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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 A61B
管理番号 1354503
審判番号 不服2018-11152  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-10-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-08-16 
確定日 2019-09-03 
事件の表示 特願2016-161287「髄内転子間固定インプラント用の一方向摺動装置」拒絶査定不服審判事件〔平成28年11月10日出願公開、特開2016-190164、請求項の数(8)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2009年9月23日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年11月6日、米国)を国際出願日とする特願2011-534567号の一部を平成26年8月22日に新たな特許出願とした特願2014-169507号の一部を平成28年8月19日に新たな特許出願としたものであって、平成29年7月21日付けで拒絶理由通知がされ、平成29年10月30日付けで意見書が提出されるとともに手続補正がされ、平成29年12月4日付けで拒絶理由通知がされ、平成30年3月9日付けで意見書が提出されたが、平成30年5月8日付けで拒絶査定(以下「原査定」という。)がされ、これに対し、平成30年8月16日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。

第2 原査定の概要
原査定の概要は次のとおりである。
本願の請求項1-8に係る発明は、以下の引用文献1-4に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
1.特開2005-278819号公報
2.国際公開第2007/038560号
3.特開2002-35000号公報
4.特開2005-279140号公報

第3 本願発明
本願の請求項1-8に係る発明は、平成29年10月30日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1-8に記載された事項により特定される発明であって、そのうちの請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりの発明である。

「骨折を治療するための装置であって、
骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、かつ中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在する髄内釘であって、前記髄内釘は、前記長手軸に沿ってその中に延在するチャネルと、前記チャネルと連通してその全体に斜めに延在する開口部と、を備える、髄内釘と、
前記開口部を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形されたインプラントであって、前記インプラントは、その長さの一部に沿うラチェット構造を備える、インプラントと、
前記チャネル内に可動に収納され、かつ前記インプラントのラチェット構造に係合するための係合構造を備えるロック部材であって、前記ロック部材は係合構成に向けて付勢され、それにより、前記インプラントが所望の位置において前記開口部内に挿入されるときに、前記ロック部材は、前記インプラントの前記髄内釘に対する内側移動を防止しながら、前記インプラントの前記髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する、ロック部材と、
を含む、装置。」

なお、本願の請求項2-8に係る発明は、本願発明を減縮した発明である。

第4 引用文献、引用発明等
(1)引用文献1について
(1-1)原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。
ア.「【0001】
本発明は髄内釘に係り、特に、髄内釘に設けられた横断孔に挿通される骨固定具を係合保持するための係合部材の構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、大腿骨上部の骨折を治療する骨接合具として、大腿骨の近位部から髄内に挿入される釘本体を備えた髄内釘が用いられている。この髄内釘は、基端部に設けられた端部開口から軸線方向先端部側に伸びる軸孔と、軸線方向と交差する方向に形成される横断孔とを有し、この横断孔に骨固定具(骨ねじ或いはラグスクリュウ)を挿通させてその先端を骨内部に挿入固定することによって、骨折を防止したり、或いは、髄内釘の回旋を防止したりするようにしている(例えば、以下の特許文献1参照)。」
イ.「【0010】
斯かる実情に鑑み、本発明の髄内釘は、その軸線と交差する横断孔を備えた釘本体を有する、骨の髄内に挿入されて用いられる髄内釘であって、前記横断孔内に挿通される骨固定具に係合可能な係合端部を備えた係合部材を具備し、前記係合部材が前記骨固定具に対する係合時における当接方向に弾性を有することを特徴とする。」
ウ.「【0013】
本発明において、前記釘本体は、その基端部に形成された端部開口から先端部に向けて前記軸線に沿って伸びる軸孔を有し、該軸孔は前記横断孔に開口し、前記係合部材は前記軸孔内に配置され、前記係合端部が前記横断孔に突出可能に構成されていることが好ましい。これによれば、釘本体の基端部から先端部に向けて伸びる軸孔内に係合部材を配置し、当該軸孔の横断孔に対する開口を通して係合端部が横断孔内に突出可能に構成することにより、係合部材の位置調整を釘本体の軸孔を通して行うことができるため、位置調整作業が容易になるとともに、係合部材の位置調整のための構造を簡易なものとすることができる。特に、軸孔に螺合する螺合構造を係合部材或いは係合部材に作用する調整部材に設けることで、係合部材或いは調整部材を回転させるだけできわめて容易に係合部材の位置を調整することが可能になる。
【0014】
本発明において、前記係合部材は、前記釘本体に対して固定される基端部と、前記係合端部を備えた先端部とを有し、前記基端部と前記先端部との間に前記当接方向に弾性変形可能な弾性変形部が設けられていることが好ましい。これによれば、釘本体に固定される基端部と係合端部を備えた先端部との間に弾性変形部が設けられているので、例えば基端部及び先端部を剛体とすることで、釘本体に対する係合部材の位置を基端部にて確実に位置決めし、また、係合端部により骨固定具に対する係合状態を確実に得つつ、その中間に配置された弾性変形部によって係合部材の弾性を確保できる。したがって、係合部材の弾性力を骨固定具に対してより安定した状態で印加できる。」
エ.「【0031】
係合部材121の係合端部121bが骨固定具10の外周面と係合すると、骨固定具10は係合端部121bから係合保持力を受けるが、この係合保持力は、上記弾性変形部121xの弾性変形領域内であれば弾性変形部121xの弾性力と一致する。ここで、骨固定具10の外周面には、係合端部121bに嵌合する係合構造が形成されていることが好ましい。これにより、骨固定具10に対する係合保持作用を高めることができる。例えば、骨固定具の外周面上にその軸線方向に伸びる係合溝を設けることにより、係合部材121の係合によって骨固定具10をその軸線周りの回転が禁止された状態とすることができる。
【0032】
係合部材121の係合端部121bが骨固定具10に当接していても、その係合保持力が弱い場合には、骨固定具10は軸線周りの回転動作と軸線方向のスライド動作が可能な状態となる。また、上記の係合保持力がある程度大きくなると、骨固定具10の回転動作とスライド動作が困難になり、特に骨固定具の外周面上にその軸線方向に伸びる係合溝を設ける場合には、骨固定具10が軸線周りには回転しないが、スライド動作は可能なスライド可能状態とすることができる。さらに、上記の係合保持力がさらに大きくなると、骨固定具10の回転動作もスライド動作も生じないロック状態とすることができる。」
オ.図1より、髄内釘100の釘本体110が、骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在する点、骨固定具10が、髄内釘100の横断孔114を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形された点、さらに、髄内釘100の横断孔114が、髄内釘100全体において斜めに延在する点が看取される。

(1-2)上記記載から、引用文献1には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。
a 引用文献1に記載された技術は、大腿骨上部の骨折を治療する骨接合具に関するものであり、大腿骨の近位部から髄内に挿入される釘本体を備えた髄内釘が用いられ、この髄内釘は、基端部に設けられた端部開口から軸線方向先端部側に伸びる軸孔と、軸線方向と交差する方向に形成される横断孔とを有し、この横断孔に骨固定具を挿通させてその先端を骨内部に挿入固定することによって骨折を防止するものである(【0001】)。
b 髄内釘は、横断孔内に挿通される骨固定具に係合可能な係合端部を備えた係合部材を具備しており(【0010】)、骨固定具の外周面には、その軸線方向に伸び、係合端部に嵌合する係合溝が形成され(【0031】)、軸孔は横断孔に開口し、係合部材は軸孔内に配置され、係合端部が横断孔に突出可能に構成されていて(【0013】)、係合部材は、釘本体に対して固定される基端部と、係合端部を備えた先端部とを有し、基端部と先端部との間に、係合時における当接方向に弾性変形可能な弾性変形部が設けられている(【0014】)。
c 髄内釘100が、骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在しており、骨固定具10が、髄内釘100の横断孔114を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形されており、さらに、髄内釘100の横断孔114が、髄内釘100全体において斜めに延在している(図1)。
d 骨固定具は、係合部材の係合端部が当接した状態において軸線方向のスライド動作が可能とされている(【0032】)。

(1-3)上記(1-1)、(1-2)から、引用文献1には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

<引用発明>
「大腿骨上部の骨折を治療する骨接合具であって、
大腿骨の近位部から髄内に挿入される釘本体110を備えた髄内釘100が用いられ、
この髄内釘100は、基端部に設けられた端部開口から軸線方向先端部側に伸びる軸孔113と、軸線方向と交差する方向に形成される横断孔114とを有し、この横断孔114に骨固定具10を挿通させてその先端を骨内部に挿入固定することによって、骨折を防止するものであり、
髄内釘100は、骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在しており、
髄内釘100の横断孔114が、髄内釘100全体において斜めに延在しており、
骨固定具10は、髄内釘100の横断孔114を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形されており、
横断孔114内に挿通される骨固定具10に係合可能な係合端部121bを備えた係合部材121を具備し、
骨固定具10の外周面には、その軸線方向に伸び、係合端部に嵌合する係合溝が形成され、
軸孔113は横断孔114に開口し、係合部材121は軸孔113内に配置され、係合端部121bが横断孔114に突出可能に構成されており、
係合部材121は、釘本体110に対して固定される基端部121Aと、係合端部121bを備えた先端部121Bとを有し、基端部121Aと先端部121Bとの間に、係合時における当接方向に弾性変形可能な弾性変形部121xが設けられ、
骨固定具10は、係合部材121の係合端部121bが当接した状態において軸線方向のスライド動作が可能とされた
骨接合具。」

(2)引用文献2について
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている。なお、上記引用文献2の記載事項の摘示にあたり、翻訳文として、当該引用文献に係る国際出願の本邦における公表公報である特表2009-509660号公報を参照した(下線は当審で付与した。)。

カ.「[0010] The invention also relates to devices for treating femoral fractures. Femoral fractures are usually treated with the help of an intramedullary nail that is inserted into the canal of the femur to fixate the portions of the femur that are fractured. The invention provides a treatment for fracture fixation that allows the fracture to be reduced and loaded. The invention is a sliding compression orthopaedic implant. Sliding compression permits variations in loading of the fracture without compromising the anatomical reduction that is desired.」(本発明はまた、大腿骨骨折部を治療するための装置に関する。大腿骨骨折部は、一般に、大腿骨の骨折した部分を固定するために、大腿管内に挿入される髄内釘を利用して治療される。本発明は、骨折部が整復され、荷重がかけられることを可能にする、骨折部固定のための治療法を提供する。本発明は、摺動圧縮用整形外科インプラントである。摺動圧縮は、所望される解剖学的整復を損なうことなく、骨折部にかかる荷重を変えることを可能にする。)
キ.「[0068] Figures 18 and 19 illustrate a sliding compression orthopaedic implant 300 and the femur 100. As an example, the implant 300 may be applied to a fracture of the femoral neck 102. The implant 300 maintains the reduction of the fracture but allows for dynamic loading to aid in fracture healing. The implant 300 includes a first implant member 310 and a second implant member 312. In the embodiment depicted in Figure 18, the first implant member 310 is an intramedullary nail. The intramedullary nail 310 has a transverse hole 311, and the second implant member 312 is connected to the transverse hole 311. In the depicted embodiments, the second implant member 312 slidingly engages the transverse hole 311. The second implant member 312 has a shank 314, and the shank 314 has a bone engagement portion 316 at a first end portion 318 and a sliding compression member 320 at a second end portion 322. In some embodiments, the bone engagement portion 316 is threaded. As best seen in Figure 19, the sliding compression member 320 is a ratchet mechanism that includes serrations 324 located on the second end portion 322 and a pin 326. The pin 326 is depressable but biased to engage one of the serrations 324. The ratchet mechanism allows the implant member 312 to move only in one direction when a load is applied along its length.」(図18および図19は、摺動圧縮用整形外科インプラント300および大腿骨100を示す。例として、インプラント300を、大腿骨頸部102の骨折部に適用することができる。インプラント300は、骨折部の整復を維持するが、骨折部の治癒を助けるために動的に荷重をかけることを可能にする。インプラント300は、第1のインプラント部材310および第2のインプラント部材312を備える。図18に示す実施形態では、第1のインプラント部材310は、髄内釘である。髄内釘310は、横断穴311を有し、第2のインプラント部材312は、横断穴311に連結される。図示の実施形態では、第2のインプラント部材312は、横断穴311と摺動式に係合する。第2のインプラント部材312は、シャンク314を有し、シャンク314は、第1の端部318にて骨係合部分316を、第2の端部322にて摺動圧縮部材320を有する。いくつかの実施形態では、骨係合部分316は、ねじ切りされる。図19から最もよく分かるように、摺動圧縮部材320は、第2の端部322上に配置された鋸歯状突起324と、ピン326とを備える、ラチェット機構である。ピン326は、押下可能であるが、鋸歯状突起324のうちの1つに係合するように付勢される。ラチェット機構は、インプラントの長さに沿って荷重が加えられるとき、インプラント部材312が一方向にのみ動くことを可能にする。)

そうすると、引用文献2には、以下の事項(以下、「引用文献2記載事項」という。)が記載されているといえる。

「髄内釘310は、横断穴311を有し、第2のインプラント部材312は、横断穴311に連結されて該横断穴と摺動式に係合しており、第2のインプラント部材312は、シャンク314を有し、シャンク314は、第2の端部322にて摺動圧縮部材320を有し、該摺動圧縮部材320は、第2の端部322上に配置された鋸歯状突起324と、ピン326とを備える、ラチェット機構であり、ピン326は、鋸歯状突起324のうちの1つに係合するように付勢される、
大腿骨骨折部を治療するための摺動圧縮用整形外科インプラント。」

第5 対比・判断
1.本願発明について
(1)対比
本願発明と引用発明とを対比すると、次のことがいえる。
引用発明の「髄内釘100」は本願発明の「髄内釘」に相当し、以下同様に、「軸孔113」は「チャネル」に、「横断孔114」は「開口部」に、「骨固定具10」は「インプラント」に、「係合部材121」は「ロック部材」に、それぞれ相当する。
そして、引用発明の「骨接合具」は本願発明の「装置」に相当することから、引用発明の「大腿骨上部の骨折を治療する骨接合具」は、本願発明の「骨折を治療するための装置」に相当するといえる。
また、引用発明の「係合溝」と本願発明の「ラチェット構造」とは、係合構造である点で共通している。
引用発明の「髄内釘」は、大腿骨の近位部から髄内に挿入される釘本体を備えており、骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在するものであるから、引用発明の「骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、」「大腿骨の近位部から髄内に挿入される釘本体を備えた髄内釘」は、本願発明の「骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、かつ中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在する髄内釘」に相当する。
そして、引用発明の「髄内釘」は、基端部に設けられた端部開口から軸線方向先端部側に伸びる軸孔と、軸線方向と交差する方向に形成される横断孔とを有し、軸孔は横断孔に開口しており、横断孔114が、髄内釘100全体において斜めに延在するものであるから、引用発明の「基端部に設けられた端部開口から軸線方向先端部側に伸びる軸孔と、軸線方向と交差する方向に形成される横断孔とを有し、」「該軸孔は前記横断孔に開口し、」「髄内釘100の横断孔114が、髄内釘100全体において斜めに延在して」いる「髄内釘」は、本願発明の「前記長手軸に沿ってその中に延在するチャネルと、前記チャネルと連通してその全体に斜めに延在する開口部と、を備える、髄内釘」に相当する。
また、引用発明の「骨固定具」は、髄内釘100の横断孔114を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形されたものであって、その外周面には、その軸線方向に伸び、係合端部121bに嵌合する係合溝が形成されている。したがって、引用発明の「髄内釘100の横断孔114を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形され」、その「外周面には、その軸線方向に伸び、係合端部に嵌合する係合溝が形成され」た「骨固定具」は、本願発明における「開口部を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形されたインプラントであって、前記インプラントは、その長さの一部に沿う係合構造を備える、インプラント」に相当する。
また、引用発明の「係合部材」は、横断孔内に挿通される骨固定具に係合可能な係合端部を備え、軸孔内に配置され、係合端部が横断孔に突出可能に構成されているから、引用発明の「横断孔内に挿通される骨固定具に係合可能な係合端部を備え」、「軸孔内に配置され、係合端部が横断孔に突出可能に構成され」た「係合部材」は、本願発明の「前記チャネル内に可動に収納され、かつ前記インプラントの係合構造に係合するための係合構造を備えるロック部材」に相当する。
また、引用発明の「係合部材」は、釘本体に対して固定される基端部121Aと、係合端部を備えた先端部121Bとを有し、基端部と先端部との間に、係合時における当接方向に弾性変形可能な弾性変形部121xが設けられたものであるから、該「係合部材」は、骨固定具との間の係合状態に移行するように付勢されるものであるといえ、したがって、引用発明の骨固定具との間の係合状態に移行するように付勢される「係合部材」は、本願発明における「前記ロック部材は係合構成に向けて付勢され」に相当する。
加えて、引用発明と本願発明はともに、髄内釘に対してインプラントを所望の位置に配置することにより骨を整復し、骨折を治療するための装置であるから、「前記ロック部材は係合構成に向けて付勢され」るのは、「前記インプラントが所望の位置において前記開口部内に挿入されるときに、」であることは明らかである。
そして、引用発明は、骨固定具が係合部材の係合端部が当接した状態において軸線方向のスライド動作が可能とされたものであり、引用発明の「骨固定具は、係合部材の係合端部が当接した状態において軸線方向のスライド動作が可能とされた」と、本願発明における「前記ロック部材は、前記インプラントの前記髄内釘に対する内側移動を防止しながら、前記インプラントの前記髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する」とは、「ロック部材は係合構成に向けて付勢され、」「それにより、」「前記インプラントが所望の位置において前記開口部内に挿入されるときに、」「インプラントは軸線方向のスライド動作が可能とされた」点で共通している。

そうすると、両者は、
「骨折を治療するための装置であって、
骨の髄管内への挿入のために寸法決めおよび成形され、かつ中心長手軸に沿って近位端から遠位端に延在する髄内釘であって、前記髄内釘は、前記長手軸に沿ってその中に延在するチャネルと、前記チャネルと連通してその全体に斜めに延在する開口部と、を備える、髄内釘と、
前記開口部を通じて挿入されるように寸法決めおよび成形されたインプラントであって、前記インプラントは、その長さの一部に沿う係合構造を備える、インプラントと、
前記チャネル内に可動に収納され、かつ前記インプラントの係合構造に係合するための係合構造を備えるロック部材であって、前記ロック部材は係合構成に向けて付勢され、それにより、前記インプラントが所望の位置において前記開口部内に挿入されるときに、インプラントは軸線方向のスライド動作が可能とされた、ロック部材と、
を含む、装置。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点>
係合構造に関して、本願発明では「ラチェット構造」であり、当該構造により、「前記ロック部材は、前記インプラントの前記髄内釘に対する内側移動を防止しながら、前記インプラントの前記髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する」こととなっているのに対し、引用発明では、単に「係合構造」であって、骨固定具と係合部材との係合状態において、骨固定具は軸線方向のスライド動作が可能とされており、スライド方向が一方向のみに限定されてはいない点。

(2)相違点についての検討
引用文献2記載事項の「髄内釘310」、「横断穴311」、「第2のインプラント部材312」、「鋸歯状突起324」は、その構造または機能からみて、それぞれ、「髄内釘」、「開口部」、「インプラント」、「ラチェット構造」といえる。
引用文献2記載事項の「摺動圧縮部材320」は、「鋸歯状突起324と、ピン326とを備える、ラチェット機構」であって、「ピン326は、鋸歯状突起324のうちの1つに係合するように付勢され、それにより、ピン326は、第2のインプラント部材312の髄内釘310に対する内側移動を防止しながら、外側移動を可能にするように鋸歯状突起324に係合する」のであるから、当該「摺動圧縮部材320」は、「インプラント」の「ラチェット構造」と、「係合構成に向けて付勢され、」「前記インプラントの前記髄内釘に対する内側移動を防止しながら、前記インプラントの前記髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する、ロック部材」といえる。
上記摘記事項キ.の下線部の記載と、第18、19図の記載とにより、鋸歯状突起324の具体的形状からみて、ピン326は、第2のインプラント部材312の髄内釘310に対する内側移動を防止しながら、外側移動を可能にするように鋸歯状突起324に係合するものといえる。

そうすると、引用文献2には、以下の事項が開示されているといえる。
「開口部を備える髄内釘と、
開口部に挿入されるインプラントと、
インプラントのラチェット構造に係合するための係合構造を備え、係合構成に向けて付勢され、インプラントの髄内釘に対する内側移動を防止しながら、インプラントの髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する、ロック部材と、
を含む、装置。」

そこで、引用発明に引用文献2に記載された上記事項を適用することについて検討する。
引用文献1の記載からみて、引用発明は、「骨固定具の外周面上にその軸線方向に伸びるように形成された係合溝に調整ねじの先端を係合させるにあたり、調整ねじに係合時の当接方向に弾性を持たせることにより係合の強度を調整し、髄内釘の釘本体に対する骨固定具の、その軸線方向のスライドのしやすさを調整することができる」という構成(以下「上記構成」という。)を動作原理とする発明である。また、引用文献1には、上記構成を動作原理として欠く発明は開示されていない。
そうしてみると、引用文献1において、引用発明の上記構成を他のものに替えること、とりわけ、上記構成を、スライド方向を一方向に限定する構成に替えることは、予定されていないというべきである。
したがって、引用文献1の記載に接した当業者が、引用発明の上記構成に対して変更を加えることを想起し、かつ、変更後の構成として、上記相違点に係る本願発明の構成、すなわち、「前記ロック部材は、前記インプラントの前記髄内釘に対する内側移動を防止しながら、前記インプラントの前記髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する」という構成を採用することについては、阻害要因があると考えられる。また、本願の優先日時点において、この阻害要因を克服するような、何らかの強い動機付けがあったということはできない。少なくとも、原査定の拒絶の理由において挙げられた引用文献1-4には、引用発明において敢えて上記相違点に係る本願発明の構成を採用する積極的な動機付けは示されていない。
そして、相違点における本願発明の発明特定事項により、本願発明は、装置の埋め込み後、予想されるインプラントの外側への若干の移動を許容しつつ、インプラントが内側に移動して大腿骨頭を貫通し寛骨臼内に突出して合併症を招く事態を未然に防ぐという格別の作用効果を奏するものである。

(3)小括
以上のとおりであるから、本願発明は、引用発明及び引用文献2記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本願発明は、原査定の拒絶の理由に引用された引用文献3、4に基いても、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2.本願の請求項2-8に係る発明について
本願の請求項2-8に係る発明も、本願発明の「前記ロック部材は、前記インプラントの前記髄内釘に対する内側移動を防止しながら、前記インプラントの前記髄内釘に対する外側移動を可能にするように前記ラチェット構造に係合する」と同一の構造を備えるものであるから、本願発明と同じ理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献2記載事項に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本願の請求項2-8に係る発明は、原査定の拒絶の理由に引用された引用文献3、4に基いても、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおり、本願の請求項1-8に係る発明は、当業者が引用発明及び引用文献2-4に記載された技術的事項に基いて容易に発明をすることができたものではない。したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-08-20 
出願番号 特願2016-161287(P2016-161287)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (A61B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 中村 一雄  
特許庁審判長 内藤 真徳
特許庁審判官 栗山 卓也
高木 彰
発明の名称 髄内転子間固定インプラント用の一方向摺動装置  
代理人 小田 直  
代理人 高岡 亮一  

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