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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M
管理番号 1354393
審判番号 不服2018-822  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-10-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-01-22 
確定日 2019-08-15 
事件の表示 特願2016-510394「電解液及び電気化学デバイス」拒絶査定不服審判事件〔平成27年10月 1日国際公開、WO2015/147005〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)3月24日(優先権主張 2014年(平成26年)3月27日)を国際出願日とする出願であって、出願後の手続の経緯は以下のとおりである。

平成29年 6月27日(発送日) 拒絶理由通知
(起案日:平成29年 6月19日)
同年 8月28日(受付日) 意見書及び手続補正書の提出
同年11月 7日(発送日) 拒絶査定
(起案日:平成29年10月30日)
平成30年 1月22日(受付日) 審判請求書の提出
平成31年 2月 5日(発送日) 拒絶理由通知(当審)
(起案日:平成31年 1月31日)
同年 4月 8日(受付日) 意見書の提出

第2 本願発明について
本願の請求項1ないし6に係る発明は、平成29年8月28日(受付日)に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は以下のとおりのものであると認められる。

「【請求項1】
フッ素含有率が33?70質量%であるフッ素化鎖状カーボネートを含む溶媒、ホウ素酸塩、及び、電解質塩(ただし、前記ホウ素酸塩を除く。)を含み、
フッ素化鎖状カーボネートは、一般式(B):
Rf^(1)OCOORf^(2) (B)
(式中、Rf^(1)及びRf^(2)は、同じか又は異なり、フッ素原子を有していてもよく、エーテル結合を有していてもよい炭素数1?11のアルキル基である。ただし、Rf^(1)及びRf^(2)の少なくとも一方はエーテル結合を有していてもよい炭素数1?11の含フッ素アルキル基である。)で示される含フッ素カーボネートであり、
溶媒に対し、フッ素化鎖状カーボネートが5?85体積%であり、
ホウ素酸塩は、リチウムビス(オキサラト)ボレート及びリチウムジフルオロオキサラトボレートからなる群より選択される少なくとも1種であり、
電解液に対し、ホウ素酸塩が0.001?4.0質量%であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用電解液。」

第3 当審の拒絶理由について
当審から、平成31年2月5日(発送日)(起案日:平成31年1月31日)に通知した拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)の概要は次のとおりであり、以下の「第4」で、その妥当性について当審の判断を示す。

(理由)本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載の技術手段に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:国際公開第2013/157503号
引用文献2:特開2007-165125号公報

第4 当審の判断
1.引用文献1の記載事項
以下に、引用文献1の記載事項を記す。
なお、「・・・」は記載の省略を示し、下線は当審で付記した。
(1ア)「[0011]本発明は、耐酸化性及び高温での保存特性に優れた二次電池等が得られる電解液、それを用いたリチウムイオン二次電池等の電気化学デバイス、及び、それを用いたモジュールを提供することを目的とする。」
(1イ)「[0013]すなわち、本発明は、溶媒、及び、電解質塩を含有する電解液であって・・・上記電解質塩は、LiPF_(6) 、LiBF_(4) 、LiSO_(3)CF_(3) 、LiN(SO_(2)CF_(3))_(2) 、LiN(SO_(2)C_(2)F_(5))_(2)、リチウムジフルオロ(オキサレート)ボレート、リチウムビス(オキサレート)ボレート、及び、式:LiPF_(a)(C_(n)F_(2n+1))_(6-a) (式中、aは0?5の整数であり、nは1?6の整数である)で表される塩からなる群より選択される少なくとも1種のリチウム塩であることが好ましい。・・・」
(1ウ)「[0326]実施例1?22、比較例1?6
(電解液の調製)
表1に記載の組成になるように各成分を混合し、これに、LiPF_(6)を1.0モル/リットルの濃度となるように添加して、電解液を得た。なお、表中の化合物は以下の通りである。
a:CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(3)
b:CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(2)CF_(3)
FEC:モノフルオロエチレンカーボネート
DEC:ジエチルカーボネート」
(1エ)「[0329]<高温保存特性>
(コイン型電池の作製)
LiNi_(1/3)Mn_(1/3)Co_(1/3)O_(2) とカーボンブラックとポリフッ化ビニリデン(呉羽化学(株)製、商品名:KF-7200)を92/3/5(質量比)で混合した正極活物質をN-メチル-2-ピロリドンに分散してスラリー状とした正極合剤スラリーを準備した。アルミ集電体上に、得られた正極合剤スラリーを均一に塗布し、乾燥して正極合剤層(厚さ50μm)を形成し、その後、ローラープレス機により圧縮成形して、正極積層体を製造した。正極積層体を打ち抜き機で直径1.6mmの大きさに打ち抜き、円状の正極を作製した。
[0330]別途、人造黒鉛粉末に、蒸留水で分散させたスチレン-ブタジエンゴムを固形分で6質量%となるように加え、ディスパーザーで混合してスラリー状としたものを負極集電体(厚さ10μmの銅箔)上に均一に塗布し、乾燥し、負極合剤層を形成した。その後、ローラープレス機により圧縮成形し、打ち抜き機で直径1.6mmの大きさに打ち抜き円状の負極を作製した。
[0331]上記の円状の正極を厚さ20μmの微孔性ポリエチレンフィルム(セパレータ)を介して正極と負極を対向させ、上記で得られた電解液を注入し、電解液がセパレータなどに充分に浸透した後、封止し予備充電、エージングを行い、コイン型のリチウムイオン二次電池を作製した。
[0332](電池特性の測定) 得られたコイン型リチウムイオン二次電池について、次の要領で高温保存特性を調べた。
[0333](充放電条件)
充電:0.5C、4.4Vにて充電電流が1/10Cになるまでを保持(CC・CV充電)
放電:0.5C 3.0Vcut(CC放電)
[0334](高温保存特性)
高温保存特性については上記の充放電条件(1.0Cで所定の電圧にて充電電流が1/10Cになるまで充電し、1C相当の電流で3.0Vまで放電する)により充放電を行い、放電容量を調べた。その後、再度上記の充電条件で充電をし、85℃の恒温槽の中に1日保存した。保存後の電池を25℃において、上記の放電条件で放電終止電圧3Vまで放電させて残存容量を測定し、さらに上記の充電条件で充電した後、上記の放電条件での定電流で放電終止電圧3Vまで放電を行って回復容量を測定した。保存前の放電容量を100とした場合の回復容量率を表1に示した。」
(1オ)上記(1エ)で製造した電池の電解液の組成等について次の[表1]([0335])に示す。

2.引用文献1に記載された発明
i)引用文献1の記載事項(1ア)(1エ)(1オ)には、同文献に記載の発明が「耐酸化性及び高温での保存特性に優れた二次電池等が得られる電解液、それを用いたリチウムイオン二次電池等の電気化学デバイス、及び、それを用いたモジュールを提供することを目的」とすることが記載されている。
ii)同(1オ)の表1の「実施例2」には、
○溶媒の「組成(質量比)が
「FEC/DEC/a+b(30.1/0/69.9)」、
○「溶媒中のbの濃度(質量%)」が「69.2」
○「a/b(質量比)」が「0.01」
である二次電池の電解液が記載されている。
ここで、同(1ウ)より、同電解液において、「電解質塩」として「LiPF_(6)」が用いられており、
a:CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(3)
b:CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(2)CF_(3)
FEC:モノフルオロエチレンカーボネート
DEC:ジエチルカーボネート
であり、「FEC」は「フッ素化飽和環状カーボネート」であり、「実施例2」では「DEC」は包含されていない。

ii-1)また、「a」「b」は共に「フッ素化鎖状カーボネート」で、その「フッ素含有率」はそれぞれ「36.1%」「50.4%」である。
ここで、上記「フッ素含有率」は物質に固有の値であることは明らかで、例えば本願明細書【0372】に記載されるが、次のように計算することができる。すなわち、
C=12.01[g/mol]、F=19.00[g/mol]、O=16.00[g/mol]、H=1.01 g/mol]とすると、
a=CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(3)=C×4+F×3+O×3+H×5
=12.01×4+19.00×3+16.00×3+1.01×5=158.09[g/mol]
b=CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(2)CF_(3)=C×5+F×6+O×3+H×4
=12.01×5+19.00×6+16.00×3+1.01×4=226.09[g/mol]
「a」の「フッ素含有率」=(F×3)/a=57/158.09=36.1質量%
「b」の「フッ素含有率」=(F×6)/b=114/226.09=50.4質量%

ii-2)また、「FEC/DEC/a+b」中での「a+b」の質量%が「69.9質量%」であるから、「5?85体積%」の範囲にあるといえる。ここで、「a+b」の体積%は以下のように導出できる。
表1の「実施例2」では、「FEC/DEC/a+b(30.1/0/69.9)」、「a/b(質量比)」が「0.01」だから、
a+b=69.9--式(1)
a/b=0.01--式(2)
(1)(2)から、a=0.69[質量%]、b=69.21[質量%]
a:CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(3) 比重1.308
b:CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(2)CF_(3) 比重1.5
a=0.69[質量%]/1.308=0.5275[体積%]
b=69.21[質量%]/1.5=46.14[体積%]
a+b=0.5275+46.14=46.7[体積%]
つまり、「a+b」の体積%は46.7[体積%]となり、「5?85体積%」の範囲にある。

iii)すると、引用文献1には、実施例2に注目すると、本願請求項1の記載に則して整理すれば、
「フッ素含有率が36.1%又は50.4%であるフッ素化鎖状カーボネートとフッ素化飽和環状カーボネートを含む溶媒及び電解質塩としてLiPF_(6)を含み、
フッ素化鎖状カーボネートは、CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(3)とCF_(3)CH_(2)OCOOCH_(2)CF_(3)であり、
フッ素化飽和環状カーボネートは、FECであり、
溶媒に対し、フッ素化鎖状カーボネートは5?85体積%の範囲にある、
リチウムイオン二次電池用電解液。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3.本願発明と引用発明との対比
i)引用発明の「フッ素含有率が36.1%又は50.4%であるフッ素化鎖状カーボネートとフッ素化飽和環状カーボネートを含む溶媒」は、本願発明の溶媒が「フッ素化飽和環状カーボネート」を含み得る(請求項2を参照)ことを勘案すると、本願発明の「フッ素含有率が33?70質量%であるフッ素化鎖状カーボネートを含む溶媒」に相当する。
ii)引用発明の「電解質塩としてLiPF_(6)を含み」は、「LiPF_(6)」は「ホウ素酸塩」ではないから、本願発明の「電解質塩(ただし、前記ホウ素酸塩を除く。)」に相当する。
iii)引用発明の「フッ素化鎖状カーボネートは、CF_(3)CH_(2)OCOOCH_(3)とCF_(3)CH_(2)OCOOCH_(2)CF_(3)であり、」は、本願明細書【0105】【0372】で、本願発明に用いられる「フッ素化鎖状カーボネート」として記載されており、
本願発明の「フッ素化鎖状カーボネートは、一般式(B):
Rf^(1)OCOORf^(2) (B)
(式中、Rf^(1)及びRf^(2)は、同じか又は異なり、フッ素原子を有していてもよく、エーテル結合を有していてもよい炭素数1?11のアルキル基である。ただし、Rf^(1)及びRf^(2)の少なくとも一方はエーテル結合を有していてもよい炭素数1?11の含フッ素アルキル基である。)で示される含フッ素カーボネートであり、」という特定事項の条件を満たすものであるから、同特定事項に相当する。
iv)本願発明は、引用発明の「フッ素化飽和環状カーボネート」を含み得るから、引用発明の「フッ素化飽和環状カーボネートは、FECであり、」も包含するものである。
v)以上から、本願発明と引用発明とは、
「フッ素含有率が33?70質量%であるフッ素化鎖状カーボネートを含む溶媒、及び、電解質塩(ただし、前記ホウ素酸塩を除く。)を含み、
フッ素化鎖状カーボネートは、一般式(B):
Rf^(1)OCOORf^(2) (B)
(式中、Rf^(1)及びRf^(2)は、同じか又は異なり、フッ素原子を有していてもよく、エーテル結合を有していてもよい炭素数1?11のアルキル基である。ただし、Rf^(1)及びRf^(2)の少なくとも一方はエーテル結合を有していてもよい炭素数1?11の含フッ素アルキル基である。)で示される含フッ素カーボネートであり、
溶媒に対し、フッ素化鎖状カーボネートが5?85体積%である、リチウムイオン二次電池用電解液。」である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点>本願発明は「ホウ素酸塩」を「含み」、「ホウ素酸塩は、リチウムビス(オキサラト)ボレート及びリチウムジフルオロオキサラトボレートからなる群より選択される少なくとも1種であり、電解液に対し、ホウ素酸塩が0.001?4.0質量%である」のに対して、引用発明では「ホウ素酸塩」を含んでいない点。

4.相違点の検討
上記相違点について以下に検討する。
i)引用文献2の記載を確認する。
引用文献2には、「・・・非水電解液電池のサイクル特性、高温保存性等、耐久性を向上させ、パワー用途に使用できるよう内部抵抗の上昇を抑制する優れた非水電解液電池用電解液及び非水電解液電池を提供する」(【0007】)ものであって、「・・・非水有機溶媒と溶質とからなる非水電解液電池用電解液において、添加剤としてビス(オキサラト)ホウ酸塩、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸塩・・・からなる第一化合物群から選ばれた少なくとも一つの化合物と、モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩からなる第二化合物群から選ばれた少なくとも一つの化合物を含むことを特徴とする非水電解液電池用電解液」で「第一化合物群及び第二化合物群の対カチオンが、それぞれ独立でリチウムイオン・・・から選ばれた少なくとも一つの対カチオンであ」り、「該溶質が、LiPF_(6)・・・からなる群から選ばれた少なくとも一つ以上の溶質である」「非水電解液電池用電解液」(【0009】)について記載されている。
また、「・・・非水電解液電池用電解液に用いる非水有機溶媒の種類は、特に限定されず、任意の非水有機溶媒を用いることができる。具体例としては、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ブチレンカーボネート等の環状カーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート等の鎖状カーボネート・・・等を挙げることができる。また、本発明に用いる非水有機溶媒は、一種類を単独で用いても良く、二種類以上を用途に合わせて任意の組合せ、比率で混合して用いても良い。」(【0030】)とも記載されている。
これらの記載から、引用文献2には、通常用いられる鎖状カーボネート、環状カーボネートといった非水有機溶媒を用いる非水電解液電池において、高温保存性や内部抵抗の上昇の抑制のための添加剤として、「ビス(オキサラト)ホウ酸リチウム、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸リチウム」等の「ホウ素酸塩」である「第一化合物群」と、「モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩」等の「第二化合物群」とを、添加することが記載されているといえる。
ii)また、引用文献2には、「第一化合物群の添加量は、非水電解液電池用電解液に対して0.01重量%以上、好ましくは0.03重量%以上、さらに好ましくは0.05重量%以上であり、また、5.0重量%以下、好ましくは3.0重量%以下、さらに好ましくは2.0重量%以下の範囲である。0.01重量%下回ると非水電解液電池のサイクル特性、高温保存性等、耐久性を向上させ、且つ内部抵抗の上昇を抑制する効果が、十分に得られず、一方、5.0重量%を越えると皮膜形成に使われず余剰になったこの第一化合物群の化合物が皮膜形成反応以外の分解反応によりガスを発生し、電池の膨れや性能の劣化を引き起こすという問題が起こる。」(【0021】)と記載されており、「第一化合物群の添加量」は「電解液に対して0.01重量%以上5.0重量%以下」であるといえるところ、これは本願発明の「電解液に対し、ホウ素酸塩が0.001?4.0質量%である」ことと、添加量が重複するものである。
iii)したがって、引用文献2には、通常用いられる鎖状カーボネート、環状カーボネートといった非水有機溶媒を用いる非水電解液電池において、同電池の高温保存性の向上や内部抵抗の上昇の抑制ができる同電池の電解液への添加剤として、「電解液に対して0.01重量%以上5.0重量%以下」の「ビス(オキサラト)ホウ酸リチウム、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸リチウム」等の「ホウ素酸塩」である「第一化合物群」と、「モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩」からなる「第二化合物群」とを用いるという技術手段が記載されているといえる。
iv)すると、引用発明は、「耐酸化性及び高温での保存特性に優れた二次電池等が得られる電解液」についての発明であるから、同じく高温保存性をさらに向上させるために、引用発明において、引用文献2に記載の技術手段である添加剤を適用することは、当業者が容易に成し得ることである。
そして、その際に、「モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩」等の「第二化合物群」も同時に引用発明に添加されるが、本願発明はこれらの添加を排除するものではなく、また、引用文献2には「第二化合物群の添加量は・・・0.01重量%を下回ると非水電解液電池のサイクル特性、高温保存性等、耐久性を向上させ、且つ第一の添加剤のガス発生を抑制する効果が十分に得られず、一方、10.0重量%を越えると非水電解液電池用電解液のイオン伝導を低下させ、内部抵抗を増加させる恐れがある。」(【0027】)と記載され、「モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩」等の「第二化合物群」も「電解液に対して0.01重量%以上5.0重量%以下」の添加量であれば、「高温保存性」を向上させ、「内部抵抗を増加させ」ないから、引用発明への「第二化合物群」の添加によって、少なくとも、高温保存性の向上や内部抵抗の上昇の抑制が妨げられるものではないから、「モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩」等の「第二化合物群」の存在が、引用発明に引用文献2に記載の技術手段を適用することの阻害要因にはならない。
v)また、本願発明と、引用発明及び引用文献2に記載の技術手段とで、高温保存性の向上等のために用いられる溶媒やホウ素酸塩とその添加量等は重複していることからみて、両者に間に顕著な効果の差違が存在するものとも認められない。
vi)以上から、本願発明は引用発明及び引用文献2に記載の技術手段に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.請求人の主張について
(1)請求人の主張
請求人は、平成31年4月8日(受付日)に提出された意見書において、概ね次のように主張する。
A.引用文献2の【0009】には、「すなわち本発明は、非水有機溶媒と溶質とからなる非水電解液電池用電解液において、添加剤としてビス(オキサラト)ホウ酸塩、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸塩、トリス(オキサラト)リン酸塩、ジフルオロ(ビスオキサラト)リン酸塩、テトラフルオロ(オキサラト)リン酸塩からなる第一化合物群から選ばれた少なくとも一つの化合物と、モノフルオロリン酸塩、ジフルオロリン酸塩からなる第二化合物群から選ばれた少なくとも一つの化合物を含むことを特徴とする非水電解液電池用電解液で、第一化合物群の添加量が、非水電解液電池用電解液に対して0.01?5.0重量%の範囲であること、第二化合物群の添加量が、非水電解液電池用電解液に対して0.01?10.0重量%の範囲であることを特徴とし、さらには、第一化合物群及び第二化合物群の対カチオンが、それぞれ独立でリチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、テトラアルキルアンモニウムイオンから選ばれた少なくとも一つの対カチオンであることを特徴とし、該溶質が、LiPF_(6)、LiBF_(4)、(CF_(3)SO_(2))_(2)NLi、(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)NLiからなる群から選ばれた少なくとも一つ以上の溶質であることを特徴とする非水電解液電池用電解液であり、また、少なくとも正極と、リチウムまたはリチウムの吸蔵放出の可能な負極材料からなる負極と、非水有機溶媒と溶質とからなる非水電解液電池用電解液とを備えた非水電解液電池において、上記に記載の非水電解液電池用電解液を含むことを特徴とする非水電解液電池を提供するものである。」と記載されている。
すると、「第一化合物群」は「ビス(オキサラト)ホウ酸塩、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸塩、トリス(オキサラト)リン酸塩、ジフルオロ(ビスオキサラト)リン酸塩、テトラフルオロ(オキサラト)リン酸塩」の5種類あって、「第一化合物群」の「対カチオンが、それぞれ独立でリチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、テトラアルキルアンモニウムイオンから選ばれた少なくとも一つ」あるので4種類あって、結局「第一化合物群」の具体的物質としては、5×4で20種類あることになる。
そしてこれらの物質は、いずれも同列に記載されるものであるから、それらの中から「ビス(オキサラト)ホウ酸リチウム、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸リチウム」を選択して引用発明に適用できる動機付けは存在しないので、本願発明は引用発明及び引用文献2に記載の技術手段に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

B.本願明細書の【表1】(【0378】)には記載のない新たな追加実験を行い、比較例6とした。
比較例6は、本願明細書の実施例1において、「I:リチウムビス(オキサラト)ボレート」を、上記「第一化合物群」の具体的物質の一つである「K:ジフルオロ(ビスオキサラト)リン酸リチウム」に変更した以外は、実施例1と同様にして、リチウムイオン二次電池を作製して、保存容量維持率及び抵抗増加率を測定したもので、実施例1と比較例6を比較すると、実施例1の「リチウムビス(オキサラト)ボレート」は比較例6の「ジフルオロ(ビスオキサラト)リン酸リチウム」に対して顕著な効果を奏することが明らかである。
すなわち、特定のフッ素化鎖状カーボネートと特定のホウ素酸塩とを組み合わせた本願発明が顕著な効果を奏することは、前述の実験結果から明らかであり、このような本願発明の効果は、溶媒のみが開示された引用発明や、ホウ素酸塩のみが開示された引用文献2からは予測できない。
したがって、本願発明は引用発明及び引用文献2に記載の技術手段に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)当審の判断
A.について
引用文献1の記載事項(1イ)には、「本発明は、溶媒、及び、電解質塩を含有する電解液であって・・・上記電解質塩は、LiPF_(6) 、LiBF_(4) 、LiSO_(3)CF_(3) 、LiN(SO_(2)CF_(3))_(2) 、LiN(SO_(2)C_(2)F_(5))_(2)、リチウムジフルオロ(オキサレート)ボレート、リチウムビス(オキサレート)ボレート、及び、式:LiPF_(a)(C_(n)F_(2n+1))_(6-a) (式中、aは0?5の整数であり、nは1?6の整数である)で表される塩からなる群より選択される少なくとも1種のリチウム塩であることが好ましい。・・・」と記載されている。
一方、引用発明は「電解質塩としてLiPF_(6)を含」むものであるが、上記のことから、「リチウムジフルオロ(オキサレート)ボレート、リチウムビス(オキサレート)ボレート」をLiPF_(6)と併用することも想定されているものといえる。
そして、引用文献2には、添加剤として有用な「第一化合物群」の20種類の具体的物質の中に「リチウムジフルオロ(オキサレート)ボレート、リチウムビス(オキサレート)ボレート」を含むから、引用発明への引用文献2に記載の技術手段の適用に当たり、引用発明で使用が想定されている「リチウムジフルオロ(オキサレート)ボレート、リチウムビス(オキサレート)ボレート」を引用文献2に記載の物質から選択することは、むしろ動機があるといえる。
したがって、引用文献2の記載から「ビス(オキサラト)ホウ酸リチウム、ジフルオロ(オキサラト)ホウ酸リチウム」を選択して引用発明に適用できる動機付けは存在しないとする審判請求人の主張は採用できない。

B.について
上記でみたように、本件発明の構成は容易に発明をすることができるところ、例えば引用文献2の【0007】には「高温保存性」「内部抵抗の上昇を抑制する」という本願発明と同様の効果(例えば【0009】の「高温保存特性を向上させることができ、抵抗増加を抑制することもできる」との記載を参照。)の奏されることが記載されているから、引用発明に引用文献2に記載の技術手段を適用した結果としての効果は予測できるものであり、それは本願発明の効果に相当するといえる。
したがって、本願発明の効果が引用文献に記載されたものと比べて格別顕著あるいは異質であるとはいえないので、構成の容易想到性を覆して、いわゆる選択発明として特許性を有するものとはいえない。
また、ホウ素酸塩を添加する効果が、リン酸塩を添加する効果よりすぐれたものであるから、ホウ素酸塩を添加することに選択性があるということは、そもそも本願明細書には記載も示唆も無い事項である。
さらに、上記した本審決の、引用発明への引用文献2に記載の技術手段を適用する論理においては、引用文献2の「第1化合物群」の20種類の候補から、それらの内での効果の差違を勘案してホウ酸塩を選択したのではなく、引用文献1と引用文献2とで共通に採用可能とされたホウ酸塩を直接的に採用したのであって、リン酸塩はそもそも適用の検討の対象となっていないから、リン酸塩とホウ酸塩の効果を対比しても、上記の本審決の適用の論理に何ら影響を与えるものではない。
以上から、本件発明の奏する効果が著しい旨の審判請求人の主張は採用できない。

第5 むすび
以上から、本願発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その余の請求項に記載された発明に言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-06-12 
結審通知日 2019-06-18 
審決日 2019-07-01 
出願番号 特願2016-510394(P2016-510394)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀧 恭子  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 平塚 政宏
中澤 登
発明の名称 電解液及び電気化学デバイス  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

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