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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
管理番号 1355941
異議申立番号 異議2018-701018  
総通号数 239 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-11-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-14 
確定日 2019-08-22 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6345320号発明「表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6345320号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?3〕、〔4?6〕について訂正することを認める。 特許第6345320号の請求項1?6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6345320号の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成29年 7月20日(優先権主張 平成29年 7月 7日)に出願され、平成30年 6月 1日にその特許の設定登録がされ、平成30年 6月20日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対して、平成30年12月14日に特許異議申立人オリエンタルエンヂニアリング株式会社(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成31年 3月 8日付けで取消理由が通知され、令和1年 5月13日付けで訂正請求がなされると共に意見書が提出され、これに対して同年 7月17日付けで特許異議申立人より意見書の提出があったものである。

第2 訂正請求について
1 訂正の内容
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、
「処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、」
と記載されているのを、
「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、」
に訂正する。(下線部は訂正箇所を表す。以下同様。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4において、
「処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、」
と記載されているのを、
「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、」
に訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の段落【0028】に「処理炉内で水素を発生するガスとしては、」と記載されているのを、「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、」に訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の段落【0034】に「処理炉内で水素を発生するガスとしては、」と記載されているのを、「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、」に訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の段落【0040】に「処理炉2内で水素を発生するガスとして、」と記載されているのを、「ガス成分として水素を含有して処理炉2内に水素を供給するか、または、処理炉2内で水素を発生するガスとして、」に訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落【0041】に「処理炉2内で水素を発生するガスとして、」と記載されているのを、「ガス成分として水素を含有して処理炉2内に水素を供給するか、または、処理炉2内で水素を発生するガスとして、」に訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、訂正前の請求項1に「処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、」と記載され、「処理炉内で水素を発生するガス」として、「(2)アンモニア分解ガスのみ」を含む場合が例示されていた一方で、発明の詳細な説明の段落【0004】には、「アンモニア分解ガス(75%水素、25%窒素)」と記載され、また、同じく段落【0041】には、「アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素とからなる混合ガスである。」と記載されており、「アンモニア分解ガス」は、ガス成分として水素を含有し、処理炉内に水素を供給するガスであるものの、「処理炉内で水素を発生するガス」とはいえないという、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との関係で生じていた不合理を、請求項1の記載を「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、」と訂正して、「アンモニア分解ガス」が、「処理炉内で水素を発生するガス」の例示ではなく、「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給する」ガスの例示と解することができるように正すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無について
訂正事項1は、発明の詳細な説明の段落【0004】における「アンモニア分解ガス」(75%水素、25%窒素)」との記載、及び同じく段落【0041】における「アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素からなる混合ガスである。」との記載に基づいて導き出される事項であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項1は、上記ア、イで検討したとおり、訂正前の請求項1に予め選択的な発明特定事項として記載されていた「(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、」に対する「処理炉内で水素を発生するガスとして」という修飾説明が明確でなかったことによって生じていた不合理を、訂正前の請求項1の記載、及び願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項から読み取れる範囲内で正すものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。
この点につき、特許異議申立人は、令和1年 7月17日付け意見書において、訂正前の請求項1における炉内導入ガスが、処理炉内で水素を発生するガスを含むものであったのを、訂正後の請求項1においては、処理炉内で水素を発生するガスに加えて、水素を含有して処理炉内に水素を供給するガスを含むものとなるよう、発明特定事項を拡げることによって、実質上特許請求の範囲を変更するものに該当する旨主張している。
しかし、訂正前の請求項1の記載は、上述のとおり、予め選択的な発明特定事項として記載されていた「(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、」に対する「処理炉内で水素を発生するガスとして」という修飾説明が明確でなかったことによって不合理が生じていたものであるから、炉内導入ガスが処理炉内で水素を発生するガスに限定されると断定することはできず、この不合理を是正することが、実質上特許請求の範囲を拡張、又は変更するものに該当するとはいえないので、採用しない。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、訂正前の請求項4に「処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、」と記載され、「処理炉内で水素を発生するガス」として、「(2)アンモニア分解ガスのみ」を含む場合が例示されていた一方で、発明の詳細な説明の段落【0004】には、「アンモニア分解ガス(75%水素、25%窒素)」と記載され、また、同じく段落【0041】には、「アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素とからなる混合ガスである。」と記載されており、「アンモニア分解ガス」は、ガス成分として水素を含有し、処理炉内に水素を供給するガスであるものの、「処理炉内で水素を発生するガス」とはいえないという、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との関係で生じていた不合理を、請求項4の記載を「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、」と訂正して、「アンモニア分解ガス」が、「処理炉内で水素を発生するガス」の例示ではなく、「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給する」ガスの例示と解することができるように正すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無について
訂正事項2は、発明の詳細な説明の段落【0004】における「アンモニア分解ガス」(75%水素、25%窒素)」との記載、及び同じく段落【0041】における「アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素からなる混合ガスである。」との記載に基づいて導き出される事項であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項2は、上記ア、イで検討したとおり、訂正前の請求項4に予め選択的な発明特定事項として記載されていた「(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、」に対する「処理炉内で水素を発生するガスとして」という修飾説明が明確でなかったことによって生じていた不合理を、訂正前の請求項4の記載、及び願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項から読み取れる範囲内で正すものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項3は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項、第6項の規定に適合するものである。

(4)訂正事項4
ア 訂正の目的について
訂正事項4は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項4は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項4は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項、第6項の規定に適合するものである。

(5)訂正事項5
ア 訂正の目的について
訂正事項5は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項5は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項5は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項、第6項の規定に適合するものである。

(6)訂正事項6
ア 訂正の目的について
訂正事項6は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項6は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項6は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項、第6項の規定に適合するものである。

(7)一群の請求項及び明細書の訂正に関係する請求項について
ア 一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?3について、訂正前の請求項2、3はそれぞれ訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであり、本件訂正前の請求項4?6について、訂正前の請求項5、6はそれぞれ訂正前の請求項4を直接又は間接的に引用するものであって、請求項4の訂正に連動して訂正されるものであるので、本件訂正前の請求項1?3、請求項4?6はそれぞれ一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、上記一群の請求項ごとに訂正の請求をするものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合するものである。
また、本件訂正請求は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1?3〕、〔4?6〕をそれぞれ訂正単位とする訂正の請求をするものである。

イ 明細書の訂正に関係する請求項について
訂正事項3、5、6は、訂正前の請求項1に対応する明細書の記載を訂正するものであり、訂正前の請求項2、3は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用しているから、訂正事項3、5、6と関係する請求項は訂正前の請求項1?3であり、また、訂正事項4、6は、訂正前の請求項4に対応する明細書の記載を訂正するものであり、訂正前の請求項5、6は、訂正前の請求項4を直接又は間接的に引用しているから、訂正事項4、6と関係する請求項は訂正前の請求項4?6である。
そうすると、本件訂正請求は、訂正事項3、5、6と関係する請求項の全て、及び、訂正事項4、6と関係する請求項の全てを請求の対象としているものであるから、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。

3 本件訂正請求についての結言
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、請求項〔1?3〕、〔4?6〕について、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第4項から第6項の規定に適合するものである。
よって、訂正後の一群の請求項〔1?3〕、〔4?6〕について訂正することを認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 訂正後の本件発明
本件訂正請求によって訂正された請求項1?6に係る発明(以下、「本件発明1?6」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1?6に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

【請求項1】
ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置と、を備え、
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになっており、
前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっていることを特徴とする表面硬化処理装置。
【請求項2】
前記目標窒化ポテンシャルは、各時間帯に応じて0.05?1.3の範囲内で設定されるようになっていることを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理装置。
【請求項3】
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して3以上の時間帯に応じて3以上の異なる値として設定されるようになっていることを特徴とする請求項1または2に記載の表面硬化処理装置。
【請求項4】
ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出工程と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出工程によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算工程と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算工程によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御工程と、を備え、
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになっており、
前記ガス導入量制御工程では、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御が実施されるようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定されることを特徴とする表面硬化処理方法。
【請求項5】
前記目標窒化ポテンシャルは、各時間帯に応じて0.05?1.3の範囲内で設定されるようになっていることを特徴とする請求項4に記載の表面硬化処理方法。
【請求項6】
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して3以上の時間帯に応じて3以上の異なる値として設定されるようになっていることを特徴とする請求項4または5に記載の表面硬化処理方法。

2 特許異議申立理由の概要
特許異議申立人は、証拠方法として後記する甲第1?13号証を提出し、以下の申立理由により、請求項1?6に係る特許を取り消すべきものである旨申し立てた。

(1)申立理由1(取消理由として一部採用)
本件請求項1?6に係る発明は、甲第1?13号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(取消理由として採用)
本件請求項1?6に係る発明は、特許を受けようとする発明が明確でないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(取消理由として不採用)
本件請求項1?6に係る発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
・甲第1号証:国際公開第2016/054722号
・甲第2号証:平岡泰、「雰囲気制御式ガス窒化/軟窒化」、パーカー熱処理工業株式会社、2015年10月9日発行、第13回表面改質技術研究会、1?17頁
・甲第3号証:メカニカル・サーフェス・テック、「パーカー熱処理工業など、第13回表面改質技術研究会を開催」、請求人代理人、2018年11月26日出力、https://surface.mechanical-tech.jp/node/1853
・甲第4号証:平岡泰、「雰囲気制御ガス窒化の特性と応用」、一般社団法人日本熱処理技術協会中部支部、2016年10月6日発行、p.1?9
・甲第5号証:特開2016-211069号公報
・甲第6号証:特開2017-66490号公報
・甲第7号証:国際公開第2016/005073号
・甲第8号証:広井和男、「ディジタル計装制御システムの基礎と応用」第2版、工業技術社、1990年10月1日発行、p.118?123、p.156?159
・甲第9号証:田中覚、外3名、「ハンチング防止機能を持つ調節計の開発」、横河技報 Vol.45 No.2、横河電気株式会社、2001年、p.127?130
・甲第10号証:三島良直、外20名、「熱処理技術入門」全訂版6刷、(社)日本熱処理技術協会・日本金属熱処理工業会、2014年8月12日発行、p.66?71
・甲第11号証:「新版 工業炉ハンドブック」初版1刷、(社)日本工業炉協会、1997年11月28日発行、p.632?637
・甲第12号証:日比野和久、「平成21年度新人研修会テキスト」、(社)日本工業炉協会、2009年、p.42
・甲第13号証:国際公開第2017/043594号

3 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由の概要
訂正前の請求項1?6に係る特許に対して、当審が平成31年 3月 8日に特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

ア 請求項1?6に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである(取消理由1)。



・請求項1?6について
本件特許の請求項1、4には、「処理炉内で水素を発生するガス」として、「(2)アンモニア分解ガスのみ」、「(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ」という記載がある。
一方、本件特許の発明の詳細な説明の【0004】には、「アンモニア分解ガス(75%水素、25%窒素)」と記載され、【0041】には、「アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素とからなる混合ガスである。」と記載されており、「アンモニア分解ガス」は、ガス成分として水素を含有し、処理炉内に水素を供給するガスであるものの、「処理炉内で水素を発生するガス」とはいえない。
そうすると、「処理炉内で水素を発生するガス」として「アンモニア分解ガス」を例示する請求項1、4に係る発明は明確でない。
よって、請求項1、4及び請求項1を引用する請求項2、3、請求項4を引用する請求項5、6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

イ 請求項1、3、4、6に係る発明は、本件優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物1?5に記載された発明に基いて、当業者が容易に想到することができたものである。よって、請求項1、3、4、6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(取消理由2)。

<刊行物>
・刊行物1:国際公開第2016/054722号(甲第1号証)
・刊行物2:平岡泰、「雰囲気制御式ガス窒化/軟窒化」、パーカー熱処理工業株式会社、2015年10月9日発行、第13回表面改質技術研究会、1?17頁(甲第2号証)
・刊行物3:特開2016-211069号公報(甲第5号証)
・刊行物4:特開2017-66490号公報(甲第6号証)
・刊行物5:特開2003-5802号公報(当審で発見)

(2)当審の判断
ア 取消理由1について
訂正事項1により、訂正前の請求項1に「処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、」と記載されているのを、「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、」に訂正することで、「アンモニア分解ガス」が、「処理炉内で水素を発生するガス」の例示ではなく、「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給する」ガスの例示と解することができるようになったため、本件発明1は明確になった。
また、訂正事項2により、本件発明4も同様に明確になった。
そして、請求項1を引用する請求項2、3、請求項4を引用する請求項5、6についても請求項1、4と同様であるから、本件発明1?6は、いずれも明確になった。
したがって、本件発明1?6に係る特許は、特許法36条第6項第2号に規定する要件を満たしているから、同法113条第4号により取り消すことはできない。

イ 取消理由2について
(ア)刊行物1の記載事項
a)「The present invention relates to heat treating processes, and more particularly, to a method for controlled heat treating of long steel pipes to substantially increase corrosion and wear resistance thereof.」(第1頁第5?7行)
(当審仮訳:本発明は熱処理プロセスに関し、より特定的には、長尺鋼管の耐食性および耐摩耗性を実質的に増加させるための、長尺鋼管の制御された熱処理のための方法に関する。)

b)「Referring to Figures la to lc, a method for heat treating a steel component according to a preferred embodiment of the invention is provided. At 10, the steel component is disposed in a heat treating furnace. ・・・During the heating stage the atmosphere in the heat treating furnace is changed - 14 - to a nitriding atmosphere having a predetermined composition. The nitriding temperature is determined to be within a range between 380℃ and 720℃, preferably, between 550℃ and 590℃. The nitriding atmosphere is a mixture of ammonia (NH_(3)) and dissociated ammonia (dNH_(3) ) with dNH_(3) being 75 vol.% of H_(2) and 25 vol. % of N_(2) .」(第6頁第19?31行)(「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)
(当審仮訳:図1a?1cを参照して、この発明の好ましい一実施形態に従った鋼部品を熱処理するための方法が提供される。10で、鋼部品が熱処理炉内に配置される。・・・加熱段階中、熱処理炉内の雰囲気は、予め定められた組成を有する窒化雰囲気に変更される(14)。窒化温度は、380℃?720℃、好ましくは550℃?590℃の範囲内にあるように定められる。窒化雰囲気は、アンモニア(NH_(3))と解離アンモニア(dNH_(3))との混合物であり、dNH_(3)は、H_(2)が75体積%、N_(2)が25体積%である。)

c)「Preferably, the mixture of the nitriding atmosphere is determined such that it satisfies the relationship between the partial pressures of the component gases - converted into the K_(N) number with K_(N) = P_(NH3) /(P_(H2) ) ^(3/2) , (atm^(-0.5)) - according to equation (1)・・・」(第7頁第1?3行)
(当審仮訳:好ましくは、窒化雰囲気の混合物は、それが、以下の式(1)に従った、K_(N)=P_(NH3)/(P_(H2))^(3/2),(atm^(-0.5))というK_(N)数に変換された、成分ガスの分圧間の関係を満たすように定められる・・・)

d)「The steel component is then exposed to the nitriding atmosphere at the predetermined nitriding temperature for a predetermined nitriding time interval with the composition of the nitriding atmosphere being controlled while the steel component is exposed thereto - 16. A preferred method for controlling the atmosphere is illustrated in Figure lb. Using one or more state of the art temperature sensors, the process temperature inside the heat treating furnace is sensed and process temperature data in dependence thereupon are provided to a processor connected thereto - 16A. Furthermore, the nitriding atmosphere in the heat treating furnace is sampled, for example, at the exhaust of the furnace, as illustrated in Figure 2 and described hereinbelow. The sampled nitriding atmosphere is then analyzed using a state of the art gas analyzer and analyzing data in dependence thereupon are provided to the processor connected thereto - 16B. After receipt - 16C - of the input data, i.e. the process temperature data indicative of the process temperature T and the analyzing data indicative of the partial pressures P_(H2), P_(NH3), and P_(N2) , the processor determines the provision of the composition components of the nitriding atmosphere - 16D - and generates a provision control signal in dependence thereupon. The provision control signal is received at standard gas flow control valves such as, for example, solenoid valves, and the composition components of the nitriding atmosphere are provided to the heat treating furnace in dependence thereupon - 16E. 」(第7頁第11?27行)
(当審仮訳:鋼部品は次に、予め定められた窒化温度の窒化雰囲気に、予め定められた窒化時間間隔の間露出され、鋼部品が窒化雰囲気に露出される間、窒化雰囲気の組成は制御される(16)。雰囲気を制御するための好ましい一方法を、図1bに示す。従来技術の温度センサを1つ以上使用して、熱処理炉の内部のプロセス温度が感知され、それに基づいてプロセス温度データが、温度センサに接続されたプロセッサに提供される(16A)。さらに、熱処理炉内の窒化雰囲気は、たとえば、図2に示され以下に説明されるような炉の排気口でサンプリングされる。サンプリングされた窒化雰囲気は次に、従来技術のガス分析器を使用して分析され、それに基づいて分析データが、ガス分析器に接続されたプロセッサに提供される(16B)。入力データ、すなわち、プロセス温度Tを示すプロセス温度データと、分圧P_(H2)、P_(NH3)およびP_(N2)を示す分析データとの受信(16C)後、プロセッサは、窒化雰囲気の組成成分の提供を決定し(16D)、それに基づいて提供制御信号を生成する。提供制御信号は、たとえば電磁弁といった標準ガス流制御弁で受信され、提供制御信号に基づいて、窒化雰囲気の組成成分は熱処理炉に提供される(16E)。)

e)「Preferably, the provision of the composition components of the nitriding atmosphere is determined according to the control procedure illustrated in Figure lc. Upon receipt of the input data, the processor calculates the K_(N) number in dependence thereupon. If Log_(10)(K_(N)) is equal the setpoint determined according to equation (1), the current flow settings for NH_(3) and dNH_(3) are kept. If Log_(10)(K_(N)) is smaller than the setpoint, the flow of NH_(3) is increased and the flow of dNH_(3) is decreased. If Log_(10)(K_(N)) is greater than the setpoint, the flow of NH_(3) is decreased and the flow of dNH_(3) is increased.」(第7頁第29行?第8頁第4行)
(当審仮訳:好ましくは、窒化雰囲気の組成成分の提供は、図1cに示す制御手順に従って決定される。入力データを受信すると、プロセッサは、それに基づいてK_(N)数を演算する。Log_(10)(K_(N))が式(1)に従って求められた設定点と等しい場合、NH_(3)およびdNH_(3)についての現在の流量の設定は保たれる。Log_(10)(K_(N))が設定点よりも小さい場合、NH_(3)の流量は増加され、dNH_(3)の流量は減少される。Log_(10)(K_(N))が設定点よりも大きい場合、NH_(3)の流量は減少され、dNH_(3)の流量は増加される。)

f)「For example, the process temperature sensing and the nitriding atmosphere sampling is performed in predetermined time intervals and data indicative thereof are provided to the processor for performing the above determination of the provision of the composition components of the nitriding atmosphere using a standard PID control loop or a standard Fuzzy - type control loop.」(第8頁第6?10行)
(当審仮訳:たとえば、プロセス温度感知および窒化雰囲気サンプリングは予め定められた時間間隔で行なわれ、それらを示すデータは、標準PID制御ループまたは標準ファジータイプ制御ループを使用して窒化雰囲気の組成成分の供給の決定を行なうためにプロセッサに提供される。)

g)「Optionally, a flow of a carbon bearing gas - CO, CO_(2), or a gaseous hydrocarbon - is added to the atmosphere for performing a nitrocarburizing process. The above control process is easily adapted by taking into account the presence of the carbon bearing gas in the calculation of the partial pressures. For example, in a typical nitrocarburizing process, CO_(2) is added in the range of approximately 5-15 vol. %.」(第8頁第19?23行)
(当審仮訳:浸炭窒化プロセスを行なうために、オプションで、CO、CO_(2)またはガス状炭化水素といった炭素含有ガスの流れが雰囲気に追加される。上述の制御プロセスは、分圧の計算において炭素含有ガスの存在を考慮に入れることによって容易に適合される。たとえば、典型的な浸炭窒化プロセスでは、CO_(2)は、およそ5?15体積%の範囲で追加される。)

h)「Figure 2 illustrates a heat treating furnace system for implementing the above method for heat treating a steel component. One or more steel components are disposed inside the heat treating furnace 102. The atmospheres used during the heat treating process are provided to the furnace 102 via inlet 110 and are removed therefrom via exhaust 108. The inlet 110 is connected a plurality of conduits, for example, 116.1 - 116.4 for receiving the various component gases from respective gas supplies. The provision of the component gases is controlled by respective valves 118.1 - 118.4 interposed in each of the conduits 116.1 - 116.4. 」(第11頁第8?14行)
(当審仮訳:図2は、鋼部品を熱処理するための上述の方法を実現するための熱処理炉システムを示す。1つ以上の鋼部品が、熱処理炉102の内部に配置される。熱処理プロセス中に使用される雰囲気は、入口110を介して炉102に提供され、排気口108を介してそこから除去される。入口110は、それぞれのガス供給からさまざまな成分ガスを受けるための複数の導管、たとえば116.1?116.4に接続される。成分ガスの提供は、導管116.1?116.4の各々において介在されたそれぞれの弁118.1?118.4によって制御される。)

i)「The heat treating process is controlled by computer 120 connected to: the temperature sensor 112 disposed inside the furnace 102; the gas analyzer 114 in fluid communication with the exhaust 108; the furnace heating mechanism 106; and, the valves 118.1 - 118.4. The computer 120 comprises a user interface 121 such as, for example, display 126 and keyboard 128, or a touch screen. The computer is operated using processor 122, for example, an off-the-shelf computer processor, for executing executable commands preferably stored in non-volatile memory 124 such as, for example, a hard-drive or flash memory. The processor is connected to the user interface, the memory, input port 130 and output port 132. 」(第11頁第16行?第12頁第1行)
(当審仮訳:炉102の内部に配置された温度センサ112と、排気口108と流体連通するガス分析器114と、炉加熱機構106と、弁118.1?118.4とに接続されたコンピュータ120によって、熱処理プロセスは制御される。コンピュータ120は、たとえばディスプレイ126およびキーボード128、またはタッチスクリーンといった、ユーザインターフェイス121を含む。コンピュータは、たとえばハードドライブまたはフラッシュメモリといった不揮発性メモリ124に好ましくは格納された実行可能なコマンドを実行するためのプロセッサ122、たとえば市販のコンピュータプロセッサを使用して動作される。プロセッサは、ユーザインターフェイス、メモリ、入力ポート130および出力ポート132に接続される。)

j)「Preferably, the pressure inside the furnace 102 is controlled in a standard fashion, with the pressure being kept slightly above ambient air pressure to prevent leakage of air into the furnace 102.」
(当審仮訳:好ましくは、炉102の内部の圧力は、炉102への空気の漏れを防止するために圧力が周囲空気圧よりも若干上に保たれた状態で、標準的なやり方で制御される。)

k)「



上記a)、b)、d)、g)、h)、i)、k)によれば、刊行物1には、熱処理炉内に配置される鋼部品を窒化雰囲気で窒化又は浸炭窒化して耐食性及び耐磨耗性を増加させる熱処理装置が記載されている。
上記b)によれば、刊行物1には、窒化雰囲気がアンモニア(NH_(3))と解離アンモニア(dNH_(3))との混合物であることが記載され、上記k)には、熱処理炉に導入する成分ガスとして、NH_(3)、dNH_(3)、N_(2)、CO_(2)が記載され、上記h)には、成分ガスは弁によって制御されることが記載されている。
上記d)、i)、k)によれば、刊行物1には、サンプリングされた熱処理炉内の窒化雰囲気から分圧P_(H2)、P_(NH3)及びP_(N2)を分析するガス分析器が記載されている。
上記c)によれば、刊行物1には、窒化雰囲気の混合物は、K_(N)=P_(NH3)/(P_(H2))^(3/2)(atm^(-0.5))というK_(N)数に変換された、成分ガスの分圧間の関係を満たすように定められることが記載され、上記d)、e)によれば、プロセス温度データと、分圧P_(H2)、P_(NH3)およびP_(N2)を示す分析データからプロセッサがK_(N)数を演算し、Log_(10)(K_(N))が設定点と等しい場合には流量を維持し、設定点よりも小さい場合はNH_(3)の流量を増加しdNH_(3)の流量を減少させ、設定点よりも大きい場合はNH_(3)の流量を減少させdNH_(3)の流量を増加することが記載されている。
上記f)によれば、刊行物1には、窒化雰囲気サンプリングから得られるデータを、標準PID制御ループを使用して窒化雰囲気の組成成分の供給の決定を行なうプロセッサに提供することが記載されている。

そうすると、刊行物1には、以下の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「アンモニア(NH_(3))、解離アンモニア(dNH_(3))を含む複数種類の成分ガスを熱処理炉に導入して、熱処理炉内に配置される鋼部品を窒化雰囲気で窒化又は浸炭窒化して耐食性及び耐磨耗性を増加させる熱処理装置であって、
前記熱処理炉内の窒化雰囲気をサンプリングして分圧P_(H2)、P_(NH3)及びP_(N2)を分析するガス分析器と、
前記ガス分析器によって分析した分圧P_(H2)、P_(NH3)に基づいて、K_(N)=P_(NH3)/(P_(H2))^(3/2)(atm^(-0.5))から求められるK_(N)数を演算し、当該K_(N)数から求められるLog_(10)(K_(N))と設定点とに応じて前記アンモニア(NH_(3))及び解離アンモニア(dNH_(3))の流量をそれぞれ変化させる、窒化雰囲気の組成成分の制御を行うプロセッサと、
を備え、
前記プロセッサは、窒化雰囲気サンプリングから得られるデータから窒化雰囲気の組成成分を決定するために標準PID制御ループを使用するものである、
熱処理装置。」

(イ)刊行物2の記載事項
a)「

」(第5頁)

b)「

」(第6頁)

c)「

」(第9頁)

d)「

」(第10頁)

e)「

」(第11頁)

f)「

」(第13頁)

(ウ)刊行物3の記載事項
a)「【0001】
本発明は、窒化鋼部材及び窒化鋼部材の製造方法に関し、さらに詳しくは、自動車用や変速機用の歯車やクランクシャフト等に有用な、ガス窒化処理により表面が窒化されてなる耐摩耗性や耐疲労性に優れる十分な厚みの化合物層を有する窒化鋼部材及び窒化鋼部材の製造方法に関する。」

b)「【0037】
〔窒化鋼部材の製造方法〕
本発明の窒化鋼部材の製造方法は、上記した構成の窒化鋼部材を得るためのものであるが、処理炉内の被処理材に対して、炉内に窒化性ガスを流しながら加熱処理するガス窒化処理する際の処理条件を、下記のように構成したことを特徴とする。すなわち、本発明の窒化鋼部材の製造方法では、ガス窒化炉内へ導入するガスを、アンモニアとアンモニア分解ガスの2種類のみの混合ガスとするか、或いは、アンモニアとアンモニア分解ガスを含む複数の混合ガスとし、炉内の前記被処理材近傍における水素濃度の連続的な検出を行い、該検出結果を元にして、炉内のアンモニア分圧を推定し、設定の窒化ポテンシャルへ制御する雰囲気の自動制御を行い、制御の際に、ガス窒化処理中雰囲気の窒化ポテンシャルK_(N)=p_(NH3)/p_(H2)^(1.5)を、最初にK_(N1)とし、続いて必要に応じて窒化ポテンシャルをK_(N2)?K_(Nx-1)、K_(Nx)としてもよい・・・」

c)「【0050】
(実施例1?15)
・・・いずれも、ガス窒化処理中雰囲気の窒化ポテンシャルK_(N)が、最初K_(N1)と最終K_(Nx)で異なる2段処理で行った。実施例の一段目の窒化ポテンシャルK_(N1)は、いずれも、それぞれの合金鋼におけるLehrer線図上・・・において、ε相形成領域で実施しており、この間にε相の速い成長速度を利用した化合物層の厚膜化が行われる。続いて2段目の窒化ポテンシャルK_(Nx)は、いずれもγ’相領域で実施し、形成する化合物層厚さや炉の特性に応じて、窒化時間を15?50分の間で設定した。」

(エ)刊行物4の記載事項
a)「【0001】
本発明は、窒化処理により、表面を窒化した窒化鋼部材を製造する方法に関する。」

b)「【0008】
本発明はかかる知見に基づいてなされたものである。本発明によれば、鋼部材の表面に鉄窒化化合物層が形成された窒化鋼部材を製造する方法であって、鋼部材内部まで脱炭する脱炭工程と、鋼部材の表面を窒化処理することにより、前記鋼部材の表面に鉄窒化化合物層を形成する鉄窒化化合物層形成工程を有し、前記鉄窒化化合物層形成工程は、温度500℃以上620℃以下、窒化ポテンシャル0.15以上0.80以下の雰囲気下で行われることを特徴とする、窒化鋼部材の製造方法が提供される。
・・・
【0011】
前記鉄窒化化合物層形成工程の後に行われ、温度520℃以上650℃以下、窒化ポテンシャルが前記鉄窒化化合物層形成工程での窒化ポテンシャルよりも低い値であり、且つ、0.15以上0.30以下である雰囲気下で行われる窒素拡散処理工程を更に有しても良い。
【0012】
前記脱炭工程は、前記鋼部材の表面において、鉄窒化化合物層を形成させることなく窒素拡散層深さを深くする第1の窒化処理工程としての副次的窒化処理工程として行われ、前記副次的窒化処理工程は、温度520℃以上650℃以下、窒化ポテンシャル0.05以上0.12以下の雰囲気下で行われても良い。」

c)「【0047】
試供材として表1に示す各鋼種からなる鋼部材を用意し、各鋼部材に表2、3に示す各工程からなる処理を表中の条件にて適宜実施した。具体的には、実施例1?6は逐次方法を採用し、窒素拡散処理工程を行っていない場合であり、実施例7?10は逐次方法を採用し、窒素拡散処理工程を行った場合であり、実施例11?13は併行方法を採用した場合である。即ち、表2に示すように、実施例1?6では、工程1として脱炭工程を行い、工程2として鉄窒化加工物形成工程を行った。また、実施例7?10では、工程1、2に加え、工程3として窒素拡散処理工程を行った。また、実施例11?13では、工程2として脱炭工程及び第1の窒化処理工程(副次的窒化処理工程)を併行して行い、工程3として第2の窒化処理工程(鉄窒化加工物形成工程に相当)を行った。」

(オ)刊行物5の記載事項
a)「【特許請求の範囲】
・・・
【請求項3】 予め設定されている設定条件とフィードバックされたプロセス条件とに基づいてPID制御により所定のプロセスパラメータを制御する制御器を用いた制御方法であって、
予め各制御ステップ毎の最適なPIDパラメータ値を求めてテーブル化する工程と、
前記テーブルから前記制御器に対する実際の設定条件変化に対応するPIDパラメータ値を選択する工程と、
前記制御器に設定されているPIDパラメータ値を、前記選択工程で選択されたPIDパラメータ値に変更する工程と、
前記制御器から前記変更されたPIDパラメータに基づく制御信号を制御対象に出力する工程とを具備することを特徴とする制御方法。
【請求項4】 前記テーブル化工程は、制御対象を変化させた際のプロセスパラメータの応答波形を各制御ステップ毎に求め、各応答波形から、むだ時間+n次遅れモデルを用いて伝達特性の同定を行い、同定された伝達特性から所定の手法によりPIDパラメータ値を求めることを特徴とする請求項3に記載の制御方法。」

b)「【0006】
【発明を解決しようとする課題】本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、煩雑さを伴うことなく種々のプロセス条件に応じて高精度でプロセス制御を行うことができる制御方法および制御装置を提供することを目的とする。」

c)「【0031】まず、最適PIDパラメータ値テーブル化工程(ST1)においては、予め入力装置36から所定の情報が演算装置35に入力され、各設定圧力変化値毎の応答特性のフィッティングが行われ、各条件における最適なPIDパラメータ値が演算され、それらの結果がメモリー37に入力され、メモリー37においてこれらデータがテーブル化された状態で記憶される。
【0032】この工程は、種々のバルブ開度変化に対する圧力値のステップ応答試験を例えば図3に示すようなテーブルに基づいて行う。また、ガス流量が変化すると同一のバルブ開度間のステップ応答でも特性が変化してくるため、このようなステップ応答試験を流量も変化させて行い、例えば制御で用いる代表的な流量2種類で行う。また、ステップ応答試験においては、例えばサンプリング周期を0.2secとして100ステップの時系列データをとる。このようにして得られたデータを入力装置36により入力することで演算装置35は次のような方法により最適PIDパラメータを自動的に計算し(オートチューニング)、その値はメモリー37に記憶される。」

d)「【0041】これらに基づいて、例えば、改良型限界感度法・・・により各伝達特性に対するPIDパラメータ(K_(p):比例ゲイン、T_(I):積分時間、T_(D):微分時間)を求め、PIDパラメータのテーブルを作成する。」

e)「【0071】なお、本発明は上記実施形態に限定されることなく種々変形可能である。・・・また、上記実施形態ではチャンバーの排気バルブの開度を制御対象とし、成膜装置のチャンバー内圧力を制御した例について示したが、これに限定されることなく、例えば、温度制御、流量制御等、その他の種々の制御に適用することが可能である。・・・」

(カ)本件発明1
a 対比
本件発明1と引用発明1とを対比する。

a)引用発明1の「熱処理炉」は、本件発明1の「処理炉」に相当する。

b)上記(ア)k)によれば、熱処理炉に導入する成分ガスは、NH_(3)、dNH_(3)、N_(2)、CO_(2)であり、上記(ア)c)、e)によれば、NH_(3)及びH_(2)の分圧から演算されるK_(N)について、アンモニア(NH_(3))、解離アンモニア(dNH_(3))の流量で制御するものであるから、引用発明1の「アンモニア(NH_(3))、解離アンモニア(dNH_(3))を含む複数種類の成分ガス」は、本件発明1の「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては」、「(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガス」に相当する。

c)鋼部品を窒化又は浸炭窒化することで耐磨耗性が増加するのは、表面が硬化するためであることは自明であるから、引用発明1の「熱処理炉内に配置される鋼部品を窒化雰囲気で窒化又は浸炭窒化して耐食性及び耐磨耗性を増加させる熱処理装置」は、本件発明1の「処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置」に相当する。

d)気体の分圧は気体の濃度に比例するものであるから、引用発明1の「前記熱処理炉内の窒化雰囲気をサンプリングして分圧P_(H2)、P_(NH3)及びP_(N2)を分析するガス分析器」は、本件発明1の「前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置」に相当する。

e)本件明細書の発明の詳細な説明の【0009】には、「窒化ポテンシャルK_(N)は、以下の式(2)で定義される。
K_(N)=P_(NH3)/P_(H2)^(3/2)・・・(2)
ここで、P_(NH3)は炉内アンモニア分圧であり、P_(H2)は炉内水素分圧である。」
と記載されていることから、引用発明1の「K_(N)=P_(NH3)/(P_(H2))^(3/2)(atm^(-0.5))」は、本件発明1の「処理炉内の窒化ポテンシャル」に相当する。
そうすると、引用発明1の「ガス分析器によって分析した分圧P_(H2)、P_(NH3)に基づいて、K_(N)=P_(NH3)/(P_(H2))^(3/2)(atm^(-0.5))から求められるK_(N)数を演算」する「プロセッサ」は、本件発明1の「前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置」に相当する。

f)引用発明1の「設定点」は、炉内雰囲気から演算されたK_(N)数から算出されるLog_(10)(K_(N))と比較され、当該設定点に近づけるようにアンモニア(NH_(3))及び解離アンモニア(dNH_(3))の流量が変化されるものであるから、実質的に、本件発明1の「目標窒化ポテンシャル」に相当する。
そうすると、引用発明1の「当該K_(N)数から求められるLog_(10)(K_(N))と設定点とに応じて前記アンモニア(NH_(3))及び解離アンモニア(dNH_(3))の流量をそれぞれ変化させる、窒化雰囲気の組成成分の制御を行うプロセッサ」は、本件発明1の「前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガス」の「流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置」に相当する。

g)引用発明1の「プロセッサ」は、アンモニア(NH_(3))及び解離アンモニア(dNH_(3))の分圧から「K_(N)」(本件発明1の「処理炉内の窒化ポテンシャル」に相当)を演算して「設定点」(本件発明1の「目標窒化ポテンシャル」に相当)と比較するものであり、引用発明1の「標準PID制御ループ」は、当該「設定点」との比較により窒化雰囲気の組成成分を制御する際に用いられるものである。
また、「標準PID制御」において「比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間」をパラメータとして設定することは技術的に自明である。
そうすると、引用発明1の「前記プロセッサは、窒化雰囲気サンプリングから得られるデータから窒化雰囲気の組成成分を決定するために標準PID制御ループを使用するものである」は、本件発明1の「前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが」「設定できるようになっている」ことに相当する。

そうすると、本件発明1と引用発明1の一致点及び相違点は、次のとおりである。

(一致点)
「ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、 前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置と、
を備え、
前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが設定できるようになっている、
表面硬化処理装置。」

(相違点1)
本件発明1では、「複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら」炉内導入ガスの導入量を制御するのに対し、引用発明1は、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保つか明らかではない点

(相違点2)
本件発明1では、「目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになって」いるのに対し、引用発明1は、同一の鋼部品に対して設定点を変更するか明らかではない点

(相違点3)
本件発明1では、「PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている」のに対し、引用発明1では、「比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間」について「パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている」ものか明らかではない点

b 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記相違点3について検討する。

上記相違点3に関し、本件発明1の「PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている」との発明特定事項における「前記目標窒化ポテンシャルの異なる値」とは、請求項1の記載全体からみると、「同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定」された「目標窒化ポテンシャル」を意味すると解される。
そして、刊行物5には、上記(オ)a)、b)、d)によれば、K_(p):比例ゲイン、T_(I):積分時間、T_(D):微分時間をPIDパラメータとする一般的なPID制御方法において、煩雑さを伴うことなく種々のプロセス条件に応じて高精度でプロセス制御を行うべく、予め各制御ステップ毎の最適なPIDパラメータ値を求めてテーブル化する工程と、前記テーブルから前記制御器に対する実際の設定条件変化に対応するPIDパラメータ値を選択する工程と、前記制御器に設定されているPIDパラメータ値を、前記選択工程で選択されたPIDパラメータ値に変更する工程と、前記制御器から前記変更されたPIDパラメータに基づく制御信号を制御対象に出力する工程とを具備することが記載され、上記(オ)c)によれば、PIDパラメータ値をテーブル化する工程について、圧力を制御対象とする場合として、種々のバルブ開度変化に対する圧力値のステップ応答試験を行うこと、また、ガス流量が変化すると同一のバルブ開度間のステップ応答でも特性が変化してくるため、このようなステップ応答試験を流量も変化させて行うこと、そして、得られたデータから最適PIDパラメータを自動的に計算しメモリーに記憶することが記載され、上記(オ)e)によれば、成膜装置のチャンバー内圧力を制御した例に限定されることなく、例えば、温度制御、流量制御等、その他の種々の制御に適用することが可能であることが記載されている。
ここで、刊行物5に記載された上記「PIDパラメータ値をテーブル化する工程」が、本件発明1における「パイロット処理を実施して」「候補」を「予め入手してお」くことに相当すると解し得たとしても、刊行物5には、当該刊行物5に記載された一般的なPID制御方法を、引用発明1の如きガス窒化処理またはガス軟窒化処理に対してどのように適用すべきかについて、指針となる何らの記載も示唆もなく、加えて、最適なPIDパラメータ値を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定することについても、何らの記載も示唆もない。
したがって、本件優先日時点の技術常識を参酌しても、刊行物5に記載されたPID制御方法を引用発明1に適用する動機付けがあったとはいえない。
また、刊行物2?4のいずれにも、本件発明1の「PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている」点についての記載も示唆もない。
したがって、上記相違点3に係る本件発明1の構成は、引用発明1、刊行物2?5に記載された技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。また、本件発明1により、炉内圧力の変動を顕著に抑制することができ、安全面での問題の発生を抑制でき、また、大量のアンモニアガスを排気することなく環境面での問題の発生の抑制できることに加えて、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲と比較して、特に低窒化ポテンシャルにおいてより広い窒化ポテンシャル制御範囲を実現することができるという格別顕著な効果を得られることを、当業者が予測し得たとは到底認められない。
よって、本件発明1は、上記相違点1、2について検討するまでもなく、引用発明1、刊行物2?5に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

c 特許異議申立人の意見について
特許異議申立人は、刊行物5の「発明を実施するための形態」を参照することで、最適なPIDパラメータ値を「目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に」読み出すことについての示唆があるといえる旨主張している(令和1年 7月17日付け意見書の「(2-2)相違点3について」)。
しかし、刊行物5には、当該刊行物5に記載された一般的なPID制御方法を、引用発明1の如きガス窒化処理またはガス軟窒化処理に対してどのように適用すべきかについて、指針となる何らの記載も示唆もなく、加えて、最適なPIDパラメータ値を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定することについても、何らの記載も示唆もないことは、上記bで検討したとおりであるから、特許異議申立人の主張を採用することはできない。

(キ)本件発明4
本件発明4は、本件発明1に係る「表面硬化処理装置」について、「表面硬化処理方法」としてカテゴリーを変えて表現したものであり、本件発明1について上記(カ)で判断したのと同様の理由によって、引用発明1、刊行物2?5に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(ク)本件発明3、6
本件発明3は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであって、本件発明1をさらに減縮したものであるから、本件発明1について上記(カ)で判断したのと同様の理由によって、引用発明1、刊行物2?5に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
また、本件発明6は、本件発明4を直接又は間接的に引用するものであって、本件発明4をさらに減縮したものであるから、本件発明4について上記(キ)で判断したのと同様の理由によって、引用発明1、刊行物2?5に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(ケ)まとめ
以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく本件発明1、3、4、6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえず、同法第113条第2項により取り消すことはできない。

4 取消理由としなかった異議申立理由について
(1)申立理由1について
特許異議申立人は、訂正前の特許請求の範囲に関し、本件請求項1?6に係る発明は、甲第1?13号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものであると主張している。

そこで、まず、取消理由通知において採用しなかった、甲第3号証、甲第4号証、及び甲第7?13号証を採用することで、本件発明1、3、4、6に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものといえるかについて、以下に検討する。

上記「3 取消理由通知に記載した取消理由について(2)イ(カ)b」において刊行物2?5について検討したのと同様に、甲第3号証、甲第4号証、及び甲第7?13号証のいずれにも、本件発明1の「PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている」点についての記載も示唆もない。
したがって、本件発明1は、引用発明1、刊行物2?5に加えて、取消理由通知において採用しなかった甲第3号証、甲第4号証、及び甲第7?13号証に記載された技術に基づいても、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
そして、本件発明3、4、6についても同様である。

次に、本件発明2、5について、以下に検討する。
本件発明2、5は、本件発明1、4に新たな発明特定事項を付加してさらに限定したものであるから、上述のとおり、本件発明1、4が、引用発明1、刊行物2?5に加えて、甲第3号証、甲第4号証、及び甲第7?13号証に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、請求項1、4に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない以上、本件発明2、5に係る特許も、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

以上のとおりであるから、本件発明1?6は、甲第1?13号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(2)申立理由3について
特許異議申立人は、訂正前の特許請求の範囲に関し、本件請求項1?6に係る発明は、発明の属する技術分野における当業者が請求項に記載された発明を実施できる程度に、明細書等が明確かつ十分に記載されておらず、そのため、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものであると主張している。

具体的には、水素センサにより測定された処理炉内の水素濃度から算出される分解度s、処理炉内のアンモニア濃度、窒化ポテンシャルの演算値は、当該演算に使用しているアンモニアと窒素の導入比率が常に変動しているため、タイムリーな値を示しておらず、本件明細書の実施例に、これらを実施できたことを示す記載がない以上、精密な制御を行うことは困難であると主張している。

しかし、PID制御自体は、フィードバック制御の手法として従来から用いられているものであって、本件明細書又は図面の記載、及び出願時の技術常識を踏まえれば、厳密にタイムリーな制御を求めずとも、処理炉内の窒化ポテンシャルを目標ポテンシャルに近づくように制御することは、十分可能と認められることから、本件発明1?6は、その実施をすることができる程度に明細書等に明確かつ十分に記載されているといえる。

したがって、本件発明1?6は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。

よって、本件発明1?6に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

5 むすび
以上のとおりであるから、当審の取消理由及び異議申立理由によっては、本件請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、窒化、軟窒化、浸窒焼入れ等、金属製の被処理品に対する表面硬化処理を行う表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼等の金属製の被処理品の表面硬化処理の中で、低ひずみ処理である窒化処理のニーズは多い。窒化処理の方法として、ガス法、塩浴法、プラズマ法等がある。
【0003】
これらの方法の中で、ガス法が、品質、環境性、量産性等を考慮した場合に、総合的に優れている。機械部品に対する焼入れを伴う浸炭や浸炭窒化処理または高周波焼入れによるひずみは、ガス法による窒化処理(ガス窒化処理)を用いることで改善される。浸炭を伴うガス法による軟窒化処理(ガス軟窒化処理)も、ガス窒化処理と同種の処理として知られている。
【0004】
ガス窒化処理は、被処理品に対して窒素のみを浸透拡散させて、表面を硬化させるプロセスである。ガス窒化処理では、アンモニアガス単独、アンモニアガスと窒素ガスとの混合ガス、アンモニアガスとアンモニア分解ガス(75%水素、25%窒素)、または、アンモニアガスとアンモニア分解ガスと窒素ガスとの混合ガス、を処理炉内へ導入して、表面硬化処理を行う。
【0005】
一方、ガス軟窒化処理は、被処理品に対して窒素とともに炭素を副次的に浸透拡散させて、表面を硬化させるプロセスである。例えば、ガス軟窒化処理では、アンモニアガスと窒素ガスと炭酸ガス(CO_(2))との混合ガス、あるいは、アンモニアガスと窒素ガスと炭酸ガスと一酸化炭素ガス(CO)との混合ガス等、複数種類の炉内導入ガスを処理炉内へ導入して、表面硬化処理を行う。
【0006】
ガス窒化処理及びガス軟窒化処理における雰囲気制御の基本は、炉内の窒化ポテンシャル(K_(N))を制御することにある。窒化ポテンシャル(K_(N))を制御することによって、鋼材表面に生成される化合物層中のγ’相(Fe_(4)N)とε相(Fe_(2-3)N)との体積分率を制御したり、当該化合物層が生成されない処理を実現したり等、幅広い窒化品質を得ることが可能である。例えば、特許文献1によれば、γ’相の選択とその厚膜化によって、曲げ疲労強度や耐摩耗性が改善され、機械部品のさらなる高機能化が実現される。
【0007】
以上のようなガス窒化処理及びガス軟窒化処理では、被処理品が内部に配置された処理炉内の雰囲気を管理するために、炉内水素濃度あるいは炉内アンモニア濃度を測定する炉内雰囲気ガス濃度測定センサが設置される。そして、当該炉内雰囲気ガス濃度測定センサの測定値から炉内窒化ポテンシャルが演算され、目標(設定)窒化ポテンシャルと比較されて、各導入ガスの流量制御が行われる(非特許文献1)。各導入ガスの制御方法については、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を制御する方法が周知である(非特許文献2)。
【0008】
(ガス窒化処理の基本的事項)
ガス窒化処理の基本的事項について化学的に説明すれば、ガス窒化処理では、被処理品が配置される処理炉(ガス窒化炉)内において、以下の式(1)で表される窒化反応が発生する。
NH_(3)→[N]+3/2H_(2) ・・・(1)
【0009】
このとき、窒化ポテンシャルK_(N)は、以下の式(2)で定義される。
K_(N)=P_(NH3)/P_(H2)^(3/2) ・・・(2)
ここで、P_(NH3)は炉内アンモニア分圧であり、P_(H2)は炉内水素分圧である。窒化ポテンシャルK_(N)は、ガス窒化炉内の雰囲気が有する窒化能力を表す指標として周知である。
【0010】
一方、ガス窒化処理中の炉内では、当該炉内へ導入されたアンモニアガスの一部が、式(3)の反応にしたがって水素ガスと窒素ガスとに熱分解する。
NH_(3)→1/2N_(2)+3/2H_(2) ・・・(3)
【0011】
炉内では、主に式(3)の反応が生じており、式(1)の窒化反応は量的にはほとんど無視できる。したがって、式(3)の反応で消費された炉内アンモニア濃度または式(3)の反応で発生された水素ガス濃度が分かれば、窒化ポテンシャルを演算することができる。すなわち、発生される水素及び窒素は、アンモニア1モルから、それぞれ1.5モルと0.5モルであるから、炉内アンモニア濃度を測定すれば炉内水素濃度も分かり、窒化ポテンシャルを演算することができる。あるいは、炉内水素濃度を測定すれば、炉内アンモニア濃度が分かり、やはり窒化ポテンシャルを演算することができる。
【0012】
なお、ガス窒化炉内に流されたアンモニアガスは、炉内を循環した後、炉外へ排出される。すなわち、ガス窒化処理では、炉内の既存ガスに対して、フレッシュ(新た)なアンモニアガスを炉内へ絶えず流入させることにより、当該既存ガスが炉外へ排出され続ける(供給圧で押し出される)。
【0013】
ここで、炉内へ導入されるアンモニアガスの流量が少なければ、炉内でのガス滞留時間が長くなるため、分解されるアンモニアガスの量が増加して、当該分解反応によって発生される窒素ガス+水素ガスの量は増加する。一方、炉内へ導入されるアンモニアガスの流量が多ければ、分解されずに炉外へ排出されるアンモニアガスの量が増加して、炉内で発生される窒素ガス+水素ガスの量は減少する。
【0014】
(流量制御の基本的事項)
次に、流量制御の基本的事項について、まずは炉内導入ガスをアンモニアガスのみとする場合について説明する。炉内に導入されるアンモニアガスの分解度をs(0<s<1)とした場合,炉内におけるガス反応は、以下の式(4)で表される。
NH_(3)→(1-s)/(1+s)NH_(3)+0.5s/(1+s)N_(2)+1.5s/(1+s)H_(2) ・・・(4)
ここで、左辺は炉内導入ガス(アンモニアガスのみ)、右辺は炉内ガス組成であり、未分解のアンモニアガスと、アンモニアガスの分解によって1:3の比率で発生した窒素及び水素と、が存在する。したがって、炉内水素濃度を水素センサで測定する場合、右辺の1.5s/(1+s)が水素センサによる測定値に対応し、当該測定値から炉内に導入されたアンモニアガスの分解度sが演算できる。これにより、右辺の(1-s)/(1+s)に相当する炉内アンモニア濃度も演算できる。つまり、水素センサの測定値のみから炉内水素濃度と炉内アンモニア濃度とを知ることができる。このため、窒化ポテンシャルを演算できる。
【0015】
複数の炉内導入ガスを用いる場合でも、窒化ポテンシャルK_(N)の制御が可能である。例えば、アンモニアと窒素との2種類のガスを炉内導入ガスとし、その導入比率をx:y(x、yは既知でx+y=1とする。例えば、x=0.5、y=1-0.5=0.5(NH_(3):N_(2)=1:1))とした場合の炉内におけるガス反応は、以下の式(5)で表される。
xNH_(3)+(1-x)N_(2)→x(1-s)/(1+sx)NH_(3)+(0.5sx+1-x)/(1+sx)N_(2)+1.5sx/(1+sx)H_(2) ・・・(5)
【0016】
ここで、右辺の炉内ガス組成は、未分解のアンモニアガスと、アンモニアガスの分解によって1:3の比率で発生した窒素及び水素と、導入したままの左辺の窒素ガス(炉内で分解しない)と、である。このとき、xは既知なので(例えばx=0.5)、右辺の炉内水素濃度、つまり1.5sx/(1+sx)において、未知数はアンモニアの分解度sのみである。
従って、式(4)の場合と同様に、水素センサの測定値から炉内へ導入されたアンモニアガスの分解度sが演算でき、これにより炉内アンモニア濃度も演算できる。このため、窒化ポテンシャルを演算できる。
【0017】
炉内導入ガスの流量比率を固定しない場合には、炉内水素濃度と炉内アンモニア濃度とは、炉内に導入されたアンモニアガスの分解度sとアンモニアガスの導入比率xの2つを変数として含む。一般的に、ガス流量を制御する機器としてはマスフローコントローラ(MFC)が用いられるため、その流量値に基づいて、アンモニアガスの導入比率xはデジタル信号として連続的に読み取ることができる。従って、式(5)に基づいて、当該導入比率xと水素センサの測定値とを組み合わせることで、窒化ポテンシャルを演算できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2016?211069
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】「熱処理」、55巻、1号、7?11頁(平岡泰、渡邊陽一)
【非特許文献2】「鉄の窒化と軟窒化」、第2版(2013)、158?163頁(ディータリートケほか、アグネ技術センター)
【非特許文献3】「Effect of Compound Layer Thickness Composed of γ’-Fe4N on Rotated-Bending Fatigue Strength in Gas-Nitrided JIS-SCM435 Steel」、Materials Transactions、Vol.58、No.7(2017)、993?999頁(Y.Hiraoka and A.Ishida)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかしながら、本件発明者は、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減することによって窒化ポテンシャルを制御する従来方法に、以下のような問題があることを知見した。
【0021】
すなわち、より低い窒化ポテンシャルへと制御する際には、合計導入量を減少させるのだが、合計導入量を過度に減少させると、炉内が負圧になる虞があり、安全面での問題が生じ得る。
【0022】
一方、より高い窒化ポテンシャルへと制御する際には、合計導入量を増加させるのだが、合計導入量を過度に増加させると、排ガス処理装置のアンモニア処理能力を超える虞があり、環境面での問題が生じ得る。
【0023】
従って、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減することによって窒化ポテンシャルを制御する従来方法では、制御可能な窒化ポテンシャルの範囲が比較的狭かった。
【0024】
一方で、炉内でのアンモニアガスの分解は、被処理品、炉壁または冶具などの表面で生ずる。このため、アンモニアガスの分解量は、炉体構造や炉材表面状態に大きく依存する。従って、ガス導入量制御装置としては、多様な処理炉に柔軟に対応できるように、より広い範囲の窒化ポテンシャルを制御可能であることが望ましい。
【0025】
特に、鋼材等の疲労特性等の機械的特性を向上させるために、例えば低合金鋼においては、γ’相を選択的に鋼表面へ形成させることが必要であり、そのためには、0.1?0.6の範囲の窒化ポテンシャル制御を実現することが必要である。さらには、同一の被処理品の処理中に目標窒化ポテンシャルを変更することも望まれている(非特許文献3)。しかしながら、従来方法では、制御可能な窒化ポテンシャルの範囲が狭く、所望の制御を実現することが困難であった。
【0026】
本件発明者は、鋭意の検討及び種々の実験を繰り返し、PID制御の設定パラメータ値を目標窒化ポテンシャルに応じてきめ細かく変更することによって、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させる窒化ポテンシャル制御の有効性を高めることができることを知見した。
【0027】
本発明は、以上の知見に基づいて創案されたものである。本発明の目的は、安全面での問題の発生や環境面での問題の発生を抑制できるような表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供することである。また、本発明の目的は、比較的広い窒化ポテンシャル制御範囲を実現できるような表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明は、ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置と、前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置と、
を備えたことを特徴とする表面硬化処理装置である。
【0029】
本発明によれば、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく、前記複数種類の炉内導入ガスの導入量が個別に制御される。このため、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減させていた従来の窒化ポテンシャル制御と比較して、炉内圧力の変動を顕著に抑制することができ、安全面での問題の発生を抑制できる。また、大量のアンモニアガスを排気することもないため、環境面での問題の発生を抑制できる。
【0030】
本発明において、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値として設定されるようになっており、前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっていることが好ましい。
【0031】
本件発明者の知見によれば、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら流量比率を増減させる制御においてPID制御を採用し、3つの設定パラメータ値である「比例ゲイン」、「積分ゲインまたは積分時間」及び「微分ゲインまたは微分時間」を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にきめ細かく変更することにより、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.6?1.5)と比較して、特に低窒化ポテンシャル側においてより広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.05?1.3)を実現することができる。
【0032】
従って、本発明においては、前記目標窒化ポテンシャルは、例えば580℃において0.05?1.3の範囲内で設定されるようになっていることが好ましい。
【0033】
また、本発明においては、より広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で0.05?1.3)を実現できるため、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値としてより柔軟に設定され得る。例えば、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて3以上の異なる値として設定され得る。
【0034】
また、本発明は、ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出工程と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出工程によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算工程と、前記炉内窒化ポテンシャル演算工程によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御工程と、
を備えたことを特徴とする表面硬化処理方法である。
【0035】
本方法において、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値として設定されるようになっており、前記ガス導入量制御工程では、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御が実施されるようになっており、前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定されることが好ましい。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく、前記複数種類の炉内導入ガスの導入量が個別に制御される。このため、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減させていた従来の窒化ポテンシャル制御と比較して、炉内圧力の変動を顕著に抑制することができ、安全面での問題の発生を抑制できる。また、大量のアンモニアガスを排気することもないため、環境面での問題の発生を抑制できる。
【0037】
更に、本発明において、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら流量比率を増減させる制御においてPID制御を採用し、3つの設定パラメータ値である「比例ゲイン」、「積分ゲインまたは積分時間」及び「微分ゲインまたは微分時間」を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にきめ細かく変更すれば、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.6?1.5)と比較して、特に低窒化ポテンシャル側においてより広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.05?1.3)を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の一実施形態による表面硬化処理装置を示す概略図である。
【図2】実施例と比較例との窒化ポテンシャル制御の結果を示す表である。
【図3】580℃(560?600℃)の場合の制御可能な窒化ポテンシャルの範囲を比較するグラフである。
【図4】時間帯に応じて目標窒化ポテンシャルを変更する制御例の各種設定値を示す表である。
【図5】図4の制御例の場合の炉内温度と炉内窒化ポテンシャルとの推移を示すグラフである。
【図6】図4の制御例の場合の各炉内導入ガスの流量と合計導入量との推移を示すグラフである。
【図7】追加実施例と追加比較例との窒化ポテンシャル制御の結果を示す表である。
【図8】500℃(480?520℃)の場合の制御可能な窒化ポテンシャルの範囲を比較するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0040】
(構成)
図1は、本発明の一実施形態による表面硬化処理装置を示す概略図である。図1に示すように、本実施形態の表面硬化処理装置1は、ガス成分として水素を含有して処理炉2内に水素を供給するか、または、処理炉2内で水素を発生するガスとして、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを選択的に処理炉2内へ導入して、処理炉2内に配置される被処理品Sの表面硬化処理としてガス窒化処理を行う表面硬化処理装置である。
【0041】
被処理品Sは、金属製であって、例えば鋼部品や金型等である。複数種類の炉内導入ガスは、混合されてから処理炉2内に導入されてもよいし、個別に処理炉2内に導入されて処理炉2内で混合されてもよい。ここでは、ガス成分として水素を含有して処理炉2内に水素を供給するか、または、処理炉2内で水素を発生するガスとして、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む場合を説明する。アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素とからなる混合ガスである。
【0042】
また、図1に示すように、本実施形態の表面硬化処理装置1の処理炉2には、攪拌ファン8と、攪拌ファン駆動モータ9と、炉内温度計測装置10と、炉体加熱装置11と、雰囲気ガス濃度検出装置3と、窒化ポテンシャル調節計4と、温度調節計5と、プログラマブルロジックコントローラ30と、記録計6と、炉内導入ガス供給部20と、が設けられている。
【0043】
攪拌ファン8は、処理炉2内に配置されており、処理炉2内で回転して、処理炉2内の雰囲気を攪拌するようになっている。攪拌ファン駆動モータ9は、攪拌ファン8に連結されており、攪拌ファン8を任意の回転速度で回転させるようになっている。
【0044】
炉内温度計測装置10は、熱電対を備えており、処理炉2内に存在している炉内ガスの温度を計測するように構成されている。また、炉内温度計測装置10は、炉内ガスの温度を計測した後、当該計測温度を含む情報信号(炉内温度信号)を温度調節計5及び記録計6へ出力するようになっている。
【0045】
雰囲気ガス濃度検出装置3は、処理炉2内の水素濃度またはアンモニア濃度を炉内雰囲気ガス濃度として検出可能なセンサにより構成されている。当該センサの検出本体部は、雰囲気ガス配管12を介して処理炉2の内部と連通している。雰囲気ガス配管12は、本実施形態においては、雰囲気ガス濃度検出装置3のセンサ本体部と処理炉2とを直接連通させる単線の経路で形成されている。雰囲気ガス配管12の途中には、開閉弁17が設けられており、当該開閉弁は開閉弁制御装置16によって制御されるようになっている。
【0046】
また、雰囲気ガス濃度検出装置3は、炉内雰囲気ガス濃度を検出した後、当該検出濃度を含む情報信号を、窒化ポテンシャル調節計4及び記録計6へ出力するようになっている。
【0047】
記録計6は、CPUやメモリ等の記憶媒体を含んでおり、炉内温度計測装置10や雰囲気ガス濃度検出装置3からの出力信号に基いて、処理炉2内の温度や炉内雰囲気ガス濃度を、例えば表面硬化処理を行った日時と対応させて、記憶するようになっている。
【0048】
窒化ポテンシャル調節計4は、炉内窒化ポテンシャル演算装置13と、ガス流量出力調整装置30と、を有している。また、プログラマブルロジックコントローラ31は、ガス導入制御装置14と、パラメータ設定装置15と、を有している。
【0049】
炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、炉内雰囲気ガス濃度検出装置3によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて、処理炉2内の窒化ポテンシャルを演算するようになっている。具体的には、実際の炉内導入ガスに応じて式(5)と同様の考え方に基づいてプログラムされた窒化ポテンシャルの演算式が組み込まれており、炉内雰囲気ガス濃度の値から窒化ポテンシャルを演算するようになっている。
【0050】
パラメータ設定装置15は、例えばタッチパネルからなり、目標窒化ポテンシャルを同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値として設定入力できるようになっており、また、目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にPID制御の設定パラメータ値を設定入力できるようになっている。具体的には、PID制御の「比例ゲイン」と「積分ゲインまたは積分時間」と「微分ゲインまたは微分時間」とを目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定入力できるようになっている。設定入力された各設定パラメータ値は、ガス流量出力調整手段30へ伝送されるようになっている。
【0051】
そして、ガス流量出力調整手段30が、炉内窒化ポテンシャル演算装置13によって演算された窒化ポテンシャルを出力値とし、目標窒化ポテンシャル(設定された窒化ポテンシャル)を目標値とし、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値としたPID制御を実施するようになっている。より具体的には、当該PID制御において、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づけられる。また、当該PID制御において、パラメータ設定装置15から伝送された各設定パラメータ値が用いられるようになっている。
【0052】
パラメータ設定装置15に対する設定入力作業のためのPID制御の設定パラメータ値の候補は、パイロット処理を実施して予め入手しておく必要がある。本件出願人が製造する従来装置のPID制御の設定パラメータ値は、(1)処理炉の状態(炉壁や治具の状態)、(2)処理炉の温度条件、及び、(3)被処理品の状態(タイプ及び個数)に応じて、窒化ポテンシャル調節計4自体が有するオートチューニング機能によって取得されていた。これに対して、本実施形態では、(1)処理炉の状態(炉壁や治具の状態)、(2)処理炉の温度条件及び(3)被処理品の状態(タイプ及び個数)が同一であっても、(4)目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に、設定パラメータ値の候補を窒化ポテンシャル調節計4自体のオートチューニング機能によって取得しておく必要がある。オートチューニング機能を有する窒化ポテンシャル調節計4を構成するためには、横河電気株式会社製のUT75A(高機能形デジタル指示調整計、http://www.yokogawa.co.jp/ns/cis/utup/utadvanced/ns-ut75a-01-ja.htm)等が利用可能である。
【0053】
候補として取得された設定パラメータ値(「比例ゲイン」と「積分ゲインまたは積分時間」と「微分ゲインまたは微分時間」の組)は、何らかの形態で記録されて、目的の処理内容に応じてパラメータ設定装置15に手入力され得る。もっとも、候補として取得された設定パラメータ値が目標窒化ポテンシャルと紐付けされた態様で何らかの記憶装置に記憶されて、設定入力された目標窒化ポテンシャルの値に基づいてパラメータ設定装置15によって自動的に読み出されるようになっていてもよい。
【0054】
さて、ガス流量出力調整手段30は、PID制御の結果として、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を制御するようになっている。具体的には、ガス流量出力調整手段30は、アンモニアガスの流量比率を0?100%の値として決定する。決定の対象とするガス種は、アンモニアガスの代わりにアンモニア分解ガスであってもよい。いずれにしても、両者の和が100%であるから、片方の流量比率を決定すれば他方の流量比率も決定される。そして、ガス流量出力調整手段30の出力値は、ガス導入量制御手段14へ伝達されるようになっている。
【0055】
ガス導入量制御手段14は、各ガスの合計導入量(総流量)×流量比率に相当する導入量を実現するべく、アンモニアガス用の第1供給量制御装置22とアンモニア分解ガス用の第2供給量制御装置26とにそれぞれ制御信号を送るようになっている。本実施形態では、各ガスの合計導入量についても、目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にパラメータ設定装置15において設定入力可能である。
【0056】
本実施形態の炉内導入ガス供給部20は、アンモニアガス用の第1炉内導入ガス供給部21と、第1供給量制御装置22と、第1供給弁23と、第1流量計24と、を有している。また、本実施形態の炉内導入ガス供給部20は、アンモニア分解ガス(AXガス)用の第2炉内導入ガス供給部25と、第2供給量制御装置26と、第2供給弁27と、第2流量計28と、を有している。
【0057】
本実施形態では、アンモニアガスとアンモニア分解ガスとは、処理炉2内に入る前の炉内導入ガス導入配管29内で混合されるようになっている。
【0058】
第1炉内導入ガス供給部21は、例えば、第1炉内導入ガス(本例ではアンモニアガス)を充填したタンクにより形成されている。
【0059】
第1供給量制御装置22は、マスフローコントローラにより形成されており、第1炉内導入ガス供給部21と第1供給弁23との間に介装されている。第1供給量制御装置22の開度が、ガス導入量制御手段14から出力される制御信号に応じて変化する。また、第1供給量制御装置22は、第1炉内導入ガス供給部21から第1供給弁23への供給量を検出し、この検出した供給量を含む情報信号をガス導入制御手段14と調節計6へ出力するようになっている。当該制御信号は、ガス導入量制御手段14による制御の補正等に用いられ得る。
【0060】
第1供給弁23は、ガス導入量制御手段14が出力する制御信号に応じて開閉状態を切り換える電磁弁により形成されており、第1供給量制御装置22と第1流量計24との間に介装されている。
【0061】
第1流量計24は、例えば、フロー式流量計等の機械的な流量計で形成されており、第1供給弁23と炉内導入ガス導入配管29との間に介装されている。また、第1流量計24は、第1供給弁23から炉内導入ガス導入配管29への供給量を検出する。第1流量計24が検出する供給量は、作業員の目視による確認作業に用いられ得る。
【0062】
第2炉内導入ガス供給部25は、例えば、第2炉内導入ガス(本例ではアンモニア分解ガス)を充填したタンクにより形成されている。
【0063】
第2供給量制御装置26は、マスフローコントローラにより形成されており、第2炉内導入ガス供給部25と第1供給弁27との間に介装されている。第1供給量制御装置26の開度が、ガス導入量制御手段14から出力される制御信号に応じて変化する。また、第3供給量制御装置26は、第2炉内導入ガス供給部25から第2供給弁27への供給量を検出し、この検出した供給量を含む情報信号をガス導入制御手段14と調節計6へ出力するようになっている。当該制御信号は、ガス導入量制御手段14による制御の補正等に用いられ得る。
【0064】
第2供給弁27は、ガス導入量制御手段14が出力する制御信号に応じて開閉状態を切り換える電磁弁により形成されており、第2供給量制御装置26と第2流量計28との間に介装されている。
【0065】
第2流量計28は、例えば、フロー式流量計等の機械的な流量計で形成されており、第2供給弁27と炉内導入ガス導入配管29との間に介装されている。また、第2流量計28は、第2供給弁26から炉内導入ガス導入配管29への供給量を検出する。第2流量計28が検出する供給量は、作業員の目視による確認作業に用いられ得る。
【0066】
(作用)
次に、本実施形態の表面硬化処理装置1の作用について説明する。まず、処理炉2内に被処理品Sが投入され、処理炉2の加熱が開始される。その後、炉内導入ガス供給部20からアンモニアガスとアンモニア分解ガスとの混合ガスが設定初期流量で処理炉2内へ導入される。この設定初期流量も、パラメータ設定装置15において設定入力可能であり、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)によって制御される。また、攪拌ファン駆動モータ9が駆動されて攪拌ファン8が回転し、処理炉2内の雰囲気を攪拌する。
【0067】
初期状態では、開閉弁制御装置16は、開閉弁17を閉鎖状態としている。一般的に、ガス窒化処理の前処理として、鋼材表面を活性化して窒素を入りやすくする処理が行われることがある。この場合、炉内に塩化水素ガスやシアン化水素ガスなどが発生する。これらのガスは、炉内雰囲気ガス濃度検出装置(センサ)3を劣化させ得るため、開閉弁17を閉鎖状態としておくことが有効である。
【0068】
また、炉内温度計測装置10が炉内ガスの温度を計測し、この計測温度を含む情報信号を窒化ポテンシャル調節計4及び記録計6に出力する。窒化ポテンシャル調節計4は、処理炉2内の状態について、昇温途中であるのか、昇温が完了した状態(安定した状態)であるのか、判定する。
【0069】
また、窒化ポテンシャル調節計4の炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、炉内の窒化ポテンシャルを演算し(最初は極めて高い値である(炉内に水素が存在しないため)がアンモニアガスの分解(水素発生)が進行するにつれて低下してくる)、目標窒化ポテンシャルと基準偏差値との和を下回ったか否かを判定する。この基準偏差値も、パラメータ設定装置15において設定入力可能であり、例えば2.5である。
【0070】
昇温が完了した状態であると判定され、且つ、炉内窒化ポテンシャルの演算値が目標窒化ポテンシャルと基準偏差値との和を下回ったと判定されると、窒化ポテンシャル調節計4は、ガス導入量制御手段14を介して、炉内導入ガスの導入量の制御を開始する。これに応じて、開閉制御装置16が開閉弁17を開放状態に切り換える。
【0071】
開閉弁17が開放状態に切り換えられると、処理炉2と雰囲気ガス濃度検出装置3とが連通し、炉内雰囲気ガス濃度検出装置3が炉内水素濃度あるいは炉内アンモニア濃度を検出する。検出された水素濃度信号あるいはアンモニア濃度信号が、窒化ポテンシャル調節計4及び記録計6へ出力される。
【0072】
窒化ポテンシャル調節計4の炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、入力される水素濃度信号またはアンモニア濃度信号に基づいて炉内窒化ポテンシャルを演算する。そして、ガス流量出力調整手段30は、炉内窒化ポテンシャル演算装置13によって演算された窒化ポテンシャルを出力値とし、目標窒化ポテンシャル(設定された窒化ポテンシャル)を目標値とし、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値としたPID制御を実施する。具体的には、当該PID制御において、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づくような制御が実施される。当該PID制御においては、パラメータ設定装置15にて設定入力された各設定パラメータ値が用いられる。この設定パラメータ値が、目標窒化ポテンシャルの値に応じて異なることが、本実施形態の特徴である。
【0073】
そして、ガス流量出力調整手段30が、PID制御の結果として、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を制御する。具体的には、ガス流量出力調整手段30が、アンモニアガスの流量比率を0?100%の値として決定し、当該出力値がガス導入量制御手段14へ伝達される。
【0074】
ガス導入量制御手段14は、各ガスの合計導入量×流量比率に相当する導入量を実現するべく、アンモニアガス用の第1供給量制御装置22とアンモニア分解ガス用の第2供給量制御装置26とにそれぞれ制御信号を送る。
【0075】
以上のような制御により、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルの近傍に安定的に制御することができる。これにより、被処理品Sの表面硬化処理を極めて高品質に行うことができる。
【0076】
(実施例と比較例)
前述した本実施形態の表面硬化処理装置1によって、実際に表面硬化処理が行われた(実施例)。また、比較のため、従来の制御方法による表面硬化処理も行われた(比較例)。
【0077】
実施例でも比較例でも、処理炉としてはバッチ型ガス窒化炉(処理重量:800kg/gross)が用いられ、処理炉内の処理時の温度条件は580℃(560?600℃程度)とされ、雰囲気ガス濃度検出装置として熱伝導式の水素センサが用いられた。また、被処理品Sとしては、JIS-SCM435鋼が用いられた。また、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)の切換時間は1秒毎とされ、いずれの処理時間も2時間とされた。
【0078】
一方、比較例においては、第2炉内導入ガスとして、アンモニア分解ガスではなく窒素ガスが用いられた。
【0079】
また、比較例においてもPID制御が用いられたが、比較例のPID制御においては、複数種類の炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら(NH_(3):N_(2)=9:1)当該複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づくような制御が実施された。
【0080】
また、比較例のPID制御においては、目標窒化ポテンシャルが異なっていても同一の設定パラメータ値(「比例ゲイン(P)」と「積分ゲインまたは積分時間(I)」と「微分ゲインまたは微分時間(D)」の組)が用いられた。
【0081】
そして、目標窒化ポテンシャルとして、図2に示す10個の値が用いられた。580℃近傍(560?600℃程度)のガス窒化処理において、K_(N)=0.1は、化合物層が形成されない条件である。K_(N)=0.2?1.0は、化合物層としてγ’相が形成される条件である。K_(N)=1.5?2.0は、ε相のみが表面に形成される条件である。特に、実用上重要なγ’相を表面でほぼ単相に形成可能な窒化ポテンシャルは、K_(N)=0.3近傍であることが知られている。
【0082】
また、被処理品Sの表面処理構造については、実際に、X線回折によって同定された。
【0083】
炉内の窒化ポテンシャルの制御範囲の結果について、図2に表として示す。また、図3には、縦軸に制御誤差(最大誤差%)、横軸に窒化ポテンシャルを取って、実施例と比較例とでの制御可能な窒化ポテンシャル範囲が示されている。
【0084】
図2及び図3に示されるように、実施例では、窒化ポテンシャルが0.1?1.3の範囲で制御が可能であった。また、各目標窒化ポテンシャルに対してPID制御の設定パラメータ値をきめ細かく変更したことにより、比較例よりも誤差が小さい高精度の処理を実現できた。また、目標窒化ポテンシャルを0.3や0.2とした場合の被処理品Sの表面において、実用上重要なγ’相の形成が確認された。
【0085】
しかしながら、実施例では、目標窒化ポテンシャルを1.5?2.0とした場合には、誤差が非常に大きかった。これは、合計導入量の制限(本例では150(l/min)とされた)が原因であると推察される。
【0086】
一方、比較例では、窒化ポテンシャルが0.6?1.5の範囲で制御が可能であった。
【0087】
しかしながら、比較例では、目標窒化ポテンシャルを0.6未満とした場合には、窒化ポテンシャルを低くするために炉内導入ガスの合計導入量が低くなり過ぎて、炉内が過剰な負圧となってしまった。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面硬化処理(処理7?処理10)は強制終了された。
【0088】
また、目標窒化ポテンシャルを2.0とした場合には、排ガスを燃焼させて分解する排ガス燃焼分解装置41におけるアンモニア処理量を超えてしまい、作業員が目の痛みを訴えた。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面効果処理(処理1)は強制終了された。
【0089】
(時間帯に応じて目標窒化ポテンシャルを変更する制御例)
次に、図4は、時間帯に応じて目標窒化ポテンシャルを変更する制御例の各種設定値を示す表である。本例では、目標窒化ポテンシャルの値が0.2→1.5→0.3と連続的に変更されている。すなわち、本例では、目標窒化ポテンシャルの値が、同一の被処理品に対して、時間帯に応じて3つの異なる値として設定されている。
【0090】
図5は、図4の制御例の場合の炉内温度と炉内窒化ポテンシャルの推移を示すグラフであり、図6は、図4の制御例の場合の各炉内導入ガスの流量と合計導入量との推移を示すグラフである。図4乃至図6に示すように、最初の工程01は昇温工程であり、本例では20分を要した。
【0091】
そして、図4に示すように、次の工程02では、目標窒化ポテンシャルが0.2と設定され、PID制御の設定パラメータ値は、P=3.5、I=209、D=52、と設定された。そして、窒化ポテンシャル制御のためにアンモニアガスとAXガスとの流量比率の小刻みな変動が許容される一方で(図6参照)、それらの合計導入量は166L/minで一定に維持された。この結果、図5に示すように、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルである0.2に安定的に制御することができた。なお、本例の工程02は、100分間とした。
【0092】
そして、図4に示すように、次の工程03では、目標窒化ポテンシャルが1.5と設定され、PID制御の設定パラメータ値は、P=7.4、I=116、D=29、と設定された。そして、窒化ポテンシャル制御のためにアンモニアガスとAXガスとの流量比率の小刻みな変動が許容される一方で(図6参照)、それらの合計導入量は166L/minで一定に維持された。この結果、図5に示すように、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルである1.5に安定的に制御することができた。なお、本例の工程PT03は、100分間とした。
【0093】
更に、図4に示すように、次の工程04では、目標窒化ポテンシャルが0.3と設定され、PID制御の設定パラメータ値は、P=3.9、I=164、D=41、と設定された。そして、窒化ポテンシャル制御のためにアンモニアガスとAXガスとの流量比率の小刻みな変動が許容される一方で(図6参照)、それらの合計導入量は200L/minで一定に維持された。この結果、図5に示すように、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルである0.3に安定的に制御することができた。なお、本例の工程PT04は、20分間とされた。
【0094】
以上のように、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら流量比率を増減させる制御においてPID制御を採用し、3つの設定パラメータ値を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にきめ細かく変更することにより、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.6?1.5)と比較して、特に低窒化ポテンシャル側においてより広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.05?1.3)を実現することができる。このため、目標窒化ポテンシャルを、同一の被処理品に対して、時間帯に応じて異なる値としてより柔軟に設定することが可能である。例えば、目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて3以上の異なる値として設定され得る。
【0095】
(追加の実施例と比較例)
前述した本実施形態の表面硬化処理装置1によって、実際に表面硬化処理が行われた(実施例)。また、比較のため、従来の制御方法による表面硬化処理も行われた(比較例)。
【0096】
実施例でも比較例でも、処理炉としてはバッチ型ガス窒化炉(処理重量:800kg/gross)が用いられ、処理炉内の処理時の温度条件は500℃(480?520℃程度)とされ、雰囲気ガス濃度検出装置として熱伝導式の水素センサが用いられた。また、被処理品Sとしては、JIS-SCM435鋼が用いられた。また、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)の切換時間は1秒毎とされ、いずれの処理時間も20時間とされた。
【0097】
一方、比較例においては、第2炉内導入ガスとして、アンモニア分解ガスではなく窒素ガスが用いられた。
【0098】
また、比較例においてもPID制御が用いられたが、比較例のPID制御においては、複数種類の炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら(NH_(3):N_(2)=9:1)当該複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づくような制御が実施された。
【0099】
また、比較例のPID制御においては、目標窒化ポテンシャルが異なっていても同一の設定パラメータ値(「比例ゲイン(P)」と「積分ゲインまたは積分時間(I)」と「微分ゲインまたは微分時間(D)」の組)が用いられた。
【0100】
そして、目標窒化ポテンシャルとして、図4に示す10個の値が用いられた。500℃近傍(480?520℃程度)のガス窒化処理において、K_(N)=0.1、0.2は、化合物層が形成されない条件である。K_(N)=0.5?1.5は、化合物層としてγ’相が形成される条件である。K_(N)=3.0?9.0は、ε相のみが表面に形成される条件である。特に、実用上重要なγ’相を表面でほぼ単相に形成可能な窒化ポテンシャルは、K_(N)=0.5近傍であることが知られている。
【0101】
また、被処理品Sの表面処理構造については、実際に、X線回折によって同定された。
【0102】
炉内の窒化ポテンシャルの制御範囲の結果について、図4に表として示す。また、図5には、縦軸に制御誤差(最大誤差%)、横軸に窒化ポテンシャルを取って、実施例と比較例とでの制御可能な窒化ポテンシャル範囲が示されている。
【0103】
図4及び図5に示されるように、実施例では、窒化ポテンシャルが0.1?4.5の範囲で制御が可能であった。また、各目標窒化ポテンシャルに対してPID制御の設定パラメータ値をきめ細かく変更したことにより、比較例よりも誤差が小さい高精度の処理を実現できた。また、目標窒化ポテンシャルを0.5とした場合の被処理品Sの表面において、実用上重要なγ’相の形成が確認された。
【0104】
しかしながら、実施例では、目標窒化ポテンシャルを6.0?9.0とした場合には、誤差が非常に大きかった。これは、合計導入量の制限(本例では150(l/min)とされた)が原因であると推察される。
【0105】
一方、比較例では、窒化ポテンシャルが3.0?6.0の範囲で制御が可能であった。
【0106】
しかしながら、比較例では、目標窒化ポテンシャルを1.5未満とした場合には、窒化ポテンシャルを低くするために炉内導入ガスの合計導入量が低くなり過ぎて、炉内が過剰な負圧となってしまった。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面硬化処理(処理6?処理10)は強制終了された。また、比較例では、目標窒化ポテンシャルを1.5とした場合には、誤差が非常に大きかった。
【0107】
また、目標窒化ポテンシャルを9.0とした場合には、排ガスを燃焼させて分解する排ガス燃焼分解装置41におけるアンモニア処理量を超えてしまい、作業員が目の痛みを訴えた。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面効果処理(処理1)は強制終了された。
【0108】
図7及び図8の追加実施例(500℃)において制御可能な窒化ポテンシャルの範囲0.1?4.5から、図2及び図3の実施例(580℃)において制御可能な窒化ポテンシャルの範囲0.1?1.3まで、処理時の温度条件の上昇に応じて制御可能な範囲の上限が低下する。
【符号の説明】
【0109】
1 表面硬化処理装置
2 処理炉
3 雰囲気ガス濃度検出装置
4 窒化ポテンシャル調節計
5 温度調節計
6 記録計
8 攪拌ファン
9 攪拌ファン駆動モータ
10 炉内温度計測装置
11 炉内加熱装置
13 窒化ポテンシャル演算装置
14 ガス導入量制御装置
15 パラメータ設定装置(タッチパネル)
16 開閉弁制御装置
17 開閉弁
20 炉内ガス供給部
21 第1炉内導入ガス供給部
22 第1炉内ガス供給制御装置
23 第1供給弁
24 第1流量計
25 第2炉内導入ガス供給部
26 第2炉内ガス供給制御装置
27 第2供給弁
28 第2流量計
29 炉内導入ガス導入配管
30 ガス流量出力調整装置
31 プログラマブルロジックコントローラ
40 炉内ガス廃棄配管
41 排ガス燃焼分解装置
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置と、
を備え、
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになっており、
前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている
ことを特徴とする表面硬化処理装置。
【請求項2】
前記目標窒化ポテンシャルは、各時間帯に応じて0.05?1.3の範囲内で設定されるようになっている
ことを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理装置。
【請求項3】
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して3以上の時間帯に応じて3以上の異なる値として設定されるようになっている
ことを特徴とする請求項1または2に記載の表面硬化処理装置。
【請求項4】
ガス成分として水素を含有して処理炉内に水素を供給するか、または、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出工程と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出工程によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算工程と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算工程によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御工程と、
を備え、
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになっており、
前記ガス導入量制御工程では、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御が実施されるようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定される
ことを特徴とする表面硬化処理方法。
【請求項5】
前記目標窒化ポテンシャルは、各時間帯に応じて0.05?1.3の範囲内で設定されるようになっている
ことを特徴とする請求項4に記載の表面硬化処理方法。
【請求項6】
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して3以上の時間帯に応じて3以上の異なる値として設定されるようになっている
ことを特徴とする請求項4または5に記載の表面硬化処理方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-08-07 
出願番号 特願2017-140503(P2017-140503)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 萩原 周治  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 粟野 正明
長谷山 健
登録日 2018-06-01 
登録番号 特許第6345320号(P6345320)
権利者 パーカー熱処理工業株式会社
発明の名称 表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 ▲吉▼田 和彦  
代理人 倉澤 伊知郎  
代理人 松下 満  
代理人 磯貝 克臣  
代理人 田中 秀▲てつ▼  
代理人 尾林 章  
代理人 松下 満  
代理人 ▲吉▼田 和彦  
代理人 弟子丸 健  
代理人 山本 泰史  
代理人 弟子丸 健  
代理人 森 哲也  
代理人 磯貝 克臣  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 倉澤 伊知郎  
代理人 山本 泰史  

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