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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 G02C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02C
管理番号 1353661
審判番号 不服2018-3623  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-09-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-03-13 
確定日 2019-07-16 
事件の表示 特願2015-519127「装着者の利き手を考慮に入れた眼用レンズ」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 1月 3日国際公開,WO2014/001494,平成27年 7月30日国内公表,特表2015-521758〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件査定不服審判事件に係る出願(以下,「本件出願」という。)は,2013年6月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2012年6月29日欧州特許庁,2013年2月20日 欧州特許庁)を国際出願日とする外国語特許出願であって,平成26年12月3日に国際出願日における明細書,請求の範囲及び図面の中の説明文の翻訳文(特許法184条の6第2項の規定により,明細書及び請求の範囲の翻訳文が,それぞれ,願書に添付して提出した明細書及び特許請求の範囲と,国際出願日における図面(図面の中の説明文を除く。)及び図面の中の説明文の翻訳文が願書に添付して提出した図面とみなされる。)が提出され,平成29年4月11日付けで拒絶理由が通知され,同年7月18日に意見書及び手続補正書が提出されたが,同年11月7日付けで拒絶査定(以下,「原査定」という。)がなされたものである。
本件査定不服審判事件は,これを不服として,平成30年3月13日に請求されたものであって,本件の請求と同時に手続補正書が提出された。


第2 補正却下の決定
〔補正却下の決定の結論〕
平成30年3月13日提出の手続補正書による手続補正を却下する。

〔理由〕
1 平成30年3月13日提出の手続補正書による手続補正の内容
(1)補正前後の請求項1の記載
平成30年3月13日提出の手続補正書による手続補正(以下「本件補正」という。)は,平成29年7月18日提出の手続補正書による手続補正後(以下「本件補正前」という。)の特許請求の範囲について補正しようとするものであるところ,本件補正前後の請求項1の記載は次のとおりである。(下線は補正箇所を示す。)
ア 本件補正前の請求項1
「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであって,
前記眼鏡累進式眼用レンズは:
- 以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点,及び/又は
- 前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.15
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,
近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,
中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC)のうちの任意の1つ;
周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC)のうちの任意の1つ;
眼の倍率,側頭変位を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC)のうちの任意の1つ;
前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球を含む群から選択される面基準(SC)のうちの任意の1つ,及び/又は
前記基準のうちの任意の1つの最大値,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,及び,平均値から選択される点,で非対称である,眼鏡累進式眼用レンズ。」

イ 本件補正後の請求項1
「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであって,
前記眼鏡累進式眼用レンズは:
- 以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点,及び
- 前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.20
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,中心視または周辺視における発生非点収差の最大値又は屈折力勾配の最大値である,眼鏡累進式眼用レンズ。」

(2)本件補正の内容
本件補正のうち請求項1に係る補正は,本件補正前の請求項1の
「及び/又は」,
「0.15」,及び
「中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC)のうちの任意の1つ;
周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC)のうちの任意の1つ;
眼の倍率,側頭変位を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC)のうちの任意の1つ;
前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球を含む群から選択される面基準(SC)のうちの任意の1つ,及び/又は
前記基準のうちの任意の1つの最大値,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,及び,平均値から選択される点,で非対称」という記載を,それぞれ
「及び」,
「0.20」,及び
「中心視または周辺視における発生非点収差の最大値又は屈折力勾配の最大値」という記載に補正するものである。

2 補正の目的について
本件補正のうち請求項1に係る補正は,補正前の請求項1に係る発明の眼鏡累進式眼用レンズが,
「以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点」
との構成要件(以下,「第1要件」という。),及び
「前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.15
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,
近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,
中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC)のうちの任意の1つ;
周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC)のうちの任意の1つ;
眼の倍率,側頭変位を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC)のうちの任意の1つ;
前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球を含む群から選択される面基準(SC)のうちの任意の1つ,及び/又は
前記基準のうちの任意の1つの最大値,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,及び,平均値から選択される点」
との構成要件(以下,「補正前第2要件」という。)の少なくとも一方を満たすことで,非対称であるというものであったのを,第1要件及び補正前第2要件の双方を満たすものに限定し,
さらに,補正前第2要件における不等式の右辺の値を「0.15」から「0.20」に限定するとともに,補正前第2要件における「光学パラメータ(π)」の選択肢を,「近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,中心視または周辺視における発生非点収差の最大値又は屈折力勾配の最大値」のみに限定する補正である。(以下,本件補正による補正後の補正前第2要件,すなわち,「前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.20
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,中心視または周辺視における発生非点収差の最大値又は屈折力勾配の最大値である」との要件を「補正後第2要件」という。)
そして,本件補正の前後で請求項1に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であると認められるから,特許法17条の2第5項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。(なお,本件補正後の請求項1からは,本件補正前の請求項1における「(眼鏡累進式眼用レンズは)非対称である」旨の記載が削除されているが,第1要件及び補正後第2要件の双方を満たすものであれば,「(眼鏡累進式眼用レンズは)非対称である」ことは明らかであるから,当該記載の削除によって,請求項1の技術的範囲が変わることはない。)

3 独立特許要件について
前記2で述べたとおり,本件補正のうち請求項1に係る補正は,特許法17条の2第5項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であるから,本件補正後の請求項1に係る発明が,同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するのか否か(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるのか否か)について判断する。
(1)本件補正後の請求項1に係る発明
ア 本件補正後の請求項1に係る発明は,前記1(1)イに示した本件補正後の請求項1に記載された事項により特定されるもの(以下,「本件補正発明」という。)と認められる。

イ なお,本件補正発明は,「眼鏡累進式眼用レンズ」という物の発明であるところ,鼻/側頭半値幅や光学パラメータ(π)が「装着者の利き手」に応じて非対称に設定された「眼鏡累進式眼用レンズ」と,鼻/側頭半値幅や光学パラメータ(π)が「装着者の利き手」とは異なる観点で非対称に設定された「眼鏡累進式眼用レンズ」との間で形状,構造,組成等の物としての構成に違いはないから,本件補正発明の第1要件における「鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である」との発明特定事項については,「鼻/側頭半値幅は非対称である」との意味に解し,補正前第2要件及び補正後第2要件における「光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり」との発明特定事項は,「光学パラメータ(π)は非対称であり」との意味に解するのが相当である。

ウ また,第1要件の「鼻/側頭半値幅」なる文言については,当該文言が本件補正発明が属する技術分野において通常用いられる技術用語でなく,かつ,本件補正後の特許請求の範囲の記載からは,当該文言が指し示す内容を明確に特定することができないことから,本件明細書の記載を参酌すると,次の記載がある。
「【0047】
『発生非点収差のモジュールの近方視側頭半値幅』T_(A,nv)は,近方視注視方向(α_(PV),β_(PV))と,発生非点収差のモジュールAsr_(αPV,βTA,nv)がレンズの処方加入度Aの1/4の値に達する場合のレンズの側頭側の注視方向(α_(PV),β_(TA,nv))との間の一定の俯角αにおける角距離として累進レンズに対して定義される。
Asr_(αPV,βTA,nv)=A/4
【0048】
『発生非点収差のモジュールの近方視鼻側半値幅』N_(A,nv)は,近方視注視方向(α_(PV),β_(PV))と,発生非点収差のモジュールAsr_(αPV,βNA,nv)がレンズの処方加入度Aの1/4の値に達する場合のレンズの鼻側の注視方向(α_(PV),β_(NA,nv))との間の一定の俯角αにおける角距離として累進レンズに対して定義される。
Asr_(αPV,βNA,nv)=A/4」
「【0062】
『側頭半値幅』と『鼻半値幅』は,以下に列挙するパラメータなどの他の光学パラメータの類推により,及び/又は以下に列挙するような他の視領域の類推により,及び当然左眼LE用のレンズ及び/又は右眼RE用のレンズの類推により定義され得る。」
「【0065】
光学パラメータは以下のものから選択され得る:
近方視,遠方視,中間視用レンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,
- 中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率,又はこれらの変形を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC:central vision optical criteria)のうちの任意の1つ;
- 周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率,又はこれらの変形を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC:peripheral vision optical criteria)のうちの任意の1つ:
- 眼の倍率,側頭変位,又はこれらの変形を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC:global optical criteria)のうちの任意の1つ;
- 前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球,又はこれらの変形を含む群から選択される面基準(SC:surface criteria)のうちの任意の1つ,
- 上記基準のうちの任意の1つの最大値(又は,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,平均値)。」

本件明細書の前記記載を参酌しても,「鼻/側頭半値幅」の定義を明確に把握することは困難であって,第1要件を満足する眼鏡累進式眼用レンズの範囲を明確に特定することは容易でないものの,【0207】ないし【0277】に記載された「例1:装着者利き手に応じて近方視における非対称側頭/鼻半値幅(屈折力と非点収差)を有する累進レンズ設計」における「例1C:特定のレンズ設計」の記載をも参酌すると,下記[点PV,点A,点Bの定義]によって定義される点PV,点A,点Bにおける「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」及び「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」は,それぞれ「(近方視ゾーンの)鼻半値幅」及び「(近方視ゾーンの)側頭半値幅」なる概念に該当するパラメータということができ,当該「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」及び「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」が異なる眼鏡累進式眼用レンズは,少なくとも,第1要件を満足するものと解される。
[点PV,点A,点Bの定義]
眼鏡累進式眼用レンズにおいて,装着者が遠方視から近方視で見ているときの装着者の平均注視方向の軌跡を「経線」(【0032】)といい,
「鼻」側及び「側頭」側を前記「経線」に対して定義し(【0038】),
非点収差マップを,眼の回転中心Q’を中心とし,フィッティング十字Oでレンズの裏面と接する頂点球の半径を25.5mmとして,眼の回転中心Q’とフィッティング十字Oを通る基準軸に対して測定される俯角及び方位角をそれぞれα及びβとしたときに(【0015】),
屈折力が「レンズの処方遠方視平均屈折力+レンズに処方された加入度の100%」に達する「経線」上の位置を点PVとし(【0242】,【0243】,図11,【0015】,【0041】,【0042】),
前記点PVと同一の俯角αを有し,かつ,非点収差の値が,レンズに処方された加入度の1/4となる「側頭」側の位置を点Aとし(【0244】,【0251】,図12,【0047】),
前記点PVと同一の俯角αを有し,かつ,非点収差の値が,レンズに処方された加入度の1/4となる「鼻」側の位置を点Bとする(【0245】,【0251】,図12,【0048】)。

エ さらに,補正後第2要件の「屈折力勾配」については,その文言からは,注目位置における屈折力と,当該注目位置から微小距離だけ離れた位置における屈折力とについて,前記微小距離を極限までゼロに近づけたときの両屈折率の差を意味していると解するのが,技術的に自然である。
また,本件明細書に,当該「屈折力勾配」なる文言の定義はなされておらず,かつ,それを示唆する記載もない。
したがって,補正後第2要件の「屈折力勾配」については,文言どおり,注目位置における屈折力と,当該注目位置から微小距離だけ離れた位置における屈折力とについて,前記微小距離を極限までゼロに近づけたときの両屈折率の差を意味すると解するのが相当である。

(2)引用例
ア 特開2012-22288号公報の記載
原査定の拒絶の理由において「引用文献1」として引用された特開2012-22288号公報(以下,原査定と同様に「引用文献1」という。)は,本件出願の最先の優先権主張の日(以下,「本件優先日」という。)より前に頒布された刊行物であるところ,当該引用文献1には次の記載がある。(下線は,後述する引用発明1の認定に特に関係する箇所を示す。)
(ア) 「【技術分野】
【0001】
本発明は,特定作業時に使用される累進屈折力レンズの設計方法,累進屈折力レンズ設計システム,および累進屈折力レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
通常,累進屈折力レンズは,近方視に対応する近用領域と,この近用領域の上に遠方視に対応する遠用領域と,この遠用領域と近用領域との間の中間位置に屈折力が連続的に変化する累進領域と,この累進領域の両側に設けられた中間側方領域とを備えている。
【0003】
近用領域,遠用領域及び累進領域とは,対象物を明視するための明視領域であって,累進領域の両側に位置する中間側方領域は対象物を明視するために利用されない領域である。そのため,中間側方領域に眼鏡装用者が視線を移すと,非点収差や度数誤差の影響によりボケを感じることになる。・・・(中略)・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の累進屈折力レンズでは,対象物を明視するために遠用領域と近用領域とが利用されるので,これらの領域から左右に外れた中間側方領域に眼鏡装用者の視線が向けられると,眼鏡装用者は,非点収差や度数誤差の影響によりボケて見える。例えば,自動車を運転している眼鏡装用者は,その視線を前方の自動車や信号等に向ける場合には遠方領域が利用され,手元の車載メーターに向ける場合には近方領域が利用されるが,車側部に設けられたサイドミラーに視線を移動させると,この視線が中間側方領域を通過するため,ボケて見えることになる。このボケをなくすには,サイドミラーに向けて頭を左又は右に振らなければならない。
そこで,累進屈折力レンズには,近用領域や遠用領域の広さや,非球面係数を調整した自動車用のものがあるが,このレンズにおいても,明視域を拡大するには限界があり,中間側方領域に視線を移動させた場合では,ボケが生じることになり,明視することが困難である。
・・・(中略)・・・
【0008】
本発明の目的は,特定の作業環境に最適な累進屈折力レンズの設計方法,累進屈折力レンズ設計システム,および累進屈折力レンズを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の累進屈折力レンズの設計方法は,二点の明視ポイントと少なくとも一つの準明視ポイントとを有する累進屈折力レンズを設計する累進屈折力レンズの設計方法であって,前記累進屈折力レンズを通して見る少なくとも三つ以上の対象物の優先順位を設定し,前記優先順位が三位以下の対象物を見るときの前記累進屈折力レンズ上のポイントを前記準明視ポイントとし,この準明視ポイントと前記対象物との距離およびこの距離の変動の大きさに基づいて前記対象物に対する最適化係数を設定し,前記準明視ポイントに必要な度数を所定の方法により設定し,前記最適化係数および前記度数に基づいて,前記準明視ポイントにおける収差および度数誤差を最適化することを特徴とする。
【0010】
この発明における累進屈折力レンズは,眼鏡装用者が,二点の明視ポイントを通じて二点の対象物を明視するほか,特定作業のために準明視ポイントを通じて準明視ポイントの対象物を明視するものである。
この発明では,特定の作業環境において眼鏡装用者が注視する少なくとも三つ以上の対象物に対して優先順位を設定し,優先順位が三位以下の対象物を見るときの視線が累進屈折力レンズを通る位置を準明視ポイントとする。そして,各準明視ポイントに対する最適化係数を設定するとともに,各準明視ポイントを通して対象物を見るために必要な度数を所定の方法により設定し,最適化係数および設定された度数に基づいて各準明視ポイントを最適化する。ここで,度数を設定する所定の方法とは,例えば,眼鏡装用者の遠用処方度数,および準明視ポイントと対象物との距離に基づいて計算してもよいし,準明視ポイントの度数として予め設定された度数を用いてもよい。
【0011】
通常の累進屈折力レンズでは,遠用領域と近方領域の二つの明視ポイントにおいて,必要な度数が得られるように設計することが可能である。しかし,任意の三つ以上のポイントで必要な度数を得ることは,困難である。したがって,まず優先順位が二位以上の対象物を見るための明視ポイントの設計では必要な度数が得られるようにする。次に,準明視ポイントの設計を行う場合,必要な度数に対する収差と度数誤差とを調整することが行われる。準明視ポイントでは,対象物との距離およびこの距離の変動の大きさに基づいて最適化係数を設定している。例えば,対象物との距離が遠い場合は度数を重視する必要がある。また,対象物との距離の変動が大きい場合というのは対象物が移動している状態であり,この変動が大きい場合は,距離に応じた度数が定まらないため,度数を重視しなくてもよいということになる。このような場合は収差を重視して設計する。
以上のように,従来の累進屈折力レンズでは明視することができなかった非明視域に準明視ポイントを設定し,この準明視ポイントを通してみる対象物の特性に応じてレンズ設計を行っている。したがって,特定作業専用の準明視ポイントが明視ポイント以外であって従来の非明視域に設けられることで,当該特定作業時におけるボケが少なくなり快適に見ることができる。
また,最適化係数という指標を用いて設計を行うので,容易にレンズ設計を行うことができる。
なお,この発明では,優先順位一位および二位の対象物は,累進屈折力レンズの二つの明視ポイントを通して見るため,従来と同様の方法で設計されるものである。
・・・(中略)・・・
【0026】
前記二点の明視ポイントの一点は車窓から外を明視するための明視ポイントであり,もう一点は車載メーターを明視するための明視ポイントであり,前記準明視ポイントは車側部に設けられた左右のサイドミラーを明視するためのミラー専用ポイントである構成が好ましい。例えば,車載メーターを明視するための明視ポイントは眼鏡装用者の眼球中心から車載メーターまでの距離と方向,正面から右に約18度,距離約60cmの位置である。
この構成の本発明では,二点の明視ポイントの一点によって前方を走行する自動車や信号等を見ることができ,もう一点によって手前にある車載メーターを見ることができ,準明視ポイントによって,左右のサイドミラーを見ることができる。
そのため,本発明では,自動車運転に適した累進屈折力レンズを提供することができる。」

(イ) 「【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる累進屈折力レンズが利用される例の概略図である。
【図2】第1実施形態にかかる累進屈折力レンズの概略平面図であり,(A)は左眼用,(B)は右眼用を示す。
・・・(中略)・・・
【図10】実施例1の非点収差図であり,(A)は左眼用,(B)は右眼用を示す。
・・・(中略)・・・
【図12】実施例1の平均度数分布図であり,(A)は左眼用,(B)は右眼用を示す。」

(ウ) 「【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。ここで,各実施形態において,同一構成要素は同一符号を付して説明を省略する。
〔第1実施形態〕
第1実施形態では,図1に示される通り,累進屈折力レンズ10L,10Rは自動車運転専用のレンズである。この累進屈折力レンズ10L,10Rは,主に,車窓VWから外,例えば,前方を走行する車両OVを明視し,車内の運転席前方に設けられた車載メーターVMを明視し,車側部に設けられたサイドミラーML,MRを明視するためのレンズである。
【0030】
[1.累進屈折力レンズ]
図2は,第1実施形態で使用される累進屈折力レンズ10L,10Rの概略平面図であり,(A)は左眼用の累進屈折力レンズ10Lを示し,(B)は右眼用の累進屈折力レンズ10Rを示す。なお,図中,符号Fはフレームを示す。
図2(A)において,左眼用の累進屈折力レンズ10Lは,遠方視に用いられ上部に設けられる遠用領域2と,近用視に用いられ下部に設けられる近用領域3と,遠用領域2から近用領域3にかけて屈折力が連続的に変化し中間位置に設けられる累進領域4と,累進領域4の両側にそれぞれ設けられる中間側方領域5と,これらの中間側方領域5の端部にそれぞれ設けられたミラー専用領域6L,6Rとを備えている。
図2(B)において,右眼用の累進屈折力レンズ10Rは,左眼用の累進屈折力レンズ10Lとほぼ同様に,遠用領域2と,近用領域3と,累進領域4と,中間側方領域5と,ミラー専用領域6L,6Rとを備えた構成であるが,左眼用の累進屈折力レンズ10Lとは,各領域の広さや位置が相違している。
これらの遠用領域2,近用領域3,累進領域4,ミラー専用領域6L,6Rはレンズの内面(眼球側)あるいは外面(反眼球側)に形成されている。
【0031】
主子午線7は,明視ポイントDPを通過する遠用線部7Aと,累進領域4を通過する累進線部7Bと,明視ポイントNPを通過する近用線部7Cとからなる。
遠用線部7Aは,明視ポイントDPを通り眼鏡装用時における鉛直方向に沿って形成されている。この明視ポイントDPは,遠用領域2において屈折力が加えられる遠用測定領域にある。
近用線部7Cは明視ポイントNPを通過するとともに眼鏡装用時における鉛直方向に沿って形成されている。明視ポイントNPは,近用領域3において屈折力が加えられる近用測定領域にある。
累進線部7Bは遠用線部7Aの下端と近用線部7Cの上端とを接続するもので,これらの線分に対して斜めに形成されている。なお,符号7Dで示される線分は従来例における主子午線である。
【0032】
[2.累進屈折力レンズ設計システムの構成]
次に,使用者の自動車運転に最適な上述の累進屈折力レンズ10L,10Rを設計し,設計されたレンズを発注するシステムについて説明する。
累進屈折力レンズ設計システム1は,図3に示すように,レンズメーカーに設置されたメーカー側端末100と,眼鏡店等に設置され,メーカー側端末100にインターネット300を介して接続された複数の店側端末200と,を備えている。・・・(中略)・・・
【0034】
[2-1.メーカー側端末の構成]
メーカー側端末100は,図4に示すように,各種データが記憶される記憶部110,演算処理部120,送受信部130,各種画面を出力させるディスプレイ等の出力部140,およびキーボードなどの入力部150を備えた端末装置であり,店側端末200にネットワーク接続されている。・・・(中略)・・・
【0037】
・・・(中略)・・・演算処理部120としては,図4に示すように,店側端末200から受信した各種データを処理するデータ処理部121と,特定作業における各対象物の最適化係数をそれぞれ設定する最適化係数設定部122と,各対象物を見るのに必要な度数(以降,狙い度数と表記することもある。)を演算する度数演算部123と,レンズ設計を行うレンズ設計部124と,店側端末200から発注を受けると受注処理を行う受注処理部125と,を備えている。
・・・(中略)・・・
【0044】
度数演算部123は,特定作業環境における明視ポイントおよび準明視ポイントの位置を設定し,準明視ポイントにおける狙い度数を演算する。
明視ポイントの位置を設定するには,まず,遠方視に合わせた明視ポイントDPの位置と,車載メーターVMの距離と方向に合わせた明視ポイントNPの位置を設定する。そして,明視ポイントDPと明視ポイントNPとを結ぶ主子午線7を設定する。さらに,明視ポイントの位置に合わせることで,遠用領域2と近用領域3を設定する。
・・・(中略)・・・
【0048】
次に,狙い度数について説明する。狙い度数とは,累進屈折力レンズの明視ポイントおよび準明視ポイントにおいて必要とされる調節力であり,例えば,顧客の処方データに基づいて以下の式(1)により算出する。
狙い度数=Df+k/L …(1)
ここで,Dfは顧客の遠用処方度数(D:ディオプター),Lはレンズと対象物との距離(m)である。乱視処方の場合,各主経線毎に式(1)を適用する。kは,累進屈折力レンズを装着して対象物を見る場合に累進屈折力レンズで負担する調節力の割合を示す。kの値は,通常の累進レンズの処方加入度ADDに基づいて決定し,以下の式(2)により算出する。
k=ADD*Ln …(2)
ここで,Lnは処方加入度に対する近用作業距離である。前者の方法では,累進屈折力レンズの処方加入度ADDがあれば簡単に中間距離を見るための最適な度数を算出することができる。
【0049】
レンズ設計部124は,店側端末200から受信した各種情報,最適化係数,明視ポイントおよび準明視ポイントの位置,および狙い度数に基づいて,累進屈折力レンズの設計を行う。
遠用領域2及び近用領域3に対して,度数演算部123において設定された明視ポイントDPと明視ポイントNPに対象物の距離を明視できる屈折力を付与する。その後,度数演算部123で位置が決定された準明視ポイント6LP,6RPに基づいて,中間側方領域5の端部にある方向の非球面(回転対称非球面の非球面係数)を変更することで,準明視ポイント6LP,6RPでの最適な平均度数(屈折力)を付与する。また,非点収差の最適化を図ってミラー専用領域6L,6Rを設定する。」

(エ) 「【0072】
[4.実施例]
次に,第1実施形態の累進屈折力レンズ10L,10Rの具体的な実施例1について図10から図13に基づいて説明する。
実施例1において,眼鏡装用者の頭部正面と車載メーターVMとの距離を60cmとし,眼鏡装用者の頭部正面と右側のサイドミラーMRとの距離を80cmとし,眼鏡装用者の頭部正面と左側のサイドミラーMLとの距離を140cmとした。そして,前述の条件に従って,累進屈折力レンズ10L,10Rの実施例1を設計した。
図10は実施例1の非点収差図であり,図11はミラー専用の準明視ポイントのない従来例の非点収差図である。
【0073】
左眼用に関して,図10(A)と図11(A)との非点収差図同士を対比すると,実施例1と従来例とは,明視ポイントDPでは非点収差の相違があまり見受けられないが,実施例1の明視ポイントNPの位置が従来例の明視ポイントNP´よりも左に2.5mmずれたNPにすることで,メーター方向の視線が近用領域3の中心を通るためメーター方向を明視できる。実施例1では,非点収差が0.5D以内を,許容値とする。
また,実施例1のミラー専用の準明視ポイント6LP,6RPと従来例のミラー専用の準明視ポイント6LP,6RPに対応するポイント6Lo,6Roとの非点収差において大きな相違がある。つまり,実施例1では,ミラー専用の準明視ポイント6LP,6RPは非点収差が少なく,眼鏡装用者にボケを感じさせないのに対して,従来例では,ポイント6Lo,6Roは非点収差が大きく,眼鏡装用者にボケを感じさせることになる。
【0074】
右眼用に関して,図10(B)と図11(B)との非点収差図同士を対比すると,左眼用と同様に,実施例1と従来例とは,明視ポイントDPでは非点収差の相違があまり見受けられないが,実施例1のミラー専用の準明視ポイント6LP.6RPと従来例のポイント6Lo,6Roとの非点収差において大きな相違がある。
実施例1のミラー専用の準明視ポイント6LPと,従来例のポイント6Loでの非点収差を対比すると,実施例1では0.3Dであるのに対して,従来例では,1.8Dであり,実施例1が目標値の0Dに近い。つまり,実施例1は従来例に比べて約8割の非点収差を低減することができた。
【0075】
図12は実施例1の平均度数分布図であり,図13は従来例の平均度数分布図である。これらの図において,(A)は左眼用を示し,(B)は右眼用を示す。左眼用に関して,図12(A)と図13(A)との平均度数分布図同士を対比すると,実施例1と従来例とは,明視ポイントDPでは平均度数の相違があまり見受けられないが,実施例1の明視ポイントNPの位置は従来例の明視ポイントNP´よりもメーター方向の視線位置に合わせて左に2.5mmずれたNPにすることで,近用領域3の中心を通してメーターを明視できるようになった。右眼用に関して,図12(B)と図13(B)との平均度数分布図同士を対比すると,左眼用と同様な結果が得られた。」

(オ) 「【符号の説明】
【0101】
・・・(中略)・・・FP…フィッティングポイント。
【図1】

【図2】

・・・(中略)・・・
【図10】

・・・(中略)・・・
【図12】



イ 引用文献1に記載された発明
前記ア(ア)ないし(オ)で摘記した引用文献1の記載からは,第1実施形態の具体例である実施例1の右眼用の累進屈折力レンズ10Rについての発明を把握することができるところ,当該発明の構成は,次のとおりである。

「累進屈折力レンズを通して見る少なくとも三つ以上の対象物の優先順位を設定し,前記優先順位が二位以上の対象物を見るときの前記累進屈折力レンズ上のポイントを明視ポイントとし,前記優先順位が三位以下の対象物を見るときの前記累進屈折力レンズ上のポイントを準明視ポイントとし,まず,前記明視ポイントで必要な度数が得られるように設計し,次に,前記準明視ポイントと前記対象物との距離およびこの距離の変動の大きさに基づいて前記対象物に対する最適化係数を設定し,前記準明視ポイントに必要な度数を所定の方法により設定し,前記最適化係数および前記度数に基づいて,前記準明視ポイントにおける収差および度数誤差を最適化するという設計方法において,前記明視ポイントの一方を,車窓VWから前方を走行する車両OVや信号等を明視するための明視ポイントDPとし,前記明視ポイントの他方を,車内の運転席前方に設けられた車載メーターVMを明視するための明視ポイントNPとし,前記準明視ポイントを,車側部に設けられた左右のサイドミラーML,MRを明視するための準明視ポイント6LP,6RPとし,眼鏡装用者の頭部正面と車載メーターVMとの距離を60cmとし,眼鏡装用者の頭部正面と右側のサイドミラーMRとの距離を80cmとし,眼鏡装用者の頭部正面と左側のサイドミラーMLとの距離を140cmとして設計された,自動車運転専用の右眼用の累進屈折力レンズ10Rであって,
遠方視に用いられ上部に設けられた遠用領域2と,近用視に用いられ下部に設けられた近用領域3と,前記遠用領域2から前記近用領域3にかけて屈折力が連続的に変化し中間位置に設けられた累進領域4と,前記累進領域4の両側にそれぞれ設けられた中間側方領域5と,前記中間側方領域5の端部にそれぞれ設けられたミラー専用領域6L,6Rとを備え,
前記明視ポイントDPを通過する遠用線部7Aと,前記累進領域4を通過する累進線部7Bと,前記明視ポイントNPを通過する近用線部7Cとからなる主子午線7が設定され,
下記[非点収差図]に示される非点収差の分布を有し,
下記[平均度数分布図]に示される平均度数の分布を有する,
右眼用の累進屈折力レンズ10R。

[非点収差図]

[平均度数分布図]

」(以下,「引用発明1」という。)

(3)対比・判断
本件補正発明と引用発明1とを対比する。
ア 引用発明1の「眼鏡装用者」及び「右眼用の累進屈折力レンズ10R」は,技術的にみて,本件補正発明の「装着者」及び「眼鏡累進式眼用レンズ」にそれぞれ対応する。
また,本件出願の図面の図6や引用文献1の図2等を参酌すると,引用発明1における「遠用領域2」と,「ミラー専用領域6L,6R」のうち「遠用領域2」の側方に位置する部分とからなる領域が,本件補正発明の「遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン」に相当し,引用発明1における「累進領域4」と,「ミラー専用領域6L,6R」のうち「累進領域4」の側方に位置する部分とからなる領域と,「中間側方領域5」のうち「累進領域4」の側方に位置する部分とからなる領域とが,本件補正発明の「中間視ゾーン」に相当し,引用発明1における「近用領域3」と,「中間側方領域5」のうち「近用領域3」の側方に位置する部分とからなる領域が,本件補正発明の「近方視注視方向に対する近方視ゾーン」に相当する。

イ 引用発明1の「右眼用の累進屈折力レンズ10R」(本件補正発明の「眼鏡累進式眼用レンズ」に対応する。以下,「(3)対比・判断」欄において,「」で囲まれた引用発明1の構成に付した()中の文言は,当該引用発明1の構成に対応する本件補正発明の発明特定事項を表す。)は,「眼鏡装用者」が装着する眼鏡の右眼用レンズとして用いられるよう意図されたものであるから,引用発明1は,本件補正発明と,「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであ」る点で一致する。

ウ 引用発明1の「主子午線7」が,車窓VWから前方を走行する車両OVや信号等を見る位置(明視ポイントDP)から,車内の運転席前方に設けられた車載メーターVMを見る位置(明視ポイントNP)へ,視線を移動させる際に,当該視線が通過する位置を示すことは,当業者に自明である。そして,本件明細書の【0032】の「レンズの経線は,装着者が遠方視から近方視で見ているとき装着者の平均注視方向の軌跡を表す。」との記載によれば,引用発明1の「主子午線7」は,本件補正発明の「経線」に相当する。
しかるに,引用発明1では,「累進領域4」を「主子午線7」が通過しており,当該「累進領域4」は,遠用領域2と近用領域3の中間に位置し,「主子午線7」上で遠用領域2と近用領域3の中間の屈折力を提供しているのであるから,当該「累進領域4」と,「ミラー専用領域6L,6R」のうち「累進領域4」の側方に位置する部分とからなる領域と,「中間側方領域5」のうち「累進領域4」の側方に位置する部分とからなる「領域」(中間視ゾーン)を「主子午線7」(経線)に関するゾーンということができる。
したがって,引用発明1の「累進領域4と,ミラー専用領域6L,6Rのうち累進領域4の側方に位置する部分とからなる領域と,中間側方領域5のうち累進領域4の側方に位置する部分とからなる領域」は,本件補正発明の「中間視ゾーン」と,「経線に関する」ゾーンである点で一致する。

エ 引用発明1が,第1要件を満足するのかについて,以下に判断する。
(ア) 引用発明1の「明視ポイントNP」は,自動車運転専用の右眼用の累進屈折力レンズ10Rにおける「車内の運転席前方に設けられた車載メーターVMを明視」するための近用領域3中の明視ポイントであるから,当該「明視ポイントNP」における屈折力(度数平均)が,「レンズの処方遠方視平均屈折力+レンズに処方された加入度の100%」に設定されていることは,技術的にみて自明である。
また,当該「明視ポイントNP」は,「主子午線7」(経線)上に位置している。
したがって,引用発明1の「明視ポイントNP」は,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「点PV」に該当する。

(イ) 引用発明1の「明視ポイントNP」における平均度数(屈折力)は,[平均度数分布図]からみて,1.8D程度と認められるから,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「レンズの処方遠方視平均屈折力+レンズに処方された加入度の100%」の値は1.8D程度である。
一方,[平均度数分布図]から,引用発明1の「遠用領域2」において,「0.00」の等高線(平均度数が0.00Dとなる位置を示している。)で囲まれた領域が,「明視ポイントDP」を含み広範囲に渡っていることが看取されるから,引用発明1の「遠用領域2」に処方された平均度数は0.00Dと認められる。したがって,引用発明1において,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「レンズの処方遠方視平均屈折力」は,0.00Dである。
そうすると,引用発明1において,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「レンズに処方された加入度の100%」は1.8D程度であり,「レンズ処方された加入度の1/4」は0.45D程度と算出される。

(ウ) 引用文献1に明記はないものの,技術常識からみて,引用発明1の[非点収差図]及び[平均度数分布図]の横方向の位置及び縦方向の位置が,それぞれ,累進屈折力レンズ10Rの光軸に直交する平面における水平方向の位置及び上下方向の位置を表していることは明らかである。
そこで,引用発明1の[非点収差図]の「明視ポイントNP」付近を拡大し,レンズの直径を120マスに区切るグリッド線を付すと,次のとおりとなる。

前記(イ)で述べたとおり,「レンズ処方された加入度の1/4」は0.45D程度であるから,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「点A」及び「点B」は,概ね次の図に示す位置にある。

したがって,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「フィッティング十字O」に相当する「フィッティングポイントFP」を原点としたときに,引用発明1の「点PV」,「点A」及び「点B」の水平方向の座標(単位:mm,右方向が正)は,累進屈折力レンズ10Rの直径(「r」mmとする。)を用いて,それぞれ,約「-3.7×r/120」,約「-0.3×r/120」及び約「-7.9×r/120」と表すことができる。
一方,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]における「方位角β」は,水平方向の座標「x」を用いて,
β≒tan^(-1)(x/25.5)
と近似することができるから,引用発明1の「点PV」,「点A」及び「点B」の方位角βは,累進屈折力レンズ10Lの直径「r」を用いて,それぞれ,約「tan^(-1)(-3.7×r/120/25.5)」,約「tan^(-1)(-0.3×r/120/25.5)」及び約「tan^(-1)(-7.9×r/120/25.5)」と表される。
したがって,引用発明1において,前記(1)ウで述べた[点PV,点A,点Bの定義]によって定義される「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」(側頭半値幅)及び「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」(鼻半値幅)は,累進屈折力レンズ10Rの直径「r」を用いて,それぞれ,約「|tan^(-1)(-3.7×r/120/25.5)-tan^(-1)(-0.3×r/120/25.5)|」及び約「|tan^(-1)(-3.7×r/120/25.5)-tan^(-1)(-7.9×r/120/25.5)|」と表される。

(エ) ここで,累進屈折力レンズの直径が,通常,60mmないし85mm程度の範囲にあることは,当業者における技術常識である(例えば,特開2008-209431号公報の【0009】,特開2010-42485号公報の【0041】等を参照。)。
そして,引用文献1の記載からは,引用発明1の累進屈折力レンズ10Rが,通常とは異なる直径を有する累進屈折力レンズであるような事情は見当たらないから,引用発明1の累進屈折力レンズ10Rの直径「r」は,60mmないし85mm程度の範囲にあると認められる。
しかるに,「r」が60mmないし85mm程度の範囲の値である場合に,「|tan^(-1)(-3.7×r/120/25.5)-tan^(-1)(-0.3×r/120/25.5)|」と,「|tan^(-1)(-3.7×r/120/25.5)-tan^(-1)(-7.9×r/120/25.5)|」とが,同じ値となることはない(鼻半値幅が,概ね,側頭半値幅の1.2倍程度になる。)。

(オ) 以上によれば,引用発明1において,「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」と「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」は異なる値であると強く推認される。
したがって,前記(1)イ及びウで述べた解釈を踏まえると,引用発明1は,本件補正発明の
「以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である」
なる第1要件を満足している。

オ 引用発明1が,補正後第2要件を満足するのかについて,以下に判断する。
(ア) 補正後第2要件の「有効ゾーン」に関して,本件明細書の【0063】には,
「『レンズの有効ゾーン』は,ある状況下の装着者により使用されるように意図されたレンズの領域を示す。有効ゾーンは,近方視,遠方視,中間視用レンズの部分内に,中心視,周辺視,及び上記の組み合わせ(例えば,中央近方視,周辺中間視など)用の領域などの有効領域を含む。有効ゾーンは装着者間で変わり得る。さらに,一人の装着者に関し,有効ゾーンはまた,レンズが装着される一般情勢を考慮する際に変化し得,したがって活動依存である(スポーツを行う,メークアップする,髭を剃る,読書する,電子タブレット又はスマートフォンを使用する,机で書き物をする,料理するためのレンズと眼鏡)。有効ゾーンはまたレンズの全体を指し得る。有効ゾーンは視標追跡により例えば視線追跡眼鏡により判断され得る。」と説明されている。
しかるに,引用発明1において,眼鏡装用者により使用されることが意図された領域は,「遠用領域2」と「累進領域4」と「近用領域3」と「ミラー専用領域6L,6R」であることは,各領域の作用,機能からみて自明であるから,引用発明1の「遠用領域2」と「累進領域4」と「近用領域3」と「ミラー専用領域6L,6R」とからなる領域が,本件補正発明の「有効ゾーン」に相当する。
ここで,引用発明1の[非点収差図]及び[平均度数分布図]には,「遠用領域2」,「累進領域4」,「近用領域3」及び「ミラー専用領域6L,6R」からなる領域と,「中間側方領域5」との境界線は明示されていないが,一般に,物体をぼけを感じることなく視覚できるのは,非点収差が0.5D以下の領域であり,当該領域を「明視域」ということが当業者における技術常識であること(例えば,特開平8-114775号公報の【0011】,特開2010-145637号公報の【0007】,特開2011-203705号公報の【0030】等を参照。),また,第1実施形態を示す図であって実施例1を示す図ではないものの引用文献1の図2に示された前記境界線が,第1実施形態の具体例である実施例1の非点収差を示す図10における0.50Dの等高線とよく一致していること等を参酌すると,引用発明1において,「遠用領域2」と「累進領域4」と「近用領域3」と「ミラー専用領域6L,6R」とからなる領域が,非点収差が0.5D以下となる領域であり,「中間側方領域5」が,非点収差が0.5Dを越える領域であることは当業者に自明である。

(イ) 前記(1)エに記載したとおり,補正後第2要件の「屈折力勾配」とは,注目位置における屈折力と,当該注目位置から微小距離だけ離れた位置における屈折力とについて,前記微小距離を極限までゼロに近づけたときの両屈折率の差を意味すると解されるところ,引用発明1においては,[平均度数分布図]における各位置の「平均度数」が,「屈折力勾配」における「注目位置における屈折力」にほかならない。
そして,各位置から移動する場合,その移動方向によって移動距離に対する「平均度数」(屈折力)の変化率が変わること,及び,「平均度数」(屈折力)が同じ位置を結ぶ等高線に沿って移動する場合には「平均度数」(屈折力)は変化せず,当該等高線に直交する方向に移動する場合に「平均度数」(屈折力)の変化率が最も大きくなることは,自然法則から明らかである。したがって,所定領域における「屈折力勾配」が最大となる位置は,当該所定領域において等高線の間隔が最も小さくなる位置であり,その最大値は,「隣接する等高線の平均度数の差/等高線の間隔」(ただし,隣接する等高線の平均度数の差を極限までゼロに近づけた場合の間隔である。)で表される。
これを引用発明1の[平均度数分布図]についてみると,当該[平均度数分布図]では等高線が0.50D単位でしか表示されていないものの,累進屈折力レンズにおける各位置での「平均度数」(屈折力)はなだらかに変化するものであるから,[平均度数分布図]に表示された等高線の間隔が最も小さくなる位置の近傍に,「屈折力勾配」が最大となる位置が存在するといえ,当該「屈折力勾配」の最大値は,「0.50D/最も小さい等高線の間隔」と近似できる。

(ウ) そこで,まず,引用発明1において,「『近用領域3』と,『中間側方領域5』のうち『近用領域3』の側方に位置する部分とからなる領域」(近方視ゾーン)における「非点収差が0.50D以下となる領域」(有効ゾーン)を把握するために,引用発明1の[平均度数分布図]に,[非点収差図]の一部(近用領域3近傍の0.50D及び1.00Dの等高線)を合成すると,次の図になる。

前記図から,「『近用領域3』と,『中間側方領域5』のうち『近用領域3』の側方に位置する部分とからなる領域」(近方視ゾーン)のうち「非点収差が0.5D以下となる領域」(有効ゾーン)において,「主子午線7より右側の領域」(側頭部分(T))と,「左側の領域」(鼻部分(N))とで,平均度数の等高線の間隔が最も小さくなるのは,概ね,次の図において点線で囲んだ位置であること,及び,「右側の領域」(側頭部分(T))における等高線の間隔の最小値に対する「左側の領域」(鼻部分(N))における等高線の間隔の最小値の比が,1:1.3程度であることを把握できる。

したがって,引用発明1において,「『近用領域3』と,『中間側方領域5』のうち『近用領域3』の側方に位置する部分とからなる領域」(近方視ゾーン)のうちの「非点収差が0.5D以下となる領域」(有効ゾーン)の「主子午線7より右側の領域」(側頭部分(T))における「屈折力勾配」の最大値と,「左側の領域」(鼻部分(N))における「屈折力勾配」の最大値の比は,1:1/1.3程度と推察される。
そうすると,引用発明において,「光学パラメータ(π)」を「近方視用のゾーンにおける,中心視または周辺視における屈折力勾配の最大値」としたときの「ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]」の値は,およそ0.26程度と算出され,「0.20」より大きいものと強く推認される。

(エ) なお,第1要件の「鼻/側頭半値幅」が,俯角α及び方位角βを座標軸として表示した非点収差マップに基づいて,求められるものであることから,補正後第2要件の「屈折力勾配」も,「注目位置における屈折力と,当該注目位置から微小距離だけ離れた位置における屈折力とについて,前記微小距離を極限までゼロに近づけたときの両屈折率の差」を意味するのではなく,「注目位置における屈折力と,当該注目位置から微小角度だけ離れた位置における屈折力とについて,前記微小角度を極限までゼロに近づけたときの両屈折率の差」を意味すると解することが不可能とまではいえないので,念のため,当該解釈を前提とした場合の,補正後第2要件の充足性についても判断しておく。

引用発明1の[平均度数分布図]から,「『近用領域3』と,『中間側方領域5』のうち『近用領域3』の側方に位置する部分とからなる領域」(近方視ゾーン)のうちの「非点収差が0.5D以下となる領域」(有効ゾーン)の「主子午線7より右側の領域」(側頭部分(T))において隣接する等高線の間隔が最小となる位置が,「フィッティングポイントFP」(フィッティング十字O)から,概ね,累進屈折力レンズ10Lの直径「r」の3/8倍程度の距離にあり,「左側の領域」(鼻部分(N))において隣接する等高線の間隔が最小となる位置が,「フィッティングポイントFP」(フィッティング十字O)から,概ね,累進屈折力レンズ10Rの直径「r」の2/8倍程度の距離にあることを看取できる。
ここで,引用発明1の[平均度数分布図]を,俯角α及び方位角βを座標軸にしたものに変換すると,[平均度数分布図]上で「フィッティングポイントFP」(フィッティング十字O)から「R」の距離にある位置は,変換後に「フィッティングポイントFP」(フィッティング十字O)から概ね「tan^(-1)(R/25.5)」の距離にある位置に移動することになる。したがって,[平均度数分布図]上で「フィッティングポイントFP」(フィッティング十字O)から「R」の距離にある位置における微小距離「d」は,変換後には概ね「d/R×tan^(-1)(R/25.5)」という大きさになる。
前記(ウ)で述べたように,引用発明の[平均度数分布図]から看取される「右側の領域」(側頭部分(T))における等高線の間隔の最小値と「左側の領域」(鼻部分(N))における等高線の間隔の最小値の比が,およそ1:1.3であるのだから,当該比は,変換後には,およそ「1/(3/8×r)×tan^(-1)(3/8×r/25.5)」:「1.3/(2/8×r)×tan^(-1)(2/8×r/25.5)」になる。したがって,「近用領域3」(近方視ゾーン)における「主子午線7」(経線)より「右側の領域」(側頭部分(T))における「屈折力勾配の最大値」(π_(T))と,「左側の領域」(鼻部分(N))における「屈折力勾配の最大値」(π_(N))の比は,およそ「(3/8×r)/tan^(-1)(3/8×r/25.5)」:「(2/8×r)/{1.3×tan^(-1)(2/8×r/25.5)}」程度と推察される。
そうすると,引用発明において,「光学パラメータ(π)」を「近方視用のゾーンにおける,中心視または周辺視における屈折力勾配の最大値」としたときの「ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]」の値は,「|[((3/8×r)/tan^(-1)(3/8×r/25.5)-(2/8×r)/{1.3×tan^(-1)(2/8×r/25.5)})]/[((3/8×r)/tan^(-1)(3/8×r/25.5)+(2/8×r)/{1.3×tan^(-1)(2/8×r/25.5)})/2]|」と表されるところ,当該値は,「r」が60mmないし85mm程度の範囲の値である場合には,およそ0.36ないし0.41程度の値になると算出され,「0.20」より大きいものと強く推認される。

(オ) 以上のとおりであるから,前記(1)イで述べた解釈を踏まえると,引用発明1は,本件補正発明の
「前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(πT-πN)/avg(πT;πN)]>0.20
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,中心視または周辺視における発生非点収差の最大値又は屈折力勾配の最大値である」
なる補正後第2要件を満足している。

カ 前記アないしオによれば,本件補正発明と引用発明1とは,
「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであって,
前記眼鏡累進式眼用レンズは:
- 以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点,及び
- 前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(πT-πN)/avg(πT;πN)]>0.20
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,中心視または周辺視における発生非点収差の最大値又は屈折力勾配の最大値である,眼鏡累進式眼用レンズ。」
である点で一致し,相違するところはない。
したがって,本件補正発明は引用発明1と同一である。

(4)独立特許要件についてのまとめ
以上のとおり,本件補正発明は,本件優先日より前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された引用発明1と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
したがって,本件補正は,同法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。


第3 本件出願の請求項1に係る発明について
1 請求項1に係る発明
(1) 本件補正は前記第2〔補正却下の決定の結論〕のとおり却下されたので,本件出願の請求項1に係る発明は,前記第2〔理由〕1(1)アに示した請求項1に記載された事項により特定されるものと認められるところ,当該請求項1の記載を再掲すると,次のとおりである。

「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであって,
前記眼鏡累進式眼用レンズは:
- 以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点,及び/又は
- 前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.15
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,
近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,
中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC)のうちの任意の1つ;
周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC)のうちの任意の1つ;
眼の倍率,側頭変位を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC)のうちの任意の1つ;
前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球を含む群から選択される面基準(SC)のうちの任意の1つ,及び/又は
前記基準のうちの任意の1つの最大値,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,及び,平均値から選択される点,で非対称である,眼鏡累進式眼用レンズ。」(以下,「本件発明」という。)

(2) なお,第1要件の「鼻/側頭半値幅」なる文言については,本件明細書に,
「【0051】
「発生非点収差のモジュールの近方視側頭半値幅」T_(A,nv)は,近方視注視方向(α_(PV,)β_(PV))と,発生非点収差のモジュールAsr_(αPV,βTA,nv)が0.25Dに達する場合のレンズの側頭側の注視方向(α_(PV,)β_(TA,nv))との間の一定の俯角αにおける角距離として近方視単焦点レンズに対して定義される。
【0052】
「発生非点収差のモジュールの近方視鼻側半値幅」N_(A,nv)は,近方視注視方向(α_(PV,)β_(PV))と,発生非点収差のモジュールAsr_(αPV,βNA,nv)が0.25Dに達する場合のレンズの鼻側の注視方向(α_(PV,)β_(NA,nv))との間の一定の俯角αにおける角距離として近方視単焦点レンズに対して定義される。」
との記載があることから,前記第2[理由]3(1)ウで述べた事項に基づいて類推すると,下記[非点収差に係る点PV,点A,点Bの定義]によって定義される点PV,点A,点Bにおける「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」及び「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」は,それぞれ「(近方視ゾーンの)鼻半値幅」及び「(近方視ゾーンの)側頭半値幅」なる概念に該当するパラメータということができ,当該「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」及び「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」が異なる眼鏡累進式眼用レンズは,少なくとも,第1要件を満足するといえるものと解される。
[非点収差に係る点PV,点A,点Bの定義]
眼鏡累進式眼用レンズにおいて,装着者が遠方視から近方視で見ているときの装着者の平均注視方向の軌跡を「経線」といい,
「鼻」側及び「側頭」側を前記「経線」に対して定義し,
非点収差マップを,眼の回転中心Q’を中心とし,フィッティング十字Oでレンズの裏面と接する頂点球の半径を25.5mmとして,眼の回転中心Q’とフィッティング十字Oを通る基準軸に対して測定される俯角及び方位角をそれぞれα及びβとしたときに,
屈折力が「レンズの処方遠方視平均屈折力+レンズに処方された加入度の100%」に達する「経線」上の位置を点PVとし,
前記点PVと同一の俯角αを有し,かつ,非点収差の値が1/4Dとなる「側頭」側の位置を点Aとし,
前記点PVと同一の俯角αを有し,かつ,非点収差の値が1/4Dとなる「鼻」側の位置を点Bとする。

2 原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は,概略,本件発明は,本件優先日より前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された実施例2に係る発明と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない,という理由を含んでいる。

3 引用例
(1)引用文献1の記載
引用文献1には,前記第2〔理由〕3(2)ア(ア)ないし(オ)で摘記した記載とともに,実施例2に関して,次の記載がある。
ア 「【0027】
前記二点の明視ポイントの一点は眼鏡装用者の前方に配置されたディスプレイを明視するための明視ポイントであり,もう一点は眼鏡装用者の手元に配置されたキーボードを明視するための明視ポイントであり,前記準明視ポイントは前記キーボードの左右隣に配置された資料を明視するための資料専用ポイントである構成が好ましい。ここで,本発明では,二点の明視ポイントの一点は眼鏡装用者の眼球中心から机上のディスプレイまでの距離,例えば,50cmを明視できるポイントであり,もう一点は眼鏡装用者の眼球中心から机上のキーボードまでの距離,例えば,30cmを明視できるポイントである。
この構成の本発明では,二点の明視ポイントの一点によって眼鏡装用者の前方に位置するディスプレイを見ることができ,もう一点によって眼鏡装用者の手元にあるキーボードを見ることができ,準明視ポイントによってキーボードの左右いずれかに配置された資料を見ることができる。
そのため,本発明では,パソコン操作に適した累進屈折力レンズを提供することができる。」

イ 「【図面の簡単な説明】
【0028】
・・・(中略)・・・
【図14】本発明の第2実施形態にかかる累進屈折力レンズが利用される例の概略図である。
【図15】第2実施形態にかかる累進屈折力レンズの概略平面図であり,(A)は左眼用,(B)は右眼用を示す。
【図16】第2実施形態において対象物の優先順位を自動的に決定する方法を示す説明図である。
【図17】実施例2の非点収差図であり,(A)は左眼用,(B)は右眼用を示す。」

ウ 「【0081】
〔第2実施形態〕
次に,本発明の第2実施形態を図14から図18に基づいて説明する。
第2実施形態では,図14に示される通り,第2実施形態の累進屈折力レンズ20L,20Rは,パソコン操作専用のレンズであり,主に,パソコンのディスプレイDSを明視し,このディスプレイDSの手前に配置されたキーボードKBを明視し,このキーボードKBの左隣に配置された書類DOCを明視するためのレンズである。
【0082】
[1.累進屈折力レンズ]
図15は,累進屈折力レンズ20L,20Rの概略平面図であり,(A)は左眼用の累進屈折力レンズ20Lを示し,(B)は右眼用の累進屈折力レンズ20Rを示す。
図15(A)において,左眼用の累進屈折力レンズ20Lは,明視ポイントDPがある遠用領域2と,明視ポイントNPがある近用領域3と,累進領域4と,中間側方領域5と,近用領域3と左側の中間側方領域5との間に設けられた資料専用の準明視ポイント8とを備えている。
図15(B)において,右眼用の累進屈折力レンズ20Rは,左眼用の累進屈折力レンズ20Lとほぼ同様に,明視ポイントDPがある遠用領域2と,明視ポイントNPがある近用領域3と,累進領域4と,中間側方領域5と,資料専用の準明視ポイント8とを備えた構成であるが,左眼用の累進屈折力レンズ20Lとは,各領域の大きさが相違する。
これらの明視ポイントDPがある遠用領域2と,明視ポイントNPがある近用領域3と,累進領域4,資料専用の準明視ポイント8はレンズの内面(眼球側)あるいは外面(反眼球側)に形成されている。
【0083】
図15では,資料専用の準明視ポイント8は明視ポイントNPの左側に隣接して設けられているが,これは,図14において,キーボードKBの左隣に配置された書類DOCを明視するためのものであり,主に,マウスを右手で操作する場合を考慮したものである。本実施形態では,マウスを左手で操作する場合を考慮し,キーボードKBの右隣に配置された書類DOCを明視する資料専用の準明視ポイントを明視ポイントNPの右側に隣接して設けるものであってもよい。
【0084】
遠用領域2及び近用領域3は従来と同様に,明視ポイントDPと明視ポイントNPとを中心に屈折力が付与される。
中間側方領域5の明視ポイントNPに近接する領域にある明視できる広さを変更することで,資料専用の準明視ポイント8での最適な平均度数(屈折力)を付与し,非点収差の最適化を図っている。」

エ 「【0092】
[4.実施例]
次に,第2実施形態の累進屈折力レンズ20L,20Rの具体的な実施例2について図17及び図18に基づいて説明する。
実施例2において,眼鏡装用者の頭部正面とディスプレイDSとの距離を50cmとし,眼鏡装用者の頭部正面とキーボードKBとの距離を40cmとし,眼鏡装用者の頭部正面と左側の書類DOCとの距離を45cmとした。そして,前述の条件に従って,累進屈折力レンズ20L,20Rの実施例2を設計した。
図17は実施例2の非点収差図であり,図18は資料専用領域のない従来例の非点収差図である。この図において,(A)は左眼用を示し,(B)は右眼用を示す。
【0093】
左眼用に関して,図17(A)と図18(A)とを対比すると,実施例2と従来例とは,明視ポイントDPと明視ポイントNPとでは非点収差の相違があまり見受けられないが,実施例2の資料専用の準明視ポイント8と従来例のポイント8oとの非点収差において大きな相違がある。
実施例2では,資料専用の準明視ポイント8は非点収差が少なく,眼鏡装用者にボケを感じさせないのに対して,従来例では,ポイント8oは非点収差が大きく,眼鏡装用者はボケを感じるために資料を明視することができない。
つまり,実施例2では,明視ポイントNPと資料専用の準明視ポイント8とが並んで配置され大きな明視領域を構成しているのに対して,従来例では,明視ポイントNPのみが明視領域であるため,この明視ポイントNPから水平方向に外れた領域は中間側方領域5となって非点収差が大きくなる。
右眼用に関して,図17(B)と図18(B)とを対比すると,左眼用と同様に,実施例2と従来例とは,明視ポイントDPと明視ポイントNPとでは非点収差の相違があまり見受けられないが,実施例2の資料専用の準明視ポイント8と従来例のポイント8oとの非点収差において大きな相違がある。」

オ 「【図14】

【図15】

・・・(中略)・・・
【図17】



(2)引用文献1に記載された実施例2に関する発明
前記第2〔理由〕3(2)ア(ア)ないし(オ)で摘記した記載をも参酌して,前記(1)アないしオで摘記した記載をみると,当該記載から,第2実施形態の具体例である実施例2の右眼用の累進屈折力レンズ20Rについての発明を把握することができるところ,当該発明の構成は,次のとおりである。

「累進屈折力レンズを通して見る少なくとも三つ以上の対象物の優先順位を設定し,前記優先順位が二位以上の対象物を見るときの前記累進屈折力レンズ上のポイントを明視ポイントとし,前記優先順位が三位以下の対象物を見るときの前記累進屈折力レンズ上のポイントを準明視ポイントとし,まず,前記明視ポイントで必要な度数が得られるように設計し,次に,前記準明視ポイントと前記対象物との距離およびこの距離の変動の大きさに基づいて前記対象物に対する最適化係数を設定し,前記準明視ポイントに必要な度数を所定の方法により設定し,前記最適化係数および前記度数に基づいて,前記準明視ポイントにおける収差および度数誤差を最適化するという設計方法において,前記明視ポイントの一方を,パソコンのディスプレイDSを明視するための明視ポイントDPとし,前記明視ポイントの他方を,前記ディスプレイDSの手前に配置されたキーボードKBを明視するための明視ポイントNPとし,前記準明視ポイントを,キーボードKBの左隣に配置された書類DOCを明視するための準明視ポイント8とし,眼鏡装用者の頭部正面とディスプレイDSとの距離を50cmとし,眼鏡装用者の頭部正面とキーボードKBとの距離を40cmとし,眼鏡装用者の頭部正面と左側の書類DOCとの距離を45cmとして設計された,パソコン操作専用の右眼用の累進屈折力レンズ20Rであって,
遠方視に用いられ上部に設けられた遠用領域2と,近用視に用いられ下部に設けられた近用領域3と,前記遠用領域2から前記近用領域3にかけて屈折力が連続的に変化し中間位置に設けられた累進領域4と,前記累進領域4の両側にそれぞれ設けられた中間側方領域5とを備え,
前記明視ポイントDPを通過する遠用線部7Aと,前記累進領域4を通過する累進線部7Bと,前記明視ポイントNPを通過する近用線部7Cとからなる主子午線7が設定され,
下記[非点収差図]に示される非点収差の分布を有する,
右眼用の累進屈折力レンズ20R。

[非点収差図]

」(以下,「引用発明2」という。)

4 対比・判断
本件発明と引用発明2とを対比する。
(1) 引用発明2の「眼鏡装用者」及び「右眼用の累進屈折力レンズ20R」は,技術的にみて,本件補正発明の「装着者」及び「眼鏡累進式眼用レンズ」にそれぞれ対応する。
また,本件出願の図面の図6や引用文献1の図15等を参酌すると,引用発明2における「遠用領域2」と,「中間側方領域5」のうち「遠用領域2」の側方に位置する部分とからなる領域が,本件補正発明の「遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン」に相当し,引用発明1における「累進領域4」と,「中間側方領域5」のうち「累進領域4」の側方に位置する部分とからなる領域とが,本件補正発明の「中間視ゾーン」に相当し,引用発明1における「近用領域3」と,「中間側方領域5」のうち「近用領域3」の側方に位置する部分とからなる領域が,本件補正発明の「近方視注視方向に対する近方視ゾーン」に相当する。

(2) 引用発明2の「右眼用の累進屈折力レンズ20R」(本件発明の「眼鏡累進式眼用レンズ」に対応する。以下,「4 対比・判断」欄において,「」で囲まれた引用発明2の構成に付した()中の文言は,当該引用発明2の構成に対応する本件発明の発明特定事項を表す。)は,「眼鏡装用者」が装着する眼鏡の右眼用レンズとして用いられるよう意図されたものであるから,引用発明2は,本件発明と,「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであ」る点で一致する。

(3) 引用発明2の「主子午線7」が,パソコンのディスプレイDSを見る位置(明視ポイントDP)から,ディスプレイDSの手前に配置されたキーボードKBを見る位置(明視ポイントNP)へ,視線を移動させる際に,当該視線が通過する位置を示すことは,当業者に自明である。そして,本件明細書の【0032】の「レンズの経線は,装着者が遠方視から近方視で見ているとき装着者の平均注視方向の軌跡を表す。」との記載によれば,引用発明2の「主子午線7」は,本件発明の「経線」に相当する。
しかるに,引用発明2では,「累進領域4」を「主子午線7」が通過しており,当該「累進領域4」は,遠用領域2と近用領域3の中間に位置し,「主子午線7」上で遠用領域2と近用領域3の中間の屈折力を提供しているのであるから,当該「累進領域4」と,「中間側方領域5」のうち「累進領域4」の側方に位置する部分とからなる「領域」(中間視ゾーン)を「主子午線7」(経線)に関するゾーンということができる。
したがって,引用発明1の「累進領域4と,ミラー専用領域6L,6Rのうち累進領域4の側方に位置する部分とからなる領域と,中間側方領域5のうち累進領域4の側方に位置する部分とからなる領域」は,本件補正発明の「中間視ゾーン」と,「経線に関する中間視ゾーン」である点で一致する。
したがって,引用発明2の「累進領域4」は,本件発明の「中間視ゾーン」と,「経線に関する」ゾーンである点で一致する。

(4) 引用発明2が,第1要件及び補正前第2要件の少なくとも一方を満足するのかについて,以下に判断する。
ア 引用発明2の「明視ポイントNP」は,パソコン操作専用の右眼用の累進屈折力レンズ20Rにおける「ディスプレイDSの手前に配置されたキーボードKBを明視」するための近用領域3中の明視ポイントであるから,当該「明視ポイントNP」における屈折力(度数平均)が,「レンズの処方遠方視平均屈折力+レンズに処方された加入度の100%」に設定されていることは,技術的にみて自明である。
また,当該「明視ポイントNP」は,「主子午線7」(経線)上に位置している。
したがって,引用発明2の「明視ポイントNP」は,前記1(2)で述べた[非点収差に係る点PV,点A,点Bの定義]における「点PV」に該当する。

イ 引用文献1に明記はないものの,技術常識からみて,引用発明2の[非点収差図]の横方向の位置及び縦方向の位置が,それぞれ,累進屈折力レンズ10Rの光軸に直交する平面における水平方向の位置及び上下方向の位置を表していることは明らかである。
そこで,引用発明2の[非点収差図]の「明視ポイントNP」付近を拡大し,レンズの直径を120マスに区切るグリッド線を付すと,次のとおりとなる。

ここで,主子午線7上の各位置における非点収差が略ゼロとなるように設計されていることは,当業者における技術常識であるから,「点PV」と同一の俯角αを有し,かつ,非点収差の値が1/4Dとなる「側頭」側及び「鼻」側の位置は,概ね次の図に示す位置にあると推察される。

したがって,前記1(2)で述べた[非点収差に係る点PV,点A,点Bの定義]における「フィッティング十字O」に相当する「フィッティングポイントFP」を原点としたときに,引用発明2の「点PV」,「点A」及び「点B」の水平方向の座標(単位:mm,右方向が正)は,累進屈折力レンズ20Rの直径(「r」mmとする。)を用いて,それぞれ,約「-2.8×r/120」,約「+1.1×r/120」及び約「-13.1×r/120」と表すことができる。
一方,前記[非点収差に係る点PV,点A,点Bの定義]における「方位角β」は,水平方向の座標「x」を用いて,
β≒tan^(-1)(x/25.5)
と近似することができるから,引用発明2の「点PV」,「点A」及び「点B」の方位角βは,累進屈折力レンズ20Rの直径「r」を用いて,それぞれ,約「tan^(-1)(-2.8×r/120/25.5)」,約「tan^(-1)(+1.1×r/120/25.5)」及び約「tan^(-1)(-13.1×r/120/25.5)」と表される。
したがって,引用発明2において,前記[非点収差に係る点PV,点A,点Bの定義]によって定義される「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」(鼻半値幅)及び「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」(側頭半値幅)は,累進屈折力レンズ20Rの直径「r」を用いて,それぞれ,約「|tan^(-1)(-2.8×r/120/25.5)-tan^(-1)(-13.1×r/120/25.5)|」及び約「|tan^(-1)(-2.8×r/120/25.5)-tan^(-1)(+1.1×r/120/25.5)|」と表される。

ウ ここで,累進屈折力レンズの直径が,通常,60mmないし85mm程度の範囲にあり,引用文献1の記載からは,引用発明2の累進屈折力レンズ20Rが,通常とは異なる直径を有する累進屈折力レンズであるような事情は見当たらないことは,引用発明1に関して前記第2[理由]3(3)エ(エ)で述べたのと同様であるから,引用発明2の累進屈折力レンズ20Rの直径「r」は,60mmないし85mm程度の範囲にあると認められる。
しかるに,「r」が60mmないし85mm程度の範囲の値である場合に,「|tan^(-1)(-2.8×r/120/25.5)-tan^(-1)(-13.1×r/120/25.5)|」と,「|tan^(-1)(-2.8×r/120/25.5)-tan^(-1)(+1.1×r/120/25.5)|」とが,同じ値となることはない(鼻半値幅が,概ね,側頭半値幅の2.5ないし2.6倍程度になる。)。

エ 以上によれば,引用発明2において,「点PVの方位角βと点Bの方位角βの差の絶対値」と「点PVの方位角βと点Aの方位角βの差の絶対値」は異なる値であると強く推認される。
したがって,前記第2[理由]3(1)イで述べた解釈,及び前記1(2)で述べた解釈を踏まえると,引用発明2は,本件発明の
「以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である」
なる第1要件を満足している。

オ よって,引用発明2は,補正前第2要件を満足するか否かにかかわらず,本件発明の
「- 以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点,及び/又は
- 前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.15
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,
近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,
中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC)のうちの任意の1つ;
周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC)のうちの任意の1つ;
眼の倍率,側頭変位を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC)のうちの任意の1つ;
前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球を含む群から選択される面基準(SC)のうちの任意の1つ,及び/又は
前記基準のうちの任意の1つの最大値,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,及び,平均値から選択される点,で非対称である」
との発明特定事項に相当する構成を具備している。

(5) 前記(1)ないし(4)によれば,本件発明と引用発明2とは,
「装着者により装着されるように意図された眼鏡累進式眼用レンズであって,
前記眼鏡累進式眼用レンズは:
- 以下:
近方視注視方向に対する近方視ゾーン,
経線に関する中間視ゾーン,
遠方視注視方向に対する遠方視ゾーン
の1つ又は複数の鼻/側頭半値幅は前記装着者の利き手に応じて非対称である点,及び/又は
- 前記眼鏡累進式眼用レンズの鼻(N)部分と側頭(T)部分との間の少なくとも1つの光学パラメータ(π)は前記装着者の利き手に応じて非対称であり,かつ,次式を満たし,
ABS[(π_(T)-π_(N))/avg(π_(T);π_(N))]>0.15
ここで,ABSは絶対値であり,avgは平均値を表す,
前記光学パラメータ(π)は,
近方視,遠方視,中間視用のゾーンを含むレンズの1つ又は複数の有効ゾーンにおける,
中心視における屈折力,中心視における非点収差,中心視における高次収差,中心視における明瞭度,中心視におけるプリズムによる光のフレ,視覚偏差,中心視における物体視野,中心視における像視野,中心視における倍率を含む群から選択される中心視光学基準(CVOC)のうちの任意の1つ;
周辺視における屈折力,周辺視における非点収差,周辺視における高次収差,瞳孔視野光線偏差,周辺視における物体視野,周辺視における像視野,周辺視におけるプリズムによる光のフレ,周辺視における倍率を含む群から選択される周辺視光学基準(PVOC)のうちの任意の1つ;
眼の倍率,側頭変位を含む群から選択されるグローバル光学基準(GOC)のうちの任意の1つ;
前又は後平均曲率,前又は後最小曲率,前又は後最大曲率,前又は後円柱軸,前又は後円柱,前又は後平均球,前又は後最大球,前又は後最小球を含む群から選択される面基準(SC)のうちの任意の1つ,及び/又は
前記基準のうちの任意の1つの最大値,最小値,山から谷値,最大勾配値,最小勾配値,最大勾配値,最小勾配値,及び,平均値から選択される点,で非対称である,眼鏡累進式眼用レンズ。」
である点で一致し,相違するところはない。
したがって,本件発明は引用発明2と同一である。


第4 むすび
前記第3のとおり,本件発明は,本件優先日より前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された引用発明2と同一であって,特許法29条1項3号に該当するから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は,特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-02-12 
結審通知日 2019-02-18 
審決日 2019-03-01 
出願番号 特願2015-519127(P2015-519127)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (G02C)
P 1 8・ 575- Z (G02C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 廣田 健介  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 河原 正
清水 康司
発明の名称 装着者の利き手を考慮に入れた眼用レンズ  
代理人 村山 靖彦  
代理人 阿部 達彦  
代理人 実広 信哉  

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