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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
管理番号 1354103
異議申立番号 異議2019-700034  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-09-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-01-18 
確定日 2019-07-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第6367426号発明「溶射用スラリー及び溶射皮膜の形成方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6367426号の請求項1?12に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6367426号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?12に係る特許についての出願は、2014年(平成26年)3月7日(優先権主張 平成25年3月13日)を国際出願日とする特願2015-505436号の一部を平成29年5月22日に新たな特許出願(特願2017-100681号)としたものであって、平成30年7月13日に特許権の設定登録がされ、同年8月1日に特許掲載公報が発行され、その後、平成31年1月18日付けで請求項1?12(全請求項)に係る本件特許に対し、特許異議申立人である大島裕子(以下、「申立人」という。)によって特許異議の申立てがされ、同年4月23日付けで当審から取消理由が通知され、令和1年6月28日付けで特許権者から意見書が提出されたものである。

第2 当審の判断

1 本件発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?12に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明12」という。)は、特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
スラリーを溶射して溶射皮膜を形成するための溶射用スラリーであり、
10質量%以上85質量%以下の量でセラミック粒子と、アニオン性高分子凝集剤及びカチオン性分散剤から選ばれる少なくとも一種を含有し、
前記セラミック粒子は、酸化イットリウム、酸化アルミニウム、酸化シリコン、酸化チタン、酸化ジルコニウム、イットリア安定化酸化ジルコニウム、酸化クロム、酸化亜鉛、ムライト、イットリウムアルミニウムガーネット、コージェライト、ジルコン、炭化ホウ素、スピネルセラミックス、希土類元素を含んだ酸化物セラミックス、及び、アルミニウム、シリコン、マンガン、亜鉛、カルシウム、ナトリウム、リン、フッ素、又はホウ素を含んだ複酸化物セラミックスから選ばれる少なくとも一種を含む粒子であり、前記セラミック粒子の比表面積から算出される平均粒子径が200nm以上5μm以下であり、
1mPa・s以上且つ3000mPa・s以下の粘度を有する溶射用スラリーであって、
1Lの容積を有する高さ16.5cmの容器内に前記溶射用スラリーを700mL入れて室温下で一週間静置したときに沈殿を生じることを特徴とする溶射用スラリー。
【請求項2】
前記アニオン性高分子凝集剤は、イソブチレン-マレイン酸共重合体、及びカルボキシビニルポリマーから選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の溶射用スラリー。
【請求項3】
前記カチオン性分散剤は、ポリアルキレンポリアミン系分散剤、及びイミダゾリン系分散剤から選ばれる少なくとも一種である請求項1又は2に記載の溶射用スラリー。
【請求項4】
粘度調整剤をさらに含有する請求項1?3のいずれか一項に記載の溶射用スラリー。
【請求項5】
前記粘度調整剤は、ポリエーテルである請求項4に記載の溶射用スラリー。
【請求項6】
前記溶射用スラリーのpHは、6?11である請求項1?5のいずれか一項に記載の溶射用スラリー。
【請求項7】
分散媒として水を含んだ請求項1?6のいずれか一項に記載の溶射用スラリーを高速フレーム溶射して溶射皮膜を形成する溶射皮膜の形成方法。
【請求項8】
分散媒として有機溶剤を含んだ請求項1?6のいずれか一項に記載の溶射用スラリーをプラズマ溶射して溶射皮膜を形成する溶射皮膜の形成方法。
【請求項9】
前記溶射用スラリーをアクシャルフィード方式で溶射装置に供給することを含む請求項7又は8に記載の溶射皮膜の形成方法。
【請求項10】
前記溶射用スラリーを、2つのフィーダーを用いて、両フィーダーからの溶射用スラリーの供給量の変動周期が互いに逆位相となるようにして溶射装置に供給することを含む請求項7又は8に記載の溶射皮膜の形成方法。
【請求項11】
前記溶射用スラリーをフィーダーから送り出して溶射装置の直前でタンクにいったん貯留し、自然落下を利用してそのタンク内の溶射用スラリーを溶射装置に供給することを含む請求項7又は8に記載の溶射皮膜の形成方法。
【請求項12】
導電性チューブを介して溶射装置へ溶射用スラリーを供給することを含む請求項7又は8に記載の溶射皮膜の形成方法。」

2 取消理由通知に記載した取消理由について

(1)取消理由の内容

平成31年4月23日付けで当審から特許権者に通知した取消理由の内容は以下のとおりである。

・取消理由(明確性要件違反・実施可能要件違反)

請求項1には、「セラミック粒子は」「1Lの容積を有する高さ16.5cmの容器内に前記溶射用スラリーを700mL入れて室温下で一週間静置したときに沈殿を生じる」という記載がある。
しかし、上記記載に関し、発明の詳細な説明の記載(【0012】【0015】、【0036】、【0047】、【0048】?【0050】(表1?3)、【0056】)を参酌しても、「沈殿が生じたか否かの客観的な基準」は明らかにならない。
したがって、本件発明1、及び、引用により本件発明1の特定事項を全て備える本件発明2?12は明確であるとはいえず、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?12を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということもできない。
よって、本件特許の請求項1?12に係る特許は、特許法第36条第6項第2号及び同条第4項第1項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)意見書を踏まえた当審の判断

ア 前記(1)の取消理由に対し、特許権者は、令和1年6月28日付け意見書において、「実施例10」と「比較例1」の溶射スラリーの沈降性を評価した乙第1号証の実験成績証明書を添付した上で、「乙第1号証に示されるように、実施例10の溶射用スラリーは沈殿が生じていることが目視にて明確に確認することができる。つまり、溶液の上部に透明部分が生じており、スラリーが沈殿していることをはっきりと確認することができる。一方、比較例1は、溶液の上部に透明部分がなく、沈殿が生じていないことは明白である。」(第3頁第3?7行。下線は特許権者による。)と主張している。

イ 前記アの主張どおり、乙第1号証の図1、2によれば、目視によって、溶液の上部に透明部分が生じ、沈殿部分との境界を明確に確認することができるか否かによって、沈殿が生じたか否かを判断することができるものと認められ、この評価基準は、客観的であって、本件特許の出願時の技術常識に基づいても妥当なものであると認められる。

ウ したがって、特許権者による前記アの主張により、前記(1)の取消理由は、いずれも解消した。

3 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

(1)取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由の概要

申立人が主張した異議申立理由のうち、取消理由通知で採用しなかったものの概要は以下のとおりである。

ア 申立理由1(サポート要件違反)

請求項1には、「溶射用スラリー」が含有する「セラミック粒子」の材料について、「酸化イットリウム、酸化アルミニウム、酸化シリコン、酸化チタン、酸化ジルコニウム、イットリア安定化酸化ジルコニウム、酸化クロム、酸化亜鉛、ムライト、イットリウムアルミニウムガーネット、コージェライト、ジルコン、炭化ホウ素、スピネルセラミックス、希土類元素を含んだ酸化物セラミックス、及び、アルミニウム、シリコン、マンガン、亜鉛、カルシウム、ナトリウム、リン、フッ素、又はホウ素を含んだ複酸化物セラミックスから選ばれる少なくとも一種を含む」と記載されている。
しかし、発明の詳細な説明の実施例においては、セラミック粒子として、実施例で、Al_(2)O_(3)、Y_(2)O_(3)、YSZの3種、参考例まで含めても、さらに(La-Yb-Al-Si-Zn)O、(La-Al-Si-Ca-Na-P-F-B)Oの2種、合計で5種の材料からなるものが記載されているのみである。
そして、含有されるセラミック粒子の材料が異なれば、溶射用スラリーにおける分散安定性、沈降性、流動性等が異なることは明らかであり、請求項1に記載されたどのセラミック粒子材料を含有する溶射用スラリーであっても、実施例・参考例に記載された上記5種のセラミック粒子と同等の効果を奏するとはいえないから、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。
同様の理由によって、引用によって本件発明1の特定事項を全て備える本件発明2?12についても、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。

イ 申立理由2(実施可能要件違反)

申立理由1のとおり、本件発明1?12は発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?12を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(2)当審の判断

ア 申立理由1(サポート要件違反)について

(ア)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

(イ)そこで、本件発明1について検討すると、本件特許の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)には以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表し、下線は当審が付した(以下同様)。
「【0003】
セラミック溶射皮膜は、セラミック粒子を含んだスラリーを溶射して形成することが可能である・・・。しかしながら、スラリーの溶射は、粉末の溶射に比べて溶射効率が低いという問題がある。スラリー溶射の溶射効率を向上させるためには、スラリー中に含まれるセラミック粒子の量を増やすことが有効である。しかしながらこの場合、スラリーの流動性が低下し、その結果、溶射皮膜の形成が困難になることがある。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明の目的は、セラミック溶射皮膜を良好に形成することの可能な溶射用スラリーを提供することにある。また、本発明の別の目的は、その溶射用スラリーを用いて形成される溶射皮膜の形成方法を提供することにある。」
「【0016】
溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量・・・は、10質量%以上であることが好ましく・・・この場合、溶射用スラリーから単位時間あたりに製造される溶射皮膜の厚さ、すなわち溶射効率を向上させることが容易となる。
【0017】
溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量はまた、85質量%以下であることが好ましく・・・この場合、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性を有する溶射用スラリー、すなわち溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリーを得ることが容易となる。」
「【0022】
溶射用スラリーの粘度は3000mPa・s以下であることが好ましく・・・粘度が低くなるにつれて、溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリーを得ることが容易となる。」
「【0038】
・・・
(作用)
以上説明した第1及び第2実施形態の溶射用スラリーは、セラミック粒子の含有量が85質量%以下であって粘度が3000mPa・s以下であるために、溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量が比較的高い場合でも、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性を有しうる。すなわち、溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有しうる。しかも、セラミック粒子の含有量が10質量%以上であることにより、溶射用スラリーは所要の溶射効率を確保することができる。
【0039】
(効果)
したがって、第1及び第2実施形態によれば、セラミック溶射皮膜を良好に形成することの可能な溶射用スラリーが提供される。」
「【0047】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
セラミック粒子を分散媒と混合し、必要に応じて分散剤、粘度調整剤又は凝集剤をさらに混合することにより、実施例5,10?14,24,25,28?32、参考例1?4,6?9,15?23,26,27,33?42及び比較例1?3の溶射用スラリーを調製した。各溶射用スラリーの詳細を表1?3に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
【表3】

【0051】
表1?3中の“セラミック粒子の種類”欄には、各溶射用スラリーで使用したセラミック粒子の種類を示す。同欄中、“Al_(2)O_(3)”は酸化アルミニウムを表し、“Y_(2)O_(3)”は酸化イットリウムを表し、“YSZ”はイットリア安定化酸化ジルコニウムを表す。“(La-Yb-Al-Si-Zn)O”はランタン、イッテルビウム、アルミニウム、シリコン及び亜鉛を含んだ複酸化物セラミックスを表す。“(La-Al-Si-Ca-Na-P-F-B)O”は、ランタン、アルミニウム、シリコン、カルシウム、ナトリウム、リン、フッ素及びホウ素を含んだ複酸化物セラミックスを表す。
【0052】
表1?3中の“セラミック粒子の平均粒子径”欄には、各溶射用スラリーで使用したセラミック粒子の平均粒子径を示す。平均粒子径は、マイクロメリティックス社製の比表面積測定装置“Flow SorbII 2300”を用いて測定されるセラミック粒子の比表面積から算出した。
【0053】
表1?3中の“セラミック粒子の含有量”欄には、各溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量を示す。
表1?3中の“分散剤”欄には、各溶射用スラリーで使用した分散剤の種類を示す。同欄中のハイフン(-)は、分散剤を使用していないことを表す。分散剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の分散剤の含有量が2質量%になる量で使用した。
【0054】
表1?3中の“粘度調整剤”欄には、各溶射用スラリーで使用した粘度調整剤の種類を示す。同欄中の“PEG”はポリエチレングリコールを表し、ハイフン(-)は粘度調整剤を使用していないことを表す。粘度調整剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の粘度調整剤の含有量が2質量%になる量で使用した。
【0055】
表1?3中の“凝集剤”欄には、各溶射用スラリーで使用した凝集剤の種類を示す。同欄中のハイフン(-)は、凝集剤を使用していないことを表す。凝集剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の凝集剤の含有量が2質量%になる量で使用した。
【0056】
表1?3中の“粘度”欄には、リオン株式会社製のビスコテスターVT-03Fを用いて各溶射用スラリーの粘度を室温で測定した結果を示す。
表1?3中の“沈降性”欄には、1Lの容積を有する高さ16.5cmの容器内に各溶射用スラリーを700mL入れて室温下で一週間静置したときに沈殿が生じたか否かを評価した結果を示す。同欄中の“沈降せず”は沈殿が生じなかったことを表し、“沈降”は沈殿が生じたことを表す。
【0057】
表1?3中の“成膜性その1”欄には、表4に記載の条件で各溶射用スラリーを大気圧プラズマ溶射したときに溶射皮膜を得ることができたか否かを評価した結果を示す。同欄中の“○(良好)”は、1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが0.5μm以上であったことを表し、“×(不良)”はそれが0.5μm未満であったかあるいは溶射用スラリーの供給ができなかったことを表し、“-”は未試験を表す。なお、1パスとは、溶射装置(溶射ガン)が、溶射装置又は溶射対象(基材)の運行方向に沿って行う1回の溶射操作のことをいう。
【0058】
表1?3中の“成膜性その2”欄には、表5に記載の条件で各溶射用スラリーをHVOF溶射したときに溶射皮膜を得ることができたか否かを評価した結果を示す。同欄中の“○(良好)”は、1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが2μm以上であったことを表し、“×(不良)”はそれが2μm未満であったかあるいは溶射用スラリーの供給ができなかったことを表す。
【0059】
【表4】

【0060】
【表5】

表1?3に示すように、各実施例の溶射用スラリーの場合、成膜性の評価がいずれも良好であった。また、表1?3中には示していないが、各実施例の溶射用スラリーから得られた溶射皮膜はいずれも、気孔率が10%以下と高い緻密度であった。」

(ウ)前記(イ)の記載によれば、発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されているものと認められる。

a 従来、セラミック粒子を含んだスラリーを溶射してセラミック溶射皮膜を形成することは可能であったものの、スラリーの溶射には、粉末の溶射に比べて溶射効率(溶射用スラリーから単位時間あたりに製造される溶射皮膜の厚さ)(【0016】)が低いという問題があった(【0003】)。
また、スラリー溶射の溶射効率を向上させるためにスラリー中に含まれるセラミック粒子の量を増やすと、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性を有する溶射用スラリー、すなわち溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリー(【0017】)を得ることができず、その結果、溶射被膜の形成が困難になるという問題があった(【0003】)。

b 請求項1に係る発明は、前記aの事情に鑑みてなされたもので、セラミック溶射皮膜を良好に形成することの可能な溶射用スラリーを提供することを、発明が解決しようとする課題(以下、「本件課題」という。)とする(【0005】)。
ここで、上記「セラミック溶射皮膜を良好に形成することの可能な溶射用スラリー」とは、前記aに照らせば、「溶射効率(溶射用スラリーから単位時間あたりに製造される溶射皮膜の厚さ)が高く、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性、すなわち溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリー」を意味する。

c そして、本件課題は、溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量を10質量%以上として、溶射効率を向上させるとともに(【0016】【0038】)、セラミック粒子の含有量を85質量%以下にした上で溶射用スラリーの粘度を3000mPa・s以下として、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性を確保すること(【0017】【0022】【0038】)によって解決される(【0039】)。
以上のことを、溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量が10質量%以上85質量%以下の範囲にあり、溶射用スラリーの粘度が3000mPa・s以下の範囲にある「参考例1?9、15?23、26、27、33?42」及び「実施例10?14、24、25、28?32」について確認すると(表1?3(【0048】?【0050】))、溶射用スラリー中のセラミック粒子の含有量は、10質量%(参考例26、27、33、34)?70質量%(実施例11?14)の範囲になっており、溶射用スラリーの粘度は、1mPa・s(参考例26、27、実施例29、30、参考例33、34、39?42)?2830mPa・s(参考例4)となっており、いずれも「成膜性その2」(【0058】)の結果が「○(良好)」(1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが2μm以上)となっており、さらに「成膜性その1」(【0057】)を評価したものについては、その結果が「○(良好)」(1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが0.5μm以上)となっている。

(エ)以上によれば、本件課題の解決手段である「10質量%以上85質量%以下の量でセラミック粒子」「を含有し、」「1mPa・s以上且つ3000mPa・s以下の粘度を有する溶射用スラリー」であることが特定されている本件発明1は、当業者が課題を解決できると認識し得る範囲のものであるといえるから、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

(オ)同様の理由により、引用により本件発明1の特定事項を全て備える本件発明2?12についても、発明の詳細な説明に記載されたものである。

(カ)申立人は、含有されるセラミック粒子の材料が異なれば、溶射用スラリーにおける分散安定性、沈降性、流動性等が異なることは明らかであり、請求項1に記載されたどのセラミック粒子材料を含有する溶射用スラリーであっても、実施例・参考例に記載された上記5種のセラミック粒子と同等の効果を奏するとはいえないから、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないと主張する。
しかし、前記(エ)のとおり、本件課題は、溶射用スラリーが「10質量%以上85質量%以下の量でセラミック粒子」「を含有し、」「1mPa・s以上且つ3000mPa・s以下の粘度を有する」ものであることを特定すれば解決されるものであり、本件課題が解決されるか否かは、溶射用スラリーに含有されるセラミック粒子の材質には依らないものといえる。
したがって、請求項1に記載されたどのセラミック粒子材料を含有する溶射用スラリーであっても、セラミック粒子の含有量及び粘度を,それぞれ「10質量%以上85質量%以下」及び「1mPa・s以上且つ3000mPa・s以下」の範囲に調製すれば本件課題を解決できることは、発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば理解できることである。
よって、申立人の上記主張を採用することはできない。

(キ)よって、申立理由1には理由がない。

イ 申立理由2(実施可能要件違反)について

(ア)発明の詳細な説明には、
「セラミック粒子を分散媒と混合し、必要に応じて分散剤、粘度調整剤又は凝集剤をさらに混合することにより、実施例5,10?14,24,25,28?32、参考例1?4,6?9,15?23,26,27,33?42及び比較例1?3の溶射用スラリーを調製した。各溶射用スラリーの詳細を表1?3に示す。」(【0047】)、
「平均粒子径は、マイクロメリティックス社製の比表面積測定装置“Flow SorbII 2300”を用いて測定されるセラミック粒子の比表面積から算出した。」(【0052】)
と記載されている。
したがって、当業者であれば、上記記載に基づいて、「酸化イットリウム、酸化アルミニウム、酸化シリコン、酸化チタン、酸化ジルコニウム、イットリア安定化酸化ジルコニウム、酸化クロム、酸化亜鉛、ムライト、イットリウムアルミニウムガーネット、コージェライト、ジルコン、炭化ホウ素、スピネルセラミックス、希土類元素を含んだ酸化物セラミックス、及び、アルミニウム、シリコン、マンガン、亜鉛、カルシウム、ナトリウム、リン、フッ素、又はホウ素を含んだ複酸化物セラミックスから選ばれる少なくとも一種を含む」「セラミック粒子」について、「比表面積から算出される平均粒子径が200nm以上5μm以下」のものを、溶射用スラリーに対し「10質量%以上85質量%以下の量」計量し、「アニオン性高分子凝集剤及びカチオン性分散剤から選ばれる少なくとも一種」とともに、分散媒と混合して溶射用スラリーを調製することは実施可能である。

(イ)その上で、発明の詳細な説明には、「リオン株式会社製のビスコテスターVT-03Fを用いて各溶射用スラリーの粘度を室温で測定した」(【0056】)と記載されているから、当業者であれば、前記(ア)の溶射用スラリーを調製する際に、溶射用スラリーの粘度を室温で測定し、その値が「1mPa・s以上且つ3000mPa・s以下」となるように、「セラミック粒子」や「アニオン性高分子凝集剤及びカチオン性分散剤から選ばれる少なくとも一種」等の配合量を適宜決定し、「1Lの容積を有する高さ16.5cmの容器内に前記溶射用スラリーを700mL入れて室温下で一週間静置したときに沈殿を生じること」を確認することも実施可能である。

(ウ)したがって、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されており、同様の理由により、引用により本件発明1の特定事項を全て備える本件発明2?12を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている。

(エ)よって、申立理由2には理由がない。

第3 むすび

以上のとおり、請求項1?12に係る本件特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に請求項1?12に係る本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-07-17 
出願番号 特願2017-100681(P2017-100681)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C23C)
P 1 651・ 536- Y (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 萩原 周治  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 粟野 正明
長谷山 健
登録日 2018-07-13 
登録番号 特許第6367426号(P6367426)
権利者 株式会社フジミインコーポレーテッド
発明の名称 溶射用スラリー及び溶射皮膜の形成方法  
代理人 恩田 誠  
代理人 恩田 博宣  

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