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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08J 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08J 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08J |
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管理番号 | 1356336 |
審判番号 | 不服2017-13718 |
総通号数 | 240 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2019-12-27 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2017-09-14 |
確定日 | 2019-10-16 |
事件の表示 | 特願2015-115944「高分子ヒドロゲルおよびその調製方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年11月26日出願公開、特開2015-212388〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2008年(平成20年)8月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2007年8月10日、イタリア国)を国際出願日とする特願2010-520475号の一部を、平成25年11月18日に新たな特許出願とした特願2013-238364号の一部を平成27年6月8日に新たな特許出願としたものであって、平成27年7月7日付けで手続補正書が提出され、平成28年7月19日付けで拒絶理由が通知され、同年12月21日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成29年5月11日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年9月14日に拒絶査定不服審判が請求され、同時に手続補正書が提出され、平成30年2月26日付けで上申書が提出され、同年10月1日付けで当審より最後の拒絶理由が通知され、平成31年3月29日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。 第2 本願発明 本願の請求項1?7に係る発明は、平成31年3月29日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?7に記載されている事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、そのうち、請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。 「【請求項1】 クエン酸で架橋されたカルボキシメチルセルロースを含む高分子ヒドロゲルであって、 前記高分子ヒドロゲルが、少なくとも約50の蒸留水での膨潤比を有し、前記高分子ヒドロゲルが、以下の工程を含む方法により製造される、高分子ヒドロゲル: (a)カルボキシメチルセルロースおよびクエン酸を提供する工程、 (b)水溶液を加熱し、それによって水を蒸発させ、当該カルボキシメチルセルロースとクエン酸を架橋し、高分子ヒドロゲルを生成する工程、 (c)工程(b)の高分子ヒドロゲルを水で洗浄する工程。」 第3 平成30年10月1日付け拒絶理由通知書の拒絶理由及び原査定の拒絶理由(平成28年7月19日付け絶理由通知書の拒絶理由) ・平成30年10月1日付けの拒絶理由通知書の拒絶理由は、概略、以下の理由を含む。 (明確性)この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 ・原査定の拒絶理由(平成28年7月19日付け絶理由通知書の拒絶理由)は、概略、以下の理由を含む。 1.(新規性)この出願の請求項1に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物(引用文献1)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 2.(進歩性)この出願の請求項1に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物(引用文献1)に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 <引用文献1>特開平7-82301号公報 第4 当審の判断 1 特許法第36条第6項第2号について 本願発明は、「高分子ヒドロゲル」という物の発明である。 そして、本願発明に関し、請求項1の 「前記高分子ヒドロゲルが、以下の工程を含む方法により製造される、高分子ヒドロゲル: (a)カルボキシメチルセルロースおよびクエン酸を提供する工程、 (b)水溶液を加熱し、それによって水を蒸発させ、当該カルボキシメチルセルロースとクエン酸を架橋し、高分子ヒドロゲルを生成する工程、 (c)工程(b)の高分子ヒドロゲルを水で洗浄する工程。」 との記載は、物の発明に係る請求項に、「その物の製造方法が記載されている場合」に該当するものと認められる。 ここで、物の発明に係る特許請求の範囲(請求項)にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。 ところで、上記最高裁判決では、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において、その製造方法が記載されていると、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか・・・不明であり、・・・当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり、適当でない。」としながら、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては、通常、当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが、その具体的内容、性質等によっては、出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり、特許出願の性質上、・・・特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど、出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得る・・・。・・・上記の様な事情がある場合には、当該製造方法により、製造された物と構造、特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても、第三者の利益を不当に害することがないというべきである。」と判示されている。 そうすると、上記判決によれば、物の発明について特許請求の範囲にその製造方法が記載されており、当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか不明である場合には、上記の様な不可能・非実際的事情がある場合に限って、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえる。 そこで、本願の請求項1について検討すると、本願発明の「高分子ヒドロゲル」という物の発明について、物の構造・特性の特徴として、「クエン酸で架橋された」状態の「カルボキシメチルセルロース」を含むという構造的な特徴と、「高分子ヒドロゲルが、少なくとも約50の蒸留水での膨潤比を有」する特性を有することは特定されるものの、上記(a)?(c)の特定の工程を含む製造方法により製造されることによって特定される「高分子ヒドロゲル」であることによる、物としての構造・特性の特徴(つまり、上記(a)?(c)の特定の工程を含む製造方法により製造されることによって特定される「高分子ヒドロゲル」と、かかる特定を含まない「高分子ヒドロゲル」との、物の構造・特性の特徴としての違い)は明らかではない。 そうすると、当業者は、「高分子ヒドロゲル」という「物の発明」の内容を明確に理解することができない。 そして、本願明細書等を参照しても、不可能・非実際的事情は明らかではない。 請求人は、平成31年3月29日付けの意見書の1頁の(2)において、「ヒドロゲルの特性は、それを製造するために使用される方法に依存します。このような特性は、均質性、架橋度および吸収性を含みます。これらの特性上の相違を引き起こす小さな構造的相違は、直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的ではありません。たとえば、架橋に先立つ均質溶液中でカルボキシルメチルセルロースとクエン酸を混合することは、2つの薬剤の不均質混合物を架橋とは異なる生成物をもたらします。」と記載する。 上記意見書の記載によれば、請求人は、(i)ヒドロゲルの特性(均質性、架橋度および吸収性)は、それを製造するために使用される方法に依存しており、架橋に先立つ均質溶液中でカルボキシルメチルセルロースとクエン酸を混合することは、2つの薬剤の不均質混合物の架橋とは異なる特性の生成物をもたらすこと、及び、(ii)ヒドロゲルの特性の相違を引き起こす小さな構造的相違は、直接特定することが不可能であるか、又は実際的ではない、との2つの主張を行っていると解される。 しかしながら、物の発明は、通常、その物の構造・特性の特定により、当業者がその物を明確に理解することが可能であるところ、請求人は、上記(i)、(ii)の主張をするのみで、例えば、本願発明の高分子ヒドロゲルについて、吸水速度や吸水ゲルの圧縮強度荷重下での吸水能、柔軟性等、高分子ゲルの特性を示すものとして一般に知られる他の特性(例えば、伏見隆夫著「図解・最新特許にみる高吸収性ポリマー開発・応用アイデア集」(株)工業調査会、1990年初版発行の22頁の表1.4、米国特許第5948829号明細書(原査定の拒絶理由における引用文献2)のTABLE1に記載のSoftness Value(柔軟性値)等)により発明を特定しているのでもないし、それらの特性が、同じ架橋剤(クエン酸)を使用した同じ膨潤比の高分子ゲルの場合であっても、製造方法の違いにより異なるものとなることを追加実験等の結果を示して説明した上で、そのような特性での特定が出願時には不可能であった事情等について説明しているのでもない。 よって、上記請求人の主張に基づいて不可能・非実際的事情があるとは認められない。また、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるとも言えない。 以上のとおり、本願特許請求の範囲(請求項1)にはその物の製造方法が記載されているが、出願時(分割出願である本願出願の親出願の原出願である特願2010-520475号の対応国際出願の出願日である2008年8月8日)において、不可能・非実際的事情が存在するとは認められないことから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するとはいえない。 したがって、本願発明は明確でない。 なお、本願発明では、「以下の工程を含む方法により製造される、高分子ヒドロゲル」(下線は、合議体が付した。)と特定されており、高分子ヒドロゲルの製造方法が部分的な工程しか特定されおらず、そのような製造方法で特定される高分子ヒドロゲルという「物の発明」自体が、高分子ヒドロゲルの構造・特性を決定することができない発明となっているから、その点でも、本願発明は明確でない。 以上のとおり、本願発明は明確ではなく、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 2 特許法第29条第1項第3号及び同法同条第2項について 上記1で記載したとおり、本願発明は明確でないが、以下に、本願発明を上記第3で記載した請求項1に記載のとおりのものと解して、新規性・進歩性の判断を行う。 (1)引用文献1の記載及び引用発明 ア 引用文献1の記載 本願の優先日(2007年8月10日)前に頒布された刊行物である上記引用文献1(特開平7-82301号公報)には、以下の記載がある。(下線は当審で付した。) 「【請求項1】 カルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩および多価カルボン酸を水および親水性有機溶媒からなる混合溶媒中で加熱下に反応させて得られる反応生成物から該溶媒を除去した後130℃以上で加熱処理することによりカルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩架橋体(I)を調製し、次いで該架橋体(I)の水性ゲルを得た後、この水性ゲル中の水分を親水性有機溶媒で置換・脱水してから乾燥することを特徴とする吸水材の製法。」 「【0006】 【発明が解決しようとする課題】・・・本発明の目的は、吸水力に優れ、且つ高度に生分解性を有する吸水材を製造する方法を提供することにある。」 「【0008】 【作用】本発明に使用されるカルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩は、リンターパルプや木材パルプなどのセルロースを含水有機溶媒中でアルカリ金属水酸化物とエーテル化剤とを反応させて得られるもので、それ自体公知のものである。中でもエーテル化度0.2?1.0の範囲、より好ましくはエーテル化度0.3?0.6の範囲にあるカルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩を用いると良い。このようなカルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩は、例えば木材パルプをイソプロピルアルコールと水との混合溶媒中で水酸化ナトリウム存在下にモノクロル酢酸を反応させることにより得ることができる。 【0009】・・・ 【0010】本発明において、前記カルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩および多価カルボン酸は、まず親水性有機溶媒と水からなる混合溶媒中で好ましくは50?100℃の加熱下に反応させられる。この反応時間は通常0.5?5時間の範囲である。 【0011】水との混合溶媒を形成する親水性有機溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等の低級アルコール等が好適に使用され、水との混合比は水100重量部に対し親水性有機溶媒300?2000重量部の範囲が好ましい。 【0012】多価カルボン酸の使用量は、通常カルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩100重量部に対し1?100重量部の範囲、好ましくは30?80重量部の範囲である。 【0013】カルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩と多価カルボン酸とを反応して得られた反応生成物は、該溶媒を除去された後130℃以上、好ましくは150℃以上の温度で加熱処理されることによりカルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩架橋体(I)が得られる。反応生成物から該溶媒を除去するには、例えば吸引ろ過等の固液分離操作を行えばよい。 【0014】本発明において、該溶媒を除去した後の加熱処理温度は臨界的に重要である。加熱処理温度が130℃よりも低いと、生分解性に優れた吸水材は得られない。加熱処理時間は通常5?60分間である。 【0015】このようにして得られたカルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩架橋体(I)は、水と混合して吸水膨潤させることにより10?1000g/g程度の膨潤度を有する水性ゲルが得られる。次いで、この水性ゲルを親水性有機溶媒中に浸漬するなどして、水性ゲル中の水分を親水性有機溶媒で置換すると共に脱水してから乾燥することにより、本発明の吸水材が得られる。・・・」 「【0019】本発明における吸水材の吸水量、保水量および生分解率は以下の方法で測定した。 【0020】(吸水量)試料0.2gを不織布製のティーバック式袋(40mm×150mm)に入れ、0.9%塩化ナトリウム水溶液に5分間浸漬し、余剰の水溶液を水切りした後の重量(1)を測定した。ティーバック式袋のみを浸漬した場合の重量(2)を測定し、次式に従って吸水量を求めた。 【0021】 吸水量(g/g)=((1)-(2))/0.2 (保水量)吸水量測定後の膨潤した試料の入ったティーバック式袋を遠心分離器に固定し、1500rpm(遠心力:200G)で10分間脱水した後の重量(3)を測定した。ティーバック式袋のみを脱水した場合の重量(4)を測定し、次式に従って保水量を求めた。」 「【0024】 【実施例1】反応器にイソプロパノール83gおよび粉砕された針葉樹クラフトパルプ4gを仕込み、15%水酸化ナトリウム水溶液20gを加え、30℃で1時間撹拌した。次にイソプロパノール2gおよびクロロ酢酸2gの混合溶液を温度が上昇しないように反応系中に加え、30分間30℃で保持撹拌した。その後30分を要して昇温し系内温度を74℃とし、1時間撹拌下に反応せしめ、エーテル化度が0.4であるカルボキシメチルセルロースナトリウム塩を含有するイソプロパノールと水の混合溶液を合成した。 【0025】次いで、反応系中にクエン酸2gを加え、撹拌下に温度を74℃に保持した後、反応生成物を吸引ろ過して溶媒を除去した。さらに、反応生成物を60%メタノール水溶液200mlで2回、200mlのメタノールで1回洗浄後に吸引ろ過し、得られた反応生成物を熱風乾燥機中で30分間150℃で加熱処理することにより、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩架橋体(1)を得た。 【0026】この架橋体(1)1gおよび脱イオン水50gを混合して水性ゲルを生成させた。得られた水性ゲルを大過剰のメタノールに浸漬して、水性ゲル中の水分をメタノールで置換・脱水したのち、固形分をろ過した。ろ過後の固形物を120℃で1時間乾燥し、本発明の吸水材(1)を得た。」 イ 引用発明 上記アの記載、特に実施例1(【0024】?【0026】)の記載によれば、引用文献1には、請求項1に係る吸水材の製法に使用される「カルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩架橋体(I)」に関するものとして、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認める。 「以下の製造方法により得られた、カルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)であって、当該架橋体(1)1gおよび脱イオン水50gを混合することで水性ゲルを生成する架橋体(1)。 <カルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)の製造方法> 反応器にイソプロパノール83gおよび粉砕された針葉樹クラフトパルプ4gを仕込み、15%水酸化ナトリウム水溶液20gを加え、30℃で1時間撹拌し、次にイソプロパノール2gおよびクロロ酢酸2gの混合溶液を温度が上昇しないように反応系中に加え、30分間30℃で保持撹拌し、その後30分を要して昇温し系内温度を74℃とし、1時間撹拌下に反応せしめ、エーテル化度が0.4であるカルボキシメチルセルロースナトリウム塩を含有するイソプロパノールと水の混合溶液を合成した。 次いで、反応系中にクエン酸2gを加え、撹拌下に温度を74℃に保持した後、反応生成物を吸引ろ過して溶媒を除去し、さらに、反応生成物を60%メタノール水溶液200mlで2回、200mlのメタノールで1回洗浄後に吸引ろ過し、得られた反応生成物を熱風乾燥機中で30分間150℃で加熱処理することにより、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩架橋体(1)を得た。」 (2)対比 本願発明と引用発明を対比する。 ア 本願明細書の【0028】の「好適なイオン性重合体の一つはカルボキシメチルセルロースであり、これを酸性型にて用いることができ、あるいはナトリウムまたはカリウム等の適切な陽イオンとともに塩として、用いることができる」なる記載から明らかなとおり、本願発明の「カルボキシメチルセルロース」は、カルボキシメチルセルロースナトリウムの形態であってもよい。よって、引用発明の「カルボキシメチルセルロースナトリウム塩」は、本願発明の「カルボキシメチルセルロース」に相当する。 イ 本願発明における高分子ヒドロゲルについての蒸留水での膨潤比の特定、並びに、本願明細書の【0002】の「高分子ヒドロゲルは、大量の水を吸収できる架橋親水性重合体である。」なる記載、同【0041】の「高分子ヒドロゲルは、任意の残留水を除去するためにあらかじめ乾燥されている。」なる記載、及び同【0042】の高分子ヒドロゲルの粒子の製造に関する記載によれば、本願発明の「高分子ヒドロゲル」は、蒸留水により膨潤させる前の架橋親水性重合体の形態のものを包含することは明らかである。 ウ 引用発明の、「<カルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)の製造方法>」の記載内容によれば、引用発明のカルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)が、クエン酸により架橋されていることは、当業者に明らかである。 エ 以上のア?ウによれば、引用発明の「カルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)であって、当該架橋体(1)1gおよび脱イオン水50gを混合することで水性ゲルを生成する架橋体(1)」は、本願発明の「架橋されたカルボキシメチルセルロースを含む高分子ヒドロゲル」に相当するといえる。 オ 本願発明の「蒸留水」と引用発明の「脱イオン水」は、「水」である限りにおいて一致しており、引用発明の「水性ゲルを生成する架橋体(1)」が水での膨潤比を有することは当業者に明らかである。 そうすると、本願発明と引用発明との一致点、相違点は次のとおりである。 <一致点> 「クエン酸で架橋されたカルボキシメチルセルロースを含む高分子ヒドロゲルであって、 前記高分子ヒドロゲルが、水での膨潤比を有する前記高分子ヒドロゲル。」 <相違点1> 水での膨潤比を有する高分子ヒドロゲルについて、本願発明では、「少なくとも約50の蒸留水での膨潤比」を有することが特定されているのに対して、引用発明では、「架橋体(1)1gおよび脱イオン水50gを混合することで水性ゲルを生成する」ものであることが特定される点。 <相違点2> クエン酸で架橋されたカルボキシメチルセルロースを含む高分子ヒドロゲルについて、本願発明では、 「以下の工程を含む方法により製造される、高分子ヒドロゲル: (a)カルボキシメチルセルロースおよびクエン酸を提供する工程、 (b)水溶液を加熱し、それによって水を蒸発させ、当該カルボキシメチルセルロースとクエン酸を架橋し、高分子ヒドロゲルを生成する工程、 (c)工程(b)の高分子ヒドロゲルを水で洗浄する工程。」(以下、「本願発明の製造方法」という。) と特定されているのに対して、引用発明では、 「反応器にイソプロパノール83gおよび粉砕された針葉樹クラフトパルプ4gを仕込み、15%水酸化ナトリウム水溶液20gを加え、30℃で1時間撹拌し、次にイソプロパノール2gおよびクロロ酢酸2gの混合溶液を温度が上昇しないように反応系中に加え、30分間30℃で保持撹拌し、その後30分を要して昇温し系内温度を74℃とし、1時間撹拌下に反応せしめ、エーテル化度が0.4であるカルボキシメチルセルロースナトリウム塩を含有するイソプロパノールと水の混合溶液を合成した。 次いで、反応系中にクエン酸2gを加え、撹拌下に温度を74℃に保持した後、反応生成物を吸引ろ過して溶媒を除去し、さらに、反応生成物を60%メタノール水溶液200mlで2回、200mlのメタノールで1回洗浄後に吸引ろ過し、得られた反応生成物を熱風乾燥機中で30分間150℃で加熱処理することにより、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩架橋体(1)を得た。」(以下、「引用発明の製造方法」という。)ものであることが特定される点。 (3)判断 ア 相違点1について検討する。 まず、本願発明の「膨潤比」(SR)について検討すると、本願発明の「膨潤比」は、本願明細書の【0041】に記載のとおり、高分子ヒドロゲルの水を吸収する能力の基準であり、SR=(Ws-Wd)/Wd(式中、Wsは、24時間の蒸留水中での含浸後における高分子ヒドロゲルの重量であり、Wdは、含浸前の高分子ヒドロゲルの重量であり、高分子ヒドロゲルは、任意の残留水を除去するためにあらかじめ乾燥されている。)により求められる値である。そうすると、本願発明の「膨潤比」が「(約)50」とは、蒸留水含浸前の乾燥状態の高分子ヒドロゲル1gに対し、水を(約)50g吸水した状態を意味する。 一方、引用発明の「架橋体(1)1gおよび脱イオン水50gを混合することで水性ゲルを生成する」とは、架橋体(1)1gが脱イオン水50gを吸水して膨潤した50g/gの膨潤度の水性ゲルを生成することを意味すると解され、これは、本願発明の「膨潤比50」が、水を50g吸水した状態であることに対応する指標である。 そして、引用発明の「脱イオン水」は、本願発明の「蒸留水」と同様、精製水に分類される純度の高い水であるが、脱イオンされていることから、蒸留水よりも電解質の含有量が少ないと解されるところ、電解質の濃度が低いほど吸水力が高くなることは本願の優先日前の技術常識である(必要なら、藤本武彦監修「高分子薬剤入門」1995年4月第2版第1刷発行、三洋化成工業株式会社の858頁のフローリーの吸水性の理論参照。)から、引用発明の、「架橋体(1)1gおよび脱イオン水50gを混合することで水性ゲルを生成する」、「カルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)」は、本願発明の「少なくとも約50の蒸留水での膨潤比を有し」を満足する蓋然性が高い。 そうすると、相違点1は、実質的には相違点ではない。 仮に、相違点1が実質的な相違点である場合であっても、引用発明は、吸水力に優れた吸水材を製造することを目的とするものである(引用文献1の【0006】)し、同文献1の【0015】には、「カルボキシアルキルセルロースアルカリ金属塩架橋体(I)は、水と混合して吸水膨潤させることにより10?1000g/g程度の膨潤度を有する水性ゲルが得られる。」と記載されているのであるから、引用発明において、カルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)を、より吸水力に優れたものとして、相違点1にかかる本願発明の構成を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることである。 また、本願明細書の記載を検討しても、膨潤比に関する本願発明の数値限定に格別の臨界的意義があるとも解されない。 イ 相違点2について検討する。 引用発明のカルボキシアルキルセルロースナトリウム塩架橋体(1)と本願発明のクエン酸で架橋されたカルボキシメチルセルロースを含む高分子ヒドロゲルは、使用される架橋剤が同じで、その膨潤比もアで記載したとおり一致している蓋然性が高く、その限りにおいては、物の構造・特性は一致しているといえるし、仮に、そうとまではいえなくとも、アで記載したとおり、構造・特性が一致するものとすることは当業者が容易になし得ることといえる。 そして、製造方法に関し、本願発明の製造方法と引用発明の製造方法を比較した場合、本願発明の製造方法は、(a)?(c)の工程を含んでいれば足りるのであるから、引用発明の製造方法のように、メタノールで洗浄し、加熱する工程を有していてもよく、その点では相違しない。また、引用発明においても、カルボキシメチルセルロースとクエン酸は提供されているといえるから、(a)工程でも相違しない。 そうすると、製造方法の違いが、物の発明としての高分子ヒドロゲルの構造に影響を与えるとした場合であっても、それは、架橋により高分子ヒドロゲルを生成する工程が、「(カルボキシメチルセルロースとクエン酸を含有する)水溶液を加熱し、それによって水を蒸発させ」る工程(つまり、(b)工程)であるか、「カルボキシメチルセルロースナトリウム塩を含有するイソプロパノールと水の混合溶液に、クエン酸を加え、撹拌下に温度を74℃に保持」して反応させるかの違いであるといえるところ、引用発明の製造方法においては、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩を含有するイソプロパノール水混合溶液にクエン酸を加えて反応させているから、少なくともクエン酸添加時点では、これら2つの化合物は、(本願発明の製造方法の(b)工程とは溶媒が異なるとはいえ、)溶液中で均質な分散状態で反応している蓋然性が高い。そうすると、本願発明の架橋後の高分子ヒドロゲルと引用発明の架橋後の高分子ヒドロゲルは、(具体的な製造方法の違いにかかわらず、)得られた「高分子ヒドロゲル」として、つまり、「物の発明」として相違しない蓋然性が高い。 つまり、相違点2は、実質的には相違点とは言えない。 ウ 請求人は、平成31年3月29日付け意見書において、 「審判官殿は、『引用文献1の実施例1においては、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩を含有するイソプロパノール水混合溶液にクエン酸を加えて反応させており、少なくともクエン酸添加時点では、これら2つの化合物は均質な分散状態であるといえる。』旨指摘されています。 しかしながら、これは、引用文献1の実施例1の段落[0025]のカルボキシメチルセルロースナトリウムとイソプロパノールとクエン酸の固体混合物のろ過による単離との記載と矛盾しています。溶質は、ろ過により溶液から取り除くことはできませんし、ろ過工程に先立って溶液から何れかの化合物を沈澱させる工程は記載されていません。これは、2個の反応物が均質溶液としてではなく、懸濁液としてイソプロパノール混合物中に存在することを示しています。」と主張する。 しかしながら、「反応物」がイソプロパノール混合物中に固体として存在することと、反応前のカルボキシメチルセルロースナトリウムとクエン酸が溶液中で均質な分散状態であることとは、矛盾しないから、請求人の主張は失当である。 (なお、仮に、請求人が主張するように、製造方法の違いにより高分子ヒドロゲルが、物の発明として異なるとした場合、そのような製造方法で特定される本願発明の「高分子ヒドロゲル」が、「物の発明」として明確ではないことは、上記1で述べたとおりである。) エ 以上のとおりであるから、本願発明は引用文献1に記載された発明であるか、また、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 第5 むすび 以上のとおり、本願発明は、特許請求の範囲(請求項1)の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず特許を受けることができない。また、本願発明は、引用文献1に記載された発明であるか、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条の規定により特許を受けることができない。 したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2019-05-14 |
結審通知日 | 2019-05-21 |
審決日 | 2019-06-04 |
出願番号 | 特願2015-115944(P2015-115944) |
審決分類 |
P
1
8・
113-
WZ
(C08J)
P 1 8・ 121- WZ (C08J) P 1 8・ 537- WZ (C08J) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 中川 裕文 |
特許庁審判長 |
加藤 友也 |
特許庁審判官 |
渕野 留香 植前 充司 |
発明の名称 | 高分子ヒドロゲルおよびその調製方法 |
代理人 | 河野 直樹 |
代理人 | 鵜飼 健 |
代理人 | 蔵田 昌俊 |
代理人 | 野河 信久 |
代理人 | 飯野 茂 |
代理人 | 井上 正 |