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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B25B
管理番号 1354955
異議申立番号 異議2019-700445  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-05-31 
確定日 2019-09-05 
異議申立件数
事件の表示 特許第6440668号発明「電動インパルススクリュードライバ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6440668号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6440668号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、2012年4月20日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2011年4月21日、フランス国)を国際出願日とする特願2014-505658号の一部を平成28年11月7日に新たに特許出願したものであって、平成30年11月30日にその特許権の設定登録がされ、平成30年12月19日付けで特許掲載公報が発行され、その後、令和1年5月31日に特許異議申立人西野隆志(以下、「特許異議申立人」という。)により全請求項に係る特許について異議申立てがされたものである。

第2.本件発明
特許第6440668号の請求項1ないし6に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明6」という。)は、それぞれ、特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
ハウジング(5)と、
ロータ(10)を有するモータ手段(1)であって、その一定速度における最大トルクはCmaxであるモータ手段と、
前記モータ手段(1)に結合され、比R及び効率μを有する減速ギヤ(3)を備えた変速機構によって回転駆動することができる先端部材(2)と、
設定トルク値Ccに達したことを検出する少なくとも1つのトルクセンサ(6)と、
一連のインパルスを前記モータ手段(1)に供給することを意図されるインパルスモードにおいて前記モータ手段(1)を駆動する手段(4)とを備え、
前記変速機構は、2つのインパルス間に運動エネルギーEcを前記ロータ内に蓄積し、前記運動エネルギーEcを前記先端部材(2)に伝達できるようにすることが可能であり、前記モータ手段(1)及び前記減速ギヤ(4)は、R*μ*Cmax<Ccであるように構成され、前記設定トルク値Ccは、前記運動エネルギーEcを締め付けられるべきねじに伝達することを通して達成され、
前記比Rは10/(μCmax)以下であり、R*μ*Cmax≦Cc/1.5であることを特徴とする電動スクリュードライバ。
【請求項2】
前記減速ギヤは1段のみを有する遊星タイプのものであることを特徴とする請求項1に記載のスクリュードライバ。
【請求項3】
Cc>20N.mであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスクリュードライバ。
【請求項4】
前記変速機構は、前記モータ手段の前記ロータ(10)がインパルス中に自由に加速し、運動エネルギーEcを蓄積できるようにする角度クリアランスを組み込んでいることを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載のスクリュードライバ。
【請求項5】
請求項1?4のいずれか一項に記載のスクリュードライバであって、前記変速機構は、前記トルクセンサによって該スクリュードライバの前記ハウジングに回転可能に連結されるリングギヤを備えることを特徴とするスクリュードライバ。
【請求項6】
前記変速機構は、0.5N.m/度以上の剛性を有することを特徴とする請求項1?5のいずれか一項に記載のスクリュードライバ。」

第3.申立理由の概要
特許異議申立人は、主たる証拠として下記甲第1号証を、従たる証拠として下記甲第2号証及び甲第5号証を、周知技術を示す証拠として下記甲第3号証及び甲第4号証を提出し、請求項1ないし6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1ないし6に係る特許を取り消すべきものである旨主張する。

甲第1号証:特開2006-315125号公報
甲第2号証:国際公開第2010/016185号
甲第3号証:特開2008-55580号公報
甲第4号証:特開2011-31313号公報
甲第5号証:特開平8-1536号公報
甲第6号証:拒絶査定不服審判2016-16679号事件審決

第4.甲各号証の記載
1.甲第1号証
(1)記載事項
甲第1号証には、図面とともに、以下の事項が記載されている。(下線は、当審で付した。以下同じ。)
ア.「【0001】
本発明は、インパクト式のネジ締め装置の制御方法および装置に関し、特に、片手持ちに適するように反力を軽減したネジ締め装置に関する。」

イ.「【0011】
特許文献1のネジ締め装置によると、モータに電流を間欠的に供給してモータがパルス状のトルクを発生するように構成されている。これによって作業者への反力が小さいにもかかわらず精度が良好であり、作業者が片手でネジ締め作業を行うことができる。
【0012】
しかし、ネジ締め作業における締付トルクの精度の向上とネジ締めに要する時間の短縮について本発明者らは鋭意研究を行い、上のネジ締め装置の改良を行った。
【0013】
したがって、本発明の目的は、電動式のモータを回転駆動源とするインパクト式のネジ締め装置において、締付トルクの精度の向上とネジ締めに要する時間の短縮を図ることである。」

ウ.「【0024】
図1において、ネジ締め装置1は、ネジ締め装置本体3、および、サーボドライバ7と制御用コントローラ8とを有した制御装置4からなる。
【0025】
ネジ締め装置本体3は、モータ11、衝撃発生装置12、トルクセンサ13、エンコーダ14、出力軸15、および、図示しないケーシング、スイッチなどからなる。
【0026】
モータ11には、例えば、3相のACサーボモータが用いられる。衝撃発生装置12は、モータ11の回転力を間歇的な衝撃力に変換する衝突エネルギ発生機構である。衝撃発生装置12として種々の機構が用いられるが、本実施形態では遊星ギヤなどからなる減速ギヤが用いられている。遊星ギヤのバックラッシュ(遊び)およびジョイント部などの遊びが、衝撃発生のために利用される。つまり、遊星ギヤなどの高速側が何回転か回転する間に、低速側のギヤが遊びの分だけ回転し、低速側で噛み合ったギヤ同士が実際に当たったときに衝撃を発生する。高速側が回転する間に蓄えられた慣性力によって大きな衝撃となる。衝撃発生装置12として、他に、2ハンマ機構、スウィングハンマ機構、その他のハンマ機構、オイルパルス機構などを用いることができる。2ハンマ機構を用いた場合は、モータ11の1回転で2打撃となる。スウィングハンマ機構を用いた場合には、1回転で1打撃となり、1打撃の出力が大きい。これらの衝撃発生装置12は公知である。
【0027】
トルクセンサ13は、モータ11によるネジの締付トルクTQを検出し、検出信号S31を出力する。本実施形態では、モータ11の出力するトルクのうち、出力軸15に発生するトルク、つまり負荷であるネジを締付けるトルク(締付トルク)を直接的に検出する。したがって、トルクセンサ13から得られる検出信号S31は、衝撃発生装置12による衝撃によってネジに加えられる実際の締付トルクTQの波形を表すことになる。
【0028】
エンコーダ14は、モータ11の回転速度を検出するためのものであり、モータ11の回転数に比例した個数のパルス信号を出力する。
【0029】
ネジ締め装置本体3は、作業者が片手で握るためのハンドルグリップ部を有し、全体として片手で操作が可能な形状のケーシングで覆われている。図示しないスイッチを操作することによって、電源のオンオフが制御される。」

エ.「【0049】
運転制御モード切替え部52は、速度制御モードと電流制御(トルク制御)モードとを切り替える。
【0050】
速度制御モードでは、モータ11の回転速度が、速度指令データD1Sにより設定された速度となるように制御を行う。負荷が変動しても、設定された速度となるように、モータ11に流れる電流を制御する。速度制御モードでは、電流のリミット値を設けることができる。電流のリミット値により、電流の最大値が制限される。したがって、負荷の状態によっては、設定された速度に達しない場合がある。
【0051】
電流制御モードでは、モータ11に流れる電流が、電流指令データD1Tにより設定された電流値となるように制御を行う。モータ11の回転速度は、設定された電流値と負荷の状態とによって変化する。電流制御モードでは、回転速度のリミット値を設けることができる。モータ11の回転速度がリミット値に達すると、電流値が制限される。
【0052】
切り替え器26によって、速度制御モードでは速度指令データD3が選択され、電流制御モードでは電流指令データD1Tが選択される。
【0053】
自動運転時の締付け動作において、最初は速度制御モードで運転を行い、出力軸15を高速回転させる。出力軸15に発生する締付トルクTQが予め設定された着座トルクTSに達したときに、負荷であるネジが着座したと判断し、電流制御モードに切り替える。電流制御モードでは、電流指令データD1Tにより示される出力トルクが得られるように、モータ11に流れる電流を制御する。」

オ.「【0059】
まず、締付トルクTQの反力を低減するための制御(無反力制御)について説明する。
【0060】
ネジ締め装置本体3は、そのハンドルグリップ部を作業者が握り、片手で持って操作する。作業者への反力を低減するために、モータ11の作動を、電流が連続的に流れる連続運転ではなく、パルス状の電流による間欠運転とする。
【0061】
すなわち、図9に示すように、指令データD1(電流指令データD1T)により、モータ11に対して、パルス状の電流(電流パルスDP)を間欠的に供給する。電流パルスDPは、可変設定可能なオン時間TNとオフ時間TFとを有し、所定の周期、つまりオン時間TNとオフ時間TFとの合計時間の周期で繰り返される。電流パルスDPの高さについては、後で説明するようにトルク2段制御が行われる。
【0062】
図9において、電流パルスDPがオンすることによってモータ11が回転を開始し、徐々に回転速度が上昇する。モータ11が所定の角度または所定の回転数だけ回転すると、衝撃発生装置12において、回転する入力側の部材が出力側の部材に衝突し、これによって衝撃が発生する。つまり、衝撃発生装置12における入力側の部材の慣性エネルギーが、当該部材の衝突によって出力側の部材に衝撃力として伝達され、その衝撃力によって大きなトルクを発生させる。このトルクが、負荷であるネジに締付トルクTQとして作用する。衝撃の瞬間timpから短時間の間、例えば0.01?0.005sec程度の間に、入力側の部材の慣性エネルギーのほとんどが出力側の部材に伝達され、ネジに伝達される。これによってモータ11の回転速度はほぼ零まで低下する。そして、その後に、モータ11の回転が再開され、次の衝撃のための慣性エネルギーが蓄えられることになる。
【0063】
さて、本実施形態では、衝撃の瞬間timpに、またはその微小幅の前後、特に微小幅の後に、モータ11に流れる電流を停止する。つまりモータ11への電力の供給を停止する。電流を停止するタイミングとして、モータ11の回転速度が最大となったタイミングを用いる。例えば、モータ11の回転速度が上昇から下降に転換するタイミングを検出する。そのための検出方法として、例えば、一定の短い時間間隔tsで回転速度をサンプリングし、サンプリング値が前回のサンプリング値よりも小さくなったときに、回転速度が最大となったものとする。実際には、ノイズなどによる誤検出を防止するため、サンプリング値が複数回(例えば3回)連続して前回よりも小さくなったときに、回転速度が最大となったことを検出する。このようにして検出されたタイミングで電流パルスDPがオフとなるように、電流指令データD1Tを作成する。なお、時間間隔tsは、例えば0.5msecに設定される。
【0064】
このように、モータ11の回転速度が最大となったときにモータ11への電力の供給を停止することにより、衝撃の発生後の無駄な締付トルクを生成することがなくなり、作業者に作用する反力は、概ね、衝撃の瞬間timpにおいてモータ11が発生している瞬間的なトルクのみとなる。これにより、作業者への反力が大幅に低減する。
【0065】
すなわち、もし、衝撃の発生後においてもオン時間TNが経過するまでモータ11に電流を供給し続けた場合には、その電流によってトルクが発生し、これが作業者への反力として作用する。この反力つまりその電流によって発生するトルクは、ネジの締付けにはほとんど寄与しない。本実施形態の制御によると、この無駄な締付トルクTQをほとんどゼロにすることができ、これによって作業者への反力を大幅に低減することができる。」

カ.「【0069】
図6に示すように、締付け動作は、時刻t0?t2の間の速度制御モードによる動作、および時刻t2?t4の間の電流制御モードによる動作からなる。
【0070】
図2において、まず、速度制御モードによる速度制御が行われる(#11)。速度制御では、速度指令データD1Sによってモータ11の回転速度が設定される。速度指令値が徐々に増大され、モータ11の回転速度も増大する。所定の回転速度になると、一定値に維持される。これによって、モータ11が高速回転し、ネジの着座までの仮締めが行われる。その間において、締付トルクTQが計測開始トルクを越えると、計測を開始する。
【0071】
締付トルクTQが着座トルクTSに達すると(#12でイエス)、ネジが着座したと判断し、モータ11を急停止させる(#13)。
【0072】
モータ11を急停止させるために、モータ11の速度指令値をゼロとし、且つモータ11をロックするための電流を流してブレーキをかける。そして、電流制御モードに切り替える(#14)。
【0073】
電流制御モードでは、まず、モータ11に対して、空転回転に必要な最小の電流値ST1を電流指令データD1Tとして設定する(#15)。
【0074】
そして、締付トルクTQが目標トルクTQJに達するまでの間(#17でノー)、電流制御を行う(#16)。
【0075】
締付トルクTQが目標トルクTQJに達すると(#17でイエス)、モータ11を停止させる(#18)。モータ11を停止させるために、電流パルスDPの供給を停止し、モータ11に流れる電流をゼロにする。
【0076】
そして、最終の締付トルクTQおよびそれまでに現れた最大値TQMについて、設定された上下限値の範囲内に入っているか否かを判定し、判定結果を表示装置の表示面に表示する(#19)。
【0077】
電流制御では、電流指令データD1Tによってモータ11に流れる電流が設定される。モータ11に流れる電流の大きさに応じて、モータ11の立ち上がり、つまり回転速度が決まり、これに応じて衝撃による締付トルクTQの大きさが決まる。」

キ.「【0082】
図4において、最大回転検出処理では、モータ11の回転速度が最大となったタイミングを検出する。つまり、サンプリング値が前回のサンプリング値よりも小さくなったときに(#31でイエス)、カウンタのカウント値に「1」を加える(#32)。カウント値が「3」になったときに(#33でイエス)、最大回転検出フラグを「1」にする(#34)。ステップ#31においてサンプリング値が前回よりも小さくならなかったときには(#31でノー)、カウント値を「0」にする(#35)。
【0083】
この処理によって最大回転検出フラグが「1」になっている場合に、図3のステップ#27においてイエスとなり、電流指令データD1Tすなわち電流パルスDPがオフとなる。
【0084】
つまり、図8に示すように、各電流パルスDPについて、モータ11の回転速度が最大となったときに、その電流パルスDPをオフするように制御する。
【0085】
なお、このように、サンプリング値が複数回(ここでは3回)連続して前回よりも小さくなったときに回転速度が最大となったことを検出するので、ノイズなどによる誤検出が防止される。」

(2)認定事項
上記(1)の記載事項から、次の事項が理解できる。
ア.甲第1号証に記載された技術は、インパクト式のネジ締め装置の制御方法に関し(【0001】)、作業者への反力を小さくし(【0011】)、ネジ締めに要する時間の短縮を図ることを課題としたものである(【0013】)。

イ.ネジ締め装置本体3はモータ11、ケーシングなどからなる(【0025】)。

ウ.【図1】から,モータ11に結合され、衝撃発生装置12によって回転駆動することができる出力軸15が、看取される。そして、衝撃発生装置12は、バックラッシュ(遊び)およびジョイント部などの遊びが、衝撃発生のために利用される遊星ギヤなどからなり、遊星ギヤなどの高速側が何回転か回転する間に、低速側のギヤが遊びの分だけ回転し、低速側で噛み合ったギヤ同士が実際に当たったときに衝撃を発生し、高速側が回転する間に蓄えられた慣性力によって大きな衝撃となるような構成を有しているものである(【0026】)。
また、【図9】において、電流パルスDPがオンすることによってモータ11が回転を開始し、徐々に回転速度が上昇する。モータ11が所定の角度または所定の回転数だけ回転すると、衝撃発生装置12において、回転する入力側の部材が出力側の部材に衝突し、これによって衝撃が発生する。つまり、衝撃発生装置12における入力側の部材の慣性エネルギーが、当該部材の衝突によって出力側の部材に衝撃力として伝達され、その衝撃力によって大きなトルクを発生させるものである(【0062】)。
これらの記載からすると、回転する入力側の部材が出力側の部材に衝突することによって、すなわちバックラッシュ(遊び)がなくなる(吸収される)ことによって、衝撃が発生するものと理解できる。

エ.ネジ締めの目標トルクTQJに達したことを検出する(【0075】)トルクセンサ13を有する(【0027】)。

オ.間欠的に電流パルスDPをモータに供給する(【0061】)電流制御モードにおいてモータ11を駆動する(【0053】)制御装置4(【0024】)であって、間欠的な電流パルスDPは、所定の周期で繰り返される(【0061】)ものであるから、連続的、すなわち、一連である(【図6】、【図7】、【図8】)。

(3)甲1発明
上記(1)及び(2)から、甲第1号証には、次の発明が記載されている。
「ケーシングと、
モータ11と、
前記モータ11に結合され、減速ギヤを備えた衝撃発生装置12によって回転駆動することができる出力軸15と、
ネジ締めの目標トルクTQJに達したことを検出する少なくとも1つのトルクセンサ13と、
一連の周期的な電流パルスDPをモータ11に供給する電流制御モードにおいて前記モータ11を駆動する制御装置4とを備え、
前記衝撃発生装置12は、バックラッシュ(遊び)の吸収の際に、慣性エネルギーを衝撃発生装置のモータ11側である高速側が回転する間に蓄え、前記バックラッシュ(遊び)が吸収されると前記慣性エネルギーを次の電流パルスDPまでに前記出力軸15へ伝達できるようにすることが可能であるネジ締め装置本体。」(以下、「甲1発明」という。)

2.甲第2号証
(1)記載事項
ア.「この時、DCモータ3はコントローラにより断続制御されるので、減速機4のギヤ部やジョイント部などのバックラッシュを活用することによりインパクト効果が生まれ、トルクアップが図れる。また、例えば0.1msecなどの断続時間(オン/オフ時間)を設定することにより、締付反力が作業者の腕に伝わる前に回転と停止が繰り返えされ、反力の軽減が図れる。」(段落[0041])

イ.「本発明に係るねじ締付装置によれば、DCモータ3の出力側に直接クラッチ5を接続したことにより、DCモータ3の出力を従来よりも低く抑えることができるため、DCモータ3、クラッチ5を小型化することができる。したがって、装置本体1が従来のものより小型・軽量になる。例えば、30N・mの締付トルクが必要な場合における装置本体1の大きさと重さを従来のものと比較すると次のようになる。」(段落[0047])

3.甲第3号証
(1)記載事項
ア.「【0001】
本発明は、インパクト式のネジ締め装置に関し、特に、エネルギー効率を向上させたインパクト式のネジ締め装置に関する。」

イ.「【0040】
例えば、第1の遊星歯車機構61の減速比が「3.8」、アウターギヤ72の歯数が「42」、サンギヤ73の歯数が「12」である場合には、
60度×3.5×3.8=798度
なり、約2.2回転となる。したがって、モータ11は2.2回転するまでに所定の必要な回転速度まで立ち上がっていればよいことになる。」

4.甲第4号証
(1)記載事項
ア.「【0001】
本発明は、モータにより駆動され、新規な打撃機構部を実現したインパクト工具に関する。」

イ.「【0052】
図3は、図1の打撃機構40付近の拡大断面図である。遊星歯車減速機構21は、プラネタリー型であり、モータ3の回転軸19の先端と接続されるサンギヤ21aが駆動軸(入力軸)となり、胴体部6aに固定されるアウターギヤ21d内で、複数のプラネタリーギヤ21bが回転する。プラネタリーギヤ21bの複数の回転軸21cは、遊星キャリヤの機能を持つハンマ41にて保持される。ハンマ41は遊星歯車減速機構21の従動軸(出力軸)として、モータ3と同方向に所定の減速比で回転する。この減速比をどの程度に設定するかは、主な締結対象(ネジかボルトか)、モータ3の出力と必要な締結トルクの大きさ等の要因から適切に設定すれば良く、本実施例ではモータ3の回転数に対してハンマ41の回転数が1/8?1/15程度になるように減速比を設定する。」

5.甲第5号証
(1)記載事項
ア.「【0017】遊星減速器7の前部にはリングギアトルクセンサ8が設けられている。このリングギアトルクセンサ8は遊星減速器7のリングギアに発生する負荷側から掛かる反力を検出するもので、その反力のレベルはリングギアトルクセンサ回路10で検出される。コントローラ5は、リングギアトルクセンサ回路10からの検出値が予め設定されているネジの着座に対応したレベルを越えると、ネジの着座を検出し、また、予め所定のトルク設定値が設定されており、リングギアトルクセンサ回路10からの検出値が上記トルク設定値を越えると、ネジ締め付け完了と見做してモータ2等の駆動源を停止するようにしている。」

第5.当審の判断
1.本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「ケーシング」は、本件発明1の「ハウジング(5)」に相当し、「ネジ締め装置本体」は,本件発明1の「電動スクリュードライバ」に相当する。
次に、甲1発明の「モータ11」は、ロータを当然に含むので、本件発明1の「ロータ(10)を有するモータ手段(1)」に相当する。
次に、甲1発明の「減速ギヤを備えた衝撃発生装置12によって回転駆動することができる出力軸15」について、減速ギヤは、遊星ギヤなどの高速側が何回転か回転する間に、低速側のギヤが回転することから、ギヤ比があることは明らかであり、ギヤに効率があることも技術常識であるから、本件発明1の「比R及び効率μを有する減速ギヤ(3)を備えた変速機構によって回転駆動することができる先端部材(2)」に相当する。
次に、本件発明1の「設定トルクCc」について,本件特許明細書の段落【0007】における「出力トルクが設定トルク値、すなわち、達成されるべき締付け目標」との記載を参照すると,「設定トルクCc」は目標とされるねじの締付けトルクを意味するので,甲1発明の「ネジ締めの目標トルクTQJ」は,本件発明1の「設定トルクCc」に相当する。
次に、甲1発明の「ネジ締めの目標トルクTQJに達したことを検出するトルクセンサ13」は,本件発明1の「設定トルク値Ccに達したことを検出する少なくとも1つのトルクセンサ(6)」に相当する。
次に、甲1発明の「一連の周期的な電流パルスDPをモータ11に供給する電流制御モードにおいて前記モータ11を駆動する制御装置4」は,本件発明1の「一連のインパルスを前記モータ手段(1)に供給することを意図されるインパルスモードにおいて前記モータ手段(1)を駆動する手段(4)」に相当する。
最後に、甲1発明の「前記衝撃発生装置12は、バックラッシュ(遊び)の吸収の際に、慣性エネルギーを衝撃発生装置のモータ11側である高速側が回転する間に蓄え、前記バックラッシュ(遊び)が吸収されると前記慣性エネルギーを次の電流パルスDPまでに前記出力軸15へ伝達できるようにすること」は、「バックラッシュ(遊び)の吸収」が前後2つの電流パルスDBの間、すなわち、2つのインパルスの間に行われることは明らかであるから、本件発明1の「前記変速機構は、2つのインパルス間に運動エネルギーEcを前記ロータ内に蓄積し、前記運動エネルギーEcを前記先端部材(2)に伝達できるようにすること」に相当する。

したがって、両者は、以下の点で一致する。
[一致点]
「ハウジングと、
ロータを有するモータ手段と、
前記モータ手段に結合され、比R及び効率μを有する減速ギヤを備えた変速機構によって回転駆動することができる先端部材と、
設定トルク値Ccに達したことを検出する少なくとも1つのトルクセンサと、
一連のインパルスを前記モータ手段に供給することを意図されるインパルスモードにおいて前記モータ手段を駆動する手段とを備え、
前記変速機構は、2つのインパルス間に運動エネルギーEcを前記ロータ内に蓄積し、前記運動エネルギーEcを前記先端部材(2)に伝達できるようにすることが可能である、電動スクリュードライバ。」

そして、両者は、以下の各点で相違する。
[相違点1]
本件発明1では、モータ手段の最大トルクCmax及び設定トルク値Ccに関して、「一定速度における最大トルクはCmax」であり、「前記モータ手段(1)及び前記減速ギヤ(4)は、R*μ*Cmax<Ccであるように構成され、前記設定トルク値Ccは、前記運動エネルギーEcを締め付けられるべきねじに伝達することを通して達成され、R*μ*Cmax≦Cc/1.5である」のに対して、甲1発明では、モータ11の一定速度における最大トルクについては不明であり、モータ11の最大トルク、衝撃発生装置12の減速ギヤ比及び効率と目標トルクTQJとの関係も不明である点。

[相違点2]
本件発明1では、「比Rは10/(μCmax)以下」であるとしているが,甲1発明では、モータ11の一定速度における最大トルクについては不明であり、減速ギヤの比について値の範囲を規定していない点。

(2)判断
まず相違点1について検討する。
本件発明1は、モータ手段の一定速度における最大トルクをCmaxと規定し、モータ手段の一定速度における最大トルクCmax、減速機構の減速比R及び効率μと設定トルク値Ccに関して、R*μ*Cmax<Ccと設定し、さらに、減速機構の減速比R及び効率μと設定トルク値Ccに関して、R*μ*Cmax≦Cc/1.5と設定するものである。
甲第1号証には、モータ11の一定速度における最大トルクについて記載も示唆もなく、そもそも、衝撃発生装置12の減速ギヤ比及び効率も明らかでなく、目標トルクTQJの具体的な数値も明らかでない。
そうすると、甲1発明における目標トルクTQJが、「(減速ギヤ比)*(効率)*(最大トルク)<目標トルクTQJ」の関係を満たすかどうか明らかでない。
そして、「(減速ギヤ比)*(効率)*(最大トルク)<目標トルクTQJ」の関係を満たすかどうか明らかでない上に、甲第1号証には、具体的な目標トルクTQJや減速ギヤ比が記載されていないから、甲1発明が更に「(減速ギヤ比)*(効率)*(最大トルク)<目標トルクTQJ/1.5」という関係を有するようにすることが、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
また、R(減速ギヤ比)、μ(効率)、Cmax(最大トルク)、Cc(設定トルク値)が、「R*μ*Cmax≦Cc/1.5」との関係を有することや、この式を満たすR、μ、Cmax、Ccの具体的な数値は、甲第2ないし5号証には記載も示唆もされていない。
そして、本件発明1は、相違点1に係る発明特定事項を有することにより、本件特許明細書の段落【0062】に記載されるような「この手法において、設定トルク値が相対的に高いレベルを有することができると同時に、操作者の手に及ぼされる望ましくない影響を制限する工具を提案することができる。」との効果を奏するものである。
よって、相違点1に係る本件発明1の構成については、甲1発明及び甲第2ないし5号証に記載された事項から、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲第2ないし5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。
よって、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(3)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は本件発明1と甲1発明との相違点について、特許異議申立書19ページ10行ないし20ページ1行で「<相違点1>本件発明では、『一定速度における最大トルクはCmaxであるモータ手段』であるのに対して、引用発明では、モータ11の最大トルクについては不明である点。 <相違点2> 本件発明では、『前記モータ手段(1)及び前記減速ギヤ(4)は、R*μ*Cmax<Ccであるように構成され、前記設定トルク値Ccは、前記運動エネルギーEcを締め付けられるべきねじに伝達することを通して達成され』るのに対して、引用発明では、衝撃発生装置12の減速ギヤ比及び効率と目標トルクTQJとの関係は不明である点。 <相違点3>本件発明では,『比Rは10/(μCmax)以下』であるとしているが、引用発明では、減速ギヤの比について値の範囲を規定していない点。<相違点4>本件発明では、『R*μ*Cmax≦Cc/1.5』であるとしているが、引用発明では、衝撃発生装置12の減速ギヤ比及び効率と目標トルクTQJとの関係は不明である点。」である旨主張している。
そして、特許異議申立人が主張する相違点2に関して、特許異議申立書21ページ10ないし15行で「すなわち、『締付トルク(TQ)』が『TS』を超えることがないようにモータは制御されているものであり、『衝撃発生装置12』のギヤ比を『R』、効率を『μ』とすると、『締付トルク(TQ)』が『TS』となったときにモータが発生しているトルクであるTS/(R×μ)が、モータの最大トルクとなる。そうすると、モータの最大トルクをCmaxとすれば、Cmax=TS/(R×μ)であり、式を変形すれば、TS=R×μ×Cmaxとなる。」旨主張している。
この点について検討すると、甲第1号証には、モータ11の一定速度における最大トルクについて記載も示唆もないことは、上記(2)で検討したとおりであって、さらに、モータのトルク値はモータの回転速度によって変動するものであるから「『締付トルク(TQ)』が『TS』となったときにモータが発生しているトルクであるTS/(R×μ)」が、「モータの一定速度における最大トルク」であるとまではいえない。よって、特許異議申立人の当該主張を採用することはできない。
そして、そもそも、特許異議申立人が主張する相違点1、相違点2及び相違点4は密接に関連するものであるから、それぞれを分けて検討すべきものではない。
また、特許異議申立人は甲第6号証を提出し、特許異議申立書17ページ12ないし14行で「甲第6号証によると、原出願に対し拒絶審決がなされている。本件特許発明は原出願の発明と多くの点において共通しており、甲第6号証における原発明の進歩性の判断の主旨は本件特許発明の進歩性の判断に適用されるべきである。」旨主張している。
しかしながら、本件発明1と原出願の発明とは別の発明であることは明らかであるから、特許異議申立人の当該主張を採用することはできない。

2.本件発明2ないし本件発明6
本件発明2ないし本件発明6は、本件発明1を引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに構成を限定するものであるから、本件発明1と同様に、甲1発明及び甲第2ないし5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。
よって、請求項2ないし6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

第6.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由及び証拠によっては、本件の請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に、本件の請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-08-27 
出願番号 特願2016-217493(P2016-217493)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (B25B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 須中 栄治  
特許庁審判長 栗田 雅弘
特許庁審判官 中川 隆司
青木 良憲
登録日 2018-11-30 
登録番号 特許第6440668号(P6440668)
権利者 エタブリスマン・ジョルジュ・ルノー
発明の名称 電動インパルススクリュードライバ  
代理人 奥山 尚一  
代理人 徳本 浩一  
代理人 坂田 泰弘  
代理人 森本 聡二  
代理人 田中 祐  
代理人 久保 幸雄  

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