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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1355741
審判番号 不服2018-13242  
総通号数 239 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-11-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-10-03 
確定日 2019-11-05 
事件の表示 特願2016- 73346「チタン銅箔、伸銅品、電子機器部品およびオートフォーカスカメラモジュール」拒絶査定不服審判事件〔平成29年10月 5日出願公開,特開2017-179565,請求項の数(7)〕について,次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は,特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成28年 3月31日の出願であって,平成29年11月24日付けで拒絶理由が通知され,平成30年 1月24日付けで意見書の提出とともに手続補正がされ,同年 6月22日付けで拒絶査定(原査定)がされ,その後,同年10月 3日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。

第2 原査定の概要
原査定(平成30年 6月22日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。
本願の請求項1?7に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献1 特開2014-37613号公報
引用文献2 特開平3-162536号公報
引用文献3 特開2009-97040号公報

第3 本願発明
本願の請求項1?7に係る発明は,本願出願時の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される,次のとおりのものである(平成30年 1月24日付け手続補正は,発明の詳細な説明の段落【0064】を補正するものであって,特許請求の範囲は補正されていない。)。
「【請求項1】
箔厚が0.1mm以下であり、Tiを1.5?4.5質量%で含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなり、圧延方向に平行な方向での表面の最大高さ粗さRzが0.1μm?1μmであるチタン銅箔。
【請求項2】
引張強度が1100MPa以上である請求項1に記載のチタン銅箔。
【請求項3】
Ag、B、Co、Fe、Mg、Mn、Mo、Ni、P、Si、CrおよびZrのうちの一種以上を総量で0?1.0質量%含有する請求項1又は2に記載のチタン銅箔。
【請求項4】
請求項1?3の何れか一項に記載のチタン銅箔を備えた伸銅品。
【請求項5】
請求項1?3の何れか一項に記載のチタン銅箔を備えた電子機器部品。
【請求項6】
電子機器部品がオートフォーカスカメラモジュールである請求項5に記載の電子機器部品。
【請求項7】
レンズと、このレンズを光軸方向の初期位置に弾性付勢するばね部材と、このばね部材の付勢力に抗する電磁力を生起して前記レンズを光軸方向へ駆動可能な電磁駆動手段を備え、前記ばね部材が請求項1?3の何れか一項に記載のチタン銅箔であるオートフォーカスカメラモジュール。」

第4 引用文献の記載
1 引用文献1について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1には,次の記載がある。下線は当審が付した。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
1.5?5.0質量%Tiを含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなり、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が1100MPa以上であり、且つ、圧延方向に直角な方向での算術平均粗さ(Ra)が0.1μm以下であるチタン銅箔。
【請求項2】
前記0.2%耐力が1200MPa以上である請求項1に記載のチタン銅箔。
【請求項3】
箔厚が0.1mm以下である請求項1又は2に記載のチタン銅箔。
【請求項4】
Ag、B、Co、Fe、Mg、Mn、Mo、Ni、P、Si、CrおよびZrのうち1種以上を総量で0?1.0質量%含有する請求項1?3の何れか一項に記載のチタン銅箔。
【請求項5】?【請求項10】(略)」

「【技術分野】
【0001】
本発明は、オートフォーカスカメラモジュール等の導電性ばね材として好適な、優れた強度を備えたCu-Ti系合金箔に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0007】(略)
【0008】
そこで、本発明はオートフォーカスカメラモジュール等の電子機器部品に使用される導電性ばね材として好適な高強度チタン銅箔を提供することを目的とする。また、本発明はそのようなチタン銅箔の製造方法を提供することを別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らはチタン銅箔の0.2%耐力とへたりの関係及び表面粗さとへたりの関係を鋭意調査した結果、0.2%耐力が高く、且つ表面粗さが小さいほどへたり量は小さくなることを見出した。本発明は以上の知見を背景として完成したものであり、以下によって特定される。
【0010】
(1)1.5?5.0質量%Tiを含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなり、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が1100MPa以上であり、且つ、圧延方向に直角な方向での算術平均粗さ(Ra)が0.1μm以下であるチタン銅箔。
(2)前記0.2%耐力が1200MPa以上である(1)のチタン銅箔。
(3)箔厚が0.1mm以下である(1)又は(2)のチタン銅箔。
(4)?(10)(略)
【発明の効果】
【0011】
オートフォーカスカメラモジュール等の電子機器部品に使用される導電性ばね材として好適な高強度Cu-Ti系合金箔が得られる。」

「【発明を実施するための形態】
【0013】
(1)Ti濃度
本発明に係るチタン銅箔においては、Ti濃度を1.5?5.0質量%とする。チタン銅は、溶体化処理によりCuマトリックス中へTiを固溶させ、時効処理により微細な析出物を合金中に分散させることにより、強度及び導電率を上昇させる。
Ti濃度が1.5質量%未満になると、析出物の析出が不充分となり所望の強度が得られない。Ti濃度が5.0質量%を超えると、加工性が劣化し、圧延の際に材料が割れやすくなる。強度及び加工性のバランスを考慮すると、好ましいTi濃度は2.9?3.5質量%である。
【0014】
(2)その他の添加元素
本発明に係るチタン銅箔においては、Ag、B、Co、Fe、Mg、Mn、Mo、Ni、P、Si、CrおよびZrのうち1種以上を総量で0?1.0質量%含有させることにより、強度を更に向上させることができる。これら元素の合計含有量が0、つまり、これら元素を含まなくても良い。これら元素の合計含有量の上限を1.0質量%としたのは、1.0質量%を超えると、加工性が劣化し、圧延の際に材料が割れやすくなるからである。強度及び加工性のバランスを考慮すると、上記元素の1種以上を総量で0.005?0.5質量%含有させることが好ましい。
【0015】
(3)0.2%耐力
オートフォーカスカメラモジュールの導電性ばね材として好適なチタン銅箔に必要な0.2%耐力は1100MPa以上であるところ、本発明に係るチタン銅箔においては、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が1100MPa以上を達成することができる。本発明に係るチタン銅箔の0.2%耐力は好ましい実施形態において1200MPa以上であり、更に好ましい実施形態において1300MPa以上である。
【0016】(略)
【0017】
本発明においては、チタン銅箔の圧延方向に平行な方向での0.2%耐力は、JIS Z2241(金属材料引張試験方法)に準拠して測定する。
【0018】
(4)表面粗さ(Ra)
一般的に、オートフォーカスカメラモジュール等に使用される導電性ばね材の箔厚は0.1mm以下である。材料に荷重を加えた場合、その応力は材料の箔厚が最も薄い部分に集中する。材料の表面粗さが大きい、つまり材料の箔厚が厚い部分と薄い部分が局所的に存在すると、応力は箔厚が薄い部分に集中し、へたりが生じる。一方で、材料の表面粗さが小さいと、材料に荷重を加えた場合でも応力が特定の場所に集中しにくくなるので、へたりが生じにくくなる。
【0019】
本発明者の検討結果によれば、算術平均粗さ(Ra)を0.1μm以下に制御すると、耐へたり性が有意に向上することが分かった。したがって、本発明に係るチタン銅箔の算術平均粗さ(Ra)は0.1μm以下であり、好ましくは0.08μm以下であり、更に好ましくは0.06μm以下である。表面粗さの下限値は、本発明が目的とする強度の点からは特に規制されない。ただし、極度に小さな算術平均粗さ(Ra)を作り込むことは手間及び費用がかかるため、算術平均粗さ(Ra)は、典型的な実施形態においては0.01μm以上であり、より典型的な実施形態においては0.02μm以上である。
【0020】
本発明においては、チタン銅箔の圧延方向に直角な方向に沿って、基準長さ300μmの粗さ曲線を採取し、その曲線からJIS B 0601に準拠して算術平均粗さ(Ra)を測定する。
【0021】
(5)銅箔の厚み
本発明に係るチタン銅箔の一実施形態においては、箔厚が0.1mm以下であり、典型的な実施形態においては箔厚が0.08?0.03mmであり、より典型的な実施形態においては箔厚が0.05?0.03mmである。
【0022】?【0046】(略)」

「【実施例】
【0047】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0048】
表1に示す合金成分を含有し残部が銅及び不可避的不純物からなる合金を実験材料とし、合金成分及び製造条件が0.2%耐力及びへたりに及ぼす影響を調査した。
真空溶解炉にて電気銅2.5kgを溶解し、表1に記載の合金組成が得られるよう合金元素を添加した。この溶湯を鋳鉄製の鋳型に鋳込み、厚さ30mm、幅60mm、長さ120mmのインゴットを製造した。このインゴットを、次の工程順で加工し、表1に記載の所定の箔厚をもつ製品試料を作製した。
【0049】
(1)熱間圧延:インゴットを950℃で3時間加熱し、厚さ10mmまで圧延した。
(2)研削:熱間圧延で生成した酸化スケールをグラインダーで除去した。研削後の厚みは9mmであった。
(3)冷間圧延1:圧下率に応じて所定の厚みまで圧延した。
(4)溶体化処理:800℃に昇温した電気炉に試料を装入し、5分間保持した後、試料を水槽に入れて急冷却した。
(5)冷間圧延2:圧下率に応じて所定の厚みまで圧延した。
(6)時効処理:表1に示す温度及び時間、Ar雰囲気中で加熱した。該温度は時効後の引張強さが最大になるように選択した。
(7)酸洗・バフ研磨:時効処理で生成した酸化スケールを除去するために、15vol.%硫酸-1.5vol.%過酸化水溶液中でバフ研磨を行った。
(8)冷間圧延3:表1に示す箔厚まで圧延した。更に圧延の最終パスは表1に示す粗さのワークロールを使用した。
【0050】
作製した製品試料について、次の評価を行った。
(イ)0.2%耐力
引張試験機を用いて上述した測定方法に従い圧延方向と平行な方向の0.2%耐力を測定した。
(ロ)表面粗さ
箔表面の算術平均粗さ(Ra)は、Lasertec社製コンフォーカル顕微鏡HD-100により、上述した測定方法で求めた。測定は圧延方向に対して直角に行った。
(ハ)へたり
幅10mmの短冊試料を長手方向が圧延平行方向となるように採取し、図4のように、試料の片端を固定し、この固定端から距離Lの位置に、先端をナイフエッジに加工したポンチを1mm/分の移動速度で押し当て、試料に距離dのたわみを与えた後、ポンチを初期の位置に戻し除荷した。除荷後、へたり量δを求めた。
試験条件は試料の箔厚が0.05mm以下の場合、L=3mm、d=2mmであり、箔厚が0.05mmより厚い場合、L=5mm、d=4mmである。また、へたり量は0.01mmの分解能で測定し、へたりが検出されなかった場合は<0.01mmと表記している。
【0051】
ワークロールの算術平均粗さ(Ra)は、接触式粗さ測定機を用いて、上述した測定方法で求めた。
【0052】
表1に試験結果を示す。冷間圧延3を実施しなかった場合については「なし」と記載した。
本発明の規定範囲内である発明例1?32は、0.2%耐力が1100MPa以上、表面粗さ0.1μm以下が得られ、それらのへたり量は0.1mm以下と小さく良好な特性が得られた。
冷間圧延2の圧下率が55%未満である比較例1及び2、時効処理の温度が200?450℃の範囲外である比較例3及び4、時効処理の時間が2?20時間の範囲外である比較例5及び6、冷間圧延3の圧下率が35%未満である比較例7及び8は、0.2%耐力が1100MPa未満となり、それらのへたり量は0.1mmを越えた。
冷間圧延3の最終パスに粗さ0.1μmを越えたワークロールを使用した比較例9?11の表面粗さRaは0.1μmを超え、それらのへたり量は0.1mmを超えた。
Ti濃度が1.5質量%未満である比較例12の0.2%耐力は1100MPa未満となり、そのへたり量は0.1mmを超えた。一方、Ti濃度が5.0質量%を越えた比較例13、Ti以外の添加元素の総量が1.0質量%を越えた比較例14は圧延中に割れが発生し評価できなかった。
また、時効処理後に酸洗及びバフ研磨を行った後、冷間圧延3を行わなかった比較例15の0.2%耐力は1100MPa未満、表面粗さは0.1mmを超え、そのへたり量は0.1mmを超えた。」

(2)上記(1)の摘示,特に請求項1,3,4の記載によれば,引用文献1には,次の発明が記載されていると認められる。
「1.5?5.0質量%Tiを含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなり、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が1100MPa以上であり、且つ、圧延方向に直角な方向での算術平均粗さ(Ra)が0.1μm以下であり、箔厚が0.1mm以下であり、Ag、B、Co、Fe、Mg、Mn、Mo、Ni、P、Si、CrおよびZrのうち1種以上を総量で0?1.0質量%含有するるチタン銅箔。」(以下「引用発明」という。)

2 引用文献2について
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2には,次の記載がある。下線は当審が付した。

「特許請求の範囲
(1)Sn2.0超?10.0wt%、P0.005?0.08wt%、Ni0.05?1.0wt%、Zn0.05?3.0wt%を含み、残部銅及び不可避的な不純物からなる合金の結晶粒度を10μm以下、表面粗さとしてRmax0.7μm以下、Ra0.08μm以下とすることを特徴とするめっき耐熱剥離性を改善した高力高導電銅合金。
(2)Sn2.0超?10.0wt%、P0.005?0.08wt%、Ni0.05?1.0wt%、Zn0.05?3.0wt%、副成分としてMn、Cr、Co、Al、Fe、Si、Te、Nb、Ti、Zr、Ag、Inのうち1種又は2種以上を総量で0.01?1.0wt%を含み、残部銅及び不可避的な不純物からなる合金の結晶粒度を10μm以下、表面粗さとしてRmax0.7μm以下、Ra0.08μm以下とすることを特徴とするめっき耐熱剥離性を改善した高力高導電銅合金。
(3)最終圧延の後、歪取り焼鈍を行うことを特徴とする請求項第1項及び第2項記載のめっき耐熱剥離性を改善した高力高導電銅合金。」(第1頁左下欄?右下欄)

「表面粗さとしてRmax0.7μm以下、Ra0.08μm以下とする理由は、表面粗さを平坦にする事により、めっき密着性を向上させ、また、緻密な電着粒をつけ耐熱剥離性を向上させる事ができるためであるが、Rmax0.7μm、Ra0.08μmを超えるとこの効果が認められないためである。ここでいう最大高さ(Rmax)とは、JIS規格の定義による断面曲線から基準長さだけ抜き取った部分の平均線に平行な2直線で抜取り部分を挾んだとき、この2直線の間隔を断面曲線の縦倍率の方向に測定して、この値をマイクロミリメートル(μm)(当審注:「マイクロメートル(μm)」の誤記と認める。)で表わしたものをいう。」(第3頁右上欄)

3 引用文献3について
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献3には,次の記載がある。下線は当審が付した。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、コネクタ、端子、リレ-、スイッチ等の導電性ばね材として好適な、耐磨耗性に優れたすずめっき条に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用及び民生用の端子、コネクタ、電気電子機器の各種端子、コネクタ、リレー又はスイッチ等には、Snの優れた半田濡れ性、耐食性、電気接続性を生かし、Snめっきを施こされた銅又は銅合金条が使用されている。
【0003】
Snめっき条は、連続めっきラインにおいて、脱脂及び酸洗の後、電気めっき法により下地めっき層を形成し、次に電気めっき法によりSnめっき層を形成し、最後にリフロー処理を施しSnめっき層を溶融させる工程で製造される。
Snめっき条の下地めっきとしては、Cu下地めっきが一般的であり、耐熱性が求められる用途に対してはCu/Ni二層下地めっきが施されることもある。ここで、Cu/Ni二層下地めっきとは、Cu下地めっき、Ni下地めっき、Snめっきの順に電気めっきを行なった後にリフロー処理を施しためっきであり、リフロー後のめっき皮膜層の構成は表面からSnめっき層、Cu-Snめっき層、Niめっき層、母材となる。この技術の詳細は特許文献1、特許文献2、特許文献3等に開示されている。
【特許文献1】特開平6-196349号公報
【特許文献2】特開2003-293187号公報
【特許文献3】特開2004-68026号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来使用されてきている銅合金のリフローSnめっき条は、繰り返し挿抜したり、嵌合後に振動などで接点部が摺動する条件下で使用される電子部品に要求される耐磨耗性、耐食性、電気接続性を安定して示すことは困難であった。又、銅合金のリフローSnめっき条を高温で長時間保持すると、めっき層が母材より剥離する現象(以下、熱剥離)が生じることが知られている。熱剥離が生じると、更にSnめっき層の耐摩耗性が低下し、Snの優れた半田濡れ性、耐食性、電気接続性を享受することが困難になる。
本発明の目的は、すずめっきの耐磨耗性を改善したすずめっき条を提供することである。」

第5 対比・検討
1 本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると,両者は,
「箔厚が0.1mm以下であり、Tiを1.5?4.5質量%で含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなるチタン銅箔。」
である点において一致し,次の相違点を有する。

(相違点)
チタン銅箔表面の粗さが,本願発明1では「圧延方向に平行な方向での表面の最大高さ粗さRzが0.1μm?1μmである」のに対し,引用発明では「圧延方向に直角な方向での算術平均粗さ(Ra)が0.1μm以下である」点。

(2)相違点についての検討
ア 上記相違点について検討すると,本願発明1の「最大高さ粗さRz」は「酸化膜が存在してなお、良好なはんだ濡れ性を確保できるとともに、いわゆるアンカー効果に基く高い密着強度を発揮できる」ための構成であり,また,このようなRzは「圧延でオイルピットが形成されることにより変化させることが可能」で,それにより「チタン銅箔を製造する際の最終冷間圧延の加工度を制御すること」で,所定の範囲の「Rzを有するチタン銅箔を製造できる」という知見に基づくものである(段落【0014】)。

イ これに対して,引用発明の「算術平均粗さ(Ra)」は,材料の表面粗さが大きい,つまり「材料の箔厚が厚い部分と薄い部分が局所的に存在すると、応力は箔厚が薄い部分に集中し、へたりが生じる」一方,「材料の表面粗さが小さいと、材料に荷重を加えた場合でも応力が特定の場所に集中しにくくなるので、へたりが生じにくくなる」点に着目したもので,Raを「0.1μm以下に制御すると、耐へたり性が有意に向上する」ことから,Raは0.1μm以下であるというものである(段落【0018】?【0019】)。

ウ また,本願発明1の「最大高さ粗さRz」と引用発明の「算術平均粗さ(Ra)」とは,試料の測定に基づく粗さ曲線から求められる表面粗さのパラメータという点では共通するものの,前者は最も高い部分と最も深い部分との「差分値」,後者は「算術平均値」であって,定義が異なるものである。したがって,Raが同じでもRzが等しいとはいえないし,逆にRzが同じでもRaが等しいともいえない。

エ そうすると,本願発明1の「最大高さ粗さRz」と,引用発明の「算術平均粗さ(Ra)」とは,銅箔の表面粗さという点では共通するものの,表面粗さの範囲は0.1μmを境として互いに重複しておらず,更には,表面粗さの方向が,本願発明1は「圧延方向に平行」なのに対し,引用発明は「圧延方向に直角」であることよりみて,両者は技術的思想が異なるものといえる。
そして,引用文献2は,めっき耐熱剥離性を改善した高力高導電銅合金の表面粗さとしてRmax0.7μm以下,Ra0.08μm以下とする理由として,「表面粗さを平坦にする事により、めっき密着性を向上させ、また、緻密な電着粒をつけ耐熱剥離性を向上させる事ができるためであるが、Rmax0.7μm、Ra0.08μmを超えるとこの効果が認められない」(第3頁右上欄。摘示中「Rmax」は本願発明1の「最大高さ粗さRz」に,「Ra」は引用発明の「算術平均粗さ(Ra)」に対応する。)ことを示すに止まり,Rmax(Rz)とRaとの関係や表面粗さの方向について示唆するものではない。また,引用文献3は,銅合金のリフローSnめっき条に係る技術について開示するに止まり,その表面粗さについて示唆するものではない。
よって,引用発明に引用文献2,3に記載された技術事項を勘案しても,相違点に係る本願発明1の構成に至る動機づけが見当たらない。

オ なお,原査定では,概要,表面粗さがめっき層の密着性に影響することは当業者に自明な事項であり,アンカー効果についても当業者に自明な事項であること,引用文献2の開示されている最大高さ粗さは本願請求項1に記載されている最大高さ粗さを満足するものであること,引用文献1,2には,表面粗さを所定の範囲とするためにワークロールの表面粗さを制御することが開示されていることを指摘している。
しかるに,引用発明の「算術平均粗さ(Ra)」が,本願発明1の「最大高さ粗さRz」とその技術的思想において異なることは,前記エで検討したとおりであり,そうであれば,引用発明に引用文献2,3に記載された技術事項を勘案しても,相違点に係る本願発明1の構成に至る動機づけが見当たらない。

(3)以上のとおり,本願発明1は,引用発明及び引用文献2,3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものとはいえない。

2 本願発明2について
本願発明2は,本願発明1を引用して,更に,引張強度が1100MPa以上であることを特定したものである。
一方,引用発明は,圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が1100MPa以上であるから,引張強度の点は実質的な相違点ではない。
よって,本願発明2と引用発明との相違点は,上記1(1)と同様である。
そして,上記1(2)と同様の理由により,引用発明に引用文献2,3に記載された技術事項を勘案しても,相違点に係る本願発明2の構成に至る動機づけが見当たらない。
したがって,本願発明2は,引用発明及び引用文献2,3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものとはいえない。

3 本願発明3について
本願発明3は,本願発明1又は2を引用して,更に,Ag,B,Co,Fe,Mg,Mn,Mo,Ni,P,Si,CrおよびZrのうちの一種以上を総量で0?1.0質量%含有することを特定したものである。
これに対し,引用発明も,Ag、B、Co、Fe、Mg、Mn、Mo、Ni、P、Si、CrおよびZrのうちの一種以上を総量で0?1.0質量%含有するものであり,この点は相違点とはならない。
よって,本願発明3と引用発明との相違点は,上記1(1)と同様である。
そして,上記1(2)と同様の理由により,引用発明に引用文献2,3に記載された技術事項を勘案しても,相違点に係る本願発明3の構成に至る動機づけが見当たらない。
したがって,本願発明3は,引用発明及び引用文献2,3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものとはいえない。

4 本願発明4?7について
本願発明4は,本願発明1?3のいずれかを引用した伸銅品であり,本願発明5,6は,本願発明1?3のいずれかを直接又は間接に引用した電子機器部品であり,本願発明7は,本願発明1?3のいずれかを引用したオートフォーカスカメラモジュールを特定したものである。
これに対し,引用文献1には,引用発明のチタン銅箔を伸銅品,電子機器部品及びオートフォーカスカメラモジュールに用いることが記載されているから,いずれも実質的な相違点ではない。
よって,本願発明4?7と引用発明との相違点は,上記1(1)と同様である。
そして,上記1(2)と同様の理由により,引用発明に引用文献2,3に記載された技術事項を勘案しても,相違点に係る本願発明4?7の構成に至る動機づけが見当たらない。
したがって,本願発明4?7は,引用発明及び引用文献2,3に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおり,本願発明1?7は,当業者が引用発明及び引用文献2,3に記載された技術的事項に基いて容易に発明をすることができたものとはいえないから,原査定の拒絶理由によっては,本願を拒絶すべきものとすることはできない。
また,他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-10-21 
出願番号 特願2016-73346(P2016-73346)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 川村 裕二  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 平塚 政宏
中澤 登
発明の名称 チタン銅箔、伸銅品、電子機器部品およびオートフォーカスカメラモジュール  
代理人 アクシス国際特許業務法人  

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