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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 F16H |
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管理番号 | 1355771 |
審判番号 | 不服2018-17373 |
総通号数 | 239 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2019-11-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-12-27 |
確定日 | 2019-10-29 |
事件の表示 | 特願2015- 96514号「油圧制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成28年12月15日出願公開、特開2016-211669号、請求項の数(2)〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、平成27年5月11日の出願であって、平成30年5月7日付けで拒絶の理由が通知され、同年6月29日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年10月23日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年12月27日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。 2.本願発明 本願の請求項1及び2に係る発明(以下、「本願発明1」及び「本願発明2」という。)は、平成30年6月29日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 車両用自動変速機(2)の摩擦要素(5a?5e)の油圧室(7)に供給する油圧である供給圧を制御するものであって、 前記摩擦要素(5a?5e)は、前記油圧室(7)を区画するとともに前記供給圧によって移動可能なピストン(8)と、このピストン(8)を前記供給圧に抗して押圧するリターンスプリング(9)と、このピストン(8)の移動により係合されたり係合が解かれたりする第1係合板(6a)および第2係合板(6b)とを具備し、 前記第1係合板(6a)と前記第2係合板(6b)とは、係合の解かれた開放状態と滑りのない無滑係合状態とを滑りのある滑り係合状態を経由して交互に繰り返す油圧制御装置(1)において、 通電量に応じて往復動するスプール(44)によって前記摩擦要素(5a?5e)への供給圧を調圧する電磁弁(35a?35e)と、 供給圧の指令値に基づき、前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御する制御部(52)とを備え、 前記制御部(52)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第1周波数で振動する第1波形に、前記第1周波数より高い第2周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第2波形を重畳させた第1振動波形部を生成し、 前記スプール(44)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間において前記第1振動波形部により、走行条件に応じて自在に変更できる前記第1周波数および第1往復動幅で往復動し、 さらに、前記制御部(52)は、前記開放状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第3周波数で振動する第3波形に、前記第3周波数より高い第4周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第4波形を重畳させた第2振動波形部を生成し、 前記スプール(44)は、前記第2振動波形部によって第3周波数で往復動し、 前記供給圧は、前記第2振動波形部によって前記滑り係合状態へと移行する滑り係合開始圧力を上回らないことを特徴とする油圧制御装置(1)。 【請求項2】 車両用自動変速機(2)の摩擦要素(5a?5e)の油圧室(7)に供給する油圧である供給圧を制御するものであって、 前記摩擦要素(5a?5e)は、前記油圧室(7)を区画するとともに前記供給圧によって移動可能なピストン(8)と、このピストン(8)を前記供給圧に抗して押圧するリターンスプリング(9)と、このピストン(8)の移動により係合されたり係合が解かれたりする第1係合板(6a)および第2係合板(6b)とを具備し、 前記第1係合板(6a)と前記第2係合板(6b)とは、係合の解かれた開放状態と滑りのない無滑係合状態とを滑りのある滑り係合状態を経由して交互に繰り返す油圧制御装置(1)において、 通電量に応じて往復動するスプール(44)によって前記摩擦要素(5a?5e)への供給圧を調圧する電磁弁(35a?35e)と、 供給圧の指令値に基づき、前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御する制御部(52)とを備え、 前記制御部(52)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第1周波数で振動する第1波形に、前記第1周波数より高い第2周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第2波形を重畳させた第1振動波形部を生成し、 前記スプール(44)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間において前記第1振動波形部により、走行条件に応じて自在に変更できる前記第1周波数および第1往復動幅で往復動し、 さらに、前記制御部(52)は、前記無滑係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第5周波数で振動する第5波形に、前記第5周波数より高い第6周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第6波形を重畳させた第3振動波形部を生成し、 前記スプール(44)は、前記第3振動波形部によって、第5周波数で往復動し、 前記供給圧は、前記第3振動波形部によって前記滑り係合状態へと移行する滑り開始圧力を下回らないことを特徴とする油圧制御装置(1)。」 3.原査定の概要 原査定は、本願発明1及び2は、その出願前に日本国内において頒布された下記の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。 引用文献1.特開2012-36965号公報 引用文献2.特開2014-197655号公報 4.引用文献に記載された事項及び引用発明 (1)引用文献1に記載された事項及び引用発明 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。 なお、下線は当審で付したものである。以下同様である。 ア 「【0001】 本発明は、自動変速機に用いられる油圧制御装置に関する。」 イ 「【0002】 例えば、自動変速機では、クラッチやブレーキ等の複数の摩擦要素を選択的に係合又は開放することで変速がなされる。油圧式多板クラッチでは、上述した摩擦要素として交互に重ねられたクラッチディスクを用い、これらのクラッチディスクをクラッチピストンにより圧着させて係合状態をつくる。クラッチピストンは、リニアソレノイド弁の出力ポートから供給される作動油によって動作する。 ・・・(中略)・・・ 【0006】 ここで、以下の発明に対する理解を容易にするため、従来の係合制御を説明しておく。図2は係合制御におけるスプール変位、指令信号及び実油圧、並びに、クラッチピストン変位を示すタイミングチャートである。 【0007】 まず時刻t1において、マイクロコンピュータは指令信号を算出する。この指令信号に基づき、駆動電流が出力される。ここでは、指令信号の大きさ(以下「指令値」という)が目標油圧値を示している。 まず、時刻t1から時刻t3までの期間bにおいて、比較的大きな指令値aの指令信号が算出される。時刻t3では、指令値aよりも小さな指令値dの指令信号が算出される。 【0008】 このように係合制御の最初の期間bにおいて比較的大きな指令値aの指令信号が算出されるのは、上述したように、いわゆる「ガタ詰め」を行うためである。つまり、クラッチピストンがクラッチディスクに当接するまでに要する時間を短くし、これにより、シフトレスポンスを向上させる。なお、本明細書では、「がた詰め」のために最初の期間に出力される比較的大きな駆動電流を「初期駆動電流」ということにする。 【0009】 そして、図2に示すように、時刻t3から時刻t5までの期間cに「がた詰め」を完了させる。図2では、指令値dに対し実油圧値が一致する時刻t4にて「がた詰め」が完了している。 【0010】 時刻t5からは係合トルクを増大するため指令値がリニアに増加するよう指令信号が算出され、時刻t6から時刻t7までの期間はエンジンの慣性トルク分に応じ一定指令値の指令信号が算出され、時刻t7で、完全な係合状態を維持すべくさらに大きな指令値の指令信号が算出される。」 ウ 「【0012】 ところで、リニアソレノイド弁が、例えば異物などの侵入によってロックすることがある。この場合、指令値aの指令信号に基づく初期駆動電流を出力しても、リニアソレノイド弁から作動油が供給されることがなく、特定の摩擦要素の係合が不能となってしまう。結果として、目標とする変速が実現されないという事態が生じる。 【0013】 そこで、従来、指令信号とフィードバックされる実電流とを比較して、リニアソレノイド弁の異常を検出する装置が開示されている(例えば、特許文献1参照)。また、従来、油圧センサを設け、指令信号に対する油圧の変化を評価して故障を判定する装置が開示されている(例えば、特許文献2参照)。 ・・・(中略)・・・ 【発明が解決しようとする課題】 【0015】 しかしながら、特許文献1に記載された装置では、電気的な故障を判断することは出来るものの、異物などによるリニアソレノイド弁のロックは判定できない。また、特許文献2に記載された装置では、高価な油圧センサを用いるという点で不利である。 【0016】 もちろん、油圧センサに対して安価な油圧スイッチを用いることも考えられるが、実油圧値が増加してからの判断となるため、異常検出が遅れてしまう虞がある。例えば、図2中の時刻t5よりも遅れて異常が検出されるという具合である。異常検出が遅れた場合、変速異常が引き起こされる。 【0017】 本発明は、上述した問題を解決するためになされたものであり、その目的は、係合制御の際の異物などによるリニアソレノイド弁の故障を、変速異常が発生する前に検出可能な油圧制御装置を提供することにある。」 エ 「【0032】 以下、実施形態の油圧制御装置を図面に基づいて説明する。図1は、油圧制御装置を含む油圧制御システムの構成を模式的に示す説明図である。図1に示すように、油圧制御装置は、リニアソレノイド弁10とTCU(Transmission Control Unit )20とを備えており、クラッチ30を制御する。 【0033】 最初にクラッチ30の構造を説明しておく。クラッチ30は、自動変速機の摩擦要素として機能する。自動変速機は通常複数のクラッチ30で構成されるが、ここでは便宜上、クラッチ30を一つだけ示した。 【0034】 クラッチ30は、自動変速機の内部に設けられ、多板クラッチを構成している。クラッチ30は、軸方向に重なり合う複数のクラッチディスク31,32を有している。これらクラッチディスク31,32によって、係合状態が作られる。 【0035】 ・・・(中略)・・・ 【0036】 また、基部34には、円板状のクラッチピストン35が軸方向に往復移動可能に支持されている。ここで、クラッチピストン35と上記底部34aとの間に、ピストン室36が形成される。 【0037】 基部34の底部34aとは反対側の端部には、円板状の係止部34cが形成されている。この係止部34cは、ちょうどクラッチディスク31,32の径方向内側に位置している。そして、係止部34cと上記クラッチピストン35との間には、バネ37が設けられている。これにより、クラッチピストン35は、底部34a側へ付勢される。 【0038】 上述したピストン室36には、軸部33に形成された油路33aを介して、作動油が供給される。これにより、ピストン室36の油圧が上昇し、バネ37の付勢力に打ち勝つと、クラッチピストン35は、底部34aから離間する方向へ移動する。クラッチピストン35が、クラッチディスク31に当接しクラッチディスク31を押圧すると、クラッチディスク31,32の係合状態が作られる。 【0039】 このようなクラッチ30に対し作動油を供給するのが、リニアソレノイド弁10である。そこで、次に、リニアソレノイド弁10について説明する。リニアソレノイド弁10は、通常複数設けられるが、ここでは、クラッチ30に対応させて一つだけ示した。 【0040】 リニアソレノイド弁10は、スリーブ11と、電磁力発生部12とを備えている。スリーブ11には、電磁力発生部12側から、排出ポート11a、及び、出力ポート11b、供給ポート11c、自己調圧ポート11dが形成されている。 【0041】 供給ポート11cには、供給管41が接続されている。供給管41は、オイルパン42からリニアソレノイド弁10へ作動油を供給する配管であり、その途中には、オイルポンプ43が接続されている。また、排出ポート11aには、排出管44が接続されている。排出管44は、リニアソレノイド弁10からオイルパン42へ作動油を排出するものである。 【0042】 出力ポート11bには、出力管45が接続されている。出力管45は、クラッチ30の軸部33に形成された油路33aに接続されている。これにより、作動油は、出力管45から、油路33aを経由し、ピストン室36へ供給される。また、出力管45の途中には、分岐管46が分岐するように形成されている。分岐管46は、自己調圧ポート11dに接続されている。 【0043】 スリーブ11には、軸方向に往復移動可能な油圧制御スプール13が収容されている。油圧制御スプール13は、軸方向の変位によって、上述した複数のポート11a?11dのうちの所定のポートを連通させる。 【0044】 具体的には、電磁力発生部12から離間する方向(以下「出力方向」という)へ変位すると、供給ポート11cと出力ポート11bとが連通する。また、電磁力発生部12へ近接する方向(以下「排出方向」という)へ変位すると、出力ポート11bと排出ポート11aとが連通する。なお、その中間位置には、供給ポート11c及び排出ポート11aがともに出力ポート11bに連通しないオーバーラップ領域が存在する。 【0045】 ・・・(中略)・・・ 【0046】 電磁力発生部12は、可動部15、固定部16、コイル17及び、コネクタ18等で構成されている。可動部15は、円筒状の固定部16の内側に、軸方向に移動可能に支持されている。また、コイル17は、固定部16の周囲に配置されている。また、コネクタ18を介して、TCU20が電気的に接続される。 【0047】 TCU20からは、指令信号に基づく駆動電流が出力される。この駆動電流によってコイル17が通電されると、可動部15に対し、出力方向への電磁吸引力が作用する。これにより、可動部15は、固定部16に支持された棒状の連結部19を介して、油圧制御スプール13を出力方向へ付勢する。 【0048】 また、油圧制御スプール13の電磁力発生部12側の端部には、Feリング13aが設けられている。また、スリーブ11には、Feリング13aに対応させ、磁石付きホールIC11eが設けられている。これにより、油圧制御スプール13の変位が検出可能となっている。 【0049】 TCU20は、マイクロコンピュータ及び駆動回路等から構成されている。TCU20には、作動油の温度を検出する油温センサ21が接続されている。なお、係合制御を実行する上で必要な各種運転情報を取得するためのスロットル開度センサ、エンジン回転数センサ、タービン回転数センサ、レンジセンサ、車速センサ等(いずれも不図示)も接続されている。 【0050】 TCU20を構成するマイクロコンピュータは、種々の制御プログラムを実行することにより、目標油圧値を指令値とする指令信号を算出する。駆動回路は、算出された指令信号に基づき、電磁力発生部12を駆動するための駆動電流を出力する。」 オ 「【0051】 次に、TCU20による故障判定処理について説明する。図4は、故障判定処理を示すフローチャートである。 ・・・(中略)・・・ 【0059】 以上詳述したように、本実施形態では、係合制御における指令信号の算出を判断し(図4中のS100)、その後、油圧制御スプール13がオーバーラップ領域から脱する前に設定期間が経過したか否かを判断する(S120,S130)。そして、設定期間が経過したと判断された場合(S130:YES)、リニアソレノイド弁10が故障したと判定する(S140)。つまり、図2で言えば、時刻t1からの計時を行い、記号Aで示す油圧制御スプール13の変位が検出されないうちに設定期間が経過した場合、リニアソレノイド弁10が故障したと判定するのである。これにより、係合制御の際の異物などによるリニアソレノイド弁10の故障を、変速異常が発生する前に検出することができる。」 上記エの段落【0049】の「なお、係合制御を実行する上で必要な各種運転情報を取得するためのスロットル開度センサ、・・・(中略)・・・車速センサ等(いずれも不図示)も接続されている。」との記載から、上記アの「自動変速機」は「車両用」と認められる。 上記イの段落【0006】の「ここで、以下の発明に対する理解を容易にするため、従来の係合制御を説明しておく。」との記載によれば、それ以降の説明は、引用文献1に記載された発明において実施されるものと認められ、図2と合わせみれば、時刻t1までは実油圧が発生していないことから、摩擦要素は係合が解かれた開放状態にあると認められ、時刻t7以降は摩擦要素は「完全な係合状態」にあり、「がた詰め」が完了した時刻t4からt7までは、滑り係合状態にあると認められ、また、「自動変速機では、クラッチやブレーキ等の複数の摩擦要素を選択的に係合又は開放することで変速がなされる」(段落【0002】)ことは、開放状態と完全な係合状態とを滑り係合状態を経由して交互に繰り返すことと認められる。さらに、図2から、開放状態、滑り係合状態、及び、完全な係合状態のそれぞれに供給圧の指令値が一定に保たれる期間が存在することを看取しうる。 上記ア?オの記載事項、上記の認定事項、及び【図1】、【図2】の図示内容からみて、引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 〔引用発明〕 「車両用自動変速機のクラッチ30のピストン室36に供給する油圧である供給圧を制御するものであって、 前記クラッチ30は、前記ピストン室36を形成するとともに前記供給圧によって移動可能なクラッチピストン35と、このクラッチピストン35を前記供給圧に抗して押圧するバネ37と、このクラッチピストン35の移動により係合されたり係合が解かれたりする複数のクラッチディスク31,32とを具備し、 前記複数のクラッチディスク31,32は、係合の解かれた開放状態と完全な係合状態とを滑り係合状態を経由して交互に繰り返す油圧制御装置において、 駆動電流に応じて往復動する油圧制御スプール13によって前記クラッチ30への供給圧を調圧するリニアソレノイド弁10と、 供給圧の指令値に基づき、前記リニアソレノイド弁10への駆動電流を出力するTCU20とを備え、 開放状態、滑り係合状態、及び、完全な係合状態のそれぞれに供給圧の指令値が一定に保たれる期間が存在する、油圧制御装置。」 (2)引用文献2に記載された事項 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている。 ア 「【0001】 本発明は、電流制御装置および電流制御プログラムに関する。 【背景技術】 【0002】 ソレノイドは、例えば電磁弁およびシリンダなどのアクチュエータに広く利用されている。例えば特許文献1には、電磁弁を構成するソレノイドの励磁電流をパルス幅変調信号(PWM信号)により制御する電流制御装置が開示されている。特許文献1では、PWM信号のパルス周期の複数倍の長さに設定されたディザ周期で励磁電流を周期的に変化させることにより、電磁弁のスプールを微振動させ、スプールの静摩擦に起因するヒステリシス特性の発現を抑制している。 ・・・(中略)・・・ 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0004】 特許文献1では、目標とする励磁電流を得るためのPWM信号のデューティ比はディザ周期毎に設定している。そのため、ディザ周期間に目標が変更された場合、その変更がPWM信号のデューティ比に反映されるのは次にディザ周期が経過したときである。したがって、目標の変更時点に対してPWM信号のデューティ比の更新が遅れるので、ソレノイドが駆動する可動鉄心の作動応答性が低いという問題があった。 本発明は、上述の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ソレノイドが駆動する可動鉄心の作動応答性を向上させることができる電流制御装置を提供することである。」 イ 「【0008】 以下、本発明の複数の実施形態を図面に基づき説明する。実施形態同士で実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。 (第1実施形態) 本発明の第1実施形態による電流制御装置が適用された電子制御ユニットを図1に示す。電子制御ユニット80は、車両用自動変速機90の変速比を制御する制御装置である。自動変速機90は、クラッチ91を含む複数の油圧アクチュエータを有する変速機構92と、各油圧アクチュエータに供給される作動油の圧力を調節する油圧回路93とを備えている。 【0009】 電流制御装置10は、リニアソレノイドバルブ94を構成するソレノイド95の励磁電流を制御することにより、クラッチ91に供給される作動油の圧力を制御する。リニアソレノイドバルブ94は、複数のポートを有するスリーブ941と、スリーブ941内で各ポートの連通および遮断を切り替える段付シャフト状のスプール942とを有するスプー ル式のソレノイドバルブである。スプール942は、ソレノイド95の内側にある可動鉄心と一体に軸方向へ移動可能である。 【0010】 先ず、電子制御ユニット80の構成を図2に基づき説明する。電子制御ユニット80は、電流制御装置10および駆動回路50を備えている。 電流制御装置10は、CPU、RAMおよびROMなどを備えたマイクロコンピュータから構成され、各種センサの検出信号に基づきプログラム処理を実行することにより駆動回路50を作動させる。電流制御装置10には、図示しない入力回路を介して、入力回転数センサ81、エンジン回転数センサ82、エンジントルクセンサ83および油温センサ84などから検出信号が入力される。 【0011】 電流制御装置10は、目標設定手段20、デューティ比設定手段30およびPWM信号生成手段40を含む。目標設定手段20は、ソレノイド95の励磁電流の目標値である目標電流値Itを設定する。デューティ比設定手段30は、駆動回路50に出力されるPWM信号Spwmのデューティ比Rdを目標電流値Itに基づき設定する。PWM信号生成手段40は、PWM信号Spwmを生成し駆動回路50に出力する。目標電流値Itは、PWM信号Spwmのパルス周期であるPWM周期よりも長いディザ周期で周期的に変化する値である。本実施形態では、ディザ周期の長さはPWM周期の長さの10倍に設定される。 【0012】 駆動回路50は、ソレノイド95に直列に接続された「スイッチング素子」としてのトランジスタ51と、トランジスタ51に直列に接続されるとともにソレノイド95に並列に接続された「還流素子」としてのダイオード52と、ソレノイド95に直列に接続された電流検出手段54とを備えている。トランジスタ51は、電流制御装置10から入力されるPWM信号Spwmに応じてオンとオフとを繰り返し、ソレノイド95と電源53とを接続および遮断する。このとき、ソレノイド95に流れる励磁電流はディザ周期で周期的に変化し、ソレノイド95内の可動鉄心と一体のスプールは、励磁電流の周期的変化に呼応して微振動する。トランジスタ51がオフであるとき、ソレノイド95のフライホイール電流はダイオード52を通じてGNDに流れる。」 5.対比・判断 (1)本願発明1 本願発明1と引用発明とを対比する。 後者の「クラッチ30」は、その構造及び技術的意義からみて、前者の「摩擦要素(5a?5e)」に相当し、同様に、後者の「ピストン室36」は、前者の「油圧室(7)」に、後者の「クラッチピストン35」は、前者の「ピストン(8)」に、後者の「バネ37」は、前者の「リターンスプリング(9)」に、後者の「複数のクラッチディスク31,32」は、前者の「第1係合板(6a)および第2係合板(6b)」に、後者の「駆動電流」は、前者の「通電量」に、後者の「油圧制御スプール13」は、前者の「スプール(44)」に、後者の「リニアソレノイド弁10」は、前者の「電磁弁(35a?35e)」に、後者の「TCU20」は、前者の「制御部(52)」に、後者の「油圧制御装置」は、前者の「油圧制御装置(1)」に、それぞれ相当する。 後者のクラッチピストン35がピストン室36を「形成」することは、前者のピストン(8)が油圧室(7)を「区画」することに相当する。 後者の「完全な係合状態」は、前者の「滑りのない無滑係合状態」に相当する。 後者の供給圧の指令値に基づきリニアソレノイド弁10への駆動電流を「出力」することは、前者の供給圧の指令値に基づき電磁弁(35a?35e)への通電量を「制御」することに相当する。 そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。 〔一致点〕 「車両用自動変速機の摩擦要素の油圧室に供給する油圧である供給圧を制御するものであって、 前記摩擦要素は、前記油圧室を区画するとともに前記供給圧によって移動可能なピストンと、このピストンを前記供給圧に抗して押圧するリターンスプリングと、このピストンの移動により係合されたり係合が解かれたりする第1係合板および第2係合板とを具備し、 前記第1係合板と前記第2係合板とは、係合の解かれた開放状態と滑りのない無滑係合状態とを滑りのある滑り係合状態を経由して交互に繰り返す油圧制御装置において、 通電量に応じて往復動するスプールによって前記摩擦要素への供給圧を調圧する電磁弁と、 供給圧の指令値に基づき、前記電磁弁への通電量を制御する制御部とを備えた、油圧制御装置。」 〔相違点1〕 本願発明1は、 「前記制御部(52)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第1周波数で振動する第1波形に、前記第1周波数より高い第2周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第2波形を重畳させた第1振動波形部を生成し、 前記スプール(44)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間において前記第1振動波形部により、走行条件に応じて自在に変更できる前記第1周波数および第1往復動幅で往復動し、 さらに、前記制御部(52)は、前記開放状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第3周波数で振動する第3波形に、前記第3周波数より高い第4周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第4波形を重畳させた第2振動波形部を生成し、 前記スプール(44)は、前記第2振動波形部によって第3周波数で往復動し、 前記供給圧は、前記第2振動波形部によって前記滑り係合状態へと移行する滑り係合開始圧力を上回らない」 との発明特定事項を有しているのに対して、 引用発明は、複数のクラッチディスク31,32が、係合の解かれた開放状態、完全な係合状態、滑り係合状態となり、それぞれの状態に供給圧の指令値が一定に保たれる期間が存在するものの、それらの期間におけるリニアソレノイド弁10に対する駆動電流について、上記のように特定されていない点。 相違点1について、以下検討する。 引用文献2には、電磁弁を構成するソレノイド95の励磁電流を、その目標電流値Itに基づき設定されたデューティ比Rdのパルス幅変調信号(PWM信号)Spwmにより制御する電流制御装置であって、PWM信号Spwmのパルス周期の複数倍(整数倍)の長さに設定されたディザ周期で励磁電流を周期的に変化させることにより、電磁弁のスプールを励磁電流の周期的変化に呼応して微振動させ、スプールの静摩擦に起因するヒステリシス特性の発現を抑制することが記載されている(上記4.(2)イ、特に段落【0002】、【0011】、【0012】を参照)。 しかしながら、引用文献2に記載された励磁電流は、PWM信号Spwmのみから生成されるものであり、PWM信号Spwmを基本周波数の波形に重畳することは記載も示唆もされていない。 そうすると、引用文献2に記載された「ディザ周期」及び「PWM信号Spwmのパルス周期」の関係が、相違点1に係る本願発明1の「第1周波数」及び「第1周波数より高い第2周波数」、または、「第3周波数」及び「第3周波数より高い第4周波数」の関係に対応するとしても、引用文献2には、相違点1に係る本願発明1の「第1波形に」、「第2波形を重畳させ」る構成、及び、「第3波形に」、「第4波形を重畳させ」る構成は、示唆されていないといえる。 また、引用発明は、クラッチの「係合制御の際の異物などによるリニアソレノイド弁の故障を、変速異常が発生する前に検出可能な油圧制御装置を提供すること」(上記4.(1)ウ、段落【0017】参照)を目的としたものであり、引用文献2に記載された「電磁弁のスプールを微振動させ、スプールの静摩擦に起因するヒステリシス特性の発現を抑制する」ために、「PWM信号のパルス周期の複数倍(整数倍)の長さに設定されたディザ周期で励磁電流を周期的に変化させる」ことを適用する動機付けはないといえる。 仮に、引用発明に、引用文献2に記載された事項を適用したとしても、その上で、相違点1に係る本願発明1の構成の「供給圧は、第2振動波形部によって滑り係合状態へと移行する滑り係合開始圧力を上回らない」とすることは、かかる構成により本願発明1が「変速ショックの発生を抑制することができる」(本願明細書の段落【0062】参照。)という作用効果を奏するものと認められるから、単なる設計的事項ということはできない。 以上から、引用発明を、相違点1に係る本願発明1の構成とすることは、引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たこととはいえない。 また、他に引用発明を、相違点1に係る本願発明1の構成としうる証拠もない。 そして、本願発明1は、相違点1に係る構成により、「第1波形によって、スプールの往復動の周波数を決定することができ、第2波形によって、電磁弁への通電量振幅、すなわち、スプールの往復動幅を制御することができる。このため、スプールの往復動の周波数に対するスプールの往復動幅を設定することが可能となり、油圧制御装置の電磁弁において、スプールの往復動の周波数と往復動幅の選択の範囲を増やすことができる。この結果、供給圧の変動に影響を与えないスプールの往復動の周波数においてスプールの往復動幅を様々な組み合わせとすることができ、供給圧の変動を抑制しながら効果的に異物除去を行うことができる。」(本願明細書の段落【0012】参照。同様の事項として段落【0055】、【0061】、【0065】も参照されたい。)との顕著な作用効果を奏するものであり、当該効果は引用発明及び引用文献2に記載された事項から予測しうる範囲のものとはいえない。 したがって、本願発明1は、引用発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (2)本願発明2 本願発明2は、本願発明1の「さらに、前記制御部(52)は、前記開放状態かつ・・・(中略)・・・滑り係合開始圧力を上回らない」との事項を、「さらに、前記制御部(52)は、前記無滑係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第5周波数で振動する第5波形に、前記第5周波数より高い第6周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第6波形を重畳させた第3振動波形部を生成し、前記スプール(44)は、前記第3振動波形部によって、第5周波数で往復動し、前記供給圧は、前記第3振動波形部によって前記滑り係合状態へと移行する滑り開始圧力を下回らない」としたものである。 本願発明2と引用発明とを、本願発明1と引用発明との相当関係に鑑みて、対比すると、上記(1)で述べた「一致点」と同様の点で一致し、次の点で相違する。 〔相違点2〕 本願発明2は、 「前記制御部(52)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第1周波数で振動する第1波形に、前記第1周波数より高い第2周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第2波形を重畳させた第1振動波形部を生成し、前記スプール(44)は、前記滑り係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間において前記第1振動波形部により、走行条件に応じて自在に変更できる前記第1周波数および第1往復動幅で往復動し、さらに、前記制御部(52)は、前記無滑係合状態かつ前記供給圧の指令値が一定に保たれる期間における前記電磁弁(35a?35e)への通電量の時間変化の波形が、第5周波数で振動する第5波形に、前記第5周波数より高い第6周波数の周期で前記電磁弁(35a?35e)への通電量を制御することで形成される第6波形を重畳させた第3振動波形部を生成し、前記スプール(44)は、前記第3振動波形部によって、第5周波数で往復動し、前記供給圧は、前記第3振動波形部によって前記滑り係合状態へと移行する滑り開始圧力を下回らない」 との発明特定事項を有しているのに対して、 引用発明は、複数のクラッチディスク31,32が、係合の解かれた開放状態、完全な係合状態、滑り係合状態となり、それぞれの状態に供給圧の指令値が一定に保たれる期間が存在するものの、それらの期間におけるリニアソレノイド弁10に対する駆動電流について、上記のように特定されていない点。 相違点2について検討する。 上記(1)で述べたと同様に、引用文献2には、相違点2に係る本願発明2の「第1波形に」、「第2波形を重畳させ」る構成、及び、「第5波形に」、「第6波形を重畳させ」る構成は、示唆されていないといえる。 また、上記(1)で述べたと同様に、引用発明に、引用文献2に記載された事項を適用する動機付けはないといえる。 仮に、引用発明に、引用文献2に記載された事項を適用したとしても、その上で、相違点2に係る本願発明2の構成の「供給圧は、第3振動波形部によって滑り係合状態へと移行する滑り開始圧力を下回らない」とすることは、かかる構成により本願発明2が「変速ショックの発生を抑制することができる」(本願明細書の段落【0066】参照。)という作用効果を奏するものと認められるから、単なる設計的事項ということはできない。 以上から、引用発明を、相違点2に係る本願発明2の構成とすることは、引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たこととはいえない。 また、他に引用発明を、相違点2に係る本願発明2の構成としうる証拠もない。 そして、本願発明2は、相違点2に係る構成により、上記(1)で述べた顕著な作用効果(本願明細書の段落【0012】、【0055】、【0061】、【0065】を参照。)を奏するものである。 したがって、本願発明2は、引用発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 6.むすび 以上のとおり、本願発明1及び2は、引用発明及び引用文献2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。 また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審決日 | 2019-10-15 |
出願番号 | 特願2015-96514(P2015-96514) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WY
(F16H)
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最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 渡邊 義之 |
特許庁審判長 |
大町 真義 |
特許庁審判官 |
平田 信勝 小関 峰夫 |
発明の名称 | 油圧制御装置 |
代理人 | 長谷 真司 |
代理人 | 石黒 健二 |