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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16D |
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管理番号 | 1352630 |
審判番号 | 不服2017-16823 |
総通号数 | 236 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2019-08-30 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2017-11-13 |
確定日 | 2019-06-10 |
事件の表示 | 特願2013-133809号「固定式等速自在継手」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 1月19日出願公開、特開2015- 10616号〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、平成25年6月26日の出願であって、その手続の経緯は次のとおりである。 平成29年 3月16日付け 拒絶理由通知 同年 5月18日 意見書、手続補正書の提出 同年 8月 9日付け 拒絶査定 同年11月13日 審判請求書及び手続補正書の提出 平成31年 1月 7日付け 拒絶理由通知 同年 3月 7日 意見書及び手続補正書の提出 2.本願発明 本願の請求項1?4に係る発明は、平成31年3月7日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載されたとおりのものと認められるところ、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。 「【請求項1】 球状内周面に軸方向に延びる複数のトラック溝が形成された外側継手部材と、球状外周面に外側継手部材のトラック溝と対をなす複数のトラック溝が形成された内側継手部材と、対をなす外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝の間に介在してトルクを伝達するボールと、ボールを収容するポケット部を有すると共に、外側継手部材の球状内周面に嵌合する球状外周面および内側継手部材の球状外周面に嵌合する球状内周面を有する保持器とを備え、外側継手部材のトラック溝が、継手中心に対して軸方向にオフセットのない曲率中心をもつ円弧状に形成され、かつ継手の軸線に対して周方向に傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合う前記トラック溝で互いに反対方向に形成されており、内側継手部材のトラック溝が、作動角0°の状態の継手中心平面を基準として、外側継手部材の対となるトラック溝と鏡像対称に形成された固定式等速自在継手において、 外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝の双方が、プロペラシャフトに求められる最大作動角に対応した長さを有し、かつ、外側継手部材のトラック溝の画成面、外側継手部材の球状内周面、内側継手部材のトラック溝の画成面、内側継手部材の球状外周面、ボールの外表面、保持器の球状外周面、保持器の球状内周面および保持器のポケット部の画成面のうち、外側継手部材の球状内周面、内側継手部材の球状外周面、保持器の球状外周面および保持器の球状内周面と、外側継手部材のトラック溝の画成面およびボールの外表面とに、該面と接触した状態で相対移動する相手部材との摩擦抵抗を低減するための表面処理が施されていることを特徴とする固定式等速自在継手。」 3.拒絶の理由 平成31年1月7日付けで当審が通知した拒絶の理由は、次のとおりである。 この出願の請求項1?4に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された刊行物である下記の引用文献1及び2に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 引用文献1:特開2010-43667号公報 引用文献2:特開2002-188653号公報 4.引用文献 (1)引用文献1に記載された事項及び引用発明 引用文献1には、「固定式等速自在継手」に関して、図面(特に図1?7参照)とともに次の事項が記載されている。 なお、下線は当審で付したものである。以下同様。 ア 「【0016】 この発明は、軸方向オフセットを0にするとともに、隣り合うボール溝を交互に交差させることによって課題を解決した。軸方向オフセットが0ということは、軸方向オフセットを廃止する、言い換えれば、外輪10のボール溝16の中心O_(1)および内輪20のボール溝26の中心O_(2)が共に継手の角度中心Oと同じ軸方向位置にあることを意味する。 【0017】 すなわち、この発明の固定式等速自在継手は、凹球面状の内周面14に軸方向に延びるボール溝16を円周方向に所定の間隔で形成した外輪10と、凸球面状の外周面24に軸方向に延びるボール溝26を円周方向に所定の間隔で形成した内輪20と、対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26との間に組み込んだボール30と、外輪10と内輪20との間に介在してボール30を保持するケージ40とを具備し、外輪10のボール溝16の中心および内輪20のボール溝26の中心が継手の角度中心Oと同じ軸方向位置にあり、かつ、対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26が交差していることを特徴とする。 【0018】 軸方向オフセットを0とし(図5(a)参照)、対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26を交差させることで(図5(b)参照)、円周方向に交互に逆向きのくさび角τが発生する。したがって、隣り合うボール30には互いに逆向きの力Wが作用し、ボール30からケージ40のポケット46の壁面48に加わる力Wも円周方向に交互に逆向きとなり、ケージ位置が外輪10および内輪20の二等分面位置で安定する。そのため、ケージ40の外周面42および内周面44の球面接触が抑制され、高負荷時や高速回転時でも等速自在継手の作動が円滑となり、発熱が抑えられ、耐久性が向上する。」 イ 「【0023】 以下、図面に従ってこの発明の実施の形態を説明する。 まず、図1を参照して固定式等速自在継手の基本的構成について述べる。固定式等速自在継手は、外側継手部材としての外輪10と、内側継手部材としての内輪20と、トルク伝達要素としての複数のボール30と、ボール30を保持するためのケージ40を主要な構成要素としている。 【0024】 図2に示すように、外輪10はディスク型で、ボルトを挿入するための貫通孔12が形成してあり、原動軸または従動軸とフランジ結合するようになっている。外輪10の内周面は凹球面状で、その内周面の円周方向に所定の間隔で、ボール溝16が形成してある。ボール溝16は軸線に対して傾斜しており、隣り合ったボール溝16a、16b同士では傾斜の向きが逆である。傾斜角度を符号γを表してある。 【0025】 図3に示すように、内輪20は軸心部に形成したスプライン孔22を有し、このスプライン孔22で従動軸または原動軸とトルク伝達可能に接続するようになっている(図9のシャフト158参照)。内輪20の外周面24は球面状で、その外周面の円周方向に所定の間隔で、ボール溝26が形成してある。 外輪10のボール溝16と同じように、内輪20のボール溝26も軸線に対して傾斜しており、隣り合ったボール溝26a、26b同士では傾斜の向きが逆である。ここでも傾斜角度を符号γを表してある。 【0026】 外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26は対をなし、各対のボール溝16、26間に1個ずつ、ボール30が組み込んである。ボールの数は任意であるが、具体例を挙げるならば6個、8個、10個などである。図は8個の例を示している。 対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26は傾斜の向きが逆になるようにして組み立てる。 【0027】 図1および図4に示すように、ケージ40は外輪10の内周面14と内輪20の外周面24との間に介在させてある。したがって、ケージ40の外周面42は外輪10の内周面14と適合する凸球面状であり、ケージ40の内周面44は内輪20の外球面24と適合する凹球面状である。ケージ40の円周方向に所定間隔でポケット46が形成してあり、各ポケット46に1個ずつ、ボール30が収容される。ポケット46はケージ40を半径方向に貫通しており、ポケット46に収容されたボール30は、ケージ40の外径側で外輪10のボール溝16に臨み、ケージ40の内径側では内輪20のボール溝26に臨む。このようにして、ケージ40によってすべてのボール30が同一平面に保持される。 【0028】 図1(b)に示すように、軸方向オフセットは0である。すなわち、継手の軸線を含む平面において、外輪10のボール溝16の中心と、内輪20のボール溝26の中心は、共に継手の角度中心Oと同じ軸方向位置にある。」 ウ 「【0035】 本来、軸方向オフセットおよび交差角2γは、くさび角τを発生させてケージ40を円滑に作動させる上で重要な要素であるため、ある程度大きく設定する必要がある。プロペラシャフトはドライブシャフトと違い、大きな作動角を必要としないため、外輪10、内輪20のボール溝長さを短くできる。そのため、交差角2γを大きく設定できる。」 上記記載事項及び図示内容を総合すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 〔引用発明〕 「凹球面状の内周面14に軸方向に延びるボール溝16を円周方向に所定の間隔で形成した外側継手部材としての外輪10と、 凸球面状の外周面24に軸方向に延びるボール溝26を円周方向に所定の間隔で形成した内側継手部材としての内輪20と、 対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26との間に組み込んだトルク伝達要素としてのボール30と、 ボール30が収容されるポケット46が形成され、外輪10の内周面14と適合する凸球面状である外周面42と、内輪20の外周面24と適合する凹球面状である内周面44を有するケージ40と、 外輪10のボール溝16の中心および内輪20のボール溝26の中心が継手の角度中心Oと同じ軸方向位置にあり、 外輪10のボール溝16は軸線に対して傾斜角度γで傾斜し、隣り合ったボール溝16a、16b同士では傾斜の向きが逆であり、 内輪20のボール溝26は軸線に対して傾斜角度γで傾斜し、隣り合ったボール溝26a、26b同士では傾斜の向きが逆であり、 対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26とが交差しており、 プロペラシャフトは、大きな作動角を必要としないため、外輪10、内輪20のボール溝長さを短くできる、固定式等速自在継手。」 (2)引用文献2に記載された事項 引用文献2には、「等速自在継手」に関して、図面(特に図2、3及び図14?16参照)とともに次の事項が記載されている。 ア 「【0011】この発明の等速自在継手において、少なくとも上記保持器の表面に、摩擦抵抗を低減させる表面処理層を形成しても良い。表面処理層を設ける部分は、保持器の表面における球形外面および球形外面(当審注:段落【0026】の記載からみて、「球形内面」の誤記と認める。)だけでも良いが、ポケット内表面を含む全面に設けることが好ましい。焼入れ後の切削面とした場合、一応は、必要な表面粗さ上の要求を満たすことができるが、加工面にリード跡が残ることがある。上記表面処理層を設けることにより、このようなリード跡のない、より滑らかな表面を得ることができる。保持器表面を、このように表面処理層を形成した滑らかな面とすることより、部品同士の接触による摩擦抵抗を減らし、高速回転時等の発熱を低減させることができる。また、保持器側に表面処理層を設けることにより、一つの部品である保持器に表面処理層を設けるだけで、内輪および外輪の両者に対して、摩擦抵抗の低減効果が得られる。」 イ 「【0026】図14に示すように、保持器4の表面、特に球形外面10および球形内面11には、摩擦抵抗を低減させる表面処理層20を形成することが好ましい。この実施形態では、ポケット9(図9)の内表面を含む保持器4の表面の全体に表面処理層20を形成している。・・・」 ウ 「【0028】上記の表面処理層20は、保持器4の他に、図16に示すように、外輪1の球形内面5や内輪2の球形外面6、および外・内輪1,2のトラック溝7,8の内面にも設けることが好ましい。外・内輪1,2に表面処理層20を設ける場合も、保持器4につき説明した固体潤滑剤や低温浸硫処理層とでき、また下地層21(図15)を設けても良い。外・内輪1,2に設ける表面処理層20と、保持器4に設ける表面処理層20とは、互いに異なる種類のものとしても良い。例えば、外輪1の表面処理層20を固定潤滑剤からなるものとし、保持器4の表面処理層20を低温浸硫処理層としても良い。また、外・内輪1,2、および保持器4の全てに表面処理層20を設けても、外・内輪1,2に表面処理層20を設け、保持器4には表面処理層20を設けなくても良い。外・内輪1,2に表面処理層20を設けず、保持器4に表面処理層20を設けても良い。また、外輪1に表面処理層20を設け、内輪2は表面処理層20を設けなくても良い。」 5.対比・判断 (1)対比 本願発明と引用発明とを対比する。 後者の「凹球面状の内周面14」及び「軸方向に延びるボール溝16」は、前者の「球状内周面」及び「軸方向に延びる」「トラック溝」にそれぞれ相当し、後者の「ボール溝16を円周方向に所定の間隔で形成」することは、前者の「複数のトラック溝が形成され」ることに相当する。 以上を踏まえると、後者の「外側継手部材としての外輪10」は、前者の「外側継手部材」に相当する。 後者の「凸球面状の外周面24」及び「軸方向に延びるボール溝26」は、前者の「球状外周面」及び「外側継手部材のトラック溝と対をなす」「トラック溝」にそれぞれ相当し、後者の「ボール溝26を円周方向に所定の間隔で形成」することは、前者の「複数のトラック溝が形成され」ることに相当する。 以上を踏まえると、後者の「内側継手部材としての内輪20」は、前者の「内側継手部材」に相当する。 後者の「対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26との間に組み込んだトルク伝達要素としてのボール30」は、前者の「対をなす外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝の間に介在してトルクを伝達するボール」に相当する。 後者の「ボール30が収容されるポケット46」は、前者の「ボールを収容するポケット部」に相当し、後者の「外輪10の内周面14と適合する凸球面状である外周面42」及び「内輪20の外周面24と適合する凹球面状である内周面44」は、前者の「外側継手部材の球状内周面に嵌合する球状外周面」及び「内側継手部材の球状外周面に嵌合する球状内周面」にそれぞれ相当する。 以上を踏まえると、後者の「ケージ40」は、前者の「保持器」に相当する。 後者の「外輪10のボール溝16の中心および内輪20のボール溝26の中心が継手の角度中心Oと同じ軸方向位置にあ」ることは、前者の「外側継手部材のトラック溝が、継手中心に対して軸方向にオフセットのない曲率中心をもつ円弧状に形成され」ることに相当する。 後者の「外輪10のボール溝16は軸線に対して傾斜角度γで傾斜し、隣り合ったボール溝16a、16b同士では傾斜の向きが逆であ」ることは、前者の「外側継手部材のトラック溝が」、「継手の軸線に対して周方向に傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合う前記トラック溝で互いに反対方向に形成されて」いることに相当する。 後者の「内輪20のボール溝26は軸線に対して傾斜角度γで傾斜し、隣り合ったボール溝26a、26b同士では傾斜の向きが逆であ」ることは、外輪10のボール溝16と同様に傾斜していることを意味し、そして、「対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26とが交差して」いるので、内輪20のボール溝26と外輪10のボール溝16とは、継手の中心平面に対して鏡像対称になっているといえる。そうすると、後者の「内輪20のボール溝26は軸線に対して傾斜角度γで傾斜し、隣り合ったボール溝26a、26b同士では傾斜の向きが逆であり、対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26とが交差して」いることは、前者の「内側継手部材のトラック溝が、作動角0°の状態の継手中心平面を基準として、外側継手部材の対となるトラック溝と鏡像対称に形成され」ることに相当する。 後者の「プロペラシャフトは、大きな作動角を必要としないため、外輪10、内輪20のボール溝長さを短くできる」ことは、前者の「外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝の双方が、プロペラシャフトに求められる最大作動角に対応した長さを有」することに相当する。 後者の「固定式等速自在継手」は、前者の「固定式等速自在継手」に相当する。 そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。 〔一致点〕 「球状内周面に軸方向に延びる複数のトラック溝が形成された外側継手部材と、 球状外周面に外側継手部材のトラック溝と対をなす複数のトラック溝が形成された内側継手部材と、 対をなす外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝の間に介在してトルクを伝達するボールと、 ボールを収容するポケット部を有すると共に、外側継手部材の球状内周面に嵌合する球状外周面および内側継手部材の球状外周面に嵌合する球状内周面を有する保持器とを備え、 外側継手部材のトラック溝が、継手中心に対して軸方向にオフセットのない曲率中心をもつ円弧状に形成され、かつ継手の軸線に対して周方向に傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合う前記トラック溝で互いに反対方向に形成されており、 内側継手部材のトラック溝が、作動角0°の状態の継手中心平面を基準として、外側継手部材の対となるトラック溝と鏡像対称に形成された固定式等速自在継手において、 外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝の双方が、プロペラシャフトに求められる最大作動角に対応した長さを有した、固定式等速自在継手。」 〔相違点〕 本願発明は、「外側継手部材のトラック溝の画成面、外側継手部材の球状内周面、内側継手部材のトラック溝の画成面、内側継手部材の球状外周面、ボールの外表面、保持器の球状外周面、保持器の球状内周面および保持器のポケット部の画成面のうち、外側継手部材の球状内周面、内側継手部材の球状外周面、保持器の球状外周面および保持器の球状内周面と、外側継手部材のトラック溝の画成面およびボールの外表面とに、該面と接触した状態で相対移動する相手部材との摩擦抵抗を低減するための表面処理が施されている」ものであるのに対して、引用発明は、そのような表面処理が施されているものではない点。 (2)判断 上記相違点について以下検討する。 引用文献2には、等速自在継手において、保持器の球形外面、球形内面及びポケット内表面に、摩擦抵抗を低減させる表面処理層を形成し、滑らかな面とすることより、部品同士の接触による摩擦抵抗を減らし、高速回転時等の発熱を低減させることができることが記載されており(上記4.(2)ア、イを参照)、また、表面処理層を設ける部位として、 ア 保持器の球形外面及び球形内面、 イ 保持器の球形外面、球形内面及びポケット内表面、 ウ 保持器と、外輪の球形内面、内輪の球形外面及び外・内輪のトラック溝の内面、 エ 外・内輪に設け、保持器には設けない、 オ 外輪に設け、内輪には設けない、 等のパターンが示されており(上記4.(2)イ、ウを参照)、表面処理層を設ける部位は、保持器と外輪及び内輪等の部品同士の接触による摩擦抵抗を減らすとの目的の範囲内で、必要に応じ適宜選択されるものと認められる。 引用文献1には、 「【0018】 軸方向オフセットを0とし(図5(a)参照)、対をなす外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26を交差させることで(図5(b)参照)、・・・ケージ位置が外輪10および内輪20の二等分面位置で安定する。そのため、ケージ40の外周面42および内周面44の球面接触が抑制され、高負荷時や高速回転時でも等速自在継手の作動が円滑となり、発熱が抑えられ、耐久性が向上する。」(上記4.(1)アを参照) と記載されている。 当該記載によれば、引用発明の固定式等速自在継手においては、ケージ40と外輪10又は内輪20との間の接触が抑制されることは理解できるものの、接触が全く起こらないとまでは解されない。 そして、引用発明において、加工精度等の条件によっては、ケージ40が外輪10又は内輪20へ接触し、摩擦が発生することは明らかであり(上記の引用文献1の段落【0018】における記載は、かかる接触及び摩擦が発生しうることを示唆しているとも解される)、ケージ40と外輪10又は内輪20との間で接触の可能性を予見し得ないとする格別の事情は認められない。 そうしてみると、引用発明において、ケージ40と外輪10又は内輪20との間で接触の可能性がある以上、それらの部品同士に摩擦抵抗を低減させる表面処理を施す動機付けは存在し、実際に表面処理を施すか否かは、効果とコストとを勘案しつつ、当業者が適宜に選択しうる事項にすぎない。 したがって、引用発明を、相違点に係る本願発明の構成のうちの「外側継手部材の球状内周面、内側継手部材の球状外周面、保持器の球状外周面および保持器の球状内周面」に「該面と接触した状態で相対移動する相手部材との摩擦抵抗を低減するための表面処理が施されている」構成とすることは、引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たといえる。 また、等速自在継手において、外輪のトラック溝とボールの表面とに、固体潤滑剤の表面処理層を設けることは、本願の出願前に周知の事項といえる(例えば、特開2009-250342号公報(平成29年3月16日付けの拒絶理由通知及び拒絶査定で引用文献2として引用された文献)の段落【0024】、【0036】、【0037】の記載や、実願昭63-135601号(実開平2-121333号)のマイクロフィルムの明細書4頁14行?6頁1行の記載等を参照)。 引用発明において、ボール30と外輪10のボール溝16とが接触していることは明らかであり、ボール30とボール溝16とに摩擦抵抗を低減させる表面処理を施す動機付けは存在するといえる。 したがって、引用発明を、相違点に係る本願発明の構成のうちの「外側継手部材のトラック溝の画成面およびボールの外表面」に「該面と接触した状態で相対移動する相手部材との摩擦抵抗を低減するための表面処理が施されている」構成とすることは、周知の事項に基づいて当業者が容易に想到し得たといえる。 以上を総合的に勘案すると、引用発明を、相違点に係る本願発明の構成とすることは、引用文献2に記載された事項及び周知の事項に基づいて当業者が容易に想到し得たといえる。 そして、本願発明の奏する作用及び効果を検討しても、引用発明及び引用文献2に記載された事項並びに周知の事項から予測できる程度のものであって格別のものではない。 よって、本願発明は、引用発明及び引用文献2に記載された事項並びに周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 6.審判請求人の主張について 審判請求人は、平成31年3月7日提出の意見書において、概略次の事項を主張している。 - 本願発明のようなトラック溝交差型等速自在継手では、その作動時に、保持器の周方向に隣り合うポケット部にボールから相反する方向の力が作用して保持器が継手中心位置で安定するため、外側継手部材の球状内周面と保持器の球状外周面との接触力、及び内側継手部材の球状外周面と保持器の球状内周面との接触力が抑制される(理論上ほぼゼロになる)。 - 他方、引用文献2に開示された等速自在継手のようなオフセット型等速自在継手では、その作動時に、ボールから保持器に対して保持器を軸方向に押圧する力が作用するため、外側継手部材の球状内周面と保持器の球状外周面の接触部、及び内側継手部材の球状外周面と保持器の球状内周面の接触部で大きな接触力(エネルギー損失)が発生する。 - 引用文献2に記載されたオフセット型等速自在継手において、その構成部材の各面に摩擦抵抗を低減させる表面処理層20を設けているのは、等速自在継手の作動時に接触力が必ず発生する対向二面の摩擦抵抗低減を狙ったものであり、基本的に接触力が発生しない対向二面の双方(外側継手部材の球状内周面と保持器の球状外周面、及び内側継手部材の球状外周面と保持器の球状内周面)に摩擦抵抗を低減するための表面処理を施すという本願発明の発想は、引用文献2には記載されていない。 - トラック溝交差型等速自在継手は、上記の接触力抑制という特徴のため、摩擦抵抗を低減するための表面処理を施さずとも高効率であり、そのため、引用文献2を見た当業者が、コストアップ要因となる表面処理を、引用文献1に記載されたトラック溝交差型等速自在継手に施すことを試みるとは考えられない。 - さらに、本願発明に係るトラック溝交差型等速自在継手では、外側継手部材のトラック溝の画成面及びボールの外表面にも敢えて表面処理を施すことにより、継手の機能性を損なうことなく、継手作動時のエネルギー損失の大半を占める外側継手部材のトラック溝とボールの接触部の摩擦抵抗(発熱)を抑制可能とし、もって大幅な高効率化を実現している。 しかしながら、審判請求人のいう「トラック溝交差型等速自在継手」を開示した引用文献1には、上記5.(2)にて説示のとおり、保持器に相当するケージ40と外輪10又は内輪20との間の接触が「抑制」される旨が記載される一方で、かかる接触が全く起こらない旨の記載も示唆もない。むしろ、「抑制」との記載は、かかる接触が発生しうることを示唆しているとも解される。そうすると、引用発明において、ケージ40と外輪10又は内輪20との間での摩擦抵抗を低減させる表面処理を施すべく、引用文献2に記載された事項を適用することに関し、動機付けは存在するというしかない。なお、審判請求人も、上記のとおり、トラック溝交差型等速自在継手について、「接触力が抑制される(理論上ほぼゼロになる)」と述べており、接触力が「ほぼ」ゼロになるのは「理論上」のことである点を認めているといえる。 また、審判請求人は、表面処理が「コストアップ要因」である点を主張するが、コストアップ要因であるからといって、それが表面処理を行うことの阻害要因になるとまではいえない。実際、引用文献2をみると、「保持器側に表面処理層を設けることにより、一つの部品である保持器に表面処理層を設けるだけで、内輪および外輪の両者に対して、摩擦抵抗の低減効果が得られる。」(段落【0011】;上記4.(2)アを参照)としつつ、「外・内輪1,2、および保持器4の全てに表面処理層20を設けても・・・良い。」(段落【0028】;上記4.(2)ウを参照)とも記載されており、このことは、たとえコストアップ要因になったとしても、表面処理層を広く設けるようにすることは、当業者が技術の具体的適用に際して適宜に選択しうる事項であることを、示唆しているというべきである。 さらに、本願発明において、外側継手部材のトラック溝の画成面及びボールの外表面にも敢えて表面処理を施したとする点についても、等速自在継手において、外輪のトラック溝とボールの表面とに表面処理層を設けることが周知の事項であったこと、及び、引用発明においてボール30とボール溝16とに摩擦抵抗を低減させる表面処理を施す動機付けが存在することは、上記5.(2)にて説示のとおりであるから、審判請求人の主張は採用することができない。 7.むすび 以上のとおり、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、引用発明及び引用文献2に記載された事項並びに周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、本願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2019-04-08 |
結審通知日 | 2019-04-09 |
審決日 | 2019-04-22 |
出願番号 | 特願2013-133809(P2013-133809) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(F16D)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 星名 真幸、塚原 一久 |
特許庁審判長 |
大町 真義 |
特許庁審判官 |
平田 信勝 内田 博之 |
発明の名称 | 固定式等速自在継手 |
代理人 | 城村 邦彦 |
代理人 | 熊野 剛 |