一対のサイドレールの間に配置されるスペーサエキスパンダと、を備え、
前記スペーサエキスパンダは軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置された上片及び下片と、互いに隣接する上片と下片とを連結する連結片と、前記上片及び前記下片の内周側端部に立設して形成され前記サイドレールを押圧するための耳部とを備え、
前記上片の上面及び前記下片の下面の少なくとも一方の面に軸方向に沿った断面形状がV形状となる溝が形成され、該溝が連通する貫通孔が前記耳部に形成された組合せオイルリングにおいて、
前記貫通孔は、前記耳部の頂部における上面又は下面の一方から前記溝の最深部までの軸方向に沿った距離Aが0.22mm以上に形成されると共に軸方向に沿った断面積が0.10mm^(2)以上に形成され、
前記スペーサエキスパンダは、前記上片及び前記下片の外周側端部に前記溝よりも一段高く形成されたサイドレール支持部を有し、前記サイドレール支持部から前記溝の溝縁部までの軸方向に沿った距離Bが0.04?0.20mmに形成され、
前記スペーサエキスパンダの板厚Tは、0.17?0.28mmに形成され、
前記耳部の頂部における上面又は下面の一方から前記溝の最深部までの軸方向に沿った距離と前記スペーサエキスパンダの板厚の比A/Tは、0.77?2.50であることを特徴とする組合せオイルリング。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の、平成29年4月24日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。
「ピストンのオイルリング溝に装着され、平板で且つ環状の上下一対のサイドレールと、
前記上下一対のサイドレールの間に配置されるスペーサエキスパンダと、を備え、
前記スペーサエキスパンダは軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置された上片及び下片と、互いに隣接する上片と下片とを連結する連結片と、前記上片及び前記下片の内周側端部に立設して形成され前記サイドレールを押圧するための耳部とを備え、
前記上片の上面及び前記下片の下面の少なくとも一方の面に溝が形成され、該溝が連通する貫通孔が前記耳部に形成された組合せオイルリングにおいて、
前記貫通孔は、前記耳部の頂部における上面又は下面の一方から前記溝の最深部までの軸方向に沿った距離Aが0.22mm以上に形成されると共に軸方向に沿った断面積が0.10mm^(2)以上に形成され、
前記スペーサエキスパンダの板厚Tは、0.17?0.28mmに形成され、
前記耳部の頂部における上面又は下面の一方から前記溝の最深部までの軸方向に沿った距離と前記スペーサエキスパンダの板厚の比A/Tは、0.77?3.00であることを特徴とする組合せオイルリング。」

2.補正の適否
本件補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である、「スペーサエキスパンダ」及びその「溝」について、それぞれ「前記上片及び前記下片の外周側端部に前記溝よりも一段高く形成されたサイドレール支持部を有し、前記サイドレール支持部から前記溝の溝縁部までの軸方向に沿った距離Bが0.04?0.20mmに形成され」及び「軸方向に沿った断面形状がV形状となる」との限定を付加するとともに、「スペーサエキスパンダの板厚の比A/T」の数値範囲を、補正前の「0.77?3.00」から「0.77?2.50」に限定するものである。そして、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載される発明(以下、「本件補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1.(1)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献の記載事項及び引用発明
ア 引用文献1
(ア)引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2011-185383号公報(以下、「引用文献1」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
なお、下線は当審にて付したものである(以下同様)。
a.「【特許請求の範囲】
【請求項1】
上下一対のサイドレールと、それらの間に配置するスペーサエキスパンダとを備え、前記スペーサエキスパンダは軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置された上片及び下片と、隣接する上片と下片とを連結している連結片と、前記上片と下片の内周側端部に起立形成され、サイドレールを押圧するための耳部とを有している組合せオイルリングにおいて、
前記上片の上面と下片の下面の少なくとも一方の面に溝が形成され、前記溝が連通する貫通孔が前記耳部に形成されていることを特徴とする組合せオイルリング。
【請求項2】
前記溝が半径方向に延び、外周側で閉塞されておらず、空間部に開口していることを特徴とする請求項1記載の組合せオイルリング。
【請求項3】
前記上片と下片の外周側端部は一段高く形成され、サイドレール支持部を形成していることを特徴とする請求項1又は2記載の組合せオイルリング。
【請求項4】
前記溝は前記上片の上面と下片の下面の少なくとも一方の面の前記サイドレール支持部以外の部分に形成されていることを特徴とする請求項3記載の組合せオイルリング。
・・・」
b.「【技術分野】
【0001】
本発明は、3ピース形の組合せオイルリングに関する。」
c.「【0005】
本発明は、組合せオイルリングのサイドレールとスペーサエキスパンダの固着を防止することを目的とする。」
d.「【0017】
図1において、シリンダ1内のピストン2の外周面3に形成されているオイルリング溝4に組合せオイルリング10が装着されている。組合せオイルリング10は3ピース形の鋼製組合せオイルリングであり、上下一対のサイドレール11,12と、それらの間に配置しているスペーサエキスパンダ13とから構成されている。
【0018】
サイドレール11,12は環状で合口を備えている板状レールである。
【0019】
スペーサエキスパンダ13(図1及び図2参照)は、軸方向に波形をなす周期要素が周方向に多数連なって構成されている。スペーサエキスパンダ13は、水平な上片14と下片15とが軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置し、隣接する上片14と下片15とが連結片16で連結されている。上片14と下片15の外周側端部は内周側に対して一段高く形成され、サイドレール11,12の支持部14a,15aを形成している。上片14と下片15の内周側端部には、サイドレール11,12を押圧するための耳部17,18がアーチ形状をなして起立形成され、耳部17,18の根元部に貫通孔17a,18aを形成している。
【0020】
スペーサエキスパンダ13の上片14の上面と下片15の下面のうち、サイドレール支持部14a,15aを除いた部分には半径方向に直線的に延びる溝19,20が形成されている。これらの溝19,20は上片14と下片15の所定部分が塑性加工によって断面円弧形に変形することによって形成されている。溝19,20は、内周側端部が耳部17,18の根元部の貫通孔17a,18aに連通し、外周側端部はサイドレール支持部14a,15aに面する空間部に開口している。21,22が開口である。溝19,20の断面形状は円弧形を示したが、特にこれに限ることはなく、この他例えば逆台形又はV字形などが使用される。溝19,20の幅寸法は上片14や下片15の周方向幅×1/4?周方向幅×3/4とされるが、上記範囲に限定されるものではない。また、サイドレール11,12の面から溝底までの寸法は例えば0.05?0.6mm程度とされる。
【0021】
スペーサエキスパンダ13は、ピストン2のオイルリング溝4内に、両合口端部が突き合わされて縮められた状態で装着され、半径方向外方への拡張力を生じるようにされ、上下のサイドレール11,12を上下片14,15のサイドレール支持部14a,15aで上下(軸方向)に離隔保持し、上下の耳部17,18が上下のサイドレール11,12の内周面をそれぞれ押圧することによって、各サイドレール11,12の外周面をシリンダ1の内壁に密着させる。このようにして、上下のサイドレール11,12の外周面がシリンダ1の内壁に押接され、シリンダ1の内壁のオイルを掻き取る。
【0022】
本実施形態の組合せオイルリング10は以上のように、スペーサエキスパンダ13の上片14と下片15に溝19,20を形成することにより、耳部17,18の根元部に設けられてサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との間の空間部に臨んでいる貫通孔17a,18aの大きさを、溝19,20の分だけ、溝を形成しない平坦な場合に比べて大きく形成できるため、スペーサエキスパンダ13の上下片14,15とサイドレール11,12との間の堆積物をスペーサエキスパンダ13の耳部17,18の貫通孔17a,18aから排出しやすくなり、堆積物によるサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との固着を防止できる。
【0023】
また、前記溝19,20が半径方向に延び、外周側で閉塞されておらず、サイドレール支持部14a,15aに面する空間部に開口していることにより、図2の矢印で示されるように、開口21,22からオイルが流入して外周側から内周側にオイルの流れができるため、堆積物が溜まりにくくなるとともに、堆積物を耳部17,18の貫通孔17a,18aから排出しやすくなり、堆積物によるサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との固着を更に防止できる。」

(イ)引用発明
上記(ア)に摘記した記載事項から、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「ピストン2のオイルリング溝4に装着され、平板で且つ環状の上下一対のサイドレール11,12と、
前記上下一対のサイドレール11,12の間に配置されるスペーサエキスパンダ13と、を備え、
前記スペーサエキスパンダ13は軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置された上片14及び下片15と、互いに隣接する上片14と下片15とを連結する連結片16と、前記上片14及び前記下片15の内周側端部に起立形成され前記サイドレール11,12を押圧するための耳部17,18とを備え、
前記上片14の上面及び前記下片15の下面に溝19,20が形成され、該溝19,20が連通する貫通孔17a,18aが前記耳部17,18に形成された組合せオイルリング10において、
前記スペーサエキスパンダ13は、前記上片14及び前記下片15の外周側端部に前記溝19,20よりも一段高く形成されたサイドレール支持部14a,15aを有する組合せオイルリング10。」

イ 引用文献2
(ア)引用文献2の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2007-205395号公報(以下、「引用文献2」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
a.「【技術分野】
【0001】
本発明は、3ピースオイルリング及び3ピースオイルリングとピストンとの組合せに関する。」
b.「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ピストンにはリング溝の底壁に連通するドレーンホールが形成されており、リング溝内に流入したオイルをクランクケース側に環流させている。ここで3ピースオイルリングの薄幅化に伴い、リング溝の軸方向幅も小さくなり、リング溝とサイドレールとの間の隙間の容積もきわめて小さくなっていること、及び上述したような耳角度を設けたことによるサイドレールのシール性の向上によって、リング溝内に堆積した未燃焼生成物にサイドレールやエキスパンダが固着又は膠着するいわゆる「スティック」が発生し、そのためにオイル環流の性能の低下の恐れがあった。このように、シール性向上と潤滑油消費の低減とは、特に低張力で薄幅のオイルリングについては、互いに対立しあう課題であった。
【0007】
そこで本発明は、低張力で薄幅であってもシール性向上と潤滑油消費の低減を実現でき、スティック発生の問題がない3ピースオイルリング、及び3ピースオイルリングとピストンとの組合せを提供することを目的とする。」
c.「【発明の効果】
【0010】
請求項1記載の3ピースオイルリングによれば、オイル消費を悪化させずに、スティック抑制が可能な低張力の3ピースオイルリングが提供できる。特に、サイドレール支持部のそれぞれの軸方向突出距離Xの合計距離2Xと、両耳部の軸方向端面間の距離Yとの比2X/Yが0.04?0.15とすることにより、軸方向の幅が狭いオイルリングであっても、リング溝内でオイル通路が確保でき、オイルリング溝内に溜まったオイルをオイル通路を介してドレーンホールに容易に導くことができる。」
d.「【0012】
本発明の第1の実施の形態による3ピースオイルリング及び3ピースオイルリングとピストンとの組合せについて、図1から図6を参照して説明する。図1は3ピースオイルリングを装着したピストンとシリンダを示す概略図であり、シリンダ1内に往復移動するピストン2には環状のリング溝2a、2b、2cが形成され、燃焼室CM側から順に第1圧力リング3、第2圧力リング4、3ピースオイルリング5がそれぞれリング溝2a?2cに装着され、シリンダ壁面に摺接している。3ピースオイルリング5は、シリンダ1内のオイルを掻き下げる作用と、逆止弁効果によりオイルリング5より圧力リング側のピストンランド部2Aにオイルを送らない作用を果たす。ピストン2には、オイルリング1を装着したリング溝2cと連通してオイルを図示せぬクランクケースに環流させるためのドレーンホール2dが形成されている。クランクケースとはクランク軸が入っている空間であり、シリンダブロックのスカート部とオイルパンによって囲まれている。
【0013】
図2?図4に示されるように、3ピースオイルリング5は、環状のスペーサエキスパンダ10と、スペーサエキスパンダの軸方向の一端と他端にそれぞれ配置された第1サイドレール20と第2サイドレール30を有し、スペーサエキスパンダ10は軸方向波型であり、軸方向に突出する凸部11と軸方向に後退する凹部12とが周方向に交互に並んでいる。
【0014】
スペーサエキスパンダ10の半径方向内方側には、第1サイドレール20及び第2サイドレール30のそれぞれの内周面20a、30aを押圧するために軸方向にそれぞれ突出し半径方向外方側に傾斜面13aを備えた耳部13が設けられている。ここで耳部13の半径方向外方側の傾斜面13aと軸心とのなす角度である耳角度θは10°?20°の範囲にある。・・・
【0015】
スペーサエキスパンダ10の半径方向外方位置には、第1サイドレール20及び該第2サイドレール30の軸方向端面20b、30bを支持するために軸方向にそれぞれ突出する凸状のサイドレール支持部14が突設されている。サイドレール支持部14は、サイドレールがオイルリング溝2c内で傾斜して支持されているときに、サイドレール端面20b、30bの支点位置を固定するために設けられる。ここで図4に示されるように、サイドレール支持部14、14のそれぞれの軸方向突出距離Xの合計距離2Xと、両耳部13、13の軸方向端面間の距離(全幅)Yとの比2X/Yは0.04?0.15に設定されている。ここで比2X/Yが0.15を越えると、スペーサエキスパンダ10の軸方向の厚みが極端に薄くなり、耳部13の基部付近で折損の恐れがある。一方0.04未満であると、サイドレール支持部14と、耳部13と、サイドレール20とで区画される空間の容積が極端に小さくなり、スティックの抑制効果を発揮できない。なお比2X/Yが0.09?0.15の範囲にあるときに折損の防止とスティック抑制効果の観点で最適な効果が得られる。・・・」
e.「【0017】
上述した実施の形態による3ピースオイルリングとピストンとの組合せについて、排気量1.6リットル直列4気筒の自動車用ガソリンエンジンによる実機試験を行い、スティック発生とオイル消費について調べた。・・・
オイルリング
・・・
スペーサエキスパンダの全幅Y(図4):1.75mm
・・・
【0018】
表1、表2に示されるような耳角度と軸方向突出距離X(図4)を変えた複数のスペーサエキスパンダを用意した。表1に関しては、図6に示されるドレーンホールがスラスト、反スラスト側にそれぞれ2個ずつのピストンを使用した。ここでドレーンホールの開口7a?7dの位置は線L1に対して中心角が30°であった。また表2に関しては、図7に示されるようにドレーンホールがスラスト側で2個多いピストンを使用した。ここでドレーンホール7a?7dの位置は表6の場合と同じであり、ドレーンホール7eと7fの位置は線L1に対して中心角が15°であった。
【表1】
【表2】
表1、2にスティック発生有無の結果及びオイル消費を示す。これらの表において、スティック評価に関しては、◎は4気筒全てスティック無しを意味し、○は4気筒のうちスティックは発生しなかったが、1気筒でもスラギッシュ(自重だけでは落下しないが、軽く指で押すと動く程度)発生を意味し、△は4気筒のうち1気筒でもスティック発生を意味し、×は全気筒スティック発生を意味する。またLOCとはオイル消費量を示し、表1の耳角度20°で軸方向突出距離Xが0.03mmのときのLOCを1として比で表した。◎はLOC0.7未満、○は0.7?0.9未満、△は0.9?1.0未満、×は1.0以上を意味する。
【0019】
表1から明らかなように、スペーサエキスパンダの耳角度を10°?20°とし、軸方向突出距離Xの合計距離2Xと全幅Yとの比:2X/Yを0.04?0.15の範囲に限定することによりオイル消費の減少とスティック発生の抑制効果が認められた。・・・」
f.【表1】及び【表2】には、「スペーサエキスパンダの軸方向突出距離X(mm)」として、「0」、「0.03」、「0.04」、「0.08」、及び「0.13」の数値が記載されている。

(イ)引用文献2に記載の技術的事項
上記(ア)に摘記した記載事項から、引用文献2には、次の技術的事項(以下「引用文献2記載の技術的事項」という。)が記載されていると認められる。
「ピストン2のリング溝2cに装着され、平板で且つ環状の上下一対の第1サイドレール20及び第2サイドレール30と、
前記上下一対の第1サイドレール20及び第2サイドレール30の間に配置されるスペーサエキスパンダ10と、を備え、
前記スペーサエキスパンダ10は軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置された凸部11及び凹部12と、互いに隣接する凸部11と凹部12とを連結する部分と、内周側端部に立設して形成され前記第1サイドレール20及び第2サイドレール30を押圧するための耳部13とを備え、
前記スペーサエキスパンダ10は、外周側端部に軸方向突出距離Xだけ突出したサイドレール支持部14を有し、前記軸方向突出距離Xが0.04、0.08、又は0.13mmに形成されている3ピースオイルリング5。」

ウ 引用文献3
(ア)引用文献3の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2005-69289号公報(以下、「引用文献3」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
a.「【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のピストンに装着され、オイルコントロールを行う3ピースタイプの組合せオイルリングのスペーサエキスパンダに関する。」
b.「【0019】
ピストン10のオイルリング溝12内に組合せオイルリング20が取付けられたとき、一対のサイドレール30、40の外周面が一定の面圧でシリンダ14の内周面に接触する。
【0020】
スペーサエキスパンダ50は、図2に示すように帯板状金属を加工したもので、その内周側に一定間隔でピストンの軸方向(以下、軸方向)に突出する複数の内周部突出部分51を有する。内周部突出部分51は、円弧状の突出面を上方に向けて突出させた内周部上側突出部分52と、下方に向けて突出させた内周部下側突出部分53を有し、これらの突出部分52、53が平坦な接続部分55を介して周方向に交互に配置され、波形形状(以下、内周波形という)を形成している。
【0021】
内周部上下突出部分52、53の外周側には矩形のスリット(空間部)54が設けられている。接続部分55の外周側には外周部突出部分56が形成されている。外周部突出部分56は、接続部分55から軸方向に上方に突出する外周部上側突出部分57と、軸方向に下方に突出する外周部下側突出部分58とからなる。図2に示す例は、接続部分55の外周側に、外周部上側突出部分57と外周部下側突出部分58が形成され、隣接する接続部分55間において、上側突出部分57と下側突出部分58のパターンが反転され、隣接する接続部分55を一組または一対として、複数対の接続部分55が周方向に配置されている。上側突出部分57と下側突出部分58は、それぞれ平坦な突出面を含み、この面によりサイドレールを支持する。」
c.「【0029】
(4)最適な張力を得るためには、スペーサエキスパンダを形成する帯板状金属の板厚は0.10mm?0.25mmであることが望ましい。0.1mm未満ではスペーサエキスパンダの強度に問題が生じる可能性があり、0.25mmを越えると充分な張力を出すことが困難となる。」
d.「【0039】
実施例として、板厚0.2mmの帯板金属を用いてプレス加工により、図2に示すスペーサエキスパンダを形成した。」

(イ)引用文献3に記載の技術的事項
上記(ア)に摘記した記載事項から、引用文献3には、次の技術的事項(以下「引用文献3記載の技術的事項」という。)が記載されていると認められる。
「ピストン10のオイルリング溝12に装着され、平板で且つ環状の上下一対のサイドレール30,40と、
前記上下一対のサイドレール30,40の間に配置されるスペーサエキスパンダ50と、を備えた3ピースタイプの組合せオイルリングにおいて、
前記スペーサエキスパンダ50の板厚は、0.10mm?0.25mmに形成されている組合せオイルリング。」

(3)本件補正発明と引用発明との対比
ア 対比
本件補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「ピストン2」、「オイルリング溝4」、「サイドレール11,12」、「スペーサエキスパンダ13」、「上片14」、「下片15」、「連結片16」、「耳部17,18」、「溝19,20」、「貫通孔17a,18a」、「サイドレール支持部14a,15a」、及び「組合せオイルリング10」は、それらの構造及び機能からみて、それぞれ本件補正発明の「ピストン」、「オイルリング溝」、「サイドレール」、「スペーサエキスパンダ」、「上片」、「下片」、「連結片」、「耳部」、「溝」、「貫通孔」、「サイドレール支持部」、及び「組合せオイルリング」に相当する。
また、引用発明において、耳部17,18が上片14及び下片15の内周側端部に「起立形成」されていることは、本件補正発明において、耳部が上片及び下片の内周側端部に「立設して形成」されていることに相当する。
さらに、引用発明においては、上片14の上面及び下片15の下面に溝19,20が形成されているから、この点は、本件補正発明において、上片の上面及び下片の下面の少なくとも一方の面に溝が形成されていることに相当する。

イ 一致点及び相違点
以上より、本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
〔一致点〕
「ピストンのオイルリング溝に装着され、平板で且つ環状の上下一対のサイドレールと、
前記上下一対のサイドレールの間に配置されるスペーサエキスパンダと、を備え、
前記スペーサエキスパンダは軸方向及び周方向に離間して周方向に交互に多数配置された上片及び下片と、互いに隣接する上片と下片とを連結する連結片と、前記上片及び前記下片の内周側端部に立設して形成され前記サイドレールを押圧するための耳部とを備え、
前記上片の上面及び前記下片の下面の少なくとも一方の面に溝が形成され、該溝が連通する貫通孔が前記耳部に形成された組合せオイルリングにおいて、
前記スペーサエキスパンダは、前記上片及び前記下片の外周側端部に前記溝よりも一段高く形成されたサイドレール支持部を有する組合せオイルリング。」

〔相違点1〕
スペーサエキスパンダにおける上片の上面及び下片の下面の少なくとも一方の面に形成される溝に関し、本件補正発明では、溝は「軸方向に沿った断面形状がV形状となる」ものであるのに対して、引用発明では、溝19,20は軸方向に沿った断面形状がV形状となるものであるとはいえない点。

〔相違点2〕
スペーサエキスパンダにおけるサイドレール支持部に関し、本件補正発明では、サイドレール支持部から溝の溝縁部までの軸方向に沿った距離Bが0.04?0.20mmに形成されているのに対し、引用発明では、サイドレール支持部14a,15aから溝19,20の溝縁部までの軸方向に沿った距離は不明である点。

〔相違点3〕
スペーサエキスパンダにおける貫通孔及び板厚に関し、本件補正発明では、
貫通孔は、耳部の頂部における上面又は下面の一方から溝の最深部までの軸方向に沿った距離Aが0.22mm以上に形成されると共に軸方向に沿った断面積が0.10mm^(2)以上に形成され、
スペーサエキスパンダの板厚Tは、0.17?0.28mmに形成され、
耳部の頂部における上面又は下面の一方から溝の最深部までの軸方向に沿った距離とスペーサエキスパンダの板厚の比A/Tは、0.77?2.50である
のに対し、引用発明では、
貫通孔17a,18aについて、耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離及び軸方向に沿った断面積、
スペーサエキスパンダ13の板厚、並びに、
耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離とスペーサエキスパンダ13の板厚の比
は、いずれも不明である点。

(4)判断
以下、上記相違点1から3について検討する。
ア 相違点1について
上記(2)ア(ア)d.に摘記したとおり、引用文献1には、「溝19,20の断面形状は円弧形を示したが、特にこれに限ることはなく、この他例えば逆台形又はV字形などが使用される。」(段落【0020】)と記載されている。
この記載に照らせば、引用発明において、溝19,20を軸方向に沿った断面形状がV形状となるものとすることは、当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点2について
引用文献2には、上記(2)イ(イ)において、引用文献2に記載の技術的事項として記したとおり、スペーサエキスパンダ10におけるサイドレール支持部14に関し、その軸方向突出距離Xを0.04、0.08、又は0.13mmに形成することが記載されている。そして、その軸方向突出距離Xの特定は、上記(2)イ(ア)d.にて摘記した段落【0015】の記載に照らせば、スペーサエキスパンダ10の軸方向の厚みにあたる両耳部13,13の軸方向端面間の距離Yとの比2X/Yを、スペーサエキスパンダ10の折損を防止しつつ、スティックの抑制、すなわち、「リング溝内に堆積した未燃焼生成物にサイドレールやエキスパンダが固着又は膠着する」(段落【0006】)現象の抑制の効果を発揮するように定めることにより、なされたものと認められる。
引用発明は、上記(2)ア(ア)c.にて摘記したとおり、「組合せオイルリングのサイドレールとスペーサエキスパンダの固着を防止すること」(段落【0005】)を課題とする。
引用発明と引用文献2に記載の技術的事項とは、いずれも、サイドレール及びスペーサエキスパンダを備えた組合せオイルリングという共通の技術分野に属し、サイドレール及びスペーサエキスパンダの固着を抑制するという共通の課題を有し、スペーサエキスパンダが耳部及びサイドレール支持部を備えるという共通の構成を有する。
してみれば、当業者であれば、引用発明において、スペーサエキスパンダ13の折損を防止しつつ、サイドレール11,12及びスペーサエキスパンダ13の固着を抑制するべく、スペーサエキスパンダ13のサイドレール支持部14a,15aに関して引用文献2に記載の技術的事項を適用して、サイドレール支持部14a,15aの突出量を調整することにより、サイドレール支持部14a,15aから溝19,20の溝縁部までの軸方向に沿った距離として0.04?0.20mmの範囲に含まれる数値を選択し、もって相違点2に係る本件補正発明の構成を採用することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

ウ 相違点3について
引用発明は、前説示のとおり、「組合せオイルリングのサイドレールとスペーサエキスパンダの固着を防止すること」(段落【0005】)を課題とする。そして、上記(2)ア(ア)d.にて摘記した引用文献1の段落【0022】の記載に示されているとおり、引用発明において、スペーサエキスパンダ13の耳部17,18の貫通孔17a,18aは、溝19,20とともに、スペーサエキスパンダ13の上下片14,15とサイドレール11,12との間の堆積物を排出する経路を形成するものである。してみれば、上記課題の解決のためには、貫通孔17a,18aの大きさを、堆積物の効果的な排出に十分なものとする必要があることは、当業者にとって自明な事項である。実際、引用文献1の段落【0022】には、上記(2)ア(ア)d.にて摘記したとおり、「スペーサエキスパンダ13の上片14と下片15に溝19,20を形成することにより、耳部17,18の根元部に設けられてサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との間の空間部に臨んでいる貫通孔17a,18aの大きさを、溝19,20の分だけ、溝を形成しない平坦な場合に比べて大きく形成できるため、スペーサエキスパンダ13の上下片14,15とサイドレール11,12との間の堆積物をスペーサエキスパンダ13の耳部17,18の貫通孔17a,18aから排出しやすくなり、堆積物によるサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との固着を防止できる。」と記載されており、上記固着の防止という課題の解決のため「貫通孔17a,18aの大きさを」「大きく形成」することが記載されている。その際、「貫通孔17a,18aの大きさ」とは、当該大きさに関する上記の「溝19,20の分だけ、溝を形成しない平坦な場合に比べて大きく形成できる」との記載に照らせば、貫通孔17a,18aのスペーサエキスパンダ13の軸方向の大きさを含むものである。そして、貫通孔17a,18aのスペーサエキスパンダ13の軸方向の大きさは、それぞれ、耳部17の頂部における下面から溝19の最深部までの軸方向に沿った距離、及び、耳部18の頂部における上面から溝20の最深部までの軸方向に沿った距離にあたる。加えて、当該距離を大きく形成すれば、貫通孔17a,18aの軸方向に沿った断面積も、対応して大きな値をとることになる。そうすると、それら距離及び断面積を、上記課題の解決のために大きく形成することが、引用文献1には記載されているといえる。
さらに、当該引用文献1には、上記(2)ア(ア)d.にて摘記したとおり、「サイドレール11,12の面から溝底までの寸法は例えば0.05?0.6mm程度とされる」(段落【0020】)と記載されている。ここで、「サイドレール11,12の面」とは、「溝底」に対している面のことを意味することは、明らかである。よって、引用文献1の【図1】も併せて参照するに、上記した「耳部17の頂部における下面から溝19の最深部までの軸方向に沿った距離、及び、耳部18の頂部における上面から溝20の最深部までの軸方向に沿った距離」は、その「サイドレール11,12の面から溝底までの寸法」よりも大きい。
以上より、引用文献1には、引用発明において、耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離(本件補正発明における「距離A」に相当)、及び、貫通孔17a,18aの軸方向に沿った断面積を、上記課題の解決のために大きく形成することが記載されているとともに、当該距離の具体的な値としては、「0.05?0.6mm程度」よりも大きい値とすることが示唆されている。
ここで、貫通孔17a,18aの軸方向に沿った断面積について、具体的な値の直接的な示唆は引用文献1に見られないものの、引用文献1の記載に関して次の点を考慮すれば、当該断面積を0.10mm^(2)以上の値とする動機付けは、十分にある。
- 引用文献1には、上記のとおり、当該断面積を上記課題の解決のために大きく形成することが記載されているといえること、
- 同じく引用文献1に、前説示のとおり、耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離(本件補正発明における「距離A」に相当)を「0.05?0.6mm程度」よりも大きい値とすることが示唆されていること、及び、
- 同じく引用文献1に、上記アに記したとおり溝19,20の断面形状をV字形とすることが記載されていることより、貫通孔17a,18aの断面形状としてはV字形状が上下に線対象に組み合わさった形状にあたる矩形ないし菱形を想定しうることから、【図2】(同図には、溝19がV字形ではなく円弧形の場合が図示されているが、貫通孔17aの断面形状としては横長の形状が看取される)も参照しつつ、たとえば、上記距離A相当の距離を0.45mmとし、この場合、貫通孔17a,18a及び溝19,20の幅は少なくとも0.45mmを超えるものと想定されるところ、仮にその0.45mmをとり、それらを対角線とする矩形を、貫通孔17a,18aの断面形状として想定すると、上記の「貫通孔17a,18aの軸方向に沿った断面積」は、0.45mm×0.45mm×1/2=0.10125mm^(2)となること(上記のとおり距離A相当の距離を0.45mmとすれば、断面積は少なくともこの値を超えるものと想定される)。
次に、引用発明においてスペーサエキスパンダ13の板厚については不明なるも、一般に、機械部品に加工される板材の厚さは当業者が適宜設定する設計的事項というべきであるうえ、引用発明と同じく一対のサイドレール及びスペーサエキスパンダを備えた組合せオイルリングに関する引用文献3記載の技術的事項を参照すれば、引用発明においてスペーサエキスパンダ13の板厚を同技術的事項にある「0.10mm?0.25mm」を含む値(一例として、引用文献3に実施例として記載されている0.2mm(上記(2)ウ(ア)d.を参照))とすることに、何ら困難性は認められない。
そうすると、引用発明において、耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離(本件補正発明における「距離A」に相当)を「0.05?0.6mm程度」よりも大きい値とすることが引用文献1に示唆されており、また、スペーサエキスパンダ13の板厚を「0.10mm?0.25mm」を含む値とすることに、何ら困難性は認められないのであるから、当該距離と当該板厚の比(当該距離を当該板厚で除した値;本件補正発明における比「A/T」に相当)を、1弱程度から3強程度の値とすることに、何ら困難性は認められない。そして、一例として、当該距離を上記した0.45mmとし、当該板厚を上記した0.2mmとしてみると、当該距離と当該板厚の比(本件補正発明における比「A/T」に相当)は、2.25となる。
以上検討したとおり、引用文献1の記載事項及び引用文献3記載の技術的事項にかんがみれば、引用発明において、
貫通孔17a,18aは、耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離(本件補正発明における「距離A」に相当)が0.22mm以上に形成されると共に軸方向に沿った断面積が0.10mm^(2)以上に形成され、
スペーサエキスパンダ13の板厚(本件補正発明における「板厚T」に相当)が、0.17?0.28mmの範囲内に形成され、
耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離とスペーサエキスパンダ13の板厚の比(本件補正発明における比「A/T」に相当)が、0.77?2.50の範囲内となる
ようにし、もって相違点3に係る本件補正発明の構成を想到することは、当業者であれば容易になし得たことである。

エ 作用効果について
本件補正発明の奏する作用効果に関して検討するに、特に数値限定に係る作用効果に留意すると、本願明細書等の記載に基づき、次の事項等が認められる。
- 貫通孔について、耳部の頂部における上面又は下面の一方から溝の最深部までの軸方向に沿った距離Aが0.22mm以上に形成されると共に軸方向に沿った断面積が0.10mm^(2)以上に形成されている点に関して、「サイドレールとスペーサエキスパンダとの間の隙間を大きくすることができ、掻き落としたエンジンオイルを円滑に流出させて、カーボンスラッジの堆積を防止することができる」(本願明細書の段落【0015】)と共に「サイドレールとスペーサエキスパンダの間のエンジンオイルを該貫通孔を介して円滑にピストン側に流出させることができる」(段落【0016】)点。
- サイドレール支持部から前記溝の溝縁部までの軸方向に沿った距離Bが0.04?0.20mmに形成されている点に関して、「サイドレールとスペーサエキスパンダの間の隙間を大きくすることができ、掻き落としたエンジンオイルを円滑に流出させて、当該部位にカーボンスラッジが堆積することを防止することができる」点(段落【0017】)。関連して、「当該段差が0.04mmを下回ると、カーボンスラッジの堆積を防止することができず、0.20mmを上回ると、スペーサエキスパンダの強度が不足し、加工性が悪化して歩留まりが低下する」点(同段落)。
- スペーサエキスパンダの板厚Tが、0.17?0.28mmに形成され、耳部の頂部における上面又は下面の一方から前記溝の最深部までの軸方向に沿った距離と前記スペーサエキスパンダの板厚の比A/Tが、0.77?2.50である点に関して、「溝の最深部までの距離や貫通孔の断面積を確保することができる」点(段落【0018】)、及び、「カーボンスラッジが堆積することの抑制を十分に行うことができる」点(段落【0021】)。関連して、「当該比が0.77を下回ると、貫通孔の面積を十分に確保することができず、カーボンスラッジの堆積を抑制するのが困難となり、3.00を上回ると、スペーサエキスパンダの強度が不足し、加工性が悪化して歩留まりが低下する」点(同段落)。
本願明細書に記載された実施例及び比較例を参照すると、距離Bについては、0.08mmで一定であって変化させておらず、板厚Tについても、実施例1について0.22mmであることが記載されているほかは、他の実施例及び比較例について明記はない。よって、距離B及び板厚Tに関しては、それらを変化させた際の試験結果について、本願明細書には記載されていない。また、貫通孔に関し、距離A及び軸方向に沿った断面積についても、3つの実施例及び1つの比較例は、それらの数値のうち一方を固定して他方を変化させたものではなく、それぞれの数値範囲の限定に係る臨界的意義を示すものでもない。そして、距離Aが大きい順と、軸方向に沿った断面積が大きい順は同じであり(それらが大きいほうから、実施例1、3、2、比較例の順)、スラッジ堆積量が少ない順も同じである。このスラッジ堆積量に係る傾向は、引用文献1の段落【0022】にある、「スペーサエキスパンダ13の上片14と下片15に溝19,20を形成することにより、耳部17,18の根元部に設けられてサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との間の空間部に臨んでいる貫通孔17a,18aの大きさを、溝19,20の分だけ、溝を形成しない平坦な場合に比べて大きく形成できるため、スペーサエキスパンダ13の上下片14,15とサイドレール11,12との間の堆積物をスペーサエキスパンダ13の耳部17,18の貫通孔17a,18aから排出しやすくなり、堆積物によるサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との固着を防止できる。」(上記(2)ア(ア)d.を参照)との記載等から、当業者であれば何ら困難性なく予測できたことにすぎない。
そうすると、かかる本件補正発明の奏する作用効果は、上記相違点1から3を総合的に考慮しても、次の引用文献1から3に記載された事項等から理解される、引用発明、引用文献2に記載の技術的事項、及び引用文献3記載の技術的事項の奏する作用効果より、当業者であれば予測し得た範囲内のものにすぎず、格別顕著なものとはいえない。
- 引用文献1における「スペーサエキスパンダ13の上片14と下片15に溝19,20を形成することにより、耳部17,18の根元部に設けられてサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との間の空間部に臨んでいる貫通孔17a,18aの大きさを、溝19,20の分だけ、溝を形成しない平坦な場合に比べて大きく形成できるため、スペーサエキスパンダ13の上下片14,15とサイドレール11,12との間の堆積物をスペーサエキスパンダ13の耳部17,18の貫通孔17a,18aから排出しやすくなり、堆積物によるサイドレール11,12とスペーサエキスパンダ13との固着を防止できる。」(段落【0022】;上記(2)ア(ア)d.を参照)との記載。
- 引用文献2における「サイドレール支持部14、14のそれぞれの軸方向突出距離Xの合計距離2Xと、両耳部13、13の軸方向端面間の距離(全幅)Yとの比2X/Yは0.04?0.15に設定されている。ここで比2X/Yが0.15を越えると、スペーサエキスパンダ10の軸方向の厚みが極端に薄くなり、耳部13の基部付近で折損の恐れがある。一方0.04未満であると、サイドレール支持部14と、耳部13と、サイドレール20とで区画される空間の容積が極端に小さくなり、スティックの抑制効果を発揮できない。」(段落【0015】;上記(2)イ(ア)d.を参照)との記載、及び、「サイドレール支持部のそれぞれの軸方向突出距離Xの合計距離2Xと、両耳部の軸方向端面間の距離Yとの比2X/Yが0.04?0.15とすることにより、軸方向の幅が狭いオイルリングであっても、リング溝内でオイル通路が確保でき、オイルリング溝内に溜まったオイルをオイル通路を介してドレーンホールに容易に導くことができる。」(段落【0010】;上記(2)イ(ア)c.を参照)との記載。
- 引用文献3における「最適な張力を得るためには、スペーサエキスパンダを形成する帯板状金属の板厚は0.10mm?0.25mmであることが望ましい。0.1mm未満ではスペーサエキスパンダの強度に問題が生じる可能性があり、0.25mmを越えると充分な張力を出すことが困難となる。」(段落【0029】;上記(2)ウ(ア)c.を参照)との記載。

オ 小括
以上検討したとおり、本件補正発明は、引用発明、引用文献2に記載の技術的事項、及び引用文献3記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

カ 審判請求人の主張について
審判請求書において、審判請求人は、引用文献1には溝の断面形状について特段明示されておらず、図2、4、及び6の記載を参照すれば、引用文献1に記載された溝は円弧状であることが把握され、本件補正発明のように溝17の断面形状がV形状に形成されることで流路に沿った流れを流れやすくすることができる点については記載も示唆もされていない旨、主張する。
しかしながら、サイドレールとスペーサエキスパンダとの固着の防止という課題を解決する手段を示した当該引用文献1に、「溝19,20の断面形状は円弧形を示したが、特にこれに限ることはなく、この他例えば逆台形又はV字形などが使用される。」(段落【0020】;上記(2)ア(ア)d.を参照)と明示的に記載されているから、審判請求人の主張は採用できない。
審判請求人はまた、引用文献1から3には、「耳部の頂部における上面又は下面の一方から溝の最深部までの軸方向に沿った距離A」という構成が記載も示唆もされていない旨、主張する。
しかしながら、上記ウにて説示したとおり、引用文献1には、サイドレールとスペーサエキスパンダとの固着の防止という課題の解決のため「貫通孔17a,18aの大きさを」「大きく形成」することが記載されていること、及び、「サイドレール11,12の面から溝底までの寸法は例えば0.05?0.6mm程度とされる」と記載されていることから、当該引用文献1には、耳部17,18の頂部における上面又は下面の一方から溝19,20の最深部までの軸方向に沿った距離(本件補正発明における「距離A」に相当)を、上記課題の解決のために大きく形成することが記載されているとともに、当該距離の具体的な値としては、「0.05?0.6mm程度」よりも大きい値とすることが示唆されているといえる。よって、審判請求人の主張は採用の限りでない。
審判請求人はさらに、本件補正発明は、溝形状、距離A、距離B、及び板厚Tの各寸法を特定することで、本願の図4(a)に記載された流路丸1?丸3の流れをよくして、カーボンスラッジの堆積を抑制すると共に、加工性に影響を与えずに歩留まりの低下を防止するという発明であるのに対し、引用文献1?3には、組合せオイルリングにおける細かい流路を想定して各部位の寸法や形状を設定するという思想が欠落しており、本件補正発明とは全く相違することは明らかである旨、主張する。
しかしながら、溝形状及び距離Aの特定について、関連する記載ないし示唆が引用文献1になされていることは、上記ア及びウ並びに本項カにおいて説示のとおりである。また、距離B及び板厚Tの特定に関しても、上記エにおいて説示のとおり、引用文献2には、サイドレール支持部の軸方向突出距離Xの調整により、オイルリング溝内に溜まったオイルを導くオイル通路を確保する旨等が記載され、引用文献3には、スペーサエキスパンダを形成する帯板状金属の板厚が0.1mm未満ではスペーサエキスパンダの強度に問題が生じる可能性がある旨等が記載されている。そして、「溝形状、距離A、距離B、及び板厚Tの各寸法」の特定に関して、本願明細書に記載の実施例1?3及び比較例も、臨界的意義を含めた、各々の寸法を特定したことによる意義や、想定したとする「細かい流路」に係る作用効果を、具体的に示すものとはいえない。よって、審判請求人の主張は採用できない。

3.本件補正についてのむすび
以上より、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成29年4月24日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものであるところ、上記第2の1.(2)に記載のとおりのものである。

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本願の請求項1ないし4に係る発明は、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった次の引用文献1ないし3に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:特開2011-185383号公報
引用文献2:特開2007-205395号公報
引用文献3:特開2005-69289号公報

3.引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1ないし3の記載事項は、上記第2の2.(2)に記載したとおりである。

4.対比・判断
本願発明は、上記第2の2.で検討した本件補正発明から、「スペーサエキスパンダ」及びその「溝」について、それぞれ「前記上片及び前記下片の外周側端部に前記溝よりも一段高く形成されたサイドレール支持部を有し、前記サイドレール支持部から前記溝の溝縁部までの軸方向に沿った距離Bが0.04?0.20mmに形成され」及び「軸方向に沿った断面形状がV形状となる」との限定を削除するとともに、本件補正発明では「スペーサエキスパンダの板厚の比A/T」の数値範囲として「0.77?2.50」に限定されたのを、「0.77?3.00」に戻したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加し、数値範囲を限定したものに相当する本件補正発明が、上記第2の2.(3)及び(4)に記載したとおり、引用発明、引用文献2に記載の技術的事項、及び引用文献3記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明、引用文献2に記載の技術的事項、及び引用文献3記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-03-28 
結審通知日 2019-04-02 
審決日 2019-04-15 
出願番号 特願2013-154699(P2013-154699)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16J)
P 1 8・ 121- Z (F16J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 佳祐竹村 秀康  
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 尾崎 和寛
大町 真義
発明の名称 組合せオイルリング  
代理人 特許業務法人 インテクト国際特許事務所  
代理人 石橋 良規  

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