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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B22F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22F
審判 全部申し立て 2項進歩性  B22F
管理番号 1356840
異議申立番号 異議2019-700187  
総通号数 240 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-12-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-03-07 
確定日 2019-10-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6389557号発明「銅合金粉末、積層造形物の製造方法および積層造形物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6389557号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?10〕、〔11?17〕について訂正することを認める。 特許第6389557号の請求項1?17に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6389557号の請求項1?17に係る特許についての出願は、平成29年10月 3日(優先権主張 平成28年10月25日、平成29年 6月 6日)に出願され、平成30年 8月24日にその特許権の設定登録がされ、同年 9月12日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、その特許に対して、平成31年 3月 7日に特許異議申立人 角田 朗(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、令和 1年 6月 5日付けで取消理由が通知され、同年 8月 2日付けで訂正請求(以下、「本件訂正請求」といい、当該請求による訂正を「本件訂正」という。)がなされると共に意見書が提出され、これに対して、同年 9月17日付けで申立人より意見書の提出があったものである。

第2 訂正請求について
1 本件訂正の内容
本件訂正の内容は、以下の訂正事項1?8のとおりである。なお、下線部は訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、
「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有する」
と記載されているのを、
「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる、」
に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?10も同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2において、
「1.05質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有する」
と記載されているのを
「1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する」
に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項5?10も同様に訂正する。)。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3において、
「1.00質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する」
と記載されているのを
「1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する」
に訂正する(請求項3の記載を引用する請求項5?10も同様に訂正する。)。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4において、
「1.05質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する、請求項3に記載の銅合金粉末」
と記載されているのを
「1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、請求項1に記載の銅合金粉末」
に訂正する(請求項4の記載を引用する請求項5?10も同様に訂正する。)。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項11において、
「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有し」
と記載されているのを
「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり」
に訂正する(請求項11の記載を引用する請求項12?17も同様に訂正する。)。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項12において、
「1.05質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有する」
と記載されているのを
「1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する」
に訂正する(請求項12の記載を引用する請求項15?17も同様に訂正する。)。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項13において、
「1.00質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する」
と記載されているのを
「1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する」
に訂正する(請求項13の記載を引用する請求項15?17も同様に訂正する。)。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項14において、
「1.05質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する、請求項13に記載の積層造形物」
と記載されているのを
「1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、請求項11に記載の積層造形物」
に訂正する(請求項14の記載を引用する請求項15?17も同様に訂正する。)。」

2 訂正の適否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、訂正前の請求項1に「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有する」と記載され、訂正前の請求項1に係る銅合金粉末が、クロム及び銅以外の成分として任意の成分を含み得るものとされていたのを、訂正後の請求項1では、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる」と記載することにより、訂正後の請求項1及び当該請求項1を引用する請求項2?10に係る発明の銅合金粉末が、クロム及び銅以外の成分として不可避不純物元素のみを含むようにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)には、【0059】の表1に、クロムの残部が銅及び酸素からなる銅合金粉末A4、A5、A6、及びA7が記載され、【0022】には、不可避不純物元素の例として、酸素(O)が記載されていることから、訂正後の請求項1を「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる」とした訂正事項1は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、訂正前の請求項2に「1.05質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有する」と記載されているのを、訂正後の請求項2では、「1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する」と記載することにより、クロムの含有率の数値範囲を減縮して、銅合金粉末の組成を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、Crを1.22質量%含有する「銅合金粉末A7」が記載され、また、Crを2.60質量%含有する「銅合金粉末A6」も記載されているから、訂正後の請求項2を「1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する」とした訂正事項2は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、訂正前の請求項3に「1.00質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する」と記載されているのを、訂正後の請求項3では、「1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する」と記載することにより、クロムの含有率の数値範囲を減縮して、銅合金粉末の組成を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、Crを1.22質量%含有する「銅合金粉末A7」が記載され、また、Crを1.78質量%含有する「銅合金粉末A5」も記載されているから、訂正後の請求項3を「1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する」とした訂正事項3は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(4)訂正事項4
ア 訂正の目的について
訂正事項4は、訂正前の請求項4に「1.05質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する、請求項3に記載の銅合金粉末」と記載されているのを、訂正後の請求項4では、「1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、請求項1に記載の銅合金粉末」と記載することにより、クロムの含有率の数値範囲を減縮して、銅合金粉末の組成を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、Crを1.22質量%含有する「銅合金粉末A7」が記載され、また、Crを1.46質量%含有する「銅合金粉末A4」も記載されているから、訂正後の請求項4を「1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する」とした訂正事項4は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項4は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(5)訂正事項5
ア 訂正の目的について
訂正事項5は、訂正前の請求項11に「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有し」と記載され、訂正前の請求項11に係る積層造形物を構成する銅合金が、クロム及び銅以外の成分として任意の成分を含み得るものとされていたのを、訂正後の請求項11では、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり」と記載することにより、訂正後の請求項11及び当該請求項11を引用する請求項12?17に係る発明の銅合金が、クロム及び銅以外の成分として不可避不純物元素のみを含むようにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、クロムの残部が銅及び酸素からなる銅合金粉末A4、A5、A6、及びA7が記載され、【0022】には、不可避不純物元素の例として、酸素(O)が記載されていることから、訂正後の請求項11を「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり」とした訂正事項5は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項5は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(6)訂正事項6
ア 訂正の目的について
訂正事項6は、訂正前の請求項12に「1.05質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有する」と記載されているのを、訂正後の請求項12では、「1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する」と記載することにより、クロムの含有率の数値範囲を減縮して、積層造形物を構成する銅合金の組成を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、Crを1.22質量%含有する「銅合金粉末A7」が記載され、また、Crを2.60質量%含有する「銅合金粉末A6」も記載されているから、訂正後の請求項2を「1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する」とした訂正事項6は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項6は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(7)訂正事項7
ア 訂正の目的について
訂正事項7は、訂正前の請求項13に「1.00質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する」と記載されているのを、訂正後の請求項13では、「1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する」と記載することにより、クロムの含有率の数値範囲を減縮して、積層造形物を構成する銅合金の組成を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、Crを1.22質量%含有する「銅合金粉末A7」が記載され、また、Crを1.78質量%含有する「銅合金粉末A5」も記載されているから、訂正後の請求項3を「1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する」とした訂正事項7は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項7は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(8)訂正事項8
ア 訂正の目的について
訂正事項8は、訂正前の請求項14に「1.05質量%より多く2.00質量%以下のクロムを含有する、請求項13に記載の積層造形物」と記載されているのを、訂正後の請求項14では、「1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、請求項11に記載の積層造形物」と記載することにより、クロムの含有率の数値範囲を減縮して、積層造形物を構成する銅合金の組成を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件明細書等の【0059】の表1には、Crを1.22質量%含有する「銅合金粉末A7」が記載され、また、Crを1.46質量%含有する「銅合金粉末A4」も記載されているから、訂正後の請求項14を「1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する」とした訂正事項8は、本件明細書等に記載された範囲内での訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項8は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(9)独立特許要件
特許異議申立は、訂正前の全請求項についてなされているので、本件訂正については、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定は適用されず、独立特許要件は課されない。

(10)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?10について、訂正前の請求項2?10はそれぞれ訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであり、本件訂正前の請求項11?17について、訂正前の請求項12?17はそれぞれ訂正前の請求項11を直接又は間接的に引用するものであって、請求項11の訂正に連動して訂正されるものであるので、本件訂正前の請求項1?10、請求項11?17はそれぞれ一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、上記一群の請求項ごとに訂正の請求をするものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合するものである。
また、本件訂正請求は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1?10〕、〔11?17〕をそれぞれ訂正単位とする訂正の請求をするものである。

3 本件訂正請求についての結言
以上のとおりであるから、本件訂正は、請求項〔1?10〕、〔11?17〕について、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第4項から第6項の規定に適合するものである。
よって、訂正後の一群の請求項〔1?10〕、〔11?17〕について訂正することを認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 訂正後の本件発明
本件訂正請求によって訂正された請求項1?17に係る発明(以下、「本件発明1?17」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、令和 1年 8月 2日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?17に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

「【請求項1】
レーザ、電子ビーム、およびプラズマからなる群より選択されるいずれかの手段により
積層造形物を製造する際に使用される積層造形用の銅合金粉末であって、
1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、
残部が銅および不可避不純物元素からなる、
銅合金粉末。
【請求項2】
1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する、
請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項3】
1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する、
請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項4】
1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、
請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項5】
請求項1?請求項4のいずれか1項に記載の前記銅合金粉末を準備する第1工程、および
前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程
を含み、
前記積層造形物は、
前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること、および
前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること
が順次繰り返され、前記造形層が積層されることにより製造される、
積層造形物の製造方法。
【請求項6】
前記積層造形物を熱処理する第3工程
をさらに含む、
請求項5に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項7】
前記第3工程では、前記積層造形物が300℃以上の温度で熱処理される、
請求項6に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項8】
前記第3工程では、前記積層造形物が400℃以上の温度で熱処理される、
請求項6または請求項7に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項9】
前記第3工程では、前記積層造形物が700℃以下の温度で熱処理される、
請求項6?請求項8のいずれか1項に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項10】
前記第3工程では、前記積層造形物が600℃以下の温度で熱処理される、
請求項6?請求項9のいずれか1項に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項11】
銅合金により構成されている積層造形物であって、
1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり、
前記銅合金の理論密度に対して96%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
10%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物。
【請求項12】
1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する、
請求項11に記載の積層造形物。
【請求項13】
1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する、
請求項11に記載の積層造形物。
【請求項14】
1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、
請求項11に記載の積層造形物。
【請求項15】
30%IACS以上の導電率を有する、
請求項11?請求項14のいずれか1項に記載の積層造形物。
【請求項16】
50%IACS以上の導電率を有する、
請求項11?請求項15のいずれか1項に記載の積層造形物。
【請求項17】
70%IACS以上の導電率を有する、
請求項11?請求項16のいずれか1項に記載の積層造形物。」

2 特許異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として後記する甲第1号証の1、甲第1号証の2、及び甲第2、3号証を提出し、以下の申立理由により、請求項1?17に係る特許を取り消すべきものである旨申し立てた。

(1)申立理由1(取消理由として一部採用)
本件特許発明1?17は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(取消理由として採用)
本件特許発明1?17は、特許を受けようとする発明が明確でないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(取消理由として採用)
本件特許発明1?5は、甲第1号証の1に記載された発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(取消理由として不採用)
本件特許発明6?17は、甲第1号証の1、甲第2号証、及び甲第3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
・甲第1号証の1:D.Q.Zhang,Z.H.Liu & C.K.Chua,Investigation on forming process of copper alloys via Selective Laser Melting,High Value Manufacturing,Taylor & Francis Group,GB,ISBN 978-1-138-00137-4、2013年9月16日、p.285?289
・甲第1号証の2:2013年10月1?5日に開催された会議「Advanced Research in Virtual and Rapid Prototyping」のプログラム
・甲第2号証:特開2005-314806号公報
・甲第3号証:特開2014-129597号公報

3 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由の概要
訂正前の請求項1?17に係る特許に対して、当審が令和 1年 6月 5日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである、

ア (明確性要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(取消理由1)。


(ア)(本件訂正前の)請求項1、11には、「銅合金」の合金組成として、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有」するという特定があり、「銅」についての「残部」という記載がある一方、「含有す」るとの記載は、「からなる」と成分が限定的に記載される場合とは異なり、クロム及び銅以外のあらゆる元素をあらゆる含有量で含むことを許容する記載であるが、発明の詳細な説明の記載を参酌しても、当該記載が、合金組成としてクロムと銅のみからなるものか、クロムと銅とそれ以外を含み得るのか明らかでなく、後者の場合、何をどの程度含むものかも明らかでない。

(イ)よって、本件特許に係る請求項1、11及びこれらの請求項を引用する請求項2?10、12?17に係る発明は、明確でない。

イ (サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(取消理由2)。


(ア)本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項
a.「【0004】
金属製品の加工技術として、金属粉末を対象とする積層造形法が注目されている。積層造形法によれば、切削加工では不可能であった複雑形状の創製が可能である。これまでに、鉄合金粉末、アルミニウム合金粉末、チタン合金粉末等による積層造形物の製造例が報告されている。すなわち、鉄合金、アルミニウム合金またはチタン合金等により構成されている積層造形物が報告されている。しかしながら、銅合金により構成されている積層造形物の報告はない。」

b.「【0005】
本開示の目的は、銅合金により構成されている積層造形物を提供することである。」

c.「【0018】
まず、純銅粉末により積層造形物を製造することが検討された。しかしながら、純銅粉末によっては、所望の積層造形物が得られなかった。具体的には、純銅粉末により製造された積層造形物は、多数の空隙を有しており、緻密な溶製材に対して密度が大幅に低下していた。密度の低下は、機械的強度(たとえば引張強さ等)の低下を意味する。さらに導電率も緻密な溶製材に対して大幅に低下していた。密度および導電率を改善するため、各種の製造条件が検討された。しかしながら、いずれの製造条件においても、仕上がり物性が安定せず、密度および導電率の改善は困難であった。
【0019】
そこで銅合金粉末が検討された。その結果、特定組成の銅合金粉末が使用されることにより、実用的な密度および導電率を有する積層造形物が製造され得ること、さらに積層造形物が特定温度以上で熱処理されることにより、積層造形物の機械的強度および導電率が顕著に向上し得ることが見出された。」

d.「【0022】
本実施形態では、特定組成の銅合金粉末が使用される。すなわち銅合金粉末は、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム(Cr)、および残部の銅(Cu)を含有する銅合金の粉末である。残部には、Cuの他、不純物元素が含有されていてもよい。不純物元素は、たとえば、銅合金粉末の製造時に意図的に添加された元素(以下『添加元素』と記される)であってもよい。すなわち、残部はCuおよび添加元素を含んでもよい。添加元素としては、たとえば、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)、錫(Sn)、銀(Ag)、ベリリウム(Be)、ジルコニウム(Zr)、アルミニウム(Al)、珪素(Si)、コバルト(Co)、チタン(Ti)、マグネシウム(Mg)、テルル(Te)等が挙げられる。不純物元素は、たとえば、銅合金粉末の製造時に不可避的に混入した元素(以下『不可避不純物元素』と記される)であってもよい。すなわち、残部はCuおよび不可避不純物元素を含んでもよい。不可避不純物元素としては、たとえば、酸素(O)、リン(P)、鉄(Fe)等が挙げられる。残部は、Cu、添加元素および不可避不純物元素を含んでもよい。銅合金粉末は、たとえば、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素を含有してもよい。たとえば、銅合金粉末の酸素含有量は『JIS H 1067:銅中の酸素定量方法』に準拠した方法により測定され得る。」

e.「【0046】
(組成)
積層造形物は、銅合金により構成されている。積層造形物は、1.00質量%より多く2.80質量%以下のCr、および残部のCuを含有する。前述の銅合金粉末と同様に、残部は、添加元素および不可避不純物元素の少なくとも一方を含んでいてもよい。積層造形物のCr含有量は、銅合金粉末のCr含有量の測定方法と同様の測定方法により測定される。」

f.「【0058】
図1に示されるフローチャートに沿って、積層造形物が製造された。
まず、下記表1に示される化学成分を含有する銅合金粉末A1?A7が準備された(S100)。これらの銅合金粉末は所定のアトマイズ法により製造された。比較として純銅粉末Xおよび銅合金粉末Yも準備された。純銅粉末Xは、市販純銅を原料とする粉末である。銅合金粉末Yは、市販銅合金(製品名「AMPCO940」)を原料とする粉末である。以下、これらの粉末が「金属粉末」と総称される場合がある。
【0059】
【表1】



g.「【表7】



h.「【表8】



i.「【表9】



j.「【表10】



k.「【0081】
上記表8、9および10に示されるように、銅合金により構成され、かつCr含有量が1.00質量%より多く2.80質量%以下である積層造形物は、安定して99%以上100%以下の相対密度を有していた。さらに積層造形物が300℃以上の温度で熱処理されることにより、機械的強度および導電率が大幅に向上する傾向が認められる。」

(イ)(本件訂正前の)請求項1、11の「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有」するとの記載を、上記d.e.の記載に基づいて、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、及びニッケル、亜鉛、錫、銀、ベリリウム、ジルコニウム、アルミニウム、珪素、コバルト、チタン、マグネシウム、テルルの中から選ばれる添加元素を、下記不可避不純物元素との合計で0.30質量%未満含有し、残部が銅及び不可避不純物元素からなる」と記載されているものと仮定して、以下検討する。

(ウ)上記a.?c.の記載から、本件特許に係る発明が解決しようとする課題は、実用的な密度及び導電率を有する、銅合金により構成される積層造形物を安定的に製造することであるといえるところ、発明の詳細な説明に実施例として示された銅合金の合金組成A4?A7については、上記f.の表1によれば、いずれもクロム、酸素、及び銅のみからなるものであり、銅合金の実施例として、「ニッケル、亜鉛、錫、銀、ベリリウム、ジルコニウム、アルミニウム、珪素、コバルト、チタン、マグネシウム、テルルの中から選ばれる添加元素を、下記不可避不純物元素との合計で0.30質量%未満含有」したものは一切記載されていない。

(エ)合金は、通常、その構成(成分及び組成範囲等)から、どのような特性を有するか予測することは困難であり、また、ある成分の含有量を増減したり、その他の成分を更に添加したりすると、その特性が大きく変わるものであって、合金の成分及び組成範囲が異なれば、同じ製造方法により製造したとしても、その特性は異なることが通常であると解されるところ、クロム、酸素及び銅以外の添加元素を含む本件請求項1、11に係る発明は、上記の課題を解決しないものを含むといえる。

(オ)したがって、本件請求項1及び請求項11に係る発明、本件請求項11を引用する請求項2?10、及び本件請求項11を引用する請求項12?17に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。

ウ (新規性要件)本件訂正前の請求項1?5に係る発明(以下、「本件特許発明1?5」という。)は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない(取消理由3)。


(ア)上記イ(ア)と同様、(本件訂正前の)請求項1、11の「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、および残部の銅を含有」するとの記載を、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロム、及びニッケル、亜鉛、錫、銀、ベリリウム、ジルコニウム、アルミニウム、珪素、コバルト、チタン、マグネシウム、テルルの中から選ばれる添加元素を、下記不可避不純物元素との合計で0.30質量%未満含有し、残部が銅及び不可避不純物元素からなる」と記載されているものと仮定して、以下検討する。

(イ)甲第1号証の記載事項
甲第1号証(D.Q.Zhang,Z.H.Liu & C.K.Chua,Investigation on forming process of copper alloys via Selective Laser Melting,High Value Manufacturing,Taylor & Francis Group,GB,ISBN 978-1-138-00137-4、2013年9月16日、p.285?289)には、次の記載がある。

a.「ABSTRACT: In this research, UNS C18400 copper alloy was selected for the Selective Laser Melting(SLM) process. 」(p.285 ABSTRACT欄)
当審仮訳:
(要約:この研究では、選択的レーザ溶融(SLM)プロセスのために、UNS C18400銅合金が選択された。)

b.「2.1 Laser Processing
The machine used in the experiments was SLM 250 HL from SLM Solutions GmbH, Germany. This modified machine has two lasers, one with a Gaussian beam profile (focus beam diameter 80μm) and a maximum laser power of 400W. Another laser device with a uniform beam profile (focus beam diameter 730μm) and a maximum laser power of 1kW. Gas atomized spherical shape C18400 powder with an average particle size of 12μm (see figure 1) was used in the current project. The chemical composition of C18400 is shown in table 1. Based on single surface experiment results, the following forming parameters (see table 2 and table 3) can be used to establish the forming window of C18400 copper alloy. The layer thickness is fixed at 50μm. The hatch spacings of the test coupons were chosen from 0.05mm to 0.15mm (Gaussian laser source) and from 0.1mm to 0.2mm (uniform laser source) respectively. The dimensions of the test coupons for evaluating relative density and investigating microstructure were cubes of 10mm×10mm×10mm.」(p.286 左欄第1?21行)
当審仮訳:
(2.1 レーザプロセス
この実験で用いられた装置は、ドイツのSLM SolutionsGmbH社製のSLM250HLであった。この改良された装置は2つのレーザを有しており、そのうち一つはガウシアン・ビーム・プロファイル(集束ビーム径80μm)を有し、最大レーザ出力は400Wである。もう一方のレーザデバイスは均一ビーム・プロファイル(集束ビーム径730μm)を有し、最大レーザ出力は1kWである。このプロジェクトでは、ガスアトマイズにより製造された、平均粒径が12μmの球形のC18400粉末(図1参照)が用いられた。C18400の化学組成を表1に示す。単一表面実験の結果によれば、C18400銅合金の形成窓を構築するために、下記の形成パラメータ(表2及び表3参照)を用いることができる。層厚さは50μmに固定される。試験片のハッチ間隔は、0.05mmから0.15mmまでの間(ガウシアン・レーザ源)及び0.1mmから0.2mmまでの間(均一レーザ源)からそれぞれ選択された。相対密度の評価及び微細構造の調査のための試験片の寸法は、10mm×10mm×10mmの立方体であった。)

c.「

」(p.286 左欄 Table 1)
当審仮訳:
(表1.C18400粉末の化学組成。全ての数値の単位は重量%である。)

d.「Figure 2 shows a thin walls structure part fabricated by SLM process with thin wall feature with varying wall thickness (from 0.4mm to 3mm) was produced under proper forming parameters.」(p.286 右欄第9?13行)
当審仮訳:
(図2は、SLMプロセスによって適切な形成パラメータで製造された、壁厚が変化する薄壁(0.4mmから3mm)の特徴を有する薄壁の構造部材を示す。)

そこで、特に、上記c.のp.286 左欄 Table1に着目すると、甲第1号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「選択的レーザ溶融(SLM)プロセスにより積層造形物を製造する際に使用された銅合金粉末であって、Cuが98.12?98.37重量%、Crが0.5?1.2重量%、Siが0.1重量%以下、Zrが0.03?0.3重量%、Feが0.08重量%以下、その他が0.2重量%以下の合金組成である、銅合金粉末。」(以下、「甲1-1発明」という。)

「甲1-1発明の銅合金粉末を準備し、前記銅合金粉末により粉末層を形成し、粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる工程を繰り返し、積層造形物を形成する、積層造形物の製造方法」(以下、「甲1-2発明」という。)

(ウ)本件特許発明1と、甲1-1発明とを対比すると、甲1-1発明における「選択的レーザ溶融(SLM)プロセスにより積層造形物を製造する」は、本件特許発明1の「レーザ、電子ビーム、およびプラズマからなる群より選択されるいずれかの手段により積層造形物を製造する」のうち、「レーザ」を手段として選択するものに相当し、甲1-1発明における「積層造形物を製造する際に使用された銅合金粉末」は、本件特許発明1の「積層造形用の銅合金粉末」に相当し、甲1-1発明の「重量%」は、本件特許発明1の「質量%」に相当する。また、甲1-1発明の銅合金粉末の組成について、上記仮定した本件特許発明1の銅合金組成と対比すると、甲1-1発明の「Cr」、「銅」は本件特許発明1の「クロム」、「銅」に相当し、甲1-1発明の「Si」、「Zr」は、本件特許発明1の「添加元素」である「珪素」及び「ジルコニウム」に相当し、甲1-1発明の「Fe」、「その他」は、本件特許発明1の「不可避不純物元素」に相当する。さらに、甲1-1発明の銅合金粉末の組成について、「Cr」の含有量は「1.00質量%より多く1.2質量%以下」である範囲において本件特許発明1と重複し、甲1-1発明の「Si」、「Zr」、「Fe」、「その他」の含有量は、「Siが0.1質量%以下、Zrが0.03?0.3質量%」、「Feが0.08質量%以下、その他が0.2質量%以下」であるところ、これらが「合計で0.30質量%未満」である範囲において本件特許発明1と重複する。

(エ)そうすると、本件特許発明1と甲1-1発明との間に相違点はなく、したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載されたものである。

(オ)本件特許発明2?4についても、同様に、甲第1号証に記載されたものである。

(カ)本件特許発明5と、甲1-2発明とを対比すると、甲1-2発明における「甲1-1発明の銅合金粉末」は、上記(ウ)、(エ)で判断したとおり、本件特許発明5の「請求項1?請求項4のいずれか1項に記載の前記銅合金粉末」に相当し、甲1-2発明における「銅合金粉末を準備し」は、本件特許発明5の「銅合金粉末を準備する第1工程」に相当し、甲1-2発明における「銅合金粉末により粉末層を形成し、粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる工程を繰り返し、積層造形物を形成する」は、本件特許発明5の「前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程」に相当し、甲1-2発明における「前記銅合金粉末により粉末層を形成し」は、本件特許発明5の「前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること」に相当し、甲1-2発明における「粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる」は、本件特許発明5の「前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること」に相当する。また、甲1-2発明における「工程を繰り返し」は、本件特許発明5の「順次繰り返され」に相当し、甲1-2発明における「積層造形物を形成する」は、本件特許発明5の「前記造形層が積層されることにより製造される」に相当し、甲1-2発明における「積層造形物の製造方法」は、本件特許発明5の「積層造形物の製造方法」に相当する。

(キ)そうすると、本件特許発明5と甲1-2発明との間に相違点はなく、したがって、本件特許発明5は、甲第1号証に記載されたものである。

(2)当審の判断
ア 取消理由1
(ア)上記1のとおり、本件発明1は、「レーザ、電子ビーム、およびプラズマからなる群より選択されるいずれかの手段により積層造形物を製造する際に使用される積層造形用の銅合金粉末であって、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる、銅合金粉末。」であり、同じく本件発明11は、「銅合金により構成されている積層造形物であって、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり、前記銅合金の理論密度に対して96%以上100%以下の相対密度を有し、かつ10%IACS以上の導電率を有する、積層造形物。」であるから、本件発明1に係る銅合金粉末、及び本件発明11に係る積層造形物を構成する銅合金は、いずれも、クロム、銅、及び不可避不純物元素のみから構成されるものであることが、明確に把握される。

(イ)したがって、本件発明1、11及び請求項1、11を引用する本件発明2?10、12?17は、明確であり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

(ウ)よって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず、同法第113条第4号により取り消すことはできない。

イ 取消理由2
(ア)上記1のとおり、本件発明1は、「レーザ、電子ビーム、およびプラズマからなる群より選択されるいずれかの手段により積層造形物を製造する際に使用される積層造形用の銅合金粉末であって、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる、銅合金粉末。」であり、同じく本件発明11は、「銅合金により構成されている積層造形物であって、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり、前記銅合金の理論密度に対して96%以上100%以下の相対密度を有し、かつ10%IACS以上の導電率を有する、積層造形物。」であるから、上記(1)イ(イ)においてした仮定は成立しておらず、よって、上記取消理由2は、その前提を欠いている。

(イ)また、上記アのとおり、本件発明1に係る銅合金粉末、及び本件発明11に係る積層造形物を構成する銅合金は、いずれも、クロム、銅、及び不可避不純物元素のみから構成されるものであることが明確に把握されるものであることから、本件明細書の発明の詳細な説明に、「実用的な密度及び導電率を有する、銅合金により構成される積層造形物を安定的に製造する」という発明の課題を解決するための手段として具体的に示された、クロム、銅及び不可避不純物元素としての酸素(上記(1)イ(ア)d.参照)のみからなる銅合金組成(上記(1)イ(ウ)参照)、すなわち、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているともいえない。

(ウ)この点に関し、申立人は、令和元年 9月17日付け意見書において、「訂正発明1に係る合金は、クロムを含有し、残部は銅及び不可避的不純物である。一方、本件明細書の【0059】の表1に記載された合金は、所定量のOを含んでいる。このOが添加元素なのか不可避不純物元素なのか、本件明細書からは明らかではない。訂正発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を、超える。請求項1を引用する請求項2-10も、同様である。」と主張しているが、表1に記載された銅合金粉末A4?A7に含有される「酸素(O)」については、上記(1)イ(ア)d.のとおり、本件明細書の【0022】に「不純物元素は、たとえば、銅合金粉末の製造時に不可避的に混入した元素(以下『不可避不純物元素』と記される)であってもよい。すなわち、残部はCuおよび不可避不純物元素を含んでもよい。不可避不純物元素としては、たとえば、酸素(O)、リン(P)、鉄(Fe)等が挙げられる。」と記載されていることからして、不可避不純物元素に該当するものといえるから、上記の主張は採用しない。
申立人は、請求項11及びこれを引用する請求項12?17についても、同様の主張をしているが、採用しない。

(エ)したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものといえるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。

(オ)よって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず、同法第113条第4号により取り消すことはできない。

ウ 取消理由3
(ア)上記1のとおり、本件発明1は、「レーザ、電子ビーム、およびプラズマからなる群より選択されるいずれかの手段により積層造形物を製造する際に使用される積層造形用の銅合金粉末であって、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる、銅合金粉末。」であり、同じく本件発明11は、「銅合金により構成されている積層造形物であって、1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり、前記銅合金の理論密度に対して96%以上100%以下の相対密度を有し、かつ10%IACS以上の導電率を有する、積層造形物。」であるから、上記(1)ウ(ア)においてした仮定は成立しておらず、よって、上記取消理由3は、その前提を欠いている。

(イ)また、改めて、本件発明1と甲1-1発明とを対比すると、本件発明1に係る銅合金粉末は、クロム、銅、及び不可避不純物元素のみから構成されるものであるのに対して、甲1-1発明は、その合金組成に少なくともZrを「0.03?0.3重量%」含む点で、相違している。

(ウ)したがって、本件発明1、及び請求項1を引用する本件発明2?5は、甲第1号証に記載された発明とはいえない。

(エ)よって、本件発明1?5に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものとはいえず、同法第113条第2号により取り消すことはできない。

4 取消理由としなかった異議申立理由について
(1)申立理由1について
ア 申立人は、平成31年 3月 7日付けの特許異議申立書において、本件訂正前の特許請求の範囲の記載に関し、「本件請求項1及び11では、クロムの含有率に関し、『1.00質量%より多く2.80質量%以下』と規定されている。本件明細書の【実施例】の欄には、クロムの含有率が0.22質量%、0.51質量%、0.94質量%、1.22質量%、1.46質量%、1.78質量%及び2.60質量%である合金についての実験結果が示されている。しかし、この【実施例】の欄には、クロムの含有率を1.00質量%よりも多くする根拠となる記載、及び2.80質量%以下とする根拠となる記載は、見当たらない。出願時の技術常識に照らしても、本件請求項1及び11に規定されたクロムの含有率の範囲内であれば課題を解決できると当業者が認識できる程度の具体例又は説明は、本件明細書には記載されていない。従って、本件請求項1及び11に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。本件請求項1及び11並びにこれに従属する請求項2-10、12-17に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。本件請求項1-17に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。本件請求項1-17に係る特許は、特許法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。」と申し立てているので、この点について、以下に検討する。

イ 上記アのとおり、確かに、本件明細書の実施例の欄には、本件発明1及び本件発明11の実施例に対応する銅合金粉末の具体例として、クロムの含有率が、1.22質量%(A7)、1.46質量%(A4)、1.78質量%(A5)、及び2.60質量%(A6)の場合の例が記載されているのみであり、本件発明1及び本件発明11に係る銅合金のクロム含有率の範囲である「1.00質量%より多く2.80質量%以下」のうち4点しか、「実用的な密度及び導電率を有する、銅合金により構成される積層造形物を安定的に製造する」という課題が解決できる具体例として開示されていない(上記3(1)イ(ア)f.,h.?j.参照)。

ウ しかし、上記3(1)イ(ア)f.,g.のとおり、クロムの含有率が0.94質量%の銅合金粉末A3については、表7に示されるように、これを用いて製造された積層造形物の相対密度が、99.064%?99.250%、導電率が26.25%IACS?26.63%IACSのものが得られており、この測定結果は、上記3(1)イ(ア)i.,j.のとおり、表9、表10に示されるクロムの含有率が1.22質量%(A7)、1.46質量%(A4)、1.78質量%(A5)、及び2.60質量%(A6)の銅合金粉末を用いて製造された積層造形物の相対密度である99.2?99.8%、及び導電率である14.04%IACS?92.58%IACSと比較しても遜色のないものといえる。

エ また、上記3(1)イ(ア)k.のとおり、【0081】には、「上記表8、9および10に示されるように、銅合金により構成され、かつCr含有量が1.00質量%より多く2.80質量%以下である積層造形物は、安定して99%以上100%以下の相対密度を有していた。さらに積層造形物が300℃以上の温度で熱処理されることにより、機械的強度および導電率が大幅に向上する傾向が認められる。」とも記載されている。

オ 上記ウ及びエからすると、クロムの含有率が本件発明1及び本件発明11において規定された範囲外の「0.94質量%」である銅合金粉末を用いて製造された積層造形物であっても、相対密度や導電率の点で遜色ないものが得られており、銅合金粉末のクロム含有率が「1.00質量%より多く2.80質量%以下」の範囲において、これを用いた積層造形物の相対密度や導電率が著しく劣るものとなると考えられるような事情も見当たらないので、上記「1.00質量%より多く2.80質量%以下」の範囲が、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」に当たるものと推定される。

カ 以上のとおり、本件発明1に係る銅合金粉末、及び本件発明11に係る積層造形物を構成する銅合金は、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているとはいえない。

キ したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものといえるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。

ク よって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず、同法第113条第4号により取り消すことはできない。

(2)申立理由4について
ア 申立人は、平成31年 3月 7日付け特許異議申立書において、本件訂正前の請求項6?17に係る発明は、その出願前に頒布された刊行物である甲第1号証の1に記載された発明、並びに甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、よって、本件請求項6?17に係る特許は、特許法第113条第2号の規定により取り消されるべきものであると申し立てているので、この点について、検討する。

イ 本件発明6?10は、請求項1を引用しているから、その銅合金粉末として、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる」との発明特定事項を有するものであり、また、本件発明11?17も、請求項12?17が請求項11を引用しているから、同様に、その積層造形物を構成する銅合金として、「1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなる」との発明特定事項を有するものである。

ウ そうすると、上記3(2)ウ(イ)において本件発明1について説示したのと同様に、本件発明6?17についても、甲1-1発明とは、その合金組成に少なくともZrを「0.03?0.3重量%」含む点で、相違しているといえる。

エ そして、甲第2号証には、銅合金粉末から固化成形されたバルク材に対し、100-600℃の温度での焼なましが施されること(【請求項13】)、銅合金粉末から得られた成形体の導電率として、50%IACS、75%IACS及び90%IACS(表3)が記載されており、また、甲第3号証には、SLS法によって得られた3次元製品に熱処理を施すこと(【0025】)は記載されているとしても、これらの刊行物には、甲1-1発明において、Zrを含有しないものとすることについての記載も示唆も見当たらない。

オ また、出願時の技術常識に照らしても、甲1-1発明において、Zrを含有しないものとすることについて容易に想到し得た事情は見当たらない。

カ したがって、本件発明6?17は、甲第1号証に記載された発明、並びに甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、請求項6?17に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえないので、同法第113条第2号により取り消すことはできない。

5 むすび
以上のとおりであるから、当審の取消理由及び異議申立理由によっては、本件請求項1?17に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?17に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ、電子ビーム、およびプラズマからなる群より選択されるいずれかの手段により積層造形物を製造する際に使用される積層造形用の銅合金粉末であって、
1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、
残部が銅および不可避不純物元素からなる、
銅合金粉末。
【請求項2】
1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する、
請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項3】
1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する、
請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項4】
1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、
請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項5】
請求項1?請求項4のいずれか1項に記載の前記銅合金粉末を準備する第1工程、および
前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程
を含み、
前記積層造形物は、
前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること、および
前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること
が順次繰り返され、前記造形層が積層されることにより製造される、
積層造形物の製造方法。
【請求項6】
前記積層造形物を熱処理する第3工程
をさらに含む、
請求項5に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項7】
前記第3工程では、前記積層造形物が300℃以上の温度で熱処理される、
請求項6に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項8】
前記第3工程では、前記積層造形物が400℃以上の温度で熱処理される、
請求項6または請求項7に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項9】
前記第3工程では、前記積層造形物が700℃以下の温度で熱処理される、
請求項6?請求項8のいずれか1項に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項10】
前記第3工程では、前記積層造形物が600℃以下の温度で熱処理される、
請求項6?請求項9のいずれか1項に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項11】
銅合金により構成されている積層造形物であって、
1.00質量%より多く2.80質量%以下のクロムを含有し、残部が銅および不可避不純物元素からなり、
前記銅合金の理論密度に対して96%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
10%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物。
【請求項12】
1.22質量%以上2.60質量%以下のクロムを含有する、
請求項11に記載の積層造形物。
【請求項13】
1.22質量%以上1.78質量%以下のクロムを含有する、
請求項11に記載の積層造形物。
【請求項14】
1.22質量%以上1.46質量%以下のクロムを含有する、
請求項11に記載の積層造形物。
【請求項15】
30%IACS以上の導電率を有する、
請求項11?請求項14のいずれか1項に記載の積層造形物。
【請求項16】
50%IACS以上の導電率を有する、
請求項11?請求項15のいずれか1項に記載の積層造形物。
【請求項17】
70%IACS以上の導電率を有する、
請求項11?請求項16のいずれか1項に記載の積層造形物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-10-03 
出願番号 特願2017-193374(P2017-193374)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B22F)
P 1 651・ 537- YAA (B22F)
P 1 651・ 113- YAA (B22F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 酒井 英夫  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 池渕 立
粟野 正明
登録日 2018-08-24 
登録番号 特許第6389557号(P6389557)
権利者 地方独立行政法人大阪産業技術研究所 株式会社ダイヘン
発明の名称 銅合金粉末、積層造形物の製造方法および積層造形物  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  
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