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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 H01L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 H01L
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01L
管理番号 1353874
審判番号 不服2018-3692  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-09-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-03-14 
確定日 2019-08-20 
事件の表示 特願2016- 97823「ワークピースから特に均一な厚さの多数のスライスを同時に切り出すための方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 9月29日出願公開,特開2016-174173,請求項の数(4)〕について,次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は,特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成27年4月27日(パリ条約による優先権主張2014年4月30日(以下「本願優先日」という。)。ドイツ。)に出願した特願2015- 90483号の一部を,平成28年5月16日に新たな特許出願としたものであって,その手続の経緯は,概略,以下のとおりである。
平成28年 5月17日:手続補正書
平成29年 3月14日:拒絶理由通知(起案日)
平成29年 6月20日:意見書,手続補正書
平成29年11月 7日:拒絶査定(起案日)(以下「原査定」という。)
平成30年 3月14日:手続補正書,審判請求
平成30年 4月23日:手続補正書(方式)
平成31年 1月25日:拒絶理由通知(起案日)
平成31年 4月15日:意見書,手続補正書(以下,この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。)

第2 原査定の概要
原査定の概要は次のとおりである。
1 本願請求項1,2に係る発明は,本願優先日前に頒布された以下の引用文献1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
2 本願請求項1,2に係る発明は本願優先日前に頒布された以下の引用文献1に基づいて,本願請求項3ないし7に係る発明は,本願優先日前に頒布された以下の引用文献1,2に基づいて,本願優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献等一覧
1.特開平10-175153号公報
2.特開2009-279746号公報

第3 当審拒絶理由の概要
平成31年1月25日付け拒絶理由通知(以下「当審拒絶理由」という。)の概要は次のとおりである。
1 この出願は,請求項1ないし6に係る特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
2 この出願は,請求項4ないし6に係る特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

第4 本願発明
1 本願請求項1ないし4に係る発明(以下,それぞれ「本願発明1」ないし「本願発明4」という。)は,平成31年4月15日付けの手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される発明であり,本願発明1は以下のとおりの発明である(下線部は補正箇所である。)。
「【請求項1】
ソーイングワイヤーを含みワイヤーソーによって液体切断手段の存在下で,直径を有する円筒状のワークピースから多数のスライスを同時に切り出すための方法であって,前記ソーイングワイヤーは2つの回転可能なワイヤーガイドローラ同士の間に平行方向に配置される多数のワイヤー部分から構成されるワイヤーグリッドにわたり,長手方向の張力を有する前記ワイヤー部分は,前記ワイヤーガイドローラの回転の結果,回転の第1の方向と,回転の前記第1の方向と反対である回転の第2の方向との間で連続的に交互に前記ワークピースに対して相対運動を示し,前記ワイヤーは,前記第1の方向における方向の直接的に連続する反転の各対の間の回転の間,各場合において,各場合における第1の長さだけ第1の速度で動かされ,前記第2の方向における回転の間,各場合において,各場合における第2の長さだけ第2の速度で動かされ,前記第2の長さは前記第1の長さよりも短い方法において,切断動作の開始の際,前記第1および第2の速度から形成される,2つの連続的な方向の変更の間の前記ワイヤーの第1の平均速度と,前記切断動作の終わりの際,前記第1および第2の速度から形成される,2つの連続的な方向の変更の間の前記ワイヤーの第2の平均速度とが選択され,前記第1の平均速度は前記第2の平均速度未満であり,
前記第1の平均速度は,前記第2の平均速度の10%と90%との間であり,前記第2の平均速度は6m/sと20m/sとの間であり,
前記ワークピースとの前記ワイヤーグリッドの最初の接触と,第1の切断深さまでとの間,前記ワイヤーの運動は,前記第1の平均速度で行われ,前記第1の切断深さの達成の後,前記切断動作の終了までは,前記ワイヤーの運動は,前記第2の平均速度で行われ,
前記第1の切断深さは,前記ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と2%との間である,方法。」
2 なお,本願発明2ないし4の概要は以下のとおりである。
(1)本願発明2は,本願発明1を減縮した発明である。
(2)本願発明3は本願発明1の「第1の切断深さ」を「ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と5%との間」にあるとした発明である。
(3)本願発明4は本願発明1ないし3のいずれかを減縮した発明である。

第5 引用文献,引用発明等
1 引用文献1について
(1)引用文献1の記載
拒絶査定に引用された引用文献1(特開平10-175153号公報,平成10年6月30日出願公開)には,図面とともに次の事項が記載されている(下線は当審で付した。以下,同じ。)。
「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は,ワイヤを用いて半導体材料,磁性材料,セラミック等の脆性材料よりなるワークに対し切断等の加工を施すためのワイヤソー及びワークの切断方法に関するものである。」
「【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところが,従来のワイヤソーにおいては,例えば断面円形状のワーク(即ち円柱状のワーク)をスライス状に切断加工した場合,当該加工方向に向かいワークの切断深さが深くなるに従って,ワイヤによる切れ味が鈍化し,図7に示すように,得られたウエハ20aの板厚が増加する傾向にあった。このため,板厚の均一な高品質のウエハを切断加工することが困難であった。
【0004】本発明はかかる従来の技術に存在する問題点に着目してなされたものであり,その目的とするところは,加工方向に向かい切断深さが深くなるに従って切り出されたウエハの板厚が増加する傾向を是正することができ,板厚の均一な高品質のウエハを切断加工することができるワイヤソー及びワークの切断方法を提供することにある。」
「【0011】
【発明の実施の形態】以下,本発明に従うワイヤソー及びワークの切断方法についてのいくつかの実施形態を図面を参照しつつ説明する。
【0012】(第1実施形態)図1及び図2に示すように,切断機構11は装置フレーム12上に装設されている。この切断機構11は平行に延びる加工用駆動ローラ13及び加工用被動ローラ14を備え,それらの外周には多数の環状溝13a,14aが所定ピッチで形成されている。尚,図面においては理解を容易にするために,環状溝13a,14aの数は実際よりも少なく描いてある。
【0013】1本の線材よりなるワイヤ15は前記加工用ローラ13,14の各環状溝13a,14aに連続的に巻回されている。ワイヤ走行用モータ16は装置フレーム12上に配設され,このモータ16により加工用駆動ローラ13が直接回転されるとともに,走行するワイヤ15を介して加工用被動ローラ14が回転される。そして,これらの加工用ローラ13,14の回転によって,ワイヤ15が双方向へ所定の走行速度で間欠的に往復走行される。
【0014】ワーク支持機構19は前記切断機構11の上方において,フレーム12に上下動可能に支持され,その下部には脆性材料よりなるワーク20が着脱自在にセットされる。ワーク20は例えば円柱状である。ワーク昇降用モータ21はフレーム12上に配設され,このモータ21により図示しないボールスクリュー等を介してワーク支持機構19が上下動される。従って,ワーク支持機構19及びワーク昇降用モータ21は,走行するワイヤ15に対するワーク20の供給又は送りを行うワーク供給手段又はワーク送り手段を構成する。
【0015】このワイヤソーの運転時には,ワイヤ15が切断機構11の加工用ローラ13,14間で双方向に往復走行されながら,ワーク支持機構19が切断機構11に向かって下降される。このとき,図示しないスラリ供給装置によりワイヤ15上へ遊離砥粒を含むスラリが供給されるとともに,そのワイヤ15に対しワーク20が押し付け接触される。これにより,ワイヤ15の表面に付着した遊離砥粒のラッピング作用によってワーク20がスライス加工される。
<<途中省略>>
【0018】張力付与機構28及びガイド機構29は,前記リール機構22と切断機構11との間に配設されている。そして,切断機構11の加工用ローラ13,14間に巻回されたワイヤ15の両端が,ガイド機構29の各ガイドローラ30を介して張力付与機構28に掛装されている。この状態で,張力付与機構28により,加工用ローラ13,14間のワイヤ15に所定の張力が付与されるとともに,エンコーダ31によりワイヤ15の張力が検出されるようになっている。
<<途中省略>>
【0021】また,CPU36は,ワーク20の切断加工時に,RAM38に記憶されたデータに基づき,ワーク20の切断深さD及び/又は切断長さLに応じて,両加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量を変更する。この場合,ワイヤ走行用モータ16及びリール回転用モータ25,26の回転速度を変更して,ワイヤ15の走行速度を調整し,または,各モータ16,25,26の反転切換タイミングを変更して,ワイヤ15の双方向走行における往復時間比率を調整することにより新線送り量を変更する。従って,ワイヤ走行用モータ16及びリール回転用モータ25,26は,制御装置34からの指令に基づいてワイヤ15の走行速度を調整し,または,ワイヤ15の双方向走行における往復時間比率を調整することにより,新線送り量を可変調節するワイヤ走行手段を構成する。
【0022】次に,前記のように構成されたワイヤソーの動作を説明する。このワイヤソーにおいては,ワイヤ15がリール機構22の繰出しリール23から繰り出され,切断機構11の加工用ローラ13,14間において双方向へ間欠的に往復走行された後,巻取りリール24に巻き取られる。例えば,切断加工開始時には,ワイヤ15は10m前進,9m後退というように,歩進的に前進する。従って,この切断開始時における新線送り量はワイヤ15の一往復走行について1mということになる。そして,加工用ローラ13,14間のワイヤ15上に遊離砥粒を含むスラリが供給されながら,ワーク支持機構19によりワイヤ15に対してワーク20が押し付け接触される。これにより,ワーク20が所定の厚さに切断加工される。
【0023】例えば,図4はワーク20の切断深さに応じた新線送り量の変更パターンの一例を示す。この場合の切断加工時には,RAM38に記憶されたデータに基づいて制御装置34のCPU36の制御により,図4に示すようにワーク20の切断深さに応じて加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量が変更される。このワイヤ15の新線送り量を変更する方法としては,図5に示すように,ワイヤ15の走行速度を調整する方法と,図6に示すように,ワイヤ15の双方向走行における往復時間比率を調整する方法とがあり,必要に応じて一方が選択される。
【0024】すなわち,ワイヤ15の走行速度を調整する方法(図5参照)においては,ワーク20の切断深さが深くなるに従って,ワイヤ走行用モータ16及び各リール回転用モータ25,26の回転速度が変更され,ワイヤ15の往走行時の走行速度が高められる。これにより,図5に示すように,ワイヤ15の往走行速度がF1からF2に増加され,加工用ローラ13,14間におけるワイヤ15の新線送り量が増大される。例えば,切断加工の初期には,前進10m,後退9mで新線送り量が1mであったのが,その後,切断加工がすすみ切断深さDの深い位置では,前進15m,後退9mというようにワイヤ15の後退量に対して前進量が更に多くなり,前進量と後退量との差に相当する新線送り量が次第に増大するという具合である。
<<途中省略>>
【0028】この第1実施形態によって期待できる効果を以下に列挙する。
○ 第1実施形態のワイヤソーにおいては,ワイヤ15によるワーク20の切断加工時に,ワーク20の切断深さD(及び/又は切断長さL)に応じて,加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量が変更される。従って,ワーク20の切断深さDが深くなるにつれて,切断されたウエハ20aの板厚が増加する傾向にあるのを効果的に是正することができ,ウエハ20aの板厚を均一にすることができる。
【0029】○ ワイヤ15の走行速度を調整することによって,加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量が変更されるようになっている。このため,ワーク20の切断深さDに応じてワイヤ走行用モータ16及び各リール回転用モータ25,26の回転速度を変更するのみで,ウエハ20aの板厚の増加傾向を容易に是正することができる。」
「【0031】尚,この第1実施形態を下記変更例のように変更して具体化してもよい。
<<途中省略>>
【0032】(変更例2)ワイヤ15の走行速度を調整する方法として,往走行時及び復走行時の両方ともワイヤ15の走行速度を速くさせて,結果的に新線送り量を増大させるように構成すること。例えば,切断加工の初期には前進10m,後退9mで新線送り量が1mであったのを,その後,往走行及び復走行ともに走行速度を二倍とすることで,前進20m,後退18mで新線送り量を2mとすること。」

(2)引用発明
上記(1)の記載から,引用文献1には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「ワークの切断方法であって,
切断機構11は装置フレーム12上に装設され,この切断機構11は平行に延びる加工用駆動ローラ13及び加工用被動ローラ14を備え,それらの外周には多数の環状溝13a,14aが所定ピッチで形成されていること,
1本の線材よりなるワイヤ15は加工用ローラ13,14の各環状溝13a,14aに連続的に巻回されており,ワイヤ走行用モータ16は装置フレーム12上に配設され,このモータ16により加工用駆動ローラ13が直接回転されるとともに,走行するワイヤ15を介して加工用被動ローラ14が回転され,そして,これらの加工用ローラ13,14の回転によって,ワイヤ15が双方向へ所定の走行速度で間欠的に往復走行されること,
ワーク支持機構19は前記切断機構11の上方において,フレーム12に上下動可能に支持され,その下部には脆性材料よりなるワーク20が着脱自在にセットされ,ここで,ワーク20は例えば円柱状であること,
このワイヤソーの運転時には,ワイヤ15が切断機構11の加工用ローラ13,14間で双方向に往復走行されながら,ワーク支持機構19が切断機構11に向かって下降され,このとき,スラリ供給装置によりワイヤ15上へ遊離砥粒を含むスラリが供給されるとともに,そのワイヤ15に対しワーク20が押し付け接触され,これにより,ワイヤ15の表面に付着した遊離砥粒のラッピング作用によってワーク20がスライス加工されること,
張力付与機構28により,加工用ローラ13,14間のワイヤ15に所定の張力が付与されること,
CPU36は,ワーク20の切断加工時に,RAM38に記憶されたデータに基づき,ワーク20の切断深さD及び/又は切断長さLに応じて,両加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量を変更し,この場合,ワイヤ走行用モータ16及びリール回転用モータ25,26の回転速度を変更して,ワイヤ15の走行速度を調整することにより新線送り量を変更し,従って,ワイヤ走行用モータ16及びリール回転用モータ25,26は,制御装置34からの指令に基づいてワイヤ15の走行速度を調整するワイヤ走行手段を構成すること,
ワイヤソーにおいては,ワイヤ15がリール機構22の繰出しリール23から繰り出され,切断機構11の加工用ローラ13,14間において双方向へ間欠的に往復走行された後,巻取りリール24に巻き取られること,例えば,切断加工開始時には,ワイヤ15は10m前進,9m後退というように,歩進的に前進し,従って,この切断開始時における新線送り量はワイヤ15の一往復走行について1mということになり,そして,加工用ローラ13,14間のワイヤ15上に遊離砥粒を含むスラリが供給されながら,ワーク支持機構19によりワイヤ15に対してワーク20が押し付け接触され,これにより,ワーク20が所定の厚さに切断加工されること,
切断加工時には,RAM38に記憶されたデータに基づいて制御装置34のCPU36の制御により,ワーク20の切断深さに応じて加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量が変更され,このワイヤ15の新線送り量を変更する方法としては,ワイヤ15の走行速度を調整する方法と,ワイヤ15の双方向走行における往復時間比率を調整する方法とがあり,必要に応じて一方が選択されるが,ワイヤ15の走行速度を調整する方法においては,ワーク20の切断深さが深くなるに従って,ワイヤ走行用モータ16及び各リール回転用モータ25,26の回転速度が変更され,ワイヤ15の往走行時の走行速度が高められ,これにより,ワイヤ15の往走行速度がF1からF2に増加され,加工用ローラ13,14間におけるワイヤ15の新線送り量が増大され,例えば,切断加工の初期には,前進10m,後退9mで新線送り量が1mであったのが,その後,切断加工がすすみ切断深さDの深い位置では,前進15m,後退9mというようにワイヤ15の後退量に対して前進量が更に多くなり,前進量と後退量との差に相当する新線送り量が次第に増大すること,
ここで,ワイヤ15の走行速度を調整する方法として,往走行時及び復走行時の両方ともワイヤ15の走行速度を速くさせて,結果的に新線送り量を増大させるように構成すること,例えば,切断加工の初期には前進10m,後退9mで新線送り量が1mであったのを,その後,往走行及び復走行ともに走行速度を二倍とすることで,前進20m,後退18mで新線送り量を2mとすること。」

2 引用文献2について
拒絶査定に引用された引用文献2(特開2009-279746号公報,平成21年12月3日出願公開)には,図面とともに以下の記載がある。
「【0037】
また,図5(a)に示されるようにワイヤー3の走行速度と,切削液の供給流量とは,切断工程において定常状態となる。図5(a)において,ワイヤー3の走行速度が遅くなるタイミングは,切削液の供給流量が小さくなるタイミングより早いか,または同じである。つまり,ワイヤー3の第一の速度から速度を落とすまでにブロック1が切断された深さ(切断位置)Xは,切削液の供給流量が小さくなるまでにブロック1が切断された深さ(切断位置)Yよりも浅いか,または同じとなる。第一の速度を600m/min以上1000m/min以下,第二の速度を400m/min以上600m/min未満,後半の切断時の供給流量は中心部分の切断時の供給流量の70%以上90%以下とすることで,切削性を落とさずに,またワイヤー3に負担をかけることなくブロック1をスライスすることができる。
【0038】
さらに,図5(b)に示されるようにワイヤー3の走行速度と,ブロック1のフィード速度とは,切断工程において定常状態となる。図5(b)において,ワイヤー3の走行速度が遅くなるタイミングは,ブロック1のフィード速度が遅くなるタイミングより早いまたは同じである。つまり,ワイヤー3の第一の速度から速度を落とすまでにブロック1が切断された深さ(切断位置)Xは,ブロック1のフィード速度が遅くなるまでにブロック1が切断された深さ(切断位置)Zよりも浅くするか,または同じとなる。第一の速度を600m/min以上1000m/min以下,第二の速度を400m/min以上600m/min未満,後半の切断時のフィード速度は中心部分の切断時のフィード速度の70%以上90%以下とすることで,切削性を落とさずに,またワイヤー3に負担をかけることなくブロック1をスライスすることができる。なお,図5(b)の縦軸において走行速度の値とフィード速度の値との整合性はなく,実際はフィード速度に比べて走行速度の方がはるかに大きい。」

第6 対比・判断
1 本願発明1について
(1)対比
本願発明1(上記第4の1)と,引用発明(上記第5の1(2))とを対比すると,以下のとおりとなる。
ア 引用発明の「1本の線材よりなるワイヤ15」,「スラリ」,「例えば円柱状である」「ワーク20」は,それぞれ本願発明1の「ソーイングワイヤー」,「液体切断手段」,「直径を有する円筒状のワークピース」に相当するので,引用発明の「ワークの切断方法であって,1本の線材よりなるワイヤ15は」,「それらの外周には多数の環状溝13a,14aが所定ピッチで形成されている」「加工用ローラ13,14の各環状溝13a,14aに連続的に巻回されており」,「ワーク支持機構19は前記切断機構11の上方において,フレーム12に上下動可能に支持され,その下部には脆性材料よりなるワーク20が着脱自在にセットされ,ここで,ワーク20は例えば円柱状であ」り,「このワイヤソーの運転時には,ワイヤ15が切断機構11の加工用ローラ13,14間で双方向に往復走行されながら,ワーク支持機構19が切断機構11に向かって下降され,このとき,スラリ供給装置によりワイヤ15上へ遊離砥粒を含むスラリが供給されるとともに,そのワイヤ15に対しワーク20が押し付け接触され,これにより,ワイヤ15の表面に付着した遊離砥粒のラッピング作用によってワーク20がスライス加工されること」は,本願発明1の「ソーイングワイヤーを含みワイヤーソーによって液体切断手段の存在下で,直径を有する円筒状のワークピースから多数のスライスを同時に切り出すための方法」に相当する。
イ 引用発明の「加工用ローラ13,14」は「モータ16により加工用駆動ローラ13が直接回転されるとともに,走行するワイヤ15を介して加工用被動ローラ14が回転され」るものであり,さらに,「平行に延びる加工用駆動ローラ13及び加工用被動ローラ14を備え,それらの外周には多数の環状溝13a,14aが所定ピッチで形成されていること」から,ローラ間に多数のワイヤーが平行方向に配置されていることは明らかであり,また,引用発明の「ワイヤ15」は「張力付与機構28により,加工用ローラ13,14間のワイヤ15に所定の張力が付与され」ているので,引用発明の「ワイヤ15」は,本願発明1の「前記ソーイングワイヤーは2つの回転可能なワイヤーガイドローラ同士の間に平行方向に配置される多数のワイヤー部分から構成されるワイヤーグリッドにわたり,長手方向の張力を有する前記ワイヤー部分」に相当する。
ウ 引用発明においては「加工用ローラ13,14の回転によって,ワイヤ15が双方向へ所定の走行速度で間欠的に往復走行され」,「切断加工開始時には,ワイヤ15は10m前進,9m後退というように,歩進的に前進し,従って,この切断開始時における新線送り量はワイヤ15の一往復走行について1mということにな」るように制御するので,引用発明の「ワイヤ15」の「前進」のための「回転」の方向,「後退」のための「回転」の方向,「10m前進」,「9m後退」は,それぞれ本願発明1の「回転の第1の方向」,「回転の前記第1の方向と反対である回転の第2の方向」,「第1の長さ」,「第2の長さ」に相当し,また,引用発明においては「ワイヤ15がリール機構22の繰出しリール23から繰り出され,切断機構11の加工用ローラ13,14間において双方向へ間欠的に往復走行された後,巻取りリール24に巻き取られ」ているので,ローラが回転する間にある速度が存在することは自明である。したがって,引用発明の「ワイヤ15がリール機構22の繰出しリール23から繰り出され,切断機構11の加工用ローラ13,14間において双方向へ間欠的に往復走行された後,巻取りリール24に巻き取られること,例えば,切断加工開始時には,ワイヤ15は10m前進,9m後退というように,歩進的に前進し,従って,この切断開始時における新線送り量はワイヤ15の一往復走行について1mということにな」ることは,本願発明1の「ワイヤー部分は,前記ワイヤーガイドローラの回転の結果,回転の第1の方向と,回転の前記第1の方向と反対である回転の第2の方向との間で連続的に交互に前記ワークピースに対して相対運動を示し,前記ワイヤーは,前記第1の方向における方向の直接的に連続する反転の各対の間の回転の間,各場合において,各場合における第1の長さだけ第1の速度で動かされ,前記第2の方向における回転の間,各場合において,各場合における第2の長さだけ第2の速度で動かされ,前記第2の長さは前記第1の長さよりも短い方法」に相当する。
エ 引用発明においては「ワイヤ15の走行速度を調整する方法として,往走行時及び復走行時の両方ともワイヤ15の走行速度を速くさせて,結果的に新線送り量を増大させるように構成すること,例えば,切断加工の初期には前進10m,後退9mで新線送り量が1mであったのを,その後,往走行及び復走行ともに走行速度を二倍とすることで,前進20m,後退18mで新線送り量を2mと」しているので,切断加工の初期とその後とで走行速度が二倍となっているから,「往走行及び復走行」とで形成されるローラの回転方向の変更の間のワイヤーの平均速度も当然二倍となっている。また,「CPU36は,ワーク20の切断加工時に,RAM38に記憶されたデータに基づき,ワーク20の切断深さD」「に応じて,両加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量を変更」するものであるので,切断動作の終わりの際には,少なくとも走行速度が遅くなることもない。したがって,本願発明1の「切断動作の開始の際,前記第1および第2の速度から形成される,2つの連続的な方向の変更の間の前記ワイヤーの第1の平均速度と,前記切断動作の終わりの際,前記第1および第2の速度から形成される,2つの連続的な方向の変更の間の前記ワイヤーの第2の平均速度とが選択され,前記第1の平均速度は前記第2の平均速度未満であ」ることを充たす。
オ したがって,本願発明1と,引用発明とは,下記カの点で一致し,下記キの点で相違する。
カ 一致点
「ソーイングワイヤーを含みワイヤーソーによって液体切断手段の存在下で,直径を有する円筒状のワークピースから多数のスライスを同時に切り出すための方法であって,前記ソーイングワイヤーは2つの回転可能なワイヤーガイドローラ同士の間に平行方向に配置される多数のワイヤー部分から構成されるワイヤーグリッドにわたり,長手方向の張力を有する前記ワイヤー部分は,前記ワイヤーガイドローラの回転の結果,回転の第1の方向と,回転の前記第1の方向と反対である回転の第2の方向との間で連続的に交互に前記ワークピースに対して相対運動を示し,前記ワイヤーは,前記第1の方向における方向の直接的に連続する反転の各対の間の回転の間,各場合において,各場合における第1の長さだけ第1の速度で動かされ,前記第2の方向における回転の間,各場合において,各場合における第2の長さだけ第2の速度で動かされ,前記第2の長さは前記第1の長さよりも短い方法において,切断動作の開始の際,前記第1および第2の速度から形成される,2つの連続的な方向の変更の間の前記ワイヤーの第1の平均速度と,前記切断動作の終わりの際,前記第1および第2の速度から形成される,2つの連続的な方向の変更の間の前記ワイヤーの第2の平均速度とが選択され,前記第1の平均速度は前記第2の平均速度未満である,方法。」
キ 相違点
(ア)相違点1
本願発明1においては,「第1の平均速度は,前記第2の平均速度の10%と90%との間であり,第2の平均速度は6m/sと20m/sとの間であ」るのに対して,引用発明においては,切断動作の終わりの際の「往走行及び復走行」とで構成される平均速度が不明である点。
(イ)相違点2
本願発明1においては,「前記ワークピースとの前記ワイヤーグリッドの最初の接触と,第1の切断深さまでとの間,前記ワイヤーの運動は,前記第1の平均速度で行われ,前記第1の切断深さの達成の後,前記切断動作の終了までは,前記ワイヤーの運動は,前記第2の平均速度で行われ,前記第1の切断深さは,前記ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と2%との間である」のに対して,引用発明においてはそのような制御がなされてはいない点。

(2)相違点についての判断
上記相違点について,判断する。
ア 相違点2について
事案に鑑み,上記相違点2について,まず検討をする。
(ア)引用文献1においては,「ワイヤ走行用モータ16及びリール回転用モータ25,26は,制御装置34からの指令に基づいてワイヤ15の走行速度を調整」することで「ワーク20の切断加工時に,RAM38に記憶されたデータに基づき,ワーク20の切断深さD及び/又は切断長さLに応じて,両加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量を変更」(段落【0021】)している。
(イ)この走行速度の調整は「ワーク20の切断深さが深くなるに従って,ワイヤ走行用モータ16及び各リール回転用モータ25,26の回転速度が変更され,ワイヤ15の往走行時の走行速度が高められる」ものであり「例えば,切断加工の初期には,前進10m,後退9mで新線送り量が1mであったのが,その後,切断加工がすすみ切断深さDの深い位置では,前進15m,後退9mというようにワイヤ15の後退量に対して前進量が更に多くなり,前進量と後退量との差に相当する新線送り量が次第に増大するという」(段落【0022】)ものである。
(ウ)そして,上記(イ)の走行速度の調整により,引用文献1の発明の目的である「加工方向に向かい切断深さが深くなるに従って切り出されたウエハの板厚が増加する傾向を是正することができ,板厚の均一な高品質のウエハを切断加工すること」(段落【0004】)を実現し,「第1実施形態のワイヤソーにおいては,ワイヤ15によるワーク20の切断加工時に,ワーク20の切断深さD(及び/又は切断長さL)に応じて,加工用ローラ13,14間へのワイヤ15の新線送り量が変更される。従って,ワーク20の切断深さDが深くなるにつれて,切断されたウエハ20aの板厚が増加する傾向にあるのを効果的に是正することができ,ウエハ20aの板厚を均一にすることができる」(段落【0028】)という効果を奏するものである。
(エ)ところで,ここで本願発明1のように「前記ワークピースとの前記ワイヤーグリッドの最初の接触と,第1の切断深さまでとの間,前記ワイヤーの運動は,前記第1の平均速度で行われ,前記第1の切断深さの達成の後,前記切断動作の終了までは,前記ワイヤーの運動は,前記第2の平均速度で行われ,前記第1の切断深さは,前記ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と2%との間である」ように引用発明の走行速度の調整を設計変更してしまったならば,引用発明の「ワーク20の切断深さDが深くなるにつれて,切断されたウエハ20aの板厚が増加する傾向にあるのを効果的に是正することができ,ウエハ20aの板厚を均一にすることができる」という効果を奏しなくなることは明らかである。すると,これは引用文献1の発明の目的に反するものとなり,引用発明において上記設計変更をすることに阻害要因が存在するといえる。
(オ)また,引用文献2の記載を検討しても,上記技術的事項が周知な設計変更とも認められない。
(カ)してみれば,引用発明において,本願発明1のように「前記ワークピースとの前記ワイヤーグリッドの最初の接触と,第1の切断深さまでとの間,前記ワイヤーの運動は,前記第1の平均速度で行われ,前記第1の切断深さの達成の後,前記切断動作の終了までは,前記ワイヤーの運動は,前記第2の平均速度で行われ,前記第1の切断深さは,前記ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と2%との間である」ことは,当業者が容易になし得たこととはいえない。
イ したがって,本願発明1は,相違点1についての判断をするまでもなく,引用発明,引用文献2に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

2 本願発明2ないし4について
本願の請求項2は請求項1を引用するものであり,また,本願の請求項3は本願発明1の「第1の切断深さ」を「ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と5%との間」にあるとした発明であり,また,本願の請求項4は直接又は間接に請求項1または請求項3を引用するものであるので,実質的に本願発明1の発明特定事項を全て含むから,本願発明2ないし4もまた,本願発明1と同じ理由により,引用発明,引用文献2に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

第7 当審拒絶理由について
1 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
当審では,当審拒絶理由において特許請求の範囲の請求項1ないし6の記載が,明細書のサポート要件に適合しない旨の拒絶の理由を通知しているが,本件補正により,請求項1には「前記ワークピースとの前記ワイヤーグリッドの最初の接触と,第1の切断深さまでとの間,前記ワイヤーの運動は,前記第1の平均速度で行われ,前記第1の切断深さの達成の後,前記切断動作の終了までは,前記ワイヤーの運動は,前記第2の平均速度で行われ,前記第1の切断深さは,前記ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と2%との間である」という構成が,請求項3には「前記ワークピースとの前記ワイヤーグリッドの最初の接触と,第1の切断深さまでとの間,前記ワイヤーの運動は,前記第1の平均速度で行われ,前記第1の切断深さの達成の後,前記切断動作の終了までは,前記ワイヤーの運動は,前記第2の平均速度で行われ,前記第1の切断深さは,前記ワークピースにおけるワイヤー部分の最も大きな係合長さの0%と5%との間である」という構成が追加される補正がされた結果,課題解決手段が反映され,この拒絶の理由は解消した。
2 特許法第36条第6項第2号(明確性要件)について
当審では,当審拒絶理由において特許請求の範囲の請求項4ないし6の記載において,構成要件の対応関係が明確でない旨の拒絶の理由を通知しているが,本件補正により,請求項1,3の記載が補正された結果,この拒絶の理由は解消した。

第8 原査定についての判断
原査定は,請求項1,2に係る発明について,引用文献1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができず,また,請求項1,2に係る発明について引用文献1に基づいて,請求項3ないし7に係る発明について引用文献1,2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。
しかしながら,本件補正後の請求項1ないし4はそれぞれ,上記第6の1(1),(2)にて検討したように,引用文献1に記載された発明との間に相違点が存在し,しかも,引用文献1に記載された発明および,引用文献2に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるとはいえないものであるので,本願発明1ないし4は,引用文献1に記載された発明ではなく,また,引用文献1,2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
したがって,原査定を維持することはできない。

第9 むすび
以上のとおり,原査定の理由によっては,本願を拒絶することはできない。
また,他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-08-05 
出願番号 特願2016-97823(P2016-97823)
審決分類 P 1 8・ 113- WY (H01L)
P 1 8・ 121- WY (H01L)
P 1 8・ 537- WY (H01L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 山口 大志梶尾 誠哉石丸 昌平  
特許庁審判長 恩田 春香
特許庁審判官 加藤 浩一
鈴木 和樹
発明の名称 ワークピースから特に均一な厚さの多数のスライスを同時に切り出すための方法  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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