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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1356855
異議申立番号 異議2019-700712  
総通号数 240 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-12-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-06 
確定日 2019-11-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6479538号発明「機械構造部品用鋼線」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6479538号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6479538号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?2に係る特許についての出願は、平成27年 3月31日の出願であって、平成31年 2月15日に特許権の設定登録がされ、同年 3月 6日に特許掲載公報が発行され、その後、令和 1年 9月 6日差出で、請求項1?2(全請求項)に係る本件特許に対し、特許異議申立人である中川賢治(以下、「申立人」という。)によって特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?2に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明2」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
質量%で、
C :0.3?0.6%、
Si:0.05?0.5%、
Mn:0.2?1.7%、
P :0%超、0.03%以下、
S :0.001?0.05%、
Al:0.005?0.1%および
N :0?0.015%を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
鋼の金属組織が、フェライトおよびセメンタイトより構成され、フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合が、全セメンタイト数に対して58%以上であり、
前記金属組織におけるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が20μm以下である機械構造部品用鋼線。
【請求項2】
更に、質量%で、
Cr:0%超、0.5%以下、
Cu:0%超、0.25%以下、
Ni:0%超、0.25%以下、
Mo:0%超、0.25%以下および
B :0%超、0.01%以下よりなる群から選択される1種以上を含有する請求項1に記載の機械構造部品用鋼線。」

第3 申立理由の概要

申立人は、証拠として、特許異議申立書に添付して下記甲第1号証?甲第6号証を提出し、以下の申立理由1によって、請求項1?4に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

1 申立理由1(新規性進歩性欠如)
本件発明1?2は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、仮にそうではないとしても、本件発明1?2は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1?2に係る特許は、同法114条第2項の規定により取り消されるべきものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2013-147728号公報
甲第2号証:鈴木雅人外2名、“セメンタイトの析出挙動に及ぼす加熱温度の影響”、材料とプロセス、CAMP-ISIJ、日本鉄鋼協会、Vol.13、2000年、p.1246
甲第3号証:中村展之外1名、“自動車駆動系部品用高炭素鋼板の開発動向”、塑性と加工(日本塑性加工学会誌)、日本塑性加工学会、第51巻、第594号(2010-7)、p.628?632、
甲第4号証:西沢泰二、佐久間健人編著、金属工学シリーズ9 金属組織写真集 鉄鋼材料編 昭和54年3月31日発行、丸善株式会社、p.52?53
甲第5号証:井上毅外2名、“鋼の冷間鍛造性におよぼす球状化程度の効果”、鉄と鋼、日本鉄鋼協会、第61巻、第6号、1975年4月1日発行、p.34?42
甲第6号証:“高加工性高炭素熱間圧延鋼板「スーパーホット^((R))-F」”、JFE技報No.30、2012年8月、p.53?54(合議体注:「○内にR」の文字を「(R)」として記載した。以下同じ。)

なお、甲第1号証?甲第6号証を、それぞれ、甲1?甲6ということがある。

第4 当審の判断

1 申立理由1(新規性進歩性欠如)について
(1)甲1の記載事項
ア 本願の出願日前に頒布された刊行物である甲1には、「冷間加工用機械構造用鋼およびその製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。

1ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用部品、建設機械用部品等の各種部品の製造に用いられる冷間加工用機械構造用鋼に関し、特に球状化焼鈍後の変形抵抗が低く冷間加工性に優れた特性を有する鋼材、およびそのような冷間加工用機械構造用鋼を製造するための有用な方法に関するものである。具体的には、冷間鍛造、冷間圧造、冷間転造等の冷間加工によって製造される自動車用部品、建設機械用部品等の各種部品、例えば、ボルト、ねじ、ナット、ソケット、ボールジョイント、インナーチューブ、トーションバー、クラッチケース、ケージ、ハウジング、ハブ、カバー、ケース、受座金、タペット、サドル、バルグ、インナーケース、クラッチ、スリーブ、アウターレース、スプロケット、コアー、ステータ、アンビル、スパイダー、ロッカーアーム、ボディー、フランジ、ドラム、継手、コネクター、プーリー、金具、ヨーク、口金、バルブリフター、スパークプラグ、ピニオンギヤ、ステアリングシャフト、コモンレール等の機械部品、伝送部品等に用いられる高強度機械構造用線材および棒鋼を対象とし、上記の各種機械構造用部品を製造するときの室温および加工発熱領域における変形抵抗が低く、且つ金型や素材の割れが抑制されることで優れた冷間加工性を発揮することができる。」

1イ 「【背景技術】
【0002】
自動車用部品、建設機械用部品等の各種部品を製造するにあたっては、炭素鋼、合金鋼等の熱間圧延材に冷間加工性を付与する目的で球状化焼鈍処理を施してから、冷間加工を行い、その後切削加工などを施すことによって所定の形状に成形した後、焼入れ焼戻し処理を行って最終的な強度調整が行われている。
【0003】
近年は、部品形状が複雑化・大型化する傾向にあり、それに伴って冷間加工工程では、鋼材を更に軟質化し、鋼材の割れの防止や金型寿命を向上させるという要求がある。鋼材を更に軟質化させるためには、より長時間の球状化焼鈍処理を施すことによって軟質化は可能であるが、その一方で、省エネルギーの観点からして、熱処理時間を長くし過ぎることには問題がある。」

1ウ 「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこうした状況の下になされたものであって、その目的は、通常の球状化焼鈍を施した場合であっても、球状化焼鈍による軟質化を図ることができると共に、硬さのばらつきをも低減できるような冷間加工用機械構造用鋼、およびこのような冷間加工用機械構造用鋼を製造するための有用な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成し得た本発明の冷間加工用機械構造用鋼とは、C:0.3?0.6%(質量%の意味。以下、化学成分組成について同じ。)、Si:0.005?0.5%、Mn:0.2?1.5%、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、Al:0.01?0.1%、およびN:0.015%以下(0%を含まない)を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、鋼の金属組織が、パーライトと初析フェライトを有し、全組織に対するパーライトと初析フェライトの合計面積率が90面積%以上であると共に、初析フェライトの面積率Aが、下記(1)式で表されるAe値との関係でA>Aeを満足し、且つ隣り合う2つの結晶粒の方位差が15°よりも大きい大角粒界で囲まれたbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が15?35μmであると共に、前記bcc-Fe結晶粒の円相当直径で、最大の粒径と2番目に大きい粒径との平均値が50μm以下である点に要旨を有するものである。尚、前記「円相当直径」とは、方位差が15°よりも大きい大角粒界で囲まれたbcc-Fe結晶粒を、同一面積の円に換算したときの直径(円相当直径)であり、「平均円相当直径」はその平均値である。また、bcc-Fe結晶粒の円相当直径で、最大の粒径と2番目に大きい粒径との平均値を、以下では説明の便宜上、「粗大部粒径」と呼ぶことがある。
Ae=(0.8-Ceq1)×96.75 …(1)
但し、Ceq1=[C]+0.1×[Si]+0.06×[Mn]であり、[C],[Si]および[Mn]は、夫々C,SiおよびMnの含有量(質量%)を示す。」

1エ 「【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、通常の球状化焼鈍を施した場合であっても、球状化焼鈍による軟質化を図ることができると共に、硬さのばらつきをも低減できるような冷間加工用機械構造用鋼を実現すべく、様々な角度から検討した。その結果、球状化焼鈍後における鋼の軟質化を図るためには、球状化焼鈍後のフェライト結晶粒の粒径を比較的大きくし、且つ球状セメンタイトによる分散強化を低減するために、セメンタイトの粒子間距離をできるだけ大きくすることが重要であるとの着想が得られた。そして、球状化焼鈍後に上記の様な組織を実現するためには、球状化焼鈍前の金属組織(以下、「前組織」と呼ぶことがある)を、パーライトと初析フェライトを主相とした上で、組織中の初析フェライトの面積率をできるだけ高め、且つ大角粒界で囲まれたbcc-Fe結晶粒(具体的には、初析フェライトの結晶粒と、パーライト中のフェライト結晶粒)の平均円相当直径を比較的大きくすれば、球状化焼鈍後の硬さを最大限に低下できることを見出した。また、硬さのばらつきを低減するためには、上記bcc-Fe結晶粒の粗大部粒径を50μm以下とすることによって達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
球状化焼鈍後には、セメンタイト(球状セメンタイト)とフェライトを主体とする組織に変化するのであるが、セメンタイトとフェライトは鋼の変形抵抗を低減させて冷間加工性向上に寄与する金属組織である。しかしながら、単に球状化したセメンタイトとフェライトを含む金属組織とするだけでは、所望の軟質化を図ることができないことから、以下で詳述する様に、この金属組織の面積率、初析フェライト面積率A、bcc-Fe結晶粒の平均円相当粒径等も適切に制御する必要がある。
【0017】
組織(前組織)にベイナイトやマルテンサイト等の微細な組織を含む場合には、一般的な球状化焼鈍を行っても、球状化焼鈍後はベイナイトやマルテンサイトの影響によって組織が微細となり、軟質化が不十分となる。こうした観点から、全組織に対するパーライトと初析フェライトの合計面積率は90面積%以上とする必要がある。好ましくは95面積%以上、より好ましくは97面積%以上である。尚、パーライトと初析フェライト以外の金属組織としては、例えば製造過程で生成し得るマルテンサイトやベイナイト等が一部含まれることがあるが、これら組織の面積率が高くなると強度が高くなって冷間加工性が劣化することがあるため、全く含まれていなくてもよい。したがって全組織に対するパーライトと初析フェライトの合計面積率は、最も好ましくは100面積%である。
【0018】
上記趣旨から明らかなように、前組織中の初析フェライト面積率Aをできるだけ多くする必要がある。初析フェライトの面積率Aを多くすることによって、球状化焼鈍後にパーライトが局在化し、球状セメンタイトが成長しやすい(粒子間距離が大きくなりやすい)状態となる。本発明者らは、初析フェライトを平衡量まで析出させるという観点から検討し、実験に基づき平衡初析フェライト析出量は、(0.8-Ceq_(1))×129で表されること、および初析フェライト面積率Aは、平衡析出量の75%以上を確保できれば良いとの着想に基づき、最低限確保する必要がある初析フェライト量として下記(1)式で表されるAe値を定めた。尚、初析フェライトの面積率Aを測定するときのフェライトは、パーライト組織中に含まれるフェライトは含まない趣旨である(「初析フェライト」のみ測定)。また、初析フェライトの面積率は、成分系によっても異なるが、本発明で対象とする化学成分組成では、多くても65%程度となる。
Ae=(0.8-Ceq_(1))×96.75 …(1)
但し、Ceq_(1)=[C]+0.1×[Si]+0.06×[Mn]であり、[C],[Si]および[Mn]は、夫々C,SiおよびMnの含有量(質量%)を示す。
【0019】
即ち、初析フェライト面積率Aが、上記(1)式で表されるAe値との関係でA>Aeを満足したときに、初析フェライト面積率を大きくすることによる効果が発揮されるものとなる。これに対し、初析フェライトの面積率Aが、上記Ae値以下となる場合(即ち、A≦Ae)には、球状化焼鈍後に新たな微細フェライトが析出しやすくなって、軟質化が不十分となる。また、初析フェライト面積率Aが小さい状態で、bcc-Fe結晶粒の平均円相当直径を大きくすると、再生パーライトが生成しやすくなり、十分な軟質化が困難となる。
【0020】
前組織における大角粒界で囲まれたbcc(体心立方格子)-Fe結晶粒の平均円相当直径(以下では、「bcc-Fe結晶粒の平均粒径」と呼ぶ)を15μm以上にしておくと、球状化焼鈍後に軟質化が可能となる。しかしながら、前組織におけるbcc-Fe結晶粒の平均粒径が大きくなり過ぎると、通常の球状化焼鈍では再生パーライト等の強度を増加させる組織となり、軟質化が困難となるので、bcc-Fe結晶粒の平均粒径は35μm以下とする必要がある。bcc-Fe結晶粒の平均粒径の好ましい下限は18μm以上であり、より好ましくは20μm以上である。bcc-Fe結晶粒の平均粒径の好ましい上限は32μm以下であり、より好ましくは30μm以下である。
【0021】
bcc-Fe結晶粒の平均粒径を測定するときのフェライトは、隣り合う2つの結晶粒の方位差が15°よりも大きい大角粒界で囲まれたbcc-Fe結晶粒を対象とするが、これは方位差が15°以下の小角粒界では、球状化焼鈍による影響が小さいからである。つまり、前記方位差が15°よりも大きい大角粒界で囲まれたbcc-Fe結晶粒で、同一面積の円に換算したときの直径を上記のような範囲とすることによって、球状化焼鈍後に十分な軟質化が実現できるものとなる。尚、前記「方位差」は、「ずれ角」若しくは「斜角」とも呼ばれているものであり、方位差の測定にはEBSP法(Electron Backscattering Pattern法)を採用すればよい。また、平均粒径を測定するbcc-Fe結晶粒は、初析フェライトと、パーライト組織中に含まれるフェライト(このフェライトは、「初析フェライト」とは区別している)の結晶粒を含む。こうした観点から、平均粒径を測定するbcc-Fe結晶粒は、「初析フェライト」とは異なる概念である。」

1オ 「【0045】
上記の技術では、材料組織全体のセメンタイト数密度(=フェライト粒界上のセメンタイト数密度+フェライト粒内のセメンタイト数密度)や、材料組織全体のセメンタイトのアスペクト比を低減させることで軟質化を図るものである。これに対し、本発明では、軟質化させるためには、フェライト粒界上のセメンタイトよりも、フェライト粒内(bcc-Fe結晶粒内)のセメンタイト数密度を低減させることによって、大きな効果が得られることが判明したのである。
・・・
【0047】
それに対し本発明のように、球状化前組織(前組織の粒径やフェライト面積率など)を適切に制御しておくことによって、球状化焼鈍後のフェライト粒の粗大化と、フェライト粒内のセメンタイト数低減、且つフェライト粒内のセメンタイトアスペクト比低減が両立され、その結果、従来よりも球状化焼鈍後の硬さが低減し、且つばらつきも抑えられることが判明した。そして、上記(2)式で表されるK値が、1.3×10^(-2)以下になると、軟質化と硬さのばらつき低減の効果が顕著に得られるのである。」

1カ 「【実施例】
【0050】
下記表1に示した化学成分組成の鋼種を用い、各種製造条件(仕上げ圧延温度、平均冷却速度、冷却停止温度、冷却時間:後記表2、4参照)を変化させて前組織の異なるφ8.0mm(実施例1)またはφ17.0mm(実施例2)の線材を作製した。
【0051】



1キ 「【0053】
(前組織のbcc-Fe結晶粒の平均粒径および粗大部粒径の測定)
前組織のbcc-Fe結晶粒の平均粒径、およびbcc-Fe結晶粒の粗大部粒径は、EBSP解析装置およびFE-SEM(電解放出型走査電子顕微鏡)を用いて測定した。結晶方位差(斜角)が15°を超える境界(大角粒界)を結晶粒界として「結晶粒」を定義し、bcc-Fe結晶粒の平均粒径を決定した。このときの測定領域は400μm×400μm、測定ステップは0.7μm間隔とし、測定方位の信頼性を示すコンフィデンス・インデックス(Confidence Index)が0.1未満の測定点は解析対象から削除した。また前組織のbcc-Fe結晶粒の粗大部粒径は、上記解析結果に基づき、最大値および2番目に大きい値(円相当直径)の平均値とした。」

1ク 「【0056】
[実施例1]
上記表1に示した鋼種Aを用いた。ラボの加工フォーマスタ試験装置を用いて、圧延仕上げ温度、冷却条件(平均冷却速度、冷却停止温度)を下記表2のように変化させて、前組織の異なるサンプルを夫々作製した。尚、表2の製造条件において、「冷却1」は仕上げ圧延温度から700℃以上、800℃未満の温度範囲までの冷却を示し、「冷却2」は「冷却1」を行った後の冷却を示し、「冷却3」は「冷却2」を行った後の冷却、「冷却4」は「冷却3」を行った後の冷却(製造方法1の場合、「冷却3」および「冷却4」は、無し)を夫々示している。尚、表2に示した条件終了後は、ガス冷却(平均冷却速度1?50℃/秒)し、室温(25℃)付近まで冷却した。
【0057】



1ケ 「【0074】
[実施例3]
上記試験No.1?26のうち、下記表6に示すサンプルを新たに作製し、球状化焼鈍を実施した。このとき球状化焼鈍は、サンプルを夫々真空封入し、大気炉にて、740℃×4時間保持(均熱)後、平均冷却速度10℃/時で720℃まで冷却し、その後平均冷却速度2.5℃/時で710℃まで冷却、その後平均冷却速度10℃/時で660℃まで冷却して放冷する熱処理を行った。尚、表6に示した試験No.は、実施例1、2に示した試験No.に対応するものである(球状化焼鈍までの製造条件等は上記と同じ)。
【0075】
球状化焼鈍後のbcc-Fe結晶粒の平均粒径(α平均粒径)、bcc-Fe結晶粒内のセメンタイトのアスペクト比、bcc-Fe結晶粒内のセメンタイトの数密度、およびK値を下記の方法で夫々測定すると共に、球状化焼鈍後の硬さを上記した要領で測定した。
【0076】
(bcc-Fe結晶粒内のセメンタイトのアスペクト比、bcc-Fe結晶粒内のセメンタイトの数密度の測定)
球状化焼鈍を施した各試験片(サンプル)について、下記に示す手順で金属組織因子の測定を行った。球状化焼鈍後の各試験片を、樹脂に埋め込んでからエメリー紙、ダイヤモンドバフ、電解研磨によって切断面を鏡面研磨した。その後ナイタールでエッチングした後、試験片の鏡面研磨面をFE-SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)で観察・画像撮影した。このときの観察倍率は、組織サイズに応じて2000?4000倍とした。任意の10箇所で観察を行い、各観察箇所の組織を撮影した。
【0077】
組織例を図1(図面代用電子顕微鏡写真)に示す。このような組織から、bcc-Fe結晶粒内のセメンタイトを測定するため、bcc-Fe結晶粒界に接するセメンタイトを画像処理によって削除(黒で塗り潰す)した。尚、bcc-Fe結晶粒界に接していても、長手方向が粒内へ伸びているセメンタイトは、粒内のセメンタイトとしてカウントした。その判断基準は、粒界と接していても、セメンタイトの長径と粒界の接線方向の成す角が20°以上で、且つ長径が3μm以上であるセメンタイトは、粒内に存在しているとみなした。それらの処理を施した画像を用い、画像解析装置(Media Cybernetics社製:Image-Pro Plus)を使って、bcc-Fe結晶粒内のセメンタイトのアスペクト比、およびbcc-Fe結晶粒内のセメンタイト数密度を測定した。
【0078】
(bcc-Fe結晶粒の平均粒径(α平均粒径)の測定)
球状化焼鈍後のbcc-Fe結晶粒の平均粒径の測定は、EBSP解析装置およびFE-SEM(電解放出型走査電子顕微鏡)を用いて測定した。結晶方位差(斜角)が15°を超える境界(大角粒界)を結晶粒界として「結晶粒」を定義し、bcc-Fe結晶粒の平均粒径(α平均粒径)を決定した。このときの測定領域は400μm×400μm、測定ステップは0.7μm間隔とし、測定方位の信頼性を示すコンフィデンス・インデックス(Confidence Index)が0.1未満の測定点は解析対象から削除した。
【0079】
測定結果を、下記表6に示す。
【0080】



1コ 「



イ 前記アによれば、甲1には、以下の事項が記載されているものと認められる。
(ア)上記1アによれば、甲1記載の発明は、球状化焼鈍後の変形抵抗が低く、且つ金型や素材の割れが抑制されることで優れた冷間加工性を発揮する冷間加工用機械構造用鋼に関するものであり、上記1ウによれば、甲1において解決しようとする課題(以下、単に「課題」という。)は、通常の球状化焼鈍を施した場合であっても、球状化焼鈍による軟質化を図ることができると共に、硬さのばらつきをも低減できるような冷間加工用機械構造用鋼を提供することである。

(イ)上記1エによれば、上記課題を解決するために、球状化焼鈍前の金属組織(前組織)を、パーライトと初析フェライトを主相とした上で、組織中の初析フェライトの面積率をできるだけ高め、且つ大角粒界で囲まれたbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径を比較的大きくすることによって、球状化焼鈍後の硬さを最大限に低下させることができる(【0015】)。
さらに、球状化焼鈍後に、セメンタイト(球状セメンタイト)とフェライトを主体とする組織に変化させることによって、セメンタイトとフェライトは鋼の変形抵抗を低減させて冷間加工性向上に寄与する金属組織とできるが、その際に、この金属組織の面積率、初析フェライト面積率A、bcc-Fe結晶粒の平均円相当粒径等を適切に制御する必要がある(【0016】)。
より具体的には、全組織に対するパーライトと初析フェライトの合計面積率は90面積%以上とし(【0017】)、前組織中の初析フェライト面積率Aをできるだけ多くする、すなわち、初析フェライト面積率Aが、下記(1)式で表されるAe値との関係でA>Aeを満足するものとし(【0018】、【0019】)、
Ae=(0.8-Ceq_(1))×96.75 …(1)
但し、Ceq_(1)=[C]+0.1×[Si]+0.06×[Mn]
前組織における大角粒界で囲まれたbcc(体心立方格子)-Fe結晶粒の平均円相当直径(bcc-Fe結晶粒の平均粒径)を15μm以上で35μm以下とする必要がある(【0020】)。

(ウ)また、上記1オによれば、甲1の発明においては、材料組織を軟質化させるために、フェライト粒界上のセメンタイトよりも、フェライト粒内(bcc-Fe結晶粒内)のセメンタイト数密度を低減させることによって、大きな効果が得られる(【0045】)。

(エ)以上のように、球状化前組織における、パーライトと初析フェライトの合計面積率、粒径、及びフェライト面積率Aを適切に制御しておくことによって、球状化焼鈍後のフェライト粒の粗大化と、フェライト粒内のセメンタイト数低減、且つフェライト粒内のセメンタイトアスペクト比低減が両立され、その結果、従来よりも球状化焼鈍後の硬さを低減することができる(【0047】)。

(オ)そして、上記1ケによれば、実施例3は、球状化焼鈍までの製造条件すなわち、圧延仕上げ温度(熱間圧延を行う温度)とその後の冷却条件を実施例1、2と同じとして前組織を作製した後に、当該前組織に対して球状化焼鈍を実施することによって、表6に示される冷間加工用機械構造用鋼のサンプルを作製したものである(【0074】)。表6のサンプルの中で、特に、試験No.2に注目すると、鋼種はAであり、α平均粒径が17μmであり、セメンタイト数密度が0.096個/μm^(2)であることを見て取ることができる(【0080】)。
ここで、上記鋼種「A」とは、上記1カの表1の鋼種Aの欄によれば、その化学成分組成が、C:0.46質量%、Si:0.18質量%、Mn:0.71質量%、P:0.026質量%、S:0.017質量%、Al:0.029質量%、およびN:0.004質量%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼のことである。
また、上記「α平均粒径」とは、結晶方位差(斜角)が15°を超える境界(大角粒界)を結晶粒界として定義された「結晶粒」、すなわち、bcc-Fe結晶粒の平均粒径のことであり(【0078】)、さらに、平均粒径とは、当該bcc-Fe結晶粒を、同一面積の円に換算したときの直径(円相当直径)についてその平均値をとった「平均円相当直径」のことである(【0008】)。
また、「セメンタイト数密度」とは、上記bcc-Fe結晶粒内のセメンタイト数密度のことである(【0077】)。

(カ)さらに、上記1コにおいて、実施例3における組織例が図1として示されているところ、図1において、bcc-Fe結晶粒界に接するセメンタイトが画像処理によって黒で塗り潰されている(【0077】)のであるから、bcc-Fe結晶粒界にセメンタイトが存在することは示唆されているものの、図1からbcc-Fe結晶粒界に接するセメンタイトの個数を確認することはできず、一方、bcc-Fe結晶粒界内にもセメンタイトが存在しており、その数を数えることができ、セメンタイト数密度として表6に掲載されている。
また、球状化焼鈍後の金属組織について、上記1オの段落【0047】には、粗大化したフェライト粒と、当該フェライト粒内のセメンタイトが存在することが記載されているから、図1において、白線で囲まれた粗大化した領域がフェライトを表しており、当該フェライト内に存在する略円状の小さい粒が球状化焼鈍によって球状化されたセメンタイトを表しているものと認められる。
なお、上記1エの段落【0021】には、bcc-Fe結晶粒は、初析フェライトと、パーライト組織中に含まれるフェライトの結晶粒を含む概念であるとも記載されていることから、図1で白線として表示されているbcc-Fe結晶粒の粒界が、フェライト粒界となっていることは明らかである。

(キ)上記(ア)?(カ)の検討から、表6にNo.2のサンプルとして示されている実施例3の冷間加工用機械構造用鋼に注目すると、甲1には、次の冷間加工用機械構造用鋼が記載されているものと認められる。

「質量%で、
C :0.46%、
Si:0.18%、
Mn:0.71%、
P :0.026%、
S :0.017%、
Al:0.029%および
N :0.004%を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
鋼の金属組織が、フェライトとセメンタイトより構成され、上記フェライトの粒内と上記フェライトの粒界にセメンタイトが存在しており、
前記金属組織におけるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が17μmである冷間加工用機械構造用鋼。」
(以下、「甲1発明」という。)

(2)甲2の記載事項
ア 本願の出願日前に頒布された刊行物である甲2には、「セメンタイトの析出挙動に及ぼす加熱温度の影響」(論文名)に関して、以下の記載がある。

2ア「

」(1246頁上部)

2イ「

」(1246頁下部)

(3)甲3の記載事項
ア 本願の出願日前に頒布された刊行物である甲3には、「自動車駆動系部品用高炭素鋼板の開発動向」(論文名)に関して、以下の記載がある。

3ア「3.3延性
難成形性の高炭素鋼板に板鍛造を適用する場合,張出しや曲げ性などに関連する材料特定である延性すなわち伸びの向上が重要となる。」(第629頁右欄下から2行?第630頁左欄2行)

3イ「一方,母相フェライト粒の影響も考慮した検討も行われている.JIS S35CおよびS65C冷延鋼板について,球状セメンタイトの粒径と分散状態およびフェライト粒径によるボイド生成について検討している.フェライト粒径が微細でフェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合が高い場合,伸びが高くなり,フェライト粒径が粗大で粒内に微細なセメンタイトが存在する場合は伸びが低く,とくに一様伸びの低下が著しい.」(第630頁左欄下から13?6行)

3ウ「



3エ「開発鋼は,図8に示すように,セメンタイトが均一微細に分散した組織を呈している.」(第631頁右欄4?6行)


(4)甲4の記載事項
ア 本願の出願日前に頒布された刊行物である甲4には、以下の記載がある。

4ア「



(5)甲6の記載事項
ア 本願の出願日前に頒布された刊行物である甲6には、「高加工性高炭素熱間圧延鋼板「スーパーホット^((R))-F」」に関して、以下の記載がある。

6ア「



6イ「



6ウ「



6エ「



6オ「このような制御冷却によって得られたスーパーホット^((R))-Fのミクロ組織を写真1に示す。熱間圧延ままの状態では微細パーライトの単一組織が,球状化焼鈍後には微細な球状セメンタイトが均一に分散した組織が形成されている。」(53頁右欄下から1行?54頁左欄3行)

(6)本件発明1と甲1発明との対比
ア 甲1発明の鋼の化学成分組成が「質量%で、C:0.46%、Si:0.18%、Mn:0.71%、P:0.026%、S:0.017%、Al:0.029%およびN:0.004%を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からな」ることは、上記C、Si等の各元素の組成割合がいずれも本件発明1の化学組成の範囲に含まれていることが確認できるので、上記化学成分組成の点で、本件発明1の「質量%で、C:0.3?0.6%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.2?1.7%、P:0%超、0.03%以下、S:0.001?0.05%、Al:0.005?0.1%およびN:0?0.015%を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からな」ることと一致している。

イ 甲1発明と本件発明1は、いずれも、「金属組織が、フェライトおよびセメンタイトより構成され」ている点で一致する。

ウ 甲1発明の鋼は、フェライト粒界にセメンタイトが存在するものである点で本件発明1と共通するが、フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合が、全セメンタイト数に対してどの程度の割合であるか不明である。

エ 甲1発明において、「金属組織におけるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が17μmである」ことは、本件発明1の「金属組織におけるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が20μm以下である」ことと、平均円相当直径が17μmである点で共通している。

オ 甲1発明の「冷間加工用機械構造用鋼」は、上記(1)イ(オ)で検討したように、熱間圧延工程とその後の冷却工程を行った後に球状化焼鈍を行った、冷間加工用の機械構造用鋼のことである。また、甲1発明の「冷間加工用機械構造用鋼」は、実施例1の線材(【0050】)を球状化焼鈍した実施例3のサンプルに基づいて認定したものであるから、その形態が線材であることは明らかである。
一方、本件発明1の「機械構造部品用鋼線」は、本件明細書の記載「本発明は、機械構造部品の素材として用いられる鋼線に関する。より詳細には、調質圧延により製造した線材に球状化焼鈍を施した後に冷間加工する際、冷間加工時の変形抵抗が低く、耐割れ性が良好であり、冷間加工性に優れた特性を発揮する機械構造部品用鋼線に関する。・・・「鋼線」とは、圧延線材に球状化焼鈍等の調質処理が施された線状の鋼材を指す」(【0001】)から理解されるように、熱間圧延後に球状化焼鈍を行った、冷間加工用の機械構造部品用の線状の鋼材のことである。
したがって、甲1発明の「冷間加工用機械構造用鋼」は、本件発明1の「機械構造部品用鋼線」に相当する。

オ そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「質量%で、
C :0.46%、
Si:0.18%、
Mn:0.71%、
P :0.026%、
S :0.017%、
Al:0.029%および
N :0.004%を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
鋼の金属組織が、フェライトおよびセメンタイトより構成され、フェライト粒界にセメンタイトが存在しており、
前記金属組織におけるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が17μmである機械構造部品用鋼線。」

<相違点1>
「フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合」が、本件発明1では、「全セメンタイト数に対して58%以上であ」るのに対して、甲1発明ではどの程度の割合であるか不明である点。

(7)相違点1が実質的であるかについての判断
ア 上記(1)イ(カ)で検討したように、甲1の段落【0077】には、図1において、bcc-Fe結晶粒界に接するセメンタイトが画像処理によって黒で塗り潰されていると記載されているから、図1の電子顕微鏡写真によって、bcc-Fe結晶粒界、すなわちフェライト粒界に接するセメンタイトの数を計測することはできず、甲1発明において、「フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合」がどれだけであるか不明である。
この点について、申立人は申立書の16?20頁において、フェライト粒界に接するセメンタイトの数を計測することができ、甲1発明において、「フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合」を算出することができると主張しているので、この主張について以下検討する。

イ 申立人は、申立書の16?17頁において、甲1の図1に、粒界セメンタイトを表す赤丸と、粒内セメンタイトを表す青丸を書き加えた参考図1-1を掲載し、甲4と甲6を参照することでフェライトとセメンタイトの区別をすることが可能であるとして、上記赤丸の数と青丸の数をそれぞれ数えることにより、粒界セメンタイトの数が17個、粒内セメンタイトの数が18個であると記載しているが、申立書では、赤丸を付した箇所において、粒界セメンタイトが黒で塗りつぶされていて確認できないにもかかわらず、1個の粒界セメンタイトが存在しているといえる根拠を説明していないため、粒界セメンタイトの数が17個であるとの申立人の主張を採用することができない。

ウ なお、上記参考図1-1で、赤丸を付した箇所において1個の粒界セメンタイトが存在しているかを判断するにあたり、甲4と甲6を参照しても、それらのセメンタイトを球状化するための熱処理条件は、以下の(理由)のとおり、甲1の球状化焼鈍の熱処理条件とは異なり、熱処理条件が異なると得られる金属組織も異なることが通常であるので、やはり、参考図1-1の赤丸を付した箇所において1個の粒界セメンタイトが存在していると判断することはできない。
(理由)
甲4の上記4アの左下の写真135には、同右下の写真133と写真135についての説明文を参照すると、0.7%C鋼を950℃でオーステナイト化処理後徐冷してパーライト組織としたものを、冷間圧延後700℃で10h焼きなましをした、セメンタイトの球状化組織が示されているものと認められるが、上記冷間圧延後の焼きなまし処理は、甲1発明を作製するための球状化焼鈍処理とは熱処理条件が異なる処理であるし、Cの濃度についても、甲1発明が0.46%でいわゆる亜共析鋼に属するものであるのに対して、甲4では0.7%でいわゆる共析鋼に属するものであって、鋼の化学組成についても相違しているので、上記球状化組織のセメンタイトの形成状態が、甲1の図1のセメンタイトの形成状態と同じであるとはいえない。
甲6の上記6エの写真1の右側の「After spheroidizing」の写真から、上記6オの記載も参照すると、S35Cの鋼において、球状化焼鈍後に微細な球状セメンタイトが均一に分散した組織が形成されている様子を見て取ることができるが、上記球状化焼鈍の具体的な熱処理条件が記載されておらず、甲1発明の球状化焼鈍の熱処理条件と同じであるか不明であるし、鋼の化学組成についても、上記6イにS35Cとして記載された化学組成は、甲1発明の化学組成とCの濃度等について大きく相違しているので、上記球状セメンタイトの形成状態が、甲1の図1のセメンタイトの形成状態と同じであるとはいえない。

エ また、申立人は、申立書の18?20頁において、甲2の上記2イのFig.1の図面のうち、「0.36%C-steel」であって、「T℃×4h→690℃×4h→F.C.」が「T=730℃」である図面(以下「図-甲2」という。)に、粒界セメンタイトを表す赤丸と、粒内セメンタイトを表す青丸を書き加えた参考図2-1を掲載し、上記赤丸の数と青丸の数をそれぞれ数えることにより、粒界セメンタイトの数が17個、粒内セメンタイトの数が9個であると記載している。
しかしながら、参考図2-1において、赤丸と青丸を付した箇所には、球状化されたセメンタイトであると理解されるような、略円状の粒形の図形が認められず、セメンタイトが存在するか判然としないので、粒界セメンタイトの数が17個であり、粒内セメンタイトの数が9個であるとの申立人の主張を採用することができない。
仮に、粒界セメンタイトの数と粒内セメンタイトの数が申立人の主張のとおりだとしても、図-甲2における上記熱処理の条件は、下記オ、カに示すとおり、甲1発明を作製するための球状化焼鈍の熱処理条件とは異なるものであって、熱処理後に得られる鋼の組織が同じになっているとはいえないから、参考図2-1に基づいて数えた上記セメンタイトの数が、そのまま甲1発明に適用できるとはいえない。

オ 甲2の上記2アの「2.実験方法」の欄の記載を参照すると、甲2のFig.1に記載された、「T℃×4h→690℃×4h→F.C.」で「T=730℃」とは、熱延材に、700℃で4時間の焼鈍を施した後、T=730℃で4時間の加熱を行い、10℃/hrで690℃まで徐冷後、690℃で4時間保持し、炉冷(「F.C.」すなわち「Furnace Cooling」のこと)する熱処理を行うこと(以下「甲2熱処理条件」という。)を表しているものと認められる。
一方、甲1の上記1ケの【0074】には、甲1発明の認定の基礎とした、実施例3の球状化焼鈍の熱処理条件について、740℃×4時間保持(均熱)後、平均冷却速度10℃/時で720℃まで冷却し、その後平均冷却速度2.5℃/時で710℃まで冷却、その後平均冷却速度10℃/時で660℃まで冷却して放冷する熱処理を行うこと(以下「甲1熱処理条件」という。)が記載されている。
したがって、甲2熱処理条件は、710℃から660℃まで10℃/時で冷却する工程が含まれておらず、最終段階において放冷ではなく炉冷している点等で、甲1熱処理条件と異なっている。

カ ここで、本願明細書の段落【0062】には、焼鈍条件SA1とSA3について次のように記載されている。

「 次に、鋼種O、P、Qを除いた夫々の圧延線材に対し、大気炉にて、(a)室温から730℃まで加熱するに際し、室温から500℃までを平均加熱速度110℃/時で、500℃から730℃までを平均加熱速度80℃/時として加熱し、その後平均加熱温度3℃/時で740℃まで加熱し、740℃で3時間保持後、平均冷却速度30℃/時で720℃まで冷却し、平均冷却速度10℃/時で640℃まで冷却し、その後放冷する球状化焼鈍(この焼鈍条件を、以下「SA1」と略記する)、(b)SA1を5回繰り返す球状化焼鈍(この焼鈍条件を、以下「SA2」と略記する)、(c)室温から730℃まで加熱するに際し、室温から500℃までを平均加熱速度110℃/時で、500℃から730℃までを平均加熱速度80℃/時として加熱し、その後平均加熱速度3℃/時で740℃まで加熱し、740℃で3時間保持後、平均冷却速度30℃/時で640℃まで冷却し、その後放冷する球状化焼鈍(この焼鈍条件を、以下「SA3」と略記する)のいずれかを行った。上記焼鈍条件SA1、SA2は、本発明での好ましい焼鈍条件であり、上記焼鈍条件SA3は、720℃から640℃までの平均冷却速度が適切に制御されていない例である。」

上記焼鈍条件SA1とSA3の加熱・冷却条件は、720℃から640℃に冷却する際に、SA1は10℃/時で行い、SA3は30℃/時で行う点で相違する以外は全く同じ処理条件で行うものであるところ、本件特許明細書の表3において、焼鈍条件SA1を採用した試験No.1,8,15,20,23,28,31,34は総合評価が「O.K.」すなわち良好であるが、焼鈍条件SA3を採用した試験No.3,10,17,22,25,30,33,36は「N.G.」すなわち変形抵抗の低減および耐割れ性向上の少なくともいずれかが劣化しているものとなったことが示されている。
つまり、焼鈍時のわずかな冷却速度の差によって、異なる金属組織となり、望ましい結果が得られなくなることが示されていることから鑑みれば、上記オで示したように、熱処理条件が異なっている、甲1熱処理条件で焼鈍した場合と甲2熱処理条件で焼鈍した場合で、全く同じ金属組織となるとはいえず、したがって、甲2の図-甲2に基づいて数えた上記セメンタイトの数が、そのまま甲1発明に適用できるとはいえない。

キ 以上の検討によれば、甲2、甲4、甲6の記載を参照したとしても、甲1の図1の電子顕微鏡写真に基づいて、フェライト粒界に接するセメンタイトの数を推定することはできず、甲1発明において、「フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合」がどれだけであるか不明である。
したがって、申立人の上記主張にかかわらず、上記相違点1は実質的な相違点であるので、甲1発明は本件発明1と同一ではない。

(8)相違点1の容易性についての判断
次に、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることが当業者にとって容易になし得ることであるかを、申立人の主張にしたがって、甲3の記載に基づいて検討する。

ア 甲3には、上記3ア、3イに記載のように、高炭素鋼板に板鍛造を適用する場合に延性すなわち伸びの向上が重要となるとの前提のもとに、JIS S35CおよびS65C冷延鋼板について、フェライト粒径が微細でフェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合が高い場合、伸びが高くなると記載されている。つまり、JIS S35C(炭素濃度0.32?0.38%)やS65C(炭素濃度0.60?0.70%)などの冷延鋼板において、伸びすなわち延性の向上を図るために、フェライト粒径が微細でフェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合が高いものとすることが示唆されていると認められる。

イ しかし、甲3には、フェライト粒径を微細にするとは、フェライトの粒径を具体的にどの程度の大きさとするか明示的には記載されていない。
そこで、上記3ウの図8の開発鋼の写真に注目すると、網の目状の白線がフェライト粒界であると示されており、上記3エの記載も参照すると、フェライト母相上に、セメンタイトが均一微細に分散した組織を呈している様子を見て取ることができる。そして、上記フェライト粒界で囲まれた一つの領域がフェライト粒を表すものと解されるので、当該フェライト粒の粒径は、従来鋼の写真に示された10μmのスケールバーが開発鋼の写真にも適用されると仮定すると、当該スケールバーと比較して、その半分程度、すなわち、5μm程度であると見て取ることができる。
つまり、甲3には、フェライト粒径を5μm程度とし、フェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合を高いものとすれば、JIS S35C(炭素濃度0.32?0.38%)やS65C(炭素濃度0.60?0.70%)などの冷延鋼板において延性の向上を図ることができることが記載されているといえる。

ウ 一方、甲1発明は、平均円相当直径が17μmであり、甲3で好ましいとされるフェライト粒径の5μmと比べて遙かに大きいので、甲1発明は、甲3でいうところの、フェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合が高いものではなく、伸びが高いものではない。
また、甲1の段落【0020】には、球状化焼鈍後に軟質化が可能となるのは、bcc-Fe結晶粒の平均円相当直径が15μm以上であると記載されているから、甲1において許容されるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径の下限値は15μmである。
したがって、甲3に、フェライト粒の粒径を5μm程度の微細なものとすることによって、フェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合を高くし、延性の向上を図ることができると記載されているとしても、そのような微細な径は、甲1で許容されるbcc-Fe結晶粒の平均円相当直径の下限値である15μmを遙かに下回るのであるから、甲1発明において、17μmである平均円相当直径を、甲3で好ましいとされる5μm程度の微細な径とすることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえないし、その結果、フェライト粒界上に占めるセメンタイトの割合を十分高くすることができるともいえないから、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項である「フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合が、全セメンタイト数に対して58%以上」とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるとはいえない。

エ また、上記イにおいて、従来鋼の写真で表示された10μmのスケールバーが開発鋼の写真にも適用されると仮定したが、逆に、従来鋼の写真で表示された10μmのスケールバーが開発鋼の写真に適用できないと仮定すると、甲3で好ましいとされるフェライト粒の微細な粒径が具体的にどれだけであるか不明である。
そうすると、甲3において伸びもしくは延性の向上を図るために好ましいとされる粒径と比較して、甲1発明における17μmの平均円相当直径が大きいのか否か判断できないため、甲1発明において、平均円相当直径をどの程度大きくすべきか、または、どの程度小さくすべきかがわからず、その結果、フェライト粒界のセメンタイトの数を増やすための具体的な方針が不明となるので、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項である「フェライト粒界に存在するセメンタイトの数割合が、全セメンタイト数に対して58%以上」とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるとはいえない。

オ したがって、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるとはいえないから、本件発明1は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(9)本件発明2について
本件発明1を引用する本件発明2は、鋼に含まれる元素が追加されている他は本件発明1と同じ特定事項を備えるものであるから、本件発明2を甲1発明と対比すると、少なくとも上記相違点1と同じ相違点で相違するので、本件発明1について検討した理由と同様の理由により、甲1に記載された発明ではないし、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

第5 結び
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-11-01 
出願番号 特願2015-73776(P2015-73776)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 静野 朋季  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 池渕 立
土屋 知久
登録日 2019-02-15 
登録番号 特許第6479538号(P6479538)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 機械構造部品用鋼線  
代理人 大釜 典子  
代理人 山尾 憲人  
代理人 佐々木 正博  
代理人 山田 卓二  
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